【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術開発機構「ナノテクノロジープログラム/ナノテク・先端部材実用化研究開発/ボトムアップ構造制御されたナノカーボン・ポリマー複合化薄膜を用いた抗血栓性医療機器の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のステントと同様の構成からなるステントを本発明者らが実際に作製し、ステントを拡張したときのステント表面をSEM(走査型電子顕微鏡)観察したところ、主に応力が集中する部分(ステントストラットの屈曲部)において、F−DLC層にクラック及び剥離の発生が認められた。ステントは長期間体内に留置されるものであることから、少なくともステントが血管内皮細胞で覆われるまでの期間は、このようなクラック及び剥離の発生が抑制されることが望ましい。
【0006】
なお、このような要望は、ステントに限ったものではない。例えば、塞栓コイルなど、ステント以外の拡張/収縮型医療器具に関しても存在するし、ガイドワイヤやペースメーカーのリード線などの屈曲型医療器具に関しても存在する。
【0007】
また、上記の要望は、医療器具に限ったものでもない。例えば、F−DLC層が表面に被膜された自動車部品などの金属製品においても、クラック及び剥離の発生を抑制したいという要望がある。
【0008】
そこで、本発明は、上記の要望を鑑みてなされたもので、クラック及び剥離の発生を従来よりも抑制することが可能な医療器具及び金属製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
〔1〕本発明の医療器具
であるステント(以下単にステントということがある。)は、
少なくとも表面が金属材料からなる基材層(10)と、
前記基材層(10)の表面のうち少なくとも一部を覆うように形成され、
シリコンカーバイドからなる炭素化合物層(12)と、
前記炭素化合物層(12)の表面のうち少なくとも一部を覆うように形成され、
少なくともケイ素を含有し、かつ、フッ素を含まない第1のダイヤモンドライクカーボン層(14)と、
前記第1のダイヤモンドライクカーボン層(14)の表面のうち少なくとも一部を覆うように形成され、フッ素を含む第2のダイヤモンドライクカーボン層(16)とを備え、
前記炭素化合物層(12)の表面自由エネルギーをA1とし、
前記第1のダイヤモンドライクカーボン層(14)の表面自由エネルギーをA2とし、
前記第2のダイヤモンドライクカーボン層(16)の表面自由エネルギーをA3としたとき、
式「A1>A2>A3」で規定される関係を満たすように構成されて
おり、
前記第1のダイヤモンドライクカーボン層(14)を構成する前記ケイ素の原子百分率濃度は、1%以上10%以下であることを特徴とする
ステント(1)である。
【0010】
このため、本発明の医療器具によれば、炭素化合物層と第2のダイヤモンドライクカーボン層(F−DLC層)との間に、フッ素を含まない第1のダイヤモンドライクカーボン層が形成されているため、炭素化合物層の表面に直接F−DLC層が形成されている場合に比べて、炭素化合物層と第2のダイヤモンドライクカーボン層との密着性を向上することが可能となる。その結果、医療器具を変形させたときなどにクラック及び剥離が発生することを従来よりも抑制することが可能となる。
【0011】
また、本発明の医療器具によれば、基材層上に形成される上記各層が、基材層側から第2のダイヤモンドライクカーボン層側に向かうに従って表面自由エネルギーが段階的に小さくなるように構成されている。つまり、各層間の表面自由エネルギーの差がなるべく大きくならないように構成されていることから、各層間の密着性をより高くすることができ、結果として、クラック及び剥離の発生を抑制することが可能となる。
【0012】
したがって、本発明の医療器具は、クラック及び剥離の発生を従来よりも抑制することが可能な医療器具となる。
【0013】
なお、この明細書において「金属元素」とは、単体が金属としての性質をもつ元素のことである。金属元素として、例えば、チタン、クロムを例示することができる。
【0014】
また、この明細書において「半金属元素」とは、周期表上で金属と非金属との境界付近の元素であって、金属と非金属の両方の性質をもつ元素のことである。半金属元素として、例えば、ケイ素を例示することができる。
【0016】
また、本発明のステントによれば、第1のダイヤモンドライクカーボン層の表面自由エネルギーを、炭素化合物層よりも小さくかつ第2のダイヤモンドライクカーボン層よりも大きくすることが比較的容易となり、結果として、本発明の
ステントを容易に実現可能となる。
【0018】
詳細については実施例で後述するが、ここで簡単に説明すると、第1のダイヤモンドライクカーボン層を構成する
ケイ素の原子百分率濃度が1%未満であると、第1のダイヤモンドライクカーボン層が硬すぎる結果、クラック及び剥離が発生し易くなってしまう。一方、第1のダイヤモンドライクカーボン層を構成する
ケイ素の原子百分率濃度が10%を超える値であると、表面自由エネルギーが高くなりすぎてしまい、表面自由エネルギーを望ましい値に設定するのが容易ではないという不具合がある。
【0019】
これに対し、
本発明のステントによれば、前記第1のダイヤモンドライクカーボン層を構成する前記
ケイ素の原子百分率濃度が1%以上10%以下であるため、クラック及び剥離の発生を極力抑制することが可能となるとともに、表面自由エネルギーが高くなりすぎることがなく、表面自由エネルギーを望ましい値に設定するのが比較的容易となる。
【0020】
[2][3] 本発明のステントにおいては、前記第1のダイヤモンドライクカーボン層を構成する前記
ケイ素の原子百分率濃度は、
1.2%以上10%以下であることが好ましく、3%以上7.5%以下であることがより好ましい。
【0021】
[4]上記[
1]
〜[3]
のいずれか1つに記載の
ステント(2)においては、
前記第1のダイヤモンドライクカーボン層(24)は、前記炭素化合物層(12)側の面から前記第2のダイヤモンドライクカーボン層(16)側の面に向かうに従って、前記第1のダイヤモンドライクカーボン層(24)を構成する前記
ケイ素の原子百分率濃度が段階的又は連続的に変化するように構成されていることが好ましい。
【0022】
このように構成することにより、炭素化合物層と第1のダイヤモンドライクカーボン層との密着性及び第1のダイヤモンドライクカーボン層と第2のダイヤモンドライクカーボン層との密着性をさらに向上することが可能となる。
【0025】
[
5]上記[1]〜[
4]のいずれか1つに記載の
ステント(3)においては、
前記第2のダイヤモンドライクカーボン層(36)は、前記第1のダイヤモンドライクカーボン層(14)側の面から前記第2のダイヤモンドライクカーボン層(36)の表面に向かうに従って、前記第2のダイヤモンドライクカーボン層(36)を構成する層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが段階的又は連続的に変化するように構成されていることが好ましい。
【0026】
このように構成することにより、第1のダイヤモンドライクカーボン層と第2のダイヤモンドライクカーボン層との密着性を高くしつつ、十分なレベルの抗血栓性及び生体適合性を得ることが可能となる。
【0027】
[
6]上記[1]〜[
5]のいずれか1つに記載の
ステント(1)においては、
前記第2のダイヤモンドライクカーボン層(16)の層厚が、10nm以上300nm未満に設定されていることが好ましい。
【0028】
第2のダイヤモンドライクカーボン層の層厚が10nm未満であると、第2のダイヤモンドライクカーボン層を高周波プラズマCVD法などで安定して形成するのが容易ではなくなる。一方、第2のダイヤモンドライクカーボン層の層厚が300nm以上であると、医療器具を変形させたときなどにクラック及び剥離が発生し易くなってしまう。
【0029】
これに対し、
本発明のステントによれば、前記第2のダイヤモンドライクカーボン層の層厚が10nm以上300nm未満に設定されているため、第2のダイヤモンドライクカーボン層を比較的安定して形成することができ、かつ、クラック及び剥離が発生するのを極力抑制することが可能となる。
【0030】
このような観点から言えば、前記第2のダイヤモンドライクカーボン層の層厚が、50nm以上250nm以下に設定されていることがより好ましい。
【0046】
なお、請求の範囲及び本欄(課題を解決するための手段の欄)に記載した各部材等の文言下に括弧をもって付加された符号は、図面を参照することにより、請求の範囲及び本欄に記載された内容の理解を容易にするために用いられたものであって、請求の範囲及び本欄に記載された技術的内容を限定するものではない。
【発明の効果】
【0047】
本発明の医療器具又は金属製品によれば、炭素化合物層と第2のダイヤモンドライクカーボン層(F−DLC層)との間に、フッ素を含まない第1のダイヤモンドライクカーボン層が形成されているため、炭素化合物層の表面に直接F−DLC層が形成されている場合に比べて、炭素化合物層と第2のダイヤモンドライクカーボン層との密着性を向上することが可能となり、医療器具又は金属製品を変形させたときなどにクラック及び剥離が発生することを従来よりも抑制することが可能となる。
【0048】
また、本発明の医療器具又は金属製品によれば、基材層上に形成される各層(炭素化合物層、第1のダイヤモンドライクカーボン層及び第2のダイヤモンドライクカーボン層)が、基材層側から第2のダイヤモンドライクカーボン層側に向かうに従って表面自由エネルギーが段階的に小さくなるように構成されているので、各層間の密着性をより高くすることができ、クラック及び剥離の発生を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下、本発明の医療器具及び金属製品について、図に示す実施の形態に基づいて説明する。
【0051】
[実施形態1](First Embodiment of the Invention)
実施形態1では、本発明の医療器具のうち、拡張/収縮型医療器具の一例としてステントを例示して説明する。まず、実施形態1に係るステント1の構成について、
図1及び
図2を用いて説明する。
図1は、実施形態1に係るステント1の外観を示す図面代用写真である。
図2は、実施形態1に係るステント1の構成(層構成)を模式的に示す図である。
【0052】
実施形態1に係るステント1は、
図2に示すように、基材層10と、基材層10の表面に形成された炭素化合物層12と、炭素化合物層12の表面を覆うように形成された第1のダイヤモンドライクカーボン層(以下、第1のDLC層)14と、第1のDLC層14の表面を覆うように形成された第2のダイヤモンドライクカーボン層(以下、第2のDLC層)16とを備える。ステント1は、例えばバルーン拡張型のステントである。
【0053】
基材層10は、少なくとも表面が金属材料からなる層である。金属材料としては、例えば、ステンレス鋼、コバルトクロム合金、チタン、チタン合金、タンタル、タンタル合金、プラチナ、プラチナ合金、金、金合金などを用いることができる。ステンレス鋼としては、例えば、耐食性の良好なSUS316Lを好適に用いることができる。なお、実施形態1の基材層10は、SUS316Lから構成されている。
【0054】
炭素化合物層12は、少なくとも1種の金属元素又は半金属元素を含む炭素化合物からなる層である。炭素化合物としては、例えば、シリコンカーバイド(SiC)、チタンカーバイド(TiC)、クロムカーバイド(Cr
3C
2)、チタンシリコンカーバイド(Ti
3SiC
2)などを用いることができる。なお、実施形態1の炭素化合物層12は、シリコンカーバイドである。
炭素化合物層12の層厚は、50nm〜150nm(例えば100nm)に設定されている。
【0055】
第1のDLC層14は、ダイヤモンドライクカーボンからなる層であって、フッ素を含まず、炭素化合物層12を構成する金属元素又は半金属元素のうち少なくとも1種の元素と同じ金属元素又は半金属元素を含む層である。すなわち、炭素化合物層がチタンカーバイドである場合には、第1のDLC層は、少なくともチタンを所定量含むダイヤモンドライクカーボン(例えばTi−DLC等)であり、チタンシリコンカーバイドである場合には、第1のDLC層は、少なくともケイ素を所定量含むダイヤモンドライクカーボン層(例えばSi−DLC等)又は少なくともチタンを所定量含むダイヤモンドライクカーボン層(例えばTi−DLC等)である。実施形態1の第1のDLC層14は、ケイ素を所定量含むダイヤモンドライクカーボン層(Si−DLC)である。
【0056】
第1のDLC層14を構成するケイ素の原子百分率濃度は、1%以上10%以下(例えば4〜5%)に設定されている。
第1のDLC層14の層厚は、50nm〜150nm(例えば100nm)に設定されている。
【0057】
第2のDLC層16は、ダイヤモンドライクカーボンからなる層であって、フッ素を含む層(F−DLC)である。第2のDLC層16を構成する層内部のフッ素と炭素の比率F/Cは、10%以上60%以下に設定されている。
第2のDLC層16の層厚は、10nm以上300nm未満(例えば200nm)に設定されている。
【0058】
実施形態1に係るステント1においては、炭素化合物層12の表面自由エネルギーをA1とし、第1のDLC層14の表面自由エネルギーをA2とし、第2のDLC層16の表面自由エネルギーをA3としたとき、式「A1>A2>A3」で規定される関係を満たすように構成されている。
【0059】
以上のように構成された実施形態1に係るステント1によれば、炭素化合物層12と第2のDLC層16との間に、フッ素を含まない第1のDLC層14が形成されているため、炭素化合物層の表面に直接F−DLC層が形成されている場合に比べて、炭素化合物層12と第2のDLC層16との密着性を向上することが可能となる。その結果、ステント1を拡張させたときなどにクラック及び剥離が発生することを従来よりも抑制することが可能となる。
【0060】
また、実施形態1に係るステント1によれば、基材層10上に形成される上記各層が、基材層10側から第2のDLC層16側に向かうに従って表面自由エネルギーが段階的に小さくなるように構成されている。つまり、各層間の表面自由エネルギーの差がなるべく大きくならないように構成されていることから、各層間の密着性をより高くすることができ、結果として、クラック及び剥離の発生を抑制することが可能となる。
【0061】
したがって、実施形態1に係るステント1は、クラック及び剥離の発生を従来よりも抑制することが可能なステントとなる。
【0062】
実施形態1に係るステント1においては、第1のDLC層14は、炭素化合物層12を構成する金属元素又は半金属元素(実施形態1の場合、ケイ素)と同じ金属元素又は半金属元素を含んでいる。これにより、第1のDLC層14の表面自由エネルギーを、炭素化合物層12よりも小さくかつ第2のDLC層16よりも大きくすることが比較的容易となり、結果として、実施形態1に係るステント1を容易に実現可能となる。
【0063】
実施形態1に係るステント1においては、第1のDLC層14を構成するケイ素の原子百分率濃度が1%以上10%以下に設定されているため、クラック及び剥離の発生を極力抑制することが可能となるとともに、表面自由エネルギーが高くなりすぎることがなく、表面自由エネルギーを望ましい値に設定するのが比較的容易となる。
【0064】
実施形態1に係るステント1においては、炭素化合物層12は、シリコンカーバイドからなり、第1のDLC層14は、ケイ素を含有するダイヤモンドライクカーボン(Si−DLC)からなるため、実施形態1に係るステント1を比較的簡単かつ安価に製造することが可能となる。
【0065】
ところで、第2のDLC層を構成する層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが10%未満であると、第2のDLC層が硬すぎる結果、クラック及び剥離が発生し易くなってしまう。一方、第2のDLC層内部のF/Cが60%よりも大きくなると、結晶化度が低く、比較的脆い層となってしまうことから、クラック及び剥離が発生し易くなってしまう。
【0066】
実施形態1に係るステント1においては、第2のDLC層16を構成する層内部のフッ素と炭素の比率F/Cは、10%以上60%以下に設定されているため、クラック及び剥離の発生を極力抑制することが可能となる。
【0067】
実施形態1に係るステント1においては、第2のDLC層16の層厚が、10nm以上300nm未満に設定されているため、第2のDLC層16を比較的安定して形成することができ、かつ、クラック及び剥離が発生するのを極力抑制することが可能となる。
【0068】
(実施形態1に係るステントの製造方法)
次に、ステント1の製造方法(実施形態1に係るステントの製造方法)について、
図3を用いて説明する。
図3は、ステント1の製造方法を説明するために示すフローチャートである。
【0069】
ステント1の製造方法は、
図3に示すように、ステント基材準備工程S1と、炭素化合物層形成工程S2と、第1のDLC層形成工程S3と、第2のDLC層形成工程S4とをこの順序で含む。以下、これら各工程を順に説明する。
【0070】
1.ステント基材準備工程S1
まず、上記した基材層10を有するステント基材を準備する。ステント基材としては、公知の金属材料を用いることができる。当該ステント基材の形状については、特に限定されるものではない。例えば、金属細線をジグザグ状に折り返したり網目状にしたりして、円筒状(管状)に構成した構造体であってもよい。
【0071】
2.炭素化合物層形成工程S2
次に、準備したステント基材(基材層10)の表面に炭素化合物層12を形成する。炭素化合物層12を形成する方法としては、例えば、熱CVD法やプラズマCVD法(高周波プラズマCVD法を含む。)などの化学蒸着法(CVD)、スパッタ法やイオンプレーティング法などの物理蒸着法(PVD)その他の公知の方法を用いることができる。シリコンカーバイド(SiC)からなる炭素化合物層12を形成するにあたって、例示した中から高周波プラズマCVD法を選択した場合には、高周波プラズマCVD装置内にステント基材をセットし、所定の条件下でアルゴンボンバードメント処理を行った後、例えばテトラメチルシラン(TMS)を原料ガスとして用いて、所定の層厚となるまで炭素化合物層12を形成すればよい。なお、ケイ素源として、テトラメチルシラン以外の物質を用いてもよい。
【0072】
3.第1のDLC層形成工程S3
次に、炭素化合物層12の表面に第1のDLC層14を形成する。第1のDLC層14を形成する方法としては、例えば、プラズマCVD法(高周波プラズマCVD法を含む。)などの化学蒸着法(CVD)、各種スパッタ法、イオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法、プラズマイオン注入法などの物理蒸着法(PVD)その他の公知の方法を用いることができる。ケイ素を所定量含むダイヤモンドライクカーボン(Si−DLC)からなる第1のDLC層14を形成するにあたって、例示した中から高周波プラズマCVD法を選択した場合には、炭素化合物層12が形成されたステント基材を高周波プラズマCVD装置内にセットした状態で、所定条件の下、例えばテトラメチルシラン(TMS)とアセチレン(C
2H
2)を原料ガスとして用いて、所定の層厚となるまで第1のDLC層14を形成すればよい。なお、ケイ素源として、テトラメチルシラン以外の物質を用いてもよい。また、炭素源として、アセチレン以外の物質(例えばベンゼン(C
6H
6)など)を用いてもよい。
【0073】
4.第2のDLC層形成工程S4
次に、第1のDLC層14の表面に、第2のDLC層16を形成する。第2のDLC層16を形成する方法としては、第1のDLC層形成工程S3で例示した方法と同様の方法を用いることができる。フッ素を所定量含むダイヤモンドライクカーボン(F−DLC)からなる第2のDLC層16を形成するにあたって、高周波プラズマCVD法を選択した場合には、炭素化合物層12及び第1のDLC層14が形成されたステント基材を高周波プラズマCVD装置内にセットした状態で、所定条件の下、例えばパーフルオロプロパン(C
3F
8)とアセチレン(C
2H
2)を原料ガスとして用いて、所定の層厚となるまで第2のDLC層16を形成すればよい。
【0074】
なお、フッ素源として、パーフルオロプロパン以外の物質(例えばテトラフルオロメタン(CF
4)やヘキサフルオロエタン(C
2F
6)など)を用いてもよい。また、炭素源として、アセチレン以外の物質(例えばベンゼン(C
6H
6)など)を用いてもよい。
【0075】
以上の工程を行うことにより、実施形態1に係るステント1を製造することができる。
【0076】
[実施形態2](Second Embodiment of the Invention)
図4は、実施形態2に係るステント2の構成(層構成)を模式的に示す図である。なお、
図4において、
図2と同一の部材については同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
【0077】
実施形態2に係るステント2は、基本的には実施形態1に係るステント1と良く似た構成を有するが、第1のDLC層24の構成が、実施形態1に係るステント1とは異なり、多層で構成されている。
【0078】
実施形態2に係るステント2においては、
図4に示すように、第1のDLC層24は第1〜第4層24a〜24dの4層で構成されている。第1のDLC層24は、実施形態1で説明した第1のDLC層14と同様、Si−DLCからなり、第1〜第4層24a〜24dを構成するケイ素の原子百分率濃度をそれぞれB1〜B4としたとき、「B1≧B2≧B3≧B4(ただし、「B1=B2=B3=B4」である場合を除く。)」を満たすように構成されている。言い換えれば、炭素化合物層12側の面から第2のDLC層16側の面に向かうに従って、第1のDLC層24を構成するケイ素の原子百分率濃度が段階的に変化するように構成されている。
【0079】
なお、実施形態2に係るステント2においては、第1のDLC層24における第1層24aの表面自由エネルギーが、炭素化合物層12の表面自由エネルギーよりも小さくなるように構成されており、第1のDLC層24における第4層24dの表面自由エネルギーが、第2のDLC層16の表面自由エネルギーよりも大きくなるように構成されている。
【0080】
このように、実施形態2に係るステント2は、実施形態1に係るステント1とは、第1のDLC層の構成が異なるが、実施形態1に係るステント1の場合と同様に、炭素化合物層12と第2のDLC層16との間に、フッ素を含まない第1のDLC層24が形成されており、かつ、基材層10上に形成される上記各層が、基材層10側から第2のDLC層16側に向かうに従って表面自由エネルギーが段階的に小さくなるように構成されているため、クラック及び剥離の発生を従来よりも抑制することが可能なステントとなる。
【0081】
実施形態2に係るステント2においては、上記したように、第1のDLC層24は、炭素化合物層12側の面から第2のDLC層16側の面に向かうに従って、第1のDLC層24を構成するケイ素の原子百分率濃度が段階的に変化するように構成されている。これにより、炭素化合物層12と第1のDLC層24との密着性、及び第1のDLC層24と第2のDLC層16との密着性をさらに向上することが可能となる。
【0082】
実施形態2に係るステント2は、第1のDLC層の構成が異なる点以外では、実施形態1に係るステント1と同様の構成を有するため、実施形態1に係るステント1が有する効果のうち該当する効果をそのまま有する。
【0083】
ステント2の製造方法(実施形態2に係るステントの製造方法)は、基本的にはステント1の製造方法(実施形態1に係るステントの製造方法)と同様に、ステント基材準備工程S1〜第2のDLC層形成工程S4の工程を含むが、第1のDLC層形成工程S3の内容が、ステント1の製造方法とは異なる。
【0084】
すなわち、ステント2の製造方法においては、第1のDLC層形成工程S3において高周波プラズマCVD法を選択した場合には、炭素化合物層12が形成されたステント基材を高周波プラズマCVD装置内にセットした状態で、所定条件の下、例えばテトラメチルシラン(TMS)とアセチレン(C
2H
2)を原料ガスとして用いて、所定のタイミングでテトラメチルシランとアセチレンの流量比(分圧比)を段階的に変えながら上記第1〜第4層24a〜24d(第1のDLC層24)を形成すればよい。
【0085】
[実施形態3](Third Embodiment of the Invention)
図5は、実施形態3に係るステント3の構成(層構成)を模式的に示す図である。なお、
図5において、
図2と同一の部材については同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
【0086】
実施形態3に係るステント3は、基本的には実施形態1に係るステント1と良く似た構成を有するが、第2のDLC層36の構成が、実施形態1に係るステント1とは異なり、多層で形成されている。
【0087】
実施形態3に係るステント3においては、
図5に示すように、第2のDLC層36は第1〜第4層36a〜36dの4層で構成されている。第2のDLC層36は、実施形態1で説明した第2のDLC層16と同様、F−DLCからなり、第1〜第4層36a〜36dを構成する各層内部のフッ素と炭素の比率F/CをそれぞれC1〜C4としたとき、「C1≦C2≦C3≦C4(ただし、「C1=C2=C3=C4」である場合を除く。)」を満たすように構成されている。言い換えれば、第1のDLC層14側の面から第2のDLC層36の表面に向かうに従って、第2のDLC層36を構成する層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが段階的に変化するように構成されている。
【0088】
なお、実施形態3に係るステント3においては、第2のDLC層36における第1層36aの表面自由エネルギーが、第1のDLC層14の表面自由エネルギーよりも小さくなるように構成されている。
【0089】
このように、実施形態3に係るステント3は、実施形態1に係るステント1とは、第2のDLC層の構成が異なるが、実施形態1に係るステント1の場合と同様に、炭素化合物層12と第2のDLC層36との間に、フッ素を含まない第1のDLC層14が形成されており、かつ、基材層10上に形成される上記各層が、基材層10側から第2のDLC層36側に向かうに従って表面自由エネルギーが段階的に小さくなるように構成されているため、クラック及び剥離の発生を従来よりも抑制することが可能なステントとなる。
【0090】
実施形態3に係るステント3においては、第2のDLC層36は、第1のDLC層14側の面から第2のDLC層36の表面に向かうに従って、第2のDLC層36を構成する層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが段階的に変化するように構成されている。これにより、第1のDLC層14と第2のDLC層36との密着性を高くしつつ、十分なレベルの抗血栓性及び生体適合性を得ることが可能となる。
【0091】
ステント3の製造方法(実施形態3に係るステントの製造方法)は、基本的にはステント1の製造方法(実施形態1に係るステントの製造方法)と同様に、ステント基材準備工程S1〜第2のDLC層形成工程S4の工程を含むが、第2のDLC層形成工程S4の内容が、ステント1の製造方法とは異なる。
【0092】
すなわち、ステント3の製造方法においては、第2のDLC層形成工程S4において高周波プラズマCVD法を選択した場合には、炭素化合物層12及び第1のDLC層14が形成されたステント基材を高周波プラズマCVD装置内にセットした状態で、所定条件の下、例えばパーフルオロプロパン(C
3F
8)とアセチレン(C
2H
2)を原料ガスとして用いて、所定のタイミングでパーフルオロプロパンとアセチレンの流量比(分圧比)を段階的に変えながら上記第1〜第4層36a〜36d(第2のDLC層36)を形成すればよい。
【0093】
[実施形態4](Forth Embodiment of the Invention)
実施形態4では、本発明の金属製品の一例として、自動車部品であるサスペンションのコイルスプリングを例示して説明する。
図6は、実施形態4に係るコイルスプリング4を説明するために示す図である。
図6(a)はコイルスプリング4の外観図であり、
図6(b)はコイルスプリング4の構成(層構成)を模式的に示す図である。
【0094】
実施形態4に係るコイルスプリング4は、
図6に示すように、基材層40と、基材層40の表面に形成された炭素化合物層42と、炭素化合物層42の表面を覆うように形成された第1のDLC層44と、第1のDLC層44の表面を覆うように形成された第2のDLC層46とを備える。
【0095】
基材層40は、金属材料からなる層である。金属材料としては、例えば、ステンレス鋼、バネ鋼などを用いることができる。なお、実施形態4の基材層40は、ステンレス鋼(例えばSUS316L)から構成されている。
【0096】
炭素化合物層42は、少なくとも1種の金属元素又は半金属元素を含む炭素化合物からなる層である。炭素化合物としては、例えば、シリコンカーバイド(SiC)、チタンカーバイド(TiC)、クロムカーバイド(Cr
3C
2)、チタンシリコンカーバイド(Ti
3SiC
2)などを用いることができる。なお、実施形態4の炭素化合物層42は、シリコンカーバイドである。
炭素化合物層42の層厚は、50nm〜150nm(例えば100nm)に設定されている。
【0097】
第1のDLC層44は、ダイヤモンドライクカーボンからなる層であって、フッ素を含まず、炭素化合物層42を構成する金属元素又は半金属元素のうち少なくとも1種の元素と同じ金属元素又は半金属元素を含む層である。実施形態4の第1のDLC層44は、ケイ素を所定量含むダイヤモンドライクカーボン層(Si−DLC)である。
【0098】
第1のDLC層44を構成するケイ素の原子百分率濃度は、1%以上10%以下(例えば4〜5%)に設定されている。
第1のDLC層44の層厚は、50nm〜150nm(例えば100nm)に設定されている。
【0099】
第2のDLC層46は、ダイヤモンドライクカーボンからなる層であって、フッ素を含む層(F−DLC)である。第2のDLC層46を構成する層内部のフッ素と炭素の比率F/Cは、10%以上60%以下に設定されている。
第2のDLC層46の層厚は、10nm以上300nm未満(例えば200nm)に設定されている。
【0100】
実施形態4に係るコイルスプリング4においては、炭素化合物層42の表面自由エネルギーをA1とし、第1のDLC層44の表面自由エネルギーをA2とし、第2のDLC層46の表面自由エネルギーをA3としたとき、「A1>A2>A3」を満たすように構成されている。
【0101】
以上のように構成された実施形態4に係るコイルスプリング4によれば、炭素化合物層42と第2のDLC層46との間に、フッ素を含まない第1のDLC層44が形成されているため、炭素化合物層の表面に直接F−DLC層が形成されている場合に比べて、炭素化合物層42と第2のDLC層46との密着性を向上することが可能となる。その結果、コイルスプリング4を変形させたときなどにクラック及び剥離が発生することを従来よりも抑制することが可能となる。
【0102】
また、実施形態4に係るコイルスプリング4によれば、基材層40上に形成される上記各層が、基材層40側から第2のDLC層46側に向かうに従って表面自由エネルギーが段階的に小さくなるように構成されている。つまり、各層間の表面自由エネルギーの差がなるべく大きくならないように構成されていることから、各層間の密着性をより高くすることができ、結果として、クラック及び剥離の発生を抑制することが可能となる。
【0103】
したがって、実施形態4に係るコイルスプリング4は、クラック及び剥離の発生を従来よりも抑制することが可能なコイルスプリングとなる。
【0104】
実施形態4に係るコイルスプリング4においては、第1のDLC層44は、炭素化合物層42を構成する金属元素又は半金属元素(実施形態4の場合、ケイ素)と同じ金属元素又は半金属元素を含んでいる。これにより、第1のDLC層44の表面自由エネルギーを、炭素化合物層42よりも小さくかつ第2のDLC層46よりも大きくすることが比較的容易となり、結果として、実施形態4に係るコイルスプリング4を容易に実現可能となる。
【0105】
実施形態4に係るコイルスプリング4においては、第1のDLC層44を構成するケイ素の原子百分率濃度が1%以上10%以下に設定されているため、クラック及び剥離の発生を極力抑制することが可能となるとともに、表面自由エネルギーが高くなりすぎることがなく、表面自由エネルギーを望ましい値に設定するのが比較的容易となる。
【0106】
実施形態4に係るコイルスプリング4においては、炭素化合物層42は、シリコンカーバイドからなり、第1のDLC層44は、ケイ素を含有するダイヤモンドライクカーボン(Si−DLC)からなるため、実施形態4に係るコイルスプリング4を比較的簡単かつ安価に製造することが可能となる。
【0107】
実施形態4に係るコイルスプリング4においては、第2のDLC層46を構成する層内部のフッ素と炭素の比率F/Cは、10%以上60%以下に設定されているため、クラック及び剥離の発生を極力抑制することが可能となる。
【0108】
実施形態4に係るコイルスプリング4においては、第2のDLC層46の層厚が、10nm以上300nm未満に設定されているため、第2のDLC層46を比較的安定して形成することができ、かつ、クラック及び剥離が発生するのを極力抑制することが可能となる。
【0109】
なお、詳細な説明は省略するが、実施形態4に係るコイルスプリング4は、実施形態1で説明したステント1の製造方法と同様、コイルスプリング基材を準備するコイルスプリング基材準備工程と、コイルスプリング基材(基材層40)の表面に炭素化合物層42を形成する炭素化合物層形成工程と、炭素化合物層42の表面に第1のDLC層44を形成する第1のDLC層形成工程と、第1のDLC層44の表面に第2のDLC層46を形成する第2のDLC層形成工程とをこの順序で行うことにより、製造することができる。
【0110】
以上、本発明の医療器具及び金属製品を上記の各実施形態に基づいて説明したが、本発明は上記の各実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0111】
(1)上記実施形態2においては、第1のDLC層が4層で構成されている場合を例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、2層、3層又は5層以上で構成されており、これら各層において、第2のDLC層側の面から炭素化合物層側の面に向かうに従って、第1のDLC層を構成する金属元素又は半金属元素(例えばケイ素)の原子百分率濃度が段階的に変化するように構成されていてもよい。また、上記実施形態2においては、第1のDLC層として、ケイ素の原子百分率濃度が段階的に変化するように構成された第1のDLC層24を例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。第1のDLC層としては、第2のDLC層側の面から炭素化合物層側の面に向かうに従って、第1のDLC層を構成するケイ素の原子百分率濃度が連続的に変化するように構成されたものであってもよい。
【0112】
(2)上記実施形態2においては、第1層24aの表面自由エネルギーが炭素化合物層12の表面自由エネルギーよりも小さくなるように構成されており、第4層24dの表面自由エネルギーが第2のDLC層16の表面自由エネルギーよりも大きくなるように構成されている場合を例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、第1層24aの表面自由エネルギーが炭素化合物層12の表面自由エネルギーとほぼ等しくなるように構成されており、第4層24dの表面自由エネルギーが第2のDLC層16の表面自由エネルギーとほぼ等しくなるように構成されていてもよい。このとき、第2及び第3層24b,24cは、「(第1層24aの表面自由エネルギー)>(第4層24dの表面自由エネルギー)」を満たすように構成されていればよい。
【0113】
(3)上記実施形態3においては、第2のDLC層が4層で構成されている場合を例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、2層、3層又は5層以上で構成されており、これら各層において、第1のDLC層側の面から第2のDLC層の表面に向かうに従って、第2のDLC層を構成する各層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが段階的に変化するように構成されていてもよい。また、上記実施形態3においては、第2のDLC層として、各層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが段階的に変化するように構成された第2のDLC層36を例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。第2のDLC層としては、第1のDLC層側の面から第2のDLC層の表面に向かうに従って、第2のDLC層を構成する各層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが連続的に変化するように構成されたものであってもよい。
【0114】
(4)上記実施形態1〜3においては、バルーン拡張型のステントを例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、自己拡張型のステントにも本発明を適用可能である。また、本発明は、いわゆる薬剤溶出ステント(DES)にも適用可能である。
さらにまた、本発明は、ステント以外の拡張/収縮型医療器具や、生体内での柔軟性(フレキシビリティ)が求められる屈曲型医療器具にも適用可能である。ステント以外の拡張/収縮型医療器具としては、例えば、塞栓コイルなどに好適に用いることができる。屈曲型医療器具としては、例えば、ガイドワイヤ、ペースメーカーのリード線などに好適に用いることができる。さらには、人工心臓の血管と接触する部分にも好適に使用可能である。
【0115】
(5)上記実施形態4においては、第1のDLC層44及び第2のDLC層46がともに単一の層である場合を例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。第1のDLC層においては、実施形態2で説明した第1のDLC層24のように、複数の層に分割され、第2のDLC層側の面から炭素化合物層側の面に向かうに従って、第1のDLC層を構成する金属元素又は半金属元素(例えばケイ素)の原子百分率濃度が段階的に変化するように構成されていてもよい。または、第2のDLC層側の面から炭素化合物層側の面に向かうに従って、第1のDLC層を構成する金属元素又は半金属元素(例えばケイ素)の原子百分率濃度が連続的に変化するように構成されていてもよい。第2のDLC層においても同様に、実施形態3で説明した第2のDLC層36のように、複数の層に分割され、第1のDLC層側の面から第2のDLC層の表面に向かうに従って、第2のDLC層を構成する各層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが段階的に変化するように構成されていてもよい。または、第1のDLC層側の面から第2のDLC層の表面に向かうに従って、第2のDLC層を構成する各層内部のフッ素と炭素の比率F/Cが連続的に変化するように構成されていてもよい。
【0116】
(6)上記実施形態4においては、金属製品の一例として、自動車部品のコイルスプリングを例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。コイルスプリング以外の自動車部品(例えばシャフト部材など)や、トムソン刃などの自動車部品以外の金属製品にも本発明を適用可能である。なお、本発明は、コイルスプリングのように変形可能な金属製品に適用した場合に、特に効果がある。
【0117】
(7)上記各実施形態においては、炭素化合物層が含む金属元素又は半金属元素の一例として、半金属元素であるケイ素を例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、ケイ素以外の半金属元素を含んでいてもよいし、チタンやクロムなどの金属元素を含んでいてもよい。また、炭素化合物層が含む金属元素又は半金属元素は、1種に限定されることはなく、金属元素及び半金属元素のうち複数種を含んでいてもよい。第1のDLC層についても同様に、半金属元素であるケイ素を含むダイヤモンドライクカーボン(Si−DLC)を例示して説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、ケイ素以外の半金属元素を含むダイヤモンドライクカーボンであってもよいし、チタンやクロムなどの金属元素を含むダイヤモンドライクカーボンであってもよい。また、第1のDLC層が含む金属元素又は半金属元素は、1種に限定されることはなく、金属元素及び半金属元素のうち複数種を含んでいてもよい。
【実施例】
【0118】
以下に、実施例(及び比較例)を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0119】
[実施例1及び比較例1]
まず、炭素化合物層、第1のDLC層及び第2のDLC層それぞれの表面自由エネルギーの関係が、拡張後のステントの表面状態に与える影響について説明する。
【0120】
上述の実施形態1に係るステント1の構成をもとに、式「A1>A2>A3」で規定される関係を満たすステントを実施例1とし、式「A1>A2>A3」の関係を満たさないステントを比較例1とした。(式中、A1:炭素化合物層の表面自由エネルギー、A2:第1のDLC層の表面自由エネルギー、A3:第2のDLC層の表面自由エネルギー)
【0121】
なお、実施例1の各層の表面自由エネルギーを算出するにあたっては、ステント基材の表面に炭素化合物層のみが形成された試料(試料P−1)と、ステント基材の表面に炭素化合物層及び第1のDLC層の2層が形成された試料(試料P−2)と、ステント基材の表面に炭素化合物層、第1のDLC層及び第2のDLC層の3層が形成された試料(試料P−3)とをそれぞれ準備し、得られた各試料の表面自由エネルギーの値を、実施例1を構成する各層の表面自由エネルギーとみなした。
【0122】
また、比較例1の各層の表面自由エネルギーを算出するにあたっては、ステント基材の表面に炭素化合物層のみが形成された試料(試料Q−1)と、ステント基材の表面に炭素化合物層及びダイヤモンドライクカーボンのみからなるDLC層の2層が形成された試料(試料Q−2)と、ステント基材の表面に炭素化合物層、ダイヤモンドライクカーボンのみからなるDLC層及び第2のDLC層の3層が形成された試料(試料Q−3)とをそれぞれ準備し、得られた各試料の表面自由エネルギーの値を、比較例1を構成する各層の表面自由エネルギーとみなした。
【0123】
(1)
各試料の層構成
(a)
実施例
試料P−1は、ステント基材(基材層)の表面に、炭素化合物層としてのシリコンカーバイド層(SiC層)を形成したもの(SiC)である。
試料P−2は、ステント基材(基材層)の表面にSiC層を形成し、その表面に第1のDLC層としてのケイ素含有DLC層(Si−DLC層)を形成したもの(SiC/Si−DLC)である。
試料P−3は、ステント基材(基材層)の表面にSiC層を形成し、SiC層の表面にSi−DLC層を形成し、その表面に第2のDLC層としてのフッ素含有DLC層(F−DLC層)を形成したもの(SiC/Si−DLC/F−DLC)である。
【0124】
(b)
比較例
試料Q−1は、試料P−1と同様(SiC)である。
試料Q−2は、ステント基材(基材層)の表面にシリコンカーバイド層(SiC層)を形成し、その表面に、Siを含有しないダイヤモンドライクカーボンのみからなるDLC層を形成したもの(SiC/DLC)である。
試料Q−3は、ステント基材(基材層)の表面にSiC層を形成し、SiC層の表面にSiを含まないDLC層を形成し、その表面に第2のDLC層としてのフッ素含有DLC層(F−DLC層)を形成したもの(SiC/DLC/F−DLC)である。
【0125】
(2)
各試料の作製方法
(試料P−1)
試料P−1においては、まず、SUS316Lからなるステント基材を準備し、ステント基材を高周波プラズマCVD装置(オンワード技研社製「YH−1200」)内にセットした。次に、所定の減圧条件の下、アルゴンボンバードメント処理を約10分間行った後、テトラメチルシラン(TMS)を原料ガスとして用いて、ステント基材(基材層)の表面にSiC層を形成した。このとき、層厚100nmのSiC層が形成されるように、ガス流量や反応時間などを適宜調整した。
【0126】
(試料P−2)
試料P−2においては、試料P−1と同様の工程を行った後、テトラメチルシラン(TMS)とアセチレン(C
2H
2)を原料ガスとして用いて、SiC層の表面にSi−DLC層を形成した。このとき、層厚100nmのSi−DLC層が形成されるように、ガス流量や反応時間などを適宜調整した。なお、テトラメチルシランの流量とアセチレンの流量との和に対するテトラメチルシランの流量の割合(以下、TMS分圧)は、4%とした。
【0127】
(試料P−3)
試料P−3においては、試料P−2と同様の工程を行った後、パーフルオロプロパン(C
3F
8)とアセチレン(C
2H
2)を原料ガスとして用いて、Si−DLC層の表面にF−DLC層を形成した。このとき、層厚200nmのF−DLC層が形成されるように、ガス流量や反応時間などを適宜調整した。
【0128】
(試料Q−1〜Q−3)
試料Q−1においては、試料P−1と同様の工程を行った。
試料Q−2においては、試料Q−1(P−1)と同様の工程を行った後、アセチレン(C
2H
2)を原料ガスとして用いて、SiC層の表面にDLC層を形成した。このとき、層厚100nmのDLC層が形成されるように、ガス流量や反応時間などを適宜調整した。
試料Q−3においては、試料Q−2と同様の工程を行った後、パーフルオロプロパン(C
3F
8)とアセチレン(C
2H
2)を原料ガスとして用いて、DLC層の表面にF−DLC層を形成した。このとき、層厚200nmのF−DLC層が形成されるように、ガス流量や反応時間などを適宜調整した。
【0129】
(3)
表面自由エネルギーの算出方法
表面自由エネルギーの算出には、Owens−Wendtの方法による固体表面自由エネルギーの算出方法を参考にした。この方法は、表面張力の異なる液体を用いて、各液体での接触角を測定し、Young−Dupreの式から分散成分、極性成分、水素結合成分を算出し、さらに、拡張Fowkes式を用いて、分散成分と極性成分と水素結合成分から表面自由エネルギー(表面張力)を導き出している。今回は、表面張力の異なる液体として、純水とジヨードメタン(CH
2I
2)を用いて実施した。
【0130】
(4)
拡張したステントの表面状態の評価
実施例1に係るステントとして試料P−3を採用し、比較例1に係るステントとして試料Q−3を採用し、バルーンカテーテルを用いて実施例1及び比較例1に係るステントをそれぞれφ3.5mmとなるまで拡張した(拡張前φ1.5mm)。そして、拡張後の各ステントをSEM観察し、クラック及び剥離の有無等より、拡張後のステントの表面状態を評価した。
【0131】
(結果の考察)
実施例1及び比較例1の各層の表面自由エネルギーの算出結果を、表1に示す。また、実施例1に係るステント表面のSEM写真を
図7に示し、比較例1に係るステント表面のSEM写真を
図8に示す。
図7(a)及び
図8(a)は拡張前のステントの表面状態を撮影したSEM写真(観察倍率:250倍)であり、
図7(b)及び
図8(b)は拡張後のステントの表面状態を撮影したSEM写真(観察倍率:500倍)であり、
図7(c)及び
図8(c)は
図7(b)及び
図8(b)の一点鎖線で囲んだ部分をさらに拡大して示すSEM写真(観察倍率:1000倍)である。なお、
図7及び
図8においては、ステントストラットの屈曲部の周辺部分を撮影している。
【0132】
【表1】
【0133】
各層の表面自由エネルギーに関して、表1から分かるように、実施例1に係るステントは、式「A1>A2>A3」で規定される関係を満たすように構成されているのに対し、比較例1に係るステントは、式「A1>A2>A3」の関係を満たすように構成されておらず、「A2>A1>A3」となっている。
【0134】
また、拡張後のステントの表面状態を比較すると、実施例1に係るステントにおいては、
図7(b)及び
図7(c)から明らかなように、クラック及び剥離の発生が認められなかった。これに対して、比較例1に係るステントにおいては、
図8(b)及び
図8(c)から明らかなように、クラック及び剥離の発生が認められた。
【0135】
このことから、拡張時のステントの表面状態と各層の表面自由エネルギーとを相関付け、式「A1>A2>A3」の関係を満たすようにすると、クラック及び剥離の発生を従来よりも抑制可能となることが確認できた。
【0136】
[実施例2]
実施例2では、第1のDLC層を構成する金属元素又は半金属元素の原子百分率濃度を変化させたときの各種物性について説明する。
【0137】
試料としては、平面視正方形状(サイズ:12.5mm×12.5mm×4.0mm厚)の超硬(タングステンカーバイド(WC))の表面に、SiC層(炭素化合物層)及びSi−DLC層(第1のDLC層)が形成された9種類のテストピースを用いた。
【0138】
ここで、当該9種類のテストピースとは、Si−DLC層(第1のDLC層)を形成するときのTMS分圧を、0%、1.0%、2.0%、3.0%、4.0%、5.0%、7.5%、10.0%、20.0%の9段階に設定して作製した、Si濃度が異なるSi−DLC層を有する試料(試料R−1〜R−9)のことである。なお、これら各試料を作製するときの工程は、実施例1で説明したものと同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0139】
各試料におけるSi−DLC層を構成するケイ素の原子百分率濃度(以下、Si濃度)は、X線電子分光法(XPS)によって測定した。各試料の物性を評価するにあたって、硬さ、ヤング率及び表面自由エネルギーを測定項目(評価項目)とした。
【0140】
各試料の硬さ、ヤング率及び表面自由エネルギーの測定結果を表2に示す。また、TMS分圧とSi濃度との関係を
図9に示し、Si濃度と硬さとの関係を
図10に示し、Si濃度とヤング率との関係を
図11に示し、Si濃度と表面自由エネルギーとの関係を
図12に示す。
【0141】
【表2】
【0142】
(結果の考察)
(TMS分圧とSi濃度)
TMS分圧とSi濃度との関係については、表2及び
図9に示すように、TMS分圧が0〜10%の範囲では、Si濃度がTMS分圧とほぼ同じ値を示し、TMS分圧が10%を超えたあたりから、Si濃度が上昇しにくくなる傾向が認められた。
【0143】
(Si濃度と硬さ)
Si濃度と硬さとの関係については、表2及び
図10に示すように、Si濃度が0%のときには硬さが23.4GPaであるのに対し、Si濃度が約1〜10%の範囲においては硬さが20GPa前後となり、Si濃度を高くしていくと硬さの値が低下する傾向が認められた。ただし、Si濃度が約7%を超えたあたりから、Si−DLC層の硬さに変化が認められなかった。
【0144】
(Si濃度とヤング率)
Si濃度とヤング率との関係については、表2及び
図11に示すように、Si濃度を高くしていくとヤング率が低下する傾向が認められた。
【0145】
(Si濃度と表面自由エネルギー)
Si濃度と表面自由エネルギーとの関係については、表2及び
図12に示すように、Si濃度が5%以下の範囲では表面自由エネルギーの低下傾向が認められ、Si濃度が5%を超えたあたりから、表面自由エネルギーが徐々に増加する傾向が認められた。また、Si濃度が約4〜5%で極小値をとる挙動を示した。
【0146】
なお、上述の表1に示したように、炭素化合物層としてのSiC層の表面自由エネルギー(A1)は47.0mJ/m
2であり、第2のDLC層としてのF−DLC層の表面自由エネルギー(A3)は28.2mJ/m
2であるが、式「A1>A2>A3」で規定される関係を満たす試料は、表2及び
図12から明らかなように、試料R−2〜試料R−9であった。すなわち、Si濃度が約1〜10%であれば、式「A1>A2>A3」の関係を満たすことが確認できた。
【0147】
また、Si濃度を約2〜6%とすると、表面自由エネルギーが比較的低い値を示すことが確認できた。
【0148】
さらにまた、Si濃度5%以上の範囲では、Si濃度の上昇とともに表面自由エネルギーが増加する挙動を示していることから、Si濃度が10%を超えると、表面自由エネルギーが高くなりすぎてしまうことが推測される。
【0149】
(結論)
以上の結果より、次の(A)〜(D)の事項を確認することができた。
(A)上記の製法でTMS分圧を10%より大きくしたとしても、第1のDLC層のSi濃度はさほど高くならない。
(B)Si濃度を1%以上にすると比較的柔らかい層となる。ただし、Si濃度を7%より大きくしても層の柔らかさに違いが出にくい。
(C)Si濃度を1%以上にすると比較的伸びやすい(他の層の伸びに対して追従しやすい)層となる。
(D)Si濃度が約1〜10%であれば、式「A1>A2>A3」で規定される関係を満たす。Si濃度を約2〜6%とすると、表面自由エネルギーが比較的低い値を示す。Si濃度が10%を超えると、式「A1>A2>A3」の関係を満たすのが容易ではなくなる。
【0150】
これらのことから、Si濃度が1%以上10%以下であると、クラック及び剥離の発生を極力抑制することが可能となるとともに、表面自由エネルギーが高くなりすぎることがなく、表面自由エネルギーを望ましい値に設定するのが比較的容易となることが確認できた。
【0151】
[実施例3]
実施例3では、第2のDLC層の層厚が、拡張後のステントの表面状態に与える影響について説明する。
【0152】
試料としては、ステント基材の表面に、SiC層(炭素化合物層)、Si−DLC層(第1のDLC層)及びF−DLC層(第2のDLC層)が形成されたステントを用い、F−DLC層の層厚を、300nmに設定して作製したステントを用いた。上記実施例1に係るステント(試料P−3)におけるF−DLC層の層厚が200nmであるのと比較すると、実施例3に係るステントは、F−DLC層の層厚がより厚く設定されていることが分かる。なお、試料を作製するときの工程は、実施例1で説明したものと同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0153】
なお、高周波プラズマCVD法を用いて層厚10nm未満のF−DLC層を形成することは容易ではないため、F−DLC層の層厚が10nm未満に設定された試料については作製していない。
【0154】
上記のステントを、バルーンカテーテルを用いてφ3.5mmとなるまで拡張した(拡張前φ1.5mm)。そして、拡張後のステントをSEM観察し、クラック及び剥離の有無等より、拡張後のステントの表面状態を評価した。
【0155】
実施例3に係るステント表面のSEM写真を
図13に示す。
図13(a)及び
図13(c)は拡張後のステントの表面状態を撮影したSEM写真(観察倍率:250倍)であり、
図13(b)は
図13(a)の一点鎖線で囲んだ部分をさらに拡大して示すSEM写真(観察倍率:1000倍)であり、
図13(d)は
図13(c)の一点鎖線で囲んだ部分をさらに拡大して示すSEM写真(観察倍率:1000倍)である。なお、
図13においては、ステントストラットの屈曲部の周辺部分を撮影している。
【0156】
F−DLC層の層厚が300nmに設定されたステントでは、
図13から明らかなように、クラック(例えば
図13(b)参照。)及び剥離(例えば
図13(d)参照。)の発生が認められた。
【0157】
一方、上記実施例1に係るステント(試料P−3)は、F−DLC層の層厚が200nmに設定されたステントであるが、
図7(b)及び
図7(c)を参照すれば容易に理解できるように、拡張後のステントの表面にはクラック及び剥離は認められなかった。
【0158】
このことから、第2のDLC層の層厚を、10nm以上300nm未満に設定すれば、第2のDLC層を比較的安定して形成することができ、かつ、クラック及び剥離が発生するのを極力抑制できることが確認できた。