特許第5663973号(P5663973)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5663973
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月4日
(54)【発明の名称】ガスクラスターイオンビーム装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 27/20 20060101AFI20150115BHJP
   H01J 37/08 20060101ALI20150115BHJP
【FI】
   H01J27/20
   H01J37/08
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2010-139275(P2010-139275)
(22)【出願日】2010年6月18日
(65)【公開番号】特開2012-4012(P2012-4012A)
(43)【公開日】2012年1月5日
【審査請求日】2013年5月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 嗣紀
(72)【発明者】
【氏名】山田 公
【審査官】 小野 健二
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−086863(JP,A)
【文献】 特開昭61−268015(JP,A)
【文献】 実開昭60−112067(JP,U)
【文献】 特開平06−111743(JP,A)
【文献】 特開2006−164620(JP,A)
【文献】 特開昭62−076144(JP,A)
【文献】 特開2007−317491(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 27/00−27/26,37/08
C23C 14/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスクラスターを噴出するノズルと、前記ノズルから噴出するガスクラスターをビームにするスキマーと、を結ぶ延長線上に、前記ガスクラスターをガスクラスターイオンにするイオン化部を配置し、前記イオン化部は、熱電子を発生するフィラメントと、前記延長線に同心の孔部を有する円盤状の電極であって、前記ノズルと前記スキマーを結ぶ延長線方向において、前記フィラメントよりも前記スキマー側に位置する円盤状の電極を有し、前記フィラメントから発生する前記熱電子を中心方向に引き出して前記ガスクラスターと衝突させるように前記熱電子の軌道を制御する電子引出電極と、前記延長線に同心の筒状の電極であって、一端には外方に広がる鍔部を有し、他端には前記筒状の電極の内径よりも小さい導入孔を有し、前記導入孔を前記スキマー側に配置し、前記熱電子を加速する電子加速電極と、を備え、前記電子加速電極、前記電子引出電極を前記スキマー側から順次配置することを特徴とするガスクラスターイオンビーム装置。
【請求項2】
前記電子加速電極の周囲に永久磁石または電磁石を設置することを特徴とする請求項1に記載のガスクラスターイオンビーム装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電子の衝撃によりガスクラスターをイオン化するガスクラスターイオンビーム装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なガスクラスターイオンビーム装置では、気体原子または気体分子が凝集した中性のガスクラスターを種々の方法でイオン化し、加速電圧により加速することでガスクラスターイオンビームを形成する。ガスクラスターがイオン化することでガスクラスターイオンとなった部位と、ガスクラスターイオンが照射されるターゲット(被照射部材)もしくはニュートライザ(熱電子を放出してイオンと衝突させる装置)を用いてイオンが中性化される部位との電位差が実質的なガスクラスターイオンの加速電圧となり、ターゲットに衝突するガスクラスターイオンのエネルギーを決定する。
【0003】
特許文献1には、熱電子との衝撃によってガスクラスターをイオン化する電子衝撃型のイオン源が開示されている。これらのイオン源に代表される様に、従来のイオン源はガスクラスターの軌道あるいはイオン化された粒子の軌道に対して、フィラメントから発生した熱電子を垂直方向から衝突させてガスクラスターのイオン化(ガスクラスターイオン)を行っている。
【0004】
しかし、特許文献1の方法ではガスクラスターの軌道と熱電子の軌道が垂直に交わるので、熱電子とガスクラスターの軌道の重なりが最小となり、イオン化効率(ガスクラスターが熱電子と衝突する結果、ガスクラスターイオンになる割合)は低くなる。そこで、特許文献2には電子銃により熱電子を照射してガスクラスターをイオン化する方法が開示されている。この方法ではガスクラスターに対して熱電子が、「対向する方向」から打ち込むように構成されていることでガスクラスターのイオン化効率が向上する旨が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2003−520393号公報
【特許文献2】特許第4416632号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献2では、ターゲットを接地電位とした場合には、ガスクラスターイオン発生部すなわちガスクラスターを構成する中性粒子と(熱)電子とが衝突する領域を、加速電圧に相当する数万Vの正の電位(以下、加速電位という)にしなくてはならない。そうしなければ、このガスクラスターイオンは加速部の電位によりガスクラスターが発生するノズル側に押し返される。
【0007】
このとき、電子銃が接地電位の場合は、電子銃とガスクラスターイオン発生部の電位差により、(熱)電子がガスクラスターイオン発生部において数万eVの高エネルギーを持つことになり、この電子の軌道を制御するために同等の高電圧や強力な磁界が必要となる。また、高エネルギーの(熱)電子の場合は、ガスクラスターと(熱)電子との衝突によりガスクラスターを構成する中性粒子が蒸発して、ガスクラスターを構成する中性粒子数が減少するという問題があった。また、電子銃が加速電位にある場合には電子銃本体、電子銃の電源および冷却水等付随するすべての機器を加速電位に電気的に浮かせて(周囲と絶縁した状態で)設置する必要があり、コスト高になるばかりでなく、装置が大掛かりになり、高電圧部分の閉める面積が大きくなることによって制御が困難になり、エネルギー消耗が激しいという問題があった。
【0008】
一方、ガスクラスターを構成する中性粒子数を保つには、熱電子が発生する部位と、ガスクラスターを構成する中性粒子と(熱)電子とが衝突する領域(部位)との電位差であるバイアス電圧を下げることが有効であるが、そうすると引き出される熱電子の量も少なくなるので、イオン化効率は必然的に低下するという問題があり、ガスクラスターを構成する中性粒子数を保ちながらイオン化効率を高めることは困難であった。
【0009】
そこで、本発明においては、ガスクラスターを構成する中性粒子数を保ちながらイオン化効率を高めることのできるガスクラスターイオンビーム装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前述した課題を解決するため、本発明においては、ガスクラスターを噴出するノズルと、ノズルから噴出するガスクラスターをビームにするスキマーと、を結ぶ延長線上に、ガスクラスターをガスクラスターイオンにするイオン化部を配置し、イオン化部は、熱電子を発生するフィラメントと、ノズルとスキマーを結ぶ延長線方向において、フィラメントよりもスキマー側に位置する円盤状の電極を有し、フィラメントから発生する熱電子を中心方向に引き出してガスクラスターと衝突させるように熱電子の軌道を制御する電子引出電極と、ノズルとスキマーを結ぶ延長線に同心の筒状の電極であって、一端には外方に広がる鍔部を有し、他端には筒状の電極の内径よりも小さい導入孔を有し、導入孔をスキマー側に配置し、熱電子を加速する電子加速電極と、を備え、電子加速電極、電子引出電極をスキマー側から順次配置するガスクラスターイオンビーム装置とした。
【0011】
本発明の構成によれば、ガスクラスターを噴出するノズルと、ノズルから噴出するガスクラスターをビームにするスキマーと、を結ぶ延長線上に、ガスクラスターをガスクラスターイオンにするイオン化部を配置、すなわちイオン化部を構成する電子加速電極、電子引出電極をスキマー側から順に配置する。それによりフィラメントから発生する熱電子は電子加速電極の電圧制御により加速し、スキマー側から噴出するガスクラスターと衝突する。
【0012】
また、電子引出電極はフィラメントよりもスキマー側に位置している円盤状の電極を有しているので、その円盤状の電極の孔部を通過するガスクラスターイオンビームの中心に向かってフィラメントから発生する熱電子を誘導し、その熱電子とスキマーから噴出するガスクラスターとが衝突するように、熱電子の軌道を制御できる。
【0013】
さらに、電子加速電極はノズルとスキマーを結ぶ延長線に同心の筒状の電極であって、一端には外方に広がる鍔部を有し、他端には筒状の電極の内径よりも小さい導入孔を有し、導入孔をスキマー側に配置する電極であるので、スキマーから噴出するガスクラスターに対してフィラメントから発生する熱電子を十分に加速させて衝突させることができる。
【0014】
また、請求項2に係る発明においては、電子加速電極の周囲に永久磁石または電磁石を設置するガスクラスターイオンビーム装置とした。それにより電子加速電極の内部には ノズルとスキマーとを結ぶ延長線と平行な磁力線を持つ磁界が発生する。この時、フィラメントから発生した熱電子がガスクラスターイオンビームの軌道に沿って加速していた場合、このビームと平行な磁界を与えると熱電子がその磁力線に対して螺旋運動を描くように軌道が変化する。そのため、電子加速電極までの熱電子の軌道が長くなるので熱電子とガスクラスターとが互いに衝突する確率は増加する。
【0015】
なお、電子引出電極および電子加速電極の各電極にかける電圧を別個に調整できるガスクラスターイオンビーム装置とすることもできる。すなわち、イオン化部を構成する電子引出電極と電子加速電極の各電極にかける電圧を別個に調整できる電極とする場合、電子引出電極にかける電圧(電子引出電圧)を調整することでガスクラスターをイオン化する電流(イオン化電流、すなわち熱電子の発生数)を制御し、電子加速電極にかける電圧(電子加速電圧)を調整することでガスクラスターをイオン化するのに必要な熱電子エネルギー(イオン化エネルギー、すなわち熱電子の速度)を別個に制御できる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置は、電子加速電極、電子引出電極をスキマー側から順次配置してフィラメントから発生する熱電子が電子加速電極の電圧制御により加速し、スキマーから噴出するガスクラスターと衝突するので、ガスクラスターイオンビームを効率良く発生することができる。同時に、本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置には電子銃を備えておらず、電子銃に付随するすべての機器を加速電位に電気的に浮かせて設置する必要はないので、コスト低減になり、装置自体も小型化できて、制御が容易になり、エネルギー消耗も抑制できる。
【0018】
さらに、電子引出電極がフィラメントから発生する熱電子を誘導しつつ、その軌道を制御し、電子加速電極がスキマーから噴出するガスクラスターに対して熱電子を十分に加速させて衝突させることができるので、ガスクラスターを構成する中性粒子数を保ちながらイオン化効率を向上できる。
【0019】
また、電子加速電極の周囲に永久磁石または電磁石を設置することで熱電子とガスクラスターとの衝突確率が増すので、イオン化効率が一層向上し、ターゲットの種類によらず種々の複雑な加工、例えばドリルやエンドミルなどの工具や樹脂用やアルミプレス用などの金型の表面研磨加工をすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1の断面図である。
図2】本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1においてスキマー50側より電子加速電極6、電子引出電極5の順に配置して熱電子の軌道をシミュレーションソフトによって解析した結果の模式図である。
図3】本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1においてスキマー50側より電子加速電極6、電子引出電極5の順に配置してガスクラスターイオンの軌道をシミュレーションソフトによって解析した結果の模式図である。
図4】本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1においてシミュレーションソフトで電子引出電圧および電子加速電圧をともに+20350Vに設定した場合の熱電子の軌道を解析した結果の模式図である。
図5】本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1においてシミュレーションソフトで電子引出電圧を+20350V、電子加速電圧を+20150Vに設定した場合の熱電子の軌道を解析した結果の模式図である。
図6】本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1においてシミュレーションソフトで電子引出電圧を+20350V、電子加速電圧を+20150Vに設定した場合のガスクラスターイオンの軌道を解析した結果の模式図である。
図7】電子引出電圧を150Vで一定として電子加速電圧がフィラメントに対して150Vおよび350Vの場合における飛行時間法を用いたガスクラスターイオンを構成する原子数の分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のガスクラスターイオンビーム装置の実施の形態について、図面を参照して説明する。図1は本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1の断面図である。図1に示すように、本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1は、接地電位の役割を果たすチャンバー壁2により外界の雰囲気と仕切り、内部を減圧できるチャンバーを形成している。そのチャンバー外部には、図示しないガスクラスター発生源からガスクラスターを噴出するノズル40、ノズル40から噴出するガスクラスターをビームにするスキマー50を取り付ける。チャンバー内部には、ノズル40とスキマー50とを結ぶ延長線上に熱電子を加速する電子加速電極6、フィラメント4から発生する熱電子を中心方向へ引き出す電子引出電極5、とをスキマー50側より順に配置する。
【0022】
電子引出電極5は、ノズル40とスキマー50を結ぶ延長線に同心の孔部を有する円盤状の電極であり、フィラメント4よりもスキマー50側に位置する円盤状の電極を有しており、電子引出電極5に電圧をかけることによりフィラメント4から発生する熱電子を誘導し、その熱電子とスキマー50から噴出するガスクラスターとが衝突するように、熱電子の軌道を制御する役割を果たす。
【0023】
電子加速電極6は、ノズル40とスキマー50を結ぶ延長線に同心の筒状の電極であって、一端には外方に広がる鍔部を有し、他端には筒状の電極の内径よりも小さい導入孔を有し、導入孔をスキマー側に配置する電極である。また、電子加速電極6の周囲には、ガスクラスターと熱電子との衝突確率を高めるために永久磁石60を設置する。電子加速電極6に電圧をかけることによりスキマー50から噴出するガスクラスターに対してフィラメント4から発生する熱電子を十分に加速させて衝突させる役割を果たす。
【0024】
また、ガスクラスターと熱電子との衝突により発生するガスクラスターイオンを加速するガスクラスターイオン加速電極7、発生するガスクラスターイオンをターゲット3の方向へより多く引き出すためのガスクラスターイオン引出電極8および加速したガスクラスターイオンビームを収束するアインツェルレンズ9をスキマー50側からターゲット3側に向けて順次に設置する。電子引出電極5、ガスクラスターイオン加速電極7、ガスクラスターイオン引出電極8およびアインツェルレンズ9の中央部にはガスクラスターまたはガスクラスターイオンが通過できるだけの大きさの孔部を有する。
【0025】
ガスクラスターイオン加速電極7は、フィラメント4と同一電位であり、ターゲット3に対してガスクラスターイオンへ加速電圧を与える役割を果たすものであるが、ガスクラスターイオン加速電極7がない場合には、電子引出電極5が同様の役割を果たす。本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置内におけるガスクラスターイオン加速電極7の有無は、本発明の効果を変えるものではないが、以下の理由でガスクラスターイオン加速電極7を設けることが好ましい。
【0026】
すなわち、図1においてはガスクラスターイオン加速電極7とガスクラスターイオン引出電極8との間の電位勾配が最も大きく、異常放電が起こりやすい。ガスクラスターイオン加速電極7を設けない場合には、電子引出電極5とガスクラスターイオン引出電極8との間の電位勾配が最も大きくなり、異常放電が電子引出電極5とガスクラスターイオン引出電極8との間で起こる。そうすると、イオン加速電圧の高電圧負荷が電子引出電源(電子引出電極に接続して電圧を与える電源)にかかり、電子引出電源は数百Vの電源であるため、イオン加速電圧である数万Vの高負荷に耐えることができず、電子引出電源は容易に破損する。これを防ぐために、ガスクラスターイオン加速電極7を電子引出電極5とガスクラスターイオン引出電極8との間に設置し、電子引出電源を保護することが好ましい。そうすることで、万が一異常放電が起こってもガスクラスターイオン加速電極7とガスクラスターイオン引出電極8との間で起こる放電で済むために、負荷はもともと高電圧電源であるイオン加速電源とイオン引出電源にかかり、電子引出電源の破損は免れる。
【0027】
ガスクラスターイオン引出電極8は、特にイオン加速電圧を10000Vなどの比較的低い電圧で用いる場合に、ターゲット3の電位よりもマイナスの電位を与えてイオン発生部で発生したガスクラスターイオンを効率よく引き出す役割がある。この場合、一度引き出されたガスクラスターイオンはガスクラスターイオン引出電極8を通過した後、所定のエネルギーに減速される。イオン加速電圧が20000V以上の場合には、ガスクラスターイオン引出電極8は特に不要であり、ガスクラスターイオン引出電極8が存在しない場合には、アインツェルレンズ9を構成する複数の電極の中で最もガスクラスターイオン発生部側のもの(一般的にターゲット3の電位と等しい電極となる)が、前述した異常放電の説明におけるガスクラスターイオン引出電極8と同様の役割を果たす。
【0028】
なお、本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1内にガスクラスターイオン加速電極7を備えている場合には、後述する図2ないし図6に示す染み出し電場12が、ガスクラスターイオン加速電極7の孔部を基準として形成される。ここで、染み出し電場12とは、同一電位の点を連ねた等電位線11で表されるガスクラスターイオン加速電極7の孔部からフィラメント4近傍に染み出したように形成される電場をいうものとする。
【0029】
そのため、正の加速電位を持つガスクラスターイオン加速電極7の孔部の開口径を調整することでターゲット3が接地電位の場合には、ガスクラスターイオン発生部が正の加速電位を持つので、接地電位の電場がターゲット3側から熱電子発生部の近傍に染み出るように形成される。これに対して、ガスクラスターイオン発生部が接地電位の場合には、ターゲット3が持つマイナスの電場が熱電子発生部近傍に染み出るように形成される。
【0030】
その結果、ガスクラスターイオン発生部に染み出た相対的に負の電位は、前述した電子引出電極5と同様にガスクラスターイオンをターゲット3側に加速すると同時に熱電子の運動方向をガスクラスターイオンの運動方向と反対方向に曲げる作用がある。
【実施例1】
【0031】
本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置における電子引出電極と電子加速電極の配置による熱電子およびガスクラスターイオンの軌道への影響を確認するために、市販のシミュレーションソフトを用いて熱電子およびガスクラスターイオンの軌道を解析した結果について図2および図3を用いて説明する。図2は本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1において、スキマー50側より電子加速電極6、電子引出電極5の順に配置して熱電子の軌道をシミュレーションソフトにて解析した結果の模式図、図3は本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1においてスキマー50側より電子加速電極6、電子引出電極5の順に配置してガスクラスターイオンの軌道をシミュレーションソフトにて解析した結果の模式図である。なお、図2ないし図6においては電子引出電極5などの断面図の一部と後述する等電位線11や染み出し電場12の一部とが重複するので、図面の一部分を省略している。
【0032】
本シミュレーションの設定条件として、フィラメント4から発生する熱電子は、便宜上フィラメント4の周辺にランダムに配置し、シミュレーション開始時点でのエネルギーを0とした。また、ガスクラスターイオンはAr(アルゴン)1000個からなる1価のガスクラスターイオンであり、シミュレーション開始時の運動エネルギーを紙面左方向から右方向に50eVとして、ガスクラスターイオンビームおよび熱電子の軌道の重なる領域に配置した。さらに、ターゲット3およびチャンバー壁2を接地電位として、イオン源(フィラメントおよびガスクラスターイオン加速電極)を加速電圧+20000Vの電位とした。本シミュレーションにおけるガスクラスターイオンのシミュレーション開始時の運動エネルギーについては、「クラスターイオンビーム基礎と応用−次世代ナノ加工プロセス技術−」(山田公編著 日刊工業新聞社刊 29頁)から1000個のアルゴン原子からなるガスクラスターは64.6eVの運動エネルギーを持つので、約64.6eVとした。
【0033】
図2に示すように、フィラメント4から発生する熱電子は、+100V(接地電位に対して+20100V)の電子引出電極5によってその中心方向に引き出される。引き出された熱電子は、染み出し電場12と+200V(接地電位に対して+20200V)の電子加速電極6とによって、スキマー50の方向に進み、同図に示すような熱電子の軌道20を形成する。
【0034】
また、図3に示すように、熱電子とガスクラスターとが衝突することによって発生するガスクラスターイオンは、正の電荷を持つので電場から電子とは反対方向の力を受けてノズルとスキマーとを結ぶ延長線上に沿って緩やかにターゲット3の方向へ進み、染み出し電場12まで到達したところで加速電圧20000Vの電位差により加速されて、最終的にガスクラスターイオンビーム30となる。
【0035】
以上より、本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置は、電子加速電極と電子引出電極をスキマー側より順次配置することで、熱電子とガスクラスターとの衝突が高確率で発生する。その結果、ガスクラスターイオンが効率的に発生する(イオン化効率が高まる)ので、ターゲットに対するガスクラスタービーム照射を低エネルギーかつ低コストで行うことができる。
【0036】
なお、図2では紙面の上側に描かれたフィラメント4から発生する熱電子の軌道20のみが描かれているが、電子引出電極5は円筒対称であるので360°すべての方向のフィラメント4から同様の熱電子が放出される。また、電子引出電極5や電子加速電極6が接地電位にあって、ターゲット3がマイナスの電位にある場合でも、このシミュレーションは成立する。この場合はフィラメント4を接地電位として、ターゲット3を−10000V、電子引出電極5の電圧を200V、電子加速電極6の電圧を300Vなどとすれば同様の結果が得られる。さらに、本実施例ではガスクラスターイオンビーム装置1内にガスクラスターイオン加速電極7を備えているので、その孔部から染み出し電場12が形成しているが、ガスクラスターイオン加速電極7を備えていない場合には、ターゲット3側により近い位置に設置している電子引出電極5の孔部が染み出し電場12の発生基準位置となる。
【実施例2】
【0037】
次に、電子引出電圧および電子加速電圧に負荷する電圧の異同による熱電子およびガスクラスターイオンの軌道への影響を確認するために、実施例1で用いたシミュレーションの設定条件を変更した解析を行ったので、その結果について図4図5および図6を用いて説明する。図4は、本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1において電子引出電圧および電子加速電圧ともに+20350V(フィラメントにかかる電圧が+20000Vであるので、フィラメントに対しては+350V)に設定変更した場合の熱電子の軌道の解析結果を示す模式図、図5は本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1において電子引出電圧を+20350V、電子加速電圧を電子引出電圧とは異なる+20150V(フィラメントにかかる電圧が+20000Vであるので、フィラメントに対しては+150V)に設定変更した場合の熱電子の軌道の解析結果を示す模式図、図6は本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置1において電子引出電圧を+20350V、電子加速電圧を+20150Vに設定変更した場合のガスクラスターイオン(ビーム)の軌道の解析結果を示す模式図である。
【0038】
図4および図5に示すように、熱電子の軌道20の差はほとんど無く、これは熱電子の流れであるイオン化電流(熱電子の数)が大きくは変わらないことを示している。ただし、図5で示す解析結果では電子引出電圧よりも電子加速電圧が低く条件設定しているので、一度電子引出電圧によって加速された熱電子が電子加速電極に向かって減速しながら移動し、電子加速電極近傍では約150eVのエネルギーとなる。これに対して、ガスクラスターイオンは電子加速電極からより高い電位の電子引出電極5側に移動することになるが、図6に示すようにシミュレーション開始時に50eVの運動エネルギーを持つガスクラスターイオンは、電子加速電極6側に引き戻されること無く染み出し電場12まで到達し、ガスクラスターイオンビーム30としてターゲット3に向けて加速される。
【0039】
電子引出電圧および電子加速電圧に負荷する電圧の異同によるイオン化電流の影響を確認するために、本実施例の設定条件にて解析したガスクラスターイオン(ビーム)を構成する原子数分布を飛行時間法(JIS Z4001)により測定したので、その結果について図7を用いて説明する。本測定にあたっては、図1に示したガスクラスターイオンビーム装置1において、同図の電子引出電極5、電子加速電極6およびガスクラスターイオン加速電極7をオーステナイト系ステンレス鋼で製作し、フィラメント4をタングステンで製作した上で、各電極同士をアルミナ碍子で絶縁した状態で測定した。図7は、電子引出電圧を150Vで一定として電子加速電圧がフィラメントに対して150Vおよび350Vの場合における飛行時間法を用いたガスクラスターイオンを構成する原子数の分布を示す図である。この図で縦軸はガスクラスターイオン等によるイオン化電流(単位:nA)、横軸はガスクラスターイオンを構成する原子数(単位:atoms/ion)を示す。
【0040】
図7に示すように、同図分布の積分値として表される(ガスクラスターイオンの)ビーム電流の総量として見た場合には、電子加速電圧が電子引出電圧と同一電圧の350Vの場合も、電子引出電圧とは異なる電圧の150Vの場合も大きく変わらない。しかし、ガスクラスターイオンを構成する原子数のピーク(最大値)は電子加速電圧が150Vの場合では7000atoms/ion程度であり、電子加速電圧が350Vの場合では2000atoms/ion程度にまで減少する。また、ガスクラスターイオンによるイオン化電流の最大値は電子加速電圧が150Vの場合では15nAであるが、電子加速電圧が350Vの場合では21nAまで増加する。
【0041】
このことから、ビーム電流を一定とすると、電子引出電圧と電子加速電圧が同一(電子引出電圧、電子加速電圧共に350V)の場合では、電子引出電圧と電子加速電圧とが異なる(電子引出電圧350V、電子加速電圧150V)場合に比べて多量に発生する熱電子との衝突によってガスクラスターを構成する中性粒子の蒸発が起こりやすいので、結果としてガスクラスターイオンを構成する原子数が減少することになる。
【0042】
したがって本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置は、電子引出電極と電子加速電極とで、各電極に負荷する電圧を異なるものとすることでイオン化電流とイオン化エネルギーを別個に制御し、熱電子の発生数とその速度を個別に制御できるので、イオン化効率すなわちガスクラスターイオンの流れであるビーム電流をほぼ変化させることなくガスクラスターを構成する中性粒子数を保ち、ひいてはガスクラスターイオンを構成する原子数を保つことができる。そのため、本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置は、例えば大面積のターゲットの加工も短時間で効率良く行うことができる。
【実施例3】
【0043】
図1に示すガスクラスターイオンビーム装置1を用いて、電子加速電極6の周囲に設置する磁石の有無によるイオン化効率の差異を確認するために、永久磁石の設置の有無によるイオン化効率の変化を測定したので、その結果について説明する。本測定に用いたガスクラスターイオンビーム装置1は、図1に示した電子引出電極5、電子加速電極6およびガスクラスターイオン加速電極7をオーステナイト系ステンレス鋼で製作し、フィラメント4をタングステンで製作した上で、各電極同士をアルミナ碍子で絶縁した。また、イオン化効率はガスクラスターイオンビームの軌道上に設置した電離真空計により(中性)ガスクラスターの量を測定し、イオン化電極を動作させた時の(中性)ガスクラスターの減少量を元にして算出した。そのようにして算出した結果、永久磁石が設置されていない場合にはイオン化効率は58%であった。
【0044】
これに対して、電子加速電極6の周囲にはリング状のサマリウム−コバルト系永久磁石60をターゲット3側がN極となるよう設置した上で同様にイオン化効率を測定した結果、その効率は99%まで上昇した。このとき、フィラメント4の電流は図1の紙面上部のフィラメント4で紙面の表側から裏側へ、同図紙面下部のフィラメント4で裏側から表側に向けてそれぞれ流れているので、フィラメント4内部の磁力線は紙面の右側から左側へと向かうことになる。また、電子加速電極6内部で永久磁石60により発生する磁力線の向きも紙面の右側から左側へ向かっており、フィラメント4の磁力線と同一方向である。
【0045】
次に、フィラメント4の電流の向きだけを反転、つまり図1の紙面上部のフィラメント4で紙面の裏側から表側へ、同図紙面下部のフィラメント4で表側から裏側に向けてそれぞれ電流を流すことでフィラメント4内部の磁力線の方向を紙面の左側から右側へと向きを変更したところ、イオン化効率は64%へ減少した。
【0046】
これに対して、フィラメント4の電流の向きを上述の状態で、電子加速電極6の周囲に設置した永久磁石60の向きを反転、つまりターゲット3側がS極となるように設置して、フィラメント4と永久磁石60と各々の磁力線の向きを揃えたところ、そのイオン化効率は再び99%へ上昇した。
【0047】
以上より、本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置の電子加速電極の周囲に永久磁石60を設置して、フィラメント4に通電することで発生する磁力線の向きと永久磁石60により発生する磁力線の向きとを一致させることで、同装置内のフィラメントで発生した磁界が増幅するのでイオン化効率が向上した。これは、本発明に係るガスクラスターイオンビーム装置では、電子加速電極の内部でノズルとスキマーとを結ぶ延長線と平行な磁力線を持つ磁界が発生する結果、フィラメントから発生する熱電子がその磁力線に対して螺旋運動を描くように軌道が変化する。そのため、電子加速電極に衝突して消滅するまでの熱電子の軌道が長くなり、熱電子とガスクラスターとの衝突確率が高まるためである。
【0048】
なお、図1ないし図6で示した電子引出電極5、電子加速電極6およびガスクラスターイオン加速電極7の形状およびそれらの電位はあくまで一例に過ぎず、ターゲット3に照射するガスクラスターイオンのエネルギーや種類、ターゲット3の形状や材質等によって、それらの電極形状や各部の電位は最適化すれば同様の効果を奏する。また、熱電子の発生源はフィラメント4に限らず、六ホウ化ランタンなどの電子放射板などを用いることも可能であり、電子加速電極6に設置する永久磁石は電磁石に置換しても同様の効果を奏する。さらに、本発明の主眼は、イオン化するガスクラスターの運動方向と対向するように熱電子の運動方向を制御することでガスクラスターイオンのイオン化効率を向上することである。
【符号の説明】
【0049】
1 ガスクラスターイオンビーム装置
4 フィラメント
5 電子引出電極
6 電子加速電極
40 ノズル
50 スキマー
60 永久磁石
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7