(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5649119
(24)【登録日】2014年11月21日
(45)【発行日】2015年1月7日
(54)【発明の名称】シロ−イノシトール産生細胞および当該細胞を用いたシロ−イノシトール製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20141211BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20141211BHJP
C12P 19/02 20060101ALI20141211BHJP
C12N 9/02 20060101ALN20141211BHJP
C12R 1/07 20060101ALN20141211BHJP
【FI】
C12N15/00 AZNA
C12N1/21
C12P19/02
!C12N9/02
C12N1/21
C12R1:07
【請求項の数】14
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2010-535683(P2010-535683)
(86)(22)【出願日】2009年10月30日
(86)【国際出願番号】JP2009005782
(87)【国際公開番号】WO2010050231
(87)【国際公開日】20100506
【審査請求日】2012年10月9日
(31)【優先権主張番号】特願2008-281348(P2008-281348)
(32)【優先日】2008年10月31日
(33)【優先権主張国】JP
【微生物の受託番号】IPOD FERM BP-11185
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100152319
【弁理士】
【氏名又は名称】曽我 亜紀
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健一
(72)【発明者】
【氏名】芦田 均
【審査官】
戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2005/035774(WO,A1)
【文献】
Mutant Strain BFS3018,1997年10月 8日,URL,[http://locus.jouy.inra.fr/cgi-bin/dev/chiapell/result-old.operl?STRAIN=BFS3018&NAME=
【文献】
Nucleic Acids Res.,2001年,vol.29, no.3,pp.683-692
【文献】
J. Biol. Chem.,2008年 4月,vol.283, no.16,pp.10415-10424
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12P 19/02
C12N 1/21
C12N 9/02
UniProt/GeneSeq
DDBJ/GeneSeq
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/
WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減し、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質が機能しており、2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼ活性を有するタンパク質の機能と、イノシトール代謝系遺伝子群のリプレッサータンパク質の機能とが欠損または低減した、シロ−イノシトール産生細胞。
【請求項2】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能の欠損または低減が、シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を、人為的に破壊したことによるものである、請求項1に記載の細胞。
【請求項3】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性が、シロ−イノシトールの2位の水酸基を脱水素する活性である、請求項1または2に記載の細胞。
【請求項4】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質が、以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のDNAによりコードされるタンパク質である、請求項1〜3のいずれか1に記載の細胞:
(a) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNA;
(b) 配列番号1で表される塩基配列において1個以上のヌクレオチドが置換、欠失、挿入および/もしくは付加された塩基配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(c) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNAの相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項5】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質が、以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のタンパク質である、請求項1〜4のいずれか1に記載の細胞:
(a) 配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b) 配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質;
(c) 配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質。
【請求項6】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質が、NAD+に依存して機能する、請求項1〜5のいずれか1に記載の細胞。
【請求項7】
2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質が以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のDNAによりコードされるタンパク質である、請求項1〜6のいずれか1に記載の細胞:
(a) 配列番号3で表される塩基配列からなるDNA;
(b) 配列番号3で表される塩基配列において1個以上のヌクレオチドが置換、欠失、挿入および/もしくは付加された塩基配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(c) 配列番号3で表される塩基配列からなるDNAの相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項8】
2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質が以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のタンパク質である、請求項1〜7のいずれか1に記載の細胞:
(a) 配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b) 配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質;
(c) 配列番号4で表されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質。
【請求項9】
細胞がバチルス属に属する菌である請求項1〜8のいずれか1に記載の細胞。
【請求項10】
細胞が、受託番号FERM BP-11185(国内受託番号:FERM P-21700、国内受託日:2008年10月8日)の枯草菌TM030株である、請求項1〜9のいずれか1に記載の細胞。
【請求項11】
さらにシロ−イノソースイソメラーゼ活性を有するタンパク質の機能が、低減または欠損した、請求項1〜10のいずれか1に記載の細胞。
【請求項12】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減し、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質が機能している、シロ−イノシトール産生細胞を、ミオ−イノシトールの存在下で培養する工程を含む、シロ−イノシトール製造方法。
【請求項13】
請求項1〜11のいずれか1に記載の細胞を、ミオ−イノシトールの存在下で培養する工程を含む、シロ−イノシトール製造方法。
【請求項14】
前記培養する工程で得られた培養ろ液から細胞を除去する工程と、
細胞を除去した培養ろ液からシロ−イノシトールを単離する工程と
をさらに含む請求項12または13に記載のシロ−イノシトール製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シロ−イノシトール(scyllo-inositol:SI)産生細胞および当該細胞を用いたシロ−イノシトールの製造方法に関する。さらに詳細には、当該細胞は、シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減していることを特徴とするものである。
【0002】
本出願は、参照によりここに援用されるところの日本出願特願2008-281348号優先権を請求する。
【背景技術】
【0003】
シロ−イノシトールはミオ−イノシトール(myo-inositol:MI)の立体異性体の1つであり、動物・植物中に広く存在する化合物である。シロ−イノシトールはアルツハイマー病の治療薬や、生理活性物質の合成原料、液晶化合物の合成原料としての用途が期待されている。シロ−イノシトールは、安価に供給されるミオ−イノシトールに比較して高価な化合物であるため、ミオ−イノシトールを原料としたシロ−イノシトールの製造方法がこれまでに種々検討されてきた。
【0004】
シロ−イノシトール製造方法の化学合成的手法として、ミオ−イノシトールを白金触媒で酸化して2−ケト−ミオ−イノシトール(シロ−イノソース)を得、続いてエステル化したのち還元と加水分解を行って、シロ−イノシトールを得る方法などがある。
また、ミオ−イノシトールをシロ−イノシトールへ変換する方法として、自然界から分離したシュードモナス属細菌や、アセトバクター属細菌を用いる方法が開示されている。この方法は、前記の菌を用いてミオ−イノシトールから2−ケト−ミオ−イノシトールを産生し、2−ケト−ミオ−イノシトールを化学還元することにより、シロ−イノシトールを得るものである(特許文献1)。
ミオ−イノシトールからシロ−イノシトールをわずかに産生する菌株が、アセトバクター属の細菌などで得られている(特許文献2)。これらの菌株では、NADPH依存で2−ケト−ミオ−イノシトールを立体特異的にシロ−イノシトールへ還元する酵素が働いていることが知られている。
【0005】
バチルス属の菌においてイノシトール代謝系遺伝子群を遺伝子改変することにより、ミオ−イノシトールからD−キロ−イノシトールを効率的に産生する菌株が得られたことが報告されている(特許文献3、非特許文献1)。かかる菌株(YF256株)は、イノシトール代謝に関するiolE遺伝子とiolR遺伝子が欠損したものである。
【特許文献1】特許第3981597号
【特許文献2】国際公開WO2005/035774号パンフレット
【特許文献3】特開2006-141216号公報
【非特許文献1】Appl Environ Microbiol. 2006 Feb;72(2):1310-5.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、シロ−イノシトールをミオ−イノシトールから効率的かつ簡便に産生することのできる細胞および、当該細胞を用いたシロ−イノシトール製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明者らは、鋭意検討した結果、枯草菌にシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質と、2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質が存在することを新規に確認し、イノシトール産生細胞においてシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損した細胞により、シロ−イノシトールを効率よく産生可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減
し、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質が機能している、シロ−イノシトール産生細胞。
2.2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼ活性を有するタンパク質の機能と、イノシトール代謝系遺伝子群のリプレッサータンパク質の機能とが欠損または低減した、前項1に記載の細胞。
3.シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能の欠損または低減が、シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を、人為的に破壊したことによるものである、前項1または2に記載の細胞。
4.シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性が、シロ−イノシ
トールの2位の水酸基を脱水素する活性である、前項1〜3のいずれか1に記載の細胞。
5.シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質が、以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のDNAによりコードされるタンパク質である、前項1〜4のいずれか1に記載の細胞:
(a) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNA;
(b) 配列番号1で表される塩基配列において1個以上のヌクレオチドが置換、欠失、挿入および/もしくは付加された塩基配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(c) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
6.シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質が、以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のタンパク質である、前項1〜5のいずれか1に記載の細胞:
(a) 配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b) 配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質;
(c) 配列番号2で表されるアミノ酸配列と40%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質。
7.シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質が、NAD
+に依存して機能する、前項1〜6のいずれか1に記載の細胞。
8.2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質が以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のDNAによりコードされるタンパク質である、前項
1〜7のいずれか1に記載の細胞:
(a) 配列番号3で表される塩基配列からなるDNA;
(b) 配列番号3で表される塩基配列において1個以上のヌクレオチドが置換、欠失、挿入および/もしくは付加された塩基配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(c) 配列番号3で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
9.2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質が以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のタンパク質である、前項
1〜7のいずれか1に記載の細胞:
(a) 配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b) 配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質;
(c) 配列番号4で表されるアミノ酸配列と40%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質。
10.細胞がバチルス属に属する菌である前項1〜
9のいずれか1に記載の細胞。
11.細胞が、
受託番号FERM BP-11185(国内受託番号:FERM P-21700、国内受託日:2008年10月8日)の枯草菌TM030株である、前項1〜
10のいずれか1に記載の細胞。
12.さらにシロ−イノソースイソメラーゼ活性を有するタンパク質の機能が、低減または欠損した、前項1〜
11のいずれか1に記載の細胞。
13.前項1〜
12のいずれか1に記載の細胞を、ミオ−イノシトールの存在下で培養する工程を含む、シロ−イノシトール製造方法。
14.前記培養する工程で得られた培養ろ液から細胞を除去する工程と、
細胞を除去した培養ろ液からシロ−イノシトールを単離する工程と
をさらに含む前項
13に記載のシロ−イノシトール製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の細胞は、アルツハイマー病の治療薬等に使用可能なシロ−イノシトールを、安価なミオ−イノシトールを原料として、細胞内で効率よく産生することができる。また、かかる細胞を用いた本発明のシロ−イノシトールの製造方法は、還元剤などの添加物が不要であり、シロ−イノシトールの産生を1段階で行うことができ簡便である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】枯草菌におけるイノシトールの代謝系を示す図である。
【
図2】各種遺伝子について発現解析を行った結果を示す図である。(参考例2)
【
図3】yisS遺伝子の発現量について確認した結果を示す写真である。(参考例2)
【
図4】yisS遺伝子破壊株を培養した結果を示す図である。(参考例3)
【
図5】yisS遺伝子破壊株を培養した結果を示す写真である。(参考例3)
【
図6】TM039株を培養した培養液の分析結果を示す図である。(実施例4)
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、細胞内に元来存在しているシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減していることにより、シロ−イノシトールを効率的に産生することのできる細胞を対象とする。
【0012】
本発明において、「タンパク質の機能が欠損または低減している」細胞とは、野生型の細胞に比べて、対象タンパク質自体の機能が低下もしくは消失していたり、量が低減していたり、発現していない細胞などが例示される。具体的には、「タンパク質の機能が欠損または低減している」細胞とは、対象のタンパク質をコードする遺伝子に変異が導入されていたり、該遺伝子が破壊されている細胞が例示される。本発明の細胞は、天然に生じたものであってもよいし、人為的に当該遺伝子を破壊することにより作製したものであってもよい。好ましくは本発明の細胞は、人為的に対象タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより作製したものである。
【0013】
本発明において「細胞」とは、イノシトール代謝系の酵素を持ち、シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減している細胞であればよく、微生物、動物細胞、植物細胞など、種類は制限されない。好ましくは、イノシトール代謝系酵素が群を成して存在する(イノシトール代謝系遺伝子群またはオペロンを有する)微生物を用いることができる。微生物は細菌であることが好ましく、イノシトール代謝系遺伝子群を形成することが知られる細菌としては、バチルス属(Bacillus)、ジオバチルス属(Geobacillus)、ラルストニア属(Ralstonia)、サルモネラ属(Salmonella)などが挙げられる。また、クリプトコッカス属(Cryptococcus)、エンテロバクター属(Enterobacter)、リゾビウム属(Rhizobium)、シノリゾビウム属(Shinorhizobium)に属する菌もイノシトール代謝系遺伝子群を有する可能性があり、これらの菌を用いることも可能である。特に、バチルス属に属する菌を用いることが好ましく、枯草菌(Bacillus subtilis)を用いることがより好ましい。
【0014】
イノシトール代謝系の酵素として、少なくともシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ、2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ、ミオ−イノシトール−2−デヒドロゲナーゼが例示される。さらにシロ−イノソースイソメラーゼ、2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼなどが挙げられる。イノシトール代謝系の酵素には、イノシトール代謝系遺伝子群によりコードされているものが含まれ、例えば枯草菌においては、ミオ−イノシトール−2−デヒドロゲナーゼ、シロ−イノソースイソメラーゼ、2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼなどが、イノシトール代謝系遺伝子群によりコードされている。
【0015】
本発明の細胞は、少なくともシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減していることを特徴とする。シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼは、シロ−イノシトールを2−ケト−ミオ−イノシトールに変換する反応を触媒し、シロ−イノシ
トールの2位の水酸基を脱水素する活性を有する。またシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性は、NAD
+に依存するものである。
【0016】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質は、好ましくは以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のDNAによりコードされるタンパク質である:(a) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNA;(b) 配列番号1で表される塩基配列において1個以上のヌクレオチドが置換、欠失、挿入および/もしくは付加された塩基配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;(c) 配列番号1で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。あるいは、シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質は、以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のタンパク質である:(a) 配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;(b) 配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質;(c) 配列番号2で表されるアミノ酸配列と40%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質。
【0017】
また本発明の細胞は、2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質の機能を保持していることが好ましい。2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼは、2−ケト−ミオ−イノシトールをシロ−イノシトールに変換する反応を触媒する。また2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性はNADPHに依存するものである。
【0018】
2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質は、好ましくは以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のDNAによりコードされるタンパク質である:(a) 配列番号3で表される塩基配列からなるDNA;(b) 配列番号3で表される塩基配列において1個以上のヌクレオチドが置換、欠失、挿入および/もしくは付加された塩基配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA;(c) 配列番号3で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。あるいは、2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質は、以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のタンパク質である:(a) 配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;(b) 配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質;(c) 配列番号4で表されるアミノ酸配列と40%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質。
【0019】
本発明において、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとは、例えば配列番号1または3で表される塩基配列を有するDNAまたはその一部のDNA断片
の相補鎖をプローブとして、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラーク・ハイブリダイゼーション法あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いることにより得られるDNAを意味し、具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNAを固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0Mの塩化ナトリウム存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍濃度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウムよりなる)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNAを挙げることができる。ハイブリダイゼーションは、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989(以下、モレキュラー・クローニング第2版と略す)、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, 1987-1997(以下、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジーと略す)、DNA Cloning 1: Core Techniques, A Practical Approach, Second Edition, Oxford University (1995)等に記載されている方法に準じて行うことができる。ハイブリダイズ可能なDNAとして具体的には、配列番号1または3で表される塩基配列と少なくと
も90%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有するDNAをあげることができる。
【0020】
本発明において、 配列番号1または3で表される塩基配列において1個以上のヌクレオチドが置換、欠失、挿入および/もしくは付加された塩基配列によりコードされるタンパク質、ならびに、配列番号2または4で表されるアミノ酸配列において1以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質は、モレキュラー・クローニング第2版、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー、Nucleic Acids Research, 10, 6487 (1982)、Proc. Natl. Acad. Sci., USA,79, 6409(1982)、Gene, 34, 315 (1985)、Nucleic Acids Research, 13, 4431 (1985)、Proc. Natl. Acad. Sci USA,82, 488 (1985)等に記載の部位特異的変異導入法を用いて取得することができる。欠失、置換、挿入および/または付加されるヌクレオチドまたはアミノ酸の数は1個以上でありその数は特に限定されないが、上記の部位特異的変異導入法等の周知の技術により、欠失、置換もしくは付加できる程度の数であり、例えば、1〜数十個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個である。
【0021】
また、本発明において、シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性またはミオ−イノシトール−2−デヒドロゲナーゼ活性の機能を有するタンパク質は、それぞれ配列番号2または4で表されるアミノ酸配列とBLAST〔J. Mol. Biol., 215, 403 (1990)〕やFASTA〔Methods in Enzymology, 183, 63 (1990)〕等の解析ソフトを用いて計算したときに、少なくとも40%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の相同性を有する。かかる配列番号2または4に記載のアミノ酸配列と40%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質は、配列番号2または4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と立体構造が類似しているものが含まれる。
【0022】
対象とするタンパク質がシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性またはミオ−イノシトール−2−デヒドロゲナーゼ活性を有するか否か、対象とする遺伝子がこれらの活性を有するタンパク質をコードしているか否かは、自体公知の酵素学的アッセイなどの方法で確認可能である。その他、例えば、対象タンパク質の機能を人為的に欠損させた菌株を、シロ−イノシトールのみあるいは2−ケト−ミオ−イノシトールのみを炭素源とする培地で生育させることによって、確認可能である。
【0023】
本発明の細胞は、2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼ活性を有するタンパク質の機能と、イノシトール代謝系遺伝子群のリプレッサータンパク質の機能とが欠損または低減していることが好ましい。
【0024】
本発明の細胞は、シロ−イノソースイソメラーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減していることが、さらに好ましい。
【0025】
本発明の細胞の作製において、目的タンパク質の機能を人為的に欠損または低減させる方法としては、目的タンパク質をコードする遺伝子を破壊する方法が例示され、通常の変異による方法を使用することができる。例えば、物理的および/または化学的変異誘発処理では、UV照射、放射線照射などの物理的変異方法の他、Nニトロソグアニジン、メタンスルホン酸エチル、亜硝酸、メタンスルホン酸メチル、アクリジン色素、ベンゾピレン、硫酸ジメチルなどの変異剤の混合による化学的変異方法が例示される。これらの変異処理は、遺伝子上で塩基の挿入、欠失および/または置換が期待される方法である。変異処理においては、遺伝子が破壊される限り、一個の塩基を挿入、欠失および/または置換してもよく、複数個の塩基を挿入、欠失、および/または置換してもよい。
【0026】
また、変異処理を施した細胞から目的の細胞を得る方法としては、ミオ−イノシトールの代謝分解能力の欠失を指標にした選抜方法、グルコース添加培地中で生育した細胞のイノシトール代謝酵素活性の高さを指標にした選抜方法が挙げられる。
【0027】
さらに、目的タンパク質をコードする遺伝子の別の人為的な破壊方法として、相同組換えによる塩基の挿入、欠失および/または置換を行なう方法がある。相同組換え法では、人為的に塩基の挿入、欠失および/または置換を施した目的の遺伝子と同じ配列を部分的に有する塩基配列を導入し、相同組換えによって変異を行なう方法である。例えば、薬剤耐性遺伝子であるクロラムフェニコール耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、エリスロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子などを挿入した塩基配列を導入した後、相当する薬剤で選抜し、生存する細胞を得る方法である。さらに、望むべき部分に挿入されたことをPCRなどの機器を用いて確認することによって、目的の細胞を得ることが可能である。
【0028】
なお、「目的タンパク質の機能もしくは目的タンパク質をコードする遺伝子を人為的に破壊する」とは、例えば突然変異の導入、または相同組み換えにより、当該遺伝子の転写を抑制し、または当該遺伝子にコードされるタンパク質の機能を破壊することをいう。
【0029】
イノシトール代謝系の酵素とイノシトール代謝について、枯草菌を例示して説明する(
図1参照)。
【0030】
ミオ−イノシトール−2−デヒドロゲナーゼは、イノシトール代謝系遺伝子群の1つ、iolG遺伝子によりコードされるミオ−イノシトール代謝の初発酵素である。ミオ−イノシトール−2−デヒドロゲナーゼは、ミオ−イノシトール(MI)を、NAD
+依存の反応により、2−ケト−ミオ−イノシトール(2-keto-myo-inositol:2KMI)(「シロ−イノソース」とも称する)に変換する。またミオ−イノシトール−2−デヒドロゲナーゼは、D−キロ−イノシトール(D-chiro-inositol:DCI)を1−ケト−D−キロ−イノシトール(1-keto-D-chiro-inositol:1KDCI)へ変換する反応も触媒する。
【0031】
2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼは、yvaA遺伝子(Swiss-Prot:O32223)によりコードされる酵素である。本発明にて初めて、枯草菌において2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼ活性を有するタンパク質の存在が確認された。2−ケト−ミオ−イノシトールケトリダクターゼは、2−ケト−ミオ−イノシトール(2KMI)をシロ−イノシトール(SI)に変換するものである。かかる反応はNADPHに依存するものである。
【0032】
シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼは、yisS遺伝子(Swiss-Prot:P40332)によりコードされる酵素である。本発明にて初めて、枯草菌においてシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の存在が確認された。シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼは、シロ−イノシトール(SI)を2−ケト−ミオ−イノシトール(2KMI)に変換し、シロ−イノシトールの2位の水酸基を脱水素する。変換反応はNAD
+に依存する反応である。
【0033】
シロ−イノソースイソメラーゼは、イノシトール代謝系遺伝子群の1つ、iolI遺伝子によりコードされる酵素であり、2−ケト−ミオ−イノシトール(2KMI)と1−ケト−D−キロ−イノシトール(1KDCI)を相互変換(異性化)する酵素である。
【0034】
また、2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼは、イノシトール代謝系遺伝子群の1つ、iolE遺伝子によりコードされ、2−ケト−ミオ−イノシトール(2KMI)を脱水し、D−2,3−ジケト−4−デオキシ−エピ−イノシトール(D-2,3-diketo-4-deoxy-epi-inositol:DKDI)へ変換する酵素である。
【0035】
イノシトール代謝系遺伝子群にコードされる酵素として、他に、D−2,3−ジケト−4−デオキシ−エピ−イノシトール(DKDI)をさらに代謝する酵素が挙げられる。しかし、D−2,3−ジケト−4−デオキシ−エピ−イノシトール(DKDI)が生成しない場合(例えば、2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼ活性がない場合)、D−2,3−ジケト−4−デオキシ−エピ−イノシトール(DKDI)の代謝は行なわれない。
【0036】
枯草菌において、イノシトール代謝系遺伝子群は、培養液にミオ−イノシトールが含まれていても、グルコースなどの糖を同時に含む場合は、ほとんど発現しないことが知られている(Yoshida, K. et al., Nucleic Acids Resarch, vol. 29, p. 683-692 (2001))。そのため、通常のグルコースなどを含む培養条件では、イノシトール代謝系遺伝子群の酵素の活性は非常に低く、ミオ−イノシトール(MI)からシロ−イノシトール(SI)やD−キロ−イノシトール(DCI)の変換反応はほとんど進行しない。
【0037】
イノシトール代謝系遺伝子群の遺伝子上の上流に、転写制御タンパク質が存在することが知られている。かかる転写制御タンパク質は、iolR遺伝子によりコードされるリプレッサータンパク質であり、ネガティヴレギュレーターまたは負の転写調節因子とも称される。かかるリプレッサータンパク質に、イノシトール代謝中間体2−デオキシ5−ケト−D−グルクロン酸6−リン酸がインデューサーとして作用して、イノシトール代謝系遺伝子群の転写抑制が解除され、この代謝系遺伝子群の酵素が翻訳誘導されることが知られている(Yoshida, K. et al., Journal of Biological Chemistry, Vol. 283, p. 10415-10424 (2008))。また、iolR遺伝子を破壊することによっても、イノシトール代謝系遺伝子群の転写抑制が解除され、この代謝系遺伝子群が構成的に発現することが、実験的に示されている(Yoshida, K. et al., Journal of Molecular Biology, Vol. 285, 917-929 (1999))。
【0038】
例えば、イノシトール代謝系遺伝子群のうち、2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子(iolE遺伝子)と、イノシトール代謝系遺伝子群のリプレッサータンパク質をコードする遺伝子(iolR遺伝子)を破壊した枯草菌菌株(YF256株)では、ミオ−イノシトールからD−キロ−イノシトールへの変換効率が上昇していた。これは、転写抑制を解除した状態で、2−ケト−ミオ−イノシトールデヒドラターゼ以外のイノシトール代謝系遺伝子群の酵素を生合成させることができ、その結果ミオ−イノシトールの好ましくない代謝分解を生じさせないことが可能となったためである。
【0039】
かかるミオ−イノシトールからD−キロ−イノシトールへの変換においては、2−ケト−ミオ−イノシトール(2KMI)から1−ケト−D−キロ−イノシトール(1KDCI)への変換反応が関与しているが、かかる反応はシロ−イノソースイソメラーゼにより触媒される。枯草菌のイノシトール代謝系遺伝子群のうち、iolI遺伝子がシロ−イノソースイソメラーゼをコードしていることが報告されている(Yoshida, K. et al., Applied and Environmental Microbiology, 72(2), 1310-5 (2006 Feb))。
【0040】
本発明者らは、枯草菌においてyisS遺伝子とyvaA遺伝子によりコードされるタンパク質がシロ−イノシト−ルと2−
ケト−ミオ−イノシトールとの間の変換に関与していることを新たに確認し、iolE遺伝子とiolR遺伝子に加えて、シロ−イノシトールの分解に必要なyisS遺伝子(シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子)を破壊した枯草菌を作製した(TM030株)。枯草菌TM030菌株をミオ−イノシトールの存在する培養液により培養したところ、YF256株に比べて効率よくシロ−イノシトールを産生可能であることを見出した。
【0041】
iolE遺伝子を薬剤変異により不活性化し、iolR遺伝子とyisS遺伝子とを相同組換えによって、それぞれ薬剤耐性マーカー(クロラムフェニコール耐性遺伝子、例えばクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ)とインテグレーションベクターpMUTIN(Vagner, V. et al., Mirocbilogy, Vol. 144, p. 3097-3104 (1998))を挿入して破壊した変異枯草菌株(名称 Bacillus subtilis TM030株)を、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566 茨城県つくば市東1-1-1 つくばセンター 中央第6)に、
受託番号FERM BP-11185(国内受託番号:FERM P-21700、国内受託日:2008年10月8日)にて国際寄託した。遺伝子の破壊方法および選抜する具体的なプロトコルについては、Yoshida, K. et al., Microbiology, Vol. 150, p. 571-580 (2004)を参照し、改変して用いた。
【0042】
本発明者らは枯草菌において、iolE遺伝子、iolR遺伝子、yisS遺伝子(シロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子)に加えて、さらにiolI遺伝子(シロ−イノソースイソメラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子)を破壊した枯草菌を作製した(TM039株)。具体的には、変異枯草菌株 TM030株において、iolI遺伝子を相同組換えによって、スペクチノマイシン耐性遺伝子を挿入して破壊して、変異枯草菌株(名称 Bacillus subtilis TM039株)を作製した。枯草菌TM039菌株をミオ−イノシトールの存在する培養液により培養したところ、シロ−イノシトールを高純度で産生可能であることを見出した。なお、遺伝子の破壊方法および選抜する具体的なプロトコルについては、Yoshida, K. et al., Microbiology, Vol. 150, p. 571-580 (2004)およびYoshida, K. et al., J. Bacteriol. Vol. 181, p. 6081-6091 (1999)を参照し、改変して用いた。
【0043】
本発明はさらに、シロ−イノシトールの製造方法を包含する。シロ−イノシトールの製造方法は、少なくともシロ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質の機能が欠損または低減した本発明の細胞を、ミオ−イノシトールを含有する培地で培養する工程を含む。さらに、本願のシロ−イノシトールの製造方法は、好ましくは前記培養する工程で得られた培養ろ液から細胞を除去する工程と、細胞を除去した培養ろ液からシロ−イノシトールを単離する工程とを含む。
【0044】
培地はミオ−イノシトールを含有するものであり、組成は、目的に達する限り何ら特別の制限はない。原料であるミオ−イノシトールに加えて、炭素源、窒素源、有機栄養源、無機塩類等を含有する培地であればよく、合成培地または天然培地のいずれも使用できる。なお培地は、培養液(液体培地)であることが好ましい。
【0045】
培地は例えば以下のように配合されたものを用いることが好ましい。培地全体の重量に対し、ミオ−イノシトールを0.1重量%〜40重量%、好ましくは1重量%〜30重量%、より好ましくは1重量%〜10重量%添加し、炭素源としては、リンゴ酸、グリセロール、シュークロース、マルトースあるいは澱粉などを0.1重量%〜20重量%、より好ましくは0.3重量%〜5重量%、窒素源としては、ソイトン、カザミノ酸、ペプトン、酵母エキス、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウムあるいは尿素等を0.01重量%〜5.0重量%、好ましくは0.5重量%〜2.0重量%添加するのが望ましい。
【0046】
その他、必要に応じ、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、コバルト、マンガン、亜鉛、鉄、銅、モリブデン、リン酸、硫酸などのイオンを生成することができる無機塩類を培地中に添加することができる。無機塩類の添加量は、当業者が任意に決定することができる。
【0047】
培養液中の水素イオン濃度は特に調整する必要は無いが、好ましくはpH5〜10、より好ましくはpH6〜9に調整し培養することができる。
【0048】
培養条件は、菌の種類によっても異なるが、培養温度は12〜45℃、好ましくは15〜37℃とすることができる。また、培養は培養液を振とうしたり、培養液に空気あるいは酸素ガスを吹き込むなどして好気的に行えば良い。培養期間は、シロ−イノシトールが最大または、必要量の蓄積量を示すまで行えば良く、通常1〜7日、好ましくは1〜2日である。
【0049】
細胞培養後の培養液には、シロ−イノシトールのみならず、ミオ−イノシトールとD−キロ−イノシトールとが含まれ得る。例えば、TM030菌株を培養した場合は、培養液にはシロ−イノシトール、ミオ−イノシトール、D−キロ−イノシトールが含まれ得、TM039菌株を培養した場合は、培養液にはD−キロ−イノシトールは含まれずシロ−イノシトールおよびミオ−イノシトールが含まれ得る。培養液からシロ−イノシトールを分別する方法は、自体公知の方法または今後開発される方法を適用することができる。なお、シロ−イノシトールの分別は、目的に応じた精製度でよく、シロ−イノシトールとD−キロ−イノシトールとの混合物や、シロ−イノシトールとミオ−イノシトールとの混合物等として分別してもよい。
【0050】
例えば、培養液からシロ−イノシトールを採取する方法は、通常の水溶性中性物質を単離精製する一般的な方法を応用することができる。すなわち、培養液から菌体を除去した後、培養上清液を活性炭やイオン交換樹脂等で処理することにより、イノシトール類以外の不純物をほとんど除くことができる。その後、再結晶等の方法を用いることにより、目的物質を単離することができる。
【0051】
具体的には例えば、シロ−イノシトールが蓄積した培養上清液を、望ましくない成分の除去の目的で強酸性陽イオン交換樹脂、例えばデュオライト(登録商標)C-20(H
+型)を充填したカラムに通過させ通過液を集め、その後このカラムに脱イオン水を通過させ洗浄して洗浄液を集め、得られた通過液および洗浄液を合併する。こうして得られた溶液を強塩基性陰イオン交換樹脂、例えばデュオライト(登録商標)A116(OH
-型)を充填したカラムに通過させ通過液を集め、その後このカラムに脱イオン水を通過させ洗浄して洗浄液を集め、得られた通過液および洗浄液を合併して、イノシトール類を含みそれ以外の不純物をほとんど含まない水溶液を取得する。この水溶液を濃縮して得られたシロ−イノシトールの濃厚溶液に、エタノールの適当量を加え、室温または低温で一晩放置すると、純粋なシロ−イノシトールの結晶を晶出できる。また、シロ−イノシトールの水溶解性が低いことを利用して、この水溶液を濃縮し、ろ過するだけでも、純粋なシロ−イノシトールの結晶を晶出できる。さらに、カラム操作を行なう際に、脱色を目的として、活性炭を充填したカラムを使用することもできる。
【0052】
その他の精製方法として、例えば培養で得られたシロ−イノシトールを含む溶液に、ホウ酸と、NaClを加えて、シロ−イノシトール・ホウ酸複合体を作り、これをろ別後に、酸によりホウ酸を遊離させ、メタノールのような有機溶媒を加えることで結晶化させる方法によっても、純粋なシロ−イノシトールの結晶を得る事ができる(特許文献2)。
【実施例】
【0053】
以下、本発明の理解を深めるために参考例および実施例により具体的に説明する。参考例では、本発明を完成するに至った経緯を説明し、実施例では発明内容を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではないことはいうまでもない。
【0054】
(参考例1)枯草菌変異株YF256株の培養液の分析
枯草菌変異株(Bacillus subtilis YF256株、寄託番号FERM P-20286)を、ブロス培地30ml(1重量%ソイトン、0.5重量%酵母抽出物、0.5重量%NaCl、1重量%ミオ−イノシトール)を入れた500ml容坂口フラスコに加え、好気条件で、37℃で、17時間培養した。この培養液を集めて、遠心分離(10,000 rpm、15分間)し、培養上清液を回収した。
【0055】
この培養上清液を高速液体クロマトグラフィーにより下記の条件で分析した。
カラム:Wakosil 5NH
2 (4.6 × 250 mm)
カラム温度 : 20℃または40℃
検出器 : RI DETECTER L-2490 (Hitachi)
注入量 : 10μl
溶媒 : アセトニトリル:水=4:1
流量 : 2ml/min
溶出時間 :D−キロ−イノシトール; 11.6分
ミオ−イノシトール; 17.8分
シロ−イノシトール; 18.2分
【0056】
その結果、ミオ−イノシトールのすぐ後にシロ−イノシトールのピークが検出され、YF256株がシロ−イノシトールを産生していることが判明した。
【0057】
(参考例2)シロ−イノシトール代謝機能に関する遺伝子の探索
枯草菌のゲノムから、iolG遺伝子に配列相同性の高いパラログ遺伝子を、データベースSSDB(http://ssdb.genome.jp/ssdb-bin/ssdb_paralog?org_gene=bsu:BSU39700)により検索し、7つを選択した(yfil、yhjJ、yisS、yrbE、yteU、yulF、yvaA)。
これらの遺伝子について、各種イノシトール類の存在下(シロ−イノシトール存在下(SI)、ミオ−イノシトール存在下(MI)、D−キロ−イノシトール存在下(DCI)、D−ピニトールの存在下(PI))での発現について、転写発現解析を行った。各培養操作は、野生型枯草菌もしくは変異株Y256株を、0.5%カザミノ酸を炭素源とする合成培地に上記イノシトール類を10%で添加したものを用い、37℃にて対数増殖中期まで振とう培養した(S6培地; Yoshida, K. et al., Journal of Bacteriology, Vol. 79, p. 4591-4598 (1997))。マイクロアレイはシグマジェノシス社のPanorama
TM Gene Arrayを使用し、ノザンブロッティングでは、yisSの構造遺伝子領域の一部をPCRで増幅したものを鋳型として、
32Pリン酸
基を取り込ませるランダムプライム法によって放射活性標識したDNAプローブ(yisS構造遺伝子の翻訳開始点から415bp以降794bpまでに相当する380bp)を用いた。
【0058】
結果を
図2、
図3に示す。
図2上段はマイクロアレイの結果を示す写真であり、下段はマイクロアレイの結果を数値化して示す表である。
図3は、ノザンブロッティングの結果を示す写真である。
これらの結果から、他の遺伝子に比べてyisS遺伝子とyvaA遺伝子の発現レベルが高いこと、特にyisS遺伝子はシロ−イノシトールを分解利用する生育条件(SI存在下)で誘導されることが示唆された。よって、yisS遺伝子とyvaA遺伝子の両方またはどちらかがシロ−イノシトールを基質とする脱水素酵素をコードしている可能性が示された。
【0059】
(参考例3)yisS遺伝子の機能の確認
yisS遺伝子の機能について、yisS遺伝子を破壊した菌株を作製して確認した。yisS遺伝子は、pMUTIN4MCSプラスミドを用いて破壊した。yisS遺伝子の一部を、特異的プライマーペア(枯草菌168株の染色体塩基番号1163917から1164171までに相当する領域を増幅するようにデザインされたもの)と、鋳型としての枯草菌野生株168のDNAとを用いて、PCRにより増幅した。PCR産物は、HindIIIとBamHI(またはBglII)の酵素セットにより消化し、pMUTIN4MCSの制限酵素アームにライゲーションを行った(Vegner, V. et al., 1998)。このようにして作製した組換えプラスミドpMUTIN4MCSにより、野生株168の形質転換を行った。PMUTIN4MCSが入ったものにはエリスロマイシン抵抗性が付与されるようにし、選抜可能とした。このようにして選抜してBSF3018菌株を得た。この菌株は枯草菌ゲノム機能解析プロジェクトを通じて作製された変異株バンクに含まれる(Kobayashi, K. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA Vol. 100, p. 4678-4685 (2003))。この変異株バンクは国立遺伝学研究所に保管されナショナルバイオリソースプロジェクトの一環として一般に公開分与可能である(http://www.nbrp.jp/report/reportProject.jsp;jsessionid=6C442727811FEDB94CF60031CCDAFE92.lb1?project=bsub)。なお、BF3018菌株にはtrpC2というトリプトファン要求性の変異が存在する。
【0060】
BSF3018菌株をグルコース存在下(Gluc)、ミオ−イノシトール存在下(MI)、シロ−イノシトール存在下(SI)で生育させて観察を行った。コントロールとして、野生型と、YF248菌株(イノシトール代謝系オペロンのプロモーターを破壊したためにイノシトール代謝系酵素群すべての発現を欠くため、イノシトール類全般を代謝できない)を用いた。
【0061】
その結果を
図4、
図5に示す。
図4は、細胞増殖の経時的変化のグラフ(縦軸は波長660nmの吸光度)であり、
図5は30時間後の細胞増殖の写真である。
BFS3018菌株は、グルコース存在下とミオ−イノシトール存在下では細胞が増殖したが、シロ−イノシトール存在下では細胞増殖が見られなかった。よって、yisS遺伝子がシロ−イノシトールを代謝する酵素としての機能を持つことが示唆された。
【0062】
(実施例1) シロ−イノシトール産生変異株の作製
YF256菌株をBFS3018菌株のDNAでエリスロマイシン耐性に形質転換し、YF256菌株のyisS遺伝子を破壊した。BFS3018菌株の染色体DNAを細胞にコンピテントセル法を用いて導入し、YF256菌株のゲノムDNAとの相同組換えによりYF256菌株を形質転換した。BFS3018菌株におけるyisS遺伝子(pMUTIN4MCSにより破壊されたyisS遺伝子)が入ったものにはエリスロマイシン抵抗性が付与されており選抜可能である。このようにして選抜し、TM030菌株を得た。
【0063】
(実施例2) シロ−イノシトールの製造方法
変異株TM030株を、ブロス培地30ml(1重量%ソイトン、0.5重量%酵母抽出物、0.5重量%NaCl、1重量%ミオ−イノシトール)を入れた500ml容坂口フラスコに加え、好気条件で、37℃で、17時間培養した。この培養液を集めて、遠心分離(10,000 rpm、15分間)し、培養上清液を回収した。
【0064】
この培養上清液を高速液体クロマトグラフィーにより下記の条件で分析した。
カラム:Wakosil 5NH
2 (4.6 × 250 mm)
カラム温度 : 20℃
検出器 : RI DETECTER L-2490 (Hitachi)
注入量 : 10μl
溶媒 : アセトニトリル:水=4:1
流量 : 2ml/min
溶出時間 : D−キロ−イノシトール; 11.6分
ミオ−イノシトール; 17.8分
シロ−イノシトール; 18.2分
シロ−イノシトールの変換率を、培養前のミオ−イノシトールのモル数に対する培養上清中のシロ−イノシトールのモル数を百分率で算出した。
【0065】
TM030株によるミオ−イノシトールからシロ−イノシトールへの変換効率は、16.1%であり、ミオ−イノシトールからD−キロ−イノシトールへの変換効率は、4.3%であった。
YF256菌株では、シロイノシトールとD−キロ−イノシトールへの変換効率は各々6.4%と8.3%であった。
【0066】
(実施例3) シロ−イノシトール産生変異株の作製2
TM030菌株において、iolI遺伝子を破壊した菌株を作製した。iolI遺伝子は相同組換えによって、スペクチノマイシン耐性遺伝子を挿入して破壊し、変異株TM039株を作製した。具体的な方法は、文献:Yoshida, K. et al. J. Bacteriol. Vol. 181, p. 6081-6091 (1999)に記載されているasnH遺伝子の破壊方法とほぼ同様にして行い、iolI構造遺伝子の翻訳開始点から335bp以降528bpまでに相当する194bpをスペクチノマイシン耐性遺伝子と置き換えるようにした。
【0067】
枯草菌168株の染色体を鋳型として、
iolI遺伝子の前半部分(翻訳開始点から334 bpまでを含むもの)、および後半部分(529 bp以降を含むもの)に相当するDNAを、それぞれ、iolI1F:TGCGGTTGAACTTGAAGTGG(配列番号5)とiolI2R:TCTTCTGCTCTGTCACAAGC(配列番号6)のプライマーペア、およびiolI5F:CACTTCCATGCAATGGGTTC(配列番号7)とiolI6R:ATATTGATCTTCGCGTGGCC(配列番号8)のプライマーペアで、PCRにより増幅した。
一方、スペクチノマイシン耐性遺伝子カセットのDNAは、FU341株(asnH遺伝子をスペクチノマイシン耐性遺伝子を挿入して破壊した枯草菌変異株)の染色体を鋳型として、iolI3F:GCTTGTGACAGAGCAGAAGACAATAACGCTATTGGGAG(配列番号9)とiolI4R:GAACCCATTGCATGGAAGTGCTATATGCTCCTTCTGGC(配列番号10)のプライマーペアで、PCRにより増幅した。
iolI遺伝子の前半部分、スペクチノマイシン耐性遺伝子カセット、
iolI遺伝子の後半
部分に相当する上記3種類のDNAを、およそ同じモル比で混合し、iolI1F:TGCGGTTGAACTTGAAGTGG(配列番号5)とiolI6R:ATATTGATCTTCGCGTGGCC(配列番号8)のプライマーでPCRにより増幅して、上記3種類のDNAを記載の順に連結した。得られた連結DNAを適当量用いて、TM030菌株を形質転換してスペクチノマイシン耐性を付与することによりTM039株を得た。
【0068】
(実施例4) シロ−イノシトールの製造方法2
変異株TM039株、TM030株またはYF256菌株を、実施例2と同様の手法により培養した後、培養液を集めて、遠心分離(10,000 rpm、15分間)し、培養上清液を回収した。
この培養上清液を実施例2と同様の手法により、高速液体クロマトグラフィーを用いて分析した。
シロ−イノシトールの変換率を、培養前のミオ−イノシトールのモル数に対する培養上清中のシロ−イノシトールのモル数を百分率で算出した。
【0069】
結果を
図6に示す。
TM030株によるミオ−イノシトールからシロ−イノシトールへの変換効率は、12%であり、ミオ−イノシトールからD−キロ−イノシトールへの変換効率は、5%であった。
TM039株によるミオ−イノシトールからシロ−イノシトールへの変換効率は、15%であり、ミオ−イノシトールからD−キロ−イノシトールへの変換効率は、0%であった。
一方、YF256菌株では、シロイノシトールとD−キロ−イノシトールへの変換効率は各々10%と5%であった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の細胞を用いた、シロ−イノシトールの製造方法は、天然素材から微量にしか抽出することができないシロ−イノシトールを安価に供給されるミオ−イノシトールから純度良く簡便に製造することができ、有用である。
【0071】
シロ−イノシトールのアルツハイマー病への治療効果については、種々の研究がこれまでになされている。例えば神経細胞において、シロ−イノシトールによりアルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドβの凝集が抑制されること、さらにシロ−イノシトールによる神経細胞への毒性は見られなかったことが報告されている(McLaurin J. et al., J Biol Chem. Vol. 275, p. 18495-18502 (2000);Sun Y., et al., Bioorg Med Chem. Vol. 16, p. 7177-7184 (2008))。また、アルツハイマー病モデルマウスでは、シロ−イノシトールの経口摂取により、脳内のβアミロイドの凝集が抑制されることが見出されており、シロ−イノシトールはアルツハイマー病における認知症状を緩和させ、寿命の短縮を抑制することが示されている(Fenili D. et al., J Mol Med. Vol. 85, 603-611 (2007);Townsend M. et al., Ann Neurol. Vol. 60, p. 668-676 (2006))。
【0072】
シロ−イノシトールは、他の化合物に比べて安全性が高く、免疫反応に関与せずアレルギーを引き起こすこともないと考えられる。さらにシロ−イノシトールは、血液脳関門を容易に通過して脳内へ到達することができるため、経口投与により生体に投与可能であり、アルツハイマー病の予防や治療において、極めて実用性の高い物質である。本発明の細胞は、かかるシロ−イノシトールを、効率よく高純度で作製可能とするものである。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]