特許第5663841号(P5663841)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5663841
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月4日
(54)【発明の名称】骨細胞への分化誘導培地及び方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20150115BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20150115BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20150115BHJP
【FI】
   C12N5/00 202G
   C12N5/00 202H
   !C12N15/00 AZNA
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2009-38998(P2009-38998)
(22)【出願日】2009年2月23日
(65)【公開番号】特開2010-193723(P2010-193723A)
(43)【公開日】2010年9月9日
【審査請求日】2012年2月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】306008724
【氏名又は名称】富士レビオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100088546
【弁理士】
【氏名又は名称】谷川 英次郎
(72)【発明者】
【氏名】堀田 佳之
【審査官】 幸田 俊希
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/080919(WO,A1)
【文献】 特表2001−512304(JP,A)
【文献】 特開2010−193721(JP,A)
【文献】 ATKINS,G.J. et al.,Human trabecular bone-derived osteoblasts support human osteoclast formation in vitro in a defined, serum-free medium.,J. Cell. Physiol.,2005年 6月,Vol.203, No.3,pp.573-82
【文献】 FREITAS,F. et al.,Fluoroaluminate stimulates phosphorylation of p130 Cas and Fak and increases attachment and spreading of preosteoblastic MC3T3-E1 cells.,Bone,2002年 1月,Vol.30, No.1,pp.99-108
【文献】 GRAeLER,M.H. et al.,EDG6, a novel G-protein-coupled receptor related to receptors for bioactive lysophospholipids, is specifically expressed in lymphoid tissue.,Genomics,1998年10月15日,Vol.53, No.2,pp.164-9
【文献】 斎藤芳郎ら,必須微量元素セレンの細胞生存維持作用に関する研究,日本脂質生化学研究,2003年 5月15日,Vol.45,p.262-5
【文献】 LEE,G.M. et al.,Development of a serum-free medium for the production of erythropoietin by suspension culture of recombinant Chinese hamster ovary cells using a statistical design.,J. Biotechnol.,1999年 4月15日,Vol.69, No.2-3,pp.85-93
【文献】 SANCHEZ-HIDALGO,M. et al.,Melatonin inhibits fatty acid-induced triglyceride accumulation in ROS17/2.8 cells: implications for osteoblast differentiation and osteoporosis.,Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol.,2007年 6月,Vol.292, No.6,pp.R2208-15
【文献】 YEUM,C.E. et al.,Effects of Vitamin K2 on Adipogenic and Osteogenic Differentiation in Mesenchymal Stem Cells from Human Umbilical cord blood.,Key Eng. Mat.,2007年,Vol.342-3,p.121-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
C12N 15/09
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Thomson Innovation
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物細胞培養用基本培地と、哺乳動物の間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導剤と、内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーレセプターに対するリガンドと、セレンとを含み、無血清であり、前記分化誘導剤がβ−グリセロリン酸、デキサメタゾン及びビタミンCを同時に含むものであり、グルタミン酸をさらに含む、哺乳動物の間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導培地。
【請求項2】
内皮細胞分化遺伝子ファミリーレセプターに対する前記リガンドの培地中の濃度が0.01μM〜50μM、セレン濃度が1nM〜1μMである請求項1記載の培地。
【請求項3】
内皮細胞分化遺伝子ファミリーレセプターに対する前記リガンドがリゾホスファチジン酸(LPA)及びその塩、スフィンゴシン1リン酸(S1P)並びに内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーレセプターのアゴニストから成る群より選択される少なくとも1種である請求項1又は2記載の培地。
【請求項4】
メラトニン、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンKおよび亜鉛から選択される少なくとも1種をさらに含む請求項1ないしのいずれか1項に記載の培地。
【請求項5】
前記基本培地が、DMEM、MEMα、MEM、Ham’s F−12、RPMI−1640、DMEM/F12、Williams培地E、MCDB培地、199培地、Fisher培地、Iscove改変ダルベッコ培地(IMDM)、McCoy改変培地から成る群より選ばれる請求項1ないし4のいずれか1項に記載の培地。
【請求項6】
内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーレセプターに対するリガンドと、セレンとを含む、哺乳動物の間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導培地添加剤。
【請求項7】
間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導剤をさらに含み、該分化誘導剤がβ−グリセロリン酸、デキサメタゾン及びビタミンCを同時に含むものである、請求項記載の添加剤。
【請求項8】
水又は基本培地に溶解することにより請求項1ないしのいずれか1項に記載の培地を与える組成を有する請求項又は記載の添加剤。
【請求項9】
請求項1ないしのいずれか1項に記載の培地中で、骨細胞へ分化し得る間葉系幹細胞を培養することを含む、間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無血清培地条件下で哺乳類の体性幹細胞又は骨芽細胞から骨細胞へ分化誘導する培地組成および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの体性幹細胞等を清潔な環境下の培養室などで培養し、これをヒトの体に移植することによって、損傷部位の再生や病気の治療をする再生医療や細胞移植等の研究開発が始まり、実用化も始まっている。
【0003】
治療に用いられるヒト体性幹細胞の維持培養および分化細胞(例えば、骨細胞、脂肪細胞、心筋細胞等)への誘導には、通常、動物血清(例えば、ウシ胎児血清、ヒト血清など)が用いられている。しかし、動物血清は、成分構成が完全にわかっていないことに加え、未知のウイルスやプリオン病への感染の危険性が知られている。
【0004】
さらに、動物血清の起源や製品ロットにより培養細胞の増殖性や分化誘導能力等の性能が異なることが知られている。そのため、高濃度の動物血清を含んだ培地での維持培養および分化誘導細胞の品質を一定にすることが難しいという問題点がある。
【0005】
そして、未知のウイルスやプリオン病への感染の危険性を回避するために、動物血清の代わりに細胞移植を必要とする患者自身の血清を使用して、体性幹細胞の増殖培養および目的の組織細胞への分化誘導が行われている。しかし、患者の血清を用いる場合、患者から比較的、多量の血液を採取しなければならないことから、患者の身体的な負担が大きいという問題がある。
【0006】
近年、動物血清の起源やロットの影響を可能な限り低減する手段として、使用する血清量を抑えた培地での分化誘導方法が報告されている。例えば、血清添加量を減らして間葉系幹細胞から骨細胞へ分化誘導する方法(非特許文献1)が報告されている。そして、特許文献1では、ヒト血清を含んだ培地でヒト骨髄由来の間葉系幹細胞を培養する発明であり、培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞をヒト血清が含まれた分化誘導培地で骨組織へ誘導する実施例を挙げている。
【0007】
従来から行われている間葉系幹細胞から骨細胞へ分化誘導する方法は、β−グリセロリン酸、デキサメタゾン、ビタミンCおよび10%の動物血清を添加している(非特許文献2)。
【0008】
また、特許文献2では、リゾリン脂質受容体、すなわち内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーのリガンド、例えばリゾホスファチジン酸(LPA)、スフィンゴシン1リン酸(S1P)などを含む、ヒト胚性幹(ES)細胞を培養するための無血清培地が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−55106号
【特許文献2】特表2006−505248号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】BMC Mol Biol. 2008 Feb 26;9:26
【非特許文献2】J. Cell. Biochem. Vol.64, 295−312(1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、無血清培地条件下で哺乳類の間葉系幹細胞から骨細胞の特徴を持った細胞へ分化誘導する分化誘導培地、添加剤および方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者は、鋭意研究の結果、従来から哺乳類の間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導に添加されている誘導剤の他に、内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーレセプターに対するリガンドであるリゾホスファチジン酸、微量元素であるセレンを添加した無血清培地で、効果的に哺乳類の間葉系幹細胞から骨細胞へ分化させることができることを見出した。さらに、この無血清培地に、間葉系幹細胞から骨細胞への分化に関与するメラトニン、ビタミンD、ビタミンA、ビタミンKおよび亜鉛を添加することも可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、哺乳動物細胞培養用基本培地と、哺乳動物の間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導剤と、内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーレセプターに対するリガンドと、セレンとを含み、無血清であり、前記分化誘導剤がβ−グリセロリン酸、デキサメタゾン及びビタミンCを同時に含むものであり、グルタミン酸をさらに含む、哺乳動物の間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導培地を提供する。また、本発明は、内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーレセプターに対するリガンドと、セレンとを含む、哺乳動物の間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導培地添加剤を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の培地中で、骨細胞へ分化し得る間葉系幹細胞を培養することを含む、間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の培地および培地添加剤は、哺乳類の体性幹細胞から骨細胞への分化誘導する際に従来の分化誘導培地に添加されていた動物血清を用いない条件下、すなわち、無血清条件下で哺乳類の体性幹細胞から効率的に骨細胞へ分化誘導させることを可能にする。さらに、血清を用いることにより発生していた問題(血清の起源、ロットによる分化誘導への影響、未知・既知の感染性病原体の混入など)を解決することができる。その結果、安定した品質の骨細胞を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例1、比較例1〜3で得られた各培地で、21日間、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞から骨細胞へ分化誘導した細胞をアリザリンレッドSで染色した図である。
図2】実施例1、比較例1〜3で得られた各培地中で7〜21日間、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞から骨細胞へ分化誘導した細胞のALP活性の変化を示したグラフである。
図3】実施例1、比較例1〜3で得られた各培地中で7〜21日間、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞から骨細胞へ分化誘導した細胞のALPのmRNA発現変化を示したグラフである。
図4】実施例2、比較例4〜6で得られた各培地で、14日間、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞から骨細胞へ分化誘導した細胞をアリザリンレッドSで染色した図である。
図5】実施例3、比較例7〜9で得られた各培地で、14日間、ヒト骨芽細胞から骨細胞へ分化誘導した細胞をアリザリンレッドSで染色した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において、「体性幹細胞」とは、骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞、皮膚細胞、神経細胞、筋肉細胞、血液系細胞、繊維芽細胞、肝臓細胞など生体内の各器官を形成する1種類以上の組織細胞に分化転換することができる細胞である。そして、「体性幹細胞」は、何種類かの異なった機能を持つ細胞に分化する能力を有する幹細胞および前駆細胞のうち、胚性幹細胞を除く細胞であり、誘導多機能幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞などを含む。
【0017】
本発明の培地中で分化誘導可能な細胞としては、哺乳類の骨細胞へ分化可能な間葉系幹細胞であれば何ら限定されず、好ましい例として、骨髄由来間葉系間幹細胞、脂肪組織由来幹細胞等の間葉系幹細胞を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。
【0018】
本発明の培地には、内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーレセプターに対するリガンドが必須成分として含まれる。ここで、Edgファミリーレセプターは、その遺伝子配列の相同性が高いGタンパク質共役型のレセプターの一群であり、現在までにヒト、マウス、ヒツジなどの哺乳類でEdg−1からEdg−8までが同定されている。これらのうち、Edg−2、Edg−4及びEdg−7はLPAレセプターとして機能し、Edg−1、Edg−3、Edg−5、Edg−6及びEdg−8はS1Pレセプターとして機能することが知られている。また、「レセプターに対するリガンド」とは、該レセプターと特異的に結合する物質であり、生体内に存在する天然のリガンドのみならず、アゴニストやアンタゴニストとして知られる天然又は合成された他の化合物をも包含する。
【0019】
Edgファミリーレセプターに対するリガンド(以下、便宜的に「Edgリガンド」と呼ぶことがある)としては、リゾホスファチジン酸(LPA)およびその塩などのアゴニストからなる群より選択される1又は複数種の化合物が好ましい。
【0020】
Edgファミリーレセプターに対するアゴニストとは、Edgファミリーと結合してLPA同様に作用する物質であり、例えば、スフィンゴシン1リン酸(S1P)、ジヒドロスフィンゴシン1リン酸、血小板活性化因子(PAF)、スフィンゴシルホスホリルコリン、アルキルLPAアナログ、FTY720などが挙げられる。
【0021】
LPAとは、下記の一般式(I):
R−O−CHCH(OH)CHPO (I)
(式中、Rは、炭素数10〜30のアルキル基、炭素数10〜30のアルケニル基又は炭素数10〜30のアシル基である)
で表される化合物である。なお、上記の式(I)のR基についてのアシル基の炭素数は、カルボニル基の炭素数を含まない。
【0022】
LPAの塩としては、従来公知の塩を用いることができ、例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、アンモニウム塩などが挙げられる。LPA又はLPAの塩としては、例えば1−オレオイルリゾホスファチジン酸ナトリウム塩、LPAカリウム塩などが挙げられる。
【0023】
Edgリガンドは、単独で用いることもできるし、2種以上のものを組み合わせて用いることもできる。
【0024】
本発明の培地には、微量元素であるセレンが含まれる。セレンは、細胞内で発生した過酸化水素を水と酸素に分解するグルタチオン・ペルオキシダーゼの活性に重要な役割を果たすことが知られている。
【0025】
セレンは、通常、例えばセレン酸、亜セレン酸ナトリウムなどの化合物の形態で培地中に含まれる。
【0026】
このようなセレン含有化合物は、単独で用いることもできるし、2種以上のものを組み合わせて用いることもできる。
【0027】
本発明の培地中のEdgリガンドの濃度は、0.01μM〜50μMが好ましく、さらに好ましくは0.1μM〜10μMである。また、セレン濃度は1nM〜1μMが好ましく、さらに好ましくは1nM〜500nMである。
【0028】
本発明の培地に、さらに、脂溶性ビタミンであるビタミンA、ビタミンD、ビタミンK、松果体ホルモンであるメラトニンおよび微量元素である亜鉛から成る群より選ばれる少なくとも1種を添加することができる。ビタミンAは、胚性幹細胞から神経系細胞への分化誘導を制御することが知られている。そして、ビタミンKは、血液凝固作用および骨へのカルシウム定着作用が知られている。そして、メラトニンは、体性幹細胞から脂肪細胞への分化を抑制する効果および松果体ホルモンとしてサーカディアン・リズムを示し睡眠に関係していることが知られている。そして、亜鉛は、微量必須元素であり、多くの酵素の活性に必要な元素であることが知られている。
【0029】
ビタミンAとしては、例えば、レチノイン酸およびその誘導体などが挙げられる。ビタミンAは、単独で用いることもできるし、2種以上のものを組み合わせて用いることもできる。ビタミンAが培地中に含まれる場合、その濃度は、特に限定されないが、通常、0.1〜100μM程度、好ましくは、1〜10μM程度である。
【0030】
ビタミンDとしては、例えばエルゴカルシフェロール、コレカルシフェロール、その誘導体(例えば7−デヒドロコレステロール等)およびその代謝物(例えば、カルシトリオール等)などが挙げられる。ビタミンDは、単独で用いることもできるし、2種以上のものを組み合わせて用いることもできる。ビタミンDが培地中に含まれる場合、その濃度は、特に限定されないが、通常、0.1〜500nM程度、好ましくは、1〜100nM程度である。
【0031】
ビタミンKとしては、例えば、フィロキノン、メナキノン、メナジオンおよびメナジオール二リン酸ナトリウム等が挙げられる。ビタミンKは、単独で用いることもできるし、2種以上のものを組み合わせて用いることもできる。ビタミンKが培地中に含まれる場合、その濃度は、特に限定されないが、通常、0.1〜100μM程度、好ましくは、1〜10μM程度である。
【0032】
メラトニンが培地中に含まれる場合、その濃度は、特に限定されないが、通常、0.1〜100nM程度、好ましくは、1〜50nM程度である。
【0033】
亜鉛は、亜鉛化合物の形態で培地に添加することができる。このような亜鉛化合物としては、例えば、塩化亜鉛(ZnCl) 、酸化亜鉛(ZnO)、硫化亜鉛(ZnS)および硫酸亜鉛(ZnSO4)などの化合物が挙げられる。これらの亜鉛化合物は、単独で用いることもできるし、2種以上のものを組み合わせて用いることもできる。亜鉛が培地中に含まれる場合、その濃度は、特に限定されないが、通常、0.1nM〜100μM程度、好ましくは、1nM〜10μM程度である。
【0034】
本発明の培地は、哺乳動物の間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導剤を含む。間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導剤自体は公知であり、本発明において用いられる分化誘導剤は、β−グリセロリン酸、デキサメタゾン及びビタミンCを同時に含むものである
【0035】
ビタミンCは、水溶性ビタミンとして知られ、アミノ酸の生合成に利用されるほか、副腎からのホルモンの分泌、脂肪酸をミトコンドリアに運ぶための担体であるL-カルニチンの合成、結合組織でコラーゲンを生成など、体内で進行するヒドロキシル化反応に重要な役割を果たすことが知られている。ビタミンCは、アスコルビン酸若しくはアスコルビン酸2リン酸又はその塩でよく、これらの混合物でもよい。
【0036】
上記分化誘導剤の濃度は、用いる分化誘導剤の種類や細胞の種類等に応じて適宜設定されるが、分化誘導剤がβ−グリセロリン酸、デキサメタゾン及びビタミンCを同時に含むものである場合、β−グリセロリン酸濃度は好ましくは1mM〜100mM、さらに好ましくは5mM〜50mMであり、デキサメタゾン濃度は好ましくは1nM〜1μM、さらに好ましくは10nM〜500nMであり、ビタミンC濃度は好ましくは10μM〜10mM、さらに好ましくは200μM〜2mMである。
【0037】
本発明の培地は、上記した2種類の必須成分および上記分化誘導物質を含むことを除き、公知の哺乳動物細胞用培地と同様でよい。従って、公知の基本培地に、上記した2種類の必須成分および従来から骨胞への分化誘導に使用されている分化誘導剤を添加することにより、本発明の培地を得ることができる。
【0038】
本発明の培地に用いることができる、好ましい公知の無血清基本培地としては、イーグル培地のような最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、最小必須培地α(MEM−α)、間葉系細胞基礎培地(MSCBM)、Ham’s F−12及びF−10培地、DMEM/F12培地、Williams培地E、RPMI−1640培地、MCDB培地、199培地、Fisher培地、Iscove改変ダルベッコ培地(IMDM)、McCoy改変培地などが挙げられる。これらの培地は、いずれもこの分野において周知の培地である。
【0039】
本発明の培地は、さらに、哺乳動物細胞用培地に含ませることが周知である種々の添加剤を含んでいてもよい。このような周知の添加剤として、アミノ酸類、無機塩類、ビタミン類、及び炭素源や抗生物質等の他の添加剤を挙げることができる。
【0040】
アミノ酸類としては、グリシン、L−アラニン、L−アルギニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−システイン、L−シスチン、L−グルタミン酸、L−グルタミン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−プロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン及びL−バリンを挙げることができる。
【0041】
無機塩類としては、塩化カルシウム、硫酸銅、硝酸鉄(III)、硫酸鉄、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム及び硫酸亜鉛を挙げることができる。
【0042】
ビタミン類としては、コリン、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB3、ビタミンB4、ビタミンB5、ビタミンB6、ビタミンB7、ビタミンB12、ビタミンB13、ビタミンB15、ビタミンB17、ビタミンBh、ビタミンBt、ビタミンBx、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンF、ビタミンK、ビタミンM及びビタミンPを挙げることができる。
【0043】
これらの添加剤を哺乳動物細胞用の培地に添加すること自体は公知であり、各添加剤の添加量も公知の培地と同様でよく、また、ルーチンな試験により適宜設定することもできる。例えば、アミノ酸類の添加量は、通常、各アミノ酸毎に5mg/L〜500mg/L程度、好ましくは10mg/L〜400mg/L程度であり、無機塩類の添加量は、通常、0mg/L〜10g/L程度、好ましくは、0.01mg/L〜7g/L程度であり、ビタミン類の添加量は、各ビタミン毎に0.01mg/L〜500mg/L程度、好ましくは0.05mg/L〜300mg/L程度である。
【0044】
他の添加剤としては、(1)繊維芽細胞増殖因子(FGF)、内皮細胞増殖因子(EGF)、及び血小板由来増殖因子(PDGF)等の増殖因子、(2)ペニシリン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン及びカナマイシン等の抗生物質、(3)グルコース、ガラクトース、フルクトース及びスクロース等の炭素源、(4)マグネシウム、鉄、亜鉛、カルシウム、カリウム、ナトリウム、銅、セレン、コバルト、スズ、モリブデン、ニッケル及びケイ素等の微量金属)、(5) 2−メルカプトエタノール、カタラーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ及びN-アセチルシステイン等の抗酸化剤、並びにアデノシン 5‘−一りん酸、コルチコステロン、エタノールアミン、インスリン、還元型グルタチオン、リポ酸、ヒポキサンチン、フェノールレッド、プロゲステロン、プトレシン、ピルビン酸、チミジン、トリヨードチロニン、トランスフェリン及びラクトフェリン等の他の添加剤を挙げることができる。これらの添加剤の添加量も従来と同様でよく、また、各添加剤の目的に応じ、ルーチンな試験により適宜設定することもできる。通常、0.001mg/L〜5g/L、特に0.1〜3g/L程度である。
【0045】
本発明の培地は、上記した各種添加剤の1種又は複数種を含むことができ、通常、複数の添加剤を組み合わせて含む。
【0046】
なお、これらの他の添加剤のうち、グルタミン酸は、培地に添加した場合に細胞の生存および骨細胞への分化に効果を発揮すると思われるので、本発明の培地はグルタミン酸を含む。グルタミン酸の場合、培地中の好ましい濃度は1μM〜1mM、さらに好ましくは25μM〜250μM程度である。
【0047】
本発明の培地は、無血清である
【0048】
本発明の培地中での哺乳動物体細胞の培養自体は、従来と同様な方法で行なうことができ、通常、30〜37℃の温度、及び5%CO環境下、及び5〜21%O環境下で行なわれる。また、分化誘導に必要な培養時間は、用いる分化誘導剤や細胞の種類等により適宜設定され、また、細胞の様子を観察しながら適宜選択することができるが、通常、10日〜30日程度である。
【0049】
本発明は、上記した本発明の培地を構成するための添加剤をも提供する。従って、本発明の添加剤は、上記したEdgリガンド及びセレンを含む。また、これらにさらに上記分化誘導剤を含むものであってもよい。さらに、上記した各種添加剤の1種又は複数種を含んでいてもよい。さらに、基本培地の成分を含ませ、水に溶解するだけで、本発明の培地を与えるものとすることもできる。本発明の添加剤は、水又は基本培地に溶解することにより、上記した本発明の培地を与える組成を有するものが簡便で好ましい。この場合には、添加剤に含まれる各種成分の配合比率は、培地における各成分の含有量の比率と同じになる。なお、基本培地としては、従来から哺乳動物細胞の培養に用いられている、上記した各種培地が挙げられる。
【0050】
以下、本発明を実施例及び比較例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、各例に記載されている濃度は、培地中の終濃度である。また、用いたリゾホスファチジン酸(LPA)は、いずれも1−オレオイルリゾホスファチジン酸ナトリウムであり、セレン化合物は、いずれも亜セレン酸ナトリウムであった。
【実施例】
【0051】
実施例1、比較例1〜3 無血清条件下でのヒト骨髄由来間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導1
【0052】
基本培地(DMEM)に5μMのリゾホスファチジン酸(LPA)、1mMのアスコルビン酸2−リン酸および60nMのセレンを添加して無血清コントロール培地(比較例1)を製造した。
【0053】
DMEMに最終濃度が10mMのβ−グリセロリン酸、100nMのデキサメダゾン、200μMアスコルビン酸リン酸を添加して、骨細胞分化誘導基本培地(分化基本培地)を調製した。この骨細胞分化誘導基本培地に5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、60nMのセレンおよび90μMのグルタミン酸を添加して本発明の無血清分化培地(実施例1)を製造した。
【0054】
DMEMおよび分化基本培地のそれぞれに10%のウシ胎児血清(FBS)を添加して、従来培地(比較例2)および従来分化培地(比較例3)を製造した。
【0055】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(株名:正常ヒト間葉系幹細胞(Cryo hMSC)、入手先:LONZA)を10000細胞/cmの細胞密度となるように12穴培養プレートのウェルに播種し、上記各培地中で、37℃、5%COで7〜21日間培養することにより、骨細胞への分化誘導を行った。
【0056】
骨細胞の確認は、アリザリンレッドS染色により確認した。そして、細胞のアルカリ性ホスファターゼ(ALP)の活性は、TRACP&ALP Assay Kit(タカラバイオ社製)により確認した。さらに、ALPのmRNAの発現量は、リアルタイムPCR法にて確認をした。プライマーは、ALP:フォワード(cgtatttctccagacccagagg(配列番号1))、リバース(ggccttgtcctgaggagaaaga(配列番号2))を使用した。結果を、図1図3に示す。
【0057】
図1図3に示されるように、そして、アリザリンレッドS染色の結果からも、本発明の培地中で培養することにより、骨髄由来間葉系幹細胞から骨細胞へ分化したことが確認され、誘導された骨細胞の割合は、血清を含有する従来分化培地(比較例3)と同程度であった。
【0058】
実施例2、比較例4〜9 無血清条件下でのヒト骨髄由来間葉系幹細胞から骨細胞への分化誘導2
【0059】
実施例1と同様、基本培地(DMEM)に5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸および100nMのセレンを添加して無血清コントロール培地A(比較例4)を製造した。
【0060】
実施例1と同様、DMEMに最終濃度が10mMのβ−グリセロリン酸、100nMのデキサメダゾン、200μMアスコルビン酸2−リン酸を添加して、骨細胞分化誘導基本培地(分化基本培地)を調製した。この分化基本培地に、実施例1と同様、5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、100nMのセレンおよび90μMのグルタミン酸を添加して本発明の無血清分化培地A(実施例2−1)を製造した。
【0061】
DMEMに5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、100nMのセレン、50nMのコレカルシフェロールおよび5nMのメラトニンを添加して無血清コントロール培地B(比較例5)、DMEMに5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、100nMのセレン、50nMのコレカルシフェロールおよび2.5μMのビタミンAアセテートを添加して無血清コントロール培地C(比較例6)、DMEMに5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、100nMのセレン、50nMのコレカルシフェロールおよび1μMのビタミンK3を添加して無血清コントロール培地D(比較例7)を製造した。
【0062】
分化基本培地に5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、100nMのセレン、50nMのコレカルシフェロールおよび5nMのメラトニンを添加して無血清分化培地B(実施例2−2)、DMEMに5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、100nMのセレン、50nMのコレカルシフェロールおよび2.5μMのビタミンAアセテートを添加して無血清分化培地C(実施例2−3)、DMEMに5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、100nMのセレン、50nMのコレカルシフェロールおよび1μMのビタミンK3を添加して無血清分化培地D(実施例2−4)を製造した。
【0063】
DMEMおよび分化基本培地のそれぞれに10%のウシ胎児血清(FBS)を添加して、従来培地(比較例8)および従来分化培地(比較例9)を製造した。
【0064】
実施例1と同様、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を3000細胞/cmの細胞密度となるように12穴培養プレートのウェルに播種し、これらの培地で、37℃、5%COで21日間培養することにより、骨細胞への分化誘導を行った。骨細胞の確認は、アリザリンレッドS染色により確認した。
【0065】
結果を図4に示す。図4に示されるように、無血清分化培地Aに、さらにコレカルシフェロール、メラトニン、ビタミンAアセテート、ビタミンK3を、組合せて添加した無血清分化培地B〜Dにおいても、血清を含む従来分化培地(比較例9)と同程度に、骨細胞へ分化されることが確認された。従来培地(比較例8)や、無血清コントロール培地A〜D(比較例4〜7)では、骨細胞に分化していないことを確認した。
【0066】
実施例3、比較例10〜12 無血清条件下でのヒト骨芽細胞から骨細胞への分化誘導
実施例1同様にグルタミン酸を含んだ基礎培地(DMEM)に5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、60nMのセレンおよび90μMのグルタミン酸を添加して無血清コントロール培地(比較例10)を製造した。
【0067】
実施例1同様にDMEMに最終濃度が10mMのβ−グリセロリン酸、100nMのデキサメダゾン、200μMアスコルビン酸2−リン酸を添加して、骨細胞分化基本培地(分化基本培地)を調製した。分化基本培地に5μMのLPA、1mMのアスコルビン酸2−リン酸、60nMのセレンおよび90μMのグルタミン酸を添加して本発明の無血清分化培地(実施例3)を製造した。
【0068】
実施例1同様に基本培地および分化基本培地それぞれに10%のウシ胎児血清(FBS)を添加して、従来培地(比較例11)および従来分化培地(比較例12)を製造した。
【0069】
ヒト骨芽細胞(株名:正常ヒト骨芽細胞(NHOst)、入手先:LONZA)を10000細胞/cmの細胞密度となるように12穴培養プレートのウェルに播種し、これらの培地で、37℃、5%COで14日間培養することにより、骨細胞への分化誘導を行った。骨細胞の確認は、アリザリンレッドS染色で確認した。
【0070】
結果を図5に示す。図5に示されるように、本発明の無血清分化培地(実施例3)では、血清を含む従来分化培地(比較例11)を用いた場合と同程度に骨細胞が増殖していた。一方、無血清コントロール培地(比較例10)及び従来培地(比較例11)では、骨細胞は誘導されなかった。
図2
図3
図1
図4
図5
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]