特許第5652659号(P5652659)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5652659
(24)【登録日】2014年11月28日
(45)【発行日】2015年1月14日
(54)【発明の名称】電動機制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/00 20060101AFI20141218BHJP
   H02P 27/04 20060101ALI20141218BHJP
   B60L 7/22 20060101ALI20141218BHJP
   B60L 11/18 20060101ALI20141218BHJP
【FI】
   H02P5/408 C
   B60L7/22 G
   B60L11/18 A
【請求項の数】6
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2011-76561(P2011-76561)
(22)【出願日】2011年3月30日
(65)【公開番号】特開2012-213253(P2012-213253A)
(43)【公開日】2012年11月1日
【審査請求日】2013年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000100768
【氏名又は名称】アイシン・エィ・ダブリュ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107308
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 修一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100128901
【弁理士】
【氏名又は名称】東 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120352
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 一郎
(72)【発明者】
【氏名】サハ スブラタ
(72)【発明者】
【氏名】岩月 健
【審査官】 田村 耕作
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−134602(JP,A)
【文献】 特開2005−080458(JP,A)
【文献】 特開2007−082325(JP,A)
【文献】 特開平10−150702(JP,A)
【文献】 特開2011−036008(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/00−27/18
B60L 7/22
B60L 11/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蓄電装置を備えた直流電源と交流電動機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と3相交流電力との間で電力変換するインバータを備えた電動機駆動装置を制御する電動機制御装置であって、
2軸の直交ベクトル空間の各軸に沿った界磁電流と駆動電流との合成ベクトルである電機子電流の当該直交ベクトル空間における電流位相を制御して前記インバータを制御する制御モードを電流位相制御モードとし、
前記電流位相制御モードにおいて、前記蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じていることを条件として、前記交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、前記界磁電流を前記余剰電力に応じて変化させる高損失制御部を備え、
前記高損失制御部は、前記直流電源の直流電圧及び前記交流電動機の回転速度に基づいて定まる、前記直交ベクトル空間における前記電機子電流の出力可能範囲内で、前記交流電動機の界磁を弱める側である弱め界磁側、及び、前記交流電動機の界磁を強める側である強め界磁側の内、いずれか電力損失を大きくできる側に前記界磁電流を変化させ
前記高損失制御部は、前記弱め界磁側及び前記強め界磁側のそれぞれについての前記界磁電流の変化量に応じた電力損失の大きさと、前記電機子電流の出力可能範囲内における前記弱め界磁側及び前記強め界磁側のそれぞれについての前記界磁電流の変化可能範囲の大きさと、に応じて定まる、前記弱め界磁側及び前記強め界磁側のそれぞれの電力損失の最大値に基づいて、当該最大値が大きい側に前記界磁電流を変化させる電動機制御装置。
【請求項2】
蓄電装置を備えた直流電源と交流電動機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と3相交流電力との間で電力変換するインバータを備えた電動機駆動装置を制御する電動機制御装置であって、
2軸の直交ベクトル空間の各軸に沿った界磁電流と駆動電流との合成ベクトルである電機子電流の当該直交ベクトル空間における電流位相を制御して前記インバータを制御する制御モードを電流位相制御モードとし、
前記電流位相制御モードにおいて、前記蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じていることを条件として、前記交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、前記界磁電流を前記余剰電力に応じて変化させる高損失制御部を備え、
前記高損失制御部は、前記直流電源の直流電圧及び前記交流電動機の回転速度に基づいて定まる、前記直交ベクトル空間における前記電機子電流の出力可能範囲内で、前記交流電動機の界磁を弱める側である弱め界磁側、及び、前記交流電動機の界磁を強める側である強め界磁側の内、いずれか電力損失を大きくできる側に前記界磁電流を変化させ
前記高損失制御部は、前記直流電圧と前記交流電動機の回転速度との比及び前記交流電動機へのトルク指令値、又は前記直流電圧に対する前記3相交流電力の電圧指令値の実効値の割合を表す変調率、に基づいて、前記弱め界磁側及び前記強め界磁側の内のいずれに前記界磁電流を変化させるかを決定する電動機制御装置。
【請求項3】
蓄電装置を備えた直流電源と交流電動機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と3相交流電力との間で電力変換するインバータを備えた電動機駆動装置を制御する電動機制御装置であって、
2軸の直交ベクトル空間の各軸に沿った界磁電流と駆動電流との合成ベクトルである電機子電流の当該直交ベクトル空間における電流位相を制御して前記インバータを制御する制御モードを電流位相制御モードとし、
前記電流位相制御モードにおいて、前記蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じていることを条件として、前記交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、前記界磁電流を前記余剰電力に応じて変化させる高損失制御部を備え、
前記高損失制御部は、前記直流電源の直流電圧及び前記交流電動機の回転速度に基づいて定まる、前記直交ベクトル空間における前記電機子電流の出力可能範囲内で、前記交流電動機の界磁を弱める側である弱め界磁側、及び、前記交流電動機の界磁を強める側である強め界磁側の内、いずれか電力損失を大きくできる側に前記界磁電流を変化させ
前記直流電圧に対する前記3相交流電力の電圧指令値の実効値の割合を表す変調率が予め定めたしきい値以上である場合に、前記交流電動機の発電のための出力トルクを、前記余剰電力に応じて制限するトルク制限制御を実行するトルク制限制御部を更に備える電動機制御装置。
【請求項4】
前記直流電圧に対する前記3相交流電力の電圧指令値の実効値の割合を表す変調率が予め定めたしきい値以上である場合に、前記交流電動機の発電のための出力トルクを、前記余剰電力に応じて制限するトルク制限制御を実行するトルク制限制御部を更に備える請求項1又は2に記載の電動機制御装置。
【請求項5】
前記交流電動機へのトルク指令値に基づいて定まる前記界磁電流の指令値である基本界磁電流指令値を決定する基本電流指令決定部を更に備え、
前記高損失制御部は、前記界磁電流を前記基本界磁電流指令値に対して変化させる請求項1から4のいずれか一項に記載の電動機制御装置。
【請求項6】
前記界磁電流及び前記駆動電流の指令値である界磁電流指令値及び駆動電流指令値に重畳される振動成分であり、前記直交ベクトル空間における前記電機子電流の前記電流位相に応じた高次高調波振動成分を抑制する高調波抑制部を備え、
当該高調波抑制部は、前記電機子電流の大きさ及び前記電流位相に基づいて、前記界磁電流指令値及び前記駆動電流指令値のそれぞれに重畳される前記高次高調波振動成分を抑制する高調波抑制電流指令値を生成し、当該高調波抑制電流指令値を前記界磁電流指令値及び前記駆動電流指令値のそれぞれに印加する請求項1から5の何れか一項に記載の電動機制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄電装置を備えた直流電源と交流電動機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と3相交流電力との間で電力変換するインバータを備えた電動機駆動装置を制御する電動機制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料の消費による環境負荷を軽減するべく、従来よりも環境負荷が小さい自動車が提案されている。交流電動機により駆動される電気自動車や、内燃機関及び交流電動機により駆動されるハイブリッド自動車は、その一例である。このような電気自動車やハイブリッド自動車においては、交流電動機と、交流電動機に電力を供給するバッテリとが接続される。交流電動機は、車両の駆動源としての電動機の機能に留まらず、車両や内燃機関の運動エネルギーにより発電を行う発電機としての機能も併せ持っている。交流電動機により発電された電力は、バッテリに回生されて蓄電される。バッテリには、蓄えられる電力量や単位時間当たりに充電可能な電力量が規定されており、バッテリが満充電状態或いは満充電に近い状態のときや、短時間に大きい電力が発電されたときには、交流電動機により発電された電力を回生することができず、余剰電力が発生する。バッテリを構成する二次電池としては、ニッケル水素(NiMH)電池やリチウム(Li)イオン電池などがある。何れの二次電池も過充電や過放電が発生すると劣化が進行し易い。特に蓄電効率が良く、車載バッテリの大容量化への期待が掛かるリチウムイオン電池は、ニッケル水素電池よりも過充電や過放電による影響を受け易い。
【0003】
このような余剰電力の処理に関して、特開2003−134602号公報(特許文献1)には、回生できないエネルギーに見合った大きさの電流を発電用交流電動機に流して熱損失を生じさせ、余剰エネルギーを消費させることが記載されている。ところで、交流電動機を制御する方法として、ベクトル制御と呼ばれる制御方法が知られている。ベクトル制御では、交流電動機の3相(多相)各相のステータコイルに流れるコイル電流を、回転子に配置された永久磁石が発生する磁界の方向(回転する界磁の方向)であるd軸電流(界磁電流)と、d軸に対して電気角でπ/2進んだ方向であるq軸電流(駆動電流)とのベクトル成分に座標変換してフィードバック制御を行う。特許文献1では、回生エネルギー量に見合った大きさのd軸電流を発電用交流電動機に流して熱損失を生じさせる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−134602号公報(第6段落等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1には、回生エネルギー量に見合った大きさのd軸電流の値をどのように決定するかということについては全く記載されていない。そのため、必要な電力損失を生じさせることができるd軸電流の値を適切に決定することができず、必要な電力損失を迅速に発生させることができない場合が生じ得た。
【0006】
そこで、蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じている場合において、界磁電流の値を適切に設定し、必要な電力損失を迅速に発生させることで余剰電力を消費させることが可能な電動機制御装置が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題に鑑みた本発明に係る電動機制御装置の第一の特徴構成は、蓄電装置を備えた直流電源と交流電動機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と3相交流電力との間で電力変換するインバータを備えた電動機駆動装置を制御対象とするものであって、2軸の直交ベクトル空間の各軸に沿った界磁電流と駆動電流との合成ベクトルである電機子電流の当該直交ベクトル空間における電流位相を制御して前記インバータを制御する制御モードを電流位相制御モードとし、前記電流位相制御モードにおいて、前記蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じていることを条件として、前記交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、前記界磁電流を前記余剰電力に応じて変化させる高損失制御部を備え、前記高損失制御部は、前記直流電源の直流電圧及び前記交流電動機の回転速度に基づいて定まる、前記直交ベクトル空間における前記電機子電流の出力可能範囲内で、前記交流電動機の界磁を弱める側である弱め界磁側、及び、前記交流電動機の界磁を強める側である強め界磁側の内、いずれか電力損失を大きくできる側に前記界磁電流を変化させ、前記高損失制御部は、前記弱め界磁側及び前記強め界磁側のそれぞれについての前記界磁電流の変化量に応じた電力損失の大きさと、前記電機子電流の出力可能範囲内における前記弱め界磁側及び前記強め界磁側のそれぞれについての前記界磁電流の変化可能範囲の大きさと、に応じて定まる、前記弱め界磁側及び前記強め界磁側のそれぞれの電力損失の最大値に基づいて、当該最大値が大きい側に前記界磁電流を変化させる点にある。
【0008】
上記第一の特徴構成によれば、蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じている場合に、交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、界磁電流を余剰電力に応じて変化させるので、交流電動機の出力トルクが変動することを抑制しながら、蓄電装置に充電できない余剰電力を交流電動機において適切に消費させることができる。これにより、蓄電装置の過充電を抑制することができる。また、この際、高損失制御部は、電機子電流の出力可能範囲内で、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれか電力損失を大きくできる側に界磁電流を変化させるので、その時点での直流電圧及び交流電動機の回転速度に基づいて定まる電機子電流の出力可能範囲内で、界磁電流の値を適切に設定し、必要な電力損失を迅速に発生させることができる。従って、蓄電装置に充電できない余剰電力を交流電動機において効果的に消費させることができる。
また、上記第一の特徴構成によれば、その時点での直流電圧及び交流電動機の回転速度に基づいて定まる電機子電流の出力可能範囲内で、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれか電力損失を大きくできる側を適切に選択して界磁電流を変化させることができる。従って、必要な電力損失を迅速に発生させることができ、蓄電装置に充電できない余剰電力を交流電動機において効果的に消費させることができる。
【0009】
上記課題に鑑みた本発明に係る電動機制御装置の第二の特徴構成は、蓄電装置を備えた直流電源と交流電動機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と3相交流電力との間で電力変換するインバータを備えた電動機駆動装置を制御対象とするものであって、2軸の直交ベクトル空間の各軸に沿った界磁電流と駆動電流との合成ベクトルである電機子電流の当該直交ベクトル空間における電流位相を制御して前記インバータを制御する制御モードを電流位相制御モードとし、前記電流位相制御モードにおいて、前記蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じていることを条件として、前記交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、前記界磁電流を前記余剰電力に応じて変化させる高損失制御部を備え、前記高損失制御部は、前記直流電源の直流電圧及び前記交流電動機の回転速度に基づいて定まる、前記直交ベクトル空間における前記電機子電流の出力可能範囲内で、前記交流電動機の界磁を弱める側である弱め界磁側、及び、前記交流電動機の界磁を強める側である強め界磁側の内、いずれか電力損失を大きくできる側に前記界磁電流を変化させ、前記高損失制御部は、前記直流電圧と前記交流電動機の回転速度との比及び前記交流電動機へのトルク指令値、又は前記直流電圧に対する前記3相交流電力の電圧指令値の実効値の割合を表す変調率、に基づいて、前記弱め界磁側及び前記強め界磁側の内のいずれに前記界磁電流を変化させるかを決定する点にある。
【0010】
上記第二の特徴構成によれば、蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じている場合に、交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、界磁電流を余剰電力に応じて変化させるので、交流電動機の出力トルクが変動することを抑制しながら、蓄電装置に充電できない余剰電力を交流電動機において適切に消費させることができる。これにより、蓄電装置の過充電を抑制することができる。また、この際、高損失制御部は、電機子電流の出力可能範囲内で、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれか電力損失を大きくできる側に界磁電流を変化させるので、その時点での直流電圧及び交流電動機の回転速度に基づいて定まる電機子電流の出力可能範囲内で、界磁電流の値を適切に設定し、必要な電力損失を迅速に発生させることができる。従って、蓄電装置に充電できない余剰電力を交流電動機において効果的に消費させることができる。
また、上記第二の特徴構成によれば、直流電圧及び交流電動機の回転速度に基づいて定まる電機子電流の出力可能範囲と交流電動機へのトルク指令値とに応じて定まる、或いは変調率に応じて定まる、弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについての界磁電流の変化可能範囲を適切に考慮して、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれに界磁電流を変化させるかを決定することができる。従って、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれか電力損失を大きくできる側を適切に選択して界磁電流を変化させることができる。これにより、必要な電力損失を迅速に発生させることができ、蓄電装置に充電できない余剰電力を交流電動機において効果的に消費させることができる。
【0011】
上記課題に鑑みた本発明に係る電動機制御装置の第三の特徴構成は、蓄電装置を備えた直流電源と交流電動機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と3相交流電力との間で電力変換するインバータを備えた電動機駆動装置を制御対象とするものであって、2軸の直交ベクトル空間の各軸に沿った界磁電流と駆動電流との合成ベクトルである電機子電流の当該直交ベクトル空間における電流位相を制御して前記インバータを制御する制御モードを電流位相制御モードとし、前記電流位相制御モードにおいて、前記蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じていることを条件として、前記交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、前記界磁電流を前記余剰電力に応じて変化させる高損失制御部を備え、前記高損失制御部は、前記直流電源の直流電圧及び前記交流電動機の回転速度に基づいて定まる、前記直交ベクトル空間における前記電機子電流の出力可能範囲内で、前記交流電動機の界磁を弱める側である弱め界磁側、及び、前記交流電動機の界磁を強める側である強め界磁側の内、いずれか電力損失を大きくできる側に前記界磁電流を変化させ、前記直流電圧に対する前記3相交流電力の電圧指令値の実効値の割合を表す変調率が予め定めたしきい値以上である場合に、前記交流電動機の発電のための出力トルクを、前記余剰電力に応じて制限するトルク制限制御を実行するトルク制限制御部を更に備える点にある。
【0012】
上記第三の特徴構成によれば、蓄電装置を充電する充電電力に余剰電力が生じている場合に、交流電動機のトルクを維持しつつ前記電機子電流が増加するように、界磁電流を余剰電力に応じて変化させるので、交流電動機の出力トルクが変動することを抑制しながら、蓄電装置に充電できない余剰電力を交流電動機において適切に消費させることができる。これにより、蓄電装置の過充電を抑制することができる。また、この際、高損失制御部は、電機子電流の出力可能範囲内で、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれか電力損失を大きくできる側に界磁電流を変化させるので、その時点での直流電圧及び交流電動機の回転速度に基づいて定まる電機子電流の出力可能範囲内で、界磁電流の値を適切に設定し、必要な電力損失を迅速に発生させることができる。従って、蓄電装置に充電できない余剰電力を交流電動機において効果的に消費させることができる。
また、上記第三の特徴構成によれば、変調率が予め定めたしきい値以上であるために高損失制御部により界磁電流を変化させる制御を行うことが適切でない場合に、交流電動機の発電のための出力トルクを制限し、交流電動機の発電による余剰電力の発生を抑制することができる。これにより、蓄電装置の過充電を抑制することができる。
【0013】
上記第一又は第二の特徴構成を備えた電動機制御装置において、前記直流電圧に対する前記3相交流電力の電圧指令値の実効値の割合を表す変調率が予め定めたしきい値以上である場合に、前記交流電動機の発電のための出力トルクを、前記余剰電力に応じて制限するトルク制限制御を実行するトルク制限制御部を更に備えると好適である。
【0014】
この構成によれば、変調率が予め定めたしきい値以上であるために高損失制御部により界磁電流を変化させる制御を行うことが適切でない場合に、交流電動機の発電のための出力トルクを制限し、交流電動機の発電による余剰電力の発生を抑制することができる。これにより、蓄電装置の過充電を抑制することができる。
【0015】
また、前記交流電動機へのトルク指令値に基づいて定まる前記界磁電流の指令値である基本界磁電流指令値を決定する基本電流指令決定部を更に備え、前記高損失制御部は、前記界磁電流を前記基本界磁電流指令値に対して変化させる構成とすると好適である。
【0016】
この構成によれば、高損失制御部が界磁電流を基本界磁電流指令値に対して変化させるので、トルク指令値に基づいて基本界磁電流指令値を決定して実行される通常界磁制御に比べて、電力損失を適切に増加させることができる。なお、通常界磁制御としては、例えば、最大トルク制御や最大効率制御等を用いると好適である。
【0017】
また、前記界磁電流及び前記駆動電流の指令値である界磁電流指令値及び駆動電流指令値に重畳される振動成分であり、前記直交ベクトル空間における前記電機子電流の前記電流位相に応じた高次高調波振動成分を抑制する高調波抑制部を備え、当該高調波抑制部は、前記電機子電流の大きさ及び前記電流位相に基づいて、前記界磁電流指令値及び前記駆動電流指令値のそれぞれに重畳される前記高次高調波振動成分を抑制する高調波抑制電流指令値を生成し、当該高調波抑制電流指令値を前記界磁電流指令値及び前記駆動電流指令値のそれぞれに印加すると好適である。
【0018】
ここで、電流位相が最適な位相からずれていると、電機子コイルのインダクタンスに振動成分が多くなる。この振動成分は、電流位相の高次高調波振動成分である。インダクタンスにこのような高調波振動成分が生じると、電流制御や電流制御の結果として決定される電圧も高調波振動成分の影響を受け、最終的には交流電動機の出力トルクにも影響を与え、トルクリップルなどを生じさせる。また、駆動電力及び回生電力にもリップルを生じさせる。特に、高損失制御が実行される際には、電機子電流も大きい可能性が高いので、高次高調波振動成分の影響を抑制できると好適である。この構成によれば、高調波抑制部が、高調波抑制電流指令値を生成し、これを界磁電流指令値及び駆動電流指令値のそれぞれに印加する。従って、高次高調波振動成分の影響が効果的に抑制される。これにより、高損失制御時においても交流電動機を安定して制御することができる。また、振動成分が抑制されることにより、回生電力の瞬時値も低下するため、余剰電力が蓄電装置の許容限界を超える可能性も低減され、蓄電装置の寿命への影響も抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】電動機駆動装置の構成例を示す模式的回路ブロック図である。
図2】電動機制御装置が備えるインバータ制御指令決定ユニットの構成例を示す模式的ブロック図である。
図3】電流指令値マップの一例を示す図である。
図4】界磁電流の調整による電力損失の増加の例を示すグラフである。
図5】界磁調整方向決定マップの一例を示す図である。
図6】高損失制御の一例を示すフローチャートである。
図7】電流指令値決定部の構成例を示す模式的ブロック図である。
図8】積分入力調整部の一例を示す図である。
図9】積分入力調整部の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、いわゆる2モータスプリット方式のハイブリッド車両用の駆動装置に本発明を適用した場合を例として、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。このハイブリッド車両は、駆動力源として不図示の内燃機関と一対の電動機(交流電動機)MG1,MG2とを備える。また、ハイブリッド車両の駆動装置は、当該内燃機関の出力を、第1電動機MG1側と、車輪及び第2電動機MG2側とに分配する動力分配用の差動歯車装置(不図示)を備えて構成されている。本実施形態において、電動機駆動装置2は、2つの電動機MG1,MG2を駆動するための装置として構成されている。ここで、第1電動機MG1及び第2電動機MG2は、いずれも3相交流により動作する交流電動機であって、埋込磁石構造の同期電動機(IPMSM : interior permanent magnet synchronous motor)である。これらの電動機MG1,MG2は、必要に応じて電動機としても発電機としても動作する。
【0021】
電動機駆動装置2は、第1電動機MG1に対応する第1インバータ5Aと、第2電動機MG2に対応する第2インバータ5Bとの2つのインバータを備えている。また、本実施形態では、電動機駆動装置2は、2つのインバータ5(5A,5B)に共通の1つのコンバータ4を備えている。コンバータ4は、2つのインバータ5(5A,5B)に共通のシステム電圧Vdcとバッテリ3の蓄電電圧Vbとの間で直流電力(電圧)を変換するための電圧変換装置である。電動機駆動装置2は、バッテリ3と、バッテリ3の正負両極間の電圧である蓄電電圧Vbを平滑化する第1平滑コンデンサQ1と、コンバータ4とインバータ5との間のシステム電圧Vdcを平滑化する第2平滑コンデンサQ2とを備えている。バッテリ3は、コンバータ4及び2つのインバータ5A,5Bを介して電動機MG1,MG2に電力を供給可能であると共に、電動機MG1,MG2が発電して得られた電力を蓄電可能に構成されている。即ち、本実施形態では、バッテリ3が本発明における「蓄電装置」に相当する。このようなバッテリ3としては、例えば、ニッケル水素二次電池やリチウムイオン二次電池等の各種二次電池、キャパシタ、或いはこれらの組合せ等が用いられる。バッテリ3の正負両極間電圧である蓄電電圧Vbは、電源電圧センサ61により検出されて制御装置1へ出力される。本実施形態では、バッテリ3と、第1平滑コンデンサQ1と、コンバータ4と、第2平滑コンデンサQ2とにより、本発明における「直流電源120」が構成されている。そして、コンバータ4により生成されるシステム電圧Vdcが、直流電源120の「直流電圧」に相当する。
【0022】
コンバータ4は、バッテリ3からの蓄電電圧Vbを変換して所望のシステム電圧Vdcを生成するDC−DCコンバータとして構成されている。なお、電動機MG1,MG2が発電機として機能する際には、インバータ5からのシステム電圧Vdcを降圧してバッテリ3に供給し、当該バッテリ3を充電する。コンバータ4は、リアクトルL1と、電圧変換用スイッチング素子E1,E2と、を備えている。ここでは、コンバータ4は、電圧変換用スイッチング素子として、直列に接続された一対の上アーム素子E1及び下アーム素子E2を備えている。これらの電圧変換用スイッチング素子E1,E2として、本例では、IGBT(insulated gate bipolar transistor)を用いる。
【0023】
上アーム素子E1のエミッタと下アーム素子E2のコレクタとが、リアクトルL1を介してバッテリ3の正極端子に接続されている。また、上アーム素子E1のコレクタは、コンバータ4による昇圧後の電圧が供給されるシステム電圧線67に接続され、下アーム素子E2のエミッタは、バッテリ3の負極端子につながる負極線68に接続されている。また、各電圧変換用スイッチング素子E1,E2には、それぞれフライホイールダイオードD1、D2が並列接続されている。また、少なくとも1つのスイッチング素子には、サーミスタなどの不図示の温度センサが備えられる。なお、電圧変換用スイッチング素子E1,E2としては、IGBTの他に、バイポーラ型、電界効果型、MOS型など種々の構造のパワートランジスタを用いることができる。これは、以下で説明するインバータ5のスイッチング素子E3〜E14についても同様である。
【0024】
電圧変換用スイッチング素子E1,E2のそれぞれは、制御装置1から出力される電圧変換制御信号S1、S2に従って動作する。本実施形態では、電圧変換制御信号S1、S2は、各スイッチング素子E1,E2のスイッチングを制御するスイッチング制御信号、より詳しくは、各スイッチング素子E1,E2のゲートを駆動するゲート駆動信号である。これにより、コンバータ4は、バッテリ3から供給された蓄電電圧Vbを所望のシステム電圧Vdcまで昇圧し、システム電圧線67を介して第1インバータ5A及び第2インバータ5Bに供給する。コンバータ4により生成されるシステム電圧Vdcは、システム電圧センサ62により検出されて制御装置1へ出力される。なお、コンバータ4による昇圧を行わない場合には、システム電圧Vdcは蓄電電圧Vbと等しくなる。
【0025】
第1インバータ5Aは、システム電圧Vdcを有する直流電力を交流電力に変換して第1電動機MG1に供給するための直流交流変換装置である。第1インバータ5Aは、ブリッジ回路により構成され、複数組のスイッチング素子E3〜E8を備えている。ここでは、第1インバータ5Aは、第1電動機MG1の各相(U相、V相、W相の3相)のそれぞれのレッグについて一対のスイッチング素子、具体的には、U相用上アーム素子E3及びU相用下アーム素子E4、V相用上アーム素子E5及びV相用下アーム素子E6、並びにW相用上アーム素子E7及びW相用下アーム素子E8を備えている。これらのスイッチング素子E3〜E8として、本例ではIGBTを用いる。各相用の上アーム素子E3,E5,E7のエミッタと下アーム素子E4,E6,E8のコレクタとが、第1電動機MG1の各相のコイルにそれぞれ接続されている。また、各相用の上アーム素子E3,E5,E7のコレクタはシステム電圧線67に接続され、各相用の下アーム素子E4,E6,E8のエミッタは負極線68に接続されている。また、各スイッチング素子E3〜E8には、それぞれフライホイールダイオードD3〜D8が並列接続されている。また、少なくとも各相のレッグを構成する1つのスイッチング素子には、サーミスタなどの不図示の温度センサが備えられる。
【0026】
スイッチング素子E3〜E8のそれぞれは、制御装置1から出力される第1インバータ制御信号S3〜S8に従って動作する。本実施形態では、第1インバータ制御信号S3〜S8は、各スイッチング素子E3〜E8のスイッチングを制御するスイッチング制御信号、より詳しくは、各スイッチング素子E3〜E8のゲートを駆動するゲート駆動信号である。これにより、第1インバータ5Aは、システム電圧Vdcの直流電力を交流電力に変換して第1電動機MG1に供給し、トルク指令値TMに応じたトルクを第1電動機MG1に出力させる。この際、各スイッチング素子E3〜E8は、第1インバータ制御信号S3〜S8に従って、後述するパルス幅変調制御モード(以下適宜「PWM制御モード」と称す。)CPや矩形波制御モードCS等の制御モードに従ったスイッチング動作を行う。また、第1インバータ5Aは、第1電動機MG1が発電機として機能する際には、発電により得られた交流電力を直流電力に変換してシステム電圧線67を介してコンバータ4に供給する。
【0027】
第2インバータ5Bは、システム電圧Vdcを有する直流電力を交流電力に変換して第2電動機MG2に供給するための直流交流変換装置である。第2インバータ5Bは、上述した第1インバータ5Aとほぼ同じ構成を有したブリッジ回路であり、それぞれフライホイールダイオードD9〜D14が並列接続されたスイッチング素子E9〜E14を備えている。また、少なくとも各相のレッグを構成する1つのスイッチング素子には、サーミスタなどの不図示の温度センサが備えられる。各相用の上アーム素子E9,E11,E13のエミッタと下アーム素子E10,E12,E14のコレクタとが、第2電動機MG2の各相のコイルにそれぞれ接続される。また、各相用の上アーム素子E9,E11,E13のコレクタはシステム電圧線67に接続され、各相用の下アーム素子10,E12,E14のエミッタは負極線68に接続される。各スイッチング素子E9〜E14は、制御装置1から出力される第2インバータ制御信号S9〜S14に従って動作する。これにより、第2インバータ5Bは、システム電圧Vdcの直流電力を交流電力に変換して第2電動機MG2に供給し、トルク指令値TMに応じたトルクを第2電動機MG2に出力させる。この際、各スイッチング素子E9〜E14は、第2インバータ制御信号S9〜S14に従って、後述するPWM制御モードCPや矩形波制御モードCS等の制御モードに従ったスイッチング動作を行う。また、第2インバータ5Bは、第2電動機MG2が発電機として機能する際には、発電により得られた交流電力を直流電力に変換してシステム電圧線67を介してコンバータ4に供給する。
【0028】
第1インバータ5Aと第1電動機MG1の各相のコイルとの間を流れる実電流Ir1は第1電流センサ63Aにより検出され、第2インバータ5Bと第2電動機MG2の各相のコイルとの間を流れる実電流Ir2は第2電流センサ63Bにより検出され、それぞれ制御装置1へ出力される。ここで、実電流Ir1、Ir2には、3相に対応する実U相電流、実V相電流、及び実W相電流が含まれる。なお、本例では、3相全ての電流を検出する構成を示しているが、3相は平衡状態にあり、電流の瞬時値の総和は零であるので2相のみの電流をセンサで検出し、制御装置1において残りの1相の電流を演算により求めてもよい。また、第1電動機MG1のロータの各時点での磁極位置θ1は、第1回転センサ65Aにより検出され、第2電動機MG2のロータの各時点での磁極位置θ2は、第2回転センサ65Bにより検出され、それぞれ制御装置1へ出力される。回転センサ65A,65Bは、例えばレゾルバ等により構成される。ここで、磁極位置θ1、θ2は、電気角上でのロータの回転角度を表している。また、ステータには、サーミスタなどの不図示の温度センサが備えられる。第1電動機MG1のトルク指令値TM1及び第2電動機MG2のトルク指令値TM2は、図示しない車両制御装置等の他の制御装置等からの要求信号として制御装置1に入力される。
【0029】
電動機駆動装置2の制御を行う制御装置1の各機能部は、マイクロコンピュータ等の論理回路を中核部材として、入力されたデータに対して種々の処理を行うためのハードウエア又はソフトウエア(プログラム)或いはその両方により構成されている。本実施形態では、制御装置1は、ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を行って、インバータ5A,5Bを介して電動機MG1,MG2を制御する。また、制御装置1は、コンバータ4を制御して所望のシステム電圧Vdcを生成する直流電圧変換制御を行う。上述したように、制御装置1は、制御対象として2つの電動機MG1,MG2のそれぞれに対応する2つのインバータ5A,5Bを有している。そこで、第1インバータ5Aを制御するための第1インバータ制御指令決定ユニット71と、第2インバータ5Bを制御するための第2インバータ制御指令決定ユニット72の2つのインバータ制御指令決定ユニット7(図2参照)を備えている。また、制御装置1は、1つのコンバータ4を制御対象とする1つの電圧変換指令決定ユニット(不図示)も備えている。
【0030】
図1に示すように、制御装置1は、コンバータ4を駆動するための電圧変換制御信号S1、S2を生成して出力し、蓄電電圧Vbを変換して2つのインバータ5A,5Bに供給する所望のシステム電圧Vdcを生成する制御を行う。また、制御装置1は、第1インバータ5Aを駆動するための第1インバータ制御信号S3〜S8、及び第2インバータ5Bを駆動するための第2インバータ制御信号S9〜S14を生成して出力し、各インバータ5を介して2つの電動機MG1,MG2の駆動制御を行う。この際、制御装置1は、複数の制御モードの中から1つを選択して各インバータ5に実行させる。制御装置1は、インバータ5を構成するスイッチング素子E3〜E14のスイッチングパターンの形態(電圧波形制御の形態)として、少なくともPWM制御と矩形波制御との2つの制御形態を有している。また、制御装置1は、ステータの界磁制御の形態として、少なくとも通常界磁制御(最大トルク制御)と、弱め界磁制御との2つの制御形態を有している。ここでは、理解を容易にするために、通常界磁制御と共にPWM制御が実施され、弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施されるものとする。
【0031】
ここで、通常界磁制御は、電動機MGのトルク指令値TMに基づいて設定される基本電流指令値に対する調整が行われない制御形態である。本実施形態では、最大トルク制御を、通常界磁制御としている。ここでの最大トルク制御は、いわゆる最大トルク電流制御と呼ばれるものであり、同一の電機子電流Iaに対して電動機MGの出力トルクが最大となるように、ベクトル空間における電機子電流Iaの電流位相βを決定する制御である。最大トルク制御では、電動機MGのステータコイルに流す電流に対して最も効率的にトルクを発生させることができる。一方、弱め界磁制御とは、2軸のベクトル空間における一方の軸に沿った電流成分であるd軸電流Id(界磁電流)を調整してステータの界磁を弱めるためにd電流指令値が調整される制御形態である。尚、電機子電流Iaとは、2軸の直交ベクトル空間におけるd軸電流Idとq軸電流Iq(駆動電流)との合成ベクトルである。また、電流位相βとは電機子電流Iaとq軸(駆動電流の軸)とが為す角であり、界磁角に相当する。
【0032】
PWM制御は、U,V,Wの各相のインバータ5の出力電圧波形であるPWM波形が、上アーム素子がオン状態となるハイレベル期間と、下アーム素子がオン状態となるローレベル期間とにより構成されるパルスの集合で構成されると共に、その基本波成分が一定期間で略正弦波状となるように、各パルスのデューティが設定される制御である。公知の正弦波PWM(SPWM : sinusoidal PWM)や、空間ベクトルPWM(SVPWM : space vector PWM)、過変調PWM制御などが含まれる。一般的には、通常界磁制御と共にPWM制御
が実施される。本実施形態においては、通常界磁制御と共にPWM制御が実施される制御モードをPWM制御モードCPと称する。PWM制御モードCPは、電流位相βを制御することによってインバータ5を駆動するものであり、本発明における「電流位相制御モード」に相当する。
【0033】
矩形波制御は、3相交流電力の電圧位相を制御してインバータ5を制御する方式である。3相交流電力の電圧位相とは、後述する3相電圧指令値Vu,Vv,Vwの位相に相当する。本実施形態では、矩形波制御は、インバータ5の各スイッチング素子のオン及びオフが電動機MGの電気角1周期に付き1回ずつ行われ、各相について電気角1周期に付き1パルスが出力される回転同期制御である。一般的には、弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施される。本実施形態では、弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施される制御モードを矩形波制御モードCSと称する。矩形波制御モードCSは、3相電圧の電圧位相を制御することによってインバータ5を駆動するものであり、本発明における「電圧位相制御モード」に相当する。
【0034】
次に、インバータ制御指令決定ユニット7の構成について説明する。上記のとおり、制御装置1は、2つのインバータ5A,5Bのそれぞれに対応する2つのインバータ制御指令決定ユニット71、72を備えている。ここで、第1インバータ制御指令決定ユニット71と第2インバータ制御指令決定ユニット72の機能は互いにほとんど同じであるため、以下では、特に区別する必要がない限り、単に「インバータ制御指令決定ユニット7」として説明する。また、第1電動機MG1と第2電動機MG2についても、特に区別する必要がない限り、単に「電動機MG」として説明し、インバータ5A,5Bについても、単に「インバータ5」として説明する。電流センサ63(63A,63B)、回転センサ65(65A,65B)についても同様である。また、各インバータ制御指令決定ユニット71、72に対して入出力される値についても以下に示すように、共通の符号を用いて表す。
電動機MGの磁極位置θ:θ1,θ2
電動機MGを流れる実電流Ir:Ir1,Ir2
電動機MGのトルク指令値TM:TM1,TM2
電動機MGの回転速度ω:ω1,ω2
昇圧要求信号DCFlag:DCFlag1,DCFlag2
【0035】
上述したように、インバータ制御指令決定ユニット7は、電流ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を行う。電流ベクトル制御法では、回転する界磁の磁束方向をd軸、界磁の向きに対して電気角でπ/2進んだ方向をq軸に設定した2軸の直交ベクトル空間において電流フィードバック制御を行う。具体的には、制御対象となる電動機MGのトルク指令値TMに基づいて、d軸及びq軸の電流指令値を決定し、実際に電動機MGに流れる電流を検出してフィードバック制御を行うことにより、電動機MGにトルク指令値TMに応じたトルクを出力させる。以下、d軸に沿った電流はd軸電流と称し、q軸に沿った電流はq軸電流と称する。そして、d軸電流Idが本発明における「界磁電流」に相当し、q軸電流Iqが本発明における「駆動電流」に相当する。また、電圧やインダクタンスなどをこのベクトル空間で扱う場合には、適宜d軸電圧、q軸電圧、d軸インダクタンス、q軸インダクタンスなどと称する。
【0036】
図2に示すように、電流指令決定部11には、制御対象となる電動機MGのトルク指令値TMが入力される。電流指令決定部11は、このトルク指令値TMに基づいて、電流指令値Ido,Iqoを決定する。後述するように、電流指令決定部11は、特にd軸電流を調整して最終的な電流指令値Ido,Iqoを決定する。一方、3相2相変換部19には、電流センサ63により検出された実電流Ir(実U相電流,実V相電流、及び実W相電流)が入力され、2軸ベクトル空間の実d軸電流Idr及び実q軸電流Iqrに変換される。実d軸電流Idr及び実q軸電流Iqrは、電流センサ63により検出された実電流Irと回転センサ65により検出された磁極位置θとに基づいて導出される。回転速度導出部20は、回転センサ65,66により検出された磁極位置θに基づいて電動機MGの回転速度ωを導出する。電流制御部16には、電流指令決定部11により決定された電流指令値Ido,Iqo、3相2相変換部19で変換された実電流Idr,Iqr、回転速度導出部20から対象とする電動機MGの回転速度ωが入力される。
【0037】
電流制御部16は、d軸電流指令値Idoと実d軸電流Idrとの偏差であるd軸電流偏差δId、及びq軸電流指令値Iqoと実q軸電流Iqrとの偏差であるq軸電流偏差δIqを導出する。そして、電流制御部16は、d軸電流偏差δIdに基づいて比例積分制御演算(PI制御演算)を行って基本d軸電圧指令値Vdiを導出すると共に、q軸電流偏差δIqに基づいて比例積分制御演算を行って基本q軸電圧指令値Vqiを導出する。なお、比例積分制御演算に代えて比例積分微分制御演算(PID制御演算)を行っても好適である。
【0038】
電流制御部16は、下記式(1)に示すように、基本d軸電圧指令値Vdiに対してq軸電機子反作用Eqを減算する調整を行ってd軸電圧指令値Vdoを導出する。
Vdo=Vdi−Eq
=Vdi−ω・Lq・Iqr・・・(1)
この式(1)に示されるように、q軸電機子反作用Eqは、電動機MGの回転速度ω、実q軸電流Iqr、及びq軸インダクタンスLqに基づいて導出される。
【0039】
更に、電流制御部16は、下記式(2)に示すように、基本q軸電圧指令値Vqiに対してd軸電機子反作用Ed及び永久磁石の電機子鎖交磁束による誘起電圧Emを加算する調整を行ってq軸電圧指令値Vqoを導出する。
Vqo=Vqi+Ed+Em
=Vqi+ω・Ld・Idr+ω・Φ ・・・(2)
この式(2)に示されるように、d軸電機子反作用Edは、電動機MGの回転速度ω、実d軸電流Idr、及びd軸インダクタンスLdに基づいて導出される。また、誘起電圧Emは、永久磁石の電機子鎖交磁束の実効値により定まる誘起電圧定数Φ及び電動機MGの回転速度ωに基づいて導出される。
【0040】
3相指令値導出部17には、d軸電圧指令値Vdo及びq軸電圧指令値Vqoが入力される。また、3相指令値導出部17には、回転センサ65により検出された磁極位置θも入力される。3相指令値導出部17は、磁極位置θを用いてd軸電圧指令値Vdo及びq軸電圧指令値Vqoに対して2相3相変換を行い、3相の交流電圧指令値、即ちU相電圧指令値Vu、V相電圧指令値Vv、及びW相電圧指令値Vwを導出する。これら交流電圧指令値Vu,Vv,Vwの波形は、制御モード毎に異なる。従って、3相指令値導出部17は、制御モード毎に異なる電圧波形の交流電圧指令値Vu,Vv,Vwをインバータ制御信号生成部18に出力する。
【0041】
具体的には、3相指令値導出部17は、モード制御部15からPWM制御の実行指令を受けた場合には、PWM制御に応じた交流電圧波形の交流電圧指令値Vu,Vv,Vwを出力する。例えば、正弦波PWM(SPWM : sinusoidal PWM)や、空間ベクトルPWM(SVPWM : space vector PWM)などの方式に応じた交流電圧指令値Vu,Vv,Vwを出力する。また、3相指令値導出部17は、モード制御部15から矩形波制御の実行指令を受けた場合には、当該矩形波制御に応じた交流電圧波形の交流電圧指令値Vu,Vv,Vwを出力する。ここで、矩形波制御を実行する際の交流電圧指令値Vu,Vv,Vwは、インバータ5の各スイッチング素子E3〜E8(E9〜E14)のオンオフ切替位相の指令値とすることができる。この指令値は、各スイッチング素子E3〜E8(E9〜E14)のオンオフ制御信号に対応し、各スイッチング素子E3〜E8(E9〜E14)のオン又はオフを切り替えるタイミングを表す磁極位置θの位相を表す指令値である。
【0042】
インバータ制御信号生成部18は、3相電圧指令値Vu,Vv,Vwに従って、インバータ5の各スイッチング素子E3〜E8(E9〜E14)を制御するインバータ制御信号S3〜S8(S9〜S14)を生成する。そして、インバータ5は、インバータ制御信号S3〜S8(S9〜S14)に従って各スイッチング素子E3〜E8(E9〜E14)のオンオフ動作を行う。これにより、電動機MGのPWM制御又は矩形波制御が行われる。
【0043】
モード制御部15は、ここでは、PWM制御モードCPと矩形波制御モードCSとの何れかを変調率に基づいて選択し、制御モードを決定する機能部である。ここで、変調率Mは、直流電圧としてのシステム電圧Vdcに対する3相交流電力の割合を表す指標である。具体的には、変調率Mは、システム電圧Vdcに対する3相電圧指令値Vu,Vv,Vwの相間電圧の実効値の割合である。3相電圧指令値Vu,Vv,Vwの相間電圧の実効値は、直交ベクトル空間における電圧指令値Vdo,Vqoの合成ベクトルVaによって表すことができる。従って、変調率Mは、下記式(3)に示すように、求めることができる。
M=(((Vdo)+(Vqo)1/2)/Vdc
=Va/Vdc ・・・(3)
この変調率Mは、変調率導出部14により導出される。モード制御部15は、この変調率Mに基づいて、変調率Mが所定のモード制御しきい値未満のとき、PWM制御モードCPを選択し、変調率Mがモード制御しきい値以上のとき、矩形波制御モードCSを選択する。本実施形態では、一例として、モード制御しきい値を、実現可能な変調率Mの理論的な最大値である「0.78」としている。
【0044】
ここで、例えば、第1電動機MG1が発電機として機能し、第2電動機MG2が電動機として機能しているとする。そして、バッテリ3は充分に充電されており、ほぼ満充電状態に近いとする。ここで、第1電動機MG1が消費する電力よりも、第2電動機MG2が発電する電力の方が大きくなると、バッテリ3へ回生することができない余剰電力が生じることになる。また、例えば、第2電動機MG2が車輪に駆動連結されている状態において、車輪がスリップして回生発電中の第2電動機MG2の回転速度ω2が急上昇した場合や車輪のスリップ抑制のための第2電動機MG2の回生トルクが急増した場合等には、短時間に大きい電力が発電されるため、バッテリ3に電力を回生することができず、余剰電力が発生する。これらの余剰電力は、バッテリ3の過充電につながり、バッテリ3の寿命に影響を与える。そこで、この余剰電力を電動機駆動装置2における損失として消費させることによって過充電を抑制し、バッテリ3を保護する。
【0045】
電動機駆動装置2における損失を増加させる方法の1つとして、PWM制御の変調周波数mf(インバータ5のスイッチング周波数)を上昇させる方法がある(変調周波数切替制御)。単位時間当たりのスイッチング回数が増加することによって、インバータ5におけるスイッチング損失(スイッチング素子の開閉による電力損失)が増加する。また、別の方法として、ステータコイルに流れる電機子電流Iaを増加させてステータにおける損失(鉄損及び銅損による電力損失)を増加させる方法がある(高損失界磁電流制御)。具体的には、電動機MGのd軸電流(界磁電流)を余剰電力に応じて変化させることにより、電機子電流Iaを増加させて損失を生じさせる。これら、変調周波数切替制御及び高損失界磁電流制御を総称して、高損失制御と称する(広義の高損失制御)。また、適宜、高損失界磁電流制御を単に高損失制御と称して説明する(狭義の高損失制御)。本実施形態では、高損失界磁電流制御は、電流指令決定部11の高損失制御部12において実行される。また、変調周波数切替制御は、制御装置1が備える変調周波数制御部(不図示)が、インバータ制御信号生成部18の変調周波数mfを制御することにより実行される。例えば、変調周波数制御部は、後述する損失指令値Plossに基づいて変調周波数mfを制御する。
【0046】
d軸電流(界磁電流)を変化させる具体例を、電流指令値マップの一例を示す図3に基づいて説明する。曲線101は、電動機MGが一定のトルクτ1を出力する電機子電流Iaのベクトル軌跡を示す等トルク線である。また、曲線102は、電動機MGが同一の電機子電流Iaに対して最大のトルクを出力する電流位相βをとるときの電機子電流Iaのベクトル軌跡を示す最大トルク制御線である。等トルク線101と、最大トルク制御線102との交点におけるd軸電流Id及びq軸電流Iqの値が、最も効率良くトルクτ1を出力可能な値である。即ち、通常界磁制御としての最大トルク制御の実行時には、等トルク線101と最大トルク制御線102との交点におけるd軸電流Id及びq軸電流Iqの値が電流指令値Ido,Iqoとして決定される。従って、本実施形態では、このような等トルク線101と最大トルク制御線102との交点におけるd軸電流Id及びq軸電流Iqの値が、基本d軸電流指令値Idi(基本界磁電流指令値)及び基本q軸電流指令値Iqi(基本駆動電流指令値)となる。
【0047】
曲線103は、電圧制限楕円(電圧速度楕円)であり、その大きさはシステム電圧Vdcと電動機MGの回転速度ωとに基づいて定まる。具体的には、電圧制限楕円103の径は、システム電圧Vdcに比例し、回転速度ωに反比例する。言い換えると、電圧制限楕円103の径は、システム電圧Vdcと回転速度ωとの比である電圧速度比Vdc/ωに比例する。曲線104は、電流制限円(最大電流円)であり、その大きさは電動機MGに定常的に流すことができる電流の最大値、即ち定格電流に基づいて定まる。従って、電流制限円104の径は、電動機MGの構成や要求特性等によって定まる一定値となる。d軸電流Id及びq軸電流Iqの値は、電圧制限楕円103及び電流制限円104の内側の点から選択される必要がある。電圧制限楕円103が図3に示す状態であって、電動機MGのトルク指令値TMがτ1の場合、等トルク線101と最大トルク制御線102との交点はId1,Iq1である。この点(Id1,Iq1)は、電圧制限楕円103及び電流制限円104の内側に存在するため、電動機MGのトルク指令値TMがτ1の場合には、通常界磁制御(最大効率制御)と共にPWM制御が実施されるPWM制御モードCPが選択される。そして、このPWM制御モードCPでのd軸電流指令値Ido(=Id1)及びq軸電流指令値Iqo(=Iq1)は、基本d軸電流指令値Idi及び基本q軸電流指令値Iqiと一致する。
【0048】
一方、電動機MGのトルク指令値TMがτ5の場合には、最大トルク制御線102と等トルク線105との交点が電圧制限楕円103よりも外側にある。従って、当該交点におけるd軸電流Id及びq軸電流Iqの値を電流指令値Ido,Iqoとして設定することはできない。この場合には、少なくとも等トルク線105と電圧制限楕円103との交点に達するまで、d軸電流Idを負方向に変化させる弱め界磁制御を実施する必要がある。従って、電圧制限楕円103が図3に示す状態であって、電動機MGのトルク指令値TMがτ5の場合には、弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施される矩形波制御モードCSが選択される。
【0049】
電動機MGのトルク指令値TMがτ1の場合、図3に示すように、等トルク線101上において最大トルク制御線102との交点(基本電流指令値Idb,Iqb)から図示左側に移動して、d軸電流Idを負方向にΔIdNだけ変化させると界磁を弱めることになる。逆に、等トルク線101上において最大トルク制御線102との交点から図示右側に移動して、d軸電流Idを正方向にΔIdPだけ変化させると界磁を強めることになる。つまり、基本d軸電流指令値Idiに弱め界磁電流ΔIdNを付加した場合には、Id,IqはそれぞれId2,Iq2となり、基本d軸電流指令値Idiに強め界磁電流ΔIdPを付加した場合には、Id,IqはそれぞれId3,Iq3となる。このように、基本d軸電流指令値Idiに弱め界磁電流ΔIdN又は強め界磁電流ΔIdPを付加してd軸電流Idを変化させることにより、電機子電流Iaのベクトルが最大トルク制御線102から外れるので、電機子電流Iaを増加させて電力損失を増やすことができる。この際、等トルク線101上においてd軸電流Idを変化させているので、電動機MGの出力トルクは維持される。高損失制御部12は、このようにd軸電流Idを変化させることにより高損失制御を実施する。
【0050】
一方、電動機MGのトルク指令値TMがτ5の場合には、上述したように、既に弱め界磁電流を付加して弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施されているため、そのままでは、高損失制御は実施されない。そこで、本実施形態では、システム電圧Vdcを昇圧して、システム電圧Vdcと電動機MGの回転速度ωとに基づいて定まる電圧制限楕円103の径を拡大させて、通常界磁制御に移行させた後に、高損失制御部12による高損失制御を実施する。
【0051】
即ち、制御モードが、通常界磁制御と共にPWM制御が実施されるPWM制御モードCPの場合には、インバータ5は、直交ベクトル空間における電機子電流の電流位相βを制御して駆動されるのでd軸電流Idを変化させることが可能である。一方、弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施される矩形波制御モードCSの場合には、インバータ5は、3相交流電力の電圧位相を制御して駆動されるので、電機子電流Iaの電流位相βを制御することができない。つまり、d軸電流Idを変化させることができない。従って、矩形波制御モードCSでインバータ5が駆動されている状態で高損失制御を実施する際には、制御モードを矩形波制御モードCSからPWM制御モードCPに変更させる必要がある。
【0052】
上記のとおり、モード制御部15は、変調率Mとモード制御しきい値(本例では変調率Mの理論上の最大値=0.78)とに基づいて制御モードを選択する。矩形波制御モードCSは、変調率Mがモード制御しきい値以上のときに選択されるので、制御モードをPWM制御モードCPに変更するためには、下記に再掲する式(3)に示す変調率Mをモード制御しきい値よりも低い値にする必要がある。
M=(((Vdo)+(Vqo)1/2)/Vdc
=Va/Vdc ・・・(3)
式(3)から明らかなように、電動機MGの出力を維持した状態で変調率Mを小さくするためには、電圧の実効値Vaを維持した状態でシステム電圧Vdcを大きくする必要がある。即ち、コンバータ4による昇圧が必要となる。
【0053】
図2に示すように、昇圧判定部13は、消費を要する余剰電力を示す損失指令値Plossの値と、現在のシステム電圧Vdcとに基づいて、昇圧を実行するか否かを判定する。具体的には、損失指令値Plossの値がゼロではなく、且つシステム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmax未満である場合には、昇圧判定部13は、昇圧を実行すると判定する。そして、昇圧判定部13は、昇圧を要すると判定した場合には、図示しない電圧変換指令決定ユニットへ、昇圧要求信号DCFlagを出力する。例えば、昇圧判定部13は、矩形波制御モードCSの実行中に、バッテリ3を充電する充電電力に余剰電力が生じた場合には、システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達していないことを条件として、変調率Mをモード制御しきい値よりも低下させるためにコンバータ4にシステム電圧Vdcを上昇させることを判定する。システム電圧Vdcが上昇して変調率Mがモード制御しきい値未満になると、制御モードがPWM制御モードCPに変更され、d軸電流Idを変化させる高損失制御が高損失制御部12により実行可能となる。なお、昇圧上限電圧Vdcmaxは、コンバータ4により蓄電電圧Vbを昇圧して生成可能なシステム電圧Vdcの上限値であり、電動機MGやインバータ5等の特性に応じて予め設定された値である。
【0054】
高損失制御部12は、通常界磁制御と共にPWM制御が実施されるPWM制御モードCP(電流位相制御モード)において、バッテリ3を充電する充電電力に余剰電力が生じていることを条件として、電動機MGのトルクを維持しつつ電機子電流Iaが増加するように、d軸電流Idを余剰電力に応じて変化させる高損失制御を実行する。この際、高損失制御部12は、直交ベクトル空間(d−q軸ベクトル空間)における電機子電流Iaの出力可能範囲内で、電動機MGの界磁を弱める側である弱め界磁側、及び、電動機MGの界磁を強める側である強め界磁側の内、いずれか電力損失を大きくできる側に界磁電流としてのd軸電流Idを変化させる。なお、電機子電流Iaの出力可能範囲は、後述するように、システム電圧Vdc及び電動機MGの回転速度ωに応じて変化する電圧制限楕円103に基づいて定まる。本実施形態では、高損失制御部12は、d軸電流を基本d軸電流指令値Idiに対して変化させる。上記のとおり、本実施形態では、通常界磁制御としての最大トルク制御を実行するように構成されており、最大トルク制御線102上で所望のトルクを出力できるように設定されたd軸電流Id及びq軸電流Iqの値が、基本d軸電流指令値Idi及び基本q軸電流指令値Iqiとなる。高損失制御部12は、d軸電流Idを基本d軸電流指令値Idiから変化させることにより、電機子電流Iaを増加させ、銅損やスイッチング損等による損失を増加させる。
【0055】
図3に示すように、弱め界磁側のd軸電流である弱め界磁電流ΔIdNと、強め界磁側のd軸電流である強め界磁電流ΔIdPとの何れを与えても、d軸電流Id及びq軸電流Iqの値は最大トルク制御線102上から外れるため、電力損失を生じて余剰電力が消費される。図4は、本例で使用する電動機MGを所定の運転条件で使用する場合において、d軸電流Id及びq軸電流Iqが最大トルク制御線102上に設定された場合と、弱め界磁電流ΔIdN又は強め界磁電流ΔIdPが付加された場合とにおける電力損失を比較したグラフである。図4の例に示すように、弱め界磁電流ΔIdN及び強め界磁電流ΔIdPの何れが付加された場合においても、最大トルク制御線102上にd軸電流Id及びq軸電流Iqが設定された場合と比べて大きく電力損失が増えている。従って、高損失制御に際して、弱め界磁電流ΔIdN及び強め界磁電流ΔIdPの何れを付加してもよいが、電力損失を大きくできる側が選択されると、より迅速に必要な電力損失を発生できるので好適である。但し、d軸電流Id及びq軸電流Iqは、直交ベクトル空間における電機子電流Iaの出力可能範囲となる電圧制限楕円103及び電流制限円104の内側に設定される必要がある。
【0056】
そこで、高損失制御部12は、弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化量に応じた電力損失の大きさと、電機子電流Iaの出力可能範囲内における弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化可能範囲の大きさと、に応じて定まる、弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれの電力損失の最大値に基づいて、当該最大値が大きい側にd軸電流Idを変化させる。弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化量に応じた電力損失の大きさは、電動機MGの具体的特性とトルク指令値TM等の運転条件とによって定まる。図4に示す例では、強め界磁側におけるd軸電流Idの変化量に応じた電力損失の大きさが、弱め界磁側におけるd軸電流Idの変化量に応じた電力損失の大きさよりも大きくなる傾向を示している。これは、基本d軸電流指令値Idiに対して強め界磁側にd軸電流Idを変化させた場合、見かけ上の界磁磁束が強くなり、鉄損が増加することに起因すると考えられる。このような弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについての基本d軸電流指令値Idiに対するd軸電流Idの変化量と電力損失との関係は、予め電動機MG毎に、様々に運転条件を変化させながら実験して測定しておくことで、運転条件毎のマップ又はこれらの関係を近似して表す関数として規定することができる。ここで、電動機MGの運転条件としては、トルク指令値TM、回転速度ω、システム電圧Vdc、インバータ5のスイッチング周波数等がある。
【0057】
図3に示すように、電機子電流Iaの出力可能範囲は、電圧制限楕円103及び電流制限円104によって規定される。上記のとおり、電圧制限楕円103の径は、電圧速度比Vdc/ωに比例する。一方、電流制限円104の径は電動機MGの構成等に応じた一定値となる。従って、電機子電流Iaの出力可能範囲内におけるd軸電流Idの変化可能範囲の大きさは、電圧制限楕円103の径が十分に大きい場合には強め界磁側が大きく、電圧制限楕円103の径が小さくなると弱め界磁側が大きくなる。一方、高損失制御中においても、d軸電流Id及びq軸電流Iqの値は、トルク指令値TMに応じた等トルク線101上に決定される。図3から明らかなように、等トルク線101はトルク指令値TMが大きくなるに従って図中の上方に位置する。このため、電圧制限楕円103及び電流制限円104の内側において設定可能なd軸電流Idの範囲は、トルク指令値TMが大きくなるに従って狭くなる。以上の点から、電機子電流Iaの出力可能範囲内における弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化可能範囲の大きさは、直流電圧としてのシステム電圧Vdc、電動機MGの回転速度ω、及び電動機MGへのトルク指令値TMに応じて定まる。従って、弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化可能範囲の大きさと、システム電圧Vdc、回転速度ω、及びトルク指令値TMとの関係は、マップ又はこれらの関係を近似して表す関数として規定することができる。
【0058】
そして、高損失制御部12は、上記のように定まる、弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化量に応じた電力損失の大きさと、弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化可能範囲の大きさと、に応じ、電力損失の最大値が大きい側にd軸電流Idを変化させる。即ち、高損失制御部12は、弱め界磁側のd軸電流Idの変化可能範囲内においてd軸電流Idを変化させた場合における電力損失の最大値と、強め界磁側のd軸電流Idの変化可能範囲内においてd軸電流Idを変化させた場合における電力損失の最大値と、のいずれか大きい側にd軸電流Idを変化させる。弱め界磁側と強め界磁側とのいずれの電力損失の最大値が大きいかは、上述したような弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについての基本d軸電流指令値Idiに対するd軸電流Idの変化量と電力損失との関係を表すマップ又は関係式、並びに、弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化可能範囲の大きさと、システム電圧Vdc、回転速度ω、及びトルク指令値TMとの関係を表すマップ又は関係式、を用いて、演算により決定することも可能である。但し、このような演算による負荷を軽減するため、本実施形態では、このような演算結果を予め規定したd軸電流調整方向決定マップ110を用いる。
【0059】
図5に、このd軸電流調整方向決定マップ110の一例を示す。このd軸電流調整方向決定マップ110は、電圧速度比Vdc/ωと電動機MGへのトルク指令値TMとの関係に応じて、弱め界磁側と強め界磁側とのいずれにd軸電流Idを変化させるかを規定したマップとなっている。このマップ110における弱め界磁側と強め界磁側との境界線111は、弱め界磁側のd軸電流Idの変化可能範囲内においてd軸電流Idを変化させた場合における電力損失の最大値と、強め界磁側のd軸電流Idの変化可能範囲内においてd軸電流Idを変化させた場合における電力損失の最大値とが同じになる電圧速度比Vdc/ωとトルク指令値TMとの関係を表す線に相当する。高損失制御部12は、このマップ110を用い、電圧速度比Vdc/ω及びトルク指令値TMに基づいて、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれにd軸電流Idを変化させるかを決定する。図2に示すように、高損失制御部12を含む電流指令決定部11には、直流電圧としてのシステム電圧Vdc、電動機MGの回転速度ω、電動機MGへのトルク指令値TM、変調率M等が入力される。従って、高損失制御部12は、これらの情報に基づいて、d軸電流Idの変化させる方向を決定することができる。
【0060】
また、電流指令決定部11は、トルク制限制御部60も備えている。本実施形態では、トルク制限制御部60は、システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達しており、変調率Mが予め定めたしきい値以上である場合に、電動機MGの発電のための出力トルクを、余剰電力に応じて制限するトルク制限制御を実行する。即ち、本実施形態では、矩形波制御モードCSの実行中に高損失制御を実行する必要が生じた場合には、上記のとおり、システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達するまでは、昇圧判定部13がシステム電圧Vdcを昇圧し、制御モードをPWM制御モードCPに変更してから高損失制御部12による高損失制御を行う。そして、システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達しても変調率Mがモード制御しきい値以上であって矩形波制御モードCSが実行される場合に、トルク制限制御部60によるトルク制限制御を実行する。上記のとおり、矩形波制御モードCSの実行中は、矩形波制御と共に界磁調整部30による弱め界磁制御が実行される。後で図7を用いて説明するように、弱め界磁制御が開始されると、d軸電流Idは弱め界磁制御に従って調整される状態となり、高損失制御は中止される。そこで、トルク制限制御部60が、電動機MGの発電のための出力トルクを制限することで、電動機MGが発電する電力を抑制し、当該発電による余剰電力の発生を抑制する。
【0061】
トルク制限制御部60は、トルク制限制御の実行に際して、余剰電力の大きさに応じて制限するトルクを決定する。即ち、トルク制限制御部60は、余剰電力に相当する分だけ電動機MGによる発電量を減少させるように、トルク指令値TMに対して減少させるトルクである制限トルクΔTMを決定する。具体的には、下記の式(4)に示すように、制限トルクΔTMは、余剰電力の大きさを示す損失指令値Plossの値(図2参照)を電動機MGの回転速度ωで除算した値として求めることができる。
ΔTM=Ploss/ω・・・(4)
このようなトルク制限制御により、電動機MGの発電による余剰電力の発生を抑制し、バッテリ3の過充電を抑制することができる。
【0062】
次に、図6のフローチャートを利用して、高損失制御(広義)及びトルク制限制御の流れを説明する。初めに、バッテリ3の充電制限の有無が判定される(#1)。例えば、電流指令決定部11や昇圧判定部13は、損失指令値Plossの値に基づき、損失指令値Plossがゼロでなければ、バッテリ3の充電制限があると判定する(図2及び図7参照)。また、図示しない変調周波数制御部も、損失指令値Plossの値に基づき、損失指令値Plossがゼロでなければ、バッテリ3の充電制限があると判定する。充電制限が無い場合には(ステップ#1:No)、そのまま処理を終了する。一方、充電制限が有る場合には(ステップ#1:Yes)、次に、矩形波制御モードCSによる制御中であるか否かが判定される(#2)。矩形波制御モードCSによる制御中である場合には(ステップ#2:Yes)、システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達しているか否かを判定する(ステップ#3)。システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmax未満である場合には(ステップ#3:No)、コンバータ4による昇圧を実行するため、昇圧指令値が上昇される(#4)。システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達している場合には(ステップ#3:Yes)、トルク制限制御部60によるトルク制限制御を実行する(ステップ#5)。
【0063】
例えば、昇圧判定部13は、損失指令値Plossと制御モードとに基づいて、充電制限が有り、且つ矩形波制御モードCSによる制御中であることを判定する。充電制限が有り、且つ矩形波制御モードCSによる制御中である場合には、次に、コンバータ4による更なる昇圧が可能か否かを、システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達しているか否かにより判定する。そして、システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達していなければ、昇圧判定部13は、電圧変換指令決定ユニットに対して昇圧要求信号DCFlagを出力する。そして、昇圧要求信号DCFlagを受けた電圧変換指令決定ユニットが昇圧指令値を上昇させる(#4)。この時、少なくとも矩形波制御モードCSを抜けてPWM制御モードCPに移行すれば足りるので僅かに昇圧させてもよいが、損失を拡大させたい時であるから、電圧変換指令決定ユニットは最大値まで昇圧指令値を上昇させてもよい。
【0064】
制御モードがPWM制御モードCPであった場合(ステップ#02:No)、又は昇圧(ステップ#4)によりPWM制御モードCPに移行した場合には、続いて、変調周波数切替制御(#10)が実行される。この制御では、初めに、インバータ5のスイッチング素子に備えられた温度センサの検出結果に基づいて、インバータ5の温度がインバータ温度しきい値TH1以下であるか否かが判定される(#11)。インバータ温度しきい値TH1は、インバータ5の耐熱温度よりも低い温度に設定されている。インバータ5の温度がインバータ温度しきい値TH1以下であると判定された場合には(ステップ#11:Yes)、変調周波数制御部(不図示)によりインバータ制御信号生成部18における変調周波数mfが上昇される(#12)。これにより、スイッチング損失が増大する。一方、インバータ5の温度がインバータ温度しきい値TH1よりも高いと判定された場合には(ステップ#11:No)、インバータ5の温度がそれ以上上昇すると好ましくないので変調周波数mfを変更することなく、変調周波数切替制御(#10)を終了する。
【0065】
変調周波数切替制御(#10)に続いて、高損失制御部12による高損失界磁電流制御(#20)が実行される。初めに、ステータに設けられた温度センサの検出結果に基づいて、ステータコイルのコイル温度がコイル温度しきい値TH2以下であるか否かが判定される(#21)。コイル温度しきい値TH2は、ステータコイルの耐熱温度よりも低い温度に設定されている。ステータコイルのコイル温度がコイル温度しきい値TH2よりも高いと判定された場合には(ステップ#21:No)、電機子電流Iaを増やして発熱を増やすことは好ましくないので、高損失制御(#20)が終了される。コイル温度がコイル温度しきい値TH2以下と判定された場合には(ステップ#21:Yes)、界磁調整方向が決定される(#22)。即ち、上記のとおり、電機子電流Iaの出力可能範囲内で、弱め界磁側及び強め界磁側の内、いずれか電力損失を大きくできる側にd軸電流Id(界磁電流)を変化させるべく、界磁調整方向が決定される。次に、決定された界磁調整方向へのd軸電流Idの調整指令値が算出される(#23)。そして、トルク指令値TMに基づいて設定される基本電流指令値Idi,Iqiに対して、余剰電力の大きさを示す損失指令値Plossに応じた調整指令値を付加して電流指令値Ido,Iqoが決定される(#24)。
【0066】
以下、図7に基づいて高損失制御部12を含む電流指令決定部11の構成について説明する。上述したように、電流指令決定部11には制御対象となる電動機MGのトルク指令値TMが入力される。電流指令決定部11は、通常界磁制御としての最大トルク制御の実行時のトルク指令値TMとd軸電流Idとの関係を規定した最大トルクマップ41を参照して、電動機MGに当該トルク指令値TMに応じたトルクを出力させる際の基本d軸電流指令値Idiを設定する。この最大トルクマップ41としては、例えば、図3に示す電流指令値マップと同様なものを用いることができる。この基本d軸電流指令値Idiは、弱め界磁制御や高損失制御(高損失界磁電流制御)などによる調整量を含まないd軸電流指令値である。従って、最大トルクマップ41は、本発明における「基本電流指令決定部」に相当する。基本d軸電流指令値Idiには、加算器38によってd軸電流調整値ΔIdが加算され、加算後のd軸電流指令値は、高損失リミッタ43により過剰なd軸電流指令値が抑制され、高調波抑制部50により生成された高調波抑制電流指令値が重畳される。その後、d軸制限リミッタ45を経ることにより過剰な電流指令値が与えられないように抑制されて、最終的なd軸電流指令Idoが決定される。
【0067】
基本q軸電流指令値Iqiも、図3に示す電流指令値マップと同様な最大トルクマップ41から決定することが可能である。但し、本実施形態では、最大トルクマップ41により基本d軸電流指令値Idiだけが決定され、基本d軸電流指令値Idiに対する調整量であるd軸電流調整値ΔIdが決定された後に、等トルクマップ42からq軸電流指令値が決定される構成を例示している。具体的には、q軸電流指令値Iqoは以下のように決定される。初めに、トルク指令値TMと、システム電圧Vdcと、回転速度ωとを引数として、弱め界磁電流マップ36を参照して、弱め界磁電流のフィードフォワード調整値ΔIdFFが設定される。次に、加算器37によって、フィードフォワード調整値ΔIdFFに、弱め界磁電流のフィードバック調整値ΔIdFBと高損失調整値ΔIdHLとが加算されてd軸電流調整値ΔIdが算出される。詳細は後述するが、フィードバック調整値ΔIdFBと高損失調整値ΔIdHLとは択一的に用いられる。次に、トルク指令値TMとd軸電流調整値ΔIdとに基づいて、等トルクマップ42からq軸電流指令値が決定される。等トルクマップ42としては、例えば、図3に示す電流指令値マップと同様なものを用いることができる。そして、d軸と同様に、高調波抑制部50により生成された高調波抑制電流指令値が重畳される。その後、q軸制限リミッタ44を経ることにより過剰な電流指令値が与えられないように抑制されて、最終的なq軸電流指令値Iqoが決定される。
【0068】
高調波抑制部50は、高調波抑制電流指令値が重畳される前のd,q軸電流指令Ido,Iqoに基づいて電機子電流Ia及び電流位相βを算出するIa,β算出部51と、電機子電流Ia及び電流位相βに基づいて高調波抑制電流指令値を設定する高調波電流指令マップ52とを有して構成される。電機子電流Iaの電流量が大きかったり、電流位相βが最大トルク制御における最適位相からずれていたりすると、6次、12次などの高次高調波成分が増加する傾向がある。その結果、電流制御が振動的となり、トルクや電力にも高調波振動成分が多くなる。電力の振動は、バッテリ3への回生電力の振動ともなり、余剰電力が生じるような場面では、振動により瞬時値が許容範囲を超える可能性もある。
【0069】
高調波抑制部50は、電機子電流Iaの大きさ及び電流位相βに基づいて、高調波抑制電流指令値を生成する。高調波抑制電流指令値は、6次、12次などの高次高調波成分の逆位相の波形を有して、それぞれId,Iqに対応して生成される。逆位相の信号がd軸電流指令値Ido(界磁電流指令値)及びq軸電流指令値Iqo(駆動電流指令値)のそれぞれに重畳されることで、高次高調波成分が抑制される。高調波抑制電流指令値は、図7に示すように、加算器53,54により、d軸電流指令値Ido及びq軸電流指令値Iqoのそれぞれに印加される。
【0070】
択一的に利用されるフィードバック調整値ΔIdFBと高損失調整値ΔIdHLとの内、高損失調整値ΔIdHLは、高損失制御部12において決定される。以下、高損失制御部12について説明する。損失マップ21は、トルク指令値TM、損失指令値Ploss、変調周波数mf、システム電圧Vdc、回転速度ωを引数として、高損失d軸電流指令値を設定する。この損失マップ21は、上述したようにd軸電流Idを弱め界磁側及び強め界磁側のいずれに変化させるかを決定するための構成を含む。そのため、例えば、損失マップ21には、図5に示すd軸電流調整方向決定マップ110の内容が含まれる。そして、この損失マップ21に基づき、余剰電力を表す損失指令値Ploss等に応じて基本d軸電流指令値Idiに対して弱め界磁側又は強め界磁側にd軸電流Idを変化させた高損失d軸電流指令値が決定される。高損失d軸電流指令値は、余剰電力を消費させる際のd軸電流の指令値である。加算器(減算器)22は、高損失d軸電流指令値からd軸電流指令値Idoを減算し、基本高損失調整値を算出する。即ち、ステータコイルにおいて損失を発生させるためのd軸電流指令値と現時点の(前回の演算周期で演算された)d軸電流指令値Idoとの差分が、調整値の初期値となる。レートリミッタ23は、算出された基本高損失調整値を所定の制限値で制限する。つまり、調整値が大きいとd軸電流指令値Idoが急変することになるので、そのような急激な変化を抑制するために、レートリミッタ23により基本高損失調整値が制限される。
【0071】
次に、加算器24において現時点の(前回の演算周期で演算された)高損失調整値(ΔIdHL)と最新の基本高損失調整値とが加算される。現時点の(前回の演算周期で演算された)d軸電流指令値Idoには、現時点の(前回の演算周期で演算された)d軸調整値(ΔIdHL)が含まれているが、これは加算器22で減算されている。上述したように、加算器38において基本d軸電流指令値Idiに対してd軸電流調整値ΔIdが加算されるので、現時点の(前回の演算周期で演算された)d軸電流調整値ΔIdに含まれる高損失調整値ΔIdHLも再度加えておく必要がある。従って、前回の演算周期において演算された高損失調整値ΔIdHLをフィードバックさせるZ変換器34の出力と、最新の基本高損失調整値とが加算器24において加算される。
【0072】
リミッタ25は、高損失リミットフラグLmtFlgが有効な時、及び、変調率Mがモード制御しきい値以上の時に現在の値で高損失調整値ΔIdHLを固定して増加を制限するリミッタである。高損失リミットフラグLmtFlgは、高損失リミッタ43によりd軸電流指令値が制限された際に有効となるフラグである。高損失リミッタ43の制限値は、後段のd軸制限リミッタ45よりも小さい値に設定されている。例えば、50A程度低い電流値で制限される。また、変調率Mがモード制御しきい値以上の時には、界磁調整部30により自動的に弱め界磁制御が実行される。弱め界磁制御が開始されると、d軸電流は弱め界磁制御により調整されるので、高損失制御は中止される。
【0073】
高損失制御の実行中に、システム電圧Vdcが昇圧上限電圧Vdcmaxに達してからも回転速度ωが上昇すると、電圧制限楕円103の径が小さくなる。そして、例えば図3に108で示すような電圧制限楕円の大きさになると、弱め界磁制御が必要となる。このような場合には、変調率Mもモード制御しきい値以上となり、モード制御部15により矩形波制御モードCSが実行される。矩形波制御モードCSの実行が開始されると、界磁調整部30により自動的に弱め界磁制御が実行され、d軸電流はこの弱め界磁制御により調整される状態となるので、高損失制御は中止される。この場合には、上述したように、トルク制限制御部60によるトルク制限制御が実行される。
【0074】
スイッチ29は、高損失制御の実行中は、リミッタ25の出力を選択して出力する。つまり、レートリミッタ23及びリミッタ25による制限を受けなければ、最新の高損失調整値ΔIdHLを出力する。スイッチ33は、高損失制御の実行中は高損失調整値ΔIdHLを選択し、弱め界磁制御の実行中はフィードバック調整値ΔIdFBを選択して出力する。加算器35は、フィードバック調整値ΔIdFBと高損失調整値ΔIdHLとを加算して、加算器37に対して出力する。高損失制御の実行中は、スイッチ33において、高損失調整値ΔIdHLが選択されており、弱め界磁制御は実行されていないので、高損失制御の実行中は、加算器35の出力は高損失調整値ΔIdHLとなる。従って、加算器37は、フィードフォワード調整値ΔIdFFと高損失調整値ΔIdHLとを加算して、d軸電流調整値ΔIdを算出する。
【0075】
余剰電力が無くなったり、弱め界磁制御が開始されたりした場合には、高損失制御フラグが非有効状態となる。スイッチ29は、高損失制御フラグに基づき、加算器28の出力を選択するように切り替わる。加算器(減算器)26は、ゼロからZ変換器34の出力を減算する。レートリミッタ27は、加算器26の出力を所定の制限値で制限する。つまり、加算器26の出力が大きいと(それまでの高損失調整値ΔIdHLが大きいと)、スイッチ29の入力が急変することになるので、そのような急激な変化を抑制するために、変化量が制限される。レートリミッタ27の出力とZ変換器34の出力とは、加算器28で加算される。つまり、レートリミッタ27の出力は負の値であるから、高損失調整値ΔIdHLはレートリミッタ27に規定された制限の範囲内で減少する。
【0076】
余剰電力が無くなって高損失制御フラグが非有効状態となった場合には、少なくとも高損失調整値ΔIdHLがゼロで無い限り、スイッチ33は高損失調整値ΔIdHLを選択する。従って、スイッチ33、加算器35、Z変換器34、加算器26、レートリミッタ27、加算器28、スイッチ29を経て、高損失調整値ΔIdHLは、ゼロになるまで段階的に減少する。これにより、高損失制御が終了する際にも、急激にd軸電流指令値Idoが変化することを抑制することができる。弱め界磁制御が開始された場合には、スイッチ33はフィードバック調整値ΔIdFBを選択する側に切り替わる。少なくとも、1回分の演算周期の高損失調整値ΔIdHLは、Z変換器34を介してフィードバックされるので、高損失制御から弱め界磁制御への切り替わりも円滑となる。
【0077】
弱め界磁制御によるフィードバック調整値ΔIdFBは、界磁調整部30において算出される。加算器(減算器)40は、下記の式(5)に示すように、変調率Mから目標変調率MTを減算して変調率偏差ΔMを導出し、界磁調整部30に対して出力する。
ΔM=M−MT・・・(5)
本実施形態では、変調率偏差ΔMは、電圧指令値Vdo,Vqoがそのときのシステム電圧Vdcによって出力し得る最大の交流電圧の値を超えている程度を表す。従って、変調率偏差ΔMは、実質的にはシステム電圧Vdcの不足の程度を表す電圧不足指標として機能する。尚、本例では、目標変調率MTは理論的な最大値である0.78に設定されている。
【0078】
界磁調整部30は、積分入力調整部31と積分器32とを有している。積分入力調整部31には、変調率偏差ΔMが入力される。積分入力調整部31は、変調率偏差ΔMの値に対して所定の調整を行い、調整後の値である調整値Yを積分器32へ出力する。積分入力調整部31は、例えば、図8に示すように変調率偏差ΔMが弱め界磁開始しきい値(界磁制御しきい値)Δms(=0)未満の状態では調整値Yとしてゼロ(y=0)を出力し、変調率偏差ΔMが弱め界磁開始しきい値Δms(=0)以上の状態では負の調整値y(y<0)を出力する。図8に示すように、変調率偏差ΔMと調整値yとの関係は一次関数により表すことができる。変調率偏差ΔMの増加に従って調整値Yが減少する変換マップの領域を設定することにより、変調率Mが増加するに従ってフィードバック調整値ΔIdFBの絶対値を増加させ、弱め界磁制御を実行するための弱め界磁電流量を増加させる制御を適切に行うことができる。積分器32には積分入力調整部31により導出された調整値yが入力される。積分器32は、この調整値yを所定のゲインを用いて積分し、積分値をフィードバック調整値ΔIdFBとして導出する。
【0079】
〔他の実施形態〕
(1)上記実施形態においては、いわゆる2モータスプリット方式のハイブリッド車両用の駆動装置に本発明を適用した場合を例として、本発明の実施形態を説明した。即ち、主として駆動力源として機能する電動機と、主として回生源として機能する電動機(発電機)とを備えた構成を例として説明したが、本発明はそのような構成に限定されるものではない。いわゆる1モータパラレル方式のハイブリッド車両用の駆動装置や、電気自動車(電動車両)の駆動装置にも本発明を適用することができる。この場合、駆動装置は、1つの電動機MGのみを備え、電動機駆動装置2は、当該1つの電動機MGに対応する1つのインバータ5を備える。また、制御装置1は、1つのインバータ5に対応する1つのインバータ制御指令決定ユニット7を備える。そして、当該インバータ制御指令決定ユニット7の高損失制御部12が、上記と同様に、特定の条件下で高損失制御を実行する。
【0080】
(2)上記実施形態においては、モード制御しきい値は、実現可能な変調率Mの理論的な最大値である0.78とした。また、弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施される場合を矩形波制御モードCSとしたので、弱め界磁開始しきい値(界磁制御しきい値)Δmsをゼロに設定した。これにより、変調率Mが、目標変調率MTの最大値0.78以上の時に、弱め界磁制御が開始されるので、変調率Mが0.78に達すると、弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施される矩形波制御モードCSが実施される。しかし、これに限定されることなく、変調率Mが0.78よりも低い時から矩形波制御モードCSが実施されてもよい。
【0081】
この場合、例えば、積分入力調整部31において、図9に示すように、弱め界磁開始しきい値Δmsが0未満に設定されていると好適である。即ち、弱め界磁開始しきい値(界磁制御しきい値)Δmsを負の値に設定することにより、変調率Mが目標変調率MTに達する前からフィードバック調整値ΔIdFBを出力して弱め界磁制御を開始させることができる。例えば、弱め界磁開始しきい値Δmsを「−0.02」に設定することによって、変調率M=0.76から弱め界磁制御を開始させることができる。これにより、PWM制御と共に弱め界磁制御を実行することができる。また、弱め界磁開始しきい値Δmsに合わせてモード制御しきい値も0.02減少させて0.76とすると、変調率Mが0.76となった状態から弱め界磁制御と共に矩形波制御が実施される矩形波制御モードCSを実行することができる。
【0082】
(3)上記の実施形態では、実現可能な変調率Mの理論的な最大値である0.78にモード制御しきい値を設定し、変調率Mが当該モード制御しきい値以上である場合にトルク制限制御を実行するようにトルク制限制御部60が構成されている場合を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されず、トルク制限制御を開始する変調率Mのしきい値を0.78未満に設定することも、本発明の好適な実施形態の一つである。例えば、PWM制御として、変調率Mが「0〜0.707」の範囲で正弦波PWMや空間ベクトルPWM等の通常PWM制御を実行し、変調率Mが「0.707〜0.78」の範囲で過変調PWM制御を実行する構成において、トルク制限制御を開始する変調率Mのしきい値を、通常PWM制御と過変調PWM制御との境界となる変調率である「0.707」に設定しても好適である。このようなトルク制限制御の開始しきい値は、高損失制御部12の終了しきい値にもなる。従って、この場合には、高損失制御部12は、変調率Mが「0〜0.707」の範囲において通常PWM制御が実行されていることを条件として高損失制御を実行する。そして、トルク制限制御部60は、変調率Mが「0.707〜0.78」の範囲で過変調PWM制御又は矩形波制御が実行されていることを条件としてトルク制限制御を実行する。なお、このようなしきい値の設定は単なる一例であり、この他にも任意の値を設定することが可能である。
【0083】
(4)上記の実施形態では、電動機駆動装置2が昇圧用のコンバータ4を備えている構成を例として説明した。しかし、電動機駆動装置2が昇圧用のコンバータ4を備えない構成とすることも本発明の好適な実施形態の一つである。この場合においても、高損失制御部12は、PWM制御モードCP(電流位相制御モード)の実行中であることを条件として、高損失制御を行う。また、トルク制限制御部60は、変調率Mが予め定めたしきい値以上であるか否かのみを判定し、変調率Mが予め定めたしきい値以上である場合にはトルク制限制御を実行する。例えば、図6に示すフローチャートにおいては、ステップ#3及びステップ#4が不要となり、ステップ#2で矩形波制御中と判定された場合には、トルク制限制御部60によるトルク制限制御を実行し、処理はステップ#24へ進む。なお、電動機駆動装置2が昇圧用のコンバータ4を備えない場合、バッテリ3からの蓄電電圧Vbが、直流電源の「直流電圧」に相当する。
【0084】
(5)上記の実施形態では、通常界磁制御として、同一の電機子電流に対して電動機の出力トルクを最大にできるように電流位相を決定する最大トルク制御、いわゆる最大トルク電流制御を実行する構成を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されず、通常界磁制御として、公知の各種制御を用いることができる。例えば、最大トルク制御の一種である、最大トルク磁束制御を用いることもできる。最大トルク磁束制御は、同一のトルクを発生するために電機子鎖交磁束が最小となるように界磁電流指令値(d軸電流指令値)及び駆動電流指令値(q軸電流指令値)を決定する制御である。或いは、通常界磁制御として、最大効率制御を用いることもできる。最大効率制御は、任意の負荷状態(速度及びトルク)において損失を最小にするように、即ち効率を最大にするように界磁電流指令値(d軸電流指令値)及び駆動電流指令値(q軸電流指令値)を決定する制御である。
【0085】
(6)上記の実施形態では、高損失制御部12が、システム電圧Vdcと電動機MGの回転速度ωとの比及び電動機MGへのトルク指令値TMに基づいて、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれにd軸電流Idを変化させるかを決定する構成を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されない。システム電圧Vdcと電動機MGの回転速度ωとの比と電動機MGへのトルク指令値TMとの関係は、変調率Mの値によって実質的に代替することができる。そこで、高損失制御部12が、変調率Mに基づいて、弱め界磁側及び強め界磁側の内のいずれにd軸電流Idを変化させるかを決定する構成とすることも、本発明の好適な実施形態の一つである。この場合においても、高損失制御部12が、例えば、変調率Mに応じて弱め界磁側と強め界磁側とのいずれにd軸電流Idを変化させるかを規定したd軸電流調整方向決定マップを参照し、d軸電流Idを変化させる方向を決定する構成とすることができる。或いは、高損失制御部12が、弱め界磁側及び強め界磁側のそれぞれについてのd軸電流Idの変化可能範囲の大きさと変調率Mとの関係を規定したマップ又は関数に基づいて、上記と同様に電力損失の最大値が大きい側を、d軸電流Idを変化させる方向に決定する構成としてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、蓄電装置を備えた直流電源と交流電動機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と3相交流電力との間で電力変換するインバータを備えた電動機駆動装置を制御する電動機制御装置に適用することができる。
【符号の説明】
【0087】
1:制御装置(電動機制御装置)
2:電動機駆動装置
3:バッテリ(蓄電装置)
4:コンバータ
5,5A,5B:インバータ
12:高損失制御部
13:昇圧判定部
15:モード制御部
30:界磁調整部
41:最大トルクマップ(基本電流指令決定部)
50:高調波抑制部
60:トルク制限制御部
103:電圧制限楕円(電機子電流の出力可能範囲)
104:電流制限円(電機子電流の出力可能範囲)
120:直流電源
CP:パルス幅変調制御モード(電流位相制御モード)
CS:矩形波制御モード(電圧位相制御モード)
Ia:電機子電流
Id:d軸電流(界磁電流)
Iq:q軸電流(駆動電流)
Idi:基本d軸電流指令値(基本界磁電流指令値)
MG,MG1,MG2:電動機(交流電動機)
M:変調率
TM:トルク指令値
Vdc:システム電圧(直流電圧)
β:電流位相
ω:回転速度
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9