(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
複数のころと、円周方向の複数箇所に、前記各ころをそれぞれ保持するポケットを有するリング状の保持器とを備え、4サイクルエンジンにおける、エンジンオイルで潤滑されるクランクシャフト用支持軸受、またはコンロッド大端用軸受、またはトランスミッション用の支持軸受に用いられる保持器付きころにおいて、
前記保持器の全表面に、ニッケルメッキ層である下地メッキ層を施し、この下地メッキ層の表面に、ニッケルメッキ中にPTFE粒子が分散しているNi・PTFEメッキ層を施し、これらニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層の両層付近の組成を変化させ、前記ニッケルメッキ層と前記Ni・PTFEメッキ層との界面を密着させ、前記保持器の表面硬度と、前記Ni・PTFEメッキ層のメッキ硬度との硬度差をHv200以下とした保持器付きころ。
複数のころと、円周方向の複数箇所に、前記各ころをそれぞれ保持するポケットを有するリング状の保持器とを備え、4サイクルエンジンにおける、エンジンオイルで潤滑されるクランクシャフト用支持軸受、またはコンロッド大端用軸受、またはトランスミッション用の支持軸受に用いられる保持器付きころにおける保持器であって、この保持器の全表面に、ニッケルメッキ層である下地メッキ層を施し、この下地メッキ層の表面に、ニッケルメッキ中にPTFE粒子が分散しているNi・PTFEメッキ層を施し、これらニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層の両層付近の組成を変化させ、前記ニッケルメッキ層と前記Ni・PTFEメッキ層との界面を密着させ、前記保持器の表面硬度と、前記Ni・PTFEメッキ層のメッキ硬度との硬度差をHv200以下とした保持器。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来技術は、高速性に対する摩耗・過度の昇温を防止することを目的として、ニッケルを主要素材としフッ素樹脂を含む複合メッキを保持器に形成している。しかし、近年の銅及び銀メッキの摩耗は、使用条件の厳しさではなく、潤滑油の影響によりメッキが化学反応を起こすことで溶解(消失)し、保持器が過度に昇温することがある。特に、4サイクルエンジンに使用される軸受に発生することが多い。
【0005】
4サイクルエンジンの場合、ガソリンとエンジンオイルとは混合されず、エンジンオイルを直接大小端部へ給油することができる。このため、安価で転がり軸受よりも負荷能力が高い滑り軸受が使用されており、転がり軸受は殆んど使用されていない。
しかしながら、近年ではエンジンの燃費向上のため、4サイクルエンジンの支持部(例えば、コンロッド大端部)の滑り軸受が転がり軸受(保持器付きころ)へ置き換わっている。この4サイクルエンジンへの転がり軸受の適用が、課題の発端である。
【0006】
ところで、2サイクルエンジンと4サイクルエンジンとでは、使用するオイルが全く異なっている。4サイクルエンジンでは、オイルパンに溜められたエンジンオイルが圧送され、エンジン各部を潤滑した後、オイルパンに再び戻る。これに対して2サイクルエンジンでは、エンジンオイルは燃料に混合され回転部や摺動部に付着することにより、またはオイルタンクからの圧送によりエンジン各部を潤滑した後、混合気と共に燃焼室に入り燃焼する。このような潤滑機構の差異および動弁機構の有無のような構造の差異により、2サイクルエンジンオイルと4サイクルエンジンオイルに要求される性能は大きく異なる。
【0007】
これら2サイクルエンジンオイルと4サイクルエンジンオイルの組成上の大きな差異は、硫酸灰分と、ジアルキルジチオりん酸亜鉛(Zinc Dialkyldithiophosphate;略称ZnDTP)の有無にある。2サイクルエンジンオイルで硫酸灰分が低いのは、灰分の主要要因である過塩基性清浄剤の酸中和性能が要求されないことと、灰分が燃焼室堆積物を増加させ、プラグ失火を生じることがあるためである。2サイクルエンジンオイルにZnDTPが処方されないのは、2サイクルエンジンではオイルの酸化防止性が要求されないことと、動弁機構がないため、厳しい摩耗防止性能が要求されないためである。前記ZnDTPは通常150〜200℃で熱分解されると言われているが、高負荷運転時のピストン、リングまわりの温度は200℃を超えるという報告もあり、ZnDTPの添加剤がかえってピストンの汚れ、リング膠着を生じる。このピストン汚れおよびリング膠着を防止するため、多くの清浄剤を必要とすることもZnDTPを添加しない理由である。前記ZnDTPは、酸化防止能、腐食防止能、耐荷重性能、摩耗防止能等を有し、いわゆる多機能型添加剤として、エンジンオイルや工業用潤滑油に広く使用されている。
【0008】
ZnDTPの摩耗防止機構としては、
(1)ZnDTP中の硫黄やりんが金属と反応して硫化鉄やりん酸塩の皮膜を作り摩耗を防ぐ。
(2)ZnDTPが分解して金属表面にポリフォスフェートの膜を生成し摩耗を防ぐ。
という説が有力である。
以上のように、4サイクルエンジンオイルには、添加剤であるZnDTPが入っており、このZnDTP中の成分に硫黄が入っている。摩耗防止機構として、この硫黄が金属と反応し皮膜を作り摩耗防止効果があるとのことだが、保持器に施す銅メッキや銀メッキでは効果が低いことが、種々の評価及び市場回収品から判明した。
【0009】
すなわち銅メッキや銀メッキを施した保持器を、高温の4サイクルエンジンオイルに浸漬させると、時間と共に油中に銅、銀の化学成分が増加していることが判明し、油中への溶け出しが認められた。また、銀メッキは黒色に変化し、メッキが脆くなり容易に剥れが認められた。市場回収品の保持器付きころにおいても、他の部品と接することのない部分のメッキ剥れが認められることがある。したがって、エンジンオイルに含まれる添加剤に影響されない表面処理が必要である。また、基材(保持器)との密着性を向上させることでメッキ剥れを防ぐ必要がある。
【0010】
この発明の目的は、使用オイルに含まれる添加剤に影響されない表面処理を施し、保持器の摩耗、過度の昇温を防止することができると共に、表面処理層と基材との密着性を向上させた保持器付きころおよび保持器付きころを用いた軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明の保持器付きころは、複数のころと、円周方向の複数箇所に、前記各ころをそれぞれ保持するポケットを有するリング状の保持器とを備え、4サイクルエンジンにおける、エンジンオイルで潤滑されるクランクシャフト用支持軸受、またはコンロッド大端用軸受、またはトランスミッション用の支持軸受に用いられる保持器付きころにおいて、前記保持器の全表面
に、ニッケルメッキ層である下地メッキ層を施し、この下地メッキ層の表面に、ニッケルとPTFEとを含むNi・PTFEメッキ層を施し
、これらニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層の両層付近の組成を変化させ、前記ニッケルメッキ層と前記Ni・PTFEメッキ層との界面を密着させ、前記保持器の表面硬度と、前記Ni・PTFEメッキ層のメッキ硬度との硬度差をHv200以下としたものである。
前記「PTFE」とは、ポリテトラフルオロエチレン(Polytetrafluoroethylene )の略称であり、テトラフルオロエチレンの重合体で、フッ素原子と炭素原子のみから成るフッ化炭素樹脂である。このフッ化炭素樹脂形状は多角形状となっている。
【0012】
この構成によると、メッキは金属同士の結合により密着力を得ているため、組成の近い金属同士の結合により密着力が向上する。
ニッケルは銅・銀に比べ添加剤と反応し難い性質を持つため、溶出を抑制することが可能となる。よってNi・PTFEメッキ層中のニッケル等がエンジンオイル中に溶け出すことを防止できる。
したがって、Ni・PTFEメッキ層の自己潤滑性により保持器の摩耗、過度の昇温を防止し、エンジンを長期に稼動させることができる。
【0013】
前記Ni・PTFEメッキ層におけるPTFEは、ニッケルメッキ中にPTFE粒子が分散している。すなわち、前記Ni・PTFEメッキ層は、ニッケルメッキ中にPTFE粒子が分散しているメッキ層である。
前記下地メッキ層はニッケルメッキ層で
ある。このニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層とが共通の組成物すなわちニッケルを含むため、両層付近の組成が徐々に変化し、これらニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層との界面を隙間無く密着させることができる。よって、基材、ニッケルメッキ層、およびNi・PTFEメッキ層にわたって密着性が優れたものになる。(つまりメッキの密着力は、金属同士の結合によるもの、Ni・PTFEメッキ層と組成の近いニッケルメッキ層を設けることにより、保持器に直接Ni・PTFEメッキを処理するより密着力が高くなる。)
【0014】
前記Ni・PTFEメッキ層の表面粗さをRa0.7μm以下としても良い。「Ra」は、日本工業規格で規定される中心線平均粗さRaである。Ni・PTFEメッキ層の表面粗さがRa0.7μmを超えると、メッキ自体の摩耗量が増加する傾向にある。これは、粗さ自身の凹凸の凸部が高く面粗さが粗い方が摩耗し易いためである。換言すれば、Ni・PTFEメッキ層の表面粗さをRa0.7μm以下とすることで、前記粗さ自身の凹凸の凸部を低くし、メッキ自体の摩耗量の低減を図ることが可能となる。
【0015】
前記保持器の全表面に下地メッキ層を施すのに代えて、保持器の外径面および幅面のいずれか一方又は両方に下地メッキ層を施し、これら外径面および幅面のうち下地メッキ層を施した表面に、ニッケルとPTFEとを含むNi・PTFEメッキ層を施しても良い。
保持器付きころの保持器が互いに幅面で接触するように配置される場合、保持器における幅面の下地メッキ層、およびNi・PTFEメッキ層により、保持器の相対接触による摩耗を低減し、長寿命とできる。
【0016】
この発明の保持器付きころ軸受は、前記いずれかの保持器付きころと、前記複数のころが転接する軌道輪とを備えたものである。
【0017】
この発明の保持器は、複数のころと、円周方向の複数箇所に、前記各ころをそれぞれ保持するポケットを有するリング状の保持器とを備え、4サイクルエンジンにおける、エンジンオイルで潤滑されるクランクシャフト用支持軸受、またはコンロッド大端用軸受、またはトランスミッション用の支持軸受に用いられる保持器付きころにおける保持器であって、保持器全表面
に、ニッケルメッキ層である下地メッキ層を施し、この下地メッキ層の表面に、ニッケルメッキ中にPTFE粒子が分散しているNi・PTFEメッキ層を施し
、これらニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層の両層付近の組成を変化させ、前記ニッケルメッキ層と前記Ni・PTFEメッキ層との界面を密着させ、前記保持器の表面硬度と、前記Ni・PTFEメッキ層のメッキ硬度との硬度差をHv200以下としたものである。
【0018】
前記いずれかの保持器付きころを用いたエンジンのクランクシャフト用支持軸受を適用しても良い。
前記いずれかの保持器付きころを用いたエンジンのコンロッド大端用軸受を適用しても良い。
前記いずれかの保持器付きころを用いたトランスミッション用の支持軸受を適用しても良い。
【発明の効果】
【0019】
この発明の保持器付きころは、複数のころと、円周方向の複数箇所に、前記各ころをそれぞれ保持するポケットを有するリング状の保持器とを備え、4サイクルエンジンにおける、エンジンオイルで潤滑されるクランクシャフト用支持軸受、またはコンロッド大端用軸受、またはトランスミッション用の支持軸受に用いられる保持器付きころにおいて、前記保持器の表面全体
に、ニッケルメッキ層である下地メッキ層を施し、この下地メッキ層の表面に、ニッケルメッキ中にPTFE粒子が分散しているNi・PTFEメッキ層を施し
、これらニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層の両層付近の組成を変化させ、前記ニッケルメッキ層と前記Ni・PTFEメッキ層との界面を密着させ、前記保持器の表面硬度と、前記Ni・PTFEメッキ層のメッキ硬度との硬度差をHv200以下としたため、使用オイルに含まれる添加剤に影響されず、保持器の摩耗、過度の昇温を防止することができると共に、表面処理層と基材との密着性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】(A)はこの発明の一実施形態に係る保持器付きころの断面図、(B)は同保持器の平面図、(C)は基材表面に、下地メッキ層を介してNi・PTFEメッキ層を設けた要部断面図である。
【
図2】運転時間とメッキ摩耗量との関係を表す図である。
【
図3】ニッケルメッキ中にPTFE粒子を分散させた例を示す要部断面図である。
【
図4】(A)は摩耗量の比較評価を行うサバン試験の方法を説明する図、(B)はPTFE量と、摩耗量及び摩擦係数との関係を表す図である。
【
図5】Ni・PTFEメッキ層の表面粗さと摩耗量との関係を表す図である。
【
図6】Ni・PTFEメッキ層の焼入れ後のメッキ硬度と摩耗量との関係を表す図である。
【
図7】浸漬時間と検出元素量との関係を表す図である。
【
図8】この発明の他の実施形態に係る保持器付きころの断面図である。
【
図9】(A)この発明のさらに他の実施形態に係る保持器付きころの断面図、(B)は同保持器の要部平面図である。
【
図10】(A)この発明のさらに他の実施形態に係る保持器付きころの断面図、(B)はPTFEを非分散形とした例を示す要部断面図である。
【
図11】この発明の実施形態に係る保持器付きころ軸受の断面図である。
【
図12】(A)この発明のさらに他の実施形態に係る保持器付きころの断面図、(B)は
図12(A)のA−A線断面図である。
【
図13】この発明の実施形態に係るいずれかの保持器付きころを用いたエンジンのクランクシャフト用支持軸受の要部断面図である。
【
図14】同保持器付きころを用いたエンジンのコンロッド大端用軸受の要部断面図である。
【
図15】同保持器付きころを用いたトランスミッション用の支持軸受の要部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
この発明の第1の実施形態を
図1ないし
図7と共に説明する。この発明の実施形態に係る保持器付きころは、例えば四輪車や二輪車及び汎用エンジン等のクランク軸用支持構造及びコンロッド支持構造等に使用される。ただし、これらクランク軸用支持構造及びコンロッド支持構造に限定されるものではない。
図1(A)に示すように、保持器付きころ50は、複数のころ1と保持器2とを備えている。内輪は無く、この保持器付きころ50が支持する軸の外周面に、ころ1が転接するものとされている。ころ1は例えば針状ころが適用され、このころ1の端面1aを平坦面としている。
図1(A)、(B)に示すように、保持器2は、円周方向の複数箇所に、前記各ころ1をそれぞれ保持するポケット3を有するリング状のものである。この保持器2に、後述する下地メッキ層4を介して、Ni・PTFEメッキ層5(後述する)を施している。
【0022】
この保持器2は例えば薄肉鋼板のプレス成形品から成る。保持器2は、両端に内径側に屈曲した環状部である一対の鍔部6、6を有する略円筒状に形成され、かつ周壁の軸方向の中央部分が、径方向内方へ小径部分7として絞られている。保持器2は、一対の鍔部6、6を繋ぐ円周方向複数箇所の柱部8を有し、隣合う柱部8、8間がそれぞれ前記ポケット3となる。なお、保持器2は、鍔部6、6の代わりに平坦形状等の環状部を有するものとしても良い。
図1(B)に示すように、柱部8におけるポケット3の開口周縁において、軸方向中央の小径部分7に、脱落防止用突縁9が形成され、且つ、軸方向両端の大径部分に脱落防止用突縁10、10が形成されている。柱部8におけるポケット3の開口周縁において、脱落防止用突縁9、10間に、ころ1を周方向に案内する傾斜縁11であって、軸方向の中央部分に向かうに従って径方向外方から内方に傾斜する傾斜縁11が形成されている。ころ1は、これら脱落防止用突縁9、10で内外に抜け止めされ、且つ傾斜縁11で周方向に案内される。
【0023】
Ni・PTFEメッキ層5等について説明する。
図1(A)、(C)に示すように、保持器2の表面全体に下地メッキ層4を施し、この下地メッキ層4の表面に、ニッケルとPTFEとを含むNi・PTFEメッキ層5を施している。前記下地メッキ層4はニッケルメッキ層である。メッキを処理する面は、保持器表面の全面であり、同保持器の幅面、内径面、ポケットも含む。
前記ニッケルメッキ層の膜厚δ1を例えば3±2μmとし、Ni・PTFEメッキ層5の膜厚δ2を例えば7μm以上17μm以下としている。ただし、ニッケルメッキ層の膜厚δ1は3±2μmに限定されるものではない。これらニッケルメッキ層およびNi・PTFEメッキ層5の総膜厚δaを8μm以上22μm以下としている。
【0024】
前記総膜厚δaを8μm以上22μm以下とした理由等について説明する。
実際の保持器付きころ(内径28mm×外径34mm×幅17mm)を用い、実機と同じクランクモーション運動で、各種メッキ層の摩耗量比較を実施し、総膜厚を決定した。
図2に示すように、この結果から本発明のニッケルメッキ層およびNi・PTFEメッキ層5は、初期の数十時間で初期摩耗が止まり、それ以降は摩耗が進行しないことが判明した。また、摩耗量が7μmであったため、Ni・PTFEメッキ層5の最薄膜厚(下限値)を7μmとした。
【0025】
Ni・PTFEメッキ層5におけるPTFEは、
図3に示すように、ニッケルを主要素材とする母材中にPTFEの微粒子(図中、黒点で示す)を分散共析させたものである。このNi・PTFEメッキ層5のPTFE量を20vol%以上35vol%以下と規定している。
PTFE量の決定について説明する。
Ni・PTFEメッキ層5のPTFE量の最適値を決定するために、サバン試験で摩擦係数を測定した。サバン試験とは、摩耗量の比較評価を行う試験である。例えば、
図4(A)に示すように、サバン試験機SMは、試験片m1を取り付ける試験片取付け部19と、この試験片取付け部19に取り付けた試験片m1を回転させる回転部20と、試験片取付け部19に取り付けた試験片m1に一定の荷重を負荷する荷重負荷部21とを有する。荷重負荷部21は、ばね等の付勢手段によって所定の荷重を試験片m1に負荷し、その荷重量はロードセル22によって測定される。荷重負荷部21のうち試験片m1にすべり接触させる相手材23として、例えば日本工業規格SCM415等の機械構造用鋼が適用される。ただしSCM415に限定されるものではない。試験片取付け部19の内部には、フェルトパット24が設けられ、このフェルトパット24を試験片m1の周面に当接させ回転部20によりこの試験片m1を回転させることでフェルトパット給油が行われる。試験片m1を試験片取付け部19に取り付け、試験片m1に荷重を負荷しつつ回転部20を回転させ、同試験片m1を相手材23とすべり接触させることにより摩耗量を測定し得る。
この試験条件は以下の通りである。
すべり速度 : 0.05m/s 、 5.0m/s
面圧:0.5GPa
時間:30min(5.0m/s) 、 60min(0.05m/s)
潤滑油:モービルベロシティNo.3(VG2)
その結果、
図4(B)に示すように、Ni・PTFEメッキ層5中、PTFE量が多い方が摩擦係数が下がることが判明した。
【0026】
次に、総膜厚δaを決定した摩耗量比較試験と同様に、PTFE量の違いによる摩耗量比較を実施した。その結果、同
図4(B)に示すように、PTFE量が少ないと摩擦係数が高く摺動特性が劣り、メッキ摩耗量が多い傾向にある。特に、PTFE量が20vol%未満であると、摩耗が顕著となる。逆に、PTFE量が多すぎると熱処理後の硬度が低いため、摩耗量が多くなる傾向にあった。さらに、PTFEが多く含まれるとコスト高になる。
図4(B)において、PTFE量を表す横軸の「10〜20vol」は10vol%を超え20vol%未満を示す。「20〜35vol」は20vol%以上35vol%以下を示し、「35〜40vol」は35vol%を超え40vol%以下を示す。
以上の摩擦係数と摩耗量比較の結果から、PTFE量には最適領域があることが判明した。この発明の実施形態では、摩擦係数と摩耗量比較の結果からNi・PTFEメッキ層5のPTFE量を20vol%以上35vol%以下と規定した。このようにPTFE量を規定することで、摩擦係数が低く摺動特性に優れ、メッキ摩耗量を低くすることができる。さらに製造コストの低減を図ることが可能となる。
【0027】
Ni・PTFEメッキ層5の表面粗さの規格値について説明する。
この発明の実施形態では、Ni・PTFEメッキ層5の表面粗さはRa0.7μm以下としている。
「Ra」は、日本工業規格で規定される中心線平均粗さRaであり、JIS 0601−1976表面粗さの規格に準拠して測定する。この中心線平均粗さは、粗さ曲線からその中心線の方向に測定長さLの部分を抜き取り、この抜き取りの中心線をX軸、縦倍率の方向をY軸とし、粗さ曲線をy=f(x)で表したとき、次の式で与えられるRaの値をマイクロメートル単位で表したものである。
【数1】
Ni・PTFEメッキ層5の表面粗さにより、メッキ自体の摩耗量が変化するかどうかを確認するため、膜厚評価を行った上記保持器付きころ及び上記試験条件で、摩耗比較評価を実施した。その結果、
図5に示すように、表面粗さがRa0.7μmを超えると、摩耗量が増加する傾向にある。これは、粗さ自身の凹凸の凸部が高く表面粗さが粗い方が摩耗しやすい結果であった。
【0028】
Ni・PTFEメッキ層5の硬度について説明する。
この発明の実施形態では、Ni・PTFEメッキ層5を熱処理により硬化させ、このNi・PTFEメッキ層5の熱処理後のメッキ硬度をHv400以上Hv700以下としている。
Ni・PTFEメッキ層5のメッキ硬度の最適値を決定するために、総膜厚δaを決定した際と同じ保持器付きころで同じ試験条件で摩耗比較を実施した。メッキ硬度のHv400以上Hv700以下は、PTFEの含有量と焼入れ温度とで決定する値である。したがって、試験サンプルは、PTFE量を一定にして、焼入れ温度を変更して製作した。
図6に示すように、この結果からNi・PTFEメッキ層5の焼入れ後のメッキ硬度がHv400以上Hv700以下であれば、摩耗量の差は0.001mm以内であり、差が認められない結果であった。Ni・PTFEメッキ層の焼入れ後のメッキ硬度がHv400未満では、摩耗量が大きくなる。Hv700を超えると、硬度が高すぎてメッキ層がヒビ割れる可能性がある。
【0029】
Ni・PTFEメッキ層5と保持器2との硬度差について説明する。
この発明の実施形態では、保持器2は、浸炭焼入れ焼戻しが施され、表面硬度がHv450以上Hv700以下の範囲であり、この表面硬度と、Ni・PTFEメッキ層5のメッキ硬度との硬度差をHv200以下としている。
エンジンのコンロッド大端部やトランスミッションの遊星機構部に使用される軸受は、振り回される運動のため、保持器2は楕円運動を起こしながら自転している。そのため、保持器2の楕円変形にメッキが追従しなければ、メッキにヒビ割れや剥れが発生する。この保持器2の変形には、保持器2の剛性が影響し形状・材料が同じであれば、硬度によって変化する。そのため、保持器硬度とメッキ硬度の影響を確認した。確認方法は、保持器硬度とメッキ硬度を上下に振ったサンプルを製作し、保持器2に静的な荷重を負荷させ、弾性変形内の変形量(保持器変形0.5mm)を10000回与えた後に、メッキ層に異状がないか目視確認した。その結果、表1に示すように、保持器の表面硬度と、Ni・PTFEメッキ層5のメッキ硬度との硬度差がHv200以下であれば、メッキに割れや剥れは認められなかった。
【0031】
表面処理の溶解について説明する。
この発明の実施形態に係るNi・PTFEメッキ層5の金属成分等が、4サイクルエンジンオイルの高温条件下で溶解しないことを浸漬試験で確認した。
図7に示すように、従来の銅・銀メッキは浸漬時間と共に油中から多くの元素量が検出されている。これに対して、実施形態のものは200時間経過しても、Ni・PTFEメッキ層5および下地メッキ層4に関係した元素は検出されなかった。
【0032】
下地処理の有無によるメッキの密着力について説明する。
この発明の実施形態のものは、下地処理としてニッケルメッキを施した。下地メッキ有無による密着力を、実際の保持器付きころ(内径28mm×外径34mm×幅17mm)を用い、実機と同じクランクモーション運動で比較を実施した。その結果、表2に示すように、下地にニッケルメッキを施さない従来製品は、試験後にメッキの摩耗と剥れが認められた。一方、前記下地処理を施した実施形態のものは、試験後に軽微な摩耗は認められたが、剥れは認められなかった。このことから、メッキの密着力向上には下地処理が必要であることが判明した。
【0034】
以上説明した保持器付きころ50によると、保持器2に下地メッキ層4を施し、さらにこの下地メッキ層4の表面にNi・PTFEメッキ層5を施した。ニッケルは添加剤に溶けにくい(反応し難い)性質を持っているため、Ni・PTFEメッキ層5中のニッケル等がエンジンオイル中に溶け出すことを防止できる。また、下地メッキ層4をNi・PTFEメッキ層5と基材(保持器)の間に設けることにより、基材とNi・PTFEメッキ層5との密着強度が向上し、メッキ剥れを防止する(メッキは金属同士の結合により密着力を得ているため、組成の近い金属同士の結合により密着力が向上する)。
さらにNi・PTFEメッキ層5中のPTFEの自己潤滑作用により、メッキの摩擦係数が低減し、耐摩耗性が向上する。
よって、Ni・PTFEメッキ層5の自己潤滑性能により摩耗防止が可能となる。
【0035】
下地メッキ層4であるニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層5とが共通の組成物すなわちニッケルを含むため、両層付近の組成が徐々に変化し、これらニッケルメッキ層とNi・PTFEメッキ層5との界面を隙間無く密着させることができる。よって、基材、ニッケルメッキ層、およびNi・PTFEメッキ層5にわたって密着性が優れたものになる。上記のように、密着力が向上するのは、組成の近いメッキを間に設けることにより金属同士の結合を強くしているためである。
また、Ni・PTFEメッキ層5の表面粗さをRa0.7μm以下とすることで、前記粗さ自身の凹凸の凸部を低くし、メッキ自体の摩耗量の低減を図ることが可能となる。
【0036】
次に、この発明の他の実施形態について説明する。以下の説明においては、各形態で先行する形態で説明している事項に対応している部分には同一の参照符を付し、重複する説明を略する場合がある。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、先行して説明している形態と同様とする。実施の各形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施の形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0037】
図8に示す保持器付きころ50Aにおいて、保持器2が互いに幅面2hで接触するように配置される場合、保持器2における幅面2hの下地メッキ層4、およびNi・PTFEメッキ層5により、保持器2の相対接触による摩耗を低減し、長寿命とできる。その他
図1の保持器2と同様の作用効果を奏する。
下地メッキ層4およびNi・PTFEメッキ層5を、保持器全体に施した場合、保持器ポケット3のころ案内面にメッキ層が付くため、ころ1の摩耗低減を図れるうえ、メッキ作業全体の工数低減を図ることができる。
【0038】
図9に示す保持器付きころ50Bの保持器2Aは、この周壁におけるポケット3の軸方向両端に、内径側へ略垂直に突出してころ1の端面1aを案内する案内突片12を一体に成形している。案内突片12でころ端面1aが案内されるため、保持器2Aによるころ端面1aの案内面12aが通常よりも内径側に延び、または内径側に移る。したがって、ころ1の傾き角度が比較的大きくなるまで、ころ端面1aが案内面12aから内径側へ外れることなく支持される。案内突片12をポケット3の端部に設けるため、保持器2Aの幅に対するころ長さに拘わらず、案内突片12によるころ端面1aの外れ防止が行える。
保持器2Aの表面全体に下地メッキ層4を施し、この下地メッキ層4の表面に、前述のNi・PTFEメッキ層5を施している。この案内突片12の案内面12aにも、下地メッキ層4が施され、この案内面12aの下地メッキ層4の表面に、Ni・PTFEメッキ層5が施されているため、ころ端面1aの摩耗低減を図ることができる。
【0039】
図10に示す保持器付きころ50Cの保持器2Bは、この表面全体に下地メッキ層4であるニッケルメッキ層を施し、このニッケルメッキの表層にPTFE13を複合させたものである。本実施例によると、
図3のPTFEを均一に分散させるものより少ないPTFE量で前述の各実施形態のものと同等の効果を得ることが可能となる。このようにPTFE量を少なくできる分、製造コストの低減を図ることが可能となる。
【0040】
図11は、この発明の一実施形態に係る保持器付きころ軸受を示す。この保持器付きころ軸受は、前記いずれかの構成の保持器付きころ50(50A、50B、50C)と、前記複数のころ1が転接する軌道輪14とでなる。軌道輪14はこの例では外輪が適用される。保持器付きころ軸受は、前記外輪および内輪(または軸Sh)のいずれか一方、または両方を含む構成としても良い。
【0041】
図12の保持器付きころ50Dは、複数のころ1と、第1および第2の保持器2C、15とを有する。
図12(A)は軸線L1を含む平面で保持器付きころを切断して見た断面図である。
図12(B)は
図12(A)のA−A線断面図である。第1の保持器2Cは、
図1〜
図7と共に前述した第1の実施形態の保持器2と同様の構成とされている。第1の保持器2Cの表面全体に下地メッキ層4、Ni・PTFEメッキ層5が施されている。第2の保持器15は、平坦面からなるリング状のものであり、ころ1を保持するポケット15aが形成されている。この第2の保持器15の表面全体に下地メッキ層4、Ni・PTFEメッキ層5が施されている。この第2の保持器15は、第1の保持器2Cの鍔部6の内周面に径方向隙間を介して配置される。
【0042】
図13は、クランクシャフト用支持軸受等の要部断面図である。この軸受は、前記いずれかの保持器付きころ50(50A〜50D、「50等と称す」)を用いたエンジンのクランクシャフト16用支持軸受である。この例の装置は、互いに偏心運動するように併設される2つの保持器付きころ50等を有する。各保持器付きころ50等は、クランクシャフト16に設けられた隣合う2つの偏心軸部16a、16bの外周にそれぞれ配置され、2つの可動部材Kbをそれぞれ支持する。
図14は、保持器付きころを用いたエンジンのコンロッド大端用軸受の要部断面図である。この発明のいずれかの保持器付きころ50等が、クランクシャフト16用支持軸受16BR、16BRや、コンロッドCRとクランクシャフト16との連結部17の軸受、つまりコンロッド大端用軸受に適用される。
図15は、同保持器付きころを用いたトランスミッション用の支持軸受の要部断面図である。このトランスミッション18の例では、回転が順次伝達されるように2つの遊星歯車装置18A、18Bを設けた状態を示す。各遊星歯車装置18A(18B)において、支持軸Shに保持器付きころ50等を介して遊星歯車UGが設けられる。