(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-89819(P2021-89819A)
(43)【公開日】2021年6月10日
(54)【発明の名称】表面改質装置および表面改質方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/30 20060101AFI20210514BHJP
H05H 1/24 20060101ALI20210514BHJP
G21K 1/00 20060101ALI20210514BHJP
G21K 5/04 20060101ALI20210514BHJP
H01J 37/20 20060101ALI20210514BHJP
B01J 19/08 20060101ALI20210514BHJP
【FI】
H01J37/30 Z
H05H1/24
G21K1/00 E
G21K5/04 E
H01J37/30 A
H01J37/20 A
B01J19/08 E
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2019-218552(P2019-218552)
(22)【出願日】2019年12月3日
(11)【特許番号】特許第6744694号(P6744694)
(45)【特許公報発行日】2020年8月19日
(71)【出願人】
【識別番号】000132725
【氏名又は名称】株式会社ソディック
(72)【発明者】
【氏名】井上 基弘
【テーマコード(参考)】
2G084
4G075
5C001
5C034
【Fターム(参考)】
2G084AA07
2G084BB30
2G084CC02
2G084CC08
2G084CC21
2G084CC33
2G084DD12
2G084DD18
2G084FF03
2G084FF27
2G084FF29
4G075AA30
4G075AA61
4G075BA05
4G075CA47
4G075DA02
4G075DA18
4G075EB41
4G075EC21
4G075ED13
4G075FB02
4G075FB04
4G075FC15
5C001AA03
5C001CC08
5C034AA01
5C034AA02
5C034AB04
5C034AB07
5C034AB09
5C034BB10
(57)【要約】
【課題】 シンプルな構造で製造費、維持管理費などの費用を大幅に低減可能であり、かつ被照射体の照射孔の内側面を容易に改質可能な表面改質装置および表面改質方法を提供すること。
【解決手段】 本発明は、被照射体(7)の照射孔(7A)の内側面(7B)に向けて電子を放出する円柱状のカソード電極(5A)と、前記カソード電極(5A)から放出された電子を回収するコレクタ(5C)を備えた表面改質装置(100)であって、前記コレクタ(5C)と前記被照射体(7)との間に絶縁部材(8)が設けられていることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被照射体の照射孔の内側面に向けて電子を放出する円柱状のカソード電極と、前記カソード電極から放出された電子を回収するコレクタを備えた表面改質装置であって、前記コレクタと前記被照射体との間に絶縁部材が設けられていることを特徴とする表面改質装置。
【請求項2】
前記コレクタは平板状のテーブルであって、前記コレクタの上に前記絶縁部材が配置され、前記絶縁部材の上に前記被照射体が配置されていることを特徴とする請求項1記載の表面改質装置。
【請求項3】
前記絶縁部材は、一対の平板状の部材であって、前記コレクタの上に前記絶縁部材が隙間を空けて配置され、前記絶縁部材の上に前記隙間と前記被照射体の照射孔が連通するように前記被照射体が配置されていることを特徴とする請求項1または2記載の表面改質装置。
【請求項4】
前記表面改質装置は前記コレクタを移動させる移動機構と、前記カソード電極に電圧パルスを印加するための電子発生用電源と、前記移動機構の駆動および前記電圧パルスの印加タイミングを制御する制御装置を備え、前記制御装置は、前記移動機構を駆動して前記カソード電極の先端部を前記照射孔に挿入し、前記電圧パルスを印加して前記カソード電極から電子の照射を行うことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項記載の表面改質装置。
【請求項5】
前記制御装置は、前記移動機構を駆動して前記カソード電極の先端部と前記被照射体の相対位置を変更し、前記電圧パルスを印加して前記カソード電極から電子の照射を行うことを複数回繰り返すことを特徴とする請求項4記載の表面改質装置。
【請求項6】
前記カソード電極の断面の直径は1mmオーダーであることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項記載の表面改質装置。
【請求項7】
前記カソード電極はタングステン、チタン、銅または真鍮を材質として機械加工されて形成されていることを特徴とする請求項1から6のいずれか一項記載の表面改質装置。
【請求項8】
円柱状のカソード電極と、前記カソード電極から放出された電子を回収するコレクタと、前記コレクタと前記被照射体との間に設けられた絶縁部材を有し、被照射体の照射孔の内側面に向けて電子を放出する表面改質方法であって、
前記カソード電極の先端部と前記被照射体の相対位置を変更する移動工程と、電圧パルスを印加して前記カソード電極から電子の照射を行う照射工程とを複数回繰り返して前記内側面全体を改質することを特徴とする表面改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被照射体の表面を改質する表面改質装置および表面改質方法であり、特に、被照射体に形成されている照射孔の側面を改質することができる表面改質装置および表面改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に直径数十mmφ以上の電子柱を形成し、低エネルギ密度の大面積の電子ビームを被照射体の表面に照射する表面改質装置が知られている。直径数mmφ未満の電子柱の電子ビームを走査する、いわゆるスポット照射に比べて大面積の電子柱を得ることができる表面改質装置は、特許文献1に代表的に開示されているように、カソード電極とコレクタ電極とを鉛直線上に配置し、カソード電極とコレクタ電極との間に円環形状のアノード電極とソレノイドを設けている。
【0003】
このような表面改質装置においては、アノードで生成されるプラズマによって電子が励起され、ソレノイドで形成される磁場によって電子が集束し加速して、大量の電子が照射エネルギを保持した状態でカソードから遠く離れたコレクタまで到達する。このとき、電子は、カソードとコレクタとの間において、直線距離で最短の経路を移動しようとする。そのため、被照射体の被照射面に穴が形成されている場合は、多くの電子が穴の入口の周囲、とりわけエッジに集中し、残りの殆どの電子が穴の底面に衝突して、電子が衝突した部位が改質される。
このようなことから、表面改質装置においては、被照射体の被照射面に形成されている穴の底面と側面を含めた全面にわたって均一に電子ビームを照射することが困難である。
【0004】
上述の課題を解決すべく、カソード電極と磁石を筒形状の被照射体の中空空間に配置して電子を励起することによって筒形状の被照射体の内面に電子ビームを照射することができる装置(特許文献2)や、多数の金属突起を有するカソード電極を使用することで一度の照射で照射穴の側面の広範囲に電子ビームを衝突させることができる装置(特許文献3)が開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−344387号公報
【特許文献2】特許第5187876号公報
【特許文献3】特許第6450809号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2の電子ビーム照射表面改質装置においては、カソード電極に磁石を設ける必要があるため部品点数が多くなって製造コストが増大し、さらにカソード電極を製造する際の組立作業が煩雑となってしまう。
また特許文献3の表面改質装置においてもカソード電極に多数の金属突起を設ける必要があるため、カソード電極の構造が複雑化して加工および生産が難しく、カソード電極のメンテナンス費用が増大してしまう。
【0007】
よって本発明は上記課題に鑑みて、シンプルな構造で製造費、維持管理費などの費用を大幅に低減可能であり、かつ被照射体の照射孔の内側面を容易に改質可能な表面改質装置および表面改質方法を提供することを主たる目的とする。本発明の表面改質装置および表面改質方法が有するいくつかの有利な点は、発明の実施の形態の説明において、その都度、詳しく説明される。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは上記課題について鋭意検討を行った結果、表面改質装置において(1)円柱状のカソード電極を使用すること、(2)被照射体とコレクタの間に絶縁体を設けること、この(1)、(2)を行うことにより、カソード電極と被照射体の照射孔の内側面の間でスパークを伴った放電が発生し、このエネルギにより穴の内側面が適切に改質されることを見出した。
ここでスパークとは、放電によってカソード電極の先端部と被照射体の内側面との間に起こる火花現象である。
【0009】
本発明は、被照射体の照射孔の内側面に向けて電子を放出する円柱状のカソード電極と、前記カソード電極から放出された電子を回収するコレクタを備えた表面改質装置であって、前記コレクタと前記被照射体の間に絶縁部材が設けられていることを特徴とする。
一般的には、カソード電極から放出された電子はカソード電極とコレクタとの間において直線距離で最短の経路を移動しようとする。しかしながら本発明においては、コレクタと被照射体の間に絶縁部材が設けられているため電子が直線距離でコレクタに移動することができず、カソード電極から放出された電子は最も近接した被照射体の内側面に飛び、スパークを伴った放電が発生する。このスパークによる熱エネルギおよびその後の被照射体の内側面に流れる電流の熱エネルギにより内側面が平滑化されて照射孔の内部を改質することができる。
【0010】
本発明の表面改質装置は、前記コレクタが平板状のテーブルであって、前記コレクタの上に前記絶縁部材が配置され、前記絶縁部材の上に前記被照射体が配置されていることを特徴とする。
本発明によれば、コレクタが被照射体を載置するテーブルを兼ねており、テーブルの上に絶縁部材を載置し絶縁部材の上に被照射体を載置するだけで被照射体の内側面を平滑化することが可能となるため、部品点数が最小限かつ簡単な構造で被照射体の照射孔の内側面を改質することが可能となる。
【0011】
本発明の表面改質装置は、前記絶縁部材が一対の平板状の部材であって、前記コレクタの上に前記絶縁部材が隙間を空けて配置され、前記絶縁部材の上に前記隙間と前記被照射体の照射孔が連通するように前記被照射体が配置されていることを特徴とする。
本発明においてはカソード電極から被照射体の内側面に向けて電子を照射すると内側面が溶融され、被照射体の照射孔内に溶融ガスが発生し滞留する。この溶融ガスを照射孔から排出するためには、被照射体の下方に外部と連通する隙間を設ける必要がある。
本発明によれば、一対の平板状の部材である絶縁部材が隙間を開けて配置されており、さらに絶縁部材の上に隙間と被照射体の照射孔が連通するように被照射体が配置されているため、照射孔から外部へ溶融ガスを排出することが可能となり、照射孔内に溶融ガスが滞留することを防ぐことが可能となる。
【0012】
本発明の表面改質装置は、前記コレクタを移動させる移動機構と、前記カソード電極に電圧パルスを印加するための電子発生用電源と、前記移動機構の駆動および前記電圧パルスの印加タイミングを制御する制御装置を備え、前記制御装置は、前記移動機構を駆動して前記カソード電極の先端部を前記照射孔に挿入し、前記電圧パルスを印加して前記カソード電極から電子の照射を行うことを特徴とする。
本発明によれば、円柱状のカソード電極の先端部を被照射体の照射孔に挿入するだけで被照射体の内側面を平滑化することが可能であるため、カソード電極に多数の金属突起を設けることやカソード電極の近傍に磁石を設ける等の追加の構造変更を行う必要がなく、簡単な構成で被照射体の照射孔の内側面を改質することが可能となる。
【0013】
本発明の表面改質装置は、前記制御装置が前記移動機構を駆動して前記カソード電極の先端部と前記被照射体の相対位置を変更し、前記電圧パルスを印加して前記カソード電極から電子の照射を行うことを複数回繰り返すことを特徴とする。
また本発明は、円柱状のカソード電極と、前記カソード電極から放出された電子を回収するコレクタと、前記コレクタと前記被照射体との間に設けられた絶縁部材を有し、被照射体の照射孔の内側面に向けて電子を放出する表面改質方法であって、前記カソード電極の先端部と前記被照射体の相対位置を変更する移動工程と、電圧パルスを印加して前記カソード電極から電子の照射を行う照射工程とを複数回繰り返して前記内側面全体を改質することを特徴とする。
本発明によれば、カソード電極の先端部と被照射体の相対位置を変更しながら複数回電子の照射を行うことが可能であるため、被照射体の照射孔が深い場合であっても内側面全体を溶融して平滑化することが可能となる。
【0014】
本発明の表面改質装置は、前記カソード電極の断面の直径が1mmオーダーであることを特徴とする。
従来、表面改質装置で使用していたカソード電極の断面の直径が数十mmであるのに対して、本発明においてはカソード電極の断面の直径は従来よりも小さい1mmオーダーのものが使用されている。カソード電極の断面の直径を小さいものに変更することで、カソード電極と被照射体の照射孔の内側面の間でスパークを伴った放電が発生しやすくなり、被照射体の内側面を簡単な構造で平滑化することが可能となる。
【0015】
本発明の表面改質装置は、前記カソード電極がタングステン、チタン、銅または真鍮を材質として機械加工されて形成されていることを特徴とする。
本発明のカソード電極は、銅、銅タングステン、チタン、ステンレス鋼、スチール、アルミ等の金属が機械加工されて用いられる。好ましくはタングステン、チタン、銅または真鍮を材質として機械加工されて形成されていることが望ましい。このような材質で形成されたカソード電極は、電子を放出しやすくなるとともに放電を起こしやすくするからである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の表面改質装置は、円柱状で断面の直径が1mmオーダーのカソード電極およびコレクタと被照射体の間に配置された絶縁部材を使用するといったシンプルな構造で被照射体の照射孔の内側面を改質することが可能であるため、製造費、維持管理費などの費用を大幅に低減することができる。
また本発明によれば、カソード電極の先端部と被照射体の相対位置を変更しながら複数回電子の照射を行うことが可能であるため、被照射体の照射孔が深い場合であっても内側面全体を溶融して平滑化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の表面改質装置100を示す右側面の断面図である。
【
図2】本発明の表面改質装置100による表面改質処理の流れを示すフロー図である。
【
図3】本発明の表面改質処理におけるカソード電極5Aと被照射体7との配置関係を示す模式図である。
【
図4】本発明の表面改質処理におけるカソード電極5Aと被照射体7との配置関係を示すその他の模式図である。
【
図5】本発明の表面改質処理における電子の流れを示す模式図である。
【
図6】本発明の被照射体7、絶縁部材8およびテーブル5Cの配置関係を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、本発明の表面改質装置100の望ましい実施の形態を模式的に示す。
図1における付属装置の位置は、実際の表面改質装置の配置と異なる。
図1は、真空チャンバ1における被照射体7を出し入れするための開口を閉鎖する密閉扉1Aが設けられている面を正面として、表面改質装置を右側面の方向から見たときの断面図である。
【0019】
表面改質装置100は、真空チャンバ1と、テーブル移動機構2と、真空装置3と、稀ガス供給装置4と、電子発生装置5と、浄化装置6と、絶縁部材8と、制御装置9とを含んでなる。被照射体7は、テーブル移動機構2の上に絶縁部材8を介して載置されている。
図1に示される表面改質装置においては、被照射体7は円筒状に形成されており、中央部に円形の照射孔7Aが形成されている。
【0020】
真空チャンバ1は、被照射体7を収容し気密性を保つハウジングであり、基台の上に設置されている。
また真空チャンバ1は、表面改質装置の前面で被照射体7を出し入れするための開口を有し、開口を閉鎖する密閉扉1Aが設けられている。密閉扉1Aを閉鎖することによって、真空チャンバ1を密閉することができる。
【0021】
テーブル移動機構2は、水平1軸方向と、その水平1軸方向に直交する他の水平1軸方向と、鉛直方向とにテーブル5Cを移動させる装置である。テーブル移動機構2は、水平1軸方向に往復移動できる移動体2Aと、その水平1軸方向に直交する他の水平1軸方向に往復移動できるとともに上下方向に往復移動できる移動体2Bとを備える。また、絶縁部材8を介して被照射体7を載置するテーブル5Cが載置されている。
【0022】
真空装置3は、密閉された真空チャンバ1の中を減圧して気圧0.1Pa以下の実質真空にする装置である。真空装置3は、真空ポンプによって真空チャンバ1の中の空気を抜く、いわゆる真空引きをして、真空チャンバ1の中を減圧する。真空ポンプは、第1のポンプ3Aと第2のポンプ3Bとでなる。具体的に、第1のポンプ3Aは、スクロールポンプまたはロータリポンプ、第2のポンプ3Bは、ターボ分子ポンプまたは油拡散ポンプが適する。
【0023】
真空チャンバ1の中の空気を抜いた後は、流量調整弁3C,3Dを閉じて真空チャンバ1の中を真空に近い状態に保持する。真空ポンプは、電子を照射している間稼働しており、真空チャンバ1の排気をして真空チャンバ1の中の減圧状態を維持している。
【0024】
稀ガス供給装置4は、真空チャンバ1の中に稀ガスを供給する装置である。稀ガスは、プラズマの発生を促す。稀ガスは、長周期表第18族元素であるヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンを示す。本発明では、稀ガスと窒素ガスのような化学反応性の低い気体とを含めて不活性ガスという。
【0025】
稀ガス供給装置4は、具体的に、液化アルゴンを封入したボンベ4Aと、真空チャンバ1に接続する配管4Bと、ボンベ4Aを開放するバルブ4Cと、を含んでなる。実施の形態の表面改質装置は、チャンバ1の中の気圧を0.03Pa以上0.1Pa以下の範囲で減圧状態を維持することができるように設計されている。
【0026】
電子発生装置5は、真空チャンバ1内に電子を発生させて被照射体7の内側面7Bを溶融させるための装置である。電子発生装置5は、電子銃である細幅かつ長尺状のカソード電極5Aと、プラズマを生成する円環形状のアノード電極5Bと、電子を収集するテーブル5Cと、磁場を形成するソレノイド5Dと、カソード電極5Aを保持するカソード保持体5Eと、テーブル5Cを接地するグランドライン5Fと、電子発生用電源装置5Hと、プラズマ発生用電源装置5Jとを備える。
【0027】
カソード電極5Aは先端部51Aからスパークを発生させながら電子を放出する電極であり、上端部がカソード保持体5Eに固定されている。
カソード電極5Aを被照射体7の照射孔7Aに挿入し、カソード電極5Aとテーブル5Cとの間に直流高電圧パルス(数kV〜数10kV)が印加されることにより、気体プラズマを介して電子がスパークを伴って先端部51Aから放出される。
カソード電極5Aは細幅かつ長尺で断面円形の円柱状をしている。カソード電極5Aの断面の直径Φの最適なサイズは被照射体7の照射孔7Aの直径によって変わるものであり、カソード電極5Aの断面の直径Φが大きすぎると照射のバランスが崩れて被照射体7の内側面7Bを溶融することができない。よって直径Φは1.0mm以上10.0mm以下が好ましく、より好ましくは照射孔7Aの直径の大きさが10.0mmの場合は直径Φを1.5mmとするのがよく、照射孔7Aの直径の大きさが20.0mmの場合、直径Φを5.0mmとするのがよい。
またカソード電極5Aは使用していくうちに先端部51Aが摩耗し形状が丸く変化してしまうため、カソード電極5Aの長さは100.0mm以上のものを使用することが好ましく、より好ましくは長さ200.0mmである。カソード電極5Aが短すぎるとカソード電極5Aの交換回数が増えメンテナンスの手間が増大するからである。
またカソード電極5Aは、銅、銅タングステン、チタン、ステンレス鋼、スチール、アルミ等の金属が機械加工されて用いられる。好ましくはタングステン、チタン、銅または真鍮を材質として機械加工されて形成されていることが望ましい。
【0028】
アノード電極5Bは、カソード電極5Aの断面積よりも大きい内径を有するリング形状のプラズマ生成電極で、真空チャンバ1内空間の低圧の電離気体をプラズマ化するためのグロー放電電極(アノード)である。本実施例の場合はコンデンサ充放電回路が用いられるが、高周波電源による無極方式に代えることも出来る。
【0029】
テーブル5Cは、カソード電極5Aから放出された電子を収集するコレクタの役割を担う平板状の部材であり、グランドライン5Fによって真空チャンバ1にアースされている。またテーブル5Cはテーブル移動機構2によって水平2軸方向に往復移動および上下方向に往復移動する。よってテーブル5Cの上に絶縁部材8を介して載置されている被照射体7もテーブル5Cとともに水平2軸方向および上下方向に往復移動する。
【0030】
ソレノイド5Dは、真空チャンバ1内に磁場を形成する部材である。ソレノイド5Dで形成される磁場によってカソード電極5Aから放出された電子が集束し加速する。本実施形態においてソレノイド5Dは必須の構成部材ではなく、省略してもよい。
【0031】
カソード保持体5Eはカソード電極5Aを保持する部材である。カソード保持体5Eの電極取付部位にソケット端子が設けられており、電極取付部位に取り付けるだけで、カソード電極5Aは、配線作業なしに通電する。
【0032】
電子発生用電源装置5Hは、カソード電極5Aとテーブル5Cに通電する高圧電源であり、制御装置9からの指示によりカソード電極5Aと被照射体7との間に電子を発生させるために電圧パルスを印加する。
【0033】
プラズマ発生用電源装置5Jは、カソード電極5Aとアノード電極5Bとの間に設けられ、円環形状のアノード電極5Bの円環内にプラズマを発生させる電圧を供給する。プラズマ発生用電源装置5Jは、アノードスイッチを含んでいる。
【0034】
浄化装置6は、被照射体7の被照射面から生じた滓を含む真空チャンバ1の中の汚れたガスを強制的に排出する。浄化装置6は、液化窒素ガスを封入したボンベ6Aと、真空チャンバ1に接続する配管6Bと、ボンベ6Aを開放するバルブ6Cと、を含んでなる。窒素ガスは、真空チャンバ1の中から汚れたアルゴンガスを追い出して真空チャンバ1の中を清浄にする。
【0035】
図6は、本発明の被照射体7、絶縁部材8およびテーブル5Cの配置関係を示す模式図である。
絶縁部材8は、テーブル5Cと被照射体7間を絶縁するための一対の平板状の部材であり、タイル等のセラミックス系材料で形成されている。特にエネルギ効率の観点からアルミナセラミックスで形成されていることが好ましい。
絶縁部材8はテーブル5Cの上に隙間82を空けて載置され、そして絶縁部材8の上に隙間82と被照射体7の照射孔7Aが連通するように被照射体7が配置されている。具体的には絶縁部材8で形成される隙間82の中心が照射孔7Aの中心に一致するように被照射体7が載置されており、照射孔7A内に滞留した溶融ガスを照射孔7Aから隙間82を通って外部に排出することが可能となっている。さらに被照射体7の外側面の一部が絶縁部材8の上に載置されることで、絶縁部材8の上に被照射体7を安定して固定するとともにテーブル5Cと被照射体7間を絶縁している。
本実施形態において絶縁部材8は一対の平板状の部材としたが、外部に照射孔7A内の溶融ガスを排出可能である形状であればよい。例えば外部と連通した通孔を有する絶縁部材8をテーブル5Cの上に載置し、この通孔と照射孔7Aが連通するように被照射体7を載置してもよい。
【0036】
制御装置9は、表面改質装置100の全体の制御を行う装置であり、CPU(Central Processing Unit)、ROM(ReadOnly Memory)、RAM(Random Access Memory)等で構成されている。
制御装置9は、テーブル移動機構2を駆動制御してテーブル5Cを移動する。また、真空装置3、稀ガス供給装置4、浄化装置6の駆動制御や電子発生装置5の電圧パルスの印加タイミングの制御を行う。
【0037】
(表面改質装置100の表面改質処理の流れ)
図2は、本発明の表面改質装置100による表面改質処理の流れを示すフロー図であり、
図3は、本発明の表面改質処理におけるカソード電極5Aと被照射体7との配置関係を示す模式図である。また
図4は、本発明の表面改質処理におけるカソード電極5Aと被照射体7との配置関係を示すその他の模式図である。
【0038】
本発明の表面改質装置100の表面改質処理の流れを以下記載する。
最初に被照射体7をテーブル5Cに載置されている絶縁部材8の上に固定する(S1)。
次に制御装置9はプラズマ発生用電源装置5Jを立ち上げてアノード電極5Bにより真空チャンバ1内にプラズマを発生させ、稀ガス供給装置4を制御して真空チャンバ1の中の気圧を減圧状態とする。また電子発生用電源装置5Hを立ち上げて、スタンバイ状態とする(S2)。
さらに制御装置9はテーブル移動機構2の移動体2A,2Bを駆動してテーブル5Cを水平方向に移動し、被照射体7の照射孔7Aの中心とカソード電極5Aの中心軸が合うように調整する(S3)。
そして制御装置9は、テーブル移動機構2の移動体2Bを駆動してテーブル5Cを上方に移動させることで被照射体7を上方へ移動させ、カソード電極5Aの先端部51Aを被照射体7の照射孔7Aに挿入し、カソード電極5Aの先端部51AがL
1の高さになるまで被照射体7を移動させた後に停止する(S4:移動工程)。ここでL
n(n=1,2,・・・,N)は、被照射体7の底面を基準として高さ0とした場合のカソード電極5Aの先端部51Aの高さである。
次に制御装置9は、電圧パルスを印加してカソード電極5Aから複数回電子の照射を行う(S5:照射工程)。この時、カソード電極5Aから放出された電子は、一番距離の近い被照射体7の内側面7Bにスパークを伴って空間移動し、その後電子は内側面7Bを下方に移動する。このスパークの熱エネルギおよび内側面7Bを電子が流れることによる熱エネルギにより、カソード電極5Aの先端部51Aの近傍で内側面7Bの表面部分の一定の範囲R
1が溶融され(
図3の斜線部分)、溶融により発生した溶融ガスが絶縁部材8で形成された隙間82から外部へ排出される。
照射孔7Aの深さが深い場合(S6)は、再び移動体2Bを駆動することで被照射体7をさらに上方へ移動させ、カソード電極5Aの先端部51AがL
2の高さになった場合に停止して電子を照射する。上述と同様の原理によりカソード電極5Aの先端部51Aの近傍で内側面7Bの表面部分の一定の範囲R
2が溶融され(
図4の斜線部分)、溶融ガスが外部に排出される。
被照射体7の内側面7Bの表面全体が溶融して改質されるまで制御装置9は被照射体7を上方へ移動させ、カソード電極5AをL
n(n=1,2,・・・,N)の高さにした後に電子を照射することを繰り返し、内側面7B全体が改質されたら処理を終了する。
【0039】
(表面改質装置100の表面改質処理の原理)
図5は、本発明の表面改質処理における電子の流れを示す模式図である。
カソード電極5Aから電子を放出するために所定以上の高電圧を印加すると、カソード電極5Aと被照射体7の内側面7Bの間で絶縁崩壊が生じて火花放電が発生する。この現象により電子がカソード電極5Aの先端部51Aから先端部51Aに最も近い内側面7Bへ移動するとともにスパークを発生させる。
スパークの熱エネルギにより先端部51Aに最も近い内側面7Bは溶融するとともに、火花放電により被照射体7の内側面7Bには一気に電流が流れ、電流が流れることにより発生する熱エネルギにより先端部51Aに近接した内側面7Bが溶融する。その後、絶縁部材8の表面に沿って沿面放電が発生し、大量の電子がグランドライン5Fに流れ込む。
このように被照射体7の内側面7Bは溶融加工されることで平滑化され、照射孔7Aの中を表面改質することができる。
【0040】
以上に説明された実施の形態の表面改質装置は、すでにいくつかの例が示されているが、本発明の技術思想に反しない範囲で、変形が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の表面改質装置は、基本的には、導電性の材料の表面を改質することができ、金型、あるいは金属、セラミックス、プラスチックスの部品のような工業製品の表面改質に広範に有効である。特に、リブを含めて深い照射穴が形成されている被照射体の表面改質することが期待できる。本発明は、工業製品の品質の向上と発展に貢献する。
【符号の説明】
【0042】
1 真空チャンバ
2 テーブル移動機構
3 真空装置
4 稀ガス供給装置
5 電子発生装置
5A カソード電極
5B アノード電極
5C テーブル(コレクタ)
5D ソレノイド
5E カソード保持体
5F グランドライン
5H 電子発生用電源装置
5J プラズマ発生用電源装置
51A 先端部
6 浄化装置
7 被照射体
7A 照射孔
7B 内側面
8 絶縁部材
9 制御装置
100 表面改質装置