特許第5662036号(P5662036)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5662036ヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5662036
(24)【登録日】2014年12月12日
(45)【発行日】2015年1月28日
(54)【発明の名称】ヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 49/00 20060101AFI20150108BHJP
【FI】
   C01G49/00 A
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2010-44387(P2010-44387)
(22)【出願日】2010年3月1日
(65)【公開番号】特開2011-178602(P2011-178602A)
(43)【公開日】2011年9月15日
【審査請求日】2013年1月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】306039131
【氏名又は名称】DOWAメタルマイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100105256
【弁理士】
【氏名又は名称】清野 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(72)【発明者】
【氏名】鐙屋 三雄
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】見上 寛信
【審査官】 壺内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−018291(JP,A)
【文献】 特開2008−126104(JP,A)
【文献】 特表2008−540824(JP,A)
【文献】 特開2009−079237(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/038401(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G49/00−49/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5価ヒ素と3価鉄とを含有する溶液へ2価鉄を添加し、前記溶液のpH値を、0.79を超え1.0以下とし、酸化剤を添加して、結晶性ヒ酸鉄を生成する方法であって、
前記ヒ素を含有する溶液中における、5価ヒ素のモル数をAモル、3価鉄のモル数をBモル、2価鉄のモル数をCモルとするとき、B/A<1.0およびC>0およびB>0とする、ことを特徴とするヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法。
【請求項2】
さらに、(B+C)≧Aである、ことを特徴とする請求項1に記載のヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法。
【請求項3】
上記酸化剤が、酸素ガス、空気、酸素を含むガス、空気希釈ガス、過酸化水素水から選択されるいずれか1種以上である、ことを特徴とする請求項1または2に記載のヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法。
【請求項4】
前記結晶性ヒ酸鉄の生成反応において、溶液中のヒ素濃度が、反応開始時点におけるヒ素濃度の30%以下となる時期以降に、前記溶液のpH値を、1を超え、2以下とする、ことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法。
【請求項5】
ヒ素を含有する溶液から結晶性ヒ酸鉄を生成させた後の反応後液を、2価鉄源として再度使用する、ことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
溶液中に存在するヒ素(本発明において「As」の意味である。)を、安定なヒ素化合物として当該溶液から分離回収する技術であり、特には、溶液中に存在するヒ素を、安定なヒ素化合物である結晶性ヒ酸鉄(例えば、スコロダイト結晶)として当該溶液から分離回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
3価鉄(本発明において「Fe3+」の意味である。)と、5価ヒ素(本発明において「As5+」の意味である。)とを、反応させて結晶性ヒ酸鉄を生成させる場合、従来の技術では反応速度を向上させる為、溶液のpH値を、1を超えた条件下において行っていた。その結果、得られるヒ酸鉄は非常に微細なものとなり、さらに、非晶質のヒ酸鉄も含み易くなることが、ハンドリング上の課題である。
【0003】
ここで、溶液中に存在するヒ素をスコロダイトとして当該溶液から分離回収する方法に関して、特許文献1、2が提案されている。
特許文献1の提案は、5価ヒ素と3価鉄とを含有する酸性水溶液からヒ酸鉄を製造する方法であって、当該酸性水溶液中に含まれる5価ヒ素に対する3価鉄のモル比を0.9以上、1.1以下に調節した後に、スコロダイトの生成を行う方法である。
特許文献2の提案は、5価ヒ素と3価鉄とを含有する酸性水溶液からスコロダイトを製造する方法であって、当該酸性水溶液中のナトリウム濃度が、0g/Lを超え、4g/L以下となるように、塩基性ナトリウム化合物を当該酸性水溶液に添加し、スコロダイトの生成を行う方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−79237号公報
【特許文献2】特開2008−231478号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは特許文献1、2に記載された結晶性ヒ酸鉄(スコロダイト)の生成方法を検討した。
特許文献1に記載の提案は、5価ヒ素と3価鉄とを含有する酸性水溶液へ、多量の種結晶(実施例では、50g/L)を添加し、高温での熱処理(実施例では、95℃、24時間)を行うことでスコロダイトの生成を行うものである。つまり、スコロダイト生成の際は、常に種結晶の添加を必要とするものである。
【0006】
特許文献2に記載の提案は、スコロダイトの生成時間に24時間という非常に長時間を要するものであった。この点は、特許文献1に記載の提案も、スコロダイトの生成時間に24時間という非常に長時間を要するものであった。
さらに、結晶粒の大きなヒ酸鉄の生成については、特許文献1、2を初めとする従来技術に係るいずれの方法にも記載がない。
【0007】
本発明は、上述の状況もとでなされたものであり、その解決しようとする課題は、ヒ素を含む溶液から、大きな粒子径を有する結晶性ヒ酸鉄粒子を容易且つ短時間で生成可能とする、結晶性ヒ酸鉄を得る方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の課題を解決する為、本発明者らは鋭意研究を行ない、以下の知見を得た。
ヒ素と3価鉄とを含有する酸性溶液から結晶性ヒ酸鉄を生成する場合には、当該酸性溶液のpH値を1よりも高く、好ましくは1.5前後とすることで、その生成反応速度が向上し、ヒ素の処理効率は上がる。しかし、当該生成するヒ酸鉄粒子は非常に微細なものになり易い。
一方、当該酸性溶液のpH値が1以下の場合、種結晶が存在しないと、結晶性ヒ酸鉄は殆ど生成しない。さらに、当該pH値が1以下の酸性溶液へ酸化剤として、例えば、酸素や空気を吹き込んでも結晶性ヒ酸鉄は殆ど生成しない。
【0009】
本発明者らは、上述したようにpH値1を境界として、いずれの領域においてもヒ素を含む溶液から、大きな粒子径を有する結晶性ヒ酸鉄粒子を容易且つ短時間で生成することが困難な状況を解決すべく、研究を行った。
そして、当該ヒ素を含む酸性溶液において、3価鉄と2価鉄(本発明において「Fe2+」の意味である。)とを存在させ、pH値を1.0以下とした後、さらに酸化剤を添加することで、当該溶液から、大きな粒子径を有する結晶性ヒ酸鉄粒子を容易且つ短時間で生成出来るという、画期的な知見を得て本発明を完成したものである。
【0010】
すなわち、本発明に係る第1の発明は、
5価ヒ素と3価鉄とを含有する溶液へ2価鉄を添加し、前記溶液のpH値を、0.79を超え1.0以下とし、酸化剤を添加して、結晶性ヒ酸鉄を生成する方法であって、
前記ヒ素を含有する溶液中における、5価ヒ素のモル数をAモル、3価鉄のモル数をBモル、2価鉄のモル数をCモルとするとき、B/A<1.0およびC>0およびB>0とする、ことを特徴とするヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法である。
【0011】
第2の発明は、
さらに、(B+C)≧Aである、ことを特徴とする第1の発明に記載のヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法である。
【0012】
第3の発明は、
上記酸化剤が、酸素ガス、空気、酸素を含むガス、空気希釈ガス、過酸化水素水から選択されるいずれか1種以上である、ことを特徴とする第1または第2の発明に記載のヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法である。
【0013】
第4の発明は、
前記結晶性ヒ酸鉄の生成反応において、溶液中のヒ素濃度が、反応開始時点におけるヒ素濃度の30%以下となる時期以降に、前記溶液のpH値を、1を超え、2以下とする、ことを特徴とする第1から第3のいずれかの発明に記載のヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法である。
【0014】
第5の発明は、
ヒ素を含有する溶液から結晶性ヒ酸鉄を生成させた後の反応後液を、2価鉄源として再度使用する、ことを特徴とする第1から第4のいずれかの発明に記載のヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るヒ素を含有する溶液からの結晶性ヒ酸鉄の生成方法によれば、結晶粒径の大きい結晶性ヒ酸鉄粒子を短時間で生成させることが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、ヒ素を含有する溶液に3価鉄と2価鉄とを共に存在させ、当該溶液のpH値が1以下の下で、当該3価鉄を、2価鉄に優先してヒ素と反応させ、結晶性ヒ酸鉄を生成させるものである。尚、結晶性ヒ酸鉄には、スコロダイト(FeAsO・2HO)を始めとして、kankit(FeAsO・1.5HO),zykaite(Fe(AsO(SO)(OH)・15HO)、bukovskyite(Fe(AsO(SO)(OH)・7HO)、sarmiente(Fe(AsO(SO)(OH)・7HO)等がある。
【0017】
具体的には、本発明は、ヒ素Aモルと、3価鉄Bモルと、2価鉄Cモルとを含むpH値が1以下の溶液において、ヒ素に対する3価鉄のモル比であるB/A<1.0(即ち、A>B)の状態として酸化剤を加え、結晶性ヒ酸鉄粒子を生成させるものである。この結晶性ヒ酸鉄生成反応において、鉄は3価鉄Bモルと2価鉄Cモルとの混在であって、A>Bであり、且つ、A≦(B+C)である。ヒ素量よりも鉄量の方が上回るためヒ素の殆どが反応されつくし、結果として反応後液中におけるヒ素の残存が少なくなる。この結果、後工程である水処理におけるヒ素負荷が軽減される。尤も、3価鉄と2価鉄の殆どを結晶性ヒ酸鉄としたい場合にはA>(B+C)であっても良い。このとき、ヒ素は5価ヒ素であることが好ましい。ヒ酸鉄は、3価鉄と5価ヒ素との化合物である為である。
ここで、3価鉄Bモルと2価鉄Cモルとのモル比は、結晶性ヒ酸鉄の生成目標量、状況に応じて設定すればよいが、モル比(B/Cの値)を0.1〜2の範囲に設定することが、結晶性ヒ酸鉄の生産性の観点から好ましい。当該モル比は、反応前、反応中において変化させても良い。
【0018】
本発明者らは、3価鉄と5価ヒ素とによる結晶性ヒ酸鉄生成反応において、溶液のpH値を1以下とし、上述したようにB/A<1とし、且つ2価鉄Cモルを共存させ、さらに酸化剤を加える構成により、3価鉄と5価ヒ素との結晶化反応が、2価鉄と5価ヒ素との結晶化反応に比較して優先的、且つ迅速に進み、大きな粒径を有する結晶性ヒ酸鉄粒子が短時間で生成されることを知見したものである。
以下、本発明が適用されるヒ素含有物、3価鉄源、2価鉄源、3価および2価鉄源の添加方法、酸化剤、溶液のpH値制御、pH調整剤、反応容器の順で詳細に説明する。
【0019】
(本発明が適用されるヒ素含有物)
本発明が適用されるヒ素含有物としては、ヒ酸塩、ヒ酸がある。具体的には、製錬工程から発生する排水、煙灰、殿物である。製錬工程において発生する、これらのヒ素含有物を安全に処理する為、浸出等を行い、ヒ素溶液としたものが本発明の対象溶液となる。尤も、この他、ヒ素を含む廃棄物や、土壌、河川等で天然に含有されるヒ素の浄化に伴って発生するヒ素溶液へ、本発明を適用することも可能である。但し、いずれの場合でも溶液中のヒ素は、予め5価ヒ素に酸化しておくことが好ましい。
【0020】
ここで本発明者らは、pH値が1以下の酸性溶液中に、ヒ素と3価鉄と2価鉄(本発明において「Fe2+」の意味である。)とを共存させ、且つ、所定反応条件下で、当該酸性溶液中へ酸化剤として酸素や空気を吹き込むことで、結晶性ヒ酸鉄生成反応が迅速に進み、且つ、粒子径の大きな結晶性ヒ酸鉄粒子が生成することを知見した。
本発明者らは上述した所定反応条件として、溶液中に存在するヒ素1モルに対して、1モル未満(0.1〜1.0モル)の3価鉄と、2価鉄とを共に存在させ、当該溶液へ酸化剤の添加(空気、酸素の吹き込み、等)を行なうという反応条件に想到した。そして、当該所定反応条件下では、粒子径の大きな結晶性ヒ酸鉄粒子の生成反応が迅速に進む現象を知見したものである。
【0021】
さらに、当該溶液中にヒ素と3価鉄と2価鉄とが共に存在した場合、結晶性ヒ酸鉄生成反応の進行開始に伴い、3価鉄イオン濃度は、2価鉄イオン濃度と比べ圧倒的に早く低下
してしまうが、2価鉄イオン濃度は、それ程大きな減少変化がないことが知見された。しかし、当該3価鉄イオンおよび2価鉄イオンの濃度の動向にも拘らず、2価鉄の量が多いことで結晶性ヒ酸鉄生成反応の進行が促進されることも判明した。
【0022】
(3価鉄源)
3価鉄源としては、3価鉄塩がある。具体的には、硫酸第2鉄、塩化第2鉄、硝酸第2鉄等、酸化鉄、水酸化鉄等が挙げられる。ここで、設備への腐食性の観点、汎用的な薬剤としての入手が容易性の観点から、硫酸第2鉄が好ましい。
当該硫酸第2鉄は、温水に溶解し3価鉄イオンの溶液として添加することが好ましいが、液量を抑える観点から、直接、粉状で被処理溶液へ添加しても良い。
【0023】
(2価鉄源)
2価鉄源としては、2価鉄塩がある。具体的には、硫酸第1鉄、塩化第1鉄、硝酸第1鉄等、酸化鉄、水酸化鉄等が挙げられる。ここで、設備への腐食性の観点、汎用的な薬剤としての入手容易性の観点から、硫酸第1鉄が好ましい。
当該硫酸第1鉄は、温水に溶解し2価鉄イオンの溶液として添加しても良いが、液量を抑える観点から、粉状のまま、直接、対象溶液へ添加することが好ましい。
【0024】
(3価および2価鉄源の添加方法)
上記、3価および2価鉄源の被処理溶液への添加は、全量一括添加も良いし、結晶性ヒ酸鉄生成反応の進行に伴って、複数回に分けて分割添加することも出来る。尤も、全量一括添加によれば、操作が簡便化し、作業コストの低減を行うことが出来る。
また、被処理溶液から結晶性ヒ酸鉄が生成した後に得られる反応後液中には、3価鉄および5価ヒ素が殆ど含有されておらず、一方、2価鉄は残留している。そこで、当該反応後液は、再度2価鉄源として使用可能である。当該構成により、薬剤コストの低減を図ることが出来るので好ましい。
【0025】
(酸化剤)
酸化剤は、酸素ガス、空気、酸素を含むガス、空気希釈ガス、オゾン、過酸化水素水等、から選択される1種以上を用いることが出来る。これらのガスの分圧をもちいて濃度調整しても良い。
尚、酸素を含むガスとは、酸素含有組成が21%(空気含有酸素量)より多く100%より少ないガスを示し、空気希釈ガスとは、例えば窒素ガス等の不活性ガスを空気に混合し、酸素含有組成が0%より多く21%(空気含有酸素量)より少ないガスを示す。
添加方法は、ガス体ならば被処理溶液へ吹き込めば良いし、液体ならば当該溶液へ投入すれば良い。
【0026】
(溶液のpH値制御)
本発明に係る結晶性ヒ酸鉄生成反応は水素イオンを発生する反応である。この為、当該結晶性ヒ酸鉄生成反応の進行と共に、被処理溶液のpH値は低下する。ここで、溶液のpH値低下を成行きに任せ、当該結晶性ヒ酸鉄生成反応進行時のpH値が0.70から0.
79まで低下すれば、反応速度が著しく低下し、且つ反応後液に残留するヒ素濃度が高くなるという知見を得た。
一方、本発明者らは、当該結晶性ヒ酸鉄生成反応において、3価鉄を用い粒径の大きな結晶性ヒ酸鉄を生成させるためには、溶液のpH値が1以下の領域が好ましいという知見を得ている。
【0027】
以上の知見より、本発明者らは、当該結晶性ヒ酸鉄生成反応の進行中は、発生する水素イオンを中和し、且つ反応終了時のpH値を所定範囲内に収めるのが良いと考えた。
具体的には、例えば、溶液のpH値が0.8以下となる際は、pH値を0.8以上に保
持し、pH1迄上昇させることが出来る。
そして、被処理溶液中のヒ素濃度が、反応開始時点におけるヒ素濃度の30%以下となる反応後期では、結晶性ヒ酸鉄生成反応が緩慢になる。そこで、当該反応後期においては、pH値を1〜2前後迄上昇させて、結晶性ヒ酸鉄生成反応を促進する構成を採ることも好ましい。当該反応後期においては、既に生成した結晶性ヒ酸鉄は安定しており、pH値上昇による結晶性ヒ酸鉄の再溶解は起こらないので問題はない。
【0028】
尚、所定pH値でのpH値保持制御幅は、結晶性ヒ酸鉄の粒子成長の観点からは狭い程好ましい。例えば、所定pH値を1.0として保持する場合のpH値制御幅は、pH値が0.9より低下せず1.0を超さない範囲よりも狭い範囲で制御することが好ましい。
当該pH値の制御幅を実現するには、後述するpH調整剤を水に添加して、高スラリー濃度の液状としてから被処理溶液へ添加することで、当該溶液への濡れを確保し、当該溶液中への拡散を容易せしめる方法等が有効である。
【0029】
(pH調整剤)
pH調整剤には、アルカリ土類金属系のアルカリ、例えば、Mg(OH)2、Ca(OH)2、MgO、CaO、等が好ましく、アルカリ金属系のアルカリ、例えば、NaOH、KOH、等でも良い。これらの単種または複数の混合でも良い。
【0030】
(反応容器)
当該結晶性ヒ酸鉄の生成反応に用いる容器は開放型で良い。当該生成反応は大気圧下でおこなう為、容器には特別な耐圧性は不要である。
【0031】
(まとめ)
以上説明した、本発明に係る対象溶液からの結晶性ヒ酸鉄生成方法によれば、結晶粒径の大きいヒ酸鉄粒子を短時間で生成させることが可能となった。さらに、得られた結晶性ヒ酸鉄粒子は、ヒ素の溶出値が低いものであった。この結果、生成した結晶性ヒ酸鉄は、濾過性、ハンドリング性とも優れていた。
一方、結晶性ヒ酸鉄粒子の径を大きく出来たことは、粒子径の調整幅を拡大出来たことである。当該調整幅の拡大手法は、結晶性ヒ酸鉄粒子の様々な用途、保管方法、等に応用可能であり、結晶性ヒ酸鉄粒子の保管、利用範囲が拡大される可能性は高い。
【0032】
以下、実施例を参照しながら本発明に関し詳細に説明する。
(実施例1)
1)試験ユニットおよび試験規模
試験容器としては1Lビーカーを使用した。当該試験容器に設置する撹拌装置は、4枚邪魔板付き、2段タービン羽根、回転数600rpmを使用した。
このとき、1バッチ当たりにおけるヒ素、鉄混合溶液の処理量は総量で650mLとした。なお、いずれの実施例も大気圧(常圧)下である。
【0033】
2)3価鉄溶液の調製
試薬硫酸鉄(III)水和物(鉄品位として21.6%)1,815gを量り取り、これを5Lビーカーに投入し、純水を加えて液量を1,900mLとした。そして、当該溶液を80℃に加温し、攪拌して硫酸鉄(III)溶液を得た。
当該硫酸鉄(III)溶液を室温まで放冷し、さらに、当該溶液の液量が2,000mLになるように純水を補加し、実施例1および、後述する他実施例に係る3価鉄溶液を得た。
当該3価鉄溶液に対する分析の結果、鉄濃度は196g/Lであることが判明した。
【0034】
3)ヒ素、鉄混合溶液の調製
5価ヒ素として試薬60%砒酸溶液を準備した。
3価鉄として、上述した2)の3価鉄溶液を準備した。
2価鉄として試薬硫酸鉄(II)7水和物を準備した。
ここで、5価ヒ素が25g/Lであって、3価鉄が5価ヒ素総モル量にたいして0.75倍当量(0.75倍モル)、2価鉄が5価ヒ素総モル量にたいして0.5倍当量(0.5倍モル)のヒ素と鉄との混合溶液を製造した。
具体的には、試薬60%砒酸溶液32.5mLと、試薬硫酸鉄(II)7水和物30.1gと、上述した2)の3価鉄溶液46.5mLとを混合し、さらに、水を加えて全量を650mLにした。
こうして得られたヒ素と鉄との混合溶液は、ヒ素濃度25.1g/L、3価鉄濃度14.1g/L、2価鉄濃度9.4g/Lであった。
【0035】
4)pH調整剤
本実施例においては、pH調整剤としてキシダ化学株式会社製試薬、水酸化マグネシウムMg(OH)(assay min95%)を準備した。
【0036】
5)酸化剤
本実施例においては、反応開始から溶液中にヒ酸鉄の核が発生するまでの段階では、酸化剤として空気を用い、これ以降、結晶性ヒ酸鉄の粒子が成長する段階では、酸化剤として酸素ガスを用いた。
【0037】
6)結晶性ヒ酸鉄生成反応
本実施例、および、実施例2〜4、比較例1、2では、結晶性ヒ酸鉄としてスコロダイト結晶を生成させた。そこで、以下の説明においては、「結晶性ヒ酸鉄」に代えて「スコロダイト」と表記した。
上述したヒ素と鉄との混合溶液を95℃へ加温する。このとき、95℃到達時点で混合溶液のpH値が1を超えないようにする為、加温中に混合溶液へ硫酸を添加した。そして、当該混合溶液の液温が95℃到達時点で、混合溶液のpH値が1となるように、添加する硫酸量を調整した。
【0038】
混合溶液の液温が95℃、pH1であることを確認し、酸化剤の添加を開始してスコロダイト生成反応を開始した。
酸化剤の添加は、反応開始から溶液中にスコロダイトの核が発生するまでの30分間は、空気を1L/minで吹き込み、その後、スコロダイトの粒子が成長する段階では酸素ガスに替え、1L/minで反応終了まで210分間、吹き込みを継続した(結局、スコロダイト生成反応時間は、全体で4時間となった。)。混合溶液のpH値は、開始当初は1.0であったが、pH調整剤としてMg(OH)を粉末のまま添加し、溶液のpH値を0.93〜0.99間にて制御した。次いで、反応開始から120分間後に溶液のpH値を1.5迄上昇させ、pH値を1.46〜1.54間にて制御した。反応終了後は生成物を濾過し、反応後液と生成残さ(スコロダイト)とを得た。なお、本実施例において濾過は極めてスムーズに進行し、10秒とかからない数秒で完了した。
【0039】
7)生成したスコロダイトの評価
得られた反応終了時点での濾過物を純水洗浄した後、X線回折測定を行い、スコロダイト生成状況を評価した。得られたスコロダイトの粒子径測定結果を表4に示す。
X線回折結果より、反応終了時点での濾過物には、スコロダイト(FeAsO・2HO)の結晶を示すシャープなピークが広い回折角の範囲で確認され、スコロダイト結晶であると同定した。
【0040】
(実施例2)
上述した実施例1の「3)ヒ素、鉄混合溶液の調製」において、5価ヒ素を25g/L
、3価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして0.75倍当量(0.75倍モル)、2価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして0.75倍当量(0.75倍モル)の、ヒ素と鉄との混合溶液とし、反応初期における空気吹き込み時間を60分間とした以外は、実施例1と同様にして、実施例2に係る生成物を得た。
当該生成物を濾過し、溶液と生成残さ(スコロダイト)とを得た。なお、本実施例においても濾過は極めてスムーズに進行し、10秒とかからない数秒で完了した。
得られた反応終了時点での濾過物を純水洗浄した後、得られたスコロダイトの粒子径測定結果を表4示す。
【0041】
また、本実施例においては、反応開始時、反応開始60分間後、反応開始120分間後、反応開始240分間後における、被処理溶液中の5価ヒ素濃度、3価鉄濃度、2価鉄濃度を測定した。当該測定結果を表1に記載する。
【0042】
【表1】
【0043】
表1の結果より、被処理溶液のpH値が1以下であるところの、反応開始120分間後までに、3価鉄の殆ど全量がスコロダイト生成反応に消費され、一方、2価鉄の消費量は少量であることが確認された。当該結果より、被処理溶液のpH値が1以下の下で、5価ヒ素と3価鉄とが、短時間で、且つ2価鉄に優先してスコロダイトを生成する反応を行っていることが確認出来た。
【0044】
反応開始240分間後における、被処理溶液中の5価ヒ素濃度、3価鉄濃度、2価鉄濃度を見ると、5価ヒ素濃度および3価鉄濃度は非常に低いが、2価鉄濃度は高い。従って、反応後液である当該反応開始240分間後における被処理溶液は、2価鉄源として再度の利用が可能であることが判明した。
【0045】
(実施例3)
上述した実施例1の「3)ヒ素、鉄混合溶液の調製」において、5価ヒ素を25g/L、3価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして0.9倍当量(0.9倍モル)、2価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして0.5倍当量(0.5倍モル)とした以外は、実施例1と同様にして、実施例3に係る生成物を得た。
当該生成物を濾過し、溶液と生成残さ(スコロダイト)とを得た。なお、本実施例においても濾過は極めてスムーズに進行し、10秒とかからない数秒で完了した。
得られた反応終了時点での濾過物を純水洗浄した後、得られたスコロダイトの粒子径測定結果を表4に示す。
【0046】
(実施例4)
上述した実施例1の「3)ヒ素、鉄混合溶液の調製」において、5価ヒ素を25g/L、3価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして0.9倍当量(0.9倍モル)、2価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして0.75倍当量(0.75倍モル)とした以外は、実施例1と同様
にして、実施例4に係る生成物を得た。
当該生成物を濾過し、溶液と生成残さ(スコロダイト)とを得た。なお、本実施例においても濾過は極めてスムーズに進行し、10秒とかからない数秒で完了した。
得られた反応終了時点での濾過物を純水洗浄した後、得られたスコロダイトの粒子径測定結果を表4に示す。
【0047】
(比較例1)
1)ヒ素、鉄混合溶液の調製
上述した実施例1の「3)ヒ素、鉄混合溶液の調製」において、5価ヒ素を25g/Lとし、3価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして1.0倍当量(1.0倍モル)、2価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして0.5倍当量(0.5倍モル)とした以外は、実施例1と同様にして比較例1に係る操作を行った。
【0048】
2)スコロダイトの生成反応
調製したヒ素と鉄との混合溶液を95℃へ加温した。このとき、95℃到達時点で混合溶液のpH値が1を超えないようにする為、加温中に混合溶液へ硫酸を添加した。そして、当該混合溶液の液温が95℃到達時点で、混合溶液のpH値が1となるように、添加する硫酸量を調整した。
【0049】
混合溶液の液温が95℃、pH1であることを確認し、酸化剤(酸素ガス)の添加を開始してスコロダイト生成反応開始とした。尚、酸化剤の量、及び、pHの制御は実施例1と同様に行った。しかし、本比較例1においては、反応開始から120分間経っても反応生成物による溶液の濁りは僅かであった。
この後、当該溶液にpH調整剤を添加してpH値を1.5まで上昇させた。酸化剤は継続して吹き込み、反応開始から240分間後に酸化剤の吹き込みを止めて反応終了とし、本反応に係る生成物を得た。
当該生成物を濾過し、溶液と生成残さ(スコロダイト)とを得た。比較例1に係るスコロダイトの濾過性は、非常に悪いものであった。
【0050】
3)生成したスコロダイトの評価
得られた反応終了時点での濾過物を純水洗浄した後、得られたスコロダイトの粒子径測定結果を表4に示す。
【0051】
また、本比較例においては、反応開始時、反応開始60分間後、反応開始120分間後、反応開始240分間後における、被処理溶液中の5価ヒ素濃度、3価鉄濃度、2価鉄濃度を測定した。当該測定結果を表2に記載する。
【0052】
【表2】
【0053】
表2の結果より、3価Fe/5価Asのモル比が1の場合で、溶液のpH値が1以下の状態では、5価ヒ素はほとんど濃度変化が起きないことが判明した。当該濃度変化が起きないことは、3価鉄、2価鉄も同様であった。つまり、3価/5価ヒ素のモル比が1以上であって、溶液のpH値が1以下の場合、実施例で説明した様な、迅速なスコロダイト生成反応は進まないことが判明した。
【0054】
次に、溶液のpH値を1.5へ上昇させた120分間後においては、ヒ素と3価鉄の濃度が激減し、2価鉄の濃度はほとんど変化しないことが判明した。すなわち、比較例1で得られたスコロダイトは、溶液のpH値が1.5の下で、5価ヒ素と3価鉄との反応により生成したものであること、および、生成したスコロダイトの粒子径は3.3μmと非常
に微細なものであることが判明した。尚、本反応例において、酸化剤に空気を用いた場合においても同様の結果が得られた。
【0055】
(比較例2)
1)ヒ素、鉄混合溶液の調製
上述した実施例1の「3)ヒ素、鉄混合溶液の調製」において、5価ヒ素を25g/Lとし、3価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして1.0倍当量(1.0倍モル)、2価鉄を5価ヒ素総モル量にたいして1.5倍当量(1.5倍モル)とした以外は、実施例1と同様にして比較例2に係る操作を行った。
【0056】
2)スコロダイトの生成反応
混合溶液の液温が95℃、pH1.0であることを確認し、酸化剤の添加を開始し反応開始とした。
酸化剤(酸素ガス)の添加は、反応開始から240分後まで継続した(pHが1以下で全反応時間は4時間とした。)。圧力は、大気圧下において特段の制御なく行った。
反応終了後は生成物を濾過し、溶液と生成残さ(スコロダイト)とを得た。残さはかなりの少量であった。
【0057】
また、本比較例においては、反応開始時、 反応開始90分間後、反応開始180分間
後、 反応開始240分間後における、被処理溶液中の5価ヒ素濃度、3価鉄濃度、2価
鉄濃度を測定した。当該測定結果を表3に記載する。
【0058】
【表3】
【0059】
表3の結果より、3価Fe/5価Asのモル比が1で、溶液のpH値が1以下であり、さらに2価鉄のモル比を1.5まで上昇させた状態でも、5価ヒ素の濃度低下は緩慢であることが判明した。一方、2価鉄の、3価鉄への酸化反応が認められるものの、3価鉄の殆どはスコロダイト生成反応に寄与せず、3価鉄濃度の上昇が認められた。
このことより、3価鉄/5価ヒ素のモル比が1以上であると、溶液のpH値を1以下とし、2価鉄量を増量し、酸化剤を投入しても、迅速なスコロダイト生成反応は起こらないことが判明した。
【0060】
3)生成したスコロダイトの評価
得られた反応終了時点での濾過物を純水洗浄した後、得られたスコロダイトの粒子径測定結果を表4に示す。
【0061】
【表4】
【0062】
表4に示す結果より、5価ヒ素と3価鉄と2価鉄とを含有しpH値が1.0以下であるヒ素を含有する溶液において、5価ヒ素のモル数をAモル、3価鉄のモル数をBモル、2価鉄のモル数をCモルとするとき、B/A<1.0およびC>0およびB>0とし酸化剤とを添加することで、短時間に粗大な粒径を有するスコロダイトが得られることが判明した。そして、ヒ素を含有する溶液において、2価鉄の量が多い程、結晶粒径の大きなものが短時間で得られることが判明した。