(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5653023
(24)【登録日】2014年11月28日
(45)【発行日】2015年1月14日
(54)【発明の名称】ニッケル圧延材、ニッケル圧延材の製造方法、および冷陰極蛍光ランプの電極
(51)【国際特許分類】
C22F 1/10 20060101AFI20141218BHJP
H01J 61/067 20060101ALI20141218BHJP
B21B 3/00 20060101ALI20141218BHJP
C22C 19/03 20060101ALN20141218BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20141218BHJP
【FI】
C22F1/10 A
H01J61/067 L
B21B3/00 L
!C22C19/03 L
!C22F1/00 683
!C22F1/00 685Z
!C22F1/00 694A
!C22F1/00 682
!C22F1/00 691B
!C22F1/00 630K
!C22F1/00 604
!C22F1/00 606
!C22F1/00 623
!C22F1/00 661Z
【請求項の数】9
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2009-226435(P2009-226435)
(22)【出願日】2009年9月30日
(65)【公開番号】特開2011-74437(P2011-74437A)
(43)【公開日】2011年4月14日
【審査請求日】2012年7月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100095957
【弁理士】
【氏名又は名称】亀谷 美明
(74)【代理人】
【識別番号】100076130
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】松尾 亮平
(72)【発明者】
【氏名】水島 孝
(72)【発明者】
【氏名】村松 康義
(72)【発明者】
【氏名】福田 憲男
【審査官】
河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−082886(JP,A)
【文献】
特開2004−285371(JP,A)
【文献】
特開2006−057186(JP,A)
【文献】
特開2009−197319(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/00 − 3/02
B21B 3/00
H01J 61/067
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で99%以上のニッケルを含有し、ニッケル圧延材の板面における{220}結晶面の存在比Cが35%以上であり、
{220}結晶面の存在比Cは、{c/(a+b+c+d)}×100(%)で算出され、前記a,b,c,dは各結晶面のX線回折強度比であり、a=I{111}/I0{111}、b=I{200}/I0{200}、c=I{220}/I0{220}、d=I{311}/I0{311}で求められ、前記I{111}、I{200}、I{220}、I{311}はニッケル圧延材の板面における、各{111}結晶面、{200}結晶面、{220}結晶面、{311}結晶面のX線回折ピークの積分強度であり、前記I0{111}、I0{200}、I0{220}、I0{311}は純ニッケル標準粉末の、各{111}結晶面、{200}結晶面、{220}結晶面、{311}結晶面のX線回折ピークの積分強度であることを特徴とする、ニッケル圧延材。
【請求項2】
ニッケル圧延材の板面における{200}結晶面の存在比Bに対する前記{220}結晶面の存在比Cの割合C/Bが0.8以上であり、
{200}結晶面の存在比Bは{b/(a+b+c+d)}×100(%)で算出されることを特徴とする、請求項1に記載のニッケル圧延材。
【請求項3】
前記{200}結晶面の存在比Bが40%以下であることを特徴とする、請求項1に記載のニッケル圧延材。
【請求項4】
質量%で99%以上のニッケルを含有し、ニッケル圧延材の板面における{220}結晶面の存在比Cが40%以上であり、
{220}結晶面の存在比Cは、{c/(a+b+c+d)}×100(%)で算出され、前記a,b,c,dは各結晶面のX線回折強度比であり、a=I{111}/I0{111}、b=I{200}/I0{200}、c=I{220}/I0{220}、d=I{311}/I0{311}で求められ、前記I{111}、I{200}、I{220}、I{311}はニッケル圧延材の板面における、各{111}結晶面、{200}結晶面、{220}結晶面、{311}結晶面のX線回折ピークの積分強度であり、前記I0{111}、I0{200}、I0{220}、I0{311}は純ニッケル標準粉末の、各{111}結晶面、{200}結晶面、{220}結晶面、{311}結晶面のX線回折ピークの積分強度であることを特徴とする、ニッケル圧延材。
【請求項5】
ニッケル圧延材の板面における{200}結晶面の存在比Bに対する前記{220}結晶面の存在比Cの割合が1.0以上であり、
{200}結晶面の存在比Bは{b/(a+b+c+d)}×100(%)で算出されることを特徴とする、請求項4に記載のニッケル圧延材。
【請求項6】
前記{200}結晶面の存在比Bが37%以下であることを特徴とする、請求項4に記載のニッケル圧延材。
【請求項7】
平均結晶粒径が30μm以下であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載のニッケル圧延材。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載されたニッケル圧延材の製造方法であって、
質量%で99%以上のニッケルを含有する原料を溶解して鋳造する鋳造工程と、
前記鋳造工程の後に行う熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程の後で、第1の冷間圧延および第1の中間焼鈍を行う第1冷延焼鈍工程と、
前記第1冷延焼鈍工程の後で、圧下率50〜80%の第2の冷間圧延および第2の中間焼鈍を行う第2冷延焼鈍工程と、
最終仕上げ工程直前に、圧下率25〜60%の第3の冷間圧延および700〜1100℃における第3の中間焼鈍を行う第3冷延焼鈍工程と、
圧下率20%以下の冷間圧延を行う最終仕上げ工程と、
を有することを特徴とする、ニッケル圧延材の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれかに記載されたニッケル圧延材を加工して成形されたことを特徴とする、冷陰極蛍光ランプの電極。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に冷陰極蛍光ランプの電極に成形されるニッケル圧延材およびその製造方法、および冷陰極蛍光ランプの電極に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、液晶ディスプレイのバックライトやスキャナ等の光源として、
図1に示すような冷陰極蛍光ランプ(CCLF)が用いられている。冷陰極蛍光ランプ1は、水銀蒸気および不活性ガスが封入されたガラス管2の内壁に蛍光体3が塗布され、ガラス管2の両端に一対の電極4が取り付けられた構造を有している。冷陰極蛍光ランプは、放電と蛍光の2つの現象を利用した照明装置であって、一般の蛍光ランプよりも長寿命であり、消費電力が小さい。また、ガラス管2内に封入する物質の種類や圧力、ガラス管2の内壁に塗布される蛍光体3の厚さや種類などを変えることで、様々な明るさや発光色を作り出すことができる。さらに、径が細く高輝度の光源が得られ、現在、用途によって様々な形状や大きさのものが用いられている。
【0003】
このような冷陰極蛍光ランプの電極には、薄板の金属素材を深絞り加工によってカップ状に成形した部品が用いられ、加工性の面から、一般に、ニッケルの薄板が使用されることが多い。
【0004】
ニッケルの圧延に関して、例えば特許文献1には、圧延後に再結晶温度以下の低温で熱処理を施すことにより、表層部の不純物を除去して半田濡れ性を改善する方法が開示されている。また、特許文献2には、最後の冷間圧延の前または後に非酸化性雰囲気中で焼鈍を行うことにより、ニッケル材料帯の硬さをHv80〜190とし、焼鈍後に冷間圧延を行う場合は圧下率2〜30%の範囲で圧延して、半田付け性を向上させる方法が開示されている。
【0005】
特許文献3には、冷陰極放電管の電極用合金として、ニッケルに所定量のNb、Moを加え、耐食性とともに塑性加工性、耐スパッタ性を向上させたものが開示されている。さらに、特許文献4には、純ニッケルよりも経済性に優れ成形性も良好な冷陰極蛍光ランプ用電極の素材として、ニッケルまたはクロムを3.0〜8.0重量%含んだFe基合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−82886号公報
【特許文献2】特開2004−285371号公報
【特許文献3】特開2007−31832号公報
【特許文献4】特開2009−37920号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来、
図2に示すように、ニッケルの薄板を絞り加工してカップ状の電極4を成形する際、耳部11に不均一な延びが発生したり、底部12の板厚が薄くなることがあった。これらの現象は、深絞り成形時に、薄板に作用する応力に対し、材料の変形し易さが方向によって異なることが原因であると考えられる。耳部11は後工程で切除されるが、耳部11が不均一に延びると、材料送りの際に金型等に当たって送り不良が発生する場合がある。また、底部12の板厚が減少すると、電極として用いた蛍光管の寿命が低下するという問題がある。
【0008】
ところが、上記特許文献1は表面性状および半田濡れ性の改善、特許文献2はプレス打ち抜き加工性、曲げ加工性、および半田付け性の向上を図るものであり、いずれも、ニッケル材の深絞り性を向上させるものではない。また、特許文献3および特許文献4には、いずれも実施例として製造工程が記載されているが、特許文献3の最終冷間圧延の圧下率は80%と大きいため、耳部の不均一や底部の板厚減少を防止することは困難である。特許文献4に記載された製造工程は、1100℃の熱間圧延、800℃の軟化焼鈍、冷間圧延のみにより薄板材を成形するものであり、この場合にも上記問題点を解決することはできない。
【0009】
本発明の目的は、ニッケルをカップ形状に深絞り加工する際に、耳部の不均一な延びや底部の板厚減少を起こさずに成形できるニッケル圧延材およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題を解決するため、本発明は、質量%で99%以上のニッケルを含有し、
ニッケル圧延材の板面における{220}結晶面の存在比
Cが35%以上であ
り、 {220}結晶面の存在比Cは、{c/(a+b+c+d)}×100(%)で算出され、前記a,b,c,dは各結晶面のX線回折強度比であり、a=I{111}/I0{111}、b=I{200}/I0{200}、c=I{220}/I0{220}、d=I{311}/I0{311}で求められ、前記I{111}、I{200}、I{220}、I{311}はニッケル圧延材の板面における、各{111}結晶面、{200}結晶面、{220}結晶面、{311}結晶面のX線回折ピークの積分強度であり、前記I0{111}、I0{200}、I0{220}、I0{311}は純ニッケル標準粉末の、各{111}結晶面、{200}結晶面、{220}結晶面、{311}結晶面のX線回折ピークの積分強度であることを特徴とする、ニッケル圧延材を提供する。
【0011】
ニッケル圧延材の板面における{200}結晶面の存在比Bに対する
前記{220}結晶面の存在比Cの割合
C/Bが0.8以上であ
り、{200}結晶面の存在比Bは{b/(a+b+c+d)}×100(%)で算出されることが好ましく、
{200}結晶面の存在比Bが40%以下であることとしてもよい。
【0012】
また、本発明は、質量%で99%以上のニッケルを含有し、
ニッケル圧延材の板面における{220}結晶面の存在比
Cが40%以上であ
り、{220}結晶面の存在比Cは、{c/(a+b+c+d)}×100(%)で算出され、前記a,b,c,dは各結晶面のX線回折強度比であり、a=I{111}/I0{111}、b=I{200}/I0{200}、c=I{220}/I0{220}、d=I{311}/I0{311}で求められ、前記I{111}、I{200}、I{220}、I{311}はニッケル圧延材の板面における、各{111}結晶面、{200}結晶面、{220}結晶面、{311}結晶面のX線回折ピークの積分強度であり、前記I0{111}、I0{200}、I0{220}、I0{311}は純ニッケル標準粉末の、各{111}結晶面、{200}結晶面、{220}結晶面、{311}結晶面のX線回折ピークの積分強度であることを特徴とする、ニッケル圧延材を提供する。
【0013】
ニッケル圧延材の板面における{200}結晶面の存在比Bに対する
前記{220}結晶面の存在比Cの割合が1.0以上であ
り、{200}結晶面の存在比Bは{b/(a+b+c+d)}×100(%)で算出されることが好ましく、
{200}結晶面の存在比
Bが37%以下であることとしてもよい。
【0014】
さらに、平均結晶粒径が
30μm以下であることが好ましい。
【0015】
また、本発明によれば、
上記のニッケル圧延材の製造方法であって、質量%で99%以上のニッケルを含有する原料を溶解して鋳造する鋳造工程と、前記鋳造工程の後に行う熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程の後で、第1の冷間圧延および第1の中間焼鈍を行う第1冷延焼鈍工程と、前記第1冷延焼鈍工程の後で、圧下率50〜80%の第2の冷間圧延および第2の中間焼鈍を行う第2冷延焼鈍工程と、最終仕上げ工程直前に、圧下率25〜60%の第3の冷間圧延および700〜1100℃における第3の中間焼鈍を行う第3冷延焼鈍工程と、圧下率20%以下の冷間圧延を行う最終仕上げ工程と、を有することを特徴とするニッケル圧延材の製造方法が提供される。
【0016】
さらに、本発明によれば、上記のニッケル圧延材を加工して成形されたことを特徴とする冷陰極蛍光ランプの電極が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、耳部の不均一な延びや底部の板厚減少等を起こすことなく、所望する形状に成形可能な薄板状のニッケル圧延材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】
図1の冷陰極蛍光ランプの電極の成形過程を示す斜視図である。
【
図3】深絞り加工時に材料にかかる応力を示す説明図である。
【
図4】実施例1における本発明例の各結晶面のX線回折強度の存在比を示すグラフである。
【
図5】実施例1に対する比較例における各結晶面のX線回折強度の存在比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
ニッケルを深絞り加工してカップ状に成形する際、
図2に示すように開口側側面の耳部11に不均一な延びが発生したり底部12の板厚が薄くなる現象が起こる要因として、方向によって材料の変形しやすさが異なることが挙げられる。
図3に示すように、深絞り加工時に、図示のプレス方向に力がかけられると、材料10の耳部11や底部12には、それぞれ半径方向の引張応力σr1、σr2、および円周方向の圧縮応力σc1、σc2が作用する。これらの方向によって材料の変形しやすさが異なると、
図2に示すような耳部11の不均一な延びが生じる。また、面方向よりも板厚方向に変形しやすい場合に、底部12の板厚が減少する。
【0020】
これらの問題を解決するには、加工硬化係数(N値)を大きくして板厚減少を防ぐこと、また、ランクフォード値(R値)を大きくして耳部の延びおよび板厚減少を防ぐことが効果的であると考えられる。R値が大きいと絞り成形性が良く、また各方位のR値の差が小さいと異方性が小さくなると考えられる。R値が大きいと板厚方向よりも板幅方向に変化しやすい性質があり、各方位の差が小さいと、どの方向も均等に伸びる性質があるためである。
【0021】
ここで、ランクフォード値の計算方法について説明する。ランクフォード値は、ニッケル圧延板材の引張試験を実施し、その測定値を用いて算出する。引張試験において、引張方向がニッケル圧延板材の圧延方向に平行、直角、45°の3方向になるようにサンプルを作製して引張試験を行う。このときのそれぞれの方向の板厚、板幅の変化から、下式によりランクフォード値(R値)を求める。
R値=(R
0+R
90+R
45×2)/4
ただし、R
0、R
45、R
90は、それぞれ、0°方向(圧延方向に平行方向)のR値、45°方向(圧延方向に45°方向)のR値、90°方向(圧延方向に直角方向)のR値であり、以下の式で求められる。
R
0=ε
w0/ε
t0
R
45=ε
w45/ε
t45
R
90=ε
w90/ε
t90
ε
w0、ε
t0、ε
w45、ε
t45、ε
w90、ε
t90は、それぞれ、0°方向(圧延方向に平行方向)の引張試験における板幅の測定値による特性値、0°方向(圧延方向に平行方向)の引張試験における板厚の測定値による特性値、45°方向(圧延方向に45°傾いた方向)の引張試験における板幅の測定値による特性値、45°方向(圧延方向に45°傾いた方向)の引張試験における板厚の測定値による特性値、90°方向(圧延方向に直角方向)の引張試験における板幅の測定値による特性値、90°方向(圧延方向に直角方向)の引張試験における板厚の測定値による特性値であり、以下の式で求められる。
ε
w0=ln(引張前板幅/引張後板幅)
ε
t0=ln(引張前板厚/引張後板厚)
ε
w45=ln(引張前板幅/引張後板幅)
ε
t45=ln(引張前板厚/引張後板厚)
ε
w90=ln(引張前板幅/引張後板幅)
ε
t90=ln(引張前板厚/引張後板厚)
【0022】
R値を大きくするには、特定の結晶方位の発達を避けることが有効であると考えられる。耳部の不均一な延びが発生するニッケル材について、結晶面ごとの存在比を調べたところ、{200}結晶面の存在比が極めて高く、{220}結晶面の存在比が低いことがわかった。そこで、本発明者は、ニッケル圧延材の製造時において、冷間圧延工程及び焼鈍工程の条件を規定することにより、特定の結晶方位の発達を抑えられ、R値を大きい値に制御できることを見出した。
【0023】
本発明のニッケル圧延材は、質量%で99%以上、好ましくは99.4%以上のニッケルを含有するニッケル圧延材である。ニッケル以外の添加元素としては、例えばSi、Mn等の元素、および不可避的不純物から構成される。Si、Mnは熱間加工性を向上させる作用があり、それぞれ0.05〜0.15%以下、0.15〜0.25%以下程度含有させても良く、導電率も20%IACS程度であり冷陰極管の電極として十分である。また、添加元素を含まない純ニッケル(不可避不純物を含む)であっても良い。質量%で99%未満のニッケルを含有するニッケル圧延材の場合には、良好な深絞り加工することが難しくなるうえ導電率が低下するため、好ましくない。
【0024】
ニッケルの常温で安定な面心立方構造(FCC)であり、一般に、圧延材の圧延面からのX線回折パターンは、{111}、{200}、{220}、{311}の4つの結晶面の回折ピークで構成される。他の結晶面からのX線回折強度はこれらの結晶面からのものに比べ非常に小さい。本発明では、
{200}結晶面の存在比と
{220}結晶面の存在比との割合を調整して、特定の結晶方位(特に{200}面)の発達を抑えた。すなわち、本発明のニッケル圧延材は、
{220}結晶面の存在比Cが35%以上とした。また、
{200}結晶面の存在比Bが40%以下、またはC/B≧0.8であることが好ましい。さらに、
{220}結晶面の存在比Cが40%以上であり、
{220}結晶面の存在比Bが37%以下、またはC/B≧1.0であることが好ましい。
【0025】
このようなニッケル圧延材の板面(圧延面)の
結晶面の存在比とすることにより、絞り加工性に優れ、耳部の不均一な延びや底部の板厚減少を抑制でき、良好な加工ができることがわかった。これは、塑性変形の観点から{220}、{111}に近い結晶方位が多く、{200}に近い結晶方位が少ないと深絞り性に優れていると考えられるためである。すなわち、{220}、{111}は成形の際に板厚方向に変形しづらく、板幅方向が減少しやすい性質があり、{200}は成形の際に板幅方向に変形しづらく、板厚方向が減少しやすい性質を持つと考えられる。
【0026】
平均結晶粒径が小さいほど曲げ加工性の向上に有利である。平均結晶粒径が大きくなりすぎると、曲げ部表面の肌荒れが起こりやすく、曲げ加工性の低下を招く場合があるので、平均結晶粒径は30μm以下とすることが望ましい。最終的な結晶粒径は、再結晶熱処理(再結晶焼鈍)後の段階における結晶粒径によってほぼ決まり、熱処理(焼鈍)条件によってコントロールすることができる。
【0027】
さらに、ランクフォード値が0.85以上、好ましくは0.9以上であることにより、材料の不均一な延びを抑制することができ、特に深絞り性を要求される冷陰極管(冷陰極蛍光ランプ)において好適であることがわかった。
【0028】
上記のニッケル圧延材の製造方法について、以下に説明する。
【0029】
先ず、鋳造工程において、質量%で99%以上のニッケルを含有する原料を溶解、鋳造し、インゴットを得る。
【0030】
次に、分塊圧延工程を行う。ニッケルのインゴットを加熱し、分塊圧延機で分塊圧延し、酸化被膜付きスラブを得る。その後表面切削して酸化被膜を除き、所定厚さ、例えば板厚100〜200mm程度のニッケル圧延材とする。その次に、熱間圧延機で熱間圧延を行い、例えば5〜15mm程度まで圧延する。
【0031】
その後、第1の冷間圧延および第1の中間焼鈍からなる第1冷延焼鈍工程を行う。第1の冷間圧延では、例えば板厚1〜2mm程度まで圧延し、第1の中間焼鈍として700〜1100℃、好ましくは800〜1000℃で再結晶中間焼鈍を行う。必要に応じて表面研削を行っても良い。この第1冷延焼鈍工程は、第2の冷間圧延よりも前の工程を指し、第1の冷間圧延及び第1の中間焼鈍として冷間圧延と焼鈍を繰り返しても良い。
【0032】
第1冷延焼鈍工程の後に、第2の冷間圧延および第2の中間焼鈍からなる第2冷延焼鈍工程を行う。第2の冷間圧延においては、圧下率を50〜80%、好ましくは60〜80%とし、さらに好ましくは70〜80%とする。その後、第2の中間焼鈍として700〜1100℃、好ましくは800〜1000℃)で再結晶中間焼鈍を行う。
【0033】
第2冷延焼鈍工程の後、最終仕上げ工程の直前の第3冷延焼鈍工程を行う。第3冷延焼鈍工程は第3の冷間圧延および第3の中間焼鈍からなり、第3の冷間圧延では、圧下率を25〜60%、好ましくは30〜50%とし、その後、第3の中間焼鈍として700℃〜1100℃程度、好ましくは800〜1000℃で再結晶焼鈍を行う。第3の中間焼鈍では、結晶粒径が30μm以下になるように、焼鈍温度や焼鈍時間を制御する。
【0034】
そして、最終仕上げ工程では、圧下率を20%以下、好ましくは5〜17%とし、所望する板厚のニッケル圧延材を得る。最終仕上げ工程における仕上げ圧延は、深絞り性の劣化を防ぐために、小さい圧下率とする。なお、圧下率が小さいので、結晶粒径は第3の中間焼鈍後とほぼ等しい。
【0035】
以上のようにして、前述した所定の結晶方位、結晶粒径、ランクフォード値を有するニッケル圧延材を得ることができる。
【0036】
純度の高いニッケルは圧延が比較的容易なため、従来は、最終仕上げ圧延の直前の圧延工程において80%を超える圧下率で圧延を行い、その後に再結晶焼鈍を行っていたのに対して、本発明では、特に最終仕上げ圧延、および仕上げ圧延の前の第3の冷間圧延及び第2の冷間圧延の圧下率を前述の範囲に制限して圧延を行うことにより、特定の結晶方位の発達を抑制する。これにより、R値を上昇させることができ、深絞り成形時の不均一な延びを防止することができる。すなわち、第2の冷間圧延の際に高い圧下率で圧延しないことにより、第2の(再結晶)中間焼鈍後の{200}面の増加を抑制することができ、さらに第3の冷間圧延も圧下率を低く抑え、最終仕上げ圧延も小さい圧下率で圧延し、つまり圧下率を比較的小さくこまめに冷間圧延と中間焼鈍とを繰り返すことで、本発明の集合組織を有するニッケル圧延材を得ることができる。
【実施例1】
【0037】
本発明の製造方法で、ニッケル圧延材の製造を行った。質量%で99.6%以上のニッケルと、その他0.1重量%のSi、0.2重量%のMnおよび不可避的不純物からなるニッケルの原料を溶解、鋳造し、インゴットを得る鋳造工程を行った。次に、ニッケルのインゴットを加熱し、分塊圧延機で分塊圧延し、酸化被膜付きスラブを得た後、表面切削を行って酸化被膜を除き、板厚150mmの圧延材を得た。次に、熱間圧延機で熱間圧延を行い、10mmの圧延材を得た。その後、第1の冷間圧延として、板厚1.5mmまで冷間圧延した。次に、第1の中間焼鈍として、1000℃で再結晶焼鈍を行った。
【0038】
次に、第2の冷間圧延として、板厚0.4mm(圧下率約73%)まで冷間圧延し、第2の中間焼鈍として900℃で再結晶中間焼鈍を行った。更に、最終仕上げ圧延の直前の第3の冷間圧延として、板厚0.235mm(圧下率約41%)に圧延し、第3の中間焼鈍として820℃で再結晶焼鈍を行った。第3の中間焼鈍後の平均結晶粒径を測定したところ20μmであった。最終仕上げ圧延では、0.2mm(圧下率15%)に圧延した。仕上げ圧延後の平均結晶粒径は約20μmであった。以上の製造工程を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
また、比較例として、鋳造工程、熱間圧延工程、第1冷延焼鈍工程を上記の本発明例と同様に行い、本発明例の第2冷延焼鈍工程を行わずに、最終仕上げ圧延の直前の第3の冷間圧延で、板厚0.235mm(圧下率約84%)に圧延を行った。最終仕上げ工程は、本発明例と同様に行った。以上の製造工程を表2に示す。なお、第3の中間焼鈍後の平均結晶粒径は13μmであり、仕上げ圧延後の平均結晶粒径は約13μmであった。本発明例および比較例の平均結晶粒径は、JIS H0501の切断法により測定した。
【0041】
【表2】
【0042】
表1の本発明例において、第1冷延焼鈍工程の第1の中間焼鈍後(X線1)、第2冷延焼鈍工程の第2の冷間圧延後(X線2)と第2の中間焼鈍後(X線3)、第3冷延焼鈍工程の第3の冷間圧延後(X線4)と第3の中間焼鈍後(X線5)、最終仕上げ工程の仕上げ圧延後(X線6)のニッケル圧延材について、それぞれ{111}、{200}、{220}、{311}の4つの結晶面のX線回折積分強度を測定した。また、表2の比較例において、第1冷延焼鈍工程の第1の中間焼鈍後(X線1)、第3冷延焼鈍工程の(ただし、上記の通り第2冷延焼鈍工程はない)第3の冷間圧延後(X線2)と第3の中間焼鈍後(X線3)、最終仕上げ工程の仕上げ圧延後(X線4)のニッケル圧延材について、それぞれ{111}、{200}、{220}、{311}の4つの結晶面のX線回折積分強度を測定した。これらのX線回折積分強度測定結果、および、後述する各結晶面のX線回折積分強度比と存在比の算出結果を表3に示す。
【0043】
【表3】
【0044】
なお、表3において、例えばI{220}はニッケル圧延材の板面における{220}結晶面のX線回折ピークの積分強度を示し、{111}、{200}、{220}、{311}の4つの結晶面について、それぞれの板面(圧延面)のX線回折積分強度を同様に測定した。すなわち、供試材の板面(圧延面)を#1500耐水ペーパーで研磨仕上げした試料を準備し、X線回折装置(XRD)を用いて、Mo−Kα線、管電圧40kV、管電流30mAの条件で、研磨仕上げ面について、{111}、{200}、{220}、{311}の4つの結晶面の反射回折面積分強度を測定した。
【0045】
さらに、例えばI
0{220}を純ニッケル標準粉末の{220}結晶面のX線回折ピークの積分強度として、上記と同じX線回折装置を用いて、上記と同じ測定条件で、純ニッケル標準粉末の{111}、{200}、{220}、{311}の4つの結晶面のX線回折積分強度を測定した。これらの測定値を用いて、各結晶面のX線回折強度比a=I{111}/I
0{111}、b=I{200}/I
0{200}、c=I{220}/I
0{220}、d=I{311}/I
0{311}を求め、さらに、各結晶面の存在比A、B、C、Dを算出した。{111}の存在比Aは{a/(a+b+c+d)}×100(%)、{200}の存在比Bは{b/(a+b+c+d)}×100(%)、{220}の存在比Cは{c/(a+b+c+d)}×100(%)、{311}の存在比Dは{d/(a+b+c+d)}×100(%)で示した。
【0046】
本発明の方法で製造したニッケル圧延材は、比較例に比べて、I{200}が低減し、I{220}が上昇した。本発明例のR値は1.03、比較例のR値は0.73であり、本発明の製造方法によって、R値が上昇した。さらに、これらのニッケル圧延材を用いて、冷陰極蛍光ランプの電極となるカップ形状の深絞り成形を行ったところ、本発明例のニッケル圧延材は、耳部の不均一な延びが生じることなく、良好な形状に成形された。比較例のニッケル圧延材では、不均一な延びが生じた。また、本発明例のニッケル圧延材は、底部の板厚減少をほとんど起こさずに成形できた。
【0047】
図4、
図5は、表3の結果をグラフに表したものであり、
図4は本発明例の各工程および各成形品における各結晶面の割合、
図5は比較例の各工程における各結晶面の割合について、工程を追って示した。
【0048】
図4、
図5に示すように、本発明の製造方法によれば、工程を経るごとに、{200}結晶面と{220}結晶面のバランスが調整され、最終圧延工程後には、{220}の存在比が42.7%、{200}の存在比が32.7%となった。それに対して、比較例の製造方法では、最終工程後の{220}の存在比が27.1%、{200}の存在比が49.3%であり、本発明の範囲外となった。
【実施例2】
【0049】
本発明の異なる製造方法で、ニッケル圧延材の製造を行った。質量%で99.5%以上のニッケルと、その他0.11質量%のSi、0.22質量%のMnおよび不可避的不純物からなるニッケルの原料を溶解、鋳造し、インゴットを得る鋳造工程を行った。次に、ニッケルのインゴットを加熱し、分塊圧延機で分塊圧延し、酸化被膜付きスラブを得た後、表面切削を行って酸化被膜を除き、板厚150mmの圧延材を得た。次に、熱間圧延機で熱間圧延を行い、10mmの圧延材を得た。その後、第1の冷間圧延として、板厚1.5mmまで冷間圧延した。次に、第1の中間焼鈍として、1000℃で再結晶焼鈍を行った。
【0050】
次に、第2の冷間圧延として、板厚0.45mm(圧下率約70%)まで冷間圧延し、第2の中間焼鈍として900℃で再結晶中間焼鈍を行った。更に、最終仕上げ工程の直前の第3の冷間圧延として、板厚0.23mm(圧下率約49%)に圧延し、第3の中間焼鈍として820℃で再結晶焼鈍を行った。第3の中間焼鈍後の平均結晶粒径を測定したところ20μmであった。最終仕上げ圧延では、0.2mm(圧下率約13%)に圧延した。
【0051】
以上の工程によって製造されたニッケル圧延材の{220}結晶および{200}
結晶を主方位成分とする
結晶面の存在比について、実施例1と同様の測定方法及び計算方法で算出した結果、{220}の存在比は43%、{200}の存在比は35.7%であった。また、
{200}結晶面の存在比に対する
{220}結晶面の存在比の割合は、1.20であった。また、平均結晶粒径は20μmであった。
【0052】
実施例2に対する比較例として、ニッケル圧延材の製造を行った。質量%で99.5%以上のニッケルと、その他0.11質量%のSi、0.22質量%のMnおよび不可避的不純物からなるニッケルの原料を溶解、鋳造し、インゴットを得る鋳造工程を行った。次に、ニッケルのインゴットを加熱し、分塊圧延機で分塊圧延し、酸化被膜付きスラブを得た後、表面切削を行って酸化被膜を除き、板厚150mmの圧延材を得た。次に、熱間圧延機で熱間圧延を行い、10mmの圧延材を得た。その後、第1の冷間圧延として、板厚1.5mmまで冷間圧延した。次に、第1の中間焼鈍として、1000℃で再結晶焼鈍を行った。
【0053】
次に、本発明例の第2冷延焼鈍工程を実施せず、最終仕上げ工程の直前の第3の冷間圧延で、板厚0.26mm(圧下率約83.6%)に圧延を行った。その後第3の中間焼鈍として820℃で再結晶焼鈍を行った。その後最終仕上げ工程として、板厚0.21mm(圧下率19%)まで仕上げ圧延を行った。
【0054】
以上の工程によって製造された比較例のニッケル圧延材の{220}結晶および{200}
結晶を主方位成分とする
結晶面の存在比について、実施例1と同様の測定方法及び計算方法で算出した結果、{220}の存在比は30.6%、{200}の存在比は42.5%であり、本発明の範囲外となった。
{200}結晶面の存在比に対する
{220}結晶面の存在比の割合は、0.72であった。平均結晶粒径は13μmであった。
【0055】
さらに、実施例1と同様の深絞り成形を行ったところ、本発明例のニッケル圧延材は、耳部の不均一な延びが生じることなく、良好な形状に成形され、比較例のニッケル圧延材では、不均一な延びが生じた。また、本発明例のニッケル圧延材は、底部の板厚減少をほとんど起こさずに成形できた。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、特定の結晶方位の発達を抑制する圧延材の製造方法に適用できる。
【符号の説明】
【0057】
1 冷陰極蛍光ランプ
2 ガラス管
3 蛍光体
4 電極
10 材料
11 耳部
12 底部