【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、通常、3価クロムめっき浴中には、外観や析出状態を改善するために硫黄含有化合物が添加されているが、この硫黄含有化合物中の硫黄分がクロムめっき皮膜中に析出し、これが3価クロムめっき皮膜の耐食性を低下させる一因となることを見出した。そして、硫黄含有化合物を含む3価クロムめっき浴中にアミノカルボン酸を添加することにより、めっき皮膜の外観を大きく低下させることなく、硫黄の析出量を抑制して、耐食性を向上させることができることを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、下記の3価クロムめっき浴、該めっき浴を用いるめっき方法及びクロムめっき皮膜が形成された物品を提供するものである。
1. 水溶性3価クロム化合物、伝導性塩、pH緩衝剤、硫黄含有化合物及びアミノカルボン酸類を含有する水溶液からなる3価クロムめっき浴。
2. 硫黄含有化合物が、SO
2基を有する化合物及びSO
3基を有する化合物からなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物である上記項1に記載の3価クロムめっき浴。
3. 3価クロムイオンを0.003〜0.5モル/L、伝導性塩を50〜400g/L、pH緩衝剤を60〜120g/L、硫黄含有化合物を1〜10g/L、及びアミノカルボン酸類を0.05〜1モル/L含有する水溶液からなる上記項1又は2に記載の3価クロムめっき浴。
4. 更に、水溶性脂肪族カルボン酸類を含有する上記項1〜3のいずれかに記載の3価クロムめっき浴。
5. 上記項1〜4のいずれかに記載の3価クロムめっき浴中において被めっき物を陰極として電解処理を行うことを特徴とするクロムめっき方法。
6. 上記項1〜4のいずれかに記載の3価クロムめっき浴を用いて形成されたクロムめっき皮膜を有する物品。
【0011】
以下、本発明の3価クロムめっき浴について詳細に説明する。
【0012】
本発明の3価クロムめっき浴は、水溶性3価クロム化合物、伝導性塩、pH緩衝剤及び硫黄含有化合物を含有する水溶液中に、更に、アミノカルボン酸を添加したものである。
【0013】
上記した成分の内で、3価クロム化合物は、3価クロムを含む水溶性の化合物であればよく、例えば、硫酸クロム、硝酸クロム、酢酸クロム、塩基性硫酸クロムなどを用いることができる。これらの3価クロム化合物は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。
【0014】
本発明の3価クロムめっき浴では、3価クロムイオンの濃度については特に限定的ではないが、通常、0.003〜0.5モル/L程度とすることが好ましく、0.03〜0.3モル/L程度とすることがより好ましい。3価クロムイオンの濃度が上記した範囲内にあることによって、耐食性、析出速度、外観、析出性などについて、バランスのとれた3価クロムめっき皮膜を形成できる。
【0015】
本発明の3価クロムめっき浴では、伝導性塩としては、例えば、硫酸カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸アンモニウム等の硫酸塩、塩化カリウム、塩化ナトリウムアルカリ金属塩化物などを用いることができる。これらの伝導性塩は一種単独又は二種以上混合して用いることができる。
【0016】
伝導性塩の濃度については特に限定されないが、濃度が低い場合には浴電圧が上昇して電解中に浴温が上昇するため一定温度に保持するために電解槽を冷却する必要が生じる。また,伝導性塩濃度が高い場合には浴電圧は低下するが建浴時に溶解させることが困難であり、しかも、めっき作業を中止してめっき浴の温度が低下した場合には、沈殿などが生成することになる。これらの点から伝導性塩の濃度は、50〜400g/L程度とすることが好ましく、150〜300g/L程度とすることがより好ましい。
【0017】
pH緩衝剤としては、例えば、ホウ酸、ホウ酸ナトリウム、ホウ酸カリウム,リン酸,リン酸水素2ナトリウム,リン酸水素2カリウム,炭酸ナトリウム,炭酸水素ナトリウムなどを使用することができる。pH緩衝剤の濃度が低い場合には陰極反応界面でのpH上昇が起こり,クロムの水酸化物などが生成するため良好なクロムめっき皮膜が得られない。このため、良好なクロムめっき皮膜を得るためには、pH緩衝剤の濃度は60〜120g/L程度とすることが好ましく、80〜100g/L程度とすることがより好ましい。
【0018】
本発明のめっき浴は、硫黄含有化合物として、SO
2基を有する化合物及びSO
3基を有する化合物からなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するものである。これらの硫黄含有化合物は、形成されるクロム皮膜を緻密で良好な外観とするために有効な成分である。
【0019】
これらの内でSO
2基を有する化合物としては、サッカリン、サッカリンナトリウム等を例示でき、SO
3基を有する化合物としは、スルホベンズアルデヒド、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸、これらの塩等を例示できる。これらの硫黄含有化合物は、一種単独又は二種以上混合して用いることが出来る。
【0020】
硫黄含有化合物の濃度については、特に限定されないが、通常、1〜10g/L程度とすることが好ましく、2〜7g/L程度とすることがより好ましい。
【0021】
本発明のめっき浴には、更に、アミノカルボン酸類を添加することが必要である。アミノカルボン酸類を添加することによって、めっき皮膜中への硫黄の析出量を抑制して、3価クロムめっき皮膜の耐食性を向上させることができる。
【0022】
アミノカルボン酸類の種類については、特に限定的ではないが、例えば、脂肪族モノアミノモノカルボン酸、脂肪族モノアミノジカルボン酸、これらの水溶性塩等を好適に用いることができる。この様なアミノカルボン酸類の具体例としては、グリシン、アラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アルギニン等を挙げることができる。これらのアミノカルボン酸類は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。
【0023】
アミノカルボン酸類の濃度については、特に限定されないが、通常、0.05〜1モル/L程度とすることが好ましく、0.1〜0.7モル/L程度とすることがより好ましい。アミノカルボン酸類の濃度が低すぎる場合には、耐食性を向上させる効果が十分には発揮されず、一方、アミノカルボン酸類の濃度が高すぎると、めっき皮膜の形成速度が低下する傾向がある。このため、アミノカルボン酸類の濃度は、めっき浴中に含まれる3価クロムイオン1モルに対して5モル程度以下とすることが好ましい。
【0024】
本発明のめっき浴には、更に、必要に応じて、水溶性脂肪族カルボン酸類を添加することができる。これによって、形成される3価クロムめっき皮膜の耐食性をより向上させることができる。この理由については必ずしも明確ではないが、水溶性脂肪族カルボン酸類を添加することによって、3価めっき皮膜中に析出する炭素量が増加して、めっき皮膜中の硫黄と炭素の合計量(S+C)が多くなり、硫黄と炭素の合計量に対する硫黄量の比率(S/(S+C))が小さくなることが耐食性向上の一因と考えられる。
【0025】
水溶性脂肪族カルボン酸類としては、水溶性脂肪族カルボン酸又はその塩を用いることはでき、その具体例としては、ギ酸、酢酸等の脂肪
族モノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸等の脂肪族ジカルボン酸;グルコン酸などの脂肪族ヒドロキシモノカルボン酸:リンゴ酸等の脂肪族ヒドロキシジカルボン酸;クエン酸等の脂肪族ヒドロキシトリカルボン酸などのカルボン酸、これらのカルボン酸の水溶性塩、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等を挙げることができる。
【0026】
水溶性脂肪族カルボン酸類の濃度についても特に限定的ではないが、通常、めっき浴中に存在するCr(III)に対して0.1〜3倍モル程度とすることが好ましく、0.5〜2.5倍モル程度とすることがより好ましい。
【0027】
本発明の3価クロムめっき浴は、上記した各成分を水に溶解したものであり、各成分を溶解する順序は任意である。
【0028】
上記した各成分を用いて建浴した3価クロムめっき液のpHは、使用する錯化剤の種類により多少の変動があるが、通常、pH2〜4程度の範囲内とすることが好ましい。この程度のpH範囲とすることによって、水酸化クロムによる沈殿の発生を防止して、良好な3価クロムめっき皮膜を継続して形成することができる。
【0029】
本発明の3価クロムめっき浴によれば、常法に従って、該クロムめっき浴中において被めっき物を陰極として通電することによって、被めっき物上に良好なクロムめっき皮膜を形成できる。
【0030】
本発明の3価クロムめっき浴では、めっき作業時の浴温が低い場合にはつき回り性は向上するが製膜速度は低下する傾向があり、逆に浴温が高い場合には,製膜速度は向上するが低電流密度領域へのつき回り性は低下する傾向がある。この点を考慮して適切な浴温を決めればよいが、通常、工業的に使用する際の浴温としては、30〜60℃程度の温度範囲が好ましい。
【0031】
めっき時に使用する陽極としては、特に限定的ではなく、通常は、Ti−Pt電極などの公知の不溶性陽極を用いることができる。特に、Ir−Ta複合酸化物薄膜で被覆したTi電極を用いる場合には、6価クロムの生成を抑制できる点で有利である。
【0032】
本発明の3価クロムめっき浴は、例えば、1A/dm
2程度の低電流密度においても良好なクロムめっき皮膜を形成できる。このため、1〜20 A/dm
2程度の広い陰極電流密度範囲において良好な外観のクロムめっき皮膜を形成できる。
【0033】
本発明の3価クロムめっき浴を用いて形成される3価クロムめっき皮膜は、優れた耐食性を有するものであり、クロム酸浸漬処理などの後処理を行わない場合であっても、良好な耐食性を発揮することができるが、必要に応じて、常法に従って、クロム酸浸漬処理などの後処理を行っても良い。