(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、温室効果ガス削減のため、カーボンニュートラルとされるバイオエタノールをガソリンに混合したいわゆるバイオエタノール混合ガソリンを使用する動きが活発化している。しかしながら、ガソリンにエタノールを添加すると、ガソリンが吸湿しやすくなり、燃料タンク内に水が混入することが考えられる。
さらに、エタノール混合ガソリンを長期間放置したままであると、ガソリンが劣化しガソリン内に有機酸が形成される。
このように、吸湿状態とガソリンの劣化が発生した場合、エタノールは水とガソリンの両方に混合できるため、ガソリン内部に水と有機酸が含まれた状態になり、ガソリン表面から水と有機酸の混合物が気化することがある。
その場合には、通常は腐食性の殆ど無いガソリン蒸気にしか接触しないパイプの内面が、強い腐食環境下にさらされる。
よって、バイオエタノール混合ガソリンの雰囲気下に置かれるパイプにも、腐食環境を想定した耐食性が求められる。
これらの腐食環境に対応するものとして、例えば、特許文献1には、
めっき付着量が10〜70g/m
2、Sn−1〜50%ZnであるSn−Zn合金めっき面に、付着量がCr換算で100mg/m
2以下であるクロム酸、シリカ、無機リン酸や有機リン酸からなるクロメート被膜を処理、或いは更に有機樹脂を含有した樹脂クロメート被膜を処理した鋼板を用い、フランジを有する一対の椀型成型体のフランジ部を連続的にシーム溶接して一体とした耐食性に優れた自動車用燃料容器が記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記特許文献1記載の自動車用燃料容器に用いられる素材は、ガソリンなどの自動車用燃料に浸漬され、直接自動車燃料と接触する燃料タンクのような部分の耐食性であり、蒸気に対する耐食性ではない。
例えば給油パイプのように燃料タンクに接続するパイプは、実際の使用環境として、自動車用燃料に直接暴露されることよりも、揮発性の高い自動車燃料の蒸気に暴露されるケースの方が圧倒的に多い。
また、国際的に化石燃料の枯渇化が深刻化しており、バイオエタノールやバイオディーゼル燃料などの普及が広まっている。
このように、従来の自動車燃料であるガソリンに加え、バイオエタノールやバイオディーゼル燃料及びその蒸気の両方に対して十分な特性を有する素材が求められていた。
そこで、本発明の目的は、上記の従来の課題を解決することであり、燃料特にガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料などの燃料蒸気に対して十分な耐食性を有するパイプ製造用鋼板を提供することである。
また、本発明の他の目的は、その鋼板を用いたパイプおよび給油パイプを提供することである。
さらに、本発明の他の目的は、そのパイプの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の燃料蒸気に対する耐食性を有する給油パイプは、燃料を燃料タンクに給油するための給油パイプであって、
ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料を含む燃料が通過する太径パイプ部と、
太径パイプ部の上部と下部とを通気する細径パイプ部と、を有し、
少なくとも前記細径パイプ部の内面に、Fe−Ni拡散層とその上に軟質化されたNi層が設けられており、該Ni層のNi膜厚は0.9〜8.1μmであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の、パイプ製造用鋼板、その鋼板を用いたパイプおよび給油パイプは、燃料であるガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料などの燃料蒸気に暴露されても、発錆を抑制することが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
<鋼板>
パイプ製造用鋼板の原板としては、通常低炭素アルミキルド熱延コイルが用いられる。
また、炭素0.003重量%以下の極低炭素鋼、または更にこれにニオブ、チタンを添加し非時効連続鋳造鋼から製造されたコイルも用いられる。
【0009】
<めっき前処理>
以下に説明するニッケルめっきの前処理としては、通常苛性ソーダを主剤としたアルカリ液に電解、または浸漬による脱脂を行い、冷延鋼板表面のスケール(酸化膜)を除去する。除去後、冷間圧延工程にて製品厚みまで圧延する。
【0010】
<焼鈍>
圧延で付着した圧延油を電解洗浄した後、焼鈍する。焼鈍は、連続焼鈍あるいは箱型焼鈍のどちらでもよく特にこだわらない。焼鈍した後、形状修正する。
【0011】
<ニッケルめっき>
次に、焼鈍した鋼板上にニッケルめっきを施す。
一般に、ニッケルめっき浴としてはワット浴と称される硫酸ニッケル浴が主と用いられるが、この他、スルファミン酸浴、ほうフッ化物浴、塩化物浴なども用いることができる。これらの浴を用いてめっきする場合のニッケルめっきの厚みは、2〜10μmの範囲とする。その理由は、以下の評価方法の欄で述べる。
当該めっき厚みを得るには、代表的なワット浴を用いた場合は、硫酸ニッケル200〜350g/L、塩化ニッケル20〜50g/L、ほう酸20〜50g/Lの浴組成で、pH3.6〜4.6、浴温50〜65℃の浴にて、電流密度5〜50A/dm
2、クーロン数約600〜3000c/dm
2 の電解条件によって得られる。安定剤として添加するほう酸はクエン酸でもよい。
ここで、ワット浴で形成されるニッケルめっきとしては、ピット抑制剤以外に有機化合物を添加しない無光沢ニッケルめっき、めっき層の析出結晶面を平滑化させたレベリング剤と称する有機化合物を添加した半光沢ニッケルめっき、さらにレベリング剤に加えニッケルめっき結晶組織を微細化することにより光沢を出すための硫黄成分を含有した有機化合物を添加した光沢ニッケルめっきがあるが、本発明においてはすべて用いることができる。
【0012】
<拡散>
次に、ニッケルめっき後、Fe−Ni拡散層を形成するための熱処理を行う。
この熱処理の目的は、ニッケルめっきのままの微細結晶状態を軟化再結晶させ、鋼素地―めっき層の密着性を高めるとともに、熱処理によって形成されるFe−Ni拡散層により、パイプへの造管や曲げ加工、スプール加工に対する皮膜加工性(追随性)を向上させることにある。
熱拡散の方法は、連続焼鈍炉を使用する方法や箱型焼鈍炉を使用する方法がある。熱拡散温度は400〜800℃の範囲で、拡散時間は60秒から12時間までの範囲が通常熱拡散に用いられるが、12時間以上での拡散処理も可能である。
拡散時のガス雰囲気は、非酸化性あるいは還元性保護ガス雰囲気で行う。
さらに、本発明では箱型焼鈍による熱処理方法として、熱伝達の良い水素富化焼鈍と称されるアンモニアクラック法により生成される75%水素―25%窒素からなる保護ガスによる熱処理が好適に適用される。この方法は、鋼帯の長手方向および幅方向の鋼帯内の温度分布の均一性がよいため、Fe−Ni拡散層の鋼帯内、鋼帯間のバラツキが小さいという利点がある。
拡散処理において、鉄が最表面に達した後も尚熱処理を続けると、最表層に露出する鉄の割合は増加する。
各めっき厚において熱処理条件を種々変化させ、軟質化されたNi層およびFe−Ni拡散層の厚みをグロ−放電発光分析、すなわちGDS分析(島津製 GDLS−5017)により求めた結果から算出した。多数の実験を行い、軟質化されたNi層およびFe−Ni拡散層の厚みを変えた多くのサンプルを作成した。
GDS分析とは、深さ方向の分析チャートを得る測定方法であり、本特許では、Ni、Feがそれぞれの強度が各々の強度最高値の1/10となるまで存在するとみなす。
軟質化したNi層の厚みは、表層すなわちGDSの測定時間0から、Feの強度が強度最高値の1/10となるまでの間のGDSの測定時間で表せる。
Fe−Ni拡散層の厚みはFeの強度が強度最高値の1/10となってから、Niの強度が強度最高値の1/10となるまでの間のGDSの測定時間で表せる。
加熱処理を行う前のNiめっき層について、表層すなわち測定時間0から、Niの強度が強度最高値の1/10となるまでの間のGDSの測定時間でNiめっき層の厚みを表し、このNiめっき層については蛍光X線で実際に厚みを測定する。
このNiめっき層のGDSの測定時間と、軟質化されたNi層のGDSの測定時間、およびFe−Ni拡散層のGDSの測定時間との比を算出し、この比とNiめっき層の実際の厚みとから、軟質化されたNi層の厚み、および、Fe−Ni拡散層の厚みを算出する。
【0013】
<評価方法>
各めっき厚のニッケルめっき鋼板から評価試験片を作製し、バイオエタノール混合ガソリンに浸漬させることにより耐食性を調査した。耐食性は発錆の有無で確認した。
バイオエタノール混合ガソリンを試験的に模した腐食液を使用した。
腐食液は、JIS K2202に規定されているレギュラーガソリンに、ギ酸10ppm、酢酸20ppmを添加し、JASO M361に規定されているバイオエタノールを10%添加し、模擬的な劣化ガソリンを精製した。
これに、更に腐食性を高めることを目的に、純水にギ酸100ppm、酢酸200ppm、塩素100ppmを添加した腐食水を作製し、これを上記劣化ガソリンに10重量%添加して腐食液とした。
腐食液は、上層が劣化ガソリン、下層が腐食水の2層に分かれた状態となる。
この腐食液に評価試験片(ニッケルめっき鋼板)が半分浸漬するように密閉容器中に配置し、45℃の恒温槽にて経時した。
これにより、
図1に示すように、評価試験片は、上部より、劣化ガソリンの燃料蒸気(気相)と接触した気相部11、劣化ガソリン(液相)と接触した液相部12、腐食水(水相)と接触した水相部13に分離されることになる。
そして、評価試験片の気相部11の腐食を調査することにより、評価試験片の燃料蒸気に対する耐食性を評価した。
評価は、めっき面を内面(凹部)として90°折り曲げを行ったものを使用した。谷部の半径は1.0mmとした。加工された谷部の発錆を評価した。
多くの実験結果から、軟質化されたNi厚を0.9〜8.1μmの範囲とすることにより、気相部への発錆が抑制されることが分かった。
また、軟質化されたNi厚が0.9μm未満の場合、加工された部分の気相部の十分な耐食性が得られない。
また、軟質化されたNi厚が8.1μmを超えると、鋼板をスリットする際に端面にバリが生じやすくなる。このバリはNi層がスリットの刃に追従して延びるために生じるものと考えられ、バリが存在すると高周波誘導溶接などにより端面を溶接しパイプを製造する時に、パイプ溶接部が不均一な形状となるため、好ましくない。
なお、軟質化されたNi厚を0.9〜8.1μmとするためには、めっき時のニッケルめっき厚みが2〜10μm必要であり、めっき後に熱拡散処理を行うことにより得られる。
【0014】
<パイプ加工>
熱拡散処理を施した鋼板を使用し、レベラーにより形状修正し、スリッターで所定の外寸径にスリットした後、成形機によりパイプ状に造管し、長手方向の端面同士を高周波誘導溶接によりシーム溶接することによりパイプを製造する。
パイプとしては燃料をタンクに導入する給油パイプや、タンクからエンジンに燃料を導入するパイプや、通気を行うパイプがある。
図2(a)に示すように、給油パイプ20の燃料タンク23への取り付けは、燃料タンク23の上部から斜め上方向へ延出させた。
また、給油パイプ20には、燃料が通過する太径パイプ部21の途中から分岐をさせて、
太径パイプ部21の上部と下部とを通気する細径パイプ部22を接続した。
このような給油パイプ20を分岐させた細径パイプ部22は、燃料蒸気に対する耐食性が特に要求されるので、細径パイプ部22の内面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層が設けられていることが好ましい。
なお、本発明で規定する給油パイプ20は、
図2(a)に示すような形状に限らず、例えば、
図2(b)に示すように、燃料が通過する太径パイプ部21とは、独立した形状で細径パイプ部22が燃料タンク23に取り付けられているものであっても、燃料蒸気に対する耐食性が特に要求されることに変わりはないので、これらの形態のものも含む。
【実施例】
【0015】
以下に実施例を用いて、本発明を更に詳細に説明する。
<実施例1>
板厚0.70mmの、冷延、焼鈍済みの低炭素アルミキルド鋼板をめっき原板とした。
めっき原板である鋼板の成分は以下のとおりである。
C:0.045%、Mn:0.23%、Si:0.02%、P:0.012%、S:0.009%、Al:0.063%、N:0.0036%、残部:Fe及び不可避的不純物。この鋼板を、アルカリ電解脱脂、硫酸浸漬の酸洗を行った後、ワット浴無光沢めっきの条件で、めっき厚2μmのニッケルめっきを行ってニッケルめっき鋼板を得た後、800℃、1.5minの条件で熱拡散処理を行い、鋼板の表面に、1.7μm厚のFe−Ni拡散層とその上に軟質化された0.9μm厚のNi層を有した鋼板を得た。なお、熱拡散処理前のニッケルめっき厚は蛍光X線分析(リガク製 ZSX 100e)により測定した。
【0016】
<実施例2〜6>
ニッケルめっき厚および熱拡散処理条件を表1に示す値に変更した以外は、実施例1と同様にして、表1に示す厚みの軟質化されたNi層及びFe−Ni拡散層を有する鋼板を得た。
【0017】
<比較例>
表1に示すニッケルめっき厚のニッケルめっき鋼板を作製し、実施例1と同様の手順にて表1に示す条件にて熱拡散処理を行うことにより得た、表1に示す軟質化されたNi層及びFe−Ni拡散層を有する鋼板を比較例1〜5とした。
【0018】
<評価>
次に、実施例、比較例の各ニッケルめっき鋼板から、評価試験片を作製し、45℃の恒温槽にて2000時間経時させた後に、各めっき厚の評価試験片の気相部の外観を観察し、錆発生を調査した。この結果を表1の「気相部の赤錆発生結果」に示す。
【0019】
【表1】
【0020】
本発明の実施例1〜6の鋼板は、表1から明らかなように、錆の発生が無く、燃料蒸気に対して耐食性を有するパイプ用の素材として優れていた。
上記腐食液はガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料よりも腐食性が強い蒸気を発生するのでこの腐食液での試験で錆の発生が無ければ、ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料に対しても錆の発生が無いものと考えられる。
一方、比較例1〜5のニッケルめっき鋼板は、赤錆が発生し、燃料蒸気に対して耐食性を有するパイプ製造用の素材として実用性に乏しい。