(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
陰極と、この陰極の外周に一次ガス通路を形成して前記陰極の先端部を覆う一次ガスノズルと、この一次ガスノズルの外側に配置されて二次ガス通路を形成する二次ガスノズルと、この二次ガスノズルのノズル口の近傍へ溶射用のワイヤを供給するワイヤ通路とを備え、前記ワイヤ通路より供給される前記ワイヤの先端と前記陰極との間に生じるアークにより前記一次ガスノズルから噴射する一次ガスをプラズマ化し、前記一次ガスノズルより噴射するプラズマフレームを形成して前記ワイヤの先端を溶滴とし、この溶滴を前記プラズマフレームと前記二次ガスノズルから噴射する二次ガスによって被処理物上に噴射するプラズマ溶射装置において、
前記一次ガスノズルと前記二次ガスノズルとの間に、前記プラズマフレームの外周部に前記プラズマフレームの熱を受けて高温のガス噴射とするための三次ガスを噴射する三次ガス通路を形成する三次ガスノズルを備え、
前記二次ガスノズルが、前記三次ガスノズルの外側を包み込むように形成されたものであり、
前記ワイヤーが、前記二次ガスノズルのノズル口よりも外側へ供給されるものである
ことを特徴とするプラズマ溶射装置。
【背景技術】
【0002】
図7は従来のプラズマ溶射装置を模式的に示した断面図である。
図7に示すように、従来のプラズマ溶射装置90は、一次ガス通路91aを形成する一次ガスノズル91と、一次ガスノズル91の外側に配置されて二次ガス通路92aを形成する二次ガスノズル92と、一次ガスノズル91のノズル口91bおよび二次ガスノズル92のノズル口92aの略中心軸上に配置された陰極93と、電源装置94と、二次ガスノズル92のノズル口92aの近傍に溶射用の電気伝導性のワイヤWを供給するワイヤガイド孔95とを備える。
【0003】
ワイヤWは、ワイヤガイド孔95からノズル口92aの中心軸へ向けて斜め前方に供給される。そして、一次ガス通路91aから噴出される一次ガスが、電源装置94の陽極側と二次ガスノズル92を介して間接的に接続されたワイヤWと、電源装置94の陰極側と接続された陰極93との間に生じるアークによってプラズマ化されてプラズマフレームFとなり、ワイヤWを溶滴Dとして噴射する。この溶滴Dは、二次ガス通路92aから二次ガスノズル92の前方へ噴射される二次ガスによってさらに微細化され、さらに加速されて被処理物T上に噴射され、溶射被膜Sを形成する。
【0004】
なお、このような従来のプラズマ溶射装置90においては、一次ガスとして窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガスが用いられ、二次ガスとして圧縮エア、窒素ガスや炭酸ガス等のガスが用いられることとなっている(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、実際の運用の場合は、二次ガスとして窒素ガスや炭酸ガス等は運転コスト高となるために、低コストである圧縮エアを利用する。プラズマ溶射装置90では、この二次ガスである圧縮エアによってプラズマ化された一次ガスを包み込むことにより、プラズマ化された一次ガスの噴射を細くすることができ、しかも一次ガスの高速化を達成することが可能となっている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、従来のプラズマ溶射装置90では、溶融したワイヤWの溶滴Dを二次ガスの噴射によってさらに細かなものとするとともに、各溶滴Dに十分な速度を与えているため、溶射皮膜S中の金属材料は、溶融時に二次ガスである圧縮エアの急激な絞り込みによって、プラズマフレームFの外周部からかく乱が発生する。そのため、溶滴Dとなった粒子の表面が酸化し、溶射皮膜S中に金属材料の酸化物を含むことになる。
【0007】
そこで、本発明においては、溶滴となった粒子表面の酸化を低減することで、酸化物が少ない溶射皮膜を形成することが可能なプラズマ溶射装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のプラズマ溶射装置は、陰極と、この陰極の外周に一次ガス通路を形成して陰極の先端部を覆う一次ガスノズルと、この一次ガスノズルの外側に配置されて二次ガス通路を形成する二次ガスノズルと、この二次ガスノズルのノズル口の近傍へ溶射用のワイヤを供給するワイヤ通路とを備え、ワイヤ通路より供給されるワイヤの先端と陰極との間に生じるアークにより一次ガスノズルから噴射する一次ガスをプラズマ化し、一次ガスノズルより噴射するプラズマフレームを形成してワイヤの先端を溶滴とし、この溶滴をプラズマフレームと二次ガスノズルから噴射する二次ガスによって被処理物上に噴射するプラズマ溶射装置において、一次ガスノズルと二次ガスノズルとの間に、プラズマフレームの外周部にプラズマフレームの熱を受けて高温のガス噴射とするための三次ガスを噴射する三次ガス通路を形成する三次ガスノズルを備え
、二次ガスノズルが、三次ガスノズルの外側を包み込むように形成されたものであり、ワイヤーが、二次ガスノズルのノズル口よりも外側へ供給されるものである。
【0009】
本発明のプラズマ溶射装置によれば、一次ガス通路と二次ガス通路との間に配置されている三次ガス通路から噴射される三次ガス流れの内側が、プラズマフレームの熱を受けて高温のガス噴射を形成する。この高温のガス噴射により、その外側に噴射される二次ガスの急激な絞り込みによってプラズマフレームの外周部から発生するかく乱が抑えられ、プラズマフレームの拡散が防止されるので、溶滴となった粒子の表面の酸化が低減される。
【0010】
ここで、三次ガスとしては圧縮エアや炭酸ガスなどを用いることができるが、三次ガスとしてアルゴンガスや窒素ガスなどの不活性ガスを用いることが望ましい。三次ガスとして不活性ガスを用いた場合には、二次ガスの急激な絞りこみによってプラズマフレームの外周部から発生するかく乱を防止するとともに、プラズマフレームの外周部にプラズマフレームの熱を受けた高温の不活性ガス噴射が形成される。これにより、溶滴の粒子は、高温の不活性ガス噴射の中で微細化され、加速されるため、二次ガスによる酸化から保護される。
【0011】
また、本発明のプラズマ溶射装置では、一次ガスに圧縮エアを用いた場合であっても、酸化が少ない溶射皮膜を形成することが可能である。一次ガスに圧縮エアを用いた場合、一次ガスには約20%の酸素を含むことになるが、ガスがプラズマ化している状態では、溶融金属を酸化させる作用が少ないと言われているため、圧縮エアを一次ガスとして用いても、溶射皮膜の酸化は少ないはずである。しかしながら、従来のプラズマ溶射装置では、二次ガスの急激な絞り込みによってプラズマフレームがかく乱された場合には、溶滴の酸化が過度に進むために、一次ガスに圧縮エアを用いた場合、皮膜品質が低下する。一方、本発明のプラズマ溶射装置では、三次ガスによりプラズマフレームの外周部にプラズマフレームの熱を受けた高温のガス噴射を形成して、二次ガスの急激な絞り込みによるプラズマフレームのかく乱を防止できるため、一次ガスに圧縮エアを用いた場合でも酸化が少ない溶射皮膜を形成することができる。
【発明の効果】
【0012】
(1)一次ガスノズルと二次ガスノズルとの間に、プラズマフレームの外周部にプラズマフレームの熱を受けて高温のガス噴射とするための三次ガスを噴射する三次ガス通路を形成する三次ガスノズルを備え
、二次ガスノズルが、三次ガスノズルの外側を包み込むように形成されたものであり、ワイヤーが、二次ガスノズルのノズル口よりも外側へ供給されるものであることにより、プラズマフレームの拡散が防止され、溶滴となった粒子の表面の酸化が低減されるので、酸化物が少ない溶射皮膜を形成することが可能となる。
【0013】
(2)三次ガスとして不活性ガスを用いた場合、プラズマフレームの外周部にプラズマフレームの熱を受けた高温の不活性ガス噴射が形成され、溶滴の粒子が高温の不活性ガス噴射の中で微細化され、加速されるため、さらに二次ガスによる酸化から保護され、より酸化物が少ない溶射皮膜を形成することが可能となる。
【0014】
(3)一次ガスとして圧縮エアを用いた場合であっても、三次ガスによりプラズマフレームの外周部にプラズマフレームの熱を受けた高温のガス噴射を形成して、二次ガスの急激な絞り込みによるプラズマフレームのかく乱を防止できるため、酸化が少ない溶射皮膜を形成することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1は本発明の実施の形態におけるプラズマ溶射装置の概略構成図、
図2は
図1のプラズマトーチの主要部の詳細を示す縦断面図、
図3は
図2のA矢視図、
図4は
図1のプラズマトーチの動作説明図である。
【0017】
図1において、本発明の実施の形態におけるプラズマ溶射装置1は、プラズマフレームにより溶滴としたワイヤWを被処理物上に噴射するプラズマ溶射トーチ2と、プラズマ溶射トーチ2へ一次ガスおよび二次ガスを供給するガス供給源3と、プラズマ溶射トーチ2へ動作電力を供給する電源4と、ワイヤWが巻回されたワイヤリール5と、ワイヤリール5から引き出されるワイヤWの巻き癖を矯正するワイヤ矯正機6と、ワイヤWをワイヤ送りチューブ8によりプラズマ溶射トーチ2へ供給するワイヤ供給機構7とを有する。
【0018】
図2に示すように、プラズマ溶射トーチ2は、一次ガス通路11を形成する一次ガスノズル10と、一次ガスノズル10の外側に配置されて二次ガス通路21を形成する二次ガスノズル20と、一次ガスノズル10と二次ガスノズル20との間に配置されて三次ガス通路31を形成する三次ガスノズル30と、一次ガスノズル10のノズル口12および二次ガスノズル20のノズル口22の略中心軸上に配置された陰極40と、二次ガスノズル20のノズル口22の近傍へ溶射用のワイヤWを供給するワイヤ通路50とを備える。
【0019】
一次ガスノズル10は、陰極40の先端部を覆うように形成されており、陰極40の外周に一次ガス通路11を形成している。この一次ガス通路11に供給される一次ガスは、プラズマフレームを発生させ、ワイヤの先端を溶滴とするためのガスであり、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガスである。あるいは、この一次ガスとして、圧縮エアを用いることも可能である。一次ガス通路11によって供給される一次ガスは、陰極40の外周を旋回しながら供給され、一次ガスノズル10のノズル口12より二次ガスノズル20の前方へ噴射される。
【0020】
三次ガスノズル30は、一次ガスノズル10の外側を包み込むように形成されており、一次ガスノズル10の外周に三次ガス通路31を形成している。三次ガスは、一次ガスにより発生させるプラズマフレームの外周部にプラズマフレームの熱を受けて高温のガス噴射を形成するためのガスであり、圧縮エアや炭酸ガス等のガスである。二次ガスノズル20は、三次ガスノズル30の外側を包み込むように形成されており、三次ガスノズル30の外周に二次ガス流路21を形成している。二次ガスは、一次ガスで形成されるプラズマフレームの噴射に対して外側から急激に絞り込むように噴射して、溶滴をさらに細かなものにするとともに、溶滴に十分な速度を与えて被処理物上に噴射するためのガスであり、圧縮エアや炭酸ガス等のガスである。
【0021】
一次ガスは、ガス流量の変化によりプラズマフレームの温度や、速度および発生電圧を適宜変化させるため、その流量は50〜120〔L/分〕の範囲とすることが望ましい。なお、一次ガスの流量が50〔L/分〕未満の場合、プラズマフレームの速度が遅くなり、溶射皮膜の品質が低下する。一方、一次ガスの流量が120〔L/分〕超の場合、プラズマフレームの速度が速く、温度が低下するため、溶射皮膜の品質が低下する。
【0022】
二次ガスは、前述のように一次ガスで形成されるプラズマフレームの噴射に対して外側から急激に絞り込むように噴射し、溶滴をさらに細かなものにするとともに、溶滴に十分な速度を与えるため、その流量は250〜500〔L/分〕とすることが望ましい。なお、二次ガスの流量が250〔L/分〕未満の場合は、溶滴を細かなものとするには不足し、また溶滴に十分な速度を与える効果が少なくなるため、溶射皮膜の品質が低下する。一方、二次ガスの流量が500〔L/分〕超の場合は、溶滴を過剰に細かなものとするとともに、溶滴を過剰に冷却することになり、溶射皮膜の品質が低下する。
【0023】
三次ガスは、前述のように一次ガスにより発生させるプラズマフレームの外周部にプラズマフレームの熱を受けて高温のガス噴射を形成するため、体積比で一次ガスの流量の20〜50%の範囲とし、かつ、二次ガス噴射によるプラズマフレームのかく乱やガス拡散を抑えるため、体積比で二次ガスの流量の5〜10%の範囲とすることが望ましい。また、二次ガス噴射によるプラズマフレームのかく乱やガス拡散
を抑える効果をより有効に発揮させるためには、三次ガスの流量は二次ガスの流量の増減に連動して変化させ、二次ガスの流量が少ない場合は三次ガスの流量も少なくし、二次ガスの流量が多い場合は三次ガスの流量も多くすることが望ましい。
【0024】
なお、三次ガスの流量が、一次ガスの流量の20%未満あるいは二次ガスの流量の5%未満の場合、三次ガスの噴射によってプラズマフレームのかく乱やガス拡散を抑える効果が少なくなるため、溶射皮膜の品質向上の効果が得にくくなる。一方、三次ガスの流量が、一次ガスの流量の50%超あるいは二次ガスの流量の10%超の場合、三次ガスの噴射が強く発生しているため、その内側がプラズマフレームの熱を受けて高温のガス噴射を形成することが不十分となり、プラズマフレームのかく乱やガス拡散を抑える効果が十分に発揮できなくなるため、溶射皮膜の品質向上の効果が得にくくなる。
【0025】
ワイヤ通路50は、二次ガスノズル20のノズル口22の近傍に形成されたワイヤ出口51bを有する一次ワイヤ通路51aと、この一次ワイヤ通路51aに対して所定の傾斜角θでワイヤWを供給する二次ワイヤ通路52aとから構成される。ワイヤ通路50は、一次ワイヤ通路51aと二次ワイヤ通路52aとによりワイヤWに弾性限界を超えない範囲の曲がりを与えるものである。
【0026】
図3に示すように、一次ワイヤ通路51aは、プラズマフレームの伸展方向に長い略長方形断面形状を有し、二次ガスノズル20の外側に配置された一次ワイヤ案内部材51を直線状に貫通して形成されている。同様に、二次ワイヤ通路52aも、プラズマフレームの伸展方向に長い略長方形断面形状を有し、一次ワイヤ通路51aから離れた位置に配置された二次ワイヤ案内部材52を直線状に貫通して形成されている。
【0027】
一次ワイヤ通路51aの長辺方向の幅aは、ワイヤWの直径dよりも10%以上かつ95%以下の範囲で大きく設定されている。また、一次ワイヤ通路51aの短辺方向の幅bは、ワイヤWの直径dより3%以上かつ10%未満の範囲で大きく設定されている。なお、本実施形態におけるワイヤWの直径dは1.6mmであり、長辺方向の幅aはワイヤWの直径dよりも0.2〜1.5mm程度大きく、短辺方向の幅bはワイヤWの直径dよりも0.05〜0.15mm程度大きく設定してある。二次ワイヤ通路52aについても同様である。
【0028】
なお、一次ワイヤ通路51aおよび二次ワイヤ通路52aが有する略長方形断面形状とは、長方形断面形状のほか、長方形断面形状の角部がワイヤWの外面が接しない範囲でC面取りやR面取りなどの加工が施されている形状を含むものとする。したがって、本実施形態においてワイヤWは、一次ワイヤ通路51aおよび二次ワイヤ通路52a内において長辺方向の平面または短辺方向の平面のいずれの平面に対しても垂直方向の力のみを受けることになる。
【0029】
また、二次ワイヤ通路52aの一次ワイヤ通路51aに対する傾斜角θは、一次ワイヤ通路51aの中心線と二次ワイヤ通路52aの中心線とがなす角である。本実施形態においては、傾斜角θは1〜5°程度に設定してある。また、二次ワイヤ案内部材52は、一次ワイヤ通路51aと二次ワイヤ通路52aとが隙間cを隔てて配置される位置に設けられている。本実施形態においては、隙間cは3〜10mm程度に設定してある。
【0030】
このように本実施形態におけるプラズマ溶射トーチ2では、一次ワイヤ通路51aと二次ワイヤ通路52aとが隙間cを隔てて配置されることで、それぞれ直線状の一次ワイヤ通路51aと二次ワイヤ通路52aとにより擬似的に大きな曲線状のワイヤ通路50を形成し、ワイヤWに弾性範囲を超えない範囲の曲がりを与える。なお、一次ワイヤ通路51aおよび二次ワイヤ通路52aを、それぞれ曲線状とすることも可能である。
【0031】
電源4の陽極側は、一次ワイヤ案内部材51に接続されており、この一次ワイヤ案内部材51の一次ワイヤ通路51a内を通るワイヤWに対して間接的に接続されている。一方、電源4の陰極側は、陰極40に接続されている。なお、電源4の陽極側は、ワイヤWに直接接続されることもある。
【0032】
上記構成のプラズマ溶射装置1では、ワイヤリール5に巻かれたワイヤWがワイヤ供給機構7によってプラズマ溶射トーチ2へ送給される際、ワイヤWの強い巻き癖がワイヤ矯正機6によって矯正され、緩やかな曲線状に伸ばされる。そして、ワイヤWはワイヤ送りチューブ8を介してワイヤ通路50へ供給される。ワイヤ通路50では、ワイヤWは一次ワイヤ通路51aおよび二次ワイヤ通路52a内で長辺方向の平面または短辺方向の平面のいずれの平面に対しても垂直方向の力のみを受けて、
図4に示すようにプラズマフレームFの伸長方向へ弾性限界を超えない範囲の曲がりが与えられる。
【0033】
ここで、一次ワイヤ通路51aおよび二次ワイヤ通路52aは、プラズマフレームFの伸展方向に長い略長方形断面形状を有するので、ゆがみ癖はプラズマフレームFの伸展方向に逃がされる。特に、本実施形態においては、短辺方向の幅bが、ワイヤWの直径dより3%以上かつ10%未満の範囲で大きく設定されているだけであるため、プラズマフレームFの伸展方向に対して直角方向へは逃がされない。したがって、ワイヤWの先端部分はプラズマフレームFの伸展方向に対しては多少の位置ずれが発生しても、プラズマフレームFの伸長方向に対して直角方向への位置ずれは防止され、プラズマフレームFの軸線上に位置するようになる。
【0034】
図5はワイヤ通路の断面形状とワイヤが受ける力の方向を示している。
図5において、略長方形断面Aは長方形断面形状、略長方形断面Bは長方形断面形状の角部がワイヤWの外面が接しない範囲でC面取り加工が施されている形状、略長方形断面Cは長方形断面形状の角部がワイヤWの外面が接しない範囲でR面取り加工が施されている形状である。これらの略長方形断面形状では、ワイヤWが長辺方向の平面に接しても短辺方向の平面に接しても、それぞれの平面に対して垂直方向の力のみを受けることになる。
【0035】
ワイヤWは、ワイヤ矯正機構7によっても完全に直線状には矯正できないため、ゆがみ癖が残っている。そして、ワイヤ送りチューブ8は、作業時のプラズマ溶射トーチ2の取り回しにより、様々な状態に曲がり形状が変化して一定の形状とはならない。そのため、このように形状が一定とならないワイヤ送りチューブ8内をゆがみ癖が残ったワイヤWが送られてくると、ワイヤ送りチューブ8の形状に合わせてワイヤWへ曲げやねじれの力が働く。この曲げやねじれの力によりワイヤWは弾性限度内ではバネと同様に自由に曲がりながら、力の方向が安定する位置でワイヤ送りチューブ8内を蛇行しながら送られていくことになる。
【0036】
このとき、上述の略長方形断面形状では、ワイヤWが短辺方向の平面に接した場合には、この短辺方向の平面に対して垂直方向、すなわちプラズマフレームFの伸展方向(以下、「X方向」と称す。)の力を受けることになり、ゆがみ癖はプラズマフレームFの伸展方向に逃がされる。そして、この短辺方向の平面にのみ接触している際に、プラズマフレームFの伸展方向に対して直角方向(以下、「Y方向」と称す。)の力が掛かった場合には、ワイヤWは短辺方向の幅bの隙間分だけ自由に移動し、長辺方向の平面に接するが、この場合も長辺方向の平面に対して垂直方向(Y方向)の力が働くため、ワイヤWの位置が安定する。特に、ねじれの力を受けた場合は、X方向とY方向の力として短辺方向と長辺方向の力に分散されて、各面に対して垂直方向に力が働き、ワイヤWのねじれを抑制する働きをするために、ワイヤWの位置は安定する。
【0037】
一方、丸形断面や長丸断面の場合には、ワイヤWは丸形断面や長丸断面の曲面に接すると、この曲面に対して垂直方向の力だけを受けることになり、ワイヤWは曲面に沿って自由に移動することができる。特に、ねじれの力を受けた場合に、ワイヤWは曲面に沿って自由に回転するために、ワイヤWのねじれを抑制しない。このため、ワイヤWが受ける力の方向が定まらず、ワイヤWの位置は不定となる。
【0038】
このように本実施形態におけるプラズマ溶射装置1では、ワイヤWの先端部分はプラズマフレームFの中心部へワイヤWを安定して供給することができる。そして、一次ガス通路11から噴出される一次ガスが、電源4の陽極側に一次ワイヤ案内部材51を介して間接的に接続されたワイヤWと、電源4の陰極側に接続された陰極40との間に生じるアークによってプラズマ化されてプラズマフレームFとなり、ワイヤWを溶滴Dとして噴射する。この溶滴Dは、二次ガス通路21から二次ガスノズル20の前方へ噴射される二次ガスによってさらに微細化され、さらに加速されて被処理物T上に噴射され、溶射皮膜Sを形成する。
【0039】
このとき、本実施形態におけるプラズマ溶射装置1では、一次ガス通路11と二次ガス通路21との間に配置されている三次ガス通路31から噴射される三次ガス流れの内側が、プラズマフレームFの熱を受けて高温のガス噴射Gを形成する。この高温のガス噴射Gにより、その外側に噴射される二次ガスの急激な絞り込みによってプラズマフレームFの外周部から発生するかく乱を抑えることで、プラズマフレームFのガス拡散を防止することができ、溶滴Dとなった粒子の表面の酸化が低減される。これにより、被処理物T上に酸化が少ない溶射皮膜Sを形成することが可能となっている。
【0040】
また、このように本実施形態におけるプラズマ溶射装置1では、三次ガスによりプラズマフレームFの外周部にプラズマフレームFの熱を受けた高温のガス噴射を形成して、二次ガスの急激な絞り込みによるプラズマフレームFのかく乱を防止できるため、一次ガスとして圧縮エアを用いた場合であっても、酸化が少ない溶射皮膜Sを形成することが可能である。
【0041】
また、三次ガスとして不活性ガスである窒素ガスやアルゴンガスなどを用いた場合には、上述のように二次ガスの急激な絞りこみによってプラズマフレームFの外周部から発生するかく乱を防止するとともに、プラズマフレームFの外周部にプラズマフレームFの熱を受けた高温の不活性ガス噴射が形成される。これにより、溶滴Dの粒子は、高温の不活性ガス噴射により粒子の成分変化が防止された状態で微細化され、加速されるために、二次ガスによる酸化から保護される。これにより、さらに酸化が少ない溶射皮膜
Sを形成することが可能となる。
【0042】
なお、本実施形態においては、一次ワイヤ通路51aおよび二次ワイヤ通路52aの両方をプラズマフレームの伸展方向に長い略長方形断面形状を有するものとしているが、いずれか一方のみをプラズマフレームの伸展方向に長い略長方形断面形状を有するものとすることも可能である。この場合、プラズマフレームの伸展方向に長い略長方形断面形状を有する一次ワイヤ通路または二次ワイヤ通路により、ワイヤWのゆがみ癖をプラズマフレームFの伸展方向に逃がして、ワイヤWの先端部分をプラズマフレームFの中心部へ供給することができる。
【実施例】
【0043】
三次ガスとして圧縮エアおよび不活性ガスである窒素ガスを用いた場合と、三次ガスを用いない場合とで、比較試験を実施した。本実施例では、溶射材料としてアルミニウム系合金を用い、溶射皮膜の酸化度合いの指標として、溶射皮膜の自然電位を測定して、三次ガスの効果を確認した。さらに、ランニングコスト低減の手法として、一次ガス、二次ガスおよび三次ガスの全てのガスを、安価な圧縮エアを用いて溶射皮膜を作成し、溶射皮膜の自然電位を測定して、3次ガスの効果を確認した。
図6は自然電位測定方法を示す説明図である。
【0044】
図6に示すように自然電位の測定は、飽和KClの塩橋を用いて試験片(試験TP)の溶射皮膜表面に5w%NaClの環境を作り、照合電極として飽和塩化銀電極を用いて、テスターにより自然電位を測定した。なお、電位の測定数値を安定させるために、測定開始から600秒後の電位を測定値とした。試験結果のまとめを表1に、表1の各条件での皮膜の自然電位測定結果を表2に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
表1に示すように、三次ガスを用いない場合と三次ガスに圧縮エアを用いた場合とでは、三次ガスに圧縮エアを用いた方が約60mV低い電位を示した。また、三次ガスに不活性ガスである窒素ガスを用いた場合では、約150mV低い値を示した。さらに、全てのガスを安価な圧縮エアを用いた場合では、約50mV低い値を示した。このことから、三次ガスを利用することで、溶射皮膜内部の酸化が少ないことが確認できた。