(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
真空チャンバー内に基材をセットし、前記チャンバー内を常温かつ真空状態にし、前記基材の周辺にプラズマを発生させて基材の表面をスパッタリングし、その後に基材に負の高電圧パルスを印加してDLCの原料ガスを供給して、その原料ガスを真空チャンバー内で反応させて、前記基材にDLCを注入しながら基材表面にDLC膜を形成し、DLCの原料ガスとO2を前記真空チャンバー内に供給し、その原料ガスとO2を真空チャンバー内で反応させて、前記基材に親水性DLCを注入しながら前記DLC膜上に親水性DLCを堆積させることで親水性DLC膜を形成することを特徴とする基材への親水性DLC膜の成膜方法。
請求項2記載の基材への親水性DLC膜の成膜方法において、Si系ガスとしてヘキサメチルジシロキサン(HMDSO)を用いることを特徴とする基材への親水性DLC膜の成膜方法。
【背景技術】
【0002】
印刷用コーティングロールにはアルミロール、カーボンロール、樹脂ロール、ゴムロール、CFRPロール(カーボン繊維強化プラスチックロール)、金属ロール、非鉄金属ロールといった各種材質製のロールがある。金属ロールの表面にはCr(クローム)メッキやNi(ニッケル)メッキを施したロールもある。印刷用コーティングではコーティング膜厚の制御のため、例えば
図7に示すドクターロールやドクターバーが用いられている。
【0003】
近年、地球環境問題の観点から、印刷関連業界並びにプリント基板へのレジスト等のコーティング業界において使用される溶剤が制限され、有機溶剤系統から水溶性溶剤への転換が行われつつある。有機系溶剤を使用する場合は、作業開始前にロールに溶剤(塗料)を供給して、溶剤をロールに馴染ませるための馴染み運転をしている。馴染み運転には多くの塗料が必要であり、馴染むまでに時間がかかり、コストアップの一因となるため、馴染み運転に費やす塗料の使用量を低減する必要がある。また、実際のコーティング時も、塗料を均一厚に塗布するためには、ロールやドクターブレードが親水性に富む(親水性が高いこと)が要求される。
【0004】
コーティグロール、ドクターロール、ドクターバー、ドクターブレード等は接触部の摩擦が著しい。コーティングロール、ドクターロール、ドクターバー、ドクターブレードがゴム、樹脂、SUS等の金属、Crメッキ等の場合、摩擦による摩耗が生ずる。また、Crメッキでは水溶性溶剤が撥水されて
図6(a)のようにロール表面への乗りが悪く、コーティング不良の一因となる。また、ロール表面に溝が形成されている場合は、
図6(b)のように溝内に気泡が抱き込まれて空気だまりができ、空気だまり内の空気が気泡となって溶剤に混入し、その気泡がロール表面への塗布時又は塗布後に破裂して塗布ムラやピンホールの一因になるといった問題があった。
【0005】
前記馴染み運転時の溶剤使用料を低減し、馴染み時間を短縮し、水溶性溶剤の撥水性を低減し(親水性を高め)、摩耗しにくくするため、基材にDLC膜を設けることが考えられる。DLCは高硬度、低摩擦係数、耐磨耗性、電気絶縁性、耐薬品性などの物性を持っていることから、薄膜材料として各種分野で利用されており、前記したロール表面にも成膜されている。
【0006】
基材にDLC膜をコーティングする技術は各種開発されており、その一つとして本件出願人の先の特許出願(特許文献1)がある。特許文献1では、ロールへのDLC膜の成膜方法やDLC膜を備えたDLC成膜ロールを開示してある。この他にも、DLC膜の成膜方法やDLC膜を成膜した部材として特許文献2〜8がある。
【0007】
特許文献1〜8のDLC膜を設けた基材は、耐摩耗性は向上するが、親水性が乏しい(撥水性がある)ため、塗りムラになったり、塗り厚が不均一になったりし易いという課題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本願発明の課題は、水溶性溶剤との親水性に富み、耐摩擦性に優れ、塗料が短時間でロール表面に馴染じみ易く、塗りムラができにくく、塗り厚を均一にし易い親水性DLC膜の成膜方法と親水性DLC膜を備えた基材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明の基材への親水性DLC膜の成膜方法は、真空チャンバー内に基材をセットし、前記チャンバー内を常温かつ真空状態にし、基材の周辺にプラズマを発生させて
基材の表面をスパッタリングし、その後に基材に負の高電圧パルスを印加して
DLCの原料ガスを供給して、その原料ガスを真空チャンバー内で反応させて、前記基材にDLCを注入しながら基材表面にDLC膜を形成し、DLCの原料ガスとO
2を前記真空チャンバー内に供給し、その原料ガスとO
2を真空チャンバー内で反応させて
、前記基材に親水性DLCを注入しながら前記DLC膜上に親水性DLCを堆積させることで親水性DLC膜を形成する方法である。
【0011】
前記基材は、硬質或いはフレキシブルな回路基板へのレジストのコーティング、印刷インクによる印刷等に使用されるコーティングロール、ドクターロール、ドクターバーとか、複写機用の感光ドラム等である。それらロールやドラムは表面に溝を備えたものであってもよい。
【0012】
本願発明は、前記親水性DLC膜の成膜方法において、親水性DLC膜の形成前に少なくともO
2を含むSi系ガスを真空チャンバー内に供給して、当該Si系ガスを真空チャンバー内で分解反応させて前記基材の表面にO
2含有層を形成し、当該O
2含有層に親水性DLC膜を注入・堆積することもできる。この場合、Si系ガスとしてヘキサメチルジシロキサン(HMDSO)を用いることができる。
【0013】
本願発明では、前記親水性DLC膜の成膜方法において
、親水性DLC膜の形成前に基盤とDLC膜の付着性を高めるためのミキシング層を形成することもできる。
【0014】
本願発明の親水性DLC成膜基材は、クリーニングされた基材の表面に、
DLCの原料ガスを反応させて形成されたDLC膜が設けられ、当該DLC膜上にDLCの原料ガスとO
2を反応させて形成された親水性DLC膜を備えたものである。
【0015】
前記親水性DLC成膜基材は、基材と親水性DLC膜との間に、少なくともO
2を含むSi系ガスを分解反応させて生成されたO
2含有層を備えたものであってもよい。
【0016】
前記親水性DLC成膜基材は、O
2含有層がヘキサメチルジシロキサン(HMDSO)を分解反応させて形成されたものであってもよい。
【0017】
前記親水性DLC成膜基材は
、基材とDLC膜との間に、基板とDLC膜の付着性を高めるためのミキシング層を設けることもできる。
【0018】
前記親水性DLC成膜基材において、基材はコーティングロール、ドクターロール、ドクターバーのいずれかとすることもできる。
【0019】
前記親水性DLC成膜基材は、基材を、ゴム、SUS、アルミニウムのロール若しくはバー、又は表面にCrメッキやNiメッキされた金属製のロール若しくはバーのいずれかとすることもできる。
【0020】
前記親水性DLC成膜基材は、基材が表面に溝が形成されたロールであり、それら溝内にも親水性DLC成膜が設けられたものであってもよい。
【0021】
前記親水性DLC成膜基材は、親水性DLC膜の接触角を5〜60°とすることができる。
【0022】
前記親水性DLC成膜基材は、親水性DLC成膜中に炭素、水素、酸素が含まれているものとすることができる。
【0023】
前記親水性DLC成膜基材は、親水性DLC成膜の膜厚を0.2〜5μmとすることができる。
【0024】
前記親水性DLC成膜基材は、親水性DLC成膜の膜硬度800〜2500HVとすることができる。
【発明の効果】
【0025】
本願発明の基材への親水性DLC膜の成膜方法は次のような効果がある。
(1)真空チャンバー内にDLCの原料ガスのみならず、O
2を注入して、DLC膜を親水性にしてあるので、この方法で製作された基材を使用すれば、慣らし運転に費やす水溶性溶剤の使用量の低減及び空運転時間の短縮を図ることができ、コーティング作業や印刷作業の作業性の向上も期待できる。
(2)親水性DLC膜の下にO
2含有層を設ければ、親水性DLC膜の形成時のOH基がO
2含有層と結合(食い込み)し易くなる。
(3)親水性DLC膜の下にO
2を含有しないDLC層を設ければ、膜厚が増し、DLC膜特有の硬度等を維持することができる。
(4)基材とDLC膜の間にミキシング層を設ければ基材とDLC膜の付着性が向上し、DLC膜が剥離し難くなる。
(5)基材表面をイオンエッチング処理により洗浄してから、その表面に親水性DLC膜を成膜するので、親水性DLC膜が基材に結合し易い。
(6)真空チャンバー内を常温にして親水性DLC膜を成膜できるので、真空チャンバー内を高温にする場合に比して基材が変形し難い。
(7)ドライプロセス処理であるため排液がなく、排液による公害発生の心配がなく、環境に優しい常温成膜処理が可能である。
【0026】
本願発明の親水性DLC成膜基材は次のような効果がある。
(1)基材表面のDLC膜が親水性であるため、水溶性塗料が短時間で基材に馴染み、空運転時間を短縮でき、水溶性溶剤の使用料を低減し、コーティングや印刷の作業性が向上する。
(2)基材表面にDLC膜があるため、基材の耐摩耗性が向上し、機械部品の交換スパンが長くなり経済的である。また、交換頻度が少なくなるため、メンテナンスも容易になる。
(3)親水性DLC膜がロールの溝内にも形成されるため、水溶性塗料が溝の内部まで入り易くなり、溝内に空気だまりが生じにくく、空気だまりに気泡が溜まりにくいので、ピンホールなどができにくい。
(4)親水性DLC膜の下にO
2含有層がある場合、O
2含有層への親水性DLC膜の結合(食い込み)が確実になり、更なる親水性の向上が期待できる。
(5)親水性DLC膜の下にO
2を含有しないDLC層を設ければ、DLC膜特有の硬度等を維持することができる。
(6)基材とDLC膜の間にミキシング層を設ければ基材とDLC膜の付着性が向上し、DLC膜が剥離し難くなる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[親水性DLC膜の成膜方法の概要]
本願発明の基材への親水性DLC膜の成膜方法の一例を、
図1を参照して説明する。
図1は本願発明の親水性DLC膜の成膜方法に用いる装置の一例である。真空チャンバー1内に基材2を設置し、そのチャンバー1内を常温かつ真空状態にし、RF高周波電源3からRF電極4に高周波を供給して基材2の周辺にプラズマを発生させ、基材2に高電圧パルス電源5から基材2に負の高電圧パルスを印加することで基材表面をイオンエッチングによりクリーニングする。基材2が溝付きロールの場合は、前記クリーニング時にその溝内をもクリーニングする。ここで、常温状態とは15℃以上100℃以下であるが、より望ましくは20℃以上50℃以下である。
【0029】
前記クリーニング後に、高電圧パルス電源5から基材2に負の高電圧パルスを印加し、DLCの原料ガスとO
2を真空チャンバー1内に供給して、その原料ガスとO
2を真空チャンバー1内で反応させてイオン化させる。同時に高電圧パルス電源5から基材2に負のパルス電圧を印加することにより、前記イオンを基材2に引きつけて、基材2の表面に親水性DLCを注入し、親水性DLCを堆積させることで親水性DLC膜を形成する。
【0030】
親水性DLC膜11の成膜前に、DLC膜特有の硬度等を維持するためのDLC膜13を成膜することもできる。この場合、基材2とDLC膜13の付着性を高めるため、DLC膜13の成膜前にミキシング層12を形成することもできる。基材2が絶縁材の場合、基材2の背面に電極を設ける。
【0031】
(親水性DLC膜の成膜方法の実施形態1)
本願発明の親水性DLC膜の成膜方法の一例について、
図2(a)を参照して説明する。この成膜方法は基材がアルミロールといった導電材の場合の例である。
(1)基材のセット
真空チャンバー1内のRF電極4内に基材2をセットする。基材2としては、アルミ、カーボン、樹脂、ゴム、金属、非鉄金属等の各種材質製ロール、バー、ドラム等を利用することができる。ステンレス(SUS)その他の金属製のパイプの場合は、その表面にCrメッキやNiメッキが施されているものも適する。
【0032】
(2)基材表面のクリーニング
基材2の表面の洗浄及び付着力向上を目的として、基材2の表面をアルゴン、水素イオンによりエッチング処理してクリーニングする。
【0033】
前記基材表面のクリーニングは、例えば次の条件で行うことができる。
使用ガス:Ar、H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0034】
(3)基材表面へのミキシング層の形成
高電圧パルス電源5により基材2に負の高電圧パルスを印加し、電圧を制御して、ガス注入口6から原料ガス(例えば、C、Si)を真空チャンバー1内に注入し、Cラジカルを生成して基材2の表面にミキシング層12を形成してDLCの付着力(密着性)を高める。なお、ここで原料ガスとしてSiイオンを注入すると、Siがプライマーの役割を担うことができる。また、原料ガスとして、N
2、Ar、CH
4、C
2H
2、CF
4、C、H、B等の混合ガスを注入することもできる。
【0035】
前記ミキシング層12の形成は、例えば次の条件で行うことができる。
使用ガス:HMDSO(Si系ガス)、CH
4、C
2H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0036】
(4)酸素を含まないDLC膜の形成
真空チャンバー1内は常温状態にて、高電圧パルス電源5により前記高電圧パルスの周波数とは異なる周波数の高電圧パルスを基材2に印加し、真空チャンバー1内にガス注入口6からDLCの原料ガス(前記混合ガス)を注入し、真空チャンバー1内でそれらガスを反応(C−Cの再結合)させながら、基材表面へのDLCの注入及びDLCの堆積によってDLC膜13を常温成膜する。DLC膜13は2回以上に分けて形成することができる。また、この場合、原料ガスとしては前層と異なるものを用いることも出来る。例えば、最初のDLC膜13aはC
2H
2(アセチレン)とCH
4(メタン)を用いて形成し、2回目のDLC膜13bはC
2H
2とC
7H
8(トルエン)を用いて形成する。DLC膜13はいずれか一方だけ形成することもできる。夫々のDLC膜13a、13bの形成は例えば次の条件で行うことができる。
【0037】
(1回目のDLC膜13aの形成条件)
使用ガス:CH
4、C
2H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0038】
(2回目のDLC膜13bの形成条件)
使用ガス:C
7H
8、C
2H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0039】
酸素を含まないDLC膜13を形成するのは、DLC膜特有の高硬度を維持するための厚膜化を目的として中間層(緩衝層)を形成するためである。
【0040】
(5)O
2含有層の形成
高電圧パルス電源5により、前記高電圧パルスの周波数とは異なる周波数の高電圧パルスを印加し、真空チャンバー1内にガス注入口6からSi系ガス(例えば、HMDSO)又はSi系ガス(例えば、HMDSO)と炭素イオンを注入し、真空チャンバー1内でそれらガスを分解反応させながらO
2含有層14を形成する。O
2含有層14の形成は親水性DLC膜11の密着性を高めるためである。HMDSOの組成はC
6H
18OSi
2であり(
図3)、Si、C、H
2のほかにO
2を含有しているため、O
2含有層14はプライマーの役割を担うことができ、その後に行う親水性DLC膜11の形成時のOH基の生成が容易になる。
【0041】
前記O
2含有層14の形成処理は、例えば次の条件で行うことができる。
使用ガス:HMDSO(Si系ガス)、CH
4、C
2H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0042】
(6)親水性DLC膜の形成
常温の真空チャンバー1内に、主原料として炭化水素系ガスを供給すると共にO
2を供給して真空チャンバー1内でそれらガスを反応させながら、基材2の表面又は前記O
2含有層14の上、又はO
2を含まないDLC膜13の上に親水性DLCを注入し、堆積させて、基材2の表面に親水性DLC膜11を形成する。
【0043】
前記親水性DLC膜11の形成は、例えば次のような条件で行うことができる。
使用ガス:C
2H
2、O
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0044】
前記親水性DLC膜11の成膜では、炭化水素系ガスにC
2H
2を用いたが、CH
4を使用することもできる。C
2H
2を用いる理由としては、親水性DLC成膜の意味の他に、プラズマを容易に発生させ、使用するHMDSOやC
7H
8などの原料ガスの分解を促進させるためでもある。
【0045】
前記原料ガスとしてはN
2、Ar、CH
4、C
2H
2、CF
4、C、H、B等の混合ガスを使用することができる。それらガスの混合比率を変えることでDLCの物性を変えることができる。DLCの物性はSP
2/SP
3比、水素含有量、密度、自由空間割合等の因子により左右され、真空チャンバーに注入するガスの種類のみならず、ガス圧、注入量、プラズマエネルギー、極性基、注入条件を変えることにより、親水性、接着性付与等を変えることもできる。例えば、前記原料ガスにホウ素を混合させると基材2の表面を導電性に富んだものとすることができる。
【0046】
(親水性DLC膜の成膜方法の実施形態2)
本願発明の基材への親水性DLC膜の成膜方法の他例について、
図2(b)を参照して説明する。この成膜方法は基材が絶縁材の場合の例である。
【0047】
(1)電極の形成
表面処理したい基材2の背面に電極を設ける。電極は貼り付け、印刷、吹付けなどの方法で行うことができる。
【0048】
(2)真空チャンバー内へのセット
電極を設けた基材2を真空チャンバー1内にセットする。基材2が金属製の場合は、基材2の表面に硬質クロームメッキ、カーボンメッキ等が表面処理されたものであっても、メッキされていないものであってもよい。
【0049】
(3)基材表面のクリーニング
図1のRF電極4をアンテナにして真空チャンバー1内に、RF高周波電源3より高周波電圧を印加して、真空チャンバー1内のRF電極4付近にプラズマを発生させて基材2に負の高電圧パルスを印加し、エッチング処理を行うことで基材2の表面をクリーニングする。
【0050】
前記基材表面のクリーニング処理は例えば次の条件で行うことができる。
使用ガス:Ar、H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0051】
(4)基材表面へのミキシング層の形成
高電圧パルス電源5により、RF電極4に負の高電圧パルスを印加する。これによりマイナスの電子はRF電極4の周辺から追い出され、プラズマシースが基材2から数cmのところにでき、シースとRF電極4間に電圧がかかり、絶縁物である基材2もRF電極4に近い電位になる。ガス注入口6からイオンガス(例えば、C、Siイオン)を真空チャンバー1内に注入し、Cラジカルを生成して基材2の表面にミキシング層12を形成してDLC膜13の付着力(密着性)を高める。なお、ここでイオンガスとしてSiイオンを注入すると、Siがプライマーの役割を担うことができる。また、イオンガスとして、DLCの原料ガス(N
2、Ar、CH
4、C
2H
2、CF
4、C、H、B等の混合ガス)を注入することもできる。
【0052】
前記ミキシング層12の形成は、例えば次の条件で行うことができる。
使用ガス:HMDSO(Si系ガス)、CH
4、C
2H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0053】
(5)酸素を含まないDLC膜の形成
高電圧パルス電源5により、前記高電圧パルスの周波数とは異なる周波数の高電圧パルスを印加し、真空チャンバー1内にガス注入口6から原料ガス(例えば、N
2、Ar、CH
4、C
2H
2、CF
4、C、H、B等の混合ガス)を注入し、それらガスを真空チャンバー1内で反応(C−Cの再結合)させながら、基材2へのDLC注入及び基材2の表面へのDLCの堆積によってDLC膜13を常温成膜する。このとき、プラズマシースと基材2間に存在するイオンが電極に引き寄せられるように加速して、高エネルギーで注入され、DLC膜13が低エネルギーで前記ミキシング層12の上に常温成膜される。DLC膜13は前記実施形態1の場合と同様に2回に分けて形成することができ、例えば、最初のDLC膜13aはC
2H
2とCH
4を用いて形成し、2回目のDLC膜13bはC
2H
2とC
7H
8を用いて形成する。DLC膜13はいずれか一方だけ形成することもできる。DLC膜13の形成は、例えば次の条件で行うことができる。
【0054】
(1回目のDLC膜の形成)
使用ガス:CH
4、C
2H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0055】
(2回目のDLC膜の形成)
使用ガス:C
7H
8、C
2H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0056】
(6)O
2含有層の形成
高電圧パルス電源5により、前記高電圧パルスの周波数とは異なる周波数の高電圧パルスを印加する。これによりマイナスの電子は電極周辺から追い出され、プラズマシースが基材2から数cmのところにでき、シースとRF電極4との間に電圧がかかり、絶縁材である基材2も電極に近い電位になる。この状態で、真空チャンバー1内に、そのガス注入口6からSi系ガス(例えば、HMDSO)又はSi系ガス(例えば、HMDSO)及び炭素イオンを注入し、真空チャンバー1内でそれらガスを分解反応させながらO
2含有層14を形成する。O
2含有層14の形成は親水性DLC膜11の密着性を高めるために行うものである。HMDSOの組成はC
6H
18OSi
2であり(
図3、)、Si、C、H
2のほかにO
2を含有しているため、Siがプライマーの役割を担うことができき、その後に行う親水性DLC膜11の形成時のOH基の生成が容易になる。イオンガスとしてDLCの原料ガス(N
2、Ar、CH
4、C
2H
2、CF
4、C、H、B等の混合ガス)を注入することもできる。
【0057】
前記O
2含有層14の形成は、例えば次の条件で行うことができる。
使用ガス:HMDSO(Si系ガス)、CH
4、C
2H
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0058】
(7)親水性DLC膜の形成
常温の真空チャンバー1内に、主原料として炭化水素系ガスを供給すると共にO
2を供給して真空チャンバー1内でそれらガスを反応させながら、基材2の表面又は前記O
2含有層14の上、又はO
2を含まないDLC膜13の上に親水性DLCを注入し、堆積させて、基材2の表面に親水性DLC膜11を形成する。
【0059】
前記親水性DLC膜11の形成は、例えば次のような条件で行うことができる。
使用ガス:C
2H2、O
2
負パルス電圧:−1〜−15kV
RF出力:50〜1500W
【0060】
この実施形態においても、真空チャンバー1に注入するガスの種類のみならず、ガス圧、注入量、プラズマエネルギー、極性基、注入条件を変えることにより、親水性、接着性付与等を変えることができる。また、基材2の表面をクリーニングする工程と親水性DLC膜11の形成工程以外の工程は適宜省略することができる。また、これら工程の順序も適宜入れ替えることができる。
【0061】
(親水性DLC成膜基材の実施形態)
本願発明の親水性DLC成膜基材の実施形態について、
図4を参照して説明する。
図4(a)に示す親水性DLC成膜基材は、クリーニングされた基材2の表面に、DLCの原料ガスとO
2を反応させて形成された親水性DLC膜11を備えたものである。
図4(b)に示す親水性DLC成膜基材は、基材2と親水性DLC膜11の間にO
2含有層14を設けたものである。
図4(c)に示す親水性DLC成膜基材は基材2とO
2含有層14の間にDLC膜13を二層(13a及び13b)設けたものである。このDLC膜13はいずれか一方だけ設けることもできる。
図4(c)のようにDLC膜13を設ける場合、基材2とDLC膜13の間に、同(d)に示すミキシング層12を設けることによってDLC膜と基材2の付着性を高めることができる。
【0062】
この実施形態では、基材2がコーティングロールの場合を一例として説明しているが、基材2はドクターロールやドクターバーであってもよい。
【0063】
DLCの物性はSP
2/SP
3比、水素含有量、密度、自由空間割合等の因子により左右され、DLC膜の物性は真空チャンバーに注入するガスの種類のみならず、ガス圧、注入量、プラズマエネルギー、極性基、注入条件を変えることにより、摩擦係数、親水性、密着性等を変えることもできる。
【0064】
(親水性接触角の測定)
本件発明者は、親水性DLC膜11の形成に炭素イオンとO
2を用いた場合の親水性接触角について測定を行った。測定は、
図5(a)に示すように、基材2(ロール)の表面にテストピース7(10mm角のシリコンウェハ)を貼り付け、そのテストピース7上に、マイクロピペットで3μlの純水を滴下し(
図5(b))、滴下した純水の直径(d)及び高さ(h)を測定して行った。
【0065】
親水性DLC膜11の形成に炭素イオンとO
2を用いた場合の接触角θの変化を表す測定結果を表1〜6に示す。この測定結果は、
図5(a)の(ア)の部分(基材2の中心又は略中心であって、基材の端部から1250mmの位置)に載せたテストピース7を用いた場合の測定結果である。表1〜6において、dは滴下した純水の直径、d/2はその直径から求められる半径、hは滴下した純水の高さを意味し、接触角θは液滴法によるθ/2法により導出された数値である。この測定では、C
2H
2を一定量にし、O
2の量を変えることによって、C
2H
2とO
2との重量比率が異なる6パターンの数値を記録した。具体的には、C
2H
2とO
2の重量比率が、30:0、30:20、30:40、30:60、30:80、30:100の供給比率の場合について数値を記録した。数値は前記パターン毎に10回ずつ計測した。
【0066】
(表1) C
2H
2:O
2=30:0の場合の接触角
(表2) C
2H
2:O
2=30:20の場合の接触角
(表3) C
2H
2:O
2=30:40の場合の接触角
(表4) C
2H
2:O
2=30:60の場合の接触角
(表5) C
2H
2:O
2=30:80の場合の接触角
(表6) C
2H
2:O
2=30:100の場合の接触角
【0067】
表1〜6に示すように、親水性DLC膜11の形成にC
2H
2のみならずO
2をも用いると、C
2H
2だけを用いた場合(表1)と比較して、その接触角θが小さくなり、親水性が向上していることが確認された。O
2を供給しない場合(表1)に比べて、O
2を供給した場合(表2〜6)の方が、接触角θが小さい(親水性が高い)ことが確認できる。
【0068】
(親水性分布の測定)
本件発明者は、前記親水性接触角の測定とは別に、親水性DLC膜11の形成に炭素イオンとO
2を用いた場合の親水性の分布についても測定を行った。この測定は、前記親水性接触角の測定と同様、
図5(a)に示すように、基材2(ロール)の表面に間隔をあけて貼り付けた(ア)〜(オ)の夫々のテストピース7(10mm角のシリコンウェハ)の上に、マイクロピペットで3μlの純水を滴下し(
図5(b))、滴下した純水の直径(d)及び高さ(h)を測定して行った。成膜は、C
2H
2を毎分30cc、O
2を毎分60ccずつ供給しながら30分かけて行った。
【0069】
親水性DLC膜の形成に炭素イオンとO
2を用いた場合の親水性分布を表す測定結果を表7に示す。表7において、TP位置はテストピース7の設置位置、接触角は液滴法によるθ/2法により導出された数値、平均接触角は各テストピース(ア)〜(オ)における接触角の平均値である。
【0071】
表7に示すように、テストピース7の設置箇所によって多少の誤差はあるものの、平均接触角は23〜30°の範囲内に収まっていることが確認できる。