【実施例】
【0034】
C.評価試験
図4および
図5は、セラミック組成物の機械特性、熱特性および耐久性に関する評価試験の結果を示す表である。試験者は、セラミック組成物として複数の試料を作製し、各試料について、結晶粒界におけるジルコニウム(Zr)元素の有無と、面積率A/(A+B)×100と、機械特性と、熱特性と、耐久性とを調べた。
【0035】
各試料の結晶粒界におけるZr元素の有無については、試験者は次の手順で調べた。
手順1.集束イオンビーム装置(FIB装置、Focused Ion Beam system)を用いて各試料の任意の部分から100nm四方の薄片を切り出し、その薄片における任意の表面をSTEMで観察し、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50を確認
手順2.
図2を用いて説明したように、各試料における第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50の各結晶粒界からそれぞれ5箇所ずつZr元素の濃度をEDSで測定することによって、結晶粒界におけるZr元素の有無を確認
【0036】
各試料の面積率A/(A+B)×100については、試験者は次の手順で調べた。
手順1.鏡面研磨を施した後にエッチングを施した各試料における任意の表面をSEMで観察し、その表面を1万倍に拡大して撮影した画像から任意の10μm四方の領域を5箇所ずつ選択
手順2.選択された領域において炭化タングステン結晶粒子20(A)および炭化タングステン結晶粒子20(B)が占める面積(A+B)と、選択された領域において炭化タングステン結晶粒子20(A)が占める面積Aとを、画像解析ソフトウェア(三谷商事株式会社製「WinRoof」)を用いて算出
手順3.面積Aを面積(A+B)で除算することによって面積率A/(A+B)×100を算出
【0037】
各試料の機械特性については、試験者は、各試料から試験片を作製し、試験片を用いて曲げ強度、破壊靱性および硬度を求めた。試験片の形状は、断面が長方形の角柱であり、その寸法は、全長40mm、幅4mm、厚さ3mmである。曲げ強度に関し、試験者は、日本工業規格JIS R 1601に準拠して外部支点間距離(スパン)30mmの条件で各試料の3点曲げ強さを求めた。破壊靱性に関し、試験者は、日本工業規格JIS R 1607に規定されているIF(Indentation Fracture)法に準拠して各試料の破壊靱性値(臨界応力拡大係数)K
ICを求めた。硬度に関し、試験者は、日本工業規格JIS R 1610に準拠して各試料のビッカース硬さを求めた。
【0038】
各試料の熱特性については、試験者は、熱膨張係数および熱伝導率を求めた。熱膨張係数に関し、試験者は、日本工業規格JIS R 1618に準拠して600℃における各試料の熱膨張係数を求めた。熱伝導率に関し、試験者は、日本工業規格JIS R 1611に準拠して室温における各試料の熱伝導率を求めた。
【0039】
各試料の耐久性については、試験者は、各試料から切削工具を作製し、その切削工具を用いて切削試験を行った後、切削工具における刃先の状態と摩耗量とを耐久性として評価した。各試料から作製される切削工具の形状は、日本工業規格JIS B 4120に準拠した呼び記号「RCGX120700T01020」によって特定される形状である。切削試験で切削される被削材は、インコネル718から成る鋳造品(「インコネル」は登録商標)であり、その形状は、外径250mmの穴あき円盤形状である。
【0040】
切削試験の条件は、次のとおりである。
・切削速度:240m/分、360m/分、480m/分
・パス回数:5パス
・1パスあたりの長さ:200mm
・切り込み量:1.0mm
・送り量:0.2mm/回転
・冷却水:あり
【0041】
刃先の状態についての評価基準は、次のとおりである。
「○(優)」:欠損なし、フレーキング(剥離)なし
「△(可)」:欠損なし、フレーキング(剥離)あり
「×(劣)」:欠損あり
【0042】
摩耗量についての評価基準は、次のとおりである。
「○(優)」:摩耗量が0.6mm未満
「△(可)」:摩耗量が0.6mm以上1.0mm未満
「×(劣)」:1.0mm以上
「−(無表記)」:刃先の欠損により摩耗量を評価できない
【0043】
C1.結晶粒界におけるZrの有無に関する評価
試料1は、55.0体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、5.0体積%のジルコニア粉末とを原料として、
図3の製造方法によって作製されたセラミック組成物である。試料1では、アルミナ粉末の平均粒径は約0.5μmであり、炭化タングステン粉末の平均粒径は約0.7μmであり、ジルコニア粉末の平均粒径は約0.7μmである。
図1および
図2に示す各画像は、試料1の構造を示す。試料1では、面積率A/(A+B)×100は9.0%であった。試料1では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にもZrが分布していた。
【0044】
試料SC1は、ジルコニア粉末の平均粒径が試料1の原料と比較して大きい約1.7μmである点と、予備粉砕(工程P110)を行わずに全ての原料を一度に混合および粉砕した点とを除き、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料SC1では、面積率A/(A+B)×100は10.5%であった。
【0045】
図6は、試料SC1における結晶粒界を示す説明図である。
図6の(A)欄には、試料SC1について、
図2と同様に、第1の結晶粒界40の画像と、第1の結晶粒界40の周辺におけるZr元素の濃度を測定したグラフとが図示されている。
図6の(A)欄におけるグラフの横軸は、第1の結晶粒界40を横切る直線上の位置B1,B2,B3に対応する。
図6の(B)欄には、試料SC1について、
図2と同様に、第2の結晶粒界50の画像と、第2の結晶粒界50の周辺におけるZr元素の濃度を測定したグラフとが図示されている。
図6の(B)欄におけるグラフの横軸は、第2の結晶粒界50を横切る直線上の位置B4,B5,B6に対応する。試料SC1では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にもZrが分布していなかった。
【0046】
試料SC2は、予備粉砕(工程P110)を行わずに全ての原料を一度に混合および粉砕した点を除き、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料SC2では、面積率A/(A+B)×100は、11.2%であった。
【0047】
図7は、試料SC2における結晶粒界を示す説明図である。
図7の(A)欄には、試料SC2について、
図2と同様に、第1の結晶粒界40の画像と、第1の結晶粒界40の周辺におけるZr元素の濃度を測定したグラフとが図示されている。
図7の(A)欄におけるグラフの横軸は、第1の結晶粒界40を横切る直線上の位置C1,C2,C3に対応する。
図7の(B)欄には、試料SC2について、
図2と同様に、第2の結晶粒界50の画像と、第2の結晶粒界50の周辺におけるZr元素の濃度を測定したグラフとが図示されている。
図7の(B)欄におけるグラフの横軸は、第2の結晶粒界50を横切る直線上の位置C4,C5,C6に対応する。試料SC2では、第1の結晶粒界40にはZrが分布していたが、第2の結晶粒界50にはZrが分布していなかった。
【0048】
図4の説明に戻り、試料1、試料SC1および試料SC2の機械特性に関し、試料1の曲げ強度は、試料SC1の曲げ強度の2倍以上であるとともに、試料SC2の曲げ強度の1.6倍以上であった。他の機械特性である破壊靱性および硬度に関し、各試料は同等であった。試料1、試料SC1および試料SC2の熱特性(熱膨張係数および熱伝導率)に関し、各試料は同等であった。
【0049】
試料1の切削試験では、いずれの切削速度においても、欠損やフレーキングが発生せず、摩耗量が0.6mm未満であった。これに対して、試料SC1,SC2の切削試験では、いずれの切削速度においても欠損が発生した。
【0050】
試料1、試料SC1および試料SC2に関する曲げ強度および切削試験の結果は、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50に分布するZrによって、各結晶粒界における結晶粒子間の結合力が向上したことに起因すると考えられる。
【0051】
試料1、試料SC1および試料SC2を比較することによって、原料であるジルコニア粉末の粒径が、第1の結晶粒界40におけるZrの有無に影響を与えることが分かる。原料であるジルコニア粉末の粒径が大き過ぎる場合、試料SC1のように第1の結晶粒界40にZrが分布しない。したがって、第1の結晶粒界40にZrを分布させるためには、原料であるジルコニア粉末の平均粒径は、他の原料である炭化タングステン粉末の平均粒径と同程度であることが好ましい。
【0052】
試料1、試料SC1および試料SC2を比較することによって、製造工程における予備粉砕(工程P110)が、第2の結晶粒界50におけるZrの有無に影響を与えることが分かる。予備粉砕(工程P110)を実施しない場合、試料SC1,SC2のように第2の結晶粒界50にZrが分布しない。したがって、第2の結晶粒界50にZrを分布させるためには、製造工程において予備粉砕(工程P110)を実施することが好ましい。予備粉砕(工程P110)によって、Zr元素の供給源であるジルコニアを微細にするとともに均質に分散させることができる。その結果、第2の結晶粒界50にZrを拡散および分布させることができる。
【0053】
C2.分散剤の添加量および面積率A/(A+B)×100に関する評価
図4に示す試料2〜6および試料SC3〜SC6は、製造時に添加される分散剤の添加量が異なる点を除き、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。分散剤の添加量は、2.0質量%の試料1に対して、試料SC3において最小の0.1質量%であり、試料6において最大の3.5質量%である。試料2〜6および試料SC3〜SC6では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にもZrが分布していた。
【0054】
図8は、分散剤の添加量とスラリの粘度との関係を示すグラフである。
図8のグラフでは、横軸は分散剤の添加量を示し、縦軸はスラリの粘度を示す。セラミック組成物の原料粉末を混合したスラリの粘度は、分散剤の添加に従って急激に低下する(状態S1)。その状態S1よりも更に分散剤の添加量を増やした場合、スラリの粘度は、緩やかに低下し最低値になる(状態S2)。その状態S2よりも更に分散剤の添加量を増やした場合、スラリの粘度は、分散剤の増量に伴って緩やかに増加する(状態S3)。
【0055】
図9は、分散剤の添加量に応じたスラリの状態を模式的に示す説明図である。
図9の紙面左側の画像は、
図8の状態S1のスラリを模式的に示す。
図9の紙面中央の画像は、
図8の状態S2のスラリを模式的に示す。
図9の紙面右側の画像は、
図8の状態S3のスラリを模式的に示す。
【0056】
状態S1のスラリでは、原料粉末に由来するいくつかの粒子150が凝集した状態で溶媒110中に分散する。状態S2のスラリでは、原料粉末に由来する個々の粒子150が分散剤によってほぼ分離した状態で溶媒110中に分散する。状態S3のスラリでは、分散剤によって個々に分離していたいくつかの粒子150が、分散剤同士の架橋によって再凝集した状態で溶媒110中に分散する。
【0057】
分散剤の添加量が0.1〜0.3質量%である試料SC3,SC4では、スラリは状態S1であった。分散剤の添加量が0.8〜1.0質量%である試料SC5,SC6では、スラリは状態S2であった。分散剤の添加量が1.5〜3.5質量%である試料1〜6では、スラリは状態S3であった。
【0058】
図10は、試料SC3における構造を示す説明図である。
図10の(A)欄に示す画像は、試料SC3の任意の表面を、
図1の画像と同様にSEMで観察した画像である。
図10の(B)欄に示す画像は、
図10の(A)欄に示す画像における結晶粒子を模式的に表現した画像である。
図10に示す試料SC3では、
図1に示す試料1よりも炭化タングステン結晶粒子20(A)の割合が少ない。
【0059】
図11は、試料4における構造を示す説明図である。
図11の(A)欄に示す画像は、試料4の任意の表面を、
図1の画像と同様にSEMで観察した画像である。
図11の(B)欄に示す画像は、
図11の(A)欄に示す画像における結晶粒子を模式的に表現した画像である。
図11に示す試料4では、
図1に示す試料1よりも炭化タングステン結晶粒子20(A)の割合が多い。
【0060】
面積率A/(A+B)×100が1.5〜50.0%である試料2〜6の切削試験では、試料1と同様に、いずれの切削速度においても、欠損やフレーキングが発生せず、摩耗量が0.6mm未満であった。これに対して、面積率A/(A+B)×100が1.5%未満である試料SC3,SC4の切削試験では、比較的に切削抵抗が大きい低速の切削試験(切削速度:240m/分および360m/分)において欠損が発生し、比較的に高速の切削試験(切削速度:480m/分)においてフレーキングが発生するとともに試料1〜6よりも摩耗量が増加した。この結果は、試料SC3,SC4では、面積率A/(A+B)×100が1.5%未満なので、アルミナの粒成長が進んでしまうこと、また、比較的に高い熱膨張率を有するアルミナやジルコニアに囲まれた炭化タングステン結晶粒子20(A)に発生する圧縮残留応力による結晶粒子の強化が不十分であることが、曲げ強度の不足に起因すると考えられる。
【0061】
また、面積率A/(A+B)×100が50.0%超過である試料SC5,SC6の切削試験では、比較的に高温になる高速の切削試験(切削速度:360m/分および480m/分)において欠損が発生し、比較的に低速の切削試験(切削速度:240m/分)においてフレーキングが発生するとともに試料1〜6よりも摩耗量が増加した。この結果は、試料SC5,SC6では、炭化タングステン結晶粒子20(B)同士が連結した熱伝導路による熱伝導性の向上が不十分であり、そのために熱伝導率が不足したことに起因すると考えられる。
【0062】
したがって、炭化タングステン結晶粒子20(A)の結晶粒子の強化と、炭化タングステン結晶粒子20(B)による熱伝導性の向上とを両立させる観点から、炭化タングステン結晶粒子20(A)の断面積Aと、炭化タングステン結晶粒子20(B)の断面積Bとの関係は、1.5≦A/(A+B)×100≦50.0を満たすことが好ましい。また、面積率A/(A+B)×100の調節を容易にする観点から、分散剤の添加量は、スラリが状態S2になる量よりも多いことが好ましい。
【0063】
C3.炭化タングステンの分量に関する評価
図5に示す試料7〜9および試料SC7〜SC9は、アルミナおよび炭化タングステンの分量が異なる点を除き、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。
図5に示す試料SC10は、原料であるアルミナ粉末および炭化タングステン粉末の分量が異なる点と、焼成温度が1800℃である点とを除き、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。炭化タングステンの分量は、40.0体積%の試料1に対して、試料SC7において最小の10.0体積%であり、試料SC10において最大の60.0体積%である。試料7〜9および試料SC7〜SC10では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にもZrが分布し、面積率A/(A+B)×100は3.9〜48.0%であった。
【0064】
炭化タングステンの分量が20.0〜50.0体積%である試料7〜9の切削試験では、試料1と同様に、いずれの切削速度においても、欠損やフレーキングが発生せず、摩耗量が0.6mm未満であった。これに対して、炭化タングステンの分量が20.0体積%未満である試料SC7,SC8の切削試験では、欠損またフレーキングが発生するとともに試料1,7〜9よりも摩耗量が増加した。この結果は、炭化タングステンの分量が不十分であり、そのために曲げ強度、硬度および熱伝導率が不足したことに起因すると考えられる。
【0065】
また、炭化タングステンの分量が50.0体積%超過である試料SC9,SC10では、機械特性および熱特性が比較的に高いにもかかわらず、その切削試験では、欠損またフレーキングが発生するとともに試料1,7〜9よりも摩耗量が増加した。この結果は、炭化タングステンの分量が過剰であるため、炭化タングステンが化学反応によって比較的に脆い物質(例えば、酸化タングステン(WO
3))に変質する影響を受けやすくなり、セラミック組成物全体の耐反応性が低下したことに起因すると考えられる。
【0066】
したがって、機械特性、熱特性および耐反応性を向上させる観点から、セラミック組成物において炭化タングステンが20.0体積%以上50.0体積%以下を占めることが好ましい。
【0067】
C4.ジルコニアの分量に関する評価
図5に示す試料10および試料SC11は、アルミナおよびジルコニアの分量が異なる点を除き、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。
図5に示す試料11,12および試料SC12,13は、原料であるアルミナ粉末およびジルコニア粉末の分量が異なる点と、焼成温度が1700℃である点とを除き、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。ジルコニアの分量は、5.0体積%の試料1に対して、試料SC11において最小の0.05体積%であり、試料SC13において最大の25.0体積%である。試料10〜12および試料SC12,SC13では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にもZrが分布し、面積率A/(A+B)×100は8.5〜12.2%であった。試料SC11では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にもZrが分布しておらず、面積率A/(A+B)×100は8.2%であった。
【0068】
ジルコニアの分量が0.1〜18.0体積%である試料10〜12の切削試験では、試料1と同様に、いずれの切削速度においても、欠損やフレーキングが発生せず、摩耗量が0.6mm未満であった。これに対して、ジルコニアの分量が0.1体積%未満である試料SC11の切削試験では、いずれの切削速度においても欠損が発生した。この結果は、ジルコニアの分量が不十分であるため、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にもZrを分布させることができなかったことに起因すると考えられる。
【0069】
また、ジルコニアの分量が18.5〜25.0体積%である試料SC12.SC13の切削試験では、欠損またフレーキングが発生するとともに試料1,10〜12よりも摩耗量が増加した。この結果は、ジルコニアの分量が過剰であり、そのために硬度および熱伝導率が不足するとともに熱膨張係数が増加したことに起因すると考えられる。
【0070】
C5.ウィスカ系セラミック組成物との比較
図5に示す試料SC14は、ウィスカ系セラミック組成物から成る市販の切削工具(日本特殊陶業株式会社製「WA1」)である。試料1の切削試験では、いずれの切削速度においても、欠損やフレーキングが発生せず、摩耗量が0.6mm未満であった。これに対して、試料SC14の切削試験では、比較的に高温になる高速の切削試験(切削速度:360m/分および480m/分)において欠損が発生し、比較的に低速の切削試験(切削速度:240m/分)においてフレーキングが発生するとともに試料1よりも摩耗量が増加した。試料1と試料SC14との比較から明らかなように、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50にZrを分布させることによって、アルミナ−炭化タングステン−ジルコニア系セラミック組成物の耐久性をウィスカ系セラミック組成物よりも向上させることができる。
【0071】
D.他の実施形態
本発明は、上述の実施形態や実施例、変形例に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例、変形例中の技術的特徴は、上述の課題の一部または全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部または全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【0072】
セラミック組成物の結晶粒界にジルコニウム(Zr)を効果的に分布させる手法は、上述の実施形態における予備粉砕(工程P110)に限らず、次の手法であってもよい。
・圧縮力および剪断力により粒子を複合化させる手法(例えば、ホソカワミクロン株式会社製ノビルタ(登録商標)を用いて粉体を処理する手法)
・ビーズミルを用いて粉体を処理する手法
・アルコキシド法で作製された超微粒子ジルコニアを用いる手法
これらの手法によっても、Zr元素の供給源であるジルコニアを微細にするとともに均質に分散させることができる。その結果、セラミック組成物の結晶粒界にZrを拡散および分布させることができる
【0073】
セラミック組成物の結晶粒界における結合力を向上させる元素は、上述の実施形態におけるジルコニウム(Zr)に限らず、次の元素であってもよい。
・周期表のIVa〜VIa族に属する遷移金属(タングステン(W)を除く)
・イットリウム(Y)
・スカンジウム(Sc)
・ランタノイド(原子番号57から71までのいずれかの元素、特にユウロピウム(Eu)およびイッテルビウム(Yb)が好ましい。)
【0074】
セラミック組成物の成分は、上述の実施形態におけるジルコニア(ZrO
2)に限らず、周期表のIVa〜VIa族に属する遷移金属の化合物(タングステン(W)を除く)、イットリウム化合物、スカンジウム化合物、ランタノイド化合物の少なくとも1つの化合物であってもよい。言い換えると、セラミック組成物は、アルミナ(Al
2O
3)と;炭化タングステン(WC)と;周期表のIVa〜VIa族に属する遷移金属の化合物(タングステン(W)を除く)、イットリウム化合物、スカンジウム化合物、ランタノイド化合物の少なくとも1つの化合物と;から主に成ってもよい。このセラミック組成物において、アルミナ(Al
2O
3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子とが隣接する界面である第1の結晶粒界と、2つのアルミナ(Al
2O
3)結晶粒子が隣接する界面である第2の結晶粒界とに、周期表のIVa〜VIa族に属する遷移金属(タングステン(W)を除く)、イットリウム(Y)、スカンジウム(Sc)、ランタノイドの少なくとも1つが分布してもよい(以下、第1の結晶粒界と第2の結晶粒界とに分布する元素を「添加成分」とも言い、これらの元素の化合物を「添加成分の化合物」とも言う)。この形態によれば、第1の結晶粒界と第2の結晶粒界とに分布する添加成分によって、各結晶粒界における結晶粒子間の結合力を向上させることができる。したがって、アルミナ−炭化タングステン系セラミック組成物の機械特性を向上させ、結果的に、その耐久性を向上させることができる。
【0075】
結晶粒界における結合力を向上させる添加成分の化合物を用いたセラミック組成物の断面において、他の炭化タングステン(WC)結晶粒子に隣接することなく、アルミナ(Al
2O
3)、周期表のIVa〜VIa族に属する遷移金属(タングステン(W)を除く)の化合物、イットリウム化合物、スカンジウム化合物、ランタノイド化合物の少なくとも1つの結晶粒子によって包囲された炭化タングステン(WC)結晶粒子の断面積Aと、他の炭化タングステン(WC)結晶粒子に隣接する炭化タングステン(WC)結晶粒子の断面積Bとの関係は、1.5≦A/(A+B)×100≦50.0を満たすことが好ましい。
【0076】
また、結晶粒界における結合力を向上させる添加成分の化合物を用いたセラミック組成物において、炭化タングステン(WC)が20.0体積%以上50.0体積%以下を占め、ジルコニウム化合物が0.1体積%以上18.0体積%以下を占め、アルミナ(Al
2O
3)が残部を占めることが好ましい。また、結晶粒界における結合力を向上させる添加成分の化合物を用いたセラミック組成物において、炭化タングステン(WC)が20.0体積%以上50.0体積%以下を占め、ジルコニウム化合物が0.1体積%以上18.0体積%以下を占め、周期表のIVa〜VIa族に属する遷移金属(ジルコニウム(Zr)およびタングステン(W)を除く)の化合物、イットリウム化合物、スカンジウム化合物、および、ランタノイド化合物が、0.1体積%以上1.0体積%以下を占め、アルミナ(Al
2O
3)が残部を占めることが好ましい。また、結晶粒界における結合力を向上させる添加成分の化合物を用いたセラミック組成物において、ジルコニウム化合物が実質的に含まれていない場合、炭化タングステン(WC)が20.0体積%以上50.0体積%以下を占め、周期表のIVa〜VIa族に属する遷移金属(ジルコニウム(Zr)およびタングステン(W)を除く)の化合物、イットリウム化合物、スカンジウム化合物、および、ランタノイド化合物が、0.1体積%以上1.0体積%以下を占め、アルミナ(Al
2O
3)が残部を占めることが好ましい。添加成分の化合物の含有量が1.0体積%を越える場合、添加成分が炭化タングステン(WC)に固溶することによって、セラミック組成物の特性を劣化させる。ここで、添加成分の化合物とは、添加成分の酸化物、添加成分の炭化物、添加成分の窒化物、添加成分の炭窒化物、または、これらの組み合わせを意味する。
【0077】
図12は、セラミック組成物の機械特性、熱特性および耐久性に関する評価試験の結果を示す表である。試験者は、セラミック組成物として複数の試料13,14,15,16,17,SC15,SC16を作製し、各試料について、
図4および
図5の評価試験と同様に、各種の特性を調べた。試料13は、
図4,5の試料1と同様であり、試料13の添加成分は、ジルコニア粉末である。
【0078】
試料14は、59.5体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、0.5体積%の酸化イットリウム(Y
2O
3)粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料14の添加成分の化合物は、酸化イットリウム(Y
2O
3)粉末である。試料14では、酸化イットリウム粉末の平均粒径は約0.8μmである。試料14では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてY元素が分布していた。試料14では、面積率A/(A+B)×100は10.1%であった。
【0079】
試料15は、添加成分の化合物が0.5体積%の酸化ニオブ(Nb
2O
5)粉末である点を除き、試料14と同様に作製されたセラミック組成物である。試料15では、酸化ニオブ粉末の平均粒径は約0.7μmである。試料15では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてNb元素が分布していた。試料15では、面積率A/(A+B)×100は9.2%であった。
【0080】
試料16は、添加成分の化合物が0.5体積%の酸化クロム(Cr
2O
3)粉末である点を除き、試料14と同様に作製されたセラミック組成物である。試料16では、酸化クロム粉末の平均粒径は約1.1μmである。試料16では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてCr元素が分布していた。試料16では、面積率A/(A+B)×100は11.1%であった。
【0081】
試料17は、添加成分の化合物が0.25体積%のジルコニア粉末および0.25体積%の酸化イットリウム粉末である点を除き、試料14と同様に作製されたセラミック組成物である。試料17では、ジルコニア粉末の平均粒径は約0.7μmであり、酸化イットリウム粉末の平均粒径は約0.7μmである。試料17では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてZr元素およびY元素が分布していた。試料17では、面積率A/(A+B)×100は10.6%であった。
【0082】
試料SC15は、添加成分の化合物が0.5体積%の酸化鉄(Fe
2O
3)粉末である点を除き、試料14と同様に作製されたセラミック組成物である。試料SC15では、酸化鉄粉末の平均粒径は約0.9μmである。試料SC15では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素であるFe元素が分布していなかった。この結果は、焼結時にFe元素が液相になって偏折すること、および、Fe元素が他の添加成分と反応して化合物を生成することなどに起因して、Fe元素が結晶界面に対して一様に拡散できないためであると考えられる。試料SC15では、面積率A/(A+B)×100は10.0%であった。
【0083】
試料SC16は、添加成分の化合物が0.5体積%の酸化カルシウム(CaO)粉末である点を除き、試料14と同様に作製されたセラミック組成物である。試料SC16では、酸化カルシウム粉末の平均粒径は約1.1μmである。試料SC16では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素であるCa元素が分布していなかった。この結果は、焼結時にCa元素が液相になって偏折すること、および、Ca元素が他の添加成分と反応して化合物を生成することなどに起因して、Ca元素が結晶界面に対して一様に拡散できないためであると考えられる。試料SC16では、面積率A/(A+B)×100は10.0%であった。
【0084】
試料14〜17では、試料13と同様に、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも各添加成分元素が分布しており、試料14〜17の基本特性(曲げ強度、破壊靱性など)は、試料13と同等であった。そのため、試料14〜17の各切削試験の結果は、試料13と同様に良好であった。
【0085】
これに対して、試料SC15,SC16では、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも各添加成分元素が分布しておらず、試料SC15,SC16の曲げ強度は、試料13〜17と比較して3分の2以下であった。そのため、試料SC15,SC1の切削試験では、いずれの切削速度においても欠損が発生した。
【0086】
図12の評価試験の結果から、セラミック組成物の耐久性を向上させる観点から、第1の結晶粒界40と、第2の結晶粒界50とに、ジルコニウム(Zr)、周期表のIVa〜VIa族に属する遷移金属、イットリウム(Y)、スカンジウム(Sc)、ランタノイドの少なくとも1つが分布することが好ましい。
【0087】
図13は、セラミック組成物の機械特性、熱特性および耐久性に関する評価試験の結果を示す表である。試験者は、セラミック組成物として複数の試料A,B,C,D,E,F,G,H,I,Xを作製し、各試料について、
図4および
図5の評価試験と同様に、各種の特性を調べた。
【0088】
試料Aは、59.0体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、1.0体積%のジルコニア粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料Aの添加成分の化合物は、ジルコニア粉末である。試料Aでは、ジルコニア粉末の平均粒径は約0.7μmである。試料Aでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてZr元素が分布していた。試料Aでは、面積率A/(A+B)×100は8.6%であった。
【0089】
試料Bは、58.3体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、1.7体積%のジルコニア粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料Bの添加成分の化合物は、ジルコニア粉末である。試料Bでは、ジルコニア粉末の平均粒径は約0.7μmである。試料Bでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてZr元素が分布していた。試料Bでは、面積率A/(A+B)×100は8.6%であった。
【0090】
試料Cは、50.0体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、10.0体積%のジルコニア粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料Cの添加成分の化合物は、ジルコニア粉末である。試料Cでは、ジルコニア粉末の平均粒径は約0.7μmである。試料Cでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてZr元素が分布していた。試料Cでは、面積率A/(A+B)×100は9.3%であった。
【0091】
試料Dは、59.5体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、0.5体積%の炭化チタン(TiC)粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料Dの添加成分の化合物は、炭化チタン粉末である。試料Dでは、炭化チタン粉末の平均粒径は約0.8μmである。試料Dでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてチタン(Ti)元素が分布していた。試料Dでは、面積率A/(A+B)×100は10.3%であった。
【0092】
試料Eは、59.5体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、0.5体積%の炭化バナジウム(VC)粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料Eの添加成分の化合物は、炭化バナジウム粉末である。試料Eでは、炭化バナジウム粉末の平均粒径は約1.2μmである。試料Eでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてバナジウム(V)元素が分布していた。試料Eでは、面積率A/(A+B)×100は10.9%であった。
【0093】
試料Fは、59.5体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、0.5体積%の二炭化三クロム(Cr
3C
2)粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料Fの添加成分の化合物は、二炭化三クロム粉末である。試料Fでは、二炭化三クロム粉末の平均粒径は約1.0μmである。試料Fでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてクロム(Cr)元素が分布していた。試料Fでは、面積率A/(A+B)×100は12.0%であった。
【0094】
試料Gは、59.5体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、0.5体積%の炭化ジルコニウム(ZrC)粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料Gの添加成分の化合物は、炭化ジルコニウム粉末である。試料Gでは、炭化ジルコニウム粉末の平均粒径は約1.1μmである。試料Gでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてジルコニウム(Zr)元素が分布していた。試料Gでは、面積率A/(A+B)×100は10.5%であった。
【0095】
試料Hは、59.5体積%のアルミナ粉末と、40.0体積%の炭化タングステン粉末と、0.5体積%の炭化ニオブ(NbC)粉末とを原料として、試料1と同様に作製されたセラミック組成物である。試料Hの添加成分の化合物は、炭化ニオブ粉末である。試料Hでは、炭化ニオブ粉末の平均粒径は約1.0μmである。試料Hでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてニオブ(Nb)元素が分布していた。試料Hでは、面積率A/(A+B)×100は11.3%であった。
【0096】
試料Iは、添加成分の化合物が0.25体積%のジルコニア(ZrO
2)粉末および0.25体積%の炭化ジルコニウム(ZrC)粉末である点を除き、試料Hと同様に作製されたセラミック組成物である。試料Iでは、ジルコニア粉末の平均粒径は約0.7μmであり、炭化ジルコニウム粉末の平均粒径は約1.1μmである。試料Iでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてジルコニウム(Zr)元素が分布していた。試料Iでは、面積率A/(A+B)×100は9.9%であった。
【0097】
試料Xは、添加成分の化合物が0.5体積%の酸化マグネシウム(MgO)粉末である点を除き、試料Hと同様に作製されたセラミック組成物である。試料Xでは、酸化マグネシウム粉末の平均粒径は約0.8μmである。試料Xでは、第1の結晶粒界40および第2の結晶粒界50のいずれの結晶界面にも添加成分元素としてマグネシウム(Mg)元素が分布していた。試料Xでは、面積率A/(A+B)×100は9.6%であった。
【0098】
試料A〜Iの各切削試験の結果は、いずれの切削速度においても良好であった。試料Xの切削試験では、いずれの切削速度においても欠損が発生した。
【0099】
試料1〜12および試料A,B,Cの評価結果によれば、耐欠損性を確保する観点から、添加成分であるジルコニア(ZrO
2)は、1.0体積%以上15.0体積%以下がさらに好ましく、1.7体積%以上10.0体積%以下がいっそう好ましい。
【0100】
セラミック組成物におけるジルコニア結晶粒子30の少なくとも一部は、ジルコニア(ZrO
2)が炭化によって変質した炭化ジルコニウム(ZrC)であってもよいし、ZrO
2とZrCとの固溶体であってもよい。すなわち、セラミック組成物は、アルミナ(Al
2O
3)と、炭化タングステン(WC)と、ジルコニウム化合物(例えば、ZrO
2、ZrCなどの少なくとも1つ)とから主に成ってもよい。