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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-88477(P2021-88477A)
(43)【公開日】2021年6月10日
(54)【発明の名称】炭素量子ドットおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/15 20170101AFI20210514BHJP
   B82Y 20/00 20110101ALI20210514BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20210514BHJP
   C09K 11/65 20060101ALN20210514BHJP
【FI】
   C01B32/15
   B82Y20/00
   B82Y40/00
   C09K11/65
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2019-219277(P2019-219277)
(22)【出願日】2019年12月4日
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(71)【出願人】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113398
【弁理士】
【氏名又は名称】寺崎 直
(72)【発明者】
【氏名】川▲崎▼ 英也
(72)【発明者】
【氏名】三木 恵太
(72)【発明者】
【氏名】日高 康博
(72)【発明者】
【氏名】河村 昌信
【テーマコード(参考)】
4G146
4H001
【Fターム(参考)】
4G146AA07
4G146AB04
4G146AB10
4G146AC16B
4G146AC17B
4G146AC30B
4G146AD40
4G146BA11
4G146BA15
4G146BA32
4G146BA40
4G146BA49
4G146BB04
4G146BB11
4G146BC02
4G146BC03
4G146BC15
4G146BC21
4G146BC23
4G146BC32B
4G146BC37B
4G146CA15
4H001XA06
(57)【要約】
【課題】発光色をより幅広く調整しうる炭素量子ドットを提供することを課題とする。また、そのような炭素量子ドットを、安全かつ安価な原料を用いて、簡便かつ効率的に製造する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】(1)(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を用意すること;及び(2)前記(1)で用意された溶液を加熱して炭化させることによって、可視光発光能を有する炭素量子ドットを製造する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む混合物の炭化物である、炭素量子ドット。
【請求項2】
前記(A)リグニンが、リグニンスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン、およびオルガノソルブリグニンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、請求項1に記載の炭素量子ドット。
【請求項3】
前記(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物が、ジアミノフェノール、ドーパミン、及びチロシンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、請求項1または2に記載の炭素量子ドット。
【請求項4】
前記(C)脂肪族ポリアミンが、エチレンジアミン、ジアミノブタン、ジアミノヘキサン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、及びポリアミドアミンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の炭素量子ドット。
【請求項5】
(1)(A)リグニンまたはその炭化物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を用意すること;及び
(2)前記(1)で用意された溶液を加熱して炭化させること、
を含む、炭素量子ドットの製造方法。
【請求項6】
前記(A)リグニンが、リグニンスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン、およびオルガノソルブリグニンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物が、ジアミノフェノール、ドーパミン、及びチロシンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、請求項5または6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記(C)脂肪族ポリアミンが、エチレンジアミン、ジアミノブタン、ジアミノヘキサン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、及びポリアミドアミンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、請求項5〜7のいずれか一項に記載の炭素量子ドットの製造方法。
【請求項9】
前記(2)の処理を、マイクロ波を照射すること、及び/又は、密閉して加熱することによって行う、請求項5〜8のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記(2)の処理を、有機溶媒を用いるソルボサーマル法によって行う、請求項5〜9のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭素量子ドット(Carbon Quantum Dot:CQD)およびその製造方法に関し、さらに詳しくは、リグニンを原料とする炭素量子ドットおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な有機系色素及び蛍光タンパク質と比較して、極めて高い輝度を有し、かつ、光で退色し難い発光材料として、近年、量子ドットが注目されている。量子ドットとは、通常、約0.5〜約100nm、特に約2〜10nmの直径を有する超微細ナノ粒子であって、三次元的に電子を閉じ込める構造を有する。量子ドットの粒子サイズを制御することによって、バンドギャップを制御して、発光波長(色)を調節することができる。
【0003】
代表的な量子ドットとして、II−VI属のCdSe及びCdTe等、I−VII属のCuCl等、III−V属のInAs等、IV属のSi及びC等からなる超微細ナノ粒子を例示できる。CdSe等の遷移金属を含む量子ドットは、毒性等の懸念があり、バイオ分野に応用することができない。これに対し、生体適合性、低毒性、低環境負荷、原料供給の安定性及び低コスト化等の観点から、炭素で構成された粒子ドット、即ち、炭素量子ドットが注目されている。
【0004】
そのような炭素量子ドットの製造方法として、例えば、炭素ターゲットをレーザーアブレーション(laser ablation)した後、化学処理する製造方法、ろうそくの煤から製造する方法、グラファイト酸化物を化学処理する製造方法、フラーレンの転換反応から製造する方法、炭素繊維及び活性炭等のより安価な炭素原料を化学処理する製造方法が報告されている。これらの方法は、硫酸、硝酸又はこれらの混酸を用いて炭素原料を化学処理するので、製造条件が大変厳しい。更に、反応後に、大量のアルカリを用いて強酸を中和することを要する。従って、安全かつ安価な原料を用いて、より簡便かつ効率的に、炭素量子ドットを製造する方法が求められている。
【0005】
特許文献1は、正に帯電したクエン酸溶液と負に帯電させたエチレンジアミン溶液を対向させてエレクトロスプレーして、得られた液滴を加熱して炭化させる、発光性ナノカーボンの製造方法を開示している(例えば、請求項1、段落0026〜0027、段落0030等参照)。
【0006】
特許文献2は、活性炭等の炭素材を、過酸化酸素と混合し、過酸化酸素により炭素材中の炭素を分解することを含む、炭素量子ドットの製造方法を開示している(例えば、請求項1、段落0029等参照)。
【0007】
特許文献3は、(1)(A)ポリフェノール及び(B)アミン化合物を含む溶液を製造すること;及び(2)溶液を加熱して炭化させることを含む、炭素量子ドットの製造方法を開示している(例えば、請求項1、段落0014〜0018等参照)。
等参照)。
【0008】
非特許文献1は、リグニン誘導体を用いて、水熱反応による、青色の蛍光炭素ドットの製造方法を開示する。
【0009】
非特許文献2は、リグニン誘導体を用いて、水熱反応による、黄色の蛍光炭素ドットの製造方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2015−174945号公報
【特許文献2】特開2014−133685号公報
【特許文献3】特開2018−35035号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Sudheer Rai et. al., “Lignin derived reduced fluorescence carbon dots with theranostic approaches: Nano-drug-carrier and bioimaging”, Journal of Luminescence, 190, 492-503(2017).
【0012】
【非特許文献2】Aye AyeMyint et. al., “Water-soluble, lignin-derived carbon dots with high fluorescent emissions and their applications in bioimaging”, Journal of Industrial and Engineering Chemistry, 66, 387-395(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のとおり、従来の炭素量子ドットの製造方法では、炭素を分解するため、硫酸、硝酸又はこれらの混酸を用いて炭素原料を化学処理する必要がある。従って、安全かつ安価な原料を用いて、簡便かつ効率的に炭素量子ドットを製造する更なる方法が求められている。
【0014】
また、炭素材料の有効利用という観点から、バイオマスを炭素材料として用いて、簡便かつ効率的に炭素量子ドットを製造する方法が求められている。
【0015】
特許文献1〜3、並びに非特許文献1および2に開示されている炭素量子ドットでは、青色、青緑色、黄色までの発光色が報告されている。しかし、橙色系または赤色系の発光色を有する炭素量子ドットはまだ開発されていない。したがって、さらに様々な発光色の炭素量子ドットが求められている。
【0016】
本発明は、上述の状況に鑑みて行われたものであり、発光色をより幅広く調整しうる炭素量子ドットを提供することを課題とする。また、そのような炭素量子ドットを、安全かつ安価な原料を用いて、簡便かつ効率的に製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者等は、鋭意検討を重ねた結果、(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む混合物の炭化物として生成した炭素量子ドットが、青色、緑色、または橙色の多色発光材料となり得ることを見出した。また当該炭素量子ドットは、(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を加熱して炭化させるという、安全かつ安価、しかも簡便かつ効率的な方法で製造することができることを見出した。
【0018】
即ち、本発明は、その様々な実施形態として、下記の炭素量子ドットおよびその製造方法を提供する。
〔1〕 (A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む混合物の炭化物である、炭素量子ドット。
〔2〕 前記(A)リグニンが、リグニンスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン、およびオルガノソルブリグニンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、上記〔1〕に記載の炭素量子ドット。
〔3〕 前記(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物が、ジアミノフェノール、ドーパミン、及びチロシンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、上記〔1〕または〔2〕に記載の炭素量子ドット。
〔4〕 前記(C)脂肪族ポリアミンが、エチレンジアミン、ジアミノブタン、ジアミノヘキサン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、及びポリアミドアミンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、上記〔1〕〜〔3〕のいずれか一項に記載の炭素量子ドット。
〔5〕 (1)(A)リグニンまたはその炭化物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を用意すること;及び
(2)前記(1)で用意された溶液を加熱して炭化させること、
を含む、炭素量子ドットの製造方法。
〔6〕 前記(A)リグニンが、リグニンスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン、およびオルガノソルブリグニンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、上記〔5〕に記載の製造方法。
〔7〕 前記(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物が、ジアミノフェノール、ドーパミン、及びチロシンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、上記〔5〕または〔6〕に記載の製造方法。
〔8〕 前記(C)脂肪族ポリアミンが、エチレンジアミン、ジアミノブタン、ジアミノヘキサン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、及びポリアミドアミンからなる群から選択される1種又は2種以上を含む、上記〔5〕〜〔7〕のいずれか一項に記載の炭素量子ドットの製造方法。
〔9〕 前記(2)の処理を、マイクロ波を照射すること、及び/又は、密閉して加熱することによって行う、上記〔5〕〜〔8〕のいずれか一項に記載の製造方法。
〔10〕 前記(2)の処理を、有機溶媒を用いるソルボサーマル法によって行う、上記〔5〕〜〔9〕のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、青色、緑色、または橙色の可視光発光能を有する炭素量子ドットを提供することができる。
また、本発明によれば、安全かつ安価に、簡便かつ効率的に炭素量子ドットを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、実施例2〜4の紫外可視(UV−vis)吸収スペクトル測定、および、蛍光スペクトル測定の結果を示す図である。
図2図2は、実施例2〜4のFT−IRスペクトル測定の結果を示す図である。
図3-1】図3−1は、実施例2(Blue)のCQD水溶液のゼータ電位のpH依存性を調査した結果を示す図である。
図3-2】図3−2は、実施例3(Green)のCQD水溶液のゼータ電位のpH依存性を調査した結果を示す図である。
図3-3】図3−3は、実施例4(Orenge)のCQD水溶液のゼータ電位のpH依存性を調査した結果を示す図である。
図4図4は、原子間力顕微鏡(AFM)で観察した、実施例2〜4のCQDの画像を示す図である。
図5図5は、実施例2〜4のCQDのX線回折パターンを示す図である。
図6図6は、実施例5で得られた水溶液のUV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果を示す図である。
図7図7は、実施例6で得られた水溶液のUV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの想定結果を示す図である。
図8図8は、実施例7で得られた水溶液のUV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果を示す図である。
図9図9は、実施例8で得られた水溶液のUV−Visスペクトルと蛍光スペクトの測定結果を示す図である。
図10図10は、実施例9で得られた水溶液のUV−Visスペクトルと蛍光スペクトの測定結果を示す図である。
図11図11は、比較例1で得られた水溶液のUV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<1.炭素量子ドット>
本発明は、炭素量子ドットを提供する。本発明の炭素量子ドットは、青色、緑色、または橙色の可視光発光能を有する。すなわち、およそ450nm〜620nmの波長範囲の発光能を有する炭素量子ドットでありうる。
【0022】
本発明の一実施形態において、炭素量子ドットは、
(A)リグニンまたはその炭化処理物、
(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び
(C)脂肪族ポリアミン
を含む混合物の炭化物である。
【0023】
本発明において、(A)成分の「リグニン」とは、セルロース、ヘミセルロースとともに木材、竹、茎などの木化した植物体の主要成分として存在する、ポリフェノール構造を持つ化合物をいい、目的とする炭素量子ドットが得られる限り特に制限されることはない。リグニンとしては、例えば、サルファイト蒸解排液から得られるリグニンスルホン酸、クラフト蒸解排液から得られるクラフトリグニン、ソーダ蒸解排液より得られるソーダリグニン、オルガノソルブ法によって得られたオルガノソルブリグニン、NWL(摩砕リグニン)、爆砕リグニン、木質から有機溶媒によって抽出したリグニン等が挙げられる。
【0024】
本発明において、「リグニン」の用語は、リグニンの基本骨格を備えた変性物(リグニン誘導体)を含みうる。リグニンの基本骨格を備えた変性物(リグニン誘導体)としては、例えば、リグニンスルホン酸(部分脱スルホン化リグニンスルホン酸、UF(限外濾過)処理等で精製したリグニンスルホン酸等を含む)、クラフトリグニン、ソーダリグニン、オルガノソルブリグニンなどが挙げられる。
【0025】
本発明において用いうるリグニンとしては、好ましくはリグニンスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン、オルガノソルブリグニンなどが挙げられ、より好ましくは、リグニンスルホン酸、およびクラフトリグニンなどが挙げられ、さらに好ましくは、リグニンスルホン酸などが挙げられる。リグニンは、1種であっても、2種以上の混合物であってもよい。
【0026】
(A)成分のリグニンは、予め又は予備的に炭化処理されたものであってもよい。リグニンの炭化処理物は、完全に炭化したものであっても、部分的に炭化したものであってもよい。なお、(A)成分として用いるリグニンの炭化処理物を、「炭化リグニン」という場合がある。
【0027】
(A)成分としては、リグニン及びその炭化処理物のうちの少なくとも一方が含まれていればよく、リグニンおよびその炭化処理物の双方が含まれていてもよい。
【0028】
本発明において、(B)成分の「ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物」とは、少なくとも1つのアミン基と1つのヒドロキシル基を有する化合物をいい、常温常圧で液体又は固体であり、リグニンまたはその炭化処理物とエチレンジアミンと反応しうる性質を有し、目的とする炭素量子ドットが得られる限り特に制限されることはない。(B)成分の芳香族化合物は、安全かつ安価であることが好ましい。(B)成分の芳香族化合物としては、例えば、ジアミノフェノール、ドーパミン、及びチロシンなどが好ましく、より好ましくは、ジアミノフェノールなどが挙げられる。(B)成分の芳香族化合物は、1種であっても2種以上の混合物であってもよい。
【0029】
本発明において、(C)成分の「脂肪族ポリアミン」とは、アミノ基またはイミノ基を2つ以上もつ脂肪族化合物のことをいう。脂肪族ポリアミンは、非環式であっても環式であってもよい。また、脂肪族ポリアミンは、飽和であっても不飽和であってもよい。また、脂肪族ポリアミンは、分岐していてもよい。脂肪族ポリアミンとして好ましくは、例えば、エチレンジアミン、ジアミノブタン、ジアミノヘキサンなどのジアミン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリアミドアミンなどの多価アミンが挙げられ、より好ましくはエチレンジアミン、ポリエチレンイミンなどが挙げられる。
【0030】
(C)成分として用いうる脂肪族アミンの数平均分子量は、好ましくは300〜100000、より好ましくは300〜10000、さらに好ましくは300〜2000でありうる。
【0031】
本発明の炭素量子ドットは、その実施形態として、青色から、緑色、または橙色までの可視光発光能を有しうる。これらの中でも青色発光する炭素量子ドットは、蛍光量子収率が高いものでありうる。
【0032】
本発明の炭素量子ドットの蛍光量子収率は、好ましくは1%以上、より好ましくは5%以上、さらに好ましくは、10、15、18、または20%以上でありうる。
【0033】
本発明の炭素量子ドットは、一実施形態において、茶褐色の溶液でありうる。炭素量子ドットを含む溶液は、300〜800nmの近赤外から紫外領域に渡り、幅広い吸収が認められることが好ましい。
【0034】
IRスペクトルで、炭素量子ドットの表面にアミノ基(−NH2)、ヒドロキシ基(−OH)及びカルボキシ基(−COOH)の存在を示すピークが認められることが好ましい。300〜480nmの励起光で、青色、緑色、橙色(又は赤色)の可視光の発光が観察されることが好ましい。
【0035】
原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、炭素量子ドットを観察して、AFM画像の断面図により観察される粒子の高さを炭素量子ドットのサイズとすると、炭素量子ドットのサイズは、1〜500nmであることが好ましく、1〜100nmであることがより好ましく、1〜50nmであることが好ましく、1〜10nmであることが特に好ましい。
【0036】
本発明の炭素量子ドットの様々な実施形態において、従来から量子ドットが使用される技術分野に使用することができ、例えば、太陽電池、ディスプレイ、セキュリティインク、偽造防止、量子ドットレーザー、生体イメージング、バイオマーカー、医療画像装置(がん細胞のイメージング、たんぱく質の分析、細胞の追跡など)、LEDを含む照明、光触媒等の技術分野に利用しうる。
【0037】
本発明の炭素量子ドットはリグニンを主原料しており、CdSe等の遷移金属を含む量子ドットのように毒性が懸念される材料から製造されるわけではないため、このような遷移金属を含む量子ドットに比べて安全性が高い。したがって、本発明の炭素量子ドットは、高い安全性が求められるような分野への応用も可能である。高い安全性が求められる分野の用途として、例えば、生体イメージング、バイオマーカー、医療画像装置(がん細胞のイメージング、たんぱく質の分析、細胞の追跡など)などが挙げられる。
【0038】
<2.炭素量子ドットの製造方法>
本発明は、更なる一実施形態として、炭素量子ドットの製造方法を提供する。本発明の炭素量子ドット製造方法は、安全かつ安価に、簡便かつ効率的に炭素量子ドットを製造することができる。また、本発明の製造方法によれば、青色、緑色、又は橙色の可視光発光能を有する炭素量子ドットを製造することができる。
【0039】
本発明の一実施形態において、炭素量子ドットの製造方法は、
(1)(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を用意すること;および
(2)前記(1)で用意された溶液を加熱して炭化させること、
を含む。
【0040】
(1)の工程では、(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を用意すること含む。このような溶液を用意する方法は、(A)、(B)、及び(C)の各成分を混合すればよく、(2)の工程において、溶液を加熱して目的とする炭素量子ドットを得られる限り、特に制限されることはない。当該溶液は、例えば、(A)成分を含む溶液、(B)成分を含む溶液、(C)成分を含む溶液を別々に製造後、それぞれ混合して製造してもよい。また、製造の際、適宜、溶液のpHを調整してもよい。
【0041】
(1)の工程における(A)成分として、予め又は予備的にリグニンを炭化処理したものを用いうる。(A)成分として用いうるリグニンの炭化処理物は、炭化物を得るための一般的な方法で得ることができる。(A)成分として用いうるリグニンの炭化処理物は、例えば、電気炉などを用いて、リグニンを不活性ガス雰囲気または真空下において、300〜450℃の温度範囲で加熱処理することにより得ることができる。(A)成分としてのリグニン炭化処理物を得る際には、リグニンと脂肪族ポリアミンを混合して、電気炉で加熱処理してもよい。
【0042】
(A)成分として用いられる「リグニンまたはその炭化処理物」、(B)成分として用いられる「ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物」、および(C)成分として用いられる「脂肪族ポリアミン」の各成分については、上記「1.炭素量子ドット」の項にて説明したとおりである。
【0043】
(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液との重量比((A):(B):(C))は、目的とする炭素量子ドットが得られる限り特に制限されることはない。後述する反応条件等との関係で適宜選択しうる。
【0044】
(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンの重量比/(10mL溶媒)は、(A)リグニンは、0.05重量部以上、0.3重量部以下、(B)芳香族化合物は、0.2重量部以上、1.2重量部以下、(C)脂肪族ポリアミンは、1重量部以上、10重量部以下であることが好ましく、(A)リグニンは、0.08重量部以上0.15重量部以下、(B)芳香族化合物は、0.3重量部以上0.6重量部以下、(C)脂肪族ポリアミンは、1重量部以上7重量部以下であることが更により好ましく、(A)リグニンは0.1〜0.2重量部、(B)芳香族化合物は0.3〜0.4重量部、(C)脂肪族ポリアミンは2〜5重量部であることが特に好ましい。
【0045】
上記(A)成分、(B)成分、及び(C)成分を含む溶液を準備する際に用いうる溶媒は、リグニンの炭化進行を阻害せず、(A)成分、(B)成分、及び(C)成分を溶解し、目的とする炭素量子ドットが得られる限り、特に制限されることはない。そのような溶媒として、例えば、水、並びに、アルコール、ホルムアミド、エチレングリコール及び、ジメチルアセトアミド等の有機溶媒が挙げらる。これらの中でも、可視光の種類の調整や蛍光量子収率の高い炭素量子ドットを得る観点から、水、ホルムアミドなどを好適に用いる。
【0046】
本発明に関する説明において、水とは、一般的な水をいい、目的とする炭素量子ドットを得ることができる限り特に制限されることはない。本発明に関する説明において、水は、例えば、イオン交換水、純水、蒸留水、または水道水などでありうる。水は、リグニンの炭化に悪影響を与えず、目的とする炭素量子ドットを得ることができる限り、有機溶媒を含むことができる。そのような有機溶媒は、例えば、アルコール、ホルムアミド、エチレングリコール及び、ジメチルアセトアミド等を含むことができる。水を含む溶媒を水系媒体ともいう。
【0047】
(2)の工程として、(1)のプロセスで得られた溶液は、加熱して炭化させて、炭素量子ドットを生成する。
【0048】
炭素量子ドットを生成させるための方法は、(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を加熱して炭化させることができ、目的とする炭素量子ドットを得ることができる限り、特に制限されることはない。炭素量子ドッドの発光強度増大のために、(A)成分、(B)成分、及び(C)成分を含む溶液に、さらにチオ尿素を添加してもよい。
【0049】
炭素量子ドットを生成するための加熱方法としては、例えば、密閉して加熱する方法(「ソルボサーマル法」ともいう。水系媒体の場合、特に「水熱法」ともいう。)、及びマイクロ波を照射して加熱する方法(「マイクロ波法」ともいう)を使用することができる。
【0050】
マイクロ波法では、(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を加熱して炭化させることができ、目的とする炭素量子ドットを得ることができる限り、そのマイクロ波のワット数と加熱時間は、適宜選択しうる。マイクロ波のワット数は、例えば、100W〜1500Wであることが好ましく、300W〜1000Wであることがより好ましく、300W〜800Wであることが更に好ましく、500W〜800Wであることが特に好ましい。マイクロ波による加熱時間は、1〜30分であることが好ましく1〜15分であることがより好ましく、5〜15分であることが更に好ましく、5〜10分であることが特に好ましい。
【0051】
ソルボサーマル法では、(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を加熱して炭化させることができ、目的とする炭素量子ドットを得ることができる限り、その密閉下での加熱温度と加熱時間は、適宜選択しうる。密閉下での加熱温度は、例えば、100℃〜350℃であることが好ましく、120℃〜300℃であることがより好ましく、150℃〜280℃であることが更に好ましく、200℃〜250℃であることが特に好ましい。密閉下での加熱時間は、1〜48時間であることが好ましく、2〜24時間であることがより好ましく、3〜12時間であることが更に好ましく、4〜8時間であることが特に好ましい。
【0052】
反応の終了は、(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液が茶褐色になり、(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)芳香族化合物、又は(C)脂肪族ポリアミンがなくなることで判断しうる。
【0053】
反応後は、放冷し、生成物の精製等を適宜行いうる。精製は、通常行われる方法を適宜組み合わせうる。例えば、適宜溶媒を加えて、不溶物及び分散物を遠心沈降又はろ過により除去することができる。遠心沈降の上澄み液又はろ過によるろ液を、透析により更に精製することもできる。(2)のプロセスを経て得られた溶液は、減圧乾燥して、炭素量子ドットを得ることができる。
【0054】
(A)リグニンまたはその炭化処理物、(B)ヒドロキシ基とアミノ基を有する芳香族化合物、及び(C)脂肪族ポリアミンを含む溶液を加熱炭化させて得られる生成物には、目的とする炭素量子ドットが含まれていればよく、他の副生物などが不溶物、分散物といった形態で懸濁液中に混在している場合がありうる。
【0055】
本発明の形態の製造方法で製造しうる炭素量子ドットは、茶褐色の溶液を形成することができ、450〜620nmの青色から橙色領域に渡り、幅広い吸収が認められることが好ましい。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を実施例により具体的かつ詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の一態様にすぎず、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
尚、実施例の記載において、特に記載がない限り、溶媒を考慮しない部分を、重量部及び重量%の基準としている。
【0057】
本実施例で使用した成分を以下に示す。
【0058】
(A)リグニン
(a1)リグニンスルホン酸ナトリウム(日本製紙社製、商品名:バニレックスN、化学組成(対固形分%)としてリグニンスルホン酸塩91%)
(a2)クラフトリグニン(針葉樹由来)(日本製紙社製)
(a3)溶解クラフトパルプ蒸解前加水分解物(日本製紙社製)
(a4)リグニンスルホン酸ナトリウム(低分子画分)(日本製紙社製、商品名:サンパールCP)
(a5)リグニンスルホン酸ナトリウム(日本製紙(株)製、商品名:バニレックスRN化学組成(対固形分%)としてリグニンスルホン酸塩97%)
【0059】
(B)アミン化合物
(b1)アミドール(和光純薬工業社製)
(b2)m−フェニレンジアミン(ヒドロキシル基を含まない芳香族アミン)
【0060】
(C)エチレンジアミン(和光純薬工業社製)
【0061】
<実施例1:青色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Blue)>
0.1g/5mLの(a1)リグニン粉末(炭化処理なし)、2.5mLのエチレンジアミン(EDA)、0.1g/5mLのチオ尿素と0.4g/5mLのアミドールの混合物をボルテックスミキサーでよく撹拌すると黒青色の溶液となった。pHメーター F−53により、5mol/LのNaOHを用いて混合溶液のpH値が約12.0になるように調製した。この混合溶液を、PTFE製内筒容器と耐圧ステンレス製外筒の二重密閉方式になっている水熱合成用の耐圧金属容器に移し、オートクレーブの中で、230℃で5時間、ソルボサーマル合成(溶媒:ホルムアミド)を行った。加熱後、容器が室温になるまで一晩、冷却した。得られた溶液を2本の遠沈管に等分し、遠心機を用いて、6000rpmで10分間遠心分離をした。得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、青色発光CQD(Blue)水溶液を得た。
【0062】
<実施例2:青色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Blue)>
0.8gの(a1)リグニン粉末と5mLのEDAを混合し、25mL石英るつぼへと移し替えた後、真空電気炉で窒素雰囲気下(4.0L/min)、360℃、2.5時間加熱することで、炭化リグニンを得た。
【0063】
0.1g/5mLの炭化リグニン粉末、EDA 2.5mL、0.1g/5mLのチオ尿素と0.4g/5mLのアミドールの混合物をボルテックスミキサーでよく撹拌する黒青色の溶液となった。pHメーターF−53により、5mol/LのNaOHを用いて混合溶液のpH値が約12.0になるように調製した。この混合溶液を、PTFE製内筒容器と耐圧ステンレス製外筒の二重密閉方式になっている水熱合成用の耐圧金属容器に移し、オートクレーブの中で、230℃で5時間、ソルボサーマル合成(溶媒:ホルムアミド)を行った.加熱後、容器が室温になるまで一晩、冷却した。得られた溶液を2本の遠沈管に等分し、遠心機を用いて、6000rpmで10分間遠心分離をした。得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、青色発光CQD(Blue)水溶液を得た。
【0064】
<実施例3:緑色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Green)>
0.5g/5mLの(a1)リグニン粉末(炭化処理なし)、5.0mLのEDA、0.5g/5mLのチオ尿素と2.0g/5mLのアミドールの混合物をボルテックスミキサーでよく撹拌すると、暗褐色の溶液となった。pHメーターにより、5mol/LのNaOHを用いて混合溶液のpH値が約12.0になるように調製した。この混合溶液を、PTFE製内筒容器と耐圧ステンレス製外筒の二重密閉方式になっている水熱合成用の耐圧金属容器に移し、オートクレーブの中で、230℃で5時間、水熱合成(溶媒:水)を行った。得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、緑色発光CQD(Green)水溶液を得た。
【0065】
<実施例4:橙色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Orange)>
0.8gの(a1)リグニン粉末と5mLのエチレンジアミン(EDA)を混合し、25mL石英るつぼへと移し替えた後、真空電気炉で窒素雰囲気下(4.0L/min)、360℃、2.5時間加熱することで、炭化リグニンを得た。
【0066】
0.5g/5mLの炭化リグニン粉末、5.0mLのEDA、0.5g/5mLのチオ尿素と2.0g/5mLのアミドールの混合物をボルテックスミキサーでよく撹拌すると、黒青色の溶液となった。pHメーターにより、5mol/LのNaOHを用いて混合溶液のpH値が約12.0になるように調製した。この混合溶液を、PTFE製内筒容器と耐圧ステンレス製外筒の二重密閉方式になっている水熱合成用の耐圧金属容器に移し、オートクレーブの中で、230℃で5時間、水熱合成(溶媒:水)を行った。得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、橙色発光CQD(Orange)水溶液を得た。
【0067】
<実施例5:緑色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Green)>
(a1)リグニンスルホン酸ナトリウム(リグニン粉末、商品名:バニレックスN)の代わりに、(a2)クラフトリグニン(針葉樹由来)を用いたこと以外は、実施例3の製造法に従って、CQDを合成した。
得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、緑色発光CQD(Green)水溶液を得た。
【0068】
<実施例6:緑色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Green)>
(a1)のリグニン粉末(商品名:バニレックスN)の代わりに、(a3)溶解クラフトパルプ蒸解前加水分解物を用いたこと以外は、実施例3の製造法に従って、CQDを合成した。
得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、緑色発光CQD(Green)水溶液を得た。
【0069】
<実施例7:青色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Blue)>
(a1)のリグニン粉末(商品名:バニレックスN)の代わりに、(a4)リグニンスルホン酸ナトリウム(低分子画分、商品名:サンパールCP)を用いたこと以外は、実施例3の製造法に従って、CQDを合成した。
得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、緑色発光CQD(Blue)水溶液を得た。
【0070】
<実施例8:緑色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Green)>
(a1)のリグニン粉末(商品名:バニレックスN)の代わりに、(a5)リグニンスルホン酸ナトリウム(商品名:バニレックスRN)を用いたこと以外は、実施例3の製造法に従って、CQDを合成した。
得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、緑色発光CQD(Green)水溶液を得た。
【0071】
<実施例9:緑色発光炭素量子ドットの製造:CQD(Green)>
0.5g/5mLの(a1)リグニン粉末(炭化処理なし)、5.0mLの分岐ポリエチレンイミン(Branched−PEI、シグマアルドリッチ社、型番468533、数平均分子量423)、0.5g/5mLのチオ尿素と2.0g/5mLのアミドールの混合物をボルテックスミキサーでよく撹拌すると、暗褐色の溶液となった。pHメーターにより、5mol/LのNaOHを用いて混合溶液のpH値が約12.0になるように調製した。この混合溶液を、PTFE製内筒容器と耐圧ステンレス製外筒の二重密閉方式になっている水熱合成用の耐圧金属容器に移し、オートクレーブの中で、230℃で5時間、水熱合成(溶媒:水)を行った。得られた上澄み液を、分画分子量3500の透析膜を用いて透析(24h)を行うことで、発光性CQD水溶液を得た。
【0072】
<比較例1:炭素量子ドットの製造:m−フェニレンジアミンを使用>
アミドールのヒドロキシル基を含まない芳香族アミンであるm−フェニレンジアミンを用いたこと以外は、実施例3の製造法に従って、CQDを合成した。
この比較例1で得られた水溶液のUV−Visスペクトルと蛍光スペクトルを図10に示す。アミドールを使用した場合と異なり、緑色蛍光は観測されず、490nmに蛍光ピーク波長を示す水色発光であった。また、蛍光量子収率は、非常に低く1%以下であった。
【0073】
<炭素量子ドットの評価>
上記のとおり製造した炭素量子ドットについて、下記の測定を行って評価した。
【0074】
<炭素量子ドット溶液の形態の評価方法>
製造された炭素量子ドット溶液の状況を目視で観察した。
溶液が均一な溶液又は分散液である場合:良好(G)
均一な溶液を得ることができず、大量の凝集物を得た場合:不可(NG)
【0075】
<UV−vis吸収スペクトルの測定方法>
炭素量子ドットの溶液を波長460nmで吸光度が0.1程度になるように希釈した。2面型石英セルに炭素量子ドット溶液を2mL入れた。紫外可視近赤外分光光度計を用いて、紫外可視吸収スペクトル(UV−vis吸収スペクトル)を測定した。
300〜800nmの近赤外から紫外領域に渡り、幅広い吸収が認められた:良好(G)
300〜800nmの近赤外から紫外領域に渡る、吸収が認められなかった:不可(NG)
【0076】
<蛍光スペクトルの測定方法>
約1mLの炭素量子ドットの溶液を4面型石英セルに入れた。蛍光光度計を用いて、蛍光スペクトルを測定した。
発光が観察されて、蛍光スペクトルが測定された:良好(G)
発光が観察されて、蛍光スペクトルが測定できない:不可(NG)
【0077】
<IRスペクトルの測定方法>
炭素量子ドットの溶液の水分を、減圧乾燥により除去し、炭素量子ドットの固体を得た。フーリエ変換赤外分光光度計を用いて、得られた炭素量子ドットの固体の赤外吸収スペクトル(IRスペクトル)を測定した。炭素量子ドットの表面にアミン基(−NH2)、ヒドロキシ基(−OH)及びカルボキシ基(−COOH)等の親水基が存在するか否かを調べた。
【0078】
<原子間力顕微鏡(AFM)による観察方法>
原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、炭素量子ドットを観察して、そのサイズを評価した。
AFM画像の断面図から、粒子の高さを炭素量子ドットのサイズとした。
【0079】
<XRDスペクトルの測定方法>
炭素量子ドットの固体についてX線回折装置を用いて、XRDスペクトル(X線回折パターン)を測定した。回折ピークから格子面間隔を見積もった。
【0080】
<ゼータ電位の測定方法>
炭素量子ドットの表面電荷状態を調べるために、ゼータ電位測定を実施した。
各種炭素量子ドットのゼータ電位測定を実施し、粒子表面電荷を評価した。吸収波長が360nmで吸光度が0.1程度の炭素量子ドット溶液を調製した.この溶液600μLと、あらかじめ作製しておいた10mM NaCl水溶液100μLをゼータ電位測定用のセルに入れ、マルバーン社製ゼータサイザーナノZSPを用いて表面電位(ゼータ電位)を測定した。
【0081】
実施例1〜4および9の結果を、まとめて表1に示す。
【0082】
【表1】
【0083】
<実施例2〜4:紫外可視(UV−vis)吸収スペクトル測定の結果>
実施例2〜4で得られた水溶液は、いずれもCQDに特有の茶褐の水溶液であった。それらのUV−Visスペクトルを図1に示す。図1において、横軸は波長(Wavelength)を示し、縦軸は吸光度(Absorbance)またはフォトルミネッセンス強度(PL Intensity)を示す。また、破線はUV−Vis(紫外−可視)吸収スペクトルを示し、実線は蛍光スペクトルを示す。
【0084】
CQDに特徴的な700nm付近からの吸収端がみられた。π共役系が伸びたグラフェン構造を有するカーボン材料は、長波長側に吸収端がみられることから、合成したCQDにはグラフェン構造を内部に有することが示唆された。実施例2のCQD(Blue:青)溶液は、約350nm付近でピーク(ショルダー)を示す。このピークは、生成物のベンゼン環とn電子をもつ発色基によるn→π*遷移由来のピークと一致する。また、実施例3のCQD(Green:緑)と、実施例4のCQD(Orange:橙)では400〜600nmまでの範囲でブロードなピークが確認され、これはCQDの有する広い共役二重結合や、NやOといった元素を含む豊富な官能基が粒子表面に存在し、これら官能基が作る表面準位への電子遷移により生じたものであると考えられる。
【0085】
<実施例2〜4:蛍光スペクトル測定の結果>
実施例2〜4で得られた水溶液の蛍光スペクトルを図1に示す。図1において、横軸は波長(Wavelength)を示し、縦軸は吸光度(Absorbance)またはフォトルミネッセンス強度(PL Intensity)を示す。また、実線は蛍光スペクトルを示し、破線はUV−Vis(紫外−可視)吸収スペクトルを示す。
【0086】
蛍光スペクトルから各種CQDの蛍光波長は、実施例2のCQD(Blue:青)で425nm(Ex=337nm)、実施例3のCQD(Green:緑)は518nm(Ex=389nm)、実施例4のCQD(Orange:橙)は594nm(Ex=480nm)であった。また、各種CQD溶液の励起スペクトルと蛍光スペクトルの差(Stokes Shift:ストークスシフト)は約120nmだった。この大きなストークシフトは、有機蛍光分子では見られないものであり、CQDの特徴的である。
【0087】
<実施例2〜4:FT−IRスペクトル測定の結果>
実施例2〜4のCQDのIRスペクトルを図2に示す。図2において、横軸は波数(Wavenumber)を示し、縦軸は透過率(Transmittance)を示す。
【0088】
実施例3のCQD(Green)と実施例4のCQD(Orange)が同様のピークを示す一方で、実施例2のCQD(Blue)は他二つと大きく異なるピークを示していることが明らかである。CQD(Blue)は、3300cm-1の幅広いピークはO−H結合の伸縮振動、2830〜2900cm-1のピークはC−H(アルカン)の伸縮振動、1465cm-1のピークはC−H(アルカン)の変角、1650cm-1、1100cm-1ピークはC=Cの伸縮振動、1180cm-1ピークはC−O−C(環状)の伸縮振動と帰属した。実施例2のCQD(Blue)の表面は、非解離性の親水基であるヒドロキシル基が存在していると考えられた。
【0089】
実施例3のCQD(Green)は、3300cm-1の幅広いピークはN−H結合の伸縮振動、3050cm-1ピークはC−H(ピリジン)の伸縮振動、2770cm-1のピークはC−H(アルカン)の伸縮振動、1650cm-1ピークはC=Cの伸縮振動、1630cm-1のピークは芳香族アミンのN−H変角、1330cm-1のピークは芳香族アミンのC−Nの伸縮振動、1520cm-1ピークはC=C、またはC=Nの伸縮振動、1230cm-1、1034cm-1のピークは、−SO3Hの伸縮振動、1150cm-1ピークはC−O−C(環状)の伸縮振動と帰属した。実施例4のCQD(Orange)も上に同様であった。これらの結果から、実施例3のCQD(Green)の表面は、解離性の親水基であるアミノ基(−NH2)、スルホン基(−SO3H)が表面官能基として存在していると考えられた。
【0090】
<実施例2〜4:セータ電位測定の結果>
実施例2〜4のCQD水溶液のゼータ電位のpH依存性を調査した結果を、図3−1、図3−2、および図3−3に示す。実施例2のCQD(Blue)のゼータ電位は、ほぼゼロであった。これは、実施例2のCQD(Blue)表面は、解離性官能基は存在していないことを示す。これは、IRスペクトル測定で明らかとなった実施例2のCQD(Blue)の主な表面官能基がpHに依存しないヒドロキシル基であることと矛盾しない。
【0091】
実施例3のCQD(Green)は+1.44mV(水)、+13.4mV(pH3.0)、−22.4mV(pH11.0)であり、実施例4のCQD(Orange)は+1.44mV(水)、+5.48mV(pH3.0)、−14.8mV(pH11.0)となった。実施例2のCQD(Blue)とは異なり、実施例3のCQD(Green)、及び実施例4のCQD(Orange)は、ゼータ電位の値や符号がpHに依存することが判明した。これは、CQD表面に解離性官能基が存在し、pHによってプロトン化や脱プロトン化が起こっていることを示す。実施例3のCQD(Green)、及び実施例4のCQD(Orange)は共に、酸性条件下(pH3)では粒子表面の電荷は正に帯電し、塩基性条件下(pH11)では負に帯電したと考えられる。これは、IRスペクトル測定で明らかとなったCQD(Green/Orange)の主な表面官能基がアミノ基やスルホン基であることと矛盾しない。
【0092】
<実施例2〜4:原子間力顕微鏡(AFM)による観察の結果>
実施例2〜4の原子間力顕微鏡(AFM)で観察したCQDの画像を図4に示す。図中の断面図は、画像中の直線A地点からB地点までの断面プロファイル(図4下側)である。AFMの断面プロファイルからCQDのサイズは、約2〜3nmの粒子であることがわかった。
【0093】
<実施例2〜4:XRDスペクトルの測定結果>
実施例2〜4のCQDのX線回折パターンを図5に示す。実施例2のCQD(Blue)は、2θ=27°及び2θ=40°近傍に回析ピークがあらわれた。2θ=27°のシャープなピークはグラファイトの(002)面の解析ピークと一致する(2θ=25°)。またブラックの式から算出した格子面間隔はCQD(Blue)がd=3.4Åとなり、グラファイトの面間隔が3.34Åと一致していた。従って、CQD(Blue)の粒子部分は結晶性の高いグラファイト構造を有していると考えられた。
【0094】
実施例3のCQD(Green)、及び、実施例4のCQD(Orange)はどちらも2θ=25°近傍にブロードな回析ピークがあらわれた。実施例2のCQD(Blue)で見られた結晶性グラファイト構造由来のピークは観測されなかった。実施例3のCQD(Green)及び実施例4のCQD(Orange)の粒子内部は、主にアモルファス構造を有していると考えられた。このアモルファス構造の影響で、格子面間隔は実施例3のCQD(Green)で3.80Å、実施例4のCQD(Orange)は3.75Åと、グラファイト(d=3.4Å)よりも広い面間隔を示した。
【0095】
<実施例5:UV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果>
実施例5(リグニンとして(a2)を使用)で得られた水溶液のUV−Visスペクトルと蛍光スペクトルを図6に示す。リグニン源として、(a1)と(a2)を比較した場合、両者に蛍光スペクトルに有意な差は見られなかった。
【0096】
<実施例6:UV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果>
実施例6(リグニンとして(a3)を使用)で得られた水溶液のUV−Visスペクトル(左グラフ)と蛍光スペクトル(右グラフ)を図7に示す。リグニン源として、(a1)と(a3)を比較した場合、(a1)を用いた方が、蛍光ピークの強度が増加することが明らかとなった。
【0097】
<実施例7:UV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果>
実施例7(リグニンとして(a4)を使用)で得られた水溶液のUV−Visスペクトル(左グラフ)と蛍光スペクトル(右グラフ)を図8に示す。リグニン源として、(a1)と(a4)を比較した場合、(a1)を用いた方が、蛍光ピークの強度が増加した。
【0098】
<実施例8:UV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果>
実施例8(リグニンとして(a5)を使用)で得られた水溶液のUV−Visスペクトル(左グラフ)と蛍光スペクトル(右グラフ)を図9に示す。リグニン源として、(a1)と(a5)を比較した場合、(a1)を用いた方が、蛍光ピークの強度が増加した。
【0099】
<実施例9:UV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果>
実施例9で得られた水溶液のUV−Visスペクトル(左グラフ)と蛍光スペクトル(右グラフ)を図10に示す。脂肪族ポリアミンとしてポリエチレンアミンを用いて緑色(Green)のCQDを得ることができた。実施例9のCQDは、526nmに蛍光ピーク波長を有し、蛍光量子収率は、1.5%であった。
【0100】
<比較例1:UV−Visスペクトルと蛍光スペクトルの測定結果>
比較例1(アミドールの代わりにm−フェニレンジアミンを使用)で得られた水溶液のUV−Visスペクトル(左グラフ)と蛍光スペクトル(右グラフ)を図10に示す。アミドールを使用した場合と異なり、緑色蛍光は観測されず、490nmに蛍光ピーク波長を示す水色発光であった。また、蛍光量子収率は、非常に低く1%以下であった。
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図3-3】
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11