【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 「日本生体医工学会誌 生体医工学 第48巻特別号 第49回日本生体医工学会大会 プログラム・抄録集」、日本生体医工学会、平成22年6月25日発行 「感度適応型正則化を用いた深さ選択性拡散光イメージング」(Depth−selective Diffuse Optical Imaging Using Sensitivity Adaptive Regularization Technique)、日本生体医工学会、平成22年8月10日発行
【文献】
Endoh et al.,Depth-adaptive regularized reconstruction for reflection diffuse optical tomography,Optical Review,日本,The Optical Society of Japan,2008年 2月,Vol. 15, No. 1,P. 51-56
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記複数の照射点及び前記複数の検出点は、第1距離だけ隔てて配置された複数の照射点及び検出点の組と、第2距離だけ隔てて配置された複数の照射点及び検出点の組とを含むように配置され、
第2距離だけ隔てて配置された複数の照射点及び検出点の組の数は、第1距離だけ隔てて配置された複数の照射点及び検出点の組の数よりも少ない、請求項1又は2に記載の生体光計測装置。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の生体光計測装置として、脳機能計測装置1を例に挙げて説明する。
図1に脳機能計測装置1の概略図を示す。脳機能計測装置1は、タスクに伴う脳の賦活部位のトポグラフィ情報の再構成画像を得るためのものであり、波長780nmの近赤外レーザ光を照射する半導体レーザ11と、一端が半導体レーザ11に光学的に接続され、他端が被測定対象(頭部)に接触する10本の送光プローブ12と、一端が被測定対象(頭部)に接触する8本の受光プローブ13と、受光プローブ13の一端にそれぞれ光学的に接続された8個のアバランシェフォトダイオード14と、アバランシェフォトダイオード14からの出力信号が接続されたマルチチャンネルA/Dコンバータ15と、マルチチャンネルA/Dコンバータ15によりデジタル化された信号を処理するコンピュータ16とを主に備える。送光プローブ12と受光プローブ13とは、いずれも光ファイバにより形成されており、以下の説明において、被測定対象(例えば頭部)と、送光プローブ12、受光プローブ13との接触部をオプトードと呼ぶ。なお、
図1においては、送光プローブ11、受光プローブ12の一部のみを図示している。
【0020】
10本の送光プローブ12及び8本の受光プローブ13は、
図2に示すように、所定間隔で格子状に配置されている。
図2においては、送光プローブ12は「S」で表示され、受光プローブ13は「D」で表示されている。
図2に示される配列においては、15mm間隔(第2距離L2)で配置された6組の送光プローブ12と受光プローブ13の組み合わせと、30mm間隔(第1距離L1)で配置された24組の送光プローブ12と受光プローブ13の組み合わせとが含まれており、これらの30組の送光プローブ12と受光プローブ13の組み合わせを用いて計測を行った。なお、
図2において、左から2番目且つ上から2番目の格子点の位置を原点とし、送光プローブ12及び受光プローブ13の並べられた方向を基準にして、x軸及びy軸を
図2のように定義する。また、
図2には図示していないが、x−y平面に垂直な方向(深さ方向)にz軸を定義する。
【0021】
半導体レーザ11から照射された近赤外光は、10本の送光プローブ12を通じて被測定対象である人体の頭部に照射される。この際、送光プローブ12から出た光が頭部の表面で反射されることを防ぐため、各送光プローブ12は頭部の表面に密着して配置される。そして各送光プローブ12から出た近赤外光は、頭部の内部に向かって伝搬する。頭部の内部に伝搬した近赤外光は、頭部内部の生体組織、例えば、皮膚組織、皮膚血流、頭蓋骨、脳脊髄液(CSF)、大脳皮質、大脳皮質内の脳血流などによる反射、吸収を繰り返した後、各送光プローブ12から発せられた近赤外光の一部は受光プローブ13に入る。受光プローブ13に入った近赤外光はアバランシェフォトダイオード14により電気信号(電圧信号又は電流信号)に変換され、さらにマルチチャンネルA/Dコンバータ15により、デジタル信号に変換されたあと、コンピュータ16によりデータ処理され、後述のように血流変動に起因して生じた吸収係数の変動(又は検出器光量の変動)が生じた部位にマッピングしたトポグラフィ画像が形成される。なお、コンピュータ16は、後述のSBP法、SRI法、SARI法等の方法によりデータ処理を行い、トポグラフィ画像を再構築するデータ処理部として機能する。コンピュータ16により作成されたトポグラフィ画像は、不図示のデータ表示部により二次元画像として表示される。
【0022】
ここで、前述のように、頭部内部の生体組織のうち、例えば頭蓋骨、脳脊髄液などはその成分、分量はほとんど変動しない。これに対して、大脳皮質内の脳血流は、タスクに伴う脳の賦活部位に対応して変動し、皮膚血流は体位の変化によって変動するとともに、自律神経系支配を強く受けているため外気温の変化、精神活動によっても変動することが知られている。前述のように、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンは、生体内で最も高い吸収係数を示すため、皮膚血流、脳血流などの血流量が変動すると、その変動している部位を通過する近赤外光がヘモグロビンにより反射される確率が変動する。そのため、血流量の変動に起因して、受光プローブ13に入る近赤外光の光量が変動する。このようにして、受光プローブ13に入る近赤外光の光量の変動を計測することにより、頭部内部の、送光プローブ12から受光プローブ13に至る光の経路における血流量の変動を計測することができる。
【0023】
血流量の変動が生じたことが分かった場合において、脳の賦活部位のトポグラフィ情報を得るためには、xy平面における血流量の変動が生じた位置を特定することが重要となる。さらに、血流量の変動が皮膚血流の変動によるものであるか、それとも、脳血流の変動によるものであるかを特定するためには、深さ方向(z軸方向)における血流量の変動が生じた位置も特定することが望まれる。
【0024】
本発明者は、血流変動の生じた位置を精度良く特定するための手法として、光拡散方程式に基づいた逆問題法を利用した方法を提案しており、特に、深さ方向の位置を精度良く特定するために、独自の深さ感度可変感度適応型正則化の手法を開発した。以下、先ず、光拡散方程式の定常解及び逆問題について説明した後、本発明者が開発した深さ感度可変感度適応型正則化の手法について説明する。
【0025】
散乱吸収媒質における光伝搬は、ボルツマン輸送方程式により記述されるが生体のような強散乱媒質では拡散近似が成立し、光拡散方程式で解析してよいことが知られている。ここで、生体内における光伝搬の解析のためには、皮膚組織、頭蓋骨などの各生体組織の、対象波長における光学パラメータ(吸収係数μ
a及び換算散乱係数μ
S’=(1−g)μ
S等)と組織構造を考慮する必要があるとされている。ただし、gは散乱異方性パラメータであり、μ
Sは散乱係数である。
【0026】
発明者の知見によれば、生体組織の組織構造及び光学パラメータはほとんど変動しないため、光量の変動の大きさ(ベースラインからの変動の相対変化)を計測する限りにおいては、生体媒質が均質であって拡散近似が成立するものとして解析することができる。また、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンは、前述のように生体内で最も高い吸収係数を有するため、赤血球は強い吸収を示すが、同時に散乱性も強く示すことが知られている。しかしながら、血液の酸素飽和度を計測する反射型パルスオキシメータを用いた研究結果などを勘案し、本願においては、吸収係数の変化が支配的であって、散乱係数は変化しないと仮定することとした。以上のことから、本願においては、一様な散乱吸収媒質において、血流の変動に対応して吸収係数のみ局部的に変化するという問題について、光拡散方程式に基づいて解析することとした。
【0027】
一様な無限散乱吸収媒質における光拡散方程式の定常解は、単位点光源によるGreen関数Gで表される。点光源の位置をr
sとし、r
sから距離rだけ離れた位置r
dにおける光子密度Φ
0(r
s,r
d)は、以下の数1のように表される。ただし、r=|r
s−r
d|,D=1/(3μ
s’)である。ここで、Dは拡散係数であり、μ
s’は換算散乱係数であり、μ
aは吸収係数である。
【0029】
無限散乱吸収媒質内では、Φ
0(r
s,r
d)=G(r
s,r
d)となるが、本願の場合には体表面に点光源と検出点が配置されるため、半無限の境界条件を検討する必要がある。外挿境界の補正を考慮すると、体表面上の原点Oから光を照射したとき散乱吸収媒質内の位置r(点P(x,y,z))における光子密度Φ
0(O,r)は、以下の数2のように表される。ただし、r
1=((z−z
0)
2+x
2+y
2)
1/2,r
2=((z+z
0+2z
b)
2+x
2+y
2)
1/2,z
0=1/μ
s’,z
b=2D(1+R
eff)(1−R
eff)
−1である。ここで、R
effは等価反射係数であり、散乱吸収媒質と外部媒質との屈折率の比nの関数である。
【0031】
以下に示す数式において、Φ,Gには上述のような外挿境界の補正がなされているものとする。
【0032】
散乱吸収媒質内の位置r(点P(x,y,z))における吸収係数μ
a(r)がわずかに変化してμ
a(r)+δμ
a(r)となり、これに起因して位置r
dにおける光子密度Φ
0(r
s,r
d)がΦ
0(r
s,r
d)+δΦ(r
s,r
d)に変化するとする。ここで、位置r
dには検出点が配置されるため、位置r
dにおける光子密度は検出される光量の大きさに対応する。
【0033】
検出される光量の摂動量δΦ(r
s,r
d)をベースラインの値Φ
0(r
s,r
d)で正規化すると、検出光量の相対変化(検出光量の変動率)Φ
pertは、以下に示す数3のように表すことができる。
【0035】
ここで、μ
a(r)の変化が緩やかであると仮定すると、数3は空間的に離散化でき、以下の数4のように表すことができる。
【0037】
ここで、
図3に示すように、ΔV
jは散乱吸収媒質内のj番目のボクセルの体積であり、δμ
a,jはj番目のボクセルにおける吸収係数の変化を示す。数4から、検出光量の相対変化Φ
pertは、吸収係数の変化とボクセルの体積の積に比例し、さらに、吸収係数μ
aに変化が生じた位置rの関数として表されることが分かる。
【0038】
ここで、点光源と検出点の配置を定めたときに、空間の各点における単位体積あたりの吸収係数変化が、どの程度の大きさの検出光量の相対変化を生じさせるかを評価するために、式5のように相対感度S(r)を定義する。相対感度S(r)は、ある位置rにおける吸収係数の相対変化と検出光量の相対変化との比として定義される無次元量である。
【0040】
数3で表される検出光量の相対変化Φ
pertは、相対感度S(r)を用いて数6のように置き換えられる。
【0042】
相対感度S(r)の空間分布から、散乱吸収媒質内の位置rにおける吸収係数変化が、どの程度の大きさの検出光量の相対変化を生じさせるかを推定することができる。ここで数4と同様にして数6を離散化し、Φ
pert(r
s,r
d)を光源とi番目の検出器(受光プローブ)の組み合わせで得られる計測値の摂動b
iと置き換えることにより、数4又は数6は、以下の数7のように書き換えられる。
【0044】
数7は、A
ijを要素とする感度行列Aを与える。この行列Aは均質な光学特性値を有する散乱吸収媒質内において、位置r
jにおける体積ΔVの媒質が単位相対吸収係数変化を引き起こしたとき、i組目の観測データに生じる摂動を示す。ここで、x
j=δμ
a,j/μ
a0とおくと、数7はマトリクス形式を用いて数8のような簡単な形に表現できる。なお数8において、x,bはそれぞれ、吸収係数の相対変化と、計測値とをマトリクス形式で表現したものである。
【0046】
一旦、散乱吸収媒質内の吸収係数相対変化xと計測値bとの関係が数8のように与えられれば、数8をxについて解くことにより散乱吸収媒質における吸収係数変化を推定できる。つまり、数8において、計測値bと感度行列Aから、散乱吸収媒質内の吸収係数の相対変化xを推定することになる。このように、出力(計測値)から入力(原因)を推定する問題を逆問題と呼ぶ。しかしながら、感度行列Aは正方行列ではなく行より列が多いため、数8を満たすxは無数に存在することになる。このように解の一意性が満たされない場合には、適当な正則化を行って解を1つに定める必要がある。上述の数8で示されるような逆問題においては、悪条件による解の不安定性を抑圧するため、数9のような単純正則化ムーア・ペンローズ(Moore−Penrose)型一般逆行列を用いることができることが知られている。
【0048】
ここで、λはティホノフ(Tikhonov)正則化パラメターであり、x
Rは逆問題で得られた解である。本願において、数9の形のλを定数で与える正則化を単純正則化と称する。
【0049】
これに対して、本願発明者は、正則化に感度行列Aを利用するとともに、深さ感度に関する新たなパラメータγ(以下、深さ感度パラメータγと呼ぶ)を導入することにより、全く新しい正則化の手法を確立した。具体的には、(A
TA)
γIをペナルティ行列とする正則化一般逆行列を用いることにより、数10のようにx
Rを求めた。本願において、本願発明者が確立した数10の形の正則化を深さ感度可変感度適応型正則化と称する。
【0051】
ここで、実際の計測値b
iは、対象空間の全ての部位における吸収係数変化により引き起こされる受光量変化の重ね合わせとなるが、本願では後述のように、要素x
iを空間内に3次元的に一様分布させず、関心領域となる深部の要素集合と、妨害信号源となる表層部の要素集合とから構成されるとした。このようにすると、数8は、深部領域のターゲット信号sig
1と表層部の妨害信号sig
2とにより、数11のように書き直すことができる。なお、ターゲット信号sig
1は、深部の生体組織における吸収係数変化に対応するものであり、例えば、大脳皮質において発生した血流変化等に対応する。また、妨害信号sig
2は、表層部の生体組織における吸収係数変化に対応するものであり、例えば皮膚血流の変化に対応する。
【0053】
sig
1+sig
2を逆問題法によって求め、深部領域のターゲット信号sig
1と表層部の表層妨害信号sig
2とをそれぞれマッピングすると、深部における吸収係数変化及び表層部における吸収係数変化を2次元表示することができる。また、sig
1+sig
2を逆問題法によって求めたあと、例えば、妨害信号sig
2の成分を全てゼロに置き換えて、数11から再度bを求めることにより、表層部の妨害信号sig
2(すなわち皮膚血流の変動)の影響を取り除いた検出光量のデータを再構築することができる。つまり、皮膚血流の変動に対応する表層部の妨害信号sig
2が無く、深部領域で生じた血流変動に対応するターゲット信号sig
1のみがあったとした場合に計測されていたと考えられる検出光量のデータを推定することができる。
【0054】
次に、本発明者の提案する深さ感度可変感度適応型正則化の有効性を検証するため、以下に示すような条件の下で、シミュレーションを行った。前述の送光プローブ12と受光プローブ13と対応するように、10個の光源Sと8個の検出器Dを配置した(
図2参照)。前述のように、
図2に示される配列においては、15mm間隔で配置された6組の光源Sと検出器Dの組み合わせと、30mm間隔で配置された24組の光源Sと検出器Dの組み合わせとが含まれており、これらの30組の光源Sと検出器Dの組み合わせによる計測値を計測データbとした。
【0055】
また、深部領域のターゲット信号sig
1は、体表面から深さ10mmの面に全て存在すると仮定し、ターゲット信号sig
1の要素として深さ10mmの面に1mm角のボクセルを61×76=4636個並べた。また、表層部の妨害信号sig
2の要素として、18個のオプトード直下の深さ2mmの位置にそれぞれ1個のボクセルを設けた。つまり、合計で4654個のボクセルを配置した。表層部に設けた18個のボクセルの要素に表層吸収係数変化による影響が代表して返されるので、本願においてはこれらを表層ノイズ吸収ボクセルと呼ぶことにする。
【0056】
シミュレーションに先がけて、先ず、数5で定義される相対感度S(r)の空間分布を求めた。
図4(a)は、深さ2mmの面における相対感度S(r)の最大値をマッピングしたものであり、
図4(b)は、深さ10mmの面における相対感度S(r)の最大値をマッピングしたものである。ここでは、生体における代表値として、換算散乱係数μ’を1[mm
−1]とし、吸収係数μ
aを0.02[mm
−1]とした。
図4(a)に示されるように、深さ2mmの面においては、オプトードの直下に高い感度を有する部位が存在している。一方、
図4(b)に示されるように、深さ10mmの面においては、いわゆるバナナシェープ領域の中央となる部位、即ち、組をなすオプトードを結ぶ線の中点で最も感度の高い領域が現れる。しかしながら、深さ10mmの面における相対感度の最大値は、深さ2mmの面における相対感度の最大値と比べて10分の1以下となっていることが分かった。
【0057】
本シミュレーションにおいては、以下に示す3つの方法により2次元トポグラフィ画像を構成した。第1の方法では、30個の計測値b
iのうち、30mm間隔の計測値データ24個を対応するオプトードの中間点に逆投影し、これを2次元補間して滑らかな画像とした。以下の説明において、このような単純逆投影法と補間法とを組み合わせた方法をSBP法と呼ぶこととする。なお、SBP法によって画像化されるのは、検出光の強度の相対変化である。
【0058】
第2の方法では、上述のような逆問題法において、正則化に数
9のような単純正則化を用いた。これによって得られた4654点の吸収係数変化の推定値のうち、深部に対応する4636点の値をマッピング表示した。なお、ここでは得られた推定値から滑らかな画像を得るための補間や移動平均などの処理は行っていない。また、ティホノフ正則化パラメターλの値は10
−6とした。なお、この方法によれば、18点の表層妨害信号の推定値も同時に得られる。これをこのまま各オプトードの位置に表示できるが、ここでは前述のSBP法と同様の2次元補間によって表層部におけるトポグラフィ画像を作成した。なお、以下の説明において、単純正則化を用いた逆問題法をSRI法と呼ぶ。なお、SRI法によって画像化されるのは、検出光の強度の相対変化ではなく、吸収係数の相対変化である。
【0059】
第3の方法では、上述のような逆問題法において、正則化に数1
0のような深さ感度可変感度適応型正則化を用いた。SRI法と同様にして、深部に対応する4636点の値をマッピングしてトポグラフィ画像を形成するとともに、18点の表層妨害信号の推定値をもとにして2次元補間によって表層部におけるトポグラフィ画像を作成した。なお、以下の説明において、深さ感度可変感度適応型正則化を用いた逆問題法をSARI法と呼ぶ。また、正則化のパラメター値は、λ=10
−6,γ=0.5に設定した。ここで、上述のSRI法は、SARI法における深さ感度パラメータγを、定数(γ=0)に固定した特別な場合に相当する。なお、SARI法によって画像化されるのは、SRI法と同様に、吸収係数の相対変化である。
【0060】
[3つのターゲット信号]
深部(深さ10mmの面上)に、独立した3個の吸収係数変化(ターゲット信号1〜3)を与え、これについて上述の3つの方法でシミュレーションを行いトポグラフィ画像を作成した。なお、以下の説明において、深部に与えた吸収係数変化をターゲット信号と呼び、表層部に与えた吸収係数変化を表層妨害信号と呼ぶ。本シミュレーションにおいては、以下のように第1〜第3ターゲット信号を定義する。第1〜第3ターゲット信号は、それぞれ、座標(x,y,z)=(15,−15,−10),(22.5,15,−10),(−15,0,−10)に位置し、それぞれの位置の吸収散乱媒質の体積1mm
3の領域に、1%の吸収係数の変化があったとする。第1ターゲット信号は、y方向に沿った30mm間隔のオプトードの丁度中間点に位置しており、最も感度の高い部位に相当する。第2ターゲット信号は、2組の30mm間隔のオプトード間の感度の谷間になっている部位に位置している。また、第3ターゲット信号はx軸に沿った感度の高い部位に位置している。
【0061】
図5(a)〜(c)は、それぞれ、SBP法、SRI法、SARI法により作成されたトポグラフィ画像を示す。また、
図6(a)〜(c)は、
図5(a)〜(c)の表示スケールを同一に設定したものである。
図5(a)及び
図6(a)によれば、SBP法によって3つのターゲット信号を識別することができることがわかった。これに対して、
図5(b)及び
図6(b)によれば、SRI法では、各ターゲット信号に振動的な擾乱が発生していることがわかる。特に、第2ターゲット信号では信号源が2つに分離して見え、しかもx軸の正方向にずれた位置に信号の中心が移動している。また、SRI法では、感度の強い領域に沿って値が帰ってくる傾向がある。そのため、第1、第2ターゲット信号に対応して縦長の領域において吸収率変化が発生し、第3ターゲット信号に対応して横長の領域に吸収率変化が発生している。
【0062】
これに対して、
図5(c)及び
図6(c)によれば、SARI法では各ターゲット信号に対応する吸収率変化は円形の領域に発生するとともに、SRI法においてみられた振動的な擾乱はみられないことがわかった。これは、本発明の深さ感度可変感度適応型正則化により解が感度の高い部位に集中することが抑制されているからであると考えられる。また、第2ターゲット信号に対応する領域の中心位置も、SRI法の場合と比べて、実際の第2ターゲット信号の位置に近づいている。SARI法とSRI法との結果を比較すると、SARI法により得られたトポグラフィ画像は、SRI法による場合と比べて、ターゲット信号に起因して吸収率変化が発生した領域のコントラストも高くなっており、明らかに深部領域における感度が改善されていることがわかる。なお、SARI法の結果とSBP法の結果を比較すると、SARI法による場合は解が振動的ではあるがコントラストはSBP法より良いことがわかった。
【0063】
[1個の表層妨害信号]
次に、オプトード直下の座標(0,0,−2)の位置に表層妨害信号(以下、第1表装妨害信号と呼ぶ)がある場合について、シミュレーションを行った。この位置はオプトードの直下の浅い位置であるため、感度が極めて高いといえる。なお、表層妨害信号の強度(吸収係数の変化の大きさ)は上述の第1〜第3ターゲット信号の場合の10分の1である。
図7(a)〜(c)は、それぞれ、SBP法、SRI法、SARI法により作成されたトポグラフィ画像を示す。なお、
図7(a)〜(c)においては表示スケールを同一に設定している。
【0064】
図7(a)によれば、SBP法により作成されたトポグラフィ画像では、オプトード直下の位置(0,0,−2)に与えられた第1表層妨害信号によってその周りに十字型のノイズが発生していることがわかる。ここで、位置(0,0,−2)の真上にあるオプトードが関わる計測データの全てに吸収率変化による影響が生じると考えられるが、SBP法においては観測された受光量変化から推測された吸収率変化を各オプトードの組の中点に逆投影することから、このような十字型のノイズが発生すると考えられる。
【0065】
これに対して、
図7(b)によれば、SRI法では第1表層妨害信号の影響を効果的に除くことができることがわかった。また、
図7(c)によれば、SARI法ではSRI法に比べて表層の影響が現れていることが分かった。これはSARI法では深さ方向に関してもより均一な解を返すように作用するため、SARI法の深部感度はSRI法よりも改善されるが、それと引き換えに表層部における信号の感度が相対的に低下したためと考えられる。いずれにせよ、SBP法の場合と比べて、SRI法及びSARI法を用いた場合の方が、第1表層妨害信号の影響を抑制できることがわかった。
【0066】
[1個のターゲット信号と1個の表層妨害信号]
上述の第1ターゲット信号と第1表層妨害信号とを同時に与えた場合のシミュレーション結果を
図8(a)〜(c)に示す。また、
図9(a)〜(c)は、
図8(a)〜(c)の表示スケールを同一に設定したものである。
図8(a)及び
図9(a)に示されるように、SBP法においてはターゲット信号と表層妨害信号とを区別できないことが分かった。これに対して、SRI法及びSARI法においては、若干の振動的な悪影響が現れているものの、表層妨害信号を効果的に抑制することができるとともに、画像コントラストがSBP法よりも優れていることが分かった。
【0067】
[1個のターゲット信号と広がった表層妨害信号]
表層妨害信号が空間の1点に分布している場合ではなく、ある面上に広がって分布している場合を考える。ここでは、上述の第1ターゲット信号に加えて、4点(−20,−30,−2)、(−20,20,−2)、(20,20,−2)、(20,−30,−2)で囲まれる領域に、1mm
3あたりターゲット信号の100分の1の強度の表層妨害信号が分布しているとした。このような条件の元でのシミュレーション結果を
図10(a)〜(c)に示す。また、
図11(a)〜(c)は、
図10(a)〜(c)の表示スケールを同一に設定したものである。
【0068】
図10(a)、11(a)から、SBP法ではターゲット信号がマスクされ、表層妨害信号が大きな広がった信号として現れることが分かった。また、
図10(b)、11(b)によれば、SRI法では表層妨害信号による影響が抑制されることが分かったが、振動的な解がx方向に広がっており、第1ターゲット信号をはっきりと確認することができない。これに対して、SARI法では、表層妨害信号による影響を抑制できるとともに、第1ターゲット信号に対応する、吸収係数の変化の大きな領域が認められることが分かった。
【0069】
[1個のターゲット信号とランダムノイズ]
一般に、逆問題では雑音(ノイズ)の影響による解の不安定性が問題になることが知られている。そこで、ここでは前述の第1ターゲット信号に加えて、ショットノイズを想定した正規分布のランダムノイズを加えた場合についてのシミュレーションを行い、その結果を
図12(a)〜12(c)に示す。また、
図13(a)〜(c)は、
図12(a)〜(c)の表示スケールを同一に設定したものである。ここで、ランダムノイズの標準偏差は、最大受光パワーの1%に相当するように設定されている。
【0070】
図12(a),13(a)に示すように、SBP法においてはランダムノイズの影響はほとんど現れていないと言えるが、
図12(b),13(b)に示すように、SRI法ではランダムノイズにより解が不安定になり、予期せぬ部位に擾乱が現れている。これに対して、
図12(c),13(c)に示すように、SARI法でもランダムノイズの影響による擾乱が現れているが、
図13(a)〜13(c)においてスケールを統一して比較したところ、この程度のノイズであればSRI法、SARI法においてもターゲット信号を確認可能であることがわかった。
【0071】
[1個のターゲット信号と1個の表層妨害信号とランダムノイズ]
前述の第1ターゲット信号及び第1表層妨害信号に加えて、さらに上述のランダムノイズを与えた場合についてシミュレーションを行い、その結果を
図14(a)〜14(c)に示す。なお、また、
図15(a)〜(c)は、
図14(a)〜(c)の表示スケールを同一に設定したものである。
図15(a)〜(c)を比較すると、SBP法においては、第1ターゲット信号と第1表層妨害信号とを区別することができず、SRI法及びSARI法においては第1表層信号の影響を抑制して第1ターゲット信号を再現できることが分かった。なお、SRI法とSARI法による結果を比べると、SARI法による結果の方が画像コントラストが高いことが分かる。
【0072】
[表層妨害信号画像]
なお、上述のように、SRI法、SARI法においては、深部に対応する4636個のボクセルに推定値が返されるだけでなく、表層部に配置された18個のボクセルに表層妨害信号の推定値が返される。つまり、数14において、深部領域のターゲット信号sig
1だけでなく、表層部の表層妨害信号sig
2も推定することができるため、この表層妨害信号sig
2をマッピングすることにより、表層妨害信号を現すトポグラフィ画像を作成することができる。上述の、「1個のターゲット信号と1個の表層妨害信号とランダムノイズ」を与えた場合における、SRI法、SARI法により得られた表層妨害信号のトポグラフィ画像をそれぞれ
図16(a),(b)に示す。同様に、「1個のターゲット信号と広がった表層妨害信号」を与えた場合における、SRI法、SARI法により得られた表層妨害信号のトポグラフィ画像をそれぞれ
図16(c),(d)に示し、「ターゲット信号とランダムノイズ」を与えた場合における、SRI法、SARI法により得られた表層妨害信号のトポグラフィ画像をそれぞれ
図16(e),(f)に示す。
【0073】
図16(a),(b)によれば、オプトードの配置が非正方であるため、2次元補間を行った影響で縦長に延びた画像になっているものの、SRI法、SARI法のいずれを用いた場合でも第1表層妨害信号の位置に生じた吸収係数の変動を捉えていることが分かった。また、
図16(c),(d)によれば、SRI法、SARI法のいずれを用いた場合でも、広がった表層妨害信号に対応して、所定の領域に現れた吸収係数の変動を捉えていることが分かった。さらに、
図16(e),(f)によれば、ランダムノイズに起因しては、表層領域には吸収計数の変動が現れていないことが分かった。このように、いずれの場合においても、各オプトード直下に配置した18個のノイズ吸収ボクセルに、表層妨害信号による影響が反映されることが分かった。
【0074】
[ファントムによる評価]
次に、ファントム(擬似体)を用いた予備実験について説明する。予備実験に使用した生体光測定装置は、前述の脳機能計測装置1と同様であるため、その構成についての説明はここでは省略する。
図17に示されるように、ファントム40は、透明容器41と、透明容器41に満たされた分散液42と、分散液42中に沈められた、1辺の長さが4mmの立方体形状の黒色アクリル製吸収体Lと、同じく分散液42中に沈められた、1.4mm×1.4mm×2mmの大きさの、黒色アクリル製微小吸収体Sとを備える。ここで、分散液42は、染料(オリエント化学:WB−3)と散乱粒子(綜研化学:ポリスチレン球直径1.6μm)を、換算散乱係数μ
S’=1[mm
−1]、吸収係数μ
a=0.02[mm
−1]となるように調整されている。なお、吸収体L及び微小吸収体Sは、いずれも、直径0.5mmのステンレス製の棒材43により、背面側(
図17におけるz軸方向のマイナス側)から支持されて、それぞれ独立に移動できるように構成されている。また、透明容器41の正面41a(
図17においてz軸方向に垂直な面であって、z軸方向プラス側に位置する面)には、脳機能計測装置1の送光プローブ12及び受光プローブ13とが、前述のように配置されている(
図2参照)。
【0075】
まず、吸収体Lのみを座標(15,−15,−10)に配置して、脳機能計測装置1を用いた計測を行った。
図18(a)〜(c)は、計測結果を示す図であり、それぞれ、SBP法、SRI法、SARI法により作成された深部領域のトポグラフィ画像である。ここで、吸収体Lを座標(15,−15,−10)に配置することは、上述のシミュレーションにおいて第1ターゲット信号を与えた位置と同じ位置に、吸収係数の変動を与えることに対応する。また、
図19(a),(b)は、同様の場合における、SRI法、SARI法により作成された表層領域のトポグラフィ画像である。
図18(a)〜(c)から、SBP法、SRI法、SARI法のいずれの方法を用いた場合にも、高いコントラストで吸収体の存在が認められることが分かった。また、
図19(a),(b)から、SRI法、SARI法のいずれの方法を用いた場合にも、表層部に吸収係数の大きな変動は見られないことが分かった。これらの結果は、さきのシミュレーションにおいて、ターゲット信号のみが与えられた場合の結果に適合する。
【0076】
次に、吸収体Lを座標(−10,−15,−10)に配置し、微小吸収体Sを座標(30,0,−2)に配置して、脳機能計測装置1を用いた計測を行った。
図20(a)〜(c)は、計測結果を示す図であり、それぞれ、SBP法、SRI法、SARI法により作成された深部領域のトポグラフィ画像である。
また、
図21(a),(b)は、同様の場合における、SRI法、SARI法により作成された表層領域のトポグラフィ画像である。
図20(a)によれば、表層部に配置された微小吸収体Sの影響を受けて、(x,y)=(30,0)の位置にあるオプトードの周囲に大きなノイズが出現している。これに対して、
図20(b)によれば、表層妨害信号の源となる微小吸収体Sの影響が取り除かれていることが分かる。さらに、(x,y)=(−10,−15)の近くに、吸収体Lに起因する吸収係数変化を示す像が現れているが、この像が2つに分離していることが分かった。これに対して、
図20(c)によれば、同じく微小吸収体Sの影響が取り除かれているとともに、(x,y)=(−10,−15)の近くに、吸収体Lに起因する吸収係数変化を示す像が現れていることが分かった。なお、この場合においては、像は2つに分離せず単一の像として現れている。
【0077】
さらに、
図21(a),(b)から、SRI法、SARI法のいずれの方法を用いた場合にも、表層部において、(x,y)=(30,0)の位置に大きな吸収係数の変動が見られることが分かった。この吸収係数の変動は、微小吸収体Sに起因するものであると考えられる。
【0078】
このように、シミュレーション、及びファントムを用いた予備実験の結果から、いずれの場合にも、SBP法、SRI法に比べて、SARI法を用いた方が良好な結果が得られることが分かった。特に、表層部に広がりを持った表層妨害信号がある場合や、ランダムノイズがある場合などには、SARI法が有効であることも分かった。また、SRI法と同様に、SARI法においては、深部におけるトポグラフィ画像と、表層部におけるトポグラフィ画像とを同時に作成することができるという利点もある。
【0079】
なお、上述の説明においては、SRI法及びSARI法において、ティホノフの正則化パラメターλを10
−6に設定し、SARI法における深さ感度パラメターγを0.5に設定したが、本発明はこれに限られず、λ、γの値を適宜調整しうる。発明者の知見によれば、λの値は信号−ノイズ比(S/N比)に影響を及ぼすため、λの値を適当に調整することにより、得られるトポグラフィ画像のコントラストを向上させることができる。また、γの値を増加させると、浅部に比べて深部の感度が相対的に高くなり、逆にγの値を減少させると、深部に比べて浅部の感度が相対的に高くなる。このことは、
図21においてγ=0のSRI法では表層信号が強く表れ、γ=0.5のSARI法では表層信号がやや弱くなって表れていることに対応している。このように、γの値を増加させると、浅部に比べて深部の感度が相対的に高くなり、逆にγの値を減少させると、深部に比べて浅部の感度が相対的に高くなることを利用して、γの値を適当に調整することにより、深部及び浅部の相対感度を調整することができる。
【0080】
また、上述の説明において、本発明の生体光計測装置として脳機能計測装置1を例に挙げて説明してきたが、本発明はこれには限られず、脳以外の部位を計測対象とする生体光計測装置にも適用しうる。また、送光プローブ、受光プローブの構成は、上述の説明に限られない。例えば、光ファイバを用いずに、LEDや小型の半導体レーザ素子などの発光素子、及びフォトダイオードなどの受光素子を直接体表面に装着するようにしてもよい。また、光源として、必ずしも単一の波長の光源を使用しなくても良い。複数の波長の光を照射する光源を組み合わせることにより、上述のように、血流中のオキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンとの相対量の変化、すなわち、酸素の消費量の変化を計測してもよい。また、光源から発せられる光の波長及び、強度も、生体内を透過、散乱させた光を計測しうる限りにおいて任意に調整しうる。また、ボクセルの配置の仕方は上述の場合に限られず、計測対象にあわせて適宜変更しうる。
【0081】
また、送光プローブ、受光プローブの数及び配置は、上述の説明には限られず、受光プローブが異なる距離の送光プローブからの光を受光しうる限りにおいて、任意に配置しうる。例えば、
図22に示すように、格子状ではない配置にしてもよい。
図22には、4つの送光プローブ12と4つの受光プローブ13とが示されている。これらは2つの正方形の頂点の位置(つまり、8つの頂点の位置)にそれぞれ配置されている。また、
図22において、右上の正方形の左下の頂点は、左下の正方形の対角線の交点の位置に配置され、左下の正方形の右上の頂点の位置は、右上の正方形の対角線の交点の位置に配置されている。つまり、右上の正方形と右下の正方形とが互いに一部が重なるように配置されている。
図22に示される配置には、第1距離L1(正方形の一辺の長さ)を隔てて配置された8組のプローブ組と、第1距離L1よりも短い第2距離L2(正方形の対角線の長さの半分)を隔てて配置された5組のプローブ組との組み合わせが含まれている。これらのプローブ組を用いて、上述の説明と同様の手法を用いて、深部及び表層部の血流変動に起因する光の吸収係数の変動を計測することができる。