(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
ラッカセイ(
Arachis hypogaea L.)は、一般的に様々な形質によってスパニッシュ、バレンシア、バージニア、サウスイーストランナーの4型に分類される。千葉県農林総合研究センター落花生試験地では、サウスイーストランナーをバージニアに含め、3型に分類している。日本国内では大粒品種であるバージニア型に属する品種の栽培が最も多く、食味も良好なため、煎豆、バターピーナッツ等に利用されている。
【0003】
我が国で、農林水産省農林認定品種のラッカセイは現在15品種(らっかせい農林1号〜15号)であるが、その他に、著名な国内栽培品種として「千葉半立」がある。現在国内で栽培されている主要品種は、ほぼ全てがバージニア型、もしくはバージニア型と他の型の交雑種であると言われている。
【0004】
品種改良としては、味の良さ、栽培のしやすさ、環境適合性を基本に、高機能性や形状特異性などの新たな形質を備えた品種など、生産者や消費者にとって、付加価値が高く魅力的な品種の育成が行われている。例えば、「ナカテユタカ」は、多収、良質品種の育成を目標として「関東8号」と「334A」を人工交配し、初期世代は集団育成を、F5(第5世代)で固体選抜が行われ、その系統育成を続けるとともに生産力が検定され、その後「関東42号」の地方番号が付され、関係各県に配布され地方適否が検討された後、「らっかせい農林8号」として登録され、「ナカテユタカ」と命名された。また、この「ナカテユタカ」品種の別系統「八系161号(R1621)」も優良品種として認められている。
別の例では、「ナカテユタカ」と「Jenkins Jumbo」が掛け合わされ育種された「らっかせい関東102号」は、「おおまさり」として登録申請されていたが、超大粒、良食味、多収であり優良品種として認められ、「らっかせい農林15号」として登録されている。
【0005】
これらの品種を確実に識別することは、生産者保護や遺伝資源の分類等の観点で非常に重要である。現在ラッカセイの品種は、分枝数、葉色、草姿、莢の大きさ、莢あたりの粒数、種皮色等の形態学的特徴により分類、識別されている。しかし、このような形態学的な判定には熟練を要するだけでなく、主に判定者の経験と主観に依存するため、いつどこで誰が実施しても同一の判定結果になるとは言い難い。ましてや、莢や子実の外観的特徴のみから品種を識別するのは、熟練者でも不可能である。
【0006】
上記のような現状から、明確で客観的かつ再現性の高いラッカセイ品種識別方法が求められている。今後、食品の原産地表示の確認や、国産ラッカセイ品種の保護を目的とした品種識別、種子検定等において、その必要性はさらに高まると考えられている。
【0007】
一方、植物の分類や品種識別方法の一つとして、DNAの塩基配列情報を利用する方法が知られている。生物のゲノムDNAにはマイクロサテライトと呼ばれる繰返し配列が散在しており、特定の塩基配列の繰返し数の違いに依存する遺伝子多型を比較的高頻度に有するため、DNAマーカー(マイクロサテライトマーカー)として様々な用途に用いられている。近年、このマイクロサテライトマーカーを植物の分類や品種識別に応用できることが見出され、例えば、イネ、ダイズ、モモ、ナシ、カンキツ等の農作物を含む各種植物の分類や品種識別方法が確立されつつある。原則として、同一個体であれば細胞の種類や発育段階に関わらずそのDNAの塩基配列は普遍的であるため、マイクロサテライトマーカーを利用したDNA解析は、明確で客観的な品種識別方法として有効である。
【0008】
ラッカセイについても、少数ながらマイクロサテライトの解析報告がある(非特許文献1〜5参照)。これらの報告では、南米産の複数のラッカセイ品種について遺伝子解析を行い、いくつかのマイクロサテライトを見出している。また、それらのうちの一部については、前記南米産品種の識別に用いられる可能性が示唆されている。
また、特許文献1には、前記南米産品種の識別に用いられるマイクロサテライトマーカーの中に、日本国産ラッカセイ品種の識別に用いられる可能性があることが示唆されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
一般に、ある植物にどのようなマイクロサテライトが存在するかを明らかにするためには、時間と労力を費やして網羅的な解析を行う必要がある。また、もし単にマイクロサテライトの存在が知られていたとしても、それが目的の品種識別に適切なマイクロサテライトマーカーとなり得るかどうかは全く不明であるので、各々のマイクロサテライトの多型と特定の品種との関係を詳細に解析し、特定の品種の識別や同定に用い得るか否かを判定するために、さらに多大な労力を要する。
【0012】
特にラッカセイについては、従来遺伝学的な解析や分類がほとんど行われておらず、報告されているマイクロサテライトが他の植物に比べて非常に少ないという問題があった。ラッカセイは異質4倍体であるため、ゲノムの部分的重複等を生じる可能性が高く、2倍体植物と比較してその解析が複雑になることもその理由の一つであると想定される。
【0013】
上記非特許文献1〜5では、南米産品種のマイクロサテライト解析は行っているものの、日本国産品種については全く検討していない。日本では、互いに近縁でありながら多品種のラッカセイが栽培されているという特徴があり、これらの品種は互いにゲノムDNAそのものやマイクロサテライトの塩基配列も類似していると想定されるため、遺伝子解析による品種識別が非常に難しいことが予想される。
一方で、本発明において、日本国産ラッカセイ品種において、品種間だけでなく系統間や個体間でもマイクロサテライトの遺伝子多型が多数生じていることが明らかになり、明確で簡便に該品種を識別するためには、系統間やその個体群の遺伝子多型を考慮しなければならないことも予想される。
【0014】
そのため、特許文献1では、前記南米産品種識別用のマイクロサテライトが主要日本国産品種の識別に使用可能なことが示唆されているが、1品種につき1系統の解析結果から各基準品種の遺伝子型を決定しているため、同一品種内の系統間において遺伝的ばらつきがあり、1品種あたりも複数の遺伝子型が存在する場合、品種を明確に識別できるかどうかは疑わしい。さらに、系統に含まれる個体間でも、品種を識別するにあたり複数の組み合わせがあることから、明確且つ簡便に識別することができないと考えられる。
また、非特許文献1〜5においても、多系統や個体差を考慮して、前記南米産品種識別用のマイクロサテライトとして決定されていない。
【0015】
さらに、前記文献において報告されているマイクロサテライトには2塩基の繰返しに基づく多型を有するものも多く、このような微差に基づく多数の類似した品種の識別は非常に困難になると考えられた。
【0016】
このような複数の知見から、ラッカセイの品種識別、特に日本国産品種の品種識別について、マイクロサテライトをマーカーとした品種識別が、明確且つ簡便に行えるか否かは不明であった。
上記のように、明確且つ簡便なラッカセイ品種識別方法、特に、国産品種の品種識別方法の確立は大きな課題となっていた。本発明は、これらの課題に鑑みてなされたものである。
【0017】
すなわち、本発明は、明確、客観的で簡便に判断可能で、かつ再現性の高いラッカセイ品種識別方法を提供するためになされたものである。さらに詳しくは、個体差は判別せず、日本国産ラッカセイ品種を簡便で確実に識別するための新規なマイクロサテライトマーカーと、該マイクロサテライトマーカーに基づく、簡便で確実な品種識別方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った。本発明者らは、ラッカセイの地上部(実生、子房柄および成葉)由来のEST(Expressed Sequence Tag)およびゲノムDNAから、マイクロサテライトを抽出し、それらを含む90〜300bpのPCR断片が得られるようにプライマーを設計した。多品種のラッカセイそれぞれについて、ゲノムDNAを鋳型として、設計したプライマーペアを用いてPCRを行い、増幅DNA断片をキャピラリー式電気泳動法をもちいて分離した。プライマーにはあらかじめ蛍光標識を施した。その結果、日本国産ラッカセイ品種の識別に有効な新規なマイクロサテライトマーカーを見いだした。そして、さらに検討を重ね、これらのマイクロサテライトマーカーのうち複数のものを特定の組み合わせで識別マーカーとして用いれば、数種の国産ラッカセイ主要品種を同時に簡便かつ確実に識別することができることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0019】
すなわち、本発明によれば、以下のものが提供される。
(1)配列番号1〜7で表される各塩基配列からなるマイクロサテライトマーカーからなる群より選んだ1つ以上のマイクロサテライトマーカーを用いて、1つ以上の日本国産ラッカセイ品種を識別することを特徴とする、ラッカセイ品種識別方法。
(2)前記日本国産ラッカセイ品種が、ダイチ、サヤカ、ユデラッカ、土の香、郷の香、ふくまさり、千葉半立、ナカテユタカ、Jenkins Jumbo、及びおおまさりからなる群から選んだ1つ以上のラッカセイ品種である、前記(1)の識別方法。
(3)配列番号1〜7のいずれか1つで表される塩基配列からなるポリヌクレオチド。
(4)配列番号1〜7のいずれか1つで表される塩基配列からなる、日本国産ラッカセイの品種識別用のマイクロサテライトマーカー。
(5)前記(4)のマイクロサテライトマーカーを増幅することのできる、日本国産ラッカセイの品種識別用のプライマー又はプライマーセット。
(6)前記(5)のプライマーを少なくとも含む、日本国産ラッカセイの品種識別用の試薬キット。
【発明の効果】
【0020】
本発明の新規なマイクロサテライトマーカーを用いたラッカセイ品種識別方法によれば、明確、客観的で、かつ再現性高く、簡便に品種識別を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を更に詳細に説明するが、以下の構成要件の説明は、本発明の実施態様の代表例であり、本発明はこれらの内容のみに特定されるものではない。
【0022】
1.本発明のラッカセイ品種識別方法
本発明のラッカセイ品種識別方法は、特定のマイクロサテライトマーカーを用いて、日本国産ラッカセイ品種を識別することを特徴としている。
【0023】
本発明により識別される日本国産ラッカセイ品種は、特に限定されるものではないが、例えば、ナカテユタカ(農林水産省農林認定品種認定番号:らっかせい農林8号)、ダイチ(らっかせい農林9号)、サヤカ(らっかせい農林10号)、ユデラッカ(らっかせい農林11号)、土の香(らっかせい農林12号)、郷の香(らっかせい農林13号)、ふくまさり(らっかせい農林14号)、千葉半立(未登録)、Jenkins Jumbo(未登録)、おおまさり(らっかせい農林15号)を挙げることができる。上記に記載の日本国産ラッカセイ品種で、国内作付面積の約90%を占める。これらの中で、千葉半立及びナカテユタカが最も主要な品種であり、これらの識別は日本国内において特に重要である。
【0024】
なお、ここで品種とは、重要な形質に係る特性の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ、かつ、その特性の全部を保持しつつ繁殖させることができる一つの植物体の集合を意味する。また、系統とは、親を共有する個体群であって、かつ、形質や遺伝的特性が共通する集団を意味し、品種として確立される前の育成段階のものを含む。
【0025】
本明細書において「ラッカセイの品種を識別する」という場合には、品種が不特定である1種もしくは複数のラッカセイを解析して、品種を特定することを意味する。例えば、1種又は多数の品種不特定の日本国産ラッカセイについて、それらがそれぞれ前記主要品種のいずれであるかを特定することが挙げられる。また、あるラッカセイが特定の品種であるか否かを判定することが挙げられる。さらに、該ラッカセイが前記主要品種であるかそれ以外であるかを特定することを含む。
【0026】
本発明の品種識別方法は、マイクロサテライトマーカーを用いることを特徴としている。マイクロサテライトとは、前記のとおり生物のゲノムDNAに散在する繰返し配列のことであるが、それらのうち、特定の塩基配列の繰返し数の違い(すなわち、長さの違い)に依存する多型を有するものが選択される。さらに、各マイクロサテライトが有する多型と目的の品種との関係を対応付け、それぞれの品種の識別に適したマイクロサテライト、すなわちマイクロサテライトマーカーが特定される。マイクロサテライトは多型のタイプによって塩基配列の長さが変化することが特徴であるため、適切なマーカーを選択すれば、その長さに基づいて品種を識別することができる。すなわち、一つもしくは複数の目的のマイクロサテライトの塩基配列の長さを解析して、それぞれのマイクロサテライトがどの多型のタイプに属しているかを判定することにより、品種識別を行うことができる。
【0027】
適切なマーカーとは、系統に含まれる個体群で共通で、品種間では異なる遺伝子多型のタイプに属していることを指標に選択することができる。系統間でも共通の遺伝子多型のタイプに属していることが望ましいが、異なる育成段階を経た品種などにおいては、異なる多型のタイプに属す場合がある。そのため、適切なマーカーとしては、上記に加え、系統間では2以下の異なる多型のタイプに属していることを指標に選択することができる。異なる育成段階を経た品種としては、ナカテユタカや千葉半立やJenkins Jumboを挙げることができる。
【0028】
マイクロサテライトは、例えば、GA、CTといった2〜数bp程度の特定の塩基配列の繰返し配列であって、それ自体は、(GA)
n、(CT)
nのように表記される(Gはグアニン、Aはアデニン、Cはシトシン、Tはチミンを表す)。nは2以上の整数であって、このnで表される反復数が品種もしくは系統によって異なることにより多型を生じる。マイクロサテライトはこのような単純な繰返し配列であるが、通常、マイクロサテライトの近傍(主にマイクロサテライトの両側に隣接)に位置する各マイクロサテライトを特定可能な配列(以下、これを「マイクロサテライト特異的配列」と称することがある)を利用して特定することができる。
【0029】
新規なマイクロサテライトの同定方法としては、日本国産ラッカセイ品種由来のmRNAから作製したマイクロサテライトマーカーライブラリー、あるいは、日本国産ラッカセイ品種由来のゲノムDNAから作製したマイクロサテライトマーカーライブラリーに含まれる各マイクロサテライトマーカーの塩基配列を同定し、遺伝子データベースGenBank等において公開されている各マイクロサテライトの配列を含むマイクロサテライトマーカーを除いて決定することができる。各マイクロサテライトの配列はこれを特定可能なマイクロサテライト特異的配列とともにマイクロサテライトマーカーとして使用できる。
【0030】
本明細書において「マイクロサテライト」という場合には、特定の塩基配列の繰返し配列部分を意味し、「マイクロサテライトマーカー」という場合には、マイクロサテライト及びマイクロサテライト特異的配列を含み、DNAマーカーとして利用可能な(特定可能な)配列を意味する。例えばPCR法(Polymerase Chain Reaction法)によって目的のマイクロサテライトを増幅しようとする場合、マイクロサテライトの繰返し配列自体は特異性がなく、特定のもののみを増幅することができないが、前記マイクロサテライト特異的配列に基づいてプライマーを設定することによりマイクロサテライトの増幅を行うことができる。すなわち、本明細書において「マイクロサテライトを増幅する」という場合には、前記のとおりマイクロサテライト特異的配列に基づいて設定されたプライマーを用いて増幅を行うことを意味するので、得られる増幅産物には一部マイクロサテライト以外の配列を含むことがある。「マイクロサテライトマーカーライブラリー」とは、種々のマイクロサテライトマーカーで構成される集団である。
【0031】
日本国内ラッカセイ品種を識別することができる新規なマイクロサテライトマーカーとしては、上記の適切なマーカーとしての選択基準を基に選択することができる。すなわち、新規日本国産ラッカセイ品種由来マイクロサテライトマーカーライブラリーより、識別対象の品種のマイクロサテライトマーカーが、それ以外の品種と異なる多型を有するマイクロサテライトマーカーを選択することができる。識別に使用するマイクロサテライトマーカーの数は、一つの品種を識別することができれば、いくつでも良い。
【0032】
本発明において用いられるマイクロサテライトマーカーとして、AHS0021(配列番号1)、AHS0039(配列番号2)、AHS0116(配列番号3)、AHS0740(配列番号4)、AHS1023(配列番号5)、AHS1250(配列番号6)、AhM013(配列番号7)からなる塩基配列が挙げられる。これらのマイクロサテライトマーカーは、後に述べる実施例にあるように、本発明において、日本国産ラッカセイ品種に存在すること、さらにそれらの品種識別方法に用い得ることが明らかになったものである。
【0033】
本発明では、AHS0021(配列番号1)、AHS0039(配列番号2)、AHS0116(配列番号3)、AHS0740(配列番号4)、AHS1023(配列番号5)、AHS1250(配列番号6)、AhM013(配列番号7)の7種類のマイクロサテライトマーカーの1つ以上を用いて、前記国産ラッカセイ主要品種の識別を行う。なお、本発明において「配列番号Xで表される塩基配列からなるマイクロサテライトマーカーを使用する」とは、配列番号Xで表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(特にDNA)を実際に使用する態様も含まれるが、主として、配列番号Xで表される塩基配列を「情報」として使用することを意味する。例えば、以下に詳述するとおり、配列番号Xで表される塩基配列情報から、配列番号Xで表される塩基配列またはその部分配列を増幅することのできるプライマーセットを設計することも、当該マイクロサテライトマーカーの使用に含まれる。
少なくともこれらのうち1つ以上を用いていれば、さらに別のマイクロサテライトマーカーを組み合わせて用いても良い。例えば、前記文献Guohao He, et al., BMC Plant Biology, 3, 3 (2003)において南米産ラッカセイ品種の識別に用い得る可能性が示唆されているマイクロサテライトマーカー等、海外品種においてマーカーとして確立されたものと組合わせれば、国産ラッカセイ主要品種と海外産品種とをさらに明確に識別することができる。また、SNPs(一塩基多型)、RAPD(random amplified polymorphic DNA)等の品種特定に有用であることが明らかな他のDNAマーカーがあれば、それらを組合わせて用いることもできる。ただし、原則として、より少ないマーカーを用いて品種が特定できることが望ましい。
【0034】
本発明の品種識別方法をマイクロサテライトマーカーの解析に基づいて行うにあたっては、通常には、まず、品種を特定すべきラッカセイのDNAを抽出し、これを試料として用いる。DNAの抽出は、DNAが取得できる限り、植物体のいかなる部位も対象とすることができるが、種子、葉、根、茎、幼植物(シードリング)等から行うことができる。中でも、種子から抽出することが好ましい。また、種子としては、収穫された種子のほか、加工品等も対象とすることができる。加工品としては、例えば、煎豆、茹豆等や、バターピーナッツ、菓子等の調理品が挙げられる。
【0035】
DNAの抽出方法としては、それ自体公知の通常用いられる方法を適用することができる。例えば、種子等を粉砕し、界面活性剤による可溶化や、除タンパク剤による除タンパク等の操作を行って、DNAを取得する方法等が挙げられる。油分を多く含む種子の場合には、さらに有機溶媒による脱脂工程を含んでもよい。葉の場合には、CTAB法(Cetyl trimethyl ammonium bromide法:Murray, G.C. and Thompson, W.F., Nucl.Acid Res., 8, 4321-4325 (1980))等が好ましく用いられる。さらに、市販のキット(例えば、「ISOPLANT」(日本ジーン社製)等)も任意に選択可能である。幼植物の場合には、組織が柔らかく阻害物質が少ないので、特殊な抽出法が不要であるという利点がある。加工品を用いる場合には、洗浄、脱脂等の工程を経て通常の抽出操作を行うことが好ましい。なお、種子から抽出を行う場合には、粗精製のDNAも使用可能である。
【0036】
このように、後述するマイクロサテライトマーカーの解析が可能なものであればいかなる部位から抽出されたDNAであってもよいが、例えば、引き続いてPCR法による増幅を行う場合には、PCR反応の阻害物質を含まない状態に調製しておくことが好ましい。例えば、ポリサッカライド、ポリフェノール等の阻害物質は除去しておくことが好ましい。特に葉から抽出を行う場合には、多量のポリフェノールが含まれていることが知られている。ポリフェノールの除去は、それ自体公知の方法により行うことができるが、例えば、PVPP(ポリビニルポリピロリドン)を添加する方法等が挙げられる(特開2005-168308号公報等)。
【0037】
DNA抽出量としては、次に行うマイクロサテライトマーカーの解析が可能な量が抽出されていればよい。PCR法に供する場合には、例えば、1反応あたり1ng以上である。
【0038】
抽出されたDNAを用いて、マイクロサテライトマーカーの解析を行う。マイクロサテライトマーカーの解析は、まず、抽出されたDNAを鋳型として目的のマイクロサテライトマーカーをPCR法によって増幅し、増幅されたDNA断片の長さ(以下、これを「増幅断片長」と称することがある)を解析することにより行うことができる。また、例えば、各マイクロサテライト特異的配列をプローブとし、抽出したDNAと反応させ、ハイブリダイゼーションにより生じるシグナルの強弱を検出することにより行うこともできる。本発明においては、PCR法を用いる方法が特に好ましく用いられる。
【0039】
マイクロサテライトマーカーのPCR法による増幅は、それ自体公知の通常用いられる方法に従って行われる。反応条件は、目的の塩基配列が増幅されるものであればいかなるものでもよい。
【0040】
増幅には、目的のマイクロサテライトマーカーに特異的な塩基配列を増幅可能なプライマーのセットを適宜選択して用いる。プライマーは、目的のマイクロサテライトを増幅可能なものであればいかなるものでも用い得るが、前記マイクロサテライト特異的配列に基づいて設定されることが好ましい。プライマーの配列には、一部マイクロサテライトの繰返し配列が含まれていてもよい。プライマーの長さは、例えば、10bp以上、好ましくは、18〜30bp程度の長さで設定され得る。このようなプライマーの例として、マーカーAHS0021の増幅には配列番号:8及び9に記載の塩基配列を有するプライマー、マーカーAHS0039の増幅には配列番号:10及11に記載の塩基配列を有するプライマー、マーカーAHS0116の増幅には配列番号:12及び13に記載の塩基配列を有するプライマー、マーカーAHS0740の増幅には配列番号:14及び15に記載の塩基配列を有するプライマー、マーカーAHS1023の増幅には配列番号:16及び17に記載の塩基配列を有するプライマー、マーカーAHS1250の増幅には配列番号:18及び19に記載の塩基配列を有するプライマー、マーカーAhM013の増幅には配列番号:20及び21に記載の塩基配列を有するプライマー等が挙げられる。配列偶数番号はフォワードプライマーであり、配列奇数番号はリバースプライマーである。また、これらのプライマーは、目的のDNA断片が増幅できれば、上記の塩基配列に変異や欠失や付加があっても良い。
【0041】
次に、増幅されたDNA断片の長さの解析を行う。増幅断片長の解析の方法としては、例えば、電気泳動法、シークエンス法(得られた増幅断片の塩基配列を解読する方法)、質量分析法(マススペクトル法)等が挙げられるが、電気泳動法が好ましく用いられる。電気泳動法としては、例えば、アガロースゲル電気泳動法、変性又は非変性アクリルアミドゲル電気泳動法、キャピラリー式電気泳動法等が挙げられる。本発明で用いるラッカセイのマイクロサテライトマーカーには、2あるいは3塩基繰返しの多型を有するものが多く含まれているため、2あるいは3塩基というごく短い長さの相違に基づいた移動度の微差を確実に検出することが必要である。このことから、本発明においては高分解能のキャピラリー式電気泳動法が特に好ましく用いられるが、シークエンス用の高分解能ゲル(アクリルアミドゲル)等を利用すれば、ゲル板式電気泳動法等でも行うことができる。ただし、泳動には十分に時間をかけ、増幅産物を確実に分離させることが重要である。
【0042】
ゲル板式電気泳動法を用いた場合には、電気泳動後のゲルを用いて、各試料由来の増幅断片長を解析する。解析方法としては、例えば、予め標識されたプライマーを用いてPCR法を行う標識法、エチジウムブロマイド法、銀染色法等が挙げられる。中でも、標識法が好ましく用いられ、標識物質としては、蛍光色素、放射性物質等が用いられる。特に好ましくは蛍光色素を用いる標識法であって、蛍光色素は公知のものの中から任意に選択することができる。該蛍光色素は、プライマーによって、異なる蛍光色素を組み合わせることもできる。標識法では、PCR法において用いるいずれかのプライマーの5’末端を蛍光色素により予め標識してから反応を行うことにより、得られる増幅産物に蛍光色素が導入される。このようなプライマーの合成は、公知の化学合成法等によって行うことができる。該プライマーを用いることにより、電気泳動後、増幅断片長を蛍光に基づいて解析することができる。キャピラリー式電気泳動法を用いる場合は、用いる装置に適した手法を適宜選択すればよいが、例えば、蛍光を用いる標識法等が好ましく用いられる。
【0043】
具体的には、キャピラリー式電気泳動法の場合には、例えば、Applied Biosystems(ABI)社製キャピラリー式電気泳動装置「3730 DNA Analyzer」及び解析ソフト「Gene Mapper」を組み合わせて用いること等により、電気泳動と増幅断片長の解析とを行うことができる。また、ゲル板式電気泳動法の場合には、例えばFMBIO(日立ソフトエンジニアリング社製)等の蛍光イメージアナライザーに電気泳動後のゲル板を供し、増幅産物を検出することができる。蛍光を用いる手法は、分離された増幅断片を非常に感度良く検出できることから、本発明の品種識別方法には特に好適である。
【0044】
かくして品種を特定すべきラッカセイから取得したDNAを用いてマイクロサテライトマーカーの解析を行い、得られた結果に基づいて品種識別を行うことができる。品種を特定すべきラッカセイのDNAのマイクロサテライトマーカーを含む部分の配列情報が入手可能な場合には、その配列情報に基づいてマイクロサテライトマーカーの解析を行ってもよい。また、品種を特定すべきラッカセイについてマイクロサテライトマーカーの解析結果が入手可能な場合には、その結果に基づいて品種識別を行うことができる。
【0045】
以下に、用いるマイクロサテライトマーカーとそれによって識別可能な品種の関係を表1に示す。また、各マーカーの増幅断片長のクラス(多型のタイプ)を、表2に示す。
【0048】
表2からは、例えば、マーカーAHS0021が、111あるいは113bpの2種類の長さの遺伝子多型を示すマイクロサテライトマーカーであることがわかる。ある品種不特定のラッカセイについてこのマーカーAHS0021の解析を行い、検出される増幅断片長が111bpであった場合には、そのラッカセイ品種のAHS0021における遺伝子多型はクラスBであると決定することができる。
【0049】
次に、表1に従うと、マーカーAHS0021における遺伝子多型がクラスBである品種はユデラッカのみであるので、このラッカセイがユデラッカであると特定することができる。
【0050】
なお、ここで、マイクロサテライトマーカーAHS1023については、千葉半立グループ1の系統ではクラスAであり、グループ2の系統ではクラスBであると決定することができる。また、該マイクロサテライトマーカーAHS1023については、ナカテユタカグループ1の系統ではクラスAであり、グループ2の系統ではクラスBであると決定することができる。該マイクロサテライトマーカーAHS1023は、千葉半立、ナカテユタカの、それぞれの系統を2つのグループに分けることができる。
【0051】
このようにして、10品種の国産ラッカセイ主要品種内では、表1に示すとおり、品種を識別することができる。具体的には、マイクロサテライトマーカーAHS0021又はAHS0740又はAHS1023を用いることにより、ユデラッカを識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0740及びAHS1250及びAhM013の組み合わせ、又はAHS0740及びAHS1023及びAHS1250の組み合わせ、又はAHS0039及びAHS0740及びAHS1250の組み合わせを用いることにより、ダイチを識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0740及びAhM013及びAHS1023の組み合わせ、又はAHS0740及びAhM013及びAHS1250の組み合わせを用いることにより、サヤカを識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0039及びAHS1023及びAHS1250の組み合わせ、又はAHS0740及びAHS1023及びAHS1250の組み合わせを用いることにより、土の香を識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0039及びAHS1250の組み合わせ、又はAHS0039及びAHS0740の組み合わせ、又はAHS0021及びAHS0039及びAHS0116の組み合わせを用いることにより、郷の香を識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0740及びAhM013の組み合わせ、又はAHS0740及びAHS1023の組み合わせ、又はAHS0039及びAHS0740の組み合わせ、又はAHS0039及びAHS0116の組み合わせ、又はAHS0021及びAHS0039及びAHS1250の組合せを用いることにより、ふくまさりを識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0740及びAHS1250の組み合わせ、又はAHS0116及びAHS0740及びAHS1250の組み合わせ、又はAHS0116及びAHS1250及びAhM013の組み合わせを用いることにより、千葉半立を識別することができる。さらに、マイクロサテライトマーカーAHS1023及びAhM013の組み合わせ、又はAHS1023及びAHS1250の組み合わせ、又はAHS0740及びAHS1023の組み合わせを用いることにより、千葉半立のグループ1の系統を識別することができる。さらに、マイクロサテライトマーカーAHS1023及びAHS1250の組み合わせを用いることにより、千葉半立のグループ2の系統を識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS1023及びAhM013の組み合わせ、又はAHS1023及びAHS1250の組み合わせ、又はAHS0740及びAHS1023の組み合わせを用いることにより、ナカテユタカのグループ1の系統を識別することができる。さらに、マイクロサテライトマーカーAHS1023及びAhM013の組み合わせを用いることにより、ナカテユタカのグループ2の系統を識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0116及びAHS0740及びAHS1250の組み合わせ、又はAHS0116及びAHS1250及びAhM013の組み合わせ、又はAHS0116及びAHS1023及びAHS1250の組み合わせを用いることにより、おおまさりを識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0039及びAHS0116の組み合わせを用いることにより、Jenkins Jumboを識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0039及びAHS0116及びAhM013の組み合わせを用いることにより、Jenkins Jumboのグループ1の系統を識別することができる。マイクロサテライトマーカーAHS0039及びAHS0116及びAhM013の組み合わせ、又はAHS0116及びAhM013の組み合わせ、又ははAHS1023及びAhM013の組み合わせ、又はAHS0740及びAHS1250及びAhM013の組合せを用いることにより、ナカテユタカのグループ1の系統を識別することができる。
【0052】
これらのマーカー又はその組み合わせを表3に示す。例えば、あるラッカセイが特定の品種であるか否かを判定するような場合には、この表に従って目的の品種に対応するマーカーの解析を行えばよい。なお、表3における記号「*」は、千葉半立−1と千葉半立−2、あるいは、Jenkins Jumbo−1とJenkins Jumbo−2を区別しないことを意味する。
【0054】
一方、主要10種全てを識別する場合や、未特定品種が10種のどれであるかを決定する場合等には、少なくとも前記6種類(AHS0039、 AHS0116、AHS0740、AHS1023、AHS1250、AhM013)のマーカーを適宜組み合わせて用いればよい。6種類のマーカーの組み合わせ方について、好ましい組み合わせ例を表4に示す。表4は、品種によっては表3に示したとおり複数のマーカーの組み合わせによって特定され得るが、それらの中でもマーカーの数、安定性、繰返し塩基数等の種々の要因に鑑み、前記日本国産ラッカセイ品種を識別するのに特に好ましいと考えられる組み合わせにグレーバックを付したものである。このような表に従って解析を行うと多数のラッカセイ品種の識別も簡便かつ確実に行うことができる。表4に記したように、ダイチは3通りの組合せ、サヤカは2通りの組合せ、ユデラッカは3通りの組合せ、土の香は2通りの組合せ、郷の香は2通りの組合せ、ふくまさりは4通りの組合せ、千葉半立−1は3通りの組合せ、千葉半立−2は1通りの組合せ、ナカテユタカ−1は3通りの組合せ、ナカテユタカ−2は1通りの組合せ、おおまさりは3通りの組合せ、Jenkins Jumbo−1は1通りの組合せ、Jenkins Jumbo−2は4通りの組合せがあり、適宜参照することができる。なお、千葉半立−1と千葉半立−2を区別しない場合には、千葉半立1&2として3通りの組合せ、Jenkins Jumbo−1とJenkins Jumbo−2を区別しない場合には、Jenkins Jumbo−1&2として1通りの組合せがある。また、さらに確実性を増すために、前記6種類(AHS0039、AHS0116、AHS0740、AHS1023、AHS1250、AhM013)に加えて、AHS0021を適宜組み合わせて用いても良い。
【0056】
2.試薬キット
本発明の試薬キットは、上記1.に詳述したラッカセイの品種識別方法に用いられるためのキットであって、目的のマイクロサテライトマーカーに特異的な塩基配列を増幅するための2種類のプライマーを少なくとも含むことを特徴とする。
【0057】
プライマーとしては、上記1.に記載のもの等が用いられる。キットとしては、これらのプライマーの他に、さらに標準品DNA、PCR反応試薬等を含んでいてもよい。標準品DNAとしては、例えば、特定の品種から得られたゲノムDNA、特定のマイクロサテライトマーカーを増幅したDNA断片、該増幅配列をクローニングしたプラスミドベクター等が挙げられる。また、プライマーは、セットで用いられる2種類のプライマーのうちいずれかのものの5’末端を予め蛍光色素等で標識したものも好ましく用いられる。
【0058】
かくして構成される試薬キットは、これを用いることにより日本国産ラッカセイ主要品種を簡便に識別することができるという大きな効果を有する。
【0059】
3.本発明の利用
本発明は、日本国産ラッカセイ主要品種を識別する方法を提供するものである。本発明で初めて同定された新規なマイクロサテライトマーカーにより、個体間での遺伝子多型を有さず、系統間においても多型が少ない、日本国産ラッカセイ主要品種の識別に有効なマイクロサテライトマーカーの存在が明らかとなり、識別方法が確立された。
【0060】
本発明の品種識別方法は、品種間あるいは系統間で認められるDNAの塩基配列の違いを利用しているため、従来の形態学的特徴で識別する方法とは異なり、極めて明確で客観的かつ再現性の高い方法であって、特殊な技術を習得することなく誰にでも簡易に行うことができる。
【0061】
加えて、検査対象として、根、葉、茎、種子など植物体のあらゆる部分を利用することができ、必要量も微量である。また、抽出されるDNAが激しく損傷していない限り分析は可能であるので、多くの加工品(バターピーナッツ、味付ピーナッツ等)にも適用することができる。
【0062】
また、ラッカセイやその加工品の流通段階における品種識別ばかりでなく、種子の純度検定、ある雑種種子の集団に対する雑種以外の種子の混入率の検査等にも利用できる。このことは、日本国産ラッカセイ品種の識別・同定において多大な貢献をし得るものである。
【実施例】
【0063】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
なお、下記の実施例において、「TE」は一般的なTE緩衝液(10mmol/L Tris-HCl(pH8.0)、1mmol/L EDTA)を示す。また、DNA操作等に関する一般的な技術については、特に記載のない限り、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 2nd ed.(Sambrook, J. et al., 1989)等に記載の公知の手法に従って行うことができる。
【0064】
《実施例1》
新規ラッカセイ品種識別マーカーのスクリーニング
(1)新規ラッカセイEST−マイクロサテライト座位ライブラリーの作製
本発明者らは、公知の方法に従ってラッカセイの地上部由来のESTからマイクロサテライトを抽出し、遺伝子配列を解析した。その情報を元に、それらを含む90〜300bpのPCR断片が得られるようにプライマーを設計した。下記に記載した基準品のDNA抽出に記載の手法を用いて抽出したラッカセイゲノムDNAを鋳型として、設計したプライマーペアを用いてPCRを行い、ラッカセイEST−マイクロサテライト座位ライブラリーを作製した。
【0065】
(2)ラッカセイ品種識別マーカーのスクリーニング
上記で作製したライブラリーをポリアクリルアミド電気泳動(分離限界は、約5bp)で分離し、そのパターンから、目視により、(3)に述べる基準品種8品種で増幅断片長が異なっていて、識別に有効であると予想されるマイクロサテライトとして、約100個を選抜した。
次に、上記の1次スクリーニングにて選抜された約100個のマイクロサテライトについて、増幅断片長の詳細な解析を実施する為、各品種8個体(千葉半立、郷の香は28個体、ナカテユタカは56個体)からそれぞれ抽出されたDNAを用いて、前記ポリアクリルアミドゲル電気泳動よりも分離能力がはるかに勝るキャピラリー式電気泳動(1bpの差も検出でき、断片長の測定も可能)を実施して2次スクリーニングを行い、63個のマイクロサテライトを選抜した。
【0066】
《実施例2》
新規ラッカセイ品種識別マーカーの決定
(1)基準品種
以下に対象とした基準品種の詳細について記載する。国産ラッカセイ基準品種としては、これまでに種苗法による品種登録が行われた6品種(ダイチ(らっかせい農林9号)、サヤカ(らっかせい農林10号)、ユデラッカ(らっかせい農林11号)、土の香(らっかせい農林12号)、郷の香(らっかせい農林13号)、ふくまさり(らっかせい農林14号))と、国内での作付けが多いナカテユタカ(らっかせい農林8号)と千葉半立(未登録)を加えた合計8品種である。これらの種子は、千葉県農林総合研究センター育種研究所が保有するものである。さらに、発明者らは、ラッカセイは同一品種内であっても系統間・個体間で遺伝的なばらつきが比較的高い頻度で存在することを明らかにした。そこで、その事実を考慮し、本発明においては、育種研究所で維持されているナカテユタカ(12系統)、郷の香(5系統)、千葉半立(5系統)の合計22系統からそれぞれ4粒ずつDNA抽出を実施し、試験することでラッカセイ品種識別マーカーの安定性を確認した。育種研究所で維持されている系統は、種子として配布され、一般市場に流通するものである。
【0067】
(2)基準品のDNAの抽出
前記基準品の種子を各8粒(育種研究所の22系統については各4粒)用意し、莢から取り出した種子を、各々70℃で3時間インキュベート後、室温に冷却し種皮を除いた。種皮には、後のPCR工程における酵素反応を阻害する多糖類が多く含まれているため、この時点で除去するのが望ましい。薄皮を取り除いた種子は個体ごとに粉砕し、15mL容量のチューブに入れ、抽出バッファー(10mmol/L Tris-HCl、10mmol/L EDTA-2Na、0.1% SDS、5mol/L NaCl 30mL/L)を3600μL、5mol/L塩酸グアニジン400μL、20mg/mLプロテイナーゼK 50μLを加えた。これをローテーターで撹拌しながら、55℃で3時間加温した後、3、000rpmで10分間遠心分離を行った。遠心分離後の上清各800μLを1.5mL容量のマイクロチューブに移し取り、マイクロチューブ遠心機を用いて15,000rpmで3分間遠心分離を行った。
分離後、2mL容量のマイクロチューブに上清各500μLを移し取り、市販の核酸精製キット(Wizard DNA Cleanupsystem:プロメガ社製)を用いてDNAの精製を行った。精製は、全てキットに収載のプロトコールに従って行い、個体ごとにDNA溶液を1.5mLマイクロチューブに得た。
【0068】
かくして得られた8品種の162のDNA溶液について、市販のDNA定量キット(Quant-iT PicoGreen dsDNA Assay Kit:Molecular Probes社製)を用いて濃度測定を行った。各品種のDNA溶液は、それぞれ2μLを分取してTE 98μLと混合し、計100μLを濃度測定用サンプルとして96穴マイクロプレートのウェルに分注した。サンプルのほかに、キットに添付のスタンダード溶液(2000、 200、 20、 2ng/mL)、及び、ブランク(TE)も各100μLを測定に供した。各ウェルにキットに添付の試薬PicoGreen ReagentをTEで200倍希釈したものを100μLずつ加え、撹拌後、室温で2〜5分間インキュベーションを行った。このプレートを蛍光プレートリーダーに供して測定を行い(Excitation 485nm、Emission 530nm)、スタンダード溶液の測定結果から得られた検量線を用いて、各DNA溶液の濃度を算出した。
【0069】
(3)PCR法による各マイクロサテライト座位に特異的な塩基配列の増幅
次に、上記(2)において得られた各品種のDNA溶液を用いて、国内品種において多型を示したEST由来のマイクロサテライトの解析を行った。
上記(2)において得られたDNA溶液は、TE(pH8.0)で5ng/μLの濃度になるよう調整し、これより1μをPCRの鋳型DNAとしてPCR反応に用いた。
PCR反応に用いるプライマーとしては、スクリーニング解析にて使用した配列を基本として、後述するキャピラリー式電気泳動、及び、蛍光イメージアナライザーによる解析のために、フォワードプライマーは予め5'末端を蛍光標識して用いた。蛍光標識プライマーとしては、VIC、PET、NED、およびFAMで標識されたものを外注し、リバースプライマーは、Tailed reverseプライマーとした(ABI社製)。
【0070】
PCR反応は、GeneAmp9600システム(Roche diagnostics社製)を使用し、20μLの反応液量で行った。反応液20μLは、1μLの鋳型DNA(10ng/μL)、0.75 unitsのAmpliTaq Gold(ABI社製)、0.2μmoleのdNTP、フォワードプライマーとリバースプライマーを各々0.625 pmoleを含むよう調製し、PCRバッファーにはAmpliTaq Goldに添付のものを用いた。PCR反応の条件は、95℃で10分の後、95℃で30秒、55℃で30秒、72℃で1分の反応を1サイクルとし、これを40サイクル繰返し、最後に72℃を3分とした。
PCR反応の結果得られた増幅産物を次工程に供して解析した。
【0071】
(4)キャピラリー式電気泳動法を用いた増幅断片長の解析
予め純水100μLを分注した96穴プレートに、上記(2)において得られたPCR増幅産物を2μLずつ加え、50倍希釈とした。Hi-di Formamide(ABI社製)に1/200量の分子量マーカー(500 LIZ Size Standard:ABI社製)を加えた。Hi-di Formamideを検出用96穴プレート(TCll Reaction Plate)に10μLずつ分注し、前記50倍希釈液を1μLずつ加え、蓋をした。混和後、遠心し、95℃で5分加温した後、直ちに氷中に置き10分間冷却した。前記プレートをキャピラリー式電気泳動装置「3730 DNA Analyzer」(ABI社製)にセットして、電気泳動を開始した。解析ソフト「GeneMapper」(ABI社製)を起動して、フラグメント解析機能を使って増幅断片のサイズ(長さ)を測定した。各マーカーごとに、8品種それぞれにおいてどのような増幅断片が得られたかを検出し、長さに基づいてアルファベットのAから順にタイプ分けした(表2)。
【0072】
(5)ラッカセイ品種識別マーカーの決定
上記手法により実施例1のスクリーニングで得られたマイクロサテライトの解析を順次進めた結果、6個のマイクロサテライト多型情報を適切に組み合わせることによって、主要8品種のうち6品種(サヤカとナカテユタカを除く)の識別を行えることがわかった。すなわち、これら6個のマイクロサテライトにおける多型のタイプの組合せが、前記6品種の間で全て異なる組合せとなることが見出されたものである。しかしながら、上記の、選抜された6種類のマイクロサテライトマーカーで識別できなかった2品種は、いずれも比較的栽培面積が多いため、これらを無視することはできない。よって、更なるDNAマーカーの探索が必要であった。
【0073】
そこで、実施例1で作製したライブラリーと異なる公知の手法で作製されたマイクロサテライト座位濃縮ライブラリーから、上記の識別できなかった2品種を識別可能なマイクロサテライトを選抜することを試みた。前記(2)で得られた8品種・162のDNAサンプルを用い、前記(3)、及び(4)の手順にしたがって、解析を実施した。その結果、そのうちのAhM013が、ナカテユタカとサヤカの識別に有効であることを見出した。
よって、ここで見出された7個のマイクロサテライトマーカーは、AHS0021、AHS0039、AHS0116、AHS0740、AHS1023、AHS1250、及びAhM013であった。なお、ここで選択された7個以外のマイクロサテライトは、前記8種には存在しないと考えられたもの(PCR反応によって増幅産物が得られない)、存在していても前記8種間で多型が見られないもの(各品種において増幅される増幅産物に差がない)、8種間で多型は見られても品種識別には有用でないもの(8種のうちいずれかのものの間では増幅産物の差が見られたものの、組み合わせても8種すべてを特定できない)等であった。
【0074】
(6)他ラッカセイ品種に対する識別マーカーの決定
次に、上記で基準品種とした以外のラッカセイ品種に対する識別マーカーの決定を試みた。対象品種は、種苗法が適用されている、おおまさり(らっかせい農林15号)、適用外であるが、国内での作付けが多いJenkins Jumbo(未登録)である。これらの種子は、千葉県農林総合研究センター育種研究所が保有するものである。識別マーカーの決定は、育種研究所で維持されているおおまさり(1系統)、Jenkins Jumbo(1系統)の合計2系統からそれぞれ8粒ずつDNA抽出を実施し、上記の手順に従って行った。
その結果、おおまさり及びJenkins Jumboも上記の決定された7個のマイクロサテライトマーカー(AHS0021、AHS0039、AHS0116、AHS0740、AHS1023、AHS1250、及びAhM013)によって、識別が可能であることがわかった。
ここで得られた結果を、前記10品種における各マーカーの多型の一覧表(表1)、及び、各マーカーにおける多型のタイプ(表2)にまとめた。これらの表を用いることにより、日本国産ラッカセイ主要品種の識別を簡便に行うことができる。
なお、育種研究所のサンプルの解析の結果、千葉半立及びナカテユタカで、AHS1023に関してそれぞれ2種類のタイプを含んでいること、及びJenkins Jumboで、AhM013に関して2種類のタイプを含んでいることが明らかになった。よって、10品種7マイクロサテライトマーカーで得られるタイプは、表1の通り、13タイプになった。
さらに、それぞれの品種を識別することができるマイクロサテライトマーカーの組合せを解析したところ、表3のようになった。さらに、10品種を一度に識別することができるマイクロサテライトマーカーを解析したところ、表4に示すように、AHS0039、AHS0116、AHS0740、AHS1023、AHS1250、AhM013の6種類のマイクロサテライトの組合せが使用できることがわかった。
【0075】
《実施例3》
蛍光イメージアナライザーを用いた増幅断片の解析によるラッカセイ品種識別マーカーの確認
上記実施例2においては、増幅断片の解析にキャピラリー式電気泳動装置と解析ソフトを用いた。そこで、得られた前記7個のマイクロサテライトマーカーについて、ゲル板式電気泳動法と蛍光イメージアナライザーによって電気泳動パターンを検出することにより増幅断片の解析を行い、いずれの方法によっても同じ結果が得られるかどうかを確認した。ゲル板式電気泳動法は、キャピラリー式電気泳動法に比較すると分解能や感度が低いことが知られているが、装置が安価で汎用性が高い点では有用である。
前記7個のマイクロサテライトマーカーには、増幅断片長の差が小さく判定が難しいと考えられる2bp繰返しのマイクロサテライトが複数含まれていたので、ゲルとしては分解能が高いシークエンスゲルを用いた。
【0076】
上記実施例1の(2)及び実施例2の(6)で調製した10品種・178個体のDNA溶液について、前記7個のマイクロサテライトマーカーに特異的な塩基配列を増幅するプライマーのセット(以下、フォワードプライマーを(F)、リバースプライマーを(R)で示す)を用いて、前記と同様にしてPCR法による増幅を行った。プライマーとしては、
マーカーAHS0021(配列番号1)の増幅にはAHS0021 (F)(配列番号8;配列番号1の168〜187)及びAHS0021 (R)(配列番号9;配列番号1の258〜277の相補配列)、
マーカーAHS0039(配列番号2)の増幅にはAHS0039 (F)(配列番号10;配列番号2の1〜22)及びAHS0039 (R)(配列番号11;配列番号2の158〜177の相補配列)、
マーカーAHS0116(配列番号3)の増幅にはAHS0116 (F)(配列番号12;配列番号3の388〜407)及びAHS0116 (R)(配列番号13;配列番号3の502〜521の相補配列)、
マーカーAHS0740(配列番号4)の増幅にはAHS0740 (F)(配列番号14;配列番号4の333〜352)及びAHS0740 (R)(配列番号15;配列番号4の588〜607の相補配列)、
マーカーAHS1023(配列番号5)の増幅にはAHS1023 (F)(配列番号16;配列番号5の14〜33)及びAHS1023 (R)(配列番号17;配列番号5の288〜307の相補配列)、
マーカーAHS1250(配列番号6)の増幅にはAHS1250 (F)(配列番号18;配列番号6の22〜41)及びAHS1250 (R)(配列番号19;配列番号6の287〜306の相補配列)、
マーカーAhM013(配列番号7)の増幅にはAhM013 (F)(配列番号20;配列番号7の4〜24)及びAhM013 (R)(配列番号21;配列番号7の167〜187の相補配列)
を用いた。各フォワードプライマーは、上記実施例2と同様に5'末端を蛍光標識したものを外注した。各マイクロサテライトマーカーと各プライマーセットを、まとめて表5に示す。
【0077】
【表5】
【0078】
PCR反応終了後、変性液(40% ホルムアミド、5.6mol/L Urea)と増幅産物(PCR反応終了液)とを4:1で混合し、95℃で10分間加熱処理後、各々5μLを電気泳動に供した。電気泳動は、十分な分離が達成されるように40cm長の変性ゲル(6%変性ポリアクリルアミドゲル:50% 尿素、アクリルアミド(モノマー:ビス=19:1))を用いて実施した。蛍光標識された市販の分子量マーカーについても同様の加熱・変性処理を行い、同時に泳動に供した。
電気泳動終了後、蛍光イメージアナライザーFMBIO(日立ソフトウェアエンジニアリング社製)を用いて、反応産物の断片長を解析した。増幅断片長は分子量マーカーに基づいてバンドの位置の差として検出した。
【0079】
増幅断片長の差異によって作成した対応表は、実施例1で作成された表1及び表2の内容と完全に一致し、上記実施例1において得られた結果が再確認された。また、このことにより、PCR法による増幅産物の断片長の差をゲル板式電気泳動法のバンドの位置の差として検出しても同様の識別が行えることが確認され、本法の有効性が示された。
【0080】
《実施例4》
本発明の方法による日本国産ラッカセイの品種識別
本発明の品種識別方法の有用性を確認するため、市販品の食用生ラッカセイを用いて品種識別を行った。
この市販品の食用生ラッカセイには国産ラッカセイが使用されていると考えられたが、どのような品種のラッカセイが使用されているかは記載されていなかった。そこで、上記実施例1で得られた7個のマイクロサテライトマーカー全てについて解析を行うこととした。
上記実施例1と同様にして、前記種子3粒からDNA抽出を行った。
次に、上記実施例1と同様に、PCR反応を行い、前記7個のマイクロサテライトマーカーの増幅断片長をキャピラリー式電気泳動法により解析した。その結果、この商品に用いられているラッカセイは、AHS0021でタイプAの多型を示すことがわかった。また、AHS0039はタイプAC、AHS0116はタイプAB、AHS0740はタイプBC、AHS1023はタイプA、AHS1250はタイプAB、AhM013はタイプAを示すSSR (Simple Sequence Repeat)を有していた。
この結果は、前記表1においてナカテユタカ−1であることを示す多型の組合せと一致し、該食用生ラッカセイに用いられているラッカセイがナカテユカタであることが確認された。