特許第5651712号(P5651712)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5651712
(24)【登録日】2014年11月21日
(45)【発行日】2015年1月14日
(54)【発明の名称】硬質積層被膜
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20141218BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20141218BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20141218BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20141218BHJP
   B23G 5/06 20060101ALN20141218BHJP
【FI】
   C23C14/06 P
   B23B27/14 A
   B23C5/16
   B23B51/00 J
   !B23G5/06 C
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-555621(P2012-555621)
(86)(22)【出願日】2011年2月1日
(86)【国際出願番号】JP2011052068
(87)【国際公開番号】WO2012105002
(87)【国際公開日】20120809
【審査請求日】2013年7月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000103367
【氏名又は名称】オーエスジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085361
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 治幸
(74)【代理人】
【識別番号】100147669
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 光治郎
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 正俊
(72)【発明者】
【氏名】王 メイ
【審査官】 末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−204618(JP,A)
【文献】 特開2008−105106(JP,A)
【文献】 特開2002−355704(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
C23C 16/00−16/56
B23B 27/14−27/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が相互に異なる2種類の第1被膜および第2被膜が母材の表面に交互に複数積層された硬質積層被膜であって、
前記第1被膜は、(TiCr)の窒化物、炭化物、または炭窒化物であり、
前記第2被膜はTiBであり、
前記第1被膜における原子比a、b、cは、a=1−b−cであって、0<b≦0.4、0<c≦0.3であり、
前記第1被膜の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、
前記第2被膜の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、
前記硬質積層被膜の総膜厚は、0.2μm以上10.0μm以下であり、
前記硬質積層被膜の積層数は、2層以上100層以下である
ことを特徴とする硬質積層被膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組成が相互に異なる2種類の被膜を母材の表面上に交互に積層した硬質積層被膜に関し、特に、その硬質積層被膜の特性の改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高速度工具鋼や超硬合金等の工具母材の表面に設ける耐摩耗性の硬質被膜として、組成が相互に異なる2種類の第1被膜および第2被膜を交互に積層した種々の硬質積層被膜が提案されている。特許文献1、2に記載の硬質積層被膜はその一例であり、元素の周期律表のIVa族、Va族、VIa族の金属元素、或いはAlなどの窒化物や炭化物等から成る2種類の被膜が所定の積層厚み周期で繰り返し積層されている。すなわち、第1被膜および第2被膜の薄膜化や多層化、金属元素の合金化等の種々の手段により、被膜硬さや耐摩耗性の向上が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7−205361号公報
【特許文献2】特開2005−256081号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このような硬質積層被膜で被覆された切削工具を用いて、特に、インコネル(ニッケル基超硬合金の商標)やチタン合金等の耐熱合金やそれを含む複合材を切削加工する場合に、耐溶着性、耐摩耗性において未だ十分に満足の得られる性能を有する切削工具が得られておらず、摩耗大によって寿命が長く得られないという欠点があった。
【0005】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、インコネルやチタン合金等の耐熱合金やそれを含む複合材を切削加工する場合でも、耐溶着性、耐摩耗性が十分に得られるようにする硬質積層被膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、以上の事情を背景として種々の検討を重ねた結果、Ti系の硬質積層被膜中にボロン元素Bを含有させると、高温硬さおよび耐溶着性は改善されるが、耐摩耗性や付着強度が十分に得られない一方で、Ti系の硬質積層被膜を構成する第1被膜および第2被膜の一方にボロン元素Bを含むTiCr合金の窒化物、炭化物、炭窒化物を含有させると同時に、他方にボロン元素Bを含有させて、交互に積層すると、耐摩耗性および密着性(付着強度)において好適に改善されることを見い出した。本発明は斯かる知見に基づいて為されたものである。
【0007】
すなわち、第1発明は、(a)組成が相互に異なる2種類の第1被膜および第2被膜が母材の表面上に交互に複数積層された硬質積層被膜であって、(b)前記第1被膜は、(TiCr)の窒化物、炭化物、または炭窒化物であり、(c)前記第2被膜はTiBであり、(d)前記第1被膜における原子比a、b、cは、a=1−b−cという相互関係であって、0<b≦0.4、0<c≦0.3であり、(e)前記第1被膜の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、(f)前記第2被膜の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、(g)前記硬質積層被膜の総膜厚は、0.2μm以上10.0μm以下であり、(h)前記硬質積層被膜の積層数は、2層以上100層以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
第1発明の硬質積層被膜によれば、(TiCr)の窒化物、炭化物、または炭窒化物である第1被膜と、TiBである第2被膜とが、母材の表面上に交互に積層されることにより硬質積層被膜が構成されており、その第1被膜における(TiCr)の原子比a、b、cは、a=1−b−cという相互関係にあって、0<b≦0.4、0<c≦0.3であり、前記第1被膜の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、前記第2被膜の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、前記硬質積層被膜の総膜厚は、0.2μm以上10.0μm以下であり、その硬質積層被膜を構成する第1被膜および第2被膜の積層数は、2層以上100層以下であることから、耐摩耗性および耐溶着性において共に満足すべき特性が得られる。
【0013】
ここで、好適には、前記硬質積層被膜は、エンドミル、タップ、ドリルなどの回転切削工具の少なくとも刃部に適用される他、バイト等の非回転式の切削工具、或いは転造工具など、種々の加工工具の表面に設けられる硬質積層被膜に好適に適用され得るが、半導体装置等の表面保護膜など加工工具以外の部材の表面に設けられる硬質積層被膜にも適用できる。工具母材など硬質積層被膜が設けられる母材の材質としては、超硬合金や高速度工具鋼が好適に用いられるが、他の金属材料であっても良い。
【0014】
また、好適には、前記硬質積層被膜を形成するPVD法(物理蒸着法)としては、アークイオンプレーティング法やスパッタリング法が好適に用いられる。第1被膜および第2被膜の膜厚は、ターゲットに対する投入電力量や回転テーブルの回転速度等により適宜設定することができる。
【0015】
また、好適には、前記第1被膜における(TiCr)の原子比a、b、cは、a=1−b−cという関係を持ち、原子比bは0より大きく且つ0.4以下の値、原子比cは0より大きく且つ0.3以下の値であれば良く、金属元素の種類や要求特性等に応じて適宜設定できる。原子比bおよびcが0となったり、0.4および0.3を上回ったりすると、耐摩耗性が得られ難くなる。また、第1被膜は(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物のいずれであってもよい。
【0016】
また、好適には、前記第1被膜、および第2被膜における組成においては、(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物、およびTiB2の他に不可避的な不純物元素や性質に影響しない他の元素を含んでも差し支えない。
【0017】
また、好適には、前記第1被膜の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、第2被膜の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、硬質積層被膜の総膜厚は、0.2μm以上10.0μm以下である。第1被膜或いは第2被膜の膜厚が0.1μmを下まわるか、硬質積層被膜の総膜厚が0.2μmを下まわる場合は、少なくとも耐摩耗性において満足すべき特性が得らない。第1被膜或いは第2被膜の膜厚が0.5μmを上まわる場合、および硬質積層被膜の総膜厚が10.0μmを上まわる場合は、製造コストが高くなる。
【0018】
また、好適には、第1被膜と第2被膜とを合わせた積層数は、2層以上100層以下の範囲がよい。積層数が2を下まわると第1被膜または第2被膜が存在しないことになって、耐摩耗性については満足すべき特性が得られなくなる。また、積層数が100を上まわるほど、製造コストが高くなる。
【0019】
第1被膜および第2被膜は、何れを先に部材(工具母材など)の表面上に形成しても良く、被膜の組成に応じて例えば密着性に優れた方を先に設けることが望ましいが、特に限定することなく形成することも可能である。また、第1被膜および第2被膜をペアとして積層されてもよいが、合計の層数を奇数とすることも可能で、第1被膜を先に形成した場合に最上層も第1被膜であったり、第2被膜を先に形成した場合に最上層も第2被膜であったりしても良い。なお、本発明の硬質積層被膜と部材表面との間に、必要に応じて他の硬質被膜を介在させたり、最上層に別の被膜を設けたりすることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の硬質積層被膜が適用されたエンドミルを示す図であって、軸心と直角方向から見た正面図である。
図2図1のエンドミルを示す図であって、その刃部の表面部分に積層された硬質積層被膜の構成を拡大して説明する断面図である。
図3図1の硬質積層被膜をPVD法によって好適に形成できるアークイオンプレーティング装置の一例を説明する概略構成図である。
図4図3のアークイオンプレーティング装置における回転テーブルおよびターゲットの位置関係を説明する平面図である。
図5】本発明の硬質積層被膜が適用されたボールエンドミルを、その軸心と直角方向から見た正面図である。
図6図5のボールエンドミルの刃部を軸心方向から見た側面図である。
図7】本発明の硬質積層被膜が適用されたタップを、その軸心と直角方向から見た正面図である。
図8図7のタップの刃部を示す斜視図である。
図9図7のタップの刃部に本発明の硬質積層被膜を形成し、その硬質積層被膜の組成比、膜厚、積層数、耐摩耗性の評価結果を、一応の数値範囲から外れた試験品および1種類の被膜から構成された硬質成層被膜が被覆された従来品の、組成比、膜厚、積層数、耐摩耗性評価結果と対比して示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
【実施例1】
【0022】
図1は、本発明の硬質積層被膜被覆工具の一例であるエンドミル10を説明する図であって、軸心Cと直角方向から見た正面図である。このエンドミル10は、超硬合金にて構成されている工具母材12にはシャンクおよび刃部14が一体に設けられている。刃部14には、切れ刃として螺線状の外周刃16および直線状の底刃18が設けられており、軸心Cまわりに回転駆動されることによりそれ等の外周刃16および底刃18によって切削加工が行われるようになっているとともに、その刃部14の表面には硬質積層被膜20がコーティングされている。図1の斜線部は硬質積層被膜20を表している。
【0023】
図2は、刃部14の表面部分にコーティングされた硬質積層被膜20の構成を拡大して示す断面図である。エンドミル10は回転切削工具であり、工具母材12は硬質積層被膜20が表面に設けられる基材に相当する。
【0024】
図2から明らかなように、硬質積層被膜20は、相互に異なる組成の第1被膜22および第2被膜24を、工具母材12の表面上に交互に多数積層したものである。第1被膜22は、(TiCr)合金の窒化物、炭化物、炭窒化物または炭酸窒化物から構成される。その(TiCr)合金の原子比a、b、cは、a=1−b−cという相互関係にあって、原子比bは0<b≦0.4の範囲内の値すなわち0を上回り且つ0.4以下の範囲内の値であり、原子比cは0<c≦0.3という範囲内の値すなわち0を上回り且つ0.3以下の範囲内の値である。また、第1被膜22は、その膜厚が0.1μm以上5.0μm以下となるように形成されている。第2被膜24は、TiB2合金から構成されている。この第2被膜24は、その膜厚が0.1μm以上5.0μm以下となるように形成されている。そして、それら第1被膜22および第2被膜24の積層により構成される硬質積層被膜20は、2層以上100層以下の積層数で構成され、その膜厚が0.2μm以上10.0μm以下となるように形成されている。
【0025】
図3は、上記硬質積層被膜20を形成する際に好適に用いられるアークイオンプレーティング装置30の概略的な構成を説明する図である。図4図3のA−A断面に相当する図であって、平面図である。このアークイオンプレーティング装置30は、略水平な第1回転テーブル32、その第1回転テーブル32を略垂直な一中心線Oまわりに回転駆動する回転駆動装置33、第1回転テーブル32の外周部に複数(図4では4個)配設されるとともに多数のワークすなわち硬質積層被膜20を被覆する前の切れ刃16、18等が形成された工具母材12を保持する第2回転テーブル34、工具母材12に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源36、工具母材12などを内部に収容している処理容器としてのチャンバ38、チャンバ38内に所定の反応ガスを供給する反応ガス供給装置40、チャンバ38内の気体を真空ポンプなどで排出して減圧する排気装置42、第1アーク電源44、第2アーク電源46等を備えている。このアークイオンプレーティング装置30は被膜形成装置に相当する。なお、図4では、第2回転テーブル34に取り付けられる工具母材12が省略されている。
【0026】
上記第2回転テーブル34は第1回転テーブル32と平行に配設されており、その第1回転テーブル32の一中心線Oと平行な自身の中心線(第2の中心線)まわりに回転させられるとともに、複数の工具母材12を、その軸心が第2の中心線と平行で刃部14が上向きとなる垂直な姿勢で保持するようになっている。したがって、複数の工具母材12は、第2回転テーブル34の中心線(第2の中心線)まわりに回転駆動されつつ、第1回転テーブル32により一中心線Oまわりに回転駆動されることになる。第1回転テーブル32の周囲には、一中心線Oまわりに第1ターゲット48および第2ターゲット52が180°間隔で交互に位置固定に配設されており、第1回転テーブル32の連続回転により、工具母材12は第2回転テーブル34と共にそれ等の第1ターゲット48および第2ターゲット52の前を交互に周期的に通過させられる。本実施例では、第1ターゲット48および第2ターゲット52は、それぞれ一中心線Oまわりに180°間隔で2個ずつ配設されていることになる。なお、複数の第2回転テーブル34は、例えば独自の回転駆動装置によって独立に回転駆動されるように構成されるが、歯車機構等により第1回転テーブル32の回転に連動して機械的に回転駆動されるようにすることもできる。
【0027】
前記反応ガス供給装置40は、窒素ガス(N2 )や炭化水素ガス(CH4 、C22 など)、酸素ガス(O2 )等のタンクを備えており、第1被膜22や第2被膜24の組成に応じて、例えば酸化物の場合は酸素ガスのみを供給し、窒化物の場合は窒素ガスのみを供給し、炭化物の場合は炭化水素ガスのみを供給し、炭窒化物の場合は窒素ガスおよび炭化水素ガスを供給し、炭酸窒化物の場合は酸素ガス、窒素ガスおよび炭化水素ガスを供給する。硼化物、酸窒化物や硼窒化物など他の化合物を形成する場合も、同様にして所定の反応ガスを供給すれば良い。
【0028】
前記一中心線Oに対向する位置に配設された第1ターゲット48は、前記第1被膜22の構成物質である(TiCr)合金にて構成されている一方、同じく一中心線Oに対向する位置に配設された第2ターゲット52は、前記第2被膜24の構成物質であるTiB2合金にて構成されている。そして、前記第1アーク電源44は、上記第1ターゲット48をカソードとしてアノード50との間に所定のアーク電流を通電してアーク放電させることにより、第1ターゲット48から(TiCr)合金を蒸発させるもので、蒸発した(TiCr)合金は正(+)の金属イオンになって負(−)のバイアス電圧が印加されている工具母材12に付着する。その際、供給された所定の反応ガスと反応して、前記(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物、或いは炭酸窒化物から成る第1被膜22が形成される。また、第2アーク電源46は、上記第2ターゲット52をカソードとしてアノード54との間に所定のアーク電流を通電してアーク放電させることにより、第2ターゲット52からTiB2合金を蒸発させるもので、蒸発したTiB2合金は正(+)の金属イオンになって負(−)のバイアス電圧が印加されている工具母材12に付着する。
【0029】
このようなアークイオンプレーティング装置30を用いて工具母材12の刃部14の表面に硬質積層被膜20を形成する際には、予め排気装置42で排気しながらチャンバ38内が所定の圧力(例えば1.33Pa〜3.99Pa程度)に保持されるように反応ガス供給装置40から所定の反応ガスを供給するとともに、バイアス電源36により工具母材12に所定のバイアス電圧(例えば−50V〜−150V程度)を印加する。また、第2回転テーブル34を中心線まわりに回転駆動しつつ第1回転テーブル32を一中心線Oまわりに一方向へ一定速度で連続回転させることにより、工具母材12を第2回転テーブル34と共に第2の中心線まわりに回転させつつ、第1ターゲット48および第2ターゲット52の前を交互に周期的に通過させる。
【0030】
これにより、工具母材12が第1ターゲット48の前を通過する際には、(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物、或いは炭酸窒化物から成る第1被膜22が工具母材12の表面に付着させられ、第2ターゲット52の前を通過する際には、TiB2から成る第2被膜24が工具母材12の表面に付着させられるのである。これにより、工具母材12の表面に第1被膜22と第2被膜24とが交互に連続的に積層され、硬質積層被膜20が形成される。本実施例では、第1回転テーブル32の周囲に第1ターゲット48および第2ターゲット52が配設されているため、第1回転テーブル32が回転することで第1被膜22および第2被膜24が積層される。各アーク電源44、46のアーク電流の電流値は、第1被膜22、第2被膜24の膜厚に応じて定められる。このような硬質積層被膜20の形成は、コンピュータを含む制御装置によって自動的に行うことができる。
【0031】
なお、第1被膜22は(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物、或いは炭酸窒化物から成り、第2被膜24はTiB2から成るので、第1被膜22および第2被膜24を別々に形成する必要があり、反応ガス供給装置40から供給する反応ガスの切り換えと、第1アーク電源44および第2アーク電源46を選択的にON、OFFして第1ターゲット48と第2ターゲット52とを切り換えたりする。
【実施例2】
【0032】
図5および図6は、前述の硬質積層被膜20が実施例1のエンドミル10と同様の硬質被膜形成工程を経て刃部64の表面に形成されたボールエンドミル60を、その軸心Cに直交する方向から見た正面図および軸心Cの方向から刃部64を見た側面図を示している。このボールエンドミル60は、超硬合金にて構成されている工具母材62にはシャンクおよび刃部64が一体に設けられている。刃部64には、切れ刃として螺線状の外周刃66および2枚の半円状のボール刃(底刃)68が設けられており、軸心まわりに回転駆動されることによりそれ等の外周刃66およびボール刃68によって切削加工が行われるようになっているとともに、その刃部64の表面には、図2に示されている硬質積層被膜20がコーティングされている。図5および図6の斜線部はその硬質積層被膜20を表している。
【実施例3】
【0033】
図7および図8は、前述の硬質積層被膜20がエンドミル10と同様の硬質被膜形成工程を経て刃部76の表面に形成されたタップ70を、その軸心Cに直交する方向から見た正面図およびその刃部76を軸心C方向からみた断面図を示している。このタップ70は、たとえば超硬合金製の軸状の工具母材84にて一体に構成された3本のねじれ溝80を有するねじれ溝タップあり、主軸に把持されるためのシャンク72と、首部74と、刃部76とを軸心方向に順次備えている。刃部76は、雄ねじ78がねじれ溝80によって分断されることでそのねじれ溝80に沿って切れ刃82が設けられている。また、刃部76は、完全なねじ山が連なる完全山部76aと、ねじ山が軸端となるほどテーパ状に小さくされた食付部76bとを備えている。その刃部76の表面には、図2に示されている硬質積層被膜20がコーティングされている。図7の斜線部はその硬質積層被膜20を表している。
【0034】
次に、上記タップ70の刃部76の表面に被覆する硬質積層被膜の組成、膜厚、積層数を図9に示すように変更した複数種類の試験タップを作成し、以下のねじ切削試験条件にて切削したときの加工穴数に基づいて評価を行った結果を、図9の表に示す。図9において、A層は第1被膜22に対応し、B層は第2被膜24に対応している。また、A層の組成において末尾の「N」は窒化物を示し、「C」は炭化物を示し、「CN」は炭窒化物を示し、「CON」は炭酸窒化物を示している。また、図9において、加工穴数とは、第1完全山の頂面の幅が摩耗によって0.3mmに到達するまでに加工した穴数であり、合格とは、耐摩耗性を評価するものであって、その加工穴数が140を越えることを基準に判断している。
【0035】
<切削試験条件>
タップ:硬質積層被覆付の超硬合金製タップ(M4×0.7)
被削材:インコネル718(ニッケル基超硬合金の商標)
使用機械:立型マシニングセンタ
切削速度:3m/min
ねじ長さ:9.5mm(通り穴)
下穴径 :φ3.3mm
切削油:不水溶性
【0036】
上記のねじ切削試験において、第1被膜22および第2被膜24の交互積層から成る硬質積層被膜20が形成された試験タップは、溶着性、耐熱性、密着性についてはいずれも満足すべきものであったが、耐摩耗性については、図9の判定結果に示すように差異が見られた。図9に示すように、第1被膜22および第2被膜24の交互積層から成る硬質積層被膜20が形成された試験タップのうちの合格評価の試験タップについては、本発明品1乃至46という名称を付し、不合格評価の試験タップについては試験品1乃至10という名称を付し、1種類の被膜の積層からなる硬質積層被膜が形成された試験タップについては、従来品1乃至8という名称を付してある。
【0037】
合格評価の試験タップである本発明品1乃至46は、その刃部に被覆された硬質積層被膜20は、第1被膜22(A層)および第2被膜24(B層)の交互積層から成り、第1被膜22は、(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物または炭酸窒化物から構成される。その(TiCr)合金の原子比a、b、cは、a=1−b−cという相互関係にあって、原子比bは0<b≦0.4の範囲内の値であり、原子比cは0<c≦0.3という範囲内の値である。また、第1被膜22は、その膜厚が0.1μm以上5.0μm以下となるように形成されている。第2被膜24はTiB2から構成されている。この第2被膜24は、その膜厚が0.1μm以上5.0μm以下となるように形成されている。そして、それら第1被膜22および第2被膜24の積層により構成される硬質積層被膜20は、2層以上100層以下の積層数で構成され、その膜厚が0.2μm以上10.0μm以下となるように形成されている。これら本発明品1乃至46の評価結果に示されるように、第1被膜22(A層)および第2被膜24(B層)のうちのいずれが最下層或いは最上層であるかには関係がない。
【0038】
これに対して、不合格評価の試験タップである試験品1乃至10は、その刃部に被覆された硬質積層被膜20は、第1被膜22および第2被膜24の交互積層から成り、第1被膜22は(TiCr)或いは(Ti1-aa)の窒化物から構成され、第2被膜24はTiB2から構成されているが、原子、原子比a、膜厚、層数のいずれかにおいて上記本発明品の範囲から外れている。また、1種類の被膜の積層からなる硬質積層被膜が形成された試験タップである従来品1乃至8は、単に耐摩耗性が大幅に低いだけでなく、図9には示されていないが、耐溶着性、耐熱性、密着性のいずれかにおいて欠ける点がある。
【0039】
上述のように、本実施例の硬質積層被膜20では、(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物または炭酸窒化物から成る第1被膜22とTiB2合金から構成されている第2被膜24とが母材12、62、84の表面上に交互に積層されることにより硬質積層被膜20が構成されているので、耐摩耗性、耐熱性、耐溶着性、および密着性(付着強度)において共に満足すべき特性が得られる。
【0040】
また、本実施例の硬質積層被膜20によれば、(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物または炭酸窒化物から構成される第1被膜22において、その(TiCr)合金の原子比a、b、cは、a=1−b−cという相互関係にあって、原子比bは0<b≦0.4の範囲内の値であり、原子比cは0<c≦0.3という範囲内の値であり、第1被膜22の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、第2被膜24の膜厚は、0.1μm以上5.0μm以下であり、硬質積層被覆20の総膜厚は、0.2μm以上10.0μm以下であることから、耐摩耗性、耐熱性、耐溶着性、および密着性(付着強度)において共に満足すべき特性が得られる。
【0041】
また、本実施例の硬質積層被膜20によれば、それを構成する第1被膜22および第2被膜24の積層数は、2層以上100層以下であることから、耐摩耗性、耐熱性、耐溶着性、および密着性(付着強度)において共に満足すべき特性が得られる。
【0042】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の硬質積層被膜は、(TiCr)の窒化物、炭化物、炭窒化物または炭酸窒化物から成る第1被膜22と、TiB2から成る第2被膜24とが母材12、62、84の表面上に交互に積層されることにより硬質積層被膜20が構成されているので、耐摩耗性、耐熱性、耐溶着性、および密着性(付着強度)において共に満足すべき特性が得られるようになり、特に耐摩耗性が一層向上するため、回転切削工具等の硬質被膜として好適に用いられる。
【符号の説明】
【0044】
10:エンドミル(硬質積層被膜付切削工具)
12、62、84:工具母材
20:硬質積層被膜
22:第1被膜
24:第2被膜
60:ボールエンドミル(硬質積層被膜付切削工具)
70:タップ(硬質積層被膜付切削工具)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9