(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5663486
(24)【登録日】2014年12月12日
(45)【発行日】2015年2月4日
(54)【発明の名称】複層表面処理鋼板に用いる接着層形成用組成物
(51)【国際特許分類】
C09D 175/04 20060101AFI20150115BHJP
C09D 5/00 20060101ALI20150115BHJP
C09D 7/12 20060101ALI20150115BHJP
C09D 5/08 20060101ALI20150115BHJP
C09D 5/02 20060101ALI20150115BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20150115BHJP
【FI】
C09D175/04
C09D5/00 D
C09D7/12
C09D5/08
C09D5/02
B32B15/08
【請求項の数】5
【全頁数】38
(21)【出願番号】特願2011-530693(P2011-530693)
(86)(22)【出願日】2009年9月11日
(86)【国際出願番号】JP2009065902
(87)【国際公開番号】WO2011030439
(87)【国際公開日】20110317
【審査請求日】2012年7月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000229597
【氏名又は名称】日本パーカライジング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】山口 英宏
(72)【発明者】
【氏名】山本 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】猪古 智洋
(72)【発明者】
【氏名】李 ▲偉▼
【審査官】
▲吉▼澤 英一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−018887(JP,A)
【文献】
特開2006−152436(JP,A)
【文献】
特開2007−204847(JP,A)
【文献】
特開2001−059184(JP,A)
【文献】
特開2004−204333(JP,A)
【文献】
特開2000−173816(JP,A)
【文献】
特開平02−305995(JP,A)
【文献】
特開平09−234414(JP,A)
【文献】
特開2009−275287(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 175/04
B32B 15/08
C09D 5/00
C09D 5/02
C09D 5/08
C09D 7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の少なくとも片方の表面に接着層(S)を形成し、該接着層(S)上に意匠性を有し且つ防錆顔料及び/又は着色顔料を含有する上層及び/又は中間層(T)を形成した複層表面処理鋼板を得るために用いる接着層形成用組成物であって、
前記接着層形成用組成物(X)が、水性媒体に、カチオン性ウレタン樹脂(A)と、下記一般式(I)に示されるケイ素化合物(B)とを含有し、かつ、
前記カチオン性ウレタン樹脂(A)と前記ケイ素化合物(B)との混合物(C)の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Tc)と、前記カチオン性ウレタン樹脂(A)単独の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Ta)との比(Tc/Ta)が、
1.8〜2.2であ
り、
前記カチオン性ウレタン樹脂(A)と前記一般式(I)に示されるケイ素化合物(B)との固形分質量比[A/B]が1.2〜1.5であり、
前記カチオン性ウレタン樹脂(A)は3級アミン及び/又は4級アンモニウムを含有し、ウレタン基濃度が1.0〜5.0mmol/gであり、前記3級アミン及び/又は4級アンモニウムからなる親水基濃度が0.3〜2.0mmol/gであることを特徴とする接着層形成用組成物。
【化1】
(式(I)中、R
1〜R
3は互いに独立に、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表し、R
1〜R
3の少なくとも二つは前記アルコキシ基であり、R
4は炭素数2〜6の
アルキレン基を表し、R
5は
アミノ基又は
N−2(アミノエチル)アミノ基を表す。)
【請求項2】
前記カチオン性ウレタン樹脂(A)の前記Taが40℃〜140℃である、請求項1に記載の接着層形成用組成物。
【請求項3】
前記ケイ素化合物(B)が、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン及び3−アミノプロピルモノメチルジエトキシシランからなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の接着層形成用組成物。
【請求項4】
前記接着層形成用組成物(X)が、水性媒体と、前記ウレタン樹脂(A)と前記ケイ素化合物(B)のみを含有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の接着層形成用組成物。
【請求項5】
前記カチオン性ウレタン樹脂(A)が骨格中に脂環構造を有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の接着層形成用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複層表面処理鋼板に用いる接着層形成用組成物に関する。さらに詳しくは、建材、家電製品又は自動車部品などに使用され、意匠性を必要とする塗膜が接着層を介して設けられる複層表面処理鋼板の分野において、鋼板表面に、極めて優れた塗膜密着性を付与でき、傷又は加工負荷などがある塗膜が腐食環境へ曝露されても密着性を損なわない接着層を形成するための、接着層形成用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
プレコート金属材料(プレコートされた金属材料のこと。以下同じ。)としては、塗膜の加工密着性、耐食性、耐薬品性、耐コインスクラッチ性及び意匠性など多くの性能が要求される。そのため、下地処理を施した金属板上にプライマーと呼ばれる下塗り塗膜を施し、さらに着色した上塗り塗膜を施した2コート型のものが幅広く使用されている。この種のプレコート金属材料では、下地処理を施すことで金属板との密着性を確保し、さらに樹脂及び防錆顔料などを含有するプライマーを上塗り塗膜との間に存在させることで、加工密着性、耐食性及び耐コインスクラッチ性などを付与している。
【0003】
プレコート金属材料における下地処理としては、従来、金属材料表面との密着性に優れ、かつ金属材料表面に優れた耐食性を付与するための、クロム酸、重クロム酸又はそれらの塩を主成分として含有する処理液によるクロメート処理が用いられてきた。また、プライマーにも、優れた耐食性を得るための、クロム系の防錆顔料を含有する塗料が幅広く使用されてきた。しかし、近年の環境への配慮から、現在は、クロムを他の架橋性金属へ代替したクロムフリーの処理又は塗料が実用に供されている。
【0004】
特許文献1には、化成処理を施した亜鉛めっき鋼板上に、ポリエステル樹脂、メラミン樹脂硬化剤、防錆顔料及び有機高分子微粒子などを配合した塗料組成物を塗装することにより、優れた加工性、耐食性、密着性、耐衝撃性及び耐スクラッチ性を有する1コート型プレコート鋼板の製造方法が開示されている。しかし、この塗料組成物に含まれる防錆顔料が塗膜の見栄えを低下させ、その結果、プレコート鋼板に多種多様の意匠を施すことができなくなるという問題がある。また、この塗料組成物はクロメート処理した鋼板に塗布するものであり、時代の要請から外れている。
【0005】
特許文献2には、化成処理が施された亜鉛系めっき鋼板の表面に、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、ブロック化ポリイソシアネート化合物及びメラミン樹脂硬化剤などを特定の割合で配合した溶剤型塗料組成物を塗装することによって、成形加工性に優れた1コート型プレコート鋼板の製造方法が開示されている。しかし、この塗料組成物もクロメート処理した鋼板に塗布するものであり、時代の要請から外れていると共に、クロメート処理を含む従来の化成処理を施した鋼板に上記塗料組成物を塗装した場合、形成される有機皮膜が防錆剤を含有しないものであるため、耐食性が不十分となる。
【0006】
特許文献3には、水系有機樹脂成分、縮合リン酸カルシウム、トリポリリン酸アルミニウム、金属酸素酸塩、及びリン酸若しくは水溶性リン酸塩を含有するプレコート金属材料用水系プライマー兼下地処理剤が開示されており、クロメート系防錆顔料を使用しなくとも耐食性と加工性に優れた塗膜が得られる旨が記載されている。しかし、この処理剤で形成された皮膜は、緻密さと強靭性が足りないために、耐コインスクラッチ性と耐薬品性が不十分である。
【0007】
特許文献4には、化成処理を施さない金属基材に、アクリル化エポキシ樹脂及び防錆顔料を含有する水性塗料組成物を塗装することを特徴とする塗装方法であって、化成処理皮膜を有する塗膜と同等の優れた密着性を有する塗膜を形成することができる塗装方法が開示されている。しかし、この塗料組成物ではプレコート鋼板に要求されるレベルの塗膜の加工密着性を達成できず、また、耐薬品性も不十分である。
【0008】
特許文献5には、ウレタン樹脂、特定の有機化合物及びジルコニウム化合物を含有する金属表面処理剤が開示され、及びそれにより形成された優れた耐食性、成形加工性、耐薬品性及び耐湿性を有する金属材料が開示されている。しかし、この表面処理剤は無塗装で用いられる金属材料の防錆目的で用いられるものであり、塗装下地皮膜に転用してもプレコート鋼板に要求されるレベルの塗膜の加工密着性と耐コインスクラッチ性を達成できない。
【0009】
一方、特許文献6〜13には、各種樹脂成分と添加剤によって耐食性及び潤滑性などが得られる方法が開示されている。また、これらの発明には塗料との密着性が謳われているが、碁盤目カット部の密着性が得られるレベルのものであり、本発明が提供する極めて優れた密着性が得られるものではない。
【0010】
ところで、プレコート鋼板には、曲げ加工又は絞り加工のような厳しい後加工に耐え得る塗膜の加工密着性が求められるため、通常、鋼板上に下地処理皮膜が設けられる。下地処理皮膜は、十分な密着性が得られ難い金属表面と上層(プライマー及び上塗り塗膜)とを結びつけることで、優れた塗膜の加工密着性を付与する役割を担っている。なお、プレコート鋼板の加工密着性の評価には、極めて厳しい試験として折り曲げ試験が行われている。
【0011】
また、プレコート鋼板には、長期間の暴露に耐え得る耐食性が求められる。プレコート鋼板での腐食は主に、傷部又は端面部でのアノード溶解、及び、傷部からやや離れた塗膜下で生じるカソード反応に起因するブリスターの発生、である。2コート型プレコート鋼板の場合、下地処理に起因する耐食性は、皮膜の耐酸性と耐アルカリ性が強いことによって発揮され、プライマーに起因する耐食性は、塗膜の低い透水性などの環境遮断能と、皮膜中に豊富に含まれる防錆顔料によるインヒビター効果とによって発揮される。また、プライマーの硬質な皮膜による良好な耐傷付き性(耐コインスクラッチ性)も、腐食の起点を作り難くするという点で重要な特性である。上塗り塗膜に起因する耐食性は、耐汚染性に強い樹脂を用いた皮膜の、厚い膜厚による環境遮断能によって発揮される。
【0012】
さらに、プレコート鋼板には多種多様な意匠性が要求される。例えば光沢のある美しい外観、又は光沢の低いつや消しなど、目的に応じた上塗り塗装が施される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平9−111183号公報
【特許文献2】特開2001−9368号公報
【特許文献3】特開2006−77077号公報
【特許文献4】特開2006−239622号公報
【特許文献5】特開2007−51323号公報
【特許文献6】特開2000−1647号公報
【特許文献7】特開2000−102765号公報
【特許文献8】特開2000−119353号公報
【特許文献9】特開2000−144048号公報
【特許文献10】特開2001−64346号公報
【特許文献11】特開2007−38652号公報
【特許文献12】特開2007−75777号公報
【特許文献13】特開2008−25023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記のように、プレコート鋼板における塗膜の各層には役割分担がされており、その鋼板との接着層には、鋼板種及び塗料種に影響されず、様々な使用環境及び加工形態にも左右されない極めて強固な密着性が必要となる。しかし、そのような接着層を形成できる水系塗装下地処理剤は開発されていないのが現状である。また、傷又は加工負荷などがある塗膜が腐食環境へ曝露されても密着性を損なわない水系塗装下地処理剤も開発されていない。
【0015】
本発明は、従来技術が抱える課題を解決するためのものであって、その目的は、意匠性を有する複層表面処理鋼板の鋼板種及び塗料種に影響されず、様々な使用環境及び加工形態にも左右されない極めて強固な塗膜密着性を鋼板表面に付与でき、かつ傷又は加工負荷などがある塗膜が腐食環境へ曝露されても密着性を損なわない接着層を形成するための、接着層形成用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、前記目的を達成するべく鋭意検討を重ねた結果、意匠性を有する複層構造皮膜層の接着層を形成するための接着層形成用組成物として、水性媒体にカチオン性ウレタン樹脂と特定のケイ素化合物とを含有させた
組成物が前記カチオン性ウレタン樹脂と特定の物性値比を有するようにしたところ、鋼板種及び塗料種に影響されず、様々な使用環境及び加工形態にも左右されない極めて優れた密着性が得られ、加えて、傷又は加工負荷などがある塗膜が腐食環境へ曝露されても密着性を損なわない接着層が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明に係る接着層形成用組成物は、鋼板の少なくとも片方の表面に接着層(S)を形成し、該接着層(S)上に意匠性を有し且つ防錆顔料及び/又は着色顔料を含有する上層及び/又は中間層(T)を形成した複層表面処理鋼板を得るために用いる接着層形成用組成物であって、前記接着層形成用組成物(X)が、水性媒体に、カチオン性ウレタン樹脂(A)と、下記一般式(I)に示されるケイ素化合物(B)とを含有し、かつ、前記カチオン性ウレタン樹脂(A)と前記ケイ素化合物(B)との混合物(C)の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Tc)と、前記カチオン性ウレタン樹脂(A)単独の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Ta)との比(Tc/Ta)が、1.2〜3.0であることを特徴とする。
【0018】
【化1】
【0019】
式(I)中、R
1〜R
3は互いに独立に、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表し、R
1〜R
3の少なくとも二つは前記アルコキシ基であり、R
4は炭素数2〜6の
アルキレン基を表し、R
5は
アミノ基又は
N−2(アミノエチル)アミノ基を表す。
【0020】
本発明に係る接着層形成用組成物において、前記カチオン性ウレタン樹脂(A)と前記一般式(I)に示されるケイ素化合物(B)との固形分質量比[A/B]が1.0〜4.0である。
【0021】
本発明に係る接着層形成用組成物において、前記カチオン性ウレタン樹脂(A)は3級アミン及び/又は4級アンモニウムを含有し、ウレタン基濃度が1.0〜5.0mmol/gであり、前記3級アミン及び/又は4級アンモニウムからなる親水基濃度が0.1〜3.0mmol/gである。
【0022】
本発明に係る接着層形成用組成物において、前記カチオン性ウレタン樹脂(A)の前記Taが40℃〜140℃である。
【0023】
本発明に係る接着層形成用組成物において、前記ケイ素化合物(B)が、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン及び3−アミノプロピルモノメチルジエトキシシランからなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【0024】
本発明に係る接着層形成用組成物において、前記接着層形成用組成物(X)が、水性媒体と前記ウレタン樹脂(A)と前記ケイ素化合物(B)のみを含有する。
【0025】
本発明に係る接着層形成用組成物において、前記カチオン性ウレタン樹脂(A)が骨格中に脂環構造を有する。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る接着層形成用組成物によれば、意匠性を有する表面処理鋼板の鋼板種及び塗料種に影響されず、様々な使用環境及び加工形態にも左右されない極めて強固な密着性を有し、傷又は加工負荷などがある塗膜が腐食環境へ曝露されても密着性を損なわない接着層を得ることができる。さらに、本発明に係る接着層形成用組成物は、環境への負荷を軽減しつつ、省資源化と低コスト化を達成できるので、極めて大きな工業的価値を有する。なお、本発明に係る接着層形成用組成物はノンクロム処理剤であり、形成された接着層、及び該接着層上に形成する上層及び/又は中間層もクロムフリーとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】混合物の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率をプロットしたグラフである。
【
図2】混合物の対数減衰率曲線とカチオン性ウレタン樹脂単独の対数減衰率曲線の模式図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に、本発明に係る接着層形成用組成物を詳細に説明する。
【0029】
[複層表面処理鋼板]
まず、本発明に係る接着層形成用組成物を適用する複層表面処理鋼板について説明する。複層表面処理鋼板は、鋼板の少なくとも片方の表面(以下「鋼板表面」ともいう。)に、上層及び/又は中間層(T)と、接着層(S)とで構成される複層構造の皮膜層(Z)が設けられたものである。本発明に係る接着層形成用組成物は、その複層表面処理鋼板を製造する際に、皮膜層(Z)を構成する接着層(S)を形成するための水性組成物である。なお、「少なくとも片方の表面」とは、鋼板の片面又は両面という意味である。
【0030】
複層表面処理鋼板とは、一般にPCM鋼板と呼ばれる塗装鋼板であって、複層構造の皮膜層(Z)が設けられた表面処理鋼板である。複層構造の皮膜層(Z)とは、鋼板表面上に、接着層、中間層、上層の順で積層された3層構造からなる皮膜層、又は、接着層、上層の順で積層された2層構造からなる皮膜層である。中間層が形成された3層構造の皮膜層は、鋼板表面を被覆するように接着層が形成され、その接着層を被覆するように中間層が形成され、その中間層を被覆するように上層が形成されて得られる。また、中間層が形成されない2層構造の皮膜層は、鋼板表面を被覆するように接着層が形成され、その接着層を被覆するように上層が形成されて得られる。
【0031】
上層及び/又は中間層(T)は、意匠性を有する層である。意匠性は、上層が有していてもよいし、中間層が有していてもよい。中間層が設けられていない皮膜層(Z)では、上層が意匠性を有するものとなる。なお、意匠性は、例えば光沢のある美しい外観、又は光沢の低いつや消しなど、目的に応じて付与される。
【0032】
意匠性を有する上層及び/又は中間層(T)は、その上層若しくは中間層の少なくとも一方に防錆顔料及び/又は着色顔料を含有している。防錆顔料及び/又は着色顔料は、上層が含有してもよいし中間層が含有してもよいし両方が有していてもよい。中間層は、上層と接着層(S)との間に位置するが、この複層表面処理鋼板では、中間層が防錆顔料及び/又は着色顔料を含有する場合も含み、その場合には、上層がクリアコートである場合も本発明の範疇となる。なお、上層に意匠性が付与されている場合には、中間層は耐食性付与のために設けられる。耐食性付与のための中間層の厚さは、2μm以上であることが好ましい。厚さが2μmを下回ると、十分な防錆性が得られないことがある。
【0033】
防錆顔料としては、特に限定されるものではないが、防錆性を付与するために添加されるもので、シリカ系顔料、亜リン酸塩系顔料、カルシウム化合物、アルミニウム酸化物、ジルコン酸及び/又はジルコン酸化合物、バナジン酸及び/又はバナジン酸化合物、モリブデン酸化合物、リン酸及び/又はリン酸化合物、などが挙げられる。これらの防錆顔料を含まない場合には、各種加工を受けて屋外で使用されたときに、切断エッジ部から塗膜膨れ又は腐食が発生することがある。
【0034】
着色顔料としては、特に限定されるものではないが、酸化チタン、弁柄、マイカ、カーボンブラック、焼成ブラック、チタンイエロー、黄色酸化鉄、フタロシアニンブルー、フタロシアニングリーン、などが挙げられる。また、合成シリカなどの光沢調整剤、塗装作業性を改善するための消泡剤若しくは表面調整剤等の添加剤、又は、塗膜の傷付き防止剤、などの添加剤を配合することもできる。
【0035】
複層表面処理鋼板を構成する鋼板は、本発明に係る接着層形成用組成物(X)を形成する被処理物であるが、その鋼板としては、炭素鋼板、合金鋼板及びめっき鋼板が挙げられ、例えば冷延鋼板、熱延鋼板、ステンレス鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、アルミニウム含有亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、合金化亜鉛めっき鋼板、亜鉛ニッケルめっき鋼板、亜鉛コバルトめっき鋼板、蒸着亜鉛めっき鋼板、ニッケルめっき鋼板、スズめっき鋼板、などを挙げることができる。特に好適な鋼板は、溶融亜鉛めっき鋼板、アルミニウム含有亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、合金化亜鉛めっき鋼板、亜鉛ニッケルめっき鋼板、亜鉛コバルトめっき鋼板、蒸着亜鉛めっき鋼板、などの亜鉛系めっき鋼板を挙げることができる。なお、本発明に係る接着層形成用組成物(X)は、アルミニウム板、銅板、チタン板、マグネシウム板、などの鋼板以外の金属板として一般に公知の金属板に対しても適用可能である。
【0036】
[接着層形成用組成物]
本発明に係る接着層形成用組成物(X)は、鋼板表面に接着層(S)を形成し、その接着層(S)上に意匠性を有し且つ防錆顔料及び/又は着色顔料を含有する上層及び/又は中間層(T)を形成した複層表面処理鋼板を得るために用いる水性組成物である。この接着層形成用組成物(X)は、水性媒体に、カチオン性ウレタン樹脂(A)と、下記一般式(I)に示されるケイ素化合物(B)とを含有させてなる組成物である。
【0037】
(カチオン性ウレタン樹脂)
カチオン性ウレタン樹脂(A)は、造膜成分として必要であり、鋼板表面との親和性、中間層若しくは上層との親和性、接着層の柔軟性若しくは剛直性、又は、バリア性、などをバランスよく満たすために、ウレタン基を含有する必要がある。さらに、カチオン性ウレタン樹脂(A)は、ケイ素化合物(B)との混和安定性、及び、鋼板表面からの溶出成分に対する耐コンタミ性、などの観点からカチオン性である必要がある。なお、耐コンタミ性とは、鋼板表面から溶出してきた金属イオンが組成物(処理剤)に混入した場合の、組成物の安定特性(非増粘化、非ゲル化)を示すものである。本発明では、ウレタン樹脂がカチオン性であるので、混入した金属イオン(カチオン)との反応性が無いため、耐コンタミ性(混入しても安定特性を維持できる性質)が高くなるという効果がある。
【0038】
カチオン性ウレタン樹脂(A)は、従来公知の方法により得ることができる。例えば、特に限定するものではないが、いずれもポリウレタン樹脂の製造に通常用いられるポリオール、ポリイソシアネート、及び2個以上のヒドロキシル基若しくはアミノ基と、1個以上の3級アミン及び/又は4級アンモニウム基とを有する化合物を、従来公知の方法により重合させて得られたウレタンポリマーに、蟻酸又は酢酸などの酸性化合物を加え、得られた混合物を水中に分散させることによって得ることができる。製造されるカチオン性ウレタン樹脂(A)は、単独で若しくは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0039】
前記ポリオールとしては、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ポリカーボネートポリオール、などを単独で若しくは2種以上組み合わせたものが挙げられる。
【0040】
ポリエステルポリオールとしては、低分子量のポリオールと、多価カルボン酸、そのエステル、その無水物又はそのハライドなどのエステル形成性誘導体との直接エステル化反応及び/又はエステル交換反応により得られるもの;ラクトン類若しくはその加水分解開環して得られるヒドロキシカルボン酸化合物の縮重合によって得られるもの;などが挙げられる。
【0041】
ポリエステルポリオールの製造に用いる低分子量のポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,2−ブチレングリコール、1,3−ブチレングリコール、1,4−ブチレングリコール、ヘキサメチレングリコール、ビスフェノールA、水添ビスフェノールA、トリメチロールプロパン、1,2−プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、2−ブチル−2−エチル−1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、ネオペンチルグリコール、3−メチル−2,4−ペンタンジオール、2,4−ペンタンジオール、1,5−ペンタンジオール、3−メチル−1,5−ペンタンジオール、2−メチル−2,4−ペンタンジオール、2,4−ジエチル−1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,7−ヘプタンジオール、3,5−ヘプタンジオール、1,8−オクタンジオール、2−メチル−1,8−オクタンジオール、1,9−ノナンジオール、1,10−デカンジオールなどの脂肪族ジオール;トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ヘキシトール類、ペンチトール類、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、テトラメチロールプロパンなどの3価以上の脂肪族又は脂環式アルコール;などが挙げられる。
【0042】
ポリエステルポリオールの製造に用いる多価カルボン酸としては、例えば、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカン二酸、2−メチルコハク酸、2−メチルアジピン酸、3−メチルアジピン酸、3−メチルペンタン二酸、2−メチルオクタン二酸、3,8−ジメチルデカン二酸、3,7−ジメチルデカン二酸、ダイマー酸、水添ダイマー酸などの脂肪族ジカルボン酸類;シクロヘキサンジカルボン酸などの脂環式ジカルボン酸;フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、ナフタレンジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸;トリメリット酸、トリメシン酸、ひまし油脂肪酸の3量体などのトリカルボン酸類;ピロメリット酸などのテトラカルボン酸以上のポリカルボン酸;が挙げられる。多価カルボン酸のエステル形成性誘導体としては、これらの多価カルボン酸の酸無水物、ハライド(クロライド、ブロマイドなど)、低級脂肪族アルコールとのエステル(メチルエステル、エチルエステル、プロピルエステル、イソプロピルエステル、ブチルエステル、イソブチルエステル、アミルエステルなど)、などが挙げられる。
【0043】
ポリエステルポリオールの製造に用いるラクトン類としては、例えば、γ−カプロラクトン、δ−カプロラクトン、ε−カプロラクトン、γ−バレロラクトン、δ−バレロラクトン、などが挙げられる。
【0044】
前記ポリエーテルポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコールなどのエチレンオキサイド付加物;プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコールなどのプロピレンオキサイド付加物;上記のポリオールのエチレンオキサイド及び/又はプロピレンオキサイド付加物;ポリテトラメチレングリコール;などが挙げられる。
【0045】
前記ポリカーボネートポリオールとしては、例えば、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、ジエチレングリコール、シクロヘキサンジメタノールなどから選ばれるグリコールと、シフェニルカルボネート又はホスゲンなどとを反応させることにより得られるものが挙げられる。
【0046】
前記ポリイソシアネートとしては、例えば、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネートエステル、水添キシリレンジイソシアネート、1,4−シクロヘキシレンジイソシアネート、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、2,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、3,3’−ジメトキシ−4,4’−ビフェニレンジイソシアネート、1,5−ナフタレンジイソシアネート、1,5−テトラヒドロナフタレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネート、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、2,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、テトラメチルキシリレンジイソシアネート、などが挙げられる。これらの中で、より好ましいものとしては、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネートエステル、水添キシリレンジイソシアネート、1,4−シクロヘキシレンジイソシアネート、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、2,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、などが挙げられる。
【0047】
前記2個以上のヒドロキシル基若しくはアミノ基と、1個以上の3級アミン及び/又は4級アンモニウム基とを有する化合物としては、例えば、N,N−ジメチルエタノールアミン、N−メチルジエタノールアミン、N,N−ジメチルエチレンジアミン、などが挙げられる。また、三級アミンを有するN,N,N−トリメチロールアミン、又は、N,N,N−トリエタノールアミンを使用することもできる。中でも、三級アミノ基を有し、かつイソシアネート基と反応性のある活性水素を2個以上含有するポリヒドロキシ化合物が好ましい。
【0048】
こうしたカチオン性ウレタン樹脂(A)は、ウレタン基濃度が1.0〜5.0mmol/gであることが好ましく、1.5〜4.5mmol/gであることがより好ましく、2.0〜4.0mmol/gであることが最も好ましい。ウレタン基濃度が1.0〜5.0mmol/gであると、ウレタン結合が有する水素結合による密着性付与効果が得られ、加えて、十分な造膜性と適正な硬度が得られるため、極めて優れた折曲げ密着性が得られるようになる。
【0049】
ウレタン基濃度は下記式にて算出することができる。ただし、W
a1はポリオール(a1)の質量、W
a2はイソシアネート(a2)の質量、W
a3は3級アミン及び/又は4級アンモニウムからなる親水基(a3)の質量、M
a2はイソシアネート(a2)の分子量、nは1分子のイソシアネート(a2)に含まれるイソシアナト基の数を表す。
【0050】
ウレタン基濃度(mmol/g)=[W
a2/(W
a1+W
a2+W
a3)]/M
a2×n×10
3【0051】
また、カチオン性ウレタン樹脂(A)は、3級アミン及び/又は4級アンモニウムからなる親水基濃度を0.1〜3.0mmol/g含有することが好ましく、0.2〜2.0mmol/g含有することがより好ましく、0.3〜2.0mmol/g含有することが最も好ましい。親水基濃度が0.1〜3.0mmol/gであると、接着層形成用組成物(X)の貯蔵安定性が保たれると同時に、接着層の耐水性が発現する。
【0052】
親水基濃度は、カチオン性ウレタン樹脂(A)を合成する際の原料成分の仕込み量から算出する、樹脂固形分中の3級アミン及び/又は4級アンモニウム基の量で示すことができる。計算式は以下のとおりである。下記式において、W
a1はポリオール(a1)の質量、W
a2はイソシアネート(a2)の質量、W
a3は3級アミン及び/又は4級アンモニウムからなる親水基(a3)の質量、M
a3は親水基(a3)の分子量、nは1分子の親水基(a3)である3級アミン及び/又は4級アンモニウム基の数を表す。
【0053】
親水基濃度(mmol/g)=[W
a3/(W
a1+W
a2+W
a3)]/M
a3×n×10
3【0054】
また、カチオン性ウレタン樹脂(A)は、骨格中に脂環構造を有することが好ましい。脂環構造はポリオール由来でもよく、イソシアネート由来でもよいが、ポリオール由来であることが好ましい。骨格中に脂環構造を有するポリオールとしては、1,4シクロヘキシルグリコールが挙げられる。
【0055】
(ケイ素化合物)
ケイ素化合物(B)は、下記一般式(I)で示され、慣用的に用いられる表現で言えば、アミノシランカップリング剤である。このケイ素化合物(B)は、鋼板表面との反応性、及び、末端有機基によるカチオン性ウレタン樹脂(A)との水素結合性、の双方の作用効果を満たすために、接着層形成用組成物中に含まれる。
【0056】
ケイ素化合物(B)の前記作用効果は、末端にグリシジル基を有するエポキシシランカップリング剤では得られず、また末端にビニル基を有するビニルシランカップリング剤でも得られず、下記一般式(I)で示されるアミノシランカップリング剤のみで得られる。なお、本発明に係る接着層形成用組成物中では、ケイ素化合物(B)は、通常、ケイ素化合物の加水分解物として存在しているが、その接着層形成用組成物は、カチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)との所定量を配合して得るので、本願では、接着層形成用組成物中のケイ素化合物の加水分解物も「ケイ素化合物(B)」として表すこととする。
【0057】
【化2】
【0058】
式(I)中、R
1〜R
3は互いに独立に、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表し、R
1〜R
3の少なくとも二つは前記アルコキシ基であり、R
4は炭素数2〜6の
アルキレン基を表し、R
5は
アミノ基又は
N−2(アミノエチル)アミノ基を表す
。
【0059】
前記一般式(I)の構造を有するケイ素化合物(B)としては、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルモノメチルジエトキシシラン、N−2(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−2(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン、及びN−2(アミノエチル)−3−アミノプロピルモノメチルジエトキシシランの群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。特に、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、及び3−アミノプロピルモノメチルジエトキシシランの群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0060】
(混合物)
混合物(C)は、カチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)とを混合したものである。本発明では、この混合物(C)の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Tc)と、前記カチオン性ウレタン樹脂(A)単独の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Ta)との比(Tc/Ta)が、1.2〜3.0であることに特徴がある。
【0061】
剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率は、例えば株式会社エーアンドディ製の剛体振り子型物性試験器(RPT−3000)を用いて測定することができる。この剛体振り子型物性試験器は、塗布液に剛体振り子の刃を当てて所定の周期で振動させ、昇温によって皮膜化する過程の物性変動を測定する試験器である。具体的な測定手順は、長さ5cm、幅2cm、厚さ0.6mmの溶融亜鉛メッキ鋼板の幅方向全面に、測定に供する接着層形成用組成物(X)を、最終的な乾燥厚さが100〜200nmとなるように塗布する。塗布した鋼板(塗布鋼板という。)を速やかに試験器にセットし、測定を開始する。試験器は予め40℃に温調しておき、塗布鋼板及び剛体振り子をセットした後、5℃/分の速度でマイナス50℃まで冷却し、その後5℃/分の速度で200℃まで昇温する。その間、2秒間隔で連続的に剛体振り子の周期測定を行い、その測定結果から対数減衰率を連続的に算出する。なお、剛体振り子はナイフ形状エッジ(株式会社エーアンドディ社製、RBE−160)のものを使用し、振り子重量と慣性能率はそれぞれ15g、640g・cm(株式会社エーアンドディ社製、FRB−100)のものを使用した。なお、後述の実施例と比較例でもこの方法によって評価した。
【0062】
図1は、混合物の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率をプロットしたグラフである。
図1中、最大値を示す温度がTcである。また、
図1と同様にして、カチオン性ウレタン樹脂(A)単独の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率をプロットし、その最大値を示す温度をTaとする。
図2は、混合物の対数減衰率曲線と、カチオン性ウレタン樹脂単独の対数減衰率曲線の模式図である。
【0063】
本発明では、Tc/Taが1.2〜3.0である場合に、複層表面処理鋼板の鋼板種、及び接着層上に形成する上層及び/又は中間層の塗料種に影響されず、様々な使用環境及び加工形態にも左右されない極めて強固な塗膜密着性を鋼板表面に付与でき、かつ傷又は加工負荷などがある塗膜が腐食環境へ曝露されても密着性を損なわない接着層を形成することができる。Tc/Taが1.2未満である場合及び3.0を超える場合は、いずれも折曲げ密着性(特に冷間密着性)又は耐食複合密着性(特に折り曲げ部の耐食性試験後密着性)が得られないため好ましくない。より優れた特性が得られるという観点から、Tc/Taは1.5〜2.5であることがより好ましく、1.8〜2.2であることが最も好ましい。
【0064】
カチオン性ウレタン樹脂(A)のTaは、40℃〜140℃の範囲内であることが好ましく、50℃〜130℃であることがより好ましく、55℃〜120℃であることが最も好ましい。カチオン性ウレタン樹脂(A)のTaが40℃〜140℃であると、折曲げ密着性に影響を及ぼす当該ウレタン樹脂の柔軟性とスクラッチ密着性が両立される。一方、混合物(Z)のTcはTaの1.2倍〜3.0倍であり、好ましくは、Tcは50℃〜200℃の範囲で、Taの1.2倍〜3.0倍が好ましく、1.5倍〜2.5倍であることがより好ましく、1.8倍〜2.2倍であることが最も好ましい。
【0065】
カチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)との配合比率は、カチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)との固形分質量比[A/B]が1.0〜4.0となるように配合することが好ましく、1.2〜3.0であることがより好ましく、1.3〜2.0であることが最も好ましい。固形分質量比[A/B]が1.0〜4.0の範囲にあると、接着層の強靭さが得られ、折曲げ密着性が発現すると共に、鋼板表面との密着力が増加し、また、接着層が硬くなるためスクラッチ性が得られるようになる。
【0066】
接着層形成用組成物(X)には、さらに任意成分として、より均一な接着層を形成するために、造膜性を向上させ又は接着層の乾燥性を改善する有機溶剤、濡れ性を向上させる界面活性剤、膜量調整のための増粘剤、発泡を抑える消泡剤、溶接性向上のための導電性物質、などを、接着層形成用組成物の液安定性及び本発明の効果を損なわない範囲で配合することができる。特に限定するものではないが、上記有機溶剤としては、アルコール系、ケトン系、エステル系、エーテル系、などの親水性溶剤を挙げることができる。界面活性剤としては、アルキルアリルエーテル系、アルキルエーテル系、アルキルエステル系、アルキルアミン系などのノニオン系界面活性剤;脂肪酸塩、アルキル硫酸エステル塩、脂肪族アミンの硫酸塩、二塩基性脂肪酸エステルのスルホン酸塩などのアニオン系界面活性剤;などを挙げることができる。
【0067】
接着層形成用組成物(X)のpHについては、本発明の効果を達成し得る限り特に制限はないが、pH5〜11の範囲にあるのが好適である。接着層形成用組成物(X)の固形分濃度についても、本発明の効果が達成し得る限り特に制限はないが、1〜20質量%の範囲であることが好ましい。固形分濃度が1質量%未満の場合は目標とする皮膜量を得ることが難しくなり、一方、固形分濃度が20質量%を超える場合は当該接着層形成用組成物の安定性が保てなくなる傾向となる。
【0068】
接着層形成用組成物(X)は、カチオン性ウレタン樹脂(A)、ケイ素化合物(B)、及び必要に応じて配合される任意成分を、分散媒である水に添加し、撹拌することによって製造することができる。このとき、各成分の添加順序に特に制限はない。上記任意成分は、既述のように、接着層形成用組成物の液安定性及び本発明の効果を損なわない範囲で配合することができるが、本発明では、接着層形成用組成物(X)が、水とウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)のみを含有することが特に好ましい。
【0069】
(接着層の形成)
接着層形成用組成物(X)で接着層を形成する前には、必須ではないが、(1)鋼板に付着した油分又は汚れを取り除くために、脱脂剤による洗浄、湯洗、酸洗、アルカリ洗、溶剤洗浄などを適宜組み合わせて行なってもよいし、(2)鋼板の耐食性、及び接着層と鋼板との密着性をさらに向上させる目的で、鋼板表面を表面調整してもよい。その表面調整は特に限定するものではないが、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Mn、Zr、Ti、Vなどから選ばれる金属を鋼板表面に付着させる化成処理、又はリン酸塩化成処理などが挙げられる。鋼板表面の洗浄としては、洗浄剤が鋼板表面に残留しないように、その後に水洗することが好ましい。
【0070】
接着層は、接着層形成用組成物(X)を鋼板に塗布した後、乾燥させて形成することができる。鋼板への接着層形成用組成物(X)の塗布方法は特に制限はなく、例えば、ロールコーター法、浸漬法、スプレー法、バーコート法、などが挙げられる。また、塗布時の組成物の温度は特に制限はないが、10〜60℃が好ましく、15〜40℃がより好ましい。また、乾燥方法も特に制限はなく、風乾;エアーブローによる乾燥;熱風炉、誘導加熱炉、電気炉などを用いた加熱乾燥;が挙げられる。特に、熱風炉、誘導加熱炉、電気炉などによる加熱乾燥が好ましい。また、乾燥時の到達鋼板温度についても特に制限はないが、50〜250℃が好ましく、70〜220℃がより好ましい。
【0071】
乾燥した接着層の質量は、20〜200mg/m
2(概算厚さ:約20nm〜200nm)が好ましく、50〜150mg/m
2(概算厚さ:約50nm〜150nm)であることがより好ましく、75〜150mg/m
2(概算厚さ:約75nm〜150nm)であることが最も好ましい。接着層の質量が20mg/m
2未満であると、十分な厚さの接着層を形成できず、接着層の効果を得ることができない。一方、接着層の質量が200mg/m
2を超えると、形成した接着層が凝集破壊を起こし易くなり、折曲げ密着性が低下する傾向になる。
【0072】
(接着層の効果要因)
以下、接着層の効果の発現について説明する。ここでは、上記した接着層形成用組成物(X)を用いることで、意匠性を有する複層表面処理鋼板は塗料種に影響されず、様々な使用環境又は加工形態にも左右されない極めて強固な密着性を有する接着層が得られる理由について以下に推定する。なお、かかる推定によって、本発明及び本発明の効果が限定的に解釈されるべきではない。
【0073】
本発明に係る接着性水性組成物(X)は、既述したように、カチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)を含有するが、カチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)のみを含むことが特に好ましい。ここで、カチオン性ウレタン樹脂(A)である必要性は、上述のように、鋼板表面との親和性、中間層又は上層との親和性、膜としての柔軟性又は剛直性、バリア性、などをバランスよく満たす造膜成分として最適であるためである。そのカチオン性ウレタン樹脂の代わりにアクリル樹脂又はエポキシ樹脂などを用いた場合は、十分な性能は得られない。
【0074】
また、十分な性能が得られるカチオン性ウレタン樹脂(A)の条件として、ウレタン基濃度と親水基濃度に好ましい範囲が上記のように存在する。カチオン性ウレタン樹脂(A)の分子量がある程度決まっている場合(例えば約50万〜約150万)、ウレタン基濃度は、ウレタン結合と隣接するソフトセグメントであるポリオールの分子量に依存する。カチオン性ウレタン樹脂(A)におけるウレタン結合の付与効果は絶大であり、膜そのものの伸び及び抗張力などの物性だけでなく、鋼板表面との密着性にも強く関与する。特にカルボキシル基等の反応性官能基を持たないカチオン性ウレタン樹脂(A)は、有機架橋のような自己架橋性を有さず、ほぼウレタン結合中の窒素原子及びOH基が有する水素結合能によって、鋼板表面に密着するものと考えられる。したがって、ウレタン基濃度が高いほど、密着性が優れるように考えられるが、必ずしもそのような結果は得られない。これはウレタン基濃度が高くても、ポリオールの分子量又はその構造が適切でなければ、膜の強靭さが失われ、曲げ加工に追従できなくなってしまうためである。すなわち、ソフトセグメントの構造及びその分子量が適正な範囲、すなわちウレタン基濃度が適切な範囲で優れた密着性が得られるものと考えられる。また、親水基濃度については、若干の水素結合性を有するものの、主に貯蔵安定性に寄与する。親水基濃度が適切であれば、カチオン性ウレタン樹脂(A)の水中での安定性が担保される。
【0075】
一方、ケイ素化合物(B)は、その分子末端にアミノ基を有する必要がある。ケイ素化合物(B)のアルコキシシリル基若しくはシラノール基は、鋼板表面と強固に反応する。これは周知の現象であり、通常、鋼板表面に結合したケイ素化合物と、その他の成分とを、ケイ素化合物(B)が有する逆末端の反応性官能基の作用で一体化させる。その際、カルボキシル基を付与した樹脂と、エポキシ基を有するケイ素化合物とを用いる手法が一般である。しかしながら、このような機構で形成した皮膜は非常に硬く且つ脆い性状を有し、その結果、十分な密着性が得られることは稀である。そこで、本発明において使用できるのは、カチオン性ウレタン樹脂(A)と反応性の高い官能基であり、十分な硬さと伸びを有するもので、前述のウレタン結合と水素結合を形成し、皮膜に弾性を付与するアミノ基を有するケイ素化合物(B)が選ばれる。そこで重要となるがカチオン性ウレタン樹脂(A)とアミノ基を含有するケイ素化合物(B)との配合比、及び、アミノ基を含有するケイ素化合物(B)が効果的に作用するカチオン性ウレタン樹脂(A)の骨格である。その指標が前述の比[Tc/Ta]である。
【0076】
接着層形成用組成物(X)で形成した接着層(S)は、鋼板と分子末端のシラノール基とが化学的に反応したメタロキサン結合濃化層が、鋼板表面近傍に存在する。また、同時にシラノール基同士も反応して、シロキサン結合を形成している。これらシラノール基の反応性は非常に高く、加えてその構造上の理由から、シロキサン結合を形成しやすいように比較的規則的に配列し、鋼板表面近傍にシラノール基を向け、接着層内部に逆末端有機官能基を向けて配列する。こうしたことは、シラノール基を有するシランカップリング剤と呼ばれる化合物であれば同様の化学反応を生じることが周知されている。このような構造とするためのケイ素化合物(B)を混合させることにより、本発明の効果である優れた密着性が得られるものと推察されるが、その効果は末端有機官能基の種類により大きく異なる。ここで重要となってくるのが、造膜成分であるカチオン性ウレタン樹脂(A)との相互作用である。
【0077】
このような観点から、本発明者らは、強靭さと柔軟性という相反する性質を付与するために最も効果的に作用するのが水素結合であることを見いだした。そして、効果的に水素結合を形成するためのケイ素化合物(B)がアミノ基を有するものであることを発見した。すなわち、前述の成膜機構により接着層内部に末端有機官能基であるアミノ基を配向させ、そのアミノ基がカチオン性ウレタン樹脂(A)のウレタン結合に含まれる窒素原子と水素結合を形成させることで、単なる混合物ではない接着層(S)を形成することが可能になったものと推定する。
【0078】
前述の機構により形成された接着層(S)は、メタロキサン結合による鋼板表面との結合、及び、水素結合によるカチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)との結合により、極めて優れた密着性を有するものと推察される。しかし、これらの結合は多ければ良いというものではなく、最適な範囲が存在する。ここで、前述の比[Tc/Ta]が重要となる。この指標は、前記混合物(C)で形成された接着層(S)へのケイ素化合物(B)による物理的及び化学的インタラクションの度合いを示している。つまり、カチオン性ウレタン樹脂(A)単独で形成された樹脂膜に対する、ケイ素化合物(B)の有機鎖による物理的骨格の導入、又は、前述のケイ素化合物(B)末端のアミノ基による水素結合部分の付与、などの効果により、混合物(C)で形成された接着層がどれくらい強靭さと柔軟性が付与されたかを示している。
【0079】
剛体振り子型自由減衰振動法による最大減衰率を示す温度は、その膜の強さ、又は物理的若しくは化学的な網目構造密度などを示すことが知られている。すなわち、混合物でのTcは、カチオン性ウレタン樹脂(A)単独膜のTaと比較して1.2倍〜3.0倍になるような最大減衰率を示す温度に調整する必要があることを示している。Tc/Taが1.2未満では殆ど物性的に変化がないと判断でき、実際の密着性も十分に改善効果が見られない。逆に、Tc/Taが3.0を超えるということは、極めて剛直になるということを示しており、水素結合の特徴の一つである結合の自由度が失われ、柔軟性の無い層になったことを示しており、実際の密着性も得られない。この指標はカチオン性ウレタン樹脂(A)骨格の調整、ケイ素化合物(B)の添加量調整などにより変化することから、この指標により本発明の用途に用いられる接着層(X)が必要とされる密着性を最大にするよう調整が可能で、この方法によりこれまでに無い極めて密着性に優れた接着層の形成が可能となったのである。
【0080】
前述の機構により形成された接着層(S)は、メタロキサン結合による鋼板表面との結合、及び、カチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)との水素結合で形成された緻密な網目構造、により、複層表面処理鋼板の代表的な腐食形態である塗膜下腐食に対して絶大な抑制効果を発揮する。これは、ケイ素化合物(B)による素材表面の不活性化と緻密な網目構造による腐食因子の拡散抑制とによるもので、特に初期腐食及び塗膜下での腐食進行が抑制される。また、腐食時に生じる高アルカリ環境によって、ケイ素化合物(B)によって形成されたシロキサン結合が一部解離し、腐食によって生じた鋼板表面の活性点と再度メタロキサン結合を形成することにより、さらなる腐食の進行を抑制する。その結果、様々な使用環境に曝されても、塗膜下で腐食反応が起こりにくいため、優れた密着性を保つことができるものと推察される。
【0081】
(剛体振り子型自由減衰振動法による対数減衰率ピーク)
ここで、剛体振り子型自由減衰振動法による対数減衰率ピークについて説明する。本発明に係る接着層形成用組成物において、
図1及び
図2に示すように、剛体振り子型自由減衰振動法による混合物の対数減衰率ピークとカチオン性ウレタン樹脂単独の対数減衰率ピークは、その測定温度範囲において、顕著なピークはいずれも1つである。この結果は、後述の全ての実施例でも測定時に確認されている。その理由は、本発明を構成するカチオン性ウレタン樹脂が、カルボキシル基等の反応性官能基を持たないからであり、その結果、自己架橋性を有さず、その物理的性質がウレタン結合中の窒素原子及びOH基が有する水素結合に強く依存するためである。一方、カルボキシル基等の架橋可能な官能基を持つアニオン性ウレタン樹脂又はノニオン性ウレタン樹脂は、本願で得られるものとは異なり、ピークが2以上有する場合がある。また、この傾向は架橋剤を含有する系においては顕著であり、例えばブロックイソシアネート系架橋剤を含む場合には、ブロックが外れる温度、すなわち架橋反応が生じる温度でもピークが生じ、結果的に2以上のピークが見られる。このように、架橋点が2以上あるものはその架橋点でピークが生じるので、本発明で得られるものとは明らかに異なっている。
【0082】
このように剛体振り子型自由減衰振動法によって得られる対数減衰率ピークには、各々に構造変化に応じた理由があり、樹脂及び架橋剤の選択によって様々な形態をとる。ピークの数は架橋反応を生じる架橋基の組合せに因る。このような観点から、本発明において、構造上架橋性を有さないカチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)との混合によって得られた剛体振り子型自由減衰振動法対数減衰率ピーク変化は、これまで把握し得なかった混合系(非架橋系)での明確な皮膜構造の変化を示しており、その変化の度合いを管理することで、極めて優れた密着性を有する接着層を形成することが可能なのである。
【実施例】
【0083】
以下に本発明の実施例及び比較例を挙げて、本発明を具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例によって限定されるものではない。
【0084】
1 接着層形成用組成物
1.1 実施例1〜70及び比較例1〜12
表1〜表3に示す原料及び親水基含有モノマーとして、S1:モノメチルジエタノールアミンを用い、表4及び表5に示した組合せ及び割合にてカチオン性ポリウレタン樹脂(A)を合成し、試験に供した。また、用いたケイ素化合物(B)を表7に示した。
【0085】
1.1.1 カチオン性ウレタン樹脂(A)及び比較例用カチオン性ウレタン樹脂
A1(実施例用):テトラメチレングリコール及びアジピン酸から得たポリエステルポリオール150質量部、ヘキサメチレンジイソシアネート45.4質量部及びモノメチルジエタノールアミン20質量部をN−メチル−2−ピロリドン100質量部中で反応させることによりプレポリマーを得て、そのプレポリマーを蟻酸を用いて中和し、脱イオン水に分散させることにより、水性ポリウレタン樹脂を得た。
【0086】
A2〜A8、A10〜A15、A18〜A26、A28〜A32、A34〜A36、A38〜A44、A46〜A52(実施例用)、及びA9、A16〜17、A27、A33、A37、A45(比較例用)も同様にして製造した。A1〜A52のカチオン性ウレタン樹脂(A)を表4及び表5に示し、下記の測定方法により測定した物性を表6に示した。
【0087】
(ウレタン基濃度)
前述のカチオン性ウレタン樹脂(A)の節にて述べた下記計算式を用いて、ウレタン基当量を算出した。ただし、W
a1はポリオール(a1)の質量、W
a2はイソシアネート(a2)の質量、W
a3は3級アミン及び/又は4級アンモニウムからなる親水基(a3)の質量、M
a2はイソシアネート(a2)の分子量、nは1分子のイソシアネート(a2)に含まれるイソシアナト基の数を表す。
【0088】
ウレタン基濃度(mmol/g)=[W
a2/(W
a1+W
a2+W
a3)]/M
a2×n×10
3【0089】
(親水基濃度)
前述のカチオン性ウレタン樹脂(A)の節にて述べた下記計算式を用いて、親水基濃度を算出した。ただし、W
a1はポリオール(a1)の質量、W
a2はイソシアネート(a2)の質量、W
a3は3級アミン及び/又は4級アンモニウムからなる親水基(a3)の質量、M
a3は親水基(a3)の分子量、nは1分子の親水基(a3)に含まれる3級アミン及び/又は4級アンモニウム基の数を表す。
【0090】
親水基濃度(mmol/g)=[W
a3/(W
a1+W
a2+W
a3)]/M
a3×n×10
3【0091】
1.1.2 ケイ素化合物(B)
評価に使用したケイ素化合物(B)を表7に示す。表7中、B1〜B4は実施例用のケイ素化合物であり、B5〜B6は比較例用のケイ素化合物である。
【0092】
1.2 比較例13〜20
特許文献1〜13を参考に下記の接着層形成用組成物を調製した。
【0093】
(比較例13)
特許文献2の実施例5を参考に、下記の接着層形成用組成物を作製し、試験に供した。接着層形成用組成物:分子量15000のテレフタル酸、エチレングリコール及びビスフェノールAから得たポリエステル樹脂100重量部、ビスフェノールA型エポキシ樹脂10重量部及びブロック化イソシアネート化合物18重量部を混合し、着色顔料として酸化チタン90重量部を添加したもの。
【0094】
(比較例14)
特許文献3の実施例8を参考に、下記の接着層形成用組成物を作製し、試験に供した。接着層形成用組成物:ウレタン樹脂(株式会社ADEKA製、HUX−290H)55重量部、同文献3に記載の縮合りん酸カルシウムBを15重量部、バナジン酸ナトリウム5重量部、及びりん酸10重量部を混合したもの。
【0095】
(比較例15)
特許文献4の実施例4を参考に、下記の接着層形成用組成物を作製し、試験に供した。接着層形成用組成物:同文献4に記載の分散ペースト100重量部、エポキシ樹脂(DIC株式会社製、EN−0274)150重量部、及びウレタン樹脂(三井武田ケミカル株式会社製、タケラックW−6010)100重量部を混合したもの。
【0096】
(比較例16)
特許文献5の実施例1を参考に、下記の接着層形成用組成物を作製し、試験に供した。接着層形成用組成物:同文献5のウレタン樹脂A1を100重量部、メチロール化フェノールを1重量部、炭酸ジルコニウムカリウムを1重量部の割合で混合したもの。
【0097】
(比較例17)
特許文献7の実施例3を参考に、下記の接着層形成用組成物を作製し、試験に供した。接着層形成用組成物:同文献7に記載のウレタン樹脂Aを100重量部、PEワックスAを15重量部、コロイダルシリカ10重量部の固形分割合で混合したもの。
【0098】
(比較例18)
特許文献10の実施例4を参考に、下記の接着層形成用組成物を作製し、試験に供した。接着層形成用組成物:同文献10の製造例2にて得られたウレタン樹脂Bを100重量部に、テトラメトキシシラン3.84重量部を反応させたもの。
【0099】
(比較例19)
特許文献11の実施例4を参考に、下記の接着層形成用組成物を作製し、試験に供した。接着層形成用組成物:同文献11のポリウレタン樹脂Aを90重量部、りん酸三アンモニウム5重量部、コロイダルシリカ5重量部を混合したもの。
【0100】
(比較例20)
特許文献13の実施例13を参考に、下記の接着層形成用組成物を作製し、試験に供した。接着層形成用組成物:同文献13のポリウレタン樹脂Aを67重量部、コロイダルシリカF(日産化学工業株式会社製、スノーテックスN)を20重量部、りん酸三ナトリウム3重量部、架橋剤K(松本製薬工業株式会社製、TC−400)を混合したもの。
【0101】
2 中間層形成用塗料
中間層形成用塗料として、T1:Vニット#200(大日本塗料株式会社製)と、T2:フレキコート600(日本ペイント株式会社製)とを用いた。
【0102】
3 上層形成用塗料
上層形成用塗料として、U1:Vニット#500(大日本塗料株式会社製)と、U2:フレキコート5030(日本ペイント株式会社製)とを用いた。
【0103】
4 試験板の作製
4.1 供試材
溶融亜鉛めっき鋼板(GI)として、板厚0.5mm、めっき付着量片面当たり100g/m
2(両面めっき)の鋼板を用いた。
【0104】
4.2 前処理
供試材を、アルカリ脱脂剤であるCL―N364S(日本パーカライジング株式会社製)を濃度20g/Lとし、温度60℃の条件で30秒間スプレー処理した。続いて、水道水で洗浄した後に、水切りロールで絞り、50℃で30秒間加熱乾燥した。
【0105】
4.3 表面処理
4.3.1 接着層の形成
(実施例1〜70、74〜76及び比較例1〜20)
接着層形成用組成物を、前処理後の供試材の表面(片面)に、100mg/m
2の乾燥皮膜量となるようにバーコーターを用いて塗布した。続いて、熱風乾燥炉にて100℃の到達板温度となるように加熱乾燥した。
【0106】
(実施例71)
実施例11と同様の組成の接着層形成用組成物を、前処理後の供試材の表面(片面)に、50mg/m
2の乾燥皮膜量となるようにバーコーターを用いて塗布した。続いて、熱風乾燥炉にて100℃の到達板温度となるように加熱乾燥した。
【0107】
(実施例72)
実施例11と同様の組成の接着層形成用組成物を、前処理後の供試材の表面(片面)に、200mg/m
2の乾燥皮膜量となるようにバーコーターを用いて塗布した。続いて、熱風乾燥炉にて100℃の到達板温度となるように加熱乾燥した。
【0108】
(実施例73)
実施例11と同様の組成の接着層形成用組成物を、前処理後の供試材の表面(片面)に、500mg/m
2の乾燥皮膜量となるようにバーコーターを用いて塗布した。続いて、熱風乾燥炉にて100℃の到達板温度となるように加熱乾燥した。
【0109】
4.3.2 中間層
(実施例1〜74、比較例1〜20)
中間層形成用塗料T1を、接着層処理後の供試材の表面(片面)に、8μmの乾燥皮膜量となるようにバーコーターを用いて塗布した。続いて、熱風乾燥炉にて200℃の到達板温度となるように加熱乾燥した。
【0110】
(実施例75)
中間層形成用塗料T2を、接着層処理後の供試材の表面(片面)に、8μmの乾燥皮膜量となるようにバーコーターを用いて塗布した。続いて、熱風乾燥炉にて200℃の到達板温度となるように加熱乾燥した。
【0111】
(実施例76)
中間層を形成しなかった。
【0112】
4.3.3 上層
(実施例1〜73、75〜76、比較例1〜20)
上層形成用塗料U1を、接着層及び中間層を形成した後の供試材の表面(片面)に、20μmの乾燥皮膜量となるようにバーコーターを用いて塗布した。続いて、熱風乾燥炉にて220℃の到達板温度となるように加熱乾燥した。
【0113】
(実施例74)
上層形成用塗料U2を、接着層及び中間層を形成した後の供試材の表面(片面)に、20μmの乾燥皮膜量となるようにバーコーターを用いて塗布した。続いて、熱風乾燥炉にて220℃の到達板温度となるように加熱乾燥した。
【0114】
5 評価試験
5.1 物性測定
(カチオン性ウレタン樹脂(A)単体の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Ta))
表4及び表5に示す組成のカチオン性ウレタン樹脂(A)単体の剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Ta)について、以下の方法にて求めた。
【0115】
<試料>
試料寸法:長さ5cm、幅2cm、厚さ0.6mm
材質:溶融亜鉛メッキ鋼板
試料厚さ:100〜200nm
【0116】
<試験器>
試験器:剛体振り子型物性試験器RPT−3000(株式会社エーアンドディ社製)
予熱:40℃
冷却:5℃/分の速度でマイナス50℃まで
昇温:5℃/分の速度でプラス200℃まで
測定周期:2秒間隔で連続測定(対数減衰率を連続的に算出)
剛体振り子:ナイフ形状エッジ(株式会社エーアンドディ社製、RBE−160)
振り子重量、慣性能率:15g、640g・cm(株式会社エーアンドディ社製、FRB−100)
【0117】
(剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Tc))
表8〜表14に示す組合せ及び割合にて混合したカチオン性ポリウレタン樹脂(A)及びケイ素化合物(B)の混合物(C)の、剛体振り子型自由減衰振動法における対数減衰率が最大値を示す温度(Tc)についても、上記と同様の方法にて求めた。
【0118】
5.2 折曲げ密着性試験
5.2.1 一次密着性試験
JIS−G3312の試験法に準じて各試験板に対し、内側間隔板を挟まない「0T折曲げ試験」を20℃で行い、テープ剥離後の塗膜剥離状態を肉眼で観察し、下記の判定基準に準じて評価を行った。
【0119】
<評価基準>
◎:剥離なし
○:剥離面積10%未満
△:剥離面積10%以上50%未満
×:剥離面積50%以上
【0120】
5.2.2 二次密着性試験
試験板を沸水中に2時間浸漬した後、1日放置し一次折曲げ密着性試験と同様の試験(0T折曲げ試験)を行った。判定基準は以下の通りである。
【0121】
<評価基準>
◎:剥離なし
○:剥離面積10%未満
△:剥離面積10%以上50%未満
×:剥離面積50%以上
【0122】
5.2.3 冷間密着性試験
マイナス15℃に冷却した各試験板に対し、一次折曲げ密着性試験と同様の試験(0T折曲げ試験)を行った。判定基準は以下の通りである。
【0123】
<評価基準>
◎:剥離なし
○:剥離面積10%未満
△:剥離面積10%以上50%未満
×:剥離面積50%以上
【0124】
5.3 スクラッチ試験
5.3.1 一次コインスクラッチ試験
10円硬貨を各試験板に対して45°の角度に設置し、塗膜を2kgの荷重、一定速度でこすり、塗膜の傷付き度を肉眼で観察し、下記判定基準に従って耐コインスクラッチ性の評価を行った。
【0125】
<評価基準>
◎:剥離面積10%未満
○:剥離面積10%以上20%未満
△:剥離面積20%以上50%未満
×:剥離面積50%以上
【0126】
5.3.2 二次コインスクラッチ試験
試験板を沸水中に2時間浸漬した後、1日放置し一次コインスクラッチ性試験と同様の試験を行った。判定基準は以下の通りである。
【0127】
<評価基準>
◎:剥離面積10%未満
○:剥離面積10%以上20%未満
△:剥離面積20%以上50%未満
×:剥離面積50%以上
【0128】
5.4 耐食複合密着性試験
5.4.1 碁盤目カット部の耐食性試験後密着性(碁盤+SST)
NTカッターを用いて、1mm碁盤目(100マス)を作成した試験片を、JIS−Z2371に準じた塩水噴霧試験器に72時間投入後、テープ剥離を行い、下記判定基準に従って評価を行った。
【0129】
<評価基準>
◎:残個数が100個
○:残個数が90〜99個
△:残個数が50〜90個
×:残個数が50個未満
【0130】
5.4.2 碁盤目カット部+加工部の耐食性試験後密着性(碁盤+Er+SST)
NTカッターを用いて、1mm碁盤目(100マス)を作成した部分をエリクセン試験器にて7mm押出した試験片を、JIS−Z2371に準じた塩水噴霧試験器に72時間投入後、テープ剥離を行い、下記判定基準に従って評価を行った。
【0131】
<評価基準>
◎:残個数が100個
○:残個数が90〜99個
△:残個数が50〜90個
×:残個数が50個未満
【0132】
5.4.3 折曲げ部の耐食性試験後密着性(0T+SST)
JIS−G3312の試験法に準じて各試験板に対し、内側間隔板を挟まない0T折曲げ試験を20℃で行い、JIS−Z2371に準じた塩水噴霧試験器に72時間投入後にテープ剥離を行い、塗膜剥離状態を肉眼で観察し、下記の判定基準に準じて評価を行った。
【0133】
<評価基準>
◎:剥離なし
○:剥離面積10%未満
△:剥離面積10%以上50%未満
×:剥離面積50%以上
【0134】
6 評価結果
試験の評価結果を表8〜表16に示す。表8より、接着層形成用組成物を構成する要件のうち、カチオン性ウレタン樹脂と化学式(I)のケイ素化合物を含み且つ少なくともTc/Taが規定の範囲(1.2〜3.0)である実施例1〜14は、Ta/Tcが規定の範囲(1.2〜3.0)を超える比較例1,2と比較して、折曲げ密着性及び耐食複合密着性に「×」の評価がなかった。さらに、カチオン性ウレタン樹脂のウレタン基濃度が規定の範囲(1〜5mmol/g)にある実施例2〜7は、そのウレタン基濃度が規定の範囲(1〜5mmol/g)を超える実施例1,8と比較して、折曲げ密着性、スクラッチ性、及び耐複合密着性に優れることがわかる。この傾向は、ポリオールの種類が異なる実施例9〜13においても、実施例8と比較して同様の傾向であった。
【0135】
加えて、ウレタン基濃度が好適な範囲(1.5〜4.5mmol/g)内にあっても、Tc/Taが規定の範囲(1.2〜3.0)を超える比較例1,3は、折曲げ密着性又は耐食複合密着性に劣ることがわかる。また、ウレタン基濃度とTc/Taが最適な範囲(2〜4mmol/g、1.8〜2.2)である実施例4,5,10〜12は、どちらか一方でも最適な範囲から外れる実施例2,3,6,7,9,13と比較して、折曲げ密着性、スクラッチ性及び耐食複合密着性の少なくとも2つ以上が優れることがわかる。このことから、極めて優れた塗膜密着性を付与でき、傷又は加工負荷などがある塗膜が腐食環境へ曝露されても密着性を損なわない接着層を形成するためには、少なくともTc/Taが規定の範囲内であり、好ましくはウレタン基濃度も規定の範囲内であることがわかる。さらに、それぞれの範囲が好適な範囲であり、最適な範囲であることがより望ましいことがわかる。
【0136】
なお、表8より、Tc/Taが低下するケースの一つとして、カチオン性ウレタン樹脂単独の対数減衰率の最高温度が高温側にシフトした場合がある。これは、ウレタン樹脂のウレタン基濃度が高いためであり、このようなウレタン樹脂は剛直性が高くなる。これにケイ素化合物を添加すると、カチオン性ウレタン樹脂とケイ素化合物とのインタラクションが必要以上に強まり、得られた接着層の剛直性がさらに強くなる。その結果、剛性の強い接着層は、折曲げ加工に追従できないが、ケイ素化合物による物理的抵抗によりスクラッチ性は良好なものとなる。一方、Tc/Taが増大するケースの一つとして、カチオン性ウレタン樹脂単独の対数減衰率の最高温度が低温側にシフトした場合がある。これは、ウレタン樹脂のウレタン基濃度が低いためであり、そのため、ケイ素化合物と水素結合を形成するウレタン基が少なくなり、カチオン性ウレタン樹脂とケイ素化合物とのインタラクションが弱まり、密着性の低下又は耐食複合密着性の低下が生じる傾向があるのがわかる。
【0137】
また、表8より、カチオン性ウレタン樹脂のウレタン基濃度が高いということは、カチオン性ウレタン樹脂の結晶性が高いことを意味する。したがって、ウレタン基濃度が高いカチオン性ウレタン樹脂を有する接着層形成用組成物で接着層を形成した場合には、接着層の凝集力が高く、剛直性が過度に強くなってしまう。このように、接着層が硬くなりすぎる傾向にあると、接着層内の凝集破壊による剥離よりも、膜状態を保ったままで鋼板表面からの剥離が生じやすくなってしまい、折曲げ加工に追従できないという難点がある。同様に、接着層が硬くなりすぎる傾向にあると、接着層基材界面に隙間ができやすいため、耐食複合密着性も低下する傾向がある。一方、表8の実施例1〜7の結果からは、ウレタン基濃度が少なくなるに従って折曲げ密着が向上する傾向があるのがわかるが、より少なくなると、スクラッチ時に接着層が連続性を保ったまま剥離しやすくなる傾向が見られる。
【0138】
表9より、カチオン性ウレタン樹脂の親水基濃度について、親水基濃度が好適の範囲(0.2〜2.0mmol/g)にある実施例15〜21は、親水基濃度が好適の範囲(0.2〜2.0mmol/g)に満たない実施例14と比較して、貯蔵安定性に優れることがわかる。一方、親水基濃度が好適の範囲(0.2〜2.0mmol/g)を超える実施例22は、貯蔵安定性には優れるものの、二次0T密着性又は耐食複合密着性が劣る傾向にあることがわかる。これは、接着層に親水基が多く存在しすぎると、層間への水分の吸収が顕著になるためと推察される。また、親水基濃度が最適な範囲(0.3〜2.0mmol/g)にある実施例17〜20は、その最適な範囲に満たない実施例15〜16と比較して貯蔵安定性に優れ、また最適な範囲(0.3〜2.0mmol/g)を超える実施例21と比較して、折曲げ密着性及び耐食複合密着性に優れることがわかる。このことから、極めて優れた塗膜密着性を付与でき、傷又は加工負荷などがある塗膜が腐食環境へ曝露されても密着性を損なわない接着層を形成するためには、親水基濃度が規定の範囲内(0.1〜3.0mmol/g)である必要があり、好適な範囲(0.2〜2.0mmol/g)が好ましく、最適な範囲(0.3〜2.0mmol/g)であることが最も好ましい。
【0139】
表10より、固形分質量比A/Bについては、ウレタン基濃度が低めで、A/Bが規定の範囲内(1.0〜4.0)にある実施例7及び24〜29は、A/Bが規定の範囲(1.0〜4.0)に満たない実施例23と比較して、二次0T密着性、スクラッチ性、及び耐食複合密着性の碁盤目+SSTに優れ、A/Bが規定の範囲(1.0〜4.0)を超え、Tc/Taが規定の範囲(1.2〜3.0)に満たない比較例4と比較して、折曲げ密着性、及び耐食複合密着性に優れることがわかる。次に、ウレタン基濃度が中程度で、A/Bが規定の範囲(1.0〜4.0にある実施例11及び31〜35は、A/Bが規定の範囲(1.0〜4.0)に満たない実施例30、及びTc/Taが規定の範囲(1.2〜3.0)に満たない比較例6と比較して、折曲げ密着性及び耐食複合密着性に優れることがわかる。さらに、ウレタン基濃度が高めで、A/Bが規定の範囲(1.2〜4.0)にある実施例36〜39は、A/Bが規定の範囲(1.0〜4.0)に満たず、Tc/Taが規定の範囲(1.2〜3.0)に満たない比較例7、及びA/Bが規定の範囲(1.0〜4.0)を超え、Tc/Taが規定の範囲(1.2〜3.0)に満たない比較例10と比較して、折曲げ密着性及び耐食複合密着性に優れることがわかる。一方、A/Bが最適な範囲(1.3〜2.0)にある実施例7及び26〜27、実施例11及び33〜34は、A/Bが最適な範囲(1.3〜2.0)をはずれる実施例24〜25、28〜32、35と比較して、折曲げ密着性又は耐食複合密着性が優れる傾向がある。特に、ウレタン基濃度及びTc/Taの双方が最適な範囲(2.0〜4.0mmol/g、1.8〜2.2)にある実施例11と33は、全てにおいて極めて優れた性能を有することがわかる。
【0140】
表10の結果より、A/Bが低いということは、ケイ素化合物の量が相対的に多いことを意味するので、ケイ素化合物とカチオン性ウレタン樹脂とのインタラクションが強くなり、さらにSi−O−Si結合が増加することになる。その結果、絡合、水素結合及びシロキサン結合の形成が強固で接着層の剛直性が高くなり、折曲げ加工に追従できなくなって、折曲げ密着性が得られない傾向となる。一方、A/Bが高くなるということは、ケイ素化合物の量が相対的に少なくなることを意味するので、ケイ素化合物添加のインタラクションが小さくなり、さらに鋼板表面との密着力が低下する。その結果、折り曲げ密着性が低下する傾向となる。
【0141】
また、表11〜13に示すように、ポリオールの種類又はイソシアネートの種類が異なる実施例40〜67は、性能有意差がないことがわかる。このことから、接着層形成用組成物を構成する要件のうち、カチオン性ウレタン樹脂と化学式(I)のケイ素化合物を含み且つ少なくともTc/Taが規定の範囲(1.2〜3.0)であり、さらに好ましくはカチオン性ウレタン樹脂のウレタン基濃度、親水基濃度、及びA/Bがそれぞれ規定の範囲であれば、カチオン性ウレタン樹脂を構成するモノマーの影響は受けず、良好な性能を得られることがわかる。
【0142】
表14より、上記化学式(I)で示されるケイ素化合物(B)を有している実施例4、68〜70は、上記化学式(I)以外のケイ素化合物を有する比較例11,12と比較して、全ての性能において優れることがわかる。また、B1,B2のケイ素化合物を有する実施例4、68は、実施例69〜70と比較して、耐食複合密着性が優れており、最も適していることがわかる。
【0143】
このことから、ケイ素化合物(B)が化学式(I)に示すアミノ基を有するケイ素化合物であれば、そのアミノ基はカチオン性ウレタン樹脂(A)が有するウレタン基と水素結合を形成する。そのため、カチオン性ウレタン樹脂(A)とケイ素化合物(B)とのインタラクションが生じ、得られた接着層に強靭さが付与されると考えられる。一方、エポキシ基を有するエポキシシラン又はビニル基を有するビニルシラン等のケイ素化合物では、上記のようなインタラクションが生じないと考えられるので、混合されているだけの状態であり、すべてにおいて優れた性能が得られない。また、エポキシシラン又はビニルシランにアミノシランを混合した場合であっても同様である。
【0144】
表15より、接着層の膜厚については、実施例11、71〜73から明らかなように、50〜200mg/m
2が最も適する範囲であり、500mg/m
2では僅かに劣っていた。ケイ素化合物(B)は、分子末端のSi−OHにより鋼板表面と反応するため、鋼板表面近傍に濃化している。そのため、ケイ素化合物の効果は鋼板表面の極近傍に強く発現する。したがって、接着層が200mg/m
2を超えて500mg/m
2程度に厚くなると、ケイ素化合物の効果が小さい部分が生じるようになるため、一部の密着特性又はスクラッチ性が若干低下する傾向になったと考えられる。
【0145】
また、実施例74〜76より、接着層形成用組成物(X)で接着層を形成することにより、その上に形成する中間層又は上層の影響を受けないことがわかる。つまり、接着層形成用組成物はカチオン性ウレタン樹脂と上記一般式(I)で示すケイ素化合物とを有するので、その接着層形成用組成物で形成された接着層の密着性向上効果は、有機架橋による密着性向上効果ではなく、水素結合及び/又は絡合による密着性向上効果であるということができる。したがって、接着層は、有機架橋のような剛直な膜ではないので、中間層(上層)と鋼板との硬度差により生じた内部応力を緩和して密着性を保持するように作用すると考えられる。その結果、こうした接着層の作用効果は、従来のクロメート(架橋性密着)、シリカ含有接着層(アンカー効果)、架橋性有機接着層(アニオン性樹脂、イソシアネート系、カルボジイミド系など)とは異なり、中間層又は上層の種類には因らず、系の異なる中間層又は上層を接着層上に設けた場合であっても、同等の密着性を得ることができる。
【0146】
表16より、各特許文献の実施例を参考にした比較例13〜20は、折曲げ密着性、スクラッチ性、及び耐食複合密着性のうち少なくとも1項目が劣っていた。特に耐食複合密着性、中でも折曲げ部の耐食性試験後密着性に劣る結果であることから、本発明に係る接着層形成用組成物で形成する接着層の効果は顕著であり、技術的進歩は明らかであることがわかる。これらの結果から、特に接着層形成用組成物を構成する要件のうち、カチオン性ウレタン樹脂と化学式(I)のケイ素化合物を含み且つ少なくともTc/Taが規定の範囲(1.2〜3.0)であり、さらに好ましくはカチオン性ウレタン樹脂のウレタン基濃度、親水基濃度、及びA/Bがそれぞれ規定に範囲であれば、顕著な効果を奏することがわかる。
【0147】
【表1】
【0148】
【表2】
【0149】
【表3】
【0150】
【表4】
【0151】
【表5】
【0152】
【表6】
【0153】
【表7】
【0154】
【表8】
【0155】
【表9】
【0156】
【表10】
【0157】
【表11】
【0158】
【表12】
【0159】
【表13】
【0160】
【表14】
【0161】
【表15】
【0162】
【表16】