(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0023】
1.本発明の
1H―NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間の校正用試料の概要:
図1は、本発明の
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間の校正用試料(以下、「本発明の校正用試料」)の一実施形態の断面図である。
図2は、本発明の校正用試料の断面の一部を拡大して表した拡大断面図である。
【0024】
本発明の校正用試料1は、多孔質材3と、多孔質材3を封入した封入材5とを含む(
図1)。多孔質材3は、多数の細孔11を有し、細孔11内には、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間の測定対象となるプロトン(
1H)を含有した分子を成分として含む液体13を含浸させている(
図2)。
【0025】
図1に示すように、本発明の校正用試料1は、多孔質材3を封入した封入材5を容器7内に収容する実施形態にしてもよい。この実施形態では、封入材5が破損し易いものや流動性を有するものであっても、容器7によって一定の形状に保持される。なお、NMR信号に影響を及ぼさない程度であれば、封入材5中に気泡が存在していてもよい。
【0026】
また、本発明の校正用試料では、図示しないが、多孔質材を容器に収容して密封した状態にすることもできる。この場合には、多孔質材同士や多孔質材と容器との間に隙間が存在していてもよく、また、この隙間が空気などのガスによって満たされていてもよい。また容器が変形し易いフィルムなどを用いる場合は、この隙間は真空状態であってもよい。
【0027】
本発明の校正用試料1では、液体13が多孔質材3の細孔11内に含浸した状態でそのまま保持されている。そのため、巨視的な視点において、液体13は、時間経過にかかわらず、多孔質材3内で同じ形状で且つ液体13と多孔質材3との接触面積が一定の状態にて細孔11内に閉じ込められて保持されている。また、微視的な視点においても、液体13の成分を構成する分子と多孔質材3を構成する分子との間の分子間相互作用が、平衡状態にあるため、時間経過にかかわりなく略一定の状態で保たれている。このように、本発明の校正用試料1では、液体13の成分を構成する分子が、一定に保たれた環境に置かれて、分子の運動性も一定の状態に保たれる。
【0028】
そのため、本発明の校正用試料1は、測定箇所における磁場強度が変化・変動していない場合には、液体13の成分となる分子に含まれるプロトン(
1H)を測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間が同じ値で測定される。そして、校正用試料1について測定されたT
1緩和時間およびT
2緩和時間の測定値に変動が生じた場合には、この測定値の変動分は、校正用試料1自体の変化が要因ではないため、測定箇所における磁場強度等の変化・変動を反映したものとみなすことができる。本発明の校正用試料1に対して測定された
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間を基準値として、目的とする測定対象物に含有される液体の成分となる分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間および/またはT
2緩和時間の測定値の校正を行えば、得られたT
1緩和時間および/またはT
2緩和時間の校正値によって、測定対象物が特定の物理化学的な状態にあることを正確に把握できる。当然ながら、本発明の校正用試料は、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間の測定値に基づき画像化を行うための、MRI撮像用の校正用試料としても使用できる。
【0029】
なお、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間は、静磁場の磁場強度に依存して定まる観察核の共鳴周波数と略同じ周波数の高周波を照射して測定する。観察核を含む分子が水(H
2O)の場合には、水分子に含まれるプロトンの共鳴周波数に応じた周波数の高周波を照射する。
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間は、液体13の成分となる分子に含まれるプロトンより発せられる最大信号を計測することによって得ればよい。液体13の成分となる分子のうちにプロトンを含む分子が複数種存在し、これら複数種のプロトンを含む分子の中で
1H−NMRの共鳴周波数が異なる場合には、最も検出し易い信号を計測できる周波数の高周波を照射し、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間を測定すればよい。
【0030】
次に、本発明の校正用試料1を用いた
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間の校正について、単純化された測定系を用いて説明する。
図3A〜
図3Cに示す、固体粒子31と液体状態の水33との混合物40の物理化学的な状態の変遷を、混合物40に含有される水分子に含まれるプロトン(
1H)を測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間によって把握する方法を例に、以下に詳しく述べる。
【0031】
図3Aに示す混合物40は、混練開始直後の、固体粒子31と水33とが混ざり合う状態(状態A)にある。混合物40は、当初の状態Aから、混練の進行に伴って、
図3Bに示すような、水33が固体粒子31の表面を被覆していく状態になっていく(状態B)。
図3Cは、混練が十分にされた混合物の状態(状態C)を模式的に表す。
【0032】
固体粒子31と水33との混合物40において、水分子は、水分子の集団(液体状態の水の塊)内にあるものと、固体粒子31に接触しているものとに大別される。前者の水分子は、自由に運動できる。対して、後者の水分子は、固体粒子31との間の水素結合や分子間力等によって結合して自由に運動できず、固体粒子31からの磁気的・物理的な影響を受ける。
【0033】
T
1緩和時間は、スピン−格子緩和時間または縦緩和時間とも呼ばれ、T
2緩和時間は、スピン−スピン緩和時間または横緩和時間とも呼ばれている。これら緩和時間の長短は、測定対象の観察核を含む分子の運動性、前記分子の存在する場所の磁場などを反映する。水分子に含まれるプロトンを測定対象として
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間を測定した場合、上述のうちの前者の水分子は、自由に運動できる(分子の運動性が高い)ため、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間が共に長くなる傾向があり、後者の水分子は、自由に運動できず(分子の運動性が低い)、固体粒子31からの磁気的・物理的な影響も受けるため、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間が短くなる傾向がある。
【0034】
また、水分子の集団(液体状態の水の塊)内にある水分子と固体粒子31に接触している水分子とが混在している場合、両者の比率に応じて水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間が定まると考えられており、特にT
1緩和時間はその傾向が強いとされる。前者の水分子の割合が多く後者の水分子の割合が少ないときには、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間が長くなる傾向にあり、逆に前者の水分子の割合が少なく後者の水分子の割合が多いときには、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間が短くなる傾向にある。
【0035】
図4のグラフは、混合物40が状態A(
図3A)、状態B(
図3B)、状態C(
図3C)へと順に変遷する過程における、固体粒子31と水33との混練の度合いと混合物40に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間との関係を表す。
図4中の1点鎖線および破線は、同じ組成で別個の混合物40をそれぞれの測定対象物とし、1点鎖線は、測定時Xに測定された
1H―NMRのT
1緩和時間の実測値、破線は、測定時Xとは異なる測定時Yに測定された
1H―NMRのT
1緩和時間の実測値を示す。
【0036】
状態A(
図3A)では、混練開始直後であるため、水33は液体の塊の状態にて存在する比率が高く、固体粒子31についても複数の固体粒子31が集まった塊の状態にて多く存在する。そのため、状態Aは、固体粒子31と接触している水分子の割合が最も少なく、水分子の集団(液体状態の水の塊)内にある水分子の割合が最も多い状態にある。よって、測定時Xにおいて、混合物40を測定対象物とした場合、状態Aでは、水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間が最も長くなる(
図4、t
1XA)。
【0037】
状態B(
図3B)では、水33が固体粒子31の表面を被覆し始めている。よって、水分子は、固体粒子31の表面と分子間力等によって結合しているものが比較的多くなり、液体状態の水の塊を構成して自由に運動できるものは比較的少なくなっていく。よって、測定時Xにおいて、混合物40を測定対象物とした場合、状態Bにおける水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値t
1XBは、混練の開始直後の値t
1XAよりも短くなる(
図4、t
1XAとt
1XBを比較)。
【0038】
状態C(
図3C)では、混合物40が十分に混練された状態となっている。水33は、殆どの固体粒子31の全表面を膜状に被覆している。この状態のとき、固体粒子31と分子間力等によって結合している水分子が最も多くなる。すなわち、状態Cは、状態A〜Cの中で、固体粒子31と接触している水分子の割合が最も多く、水分子の集団(液体状態の水の塊)内にある水分子の割合が最も少ない状態になっている。よって、状態Cでは、水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間が最も短くなる(
図4、t
1XC)。
【0039】
以上で説明したように、固体粒子31と水33との混合物40を測定対象物とした場合、混合物40に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間を測定することによって、混合物40の混練状態をT
1緩和時間という客観的な数値によって把握することができる。また、混合物40に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
2緩和時間を測定した場合でも、上述のように、T
2緩和時間が水分子の運動性と高い相関性があるため、混合物40の混練状態をT
2緩和時間という客観的な数値によって把握することができる。
【0040】
ここで留意すべきことは、測定時期が異なることによってNMR装置の磁場強度の変化・変動が生じたときには、測定対象物が同じ組成で同じ混練状態の混合物40であっても、
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値は、異なる時期に測定したものの間で異なってしまうことである。
図4においても、同じ組成の混合物40であるにも関わらず、測定時期が異なっているため、測定時X(
図4中の1点鎖線)と測定時Y(
図4中の破線)との間では、
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値と混練状態との関係を表すグラフにずれが生じている。
【0041】
特に、
図4に示す例のように、測定時Xでの状態BのT
1緩和時間の実測値であるt
1XBと、測定時Yでの状態CのT
1緩和時間の実測値であるt
1YCとが同じ値である場合、測定時X、Yにおいて、共に状態Bにある混合物40を抽出しようとしても、T
1緩和時間の実測値のみからでは、測定時X、Yの混合物40のうちのいずれが状態Bにあるのか正確に把握できない。例えば、測定時XのT
1緩和時間の実測値がt
1XBの時に混合物40が状態Bであると知ったことに基づき、後の測定時Yにおいて、T
1緩和時間の実測値がt
1XBと同一値であるt
1YCの時の混合物40を抽出すれば、目的とする状態を既に経過した混練物40を抽出したことになり、状態Bから状態Cへの変化が不可逆的なものであるときには目的とする状態Bの混合物40を抽出する機会を完全に逸してしまうことにもなる。
【0042】
上記の問題に対処するため、本発明の校正用試料1によって測定された基準値を用いることによって、例えば測定時Xに測定された
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値の曲線(
図4中の1点鎖線)上にプロットされるように、測定時Xとは異なる任意の時期(例えば測定時Y)に測定された
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値を校正する。この校正によれば、測定時が異なる場合であっても、混合物40の特定の状態と、混合物40に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間との間に1対1の関係をつくることができる。
【0043】
本発明の校正用試料1として多孔質材3に液体の水33を含浸させた実施形態を適用した場合、この校正用試料1に含有される水分子は、長いT
1緩和時間を示す水分子の集団(液体状態の水の塊)内にあるもの(例えば、
図2中の枠α内の水分子)と、短いT
1緩和時間を示す多孔質材の細孔11の内壁15と接触しているもの(例えば、
図2中の枠β内の水分子)および封入材5と接触しているもの(例えば、
図2中の枠γ内の水分子)とを含んでいる。
【0044】
そして、上記の校正用試料1では、多孔質材3の細孔11が形状を変えないため、水分子の集団(液体状態の水の塊)内にある水分子(
図2中の枠α内)と、多孔質材の細孔11の内壁15に接触している水分子(
図2中の枠β内)および封入材5に接触している水分子(
図2中の枠γ内)との割合が時間経過に関わらず殆ど変化しない。すなわち、検出箇所の磁場強度など条件が全く同じときには、本発明の校正用試料1に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間は、異なる時期に測定したとしても、特定値、またはその特定値からわずかな誤差範囲内にある値しか示さない。校正用試料1に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間の測定値が異なる測定時で変化していた場合には、この測定値の変化は、測定対象物である校正用試料1自体の変化でなく、NMR現象に影響を及ぼす環境的要因、すなわち測定箇所の磁場の変化や変動を反映したものとみなすことができる。
【0045】
したがって、本発明の校正用試料1に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とするT
1緩和時間の測定値を校正用の基準値とし、この基準値が異なる時期で変動した場合、基準値の変動分をT
1緩和時間の実測値の校正に利用すれば、得られた校正値と混合物40の特定の状態とを1対1の関係に導くことができる。
【0046】
図4を参照し説明すると、測定時XにおいてT
1緩和時間t
1XCを測定するときには、同時に校正用試料1に対してもT
1緩和時間を測定し、t
1XCを校正するための基準値(t
1xn)を得る。そして、別の測定時YについてT
1緩和時間t
1YBを測定するときには、同時に基準値t
1xnの測定に用いたものと同じ校正試料1に対してT
1緩和時間を測定してt
1YBを校正するための基準値(t
1Yn)を得る。例えば、測定時YにおいてT
1緩和時間の実測値t
1YBを測定した場合、測定時X、Yの基準値(t
1Xn、t
1Yn)、および測定時Yの実測値(t
1YB)を、(式):t
1YB−(t
1Xn−t
1Yn)、にあてはめて校正を行えば、測定時XにおけるT
1緩和時間と混合物40の混練状態との関係を表す曲線(
図4中の1点鎖線)上にt
1YBについての校正値がプロットされる。これにより、測定時Yでは、T
1緩和時間の実測値t
1YBにあるときに、混合物40がちょうどの目的とする状態Bにあると判断することができる。
【0047】
測定時Xにおいて、混練進行中の混合物40について、細かい時間間隔にて、混合物40に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間を測定して、混合物40の混練状態とT
1緩和時間の関係を示す基準曲線(
図4中の1点鎖線に相当)を予め作成しておき、後の測定時において上記の校正を行えば、測定時期にかかわらず、T
1緩和時間の校正値を基準曲線上にプロットできるため、混合物40の混練状態を客観的に数値化して把握することができる。
【0048】
上記の基準曲線を予め作成する手法でT
1緩和時間およびT
2緩和時間を構成する際には、基準曲線の作成時に用いる校正用試料1(
図4の測定時Xの1点鎖線を基準曲線とする場合には、測定時Xに基準値t
1Xnを測定した校正用試料)と、基準曲線を用いて校正されるT
1緩和時間の実測値の測定時に用いる校正用試料1(
図4の測定時Xの1点鎖線を基準曲線とする場合には、測定時Yに基準値t
1Ynを測定した校正用試料)とは、同じものであることが最も望ましい。例えば、別個の校正用試料1において、多孔質材3の細孔11における平均細孔径および細孔容積率、並びに多孔質材3に含浸された液体13の質量換算での含有率が同じ場合、
1H−NMRの観察核となるプロトンを含有する、液体13成分の分子の物理化学的状態も殆ど同じであると考えられる。別個の校正用試料1が上記のような同一性を有する場合には、これら別個の校正用試料1を、それぞれ、基準曲線の作成のための基準値の測定(
図4の測定時Xの1点鎖線を基準曲線とする場合には測定時Xでの基準値t
1Xnの測定)と、この基準曲線にもとづく校正用の基準値の測定(
図4の測定時Xの1点鎖線を基準曲線とする場合には測定時Yでの基準値t
1Ynの測定)とに使用をすることも可能である。
【0049】
本発明の校正用試料1では、多孔質材3の細孔11が、細孔径0.2〜1000nm、且つ細孔容積率0.1〜2.5m
3/gであることが好ましい。多孔質材3の細孔径は、1個の水分子の大きさに近い0.2nm以上であることにより、細孔11が水を充填しやすくなる。また、細孔径が1000nm以下であることにより、細孔11の毛細管圧力によって生じる細孔11の水分子の保持力が、水の蒸発力より大きくなる。その結果として、水が細孔11内に一旦充填されるとそのまま細孔11内に保持されやすくなる。また、液体の吸収速度および吸収量の観点から、多孔質材3の細孔径は1〜10nmであることがより好ましい。多孔質材3の細孔容積率が、0.1〜2.5m
3/gであることによって、細孔11を完全に液体13にて充満させた時、適切な液体含有率となる。また、セラミックス坏土の混練状態を
1H−NMRのT
1緩和時間またはT
2緩和時間で評価する場合には、セラミックス坏土に近い液体含有率に設定するため、細孔容積率は、0.2〜0.8cm
3/gであることがより好ましい。
【0050】
本発明の校正用試料1では、多孔質材3は、質量換算での液体13の含有率が11〜80%であることが好ましい。上記の液体13の含有率が、11〜80%であるとき、
1H−NMRのT
1緩和時間の測定範囲内になる。例えば、静磁場強度0.3TのNMR装置を使用し、セラミックス坏土を測定する場合、T
1緩和時間はおおよそ20〜100msecとなるが、同じ設定で±1%以内の精度で測定可能なT
1緩和時間の測定範囲はおおよそ10〜150msecとなる。したがって、上記液体の含有率は、セラミックス坏土の測定に適した設定の場合には、特に適している。また、セラミックス坏土の混練状態を
1H−NMRのT
1緩和時間またはT
2緩和時間で評価する場合には、セラミックス坏土に含有される液体成分の分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間の実測値と近い
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間が基準値として測定されるため、液体13の含有率が、11〜50%であることがより好ましい。
【0051】
細孔11が多孔質材3において網目状に複雑な形状の内壁15を有して存在している場合には、多孔質材3の細孔11内に液体13が含浸された状態は、混合物40において固体粒子31の表面を液体14が被覆している状態を擬似しているともいえる(
図2と
図3A〜3Cとを比較)。本発明の校正用試料1は、このような
1H−NMRの観察核を含む分子が置かれる環境の共通性から、固体粒子31と液体13との混合物40を測定対象物とするケースに用いることが好ましく、例えば、セラミックスの混合や成形工程において、セラミックス(固体粒子)と水やメタノールなどの液体との混合・混練過程における混練度合いの評価には有効である。
【0052】
ここまで、測定対象物に含有される水(H
2O)が測定対象(観察核)となるプロトン(
1H)を含む分子であり、
1H−NMRのT
1緩和時間のみを測定する場合について主に説明した。測定対象物の構成や観察核となるプロトンを含む分子の種類によって、
1H−NMRのT
1緩和時間およびT
2緩和時間のプロファイルに相違はあるものの、上記の原理は、基本的に、測定対象物における観察核を含む液体の成分の分子が水(H
2O)以外であるときや、
1H−NMRのT
2緩和時間を校正するときにも適用できる。
【0053】
例えば、観察核となるプロトン(
1H)を含んだ液体の成分となる分子には、メタノール(CH
3OH)、エタノール(C
2H
5OH)をはじめするプロトンを含むアルコール類や、その他プロトンを含む化合物、例えば油類を挙げることができる。アルコールは、メタノールやエタノールなどの一価のアルコール、エチレングリコールやグリセリンなどの多価アルコールのいずれでもよい。なぜなら、いずれもプロトンを相当量含有する液体であり十分な信号強度が得られるからである。
【0054】
目的とする測定対象物に含有される水分子に含まれるプロトンを測定対象とする
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値を校正する場合には、観察核となるプロトン(
1H)を含んだ分子の種類が同じになるように、多孔質材3の細孔11に水を含浸させた校正用試料1を用いることが好ましい。
【0055】
本発明の校正用試料1では、多孔質材3は、多数の細孔を有する材質のものであれば特に限定されないが、形状の安定性、保水性がよいものが望ましいため、シリカゲル、ゼオライト、活性炭からなることが好ましい。多孔質材3としては、上記した3種のうちの1種のみを使用してもよい。あるいはシリカゲルの粒子と活性炭の粒子を混ぜ合わせて使用するというように上記した3種のうちの2種または3種全てを多孔質材3として使用してもよい。
【0056】
本発明の校正用試料1では、封入材5は、多孔質材3の細孔11内に含浸させた液体13が蒸発等によって細孔11内から失われないように液体13を含浸させた多孔質材3を封入して液体13の含浸状態をそのまま保持することが可能な材質のものや、
1H−NMRの信号を出力しないものや、物理的な要因が加わっても形状的変化が無いものであることが好ましい。例えば、アクリル樹脂、ナイロン樹脂、エポキシ樹脂、メタクリル系樹脂、およびゲル化剤からなる群から選ばれる少なくとも1種からなることが好ましい。
【0057】
容器は、
1H−NMRの信号を出力しないものや、物理的な要因が加わっても形状的変化が無いものであることが好ましい。このような容器としては、例えば、アクリル樹脂、ナイロン樹脂、エポキシ樹脂、メタクリル系樹脂などの樹脂から選ばれる少なくとも1種のものが取り扱い上は容易であるため好ましい。また、容器にはセラミックス材料に代表される固体酸化物材料からなるものなども用いることが可能であるが、これらは一例に過ぎず限られたものではない。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0059】
(1)観測核(
1H)を含む分子が水(H
2O)の場合:
焼成によってコーディエライト組成となるように調製された坏土(以下、「Cd坏土」)を測定対象物とし、この測定対象物に含有される水分子に含まれるプロトンを観測核とした場合について述べる。
【0060】
(校正用試料の作製)
(実施例1)
多孔質材であるシリカゲル(豊田化工製 シリカゲルA型、平均細孔径24Å、細孔容積0.46mm
3/g)40gを充分の量のイオン交換水が入っている容器に入れ、無水状態を示す青色からピンク色にシリカゲルの色が変化することを指標に、シリカゲルを完全飽和させた。吸水させたシリカゲルを、12時間自然乾燥してその表面に付いた水を除き、樹脂フィルムによって空気を抜いた状態にてナイロン樹脂フィルムを容器として真空封止して、NMR測定装置による測定まで保存した。
【0061】
(実施例2)
多孔質材であるゼオライト(主成分はNaAlO
2とAl
2O
3)(東ソー製ゼオラムA−3)30gを、充分の量のイオン交換水が入っている容器に入れてホットプレートで加熱しながら約3時間にわたって水を含浸させた。吸水させたゼオライトを12時間自然乾燥してその表面に付いた水を除き、樹脂フィルムによって空気を抜いた状態にてナイロン樹脂フィルムを容器として真空封止して、NMR測定装置による測定まで保存した。
【0062】
(実施例3)
多孔質材であるシリカゲル(豊田化工製 シリカゲルA型、平均細孔径2.4nm、細孔容積0.46mm
3/g)40gを充分の量のイオン交換水が入っている容器に入れ、無水状態を示す青色からピンク色にシリカゲルの色が変化することを指標に、シリカゲルを完全飽和させた。吸水させたシリカゲルを、12時間自然乾燥してその表面に付いた水を除き、アクリル樹脂製瓶に装入し、シリカゲル同士の隙間及びシリカゲルと瓶の隙間に空気が充満されたまま、蓋をし、NMR測定装置による測定まで保存した。
【0063】
(
参考例
1)
多孔質材であるシリカゲル(豊田化工製 シリカゲルB型、平均細孔径6nm、細孔容積0.75cm
3/g)40gを充分の量のイオン交換水が入っている容器に入れ、無水状態を示す青色からピンク色にシリカゲルの色が変化することを指標に、シリカゲルを完全飽和させた。吸水させたシリカゲルを、12時間自然乾燥してその表面に付いた水を除き、容器のアクリル樹脂製瓶に装入し、シリカゲル同士の隙間及びシリカゲルと瓶の隙間に封入剤としてエポキシ樹脂を埋め込んで、蓋をし、NMR測定装置による測定まで保存した。
【0064】
(校正用試料における水の含有率の計測)
上述のシリカゲル、およびゼオライトにおける含水量は、自然乾燥が終了した試料を120℃にて加熱して乾燥質量を計測し、この乾燥質量によって加熱前の試料の質量を除した値とした。表1に実施例1〜
3、参考例1の校正用試料に含まれる多孔質材における含有率[質量%:水の質量/(水の質量+多孔質材の質量)×100]の結果を示す。
【0065】
【表1】
【0066】
(校正用試料の水分飛散率)
4個の実施例1の校正用試料について、経過日数1日目、同2日目、同15日目、および同30日目(校正用試料の製造日を経過日数0日目とする)に各1試料、常温から120℃まで昇温をしたときの水分飛散率を測定した。水分計は(株)エー・アンド・ディ社製の赤外線水分計MX−50を用いた。定常温度を120℃、常温から120℃までの昇温速度を2.5℃/秒にした。この条件では、常温から120℃までの昇温時間は約40秒で、65℃までの昇温時間は約16秒となる。水分飛散率は、水分蒸発による校正用試料の質量の変化量Δmと製造直後の校正用試料の質量m
0との比で算出されるものである。本試験では、水分飛散率をリアルタイムで測定した(水分飛散率の推移を測定した)。結果を表2に示す。4個の実施例1の校正用試料は、経過日数1日目〜30日の期間中において水分飛散率の推移は同じであった。詳しくのべると、上記の期間中において、4個の実施例1の校正用試料は、いずれも常温から50℃まで昇温する間には水分の蒸発が確認されなかった。そして、63℃のときに水分飛散率が0.1%となった。
【0067】
【表2】
【0068】
(測定対象物の調製)
測定対象物として、以下に述べるCd坏土を調製した。セラミック材料、有機バインダとして用いるメチルセルロース、界面活性剤として用いるラウリン酸カリウム、および水とし、これら含有物質を混合して混合原料を調製した。混合原料における各含有物質の割合は、セラミック材料100質量部に対して、有機バインダとしてのメチルセルロース6質量部、界面活性剤としてのラウリン酸カリウム1質量部、および水21.5〜32質量部を混合して、混合原料を調製した。この混合原料1.0kgを加圧ニーダー(トーシン社製、商品名:TD1−3M型 加圧ニーダー)を用いて50分間混練して坏土を調製し、50gを採取した。これら坏土の試料は、乾燥や変性を防ぐため、ナイロン樹脂フィルムを容器として空気を抜いた状態にて真空封止して、NMR測定を行った。
【0069】
(NMR測定装置)
NMR測定装置は、MRテクノロジー社製の静磁場強度0.3TのCompacTsacnを使用した。静磁場強度0.3Tにおいて周波数12.8MHz(12.8MHzは、0.3Tのときの水分子に含まれる
1Hの共鳴周波数)の高周波の照射に対して共鳴して発せられたNMR信号を計測した。
【0070】
(
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値)
図5に、Cd坏土に含まれる水についての
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値を棒グラフにて表す。
図5の棒グラフでは、試料毎の模様を変えている。例えば、経過時間0日目に測定した試料1は、再び経過時間30日目に測定した。前記試料とは別に経過時間30日目に測定された試料2については、経過時間53日目(試料2は経過時間23日目)に再び測定した。他の試料の
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値についても回数的に連続する異なる時期に2回測定した。
【0071】
図6には、試料1〜9について、1回目に測定されたT
1緩和時間の実測値に対する2回目に測定されたT
1緩和時間の実測値の変化量を示す。
図6のグラフでは、2回目のT
1緩和時間を測定した経過時間の位置にT
1緩和時間の実測値の変化量をプロットする。例えば、試料1については、T
1緩和時間の実測値の変化量を経過時間30日目にプロットしている。試料1〜9は、組成および混合状態が同じであるにもかかわらず坏土に含まれる水についての
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値の1回目と2回目との差が−4.25〜1.21msecの範囲内で変化した。
【0072】
(
1H−NMRのT
1緩和時間の校正値)
初回測定した校正用試料のT1緩和時間実測値をT1
0、n日目に測定を行ったときの校正用試料のT1緩和時間実測値をT1
n、n日目に測定を行ったときの計測対象物のT1緩和時間実測値をT1
p、計測対象物の校正値をT1
mとした時、T1
m=T1
p+(T1
0−T1
n)、の計算式を用いて校正を行った。
図7には、実施例1の校正用試料を用いて得た校正値(丸)、実施例2の校正用試料を用いて得た校正値(三角)を示す。試料1〜9の坏土に含まれる水についての
1H−NMRのT
1緩和時間の校正値の変化量は、実施例1の校正用試料を用いた場合には−0.18〜0.64msec、実施例2の校正用試料を用いた場合には−0.43〜0.12msecとなった。
【0073】
(校正用試料自体の
1H−NMRのT
1緩和時間の測定)
実施例2,3、
参考例1の校正用試料自体を計測対象として
1H−NMRのT
1緩和時間の経時変化を測定した。測定は、経過日数0日目、同7日目、同9日目、同10日目、同18日目、同29日目、同32日目に行った(校正用試料の製造日を経過日数0日目とする)。実施例2,3、
参考例1の校正用試料自体についての
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値を
図8の棒グラフに示す。同時に、実施例3の校正用試料についての
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値を基準値して、実施例2,3、
参考例1の校正用試料の
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値を校正した。初回に測定した実施例3のT
1緩和時間実測値をT1
0、n日目に測定を行ったときの実施例3のT
1緩和時間実測値をT1
n、n日目に測定を行ったときの計測対象物のT
1緩和時間実測値をT1
p、計測対象物の校正値をT1
mとした時、T1
m=T1
p+(T1
0−T1
n)、の計算式を用いて校正を行った。実施例2,3、
参考例1の校正用試料の
1H−NMRのT
1緩和時間の校正値を
図9の棒グラフに示す。
【0074】
実施例2,3、
参考例1の校正用試料自体についての
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値は、いずれも経過日数ごとに同じ変化傾向を示していた。したがって、この実測値の変化は、NMR装置における測定環境の変化に起因することが確認できた。そして、図
9に示すように、実施例2,3、
参考例1の校正用試料についての
1H−NMRのT
1緩和時間の校正値は、いずれの経過日数で
も略一定の値を示していた。したがって、実施例3の校正用試料による
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値の校正が有効であること、さらに実施例2,3、
参考例1の校正用試料は、校正用試料の作製後32日を経過したときでも、これらに含まれる水分子の状態がほぼ不変であることが確認された。すなわち、多孔質材に含浸された水における、自由水(水分子の集団(液体状態の水の塊)内にある水分子)と、結合水(固体粒子との間の水素結合や分子間力等によって結合して自由に運動できない水分子)との比率が、時間を経過してもほぼ変化しないことが確認された。
【0075】
(2)観測核(
1H)を含む分子がメタノール(CH
3OH)の場合:
(校正用試料の調製)
(実施例
4)
シリカゲル(市販品)20gを充分の量のメタノールが入っている容器に入れて5時間吸収させた。メタノールを吸収させたシリカゲルを12時間自然乾燥して表面に付いたメタノールを乾燥させ、樹脂フィルムによって空気を抜いた状態にてナイロン樹脂フィルムを容器として真空封止して、NMR測定装置による測定まで保存した。
【0076】
(実施例
5)
ゼオライト(市販品)20gを充分の量のメタノールが入っている容器に入れて5時間吸収させた。メタノールを吸収させたシリカゲルを12時間自然乾燥して表面に付いたメタノールを乾燥させ、樹脂フィルムによって空気を抜いた状態にてナイロン樹脂フィルムを容器として真空封止して、NMR測定装置による測定まで保存した。
【0077】
(メタノール含有率の計測)
メタノールを吸収させる前のシリカゲル或はゼオライトの質量m1と、メタノールを吸収させた後、自然乾燥を終了した試料の質量m2を計測し、含有率=(m2−m1)/m2の計算式を用いてメタノールの含有率を算出した。シリカゲルとゼオライトのメタノール含有率の結果を表3示す。
【0078】
【表3】
【0079】
(NMR測定装置)
NMR測定装置は、MRテクノロジー社製の静磁場強度0.3TのCompacTsacnを使用した。静磁場強度0.3Tにおいて周波数12.8MHz(12.8MHzは、0.3Tのときのメタノール分子に含まれる
1Hの共鳴周波数)の高周波の照射に対して共鳴して発せられたNMR信号を計測した。
【0080】
(
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値および基準値)
図10に、坏土及び実施例1,2の校正用試料に含有される水についての
1H−NMRのT
1緩和時間の実測値、および、実施例
4,5のメタノールを含浸させたシリカゲルおよびゼオライトの校正用試料のT
1緩和時間を示す。T
1緩和時間の実測値および基準値の測定は2時間ごとに4回実施した。メタノールを含浸させた校正用試料のT
1緩和時間の実測値も、Cd坏土のT
1緩和時間の実測値と近い値を示しており、測定時期による変化も同じ傾向であることが確認された。
【0081】
(校正用試料に含浸させるプロトンを含有した液体の必要含有率範囲)
多孔質材であるシリカゲル(豊田化工製 シリカゲルA型、平均細孔径24Å、細孔容積0.46mm
3/g)を40gずつ3水準を用意した。それぞれ水の含有率が10%、30%、50%となるまで水を含浸させ、樹脂フィルムによって空気を抜いた状態にてナイロン樹脂フィルムを容器として真空封止して、NMR測定装置により測定を行った。表4にその結果を示す。水の含有率10%の試料はNMR信号が確認できなかったため、水の含有率11%の試料を追加した。
【0082】
【表4】