(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0026】
[ガラスブランクの製造方法]
本実施形態の磁気記録媒体ガラス基板用ガラスブランク(以下、「ガラスブランク」と略す場合がある)の製造方法は、落下中の溶融ガラス塊を、当該溶融ガラス塊の落下方向に対して直交する方向に対向配置された第一のプレス成形型および第二のプレス成形型によりプレス成形するプレス成形工程、を少なくとも経てガラスブランクを製造し、溶融ガラス塊を構成するガラス材料のガラス転移温度が600℃以上であり、プレス成形工程の実施により、溶融ガラス塊が、第一のプレス成形型のプレス成形面と第二のプレス成形型のプレス成形面との間で完全に押し広げられて板状ガラスに成形された際に、第一のプレス成形型および第二のプレス成形型のプレス成形面の少なくとも板状ガラスと接触する領域が、略平坦な面であることを特徴とする。
【0027】
本実施形態の磁気記録媒体ガラス基板用ガラスブランクの製造方法では、ガラスブランクの製造に利用するガラス材料のガラス転移温度が600℃以上である。ここで、ガラスの耐熱性は、ガラス転移温度と強い相関関係があることが知られている。また、従来のプレス方式およびシート状ガラス切断方式で作製されるガラス製磁気記録媒体基板のガラス転移温度は、600℃を大きく下回り、450〜500℃程度である。このため、本実施形態のガラスブランクの製造方法により作製されるガラスブランクを用いて作製される磁気記録媒体ガラス基板は、従来の磁気記録媒体基板よりも耐熱性が高い。このため、本実施形態の磁気記録媒体ガラス基板を高温で熱処理しても、磁気記録媒体ガラス基板が有する極めて高い平坦性が損なわれることがない。したがって、たとえば、この磁気記録媒体ガラス基板上に、高Ku磁性材料を用いた磁気記録層を成膜する際に、高温で成膜したり、あるいは、磁気記録層の成膜後に高温で熱処理することが容易である。その結果、磁気記録媒体の高
記録密度化を実現することが容易となる。また、これに限らず、磁気記録媒体の製造に際して、従来の磁気記録媒体基板と比べて、本実施形態のガラスブランクの製造方法により作製されたガラスブランクから得られた磁気記録媒体ガラス基板では、より高温の成膜プロセスを採用できる。このため、磁気記録媒体を設計する際の設計自由度も高くなる。なお、ガラス材料のガラス転移温度は、610℃以上が好ましく、620℃以上がより好ましく、630℃以上がさらに好ましく、640℃以上が一層好ましく、650℃以上がより一層好ましく、655℃以上がさらに一層好ましく、660℃以上がなお一層好ましく、670℃以上が特に好ましく、675℃以上が最も好ましい。一方、ガラス転移温度の上限値は、特に限定されるものではないが、たとえば、750℃程度とすることができる。
【0028】
また、本実施形態のガラスブランクの製造方法では、落下中の溶融ガラス塊を、溶融ガラス塊の落下方向に対して直交する方向(水平方向)に対向配置された第一のプレス成形型および第二のプレス成形型によりプレス成形する水平ダイレクトプレスを採用している。この水平ダイレクトプレスでは、溶融ガラス塊は、プレス成形されるまでの間、下型のような溶融ガラス塊よりも温度の低い部材に一時的に接触・保持されない。このため、プレス成形の開始直前の時点において、垂直ダイレクトプレスでは溶融ガラス塊の粘度分布が非常に大きくなるのに対して、水平ダイレクトプレスでは、溶融ガラス塊の粘度分布は均一に保たれる。よって、垂直ダイレクトプレスと比べて、水平ダイレクトプレスでは、プレス成形される溶融ガラス塊を均一に薄く延伸させることが極めて容易である。したがって、結果的に、垂直ダイレクトプレスを利用してガラスブランクを作製した場合と比べて、水平ダイレクトプレスを利用してガラスブランクを作製した場合では、板厚偏差の増大および平坦度の低下を抜本的に抑制することが極めて容易である。
【0029】
なお、上記に説明したように、原理的には、垂直ダイレクトプレスよりも水平ダイレクトプレスの方が、プレス成形に際して溶融ガラス塊を均一に薄く延伸させることができるため、板厚偏差および平坦度を大幅に改善することができる。しかし、プレス成形の開始直前において溶融ガラス塊が大きな粘度分布を有する垂直ダイレクトプレスでも、プレス成形時の溶融ガラス塊全体の温度を更に高くして、溶融ガラス塊全体の粘度を更に低下させれば、板厚偏差および平坦度を大幅に改善できると考えられる。しかしながら、このような方法は、ガラス転移温度が600℃未満のガラス材料(低Tgガラス)を利用する場合には適用できても、ガラス転移温度が600℃以上のガラス材料(高Tgガラス)を利用する場合には、ガラス転移温度の増加に比例して適用が困難になる。
【0030】
この理由は、以下の通りである。まず、垂直ダイレクトプレスでは、下型は、溶融ガラス塊が下型上に供給されてからプレス成形が開始されるまでの間、溶融ガラス塊により加熱され、熱的ストレスに曝され続ける。このため、低Tgガラスの代わりに高Tgガラスを利用する場合、プレス成形に適した粘度を確保するため、溶融ガラス塊の温度も高くする必要がある。しかし、溶融ガラス塊の温度を高くすると、下型に対する熱的ストレスはより大きくなる。その結果、下型のプレス成形面と溶融ガラスとの融着が生じたり、および/または、下型のプレス成形面の劣化・変形が著しくなる。このため、高Tgガラスを利用して垂直ダイレクトプレスによりガラスブランクを量産しようとした場合、時間の経過と共に下型に対する熱的ストレスの蓄積が増大して上述した問題が発生することになる。したがって、高Tgガラスを利用して垂直ダイレクトプレスを実施しても、板厚偏差および平坦度が大幅に改善されたガラスブランクを量産することは困難である。
【0031】
しかしながら、水平ダイレクトプレスでは、垂直ダイレクトプレスを利用した場合に量産が困難となるガラス転移温度を有する高Tgガラスを利用しても、板厚偏差および平坦度が大幅に改善されたガラスブランクを量産することが極めて容易である。この理由は、まず第一に、水平ダイレクトプレスでは、プレス成形型のプレス成形面と高温の溶融ガラス塊とが接触し続ける期間は実質的にプレス成形時のみであり、垂直ダイレクトプレスと比較してプレス成形型に対して熱的ストレスが加わる時間が短いこと、が挙げられる。また、第二の理由としては、同じガラス転移温度を有する高Tgガラスを利用して溶融ガラス塊を均一に薄く延伸できるようにプレス成形する場合、水平ダイレクトプレスの方が垂直ダイレクトプレスよりも、溶融ガラス塊全体の温度をより低く設定できること、が挙げられる。これは、プレス成形の開始直前における溶融ガラス塊の粘度分布が、水平ダイレクトプレスでは均一であるために、溶融ガラス塊を薄く均一に延伸し易いのに対して、プレス成形の開始直前における溶融ガラス塊の粘度分布が、垂直ダイレクトプレスでは非常に大きいため、溶融ガラス塊を薄く均一に延伸し難しいためである。
【0032】
また、本実施形態のガラスブランクの製造方法では、プレス成形工程の実施により、溶融ガラス塊が、第一のプレス成形型のプレス成形面と第二のプレス成形型のプレス成形面との間で完全に押し広げられて板状ガラスに成形された際に、第一のプレス成形型および第二のプレス成形型のプレス成形面の少なくとも板状ガラスと接触する領域(以下、「溶融ガラス延伸領域」と称す場合がある。)が、略平坦な面を成す。すなわち、本実施形態のガラスブランクの製造方法により製造されたガラスブランクでは、その表面にV字溝が形成されない。すなわち、本実施形態のガラスブランクの製造方法と同様の水平ダイレクトプレスを採用する特許文献2に記載の製造方法により作製されたガラスブランクのように、表面に基板板厚の1/4〜1/3の深さを有する非常に大きなV字溝が存在するのに対して、本実施形態のガラスブランクの製造方法により製造されたガラスブランクではV字溝は存在しない。このため、本実施形態のガラスブランクの製造方法により製造されるガラスブランクでは、V字溝部分の応力集中に起因すると推定される割れ欠陥が発生することが無い。
【0033】
さらに、本実施形態のガラスブランクの製造方法は、水平ダイレクトプレスを採用する特許文献2に記載の製造方法と比べて、板厚偏差にも優れる。既述したように、水平ダイレクトプレスは、垂直ダイレクトプレスと比較して、板厚偏差を大幅に改善できる。このため、共に水平ダイレクトプレスを採用する本実施形態のガラスブランクの製造方法と、特許文献2に記載の製造方法とでは、同程度の板厚偏差が得られるものと予想される。しかしながら現実には、本実施形態のガラスブランクの製造方法の方が、特許文献2に記載の製造方法よりも、板厚偏差をより小さくすることができる。このような違いが生じる具体的な理由は不明であるが、たとえば、プレス成形時に、(1)一対の対向するプレス成形面間において、溶融ガラス塊がプレス成形面と平行な方向に広がろうとする際の流動抵抗の違い、および、(2)プレス成形面と延伸されつつある溶融ガラス塊との熱交換による、溶融ガラス延伸領域内での溶融ガラス塊の冷却速度のばらつきの違い、等が影響しているものと推定される。
【0034】
すなわち、特許文献2に記載の製造方法では、プレス成形面に、V字溝を形成するための同心円状の突条が設けられている。このため、特許文献2に記載の製造方法は、本実施形態のガラスブランクの製造方法と比較して、流動抵抗が大きい。そして、この流動抵抗の違いは、溶融ガラス塊の粘度が同じであれば、結果的に溶融ガラス塊が延伸されて広がり終えるまでの時間に差を生じさせることになるものと考えられる。また、特許文献2に記載の製造方法において、プレス成形を連続的に実施する場合、プレス成形面に設けられる突条部分は、突条の周囲の平坦な部分に対して突出しているため、非プレス成形時(溶融ガラス塊が、プレス成形面と接触していない期間)に冷却されやすい。これに加えて、突条の高さは板厚の1/4〜1/3程度であるため、突条部分の熱容量は非常に大きい。このため、プレス成形に際して、溶融ガラス塊の内周側に設けられた突条部分に接触する部分の冷却速度は、溶融ガラス塊と当該突条部分との累積的な接触時間も考慮すれば、その他の部分の冷却速度よりも大きくなりやすいと考えられる。よって、以上に説明したような理由により、同じ水平ダイレクトプレスを採用しているにも係らず、本実施形態のガラスブランクの製造方法の方が、特許文献2に記載のガラスブランクの製造方法よりも、板厚偏差をより小さくできるものと推定される。
【0035】
なお、本実施形態のガラスブランクの製造方法では、プレス成形面の少なくとも溶融ガラス延伸領域が、略平坦な面を成すことが必要であり、プレス成形面全面が略平坦な面を成していてもよい。ここで、当該「略平坦な面」とは、通常の、実質的に曲率が0である平坦面に加えて、僅かに凸面または凹面を成すような非常に小さな曲率を有する面も意味する。また、「略平坦な面」には、プレス成形型を製造する際の通常の平坦化加工や鏡面研磨加工等を施すことで形成される微小な凹凸が存在することは、当然、許容されるが、この微小な凹凸と比べて、より大きい凸部および/または凹部が必要に応じて設けられていてもよい。
【0036】
ここで、微小な凹凸と比べてより大きい凸部としては、流動抵抗の悪化を招いたり、溶融ガラス塊の部分的な冷却を促進する可能性の小さい高さが20μm以下の実質的に点状および/または実質的に線状の凸部であれば、許容される。なお、当該高さは10μm以下が好ましく、5μm以下がより好ましい。また、微小な凹凸と比べてより大きい凸部が、実質的に点状および実質的に線状ではなく、頂面の最小幅が数ミリメーターまたはそれを超えるオーダーの台形状の凸部、または、この台形状の凸部と同程度の高さ・サイズを有するドーム状の凸部である場合には、上述したような流動抵抗の悪化を招いたり、溶融ガラス塊の部分的な冷却を促進する可能性が小さくなるため、その高さは50μm以下であれば、許容される。なお、当該高さは、30μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましい。また、台形状の凸部の底面と側面との交点部分の応力集中による割れの発生を抑制する観点から、台形状の凸部の側面は、その傾斜角が、頂面に対して0.5度以下の角度を成す平面を成すか、この平面を凹面とした曲面とすることが好ましい。なお、当該角度は0.1度以下がより好ましい。
【0037】
また、微小な凹凸と比べてより大きい凹部としては、プレス成形時にこの凹部に流入する溶融ガラスの流動性の悪化を招いたり等しないように、深さが20μm以下の実質的に点状および/または実質的に線状の凹部であれば、許容される。なお、当該
深さは10μm以下が好ましく、5μm以下がより好ましい。また、微小な凹凸と比べてより大きい凹部が、実質的に点状および実質的に線状ではなく、頂面の最小幅が数ミリメーターまたはそれを超えるオーダーの逆台形状の凹部、または、この逆台形状の凹部と同程度の
深さ・サイズを有する逆ドーム状の凹部である場合には、上述したような流動性の悪化を招く可能性が小さくなるため、その
深さは50μm以下であれば、許容される。なお、当該
深さは、30μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましい。また、逆台形状の凹部の底面と側面との交点部分の応力集中による割れの発生を抑制する観点から、逆台形状の凹部の側面は、その傾斜角が、底面に対して0.5度以下の角度を成す平面を成すか、この平面を凹面とした曲面とすることが好ましい。なお、当該角度は0.1度以下がより好ましい。
【0038】
以下、本実施形態のガラスブランクの製造方法について、図面を参照しながらより詳細に説明する。
【0039】
−ガラスブランクの製造例−
図1〜
図9は、本実施形態のガラスブランクの製造方法の一例を示す模式断面図である。ここで、これらの図は、その番号順に、ガラスブランクを製造する際の一連のプロセスを時系列に説明している。
【0040】
まず、
図1に示すように、上端部が不図示の溶融ガラス供給源に接続されたガラス流出管10の下端部に設けられたガラス流出口12から、溶融ガラス流20を鉛直方向の下方側へと連続的に流出させる。一方、ガラス流出口12よりも下方側には、溶融ガラス流20の両側に、各々、第一のシアブレード(下側ブレード)30と、第二のシアブレード(上側ブレード)40とが、溶融ガラス流20の垂下する方向の中心軸Dに対して略直交する方向に、配置されている。そして、下側ブレード30および上側ブレード40は、各々、矢印X1方向および矢印X2方向に移動することで、溶融ガラス流20の両側から、溶融ガラス流20の先端部22側へと接近する。なお、溶融ガラス流20の粘度は、先端部22の分離や、プレス成形に適した粘度であれば特に限定されないが、通常は、500dPa・s〜1050dPa・sの範囲内で、一定の値に制御されることが好ましい。この溶融ガラス流20の粘度は、ガラス流出管10や、その上流の溶融ガラス供給源の温度を調整することで制御できる。
【0041】
また、下側ブレード30、上側ブレード40は、略板状の本体部32、42と、本体部32,42の端部側に設けられ、鉛直方向下方側へと連続的に流出する溶融ガラス流20の先端部22を、溶融ガラス流
20の垂下する方向と略直交する方向から切断する刃部34、44とを有する。なお、刃部34の上面34Uおよび刃部44の下面44Bは、水平面と略一致する面を成し、刃部34の下面34Bおよび刃部44の上面44Uは、水平面に対して交差するように傾斜した面を成す。また、鉛直方向に対して、刃部34の上面34Uと、刃部44の下面44Bとは、略同程度の高さ位置となるように、下側ブレード30および上側ブレード40が配置される。
【0042】
次に、
図2に示すように、下側ブレード30および上側ブレード40を、各々、矢印X1方向および矢印X2方向にさらに移動させることで、刃部34の上面34Uと、刃部44の下面44Bとが、部分的にほぼ隙間無く重なり合うように、下側ブレード30および上側ブレード40をそれぞれ水平方向に移動させる。すなわち、中心軸Dに対して下側ブレード30および上側ブレード40を垂直に交差させる。これにより、溶融ガラス流20に対して、その中心軸Dの近傍まで下側ブレード30および上側ブレード40が貫入して、先端部22が、略球状の溶融ガラス塊24として分離(切断)される。なお、
図2は、先端部22が、溶融ガラス塊24として溶融ガラス流20の本体部分から分離される瞬間の様子を示したものである。
【0043】
次に、
図3に示すように溶融ガラス流20から分離された溶融ガラス塊24は、さらに鉛直方向の下方Y1側に落下する。そして、溶融ガラス塊24の落下方向Y1に対して直交する方向に対向配置された第一のプレス成形型および第二のプレス成形型の間に進入する。ここで、
図4に示すように、プレス成形を実施する前の第一のプレス成形型50および第二のプレス成形型60は、落下方向Y1に対して線対称を成すように、互いに離間して配置されている。そして、溶融ガラス塊24が、第一のプレス成形型50および第二のプレス成形型60の鉛直方向中央部近傍に到達するタイミング合わせて、溶融ガラス塊24を両側から押圧してプレス成形するために、第一のプレス成形型50が矢印X1方向へと移動し、第二のプレス成形型60が矢印X2方向へと移動する。
【0044】
ここで、プレス成形型50、60は、略円盤形状を有するプレス成形型本体52、62と、このプレス成形型本体52、62の外周端を囲うように配置されたガイド部材54、64とを有する。なお、
図4は断面図であるため、
図4中において、ガイド部材54、64は、プレス成形型本体52、62の両側に位置するように描かれている。ここで、プレス成形型本体52、62の一方の面は、プレス成形面52A、62Aとなっている。そして、
図4では、第一のプレス成形型50と第二のプレス成形型60とは、2つのプレス成形面52A、62Aが対向するように対向配置されている。また、ガイド部材54には、プレス成形面52Aに対してX1方向に少しだけ突出した高さ位置にガイド面54Aが設けられ、ガイド部材64には、プレス成形面62Aに対してX2方向に少しだけ突出した高さ位置にガイド面64Aが設けられている。このため、プレス成形に際しては、ガイド面54Aとガイド面64Aとが接触するため、プレス成形面52Aとプレス成形面62Aとの間には隙間が形成される。このため、この隙間厚みが、第一のプレス成形型50と第二のプレス成形型60との間でプレス成形されて板状となる溶融ガラス塊24の厚み、すなわち、ガラスブランクの厚みとなる。また、プレス成形面52A,62Aは、プレス成形工程の実施により、溶融ガラス塊24が、第一のプレス成形型50のプレス成形面52Aと第二のプレス成形型60のプレス成形面62
Aとの間で、鉛直方向に完全に押し広げられて板状ガラスに成形された際に、プレス成形面52A,62Aの少なくとも上記の板状ガラスと接触する領域(溶融ガラス延伸領域)S1、S2が、略平坦な面を成すように形成される。なお、
図4に示す例では、溶融ガラス延伸領域S1を含むプレス成形面52A、および、溶融ガラス延伸領域S2を含むプレス成形面62Aの全面が、通常の、実質的に曲率が0である平坦面を成している。また、当該平坦面には、プレス成形型を製造する際の通常の平坦化加工や鏡面研磨加工等を施すことで形成される微小な凹凸のみが存在し、これら微小な凹凸と比べてより大きい凸部および/または凹部は存在しない。
【0045】
プレス成形型50、60を構成する材料としては、耐熱性、加工性、耐久性を考慮すると金属または合金が好ましい。この場合、プレス成形型50、60を構成する金属または合金の耐熱温度は1000℃以上が好ましく、1100℃以上がより好ましい。プレス成形型50、60を構成する材料としては、具体的には、球状黒鉛鋳鉄(FCD)、合金工具鋼(SKD61など)、高速鋼(SKH)、超硬合金、コルモノイ、ステライトなどが好ましい。なお、プレス成形に際しては、水や空気などの冷却媒体を用いてプレス成形型50、60を冷却し、プレス成形型50、60の温度の上昇を抑制してもよい。
【0046】
ガラスブランクは、溶融ガラス塊24をプレス成形面52A、62Aにより押圧してプレス成形することにより作製される。このため、プレス成形面52A、62Aの表面粗さとガラスブランクの主表面の表面粗さとはほぼ同等になる。ガラスブランクの主表面の表面粗さは、後述する後工程として実施されるスクライブ加工、および、ダイヤモンドシートを用いた研削加工を行う上で、0.01〜10μmの範囲とすることが望ましいため、プレス成形面の表面粗さRaも0.01〜10μmの範囲とすることが好ましい。
【0047】
図4に示す溶融ガラス塊24が、更に下方へと落下し、2つのプレス成形面52A、62A間に進入する。そして、
図5に示すように、落下方向Y1と平行を成すプレス成形面52A、62Aの上下方向の略中央部近傍に到達した時点で、溶融ガラス塊24の両側表面が、プレス成形面52A、62Aに接触する。
【0048】
ここで、落下中の溶融ガラス塊24の粘度増大によりプレス成形し難しくなったり、あるいは、落下速度が大きくなりすぎて、プレス位置の変動が生じないようにする観点も考慮して、落下距離は、1000mm以下の範囲内で選択することが好ましく、500mm以下の範囲内で選択することがより好ましく、300mm以下の範囲内で選択することがさらに好ましく、200mm以下の範囲内で選択することが最も好ましい。なお、落下距離の下限は特に限定されないが、実用上は100mm以上であることが好ましい。なお、当該「落下距離」とは、
図2に例示したように先端部22が溶融ガラス塊24として分離される瞬間、すなわち、下側ブレード30と上側ブレード40とが垂直方向に重なる位置から、
図5に例示したようなプレス成形の開始時点(プレス成形の開始の瞬間)の位置、すなわち、落下方向Y1と平行を成すプレス成形面52A、62Aの直径方向の略中央部近傍までの距離を意味する。
【0049】
なお、プレス成形開始時点における第一のプレス成形型50および第二のプレス成形型60の温度は、溶融ガラス塊24を構成するガラス材料のガラス転移温度未満に設定されることが好ましい。これにより、溶融ガラス塊24がプレス成形された際に、薄く延伸された溶融ガラス塊24と、プレス成形面52A、62Aとの間で融着が発生するのをより確実に防止できる。
【0050】
そして、溶融ガラス塊24の表面が、プレス成形面52A、62Aに接触すると、溶融ガラス塊24は、プレス成形面52A,62Aに貼り付くように固化する。そして、
図6に示すように、溶融ガラス塊24を、その両側から第一のプレス成形型50および第二のプレス成形型60により押圧し続けると、溶融ガラス塊24は、溶融ガラス塊24とプレス成形面52A、62Aとが最初に接触した位置を中心に均等な厚みで押し広げられる。そして、
図7に示すようにガイド面54Aとガイド面64Aとが接触するところまで、第一のプレス成形型50および第二のプレス成形型60により押圧し続けることで、プレス成形面52A、62A間に、円盤状もしくは略円盤状の薄板ガラス26に成形される。
【0051】
ここで、
図7に示す薄板ガラス26は、最終的に得られるガラスブランクと実質的に同一の形状・厚みを有するものである。そして、薄板ガラス26の両面のサイズおよび形状は、溶融ガラス延伸領域S1、S2(
図7中、不図示)のサイズおよび形状と一致する。また、
図5に示すプレス成形の開始時点の状態から、
図7に示すガイド面54Aとガイド面64Aとが接触した状態となるまでに要する時間(以下、「プレス成形時間」と称す場合がある。)は、溶融ガラス塊24を薄板化する観点から、0.1秒以内とすることが好ましい。また、プレス成形に際して、ガイド面54Aとガイド面64Aとが接触した状態となることにより、プレス成形面52Aとプレス成形面62Aとの平行状態を維持することが容易となる。なお、プレス成形時間の
下限は特に限定されないが、実用上は0.05秒以上であることが好ましい。
【0052】
なお、
図7に示す状態となった後は、ガイド面54Aとガイド面64Aとが接触した状態を維持して、薄板ガラス26の両面とプレス成形面52A、62Aとが密着した状態を維持するように、第一のプレス成形型50および第二のプレス成形型60に対して印加するプレス圧力よりも十分に小さい圧力を加え続けることができる。そして、この状態を数秒間継続し、薄板ガラス26を冷却する。ここで、第一のプレス成形型50および第二のプレス成形型60の間に挟持された状態での薄板ガラス26の冷却は、薄板ガラス26を構成するガラス材料の屈伏点以下となるまで実施することが好ましい。なお、上述した状態で、プレス圧力をより大きくすると、薄板ガラス26が破損する場合がある。
【0053】
次に、
図8に示すように、第一のプレス成形型50と第二のプレス成形型60とを互いに離間させるように、第一のプレス成形型50をX2方向へ移動させ、第二のプレス成形型60をX1方向へ移動させる。これにより、プレス成形面62Aと、薄板ガラス26とを離型させる。次いで、
図9に示すように、プレス成形面52Aと、薄板ガラス26とを離型させて、薄板ガラス26を鉛直方向の下方Y1側に落下させて取り出す。なお、プレス成形面52Aと薄板ガラス26とを離型させる際には、薄板ガラス26の外周方向から力を加えて薄板ガラス26を剥がすように離型することができる。この場合、薄板ガラス26に大きな力を加えることなく、取出しを行うことができる。なお、プレス成形に際しては、水、空気などの冷却用媒体を用いて第一のプレス成形型50および第二のプレス成形型60を冷却し、プレス成形面52A、62Aの温度が過度に上昇しないように制御してもよい。
【0054】
最後に、取出した薄板ガラス26をアニールして歪を低減・除去し、磁気記録媒体ガラス基板を加工するための母材、すなわち、ガラスブランクを得る。以上の
図1〜
図9に例示した手順により、落下中の溶融ガラス塊24をプレス成形することにより、プレス開始直前の溶融ガラス塊24の粘度分布を均一化でき、溶融ガラス塊24を均等な厚さで薄く延伸させることができる。
【0055】
このため、板厚偏差および平坦度の小さいガラスブランクを容易に得ることができる。なお、作製されるガラスブランクの板厚偏差は、10μm以下が好ましく、平坦度は、10μm以下が好ましく、8μm以下がより好ましく、6μm以下がさらに好ましく、4μm以下が特に好ましい。
【0056】
本実施形態のガラスブランクの製造方法は、板厚に対する直径の比(直径/板厚)が50〜150のガラスブランクの製造に好適である。ここで、直径とはガラスブランクの長径と短径との相加平均である。プレス成形型50、60によってガラスブランクの外周端面を規制しないので、外周端面は自由表面となる。ここで、製造されるガラスブランクの真円度は特に限定されないが、±0.5mm以内とすることが好ましい。
【0057】
ガラスブランクの直径については特に制限はないが、直径の設定は、後述するようにガラスブランクから磁気記録媒体ガラス基板を加工する際に行うスクライブ加工や外周加工時の除去量を基板の直径に加えた値を目処に行うことが好ましい。
【0058】
ガラスブランクの板厚は0.75〜1.1mmの範囲が好ましく、0.75〜1.0mmの範囲がより好ましく、0.90〜0.92mmの範囲がさらに好ましい。ガラスブランクの板厚、板厚偏差、平坦度、直径、真円度の測定は、三次元測定器、マイクロメータを用いて行えばよい。
【0059】
−ガラス材料の物性およびガラス組成ならびにガラスブランクの物性等−
本実施形態のガラスブランクの製造方法において使用するガラス材料は、既述したように、そのガラス転移温度が600℃以上のものが利用される。このため、本実施形態のガラスブランク製造方法により製造されたガラスブランクは、高い耐熱性を有する。
【0060】
一方、ディスク状の磁気記録媒体では、磁気記録媒体を中心軸の周りに高速回転させつつ、磁気ヘッドを半径方向に移動させながら、回転方向に沿ってデータの書き込み、読み出しを行う。近年、この書き込み速度および読み出し速度を上げるため磁気記録媒体の回転数は5400rpmから7200rpm、さらには10000rpmと高速化しつつある。しかし、ディスク状の磁気記録媒体では、予め、中心軸からの距離に応じてデータを記録するポジションが割り当てられている。このため、回転数の高速化に伴い、ディスク状の磁気記録媒体が回転中に変形を起こすと磁気ヘッドの位置ズレが起こり、正確な読み取りが困難となる。したがって高速回転化に対応するために、ガラス製の磁気記録媒体ガラス基板には高速回転時に大きな変形を起こさない高い剛性(高ヤング率)を有することが求められる。
【0061】
また、磁気記録媒体を組み込んだHDD(ハードディスクドライブ)は、中央部分をスピンドルモーターのスピンドルで押さえて磁気記録媒体そのものを回転させる構造を採用している。このため、磁気記録媒体ガラス基板の熱膨張係数とスピンドル部分を構成するスピンドル材料の熱膨張係数との間に大きな差があると、使用時に周囲の温度変化に対してスピンドルの熱膨張・熱収縮と磁気記録媒体ガラス基板の熱膨張・熱収縮との間にずれが生じ、結果として磁気記録媒体が変形してしまう。このような変形が生じると、磁気記録媒体に書き込まれた情報を磁気ヘッドが読み出せなくなってしまい、記録再生の信頼性を損なう原因となる。したがって磁気記録媒体の信頼性を高めるには、ガラス製の磁気記録媒体ガラス基板には、スピンドル材料(例えばステンレスなど)と同程度の高い熱膨張係数を有することが求められる。
【0062】
以上説明したように、磁気記録媒体ガラス基板は、高
記録密度化等の観点で高温での成膜プロセスにも耐えうる耐熱性を有することに加えて、磁気記録媒体の信頼性向上等の観点で、高剛性かつ高熱膨張係数を有していることが更に好ましい。よって、本実施形態のガラスブランク製造方法により製造されたガラスブランクは、100〜300℃における平均線膨張係数が70×10
−7/℃以上、かつ、ヤング率が70GPa以上であることが好ましい。なお、100〜300℃における平均線膨張係数は、75×10
−7/℃以上がより好ましい。一方、平均線膨張係数の上限値は特に限定されるものではないが、実用上は、120×10
−7/℃以下であることが好ましい。また、ヤング率は、75GPa以上であることがより好ましく、80GPa以上であることが更に好ましい。一方、ヤング率の上限値は特に限定されるものではないが、実用上は、100GPa以下であることが好ましい。
【0063】
しかし、ガラス材料において、高耐熱性、高剛性、および、高熱膨張係数という3つの特性はトレードオフの関係にある。そして、これら3つの特性すべてを満たすガラス製の磁気記録媒体ガラス基板を実現しようとすると、従来の磁気記録媒体ガラス基板用のガラスよりもガラスの熱的安定性が低下し易くなる。磁気記録媒体ガラス基板用のガラス材料は概して熱的安定性が優れているが、上記のように熱的安定性が低下したガラスを溶融・成形する場合、溶融ガラス流20の流出温度を高くしてガラスの失透を防止しなければならない。その結果、溶融ガラス流20の流出粘度は低下し、溶融ガラス流20の先端部22を切断して溶融ガラス塊24を分離、落下させ、プレス成形することが困難になる。
【0064】
ここで、高い耐熱性、高剛性、高熱膨張係数という3つの特性を兼ね備えた磁気記録媒体ガラス基板を提供できるガラス組成としては特に限定されないが、3つの特性をバランス良く両立させることが容易に実現できる観点からは、以下に説明する2種類のガラス組成からなるガラス材料が特に好ましい。以下、これら2種類のガラス材料を、「ガラスA」および「ガラスB」と称する。
【0065】
以下に順次詳細を説明するガラスAおよびガラスBは酸化物ガラスに分類されるものであり、そのガラス組成は酸化物基準で表示するものとする。酸化物基準のガラス組成とは、ガラス原料が溶融時にすべて分解されてガラス中で酸化物として存在するものとして換算することにより得られるガラス組成である。なお、ガラスAおよびガラスBは、非晶質性(アモルファス)のガラスである。したがって、結晶化ガラスとは異なり均質相からなる。したがって、ガラスAおよびガラスBを用いた磁気記録媒体ガラス基板では優れた基板表面の平滑性を実現することができる。以下、ガラスA、および、ガラスBの順にこれらガラス材料の詳細を説明する。
【0066】
まず、ガラスAについて説明する。ガラスAのガラス組成は、
モル%表示にて、
SiO
2を50〜75%、
Al
2O
3を0〜5%、
Li
2Oを0〜3%、
ZnOを0〜5%、
Na
2OおよびK
2Oから選択される少なくとも1種の成分を合計で3〜15%、
MgO、CaO、SrOおよびBaOから選択される少なくとも1種の成分を合計で14〜35%、ならびに、
ZrO
2、TiO
2、La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5およびHfO
2から選択される少なくとも1種の成分を合計で2〜9%、
含み、
モル比{(MgO+CaO)/(MgO+CaO+SrO+BaO)}が0.8〜1の範囲であり、かつ、モル比{Al
2O
3/(MgO+CaO)}が0〜0.30の範囲である。
【0067】
以下、特記しない限り、各成分の含有量、合計含有量、比率はモル基準で表示するものとする。次に、ガラスAを構成する各成分の詳細について説明する。
【0068】
SiO
2は、ガラスのネットワーク形成成分であり、ガラス安定性、化学的耐久性、特に耐酸性を向上させる効果がある。磁気記録媒体ガラス基板上に磁気記録層等を成膜する工程や前記工程により形成した膜を熱処理するため、輻射によって磁気記録媒体ガラス基板を加熱する際、磁気記録媒体ガラス基板の熱拡散を低下させ、加熱効率を高める働きをする成分でもある。ガラスAではSiO
2の含有量は50〜75%の範囲内である。SiO
2の含有量を50%以上とすることにより上記の作用を十分得ることがでる。また、SiO
2の含有量を75%以下とすることにより、SiO
2が完全に溶けずにガラス中に未溶解物が生じたり、清澄時のガラスの粘性が高くなりすぎて泡切れが不十分になるのを確実に抑制できる。未溶解物を含むガラスから磁気記録媒体ガラス基板を作製すると、研磨によって磁気記録媒体ガラス基板表面に未溶解物による突起が生じ、極めて高い表面平滑性が求められる磁気記録媒体ガラス基板としては使用できなくなる場合があるためである。また、泡を含むガラスから磁気記録媒体ガラス基板を作製すると、研磨によって磁気記録媒体ガラス基板表面に泡の一部が現れることがある。この場合、泡の一部が現れた部分が窪みとなって磁気記録媒体ガラス基板の主表面の平滑性が損なわれ、磁気記録媒体ガラス基板として使用できなくなる場合がある。なお、ガラスAにおいて、SiO
2の含有量は、57〜70%の範囲が好ましく、57〜68%の範囲がより好ましく、60〜68%の範囲がさらに好ましく、63〜68%の範囲が一層好ましい。
【0069】
Al
2O
3もガラスのネットワーク形成に寄与し、化学的耐久性、耐熱性を向上させる働きをする成分である。ガラスAでは、Al
2O
3の含有量は0〜5%の範囲内である。Al
2O
3の含有量を5%以下とすることにより、磁気記録媒体ガラス基板の熱膨張係数が小さくなりすぎて、HDDのスピンドル部分を構成するスピンドル材料、例えばステンレスに対する熱膨張係数の差が大きくなるのを防ぐことができる。この結果、周囲の温度変化に対してスピンドルの熱膨張・熱収縮と磁気記録媒体ガラス基板の熱膨張・熱収縮との間にずれが生じ、結果として磁気記録媒体が変形してしまうことを確実に防止できる。なお、このような変形が生じると書き込んだ情報を、磁気ヘッドが読み出せなくなってしまい、記録再生の信頼性を損なう原因となる。Al
2O
3は、少量であればガラス安定性を改善させ、液相温度を低下させる働きをするが、その含有量を更に増加させていくとガラス安定性が低下し、液相温度が上昇する傾向を示す。このため、ガラスAでは、更なる高熱膨張係数が得られることに加え、ガラスの安定性を一層改善する上から、Al
2O
3の含有量の上限値は、4%以下が好ましく、3%以下がより好ましく、2.5%以下がさらに好ましく、1%以下が一層好ましく、1%未満がより一層好ましい。一方、化学的耐久性、耐熱性、ガラスの安定性を改善する上から、Al
2O
3の含有量の下限値は、0.1%以上が好ましい。
【0070】
Li
2Oは、ガラスの溶融性および成形性を向上させる働きをするとともに熱膨張係数を増加させる働きをする。その一方で、少量のLi
2Oを添加すると、ガラス転移温度が大幅に低下し、ガラスの耐熱性が著しく低下する。よって、これらの点を考慮して、ガラスAにおけるLi
2Oの含有量は0〜3%の範囲内である。なお、耐熱性を一層向上させる上から、Li
2Oの含有量は0〜2%の範囲内が好ましく、0〜1%の範囲内がより好ましく、0〜0.8%の範囲内がさらに好ましく、0〜0.5%の範囲内が一層好ましく、0〜0.1%の範囲内がより一層好ましく、0〜0.08%の範囲内がさらに一層好ましく、Li
2Oを実質的に含まないことが特に好ましい。ここで、「実質的に含まない」とは、ガラス原料中に意図して特定の成分を加えないことを意味し、不純物として混入することまで排除するものではない。
【0071】
ZnOは、ガラスの溶融性、成形性およびガラス安定性を良化し、剛性を高め、熱膨張係数を大きくする働きをする。しかし、ZnOを過剰に添加するとガラス転移温度が大幅に低下し、ガラスの耐熱性が著しく低下したり、化学的耐久性が低下する。したがって、ガラスAでは、ZnOの含有量は0〜5%の範囲内される。耐熱性、化学的耐久性を良好な状態に維持する上から、ZnOの含有量は、0〜4%の範囲内が好ましく、0〜3%の範囲内がより好ましく、0〜2%の範囲内がさらに好ましく、0〜1%の範囲内が一層好ましく、0〜0.5%の範囲内がさらに一層好ましい。また、ガラスAには、ZnOを実質的に含有させなくてもよい。
【0072】
Na
2OおよびK
2Oは、ガラスの溶融性および成形性を向上させる働き、清澄時にガラスの粘性を低下させて、泡切れを促進させる働きをするとともに熱膨張係数を増加させる働きの大きい成分であり、アルカリ金属酸化物成分中、Li
2Oと比べてガラス転移温度を低下させる働きが小さい。ここで、磁気記録媒体ガラス基板に要求される均質性(未溶解物や残留泡のない状態)、熱膨張特性を付与させる上から、ガラスAにおいては、Na
2OおよびK
2Oの合計含有量はの下限値は3%以上とされる。また、上限値は15%以下とされる。これにより、ガラス転移温度が低下し、耐熱性が損なわれる、化学的耐久性、特に耐酸性が低下する、磁気記録媒体ガラス基板表面からのアルカリ溶出が増大し、析出したアルカリが磁気記録媒体ガラス基板上に形成した膜などに損傷を与えるなどの問題が発生するのを抑制できる。Na
2OおよびK
2Oの合計含有量は、5〜13%の範囲が好ましく、8〜13%の範囲がより好ましく、8〜11%の範囲がさらに好ましい。
【0073】
ガラスAは、イオン交換することなく磁気記録媒体ガラス基板として使用してもよく、イオン交換を行った後に磁気記録媒体ガラス基板として使用してもよい。イオン交換を行う場合、Na
2Oはイオン交換を担う成分として好適な成分である。また、Na
2OとK
2Oとをガラス成分として共存させ、混合アルカリ効果によってアルカリ溶出抑制効果を得ることもできる。しかし、両成分を過剰に導入すると、両成分の合計含有量を過剰にしたときと同様の問題が生じやすくなる。この点から、Na
2OおよびK
2Oの合計含有量を上記範囲にした上で、Na
2Oの含有量の範囲を0〜5%とすることが好ましく、0.1〜5%とすることがより好ましく、1〜5%とすることがより好ましく、2〜5%とすることがより好ましく、K
2Oの含有量の範囲は1〜10%とすることが好ましく、1〜9%とすることがより好ましく、1〜8%とすることがさらに好ましく、3〜8%とすることが一層好ましく、5〜8%とすることがより一層好ましい。
【0074】
アルカリ土類金属成分であるMgO、CaO、SrO、BaOは、いずれもガラスの溶融性、成形性およびガラス安定性を良化し、熱膨張係数を大きくする働きをする。このため、これらの効果を得るため、ガラスAでは、MgO、CaO、SrOおよびBaOの合計含有量を14%以上とする。一方、MgO、CaO、SrOおよびBaOの合計含有量は35%以下とされる。これにより化学的耐久性の低下を確実に抑制できる。MgO、CaO、SrOおよびBaOの合計含有量は、14〜32%の範囲が好ましく、14〜26%の範囲がより好ましく、15〜26%の範囲がさらに好ましく、17〜25%の範囲が一層好ましい。
【0075】
ところで、モバイル用途に使用される磁気記録媒体用の磁気記録媒体ガラス基板には、持ち運び時の衝撃に耐える高い剛性および硬度を有すること、ならびに、軽量であることが求められる。したがって、このような磁気記録媒体ガラス基板を製造するためのガラスは、高ヤング率、高比弾性率、低比重であることが望ましい。また、先に説明したように高速回転に耐えるためにも、磁気記録媒体ガラス基板用のガラスは高剛性であることが求められる。ここで、上述したアルカリ土類金属成分のうち、MgO、CaOは、剛性および硬度を高めるとともに、比重の増加を抑える働きがある。したがって、高ヤング率、高比弾性率、低比重のガラスを得る上で非常に有用な成分である。特にMgOは高ヤング率化、低比重化に有効であり、CaOは高熱膨張化に有効な成分である。したがって、磁気記録媒体ガラス基板の高ヤング率化、高比弾性率化、低比重化する上から、ガラスAでは、MgO、CaO、SrOおよびBaOの合計含有量(MgO+CaO+SrO+BaO)に対するMgOおよびCaOの合計含有量のモル比((MgO+CaO)/(MgO+CaO+SrO+BaO))は0.8〜1の範囲とされる。このモル比を0.8以上とすることで、ヤング率、比弾性率が低下したり、比重が増大するなどの問題が生じるのを抑制することができる。
【0076】
なお、前記モル比の上限は、SrO、BaOが含まれない場合に最大値1となる。モル比((MgO+CaO)/(MgO+CaO+SrO+BaO))は、0.85〜1の範囲が好ましく、0.88〜1の範囲がより好ましく、0.89〜1の範囲がさらに好ましく、0.9〜1の範囲が一層好ましく、0.92〜1の範囲がより一層好ましく、0.94〜1の範囲がさらに一層好ましく、0.96〜1の範囲がなお一層好ましく、0.98〜1の範囲がさらになお一層好ましいく、0.99〜1の範囲が特に好ましく、1が最も好ましい。高ヤング率化、高比弾性率化、低比重化と化学的耐久性の維持の観点から、MgOの含有量は、1〜23%の範囲内が好ましい。ここで、MgOの含有量の下限値は2%以上が好ましく、5%以上がより好ましく、MgOの含有量の上限値は15%以下が好ましく、8%以下がより好ましい。
【0077】
高ヤング率化、高比弾性率化、低比重化、高熱膨張化と化学的耐久性の維持の観点から、CaOの含有量の好ましい範囲は6〜21%であり、より好ましい範囲は10〜20%、さらに好ましい範囲は10〜18%、一層好ましい範囲は10〜15%である。なお、上記観点からMgOおよびCaOの合計含有量の範囲を15〜35%とすることが好ましく、15〜32%とすることがより好ましく、15〜30%とすることがさらに好ましく、15〜25%とすることが一層好ましく、15〜20%とすることがより一層好ましい。
【0078】
SrOは上記効果を有するが、過剰に含有させると比重が増大する。また、MgOやCaOと比較し、原料コストも増大する。そのため、SrOの含有量は0〜5%の範囲とすることが好ましく、0〜2%の範囲とすることがより好ましく、0〜1%の範囲とすることがさらに好ましく、0〜0.5%の範囲とすることがよりいっそう好ましい。SrOは、ガラス成分として導入しなくてもよい、すなわち、ガラスAはSrOを実質的に含まないガラスであってもよい。
【0079】
BaOも上記効果を有するが、過剰に含有させると比重が大きくなる、ヤング率が低下する、化学的耐久性が低下する、比重が増加する、原料コストが増大するなどの問題が生じる。そのため、BaOの含有量を0〜5%とすることが好ましい。BaOの含有量のより好ましい範囲は0〜3%、さらに好ましい範囲は0〜2%、一層好ましい範囲は0〜1%、より一層好ましい範囲は0〜0.5%である。BaOは、ガラス成分として導入しなくてもよい、すなわち、ガラスAは、BaOを実質的に含まないガラスであってもよい。
【0080】
上記観点からSrOおよびBaOの合計含有量を0〜5%とすることが好ましく、0〜3%とすることがより好ましく、0〜2%とすることがさらに好ましく、0〜1%とすることが一層好ましく、0〜0.5%とすることがより一層好ましい。
【0081】
上記のように、MgOおよびCaOはヤング率、熱膨張係数を高める効果がある。これに対しAl
2O
3はヤング率を高める働きが小さく、熱膨張係数を減少させる働きをする。そこで高ヤング率、高熱膨張
係数のガラスを得る上から、本実施形態のガラスブランクの製造方法に用いられるガラスでは、MgOおよびCaOの合計含有量(MgO+CaO)に対するAl
2O
3の含有量のモル比(Al
2O
3/(MgO+CaO))を0〜0.30の範囲とする。ガラスの高耐熱性化、高ヤング率化、高熱膨張化は互いにトレードオフの関係があり、これら3つの要求を同時に満たすためには、Al
2O
3、MgO、CaOそれぞれの含有量を単独で設定する組成調製では不十分であり、上記モル比を所要の範囲にすることが重要である。モル比(Al
2O
3/(MgO+CaO))の好ましい範囲は0〜0.1、より好ましい範囲は0〜0.05、さらに好ましい範囲は0〜0.03である。
【0082】
MgO、CaOのうち高熱膨張化の働きが大きい成分はCaOであるから、必須成分としてCaOを含む場合、一層の高熱膨張化を図るためには、CaOの含有量に対するAl
2O
3の含有量のモル比(Al
2O
3/CaO)を0〜0.4の範囲にすることが好ましく、0〜0.2の範囲にすることがより好ましく、0〜0.1の範囲にすることがさらに好ましい。
【0083】
ZrO
2、TiO
2、La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5およびHfO
2は、化学的耐久性、特に耐アルカリ性を向上させるとともに、ガラス転移温度を高めて耐熱性を改善し、剛性や破壊靱性を高める働きもする。よって、ガラスAにおいては、ZrO
2、TiO
2、La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5およびHfO
2の合計含有量を2%以上とすることで、上記の効果を確実に得やすくなる。また、合計含有量を、9%以下とすることにより、ガラスの溶融性が低下し、ガラス中に未溶解物が残り、平滑性の優れた磁気記録媒体ガラス基板を得られなくなる、比重が増大するなどの問題をより確実に抑制できる。したがって、ガラスAでは、ZrO
2、TiO
2、La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5およびHfO
2の合計含有量は2〜9%とする。ZrO
2、TiO
2、La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5およびHfO
2の合計含有量の好ましい範囲は2〜8%、より好ましい範囲は2〜7%、さらに好ましい範囲は2〜6%、一層好ましい範囲は2〜5%、より一層好ましい範囲は3〜5%である。
【0084】
ZrO
2は、ガラス転移温度を高め耐熱性を改善する働きや、化学的耐久性、特に耐アルカリ性を改善する働きが大きく、また、ヤング率を高め高剛性化する効果も有する。したがって、ガラスAでは、ZrO
2、TiO
2、La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5およびHfO
2の合計含有量(ZrO
2+TiO
2+La
2O
3+Y
2O
3+Yb
2O
3+Ta
2O
5+Nb
2O
5+HfO
2)に対するZrO
2の含有量のモル比(ZrO
2/(ZrO
2+TiO
2+La
2O
3+Y
2O
3+Yb
2O
3+Ta
2O
5+Nb
2O
5+HfO
2))を0.3〜1とすることが好ましく、0.4〜1とすることがより好ましく、0.5〜1とすることがさらに好ましく、0.7〜1とすることが一層好ましく、0.8〜1とすることがより一層好ましく、0.9〜1とすることがさらに一層好ましく、0.95〜1とすることがなお一層好ましく、1とすることが特に好ましい。ZrO
2の含有量の好ましい範囲は2〜9%、より好ましい範囲は2〜8%、さらに好ましい範囲は2〜7%、一層好ましい範囲は2〜6%、より一層好ましい範囲は2〜5%、さらに一層好ましい範囲は3〜5%である。
【0085】
TiO
2は、上記成分中、比重の増大を抑える働きに優れるとともに、ヤング率、比弾性率を高める働きを有する。ただし、過剰に導入するとガラスを水に浸漬したときにガラス表面に水との反応生成物が付着しやくなって耐水性が低下するため、TiO
2の含有量を0〜5%の範囲にすることが好ましい。耐水性を良好に保つ上から、TiO
2の含有量の好ましい範囲は0〜4%、より好ましい範囲は0〜3%、さらに好ましい範囲は0〜2%、一層好ましい範囲は0〜1%、より一層好ましい範囲は0〜0.5%である。なお、耐水性を一層改善する上から、TiO
2を実質的に含まないことが好ましい。
【0086】
La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5、HfO
2は、比重を高める力が大きいため、比重増大を抑える上から、それぞれの成分の含有量を0〜4%の範囲にすることが好ましく、0〜3%の範囲にすることがより好ましく、0〜2%の範囲にすることがさらに好ましく、0〜1%の範囲にすることが一層好ましく、0〜0.5%の範囲にすることがより一層好ましい。La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5、HfO
2は、ガラス成分として導入しなくてもよい。
【0087】
その他、導入可能なガラス成分として、B
2O
3、P
2O
5などがある。B
2O
3は、脆さを低下させるとともに、溶融性を向上させる働きをするが、過剰導入により化学的耐久性が低下するため、その含有量の好ましい範囲は0〜3%、より好ましい範囲は0〜1%、さらに好ましい範囲は0〜0.5%であり、導入しないことが一層好ましい。
【0088】
P
2O
5は、少量導入することができるが、過剰導入により化学的耐久性が低下するため、その含有量を0〜1%とすることが好ましく、0〜0.5%とすることがより好ましく、0〜0.3%とすることがさらに好ましく、導入しないことが一層好ましい。高耐熱性、高ヤング率、高熱膨張係数の3つの特性を同時に満たすガラスを得る上から、SiO
2、Al
2O
3、Na
2O、K
2O、MgO、CaO、ZrO
2、TiO
2、La
2O
3、Y
2O
3、Yb
2O
3、Ta
2O
5、Nb
2O
5およびHfO
2の合計含有量を95%以上とすることが好ましく、97%以上とすることがより好ましく、98%以上とすることがさらに好ましく、99%以上とすることが一層好ましく、100%としてもよい。
【0089】
さらに、比重増大を抑える上から、SiO
2、Al
2O
3、Na
2O、K
2O、MgO、CaO、ZrO
2およびTiO
2の合計含有量を95%以上とすることが好ましく、97%以上とすることがより好ましく、98%以上とすることがさらに好ましく、99%以上とすることが一層好ましく、100%としてもよい。
【0090】
さらに、耐水性を改善する上から、SiO
2、Al
2O
3、Na
2O、K
2O、MgO、CaOおよびZrO
2の合計含有量を95%以上とすることが好ましく、97%以上とすることがより好ましく、98%以上とすることがさらに好ましく、99%以上とすることが一層好ましく、100%としてもよい。
【0091】
以上の観点からガラスAは、(1)SiO
2を50〜75%、B
2O
3を0〜3%、Al
2O
3を0〜5%、Li
2Oを0〜3%、Na
2Oを0〜5%、K
2Oを1〜10%、MgOを1〜23%、CaOを6〜21%、BaOを0〜5%、ZnOを0〜5%、TiO
2を0〜5%、ZrO
2を2〜9%含むことが好ましく、(2)SiO
2を50〜75%、B
2O
3を0〜1%、Al
2O
3を0〜5%、Li
2Oを0〜3%、Na
2Oを0〜5%、K
2Oを1〜9%、MgOを2〜23%、CaOを6〜21%、BaOを0〜3%、ZnOを0〜5%、TiO
2を0〜3%、ZrO
2を3〜7%含むことがより好ましい。
【0092】
次に、ガラスBについて説明する。ガラスBのガラス組成は、
SiO
2を56〜75%、
Al
2O
3を1〜11%、
Li
2Oを0%超かつ4%以下、
Na
2Oを1%以上かつ15%未満、
K
2Oを0%以上3%未満、
含み、かつ、BaOを実質的に含まず、
Li
2O、Na
2OおよびK
2Oからなる群から選ばれるアルカリ金属酸化物の合計含有量が6〜15%の範囲であり、
Na
2O含有量に対するLi
2O含有量のモル比(Li
2O/Na
2O)が0.50未満であり、
上記アルカリ金属酸化物の合計含有量に対するK
2O含有量のモル比{K
2O/(Li
2O+Na
2O+K
2O)}が0.13以下であり、
MgO、CaOおよびSrOからなる群から選ばれるアルカリ土類金属酸化物の合計含有量が10〜30%の範囲であり、
MgOおよびCaOの合計含有量が10〜30%の範囲であり、
上記アルカリ土類金属酸化物の合計含有量に対するMgOおよびCaOの合計含有量のモル比{(MgO+CaO)/(MgO+CaO+SrO)}が0.86以上であり、
上記アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物の合計含有量が20〜40%の範囲であり、
上記アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物の合計含有量に対するMgO、CaOおよびLi
2Oの合計含有量のモル比{(MgO+CaO+Li
2O)/(Li
2O+Na
2O+K
2O+MgO+CaO+SrO)
}が0.50以上であり、
ZrO
2、TiO
2、Y
2O
3、La
2O
3、Gd
2O
3、Nb
2O
5およびTa
2O
5からなる群から選ばれる酸化物の合計含有量が0%超かつ10%以下であり、
Al
2O
3含有量に対する上記酸化物の合計含有量のモル比{(ZrO
2+TiO
2+Y
2O
3+La
2O
3+Gd
2O
3+Nb
2O
5+Ta
2O
5)/Al
2O
3}が0.40以上である。
【0093】
次に、ガラスBを構成する各成分の詳細について説明する。
【0094】
SiO
2は、ガラスのネットワーク形成成分であり、ガラス安定性、化学的耐久性、特に耐酸性を向上させる効果がある。磁気記録媒体ガラス基板上に磁気記録層等を成膜する工程や前記工程により形成した膜を熱処理するため、輻射によって基板を加熱する際、基板の熱拡散を低下させ、加熱効率を高める働きをする成分でもある。SiO
2の含有量が56%未満では化学的耐久性が低下し、75%を超えると剛性が低下する。また、SiO
2の含有量が75%を超えるとSiO
2が完全に熔けずにガラス中に未熔解物が生じたり、清澄時のガラスの粘性が高くなりすぎて泡切れが不十分になる。未熔解物を含むガラスから基板を作製すると、研磨によって基板表面に未熔解物による突起が生じ、極めて高い表面平滑性が求められる磁気記録媒体ガラス基板としては使用できなくなる。また、泡を含むガラスから磁気記録媒体ガラス基板を作製すると、研磨によって基板表面に泡の一部が現れ、その部分が窪みとなって基板の主表面の平滑性が損なわれるため、やはり磁気記録媒体ガラス基板として使用できなくなる。以上より、SiO
2の含有量は56〜75%とする。SiO
2の含有量の好ましい範囲は58〜70%、より好ましい範囲は60〜70%である。
【0095】
Al
2O
3もガラスのネットワーク形成に寄与し、剛性および耐熱性を向上させる働きをする成分である。ただしAl
2O
3の含有量が11%を超えるとガラスの耐失透性(安定性)が低下するため、その導入量は11%以下とする。他方、Al
2O
3の含有量が1%未満では、ガラスの安定性、化学的耐久性、および耐熱性が低下するため、その導入量は1%以上とする。したがって、Al
2O
3の含有量は、1〜11%の範囲である。ガラスの安定性、化学的耐久性および耐熱性の観点から、Al
2O
3の含有量の好ましい範囲は1〜10%、より好ましい範囲は2〜9%、更に好ましい範囲は3〜8%である。
【0096】
Li
2Oは、ガラスの剛性を高める成分である。また、アルカリ金属の中でガラス中の移動のしやすさはLi>Na>Kの順であるため、化学強化性能の観点からもLiの導入は有利である。ただし、導入量が過剰であると耐熱性の低下を招くため、その導入量は4%以下とする。即ち、Li
2Oの含有量は0%超かつ4%以下である。高剛性、高耐熱性および化学強化性能の観点から、Li
2Oの含有量の好ましい範囲は0.1〜3.5%、より好ましい範囲は0.5〜3%、更に好ましい範囲は1%超かつ3%以下、より一層好ましい範囲は1%超かつ2.5%以下である。
【0097】
また、上記の通りLi
2Oは過剰量の導入により耐熱性の低下を招くが、Na
2Oに対する導入量が過剰になっても耐熱性の低下を招くため、Na
2O含有量に対するLi
2O含有量のモル比(Li
2O/Na
2O)が0.50未満の範囲となるように、その導入量をNa
2O導入量に対して調整する。Li
2Oの導入による効果を得つつ耐熱性の低下を抑制する観点から、上記モル比(Li
2O/Na
2O)は0.01以上0.50未満の範囲とすることが好ましく、0.02〜0.40の範囲とすることがより好ましく、0.03〜0.40の範囲とすることが更に好ましく、0.04〜0.30の範囲とすることがより一層好ましく、0.05〜0.30の範囲とすることがなお一層好ましい。
【0098】
加えて、Li
2Oの導入量がアルカリ金属酸化物の合計含有量(Li
2O+Na
2O+K
2O)に対して過剰であっても耐熱性の低下を招き、過少になると化学強化性能の低下を招くため、アルカリ金属酸化物の合計含有量に対するLi
2O含有量のモル比{Li
2O/(Li
2O+Na
2O+K
2O)}が1/3未満の範囲となるように、Li
2Oの導入量をアルカリ金属酸化物の合計に対して調整することが好ましい。Li
2Oの導入による効果を得つつ耐熱性の低下を抑制する観点から、モル比{Li
2O/(Li
2O+Na
2O+K
2O)}のより好ましい上限は0.28、更に好ましい上限は0.23である。化学強化性能の低下を抑制する観点から、モル比{Li
2O/(Li
2O+Na
2O+K
2O)}の好ましい下限は0.01、より好ましい下限は0.02、更に好ましい下限は0.03、一層好ましい下限は0.04、より一層好ましい下限は0.05である。
【0099】
Na
2Oは熱膨張特性改善に有効な成分であることから、1%以上導入する。また、Na
2Oは化学強化性能にも寄与する成分であるため、1%以上導入することは化学強化性能の観点からも有利である。ただしその導入量が15%以上になると耐熱性の低下を招く。したがって、Na
2Oの含有量は1%以上かつ15%未満とする。熱膨張特性、耐熱性および化学強化性能の観点から、Na
2Oの含有量の好ましい範囲は4〜13%、より好ましい範囲は5〜11%である。
【0100】
K
2Oは熱膨張特性改善に有効な成分である。過剰量の導入により耐熱性、熱伝導率の低下を招き、化学強化性能も悪化することから、その導入量は3%未満とする。即ち、K
2Oの含有量は0%以上3%未満である。耐熱性を維持しつつ熱膨張特性を改善する観点から、K
2Oの含有量の好ましい範囲は0〜2%、より好ましい範囲は0〜1%、更に好ましい範囲は0〜0.5%、より一層好ましい範囲は0〜0.1%であり、耐熱性および化学強化性能の観点からは、実質的に導入しないことが好ましい。なお、「実質的に含まない」、「実質的に導入しない」とは、ガラス原料中に意図して特定の成分を加えないことを意味し、不純物として混入することまで排除するものではない。ガラス組成に関する0%との記載も同義である。
【0101】
また、Li
2O、Na
2OおよびK
2Oからなる群から選ばれるアルカリ金属酸化物の合計含有量が6%未満ではガラスの熔融性および熱膨張特性が低下し、15%を超えると耐熱性が低下する。したがって、ガラスの熔融性、熱膨張特性および耐熱性の観点から、Li
2O、Na
2OおよびK
2Oからなる群から選ばれるアルカリ金属酸化物の合計含有量は6〜15%とし、好ましくは7〜15%、より好ましくは8〜13%、更に好ましくは8〜12%の範囲とする。
【0102】
ここで、BaOを実質的に含まないものである。BaOの導入を排除する理由は、以下の通りである。
【0103】
記録密度を高めるためには磁気ヘッドと磁気記録媒体表面との距離を近づけ、書き込み・読み込み分解能を
上げる必要がある。そのため近年、ヘッドの低浮上量化(磁気ヘッドと磁気記録媒体表面との間のスペーシングの低減)が進められており、これに伴い磁気記録媒体表面にはわずかな突起の存在も許容されなくなってきている。低浮上量化された記録再生システムでは、微小突起であってもヘッドと衝突しヘッド素子の損傷等の原因となるからである。一方、BaOは大気中の炭酸ガスとの反応により磁気記録媒体ガラス基板表面の付着物となるBaCO
3を生成する。したがって付着物低減の観点からBaOを含有させない。加えてBaOはガラス表面の変質(ヤケと呼ばれる)の発生原因となり、基板表面に微小突起を形成するおそれのある成分であるため、磁気記録媒体ガラス
基板表面のヤケの防止のためにもBaOを排除する。なお、Baフリー化は環境への負担を軽減する上からも好ましい。
【0104】
加えて、ガラス基板がBaOを実質的に含まないことは、熱アシスト記録方式に使用される磁気記録媒体として望ましい。以下、その理由を説明する。
【0105】
記録密度を高めるほどビットサイズは小さくなり、例えば1テラバイト/inch
2を超える高密度記録を実現するためのビットサイズの目標値は数十nm径とされている。このような微小ビットサイズで記録する場合、熱アシスト記録では加熱領域をビットサイズと同程度に小さくする必要がある。また、微小ビットサイズで高速記録するためには、1つのビットの記録に費やすことのできる時間は極短時間となるため、熱アシストによる加熱と冷却を瞬間的に完了する必要がある。即ち、熱アシスト記録用磁気記録媒体では、加熱と冷却は可能な限り速やかに、かつ局所的に行われることが求められる。
【0106】
そこで熱アシスト記録用磁気記録媒体の基板と磁気記録層との間に、高い熱伝導率を有する材料からなるヒートシンク層(例えばCu膜)を設けることが提案されている(例えば特開2008−52869号公報参照)。ヒートシンク層は、面内方向への熱の広がりを抑え、かつ垂直方向(
厚さ方向)への熱の流れを加速することで、
磁気記録層に与えられた熱を面内方向ではなく垂直方向(厚さ方向)に逃がす役割を果たす層である。ヒートシンク層を厚くするほど、加熱と冷却を短時間かつ局所的に行うことができるが、ヒートシンク層を厚くするためには、成膜時間を長くする必要があるため、生産性が低下してしまう。また、ヒートシンク層の厚みが増すことにより、層成膜時の熱の蓄積も多くなることから、結果的にその上層に形成される磁性層の結晶性や結晶配向性が乱れ、記録密度の改善が困難になる場合がある。更に、ヒートシンク層が厚くなるほど、ヒートシンク層にコロージョンが発生し、膜全体が隆起して凸欠陥が発生する可能性が高くなり、低浮上量化の妨げとなる。特にヒートシンク層に鉄材料が用いられている場合、上記現象を発生する可能性が高い。
【0107】
以上説明したように、厚膜のヒートシンク層を設けることは、加熱と冷却を短時間かつ局所的に行ううえでは有利であるが、生産性、記録密度の改善、低浮上量化の観点からは望ましくない。この対策として、ヒートシンク層が担う役割を補うべくガラス基板の熱伝導率を高めることが考えられる。
【0108】
ここでガラスは、SiO
2、Al
2O
3、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属酸化物などを構成成分とする。この中で、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属酸化物は修飾成分としてガラスの熔融性を改善したり、熱膨張係数を増加させる働きを有する。したがって、一定量をガラスに導入する必要があるが、この中で最も原子番号が大きいBaはガラスの熱伝導率を低下させる働きが大きい。ここではBaOを含まないためBaOによる熱伝導率低下がなく、したがってヒートシンク層の薄膜化を進めたとしても、加熱と冷却を短時間かつ局所的に行うことを可能とするものである。
【0109】
なお、アルカリ土類金属酸化物の中でBaOが最もガラス転移温度を高く維持する働きを有する。このBaOをフリー化することによりガラス転移温度が低下しないよう、アルカリ土類金属酸化物であるMgO、CaOおよびSrOの合計含有量に対するMgOおよびCaOの合計含有量のモル比{(MgO+CaO)/(MgO+CaO+SrO)}を0.86以上とする。アルカリ土類金属酸化物の総量を一定とした場合、この総量を多種のアルカリ土類金属酸化物に配分するよりも1種または2種のアルカリ土類金属酸化物に集中して配分することで、ガラス転移温度を高く維持することができるからである。即ち、BaOフリー化によるガラス転移温度の低下を、上記モル比を0.86以上とすることで抑制しているのである。また、磁気記録媒体ガラス基板に求められる特性の1つが高剛性(高ヤング率)であることは前述の通りであるが、磁気記録媒体ガラス基板に求められる望ましい特性としては後述するように比重が小さいことも挙げられる。高ヤング率化および低比重化のためには、アルカリ土類金属酸化物の中でMgOとCaOの導入を優先することが有利であり、したがって上記モル比を0.86以上とすることは、ガラス基板の高ヤング率化および低比重化を実現する効果もある。上記説明した観点から、前記モル比は、好ましくは0.88以上、より好ましくは0.90以上、更に好ましくは0.93以上、より一層好ましくは0.95以上、なお一層好ましくは0.97以上、更に一層好ましくは0.98以上、特に好ましくは0.99以上、最も好ましくは1である。
【0110】
MgO、CaOおよびSrOからなる群から選ばれるアルカリ土類金属酸化物の合計含有量は過少ではガラスの剛性および熱膨張特性が低下し、過剰では化学的耐久性が低下する。高剛性、高熱膨張特性および良好な化学的耐久性を実現するために、上記アルカリ土類金属酸化物の合計含有量を10〜30%とし、好ましくは10〜25%、より好ましくは11〜22%、更に好ましくは12〜22%、より一層好ましくは13〜21%、更に一層好ましくは15〜20%の範囲とする。
【0111】
また、上記のとおりMgOおよびCaOは優先して導入される成分であり、合計で10〜30%の量となるように導入される。MgOとCaOの合計含有量が10%未満では、剛性および熱膨張特性が低下し、30%を超えると化学的耐久性が低下するからである。MgOとCaOを優先して導入することによる効果を良好に得る観点から、MgOとCaOの合計含有量の好ましい範囲は10〜25%、より好ましい範囲は10〜22%、更に好ましい範囲は11〜20%、より一層好ましい範囲は12〜20%である。
【0112】
また、アルカリ金属酸化物の中ではK
2Oが原子番号が大きく熱伝導率を低下させる働きが大きいこと、化学強化性能の点では不利であることから、
K2Oの含有量はアルカリ金属酸化物の総量に対して制限される。アルカリ金属酸化物の合計含有量に対するK
2O含有量のモル比{K
2O/(Li
2O+Na
2O+K
2O)}を0.13以下とする。化学強化性能および熱伝導率の観点から、上記モル比は好ましくは0.10以下、より好ましくは0.08以下、更に好ましくは0.06以下、より一層好ましくは0.05以下、なお一層好ましくは0.03、更に一層好ましくは0.02以下、特に好ましくは0.01以下、最も好ましくは実質的にゼロ、即ちK
2Oを導入しないことが最も好ましい。
【0113】
上記アルカリ金属酸化物とアルカリ土類金属酸化物の合計含有量(Li
2O+Na
2O+K
2O+MgO+CaO+SrO)は、20〜40%である。20%未満ではガラスの熔融性、熱膨張係数および剛性が低下し、40%を超えると化学的耐久性および耐熱性が低下するからである。上記諸特性を良好に維持する観点から、上記アルカリ金属酸化物とアルカリ土類金属酸化物の合計含有量の好ましい範囲は20〜35%、より好ましい範囲は21〜33%、更に好ましい範囲は23〜33%である。
【0114】
前述のとおりMgO、CaOおよびLi
2Oはガラスの剛性を高める(高ヤング率
化を実現する
)ために有効な成分であり、これら3成分の合計が上記アルカリ金属酸化物とアルカリ土類金属酸化物の合計に対して過少になると、ヤング率を高めることが困難となる。そこで、上記アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物の合計含有量に対するMgO、CaOおよびLi
2Oの合計含有量のモル比{(MgO+CaO+Li
2O)/(Li
2O+Na
2O+K
2O+MgO+CaO+SrO)
}が0.50以上となるように、MgO、CaOおよびLi
2Oの導入量を上記アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物の合計に対して調整する。ガラス基板のヤング率をより一層高めるためには、上記モル比は0.51以上とすることが好ましく、0.52以上とすることが好ましい。また、ガラスの安定性の観点からは、上記モル比は0.80以下とすることが好ましく、0.75以下とすることがより好ましく、0.70以下とすることがより一層好ましい。
【0115】
また、各アルカリ土類金属酸化物の導入量については、上記のとおり、ガラスBでは、BaOは実質的に導入しない。
【0116】
MgOはヤング率向上と低比重化、更にはこれによる比弾性率向上の観点から、好ましい含有量は0〜14%、より好ましくは0〜10%、更に好ましくは0〜8%、より一層好ましくは0〜6%、更に一層好ましくは1〜6%の範囲である。なお比弾性率については後述する。
【0117】
CaOは熱膨張特性およびヤング率の向上、ならびに低比重化の観点から、好ましい導入量は3〜20%、より好ましくは4〜20%、更に好ましくは10〜20%の範囲である。
【0118】
SrOは熱膨張特性を向上する成分であるがMgO、CaOと比べて比重を高める成分であるため、その導入量は4%以下とすることが好ましく、3%以下とすることが好ましく、2.5%以下とすることがより好ましく、2%以下とすることが好ましく、1%以下とすることがより好ましく、実質的に導入しなくてもよい。
【0119】
SiO
2、Al
2O
3、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物の含有量および割合については、前述の通りであるが、ここで例示するガラスは以下に示す酸化物成分も含むものである。以下、それらの詳細について説明する。
【0120】
ZrO
2、TiO
2、Y
2O
3、La
2O
3、Gd
2O
3、Nb
2O
5およびTa
2O
5からなる群から選ばれる酸化物は、剛性および耐熱性を高める成分であるため少なくとも一種を導入するが、過剰量の導入によりガラスの熔融性および熱膨張特性が低下する。したがって、上記酸化物の合計含有量は0%超かつ10%以下とし、好ましくは1〜10%、より好ましくは2〜10%、更に好ましくは2〜9%、より一層好ましくは2〜7%、なお一層好ましくは2〜6%の範囲とする。
【0121】
また、上記のとおりAl
2O
3も剛性および耐熱性を高める成分であるが、ヤング率を高める働きは上記酸化物の方が大きい。上記酸化物をAl
2O
3に対して0.4以上のモル比で導入することにより、即ち、Al
2O
3含有量に対する上記酸化物の合計含有量のモル比{(ZrO
2+TiO
2+Y
2O
3+La
2O
3+Gd
2O
3+Nb
2O
5+Ta
2O
5)/Al
2O
3}を0.40以上とすることにより、剛性および耐熱性の向上を実現することができる。剛性および耐熱性をより一層向上する観点から、上記モル比は、0.50以上とすることが好ましく、0,60以上とすることが好ましく、0.70以上とすることがより好ましい。また、ガラスの安定性の観点からは、上記モル比は4.00以下とすることが好ましく、3.00以下とすることがより好ましく、2.00以下とすることが更に好ましく、1.00以下とすることがより一層好ましく、0.90以下とすることがなお一層好ましく、0.85以下とすることが更に一層好ましい。
【0122】
また、B
2O
3は、ガラス基板の脆さを改善し、ガラスの熔融性を向上する成分であるが、過剰量の導入により耐熱性が低下するため、その導入量は0〜3%とすることが好ましく、0〜2%とすることがより好ましく、0%以上1%未満とすることがより好ましく、0〜0.5%とすることが好ましく、実質的に導入しなくてもよい。
【0123】
Cs
2Oは所望の特性、性質を損なわない範囲で少量導入し得る成分であるが、他のアルカリ金属酸化物と比べて比重を増加させる成分であるため、実質的に導入しなくてもよい。
【0124】
ZnOは、ガラスの熔融性、成形性および安定性を良化し、剛性を高め、熱膨張特性を向上する成分であるが、過剰量の導入で耐熱性および化学的耐久性が低下するため、その導入量は0〜3%とすることが好ましく、0〜2%とすることがより好ましく、0〜1%とすることが更に好ましく、実質的に導入しなくてもよい。
【0125】
ZrO
2は上記のとおり剛性および耐熱性を高める成分であり、かつ化学的耐久性を高める成分でもあるが、過剰量の導入でガラスの熔融性が低下するため、その導入量は1〜8%とすることが好ましく、1〜6%とすることがより好ましく、2〜6%とすることが更に好ましい。
【0126】
TiO
2はガラスの比重の増加を抑え、かつ剛性を向上する作用があり、これにより比弾性率を高めることができる成分である。ただし過剰量導入するとガラス基板が水と接触した際に基板表面に水との反応生成物が生じ付着物発生の原因となる場合があるため、その導入量は0〜6%とすることが好ましく、0〜5%とすることがより好ましく、0〜3%とすることが更に好ましく、0〜2%とすることがより一層好ましく、0%以上1%未満とすることがなお一層好ましく、実質的に導入しなくてもよい。
【0127】
Y
2O
3、Yb
2O
3、La
2O
3、Gd
2O
3、Nb
2O
5およびTa
2O
5は、化学的耐久性、耐熱性向上、剛性や破壊靱性向上の点で有利な成分であるが、過剰量の導入で熔融
性が悪化し、比重も重くなる。また高価な原料を使用することになるので、含有量を少なくすることが好ましい。したがって上記成分の導入量は合計量として、0〜3%とすることが好ましく、0〜2%とすることがより好ましく、0〜1%とすることが更に好ましく、0〜0.5%とすることがより一層好ましく、0〜0.1%とすることがなお一層好ましく、熔融性向上、低比重化およびコスト低減を重視する際には実質的に導入しないことが好ましい。
【0128】
HfO
2も、化学的耐久性、耐熱性向上、剛性や破壊靱性向上の点で有利な成分であるが、過剰量の導入で熔融性が悪化し、比重も重くなる。また高価な原料を使用することになるので、含有量を少なくすることが好ましく、実質的に導入しないことが好ましい。Pb、As、Cd、Te、Cr、Tl、UおよびThは、環境への影響を考慮し、実質的に導入しないことが好ましい。
【0129】
また、前記アルカリ金属酸化物(Li
2O、Na
2OおよびK
2O)の合計含有量に対するSiO
2、Al
2O
3、ZrO
2、TiO
2、Y
2O
3、La
2O
3、Gd
2O
3、Nb
2O
5およびTa
2O
5の合計含有量のモル比{(SiO
2+Al
2O
3+ZrO
2+TiO
2+Y
2O
3+La
2O
3+Gd
2O
3+Nb
2O
5+Ta
2O
5)/(Li
2O+Na
2O+K
2O)}は、耐熱性を高めるとともに熔融性を高める観点から、好ましい範囲は3〜15であり、より好ましくは3〜12、更に好ましくは4〜12、一層好ましくは5〜12、より一層好ましくは5〜11、なお一層好ましくは5〜10の範囲である。
【0130】
次に、ガラスAおよびガラスBに共通して添加可能なその他の成分について以下に説明する。まず、任意成分であるSn酸化物およびCe酸化物について説明する。Sn酸化物およびCe酸化物は、清澄剤として機能し得る成分である。Sn酸化物は、ガラス溶融時、高温で酸素ガスを放出し、ガラス中に含まれる微小な泡を取り込んで大きな泡にすることで浮上しやすくすることにより清澄を促す働きに優れている。一方、Ce酸化物は、低温でガラス中にガスとして存在する酸素をガラス成分として取り込むことにより泡を消す働きに優れている。泡の大きさ(固化したガラス中に残留する泡(空洞)の大きさ)が0.3mm以下の範囲で、Sn酸化物は比較的大きな泡も極小の泡も除く働きが強い。Sn酸化物とともにCe酸化物を添加すると、50μm〜0.3mm程度の大きな泡の密度が数十分の一程度にまで激減する。このように、Sn酸化物とCe酸化物を共存させることにより、高温域から低温域にわたり広い温度範囲でガラスの清澄効果を高めることができるため、Sn酸化物およびCe酸化物を添加することが好ましい。
【0131】
Sn酸化物およびCe酸化物の外割り添加量の合計が0.02質量%以上であれば、十分な清澄効果を期待することができる。微小かつ少量であっても未溶解物を含むガラスを用いて磁気記録媒体ガラス基板を作製すると、研磨によって磁気記録媒体ガラス基板表面に未溶解物が現れると、磁気記録媒体ガラス基板表面に突起が生じたり、未溶解物が欠落した部分が窪みとなって、磁気記録媒体ガラス基板表面の平滑性が損なわれ、磁気記録媒体ガラス基板としては使用できなくなる。これに対しSn酸化物およびCe酸化物の外割り添加量の合計が3.5質量%以下であれば、ガラス中に十分に溶解し得るため未溶解物の混入を防ぐことができる。
【0132】
また、SnやCeは結晶化ガラスを作る場合には結晶核を生成する働きをする。ガラスAおよびガラスBは非晶質性ガラスであるので、加熱によって結晶を析出しないことが望ましい。Sn、Ceの量が過剰になると、こうした結晶の析出がおこりやすくなる。そのため、Sn酸化物、Ce酸化物とも過剰の添加は避けるべきである。以上の観点から、Sn酸化物およびCe酸化物の外割り添加量の合計を0.02〜3.5質量%とすることが好ましい。Sn酸化物とCe酸化物の外割り添加量の合計の好ましい範囲は0.1〜2.5質量%、より好ましい範囲は0.1〜1.5質量%、さらに好ましい範囲は0.5〜1.5質量%である。Sn酸化物としては、SnO
2を用いることがガラス溶融中、高温で酸素ガスを効果的に放出する上から好ましい。
【0133】
なお、清澄剤として硫酸塩を外割りで0〜1質量%の範囲で添加することもできるが、ガラス溶融中に溶融物が吹きこぼれるおそれがあり、ガラス中の異物が激増することから、硫酸塩を導入しないことが好ましい。また、Pb、Cd、Asなどは環境に悪影響を与える物質なので、これらの導入も避けることが好ましい。
【0134】
ガラスAおよびガラスBは、所定のガラス組成が得られるように酸化物、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、水酸化物などのガラス原料を秤量、調合し、十分混合して、溶融容器内で、例えば1400〜1600℃の範囲で加熱、溶融し、清澄、攪拌して十分泡切れがなされた均質化した溶融ガラスを成形することにより作製することができる。なお、必要に応じてガラス原料に前記した清澄剤を添加してもよい。
【0135】
ガラスAおよびガラスBは、高い耐熱性、高剛性、高熱膨張係数という
三つの特性を、同時に実現することが可能である。以下、ガラスAおよびガラスBが有する好ましい物性について、順次説明する。
【0136】
1.熱膨張係数
前述のとおり、磁気記録媒体ガラス基板を構成するガラスとHDDのスピンドル材料(例えば、ステンレスなど)の熱膨張係数の差が大きいと、HDDの動作時における温度変化によって磁気記録媒体が変形し、記録再生トラブルが起こるなど信頼性が低下することになってしまう。特に、高Ku磁性材料からなる磁気記録層を有する磁気記録媒体は、記録密度が極めて高いため、磁気記録媒体の僅かな変形によっても前記トラブルが起こりやすくなる。一般にHDDのスピンドル材料は、100〜300℃の温度範囲において70×10
−7/℃以上の平均線膨張係数(熱膨張係数)を有する。しかし、ガラスAまたはガラスBを用いて本実施形態のガラスブランクの製造方法により作製されたガラスブランクや、これを用いて製造された磁気記録媒体ガラス基板によれば、100〜300℃の温度範囲における平均線膨張係数を70×10
−7/℃以上にすることができる。このため、上記信頼性を向上させることができ、高Ku磁性材料からなる磁気記録層を有する磁気記録媒体に好適な磁気記録媒体ガラス基板を提供することができる。なお、平均線膨張係数の好ましい範囲は72×10
−7/℃以上、より好ましい範囲は74×10
−7/℃以上、さらに好ましい範囲は75×10
−7/℃以上、一層好ましい範囲は77×10
−7/℃以上、より一層好ましい範囲は78×10
−7/℃以上、さらに一層好ましい範囲は79×10
−7/℃以上である。平均線膨張係数の上限は、スピンドル材料の熱膨張特性を考慮すると、例えば100×10
−7/℃程度であることが好ましく、90×10
−7/℃程度であることがより好ましく、88×10
−7/℃程度であることが好ましい。
【0137】
2.ガラス転移温度
前述のとおり、高Ku磁性材料の導入などによって磁気記録媒体の高記録密度化を図る場合、磁性材料の高温処理などにおいて、磁気記録媒体ガラス基板は高温下に晒されることになる。その際、磁気記録媒体ガラス基板の極めて高い平坦性が損なわれないようにするため、磁気記録媒体ガラス基板に用いるガラス材料は優れた耐熱性を有することが求められる。ここで、ガラスAまたはガラスBを用いて本実施形態のガラスブランクの製造方法により作製されたガラスブランクや、これを用いて製造された磁気記録媒体ガラス基板では、ガラス転移温度を600℃以上にすることができる。このため、上記の磁気記録媒体ガラス基板を高温で熱処理した後にも優れた平坦性を維持することができる。したがって、高Ku磁性材料を備えた磁気記録媒体の作製に好適な磁気記録媒体ガラス基板を提供することができる。
【0138】
なお、ガラスAおよびガラスBのガラス転移温度の好ましい範囲は610℃以上、より好ましい範囲は620℃以上、さらに好ましい範囲は630℃以上、一層好ましい範囲は640℃以上、より一層好ましい範囲は650℃以上、さらに一層好ましい範囲は655℃以上、なお一層好ましい範囲は660℃以上、よりなお一層好ましい範囲は670℃以上、特に好ましい範囲は675℃以上、最も好ましい範囲は680℃以上である。ガラス転移温度の上限は、例えば750℃程度であるが特に限定されるものではない。
【0139】
3.ヤング率
磁気記録媒体の変形としては、HDDの温度変化による変形の他、高速回転による変形がある。高速回転時の変形を抑制する上からは、磁気記録媒体ガラス基板用ガラスのヤング率を高めることが望まれる。ガラスAおよびガラスBによれば、ヤング率を80GPa以上にすることができ、高速回転時の基板変形を抑制し、高Ku磁性材料を備えた高記録密度化された磁気記録媒体においても、データの読み取り、書き込みを正確に行うことができる。ヤング率の好ましい範囲は81GPa以上、より好ましい範囲は82GPa以上である。ヤング率の上限は、例えば95GPa程度であるが特に限定されるものではない。
【0140】
磁気記録媒体ガラス基板用ガラスの上記熱膨張係数、ガラス転移温度、ヤング率はいずれも高Ku磁性材料を備えた高記録密度化された磁気記録媒体用のガラス基板に求められる重要な特性である。したがって、上記磁気記録媒体に好適な基板を提供する上で、100〜300℃における平均線膨張係数が70×10
−7/℃以上、ガラス転移温度が600℃以上、ヤング率が80GPa以上の特性をすべて一体的に備えていることが特に好ましい。ガラスAおよびガラスBによれば、上記特性をすべて一体的に備えた磁気記録媒体ガラス基板用ガラスを提供することができる。
【0141】
4.比弾性率・比重
磁気記録媒体を高速回転させたとき、変形しにくい基板を提供する上で、磁気記録媒体ガラス基板用ガラスの比弾性率を30MNm/kg以上にすることが好ましい。その上限は、例えば35MNm/kg程度であるが特に限定されるものではない。比弾性率はガラスのヤング率を密度で除したものである。ここで密度とはガラスの比重に、g/cm
3という単位を付けた量と考えればよい。ガラスの低比重化によって、比弾性率を大きくすることができることに加え、磁気記録媒体ガラス基板を軽量化することができる。磁気記録媒体ガラス基板の軽量化により、磁気記録媒体の軽量化がなされ、磁気記録媒体の回転に要する電力を減少させ、HDDの消費電力を抑えることができる。磁気記録媒体ガラス基板用ガラスの比重の好ましい範囲は3.0未満、より好ましい範囲は2.9以下、さらに好ましい範囲は2.85以下である。
【0142】
5.液相温度
ガラスを溶融し、得られた溶融ガラスを成形する際、成形温度が液相温度を下回るとガラスが結晶化し、均質なガラスが生産できない。そのためガラス成形温度は液相温度以上にする必要がある。しかし、成形温度が1300℃を超えると、例えば溶融ガラス塊24をプレス成形する際に用いるプレス成形型50、60が高温の溶融ガラス塊24と反応して、ダメージを受けやすくなる。また、Sn酸化物とCe酸化物による清澄効果が、成形温度の上昇に伴う清澄温度の上昇によって低下する場合がある。こうした点に配慮し、液相温度を1300℃以下にすることが好ましい。液相温度のより好ましい範囲は1250℃以下、さらに好ましい範囲は1200℃以下である。ガラスAおよびガラスBによれば、上記好ましい範囲の液相温度を実現することができる。下限は特に限定されないが、800℃以上を目安に考えればよい。
【0143】
6.分光透過率
磁気記録媒体は、磁気記録媒体ガラス基板上に磁気記録層を含む多層膜を成膜する工程を経て生産される。現在、主流になっている枚葉式の成膜方式で磁気記録媒体ガラス基板上に多層膜を形成する際、例えばまず磁気記録媒体ガラス基板を成膜装置の基板加熱領域に導入しスパッタリングなどによる成膜が可能な温度にまで磁気記録媒体ガラス基板を加熱する。磁気記録媒体ガラス基板の温度が十分に昇温した後、磁気記録媒体ガラス基板を第1の成膜領域に移送し、磁気記録媒体ガラス基板上に多層膜の最下層に相当する膜を成膜する。次に磁気記録媒体ガラス基板を第2の成膜領域に移送し、最下層の上に成膜を行う。このように磁気記録媒体ガラス基板を後段の成膜領域に順次移送して成膜することにより、多層膜を形成する。上記の加熱および成膜は真空ポンプ等により排気された減圧下で行うため、磁気記録媒体ガラス基板の加熱は非接触方式を取らざるを得ない。そのため、磁気記録媒体ガラス基板の加熱には輻射による加熱が適している。この成膜は磁気記録媒体ガラス基板が成膜に好適な温度を下回らないうちに行う必要がある。各層の成膜に要する時間が長すぎると加熱した磁気記録媒体ガラス基板の温度が低下し、後段の成膜領域では十分な基板温度を得ることができないという問題が生じる。磁気記録媒体ガラス基板を長時間にわたって成膜可能な温度を保つためには、磁気記録媒体ガラス基板をより高温に加熱することが考えられるが、磁気記録媒体ガラス基板の加熱速度が小さいと加熱時間をより長くしなければならず、加熱領域に基板が滞在する時間も長くしなければならない。そのため各成膜領域における磁気記録媒体ガラス基板の滞在時間も長くなり、後段の成膜領域では十分な基板温度を保てなくなってしまう。さらにスループットを向上することも困難となる。特に高Ku磁性材料からなる磁気記録層を備えた磁気記録媒体を生産する場合、所定時間内に磁気記録媒体ガラス基板を高温に加熱するために、磁気記録媒体ガラス基板の輻射による加熱効率を一層高めるべきである。
【0144】
SiO
2、Al
2O
3を含むガラスには、波長2750〜3700nmを含む領域に吸収ピークが存在する。また、後述する赤外線吸収剤を添加するか、ガラス成分として導入することにより、さらに短波長の輻射の吸収を高めることができ、波長700nm〜3700nmの波長領域に吸収を持たせることができる。磁気記録媒体ガラス基板を輻射、すなわち、赤外線照射により効率よく加熱するには、上記波長域にスペクトルの極大
波長が存在する赤外線を用いることが望まれる。加熱速度を上げるには、赤外線のスペクトル極大波長と基板の吸収ピーク波長をマッチさせるとともに赤外線パワーを増やすことが考えられる。赤外線源として高温状態のカーボンヒータを例にとると、赤外線のパワーを増加するにはカーボンヒータの入力を増加すればよい。しかし、カーボンヒータからの輻射を黒体輻射と考えると、入力増加によってヒータ温度が上昇するため、赤外線のスペクトルの極大波長が短波長側にシフトし、ガラスの上記吸収波長域から外れてしまう。そのため、磁気記録媒体ガラス基板の加熱速度を上げるためにはヒータの消費電力を過大にしなければならず、ヒータの寿命が短くなってしまうなどの問題が発生する。
【0145】
このような点に鑑み、上記波長領域(波長700〜3700nm)におけるガラスの吸収をより大きくすることにより、赤外線のスペクトル極大波長と基板の吸収ピーク波長を近づけた状態で赤外線の照射を行い、ヒータ入力を過剰にしないことが望ましい。そこで赤外線照射過熱効率を高めるため、磁気記録媒体ガラス基板用ガラスとしては、700〜3700nmの波長域に、厚さ2mmに換算した分光透過率が50%以下となる領域が存在するか、または、前記波長域にわたり、厚さ2mmに換算した分光透過率が70%以下となる透過率特性を備えるガラスが好ましい。例えば、鉄、銅、コバルト、イッテルビウム、マンガン、ネオジム、プラセオジム、ニオブ、セリウム、バナジウム、クロム、ニッケル、モリブデン、ホルミウムおよびエルビウムの中から選ばれる少なくとも1種の金属の酸化物は、赤外線吸収剤として作用し得る。また、水分または水分に含まれるOH基は、3μm帯に強い吸収を有するため、水分も赤外線吸収剤として作用し得る。ガラスAおよびガラスBに上記赤外線吸収剤として作用し得る成分を適量導入することにより、ガラスAおよびガラスBに上記好ましい吸収特性を付与することができる。上記赤外線吸収剤として作用し得る酸化物の添加量は、酸化物として質量基準で500ppm〜5%であることが好ましく、2000ppm〜5%であることがより好ましく、2000ppm〜2%であることがさらに好ましく、4000ppm〜2%の範囲がより一層好ましい。また、水分については、H
2O換算の重量基準で200ppm超含まれることが好ましく、220ppm以上含まれることがより好ましい。
【0146】
なお、Yb
2O
3、Nb
2O
5をガラス成分として導入する場合や清澄剤としてCe酸化物を添加する場合は、これら成分による赤外線吸収を基板加熱効率の向上に利用することができる。
【0147】
[磁気記録媒体ガラス基板の製造方法]
本実施形態の磁気記録媒体ガラス基板の製造方法は、本発明の磁気記録媒体ガラス基板用ガラスブランクの製造方法により作製されたガラスブランクの主表面を研磨する研磨工程を少なくとも経て、磁気記録媒体ガラス基板を製造することを特徴とする。
【0148】
なお、本願明細書において、「磁気記録媒体ガラス基板」とは、好ましくは、非晶質ガラス製基板、すなわちアモルファスガラスからなる基板を意味する。ガラス系の基板には大別して、非晶質ガラス基板、および、非晶質ガラスを熱処理して結晶化する結晶化ガラス基板がある。結晶化のための熱処理は通常、ガラス転移温度よりも高い温度で行うため、平坦性の良いあるいは板厚偏差の小さいガラスブランクを用いても結晶化のための熱処理によってガラスが変形し、ガラスブランクを使用する意義が薄れる、あるいは、損なわれてしまう。非晶質ガラス基板を作製するのであれば、ガラスブランクを高温で処理する必要がない。このため、磁気記録媒体ガラス基板の作製に際して、平坦性の良いあるいは板厚偏差の小さいガラスブランクを用いる意義は大きいということができる。
【0149】
磁気記録媒体ガラス基板の製造に際しては、まず、プレス成形して得られたガラスブランクに対してスクライブが行われる。スクライブとは、成形されたガラスブランクを所定のサイズのリング形状とするために、ガラスブランクの表面に超
硬合金製あるいはダイヤモンド粒子からなるスクライバにより2つの同心円(内側同心円および外側同心円)状の切断線(線状のキズ)を設けることをいう。なお、ガラスブランクに残存するシアマークは内側同心円の内側に局在する。2つの同心円の形状にスクライブされたガラスブランクは、部分的に加熱され、ガラスの熱膨張の差異により、外側同心円の外側部分および内側同心円の内側部分が除去される。これにより、真円形状のディスク状ガラスとなる。
【0150】
スクライブ加工する場合、ガラスブランクの主表面の粗さが1μm以下であれば、スクライバを用いて好適に切断線を設けることができる。なお、ガラスブランクの主表面の粗さが1μmを超える場合、スクライバが表面凹凸に追従せず、切断線を一様に設けることが困難となる場合がある。この場合は、ガラスブランクの主表面を平滑化してからスクライブを行う。
【0151】
次に、スクライブしたガラスの形状加工が行われる。形状加工は、チャンファリング(外周端部および内周端部の面取り)を含む。チャンファリングでは、リング形状のガラスの外周端部および内周端部に、ダイヤモンド砥石により面取りが施される。
【0152】
次にディスク状ガラスの端面研磨が行われる。端面研磨では、ガラスの内周側端面及び外周側端面をブラシ研磨により鏡面仕上げを行う。このとき、酸化セリウム等の微粒子を遊離砥粒として含むスラリーが用いられる。端面研磨を行うことにより、ガラスの端面での塵等が付着した汚染、ダメージあるいはキズ等の損傷の除去を行うことにより、ナトリウムやカリウム等のコロージョンの原因となるイオン析出の発生を防止することができる。
【0153】
次に、ディスク状ガラスの主表面に第1研磨が施される。第1研磨は、主表面に残留したキズ、歪みの除去を目的とする。第1研磨による取り代は、例えば数μm〜10μm程度である。取り代の大きい研削工程を行わずに済むため、ガラスには、研削工程に起因するキズ、歪み等は生じない。よって、第1研磨工程における取り代は少なくて済む。
【0154】
第1研磨工程、及び後述する第2研磨工程では、両面研磨装置が用いられる。両面研磨装置は、研磨パッドを用い、ディスク状ガラスと研磨パッドとを相対的に移動させて研磨を行う装置である。両面研磨装置はそれぞれ所定の回転比率で回転駆動されるインターナルギア及び太陽ギアを有する研磨用キャリア装着部と、この研磨用キャリア装着部を挟んで互いに逆回転駆動される上定盤及び下定盤とを有する。上定盤および下定盤のディスク状ガラスと対向する面には、それぞれ後述する研磨パッドが貼り付けられている。インターナルギアおよび太陽ギアに噛合するように装着した研磨用キャリアは遊星歯車運動をして、太陽ギアの周囲を自転しながら公転する。
【0155】
研磨用キャリアにはそれぞれ複数のディスク状ガラスが保持されている。上定盤は上下方向に移動可能であって、ディスク状ガラスの表裏の主表面に研磨パッドを加圧する。そして研磨砥粒(研磨材)を含有するスラリー(研磨液)を供給しつつ、研磨用キャリアの遊星歯車運動と、上定盤および下定盤が互いに逆回転することにより、ディスク状ガラスと研磨パッドとは相対的に移動して、ディスク状ガラスの表裏の主表面が研磨される。なお、第1研磨工程では、研磨パッドとして例えば硬質樹脂ポリッシャ、研磨材としては例えば酸化セリウム砥粒、が用いられる。
【0156】
次に、第1研磨後のディスク状ガラスは化学強化される。化学強化液として、例えば硝酸カリウムの溶融塩等を用いることができる。化学強化では、化学強化液が、例えば300℃〜400℃に加熱され、洗浄したガラスが、例えば200℃〜300℃に予熱された後、ガラスが化学強化液中に、例えば3時間〜4時間浸漬される。この浸漬の際には、ガラスの両主表面全体が化学強化されるように、複数のガラスが端面で保持されるように、ホルダに収納した状態で行うことが好ましい。
【0157】
このように、ガラスを化学強化液に浸漬することによって、ガラスの表層のナトリウムイオンが、化学強化液中のイオン半径が相対的に大きいカリウムイオンにそれぞれ置換され、約50〜200μmの厚さの圧縮応力層が形成される。これにより、ガラスが強化されて良好な耐衝撃性が備わるようになる。なお、化学強化処理されたガラスは洗浄される。例えば、硫酸で洗浄された後に、純水、IPA(イソプロピルアルコール)等で洗浄される。
【0158】
次に、化学強化されて十分に洗浄されたガラスに第2研磨が施される。第2研磨による取り代は、例えば1μm程度である。
【0159】
第2研磨は、主表面を鏡面状に仕上げることを目的とする。第2研磨工程では、第1研磨工程と同様に、両面研磨装置を用いてディスク状ガラスに対する研磨が行われるが、使用する研磨液(スラリー)に含有される研磨砥粒、および研磨パッドの組成が異なる。第2研磨工程では、第1研磨工程よりも、使用する研磨砥粒の粒径を小さくし、研磨パッドの硬さを柔らかくする。例えば、第2研磨工程では、研磨パッドとして例えば軟質発砲樹脂ポリッシャ、研磨材としては例えば、第1研磨工程で用いる酸化セリウム砥粒よりも微細な酸化セリウム砥粒、が用いられる。
【0160】
第2研磨工程で研磨されたディスク状ガラスは、再度洗浄される。洗浄では、中性洗剤、純水、IPAが用いられる。第2研磨により、主表面の平坦度が4μm以下であり、主表面の粗さが0.2nm以下の磁気ディスク用ガラス基板が得られる。この後、磁気ディスク用ガラス基板に、磁性層等の各層が成膜されて、磁気ディスクが作製される。
【0161】
なお、化学強化工程は、第1研磨工程と第2研磨工程との間に行われるが、この順番に限定されない。第1研磨工程の後に第2研磨工程が行われる限り、化学強化工程は、適宜配置することができる。例えば、第1研磨工程→第2研磨工程→化学強化工程(以下、工程順序1)の順でもよい。但し、工程順序1では、化学強化工程により生じうる表面凹凸が除去されないことになるため、第1研磨工程→化学強化工程→第2研磨工程の工程順序が、より好ましい。
【0162】
[磁気記録媒体の製造方法]
本実施形態の磁気記録媒体の製造方法は、本発明の磁気記録媒体ガラス基板の製造方法により作製された磁気記録媒体ガラス基板上に磁気記録層を形成する磁気記録層形成工程を少なくとも経て、磁気記録媒体を製造することを特徴とする。
【0163】
磁気記録媒体は磁気ディスク、ハードディスクなどと呼ばれ、デスクトップパソコン、サーバ用コンピュータ、ノート型パソコン、モバイル型パソコンなどの内部記憶装置(固定ディスクなど)、画像および/または音声を記録再生する携帯記録再生装置の内部記憶装置、車載オーディオの記録再生装置などに好適である。
【0164】
磁気記録媒体は、例えば基板の主表面上に、前記主表面に近いほうから順に、少なくとも付着層、下地層、磁性層(磁気記録層)、保護層、潤滑層が積層された構成になっている。例えば磁気記録媒体ガラス基板を、減圧した成膜装置内に導入し、DCマグネトロンスパッタリング法にてAr雰囲気中で、磁気記録媒体ガラス基板の主表面上に付着層から磁性層まで順次成膜する。付着層としては例えばCrTi、下地層としては例えばCrRuを用いることができる。上記成膜後、例えばCVD法によりC
2H
4を用いて保護層を成膜し、同一チャンバ内で、表面に窒素を導入する窒化処理を行うことにより、磁気記録媒体を形成することができる。その後、例えばPFPE(
パーフルオロポリエーテル)をディップコート法により保護層上に塗布することにより、潤滑層を形成することができる。
【0165】
先に説明したように、磁気記録媒体のより一層の高
記録密度化のためには、高Ku磁性材料から磁気記録層を形成することが好ましい。この点から好ましい磁性材料としては、Fe−Pt系磁性材料またはCo−Pt系磁性材料を挙げることができる。なおここで「系」とは、含有することを意味する。即ち、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法により得られた磁気記録媒体は、磁気記録層としてFeおよびPt、またはCoおよびPtを含む磁気記録層を有することが好ましい。例えばCo−Cr系等の従来汎用されていた磁性材料の成膜温度が250〜300℃程度であるのに対し、Fe−Pt系磁性材料、Co−Pt系磁性材料の成膜温度は通常500℃超の高温である。更にこれら磁性材料は、通常、成膜後に結晶配向性を揃えるため、成膜温度を超える温度で高温の熱処理(アニール)が施される。したがって、Fe−Pt系磁性材料またはCo−Pt系磁性材料を用いて磁気記録層を形成する際には磁気記録媒体ガラス基板が上記高温に晒されることとなる。ここで磁気記録媒体ガラス基板を構成するガラスが耐熱性に乏しいものであると、高温下で変形し平坦性が損なわれる。これに対し本実施形態の磁気記録媒体の製造方法により得られた磁気記録媒体を構成する磁気記録媒体ガラス基板は、優れた耐熱性を有する。このため、この磁気記録媒体ガラス基板は、Fe−Pt系磁性材料またはCo−Pt系磁性材料を用いて磁気記録層を形成した後も、高い平坦性を維持することができる。上記磁気記録層は、例えば、Ar雰囲気中、Fe−Pt系磁性材料またはCo−Pt系磁性材料をDCマグネトロンスパッタリング法にて成膜し、次いで加熱炉内でより高温での熱処理を施すことにより形成することができる。
【0166】
ところで、Ku(結晶磁気異方性エネルギー定数)は保磁力Hcに比例する。保磁力Hcとは、磁化の反転する磁界の強さを表す。先に説明したように、高Ku磁性材料は熱揺らぎに対して耐性を有するため、磁性粒子を微粒子化しても熱揺らぎによる磁化領域の劣化が起こりにくく高
記録密度化に好適な材料として知られている。しかし上記の通りKuとHcは比例関係にあるため、Kuを高めるほどHcも高まり、即ち磁気ヘッドによる磁化の反転が起こりにくくなり情報の書き込みが困難となる。そこで、記録磁気ヘッドによる情報の書き込み時に磁気ヘッドからデータ書き込み領域に瞬間的にエネルギーを加え、保磁力を低下させることで高Ku磁性材料の磁化反転をアシストする記録方式が近年注目を集めている。このような記録方式は、エネルギーアシスト記録方式と呼ばれ、中でもレーザー光の照射により磁化反転をアシストする記録方式は熱アシスト記録方式、マイクロ波によりアシストする記録方式はマイクロ波アシスト記録方式と呼ばれる。前述のように、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法によれば高Ku磁性材料による磁気記録層の形成が可能となるため、高Ku磁性材料とエネルギーアシスト記録の組み合わせにより、例えば面記録密度が1テラバイト/inch
2を超える高密度記録を実現することができる。なお、熱アシスト記録方式については、例えばIEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS, VOL. 44, No. 1, JANUARY 2008 119に、マイクロ波アシスト記録方式については、例えばIEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS, VOL. 44, No. 1, JANUARY 2008 125に、それぞれ詳細に記載されており、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法においてもこれら文献記載の方法により、エネルギーアシスト記録を行うことができる。
【0167】
磁気記録媒体ガラス基板(例えば磁気ディスク基板)、磁気記録媒体(例えば磁気ディスク)とも、その寸法に特に制限はないが、高記録密度化が可能であるため媒体および基板を小型化することができる。例えば、公称直径2.5インチは勿論、更に小径(例えば1インチ)の磁気ディスク基板または磁気ディスクとして好適である。
【実施例】
【0168】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限られるものではない。
【0169】
<ガラス組成および諸物性>
表1〜表5に示すNo.1〜13のガラスが得られるように酸化物、炭酸塩、硝酸塩、水酸化物などの原料を秤量し、十分混合して調合原料とした。この原料をガラス溶解炉内の溶融槽内に投入し、加熱、溶融し、得られた溶融ガラスを溶融槽から清澄槽へと流して清澄槽内で脱泡を行い、さらに作業槽へと流して作業槽内で攪拌、均質化し、作業槽の底部に取り付けたガラス流出管から流出した。溶融槽、清澄槽、作業槽、ガラス流出パイプはそれぞれ温度制御され、各工程においてガラスの温度、粘度が最適状態に保たれる。ガラス流出管より流出する溶融ガラスを鋳型に鋳込み成形した。得られたガラスを試料として、以下に示す特性を測定した。各特性の測定方法を以下に示す。
【0170】
(1)ガラス転移温度Tg、熱膨張係数
各ガラスのガラス転移温度Tgおよび100〜300℃における平均線膨張係数αを、熱機械分析装置(TMA)を用いて測定した。
(2)ヤング率
各ガラスのヤング率を超音波法にて測定した。
(3)比重
各ガラスの比重をアルキメデス法にて測定した。
(4)比弾性率
上記(2)で得られたヤング率および(3)で得られた比重から、比弾性率を算出した。
(5)液相温度
白金ルツボにガラス試料を入れ、所定温度にて2時間保持し、炉から取り出し冷却後、結晶析出の有無を顕微鏡により観察し、結晶の認められない最低温度を液相温度(L.T.)とした。
各ガラスの組成および特性を表1〜表7に示す。
【0171】
【表1】
【0172】
【表2】
【0173】
【表3】
【0174】
【表4】
【0175】
【表5】
【0176】
【表6】
【0177】
【表7】
【0178】
<実施例A1〜A11および比較例A1〜A13>
表1〜表5に示すガラスを使用して、
図1〜
図9に示す水平ダイレクトプレス、または、従来の垂直ダイレクトプレスによりガラスブランクを作製した。
【0179】
−水平ダイレクトプレスによるガラスブランクの作製−
ここで、
図1〜
図9に示す水平ダイレクトプレスによりガラスブランクを作製する場合、溶融ガラス流20の粘度は、その温度を制御することで500〜1050dPa・sの範囲で一定となるように調整した。また、プレス成形型本体52、62、ガイド部材54、64は、
球状黒鉛鋳鉄(FCD)製とした。なお、プレス成形面52A、62Aは、表面が鏡面仕上げされた平滑面で、かつ、実質的に曲率が0である平坦面である。また、プレス成形面52A、62Aとガイド面54A、64Aとの高低差は、0.5mmに設定した。また、落下距離が100mm〜200mmの範囲内で一定値となるように、プレス成形型50、60の鉛直方向に対する配置位置を調整した。また、
図5に示すプレス開始から
図7に示すガイド面54Aとガイド面64Aとが接触し終える状態までの時間(プレス成形時間)を0.05秒〜0.1秒の範囲内で一定値とし、プレス圧力を6.7MPa程度とした。次いで、
図7に示す状態を維持したまま、プレス圧力を下げて数秒程度、プレス成形面52A、62Aを薄板ガラス26に密着した状態を保ち、薄板ガラス26を冷却させた。次にプレス圧力を解除して、
図8および
図9に示すように第一のプレス成形型50と第二のプレス成形型60とを互いに離間させ、薄板ガラス26、すなわち、ガラスブランクを離型し、取り出した。
【0180】
−垂直ダイレクトプレスによるガラスブランクの作製−
一方、垂直ダイレクトプレスによりガラスブランクを製造する場合、外周縁に沿って等間隔に下型が16個配置され、プレスに際しては、一方向に22.5度毎に移動と停止とを交互に繰り返しながら回転する回転テーブルを備えたプレス装置を用いた。また、回転テーブルの外周縁上に配置された16個の下型に対応する16個の下型停止位置に対して、回転テーブルの回転方向に沿ってP1〜P16の番号を付した際に、以下の下型停止位置の下型プレス面上または下型の側には、各々下記の部材が配置されている。
・下型停止位置P1:溶融ガラス供給装置
・下型停止位置P2:上型
・下型停止位置P4:反り修正プレス用上型
・下型停止位置P12:取出手段(真空吸着装置)
【0181】
このプレス装置では、下型停止位置P1にて、下型上に所定量の溶融ガラスが供給され、下型停止位置P2にて、上型と下型とにより溶融ガラスを薄板ガラスにプレス成形し、下型停止位置P4にて、薄板ガラスの反りを修正して更に平坦度を向上させるために再度のプレスを実施し、下型停止位置P12にて、薄板ガラスを取り出す。また、下型が停止位置P2〜P12へと、移動する際に均熱・冷却工程が実施され、停止位置P12〜P16へと移動する際に、ヒーターを利用して下型の予熱が行われる。
【0182】
ここで、下型停止位置P2において実施されるプレス成形のプレス時間(ガラスに圧力を加える時間)、および、プレス圧力は、水平ダイレクトプレスを実施する場合とほぼ同様に設定した。また、上型および下型の材質、および、プレス成形面の平滑性、平坦性も水平ダイレクトプレスに用いるプレス成形型50、60と同様とした。なお、下型停止位置P1に位置する下型上に供給される直前の溶融ガラスの粘度は、その温度を制御することで500〜1050dPa・sの範囲で一定となるように調整した。
【0183】
−評価−
評価は、連続1000枚のプレス成形を実施した後、991枚目〜1000枚目のガラスブランクをサンプリングして、ガラスブランクの直径、真円度、平均板厚、板厚偏差、平坦度を三次元形状測定装置、マイクロメータを用いて測定した。なお、いずれのサンプルでも直径は75mm、真円度は±0.5mm以内、平均板厚は0.90mmであった。この結果から、直径/板厚比は83.3であることが判った。また、耐熱性、板厚偏差および平坦度を、使用したガラスNo、ガラスの諸物性、プレス方式およびプレスに用いた溶融ガラスの温度と共に、表8に示す。なお、実施例A1〜A11において、実施例番号順に、ガラスNo.1〜No.11から選択される各々のガラスをガラスNo.の順に用い、比較例A1においてNo.12のガラスを用い、比較例A2において、No.13のガラスを用い、比較例A3〜A13の各々の比較例において、ガラスNo.1〜No.11から選択される各々のガラスをガラスNo.の順に用いた。また、比較例A3〜A13については、連続1000枚のプレス成形中に下型のプレス成形面と溶融ガラスとの融着が発生したため、ガラスブランクのサンプリングは、融着が発生する前に得られたガラスブランクを10枚サンプリングした。
【0184】
【表8】
【0185】
なお、表8中に示す、耐熱性の評価基準、ならびに、板厚偏差および平坦度の評価方法および評価基準は以下の通りである。
【0186】
−耐熱性−
耐熱性の評価基準は以下の通りである。
A:ガラス転移温度が650℃以上
B:ガラス転移温度が630℃以上650℃未満
C:ガラス転移温度が600℃以上630℃未満
D:ガラス転移温度が600℃未満
【0187】
−板厚偏差−
板厚偏差は、ガラスブランクの中心から半径15mmおよび30mmの位置について、周方向に0度、90度、180度、270度の4点につき、マイクロメータで測定し、合計8点の測定点の板厚の標準偏差を求めた。そして、10枚のサンプルの標準偏差の平均値を元に、以下の評価基準で評価した。
A:標準偏差の平均値が、10μm以下
B:標準偏差の平均値が、10μmを超える
【0188】
−平坦度−
平坦度は、三次元形状測定装置(コムス株式会社製、高精度3次元形状測定システム、MAP−3D)を用いて、個々のサンプルの平坦度を求めた。そして、10枚のサンプルの平坦度の平均値を元に、以下の評価基準で評価した。
A:平坦度の平均値が4μm以下
B:平坦度の平均値が、4μmを超え10μm以下
C:平坦度の平均値が、10μmを超える
【0189】
<実施例B1>
実施例A1において、プレス成形時間を、0.2秒、0.5秒および1.0秒の3水準として、ガラスブランクを作製した。
【0190】
<比較例B1>
プレス成形時間を、0.2秒、0.5秒および1.0秒の3水準とし、プレス成形型50、60として、プレス成形面52A、62Aに2本の同心円状の突条を設けたものを用いた以外は、実施例A1と同様にガラスブランクを作製した。なお、突条は、直径20mmのリング状の凸部および直径65mmのリング状の凸部であり、高さは0.3mmである。また、突条の断面形状は、逆V字形状を成し、ガラスブランクの表面にV字溝が形成できる。
【0191】
−評価−
評価は、連続1000枚のプレス成形を実施した後、900枚目〜1000枚目のガラスブランクから任意に3枚をサンプリングして、半径25mmおよび半径60mmにおいて、周方向に0度、90度、180度および270度の位置の板厚をマイクロメータにより測定した。そして各々のサンプルについて、半径25mmにおける板厚の平均値および板厚偏差と、半径60mmにおけう板厚の平均値および板厚偏差とを求めた。また、連続プレス成形を実施した際に、ガラスブランクの割れが生じた枚数をカウントして、割れの発生率を評価した。これらの結果を表9に示す。
【0192】
表9に示すように、実施例B1に対して比較例B1では、外周側に対して内周側の板厚が薄くなり、板厚偏差が大きくなることが判った。また、プレス成形時間の増大に伴い、割れが発生しやすくなることが判った。なお、プレス成形面52A、62Aがいずれも平滑な面からなるプレス成形型を使用すると、こうした問題や割れの問題は生じない。
【0193】
【表9】
【0194】
なお、表9に示す「割れ」の評価基準は以下の通りである。
A:割れの発生率が0%
B:割れの発生率が0%を超え3%以下
C:割れの発生率が3%を超える。
【0195】
<実施例C1>
実施例A1において作製したガラスブランクをアニールし、歪を低減、除去した。次に、磁気記録媒体ガラス基板の外周となる部分と中心孔になる部分にスクライブ加工を施した。こうした加工で、外側および
内側に2つの同心円状の溝を形成する。次いで、スクライブ加工した部分を部分的に加熱して、ガラスの熱膨張の差異により、スクライブ加工した溝に沿ってクラックを発生させ、外側同心円の外側部分と
内側同心円の内側部分とが除去される。これにより、真円形状のディスク状ガラスとなる。
【0196】
次に、ディスク状ガラスをチャンファリングなどにより形状加工を施し、さらに端面研磨を行った。次に、ディスク状ガラスの主表面に第1研磨を施した後、ガラスを化学強化液に浸漬して化学強化する。化学強化後、十分に洗浄したガラスに対し、第2研磨を施した。第2研磨工程後、ディスク状ガラスを再度洗浄して磁気ディスク用ガラス基板を作製した。基板の外径は65mm、中心孔径は20mm、厚さは0.8mmで、主表面の平坦度が4μm以下、主表面の粗さが0.2nm以下であり、ラッピング工程なしに所望形状の磁気記録媒体ガラス基板を得ることができた。
【0197】
<実施例D1>
実施例C1において作製した磁気記録媒体ガラス基板を用いて、この磁気記録媒体ガラス基板の主表面上に、付着層、下地層、磁性層、保護層、潤滑層をこの順に形成し、磁気記録媒体を得た。まず、真空引きを行った成膜装置を用いて、DCマグネトロンスパッタリング法にて、Ar雰囲気中で、付着層、下地層および磁性層を順次成膜した。このとき、付着層は、厚さ20nmのアモルファスCrTi層となるように、CrTiターゲットを用いて成膜した。続いて枚葉・静止対向型成膜装置を用いて、Ar雰囲気中で、DCマグネトロンスパッタリング法にて下地層としてアモルファスCrRuからなる10nm厚の層を形成した。また、磁性層は、厚さ200nmのアモルファスFePtまたはCoPt層となるように、FePtまたはCoPtターゲットを用いて成膜温度400℃にて成膜した。磁性層までの成膜を終えた磁気記録媒体を成膜装置から加熱炉内に移し、650〜700℃の温度でアニールした。
【0198】
続いて、エチレンを材料ガスとしたCVD法により水素化カーボンからなる保護層を形成した。この後、PFPE(パーフロロポリエーテル)を用いてなる潤滑層をディップコート法により形成した。潤滑層の膜厚は1nmであった。以上の製造工程により、磁気記録媒体を得た。
【0199】
[磁気記録媒体ガラス基板の評価(表面粗さ、表面うねり)]
各基板の主表面(磁気記録層等を積層する面)の5μm×5μmの矩形領域を原子間力顕微鏡(AFM)により観察し、1μm×1μmの範囲で測定される表面粗さの算術平均Ra、5μm×5μmの範囲で測定される表面粗さの算術平均Ra、波長100μm〜950μmにおける表面うねりの算術平均Waを測定した。
【0200】
いずれの磁気記録媒体ガラス基板についても、1μm×1μmの範囲で測定される表面粗さの算術平均Raが0.15〜0.25nmの範囲、5μm×5μmの範囲で測定される表面粗さの算術平均Raが0.12〜0.15nmの範囲、波長100μm〜950μmにおける表面うねりの算術平均Waが0.4〜0.5nmであり、磁気記録媒体に用いられる基板として問題のない範囲であった。
【0201】
[磁気記録媒体の評価]
(1)平坦性
一般に、平坦度が4μm以内であれば信頼性の高い記録再生を行うことができる。上記方法で形成した各磁気記録媒体表面の平坦度(ディスク表面の最も高い部分と、最も低い部分との上下方向(表面に垂直な方向)の距離(高低差))を、平坦度測定装置で測定したところ、いずれの磁気記録媒体も平坦度は4μm以内であった。この結果から、FePt層またはCoPt層形成時の高温処理においても大きな変形を起こさなかったことが確認できる。なお、使用した平坦度測定装置は、実施例A1等において平坦度の測定に利用したものと同じであり、測定条件も同様である。
【0202】
(2)ロードアンロード試験
上記方法で形成した各磁気記録媒体を、回転数5400rpmの高速で回転する2.5インチ型ハードディスクドライブに搭載し、ロードアンロード(Load Unload、以下、「LUL」と称す)試験を行った。上記ハードディスクドライブにおいて、スピンドルモーターのスピンドルはステンレス製であった。いずれの磁気記録媒体もLULの耐久回数は60万回を超えた。また、LUL試験中にスピンドル材料との熱膨張係数の違いによる変形や高速回転によるたわみが生じると試験中にクラッシュ障害やサーマルアスペリティ障害が生じるが、いずれの磁気記録媒体も試験中にこれら障害は発生しなかった。
【0203】
以上の結果から、本発明の磁気記録媒体の製造方法により作製された磁気記録媒体では信頼性の高い記録再生が可能である。このようにして作製した磁気ディスクはレーザー光の照射により磁化反転をアシストする記録方式(熱アシスト記録方式)のハードディスクやマイクロ波によりアシストする記録方式(マイクロ波アシスト記録方式)のハードディスクに好適である。
【0204】
[その他のガラス組成について]
なお、以下の表10〜表23に例示するガラス組成からなるガラス(ガラスNo.14〜No.63)を用いて、実施例A1〜A11に示す場合と同様に
図1〜
図9に示す水平ダイレクトプレスを実施しても、実施例A1〜A11と概ね同程度の耐熱性、平坦度および板厚偏差を有するガラスブランクが得られる。
【0205】
【表10】
【0206】
【表11】
【0207】
【表12】
【0208】
【表13】
【0209】
【表14】
【0210】
【表15】
【0211】
【表16】
【0212】
【表17】
【0213】
【表18】
【0214】
【表19】
【0215】
【表20】
【0216】
【表21】
【0217】
【表22】
【0218】
【表23】