【文献】
松井かずさ, 他.,非侵襲性ガン治療のためのタンパク質修飾ナノ粒子の開発,化学工学会年会研究発表講演要旨集(CD−ROM),日本,(社)化学工学会,2009年 2月18日,Vol.74th,p.S314,【実験方法】及び【結果と考察】欄参照
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
過酸化チタンを含む基体粒子に、標的物を特異的に認識する分子が結合してなる、X線照射により標的物に障害を与える活性酸素を発生する複合体粒子を含む、放射線治療剤。
前記複合体粒子が、基体粒子の表面の少なくとも一部が高分子被膜により被覆されており、標的物を特異的に認識する分子が、当該高分子被膜を介して基体粒子に結合してなる、請求項1〜6のいずれか1に記載の放射線治療剤。
水、pH緩衝液、輸液、又は生理食塩水の中に複合体粒子が自主分散しており、当該複合体粒子が、過酸化チタンを含む基体粒子に、標的物を特異的に認識する分子が結合してなる、X線照射により標的物に障害を与える活性酸素を発生する複合体粒子である、分散液。
【背景技術】
【0003】
癌治療の1つとして、放射線治療が行われている。放射線治療はX線やγ線などを照射することにより癌細胞の増殖を抑えたり殺傷したりする治療法である。放射線治療は一般的に局所治療であり、全身への侵襲が小さいため、患者に対しても負担が少なく緩和医療の重要な手段と考えられている。
【0004】
放射線治療のうち、外部照射法は体外から病巣をねらって照射する方法であり、X線、γ線、電子線、粒子線などが使用される。外部照射法では、腫瘍に十分な放射線量が到達し、かつ腫瘍周辺の正常組織に放射線があまりあたらないように、放射線照射の方向を検討することを要する。放射線は、一方向からの照射する場合もあれば、多数の方向から照射する場合もある。体内深部にある腫瘍を治療する場合は、強い放射線を照射する必要があり、副作用の問題がある。
【0005】
放射線治療による正常組織への副作用は、基本的には照射された領域に生じる。正常組織の反応としては、照射中に起こる粘膜・上皮細胞の障害や、治療が終了してから6ヶ月〜数年経過後に生じる間質細胞・血管内皮細胞の障害などがある。放射線治療の副作用は、照射線量、照射部位、患者の年齢、全身状態などによって様々である。副作用を低減させつつ、効果的に癌細胞を殺傷可能なような放射線治療が望まれる。
【0006】
近年、二酸化チタンなどの光触媒作用が種々の分野で利用されており、注目されている。光触媒作用とは、二酸化チタンなどに380nm以下の短波長の光を照射することにより生成される活性酸素種の酸化力に基づくものである。光触媒作用は、環境ホルモンなどの有害化学物質の分解処理、有害微生物の殺菌・抗菌に利用されており、さらに癌治療への応用研究が進められている(非特許文献1〜4)。
【0007】
二酸化チタンを親水性高分子により修飾し、さらに目的分子に対して特異的な結合能を有する分子を固定化した二酸化チタン複合体が、癌細胞等を光触媒作用により分解する作用を有することが開示されている(特許文献1)。かかる二酸化チタン複合体は、紫外線照射により光触媒作用を発揮する。
【0008】
また二酸化チタンに超音波を照射すると、高濃度のヒドロキシルラジカルを生成することが確認されている(二酸化チタン/超音波触媒法)。二酸化チタンをポリアクリル酸で被覆して、肝細胞認識タンパク質pre/S2を二酸化チタンに結合させてなる複合体粒子の開示があり、かかる複合体粒子は、肝癌細胞を特異的にターゲッティングすることができ、超音波の照射により癌細胞を殺傷・損傷させる作用を発揮する(特許文献2)。
【0009】
光触媒作用の放射線治療への利用が望まれているものの、照射線量の問題などがあり、実用に耐え得るような光触媒材料は見出されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、放射線照射によりヒドロキシラジカルを発生する粒子を含む、放射線治療剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために本発明者らは、鋭意検討した結果、過酸化チタンが放射線照射によりヒドロキシラジカルを発生することに着目し、過酸化チタンを放射線治療に用いることが可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.過酸化チタンを含む基体粒子に、標的物を特異的に認識する分子が結合してなる、放射線照射により標的物に障害を与える活性酸素を発生する複合体粒子を含む、放射線治療剤。
2.前記活性酸素がヒドロキシラジカルである前項1に記載の放射線治療剤。
3.前記基体粒子の過酸化チタンが主として基体粒子表面に分布していることを特徴とする前項1または2に記載の放射線治療剤。
4.基体粒子が、さらに二酸化チタンを含むものである、前項1〜3のいずれか1に記載の放射線治療剤。
5.基体粒子の平均分散粒径が、1nm以上200nm以下である、前項1〜4のいずれか1に記載の放射線治療剤。
6.標的物を特異的に認識する分子が、抗体である、前項1〜5のいずれか1に記載の放射線治療剤。
7.前記複合体粒子が、基体粒子の表面の少なくとも一部が高分子被膜により被覆されており、標的物を特異的に認識する分子が、当該高分子被膜を介して基体粒子に結合してなる、前項1〜6のいずれか1に記載の放射線治療剤。
8.放射線がX線である、前項1〜7のいずれか1に記載の放射線治療剤。
9.水、pH緩衝液、輸液、又は生理食塩水の中に複合体粒子が自主分散しており、当該複合体粒子が、過酸化チタンを含む基体粒子に、標的物を特異的に認識する分子が結合してなる、放射線照射により標的物に障害を与える活性酸素を発生するものである、分散液。
10.前記複合体粒子の表面電位が+20mV以上である、前項9に記載の分散液。
11.前項9または10の分散液である、放射線治療剤。
12.標的物を特異的に認識する分子が、腫瘍細胞を特異的に認識し得る抗体である、前項1〜8および11のいずれか1に記載の放射線治療剤を含む、抗腫瘍剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明の放射線治療剤によれば、標的物を特異的に認識する分子により複合体粒子が標的物に集積し、放射線照射により過酸化チタンがヒドロキシラジカルを発生して、標的物を損傷することができる。本発明の放射線治療剤を用いれば、少ない放射線量でも標的物を効果的に損傷することができる。本発明の放射線治療剤により例えば腫瘍治療を行う場合には、腫瘍以外の正常組織に対する放射線による副作用を軽減させることができる。また、少ない線量で高い治療効果が得られるようになれば、放射線療法の患者に対する負担が軽減され、放射線療法の有用性が増す。現在の放射線療法では副作用等の観点から、照射する線量、照射する回数などに制限が設けられているが、本発明の放射線治療剤を併用することにより、その範囲でも十分な治療効果が得ることが期待される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、過酸化チタンを含む基体粒子に、標的物を特異的に認識する分子が結合してなる複合体粒子を含む放射線治療剤であって、過酸化チタンが放射線照射によりヒドロキシラジカルを発生することにより、標的物を攻撃する作用を発揮する、放射線治療剤に関する。
【0018】
(過酸化チタンを含む基体粒子)
本発明における、過酸化チタンを含む基体粒子とは、過酸化チタンを含み、溶液中に分散可能な粒子であり、かつ、放射線照射により溶液中で活性酸素、特にヒドロキシラジカル(・OH)を生成することができる粒子である。本明細書においては過酸化チタンを含む基体粒子を、単に「基体粒子」と称することもある。
【0019】
基体粒子において過酸化チタンは、少なくとも基体粒子の表面上に存在すればよい。基体粒子は過酸化チタン以外の材料を含んでいてもよい。過酸化チタン以外の材料はいかなるものであってもよいが、例えば酸化物半導体が例示され、二酸化チタン(TiO
2)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化スズ(SnO
2)、酸化タンタル(Ta
2O
3)、酸化ニッケル(NiO)、酸化鉄(FeO)、酸化クロム(CrO、Cr
2O
3)、酸化モリブデン(MoO
3)などが例示される。基体粒子は過酸化チタン以外に二酸化チタン(TiO
2)を含むものが好ましく、後述する作製方法にて作製されるものを用いることが好ましい。過酸化チタン以外に二酸化チタンを含む基体粒子を、以下「過酸化チタン−二酸化チタン微粒子」と称することもある。
【0020】
また本発明の基体粒子は分散液として存在することが望ましい。分散液の溶媒は、基体粒子が分散可能なものであればいかなるものであってもよいが、蒸留水が例示される。分散液における基体粒子の平均分散粒径は、生理的条件下において1nm以上200nm以下であり、好ましくは10nm以上100nm以下、より好ましくは20nm以上60nm以下である。基体粒子の平均分散粒径がこの範囲内であれば、本発明における複合体粒子も同様の範囲内となる可能性が高く、標的物を特異的に認識する分子結合させるのに十分な大きさであり、哺乳動物の血流中などの水溶液中で十分な分散安定性および流動性を確保することができるためである。
【0021】
ここで分散粒子径とは、水溶液中における基体粒子の大きさを表し、基体粒子の結晶が凝集した凝集体の大きさを含む。平均分散粒径は、動的光散乱法によって測定を行い、キュムラント法解析から算出される平均値のことを示している。また、本明細書でいう生理的条件下とは25℃、1気圧で、蒸留水の存在下もしくは、25℃、1気圧で、リン酸緩衝食塩水(137mM NaCl、8.1mM Na
2HPO
4、2.68mM KCl、1.47mM KH
2PO
4の組成)(pH7.4)存在下のことを示す。
【0022】
(過酸化チタンを含む基体粒子の作製方法)
過酸化チタンを含む基体粒子は、上記のような性質を有する粒子を作製することが可能であれば、いかなる手法により作製してもよい。過酸化チタンを含む基体粒子は、例えば次のようにして作製することができる。チタン塩化物もしくはその水和物と第四級アンモニウム塩との中和反応を行い、中和反応後の溶液を80〜150℃の水熱条件で水熱処理し、得られた分散液に過酸化水素水を添加し、ろ過洗浄することにより、過酸化チタンを含む基体粒子を含む分散液を作製することができる。
【0023】
チタン塩化物としては、四塩化チタンが好ましく、第四級アンモニウム塩としては水酸化テトラメチルアンモニウム、炭酸テトラメチルアンモニウム、重炭酸テトラメチルアンモニウム、コリン、炭酸コリン、および重炭酸コリン等を例示することができるが、好ましくは水酸化テトラメチルアンモニウムである。
【0024】
より具体的には、四塩化チタン(TiCl
4)に水(例えば蒸留水)、水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)を加えて、125℃で加熱処理して水熱処理をし、その後過酸化水素水を加え、その後、限外ろ過膜でろ過洗浄することにより、基体粒子を含む分散液を得ることができる。
【0025】
(標的物を特異的に認識する分子)
本発明の放射線治療剤において、過酸化チタンを含む基体粒子には、特定の標的物を特異的に認識する分子が結合している。過酸化チタンを含む基体粒子と特定の標的物を特異的に認識する分子とを含むものを、複合体粒子と称する。過酸化チタンを含む基体粒子および複合体粒子ともに、ナノ粒子であり、ナノ粒子とは一般的に1nm以上200nm以下の直径を持つ粒子を意味する。
【0026】
標的物を特異的に認識する分子は、本発明の複合体粒子を、標的物に集積させる作用を有するものであり、例えば、標的物に存在する分子と特異的に結合する分子である。当該分子は、タンパク質、ポリペプチド、DNA等のいかなる分子であってもよい。当該分子は好ましくはタンパク質であり、タンパク質としては例えば抗体、リガンド、レセプターが例示される。これらのうち、特に好ましくは抗体である。例えば、標的物が腫瘍である場合は、腫瘍細胞に特異的に存在する分子に対する抗体を用いればよい。腫瘍細胞に特異的に存在する分子に対する抗体とは、具体的には上皮成長因子受容体(EGFR)に対する抗体や、癌抗原を認識する抗体、遊離抗原を認識する抗体を使用することができる。癌抗原の具体例としては、上皮増殖因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor;EGFR)、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)などが挙げられる。
【0027】
標的物を特異的に認識する分子を固定化する際の標的官能基としては、当該分子が単純タンパク質の場合はアミノ基およびチオール基、糖タンパク質の場合は糖のアルデヒド基を用いればよい。例えば、水溶性高分子により修飾した基体粒子のカルボキシル基にビオチン(または、アビジン)を導入しておき、タンパク質をアビジン(または、ビオチン)と架橋させることにより、ビオチン:アビジンの相互作用を利用して固定化することが可能である。
【0028】
(高分子被膜)
本発明における複合体粒子は、基体粒子の表面の少なくとも一部が高分子被膜により被覆されていることが好ましい。当該高分子被膜を介して標的物を特異的に認識する分子を基体粒子の表面に容易に結合させることが可能となる。
【0029】
本発明における高分子被膜は、水溶性高分子であることが好ましく、水溶性高分子としては親水性のカチオンポリマーや親水性のアニオンポリマーが例示される。過酸化チタンを含む基体粒子は、それ自体溶液中(水系溶媒中)での分散性を有するが、例えば、水溶性高分子が基体粒子の表面に強固に結合することにより、複合体粒子の中性付近を含む幅広いpHの溶液中における分散安定性を増強することができる。また培地などのような複合体粒子以外の種々の成分が含まれるような溶液においても、水溶性高分子の被膜により複合体粒子の分散安定性を保持することが可能となる。過酸化チタンを含む基体粒子(好ましくは過酸化チタン−二酸化チタン微粒子)の場合は、水または塩を含む各種pH緩衝液中において、生理的条件下で、かつ分散剤等の他物質の添加なしに、分散性が極めて良好となり、24時間以上にわたって安定な分散性を達成することができる。
【0030】
本発明における高分子被膜の材料としては、カルボキシル基を有する水溶性高分子やアミンである水溶性高分子が望ましい。水溶性高分子としては、重量平均分子量が1000以上100000以下の範囲のものであればいずれも使用可能である。カルボキシル残基やアミノ基には、所望の特定の標的物を特異的に認識する分子を固定化することが可能となり、有用である。カルボキシル基を有する高分子としては、例えばカルボキシメチルデンプン、カルボキシメチルデキストラン、カルボキシメチルセルロース、ポリカルボン酸類、およびカルボキシル基単位を有する共重合体(コポリマー)などが挙げられる。具体的には、水溶性高分子の加水分解性および溶解度の観点から、ポリアクリル酸、ポリマレイン酸等のポリカルボン酸類、およびアクリル酸/マレイン酸やアクリル酸/スルフォン酸系モノマーの共重合体(コポリマー)がより好適に使用される。アミンである高分子としては、例えばポリアミノ酸、ポリペプチド、ポリアミン類、およびアミン単位を有する共重合体(コポリマー)などが挙げられる。具体的には、水溶性高分子の加水分解性および溶解度の観点から、ポリエチレンイミン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン等のポリアミン類がより好適に使用される。また、高分子被膜の材料として重量平均分子量が1000以上100000以下のポリエチレングルコール等を用いてもよい。
【0031】
これらの水溶性高分子により過酸化チタンを含む基体粒子を修飾することにより、特定の標的物を特異的に認識する分子の固定化後においても、水溶性高分子の官能基(カルボキシル基やアミノ基、水酸基)により、粒子間の電気的斥力が働くため、凝集することなく、長時間にわたってpH3〜9の水系分散媒中で、安定的に分散した状態を維持できる。水溶性高分子の被膜を含む複合体粒子の分散粒径は、生理的条件下において1nm以上200nm以下で安定化するため、哺乳動物の血流中において優れた分散安定性および流動性を示し、標的物に到達した複合体粒子に、放射線を照射することにより、標的物の破壊を促進することができる。
【0032】
(高分子被膜の形成)
本発明の基体粒子に、高分子被膜を形成する手法としては特許文献2に記載の手法を用いることができる。具体的には、以下のような手法を用いることができる。例えば、基体粒子(好ましくは過酸化チタン−二酸化チタン微粒子)にカルボキシル基を複数有する水溶性高分子の被膜を形成するには、基体粒子と、カルボキシル基を複数有する水溶性高分子をジメチルホルムアミドに分散させて90〜180℃で1〜12時間水熱反応を行って両者をエステル結合で結合させればよい。ここで、基体粒子と水溶性高分子とがエステル結合するのは、粒子表面の過酸化チタンが反応系中の水に水和されてその表面に水酸基が生成し、その水酸基と水溶性高分子のカルボキシル基とが反応してエステル結合を形成することによるものである。エステル結合の確認方法としては種々の分析方法が適用できるが、例えば赤外分光法によりエステル結合の吸収帯である1700〜1800cm
−1付近の赤外吸収の有無で確認することが可能である。
【0033】
高分子被膜を有する基体粒子の分散液における平均分散粒径は、高分子被膜を有さない基体粒子と実質的に同様であり、生理的条件下において1nm以上200nm以下であり、好ましくは10nm以上100nm以下、より好ましくは20nm以上60nm以下である。
【0034】
(標的物を特異的に認識する分子の基体粒子への結合)
標的物を特異的に認識する分子は、基体粒子そのものに直接結合させたり、公知のリンカーを介して結合させることも可能であるが、基体粒子を被覆した高分子被膜を介して結合させてもよい。基体粒子を被覆した高分子被膜に、標的物を特異的に認識する分子を結合させる手法としては、特許文献2に記載の手法を用いることができる。基体粒子の表面に高分子被膜が形成されているため、高分子被膜に含まれる水溶性高分子のカルボキシル基またはアミノ基に目的分子に対して特異的な結合能を有する分子を固定化することができる。例えば、特異的な結合能を有する分子の基体粒子表面の高分子被膜への固定化には、主にこの分子が有するアミノ基またはカルボキシル基を用いてアミノカップリング法が行われる。例えば、高分子被膜のカルボキシル基に対し、水溶性カルボジイミド(EDC)およびN−ヒドロキシこはく酸イミド(NHS)を用いて、標的物を特異的に認識する分子中のアミノ基を結合させることができる。
【0035】
(複合体粒子を含む分散液)
本発明は、複合体粒子を含む分散液にも及ぶ。本発明の複合体粒子の表面電位の最適範囲としては、+20mV以上あればよく、一般に自主分散(粒子が沈殿しない状態)が十分に達成できる電位として+40mV以上あればより望ましい。また本発明の複合体粒子を含む分散液には塩が含まれていることが望ましく、塩濃度は1M以下、好ましくは100〜300mM程度である。また分散液中の複合体粒子の濃度は、重量百分率(wt%)で20wt%以下であればよく、さらに望ましくは重量百分率で0.0001〜10wt%、好ましくは0.001〜5wt%、より好ましくは0.0025〜2wt%であればよい。なお、本明細書において重量百分率(wt%)と質量百分率(mass%)とは同義であり、相互に交換可能に用いられている。
【0036】
本発明における分散液は、水、種々のpH緩衝液、輸液、あるいは生理食塩水を用いた、均一で安定な分散液として提供することが可能となる。本発明の複合体粒子を含む分散液は中性付近の生理的条件においても凝集することがないために、生体に投与する際に有利である。
【0037】
(放射線治療剤)
本発明において、放射線治療剤とは放射線治療の際に用いることのできる薬剤を意味する。本発明の放射線治療剤は、放射線照射により、基体粒子に含まれる過酸化チタンがヒドロキシラジカルを発生し、ヒドロキシラジカルが標的物を攻撃する作用を発揮する。本願発明の放射線治療剤は、放射線照射により標的物としての細胞を障害する機能を発揮する薬剤である。
【0038】
本発明の放射線治療剤は、種々の製剤形態(例えば、液剤、固形剤またはカプセル剤等)とすることができ、その製剤形態としては、例えば、注射剤または経口剤(錠剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、軟若しくは硬カプセル剤、液剤、乳剤、懸濁剤またはシロップ剤等)等を挙げることができる。本発明に係る放射線治療剤は、自体公知の方法に従ってこれら種々の製剤形態として製造することができる。本発明の放射線治療剤を製造する場合には、製剤の種類に応じて、所望により種々の添加物を添加することができ、添加物としては、例えば、安定化剤、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、結合剤、溶解補助剤、界面活性剤、崩壊抑制剤、酸化防止剤、無痛化剤または等張化剤等が挙げられる。
【0039】
本発明の放射線治療剤を注射剤として患者等に投与する場合は、適宜に投与経路を選択して投与することができる。例えば、癌が存在する組織に直接投与若しくは局所投与することもできるし、また静脈、動脈、皮下、筋肉内または腹腔内等に投与することもできる。
【0040】
本発明の放射線治療剤と併用することにより、標的物への殺傷効果を増大させることができる放射線としては、例えば、X線、ガンマ線、電子線、陽子線、ヘリウム線、炭素イオン線、ネオンイオン線、アルゴンイオン線、シリコンイオン線、負パイ中間子線、中性子線、またはマイクロ波等が挙げられる。本発明における放射線は好ましくはX線である。
【0041】
本発明の放射線治療剤の生体への投与回数は、特に制限されず、例えば、1回〜10回であり、投与時期は、患者に放射線を照射する前若しくは後、または照射するのと同時のいずれの時期であってもよく、最も好ましくは、放射線を照射する前である。
【0042】
放射線治療における標的物への放射線の照射方法は、公知の方法を用いることができ、例えば、直接的に、分割照射(例えば、1日に数分間、1〜2ヶ月間にわたって複数回)を行う方法が挙げられる。放射線の初期エネルギーは、患者等の腫瘍の大きさ、状態若しくは部位またはその周辺の状況等に応じて適宜選択することができるが、通常、約100〜500MeV/nである。また患者等の腫瘍の大きさ、状態若しくは部位またはその周辺の状況等に応じて適宜選択することができるが、患者等への放射線の照射量は、通常約0.1〜100Gyであり、患者等への放射線の照射割合は、通常約0.05〜50Gy/分であり、放射線が標的物に対して与えるエネルギー(linear energy transfer:LET)は、通常約50〜70keV/μmである。
【0043】
本発明の放射線治療剤の標的物は、生体内におけるいかなる病変組織であってもよいが、癌を含む腫瘍や、炎症組織、ウイルスに感染した組織などが挙げられる。腫瘍としては、例えば、肺癌、卵巣癌、膵臓癌、胃癌、胆嚢癌、腎臓癌、前立腺癌、乳癌、食道癌、肝臓癌、口腔癌、結腸癌、大腸癌、子宮癌、胆管癌、膵島細胞癌、副腎皮質癌、膀胱癌、精巣癌、睾丸腫瘍、甲状腺癌、皮膚癌、悪性カルチノイド腫瘍、悪性黒色腫、骨肉腫、軟部組織肉腫、神経芽細胞腫、ウィルムス腫瘍、網膜芽細胞腫、メラノーマまたはグリオーマ等が挙げられる。本発明の放射線治療剤の標的物は、好ましくは膵臓癌または大腸癌である。
【0044】
本発明は、本発明の放射線治療剤を含む抗腫瘍剤にも及ぶ。本発明の抗腫瘍剤は、他の抗腫瘍剤を用いた化学療法や、外科的療法等と組み合わせて用いることができる。他の抗腫瘍剤としては、例えば、アルキル化剤、各種代謝拮抗剤、抗腫瘍抗生物質等が挙げられる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の理解を深めるために実施例および実験例により具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではないことはいうまでもない。
【0046】
(実施例1) 複合体粒子の作製
(1)過酸化チタン−二酸化チタン微粒子である基体粒子の作製
過酸化チタン−二酸化チタン微粒子である基体粒子は以下のように調製した。
四塩化チタン(TiCl
4)(和光純薬社製)0.02molに水10ml、25%(重量百分率)水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)(多摩化学工業株式会社製)30mlを加えて水でトータル50mlになるように調整した。これを125℃で1時間加熱処理し、室温まで冷ました。その後30%(重量百分率)過酸化水素水を5ml加えた。これを限外ろ過膜(アミコン;ミリポア社製;分画分子量100kDa)で5回ろ過洗浄し、過酸化チタン−二酸化チタン微粒子である基体粒子の分散液(溶媒は蒸留水)を得た。
【0047】
(2)高分子による基体粒子の修飾
高分子であるポリアクリル酸を、(1)で得た基体粒子の表面に、以下の手法により修飾させた。
まず、ポリアクリル酸(PAA)(重量平均分子量5000、和光純薬)にDMFを加えて混合し、100mg/ml PAA溶液を作製した。上記(1)で作製した5%(重量百分率)の基体粒子の分散液1mlおよび100mg/ml PAA溶液を、超音波発生装置で30分間超音波照射した。DMF 37.5ml、PAA溶液2ml、基体粒子の分散液0.5mlの順に混合した。混合物を沈殿がなくなるまで超音波処理した。テフロン(登録商標)製の密閉容器にいれて150℃、5時間反応させた。反応液を10mlずつ50mlチューブ(コーニング
(R))にわけ、アセトンを2倍量(20ml)加えて攪拌した後、室温で1時間静置した。遠心分離機にて4000rpm、15℃、20分間遠心分離を行い、分離した上澄み液をデカンテーションして捨てた。99%(重量百分率) エタノールを2倍量(20ml)加えて穏やかに攪拌し、遠心分離機にて4000rpm、10分間遠心分離を行った。分離した上澄み液を、デカンテーションして捨てた後、蒸留水で必要な濃度に懸濁し、PAA修飾した基体粒子(以下「PAA−基体粒子」と称することもある)の分散液を作製した。
なお、DLS(動的光散乱法)(Zetasizer Nano ZS、Malvern社製)によって測定した平均分散粒経は約58.4nmであった。平均分散粒径の測定条件は、1気圧、25℃、蒸留水の存在下である。
【0048】
(3)抗EGFR抗体のPAA−基体粒子への結合
0.4M 水溶性カルボジイミド(EDC、和光純薬)溶液125μlに、0.1MのN−ヒドロキシこはく酸イミド(NHS、和光純薬)溶液125μlを加え、混合液250μlを、上記(2)で作製した5%(重量百分率)PAA−基体粒子溶液500μlに加え、室温にて1時間緩やかに撹拌させながら反応させた。混合液に、0.02MのAB−NTA溶液250μlを添加し、その後0.015MのNi
2+ 500μlを添加して攪拌した。その混合液50μlに対して、0.02M 抗EGFR抗体溶液(抗EGFR抗体は、Journal of Biochemistry, 46(6), 867-874に記載の方法で調製した)50μlを加え、4℃にて4時間〜1晩緩やかに撹拌させながら反応させた。0.1Mモノエタノールアミンを1ml加え4℃にて30分緩やかに撹拌させながら反応させて、抗EGFR抗体がPAA−基体粒子に結合した複合体粒子(以下「抗EGFR抗体−PAA−基体粒子」と称することもある)を作製した。
【0049】
複合体粒子を作製した後、限外ろ過膜(アミコン:ミリポア社製)分画分子量100kDaを用いて、複合体粒子と未修飾の抗体とを分離した。HEPES緩衝液を加えて3回限外ろ過を行った。
【0050】
(実験例1)放射線による基体粒子のラジカル発生の確認
APF(Aminophenyl Fluoroscein)は中性水溶液中でほとんど蛍光を持たないが、APFが強い活性を持つ活性酸素種(特に、・OH、・O
2−)と反応すると、強蛍光性化合物であるフルオレセインが生成し、蛍光強度に増大が観察される。この反応を利用して、実施例1(1)にて得られた基体粒子(0、0.00025、0.0025、0.025、0.25、2.5 mass%(質量百分率))について、放射線照射によるラジカルの発生量の変化を確認した。放射線照射は、臨床用高エネルギーX線照射装置 リニアック:三菱 EXL-15DP(以下「臨床用X線照射装置」とも称する)またはSpring-8の装置で、照射線量のグレイ(Gy)数を揃えて(0〜100Gy)、装置の説明書通りに行った。また、ポジティブコントロールとして基体粒子に紫外線照射を行い、ラジカルの発生量の変化を確認した。紫外線照射はATTO社製、DNA-FIXを用いて照射ジュール量を合わせて(0〜16J/cm
2)行った。さらにネガティブコントロールとして、PAA修飾した二酸化チタン微粒子(蒸留水中に分散したもの)を用いて放射線照射を行った。なお、二酸化チタン微粒子は製品名「STS01」(石原産業株式会社製)を用いた。
【0051】
結果を
図1〜4に示す。
図1は臨床用X線照射装置を用いて基体粒子にX線を照射した結果を示し、
図2は基体粒子に紫外線を照射した結果を示す。
図3は、臨床用X線照射装置もしくはSpring-8を用いて、過酸化チタンを含む基体粒子にX線を照射した結果を示し、
図4は臨床用X線照射装置もしくはSpring-8を用いて、PAA修飾した二酸化チタン微粒子にX線を照射した結果を示す。過酸化チタンを含む基体粒子が放射線照射によりラジカルを発生することが確認できた。過酸化チタンを含む基体粒子によるラジカル発生量は、二酸化チタン微粒子によるラジカル発生量よりも大きいことがわかった。また一定の濃度までは、過酸化チタンを含む基体粒子の濃度が高くなるにしたがって生成されるラジカル量が増加することがわかった。
【0052】
(実験例2)複合体粒子による細胞障害効果の確認
実施例1にて作製した複合体粒子の癌細胞に対する特異性および複合体粒子による癌細胞の殺傷・損傷効果を検討した。実験例1において、過酸化チタンを含む基体粒子が放射線によりラジカルを発生することが確認されたため、本実験例では便宜上、放射線照射ではなく、紫外線照射を用いて実験を行った。
【0053】
2×10
5cells/ dishになるように3.5cm dishに2mlずつ癌細胞(Hela細胞)懸濁液を添加した。培地はDMEM培地(ナカライテスク製)を用いた。37℃、5% CO
2にて24時間インキュベートした。培地を捨てて新しい培地を2ml添加して、1%(重量百分率)の複合体粒子(抗EGFR抗体−PAA−基体粒子)を0.15ml添加した。次に、紫外線照射(条件:3.0J/cm
2)を行った。コントロールとして培地のみのもの、RFP(赤色蛍光タンパク質)を添加したもの、抗EGFR抗体のみを添加したもの、PAA−基体粒子を添加したもの、RFPでPAA−基体粒子を修飾したもの(以下「RFP−PAA−基体粒子」とも称する)を添加したものについても、紫外線照射を行った。その後、エチジウムホモダイマー1(EthD−1)およびカルセインを添加して、蛍光顕微鏡にて細胞を観察した。生きている細胞は、緑色の蛍光を示し、死滅した細胞は赤色の蛍光を示す。
【0054】
図5は、紫外線照射のない場合の細胞を、
図6は紫外線照射を行った場合の細胞の写真である。
図5および
図6の上段の写真は、透過光像であり、中段の写真は緑色蛍光像(生細胞)であり、下段の写真は赤色蛍光像(死細胞)である。本発明の複合体粒子に紫外線照射を行ったものでは、明らかに死滅した細胞が見られ、複合体粒子により細胞障害性が発揮されていることがわかった。なお、抗EFGR抗体のない場合でも、死滅した細胞が見られたが、抗EGFR抗体のある複合体粒子の場合では、より多くの細胞が死滅したため、癌細胞への集積性が、特異的な細胞障害性を発揮するのに重要であることが示唆された。
【0055】
(実験例3)複合体粒子による細胞障害効果の確認
実施例1にて作製した複合体粒子の癌細胞に対する特異性および複合体粒子による癌細胞の殺傷・損傷効果を検討した。本実験例では放射線照射を行い、効果を確認した。
【0056】
1×10
3cells/ wellになるように96穴プレートに癌細胞(MIA PaCa-2細胞:ヒト膵臓腺癌、HCTp53+/+細胞:ヒト大腸癌(いずれもATCCより入手)を添加した。培地はいずれもRPMI培地(ナカライテスク製)を用いた。MIA PaCa-2細胞、HCTp53+/+細胞とも、EGFRを発現していることが知られている。37℃、5% CO
2にて24時間インキュベートした。培地を捨てて新しい培地を2ml添加し、1.6%(重量百分率)の複合体粒子(抗EGFR抗体−PAA−基体粒子)を0.15ml添加した。次に、X線照射(0,5Gy)を行った。X線照射は、実験例1と同様の臨床用高エネルギーX線照射装置 リニアック:三菱 EXL-15DP(150kVp、5mA、1.0Al Filter)を用いて行った。コントロールとして培地のみのもの、1.6%(重量百分率)のPAA−基体粒子を添加したものについて、X線照射を行った。X線照射した日を0日目とし、MIA PaCa-2細胞については7日目に、HCTp53+/+細胞については12日目に、生細胞数を測定した。生細胞数の測定は、WST-8(Cell Counting Kit-8、株式会社 同仁化学研究所)を添加して3時間インキュべートした後、490nmで吸光度を測定することにより行った。細胞生存率は0Gyの場合の細胞数に対する割合として算出した。
【0057】
結果を
図7に示す。
図7aはMIA PaCa-2細胞の結果であり、
図7bはHCTp53+/+細胞の結果である。培地のみのコントロールと比較して、PAA−基体粒子を添加したもの、抗EGFR抗体を含む複合体粒子を添加したものでは、細胞数が減少しており、基体粒子にX線を照射することによる細胞障害効果を確認することができた。両細胞とも、抗体を含む複合体粒子を添加した場合は、PAA−基体粒子を添加した場合と比較して細胞数が減少していたことから、複合体粒子が抗EGFR抗体を含むことによって、癌細胞に集積し、細胞障害効果を増強したことが予測された。