特許第5653819号(P5653819)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5653819
(24)【登録日】2014年11月28日
(45)【発行日】2015年1月14日
(54)【発明の名称】動力工具
(51)【国際特許分類】
   F16H 15/52 20060101AFI20141218BHJP
   B25F 5/00 20060101ALI20141218BHJP
【FI】
   F16H15/52 B
   B25F5/00 G
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2011-78036(P2011-78036)
(22)【出願日】2011年3月31日
(65)【公開番号】特開2012-211657(P2012-211657A)
(43)【公開日】2012年11月1日
【審査請求日】2013年9月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000137292
【氏名又は名称】株式会社マキタ
(74)【代理人】
【識別番号】110000394
【氏名又は名称】特許業務法人岡田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松野 匡輔
【審査官】 広瀬 功次
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/024698(WO,A1)
【文献】 特開平09−236160(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 13/00−15/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トラクションドライブ式の無段変速機構を内装した動力工具であって、前記無段変速機構は、駆動モータにより回転する太陽ローラと、該太陽ローラが圧接された複数の遊星ローラと、該複数の遊星ローラをそれぞれ支軸部を介して回転自在な状態で周方向に支持するホルダと、前記複数の遊星ローラを内接させた変速リングを備えており、
前記ホルダに、該ホルダの周方向に隣接する2つの遊星ローラ間の空隙を埋めるための抵抗低減部を設け、該抵抗低減部と前記各遊星ローラとの間を非接触状態に保持しつつ前記ホルダの回転により動力伝達を行う構成とした動力工具。
【請求項2】
請求項1記載の動力工具であって、前記ホルダは、円板形のベース部の周面に前記各遊星ローラを支持した構成とされ、前記ベース部と前記変速リングとの間の空隙が前記抵抗低減部により埋められた動力工具。
【請求項3】
請求項1又は2記載の動力工具であって、前記抵抗低減部は、前記ホルダの回転方向後ろ側へ長く延びる羽根形状に形成した動力工具。
【請求項4】
請求項1又は2記載の動力工具であって、前記抵抗低減部は、前記ホルダの回転方向について前後両側の遊星ローラに対して対称形状に形成された動力工具。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載した動力工具であって、前記各遊星ローラと前記抵抗低減部との間に一定の隙間をあけた動力工具。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項に記載した動力工具であって、前記抵抗低減部を前記太陽ローラ側に張り出す状態に設けて、前記ホルダに該複数の抵抗低減部で囲われた空間部を設けた動力工具。
【請求項7】
請求項1〜6の何れか1項に記載した動力工具であって、前記抵抗低減部の周面に潤滑剤を掻き揚げるための掻き揚げ溝を設けた動力工具。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか1項に記載した動力工具であって、前記抵抗低減部が樹脂を素材として形成された動力工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば電動モータを駆動源として内装するディスクグラインダやねじ締め工具あるいは孔明け用のドリル等の動力工具に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の動力工具では、一般に駆動モータの出力回転数を減速(変速)するための減速歯車列や出力方向を変換するための歯車列を備えている。
また、動力工具に限らず、駆動モータの変速機構としては、上記のような歯車列を用いるものの他に、減速比を無段階で変化させる無段変速機(CVT:Continuously Variable Trans-mission)が公知になっている。従来、この無段変速機として、いわゆるトラクションドライブ機構を利用したものが公知になっている。このトラクションドライブ式の無段変速機に関する技術が例えば下記の特許文献1〜3に開示されている。
このトラクションドライブ式の無段変速機は、ホルダに支持した複数の円錐形の遊星ローラに太陽ローラを圧接して、これにより得られる転がり接触を利用して遊星ローラを自転させながら出力軸回りに回転させて動力を伝達するとともに、各遊星ローラの円錐面に圧接した変速リングの圧接位置を小径側と大径側との間で変位させて圧接径を変化させることにより出力回転数を無段階で変速する構成となっている。
特許文献1には、係る無段変速機を内装したねじ締め工具が開示されている。このねじ締め工具では、ねじ締めビットに付加される負荷トルクの増大(ねじ締めの進行)に伴って変速リングを低速側に変位させることにより、出力モードを低速高トルク出力モードに無段階で変速することができ、これにより迅速かつ確実なねじ締め作業を楽に行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6-190740号公報
【特許文献2】特開2002-59370号公報
【特許文献3】特公平3-73411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記トラクションドライブ式の無段変速機構には次のような問題があった。この種の無段変速機構では、変速ケース内にトラクションオイルやトラクショングリス等の動力伝達用の潤滑剤が充てんされている。この潤滑剤は、単なる潤滑用や冷却用とは異なって、大きな伝達係数(トラクション係数)を得るため比較的粘度の高いものが用いられている。遊星ローラの公転及びホルダの回転により変速ケース内に充てんした潤滑剤が掻き揚げられて各遊星ローラに対する圧接部に給油されることにより動力が伝達される。
ところが、複数の遊星ローラは、ホルダの周囲に放射方向に突き出す状態に支持されている。このため、遊星ローラの公転によりこれらが潤滑剤を掻き揚げる際には、その粘度が比較的高いこともあって動力伝達系に撹拌抵抗となって負荷され、結果的に出力トルクの低下や駆動モータの負荷電流の増大を招く問題があった。
本発明は、トラクションオイル等の潤滑剤の撹拌抵抗を低減して、出力トルクの低下やモータ負荷電流の抑制を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題は、以下の各発明によって解決される。
第1の発明は、トラクションドライブ式の無段変速機構を内装した動力工具であって、無段変速機構は、駆動モータにより回転する太陽ローラと、太陽ローラが圧接された複数の遊星ローラと、複数の遊星ローラを放射方向に支持するホルダと、複数の遊星ローラを内接させた変速リングを備えており、ホルダに、ホルダの周方向に隣接する2つの遊星ローラ間の空隙を埋めるための抵抗低減部を設けた動力工具である。
第1の発明によれば、ホルダの周方向に隣接する2つの遊星ローラ間の空隙が抵抗低減部で埋められていることにより、当該各遊星ローラのホルダからの突き出し状態(凸凹)を少なくしてより円柱体形状に近いアッセンブリ状態とすることができ、これにより当該遊星ローラの公転時におけるトラクションオイル等の潤滑剤に対する掻き揚げ抵抗を低減することができ、ひいては駆動モータの負荷電流の抑制を図ることができる。
第2の発明は、第1の発明において、ホルダは、円板形のベース部の周面に各遊星ローラを支持した構成とされ、ベース部と変速リングとの間の空隙が前記抵抗低減部により埋められた動力工具である。
第2の発明によれば、複数の遊星ローラを備えたホルダを一つのアッセンブリとして当該ホルダの回転軸線方向から見ると、当該アッセンブリを円柱体形状に近い形状としてその回転方向の凸凹を小さくすることができ、これにより潤滑剤に対する掻き揚げ抵抗を低減することができる。
第3の発明は、第1又は第2の発明において、抵抗低減部は、ホルダの回転方向後ろ側へ長く延びる羽根形状に形成した動力工具である。
第3の発明によれば、潤滑剤に対する遊星ローラの掻き揚げ抵抗を低減しつつ、抵抗低減部により潤滑剤を効率よく掻き揚げることができる。
第4の発明は、第1又は第2の発明において、抵抗低減部は、ホルダの回転方向について前後両側の遊星ローラに対して対称形状に形成された動力工具である。
第4の発明によれば、ホルダの回転方向両側について、抵抗低減部に同様の掻き揚げ抵抗低減効果を得ることができる。
第5の発明は、第1〜第4の何れか一つの発明において、各遊星ローラと抵抗低減部との間に一定の隙間をあけた動力工具である。
第5の発明によれば、各遊星ローラに対する抵抗低減部の干渉が回避される。
第6の発明は、第1〜第5の何れか一つの発明において、抵抗低減部を太陽ローラ側に張り出す状態に設けて、ホルダに複数の抵抗低減部で囲われた空間部を設けた動力工具である。
第6の発明によれば、ホルダの回転及び遊星ローラの公転に伴う潤滑剤の放射方向へ飛散が抑制されることから、圧接部に対する給油が効率よくなされて確実な動力伝達を長期間にわたって行うことができるとともに、当該無段変速機構の耐久性を高めることができる。
第7の発明は、第1〜第6の何れか一つの発明において、抵抗低減部の周面に潤滑剤を掻き揚げるための掻き揚げ溝を設けた動力工具である。
第7の発明によれば、遊星ローラの潤滑剤に対する掻き揚げ抵抗を低減しつつ、当該潤滑剤が掻き揚げ溝によって効率よく掻き揚げられるので、当該無段変速機構の動力伝達を確実に行うとともに、その耐久性を高めることができる。
第8の発明は、第1〜第7の何れか一つの発明において、抵抗低減部が樹脂を素材として形成された動力工具である。
第8の発明によれば、遊星ローラの形状等に合わせて複雑な形状の抵抗低減部を容易に得ることができる。抵抗低減部は、樹脂製のベース部に一体に形成する構成とする他、アルミ鋳物等の金属製のベース部とは別に、樹脂を素材として成形したものをベース部に取り付ける構成とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】本発明の実施形態に係る動力工具としてのディスクグラインダの全体斜視図である。
図2】ディスクグラインダの内部構造を示す縦断面図である。
図3】変速部の拡大図である。
図4図2の(IV)-(IV)線断面矢視図であって、変速部の横断面図である。
図5図2の(V)-(V)線断面矢視図であって、変速制御部の横断面図である。
図6】ディスクグラインダの前部側の平面図である。本図では、変速制御部が図2の(VI)-(VI)線断面矢視図で示されている。
図7】操作部材の操作による無段変速機構の変速状態をグラフで示す図である。
図8】操作部材の操作による駆動モータの変速状態をグラフで示す図である。
図9】操作部材の操作によるスピンドルの変速状態をグラフで示す図である。
図10】ホルダ単体を後方から見た図である。
図11図10の(XI)-(XI)線断面図である。
図12】掻き揚げ溝を備えた別形態のホルダ単体の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
次に、本発明の実施形態を図1図12に基づいて説明する。以下説明する実施形態では、動力工具としてディスクグラインダ1を例示する。このディスクグラインダ1は、後ろ側から順に工具本体部2と変速部3とギヤヘッド部4を備えている。ギヤヘッド部4の下面から下方へ突き出されたスピンドル40に円形の砥石41が取り付けられている。砥石41の後ろ側半周の範囲は、研削粉飛散防止用の砥石カバー42が装備されている。
工具本体部2は、使用者が把持するハンドル部としての機能を有する円筒形状の本体ケース2a内に、駆動源としての駆動モータ10を内装した構成を備えている。この駆動モータ10の出力軸11には、モータ冷却用のファン12が取り付けられている。この冷却ファン12の回転により外気が工具本体部2の後部から吸気されて前側へ流れることにより当該駆動モータ10が冷却される。駆動モータ10の出力軸11は、軸受け11a,11bを介して本体ケース2aに回転可能に支持されている。
駆動モータ10の回転出力は、無段変速機構30とギヤヘッド部4を経てスピンドル40に伝達される。駆動モータ10の出力軸11の回転数は、変速部3によって変速される。変速部3は、工具本体部2の前部に結合した変速ケース3a内に、トラクションドライブ式の無段変速機構30とこれを作動するための変速制御部20を内装した構成を備えている。
無段変速機構30は、3点圧接式の無段変速機構で、駆動モータ10の出力軸11に取り付けた太陽ローラ32と、円錐形の周面(円錐面33b)を有する複数(本実施形態では3つ)の遊星ローラ33〜33と、各遊星ローラ33に圧接された推力ローラ34と、推力ローラ34に推力を発生させるための調圧カム機構35と、遊星ローラ33〜33を内接させた状態でその円錐面33bに圧接される変速リング36を備えている。
太陽ローラ32は、駆動モータ10の出力軸11の先端部に結合されて一体で回転する。この太陽ローラ32は、軸受け32aを介して変速ケース3aに回転可能に支持されている。この太陽ローラ32は、3つの遊星ローラ33〜33のそれぞれの首部に圧接されている。
太陽ローラ32に取り付けた軸受け32bを介して出力軸31の後部側が回転自在に支持されている。太陽ローラ32と出力軸31は、駆動モータ10の出力軸11と同軸に配置されている。出力軸31の前部側は、軸受け31bを介して変速ケース3aの前部に回転自在に支持されている。出力軸31の前部は、変速ケース3a内から突き出されて、ギヤヘッド部4内に進入している。この出力軸31の先端には、駆動側のかさ歯車43が取り付けられている。
3つの遊星ローラ33〜33は、ホルダ37の周方向3等分位置に設けた支持孔37eに挿入した支軸部33aを介してその軸線回りに回転自在に支持されている。各遊星ローラ33は、その回転軸線(支軸部33a)を直立位置(出力軸31に対して直交させた位置)から図示右側に一定角度傾斜させた向きに支持されている。
推力ローラ34は出力軸31に相対回転可能かつ軸方向に変位可能に支持されて、各遊星ローラ33の下面に圧接されている。推力ローラ34の後面に設けたボス部34aを介してホルダ37が回転自在に支持されている。この推力ローラ34の前面側に調圧カム機構35が備えられている。
【0008】
調圧カム機構35は、推力ローラ34の前面と押圧板38との間に複数の鋼球39〜39を挟み込んだ構成を備えている。各鋼球39は、推力ローラ34の前面と押圧板38の後面にそれぞれ設けた周方向に深さが変化するカム溝内に嵌り込んだ状態で挟み込まれている。また、推力ローラ34と押圧板38との間には圧縮ばね35aが介装されている。この圧縮ばね35aによって押圧板38は、出力軸31のフランジ部31aに圧接されて軸方向の移動が規制されている。さらに、押圧板38は、キー31cを介して出力軸31にキー結合されて回転について一体化されている。
このため、出力軸31に回転負荷(加工抵抗)等が作用すると、これが推力ローラ34と押圧板38との間に相対回転を発生させて各鋼球39をカム溝内の浅い側へ変位させるための外力として作用し、従って推力ローラ34に各遊星ローラ33に対する圧接力を増大させる方向の力として作用する。この外力と圧縮ばね35aの付勢力により推力ローラ34が各遊星ローラ33の下面に押し付けられ、その結果各遊星ローラ33の首部に太陽ローラ32が圧接され、また各遊星ローラ33の円錐面33bに変速リング36がそれぞれ同じ圧接力で圧接される。
この3点圧接状態で、駆動モータ10の起動に伴う太陽ローラ32の回転により各遊星ローラ33がその軸回りに自転すると、当該各遊星ローラ33の変速リング36に対する圧接状態を介して当該遊星ローラ33〜33が出力軸31回りに公転する。ホルダ37に支持された遊星ローラ33〜33が出力軸31回りに公転することにより、推力ローラ34が一体で回転する。推力ローラ34が回転すると、調圧カム機構35を介して出力軸31が一体で回転する。こうして、駆動モータ10が起動すると、その回転動力が3点圧接状態の無段変速機構30及びギヤヘッド部4の減速歯車列45を経てスピンドル40に伝達され、従って砥石41が回転する。
無段変速機構30の出力軸31には、ギヤヘッド部4の駆動側のかさ歯車43が取り付けられている。このかさ歯車43には、従動側のかさ歯車44が噛み合わされている。このかさ歯車44はスピンドル40に取り付けられている。このかさ歯車43,44の噛み合いによって減速比が一定に固定された減速歯車列45が構成されている。また、この減速歯車列45によってスピンドル40が、無段変速機構30の出力軸31(駆動モータ10の出力軸11)に対して直交する状態に配置されている。無段変速機構30の出力軸31は、駆動モータ10の出力軸11と同軸に配置されている。
ギヤヘッド部4の左側部には、工具本体部2を右手で把持した使用者が左手で把持するためのサイドグリップ46が側方へ突き出す状態に取り付けられている。
【0009】
スピンドル40及び砥石41が回転する動力伝達状態において、無段変速機構30の変速リング36が遊星ローラ33〜33の小径側に位置する状態では、当該無段変速機構30の減速比は小さくなってスピンドル40は高速回転する。変速リング36が遊星ローラ33〜33の大径側に変位すると、当該無段変速機構30の減速比が大きくなってスピンドル40は低速回転する。
変速部3は、この無段変速機構30を変速するための変速制御部20を備えている。この変速制御部20は、変速リング36の外周であって変速部3の上部に設けられている。この変速制御部20の詳細が図6に示されている。この変速制御部20は、変速モータ21と、変速モータ21の出力軸に取り付けた駆動プーリ22と、変速モータ21の出力軸に平行に配置した作動軸23と、作動軸23に取り付けた従動プーリ24と、駆動プーリ22と従動プーリ24との間に掛け渡した駆動ベルト25を備えている。変速モータ21が起動すると、駆動プーリ22と従動プーリ24との間の掛け渡した駆動ベルト25の移動により作動軸23がその軸回りに回転する。作動軸23にはねじ軸部23aが設けられている。作動軸23の周囲には作動スリーブ26が介装されている。この作動スリーブ26のねじ孔部26aに作動軸23のねじ軸部23aが噛み合わされている。ねじ孔部26aに対するねじ軸部23aの噛み合いを通じて作動軸23が軸回りに回転すると、作動スリーブ26が作動軸23の軸方向(図6において左右方向)に移動する。作動スリーブ26には、二股形状の作動アーム27が軸方向について一体に設けられている。この作動アーム27の二股部に変速リング36の上部が軸方向両側から挟まれた状態で係合されている。このため、作動軸23の回転により作動スリーブ26が図6において左右方向に移動すると、これと一体で変速リング36が3つの遊星ローラ33〜33を内接させた状態で低速側又は高速側に平行移動する。
このように無段変速機構30に併設した変速制御部20において、変速モータ21が高速側に起動すると作動軸23の回転により、変速リング36が遊星ローラ33〜33の高速側(小径側)に移動してその減速比が小さくなり、その結果スピンドル40及び砥石41は高速で回転する(回転数が大きくなる)。逆に、変速モータ21が低速側に起動すると作動軸23の逆転により、変速リング36が遊星ローラ33〜33の低速側(大径側)に移動してその減速比が大きくなる結果、スピンドル40及び砥石41の回転数は小さくなる(ゆっくり回転する)。
駆動モータ10及び変速モータ21の起動、停止及び回転方向等の各種動作制御は、図示省略したモータ制御部によりなされる。
【0010】
変速モータ21の起動、停止及び起動方向により変速リング36の位置を制御する変速制御部20は、操作部材13の操作状態に応じて切り換えられる。図1及び図2に示すように操作部材13は、工具本体部2の後部上面に設けられている。本実施形態では、操作部材13として、円盤形のダイヤルが用いられている。この操作部材13は、本体ケース2aに設けた窓部2bを経てその上部をはみ出す状態で、回転操作可能に設けられている。この操作部材13の周面には、五段階の表示「1」〜「5」が示されている。この一つの操作部材13を回転操作すると、その表示信号が上記モータ制御部に入力されて、駆動モータ10の回転数と、変速制御部20の変速モータ21の動作が切り換え操作される。図7には、操作部材13の操作に伴う無段変速機構30の減速比の変化が示され、図8には、操作部材13の操作に伴う駆動モータ10の回転数の変化が示され、図9には、操作部材13の操作に伴うスピンドル40の回転数の変化が示されている。
図7に示すように操作部材13を表示「1」〜「3」の領域内に回転操作すると、変速制御部20において変速モータ21が低速側に起動することにより変速リング36が遊星ローラ33〜33の大径側に位置され、これにより無段変速機構30の減速比が約0.2(低速側)に維持される。これに対して、操作部材13を表示「3」〜「5」の領域内に回転操作すると、その操作量に応じて変速モータ21が低速側に起動して変速リング36が図2及び図3に示すように遊星ローラ33〜33の小径側に移動する。このため、無段変速機構30の減速比が操作部材13の操作量に応じて無段階で高くなり、表示「5」では約1.0(高速側)に維持される。
【0011】
一方、図8に示すように操作部材13を表示「1」〜「3」の領域内で回転操作すると、その操作量に応じて駆動モータ10の出力回転数が無段階で変化する。操作部材13の操作位置が表示「1」では、駆動モータ10の出力回転数が最も低速に設定される。しかしながら、本実施形態では、表示「1」の出力回転数は、図8中破線で示す駆動モータ10の変速可能な領域の中速域に設定されて大きな出力トルクの低下(パワーダウン)を招くことがないように設定されている。操作部材13を表示「3」〜「5」の領域に回転操作すると、駆動モータ10の出力回転数は最大回転数に維持されて、当該駆動モータ10の出力トルクが最大(フルパワー)に維持される。
このように一つの操作部材13を表示「1」〜「5」に回転操作することにより、無段変速機構30の減速比が変化し、かつ駆動モータ10の出力回転数が変化し、双方が合算されてスピンドル40に出力される。これにより図9に示すように操作部材13の操作量に応じて、スピンドル40の回転数を大きな変速幅で無段階に変速することが可能になる一方、低速域においても駆動モータ10の出力回転数が極力高速側に維持されることからスピンドル40及び砥石41の回転トルク(加工力)を高く維持することができる。
このため、操作部材13を表示「1」〜「3」の領域内で回転操作した状態では、無段変速機構30が低速域内で操作量に応じた減速比に変速されるとともに、駆動モータ10の出力回転数が中速域以上で操作量に応じて変速され、これにより大きなパワーダウンを招くことなく、大きな減速比でスピンドル40及び砥石41を回転させることができる。このことから、砥石41を大きなトルクでゆっくり回転させながら例えば石材の研削加工等を行うことができ、これにより研削粉や研削水を周囲に飛び散らせることなく研削加工を効率よく迅速に行うことができる。
以上のことから、本実施形態の動力工具1は、無段変速機構30による変速と駆動モータ10の変速が合算されてスピンドル40に出力する構成であるので、当該動力工具1の変速幅を大きく設定することができる。しかも、スピンドル40の減速については無段変速機構30による減速を先行させて駆動モータ10の出力回転数を極力高速側に維持することにより低速域における大きなパワーダウンを回避し、無段変速機構30の変速により得られる低速域でさらに駆動モータ10の回転数を低下させることにより大きな減速比でスピンドル40をゆっくりと回転させることができる。逆に、スピンドル40の高速化については駆動モータ10による高速化を先行させて全変速幅におけるフルパワー領域が極力大きくなるよう双方のバランスがとられた制御がなされるようになっている。
【0012】
次に、トラクションドライブ式の無段変速機構30では、遊星ローラ33〜33に対する太陽ローラ32、推力ローラ34及び変速リング36の圧接部に、動力伝達用の油膜を形成するための潤滑剤(トラクションオイル若しくはトラクショングリス、以下単にトラクションオイルともいう。)が塗布(付着)される。トラクションオイルは、変速ケース3a内に適量充填されている。このトラクションオイル洩れを防止するために変速ケース3aの各部はシールされている。当該動力工具1の使用時には、変速ケース3aの底部にトラクションオイルが溜まっており、主として3つの遊星ローラ33〜33及びホルダ37によって上方へ掻き揚げられて各圧接部への塗布状態が維持されるようになっている。
このため、ホルダ37の回転時であって遊星ローラ33〜33の公転時(従って、動力伝達時であってスピンドル40の回転時)には、トラクションオイルの撹拌抵抗が発生する。トラクションオイルの撹拌抵抗は、遊星ローラ33〜33の公転抵抗ひいてはホルダ37の回転抵抗となって付加され、従って無段変速機構30の出力軸31に回転抵抗となって付加されるため、動力伝達系にトルクの損失が発生する。このため、トラクションオイルの撹拌抵抗は、スピンドル40の回転トルクの低下(パワーダウン)を招き、結果的に駆動モータ10の負荷電流の増大を招く。本実施形態では、トラクションオイルの撹拌抵抗を低減するための工夫がなされている。トラクションオイルの撹拌抵抗は、ホルダ37の周囲に放射方向に突き出す状態に支持された3つの遊星ローラ33〜33によるところが大きい。このため、本実施形態では、隣接する遊星ローラ33,33間の空隙を埋めるための抵抗低減部がホルダ37に設けられている。ホルダ37の詳細が図10及び図11に示されている。
【0013】
このホルダ37は、概ね円板形状のベース部37aを主体とするもので、その中心に出力軸31を挿通するための挿通孔37bが設けられている。このベース部37aの周囲3等分位置に、一つの遊星ローラ33を支持するための平坦なローラ支持座37dが設けられ、その中央に一つの支持孔37eが設けられている。各支持孔37eに、遊星ローラ33の支軸部33aを挿入して、当該各遊星ローラ33が支軸部33aの軸線回りに回転(自転)可能に支持されている。
一箇所のローラ支持座37dの両側に、各遊星ローラ33の自転を阻害しない範囲で抵抗低減部37c,37cがベース部37aの周縁から放射方向に盛り上がるように形成されている。各抵抗低減部37cは、遊星ローラ33の円錐面33bに対して僅かに小さな盛り上がり高さで、変速リング36の内周面に干渉しない範囲でベース部37aの周縁から放射方向外方へ盛り上がり形成されている。また、各抵抗低減部37cは、ローラ支持座37dの両側から放射方向外方に張り出し、さらに太陽ローラ32側に張り出す状態に設けられている。
各抵抗低減部37cの外周面は、変速リング36への干渉を避けるために多面体形状にカットされている。
このように、ホルダ37の周囲3等分位置に支持された遊星ローラ33〜33間の空隙が抵抗低減部37c〜37cによって埋められて、当該ホルダ37に3つの遊星ローラ33〜33を組み付けたアッセンブリ状態では、特にその周方向に凹凸(出っ張り)の少ない滑らかな円柱体形状に近い形状となって、その公転時におけるトラクションオイルの掻き揚げ抵抗が大幅に低減されるようになっている。トラクションオイルに対する掻き揚げ抵抗を大幅に低減することにより、スピンドル40の出力トルクの損失を低減することができ、ひいては駆動モータ10の負荷電流の増大を抑制することができる。
この掻き揚げ抵抗の低減構造によれば、比較的粘性抵抗の大きなトラクションオイル若しくはトラクショングリスに対して効果が大きく、さらに高速回転させる場合に大きな低減効果を得ることができる。
また、ホルダ37の周方向に隣接する2遊星ローラ33,33間の大きな空隙が抵抗低減部37cによって埋められており、各抵抗低減部37cと遊星ローラ33との間の隙間は相互に干渉しない程度に狭小化されている。このため、当該無段変速機構30に潤滑剤としてトラクショングリスを用いる場合には、各遊星ローラ33と抵抗低減部37cとの間の狭小スペースをグリス溜まりとして機能させることができ、これにより各圧接部の潤滑状態を長時間良好に維持することができる。
特に、各抵抗低減部37cは、太陽ローラ32側に張り出す状態に設けられている。このため、図11に示すようにベース部37aの駆動側(図において右側)に3箇所の抵抗低減部37c〜37cで囲われた空間部37gが形成され、この空間部37gを例えばグリス溜まりとして機能させることができる。この空間部37gをグリス溜まりとして機能させることにより、回転するホルダ37及び遊星ローラ33〜33からグリスが飛散することが抑制されることから良好な潤滑状態をより確実に維持することができる。
【0014】
ホルダ37には、さらに工夫を加えることができる。図10及び図11に示すホルダ37の各抵抗低減部37cの周面は滑らかな周面に形成されてトラクションオイルの掻き揚げ抵抗が極力小さくなるように形成されている。これに対して、図12に示すホルダ37の各抵抗低減部37cの周面には、複数の掻き揚げ溝37f〜37fが形成されている。
各抵抗低減部37cにおいて、掻き揚げ溝37f〜37fは、当該ホルダ37の回転軸線に対して傾斜する方向に沿ったスパイラル軌跡に沿って設けられている。この掻き揚げ溝37f〜37fによれば、ホルダ37の回転時(当該動力工具1の使用時)に前記掻き揚げ抵抗低減効果はやや低下するものの、ホルダ37の回転方向にほぼ沿って形成されることから、当該抵抗低減部37c〜37cを備えない従来のホルダに比して格段に掻き揚げ抵抗を低減しつつ、トラクションオイル若しくはトラクショングリスを掻き揚げ溝37f内に沿って案内することによりこれらを効率よく上方へ掻き揚げることができる。
また、動力工具1としてのディスクグラインダは、通常砥石41側を下側にした傾いた姿勢で用いられることが多い。この場合、潤滑剤は変速ケース3aの前側へ溜まりやすいが、回転するホルダ37の周面に設けられた掻き揚げ溝37f〜37fによって後方斜め上方に掻き揚げられることから、各遊星ローラ33に対してより潤滑剤がより均一に給油されるようになる。
【0015】
以上のように構成した本実施形態の動力工具1によれば、無段変速機構30において、ホルダ37の周方向に隣接する2つの遊星ローラ33,33間の空隙が、当該遊星ローラ33及び変速リング36に干渉しない範囲で抵抗低減部37cによって埋められていることにより、当該各遊星ローラ33のホルダ37(ベース部37a)からのはみ出し(凸凹)を実質的に少なくしてより滑らかな円柱体形状に近いアッセンブリ状態とすることができる。
このため、当該遊星ローラ33〜33の公転時におけるトラクションオイル等の潤滑剤に対する掻き揚げ抵抗を低減することができ、ひいては駆動モータ10の負荷電流の抑制を図ることができる。
また、潤滑剤として特にトラクショングリスを用いる場合には、各遊星ローラ33と抵抗低減部37cとの間の隙間若しくは空間部37gをグリス溜まりとして機能させることができることから、トラクショングリスの飛散が防止されて遊星ローラ33の周囲に効率よく保持され、これにより圧接部に対する給油が効率よくなされて確実な動力伝達を長期間にわたって行うことができるとともに、当該無段変速機構30の耐久性を高めることができる。
さらに、抵抗低減部37cの周面に掻き揚げ溝37f〜37fを設けておくことにより、遊星ローラ33の潤滑剤に対する掻き揚げ抵抗を低減しつつ、当該潤滑剤が掻き揚げ溝37f〜37fによって効率よく掻き揚げられるので、当該無段変速機構30の動力伝達を確実に行うとともに、その耐久性を高めることができる。
【0016】
以上説明した実施形態には種々変更を加えることができる。例えば、抵抗低減部37cについて、ホルダ37の回転方向後ろ側に長く延びる羽根形状部を設けて、当該ホルダにファンとしての機能を併せ持たせることにより、潤滑剤に対する遊星ローラ33〜33の掻き揚げ抵抗を低減しつつ、当該抵抗低減部の羽根形状部により潤滑剤を一層効率よく掻き揚げることができる。
また、図10又は図12に示す抵抗低減部37cでは、遊星ローラ33及び変速リング36に対する干渉を回避するために適宜表面をカット(欠落)等して、回転方向両側の遊星ローラ33,33に対して左右非対称とする構成を例示したが、回転方向両側の遊星ローラ33,33に対して左右対称の抵抗低減部を設けることにより、当該ホルダの回転方向両側について同等の掻き揚げ抵抗低減効果を得ることができる。
また、トラクションオイル若しくはトラクショングリスに対する掻き揚げ抵抗を低減するための抵抗低減部37c〜37cをベース部37aに一体に設けた構成を例示したが、別体で用意したものをホルダの周囲に取り付ける構成としてもよい。従って、抵抗低減部37cは、ホルダとは別の材料を素材として設けてもよく、例えば樹脂製の抵抗低減部をアルミ鋳物製のホルダに取り付けてその軽量化を図る構成とすることができる。また、樹脂製とすることにより複雑な形状の抵抗低減部を複数容易に得ることができ、より掻き揚げ抵抗を効率よく低減することができる。
また、動力工具1としてディスクグラインダを例示したが、ねじ締め機や孔明け用の電気ドリル等のその他の動力工具に適用することができ、さらに駆動源として電動モータに限らずエアモータを用いるエア工具についても同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0017】
1…動力工具(ディスクグラインダ)
2…工具本体部、2a…本体ケース、2b…窓部
3…変速部、3a…変速ケース
4…ギヤヘッド部
10…駆動モータ
11…駆動モータ10の出力軸、11a,11b…軸受け
12…冷却ファン
13…操作部材(操作ダイヤル)
20…変速制御部
21…変速モータ
22…駆動プーリ
23…作動軸、23a…ねじ軸部
24…従動プーリ
25…駆動ベルト
26…作動スリーブ、26a…ねじ孔部
27…作動アーム
30…無段変速機構(トラクションドライブ式)
31…出力軸、31a…フランジ部、31b…軸受け、31c…キー
32…太陽ローラ、32a,32b…軸受け
33…遊星ローラ、33a…支軸部、33b…円錐面(圧接面)
34…推力ローラ、34a…ボス部
35…調圧カム機構、35a…フランジ部
36…変速リング
37…ホルダ
37a…ベース部、37b…挿通孔、37c…抵抗低減部、37d…ローラ支持座
37e…支持孔、37f…掻き揚げ溝、37g…空間部
38…押圧板
39…鋼球
40…スピンドル
41…砥石
42…砥石カバー
43…駆動側かさ歯車
44…従動側かさ歯車
45…減速歯車列
46…サイドグリップ
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