【実施例1】
【0011】
まず、構成を説明する。
実施例1の摩擦係合装置の構成を、「全体構成」、「摩擦係合装置の構成」、「ボールロック機構の詳細構成」に分けて説明する。
【0012】
[全体構成]
図1は、実施例1の摩擦係合装置が適用されたベルト式無段変速機の前後進切り替え機構を示す。以下、
図1に基づき、全体構成を説明する。
【0013】
前記ベルト式無段変速機の前後進切り替え機構Pは、
図1に示すように、図外のエンジン(駆動源)からの駆動入力軸1と、図外のベルト式無段変速機への変速機入力軸2と、の間に、シングルピニオン型遊星歯車3(遊星歯車)を備えている。そして、シングルピニオン型遊星歯車3の周りに、リバースブレーキ4と、フォワードクラッチ5(摩擦係合要素)と、クラッチ動作パック6(摩擦係合要素動作手段)と、が配置されている。
【0014】
前記シングルピニオン型遊星歯車3は、サンギア31(回転メンバ)と、リングギア32(回転メンバ)と、サンギア31とリングギア32に噛み合うピニオン33を支持するキャリア34(回転メンバ)と、を備える。サンギア31は、変速機入力軸2に対しスプライン結合される。リングギア32は、駆動入力軸1に対しフォワードクラッチドラム51を介してスプライン結合される。
【0015】
前記リバースブレーキ4は、後退走行レンジ(Rレンジ)の選択時に締結される多板ブレーキである。このリバースブレーキ4は、ブレーキ締結により、リバースブレーキドラム41を介してシングルピニオン型遊星歯車3のキャリア34をトランスミッションケース7に固定する。つまり、リバースブレーキ4の締結でキャリア固定とすることにより、リングギア32の回転方向(入力回転方向)とサンギア31の回転方向を逆とし、入力回転とは逆回転による回転駆動力を、サンギア31を介して変速機入力軸2に伝達する。この変速機入力軸2からは、図外のプライマリプーリ→ベルト→セカンダリプーリへと回転駆動力が伝達される。
なお、トランスミッションケース7は、フォワードクラッチドラム51を、シールリング81,82,83を介し、駆動入力軸1にて支持するとともに、ON圧油路71とOFF圧油路72が形成されたドラムサポート部73を一体に有する。
【0016】
前記フォワードクラッチ5は、前進走行レンジ(Dレンジ等)の選択時に締結される多板クラッチである。このフォワードクラッチ5は、フォワードクラッチドラム51(第1部材)と、フォワードクラッチハブ52(第2部材)と、ドリブンプレート53(第1摩擦プレート)と、ドライブプレート54(第2摩擦プレート)と、を有する。
フォワードクラッチドラム51は、駆動入力軸1と、シングルピニオン型遊星歯車3のリングギア32(1つの回転メンバ)と、を連結する。フォワードクラッチハブ52は、シングルピニオン型遊星歯車3のサンギア31(残り2つの回転メンバのうち、1つの回転メンバ)に連結される。つまり、フォワードクラッチ5の締結でシングルピニオン型遊星歯車3の2つの回転メンバ(サンギア31とリングギア32)が直結されることで、シングルピニオン型遊星歯車3は一体に回転し、入力回転と同じ回転方向と回転数による回転駆動力を、サンギア31を介し変速機入力軸2に伝達する。この変速機入力軸2からは、図外のプライマリプーリ→ベルト→セカンダリプーリへと回転駆動力が伝達される。
【0017】
前記クラッチ動作パック6は、フォワードクラッチ5の締結・開放動作を制御するものである。このクラッチ動作パック6は、油圧ピストン61と、締結圧ピストン室62と、開放圧ピストン室63と、スナップリング64(締結反力受け部材)と、ダイヤフラムスプリング65(弾性部材)と、ボールロック機構BL(ロック機構)と、を有する。
【0018】
[摩擦係合装置の構成]
図2は、実施例1の摩擦係合装置を構成するフォワードクラッチとクラッチ動作パックの詳細を示す。以下、
図2に基づき、摩擦係合装置(フォワードクラッチ5とクラッチ動作パック6)の構成を説明する。
【0019】
前記フォワードクラッチ5は、
図2に示すように、フォワードクラッチドラム51(第1部材)と、フォワードクラッチハブ52(第2部材)と、ドリブンプレート53(第1摩擦プレート)と、ドライブプレート54(第2摩擦プレート)と、リテーナプレート55と、を備えている。
【0020】
前記フォワードクラッチドラム51及び前記フォワードクラッチハブ52は、回転中心軸CL(
図1参照)に対し同軸に配置される。そして、フォワードクラッチドラム51に対しスプライン結合により軸方向に摺動自在にドリブンプレート53が取り付けられる。また、フォワードクラッチハブ52に対しスプライン結合により軸方向に摺動自在にドライブプレート54が取り付けられる。4枚のドリブンプレート53と4枚のドライブプレート54は、交互に配置され、ドライブプレート54の両側摩擦面には、クラッチフェーシングが貼り付けられている。
なお、ドリブンプレート53及びドライブプレート54の枚数は、変速機の許容する入力トルクによって増減する。
【0021】
前記リテーナプレート55は、油圧ピストン61とは反対側の端部に配置されたドライブプレート54と、フォワードクラッチドラム51に対し溝固定されたスナップリング64と、の間に介装される。このリテーナプレート55は、片面を摩擦係合面とするとともに、軸方向の厚みをドリブンプレート53より厚く設定することで、多板摩擦プレートを構成するドリブンプレート53及びドライブプレート54の倒れを防止する。
【0022】
前記クラッチ動作パック6は、
図2に示すように、油圧ピストン61と、締結圧ピストン室62と、開放圧ピストン室63と、スナップリング64(締結反力受け部材)と、ダイヤフラムスプリング65(弾性部材)と、仕切りプレート66と、ボールロック機構BL(ロック機構)と、を備えている。
【0023】
前記油圧ピストン61は、フォワードクラッチ5に対して軸方向に変位可能に配置されたもので、ピストン両面のうち、一方の面を締結圧受圧面61aとし、他方の面を開放圧受圧面61bとする。
【0024】
前記締結圧ピストン室62は、油圧ピストン61の締結圧受圧面61aにON圧(締結圧)を作用させるため、フォワードクラッチドラム51と油圧ピストン61の間に画成される油室である。
【0025】
前記開放圧ピストン室63は、油圧ピストン61の開放圧受圧面61bにOFF圧(開放圧)を作用させるため、フォワードクラッチドラム51に固定された仕切りプレート66と、油圧ピストン61と、の間に画成される油室である。
【0026】
前記スナップリング64は、フォワードクラッチ5を挟んで油圧ピストン61の反対側位置に設定され、フォワードクラッチ5が受ける締結反力を受ける。
【0027】
前記ダイヤフラムスプリング65は、油圧ピストン61のクラッチ側端面61c(要素側端面)からスナップリング64の締結反力受け面64aまでのうち、油圧ピストン61のクラッチ側端面61cとフォワードクラッチ5のピストン側端面5aと、の間に介装される。このダイヤフラムスプリング65は、軸方向に2枚重ねで配置され、油圧ピストン61をスナップリング64に向かう締結方向に移動させることでフォワードクラッチ5に対し付勢締結力を与える。
なお、ダイヤフラムスプリング65は、付勢締結力によって1枚であっても良いし、2枚以上の複数枚であっても良い。
【0028】
前記ボールロック機構BLは、締結圧ピストン室62へON圧(締結圧)を作用させ油圧ピストン61をフォワードクラッチ5に近づく締結方向に移動させると、フォワードクラッチ5がダイヤフラムスプリング65の付勢締結力により締結状態となる位置で油圧ピストン61が開放方向に移動するのを規制する。そして、油圧ピストン61の移動を規制した後、締結圧ピストン室62の締結圧を抜いても油圧ピストン61の開放方向への移動規制を保持する。
【0029】
[ボールロック機構の詳細構成]
図2は、実施例1の摩擦係合装置を構成するフォワードクラッチとクラッチ動作パックの詳細を示す。以下、
図2に基づき、クラッチ動作パック6に有するボールロック機構BLの詳細構成を説明する。
【0030】
前記ボールロック機構BLは、
図2に示すように、フォワードクラッチドラム51に内蔵されていて、クラッチ動作パック6の油圧ピストン61に、ボール保持ピストン67と、ボール68と、を加えて構成される。
【0031】
前記油圧ピストン61は、上記のように、フォワードクラッチ5に対して軸方向に変位可能に配置されたもので、ボールロック機構BLに関与する構成として、油圧ピストン側収納部61dと、油圧ピストン側テーパー面61eと、が設けられる。油圧ピストン側収納部61dは、油圧ピストン61の開放方向への移動を規制するときにボール68を収納する。油圧ピストン側テーパー面61eは、油圧ピストン側収納部61dに連続して形成され、油圧ピストン61の開放方向への移動規制を解除するピストンストロークにしたがってボール68を内側に押し込む。
なお、油圧ピストン側収納部61dの深さは、ボール外径の2/5程度の寸法に設定され、油圧ピストン側テーパー面61eの傾斜角度は、45度程度の角度に設定されるが、油圧ピストン側収納部61dの深さは、変速機の設計によってはボール外径の2/5程度以上でも以下でも良く、油圧ピストン側テーパー面61eの傾斜角度は、変速機の設計によっては45度以上でも以下であっても良い。
【0032】
前記ボール保持ピストン67は、油圧ピストン61を覆うフォワードクラッチドラム51の内周円筒部51aとフォワードクラッチドラム51から軸方向に突出する仕切り円筒壁部51bにより画成される円筒空間に配置され、ON圧(締結圧)またはOFF圧(開放圧)の作用にしたがって軸方向に移動する。すなわち、ボール保持ピストン67の外周面と仕切り円筒壁部51bの間はシールリング84によりシールされ、ボール保持ピストン67の内周面と内周円筒部51aの間はシールリング85によりシールされ、油圧ピストン61の内周面と仕切り円筒壁部51bの間はシールリング86によりシールされる。これにより、ボール保持ピストン67を含めて油圧ピストン61の両側が、シール性を確保して締結圧ピストン室62側と開放圧ピストン室63側に画成される。そして、フォワードクラッチドラム51に開口されたON圧ポート51dと締結圧ピストン室62は、ボール保持ピストン67に形成されたON圧連通溝67aと、仕切り壁部51bに開口されたON圧連通穴51eを介して連通される。また、フォワードクラッチドラム51に開口されたOFF圧ポート51fと開放圧ピストン室63は、ボール保持ピストン67に形成されたOFF圧連通溝67bと、仕切り壁部51bの端部と仕切りプレート66との間に確保されたOFF圧連通隙間tを介して連通される。
【0033】
前記ボール保持ピストン67には、保持ピストン側収納部67cと、保持ピストン側テーパー面67dと、保持ピストン側ロック面67eと、が設けられる。保持ピストン側収納部67cは、油圧ピストン61の開放方向への移動を許容するときにボール68を収納する。保持ピストン側テーパー面67dは、保持ピストン側収納部67cに連続して形成され、油圧ピストン61の開放方向への移動を規制するピストンストロークにしたがってボール68を外側に押し出す。保持ピストン側ロック面67eは、保持ピストン側テーパー面67dに連続して形成され、外側に押し出した状態のままでボール68の位置をロックする。なお、保持ピストン側収納部67cの深さは、ボール外径の1/2程度の寸法に設定され、保持ピストン側テーパー面67dの傾斜角度は、45度程度の角度に設定される。
【0034】
前記ボール68は、仕切り円筒壁部51bに開口したボール穴51cに設けられ、ON圧(締結圧)またはOFF圧(開放圧)の作用による油圧ピストン61及びボール保持ピストン67の軸方向移動に伴って両ピストン61,67の両テーパー面61e,67dから力を受け、ロック位置とロック解除位置の間を径方向に移動する。すなわち、ボール穴51cの内径を、ボール68の外径よりも少し大きくしている。そして、ボール穴51cとボール68は、締結トルク容量に合わせて周方向の複数箇所に設定される。
【0035】
上記のように構成されたボールロック機構BLが発揮する機能を列挙すると、下記の通りとなる。
(a) 締結圧ピストン室62へON圧(締結圧)を作用させ油圧ピストン61をフォワードクラッチ5に近づく締結方向に移動させると、フォワードクラッチ5がダイヤフラムスプリング65の付勢締結力により締結状態となる位置で油圧ピストン61が開放方向に移動するのを規制する。
(b) 油圧ピストン61の移動を規制した後、締結圧ピストン室62のON圧(締結圧)を抜いても油圧ピストン61の開放方向への移動規制を保持する。
(c) フォワードクラッチ5がダイヤフラムスプリング65の付勢締結力により締結状態となる位置で油圧ピストン61が開放方向に移動するのを規制した後、締結圧ピストン室62へON圧(締結圧)を作用させると油圧ピストン61の締結方向への移動を許容しつつ開放方向への移動規制を保持する。
(d) 開放圧ピストン室63にOFF圧(開放圧)を作用させることで、油圧ピストン61の開放方向への移動規制を解除する。
【0036】
次に、作用を説明する。
実施例1の摩擦係合装置における作用を、「フォワードクラッチの締結作用」、「フォワードクラッチの開放作用」、「ボールロック機構を用いたクラッチ締結/開放作用」、「締結保持圧が不要な比較例との対比作用」に分けて説明する。
【0037】
[フォワードクラッチの締結作用]
フォワードクラッチ5の締結時における状態変化を示す
図3〜
図7に基づき、フォワードクラッチ5の締結作用を説明する。
【0038】
・クラッチOPEN→クラッチCLOSEの開始過渡期
フォワードクラッチ5を
図1に示す開放状態から締結状態に移行するため、まず、ON圧(締結圧の初期圧)を加えると、
図3(a)の矢印Aに示すように、ON圧油路71→ON圧ポート51d→ON圧連通溝67a→ON圧連通穴51eを経過し、締結圧ピストン室62にON圧(締結圧)がチャージされる。
このとき、
図3(b)に示すように、ON圧はロスストローク分を詰めるために一時的な最大圧特性となり、OFF圧はゼロ圧のままで、ボール位置もロック解除位置のままである。
【0039】
・クラッチOPEN→クラッチCLOSEの進行過渡期
フォワードクラッチ5を
図3に示す状態から締結状態へ進行させるため、ON圧を徐々に高めてゆくと、
図4(a)の矢印Aに示すように、ON圧油路71→ON圧ポート51d→ON圧連通溝67a→ON圧連通穴51eを経過し、締結圧ピストン室62にON圧(締結圧)が作用し、
図4(a)の矢印Bに示すように、油圧ピストン61がストロークする。この油圧ピストン61のストロークによる締結力が、ダイヤフラムスプリング65の付勢締結力と釣り合い、ダイヤフラムスプリング65を弾性変形させながらフォワードクラッチ5が締結状態に移行する。
このとき、
図4(b)に示すように、ON圧は時間の経過と共に上昇する特性となり、OFF圧はゼロ圧のままで、ボール位置もロック解除位置のままである。
【0040】
・クラッチOPEN→クラッチCLOSEの終了過渡期(ボール保持ピストンの移動前)
フォワードクラッチ5を
図4に示す締結状態からロック状態へ進行させるため、高いON圧を維持すると、
図5(a)の矢印Cに示すように、回転による遠心力と油圧によってボール68が外径方向に移動し、油圧ピストン側収納部61dにボール68が収納される。
このとき、
図5(b)に示すように、ON圧は時間が経過しても高圧を維持する特性となり、OFF圧はゼロ圧のままで、ボール位置はロック解除位置からロック位置へと移動する。
【0041】
・クラッチOPEN→クラッチCLOSEの終了過渡期(ボール保持ピストンの移動後)
フォワードクラッチ5を
図5に示すロック状態からロック保持状態へ進行させるため、高いON圧を維持したままにすると、
図6(a)の矢印Dに示すように、ボール保持ピストン67へのON圧作用に伴ってボール保持ピストン67が軸方向(フォワードクラッチ5に向かう方向)に移動し、油圧ピストン側収納部61dに収納されているボール68を、保持ピストン側ロック面67eにより保持する。
このとき、
図6(b)に示すように、ON圧は時間が経過しても高圧を維持する特性となり、OFF圧はゼロ圧のままで、ボール位置はロック解除位置からロック位置へと移動する。
【0042】
・クラッチCLOSEによる締結状態
フォワードクラッチ5を
図6に示すロック保持状態へと進行させた後、締結圧ピストン室62に作用させていたON圧(締結圧)をドレーンすると、
図7(a)に示すように、油圧ピストン61の油圧ピストン側収納部61dに収納されているボール68を、ボール保持ピストン67の保持ピストン側ロック面67eにより保持した締結状態が維持される。
このとき、
図7(b)に示すように、ON圧とOFF圧はゼロ圧のままで、ボール位置はロック位置が維持される。
【0043】
[フォワードクラッチの開放作用]
フォワードクラッチ5の締結時における状態変化を示す
図8〜
図12に基づき、フォワードクラッチ5の開放作用を説明する。
【0044】
・クラッチCLOSE→クラッチOPENの開始過渡期
図7(a),(b)に示すように、ON圧とOFF圧はゼロ圧のままで、ボール位置はロック位置が維持されたフォワードクラッチ5の締結状態から開放状態とするとき、まず、OFF圧(開放圧の初期圧)を加えると、
図8(a)の矢印Eに示すように、OFF圧油路72→OFF圧ポート51f→OFF圧連通溝67b→OFF圧連通隙間tを経過し、開放圧ピストン室63にOFF圧(開放圧)がチャージされる。
このとき、
図8(b)に示すように、ON圧はゼロ圧のままで、OFF圧は急勾配で立ち上がる特性となり、ボール位置はロック位置のままである。
【0045】
・クラッチCLOSE→クラッチOPENの進行過渡期
フォワードクラッチ5を
図8に示すロック保持状態からロック状態へ進行させるため、OFF圧を維持したままにすると、
図9(a)の矢印Fに示すように、ボール保持ピストン67へのOFF圧作用に伴ってボール保持ピストン67が、保持ピストン側ロック面67eによるボール68の保持位置から保持解除位置まで、軸方向(フォワードクラッチ5から離れる方向)に移動する。
このとき、
図9(b)に示すように、ON圧はゼロ圧のままで、OFF圧は立ち上がり圧を維持する特性となり、ボール位置はロック位置のままである。
【0046】
・クラッチCLOSE→クラッチOPENの終了過渡期(油圧ピストンの移動中)
フォワードクラッチ5を
図9に示す状態から開放状態へ進行させるため、OFF圧を維持すると、OFF圧による油圧力とダイヤフラムスプリング65の付勢締結力の反力を合わせた力が、油圧ピストン61に作用し、
図10(a)の矢印Gに示すように、油圧ピストン61がリターン方向にストロークするとともに、
図10(a)の矢印Hに示すように、油圧ピストン61のストロークによりボール68をロック解除方向に押し返す。
このとき、
図10(b)に示すように、ON圧はゼロ圧のままで、OFF圧は立ち上がり圧を維持する特性となり、ボール位置はロック位置からロック解除位置に向かう。
【0047】
・クラッチCLOSE→クラッチOPENの終了過渡期(油圧ピストンの移動後)
フォワードクラッチ5を
図10に示す状態からさらに開放状態へ進行させるため、OFF圧を維持すると、主にOFF圧による油圧力が油圧ピストン61に作用し、
図11(a)の矢印Iに示すように、油圧ピストン61が完全にリターン位置までストロークする。
このとき、
図11(b)に示すように、ON圧はゼロ圧のままで、OFF圧は油圧ピストン61のリターン完了時点でゼロ圧に低下させる特性となり、ボール位置はロック解除位置となる。
【0048】
・クラッチOPENによる開放状態
フォワードクラッチ5を
図11に示す開放状態へと進行させた後、開放圧ピストン室63に作用させていたOFF圧(開放圧)をドレーンすると、
図12(a)に示すように、ボール68をボール保持ピストン67の保持ピストン側収納部67c側に収納した開放状態が維持される。
このとき、
図12(b)に示すように、ON圧とOFF圧はゼロ圧のままで、ボール位置はロック解除位置が維持される。
【0049】
[ボールロック機構を用いたクラッチ締結/開放作用]
フォワードクラッチ5を締結/開放するクラッチ動作パック6の特徴は、クラッチ締結に必要なピストン押し力にダイヤフラムスプリング65を使用し、油圧(ON圧とOFF圧)は開放と締結を切替える過渡期にのみ用いる構造とした点にある。
【0050】
すなわち、フォワードクラッチ5のクラッチ開放からクラッチ締結へ切替えは、
図13(a)の〈FWD/C ON圧チャージ〉に示すように、ON圧を供給することにより、ダイヤフラムスプリング65を圧縮しつつ、油圧ピストン61をストロークさせる。ピストンストローク後、ボール68が移動し、ボール保持ピストン67をストロークし、ボール68によるロックが完了する。
【0051】
フォワードクラッチ5のクラッチ締結時は、
図13(b)の〈油圧OFF〉に示すように、油圧ピストン61の位置をボール68で固定し、油圧OFF(ON圧とOFF圧を何れもドレーン)でクラッチ締結を維持できる(締結保持圧不要)。
【0052】
フォワードクラッチ5のクラッチ締結からクラッチ開放へ切替えは、
図13(c)の〈FWD/C OFF圧チャージ〉に示すように、OFF圧を供給することにより、ボール保持ピストン67をストロークさせ、ボール68によるロックを解除する。
【0053】
上記のように、実施例1の摩擦係合装置によれば、締結圧ピストン室62へON圧(締結圧)を作用させ油圧ピストン61をフォワードクラッチ5に近づく締結方向に移動させると、ボールロック機構BLにより、フォワードクラッチ5がダイヤフラムスプリング65の付勢締結力により締結状態となる位置で油圧ピストン61が開放方向に移動するのが規制される(
図3〜
図6)。そして、油圧ピストン61の移動を規制した後、締結圧ピストン室62のON圧(締結圧)を抜いても油圧ピストン61の開放方向への移動規制が保持される(
図7)。
【0054】
すなわち、フォワードクラッチ5を開放状態から締結状態に移行する過渡期にのみON圧を作用させるだけで、締結状態への移行が終了すると、締結圧ピストン室62のON圧を抜いても、ボールロック機構BLによる油圧ピストン61の移動規制と、油圧ピストン61の移動規制位置でのダイヤフラムスプリング65による付勢締結力により、フォワードクラッチ5が締結保持状態に維持される。
【0055】
このように、フォワードクラッチ5の締結保持圧を不要とすることで、フォワードクラッチ5の締結動作エネルギーが低減され、エンジン車の場合には、エンジンによる油圧ポンプの駆動負荷が低下することで、燃費の向上が図られる。
特に、実施例1の場合、ボールロック機構BLを採用した摩擦係合要素を、前進走行レンジ(Dレンジ等)で締結されるフォワードクラッチ5としたことで、前進走行レンジを選択しての走行中、締結保持圧不要状態が長時間にわたって維持される。このため、フォワードクラッチの締結保持圧を必要とする現行FWD/Cと比べた場合、
図14に示すハッチングに示す領域が、締結保持圧を不要とすることによる効果代になる。
【0056】
実施例1では、油圧ピストン61のロック動作やロック解除動作を行うロック機構として、ボール保持ピストン67と、ON圧またはOFF圧の作用による油圧ピストン61及びボール保持ピストン67の軸方向移動に伴って両ピストン61,67から力を受け、ロック位置とロック解除位置の間を径方向に移動するボール68と、を備えたボールロック機構BLを採用した。
このように、油圧ピストン61のロック動作やロック解除動作にON圧供給とOFF圧供給を利用したことで、コンパクトで、かつ、簡単な構成としながら、精度の良いロック動作やロック解除動作が確保される。
【0057】
実施例1では、フォワードクラッチ5に付勢締結力を与える弾性部材として、油圧ピストン61のクラッチ側端面61cと、フォワードクラッチ5のピストン側端面5aと、の間に介装されたダイヤフラムスプリング65を用いた。
したがって、コイルスプリング等に比べて狭いスペースへの設定を可能としながら、フォワードクラッチ5を締結するのに要求される高い付勢締結力が得られる。
【0058】
[締結保持圧が不要な比較例との対比作用]
自動変速機(step-AT,CVT含む)における多板クラッチは、入力軸と出力軸を締結させることにより、同一回転にして動力を伝える部品である。
その多板クラッチの構成部品であるクラッチドラムは、動力を伝えるためのプレートを保持し、プレートを締結させるための押し力を発生させるピストンの油圧室としての機能がある。
【0059】
上記多板クラッチの構成として、一般的な油圧ピストンとリターンスプリングにより締結/開放される多板クラッチに対して、例えば、
図15に示すように、クラッチ開放状態を保持するボールロック機構と、高荷重ダイヤフラムスプリングをクラッチドラムと油圧ピストンとの間に介装し、ピストン押し力の代用としたものを比較例とする。
【0060】
上記比較例の締結保持圧不要クラッチでは、クラッチ締結に必要なピストン押し力を、全てダイヤフラムスプリングの反力が担っている。
そのため、高容量ユニットやトルク分担比の高い遊星構造では、さらに高い荷重のダイヤフラムスプリングが必要となり、大幅なレイアウト拡大やコスト増を招く。
【0061】
また、クラッチを開放する際は、このダイヤフラムスプリングに勝る高荷重をOFF圧で発生させねばならず、結果としてOFF圧が高圧化してしまい、クラッチ開放が困難な構造となる。なお、クラッチの開放は、フェールセーフ設計上容易であるべきであり、その点で不利である。
【0062】
この比較例に対し、実施例1では、ボールロック機構BLを、比較例とは逆にクラッチ締結状態を保持しクラッチ開放状態でフリーである構造にし、ダイヤフラムスプリング65を、油圧ピストン61よりもフォワードクラッチ5側に配置した。つまり、比較例の場合、クラッチ締結時は低油圧であるが、クラッチ開放する際に高油圧を必要とするのに対し、実施例1では、クラッチ締結する際に高油圧を必要とし、クラッチ開放時は低油圧とするというように、締結圧ピストン室62と開放圧ピストン63の機能を逆転させた構成とした。
【0063】
したがって、クラッチ開放・締結の切替え過渡期にのみクラッチ圧を必要とする構造である点では、実施例1の構成も比較例と同様である。しかし、実施例1の構成は、締結時に油圧(ON圧)でダイヤフラムスプリング65を圧縮する構造としたことで、ピストン押し力を、ダイヤフラムスプリング65の反力と油圧力との併用により得ることを可能とした。
これにより、フォワードクラッチ5の伝達トルク容量として高トルクが求められる際に、ダイヤフラムスプリング65の反力だけではなく、締結圧ピストン室62への油圧供給による油圧力での補助が可能となった。したがって、高トルクが求められることに備え、予め高荷重のダイヤフラムスプリングにしておく必要がない。
【0064】
また、クラッチ開放時には、開放圧ピストン室63への油圧(OFF圧)は低圧でよい。なぜなら、ダイヤフラムスプリング65の付勢力に勝る油圧力を発生する必要がないばかりか、ダイヤフラムスプリング65の付勢力が油圧ピストン61に対しリターン力として作用することによる。このように、クラッチ開放時に必要な油圧(OFF圧)を低圧化したことで、フェール時に強制的にフォワードクラッチ5を開放する際には、ポンプ残圧や低圧のサブ電動オイルポンプなどでもクラッチ開放が可能となった。
【0065】
次に、効果を説明する。
実施例1の摩擦係合装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0066】
(1) 同軸に配置される第1部材(フォワードクラッチドラム51)及び第2部材(フォワードクラッチハブ52)のそれぞれに軸方向に摺動自在に取り付けられた第1摩擦プレート(ドリブンプレート53)及び第2摩擦プレート(ドライブプレート54)による摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)と、前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)の締結・開放動作を制御する摩擦係合要素動作手段(クラッチ動作パック6)と、を備えた摩擦係合装置において、
前記摩擦係合要素動作手段(クラッチ動作パック6)は、
前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)に対して軸方向に変位可能に配置され、締結圧受圧面61aを有する油圧ピストン61と、
前記油圧ピストン61の締結圧受圧面61aに締結圧(ON圧)を作用させる締結圧ピストン室62と、
前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)を挟んで前記油圧ピストン61の反対側位置に設定され、前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)からの締結反力を受ける締結反力受け部材(スナップリング64)と、
前記油圧ピストン61の要素側端面(クラッチ側端面61c)と前記締結反力受け部材(スナップリング64)の締結反力受け面64aの間に介装され、前記油圧ピストン61を前記締結反力受け部材(スナップリング64)に向かう締結方向に移動させることで前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)に対し付勢締結力を与える弾性部材(ダイヤフラムスプリング65)と、
前記締結圧ピストン室62へ締結圧(ON圧)を作用させ前記油圧ピストン61を前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)に近づく締結方向に移動させると、前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)が前記付勢締結力により締結状態となる位置で前記油圧ピストン61が開放方向に移動するのを規制し、前記油圧ピストン61の移動を規制した後、前記締結圧ピストン室62の締結圧(ON圧)を抜いても前記油圧ピストン61の開放方向への移動規制を保持するロック機構(ボールロック機構BL)と、
を有する。
このため、摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)の締結保持圧を不要とすることで、摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)の締結動作エネルギー及びシールリングのフリクションの低減を図ることができる。
【0067】
(2) 前記ロック機構(ボールロック機構BL)は、前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)が前記付勢締結力により締結状態となる位置で前記油圧ピストン61が開放方向に移動するのを規制した後、前記締結圧ピストン室62へ締結圧(ON圧)を作用させると前記油圧ピストン61の締結方向への移動を許容しつつ開放方向への移動規制を保持する。
このため、(1)の効果に加え、摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)の伝達トルク容量として高トルクが求められる際、弾性部材(ダイヤフラムスプリング65)による付勢締結力を、締結圧ピストン室62への油圧供給による油圧力にて補助することができる。
【0068】
(3) 前記油圧ピストン61は、前記締結圧受圧面61aの反対側に開放圧受圧面61bを有し、
前記油圧ピストン61の開放圧受圧面61bに開放圧(OFF圧)を作用させる開放圧ピストン室63を備え、
前記ロック機構(ボールロック機構BL)は、前記開放圧ピストン室63に開放圧(OFF圧)を作用させることで、前記油圧ピストン61の開放方向への移動規制を解除する。
このため、(1)又は(2)の効果に加え、クラッチ開放時に必要な油圧(OFF圧)を低圧化したことで、フェール時に強制的に摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)を開放する際に、ポンプ残圧や低圧のサブ電動オイルポンプなどでもクラッチ開放することができる。
【0069】
(4) 前記ロック機構は、
前記油圧ピストン61を覆うドラム部材(フォワードクラッチドラム51)の内周円筒部51aと前記ドラム部材(フォワードクラッチドラム51)から軸方向に突出する仕切り円筒壁部51bにより画成される円筒空間に配置され、締結圧(ON圧)と開放圧(OFF圧)の作用にしたがって軸方向に移動するボール保持ピストン67と、
前記仕切り円筒壁部51bに開口したボール穴51cに設けられ、前記締結圧(ON圧)または前記開放圧(OFF圧)の作用による前記油圧ピストン61及び前記ボール保持ピストン67の軸方向移動に伴って両ピストン61,67から力を受け、ロック位置とロック解除位置の間を径方向に移動するボール68と、
を備えるボールロック機構BLである。
このため、(1)〜(3)の効果に加え、油圧ピストン61のロック動作やロック解除動作に締結圧供給(ON圧チャージ)と開放圧供給(OFF圧チャージ)を利用したことで、コンパクトで、かつ、簡単な構成としながら、精度の良いロック動作やロック解除動作を確保することができる。
【0070】
(5) 前記弾性部材は、前記摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)のピストン側端面5aと、前記油圧ピストン61の要素側端面(クラッチ側端面61c)と、の間に介装されたダイヤフラムスプリング65である。
このため、(1)〜(4)の効果に加え、狭いスペースへの設定を可能としながら、摩擦係合要素(フォワードクラッチ5)を締結するのに要求される高い付勢締結力を得ることができる。
【0071】
(6) 駆動源(エンジン)からの駆動入力軸1と、無段変速機(ベルト式無段変速機)への変速機入力軸2と、の間に遊星歯車3を有する前後進切り替え機構Pを備え、
前記第1部材は、前記駆動入力軸1と、前記遊星歯車3の1つの回転メンバ(リングギア32)と、を連結するフォワードクラッチドラム51であり、
前記第2部材は、前記遊星歯車3の残り2つの回転メンバのうち、1つの回転メンバ(サンギア31)に連結されたフォワードクラッチハブ52であり、
前記摩擦係合要素は、前記フォワードクラッチドラム51と前記フォワードクラッチハブ52の間に介装され、前進走行レンジ(Dレンジ等)の選択時に締結されるフォワードクラッチ5である。
このため、(1)〜(5)の効果に加え、締結保持圧不要状態が長時間にわたって維持される前進走行レンジ(Dレンジ等)を選択しての走行中、高いポンプ負荷低減効果を達成することができる。
【0072】
以上、本発明の摩擦係合装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0073】
実施例1では、ロック機構として、ボール保持ピストン67と、ON圧またはOFF圧の作用による油圧ピストン61及びボール保持ピストン67の軸方向移動に伴って両ピストン61,67から力を受け、ロック位置とロック解除位置の間を径方向に移動するボール68と、を備えたボールロック機構BLを用いる例を示した。しかし、ロック機構としては、ピンロック機構やドグクラッチロック機構等の他の機構を用いる例としても良い。要するに、少なくとも摩擦係合要素が締結状態で油圧ピストンの移動を規制し、油圧ピストンの移動を規制した後、締結圧ピストン室の締結圧を抜いても油圧ピストンの移動規制状態(ロック状態)を保持する機構であれば、様々なロック機構を用いても良い。
【0074】
実施例1では、弾性部材として、油圧ピストン61のクラッチ側端面61cと、フォワードクラッチ5のピストン側端面5aと、の間に介装されたダイヤフラムスプリング65を用いる例を示した。しかし、弾性部材としては、ダイヤフラムスプリング以外のコイルスプリング等を用いる例としても良い。さらに、弾性部材は、油圧ピストン61のクラッチ側端面61cとスナップリング64(締結反力受け部材)の締結反力受け面64aの間のうち、何れかの位置に介装されれば良く、例えば、リテーナプレート55の位置に弾性部材を配置するような例であっても良い。
【0075】
実施例1では、本発明の摩擦係合装置を、エンジン車のベルト式無段変速機(CVT)の前後進切り替え機構に設けられるフォワードクラッチへ適用する例を示した。しかし、本発明の摩擦係合装置は、エンジン車以外にハイブリッド車両等の電動車両に対しても適用することができる。また、ベルト式無段変速機(CVT)以外に自動変速機(step-AT)で用いられる変速用摩擦係合要素(多板クラッチや多板ブレーキなど)に対しても適用することができる。さらに、車両の駆動力伝達経路に変速機から独立に設けられる発進クラッチ等の摩擦係合要素に対しても適用することができる。