特許第5663814号(P5663814)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5663814-表面被覆窒化硼素焼結体工具 図000008
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5663814
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月4日
(54)【発明の名称】表面被覆窒化硼素焼結体工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20150115BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20150115BHJP
   C04B 35/583 20060101ALI20150115BHJP
   C04B 41/87 20060101ALI20150115BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23B27/20
   B23B27/14 B
   C04B35/58 103X
   C04B35/58 103H
   C04B41/87 M
   C04B41/87 N
【請求項の数】18
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2013-139797(P2013-139797)
(22)【出願日】2013年7月3日
(65)【公開番号】特開2015-13323(P2015-13323A)
(43)【公開日】2015年1月22日
【審査請求日】2014年2月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】月原 望
(72)【発明者】
【氏名】岡村 克己
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸山 誠
【審査官】 村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/005275(WO,A1)
【文献】 特開2008−254159(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/129422(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 27/20
C04B 35/583
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも切れ刃部分が立方晶窒化硼素焼結体と該立方晶窒化硼素焼結体の表面上に形成された被膜とを備える表面被覆窒化硼素焼結体工具であって、
前記立方晶窒化硼素焼結体は、立方晶窒化硼素粒子を30体積%以上80体積%以下含み、周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素の窒化物、炭化物、硼化物、酸化物ならびにこれらの固溶体からなる群の中から選択された少なくとも1種の化合物とアルミニウム化合物と不可避不純物とを含む結合相をさらに含み、
前記被膜はA層とB層とを備え、
前記A層は柱状晶から構成され、MLaza1(Mは周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、LaはB、C、NおよびOの1種以上を表わし、za1は0.85以上1.0以下である)を含み、
前記B層は柱状晶から構成され、組成の異なる2種以上の化合物層が交互にそれぞれ1つ以上積層されてなり、
前記化合物層のそれぞれの厚さは、0.5nm以上300nm以下であり、
前記化合物層の1種であるB1化合物層は、(Ti1-xb1-yb1Sixb1M1yb1)(C1-zb1zb1)(M1はTiを除く周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素ならびにAlの1種以上を表わし、xb1は0.01以上0.25以下であり、yb1は0以上0.7以下であり、zb1は0.4以上1以下である)を含み、
前記化合物層の1種であって前記B1化合物層とは異なるB2化合物層は、(Al1-xb2M2xb2)(C1-zb2zb2)(M2は周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素ならびにSiの1種以上を表わし、xb2は0.2以上0.7以下であり、zb2は0.4以上1以下である)を含み、
前記A層の厚さは0.2μm以上10μm以下であり、前記B層の厚さは0.05μm以上5μm以下であり、かつ前記被膜全体の厚さは0.3μm以上15μm以下であり、
前記A層に含まれる柱状晶の粒径Waは10nm以上400nm以下であり、かつ前記B層に含まれる柱状晶の粒径Wbは5nm以上70nm以下である、表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項2】
前記A層は、(Ti1-xaMaxa)(C1-za2za2)(MaはTiを除く周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、xaは0以上0.7以下であり、za2は0以上1以下である)を含む、請求項1に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項3】
前記A層では、Nの組成za2が、前記立方晶窒化硼素焼結体側から当該A層の表面側へ向かってステップ状または傾斜状に変化する、請求項2に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項4】
前記A層は、当該A層の表面側に、前記立方晶窒化硼素焼結体側よりもCの組成の大きな領域を有する、請求項2または請求項3に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項5】
前記B2化合物層において、前記M2はTiおよびCrの少なくとも1つを表わし、前記M2の組成xb2は0.25以上0.5以下である、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項6】
前記粒径Waは50nm以上300nm以下である、請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項7】
前記粒径Wbは7nm以上40nm以下である、請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項8】
前記粒径Waと前記粒径Wbとが、1<Wa/Wb≦30の関係を満たす、請求項1〜7のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項9】
前記A層は前記B層よりも前記被膜の表面側に設けられている、請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項10】
前記被膜は、前記A層と前記B層との間に設けられたC層をさらに含み、
前記C層は、McLczc(Mcは周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、LcはB、C、NおよびOの1種以上を表わし、zcは0.2以上0.85以下である)を含み、
前記C層の厚さは0.005μm以上0.5μm以下である、請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項11】
前記Lcの組成zcは0.2以上0.7未満である、請求項10に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項12】
前記C層は、前記A層および前記B層を構成する元素の少なくとも1種以上を含む、請求項10または請求項11に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項13】
前記C層は粒状晶から構成され、当該粒状晶の粒径Wcは5nm以上300nm以下である、請求項10〜請求項12のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項14】
前記被膜は、前記立方晶窒化硼素焼結体と前記B層との間に設けられたD層をさらに含み、
前記D層は、MdLdzd(Mdは周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、LdはB、C、NおよびOの1種以上を表わし、zdは0.85以上1.0以下である)を含む、請求項1〜請求項13のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項15】
前記立方晶窒化硼素焼結体は、前記立方晶窒化硼素粒子を50体積%以上65体積%以下含む、請求項1〜請求項14のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項16】
前記立方晶窒化硼素焼結体と前記被膜との界面では、前記立方晶窒化硼素粒子が前記結合相よりも前記被膜側に突出した形状を有し、
前記立方晶窒化硼素粒子と前記結合相との段差が0.05μm以上1.0μm以下である、請求項1〜請求項15のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項17】
前記立方晶窒化硼素粒子の体積含有率は、前記立方晶窒化硼素焼結体と前記被膜との界面から前記立方晶窒化硼素焼結体の内部に向かって高くなる、請求項1〜請求項16のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【請求項18】
前記立方晶窒化硼素粒子の粒径は、前記立方晶窒化硼素焼結体と前記被膜との界面から前記立方晶窒化硼素焼結体の内部に向かって大きくなる、請求項1〜請求項17のいずれか1項に記載の表面被覆窒化硼素焼結体工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも切れ刃部分が、立方晶窒化硼素(以下、「cBN」とも記す)焼結体と該cBN焼結体上に形成された被膜とを含む表面被覆窒化硼素焼結体工具に関する。
【背景技術】
【0002】
cBN焼結体を基材として、その表面にセラミックス等からなる被膜を形成した切削工具(以下、「被覆cBN工具」とも記す)は、優れた耐摩耗性を発揮するため、焼入鋼の切削加工に用いられている。
【0003】
このような切削工具として、たとえば、国際公開第2010/150335号パンフレット(特許文献1)および国際公開第2012/005275号パンフレット(特許文献2)は、cBN焼結体の表面に、特定のセラミックス組成の多層からなる下部層と化合物層からなる上部層を含む被膜を形成した工具を開示している。
【0004】
また、被膜を有する工具の基材としては、cBN焼結体ばかりではなく、たとえば超硬合金等も用いられている(特開2008−188689号公報(特許文献3))および特表2008−534297号公報(特許文献4))。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2010/150335号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2012/005275号パンフレット
【特許文献3】特開2008−188689号公報
【特許文献4】特表2008−534297号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
昨今、切削加工には極めて高い精度が要求されている。ここで要求される精度とは、切削加工後に研磨等の仕上げ加工が不要な程度に、加工後の被削材の面粗度が良好であることである。すなわち、従来とは異なり、切削加工がそれ自体で仕上げ加工を兼ねることが求められている。したがって昨今では、所定の面粗度を維持できる切削距離(以下「面粗度寿命」とも記す)が、工具性能を判断する上で重要な項目となっている。しかしながら、従来の切削工具では、現在のユーザーを十分に満足させる面粗度寿命を有するには至っていない。そのため現状では、面粗度寿命がそのまま工具寿命とみなされるケースが多く、面粗度寿命の向上が切望されている。
【0007】
被削材の面粗度に影響する因子としては種々のものが考えられるが、なかでも摩耗による刃先形状の変化は、とりわけ影響度の大きい因子であると考えられる。そのため、面粗度寿命の向上には耐摩耗性の向上が有効であると考えられる。
【0008】
これまでに、基材の表面に被膜を形成することにより、耐摩耗性を向上させた切削工具が開発されている。たとえば、超硬合金からなる基材の表面に被膜を形成した切削工具は、鋼加工において好適な耐摩耗性を示すことが知られている。
【0009】
しかしながら、鋼よりも高硬度である焼入鋼の高精度加工においては、cBN焼結体からなる基材に、超硬合金と同様に被膜をその表面に形成しても、十分な面粗度寿命は得られなかった。そして、焼入鋼の高精度加工における長寿命を実現した切削工具は未だ開発されていないのが現状である。
【0010】
本発明は、上記のような現状に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、焼入鋼をはじめとする硬質材の加工において、高い寸法精度を実現するとともに、優れた工具寿命を有する被覆cBN工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するために、様々な化学組成、結晶構造および積層態様の被膜を形成した被覆cBN工具で焼入鋼の加工を行ない、工具の損傷形態を詳細に分析した。その結果、通常のクレータ摩耗および逃げ面摩耗に加えて、摩耗部の一方端である前境界部において境界摩耗が発生していることが明らかとなった。そして、この境界摩耗が面粗度寿命に最も大きな影響を与えているとの知見が得られた。
【0012】
本発明者はこれに留まらず、上記知見に基づきさらに検討を重ねた結果、特定の組成、形状および粒径を有する結晶粒から構成される層を積層した被膜を形成することが、境界摩耗の抑制に最も有効であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明の表面被覆窒化硼素焼結体工具は次に示す構成(1)〜(10)を有する
(1)少なくとも切れ刃部分が立方晶窒化硼素焼結体と該立方晶窒化硼素焼結体の表面上に形成された被膜とを備える
(2)上記立方晶窒化硼素焼結体は、立方晶窒化硼素粒子を30体積%以上80体積%以下含み、周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素の窒化物、炭化物、硼化物、酸化物ならびにこれらの固溶体からなる群の中から選択された少なくとも1種の化合物とアルミニウム化合物と不可避不純物とを含む結合相をさらに含む
(3)上記被膜はA層とB層とを備える
(4)上記A層は柱状晶から構成され、MLaza1(Mは周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、LaはB、C、NおよびOの1種以上を表わし、za1は0.85以上1.0以下である)を含む
(5)上記B層は柱状晶から構成され、組成の異なる2種以上の化合物層が交互にそれぞれ1つ以上積層されてなる
(6)上記化合物層のそれぞれの厚さは0.5nm以上300nm以下である
(7)上記化合物層の1種であるB1化合物層は、(Ti1-xb1-yb1Sixb1M1yb1)(C1-zb1zb1)(M1はTiを除く周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素ならびにAlの1種以上を表わし、xb1は0.01以上0.25以下であり、yb1は0以上0.7以下であり、zb1は0.4以上1以下である)を含む
(8)上記化合物層の1種であって上記B1化合物層とは異なるB2化合物層は、(Al1-xb2M2xb2)(C1-zb2zb2)(M2は周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素ならびにSiの1種以上を表わし、xb2は0.2以上0.7以下であり、zb2は0.4以上1以下である)を含む
(9)上記A層の厚さは0.2μm以上10μm以下であり、上記B層の厚さは0.05μm以上5μm以下であり、かつ上記被膜全体の厚さは0.3μm以上15μm以下である
(10)上記A層に含まれる柱状晶の粒径Waは10nm以上400nm以下であり、かつ上記B層に含まれる柱状晶の粒径Wbは5nm以上70nm以下である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の表面被覆窒化硼素焼結体工具は、焼入鋼をはじめとする硬質材の加工において、高い寸法精度を実現するとともに、優れた工具寿命を有する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本実施の形態に係る表面被覆窒化硼素焼結体工具の構成の一例を示す断面図である。
図2】本実施の形態に係る表面被覆窒化硼素焼結体工具の要部の構成の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係わる実施の形態についてさらに詳細に説明する。なお、以下では図面を用いて説明するが、本願の図面において同一の参照符号を付したものは同一部分または相当部分を示すものとする。
【0017】
<<表面被覆窒化硼素焼結体工具>>
本実施の形態の被覆cBN工具は少なくとも切れ刃部分に、cBN焼結体と、該cBN焼結体の表面上に形成された被膜とを備えている。後述するように、該被膜が、粒径の大きな柱状晶を含むA層と、粒径の小さな柱状晶を含むB層とが積層された構造を有することにより、焼結合金、難削鋳鉄、焼入鋼などの加工において長期にわたって高い寸法精度を維持することができる、すなわち面粗度寿命が長いという優れた効果を有する。そして、とりわけ切削液を用いた湿式切削において、従来の切削工具に比し、顕著に長い面粗度寿命を有することができる。
【0018】
ここで、湿式切削における境界摩耗は次のようにして進行すると考えられる。(a)加工中に切削液(クーラントとも呼ばれる)が不連続に刃先にあたるため、刃先では摩擦熱による温度上昇と、切削液による冷却(温度降下)が繰り返される。刃先がこのような熱履歴を経ることにより、被膜表面からcBN焼結体に至るクラックが発生する。(b)このクラックとアブレシブ摩耗とが相俟って急激に境界摩耗が進展する。
【0019】
本実施の形態の被覆cBN工具が、湿式切削において優れた面粗度寿命を示すメカニズムの詳細は不明であるが、本発明者はその理由を、粒径の大きな柱状晶を含むA層がアブレシブ摩耗を抑制するとともに、粒径の小さな柱状晶を含むB層がクラックの発生と伝搬を抑制するためであると推定している。以下、本実施の形態の被覆cBN工具を構成する各部について説明する。
【0020】
<cBN焼結体>
本実施の形態のcBN焼結体は、被覆cBN工具の切れ刃部分のうち当該工具の基材を構成するものであり、cBN粒子を30体積%以上80体積%以下で含み、さらに残部として結合相を含む。
【0021】
ここで、結合相は、周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素の窒化物、炭化物、硼化物、酸化物ならびにこれらの固溶体からなる群の中から選択された少なくとも1種の化合物とアルミニウム化合物と不可避不純物とを含むものである。該結合相は焼結体組織中においてcBN粒子同士を互いに結合している。cBN粒子が30体積%以上含まれることにより、工具の基材であるcBN焼結体の耐摩耗性の低下を防止することができる。また、cBN粒子が80体積%以下含まれることにより、焼結体組織中において、強度、靭性に優れるcBN粒子が骨格構造の役割を担い、cBN焼結体の耐欠損性を確保することができる。
【0022】
なお、本明細書において、cBN粒子の体積含有率は次に示す方法によって測定するものとする。すなわち、cBN焼結体を鏡面研磨し、任意の領域のcBN焼結体組織の反射電子像を、電子顕微鏡を用いて2000倍の倍率で観察する。このとき、cBN粒子は黒色領域となり、結合相は灰色領域または白色領域となって観察される。観察視野画像において、cBN粒子領域と結合相領域とを画像処理により2値化し、cBN粒子領域の占有面積を計測する。そして、該占有面積を次の式に代入することによりcBN粒子の体積含有率を算出する
(cBN粒子の体積含有率)=(cBN粒子の占有面積)÷(視野画像におけるcBN焼結体組織の面積)×100。
【0023】
かかるcBN粒子の体積含有率は50体積%以上65体積%以下であることが好ましい。cBN粒子の体積含有率が50体積%以上であることにより、被覆cBN工具において耐摩耗性と耐欠損性とのバランスが優れる傾向にある。また、cBN粒子の体積含有率が65体積%以下であることにより、結合相が適度に分布することとなるため、結合相によるcBN粒子同士の接合強度が高まる傾向にある。
【0024】
また、cBN焼結体と被膜との界面では、cBN粒子が結合相よりも被膜側に突出した形状を有することが好ましい。これにより、cBN焼結体と被膜との密着性を高めることができる。また、cBN粒子と結合相との段差は0.05μm以上1.0μm以下であることが好ましい。該段差が0.05μm以上であることによりアンカー効果を得ることができる。また、1.0μm以下であることにより焼結体からのcBN粒子の脱落を有効に防止することができる。ここで、該段差はより好ましくは0.1μm以上0.5μm以下であり、段差が当該範囲を占めることにより、上記のアンカー効果および脱落防止効果をより一層高めることができる。なお、本明細書において上記段差は後述する被膜全体の厚さ等の測定方法と同一の方法によって測定するものとする。
【0025】
また、cBN焼結体におけるcBN粒子の体積含有率は、cBN焼結体と被膜との界面からcBN焼結体の内側へ向かうにつれて高くなることが好ましい。このような態様とすることにより、cBN焼結体と被膜との界面では、結合相の体積含有率がcBN粒子よりも高くなるため、cBN焼結体と被膜との密着性を高めることができる。他方、cBN焼結体の内部では、cBN粒子の体積含有率が結合相の体積含有率よりも高いため、cBN焼結体の耐欠損性を向上させることができる。たとえば、cBN粒子の体積含有率を、被膜との界面側(すなわち、cBN焼結体と被膜との界面からcBN焼結体側へ向かって0μm以上20μm以下離れた領域)では40体積%とし、cBN焼結体の厚さ方向中央付近(すなわち、cBN焼結体と被膜との界面からcBN焼結体の内側へ向かって20μmを超えて100μm以下離れた領域)では60体積%とすることができる。
【0026】
さらに、cBN粒子の粒径は、cBN焼結体と被膜との界面からcBN焼結体の内側へ向かうにつれて大きくなることが好ましい。このような態様とすることにより、cBN焼結体と被膜との界面では、cBN粒子の粒径が小さいため、cBN焼結体と被膜との密着性を高めることができる。他方、cBN焼結体の内部ではcBN粒子の粒径が大きいため靭性を高めることができる。たとえば、cBN粒子の粒径は、cBN焼結体と被膜との界面からcBN焼結体の内側へ向かって0μm以上20μm以下離れた領域では0.1μm以上1μm以下とし、cBN焼結体と被膜との界面からcBN焼結体の内側へ向かって20μmを超えて300μm以下離れた領域では2μm以上10μm以下とすることができる。
【0027】
なお、本明細書において、cBN粒子の粒径は次の方法によって測定するものとする。すなわち、cBN粒子の体積含有率を求める際に得られたcBN焼結体組織の反射電子像において、cBN粒子に外接する円の直径(すなわち外接円相当径)を測定し、該直径をcBN粒子の粒径とするものとする。
【0028】
また、本実施の形態において、cBN焼結体は、被覆cBN工具の切れ刃部分に設けられていればよい。すなわち、被覆cBN工具の基材は、cBN焼結体からなる切れ刃部分と、cBN焼結体とは異なる材料(たとえば超硬合金)からなる基材本体とを含んでいてもよい。この場合、cBN焼結体からなる切れ刃部分はロウ材等を介して基材本体に接着されていることが好ましい。ロウ材は接合強度や融点を考慮し適宜選択すればよい。なお、cBN焼結体は、被覆cBN工具の基材全体を構成していてもよい。
【0029】
<被膜>
本実施の形態の被膜はA層とB層とを含むものである。本実施の形態において、被膜は上記のA層とB層とを含む限り、A層とB層以外に他の層を含むことができ、他の層を含んでいたとしても本発明の効果は示される。ここで他の層としては、たとえば後述するA層とB層との間に設けられるC層や、最下層であるD層等を挙げることができる。ただし、他の層はこれらに限られるものではなく、これら以外の層を含んでいたとしても、本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0030】
本実施の形態において被膜全体の厚さは0.3μm以上15μm以下である。被膜の厚さが0.3μm以上であることにより、被膜の厚さが薄いことに起因する被覆cBN工具の耐摩耗性の低下を防止することができる。また、被膜全体の厚さが15μm以下であることにより、切削初期における被膜の耐チッピング性を高めることができる。被膜全体の厚さは、より好ましくは1.5μm以上15μm以下である。
【0031】
なお、本明細書において、被膜および後述する各層の厚さ、ならびに積層数は、いずれも被覆cBN工具を切断し、該断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)または透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)で観察することにより測定されたものである。また、被膜を構成する各層の組成は、SEMまたはTEM付帯のエネルギー分散型X線分析装置(EDX:Energy Dispersive X-ray spectroscopy)により測定されたものである。ここで、断面観察用のサンプルは、たとえば、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)などを用いて作製することができる。
【0032】
また、本実施の形態において、被膜は被覆cBN工具の切れ刃部分のみに設けられていればよく、切れ刃部分とは異なる部分の一部において設けられていなくてもよいし、被覆cBN工具の基材の表面全面を被覆していてもよい。また、切れ刃とは異なる部分において、被膜の一部の積層構成が部分的に異なっていてもよい。
【0033】
<A層>
本実施の形態においてA層は柱状晶から構成され、MLaza1(Mは周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、LaはB、C、NおよびOの1種以上を表わし、za1は0.85以上1.0以下である)を含み、該柱状晶の粒径Waは10nm以上400nm以下である。このようにA層が、特定組成の、比較的粒径の大きな柱状晶から構成されることにより、湿式切削においてアブレシブ摩耗を効果的に抑制することができる。
【0034】
ここで、A層(または後述するB層)が柱状晶から構成されていることは、被覆cBN工具を切断し、該断面をTEMで観察することにより確認することができる。すなわち、被膜断面をTEMで観察し、結晶粒のアスペクト比(結晶粒の長径と短径の比(長径÷短径))から、各層が柱状晶から構成されるか否かを判別する。本明細書においては、アスペクト比が1.5以上であるものを「柱状晶」とし、アスペクト比が1.5未満であるものを「粒状晶」とするものとする。なお、「層が柱状晶から構成される」とは、当該層の結晶組織が主として柱状晶を含むことを示すものであり、必ずしも全ての結晶粒が一様に柱状晶であることを示すものではない。したがって、当該層は一部に粒状晶を含んでいてもよい。
【0035】
また、本明細書において「柱状晶の粒径」とは、柱状晶の短径(直径)を意味する。そして「柱状晶の粒径」は次のようにして測定するものとする。まず被覆cBN工具を切断し、測定対象とする層の断面をTEMを用いて20000倍〜1000000倍の倍率で観察する。この際、観察視野中に少なくとも20個の結晶粒(柱状晶)が含まれるように倍率を調整することが好ましい。次に観察視野中、無作為に選んだ10個の柱状晶について、柱状晶の伸長する方向に対して垂直な幅(短径)のうち、最大幅(最大径)を計測する。そして、このようにして得られた計測値のうち、最大値と最小値を除いた計測値の算術平均値を「柱状晶の粒径」とする。
【0036】
なお本実施の形態における柱状晶の大部分は、cBN焼結体(基材)の表面に対して略垂直方向(すなわち被膜の厚さ方向)に伸長する結晶配向性を有するものである。しかし、柱状晶は上記断面において、必ずしも一定方向に配向しているわけではなく、ランダムに配向している場合もある。また、柱状晶の伸長方向と切断面の方位関係も一定には限られない。しかし、前述の測定方法を採用することにより、結晶の配向性等が適度に平均化されるため、算出された「粒径」は測定対象とした結晶組織の代表値として扱うことができる。
【0037】
ここで、A層に含まれる柱状晶の粒径Waは、より好ましくは50nm以上300nm以下であり、さらに好ましくは150nm以上250nm以下である。粒径Waが該範囲を占めることにより、アブレシブ摩耗をより一層効果的に抑制することができる。
【0038】
かかるA層は、(Ti1-xaMaxa)(C1-za2za2)(MaはTiを除く周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、xaは0以上0.7以下であり、za2は0以上1以下である)を含むことがより好ましい。このように、A層がTiを含むことにより、A層は切削加工時に滑らかに摩耗する。換言すれば、A層は、剥離、割れまたはチッピングを伴うことなく摩耗することができる。したがって、被覆cBN工具の耐クレータ摩耗性または耐逃げ面摩耗性などを高めることができる。ここで、上記xaは0以上0.3以下であることがより好ましい。xaが該範囲を占めることにより、上記の効果をより一層高めることができる。なお、A層が、(Ti1-xa(1)-xa(2)Ma(1)xa(1)Ma(2)xa(2))(C1-za2za2)を含む場合には、xa(1)とxa(2)との和は、好ましくは0以上0.7以下であり、より好ましくは0以上0.3以下である。このことは、後述するB層、C層およびD層においても同様に適用されるものとする。
【0039】
本実施の形態において、A層では、上記Nの組成(za2)がcBN焼結体側から当該A層の表面側に向かってステップ状または傾斜状に変化することが好ましい。たとえば、A層のcBN焼結体側においてNの組成が大きい場合、耐欠損性および耐剥離性が高まる傾向にある。また、たとえば、A層の表面側においてNの組成が小さい場合は、摩耗時におけるA層の剥離、割れまたはチッピング等を防止することができる。ここで、「Nの組成がcBN焼結体側からA層の表面側へ向かってステップ状に変化する」とは、Nの組成がcBN焼結体側からA層の表面側に向かって不連続に減少または増加することを示し、たとえば、Nの組成が互いに異なる2以上の層を積層することにより得られる構成である。また、「Nの組成がcBN焼結体側からA層の表面側へ向かって傾斜状に変化する」とは、Nの組成がcBN焼結体側からA層の表面側へ向かって連続的に減少または増加することを示し、たとえば、アークイオンプレーティング法によってA層を成膜する際にNの原料ガスとCの原料ガスとの流量比を連続的に変化させることにより得られる構成である。
【0040】
さらに、A層は、当該A層の表面側にcBN焼結体側よりもCの組成の大きな領域を有することが好ましい。これにより、A層のcBN焼結体側では耐欠損性および耐剥離性が高まるとともに、A層の表面側では摩耗時におけるA層の剥離、割れまたはチッピング等を効果的に防止することができる。ここで、A層のcBN焼結体側とは、cBN焼結体の最も近くに位置するA層の面からA層の内部に向かって0μm以上0.1μm以下離れた領域を示すものとする。また、A層の表面側とは、A層のcBN焼結体側とは異なる部分を示すものとする。
【0041】
本実施の形態のA層の厚さは0.2μm以上10μm以下である。A層の厚さが0.2μm以上であることにより、被覆cBN工具の耐クレータ摩耗性または耐逃げ面摩耗性などが高まる傾向にある。A層の厚さが10μmを超えると、耐クレータ摩耗性または耐逃げ面摩耗性などを高めることが難しい場合もある。したがって、A層の厚さは10μm以下であることを要する。なお、A層の厚さはより好ましくは1μm以上3μm以下である。
【0042】
また、本実施の形態において、A層は後述するB層よりも被覆cBN工具の表面側に設けられていることが好ましい。これにより、A層が滑らかに摩耗してクラックの発生を抑制することができる。また、クラックが発生した場合であっても、B層によって、発生したクラックが基材側に伝搬することを防止することができる。
【0043】
<B層>
本実施の形態において、B層は柱状晶から構成され、組成の異なる2種以上の化合物層が交互にそれぞれ1つ以上積層されてなる。このようなB層としては、たとえば、それぞれ柱状晶を含む2種以上の化合物層が交互に積層された態様を挙げることができるが、このような場合、隣接する化合物層の間で、一の化合物層に含まれる柱状晶と、別の化合物層に含まれる柱状晶とが一体化し、それぞれ別の結晶粒として区別し得ない状態となっていることもある。すなわち、B層は、2種以上の化合物層を含む柱状晶から構成される場合もある。
【0044】
なお、以下では、B層として、B1化合物層とB2化合物層とが交互にそれぞれ1つ以上積層された構成を挙げるが、本実施の形態のB層は、B1化合物層とB2化合物層とを含む限り、B1化合物層およびB2化合物層以外に他の層を含んでいても何ら差し支えなく、本発明の効果は示される。また、B層の厚さは0.05μm以上5μm以下である。
【0045】
<B1化合物層>
B層を構成するB1化合物層は、(Ti1-xb1-yb1Sixb1M1yb1)(C1-zb1zb1)(M1はTiを除く周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素ならびにAlの1種以上を表わし、xb1は0.01以上0.25以下であり、yb1は0以上0.7以下であり、zb1は0.4以上1以下である)を含む。ここで、B1化合物層の厚さは0.5nm以上300nm以下である。
【0046】
<B2化合物層>
B1化合物層とともに、B層を構成するB2化合物層は(Al1-xb2M2xb2)(C1-zb2zb2)(M2は周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素ならびにSiの1種以上を表わし、xb2は0.2以上0.7以下であり、zb2は0.4以上1以下である)を含む。ここで、M2は、TiおよびCrの少なくとも1つを表わすことが好ましい。B2化合物層がAlとTiおよびCrの少なくとも1つとを含むことにより、B2化合物層に耐摩耗性と耐熱性とを兼ね備えた高靭性層としての機能が付与される。
【0047】
さらに、M2の組成xb2は、好ましくは0.25以上0.5以下であり、より好ましくは0.25以上0.4以下である。また、B2化合物層の厚さは、0.5nm以上300nm以下である。
【0048】
ここで、B層に含まれる各層の厚さは、30nm未満とすることができる。上記のような組成を有するB1化合物層またはB2化合物層の全部または一部が30nm未満の厚さとなることにより、当該部分において強度と靭性とが高められ、クラックの進展を抑制することができる。
【0049】
本実施の形態において、B1化合物層の平均厚さt1とB2化合物層の平均厚さt2との比であるt2/t1が、0.5<t2/t1≦10.0となる関係を満たすことが好ましい。ここで、本明細書において、B1化合物層の平均厚さt1は、次の計算式を用いて求められたものである(なお、B2化合物層の平均厚さt2も同様である)。
(B1化合物層の平均厚さt1)=(B1化合物層の厚さの合計)÷(B1化合物層の層数)。
【0050】
また、B1化合物層の厚さを測定することが困難である場合には、次の計算式を用いてB1化合物層の平均厚さt1を求めることもできる(B2化合物層の平均厚さt2についても同様である)。
(B1化合物層の平均厚さt1)=(B1化合物層のみを積層して形成されたB層の厚さ)÷(B1化合物層の積層数)。
【0051】
上記t2/t1が0.5<t2/t1≦10.0となる関係を満たすことにより、被覆cBN工具において耐境界摩耗性などが顕著に高まる。よって、たとえば断続切削のように、繰り返し衝撃や振動が加わる過酷な使用条件であっても、十分な面粗度寿命を示すことができる。ここで、t2/t1はより好ましくは1.6<t2/t1≦5.0となる関係を満たし、さらに好ましくは3.0<t2/t1≦4.0となる関係を満たす。
【0052】
本実施の形態において、B層(すなわち、B1化合物層およびB2化合物層)に含まれる柱状晶の粒径Wbは5nm以上70nm以下である。このように、比較的粒径の小さな柱状晶から構成されることにより、熱衝撃によるクラックの発生と進展を効果的に抑制することができる。ここで、粒径Wbは、より好ましくは7nm以上40nm以下であり、さらに好ましくは15nm以上30nm以下である。粒径Wbが該範囲を占めることによりクラックの発生と進展をより一層効果的に抑制することができる。
【0053】
さらに、本実施の形態において、上述のA層に含まれる柱状晶の粒径Waと、B層に含まれる柱状晶の粒径Wbとが、1<Wa/Wb≦30の関係を満たすことが好ましい。粒径の比がこのような特定関係を満たすことにより、クラックの進展を抑止する効果をさらに高めることができる。ここで、前述の効果が得られやすいとの観点から、WaとWbとの関係は、より好ましくは1<Wa/Wb<10であり、特に好ましくは1<Wa/Wb<4である。
【0054】
なお、B層の最下層は、B1化合物層であってもよいし、B2化合物層であってもよい。また、B層の最上層は、B1化合物層であってもよいし、B2化合物層であってもよい。
【0055】
<C層>
本実施の形態の被膜は、A層とB層との間に設けられたC層をさらに含むことが好ましい。かかるC層はMcLczc(Mcは周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、LcはB、C、NおよびOの1種以上を表わし、zcは0以上0.85以下である)を含むことが好ましい。C層を設けることにより、特性および組織の異なるA層とB層とを強固に密着させることができる。さらに、A層がB層よりも表面側に設けられている場合には、A層の摩耗に伴う損傷およびA層で発生したクラックが基材側へ伝搬することをC層で遮ることができる。
【0056】
また、C層の厚さは0.005μm以上0.5μm以下であることが好ましい。C層の厚さが0.005以上であることにより、A層とB層との密着性を高めることができる。また、C層の厚さが0.5μm以下であることにより、C層によって被膜の厚さが過度に大きくなることがない。ここで、C層の厚さはより好ましくは0.01μm以上0.2μm以下である。
【0057】
上記McLczcにおいて、Lcの組成zcは0よりも大きく0.7未満であることが好ましい。zcが0より大きいことにより、C層の耐熱性および化学的な耐摩耗性を高めることができ、A層で発生したクラックが基材側へ伝搬することを遮ることができる。なお、zcはより好ましくは0.2以上0.5以下である。
【0058】
また、C層は、A層およびB層を構成する元素の少なくとも1種以上を含むことが好ましい。このようにC層がA層と共通する元素を含むことにより、C層とA層との密着性を高めることができる。また、C層がB層と共通する元素を含むことにより、C層とB層との密着性を高めることができる。そして、C層が、A層およびB層のそれぞれのうちC層側に位置する部分を構成する元素の少なくとも1種以上を含む場合は、密着性がさらに高まる傾向にあり好適である。
【0059】
また、さらに、C層は上記McLczcを含む粒状晶から構成され、該粒状晶の粒径Wcは5nm以上300nm以下であることが好ましく、さらにWb<Wc<Waとなる関係を満たすことがより好ましい。このように、C層の結晶組織が粒状晶からなり、かつその粒径がA層の粒径とB層の粒径との中間の値であることにより、A層とB層との密着性が高まるとともに、クラックの伝搬を抑制しやすくなる傾向にある。なお、粒径Wcは、より好ましくは10nm以上200nm以下であり、さらに好ましくは50nm以上120nm以下である。粒径Wcが該範囲を占めることにより、A層とB層との密着性をさらに高めることができる。
【0060】
ここで、C層が粒状晶から構成されることは、被覆cBN工具を切断し、該断面をTEMで観察することにより確認することができる。前述のように、被膜断面をTEMで観察した際、アスペクト比が1.5未満である結晶粒が「粒状晶」である。また、「層が粒状晶から構成される」とは、当該層の結晶組織が主として粒状晶を含むことを示すものであり、必ずしも全ての結晶粒が一様に粒状晶であることを示すものではない。したがって、当該層は一部に柱状晶を含んでいてもよい。
【0061】
また、本明細書において「粒状晶の粒径」は次のようにして測定するものとする。まず被覆cBN工具を切断し、測定対象とする層の断面をTEMを用いて20000倍〜1000000倍の倍率で観察する。この際、観察視野中に少なくとも20個の結晶粒(粒状晶)が含まれるように倍率を調整することが好ましい。次に観察視野中、無作為に選んだ10個の粒状晶について、外接円相当径を計測する。そして、このようにして得られた計測値のうち、最大値と最小値を除いた計測値の算術平均値を「粒状晶の粒径」とする。
【0062】
<D層>
本実施の形態の被膜は、基材とB層との間に設けられたD層をさらに含むことが好ましい。かかるD層はMdLdzd(Mdは周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素、AlならびにSiの1種以上を表わし、LdはB、C、NおよびOの1種以上を表わし、zdは0.85以上1.0以下である)を含むことが好ましい。このようなD層はcBN焼結体との密着性に優れる。したがって、被膜がD層を含むことにより、被膜とcBN焼結体との密着性を高めることができる。なお、より好ましくは、LdはNである。
【0063】
ここで、D層は(Al1-xdMd2xd)Ldzd(Md2は、周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素ならびにSiの1種以上を表わし、xdは0.25以上0.45以下である)を含むことがより好ましい。このようにD層がAlを含むことにより、被膜とcBN焼結体との密着性がより一層高まる傾向にあるため好適である。なお、より好ましくは、Md2はTi、CrおよびVの少なくとも1種以上である。
【0064】
また、D層の厚さは0.05μm以上1μm以下であることが好ましい。D層の厚さが0.05μm以上であることにより、被膜とcBN焼結体との密着性を高めることができる。また、D層の厚さが1μm以下であることにより、D層によって被膜の厚さが過度に大きくなることがない。ここで、D層の厚さはより好ましくは0.1μm以上0.5μm以下である。
【0065】
<<被覆cBN工具の製造方法>>
本実施の形態にかかる被覆cBN工具の製造方法は、たとえば、少なくとも切れ刃部分にcBN焼結体を有する基材を準備する工程と、cBN焼結体上に被膜を形成する工程とを含むものである。
【0066】
<基材を準備する工程>
本実施の形態の基材は、基材本体とcBN焼結体からなる基材とを接合することにより製造することができる。基材本体の材料としては、たとえば超硬合金を用いることができる。このような基材本体は、たとえば従来公知の焼結法および成形法により製造することができる。また、cBN焼結体からなる基材は、たとえばcBN粒子と結合相の原料粉末とからなる混合物を高温高圧下で焼結させることにより製造することができる。そして、基材本体の適切な部位に、cBN焼結体からなる基材を従来公知のロウ材で接合し、所定の形状に研削加工することにより、基材を製造することができる。なお、基材全体をcBN焼結体から構成することも当然可能である。
【0067】
<被膜を形成する工程>
上記のようにして得られた基材に被膜を形成することにより被覆cBN工具を製造することができる。ここで、被膜を形成する工程は、アークイオンプレーティング法(真空アーク放電を利用して固体材料を蒸発させるイオンプレーティング法)またはスパッタリング法により被膜を形成する工程を含むことが好ましい。アークイオンプレーティング法では、被膜を構成することになる金属種を含む金属蒸発源とCH4、N2またはO2等の反応ガスとを用いて被膜を形成することができる。なお、被膜を形成する条件としては従来公知の条件を採用することができる。また、スパッタリング法では、被膜を構成することになる金属種を含む金属蒸発源と、CH4、N2またはO2等の反応ガスと、Ar、Kr、Xe等のスパッタガスとを用いて被膜を形成することができる。なお、この場合も被膜を形成する条件としては従来公知の条件を採用することができる。
【実施例】
【0068】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0069】
<<被覆cBN工具の製造>>
図1は、実施例における被覆cBN工具の構成の一例を示す断面図である。また図2は、実施例における被覆cBN工具の要部の構成の一例を示す断面図である。
【0070】
<cBN焼結体の製造>
以下のようにして表1に示す組成を有するcBN焼結体A〜Iを製造した。なお、表1中「X線検出化合物」の欄に示す化合物は、cBN焼結体の断面または表面をX線回折(XRD:X‐ray diffraction)装置によって定性分析した際に検出された化合物である。
【0071】
(cBN焼結体Aの製造)
まず、原子比でTi:N=1:0.6となるように平均粒径1μmのTiN粉末と平均粒径が3μmのTi粉末とを混合することにより混合物を得た。該混合物を真空中1200℃で30分間熱処理してから粉砕した。これによりTiN0.6からなる金属間化合物粉末を得た。
【0072】
次に、質量比でTiN0.6:Al=90:10となるように、TiN0.6からなる金属間化合物粉末と平均粒径が4μmのAl粉末とを混合することにより混合物を得た。該混合物を真空中1000℃で30分間熱処理した。熱処理により得られた化合物を、直径が6mmの超硬合金製ボールメディアを用いて、ボールミル粉砕法により均一に粉砕した。これにより、結合相の原料粉末を得た。
【0073】
続いて、cBN焼結体におけるcBN粒子の含有率が30体積%となるように平均粒径が1.5μmのcBN粒子と結合相の原料粉末とを配合し、直径が3mmの窒化硼素製ボールメディアを用いて、ボールミル混合法により均一に混合して粉末状の混合物を得た。そして、該混合物を超硬合金製支持基板に積層してからMo製カプセルに充填した。次いで、超高圧装置を用いて、圧力5.5GPa、温度1300℃で30分間焼結した。これによりcBN焼結体Aを得た。
【0074】
(cBN焼結体B〜Gの製造)
表1に示すように、cBN粒子の体積含有率および平均粒径を変更する以外は、cBN焼結体Aと同様にして、cBN焼結体B〜Gを得た。
【0075】
(cBN焼結体Hの製造)
まず、原子比でTi:C:N=1:0.3:0.3となるように平均粒径1μmのTiCN粉末と平均粒径が3μmのTi粉末とを混合することにより混合物を得た。該混合物を真空中1200℃で30分間熱処理してから粉砕した。これによりTiC0.30.3からなる金属間化合物粉末を得た。
【0076】
次に、質量比でTiC0.30.3:Al=90:10となるように、TiC0.30.3からなる金属間化合物粉末と平均粒径が4μmのAl粉末とを混合することにより混合物を得た。該混合物を真空中1000℃で30分間熱処理した。熱処理により得られた化合物を、直径が6mmの超硬合金製ボールメディアを用いて、ボールミル粉砕法により均一に粉砕した。これにより、結合相の原料粉末を得た。そして、該結合相の原料粉末を用い、表1に示すように、cBN粒子の体積含有率および平均粒径を変更する以外は、cBN焼結体Aと同様にして、cBN焼結体Hを得た。
【0077】
(cBN焼結体Iの製造)
まず、原子比でTi:C=1:0.6となるように平均粒径1μmのTiC粉末と平均粒径が3μmのTi粉末とを混合することにより混合物を得た。該混合物を真空中1200℃で30分間熱処理してから粉砕した。これによりTiC0.6からなる金属間化合物粉末を得た。
【0078】
次に、質量比でTiC0.6:Al=90:10となるように、TiC0.6からなる金属間化合物粉末と平均粒径が4μmのAl粉末とを混合することにより混合物を得た。該混合物を真空中1000℃で30分間熱処理した。熱処理により得られた化合物を、直径が6mmの超硬合金製ボールメディアを用いて、ボールミル粉砕法により均一に粉砕した。これにより、結合相の原料粉末を得た。そして、該結合相の原料粉末を用い、表1に示すように、cBN粒子の体積含有率および平均粒径を変更する以外は、cBN焼結体Aと同様にして、cBN焼結体Iを得た。
【0079】
【表1】
【0080】
<試料1の製造>
以下のようにして試料1に係る被覆cBN工具を製造した。
【0081】
<基材の形成>
形状がISO規格のDNGA150408であり、超硬合金材料(K10相当)からなる基材本体を準備した。該基材本体の刃先(コーナ部分)に上記のcBN焼結体A(形状:頂角が55°であり当該頂角を挟む両辺がそれぞれ2mmである二等辺三角形を底面とし、厚さが2mmの三角柱状のもの)を接合した。なお接合には、Ti−Zr−Cuからなるロウ材を用いた。次いで、接合体の外周面、上面および下面を研削し、刃先にネガランド形状(ネガランド幅が150μmであり、ネガランド角が25°)を形成した。このようにして、切れ刃部分がcBN焼結体Aからなる基材3を得た。
【0082】
<被膜の形成>
(成膜装置)
ここで、以降の工程において、被膜の形成に用いる成膜装置について説明する。当該成膜装置には真空ポンプが接続されており、装置内部に真空引き可能な真空チャンバーを有している。真空チャンバー内には、回転テーブルが設置されており、該回転テーブルは治具を介して基材がセットできるように構成されている。真空チャンバー内にセットされた基材は、真空チャンバー内に設置されているヒーターにより加熱することができる。また、真空チャンバーにはエッチングおよび成膜用のガスを導入するためのガス配管が、流量制御用のマスフローコントローラ(MFC:Mass Flow Controller)を介して、接続されている。さらに、真空チャンバー内には、エッチング用のArイオンを発生させるためのタングステンフィラメント、必要な電源が接続された成膜用のアーク蒸発源もしくはスパッタ源が配置されている。そして、アーク蒸発源もしくはスパッタ源には、成膜に必要な蒸発源原料(ターゲット)がセットされている。
【0083】
(基材のエッチング)
上記のようにして得られた基材3を、成膜装置の真空チャンバー内にセットし、チャンバー内の真空引きを行なった。その後、回転テーブルを3rpmで回転させながら基材3を500℃に加熱した。次いで、真空チャンバー内にArガスを導入し、タングステンフィラメントを放電させてArイオンを発生させ、基材3にバイアス電圧を印加し、Arイオンにより基材3のエッチングを行なった。なお、このときのエッチング条件は次のとおりである
Arガスの圧力 :1Pa
基板バイアス電圧:−500V。
【0084】
(D層の形成)
次に、上記の成膜装置内でD層20を基材3上に形成した。具体的には次に示す条件で厚さ0.1μmとなるように蒸着時間を調整してD層を形成した
ターゲット :Al(70原子%)、Ti(30原子%)
導入ガス :N2
成膜圧力 :3Pa
アーク放電電流 :120A
基板バイアス電圧:−50V
テーブル回転数 :3rpm。
【0085】
(B層の形成)
D層20に続いて、上記の成膜装置内でD層20の上にB層30を形成した。具体的には、以下に示す条件で、B1化合物層31とB2化合物層32とをそれぞれ交互に100回ずつ繰り返して形成することにより、合計層数が200層であり、厚さ1.0μmのB層30を形成した。B層の形成においては、B1化合物層のアーク蒸着源とB2化合物層のアーク蒸着源とを同時に点弧し、回転テーブルのテーブル回転数を調整することにより、B1化合物層31の厚さを4nm、B2化合物層32の厚さを6nmとした。なお、試料1において、B層の最下層はB1化合物層31であり、最上層はB2化合物層32である。
【0086】
(B1化合物層の形成)
B1化合物層は次に示す条件で形成した
ターゲット :Ti(80原子%)、Si(20原子%)
導入ガス :N2
成膜圧力 :3Pa
アーク放電電流 :120A
基板バイアス電圧:−50V。
【0087】
(B2化合物層の形成)
B2化合物層は次に示す条件で形成した
ターゲット :Al(70原子%)、Ti(30原子%)
導入ガス :N2
成膜圧力 :3Pa
アーク放電電流 :160A
基板バイアス電圧:−50V。
【0088】
(A層の形成)
B層30を形成した後、次に示す条件でB層30の上にA層50を形成した。このとき、導入ガス(N2およびCH4)の流量はA層50においてC:N=3:7となるように調整した。そして、蒸着時間を調整することにより、厚さ0.1μmのA層を形成した
ターゲット :Ti
導入ガス :N2、CH4
成膜圧力 :2Pa
アーク放電電流 :130A
基板バイアス電圧:−450V
テーブル回転数 :3rpm。
【0089】
以上のようにして、基材3の上に、D層20とB層30とA層50とがこの順で積層されてなる被膜10を備えた、試料1に係る被覆cBN工具を得た。
【0090】
<試料2〜6の製造>
蒸着時間を調整することにより、表2に示すように、各試料においてA層の厚さを変化させる以外は、試料1と同様にして試料2〜6に係る被覆cBN工具を得た。
【0091】
<試料7〜52の製造>
表2および3に示すように、cBN焼結体A〜Iを使用して、試料7〜52に係る被覆cBN工具を製造した。表2および3中、左端列に「*」が付された試料が実施例に係る被覆cBN工具である。
【0092】
これらの試料においては、表2および3に示す各層が得られるように、次に示す成膜条件の範囲内で適宜調整を行ない、被膜を形成した。
【0093】
(成膜条件)
ターゲット :表2および3の各層の組成の欄に示す金属元素
導入ガス :Ar、N2およびCH4から1種以上を適宜選択
成膜圧力 :0.1〜7Pa
アーク放電電流 :60〜300A
基板バイアス電圧:−700〜−25V
テーブル回転数 :2〜10rpm。
【0094】
【表2】
【0095】
【表3】
【0096】
<試料7〜13の製造>
cBN焼結体Dを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2および3に示す構成のD層およびB層をこの順で該基材上に積層した。
【0097】
(試料7:A層の形成:Ti0.9Si0.1CN*
試料7では、厚さ方向(基材側から被膜表面へ向かう方向)にCおよびNの組成がステップ状または傾斜状に変化するTi0.9Si0.1CN層を含むA層を、B層の上に積層した。表2中、当該A層の組成を、便宜上「Ti0.9Si0.1CN*」と記している。当該A層の具体的な構成を表4に示す。また、当該A層は次のようにして形成した。
【0098】
まず、導入ガスとしてN2のみを使用し、成膜圧力を1.8Paとして、Ti0.9Si0.1N層を0.2μm形成した。次に、導入ガス中のCH4の流量を徐々に増加させながら、組成がTi0.9Si0.1NからTi0.9Si0.10.30.7へ傾斜状に変化する層を0.5μm形成した。その後、さらにCH4の流量を増加させながら、組成がTi0.9Si0.10.30.7からTi0.9Si0.10.50.5へ傾斜状に変化する層を0.3μm形成した。続いて、N2とCH4流量比を固定して、Ti0.9Si0.10.50.5層を0.5μm形成し、再び導入ガスをN2のみに戻してTi0.9Si0.1N層を0.2μm形成した。
【0099】
【表4】
【0100】
(試料8:A層の形成:Ti0.95Si0.05CN*
試料8では、厚さ方向(基材側から被膜表面へ向かう方向)にCおよびNの組成がステップ状または傾斜状に変化するTi0.95Si0.05CN層を含むA層を、B層の上に積層した。表2中、当該A層の組成を、便宜上「Ti0.95Si0.05CN*」と記している。当該A層の具体的な構成を表4に示す。また、当該A層は上記試料7のA層の形成において、A層の金属元素の組成をTi:Si=0.9:0.1からTi:Si=0.95:0.05とする以外は、試料7のA層と同様にして形成した。
【0101】
(試料9:A層の形成:Ti0.99Si0.01CN*
試料9では、厚さ方向(基材側から被膜表面へ向かう方向)にCおよびNの組成がステップ状または傾斜状に変化するTi0.99Si0.01CN層を含むA層を、B層の上に積層した。表2中、当該A層の組成を、便宜上「Ti0.99Si0.01CN*」と記している。当該A層の具体的な構成を表4に示す。また、当該A層は上記試料7のA層の形成において、A層の金属元素の組成をTi:Si=0.9:0.1からTi:Si=0.99:0.01とする以外は、試料7のA層と同様にして形成した。
【0102】
(試料10〜13:A層の形成:TiCN*1
試料10〜13では、厚さ方向(基材側から被膜表面へ向かう方向)にCおよびNの組成がステップ状または傾斜状に変化するTiCN層を含むA層を、B層の上に積層した。表2中、当該A層の組成を、便宜上「TiCN*1」と記している。当該A層の具体的な構成を表5に示す。また、当該A層は上記試料7のA層の形成において、A層の金属元素の組成をTiのみとし、A層形成時の基材の加熱温度を変化させる以外は、試料7のA層と同様にして形成した。ここで、基材の加熱温度は試料10においては試料7と同様に500℃とし、試料11は600℃、試料12は650℃、試料13では700℃とした。
【0103】
以上のようにして、試料7〜13に係る被覆cBN工具を得た。
【0104】
【表5】
【0105】
<試料14の製造>
cBN焼結体Bを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2に示す構成のD層を該基材上に形成した。
【0106】
(B層の形成)
続いて、次に示す条件で、B1化合物層とB2化合物層とを交互に3回ずつ繰り返して形成することにより、合計層数が6層であり、合計厚さ1.1μmのB層を、D層の上に積層した。
【0107】
(B1化合物層の形成)
B1化合物層は次に示す条件で、蒸着時間を調整することにより、1層の厚さが120nmとなるように形成した
ターゲット :Ti
導入ガス :N2
成膜圧力 :3.5Pa
アーク放電電流 :140A
基板バイアス電圧:−35V。
【0108】
(B2化合物層の形成)
B2化合物層は次に示す条件で、蒸着時間を調整することにより、1層の厚さが240nmとなるように形成した
ターゲット :Al(60原子%)、Cr(40原子%)
導入ガス :N2
成膜圧力 :3.5Pa
アーク放電電流 :140A
基板バイアス電圧:−60V。
【0109】
(C層の形成)
B層を形成した後、次の条件で、蒸着時間を調整することにより、厚さ0.02μmのC層をB層の上に積層した
ターゲット :Ti
導入ガス :N2
成膜圧力 :0.5Pa
アーク放電電流 :150A
基板バイアス電圧:−500V。
【0110】
(A層の形成)
さらに、成膜条件を適宜調整して、表2に示す構成のA層をC層の上に積層し、被膜を形成した。これにより、試料14に係る被覆cBN工具を得た。
【0111】
<試料15〜20の製造>
B1化合物層を形成する際のターゲットを表3に示す金属元素に変更する以外は、試料14と同様にして、試料15〜20に係る被覆cBN工具を得た。
【0112】
<試料21〜26の製造>
cBN焼結体Cを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2および3に示す構成のD層、B層およびA層をこの順で該基材上に積層し、被膜を形成することにより、試料21〜26に係る被覆cBN工具を得た。なおこの際B層は、試料21〜23では試料1と同様の方法で形成し、試料24〜26では試料14と同様の方法で形成した。
【0113】
<試料27〜31の製造>
cBN焼結体Eを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2および3に示す構成のD層、B層をこの順で該基材上に積層した。なおこの際B層は、試料1と同様の方法で形成した。
【0114】
(A層の形成:TiCN*2
試料27〜31では、厚さ方向にCおよびNの組成がステップ状に変化するTiCN層を含むA層を、B層の上に積層した。表2中、当該A層の組成を、便宜上「TiCN*2」と記している。当該A層の具体的な構成を表5に示す。表5に示すように、当該A層は、基材側(cBN焼結体側)から、所定厚さ(ステップ)毎に、段階的に導入ガスの組成を変更して形成した。これによりB層の上に、厚さ方向にCおよびNの組成がステップ状に変化するTiCN層を含むA層が積層されてなる被膜を得た。そしてこれにより、試料27〜31に係る被覆cBN工具を得た。
【0115】
<試料32〜37の製造>
cBN焼結体Fを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2および3に示す構成のD層、B層、C層およびA層をこの順で該基材上に積層し、被膜を形成することにより、試料32〜37に係る被覆cBN工具を得た。なおB層は、試料32〜34では試料1と同様の方法で形成し、試料35〜37では試料14と同様の方法で形成した。
【0116】
<試料38〜43の製造>
cBN焼結体Gを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2および3に示す構成のD層、B層およびA層をこの順で該基材上に積層し、被膜を形成することにより、試料38〜43に係る被覆cBN工具を得た。なおB層は、試料1と同様の方法で形成した。
【0117】
<44〜49の製造>
cBN焼結体Hを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2および3に示す構成のD層、B層をこの順で該基材上に積層した。なお、この際B層は、試料1と同様の方法で形成した。
【0118】
(A層の形成:TiCN*3
試料46〜49では、厚さ方向にCおよびNの組成がステップ状または傾斜状に変化するTiCN層を含むA層を、B層の上に積層した。表2中、当該A層の組成を、便宜上「TiCN*3」と記している。当該A層の具体的な構成を表5に示す。表5に示すように、当該A層は、基材側(cBN焼結体側)から、傾斜状に導入ガスの組成を変化させた後、ステップ状に導入ガスの組成を変更して形成した。
【0119】
試料46では、まず導入ガス中のN2およびCH4の流量比を形成される層においてC:N=1:9となるように調整し、TiC0.10.9層を1.0μm形成した(ステップ1)。次にCH4の流量比を徐々に増加させながらNの組成が傾斜状に減少する(Cの組成が傾斜状に増加する)TiCN層を1.0μm形成した(ステップ2)。
【0120】
試料47では試料46と同様にステップ2までを実行し、その後導入ガス中のN2およびCH4の流量比を形成される層においてC:N=4:6となるように調整し、TiC0.40.6層をさらに2.0μm形成した(ステップ3)。
【0121】
試料48ではステップ1〜3を実行した後、再びその上からステップ1〜3に係る層を形成し、合計厚さ8μmのA層を形成した。表5中、このようにステップ1〜3を1周期とし、それを2回繰り返す態様を「2周期」と記している。そして、これと同様に試料49ではステップ1〜3を3回繰り返し、合計厚さ12μmのA層を形成した。
【0122】
以上のようにして、B層の上に、厚さ方向にCおよびNの組成がステップ状また傾斜状に変化するTiCN層を含むA層が積層されてなる被膜を形成し、試料44〜49に係る被覆cBN工具を得た。
【0123】
<試料50の製造>
cBN焼結体Dを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2に示す構成のA層を該基材上に形成することにより、試料50に係る被覆cBN工具を得た。
【0124】
<試料51の製造>
cBN焼結体Dを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2および3に示す構成のD層、B層をこの順で該基材上に形成することにより、試料51に係る被覆cBN工具を得た。なおB層は試料1と同様の方法で形成した。
【0125】
<試料52の製造>
cBN焼結体Dを用い、試料1と同様にして基材を得、成膜条件を適宜調整して、表2および3に示す構成のD層、B層およびA層をこの順で該基材上に形成することにより、試料52に係る被覆cBN工具を得た。なおB層は試料1と同様の方法で形成した。
【0126】
<<評価>>
以上のようにして得られた試料1〜52に係る被覆cBN工具の切削性能および面粗度寿命を、焼入鋼の高速連続切削により評価した。
【0127】
<粒径の測定>
各試料を切断し、被膜の断面をTEMで観察することにより、A層、B層およびC層に含まれる結晶粒の形状を確認した。そして前述の方法に従って、粒径Wa、WbおよびWcを計測した。その結果を表2および3に示す。
【0128】
<逃げ面摩耗量VBおよび面粗度Rzの測定>
各試料の工具を用い、次に示す切削条件に従って、切削距離4kmの切削加工を行なった。そして、光学顕微鏡を使用して工具の逃げ面摩耗量VBを測定した。また、「JIS B 0601」に準拠して、加工後の被削材の「十点平均粗さ(μm)」(すなわち、Rzjis)を測定し、面粗度Rzとした。結果を表6に示す。表6中、逃げ面摩耗量VBが小さいほど、耐逃げ面摩耗性に優れる。また、Rzが小さいほど耐境界摩耗性に優れ、高精度加工が可能であることを示している。
【0129】
(切削条件)
被削材 :SCM415H(HRC60)、外径φ30、ワーク1個当たりの切削距離が6.28mのもの
切削速度:200m/min
送り量 :f=0.1mm/rev
切込み :ap=0.1mm
切削油 :エマルジョン(商品名「システムカット96」、製造元「(株)日本フルードシステム」)を20倍希釈したもの(湿式切削)。
【0130】
<面粗度寿命の測定>
次に、寿命判定基準をRz=3.2μmとして、高精度加工における面粗度寿命を測定した。すなわち、上記の切削条件で繰り返し加工を行ない、ワーク1個の加工(切削距離:6.28m)が終了する度に表面粗さ計を使用して加工後ワークの面粗度Rzを測定し、Rzが3.2μmを超えた時点で試験終了とした。そして、6.28m×ワーク個数から総切削距離(km)を算出した。さらに、Rzを縦軸、切削距離を横軸とする散布図を作成し、該散布図上において終了点と終了直前の点との2点を結ぶ直線上で、Rzが3.2μmに達する切削距離を面粗度寿命と判定した。その結果を表6に示す。
【0131】
【表6】
【0132】
<<結果と考察>>
表6中、左端列に「*」が付された試料が実施例に係る被覆cBN工具である。表1〜6より明らかなように、上記構成(1)〜(10)を備える実施例の被覆cBN工具は、かかる条件を満たさない工具に比し、耐逃げ面摩耗性および耐境界摩耗性に優れ、焼入鋼の高精度加工において優れた工具寿命を有することが確認された。
【0133】
さらに、各試料の構成と評価結果を詳細に分析することにより判明した事項を以下に記す。
【0134】
<A層の厚さ>
試料2〜5および45〜48の評価結果から、A層の厚さが1μm以上3μm以下である試料3、45および46は、特に優れた面粗度寿命を示す傾向が確認された。したがって、A層の厚さは1μm以上3μm以下であることが好ましい。
【0135】
<A層を構成する柱状晶の粒径Wa>
試料8〜12の評価では、A層を構成する柱状晶の粒径Waが50nm以上300nm以下である試料9〜11は、かかる条件を満たさない試料8および12に比し優れた面粗度寿命を示す傾向が確認された。したがって、Waは50nm以上300nm以下であることが好ましい。
【0136】
<B層を構成する柱状晶の粒径Wb>
試料15〜19の評価では、B層を構成する柱状晶の粒径Wbが7nm以上40nmである試料16〜18は、かかる条件を満たさない試料15および19に比し優れた面粗度寿命を示す傾向が確認された。したがって、Wbは7nm以上40nm以下であることが好ましい。
【0137】
<B2化合物層の組成>
試料28〜30の評価では、B2化合物層に含まれる(Al1-xb2M2xb2)(C1-zb2zb2)において、M2がTiおよびCrの少なくとも1つを表わし、M2の組成xb2が0.25以上0.5以下である試料29および30は、かかる条件を満たさない試料28に比し、優れた面粗度寿命を示した。したがって、M2の組成xb2は0.25以上0.5以下であることが好ましい。
【0138】
<B1化合物層およびB2化合物層の厚さ>
試料22〜25および試料33〜36の評価では、B層が30nm未満の化合物層を含む場合(試料22、23、33、34)、面粗度寿命が向上する傾向が確認された。したがって、B層は一部または全部が30nm未満の層で構成されることが好ましい。
【0139】
<B層全体の厚さ>
試料39〜42の評価では、B層全体の厚さの範囲が0.1μm以上4μm以下であり、これらのうち該厚さが0.5μmである試料40と該厚さが1.0μmである試料41は特に優れた面粗度寿命を示した。したがって、B層全体の厚さは好ましくは0.1μm以上4μm以下であり、より好ましくは0.5μm以上4μm以下である。
【0140】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述した各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0141】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0142】
3 基材、10 被覆層、20 D層、30 B層、31 B1化合物層、32 B2化合物層、40 C層、50 A層、t1 B1化合物層の平均厚さ、t2 B2化合物層の平均厚さ。
図1
図2