【実施例】
【0041】
実施例1 ウサギ滑膜由来間葉幹細胞の分離
[0056] 本実施例は、ウサギから滑膜由来間葉幹細胞を採取するための方法を示すものである。
【0042】
[0057] 平均3.2 kg(2.8〜3.6 kg)の骨格的に成熟した日本白色家兎を研究に用いた。動物実験は東京医科歯科大学動物実験委員会のガイドラインに厳密にしたがって、行なった。25 mg/kg塩酸ケタミン筋注と45 mg/kgペントバルビタールナトリウムの静脈内注射により誘導された麻酔下で、滑膜を採取した。
【0043】
[0058] 得られたウサギの滑膜はαMEM(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)中3 mg/mlコラゲナーゼD溶液(Roche Diagnostics, Mannheim, Germany)で、37℃で酵素処理された。3時間の酵素処理の後、処理細胞を70μmのナイロンフィルター(Becton Dickinson, Franklin Lakes, NJ, USA)を用いて濾過し、そして残存した細胞を廃棄した。
【0044】
[0059] 得られた有核細胞を完全培地中〔10%FBS(Invitrogen;骨髄由来間葉幹細胞が急速に増殖するように選択されたロット)、100 units/mlペニシリン(Invitrogen)、100μg/mlストレプトマイシン(Invitrogen)、および250 ng/mlアンホテリシンB(Invitrogen)を添加したαMEM〕にて5×10
4細胞/cm
2で60 cm
2培養ディッシュ(Nalge Nunc International, Rochester, NY, USA)中に播種し、そして加湿、5%CO
2、37℃条件下の細胞インキュベーター中で培養した。3,4日ごとに培地交換し、非接着細胞を取り除き、その後まき直しをすることなく初代として14日間培養した。細胞をトリプシン処理し、回収し、そして第1継代細胞として50細胞/cm
2で145 cm
2培養ディッシュに播種した(Sekiya, I., et al., 2002, Stem Cells. 20:530-41)。さらに14日間増殖させた後、回収した細胞を5%ジメチルスルホキシド(Wako, Osaka, Japan)および20%FBSを含むαMEM中1×10
6細胞/mlの濃度で再懸濁し、凍結保存した。一部(1 ml)をゆっくりと凍結し、そして液体窒素中で凍結保存した(第2継代細胞)。細胞を増殖させるため、細胞の凍結バイアルを融解し、完全培養液を入れた145 cm
2培養用ディッシュに播種し、リカバリープレート中で37℃、5%CO
2、加湿条件下で4日間培養した。
【0045】
[0060] 接着細胞を連続的に観察したところ、多角形細胞と紡錘形細胞の2種類の単一細胞由来コロニーが示された:大型で高密度のコロニーは、小型で紡錘形の細胞から構成され、小さくて低密度のコロニーは、大型で多角形の細胞から構成された(
図1)。細胞を示された日数に写真撮影した(バー:100μm)。紡錘形の細胞は、多角形の細胞よりもはるかに早く増殖し;その結果14日後には多数の紡錘形の細胞により構成されるに至った。
【0046】
実施例2 ヒト自己血清を用いたヒト滑膜由来間葉幹細胞の分離と特徴
[0061] 本実施例において、本発明者らはヒトの滑膜由来間葉幹細胞と骨髄由来間葉幹細胞を分離し、その特徴を明らかにした。
【0047】
(i) ヒト間葉幹細胞の分離とその増殖効果
[0062] 本研究は東京医科歯科大学の学内倫理委員会により承認され、全ての被験者の同意を得て行われた。ヒト滑膜と骨髄は8人の患者(27±5歳)から膝前十字靭帯(ACL)再建術の際に採取された。
【0048】
[0063] 脛骨由来の骨髄は再建靱帯を挿入するためにドリルで穴を開ける直前に18ゲージ針で吸引した。大腿骨内側顆の非軟骨領域を覆う内側関節包の内側から得られた滑膜下組織を伴う滑膜は、鋭匙鉗子を用いて関節鏡視下にて採取した。前十字靭帯(ACL)再建術1日前に、すべてのドナーから100 mlの全血を採取し、ヒト血清を分離した。骨髄由来の有核細胞は比重法(Ficoll-Paque; Amersham Biosciences)で分離した。
【0049】
[0064] 滑膜は、ハンクス平衡塩類溶液(HBSS; Invitrogen)中3 mg/mlコラゲナーゼD溶液(Roche Diagnostics)で、37℃にて酵素処理した。3時間後、処理細胞を70μmのナイロンフィルター(Beckton Dickinson)を通し、そして残存した組織は廃棄した。
【0050】
[0065] 滑膜由来の有核細胞を1×10
4細胞/cm
2で播種し、そして骨髄由来の有核細胞はコロニーを形成する細胞密度で直径10 cmディッシュに播種し、完全培地中で培養した。完全培地は、10%自己ヒト血清、または20%ウシ胎児血清(骨髄由来間葉幹細胞の急速な増殖に関して選択したロット)を含有する、α改変イーグル培地(αMEM)、100 units/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン、250 ng/mlアンホテリシンB(全てInvitrogen)であった。初代培養の段階で次の4つの群の細胞を調製した:1)ヒト自己血清とともに培養する滑膜間葉幹細胞、2)FBSとともに培養する滑膜間葉幹細胞、3)ヒト自己血清とともに培養する骨髄間葉幹細胞、4)FBSとともに培養する骨髄間葉幹細胞。培養開始14日後に、0.25%トリプシンと1 mM EDTA(エチレンジアミンテトラ酢酸;Invitrogen)添加して37℃、5分間反応させて、4群の細胞を回収し、血球計算盤を使用して細胞数を測定し、初代細胞の数を計測した。
【0051】
[0066] ヒト自己血清とともに培養した初代のヒト滑膜間葉幹細胞および骨髄間葉幹細胞の採取数を
図2Aに示した。221±113 mgの滑膜由来の有核細胞、または2±2 mlの骨髄液由来の有核細胞を播種し、14日間培養し、そして回収した。これらの組織は、10人のドナーから回収し、そして採取数を個々に示している。
【0052】
[0067] 増殖能を調べるために、上述の4グループのそれぞれから得た細胞を50細胞/cm
2で第1継代細胞として播種し、そして10%ヒト自己血清または20%FBSとともに14日間培養した。播種後14日後に細胞を回収し、細胞数を求めた。
【0053】
[0068] 第1継代の滑膜間葉幹細胞及び骨髄間葉幹細胞に対する、ヒト血清及びウシ胎児血清の増殖効果の比較を
図2Bに示す。10人のドナー由来の滑膜間葉幹細胞及び骨髄間葉幹細胞を50細胞/cm
2で播種し、ヒト自己血清またはFBSとともに14日間培養し、その結果の増殖率と標準偏差が示してある(ドナーについてn=3)。
【0054】
[0069]
図2は、ヒト滑膜由来間葉幹細胞はヒト自己血清を使用するほうが、ウシ胎児血清を使用するよりもよく増殖することを示している。反対に、骨髄由来間葉幹細胞はウシ胎児血清を使用するほうがヒト自己血清を使用するよりも、よく増殖することを示す。確かに、骨髄由来間葉幹細胞はヒト自己血清の存在下で増殖することができる;しかし、骨髄由来間葉幹細胞の増殖速度は細胞間での差が大きい。これらのデータを検討し、そしてヒト以外の動物由来の材料を使用することが好ましくないことを考慮すると、ヒト自己血清を用いて増殖させた滑膜由来間葉幹細胞を再生医療用の細胞として用いるのが望ましいことは明らかである。
【0055】
(ii)分化アッセイ
[0070] 間葉幹細胞は、間葉系組織由来の細胞として、そしてコロニー形成単位-線維芽細胞アッセイ(Friedenstein, A.J., 1976, Int Rev Cytol. 47:327-59)により一般的に特定される自己再生能と、多数の分化した子孫を生み出す多分化能(McKay, R., 1997, Science. 276:66-71;Prockop, D.J., 1997, Science. 276:71-4)を有するものと定義される。
【0056】
[0071] 細胞コロニー形成能を調べるために、第1継代の滑膜由来細胞を60 cm
2培養ディッシュあたり100個、6枚に播種し、14日間培養して、細胞コロニーを形成させた。3枚のディッシュはメタノール中0.5%のクリスタル・バイオレットで5分間染色した。細胞を蒸留水で2回洗浄し、そしてディッシュあたりのコロニー数を測定して、コロニー形成効率を評価した(
図3A)。直径2 mm以下で、わずかに染色されるコロニーは除外した。残りの3枚のディッシュからは、全細胞数を測定し、そして1コロニーあたりの細胞数を求めて、増殖活性を評価した(Sakaguchi et al., 2004, Blood. 104:2728-35)。
【0057】
[0072] より大きくて細胞が密集したコロニーは、紡錘形の細胞から構成されている(
図3B;バー:50μm)。第1継代の細胞のコロニー形成単位効率は60±5%(平均±SD、n=3)であり、1コロニーあたりの細胞数は6774±437細胞であった。
【0058】
[0073] 脂肪形成能に関して、60 cm
2ディッシュあたり100個の細胞を播種し、α-MEMに基づく完全培地中で14日間培養して、細胞コロニーを形成させた(上述の通り)。10
-7M デキサメタゾン(Sigma-Aldrich Corp. St. Louis, MO, USA)、0.5 mMイソブチルメチルキサンチン(Sigma-Aldrich Corp.)、そして50μMのインドメタシン(Wako, Tokyo, Japan)を添加した完全培地からなる脂肪形成培地に切り替え、そして細胞をさらに21日間培養した。脂肪形成培養物は、4%パラフォルムアルデヒドで固定し、新しいオイルレッド-O溶液で染色し、そしてオイルレッド-Oに陽性なコロニーを数えた。直径2 mm以下で、わずかに染色されるコロニーは除外した。脂肪形性培養物は、クリスタルバイオレットで染色後、全細胞コロニーを数えた(Sekiya, I, et al., 2004, J Bone Miner Res. 19:256-64)。赤色の脂肪細胞コロニーは赤色で示され(
図3C)、またオイルレッド-O陽性細胞の強拡大像を
図3Dに示す(バー:25μm)。
【0059】
[0074] 骨形成能に関して、150 cm
2ディッシュあたり100細胞を播種し、完全培地中で14日間培養した。次いで培地を、1×10
-9 M デキサメタゾン、20 mMβ-グリセロールホスフェート(Wako)、50μg/mlのアスコルベート-2-ホスフェート(Sigma-Aldrich Corp.)を添加した完全培地からなる骨分化培地に変え、そしてさらに21日間培養した。骨分化させた細胞は0.5%アリザリン・レッド溶液で染色し、アリザリン・レッド陽性コロニー数を数えた。その後、骨分化培養物をクリスタルバイオレットで染色し、全細胞コロニー数を数えた。直径2 mm以下、または黄色のコロニーは除外した(Sakaguchi et al., 2004, Blood. 104:2728-35)。骨分化したコロニーを赤色で示した(
図3E);アリザリン・レッド陽性細胞の強拡大像を
図3Fに示す(バー:250μm)。
【0060】
[0075] 脂肪形成させたオイルレッド-O陽性コロニーの割合は74±6%(n=3)、そしてアリザリン・レッド陽性コロニーの割合は79±6%であった(n=3)。
実施例3 滑膜由来間葉幹細胞の軟骨形成能
[0076] 本実施例は、ウサギ滑膜由来間葉幹細胞の体外での軟骨形成能を示すものである。
【0061】
[0077] ex vivoでの軟骨形性のため、25万個の細胞を15 mlのポリプロピレンチューブ(Becton Dickinson, Franklin Lakes, NJ, USA)に入れ、450 Gで10分間遠心した。ペレットを軟骨形成培地で培養した。軟骨形成培地は高グルコース入りダルベッコ改変イーグル培地(DMEM高グルコース;Invitrogen Corp, Carlsbad, CA, USA)に500 ng/ml BMP-2(骨形成因子-2;Yamanouchi Pharmaceutical, Tokyo, Japan)、10 ng/ml TGF-β3(トランスフォーミング増殖因子-β3;R&D Systems. Minneapolis, MN, USA)、100 nMデキサメタゾン(Sigma-Aldrich Corp. St. Louis, MO, USA)、50μg/mlアスコルベート-2-ホスフェート、40μg/mlプロリン、100μg/mlピルビン酸、1:100希釈ITS+Premix(BD Biosciences. Bedford, MA, USA;6.25μg/mlインスリン、6.25μg/mlトランスフェリン、6.25 ng/mlセレン酸、1.25 mg/mlウシ血清アルブミン、5.35 mg/mlリノレン酸)を添加したものである。顕微鏡的評価のために、ペレットをパラフィン包埋し、5μm切片に薄切し、トルイジンブルーで染色した。
【0062】
[0078] 第2継代の細胞を、αMEM中1×10
6 細胞/mlで再懸濁し、そして蛍光脂溶性トレーサー過塩素酸1,1’-ジオクタデシル-3,3,3’,3’-テトラメチルインドカルボシアニン(DiI;Molecular Probes, Eugene, OR, USA)をαMEM中5μl/mlで添加した。37℃にて5%加湿下CO
2で20分間インキュベートした後、細胞の一部を450 gで10分間遠心した。ペレットを軟骨形成培地中で培養した。蛍光顕微鏡用に、ペレットをパラフィンに包埋し、5μm厚の切片に薄切した。核はDAPIで対比染色した(Sekiya, I., et al., 2001, Biochem Biophys Res Commun. 284:411-8;Sekiya, I., et al., 2005, Cell Tissue Res. 320:269-76)。
【0063】
[0079] ペレットのマクロ像を、1 mmのスケールとともに示す(
図4A)。細胞ペレットは培養期間の経過とともに大きくなり、そして21日後に透明の球状となった(
図4A左)。DiIで標識した細胞ペレットも増大し球状となったが、全体的にはピンクがかった色となった(
図4A右)。
【0064】
[0080] DiIで標識しない細胞(
図4B)、DiIで標識した細胞(
図4C)の組織切片をトルイジンブルー染色した。組織学的解析により、軟骨基質の存在が示された(
図4B)。
[0081] DiIで標識しない細胞(
図4D)、DiIで標識した細胞(
図4E、
図4F)の蛍光顕微鏡による観察像を示す。核をDAPIで対比染色した(
図4F)。DiIの蛍光は細胞外基質に漏出することなく、少なくても21日間高度に保たれた(
図4E、
図4F)。
【0065】
[0082] DiIで標識しない細胞、およびDiIで標識した細胞ペレットの湿重量を示す(
図4G)。DiIで標識した細胞のペレットの重量は、対照細胞由来のものよりも軽かった(
図4G)。
【0066】
[0083] 本発明者らは、これまでペレットの重量は軟骨基質の産生を反映することを報告した(Sekiya, I., et al., 2002, Proc Natl Acad Sci U S A. 99:4397-402)。これらの結果から、ウサギ滑膜由来間葉幹細胞はDiIで標識した後も軟骨に分化する能力を維持するが、軟骨形成はいくらか抑制されることが示された。
【0067】
[0084] バーは、50μm(
図4B、
図4C);250μm(
図4D、
図4E);25μm(
図4F)を示す。データは平均±標準偏差で示される。非対応t-テストによりP<0.05(n=3)である。
実施例4 軟骨欠損を治療するための新たな低侵襲性手技の開発
[0085] 本実施例においては、軟骨欠損を治療するための新たな低侵襲性手技を提示する。
【0068】
[0086] 軟骨欠損を治療するための新たな低侵襲性手技のスキームを
図5に示す。
[0087] 間葉幹細胞は軟骨欠損部に対する接着能力が高い。間葉幹細胞を軟骨欠損部に留めておくために、軟骨欠損部を真上に向けるように体位を保持し、そして次いで、間葉幹細胞を上方に向いた軟骨欠損部に設置することができる。
【0069】
[0088] その後、間葉幹細胞の懸濁液により、またはコラーゲンゲルに包埋した間葉幹細胞により、軟骨欠損部を覆う。軟骨欠損部の表面に間葉幹細胞を10分間保持した後、操作を終了する。
【0070】
[0089] 本実施例においては、軟骨欠損部への間葉幹細胞の接着をより確実にするために、間葉幹細胞を伴う軟骨欠損部を骨膜によりさらに覆った。
実施例5 in vivoへの移植と組織学的解析
[0090] 本実施例において、本発明者らは滑膜由来間葉幹細胞の移植後に、軟骨欠損の肉眼的観察を行なった。
【0071】
[0091] 平均2.9 kg(2.6〜3.3 kgの範囲)の骨格的に成熟した日本白色家兎が実験に用いられた。動物の管理は東京医科歯科大学の動物実験委員会の指針に厳密に沿って行なわれた。
【0072】
[0092] 滑膜と全血は、25 mg/kgの塩酸ケタミン筋注と45 mg/kgのペントバルビタールナトリウムの静注により誘導された麻酔下で、採取された。ウサギ血清は、ヒト血清と同様の方法で、全血から分離された。
【0073】
[0093] 滑膜組織を左膝より採取し、HBSS中3 mg/mlのコラゲナーゼD溶液中で37℃にて酵素処理した。3時間後、処理細胞を、70μmのナイロンフィルターに通し、残りの組織を廃棄した。有核細胞を直径150 mmのディッシュ3枚に播種し、抗生物質および10%自家ウサギ血清、または20%ウシ胎児血清を添加したαMEM中で培養した。細胞を播種してから14日後に、0.25%トリプシンと1 mM EDTAを37℃にて5分間使用して細胞を間葉幹細胞として回収し、そして血球計算板を用いて細胞数を算出した。
【0074】
[0094] 細胞は、実施例3で記述した方法に従い、DiI標識した。DiIを使用して、以下に記載するように、動物実験で移植細胞を検出した。回収したDiI標識細胞を450 gで5分間遠心し、PBSで2回洗浄し、そして5×10
6個のDiI標識細胞を、20%ウシ胎児血清を添加したαMEM、50μlに再懸濁させた。次に、同量のコラーゲンゲル(アテロコラーゲン;3%の1型コラーゲン、Koken, Tokyo, Japan)と混合し、5×10
7細胞/mlの濃度で100μlのコラーゲンゲル-間葉幹細胞混合物中で包埋し、それを移植用に使用した。
【0075】
[0095] 手術は麻酔下で行なった。間葉幹細胞を軟骨欠損部に移植する詳細な方法は、実施例4で記述した。25 mg/kgの塩酸ケタミン筋注と45 mg/kgのペントバルビタールナトリウムの静注によりウサギを麻酔し、右膝関節を内側傍膝蓋アプローチで切開し、膝蓋骨を外側に移動させた。5 mm×5 mmの大きさ、深さ3 mmの全層骨軟骨欠損を大腿骨の膝蓋骨溝に作成し、そしてウサギは、「欠損群」「ゲル群」「FBS群」「自家血清群」の4群に分けた。
【0076】
[0096] 「欠損群」では、欠損部に対して何も処置をしなかった。「ゲル群」では、細胞を含有せず、20%ウシ胎児血清を含むα-MEMとコラーゲンゲルを等量含む混合物により欠損部を充填した。「FBS群」では、20%ウシ胎児血清を添加したα-MEM中で培養し、5×10
7細胞/mlの濃度でコラーゲンゲル中に均一に包埋したDiI染色した自家間葉幹細胞により欠損部に充填した。「自家血清群」では、10%自家血清を添加したαMEM中で培養し、5×10
7細胞/mlの濃度でコラーゲンゲルに均一に包埋したDiI染色した自家間葉幹細胞により欠損部を充填した。「FBS群」、「自家血清群」では、軟骨欠損部を骨膜でさらに覆った。術後、すべてのウサギをケージに戻し、運動、および飲食を自由にさせた。
【0077】
[0097] 動物は術後1日、4、8、12、24週後に、致死量のペントバルビタールナトリウムを用いて安楽死させた。サンプルをまず、色調、周囲組織との連続性、平滑さの観点から、肉眼的に観察した。変形性関節症性の関節の変化と滑膜炎の有無も調べた。その後、大腿骨遠位部を摘出し、写真撮影した。手術後1日、4、8、12、24週後の大腿骨顆部を
図6に示す。
【0078】
[0098] 1日後、「欠損群」では、軟骨欠損部が血餅で覆われていた。一方、「FBS群」と「自家血清群」では、軟骨欠損部が間葉幹細胞層で覆われていた。4週後、「欠損群」では軟骨欠損部の中央がわずかに白く見えた。一方、「FBS群」と「自家血清群」では、軟骨欠損部が移植した間葉幹細胞由来の軟骨基質で充填された。「FBS群」と「自家血清群」では、再生軟骨組織と隣接軟骨組織の連続性が、「欠損群」より良好であった。
【0079】
[0099] 「欠損群」では8週後、軟骨欠損が斑点状の白っぽい外観を呈し、12週では大きさが少し小さくなり、24週にはさらに小さくなった。しかしながら、欠損は依然として観察された。「ゲル群」では、骨膜と隣接軟骨とのあいだの境界が8週になるとさらに平滑になった。しかし、24週になっても骨膜はまだはっきりと観察された。「欠損群」と「ゲル群」のサンプルのなかには、滑車溝の辺縁に緩やかな骨棘形成が観察されるものがあった。「FBS群」と「自家血清群」では、8週で、骨膜で覆われた軟骨欠損は光沢を増し、平滑となり、隣接軟骨と同様となり、そして12週以降では、修復された組織の辺縁部は周囲の正常軟骨と連続した(
図6)。
【0080】
実施例6 組織学的検討と蛍光顕微鏡による観察
[0100] 本実施例において、本発明者は組織学的検討と蛍光顕微鏡による観察を行なった。
【0081】
[0101] 摘出された大腿骨遠位部は、4%パラフォルムアルデヒド溶液ですぐに固定した。標本は4%EDTA溶液で脱灰し、段階的エタノール系列で脱水し、パラフィンブロックに包埋した。各欠損部の中心を通る矢状切片(厚さ5μm)を観察し、そしてトルイジンブルー染色した。DiIの蛍光顕微鏡可視化のための専用の切片は、トルイジンブルーによる染色を行なわず、そして核をDAPIで対比染色した。
【0082】
[0102] 免疫組織学的検討を次のように行った。パラフィン包埋した切片をキシレンで脱パラフィン化し、段階的アルコールで脱水した。サンプルを、Tris-HCl中0.4 mg/mlのプロテイネースK(DAKO, Carpinteria, CA, USA)で、室温で15分抗原検索のために前処理した。残りの酵素活性をPBS中での洗浄で取り除き、10%正常ウマ血清を含有するPBSにより室温で20分間非特異的染色をブロックした。一次抗体(1型、及び2型コラーゲン;Daiichi Fine Chemical, Toyama, Japan)を切片上で、室温で1時間反応させた。PBSで十分に洗浄した後、ビオチン化した抗マウスIgGウマ抗体(Vector Laboratories, Burlingame, CA, USA)を二次抗体として切片上で、室温で30分反応させた。免疫染色はベクタステインABC試薬(Vector Laboratories)を使用し、その後DAB染色することにより検出した。マイヤーヘマトキシリンで、対比染色した。
【0083】
[0103] 本実施例において、本発明者らは、移植後1日、4、8、12、24週に組織学的データを回収した。結果として、移植後1日、4週、24週の組織学的データを示す。
(i) 移植後1日の組織学的解析
[0104] 移植後1日の組織学的解析を
図7に示す。軟骨欠損の矢状切片を、「欠損群」(
図7A上)、「ゲル群」(
図7A下)、および「FBS群」(
図7B上)において、トルイジンブルーで染色した。蛍光顕微鏡での「FBS群」の連続切片を
図7B下に示す。
【0084】
[0105] 1日後、「欠損群」では、欠損部が血餅で充填された(
図7A上)。「ゲル群」では、欠損部でコラーゲンゲルを骨膜で被覆し、ゲルと骨梁との間に血餅が観察された(
図7A下)。「FBS群」では、欠損が間葉幹細胞を含有するコラーゲンゲルで充填され、骨膜で覆われた(
図7B上)。DiI標識とDAPIでの核染色により、移植した間葉幹細胞が「FBS群」の欠損領域に存在することが確認された(
図7B下)。
【0085】
[0106]
図7B上の、トルイジンブルーで染色された四角で囲った領域の強拡像(
図7C左)と「FBS群」に関する蛍光顕微鏡下での像である(
図7C右)。
図7C右では核はDAPIで対比染色している。大腿骨遠位部は右側に位置している。バーは1 mm(
図7Aおよび
図7B);50μm(
図7C)を示す。
【0086】
(ii)移植後4週の組織学的解析
[0107] 移植後4週の「欠損群」(
図8A上)、「ゲル群」(
図8A下)の、トルイジンブルー染色した軟骨欠損部の矢状断像を示す。移植後4週には「欠損群」では、線維組織が部分的に欠損を充填した(
図8A上)。「ゲル群」では骨膜がまだ残存し(
図8A下)、少数の細胞を伴うコラーゲンゲルが認められる(データは未掲載)。軟骨細胞様細胞が欠損の周縁領域で部分的に認められるが(データは未掲載)、軟骨基質の産生量は乏しいように見えた。
【0087】
[0108]
図8B上の四角で囲ったトルイジンブルー染色した領域の強拡像(
図9左)と蛍光顕微鏡像(
図9右)を示す。核はDAPIで対比染色している(
図9右)。大腿骨遠位部は右に位置する。バーは1 mm(
図8);50μm(
図9Bおよび
図9D);25μm(
図9Aおよび
図9C)を示す。
【0088】
[0109] 「FBS群」では欠損のほとんどと骨膜は軟骨基質で満たされていた(
図9B上)。DiI陽性細胞の数は減少したが(
図9B下)、それらは軟骨細胞に分化した(
図9A)。骨膜の残りは薄くなり、残った骨膜の軟骨基質量(
図9B)は再生軟骨中央部(
図9A)よりも少なかった。残った骨膜内の細胞はDiI陰性であったが、残った骨膜に隣接する領域に存在する多くの軟骨細胞はDiI陽性であった(
図9B)。DiI陽性の肥大軟骨細胞は軟骨部(cartilage zone)の深層部で観察された(
図9C)。また、欠損の深層部は部分的に新しく形成された海綿骨で置換され、その骨を構成する細胞のなかにはDiI陽性細胞も観察された(
図9D)。対照的に、髄腔内の細胞はDiI陰性であった。
【0089】
(iii)移植後24週の組織学的解析
[0110] 移植後24週の、トルイジンブルー染色による軟骨欠損部の矢状断像を示す。「欠損群」(
図10A上)、「ゲル群」(
図10A下)、「FBS群」(
図10B上)。「FBS群」の連続切片を蛍光顕微鏡下で観察した(
図10B下)。
図10B上の四角で囲った領域の強拡像を
図10Cに示し、そこでトルイジンブルー染色した切片を
図10C左に示し、そしてその蛍光顕微鏡下で観察された切片を
図10C右に示す。
図10C右において、核はDAPIで対比染色されている。大腿骨遠位部は右に位置する。バーは1 mm(
図10Aおよび
図10B);50μm(
図10C)を示す。
【0090】
[0111] 24週で、「欠損群」と「ゲル群」において、軟骨欠損が治癒していなかった(
図10A)。「FBS群」では軟骨下骨がリモデリングされ、骨軟骨接合部が形成され、そして再生軟骨の厚さが正常軟骨とほぼ同様となった(
図10B)。正常軟骨と再生軟骨との連続性は改善し、近位側ではその境界が明瞭でなくなった。DiI陽性細胞は軟骨部(cartilage zone)において依然として観察される(
図10B右、
図10C)。
【0091】
実施例7 軟骨再生の組織学的スコア
[0012] 本実施例では、発明者らは軟骨再生の組織学的スコアを調べた。
[0113] 以前に記載された軟骨欠損の組織学的評価尺度(Wakitani et al., 1994, J Bone Joint Surg Am. 76:579-92)を用いて、盲検組織学的観察を、定量化した(表1)。
【0092】
【表1】
【0093】
[0114] 組織学的スコアは盲検組織学的観察により調べられた。完全なスコアは14点であり、より少ないスコアが改善したことを示す。平均±SD(n=3)で記載する(表2)。
【0094】
【表2】
【0095】
[0115] 8週の「ゲル群」および24週の「欠損群」を除き、各時期において「FBS群」のスコアは、「ゲル群」および「欠損群」よりも顕著に高いスコアを示した(
図11)。
実施例8 ヒトの軟骨再生に向けた滑膜間葉幹細胞を用いた新しい移植方法
[0116] 新規の薬剤や医療技術の開発にあたり、たとえ動物実験がよいデータを示したとしても、臨床研究がしばしば期待に沿わない結果や予期しない副作用を生じる。このことは、動物実験の結果が必ずしも臨床研究の結果と対応していないことを意味する。これは、細胞や組織の機能がヒトと他の動物との間で異なることによるものである。それゆえ、動物実験においてある仮説が真実だとしても、臨床応用のためにヒトにおいて、必ず確認する必要がある。
【0096】
[0117] それゆえ、本実施例では、軟骨損傷を治療するための、別のあらたな低侵襲性手技を提供する。本研究は東京医科歯科大学の学内倫理委員会で承認されたものであり、そしてすべてのヒト被検者には、患者本人の説明の上での同意を得た。
【0097】
[0118] 患者は25歳の男性であり、大腿骨内顆に軟骨欠損を生じている。滑膜採取1日前に、この患者から閉鎖式バッグシステム(JMS Co., Ltd, Hiroshima, Japan)中に100 mlの全血を採取した。この閉鎖式バッグシステムはガラスビーズが含まれる献血バッグからなる。バッグ内のこのガラスビーズは、30分間穏やかに振盪することにより、血小板を活性化剤として機能し、そしてフィブリンを除去する効果がある。血液バッグを7分間2000 Gで遠心後、血清を分離し、56℃で30分間非働化した後、-20℃で保存した。
【0098】
[0119] 腰椎麻酔下で、滑膜下組織を含む滑膜を内側関節包の内側から関節鏡下で鋭匙鉗子で採取した。
[0120] このようにして得られた滑膜(0.2 g)は、ハンクス平衡塩類溶液(HBSS; Invitrogen, Carlsbad, CA)中3 mg/mlのコラゲナーゼを含有する溶液中で37℃にて酵素処理した。3時間後に、酵素処理細胞を70μmのナイロンフィルター(Beckton Dickinson)に通した。有核細胞(1300万個)は150 cm
2のディッシュ25枚に播種し、そして完全培地〔α-改変イーグル培地(α-MEM;Invitrogen)、100 units/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン、250 ng/mlアンホテリシンB(Invitrogen)に10%自己ヒト血清を添加したもの〕中で14日間培養した。TrypLE(Invitrogen)を37℃にて15分間使用して細胞を回収し、血球計算板を使用して計数して、初代の細胞数を調べた。
【0099】
[0121] 自家滑膜間葉幹細胞は、採取してから14日後に、移植した。腰椎麻酔下で、関節鏡視下にて、軟骨欠損部を覆う線維組織を郭清した。その後、大腿骨顆部の軟骨欠損部を上方に向けた。還流液をすべて排出した。1 mlの乳酸リンゲル(Lactec, Otsuka Pharmaceutical Co., Tokyo, Japan)に4000万個の細胞を含む自家滑膜間葉幹細胞の懸濁液を1 mlの注射器を用いてゆっくりと注射することにより、軟骨欠損部を充填した。その後、体位を10分間保持した。
【0100】
[0122] 手術後1日後、膝の屈伸、および部分的体重付加運動(両松葉歩行)を開始した。患者は術後4週で松葉杖なしで歩行した。術後4日と2ヶ月時にMRI検査を行なった。
[0123] 4日時のMRI検査によると、大腿骨内顆の軟骨欠損が示され、一方2ヶ月時のMRI検査によると、軟骨欠損が軟骨様組織で充填されていた(
図12)。
【0101】
実施例9 ラット広範囲半月板切除モデルの外来性滑膜間葉幹細胞による半月板再生
[0124] 本実施例において、本発明者らは、滑膜間葉幹細胞を移植することによる半月板再生を検討した。すべての研究は東京医科歯科大学の動物実験委員会の承認後に行なわれた。
【0102】
[0125] オスのルシフェラーゼ/lacZダブルトランスジェニックラットに、ペントバルビタールナトリウム(25 mg/kg)を腹腔内投与して麻酔をかけた後に、膝関節から滑膜を採取した。滑膜組織を細切し、V型コラゲナーゼ(0.2%;Sigma, Lakewood, NJ)で37℃にて3時間酵素処理後、70μmのフィルター(Becton Dickinson, Franklin Lakes, NJ)を通した。滑膜由来の有核細胞を150 cm
2ディッシュあたり10
4個播種し完全培地〔αMEM、Invitrogen, Carlsbad, CA;20%FBS、ヒト間葉幹細胞の急速な増殖について選択されたロット、Invitrogen;100 units/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン、250 ng/mlアンホテリシンB、そして2 mM L-グルタミン、Invitrogen〕中で14日間、培養した。その後、0.25%トリプシンと0.02%EDTAにより処理した後に細胞を回収し、血球計算盤で細胞数を算定後、50細胞/cm
2の細胞密度で再び播種した。細胞を14日後に回収し、Cryo 1℃Freezing Container(Nalgene Nunc International, Rochester, NY)を使用し、1 mlの凍結用保存液に10
6細胞を第1継代細胞として加えて、-80℃で凍結保存した。凍結細胞は37℃のウォーターバス内で急速に解凍し、150 cm
2ディッシュに播種し、5日後に3〜4×10
6個の細胞を回収した。次いで、第2継代の細胞を10
4細胞/cm
2で播種し、14日間培養後、第3継代細胞をさらなる解析および移植用に使用した。
【0103】
[0126] ラット(Sprague-Dawleyラット、n=30)を使用し、麻酔した。その後、膝前面に直皮切を置き、内側側副靭帯とともに関節包の前内側部を膝関節面で横切し展開後、内側半月板前半分を切除した。
【0104】
[0127] 閉創直後、27ゲージ針を膝蓋靭帯内側、内側大腿顆、そして内側脛骨顆により形成される三角形の中心に大腿骨顆間腔に向けて刺入した。50μlのPBSに浮遊させた5×10
6個のルシフェラーゼ/lacZダブルポジティブの滑膜間葉幹細胞を右膝関節内に注射した。コントロールとして、同量のPBSを左膝に注射し、その後、膝の屈伸を5回繰り返し、10分間、仰臥位とした(
図13)。
【0105】
[0128] 局所接着群に対しては、切除半月板を下向きになるように膝を保持し(側臥位)、その体位を10分間保持した(
図13)。その後、ラットをケージ内で自由に歩かせた。
[0129] 注射したルシフェラーゼ/lacZダブルポジティブの滑膜間葉幹細胞を、In Vitro Imaging System(IVIS)とX-gal染色により検出した。再生半月板は肉眼的に評価された。
【0106】
[0130] 注射1日後に行ったIn Vitro Imaging Systemによると、注射したルシフェラーゼ/LacZダブルポジティブ滑膜間葉幹細胞は、関節内に注射する場合よりも局所接着術による場合の方が内側半月板切除部位に、効率よく集簇した(
図14)。
【0107】
[0131] 正常膝に注射された細胞よりも、半月板切除膝に注射された細胞の方が、より長く検出できた。重要なことに、注射したルシフェラーゼ/LacZダブルポジティブ滑膜間葉幹細胞は、注射した右膝以外の他の組織では検出されなかった。
【0108】
[0132] 滑膜間葉幹細胞は半月板再生を促進し、再生部位はLucZ陽性であったことから移植した間葉幹細胞があり、注射した細胞が直接半月板細胞に分化したことが示された(
図16)。
【0109】
[0133] 関節軟骨は硝子軟骨から構成され、半月板は線維軟骨から構成される。ヒトの関節軟骨はヒト滑膜幹細胞の移植により再生することができ、ラットの半月板はラット滑膜幹細胞の移植により再生することができることを、私たちは確認した。これらのことは、ヒトの滑膜幹細胞移植がヒトの半月板欠損の再生を促進することを、軟骨・半月板の研究者に必然的に予測させるものである。