(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-89218(P2021-89218A)
(43)【公開日】2021年6月10日
(54)【発明の名称】多層膜回折格子
(51)【国際特許分類】
G21K 1/06 20060101AFI20210514BHJP
G02B 5/18 20060101ALI20210514BHJP
【FI】
G21K1/06 C
G02B5/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2019-220032(P2019-220032)
(22)【出願日】2019年12月5日
(71)【出願人】
【識別番号】718002260
【氏名又は名称】小池 雅人
(72)【発明者】
【氏名】小池 雅人
【テーマコード(参考)】
2H249
【Fターム(参考)】
2H249AA07
2H249AA13
2H249AA44
2H249AA55
(57)【要約】
【課題】容易に製造を行うことができ、高い回折効率をもつ回折格子を提供する。
【解決手段】全反射条件によって目的電磁波(分光しようとする電磁波)が表面物質内部まで深く侵入しない軟X線領域において、反射膜として一般に用いられる金属膜等を反射物質に持つ回折格子面上に低密度物質層と高密度物質層からなる複数の膜対を、その膜対がある深さまで侵入できるエネルギーの光を回折するに最適な周期長で堆積することにより軟X線領域で幅広いエネルギーを持つ光に対する回折効率を向上させる。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
矩形状の溝形状を持つラミナー型回折格子上に、測定目的の電磁波の浸透深さよりも厚い基本反射膜層で被覆され、その上に消衰係数が小さい低密度物質層として炭素(C)、炭化ケイ素(B4C)、ケイ素(Si)、酸化ケイ素(SiO2)の何れかの元素又は化合物からなる層と反射率の高い高密度物質層として金(Au)、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、オスミウム(Os)、タングステン(W)、コバルト(Co)、モリブデン(Mo)の何れかの元素又は化合物からなる層との2層の膜対を、回折格子面から順に周期長を増しながら積層した多層膜を付加することを特徴とする軟X線で用いるラミナー型多層膜回折格子。
【請求項2】
前記請求項1に記載の多層膜回折格子の低密度物質層と高密度物質層からなる膜対の周期長が、積層の番号の2次関数近似で表せることを特徴とする請求項1に記載のラミナー型多層膜回折格子。
【請求項3】
前記請求項1に記載の多層膜回折格子の多層膜層を構成する低密度物質層と高密度物質層の厚さの比が積層ごとに異なることを特徴とするラミナー型多層膜回折格子。
【請求項4】
前記請求項1に記載の多層膜回折格子の多層膜層の周期が半整数(例:1.5、2.5周期)であることを特徴とするラミナー型多層膜回折格子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回折格子表面上に軟X線域で反射率の高い高密度物質である金(Au)、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、オスミウム(Os)、タングステン(W)、コバルト(Co)、モリブデン(Mo)の元素又は化合物からなる層と消衰係数が小さい低密度物質である炭素(C)、炭化ケイ素(B
4C)、ケイ素(Si)、酸化ケイ素(SiO
2)の元素又は化合物からなる層の2層の対からなる膜対を、回折格子面から順に膜厚を増しながら積層した多層膜を付加することにより、広いエネルギー領域における回折効率を高めた軟X線回折格子に関する。
【背景技術】
【0002】
エネルギーが約0.1keVから10keV付近までの軟X線(波長:0.1nm〜12nm)を反射型回折格子で分光する場合、実用的な回折効率を得るため、回折格子に対して入射光を回折格子面とすれすれの方向から入射させる斜入射条件で使用する。
【0003】
軟X線領域では回折格子の表面に反射膜として積層する物質の屈折率n
Mは1よりわずかに小さい。高い回折効率を得るためには一般に、回折格子面に垂直な法線方向から測った入射角αが鏡面の全反射条件であるsinα≧n
M (α≧π/2-{2(1-n
M)}
1/2)を満たすようにする。しかしながら、回折格子の溝の効果により回折される光のエネルギーは、正反射条件を満たす零次光や多くの次数光に分散されるだけでなく、表面物質内に吸収される成分も存在するため、計測に利用される1次光(または-1次光)の強度は回折格子溝のない鏡の全反射の場合の強度に比較して非常に弱くなる。このため、溝形状が矩形状のラミナー型回折格子においては、溝の深さ、凹凸の山面と谷面の面積比を最適化し、山面と谷面からの光が所望の回折次数の光の回折光方向で強め合う正の干渉を起こすように設計される。
【0004】
さらに、軟X線領域で高い回折効率を得る方法として、回折格子表面に消衰係数が小さい低密度物質層と、前記低密度物質層よりも密度が高く反射率が高い高密度物質層を交互に周期的に積層して形成された構造を具備する軟X線多層膜回折格子を用いる方法がある。この方法は高密度物質層で回折された各光が干渉し、光が強められる必要がある。このためには、入射光を多層膜の膜内部まで侵入させる必要があるが、軟X線領域の全反射条件では硬X線に比較して侵入深さが小さいために膜内部まで光が侵入できず、単一の周期長をもつ単純な構造の多層膜ではその効果を活かすことができなかった。このことが軟X線多層膜を用いて広いエネルギー領域で高い回折効率を呈する回折格子を得ることを困難にさせていた。
【0005】
一方、10keVより高エネルギーの硬X線の領域では、回折格子ではないが反射鏡の基板表面から鏡の表面に向かって多層膜の周期長を順次長くして、浸透力の弱い低エネルギーのX線となるほど表面に近い層でブラッグ条件を満たすことで広いエネルギー領域で高い反射率を持つ反射鏡が利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第6579371号
【特許文献2】特開2015-094892号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】山下廣順他,”硬X線多層膜-放射光科学への応用-”放射光学会誌 9, 91 (1996).
【非特許文献2】山下廣順他,”X線スーパーミラー,”応用物理 66,1359 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
全反射条件によって数十ナノメートル程度の深さの物質内部までしか光エネルギーが侵入できない10keVよりエネルギーが低い軟X線領域において、回折格子表面に軟X線多層膜を付加して一般に用いられる金等の反射膜を用いた回折格子の回折効率を改善する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、回折格子表面上に軟X線域で反射率の高い高密度物質層として金(Au)、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、オスミウム(Os)、タングステン(W)の何れかの元素又は化合物からなる層と消衰係数が小さい低密度物質層として炭素(C)、炭化ケイ素(B
4C)、ケイ素(Si)、酸化ケイ素(SiO
2)の何れかの元素又は化合物からなる層の2層の対からなる膜対を、回折格子面から順に周期長を増しながら積層した多層膜を付加することにより、広いエネルギー領域における回折効率を高めた軟X線回折格子に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、回折格子の基本反射膜層と増反射膜層の相関効果により、入射エネルギーが零次を含む反射回折光として回折される割合が増加するため、全反射条件によって物質内部まで侵入できないエネルギーの軟X線領域においても、多層膜の周期長を新たに見出した法則に従って増すことにより、定入射角、定偏角の何れの使用条件においても一般に軟X線域で用いられる回折格子の回折効率を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】従来の形態となる回折格子の構造を示す図である。
【
図2】本発明の実施の形態となる多層膜回折格子の構造を示す図である。
【
図3】本発明の実施の形態となる多層膜回折格子の低密度物質層の番号と同膜厚の関係を示す図である。
【
図4】本発明の実施の形態となる多層膜回折格子の各多層膜周期番号と、回折格子に拡張したBraggの法則にそれぞれの膜周期長代入したとき得られるエネルギーとの関係を示す図である。
【
図5】本発明の実施の形態となる多層膜回折格子を定入射角の条件で使用する場合の回折効率のエネルギー依存性を示す図である。参考のため同一の外形を持つ金表面回折格子の回折効率のエネルギー依存性も示す。
【
図6】本発明の実施の形態となる多層膜回折格子を定偏角の条件で使用する場合の回折効率のエネルギー依存性を示す図である。参考のため同一の外形を持つ金表面回折格子の回折効率のエネルギー依存性も示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
発明者は矩形状の溝形状を持つラミナー型の軟X線回折格子の回折効率を数keVの広い領域で高めるには従来の形態である回折格子表面に反射率の高い高密度物質層と消衰係数が小さい透明な低密度物質層の対からなる物質対の周期長(膜厚)を回折格子面から順に所望のエネルギーの高エネルギー端から低エネルギー端に対応するBraggの法則を満たす周期長として堆積する方法で一次回折光の回折効率を高めるために有効であることを見出した。
【0013】
以下、本発明の実施形態の基本となる従来型の軟X線用ラミナー型回折格子(形態O)の構造を、
図1を用いて詳細に説明する。直交座標系において、x軸を回折格子表面中心Oでの回折格子の垂線(法線)方向、y軸をOでの回折格子面の接線方向、z軸をOにおいて紙面に垂直な軸とする。この時、x軸方向から入射光の方向へ張る角度を入射角(α)とする。したがって、回折格子面から入射光の方向に張る角度αとの間にはθ=90°-αの関係がある。また、x軸方向から測定に用いる波長(λ)の回折次数(m)が+1次の回折光の方向を回折角(β)とする。角度αとβの双方について符号はx軸から反時計廻りを正とする。回折格子溝はラミナー型と一般に称される矩形波状であり、材質がSiO
2等の基板1の表面に、溝周期である格子定数(σ)、溝の山部の長さ(a)、溝深さ(h)の格子溝が形成されている。因みに角度α、β及び波長λ、格子定数σの間には回折格子に式と称されるsinα+sinβ=λ/σの関係がある。
【0014】
従来型のラミナー型回折格子及び後述の本発明の実施の形態となる回折格子の基板1として、例えば 格子定数σ = 312.5 nm (1/σ = 3200 本/mm)、h = 2nm、デューティ比(a/σ) = 0.46(a = 125 nm)のラミナー型の格子溝を用いる。その基板上に基本反射膜層2をd
0の厚さで堆積したのが従来型の回折格子である。
【0015】
図2は本発明の形態を説明する図である。ここでは回折格子基板1上に基本反射膜層2が膜厚d
0で堆積されている回折格子の上に回折効率を高める低密度物質層3、5等、高密度物質層4、6等をそれぞれ膜厚d
Li(i=1, …,n)から、高密度物質層4、6等をそれぞれ膜厚d
Hi(i=1, …,n)まで膜厚を変化させながら交互に堆積する。
【0016】
本発明の実施の形態の例では、3、5等の低密度物質層が炭素(C)で 膜厚がd
L1からd
L10までそれぞれ2.186 nm、2.186 nm、2.400 nm、2.736 nm、3.000 nm、3.286 nm、3.836 nm、4.386 nm、4.936 nm、5.474 nmであり、4、6等の高密度物質層がタングステン(W)で 膜厚がd
L1からd
L10まで全て1.842 nmである。
【0017】
図3は本発明の実施の形態となる多層膜回折格子のi番目の低密度物質層の厚さを示す図である。点線は膜厚の近似曲線で2.186+0.043×(i-1)
2の放物線を示す。このように低密度物質層の膜厚はほぼ2次関数的に増加している特徴がある。
【0018】
図4は本発明の実施の形態となる多層膜回折格子の各多層膜周期番号iと、回折格子に拡張したBraggの法則にi番目に積層した炭素とタングステンの和である膜周期長(d
Li+d
Hi)を代入したとき得られるエネルギーとの関係を示す図である。なお、入射角は88.65°である。点線はエネルギーの近似直線で4300-340×iで表される。このように多層膜周期番号とBraggの法則を満たすエネルギーはほぼ1次関数的な関係があるという特徴がある。
【0019】
図5は
図2で示す本発明の実施の形態となる多層膜回折格子を入射角88.65°で使用した場合の+1次光のエネルギー依存性を示す。参考までに
図1で示した従来型の回折格子の+1次光のエネルギー依存性も示す。
【0020】
図6は
図2で示す本発明の実施の形態となる多層膜回折格子を入射角(α)と回折角(β)が偏角(2K = α-β = 87.65°×2)で使用した場合の+1次光のエネルギー依存性を示す。参考までに
図1で示した従来型の回折格子の+1次光のエネルギー依存性も示す。
【0021】
電子顕微鏡に搭載した軟X線発光回折格子分光器に組み込むことにより、電子線で試料を励起し、鉄鋼のなどの軟X線発光の分光計測に基づく微量成分分析、鉄を含む永久磁石材料開発、スピントロ二クスデバイス中における鉄化合物の状態分析等に用いることができる。また、励起源として各種加速器等により生成される放射光、イオンビーム、高周波放電、プラズマ放電光源等も用いることができる。
【符号の説明】
【0022】
1…回折格子基板
2…基本反射膜層
3…1番目の低密度物質層
4…1番目の高密度物質層
5…n番目の低密度物質層
6…n番目の高密度物質層