特許第5657812号(P5657812)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5657812質量分析計、質量分析計のためのイオン検出方法およびコンピュータプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5657812
(24)【登録日】2014年12月5日
(45)【発行日】2015年1月21日
(54)【発明の名称】質量分析計、質量分析計のためのイオン検出方法およびコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/42 20060101AFI20141225BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20141225BHJP
【FI】
   H01J49/42
   G01N27/62 E
   G01N27/62 Z
【請求項の数】37
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2013-543768(P2013-543768)
(86)(22)【出願日】2011年12月14日
(65)【公表番号】特表2014-501429(P2014-501429A)
(43)【公表日】2014年1月20日
(86)【国際出願番号】EP2011072790
(87)【国際公開番号】WO2012080352
(87)【国際公開日】20120621
【審査請求日】2013年7月22日
(31)【優先権主張番号】1021232.2
(32)【優先日】2010年12月14日
(33)【優先権主張国】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】508306565
【氏名又は名称】サーモ フィッシャー サイエンティフィック (ブレーメン) ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】マカロフ アレクサンダー アレクセエビッチ
【審査官】 桐畑 幸▲廣▼
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2009/0078866(US,A1)
【文献】 特表2008−544472(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/42
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンパケットをある周期で長手方向に振動させる静電界を設けるように構成された静電界発生器と、
前記イオンパケット振動の周期より著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出するように構築されたパルス検出電極構成と、
調波過渡信号を検出するように構築された調波検出電極構成と、
前記パルス過渡信号と前記調波過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定するように構築されたプロセッサと、
を包含する質量分析計。
【請求項2】
少なくとも前記長手方向におけるイオンパケットの変向点に前記調波検出電極構成が配置され、調波過渡信号が結像電流を包含する、請求項1に記載の質量分析計。
【請求項3】
前記調波検出電極構成が複数の電極を包含して前記複数の電極の各々が異なる電位に維持される、請求項2に記載の質量分析計。
【請求項4】
少なくとも一方向の調和運動をある周期で干渉イオンパケットに実施させる静電界を設けるように構成された静電界発生器と、
前記イオンパケット調和運動の周期よりも著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出するように構築されたパルス検出電極構成と、
イオンパケット調和運動のトータル時間に対して少なくとも80%、50%、または30%である持続時間にわたって調波過渡信号を連続的に検出するように構築された調波検出電極構成と、
前記パルス過渡信号と前記調波過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定するように構築されたプロセッサと、
を包含する質量分析計。
【請求項5】
長手方向のスパンに沿った調和運動を干渉イオンパケットに実施させる静電界を設けるように構成された静電界発生器と、
パルス過渡信号を検出するように構築されたパルス検出電極構成であって、少なくとも一つのパルス検出電極を包含するパルス検出電極構成であり、前記少なくとも一つのパルス検出電極の各々が調和運動のスパンより著しく小さい前記長手方向の幅を有する、パルス検出電極構成と、
調波過渡信号を検出するように構築された調波検出電極構成と、
前記パルス過渡信号と前記調波過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定するように構築されたプロセッサと、
を包含する質量分析計。
【請求項6】
自己相関、線形予測、フィルタ対角化法、他の調波反転法、およびウェーブレット変換のうち少なくとも一つを使用して前記パルス過渡信号を処理することにより質量電荷比に対するイオン強度を特定するように前記プロセッサが構築される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項7】
フーリエ変換、線形予測法、フィルタ対角化法、および他の調波反転法のうち少なくとも一つを使用して前記調波過渡信号を処理することにより質量電荷比に対するイオン強度を特定するように前記プロセッサがさらに構築される、請求項1〜6のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項8】
前記静電界発生器は、長手方向に沿ってイオンパケットを動かす静電界を設けるように構成されており、前記イオンパケット振動の半周期よりかなり短い持続時間にわたってイオンパケットが少なくとも一つの検出電極の付近を通過するように前記長手方向の幅を有する少なくとも一つの検出電極を前記パルス検出電極構成が包含する、請求項1〜7のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項9】
少なくとも内部電極と同軸の外部電極をさらに包含し、前記外部電極と前記内部電極との間に静電界を設けるように前記静電界発生器が構成される、請求項1〜8のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項10】
前記内部電極および前記外部電極のうち少なくとも一つの少なくとも一部を使用して前記パルス検出電極構成が形成され、前記パルス検出電極構成で検出される結像電流を前記パルス過渡信号が包含する、請求項9に記載の質量分析計。
【請求項11】
前記内部電極および前記外部電極のうち少なくとも一つが、第1側方電極部分と、第2側方電極部分と、前記第1および第2側方電極部分の間に配置されて電気絶縁部分により前記側方電極部分から分離される中心電極部分とを包含し、前記パルス検出電極構成が前記中心電極部分から形成される、請求項10に記載の質量分析計。
【請求項12】
前記内部電極および前記外部電極のうち少なくとも一つが絶縁体から形成され、前記第1および第2側方電極部分と前記中心電極部分とが前記絶縁体の表面への金属被覆から形成される、請求項11に記載の質量分析計。
【請求項13】
前記第1および第2側方電極部分の各々と前記中心電極部分との間の抵抗が少なくとも100MΩであるように前記内部電極および前記外部電極のうち少なくとも一つが構築される、請求項12に記載の質量分析計。
【請求項14】
前記絶縁体がガラスで製作される、請求項12または請求項13に記載の質量分析計。
【請求項15】
前記内部電極および前記外部電極のうち少なくとも一つのエッジへ前記パルス過渡信号を提供するように構成された導体であって、前記絶縁体の表面への金属被覆により形成される導体、
をさらに包含する、請求項12〜14のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項16】
前記内部電極と前記外部電極のうち少なくとも一つのエッジへ前記パルス過渡信号を提供するように構成された導体であって、イオンがトラップされる空間の外側に形成される導体、
をさらに包含する、請求項11〜14のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項17】
前記中心電極部分が第1中心電極部と第2中心電極部とを包含し、前記第1中心電極部で発生される結像電流と前記第2中心電極部で発生される結像電流との組み合わせを前記パルス過渡信号が包含する、請求項11〜16のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項18】
前記パルス検出電極構成が、
前記質量分析計の内側に取り付けられる変換電極であって、イオンパケットが変換電極に衝突して二次電子を放出するように前記静電界が構築される、変換電極と、
前記質量分析計の外側に取り付けられて前記変換電極から前記二次電子を受容するように配置された格子電極と、
前記格子電極から二次電子を受容するように構成されたダイノードと、
前記ダイノードから受容された二次電子を検出するように構成されたマイクロチャネルプレートと、
を包含する、請求項9に記載の質量分析計。
【請求項19】
前記変換電極が前記内部電極および前記外部電極から空間的に分離される、請求項18に記載の質量分析計。
【請求項20】
前記パルス検出電極構成が第1パルス検出電極と第2パルス検出電極とを包含し、質量分析計がさらに、前記第1パルス検出電極で発生される検出信号と前記第2パルス検出電極で発生される検出信号との間の差分に基づいて前記パルス過渡信号を提供するように構成されたパルス差分増幅器を包含する、請求項1〜19のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項21】
前記調波検出電極構成が第1調波検出電極と第2調波検出電極とを包含し、質量分析計がさらに、前記第1調波検出電極で発生される結像電流と前記第2調波検出電極で発生される結像電流との間の差分に基づいて前記調波過渡信号を提供するように構成された調波差分増幅器を包含する、請求項1〜20のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項22】
ある周期で長手方向に振動するイオンパケットをイオンに形成させる、質量分析計のためのイオン検出方法であって、
前記イオンパケット振動周期より著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出することと、
調波過渡信号を検出することと、
前記調波過渡信号と前記パルス過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定することと、
を包含する方法。
【請求項23】
少なくとも前記長手方向におけるイオンパケットの変向点で検出される結像電流信号を前記調波過渡信号が包含する、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
結像電流を包含する前記調波過渡信号が複数の電極を使用して検出され、前記複数の電極の各々が異なる電位に維持される、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
ある周期で少なくとも一方向の調和運動を実施する干渉イオンパケットをイオンに形成させる、質量分析計のためのイオン検出方法であって、
前記イオンパケット調和運動の周期よりも著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出することと、
イオンパケット調和運動のトータル時間に対して少なくとも80%、50%、または30%である持続時間にわたって連続的に調波過渡信号を検出することと、
前記調波過渡信号と前記パルス過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定することと、
を包含する方法。
【請求項26】
長手方向のスパンに沿って調和運動を実施する干渉イオンパケットをイオンに形成させる質量分析計のためのイオン検出方法であって、
少なくとも一つのパルス検出電極を使用してパルス過渡信号を検出し、前記少なくとも一つのパルス検出電極の各々が、前記調和運動のスパンよりも著しく小さい前記長手方向の幅を有することと、
調波過渡信号を検出することと、
前記調波過渡信号と前記パルス過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定することと、
を包含する方法。
【請求項27】
質量電荷比に対するイオン強度を特定する前記ステップが、自己相関、線形予測、フィルタ対角化法、およびウェーブレット変換のうち少なくとも一つを使用して前記パルス過渡信号を処理することを包含する、請求項22〜26のいずれか1項に記載の方法。
【請求項28】
質量電荷比に対するイオン強度を特定する前記ステップがさらに、フーリエ変換、フィルタ対角化法、および他の調波反転法のうち少なくとも一つを使用して前記調波過渡信号を処理することを包含する、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
質量電荷比に対するイオン強度を特定する前記ステップがさらに、
前記パルス過渡信号を処理して周波数と関連の強度との予備集合を特定することと、
周波数と関連の強度との前記予備集合とともに前記調波過渡信号を処理して質量電荷比に対するイオン強度を判断することと、
を包含する、請求項27または請求項28に記載の方法。
【請求項30】
前記周波数と関連の強度との前記予備集合とともに前記調波過渡信号を処理する前記ステップがフィルタ対角化法を使用する、請求項29に記載の方法。
【請求項31】
前記イオンパケットは、長手方向のスパンに沿って調和運動を実施しパルス過渡信号を検出する前記ステップが、前記イオンパケット振動の周期よりも短い持続時間にわたって少なくとも一つの検出電極の付近をイオンパケットが通過するように前記長手方向の幅を有する少なくとも一つの検出電極を包含するパルス検出電極構成を使用する、請求項22〜30のいずれか1項に記載の方法。
【請求項32】
前記質量分析計が内部電極と同軸の外部電極をさらに包含し、前記外部電極と前記内部電極との間の静電界により前記イオンパケットが振動する、請求項22〜31のいずれか1項に記載の方法。
【請求項33】
前記パルス過渡信号を検出する前記ステップが前記内部電極と前記外部電極のうち少なくとも一つの少なくとも一部を使用し、前記パルス過渡信号が結像電流である、請求項32に記載の方法。
【請求項34】
前記内部電極と前記外部電極のうち少なくとも一つが、第1側方電極部分と、第2側方電極部分と、前記第1および第2側方電極部分の間に配置されて電気絶縁部分により前記電極部分から分離される中心電極部分とを包含し、前記パルス過渡信号を検出する前記ステップが前記中心電極部分を使用する、請求項33に記載の方法。
【請求項35】
前記パルス過渡信号を検出する前記ステップが、
二次電子が放出されるように、前記質量分析計の内側に取り付けられた変換電極にイオンパケットを衝突させることと、
前記質量分析計の外側の前記二次電子を検出することと、
を包含する、請求項33に記載の方法。
【請求項36】
前記パルス過渡信号を検出する前記ステップが、
第1パルス検出電極を使用して第1パルス信号を検出することと、
第2パルス検出電極を使用して第2パルス信号を検出することと、
前記第1パルス信号と前記第2パルス信号との差分に基づいて前記パルス過渡信号を判断することと、
を包含する、請求項22〜35のいずれか1項に記載の方法。
【請求項37】
プロセッサで操作される時に請求項22〜36のいずれか1項に記載の方法を実行するように構築されたコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計、または質量分析計のためのイオン検出方法に関連する。
【背景技術】
【0002】
フーリエ変換質量分光法(FTMS)では電磁界を使用し、その電磁界中で質量電荷(m/z)比に応じた(m/zの関数)周期でイオンの干渉パケット(コヒーレントパケット)が分析計において自由調和振動を受ける。例えばフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)質量分析計では静電界および静磁界の組み合わせにより、または例えば軌道トラップ質量分析計(オービトラップ(TM:商標)の名称で市販)では静電界のみにより、電磁界が設けられることが可能である。RF界(電界)を使用するFTMSも周知であるが、分析性能の制限のために普及しなかった。
【0003】
一般的に、イオンが付近を通過する際に検出電極で発生される結像(イメージ)電流によって、イオンが検出される。FTMSにおけるm/z分析の分解能は、フーリエ変換不確定性原理により制限されることが知られている。これにより分解能は、検出されるイオンパケットの干渉振動(コヒーレントオシレーション)の数と厳密な関係を持つ。その結果、FTMS質量分析計の検出時間が増加するとm/z分析の分解能がこれに比例して向上するという結果が生じる。
【0004】
しばしば、質量分析の前に液体分離が実施され、このような分離の速度上昇は、質量分光法およびタンデム質量分光法による分析においては検出時間に制約を加える。分解能に著しい影響を与えることなく検出時間を短縮することは、FTMSでの主要な課題である。
【0005】
既存のアプローチは、検出時間が最短でもイオンパケット振動周期(オシレーションピリオド)の長さである時に発生される、連続的な結像過渡(イメージトランジェント)電流とも呼ばれる調波(ハーモニック)結像過渡電流のデータ処理を扱うものである。例えば、以下のアプローチが検討されている。自己相関(非特許文献1を参照)、線形予測(非特許文献2および特許文献1を参照)、フィルタ対角化法(FDM)(非特許文献3を参照)。
【0006】
これら既存のアプローチは、時間領域信号である調波過渡(ハーモニックトランジェント)信号を正弦波または余弦波の和にフィットさせようとする。これは調波反転(ハーモニックインバージョン)問題として知られ、質量分光法に典型的である多数のノイズのピークについては特に困難な非線形フィッティング問題である。フーリエ変換に代わるものとしてこれらの方法を使用すると、調波過渡信号からのピークまたはスペクトル線のリストの解釈(作成)をノイズデータが妨害する。分解能の低下を伴わずに検出時間を短縮するには、FTMSを使用してデータの取得、データの分析、またはその両方を行う代替方法が望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第5,047,636号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Marshall A.G.;Verdun,F.R.“Fourie Transforms in NMR,optical and mass spectrometry(NMR、光学および質量分光法におけるフーリエ変換)”,Elsevier,1990年,150〜155ページ
【非特許文献2】Guan S.,Marshall A.G.,“Linear Prediction Cholesky Decomposition vs Fourier Transform Spectral Analysis for Ion Cyclotron Resonance Mass Spectrometry(イオンサイクロトロン共鳴質量分光法のための線形予測コレスキー分解とフーリエ変換スペクトル分析)”,Anal.Chem.,1997年,69(6),1156〜1162ページ
【非特許文献3】Mandelshtam,V.A.,“FDM:The filter diagonalization method for data processing in NMR experiments(FDM:NMR実験におけるデータ処理のためのフィルタ対角化法)”,Prog.Nucl.Magn.Res.Spectrosc.2001年,38,159〜196ページ
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0009】
これを背景にして、本発明は、イオンパケットをある周期で長手方向に沿って振動させる静電界を設けるように構成された静電界発生器と、パルス過渡信号を検出するように構築されたパルス検出電極構成と、調波過渡信号を検出するように構築された調波検出電極構成と、調波過渡信号とパルス過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定するように構築されたプロセッサとを包含する質量分析計を提供する。イオンパケット振動の周期よりも著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出するようにパルス検出電極構成が構築されることが好ましい。パルス過渡信号の検出のための持続時間は、イオンパケット振動の周期の75%、50%、25%、10%、5%、1%、または0.5%以下でよい。任意であるが、少なくともイオンパケット振動の周期にわたって調波過渡信号を連続的に検出するように調波検出電極構成が構築される。
【0010】
第二の態様において、本発明は、イオンパケットをある周期で長手方向に振動させる静電界を設けるように構成された静電界発生器と、イオンパケット振動の周期よりも著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出するように構築されたパルス検出電極構成と、少なくとも長手方向におけるイオンパケットの変向点に配置されて、結像電流を包含する調波過渡信号を検出するように構築された調波検出電極構成と、パルス過渡信号と調波過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定するように構築されたプロセッサとを包含する質量分析計を提供する。任意であるが、調波検出電極構成は複数の電極を包含し、複数の電極の各々が異なる電位に維持される。
【0011】
第三の態様では、ある周期で少なくとも一方向の調和運動を干渉イオンパケットに実施させる静電界を設けるように構成された静電界発生器と、イオンパケット調和運動の周期よりも著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出するように構築されたパルス検出電極構成と、イオンパケット調和運動の合計時間に対して少なくとも80%、50%、または30%である持続時間にわたって調波過渡信号を連続的に検出するように構築された調波検出電極構成と、パルス過渡信号と調波過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定するように構築されたプロセッサとを包含する質量分析計が設けられる。
【0012】
第四の態様では、長手方向のスパンに沿って干渉イオンパケットに調和運動を実施させる静電界を設けるように構成された静電界発生器と、パルス過渡信号を検出するように構築されたパルス検出電極構成であって、少なくとも一つのパルス検出電極を包含するパルス検出電極構成であり、調和運動のスパンより著しく小さい長手方向の幅を少なくとも一つのパルス検出電極の各々が有するパルス検出電極構成と、調波過渡信号を検出するように構築された調波検出電極構成と、パルス過渡信号と調波過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定するように構築されたプロセッサとを包含する質量分析計が見られる。調和運動のスパンは、イオンが移動するピーク間距離でよい。任意であるが、少なくとも一つのパルス検出電極の各々は、調和運動のスパンの50%、25%、10%、5%、2%、または1%以下である長手方向の幅を有する。
【0013】
調波検出電極と一緒にパルス検出電極構成を使用すると、質量分析計から付加的データを取得することができる。調波過渡信号とパルス過渡信号とが実質的に同時に取得されると好都合である。好適な実施形態ではともに結像電流信号であるこれら二つの信号の組み合わせにより、異なるデータ処理技術範囲が使用され得る。事実、調波過渡信号を使用して得られるスペクトル線リストを向上させるのにパルス過渡信号が使用されると有益である。
【0014】
調波過渡信号は通常、周波数範囲が限定された正弦波、余弦波、または両方の信号を各イオンについて含む信号として理解される。より詳しく述べると、この限定周波数範囲は、一般的に狭く、装置のイオン軸方向振動の周波数の周囲に含まれる。ある事例では、限定周波数範囲はイオン軸方向振動の周波数のみを包含するが、他の事例では、この周波数の3次、おそらくは5次、あるいは任意でより高次の調波を含み得る。3次または5次またはより高次の調波が存在する際には、信号の総出力に対するその全体寄与率は通常、5%、3%、または1%以下である。対照的に、パルス過渡信号は一般的に、各イオンについて、イオン軸方向振動周波数の正弦波、余弦波、またはその両方の信号とこの周波数の多数の調波とを包含するだろう。また、調波は、信号の総出力に対して大きな割合、例えば総信号出力の少なくとも5%、10%、25%、または50%を占める。
【0015】
本発明のさらなる特徴をこれから説明するが、これらは本発明の異なる態様の各々に適用可能である。これらの多くの特徴が一緒に組み合わされ、このような組み合わせのすべてが以下に明記されるわけではないことは理解されるだろう。
【0016】
任意であるが、フーリエ変換、線形予測法、フィルタ対角化法、および他の調波反転法のうち少なくとも一つを使用する調波過渡信号を処理することにより質量電荷比に対するイオン強度を特定するように、プロセッサがさらに構築される。両方の信号を使用して反復的に向上される質量電荷比および関連のイオン強度のリストを用意するには、任意でパルス過渡信号に適用される分析法と一緒にフィルタ対角化法を採用することが可能である。
【0017】
プロセッサは任意で、自己相関、線形予測、フィルタ対角化法、他の調波反転法、およびウェーブレット変換のうち少なくとも一つを使用するパルス過渡信号の処理により質量電荷比に対するイオン強度を特定するように構築されるとよい。これらの技術、特にウェーブレット変換は、パルス過渡信号の分析に非常に適している。フーリエ変換では薄い帯状の検出電極から調波(ハーモニクス)を発して調波の中で信号が拡散するので、ウェーブレット変換の使用はフーリエ変換よりも好適である。
【0018】
イオンパケット振動の半周期よりもかなり短い持続時間にわたってイオンパケットが少なくとも一つの検出電極の付近を通過するように長手方向の幅を有する少なくとも一つの検出電極をパルス検出電極構成が包含すると、有益である。幅は、イオンパケット通過の持続時間がイオンパケット振動の半周期の50%、25%、12.5%、または6.25%のうち一つよりも短くなるようなものである。電極の幅の調節は、パルス過渡信号、好ましくは結像(イメージ)電流信号の検出を可能にする。
【0019】
好適な実施形態では、少なくとも内部電極と同軸の外部電極を質量分析計がさらに包含し、静電界発生器は外部電極と内部電極との間に静電界を設けるように構成されている。質量分析計は静電トラップであり、静電界は電界を使用して、例えば軌道トラップ質量分析計として形成される。超対数的静電界が発生されるように内部および外部電極が構成されると好都合である。代替的に、DE−04408489、US−3,226,543、US−3,621,242、US−5,880,466、US−6,888,130、US−6,903,333、US−7,755,040、WO−2007/109672、WO−2010/072137に記載されているもののような、他のタイプの静電トラップ構成が使用可能である。また、何らかのフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計が、さらなる代替例として使用され得る。
【0020】
軌道トラップ質量分析計が使用される時には、いくつかの任意の実行特徴が検討される。いくつかの実施形態では、内部電極と外部電極のうち少なくとも一つの少なくとも一部を使用して、パルス検出電極構成が形成される。パルス過渡信号は、パルス検出電極構成で検出される結像電流を包含する。その際に、内部電極と外部電極のうち少なくとも一つが、第1側方電極部分と、第2側方電極部分と、第1および第2側方電極部分の間に配置されて電気絶縁部分によりこれら電極部分から分離される中心電極部分とを任意で包含するとよく、パルス検出電極構成は中心電極部分から形成される。このような実施形態では、パルス過渡信号が結像電流であると有益である。
【0021】
これらの実施形態では、内部電極と外部電極のうち少なくとも一つが絶縁体から形成されると好都合であり、第1および第2側方電極部分と中心電極部分とは、絶縁体の表面への金属被覆から形成される。第1および第2側方電極部分の各々と中心電極部分との間の抵抗が少なくとも100MΩであるように内部電極が構築されると有益である。第1および第2側方電極部分の各々と中心電極部分との間の抵抗が1012から1014Ω以下であるように内部電極と外部電極のうち少なくとも一つが構築されることがより好ましい。一実施形態では、絶縁体はガラスで製作される。
【0022】
任意であるが、内部電極と外部電極のうち少なくとも一つのエッジにパルス過渡信号を提供するように構成された導体を質量分析計がさらに包含し、絶縁体の表面への金属被覆により導体が形成される。代替的に、内部電極と外部電極のうち少なくとも一つのエッジにパルス過渡信号を提供するように構成された導体を質量分析計がさらに包含し、イオンがトラップされる空間の外側に導体が形成される。
【0023】
実施形態において、中心電極部分が第1中心電極部と第2中心電極部とを包含して、第1中心電極部で発生される結像電流と第2中心電極部で発生される結像電流との組み合わせをパルス過渡信号が包含するとよい。こうして二つのパルス結像過渡電流を組み合わせることにより、共通モードノイズの除去が可能となる。
【0024】
代替的実施形態において、パルス検出電極構成は、質量分析計の内側に取り付けられた変換電極であって、イオンパケットが変換電極に衝突して二次電子を放出させるように静電界が構築される、変換電極と、質量分析計の外側に取り付けられて変換電極から二次電子を受容するように配置された格子電極と、格子電極から二次電子を受容するように構成されたダイノードと、ダイノードから受容された二次電子を検出するように構成されたマイクロチャネルプレートまたは二次電子増幅器とを包含するとよい。こうして、マイクロチャネルプレートまたは二次電子増幅器で発生される信号をパルス過渡信号が包含すると有益である。このような実施形態の結果、他の検出方式と比較して、信号ノイズ比が向上する結果となり得る。変換電極が内部電極および外部電極から空間的に分離されていることが好ましい。
【0025】
パルス検出電極構成が第1パルス検出電極と第2パルス検出電極とを包含して、質量分析計がさらに、第1パルス検出電極で発生される信号と第2パルス検出電極で発生される信号との差分に基づいてパルス過渡信号を提供するように構成されたパルス差分(差動)増幅器を包含すると、好都合である。
【0026】
多くの実施形態において、調波検出電極構成が第1調波検出電極と第2調波検出電極とを包含し、質量分析計がさらに、第1調波検出電極で発生される結像電流と第2調波検出電極で発生される結像電流との間の差分に基づいて調波過渡信号を提供するように構成された調波差分増幅器を包含するとよい。任意であるが、第1調波検出電極が質量分析計の内部電極の第1部分を包含し、第2調波検出電極が質量分析計の内部電極の第2部分を包含する。代替的に、質量分析計の外部電極が第1外部電極部と第2外部電極部とを包含するとよく、第1調波検出電極が第1外部電極部を包含し、第2調波検出電極が第2外部電極部を包含する。
【0027】
さらなる態様では、ある周期で長手方向に振動するイオンパケットをイオンが形成する、質量分析計のためのイオン検出方法が提供される。この方法は、パルス過渡信号を検出することと、調波検出信号を検出することと、調波過渡信号とパルス過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定することとを包含する。質量分析計が、静電界を発生させることによりある周期で長手方向に振動するイオンパケットをイオンに形成させると、有益である。イオンパケット振動の周期よりも短い持続時間にわたってパルス過渡信号の検出が行われることが好ましい。任意であるが、調波過渡信号の検出がイオンパケット振動の各周期の少なくとも大部分にわたって連続的に行われる。
【0028】
別の態様では、ある周期で長手方向に振動するイオンパケットをイオンに形成させる質量分析計のためのイオン検出方法が提供される。この方法は、イオンパケット振動の周期よりも著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出することと、少なくとも長手方向におけるイオンパケットの変向点で検出される結像電流信号を包含する調波過渡信号を検出することと、調波過渡信号とパルス過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定することとを包含する。任意であるが、結像電流を包含する調波過渡信号が複数の電極を使用して検出され、複数の電極の各々は異なる電位に維持される。
【0029】
本発明のまた別の態様では、ある周期で少なくとも一方向の調和運動を実施する干渉(コヒーレント)イオンパケットをイオンに形成させる、質量分析計のためのイオン検出方法が見られる。この方法は、イオンパケット調和運動の周期よりも著しく短い持続時間にわたってパルス過渡信号を検出することと、イオンパケット調和運動の合計時間に対して少なくとも80%、50%、または30%である持続時間にわたって連続的に調波過渡信号を検出することと、調波過渡信号とパルス過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定することとを包含する。
【0030】
本発明のまた別の態様では、長手方向のスパンに沿った調和運動を実施する干渉(コヒーレント)イオンパケットをイオンに形成させる、質量分析計のためのイオン検出方法が提供される。この方法は、少なくとも一つのパルス検出電極を使用してパルス過渡信号を検出することであって、少なくとも一つのパルス検出電極の各々が調和運動のスパンよりも著しく小さい長手方向の幅を有することと、調波過渡信号を検出することと、調波過渡信号とパルス過渡信号とに基づいて質量電荷比に対するイオン強度を特定することとを包含する。
【0031】
質量電荷比に対するイオン強度を特定するステップが、自己相関、線形予測、フィルタ対角化法、およびウェーブレット変換のうち少なくとも一つを使用してパルス過渡信号を処理することを包含することが好ましい。
【0032】
任意であるが、質量電荷比に対するイオン強度を特定するステップはさらに、フーリエ変換フィルタ対角化法と他の調波反転法とのうち少なくとも一つを使用する調波過渡信号の処理を包含する。
【0033】
いくつかの実施形態において、質量電荷比に対するイオン強度を特定するステップはさらに、パルス過渡信号を処理して周波数と関連の強度との予備集合を特定することと、周波数と関連の強度との予備集合と一緒に調波過渡信号を処理して質量電荷比に対するイオン強度を判断することとを包含する。こうして、調波過渡信号と平行したパルス過渡信号の処理により、そして二つの信号の組み合わせを使用して質量スペクトルの改良を行うことで、既存のシステムよりも高い速度で質量スペクトルピークを特定するように改良することができる。
【0034】
任意であるが、周波数と関連の強度との予備的なセットと一緒に調波過渡信号を処理するステップは、フィルタ対角化法を使用する。
【0035】
パルス過渡信号を検出するステップは、イオンパケット振動の周期よりも短い持続時間にわたって少なくとも一つの検出電極の付近をイオンパケットが通過するように長手方向の幅を有する少なくとも一つの検出電極を包含するパルス検出電極構成を使用することが好ましい。
【0036】
いくつかの実施形態において、質量分析計はさらに、内部電極と同軸の外部電極を包含し、外部電極と内部電極との間の静電界によりイオンパケットが振動を受ける。その際に、パルス過渡信号を検出するステップは、内部電極と外部電極のうち少なくとも一つの少なくとも一部を任意で使用する。
【0037】
任意であるが、第1側方電極部分と、第2側方電極部分と、第1および第2側方電極部分の間に配置されて電気絶縁部分によりこれら電極部分から分離される中心電極部分とを内部電極が包含し、パルス過渡信号を検出するステップは中心電極部分を使用する。代替的に、二次電子が放出されるように、質量分析計の内側に取り付けられた変換電極にイオンパケットを衝突させることと、質量分析計の外側の二次電子を検出することとを、パルス過渡信号を検出するステップが包含するとよい。
【0038】
パルス過渡信号を検出するステップは、第1パルス検出電極を使用して第1パルス信号を検出することと、第2パルス検出電極を使用して第2パルス信号を検出することと、第1パルス信号と第2パルス信号との間の差分に基づいてパルス過渡信号を判断することとを包含する。
【0039】
ここに記される装置特徴に対応する方法態様の各々について追加プロセスステップが任意で含まれることも理解されるだろう。
【0040】
さらなる態様では、プロセッサで操作される時にここに開示される方法を実行するように構築されたコンピュータプログラムが用意される。本発明はまた、このコンピュータプログラムを実行するように構成されたコンピュータ読取可能媒体と、このコンピュータプログラムに従って作動するようにプログラムされたプロセッサとを包含してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0041】
本発明は様々な手法で実施されるとよく、単なる例として、また添付図面を参照して、そのうちいくつかがこれから記載される。
図1】静電トラップを含む先行技術による質量分光計の概略構成を示す。
図2】本発明の第一実施形態による静電トラップの概略構成を示す。
図3図2に示された実施形態により発生される信号を例示的に図示する。
図4図2に示された実施形態で使用するための本発明による分析方法の流れ図を表している。
図5A図2に示された実施形態に使用するための電極の第一変形例を示す。
図5B図2の実施形態に使用するための電極の第二変形例を示す。
図6】本発明による静電トラップの第二実施形態を示す。
図7】多電極を使用する調波検出のための構成の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0042】
最初に図1を参照すると、静電トラップを含む先行技術による質量分光計の概略構成が示されている。図1の構成は、譲受人を同じくするWO−A−02/078046に詳細に説明され、ここでは詳細に説明されない。しかし、静電トラップの用途および目的をより良く理解するために、図1の簡単な説明が含まれる。本発明の一実施形態はこの静電トラップを使用する。
【0043】
図1に見られるように、質量分光計10は、気相イオンを発生させる連続式またはパルス式のイオン源20を含む。これらは、イオン源ブロック30を通過して、気体との衝突によりイオンを冷却するRF伝達装置40に入る。冷却されたイオンは次に、当該の(所望の)m/z比を持つウィンドウの中のイオンのみを抽出する質量フィルタ50へ入る。当該質量範囲内のイオンは次に、ロッド集合体(一般的には四重極、六重極、または八重極)へのRF電位の印加を通してトラップ空間にイオンを蓄積する線形トラップ60(一般的にはCトラップ)へ進む。
【0044】
WO−A−02/078046においてより詳細に説明されているように、底部が出口電極の付近に配置されている線形トラップ60の電位井戸に、イオンが保持される。線形トラップ60の出口電極にDCパルスを印加することにより、イオンは線形トラップ60からレンズ構成70へ排出される。イオンは、気体同伴を回避するため湾曲しているラインに沿ってレンズ構成70を通過して静電トラップ80に入る。図1において、静電トラップ80は、分割外部電極84,85と内部電極90とを含むいわゆる軌道トラップタイプ(“Orbitrap(オービトラップ)”(TM:商標)として市場では周知)である。
【0045】
動作時には、トラップされたイオンを放出するように、線形トラップ60の出口電極に電圧パルスが印加される。イオンは、類似のm/z比を持つ一連の短い活発な(エネルギーのある)パケットとして、静電トラップ80の入口に到達する。このようなパケットは、検出を行うためにイオンパケットの干渉性(コヒーレント性)を必要とする静電トラップに適していると理想的である。
【0046】
干渉束(コヒーレントバンチ)として静電トラップ80に進入するイオンは、中心電極90の方へねじられる。次に、イオンが静電界でトラップされるため、トラップ内で三次元の動きを行って中に捕捉される。最初の束は、中心電極に沿って振動する肉薄のリング状に拡散する。結像電流が第1外部電極84および第2外部電極85により検出されて、それぞれが第1調波過渡信号81と第2調波過渡信号82を提供する。これら二つの信号は次に差分増幅器100によって処理され、調波結像過渡電流信号101を提供する。
【0047】
次に図2を参照すると、本発明による静電トラップの第一実施形態が示されている。図1で特定されたものと同じ構成要素が示される際には、同一の参照番号が使用される。
【0048】
第1検出帯状電極91と第2検出帯状電極92とが電極の中心付近となるようにして、中心電極90が形成される。第1側方電極93および第2側方電極94もこのように形成されている。第1帯状電極91と第2帯状電極92とは中心電極90の中心に近接している(z=0)ため、これらはビームに最も近い。ビームは、既存の機器のように包絡柱(柱状の包絡線)を有する。
【0049】
中心電極90と外部電極84,85との間の電圧に勾配を設けることによりイオンが静電トラップ分析計の注入スロットから注入されて中心電極90に接近した後で、所望の半径を持つ安定した円形の螺旋軌道上をイオンが移動する。中心電極90が適切な高い精度で機械加工されている場合には、イオンが検出プロセス中にこの電極に接近して中心電極から距離dRのところを飛行し、dRは第1検出帯状電極91および第2検出帯状電極92の各幅よりも小さい。等電位線の湾曲により、dRは、外部電極84,85よりも中心電極90の帯状体の方で著しく小さくなる。
【0050】
帯状電極91および帯状電極92の付近を飛行している間に、各m/z比のイオンは周期的パルス結像電流を誘導する。その際に第1周期的パルス結像電流は導体95aにより提供され、その際に第2パルス結像電流は導体95bにより提供される。これら二つのパルス結像電流は第1差分増幅器96に提供され、この差分増幅器は共通モードノイズを除去する出力を提供して、さらなる処理のためにこれを増幅する。
【0051】
平行して、第1側方電極93および第2側方電極94も第1結像過渡電流97aおよび第2結像過渡電流97bを第2差分増幅器98に提供する。その結果、同じイオン注入に対して、一つは帯状電極91,92からのパルス過渡信号、一つは幅広電極からの調波過渡信号という二つの過渡信号が得られる。両方の信号をデジタル化するのに、適切な取得率の2チャネルADCが使用されることが好ましい。
【0052】
帯状電極91,92の使用は、3次調波を2〜3%から4〜5%に上昇させることにより、概して調波結像過渡電流の差分出力のみに影響を与える。こうして一般的には、ゼロを通過する際に正弦波にわずかなキンクを生じる。
【0053】
図3を参照すると、図2の静電トラップを通して得られるパルス過渡信号の例が示されている。第1パルス過渡信号111は、帯状電極91から発生される信号である。第2パルス過渡信号112は、帯状電極92により発生される信号である。その際に、差分出力信号115は差分増幅器96からの出力である。
【0054】
検出される信号の周期は、分析計におけるイオンの半振動の持続時間に等しく、
【数1】
トラップの中心にある幅dの帯状体により検出されるピークの時間幅dTは
【数2】
と推定され、Lは静電トラップ分析計80における安定的な軸方向振動の振幅であり、dは軸方向におけるイオンパケットの最大サイズを超えると推測される。この条件が満たされない場合には、dの二乗平均平方根とイオンパケットの最大軸方向サイズとが使用されるとよい。他のタイプのFTMSについても、類似の式が導出可能であろう。
【0055】
このような周期的パルス信号は、ウェーブレット変換による分析に非常に適している。これは例えばUS−5,436,447に記載されている。そこでは、同位体強度の回復を目的としてこの変換が使用されている。いわゆる「マザーウェーブレット」が図3に示された関数の最良近似として選択されてから、拡張され、m/zのスムーズ関数として時間軸上で平行移動される。
【0056】
ウェーブレット変換を使用する長所は、
【数3】
と推定される分解能が潜在的にかなり高いことであり、Nは検出時間中の所与のm/zについての(各々が周期2Tを有する)全振動の数であり、awtはスペクトル処理からのオーバーヘッドである(awt=0.5...1)。
【0057】
フーリエ変換が調波信号に使用される場合には、考えられる最良の吸収モードの事例での分解能は、
【数4】
と推定され、aFTはアポダイゼーションに由来するオーバーヘッド係数である(aFT=0.4...0.8)。これに関して、EP−2372747およびUS−2011/240841には、さらに詳細が提示されている。こうして、ウェーブレット変換の使用により、およそ
【数5】
である分解能の利得Gが得られる。
【0058】
例を挙げると、実用的なオービトラップシステムについてはL=6mm、d=2mmであるため、G=T/dT=9.4である。これは大きな利点である。また、この利得はm/zと無関係である。残念なことに、この利得は、少数の振動でも検出可能であるほど強力な信号を含むピークについてのみ達成可能である。より現実的な低信号ノイズ比(S/N)の事例については、この利得は少なくとも√2倍低くなるだろう。それにもかかわらず、これにより分解能の利得が6を超えることになる。
【0059】
例えば、Bruce J.E.et al.(“Trapping,Detection,and Mass Measurement of Individual Ions in a Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance Mass Spectrometer(フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分光計における個々のイオンのトラップ、検出、および質量測定)”J.Am.Chem.Soc.Mass Spectrom.1994年,116,1839〜1841ページ)と、Makarov A.A.et al.(“Dynamics of ions of intact proteins in the Orbitrap mass analyzer(オービトラップ質量分析計における天然プロテインイオンの動力学)”.J.Am.Soc.Mass Spectrom.2009年,20,1486〜1495ページ)に示されているように、最新の結像電流検出用の電子機器は、検出持続時間τが充分に長い(例えば0.5から2秒)の時には特に、わずか(例えば3から5)の電気素量(e)を検出することが可能である。この感度は、差分前置増幅器の入力トランジスタの熱ノイズによって制限される。より短い取得のためには、S/Nは(1/τ)1/2として増減する。例えば、1000eを含み、1秒の取得持続時間でS/N=200の調波過渡状態を発生させるイオンピークであれば、10ミリ秒の取得ではS/N=20を有するだろう。
【0060】
同じイオンピークについては、帯状電極91,92におけるパルス結像電流の検出で達成されるS/Nは、G倍短い有効検出時間のためだけにフーリエ変換の場合よりも低い√Gの因数となるだろう。そのため、上の例については10ミリ秒の取得時間ではS/N=6である。
【0061】
その際には、質量スペクトルを直接形成するのに、パルス結像電流検出により検出されるイオンピークが使用される。代替的に、非FT方法(例えば本開示の背景部分に記載されたもの)、好ましくはFDMを使用して調波過渡状態をさらに処理するための初期スペクトル線リストを設けるのに、これらのイオンピークが使用される。このようなアプローチを採用する実施形態について、これから説明する。
【0062】
一方、ウェーブレット変換から得られる線リストに現れるある調波を除外するのに、調波過渡信号からのデータが使用される。その結果、このような反復処理であれば、別々に使用される各方法よりも良好な頑強性が得られるだろう。
【0063】
図4は、本発明により可能な、これらの線に沿った解析方法の流れ図を示す。これは、例えば図2に示された実施形態とともに使用され得る。
【0064】
第1ステップ200では、少なくとも一つのイオンパケットが質量分析計へ注入される。次に、パルス結像過渡電流のための検出ステップ210と、調波結像過渡電流のための検出ステップ220とが平行して、本質的には同時に、実行される。抽出ステップ230では、抽出された周波数と関連のピーク強度とを包含するスペクトル線のリスト(線リスト)が、得られたパルス結像過渡電流から抽出される。これは、例えばウェーブレット変換を使用して得られる。
【0065】
次に、強化線リストを得るため、FDMステップ240で得られた調波結像過渡電流と一緒に、この線リストが使用される。これは、上で参照したフィルタ対角化法を使用する。終了ステップ250で最終の質量スペクトルが得られるまで、抽出ステップ230とFDMステップ240とが反復的に繰り返される。
【0066】
静電トラップ80のための電極の設計には、いくつかの実際的な検討事項が存在する。
【0067】
帯状電極91,92の間の抵抗は、一般的な前置増幅器の入力抵抗よりもかなり高いことが望ましく、一般的には数百MΩを超える。しかし、帯状体の間の誘電体に起こり得る帯電を回避するため、約1012から1014Ωを上回る抵抗を設けないことが好ましい。金属ドーピングによるガラスまたはセラミックスがこの作用に使用され得る。
【0068】
中心電極90において検出が実施される場合には、この電極を仮想接地に保持することが好ましい。ゆえに、外部電極84,85と偏光レンズ構成70とに高い電圧勾配が加えられるべきである。こうして、線形トラップ60のオフセットをかなり高くすることができるだろう。代替的に、前置増幅器であれば、中心電極90の電圧で変動するか、これに容量または誘導結合される。後者の事例では、継電器またはFETトランジスタを使用して、中心電極の勾配の間に前置増幅器の入力を分流することが好ましいだろう。
【0069】
帯状電極91,92への電気接続は、多様な手法で行われ得る。最初に図5Aを参照すると、図2に示された実施形態で使用するための中心電極90の第一変形例が示されている。この実施形態では、薄導体が中心電極の同じ側から帯状電極91,92まで通されている。第1薄導体121は中心電極90の金属被覆により第1帯状電極91に接続され、第2薄導体122は中心電極90の金属被覆により第2帯状電極92に接続されている。
【0070】
代替的なアプローチが図5Bに示され、ここには、図2の実施形態で使用するための電極の第2変形例が示されている。このアプローチでは、中心電極90が管体130から製作され、次に電極の外側から管体130の内側ボアへ、好ましくはレーザにより孔131が穿設される。第2孔132を設けるのに類似のプロセスが使用される。機械加工の後に、中心電極90全体は、外側からのスパッタリングにより金属被覆されてから、不要な金属を除去して帯状電極91,92の両方を形成するようにレーザにより選択的に処理される。内側ボアまでの孔131,132は金属被覆されたままにされ、挿入される金属ばね(不図示)との電気接触を設けるのに使用される。次に、ばねと接触して分析計の外部への信号接続を行うため、内部ボア130の内側に電気接続が設けられる。
【0071】
上述したデータ分析法は、ピークの数がかなり限定される(例えば数十から数百)MS/MS分光法に特に適している。既存のデータ依存分析法では、単一の高解像度・高ダイナミックレンジのスキャンの後で一般的には多数のMS/MSスキャンが行われるため、上に開示された方法はかなりの速度利得を提供する。
【0072】
高解像度・高ダイナミックレンジのスキャンについては、このようなスキャンにおける解像度およびダイナミックレンジに対するより高い要件により良く対応するため、MS/MSの場合より長い過渡状態を設けることが好ましい。
【0073】
図6を参照すると、本発明による静電トラップの第二実施形態が示されている。この実施形態は、図2に示された実施形態と類似の原理に従って機能する。しかしこの事例では、二次電子検出も利用してパルス検出が実施される。変換電極140が中心電極90に取り付けられ、格子電極150とダイノード160とマイクロチャネルプレート170も設けられる。
【0074】
第一に、従来の結像電流検出は、変換電極100からかなりの距離のところを移動するイオンにより実施される。このようにして、調波結像過渡電流が得られる。続いて、変換電極140と交差する軌道上でイオンが移動を開始するように、中心電極90の電圧に若干の勾配が設けられる。この電極は中心電極90に印加されるものとは異なる電圧を有するため、静電トラップ80の中の等電位が攪乱されることはない。
【0075】
通過のたびに、イオンビームの一部分が変換電極140に衝突する。正イオンについては、こうして二次イオンまたは電子145(または負イオンについては二次軽正イオン)が反復的に放出されて、静電トラップの電界により外側格子電極150からダイノード160へ、そしてマイクロチャネルプレート170へ案内される。これは図3に示されたものと類似しているがS/Nははるかに高い信号を発生させる。信号が完全に減衰する前に数十から数百のパルスが記録されて、数分の一ミリ秒のみを要することが好ましい。二次イオンまたは電子への一次イオンの変換効率を向上させるには、アルカリ金属またはナノチューブなど、特殊なコーティングが変換電極140に塗布されるとよい。二次イオンの使用が質量スペクトルのピークを拡大したとしても、変換電極140から検出器170への飛行時間の拡大により、この拡大は振動の周期と比較してわずかであり、そのため利得Gに顕著な影響を与えない。
【0076】
この実施形態は、図4に関連して説明した分析方法論との組み合わせが可能であるが、検出されるパルスの統計的性質も考慮されることが望ましい。結果的に、パルス過渡信号が結像電流検出を通して得られる必要のないことを当業者であれば認識するだろう。パルス過渡信号を取得するための他の適当な技術の採用が可能である。
【0077】
開示の実施形態を上に説明したが、当業者であれば様々な変形を考案するだろう。例えば、パルス過渡信号を取得するのに使用される検出電極の位置は記載されたものと異なっていてもよいことが認識されるだろう。これらの電極は、中心、内部電極、または外部電極に配置されるとよい。また、調波過渡信号を取得するのに使用される検出電極が異なっていてもよく、例えば分割外部電極84,85がこの目的に使用されるとよい。
【0078】
二つの外部電極により取得された信号を差分増幅器で処理することにより、やはり差分出力が取得されてもよい。これは、上記の調波結像過渡電流における3次調波までの倍増を潜在的に回避する。しかし、この特定実施形態では外部電極84,85は変動しているので、外部電極84,85を使用して調波過渡信号を検出することはより困難であり、そのため、これらから得られる信号もさらにノイズが多くなるだろう。
【0079】
二つ以上のパルス過渡信号が取得され得ることが理解されるだろう。その際には、図4に示された実施形態によって示唆されているように、調波過渡信号から得られる情報との組み合わせで質量スペクトルを向上させるのに、これらの使用が可能である。
【0080】
図7を参照すると、軌道多電極トラップ300と考えられる多数の電極を使用する調波検出のためのシステムの例が示されている。この構成は、外部電極構成310と外部電極検出回路網320と内部電極構成330と内部電極検出回路網340とを包含する。内部電極構成330と外部電極構成310とは、長手軸Zと同軸である。
【0081】
外部電極構成310は、第1側方外部電極構成311と第2側方外部電極構成312と外部パルス検出電極315とを包含する。対応して内部電極構成330は、第1側方内部電極構成331と第2側方内部電極構成332と内部パルス検出電極335とを包含する。こうして、内部電極構成310と外部電極構成330の両方で、結像電流検出が実施される。ともに無電界領域350の内側に位置する外部パルス検出電極315と内部パルス検出電極335の両方において、パルス検出が実施される。
【0082】
2個ではなく(例えば図7に示されているように)多数の検出電極を使用して調波過渡信号が得られる。イオンの軸方向速度の高い領域ばかりでなくイオン軌道の変向点の付近でも結像電流検出が行われることも注目に値する。これは既存のシステムとは構成を異にしており、WO−2010/072137に記載されているような多数の検出電極を使用しても失われる情報の検索を可能にする。
【0083】
また、本発明はオービトラップ質量分析計のみにおける使用に限定されるわけではない。軌道多電極トラップ(図7に示されているものなど)、多数の直列反射を含むトラップ、および多数の変向点を含む扇形トラップなど、他のタイプの静電トラップにも適用が可能であろう。後者の事例では、イオンは常に変向しており、そのため変向点での検出にも関わらず、分析時間全体のうちかなりの割合、好ましくは少なくとも30から50%にわたって調波検出を維持することが望ましい。
【0084】
本発明はFT−ICR質量分析計にも適用可能であり、好適な実施形態は、広い扇形と狭い扇形とを含有する円筒形セルを含む。セル境界まで充分に近い半径までイオン列が励起されると、50%を超えるデューティサイクルでの調波検出のために広い扇形の電極が使用される。G=5...20の解像度利得によるパルス検出には、(電極へのイオンビームの近接度に応じて)狭い扇形の電極が使用されるとよい。Gを向上させるため、狭い扇形の電極がセルへ突出してもよい。
【0085】
また、ウェーブレット変換の使用については上に説明したが、本開示の背景部分で説明されたような他の分析技術または変換が使用されてもよいことを、当業者は認識するだろう。
図4
図5A
図5B
図6
図7
図1
図2
図3