【実施例】
【0034】
(A)実験材料と実験方法
(1)使用菌株およびプラスミド
Saccharomyces cerevisiae KF7Mは、次のような遺伝背景を持つ。MATa/MAT α HO/HO trp1/trp1::TEFp-ERG25 TDH3p::TDH3p-BGL1-TRP1 ura3/ura3::URA3-TDH3p-Xyl1-TDH3p-Xyl2-TDH3p-Xks1)。キシロースからキシロース-5-リン酸に代謝変換することができるようにTDH3p-Xyl1 TDH3p-Xyl2 TDH3p-Xks1を持つ。Xyl1とXyl2は、それぞれPichia stipitis由来のキシロースリダクターゼ遺伝子とキシリトルデヒドゲナーゼ遺伝子であり、Xks1は、Saccharomyces cerevisiae由来のキシルロキナーゼ遺伝子である。KF7由来のウラシル要求性株のプラスミドpIUX1X2XKによるURA+形質転換体として分離した株である。そのプラスミドは、pBluescriptにURA3 TDH3p-Xyl1-TDH3t TDH3p-Xyl2-TDH3t TDH3p-Xks1-TDH3tを加えたものである。KFG4-4BとKFG4-6Bは、KF7由来株であり、特開2009−171912号公報(特願2008-015864) に記載されており、それぞれ受託番号FERM P−21478及び受託番号FERM P−21479として、独立行政法人産業技術総合研究所の特許生物寄託センター(〒305−8566 茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター 中央第6)に2007年12月26日付けで寄託されている。
【0035】
(2)培地
YPD培地1Lは,バクトペプトン20 g,バクト酵母エキス10 g,グルコース20gを含む。必要ならばアデニンとウラシルを最終濃度で40 mg/L最終濃度で加えた。固形培地の場合は、寒天を最終濃度20 g/Lで加えた。1 NのHCl溶液で特別な場合を除いてpH5.5に調整した。
【0036】
胞子形成培地1Lは,酢酸カリウム10 g,寒天20 gを含む。1NのHCl溶液でpH5.5に調整した。
【0037】
LB培地は、水1L当たりバクトトリプトン10 g、バクト酵母エキス5 g、NaCl 10 gを含み、pH7.2に調整した。SOB培地は、バクトトリプトン20 g、バクト酵母エキス5 g、塩化ナトリウム0.5 g、250 mM塩化カリウム溶液10 mlを水1L当たり含み、pH 7.0に調整した。SOC培地は、2 Mマグネシウム溶液(1 M塩化マグネシウム、1 M硫酸マグネシウム) 10 mlと2 Mグルコース溶液10 mlをSOB培地1L当たりに含むよう調整した。固体培地には培地1 L当たり15 gの寒天を加えた。必要に応じて、最終濃度で、チアミンを5 μg/ml、アンピシリンを50 μg/ml、カナマイシンを50 μg/mlとなるように加えた。
【0038】
(3)胞子形成法とその検定法
YPD固形培地上で30℃、1日静置培養した。増殖した被試験酵母菌コロニーを滅菌した爪楊枝で胞子形成培地に移した。30℃、2日〜3日静置培養し、胞子形成させた。
滅菌した爪楊枝でサンプルを取り、スライドガラス上の5 μlの滅菌水中に懸濁した。光学顕微鏡で(300倍、対物レンズx20、接眼レンズx10、中間変倍x1.5、オリンパス光学顕微鏡BH2)胞子形成を観察し、胞子形成を検定した。
【0039】
(4)Mass mating法
被試験酵母菌細胞を滅菌した白金線で2 mlのYPD液体培地に植菌した。さらに標準株の酵母菌細胞(例えばBY4849 (MATα ura3-1 leu2-3,112 trp1-1 his3-11,15 ade2-1 can1-100 rad5-535))を滅菌した白金線で同じ培地に植菌した。この混合した2 mlのYPD懸濁液を30℃で数時間静置培養した。さらに30℃で一晩静置培養した。
【0040】
(5)接合子の判定
mass matingした細胞培養液を滅菌したピペットマンP20で5 μl取り、スライドガラスにのせた。カバーガラスをその上にのせ、光学顕微鏡で観察した。接合子の具体的な図は、例えば、酵母分子遺伝学実験法(学会出版センター、大嶋泰治 編著11ページ
図I-3)にある。
【0041】
(6)ミクロマニプレーターによる酵母菌の単細胞分離
被試験菌(例えばKF7)をYPD固形培地に植菌し、30℃で1日静置培養した。生じたコロニーを2mlのYPD液体培地に懸濁し、20 mlのYPD固形培地の上に火炎滅菌した白金耳で載せた。その後、ミクロマニプレーター(シンガーMSMシステム200、Singer Instruments, Roadwater, Watchet, Somerset TA23 0RE, UK)を用いて、顕微鏡下、典型的な二倍体酵母である卵形に近い形の単細胞を分離した。30℃で2日間、静置培養し、単細胞から増殖したコロニーを得た。
【0042】
(7)子嚢胞子の解剖
胞子形成培地上の細胞を300 μg/ml 最終濃度でzymolyase20 を含む75 μlの0.15 M リン酸カルウム緩衝液pH7.5に懸濁し、30℃で20分保温した。その後、滅菌した白金耳で胞子懸濁液を取り、YPD固形培地上に移した。ミクロマニプレーターで4胞子を単胞子ずつに解剖した後、30℃で2日から3日間、静置培養した。
【0043】
(8)使用したプライマー
Hxt5およびHxt7遺伝子発現をグルコース存在下でも行うために次のプライマーを用いた。
【0044】
HXT5構成化用F-LTKTL(HXT5)とR-TDH3(HXT5)プライマー。
F-LTKTL(HXT5):
TGTGGATGAATATATGGGCATGGGTTAATTAGTTTTAGGGGGCCGCCAGCTGAAGCTTCG(配列番号1)
R-TDH3 (HXT5):CTTCCAAGGGGCCTTGATGAGCGTTTTCAAGTTCCGACATTTTGTTTGTTTATGTGTGTTTATTCGA(配列番号2)
【0045】
HXT7構成化用F-LTKTL(HXT7)とR-TDH3(HXT7)プライマー。
F-LTKTL(HXT7):
ACATTTGCTTCTGCTGGATAATTTTCAGAGGCAACAAGGAGGCCGCCAGCTGAAGCTTCG(配列番号3)
R-TDH3(HXT7):
CCACAGGAGTTTGCTCTGCAATAGCAGCGTCTTGTGACATTTTGTTTGTTTATGTGTGTTTATTCGA(配列番号4)
【0046】
GXS1を酵母で発現させるために次のGXS1カセット作製用F-GXS1(TDH3-NspV)とR-GXS1(BamH1)プライマーを作成した。
F-GXS1 (TDH3-NspV):
TTAGTTTCGAATAAACACACATAAACAAACAAAATGGGTTTGGAGGACAATAG(配列番号5)
R-GXS1(BamH1):
TTTGGATCCTTAAACAGAAGCTTCTTCAGACA(配列番号6)
【0047】
GXS1遺伝子を酵母のHxt16部位に移入するために用いたのがR-GXS1+HXT16とF-pUG6-HXT16-300プライマーである。
R-GXS1+HXT16:
TCAATTAAAACTCTTTGGGAACTTCAAAACTTCTTTCCAGTTAAACAGAAGCTTCTTCAGACA(配列番号7)
F-pUG6-HXT16-300:
GTCAGGCAAGGTAGATGATGTAAACAAACGAGGACTTGTAGGCCGCCAGCTGAAGCTTCG(配列番号8)
【0048】
(9)DNA抽出、PCR、形質転換、塩基配列決定
大腸菌のプラスミドDNA抽出は、High Pure Plasmid Isolation Kitを用い、添付のプロトコールに従い抽出した。酵母菌のDNA抽出は以下の方法で行った。酵母菌体(YPD培地、30℃、Abs
660 nm=1.5)を遠心分離(6,000 × g,2分)し、集めた細胞を緩衝液(0.1 M Tris-HCl、pH8.0、0.1 M NaCl)に懸濁後、0.3 mmビーズを用いて破砕(2,000 rpm、2分)した。上澄みをフェノール-クロロホルウム処理後、遠心分離(1,800 × g、15分)した。水層部分に1/10量の3 M酢酸ナトリウムと0.6量のイソプロピルアルコールを加え,遠心分離(2,800 × g、10分)した。エタノールで沈殿させTE緩衝液を加えDNA溶液とした。PCR反応は,Ready・To・Go PCR Beadsキット(Amersham Pharmacia Biotech Inc製)を用いて行った。
【0049】
大腸菌の形質転換は、エレクトロポーレーションを用いて以下の方法で行った。大腸菌DH10B培養菌体(Abs
600 nm = 0.5〜0.8)を1 mM HEPES緩衝液で洗浄後、10%グリセロールに懸濁しコンピテント細胞を調製した。Gene Pulser Xcell Electroporation System (2,500 V、Gap:0.2 cm、25 μF、200 Ω)を用いてDNAを移入した。酵母の形質転換は、酢酸リチウム法を用いて行った
7)。
【0050】
塩基配列決定は、Applied Biosystems 3130ジェネティックアナライザーとBigDye
TM Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kitを用いて行った。
【0051】
(B)結果
図1の灰色で囲んだ中の下線株KFG5、KFG4-4B、KFG4-6Bは、特開2009−171912号公報(特願2008-015864) に記載されており、それぞれ受託番号FERM P−21480、受託番号FERM P−21478及び受託番号FERM P−21479として、独立行政法人産業技術総合研究所の特許生物寄託センター(〒305−8566 茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター 中央第6)に2007年12月26日付けで寄託されている。これらは、エタノール生産性の強い実用酵母で、耐熱性と耐酸性と掛け合わせ可能な性質を持つ。さらに、形質転換能が高く、遺伝子操作しやすい株がNAM34-4Cである。この株は
図1で四角に囲んである。
図1の家系図を参照しながら構築過程を説明する。
【0052】
KFG5、KFG4-4B、KFG4-6B株を構築する上で生じた株KF7-5Cと実験室酵母SH6710とを掛け合わせ二倍体NAM2を得た。4胞子を形成させ、一倍体の子孫株NAM2-2Bを選抜した。選抜内容は、増殖の良い掛け合わせの優れた性質を持つ株である。この株とKF7-5Cと戻し交配を行いNAM3-15Dを選抜した。このような掛け合わせをさらに5回繰り返しNAM11-9CとNAM11-13Aを得た。この株から得た二倍体NAM15は親株であるKF7に極めて近い遺伝背景を持つと推定できる。その耐酸性と耐熱性の強さを示すYPD培地 pH2.6、35℃での世代時間Gと比増殖速度μを
図1示している。
【0053】
一方、KFG4-6Bから増殖の優れた凝集性のない株KFG4-6BDを選抜した。耐熱性および耐酸性は、NAM15よりも優れていることが
図1中の世代時間が2.2時間とNAM15の3.1時間よりも早いことから推定できる。この増殖の良い性質を取り込んだ株がNAM34-4Cである。増殖に要する世代時間は1.3時間と最も増殖が早いことがわかる。また、
図2に示したように形質転換能は実験室酵母であるBY4841よりもむしろ高かった。
【0054】
【表1】
【0055】
NAM34-4Cを親株にしてキシロースからもエタノール発酵できうる酵母を構築した(
図2の性質1と2を併せ持つ)。その基本的な遺伝子構造を以下に示す。
(1)TDH3p-Hxt7 TDH3p-GXS1:グルコース存在下でもキシロースを細胞内に取り込みうる。
(2)TDH3p-Xyl1 TDH3p-Xyl2 TDH3p-Xks1:グルコース存在下でもキシロースをキシルロース-5-リン酸に代謝変換できうる。
(3)キシロース資化が非常に高い性質HEX(High Efficiency of Xylose Metabolism)を導く自然突然変異(この性質が本発明の酵母の最大の特徴である)
【0056】
キシロース資化が十分でなければ、細胞内のキシロースはむしろ阻害的に働いた。従って、(2)ではキシロースは資化できず、(1)と(2)では増殖阻害が起こり、(1)と(2)と(3)が揃った場合のみ、強いキシロース資化が起こり、キシロースからの高いエタノール収率71%が認められた(35 g/Lのキシロースを含むYPX培地 pH 5.5、35℃、約24時間後の収率)。また、グルコースとキシロースからのエタノール収率も84%と高かった(70 g/Lグルコースと30 g/Lキシロースを同時に含むYPDX培地 pH4.0、35℃で、24時間後の収率)。24時間という短時間におけるこのような高い収率は、これまで報告がない。本発明では、上記(1)から(3)の性質を有する菌株NAPX22を取得した。また、NAPX22を得る過程の一倍体株NAPX11-55BXも本発明の範囲内である。一倍体株NAPX11-55BXの遺伝背景も、NAPX22と同様に上記(1)から(3)を有している。
【0057】
菌株構築の手順は次のように行った。
(1)グルコース存在下でもキシロースを細胞に取り込み得る酵母の作製
(a) TDH3p-Hxt7やTDH3p-GXS1などの遺伝子構造を作製するためのカセットベクターの構築(
図3)。
loxP-TEFp-Kanmx-TEFt-loxP-TDH3pからなる領域をベクター内に構築した。Hxt7p-Hxt7の構造をTDH3p-Hxt7に換える場合は、Hxt7構造遺伝子の上流配列40 mer +TEF-p領域20 merとTDH3p領域20 mer + Hxt7構造遺伝子上部40 merを購入し、PCR増幅後に直接酵母に移入し、G418耐性転換体として分離すれば構築可能である。塩基配列情報は、酵母のゲノムデータベースから入手した。構築株はキシロースを大量に細胞内に輸送できる潜在能力がある(
図4、NAM34- 7H)。Hxt5も同様にして構築可能である(
図4、NAM34-5H)。
【0058】
(b) グルコース存在下でキシロース輸送できうる遺伝子構造株
カセットベクターを使用してTDH3p-Hxt7とTDH3p-Hxt5株を構築した。細胞外のキシロース濃度が下がった場合、Hxt7輸送系ではKm値が高いため取り込み効率が極端に悪くなる。この問題を解決するためにKm値が0.2 mM(
図2)と低いGXS1も次のようにしてクローニングした。NspVより下流のTDH3p領域とCandida intermediaのGXS1をPCR増幅した後、大腸菌内にクローニングした。その後、GXS1をHxt16遺伝領域に組み込んだ(
図4、NAM26-15G2)。
【0059】
続いて、
図4で示したように二重株をNAM26-15G2とNAM34-7Hの掛け合わせで構築した。このようにしてキシロース取り込み系株を構築した。
【0060】
(2)キシロースをキシルロース-5-リン酸に変換できうる遺伝子構造株
ホモタリズム株、KF7Mでは、キシロースをキシルロース-5-リン酸に変換できうる株を構築している。構成的にXRとXDとXKを発現する能力があり、ura3領域内に一カ所遺伝子挿入している(
図6)。
【0061】
そこで、掛け合わせを利用してヘテロタリズム株に性質を次のようにして回収した。KF7Mの胞子とNAM11-2Cとを掛け合わせ、そこから4分子のひとつNAM22-6Aを得た。この株は掛け合わせで4分子を得ることができなかった。キシロース資化性がなく、また、キシロース代謝異常が起こっていると推定できた。そこで、キシロースを強く資化する自然突然変異体を分離した(
図5、NAM22-6AX)。得られた変異体とNAM27-8Cからは4分子を得ることができた。その一株NAM28-4BをさらにNAM27-8Cと掛け合わせNAM29-1Aを得た。この株は、キシロースの資化性はあるが極端に低かった(
図6)。
【0062】
(3)キシロース代謝系とキシロース取り込み系を併せ持つ株の構築
NAM29-1AとNAPX7-7HGとを掛け合わせて得た株が、NAPX11-55Bである。この株の増殖は、親株のNAM29-1Aと比べると明らかに低い(
図6)。従って、細胞内のキシロース代謝が弱いとキシロースによって増殖阻害が起きると推定できる。
【0063】
(4)キシロース代謝が強化された株の分離
NAPX11-55Bを培養し続けると増殖の良い自然突然変異体が分離できた。単一コロニー分離して得た株が、NAPX11-55BXである。この増殖は、明らかにNAM29-1AやNAPX11-55Bよりも良い(
図6)。NAPX11-55BXとNAM51-8Cとを掛け合わせ4分子のひとつNAPX12-10Aを得た。増殖力はNAPX11-55BXに匹敵していた。このNAPX12-10AとNAPX11-55Bとを掛け合わせて得た4分子がNAPX18-1BとNAPX18-10Bであり、増殖能の良い、かつ掛け合わせに優れた株である。この両者を掛け合わせて得た株が、NAPX22二倍体である。
【0064】
エタノール発酵試験を行ったところ、
図7に示すようにグルコースとキシロースから高いエタノール収率84%が、わずか24時間程度の培養で得られた。この発酵力はこれまでの報告の中で最も高い。従って、このNAPX22とNAPX11-55BXを本発明の酵母株の一例として選択した。