特許第5665004号(P5665004)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人佐賀大学の特許一覧

特許5665004ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子
<>
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000044
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000045
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000046
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000047
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000048
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000049
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000050
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000051
  • 特許5665004-ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子 図000052
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5665004
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月4日
(54)【発明の名称】ダイズ油脂中のオレイン酸含量を増加させる突然変異体及びその原因遺伝子
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20060101AFI20150115BHJP
【FI】
   A01H5/00 ZZNA
【請求項の数】5
【全頁数】59
(21)【出願番号】特願2011-519958(P2011-519958)
(86)(22)【出願日】2010年6月21日
(86)【国際出願番号】JP2010060928
(87)【国際公開番号】WO2010150901
(87)【国際公開日】20101229
【審査請求日】2013年3月25日
(31)【優先権主張番号】特願2009-147706(P2009-147706)
(32)【優先日】2009年6月22日
(33)【優先権主張国】JP
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-11248
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-11249
(73)【特許権者】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147131
【弁理士】
【氏名又は名称】今里 崇之
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】穴井 豊昭
【審査官】 幸田 俊希
(56)【参考文献】
【文献】 特表平11−508961(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/005998(WO,A1)
【文献】 特開2004−000003(JP,A)
【文献】 特表2005−530506(JP,A)
【文献】 ANAI,T. et al.,Two high-oleic-acid soybean mutants, M23 and KK21, have disrupted microsomal omega-6 fatty acid desa,Breeding Sci.,2008年12月10日,Vol.58, No.4,pp.447-52
【文献】 PHAM,A.T. et al.,Mutant alleles of FAD2-1A and FAD2-1B combine to produce soybeans with the high oleic acid seed oil trait.,BMC Plant Biol.,2010年 9月 9日,Vol.10,195
【文献】 SCHLUETER,J.A. et al.,The FAD2 Gene Family of Soybean.,Crop Sci.,2007年 1月,Vol.47, No.Suppl_1,pp.S14-S26
【文献】 TANG,G.Q. et al.,Oleate desaturase enzymes of soybean: evidence of regulation through differential stability and phosphorylation.,Plant J.,2005年11月,Vol.44, No.3,pp.433-46
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00
A01H 5/00
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Thomson Innovation
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ω-6脂肪酸不飽和化酵素をコードするGmFAD2-1b遺伝子及びGmFAD2-1a遺伝子に機能欠失型変異が導入された、非遺伝子組換え型オレイン酸高含有ダイズであって、前記GmFAD2-1b遺伝子の機能欠失型変異はω-6脂肪酸不飽和化酵素のアミノ酸配列のうち第189番目のアミノ酸残基をコードするコドンが、スレオニンのコドンからプロリンのコドンへ置換されたものである、前記ダイズ
【請求項2】
オレイン酸含有量が、ダイズの総脂肪酸量の75%以上である、請求項1に記載のダイズ。
【請求項3】
以下の(a)〜(e)の少なくとも1つの特徴を有する、請求項1又は2に記載のダイズ。
(a) 種子の表皮の皺が野生型と比較して増加しない
(b) 実質的に問題となる量のリノール酸を生成しない
(c) 総貯蔵タンパク質中のβ-コングリシニン含有量が野生型と比較して実質的に低下しない
(d) 総貯蔵タンパク質量が野生型と比較して実質的に低下しない
(e) 稔性が野生型と比較して低下しない
【請求項4】
配列番号5で示される塩基配列からなるGmFAD2-1b遺伝子を有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載のダイズ。
【請求項5】
KK21ダイズと同一のGmFAD2-1a遺伝子の機能欠失型変異及びB12ダイズと同一のGmFAD2-1b遺伝子の機能欠失型変異を有する、非遺伝子組換え型オレイン酸高含有ダイズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイズのGmFAD2−1b遺伝子に機能欠失型変異を導入したダイズ種及び当該変異が導入された遺伝子に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイズは、世界で最も大量に生産される植物油脂供給源である。植物油脂に含まれる脂肪酸の組成は、油脂の品質に直接的な影響を与えるため、ダイズにおいても脂肪酸組成の改変が品種改良の主要な課題となっている。一般的に、脂肪酸組成において、飽和脂肪酸含有量が高いと油脂の品質は安定するが、この様な油脂を摂取すると低密度リポタンパク質コレステロールの血中レベルが上昇するため、栄養学的に好ましくない。また、リノール酸などの多価不飽和脂肪酸は、酸化されやすく不安定であり、バイオ燃料として用いた場合にスラッジが生じやすいという問題がある。
従来より、多価不飽和脂肪酸の不安定性を補う手段として水素付加が行われているが、コストがかかるために経済的ではなく、また、副生成物として冠動脈系疾患のリスクファクターと考えられるトランス脂肪酸が生じてしまうために好ましくない。対照的に、オレイン酸などの一価不飽和脂肪酸は、比較的酸化に対して安定であり、血中コレステロールレベルを低下させることから、オレイン酸を多く含むダイズは、燃料源としても、栄養源としても好ましい。
一般的に流通しているダイズの種子から得られる油脂の組成は、オレイン酸量が20〜25%程度であり、リノール酸量が50〜57%であるため、オレイン酸含有量の増加を図るべく多くの品種改良がなされてきた。しかしながら、現在までに開発された品種は、実用的に十分なオレイン酸含量を有するには至っていない。
これまでの研究により、植物油脂中のオレイン酸含量を増加させるためには、オレイン酸を不飽和化しリノール酸を生産する過程を触媒する小胞体型オメガ−6脂肪酸不飽和化酵素(FAD2)の活性を低下させることが重要であることが明らかになっており(非特許文献1)、この酵素をコードしているFAD2遺伝子が品種改良の際の標的となっている。遺伝子組換え技術を利用したFAD2遺伝子改変ダイズとして、コサプレッション法を用いて、FAD2遺伝子の発現を阻害した超高オレイン酸ダイズ(系統名:260−05)が開発されており、オレイン酸含量が約80%以上にまで増加したことが報告されている(特許文献1及び非特許文献2)。また、遺伝子組換えにより、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の比率調節に関与するパルミトイル−ACPチオエステラーゼをコードする遺伝子の発現を低下させることにより、オレイン酸含有量を増加させた例も報告されている(特許文献2)。しかしながら、これらの高オレイン酸ダイズは遺伝子組換え体であったことから、最終的に消費者に受け入れられず、現時点では食用としての生産はされていない。
従って、高オレイン酸含有の食用ダイズ又はダイズ油の提供を目的とした場合、遺伝子組換え技術を用いずに高オレイン酸ダイズを提供することが望まれる。以前、本発明者は突然変異の誘発によりFAD2遺伝子の一つであるGmFAD2−1a遺伝子の機能を完全に破壊した2種類の突然変異系統(M23及びKK21)を作製し、ダイズのオレイン酸含有量を約25%から50%以上にまで倍増させることに成功したが(特許文献3及び非特許文献1)、遺伝子組換え技術を用いずにオレイン酸含有量を更に増加させることは困難であった。
【特許文献1】特表平11−508961号公報
【特許文献2】特開2005−530506号公報
【特許文献3】特開2004−3号公報
【非特許文献1】Anai et al.,Breeding Science 58:447−452(2008)
【非特許文献2】Kinney and Knowlton.,Genetic Modification in the Food Industry.Blackie,London.193−213.pp.(1998)
【発明の開示】
【0003】
本発明の課題は、現在までに開発された高オレイン酸含有ダイズを上回る量のオレイン酸を含有する非遺伝子組換え型ダイズを提供することである。
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意研究を行った結果、野生型ダイズの、GmFAD2−1a遺伝子とは別のFAD2遺伝子であるGmFAD2−1b遺伝子に機能欠失型の変異を導入することに成功した。そして、この突然変異を有するダイズは、GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を併せ持つ場合、オレイン酸がリノール酸に変換されず、非常に高いオレイン酸含有率を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1] ω−6脂肪酸不飽和化酵素をコードするGmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1a遺伝子に機能欠失型変異が導入された、非遺伝子組換え型オレイン酸高含有ダイズ。
[2] オレイン酸含有量が、ダイズの総脂肪酸量の75%以上である、前記[1]に記載のダイズ。
[3] 以下の(a)〜(e)の少なくとも1つの特徴を有する、前記[1]に記載のダイズ。
(a) 種子の表皮の皺が野生型と比較して増加しない
(b) 実質的に問題となる量のリノール酸を生成しない
(c) 総貯蔵タンパク質中のβ−コングリシニン含有量が野生型と比較して実質的に低下しない
(d) 総貯蔵タンパク質量が野生型と比較して実質的に低下しない
(e) 稔性が野生型と比較して低下しない
[4] 前記機能欠失型変異が、ミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異及びヌル変異からなる群から選択されるいずれかの変異である、前記[1]に記載のダイズ。
[5] 前記GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異は、ω−6脂肪酸不飽和化酵素のアミノ酸配列のうち、以下の(1)〜(8)からなる群から選択される領域に含まれるアミノ酸残基をコードするコドンに生じた変異である、前記[1]に記載のダイズ。
(1) 第58番目〜第79番目のアミノ酸残基からなる領域
(2) 第88番目〜第108番目のアミノ酸残基からなる領域
(3) 第180番目〜第194番目のアミノ酸残基からなる領域
(4) 第229番目〜第251番目のアミノ酸残基からなる領域
(5) 第254番目〜第277番目のアミノ酸残基からなる領域
(6) 第109番目〜第114番目のアミノ酸残基からなる領域
(7) 第141番目〜第149番目のアミノ酸残基からなる領域
(8) 第319番目〜第326番目のアミノ酸残基からなる領域
[6] 前記アミノ酸残基が、第103番目及び/又は第189番目のアミノ酸残基である、前記[5]に記載のダイズ。
[7] 前記変異が、第103番目及び/又は第189番目のアミノ酸残基をコードするコドンのミスセンス変異である、前記[5]に記載のダイズ。
[8] 前記第103番目のアミノ酸残基をコードするコドンのミスセンス変異が、グリシンのコドンからバリンのコドンへの置換によるものである、前記[7]に記載のダイズ。
[9] 前記第189番目のアミノ酸残基をコードするコドンのミスセンス変異が、スレオニンのコドンからプロリンのコドンへの置換によるものである、前記[7]に記載のダイズ。
[10] 配列番号3又は5で示される塩基配列からなる遺伝子を有する、前記[5]に記載のダイズ。
[11] GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異が、M23ダイズ又はKK21ダイズのGmFAD2−1a遺伝子の変異と同一のものであるである、前記[2]に記載のダイズ。
[12] 受領番号がFERM ABP−11249であるKK21ダイズと受領番号がFERM ABP−11248であるB12ダイズとを交雑させて得られる、非遺伝子組換え型オレイン酸高含有ダイズ。
[13] 前記[1]〜[12]のいずれか1つに記載のダイズ又はその処理物を含む医薬品組成物、食品又は飼料。
[14] 前記[1]〜[12]のいずれか1つに記載のダイズ又はその処理物から抽出されたダイズ油。
[15] 前記[14]に記載のダイズ油を含む、医薬組成物用、食品用又は飼料用の材料。
[16] 前記[1]〜[12]のいずれか1つに記載のダイズ又はその処理物から生成される燃料。
[17] 前記[1]〜[12]のいずれか1つに記載のダイズ同士、又は当該ダイズと他のダイズ種とを交雑させることを特徴とする、非遺伝子組換え型オレイン酸高含有ダイズの製造方法。
[18] 以下の(i)〜(iv)からなる群から選ばれるいずれかの工程を含む、非遺伝子組換え型オレイン酸高含有ダイズの製造方法。
(i) GmFAD2−1a遺伝子の変異を有するダイズ種と、GmFAD2−1b遺伝子の変異を有するダイズ種とを交雑させる工程
(ii) GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を有するダイズ種に、変異誘発剤又はX線処理を施してGmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異を誘発する工程
(iii) GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異を有するダイズ種に、変異誘発剤又はX線処理を施してGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を誘発する工程
(iv) 野生型ダイズ種に、変異誘発剤又はX線処理を施してGmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を誘発する工程
[19] 非遺伝子組換え型オレイン酸高含有ダイズのスクリーニング方法であって、
(a)前記[1]〜[12]のいずれか1つに記載のダイズが有するGmFAD2−1a遺伝子若しくはGmFAD2−1b遺伝子の変異部位の塩基配列を含むオリゴヌクレオチドプローブ、及び/又は前記遺伝子の塩基配列及びその相補配列の少なくとも一方を増幅したときの増幅断片中に前記変異部位が含まれるように作製されたオリゴヌクレオチドプライマーを用いて被検ダイズのGmFAD2−1a遺伝子又はGmFAD2−1b遺伝子について増幅処理及び/又はハイブリダイゼーション処理を行う工程、並びに
(b)前記遺伝子の変異部位を検出する工程
を含む、前記方法。
[20] 前記[1]〜[12]のいずれか1つに記載のダイズが有するGmFAD2−1a遺伝子又はGmFAD2−1b遺伝子の変異部位の塩基配列を含むように作製されたオリゴヌクレオチド。
[21] オリゴヌクレオチドの5’末端若しくは3’末端又は中央の塩基が、GmFAD2−1a遺伝子又はGmFAD2−1b遺伝子の変異部位となるように作製されたものである、前記[20]に記載のオリゴヌクレオチド。
[22] 10〜200塩基の長さを有する、前記[20]又は[21]に記載のオリゴヌクレオチド。
[23] 前記[20]〜[22]のいずれか1つに記載のオリゴヌクレオチドが支持体に固定されたマイクロアレイ。
[24] 前記[20]〜[22]のいずれか1つに記載のオリゴヌクレオチド及び/又は前記[23]に記載のマイクロアレイを含む、GmFAD2−1a遺伝子又はGmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異検出用キット。
本発明の突然変異遺伝子を有するダイズは、オレイン酸を高含量で含有し、特に、GmFAD2−1a遺伝子及びGmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異を併せ持つ場合、約80%という極めて高いオレイン酸含量を示す。このオレイン酸値は、オレイン酸含量の希望基準値を完全に満たすものであると考えられる。さらに、本発明の超高オレイン酸含有ダイズは、遺伝子組換え技術を用いずに入手可能な非遺伝子組換えダイズであるため、消費者の受け入れにも全く支障はなく、食品、飼料及び薬品の素材として幅広い用途と有用性を有するものと考えられる。
また、本発明の遺伝子の変異は、オリゴヌクレオチドで作製したプローブやプライマーなどを用いて容易に検出することが可能である。したがって、本発明のダイズを別のダイズ品種と交雑させ、その子孫ダイズのゲノムDNAについて、これらのプローブ又はプライマーを用いて本発明の突然変異遺伝子を含むダイズ系統を選抜することにより、新たな特性を有する高オレイン酸ダイズ品種を作製することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0004】
図1は、GmFAD2−1a及びGmFAD2−1bに機能欠失型変異を有するFH00ES04E11系統の種子の脂肪酸組成を示すガスクロマトグラフである。ピーク1〜5は、それぞれパルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸及びα−リノレン酸に対応する。
図2は、GmFAD2−1aのみに機能欠失型変異を有するBC3F4系統の種子の脂肪酸組成を示すガスクロマトグラフである。ピーク1〜5の対応は、図1と同様である。
図3は、GmFAD2−1a及びGmFAD2−1bのいずれにも機能欠失型変異を有しないフクユタカの種子の脂肪酸組成を示すガスクロマトグラフである。ピーク1〜5の対応は、図1及び図2と同様である。
図4は、CELIヌクレアーゼ処理による切断パターンを解析した結果を示す図である。
図5は、制限酵素による切断パターンを解析した結果を示す図である。
図6は、各ダイズに含まれるタンパク質の組成をSDS−PAGEで分析した結果を示す図である。
図7は、各ダイズに含まれる脂肪酸の組成をガスクロマトグラフィーで分析した結果を示す図である。
図8は、本発明のダイズを製造する方法の模式図である。
図9は、本発明のダイズを製造する方法を示す模式図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をすることができる。
なお、本明細書において引用した全ての文献、および公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込むものとする。また、本明細書は、2009年6月22日に出願された本願優先権主張の基礎となる日本国特許出願(特願2009−147706号)の明細書及び図面に記載の内容を包含する。
本発明者らは、GmFAD2−1a遺伝子に機能欠失変異を有するダイズに、さらに変異処理を施すことにより、GmFAD2−1b遺伝子に機能欠失型の変異を導入することに成功し、その結果、GmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1a遺伝子の両方に機能欠失変異を有する非遺伝子組換えダイズを作製した。この非遺伝子組換えダイズはオレイン酸を高含量で含有していた。また、本発明により得られた非遺伝子組換え型ダイズを詳細に観察した結果、以下の(a)〜(e)の少なくとも1つの特徴(表現型)を有することが分かった。
(a) 種子の表皮の皺が野生型と比較して増加しない
(b) 実質的に問題となる量のリノール酸を生成しない
(c) 総貯蔵タンパク質中のβ−コングリシニン含有量が野生型と比較して実質的に低下しない
(d) 総貯蔵タンパク質量が野生型と比較して実質的に低下しない
(e) 稔性が野生型と比較して低下しない
従って、本発明は、上記変異を有するダイズ、好ましくは、さらに上記(a)〜(e)の少なくとも1つの特徴を有する非遺伝子組換えダイズ(以下、「本発明のダイズ」と呼ぶ)を提供する。
本発明において、「ダイズ」とは、ダイズの植物個体の全体又は一部を意味し、植物個体のほか、該植物個体の器官(種子等)、該植物個体由来の細胞又は細胞小器官などの部分構造体を意味する場合もある。
本発明において、「非遺伝子組換えダイズ」又は「非遺伝子組換え型ダイズ」とは、遺伝子組換え技術による遺伝的性質の改変を経ていないダイズ育種、すなわち、ダイズ原種、及び原種に非遺伝子組換え技術による遺伝子変異を導入して品種改良を行うことにより得られたダイズ品種を意味する。
本発明において、「野生型」又は「野生型ダイズ」とは、既存の非遺伝子組換えダイズであって、かつ正常な生物学的機能を有することによりω−6脂肪酸不飽和化酵素を生成するダイズ種を意味する。野生型ダイズの例としては、「Bay」、「むらゆたか」及び「フクユタカ」が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
上記表現形質において、特徴(a)は、ダイズ1個体から収穫されるダイズ種子の総粒数に占める「表皮に皺を有しない種子」の割合が、60%以上、65%以上、70%以上、75%以上又は80%以上であり、好ましくは、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上又は95%以上であることを意味する。この特徴は、ダイズ種子を肉眼で観察することにより確認することができる。
上記特徴(b)について、「実質的に問題となる量のリノール酸を生成しない」とは、油脂の酸化を早め、安定性を低下させるレベルまでリノール酸を生成しないことを意味する。
具体的には、上記特徴(b)は、総脂肪酸量に対するリノール酸の比率(すなわち、リノール酸含有率)が、50%以下、45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下、5%以下又は4%以下であることを意味する。
リノール酸含有率は、ダイズから抽出される油脂について通常の油脂分析を行うことにより測定することが可能であり、例えば、公知文献(Anai et al.,Breeding Science 58:447−452(2008))に記載される条件下でのガスクロマトグラフィー分析などにより測定することができる。但し、測定法はこれに限定されるものではない。このようにして本発明のダイズの種子のリノール酸含有量を測定することにより、上記特徴(b)を確認することができる。
上記特徴(c)は、本発明のダイズの総貯蔵タンパク質中のβ−コングリシニン含有量が、野生型ダイズの総貯蔵タンパク質中のβ−コングリシニン含有量と比べて、実質的に同程度以上であることを意味し、例えば、本発明のダイズの総貯蔵タンパク質中のβ−コングリシニン含有量は、野生型ダイズの総貯蔵タンパク質中のβ−コングリシニン含有量の70%以上であり、好ましくは、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上である。
総貯蔵タンパク質中のβ−コングリシニン含有量は、ダイズ、好ましくはダイズ種子に含まれるタンパク質について通常のタンパク質分析を行うことにより測定することができる。例えば、sodium dodecyl sulfate polyacrylamide gel electrophoresis(SDS−PAGE)、ウェスタンブロッティング、ELISA(Enzyme Linked Immuno Sorbent Assay)、各種クロマトグラフィー分析などにより測定することできる。このようにして測定された本発明のダイズ及び野生型ダイズのβ−コングリシニン含有量を比較することにより、上記特徴(c)を確認することができる。
上記特徴(d)は、本発明のダイズに含有されるタンパク質量が、野生型ダイズに含有されるタンパク質量と比べて、実質的に同程度以上であることを意味し、例えば、本発明のダイズに含有されるタンパク質量が、野生型ダイズに含有されるタンパク質量の70%以上であり、好ましくは、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上である。ダイズ、好ましくはダイズ種子に含有されるタンパク質量は、上記特徴(c)の記載において述べた測定方法等により測定することできる。このようにして測定された本発明のダイズ及び野生型ダイズに含有されるタンパク質量を比較することにより、上記特徴(d)を確認することができる。
上記特徴(e)は、本発明のダイズ同士を交雑させた場合、受粉による受精率が、野生型ダイズと比べて、実質的に同程度以上であることを意味する。ここで、「実質的に同程度以上である」とは、本発明のダイズの受粉による受精率が、野生型ダイズの受粉による受精率と比べて、70%以上であること、好ましくは、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上の範囲にあることを意味する。受粉による受精率は、ダイズの雄しべと雌しべとを接触させて人工受粉させ、受粉した花の個数に対する形成されたダイズの房の数の比率として求めることができる。このようにして求めた本発明のダイズ及び野生型ダイズの受精率を比較することにより、上記特徴(e)を確認することができる。
また、本発明のダイズは、オレイン酸含有量が高いことを特徴としており、本発明のダイズのオレイン酸含有量は、ダイズに含まれる総脂肪酸量の30%以上を占め、好ましくは、50%以上、より好ましくは、70%以上、71%以上、72%以上、73%以上、74%以上、75%以上、76%以上、77%以上、78%以上、79%以上、80%以上又は81%以上であり、さらに好ましくは81.5%以上であり、さらにより好ましくは、81.6%以上である。オレイン酸含有量は、ダイズから抽出される脂肪酸について通常の油脂分析を行うことにより容易に測定することができる。例えば、公知文献(Anai et al.,Breeding Science 58:447−452(2008))に記載されるような条件下でのガスクロマトグラフィー分析などにより測定できる。但し、測定法はこれに限定されるものではない。
1.変異遺伝子
本発明のダイズは、好ましくは、GmFAD2−1b遺伝子及び/又はGmFAD2−1a遺伝子に機能欠失型変異を含む。本発明において、「変異遺伝子を含む」とは、ダイズ細胞内に変異遺伝子を保持することを意味し、このようなダイズは、好ましくは、該変異遺伝子を該ダイズのゲノム中に保持し、さらに好ましくは、遺伝子組換え操作によらずに、例えば、突然変異又は他品種との交雑の結果として変異遺伝子をゲノム中に保持する、非遺伝子組換え型のダイズである。
GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異を保持するダイズは、種子内の総FAD2活性が著しく低下しており、特に、GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異及びGmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異の両方を保持するダイズは、種子内でのFAD2の機能がほぼ完全に失われており、そのためオレイン酸がリノール酸に変換されない。
本発明において、「GmFAD2−1a遺伝子」及び「GmFAD2−1b遺伝子」は、ともにダイズ(Glycine max(L.)Merr.)のミクロソームω−6脂肪酸不飽和化酵素(ω−6 fatty acid desaturase:FAD2)をコードする遺伝子である。また、「ω−6脂肪酸不飽和化酵素をコードする遺伝子」とは、ω−6脂肪酸不飽和化酵素のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列からなる遺伝子領域を意味し、いわゆるオープンリーディングフレーム領域を意味する。「オープンリーディングフレーム(ORF)」とは、タンパク質に翻訳されるDNAあるいはRNAの領域であり、遺伝子において、ORFは開始コドンと終了コドンの間に位置する配列を意味する。
ω−6脂肪酸不飽和化酵素は、ダイズ内でオレイン酸をリノール酸に変換する反応を触媒する酵素であり、この酵素をコードする遺伝子としては、GmFAD2−1a、GmFAD2−1b、GmFAD2−2a、GmFAD2−2b及びGmFAD2−2cが確認されているが、このうち、GmFAD2−1a及びGmFAD2−1bのみが、発生段階の種子において特異的に発現することが知られている(Anai et al.,Breeding Science 58:447−452(2008))。GmFAD2−1aとGmFAD2−1bとは、それぞれ、連鎖群LGOおよびLGIに座乗している遺伝子であり、GenBank Accession No.AB188250.1とAB188251.1として登録されている塩基配列を持つ。これらは、ORFの塩基配列で94%の相同性を示し、5残基の異なるアミノ酸を含む。
フクユタカ由来の野生型ω−6脂肪酸不飽和化酵素をコードするGmFAD2−1b遺伝子のヌクレオチド配列を配列番号1に、また該酵素のアミノ酸配列を配列番号2に示す。また、フクユタカ由来の野生型GmFAD2−1a遺伝子のヌクレオチド配列を配列番号14に、野生型GmFAD2−1a酵素のアミノ酸配列を配列番号15に示す。
本発明において、「機能欠失型変異(loss of function mutation)」とは、その遺伝子にコードされるタンパク質等が、その生物学的機能を失うような変異を意味しており、完全に機能を失ったアモルフ(amorph)型と、部分的に機能を失ったハイポモルフ(hypomorph)型のいずれであってもよいが、FAD2機能を完全に欠損したアモルフ型が好ましい。また、接合型は、ホモ型及びヘテロ型のどちらでもよいが、ホモ接合型であることが好ましい。この場合、完全に機能を失うとは、実質的にFAD2の機能が認められなくなることを意味し、例えば、野生型の機能活性を100%と定めた場合に、変異体が、10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは3%以下、さらにより好ましくは1%以下、最も好ましくは0.1%以下の機能活性しか示さないことを意味する。また、部分的に機能を失うとは、変異体が、野生型と比較して、90%以下、好ましくは、70%以下、より好ましくは60%以下、さらに好ましくは50%以下、さらにより好ましくは40%以下、最も好ましくは30%以下の機能活性しか示さないことを意味する。
GmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異遺伝子は、GmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1b遺伝子によりコードされるFAD2が、そのFAD2活性を喪失するものであれば特に限定されないが、好ましくは、FAD2をコードするGmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1b遺伝子中のミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異及びヌル変異からなる群から選択されるいずれかの変異が導入された、機能欠失型変異遺伝子である。
GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異は、FAD2のアミノ酸配列のうち、以下の(1)〜(8)からなる群から選択される領域に含まれるアミノ酸残基をコードするコドンに生じていることが好ましい。
(1) 第58番目〜第79番目のアミノ酸残基からなる領域
(2) 第88番目〜第108番目のアミノ酸残基からなる領域
(3) 第180番目〜第194番目のアミノ酸残基からなる領域
(4) 第229番目〜第251番目のアミノ酸残基からなる領域
(5) 第254番目〜第277番目のアミノ酸残基からなる領域
(6) 第109番目〜第114番目のアミノ酸残基からなる領域
(7) 第141番目〜第149番目のアミノ酸残基からなる領域
(8) 第319番目〜第326番目のアミノ酸残基からなる領域
前記FAD2のアミノ酸配列は、好ましくは、配列番号2に示すアミノ酸配列であり、配列番号2のアミノ酸配列において、(1)〜(8)の領域のアミノ酸配列は、以下の通りである。
(1)第58番目〜第79番目のアミノ酸:Leu Ser Tyr Val Val Tyr Asp Leu Ser Leu Ala Phe Ile Phe Tyr Ile Ala Thr Thr Tyr Phe His(配列番号16)
(2)第88番目〜第108番目のアミノ酸:Ile Ala Trp Pro Ile Tyr Trp Val Leu Gln Gly Cys Ile Leu Thr Gly Val Trp Val Ile Ala(配列番号17)
(3)第180番目〜第194番目のアミノ酸:Leu Gly Arg Ala Ala Ser Leu Leu Ile Thr Leu Thr Ile Gly Trp(配列番号18)
(4)第229番目〜第251番目のアミノ酸:Ile Tyr Val Ser Asp Val Ala Leu Phe Ser Val Thr Tyr Leu Leu Tyr Arg Val Ala Thr Met Lys Gly(配列番号19)
(5)第254番目〜第277番目のアミノ酸:Trp Leu Leu Cys Val Tyr Gly Val Pro Leu Leu Ile Val Asn Gly Phe Leu Val Thr Ile Thr Tyr Leu Gln(配列番号20)
(6)第109番目〜第114番目のアミノ酸:His Glu Cys Gly His His(配列番号21)
(7)第141番目〜第149番目のアミノ酸:Trp Lys Ile Ser His Arg Arg His His(配列番号22)
(8)第319番目〜第326番目のアミノ酸:His Val Ala His His Leu Phe Ser(配列番号23)
上記(1)〜(8)のうち、(1)〜(5)に示される領域は、FAD2の膜貫通ドメインに含まれる領域であり、(6)〜(8)に示される領域は、該FAD2のヒスチジンボックスに含まれる領域である。膜貫通ドメインは、FAD2の構造安定化に重要な部位であり、一方、ヒスチジンボックスは、金属イオンとの結合部位であり、FAD2酵素の活性化に重要な部位である。従って、これらの領域に変異が生じた場合、FAD2酵素はその活性が失うものと考えられる。前記変異は、上記(1)〜(8)のアミノ酸領域うち、(1)〜(3)の領域に生じていることが好ましい。
本発明のダイズに生じている機能欠失型変異は、ミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異、ヌル変異又はこれらの組み合わせであるが、前記(1)〜(8)からなる群から選択される領域に含まれるアミノ酸残基をコードするコドンに生じる変異は、ミスセンス変異であることが好ましい。ミスセンス変異により生じるアミノ酸置換としては、例えば、親水性アミノ酸から疎水性アミノ酸への置換、あるいは疎水性アミノ酸から親水性アミノ酸への置換が挙げられる。親水性のアミノ酸の例としては、Gly、Thr、Ser、Tyr、Cys、Gln及びAsnが挙げられる。一方、疎水性のアミノ酸残基の例としては、Val、Pro、Leu、Trp、Leu、Phe、Ala、Met及びIleが挙げられる。
更に好ましくは、GmFAD2−1b遺伝子中の変異は、FAD2酵素のアミノ酸配列のうち第103番目及び/又は第189番目のアミノ酸残基をコードするコドンのミスセンス変異である。例えば、前記第103番目のミスセンス変異は、グリシンのコドンからグリシン以外の19種類のアミノ酸(Ala、Arg、Asn、Asp、Cys、Gln、Glu、His、Ile、Leu、Lys、Met、Phe、Pro、Ser、Thr、Trp、Tyr、Val)のコドンへの置換によるものであり、さらに好ましくは、グリシンのコドン(GGT、GGC、GGA、GGG)からバリンのコドン(GTT、GTC、GTA、GTG)への置換によるものであり、前記第189番目のミスセンス変異は、スレオニンのコドンからスレオニン以外の19種類のアミノ酸(Ala、Arg、Asn、Asp、Cys、Gln、Glu、His、Ile、Leu、Lys、Met、Phe、Pro、Ser、Gly、Trp、Tyr、Val)のコドンへの置換によるものであり、さらに好ましくは、スレオニンのコドン(ACT、ACC、ACA、ACG)からプロリンのコドン(CCT、CCC、CCA、CCG)への置換によるものであり、あるいは、前記第103番目の変異と前記189番目の変異の組合せも含まれる。
最も好ましくは、GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異遺伝子は配列番号3又は5で示される塩基配列を有する。配列番号3は、野生型のGmFAD2−1b遺伝子の塩基配列(配列番号1)の第308番目の塩基が、グアニン(G)からチミン(T)に置換された、機能欠失変異型GmFAD2−1b遺伝子の塩基配列であり、この置換によって、配列番号3の塩基配列にコードされるFADタンパク質は、野生型のFADのアミノ酸配列(配列番号2)の第103番目のアミノ酸残基が、グリシンからバリンに置換されたアミノ酸配列(配列番号4)を有することになる。配列番号5は、野生型のGmFAD2−1b遺伝子の塩基配列(配列番号1)の第565番目の塩基が、アデニン(A)からシトシン(C)に置換された、機能欠失変異型GmFAD2−1b遺伝子の塩基配列であり、この置換によって、配列番号5の塩基配列にコードされるFADタンパク質は、野生型のFADのアミノ酸配列(配列番号2)の第189番目のアミノ酸残基が、スレオニンからプロリンに置換されたアミノ酸配列(配列番号6)を有することになる。
ここで、「FAD2活性」とは、ダイズ細胞、好ましくは、ダイズ種子細胞内で、オレイン酸をリノール酸に変換する反応を触媒する活性を意味する。
ω−6脂肪酸不飽和化酵素のアミノ酸配列のうち第103番目及び第189番目のアミノ酸残基は、それぞれ、GmFAD2−1b遺伝子の開始コドンがコードするメチオニンを第1番目のアミノ酸残基と定め、順にカルボキシル末端側にアミノ酸残基を数えた場合の第103番目及び第189番目のアミノ酸残基である。したがって、ω−6脂肪酸不飽和化酵素のアミノ酸配列のうち第103番目及び第189番目のアミノ酸残基をコードするコドンは、それぞれ、GmFAD2−1b遺伝子のオープンリーディングフレームの5’末端に位置するヌクレオチドを1番目のヌクレオチドと定めたときの307〜309番目のヌクレオチド及び565〜567番目のヌクレオチドの塩基配列からなるコドンを意味する。
本発明において、「ミスセンス変異」とは、核酸配列のコドン内の塩基の変化又は置換により、そのコドンにコードされるアミノ酸の種類が変化する変異を意味する。
本発明において、「ナンセンス変異」とは、核酸配列のコドン内の変化又は置換により、そのコドンが終止コドンに変化し、そのコドンよりも3’側のORF領域が翻訳されなくなる変異を意味するものである。ナンセンス変異は、終止変異とも呼ばれる。
本発明において、「フレームシフト変異」とは、塩基の挿入又は欠失により、その挿入又は欠失部位よりも3’側の領域でコドンの読み枠がずれる変異を意味する。
本発明において、「ヌル変異」とは、そのタンパク質をコードするヌクレオチド配列が完全に欠失しているか、又はヌクレオチド配列が存在していても機能性タンパク質を発現できない変異を意味する。
野生型FAD2のアミノ酸配列(配列番号2)では、第103番目のアミノ酸残基はグリシンである。これに対し、本発明のある態様では、FAD2は、FAD2のアミノ酸配列の第103番目のアミノ酸残基にミスセンス変異を含むことにより、FAD2活性を喪失し、特に、当該ミスセンス変異によって、FAD2のアミノ酸配列の第103番目のアミノ酸残基(グリシン)が、グリシン以外の19種類のアミノ酸、例えば、バリンに置換された場合(配列番号4)、さらに具体的には、FAD2をコードする塩基配列において、第103番目のアミノ酸に対応するコドンの塩基配列が「GTC」である場合(配列番号3)、GmFAD2−1b遺伝子は機能性FAD2を生成できなくなる。
また、野生型FAD2のアミノ酸配列(配列番号2)では、第189番目のアミノ酸残基はスレオニンである。本発明のある態様では、FAD2は、FAD2のアミノ酸配列の第189番目のアミノ酸残基にミスセンス変異を含むことにより、FAD2活性を喪失し、特に、該ミスセンス変異によって、FAD2のアミノ酸配列の第189番目のアミノ酸残基(スレオニン)が、スレオニン以外の19種類のアミノ酸、例えば、プロリンに置換された場合(配列番号6)、さらに具体的には、FAD2をコードする塩基配列において、第189番目のアミノ酸に対応するコドンの塩基配列が「CCA」である場合(配列番号5)、GmFAD2−1b遺伝子は機能性FAD2を生成できなくなる。
すなわち、配列番号1に示される野生型GmFAD2−1b遺伝子の第308番目のヌクレオチド残基がグアニンからチミンに置換された一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)を有する場合(配列番号3)又は第565番目のアデニンがシトシンに置換されたSNPを有する場合(配列番号5)は、FAD2の第103番目のアミノ酸残基がグリシンからバリンに置換され、又は第189番目のアミノ酸がスレオニンからプロリンに置換されるため、このような配列からなるGmFAD2−1b遺伝子は機能欠失型変異遺伝子であるといえる。本発明において、GmFAD2−1b遺伝子は、コードするFAD2が機能欠失している限り、ヌクレオチド配列の第308番目又は第565番目以外のヌクレオチドが、欠失、挿入又は置換などによって変異していてもよい。すなわち、配列番号3又は5に示す塩基配列に相補的な塩基配列からなるヌクレオチドと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつFAD2活性を有するタンパク質をコードする遺伝子の機能欠失型変異遺伝子であってもよい。好ましくは、GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異遺伝子のヌクレオチド配列は、配列番号3又は5に示す配列と85%以上の相同性を有し、より好ましくは、90%以上、さらに好ましくは、95%以上、更により好ましくは98%以上、最も好ましくは、99%以上の相同性を有する。このような変異を有する遺伝子も本発明に含まれる。
配列番号3で示される塩基配列は、FH00ES04E11系統由来変異型GmFAD2−1b遺伝子のヌクレオチド配列であり、配列番号1に示される野生型GmFAD2−1b遺伝子の第308番目のヌクレオチドがグアニンからチミンに置換された変異を有する。一方、配列番号5で示される塩基配列は、E015B12系統由来変異型GmFAD2−1b遺伝子のヌクレオチド配列であり、配列番号1に示される野生型GmFAD2−1b遺伝子の第565番目のヌクレオチドがアデニンからシトシンに置換された変異を有する。
「ストリンジェントな条件」とは、例えば、塩(ナトリウムなど)濃度が150〜900mMであり、かつ温度が55〜75℃の条件であり、好ましくは、塩(ナトリウムなど)濃度が250〜450mMであり、かつ温度が62〜70℃の条件である。
ここで、「FAD2活性を有するタンパク質」又は「機能性FAD2」とは、ダイズ細胞、好ましくは、ダイズ種子細胞内で、オレイン酸をリノール酸に変換する反応を触媒する小胞体型オメガ−6脂肪酸不飽和化酵素(FAD2)と同一の活性を有するタンパク質を意味する。したがって、「FAD2活性を有するタンパク質を発現しない」とは、結果としてFAD2活性を有するタンパク質が生成されないことを意味し、例えば、該タンパク質をコードするヌクレオチド配列が存在しないこと、該タンパク質の上記触媒機能を有するドメインのアミノ酸配列をコードするヌクレオチドが存在しないこと、前記タンパク質をコードするヌクレオチド配列は存在するが、そのヌクレオチド配列が転写されないこと、又は前記タンパク質をコードするヌクレオチド配列の転写産物であるメッセンジャーRNA(mRNA)が翻訳されないこと等、種々の要因によって、FAD2活性を有するタンパク質を発現しないことを意味する。
FAD2の活性は、例えば、酵母Saccharomyces cerevisiae(S.cerevisiae)を用いて測定できる。S.cerevisiaeは、リノール酸などの多価不飽和脂肪酸の合成能を持たないため、その細胞内で、対象のGmFAD2−1b遺伝子を組換え発現させることにより得られるリノール酸量を、そのGmFAD2−1b遺伝子にコードされるFAD2の活性量として測定できる。S.cerevisiaeを用いた測定の詳細は、Anai,T et al.(Plant Science,106,1615−1623(2005))に記載されており、本発明に適用することができる。
2種類以上のヌクレオチド配列又はアミノ酸配列の相同性は、相同性を測定する対象配列のうち、基準となる配列(例えば、配列番号3又は5に示す配列)を定め、この基準配列に対して、他の配列をアライメントすることにより、測定することができる。このようなアライメントは、多重整列アルゴリズムの使用によって可能であり、このようなアルゴリズムを用いたコンピューターソフトウェアとしては、欧州バイオインフォマティクス研究所(European Bioinformatics Institute:EBI)から入手可能なClustalWなどが挙げられる。
GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異は、Bay、オレリッチ50又はフクユタカなどのダイズ品種に、常法に従い、X線照射やメタンスルホン酸エチル(EMS)などの変異誘発剤処理を施すことにより得ることができる。例えば、X線照射により変異を導入する場合、乾燥種子に対して100Gy〜300Gyの照射量を、1回以上照射することにより、変異を導入することができる。また、EMS処理を行う場合、0.1重量%〜0.5重量%の濃度のEMSを用いた30分〜24時間のEMS曝露を1回以上行うことにより、変異を導入することができる。EMS処理を行なう場合、上記濃度で処理すると、GmFAD2−1b遺伝子の近傍の他の遺伝子に与える影響を最小限にして、主体的に目的の領域に変異を導入することができる。
本発明のダイズは、GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異に加えて、GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を有していることが好ましい。種子内で発現するFAD2をコードする遺伝子としては、GmFAD2−1a及びGmFAD2−1bのみが同定されており、これらの遺伝子の両方が機能を喪失した場合、ダイズ種子において、オレイン酸のリノール酸への変換が著しく低下し、オレイン酸含有量が非常に高くなるからである。
本発明において、「GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異遺伝子」とは、GmFAD2−1aにコードされるFAD2が機能を喪失するものであれば特に限定されないが、好ましくは、GmFAD2−1a遺伝子中に、ミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異及びヌル変異からなる群から選択されるいずれかの変異が導入された機能欠失型変異遺伝子であり、更に好ましくは、GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異は、M23ダイズ又はKK21ダイズのGmFAD2−1a遺伝子の変異と同一のものであり、最も好ましくは、M23ダイズのGmFAD2−1a遺伝子の変異と同一のものである。
「ミスセンス変異」、「ナンセンス変異」、「フレームシフト変異」、「ヌル変異」については、上記で説明したとおりである。
本発明において、「M23ダイズのGmFAD2−1a遺伝子の変異」としては、例えばAnai et al.,Breeding Science 58:447−452(2008)に記載されるM23ダイズのGmFAD2−1a遺伝子の変異が挙げられる。具体的には、M23の親品種であるBayのGmFAD2−1a遺伝子のORF領域を含む核酸配列を増幅するように設計された以下のプライマー:
を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、そのPCR産物をアガロースゲル電気泳動した際に、親品種のゲノムDNAを鋳型鎖として用いた場合に検出される約1.3Kbpのバンドが、M23のゲノムDNAを鋳型鎖として用いた場合には検出されなくなるような変異であり、野生型GmFAD2−1a遺伝子のORF全体のヌクレオチドが欠失した変異である。(特開2004−3号公報及びAnai et al.,Breeding Science 58:447−452(2008)を参照)。PCR及びアガロースゲル電気泳動については、以下を参照することができる:Sambrook,Fritsch and Maniatis,”Molecular Cloning:A Laboratory Manual”2nd Edition(1989),Cold Spring Harbor Laboratory Press。
本発明において、「KK21ダイズのGmFAD2−1a遺伝子の変異」としては、例えば、Anai et al.,Breeding Science 58:447−452(2008)に記載されるKK21ダイズのGmFAD2−1a遺伝子のフレームシフト変異が挙げられる。KK21の変異は、M23の突然変異と同等の効果を示すことが報告されている(Anai et al.,Breeding Science 58:447−452(2008))。具体的には、野生型GmFAD2−1a遺伝子のORF(配列番号14)の232番目のチミン塩基が欠失して、この欠失部位から3’側の領域でフレームシフトが生じる変異を意味する。この変異の存在は、例えば、以下のプライマーセット:
を用いてPCR反応を行い、GmFAD2−1a遺伝子の塩基配列の一部を増幅したのち、精製したDNA断片を鋳型として、例えば、以下のプライマー:
を用いてシークエンスを行い、ORFの232番目のチミン塩基の欠失を確認することで検出できる。シークエンス法については、以下を参照することができる:Sambrook,Fritsch and Maniatis,”Molecular Cloning:A Laboratory Manual”2nd Edition(1989),Cold Spring Harbor Laboratory Press。
GmFAD2−1a遺伝子のコードするFAD2の活性も、GmFAD2−1b遺伝子にコードされるFAD2の活性と同様に、酵母S.cerevisiaeを用いて測定できる。Anai,T et al.(Plant Science,106,1615−1623(2005))。
GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異も、GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異と同様に、Bay、オレリッチ50又はフクユタカなどのダイズ品種に、X線照射、あるいはEMSなどの変異誘発剤処理を施すことにより、導入することができる。
2.本発明のダイズの作製方法
本発明のダイズは、以下(i)〜(iv)のいずれかの工程によって作製することができる。
(i) GmFAD2−1a遺伝子の変異を有するダイズ種と、GmFAD2−1b遺伝子の変異を有するダイズ種とを交雑させる工程
(ii) GmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を有するダイズ種に、変異誘発剤又はX線処理を施してGmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異を誘発する工程
(iii) GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異を有するダイズ種に、変異誘発剤又はX線処理を施してGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を誘発する工程
(iv) 野生型ダイズ種に、変異誘発剤又はX線処理を施してGmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を誘発する工程
上記工程(i)の具体例を図8に示す。図8では、GmFAD2−1a遺伝子変異ダイズ種であるKK21とGmFAD2−1b遺伝子変異ダイズ種であるB12とを交雑させることにより、超高オレイン酸ダイズを製造する。但し、工程(i)において使用されるダイズ種は、GmFAD2−1a遺伝子変異ダイズ種及びGmFAD2−1b遺伝子変異ダイズ種に限定されるものではない。
上記工程(ii)の具体例を図9に示す。図9は、GmFAD2−1a遺伝子変異ダイズ種であるBC3F4にEMS処理を施すことにより、超高オレイン酸ダイズを製造する工程を示すものである。但し、工程(ii)において、使用されるダイズ種は、GmFAD2−1a遺伝子変異ダイズ種に限定されるものではない。
上記工程(iii)の具体例は、図9に示すGmFAD2−1a遺伝子変異ダイズ種を、B12又はE11等のGmFAD2−1b遺伝子変異ダイズ種に置き換えた方法が挙げられる。但し、使用するダイズ種は、工程(iii)において使用するGmFAD2−1b遺伝子変異ダイズ種に限定されるものではない。
上記工程(iv)は、野生型ダイズ(例えばフクユタカ)にEMS処理を施すことにより、GmFAD2−1b及びGmFAD2−1aの両遺伝子に機能欠失型変異を誘発し、超高オレイン酸ダイズを製造する工程を示すものである。但し、工程(iv)において、野生型ダイズは、フクユタカに限定されるものではない。
GmFAD2−1a遺伝子変異ダイズ種の例としては、オレリッチ50、M23及びKK21が挙げられ、GmFAD2−1a遺伝子変異ダイズ種の例としては、E015B12又はFH00ES04E11系統(以下、それぞれ「B12」又は「E11」と呼ぶ)が挙げられる。これらのダイズ種のうち、KK21及びB12は、2010年4月22日で、それぞれ受領番号「FERM ABP−11249」及び「FERM ABP−11248」として、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305−8566 茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に国際寄託されている。
上記M23、KK21、B12、K21 x B12及びE11の各系統の種子は、佐賀大学農学部(〒840−8502 佐賀市本庄町1番地)にも保存されている。
3.用途
本発明において、「医薬品」とは、人や動物などの対象に投与することにより、対象の疾病の診断、治療又は予防を行うための物を意味し、このような効能が得られる限りにおいて医薬部外品を含み得る。ダイズに含まれるイソフラボンは、エストロゲン受容体に対してアゴニスト作用を示すことが知られており、骨粗鬆症の治療薬としても用いられている。また、本発明のダイズは、オレイン酸を多く含むことから、本発明のダイズ又はその処理物を含む医薬品としては、従来のダイズの効能に加えて、オレイン酸による血中コレステロールレベルの低下を目的とした医薬品が考えられる。このような医薬品の対象疾患としては、高脂血症、動脈硬化症、糖尿病などが挙げられる。
「ダイズの処理物」とは、ダイズに、例えば酵素処理、粉末化、乾燥、加熱、凍結、精製などの処理を施して得られるものを意味する。
本発明において、「食品」とは、栄養素の摂取や嗜好を目的として飲食される物を意味する。ダイズは、古くから食品として摂取されている。本発明のダイズは、枝豆のように生鮮食品として食べてもよく、納豆のように発酵食品として食べてもよく、乾燥豆、味噌、醤油、豆腐、ゆば、豆乳、きな粉のように加工食品として飲食してもよい。本発明のダイズは、非遺伝子組換えダイズとして入手可能であるため、飲食への利用に消費者の抵抗が少ないと期待される。また、本発明のダイズは、オレイン酸を多く含むことから、食品として摂取した場合に血中コレステロールレベルが低下することが期待され、生活習慣病の予防に効果的であると考えられる。又は、このような効果を得るための、サプリメント、健康機能食品、特定保健用食品に本発明のダイズを使用することもできる。
本発明において、「飼料」とは、飼育動物に餌として与えられる物を意味し、「飼育動物」には、家畜、家禽、養魚、ペットなどが含まれる。ダイズは、ウシ、ブタ、ニワトリなどの家畜、家禽用の飼料やペットフードに広く用いられている。本発明のダイズを飼料として摂取させた場合、その高オレイン酸含有量のために血中コレステロールレベルが低下することが期待され、飼育動物の健康維持及び健康増進に貢献すると考えられる。これに加えて、食肉や鶏卵中のオレイン酸含量の増加が期待され、これらを食用とした場合の効果も期待できる。
本発明において、「ダイズ油」とは、ダイズ又はその処理物から採取される油脂を意味する。ダイズ油は、フライ用油やサラダ油に用いられるほかに、マーガリンやマヨネーズの原料として広く用いられている。また、食用以外にも、その透明性の高さを理由に、ダイズインキとしても利用されている。本発明のダイズから抽出されるダイズ油は、その高オレイン酸含有量のために、摂取者の健康増進に寄与するだけでなく、高温で使用した場合にも酸化に対して非常に安定であるという優位的効果を奏する。
また、本発明のダイズから抽出されるダイズ油は、オレイン酸含有率が高いため、血中コレステロールレベルの低下を目的として、医薬品用、食品用又は飼料用の材料として使用することもできる。
本発明において、「燃料」とは、化学反応を起こすことによってエネルギーを発生させるものを意味する。本発明における燃料は、ダイズを原料として生産され得る燃料であれば、特に限定されないが、好ましい例としては、バイオディーゼルが挙げられる。バイオディーゼルとは、生物由来油から作られるディーゼルエンジン用燃料を意味する。従来のダイズのようにリノール酸などの多価不飽和脂肪酸を多く含む原料からバイオディーゼルを調製した場合、加熱によりスラッジが生じやすいという問題がある。しかしながら、本発明のダイズからバイオディーゼルを調製した場合には、一価不飽和脂肪酸のオレイン酸の含有率が高いため、スラッジは生じにくく、酸化に対して安定で高品質なバイオディーゼルが提供されるものと期待される。バイオディーゼル燃料の製造方法及び利用方法については、「バイオディーゼル燃料の製造・利用に係るガイドライン」(全国バイオディーゼル燃料利用推進協議会、2008年5月30日発行)に記載される方法を利用できる。
4.品種交雑
本発明のダイズの特徴を有する新種の非遺伝子組換えダイズは、本発明のダイズ種同士、あるいは本発明のダイズ種と他の非遺伝子組換えダイズ種と交雑させることにより作製することができる。このようにして得られたダイズも、オレイン酸を高含量で含有し、また、以下の(a)〜(e)の少なくとも1つの特徴を有する。
(a) 種子の表皮の皺が野生型と比較して増加しない
(b) 実質的に問題となる量のリノール酸を生成しない
(c) 総貯蔵タンパク質中のβ−コングリシニン含有量が野生型と比較して実質的に低下しない
(d) 総貯蔵タンパク質量が野生型と比較して実質的に低下しない
(e) 稔性が野生型と比較して低下しない
好ましくは、本発明のダイズ種を他の非遺伝子組換えダイズ種と交雑させることにより、GmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異(及びGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異)を有する新種の非遺伝子組換えダイズを作製することができる。例えば、本発明のダイズ種を、特定の害虫及び/又は栽培条件に耐性を有する他の非遺伝子組換えダイズ種と交雑させることにより、オレイン酸含有量が高く、かつ特定の害虫及び/又は栽培条件に耐性を有する新種の非遺伝子組換えダイズを作製することができる。
本発明において、「交雑」とは、遺伝的組成の異なる2個体間の交雑であって、その結果として雑種が形成されるものを意味する。交雑方法としては、戻し交雑が好ましい。交雑によって得られる新種ダイズにおいて高オレイン酸含有量を実現するためには、GmFAD2−1b遺伝子(及びGmFAD2−1a遺伝子)がコードするFAD2の活性をほぼ完全に喪失させる必要があるため、該新種ダイズを本発明のダイズ種と戻し交雑することにより、GmFAD2−1b遺伝子変異(及びGmFAD2−1a遺伝子変異)のホモ接合体を得る必要がある。「戻し交雑」とは、変異をもった親Aと持たない親B(Bay及びフクユタカなどの既存のダイズ品種)との間に生まれた子を親B(Bay及びフクユタカなどの既存のダイズ種)と交雑させて、変異型遺伝子を保持し、かつ親Bの特性を有する子孫を得る方法である。
5.スクリーニング方法
本発明のダイズは、好ましくは、GmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1b遺伝子に機能欠失型変異を有するので、これらのいずれかの遺伝子(又は両方の遺伝子)の変異を検出することにより、上記オレイン酸高含有ダイズ、あるいは上記(a)〜(e)の少なくとも1つの特徴を有するダイズをスクリーニングすることができる。
GmFAD2−1b遺伝子又はGmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異遺伝子の検出方法としては、
(a) 本発明のダイズが有するGmFAD2−1a遺伝子若しくはGmFAD2−1b遺伝子の変異部位の塩基配列を含むオリゴヌクレオチドプローブ、及び/又は前記遺伝子の塩基配列及びその相補配列の少なくとも一方を増幅したときの増幅断片中に前記変異部位が含まれるように作製されたオリゴヌクレオチドプライマーを用いて被検ダイズのGmFAD2−1a遺伝子又はGmFAD2−1b遺伝子について増幅処理及び/又はハイブリダイゼーション処理を行う工程、及び、
(b) 前記処理物を分析することにより変異部位を検出する工程
を含む、方法が挙げられる。
このような検出方法の具体例としては、PCR法、TaqMan PCR法、シーケンス法、マイクロアレイ法などの公知の方法が挙げられ、特に、機能欠失型変異がSNPである場合には、インベーダー法やTILLING法が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
PCR法の場合、3’末端部分が変異部位の塩基配列に相補的な配列を有するようなプライマーを作製することが好ましい。このように設計されたプライマーを用いると、鋳型となるサンプルが変異を有する場合には、プライマーが完全に鋳型にハイブリダイズするため、ポリメラーゼ伸長反応が進むが、鋳型が変異を有しない場合には、プライマーの3’末端のヌクレオチドが鋳型とミスマッチを生じるので、伸長反応は起こらない。したがって、このようなプライマーを用いてPCR増幅を行い、増幅産物をアガロースゲル電気泳動などによって分析し、所定のサイズの増幅産物が確認できれば、サンプルである鋳型が変異を有していることになり、増幅産物が存在しない場合には、鋳型が変異を有していないものと判断できる。PCR及びアガロースゲル電気泳動については、以下を参照:Sambrook,Fritsch and Maniatis,”Molecular Cloning:A Laboratory Manual”2nd Edition(1989),Cold Spring Harbor Laboratory Press。
TaqMan PCR法とは、蛍光標識したアレル特異的オリゴとTaq DNAポリメラーゼによるPCR反応とを利用した方法である(Livak,K.J.Genet.Anal.14,143(1999);Morris T.et al.,J.Clin.Microbiol.34,2933(1996))。
シークエンス法とは、変異を含む領域をPCRにて増幅させ、Dye Terminatorなどを用いてDNA配列をシークエンスすることで、変異の有無を解析する方法である(Sambrook,Fritsch and Maniatis,”Molecular Cloning:A Laboratory Manual”2nd Edition(1989),Cold Spring Harbor Laboratory Press)。
DNAマイクロアレイは、ヌクレオチドプローブの一端が支持体上にアレイ状に固定されたものであり、DNAチップ、Geneチップ、マイクロチップ、ビーズアレイ等を含むものである。DNAチップなどのDNAマイクロアレイアッセイとしてはGeneChipアッセイが挙げられる(Affymetrix社;米国特許第6,045,996号、同第5,925,525号、及び同第5,858,659号参照)。GeneChip技術は、チップに貼り付けたオリゴヌクレオチドプローブの小型化高密度マイクロアレイを利用するものである。
インベーダー法とは、SNP等の遺伝子多型のそれぞれのアレルに特異的な2種類のレポータープローブ及び1種類のインベーダープローブの鋳型DNAへのハイブリダイゼーションと、DNAの構造を認識して切断するという特殊なエンドヌクレアーゼ活性を有するCleavase酵素によるDNAの切断を組み合わせた方法である(Livak,K.J.Biomol.Eng.14,143−149(1999);Morris T.et al.,J.Clin.Microbiol.34,2933(1996);Lyamichev,V.et al.,Science,260,778−783(1993)等)。
TILLING(Targeting Induced Local Lesions IN Genomes)法とは、変異導入した突然変異体集団のゲノム中の変異ミスマッチをPCR増幅とCEL Iヌクレアーゼ処理によってスクリーニングする方法である。TILLING法によれば、例えば以下のプライマーセットを用いて、サンプル中のGmFAD2−1b遺伝子又はGmFAD2−1a遺伝子のORFを含む領域のPCR増幅を行い、そのPCR産物をCEL Iヌクレアーゼ処理に付することにより変異の有無を確認できる。
GmFAD2−1b遺伝子の場合:
GmFAD2−1a遺伝子の場合:
CEL Iヌクレアーゼとは、二本鎖DNAのミスマッチ部分を特異的に切断するエンドヌクレアーゼである。サンプルが、GmFAD2−1b遺伝子又はGmFAD2−1a遺伝子に変異を含む場合、上記PCR産物にはミスマッチ部分が生じるが、変異を含まない場合には、ミスマッチは生じない。したがって、変異が存在する場合には、PCR産物のミスマッチペア部位が切断されることになり、変異が存在しない場合には、PCR産物は切断されない。従って、CEL Iヌクレアーゼ処理したPCR産物をアガロース電気泳動などで分析し、核酸配列の長さを比較することにより、変異の有無を容易に確認することができる。CEL Iヌクレアーゼの詳細については、以下の文献を参照できる:Oleykowski et al.,Nucleic Acids Research,vol.26,No.20,4597−4602(1998)。
上記に例示される変異検出方法においては、GmFAD2−1b遺伝子又はGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異部位を含むように作製されたオリゴヌクレオチドが、プローブ又はプライマーとして使用される。したがって、本発明は、GmFAD2−1b遺伝子又はGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異部位を含むように作製されたオリゴヌクレオチドも提供する。
インベーダー法によってGmFAD2−1b遺伝子又はGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異を検出する場合、用いるプライマー若しくはプローブは、SNP部位が当該プライマー若しくはプローブの塩基配列の3’若しくは5’端に存在するように設計し、又は相補配列の3’若しくは5’端に存在するように設計し、又は前2者(プライマー若しくはプローブ、又は相補配列)の3’若しくは5’端から4塩基内、好ましくは2塩基内に存在するように設計する。あるいは、オリゴヌクレオチドの塩基配列全長の中央にSNPが存在するように設計する。「中央」とは、SNPの塩基よりも5’端に向かう塩基の数と、3’端に向かう塩基の数とがほぼ同数となる中心部の領域をいい、オリゴヌクレオチドの塩基数が奇数の場合は、「中央」は、中心部の5塩基が好ましく、より好ましくは中心部の3塩基、さらに好ましくは最も中心部の1塩基である。また、オリゴヌクレオチドの塩基数が偶数の場合は、「中央」は、中心部の4塩基が好ましく、より好ましくは中心部の2塩基である。
また、本発明のオリゴヌクレオチドをインベーダー法にアレルプローブとして使用する場合、該オリゴヌクレオチドは、前記機能欠失型変異部位を含むGmFAD2−1b遺伝子配列若しくはGmFAD2−1a遺伝子、又はその相補配列とハイブリダイズする断片と、ハイブリダイズしない断片(フラップ部分)とが前記機能欠失型変異部位の遺伝子配列又はその相補配列を介して結合したものであることが好ましい。
本発明のオリゴヌクレオチドをサンプル中の核酸分子にハイブリダイズさせる場合、そのハイブリダイゼーション反応は、ストリンジェントな条件下で行われる。
本発明のオリゴヌクレオチドの塩基配列の長さは、少なくとも10塩基となるように設計することが好ましく、より好ましくは10〜200塩基、さらに好ましくは15〜150塩基、最も好ましくは18〜80塩基である。
このオリゴヌクレオチド配列は、被検遺伝子を検出するためのプローブとして使用することができ、また、フォワード(センス)プライマー及びリバース(アンチセンス)プライマーのどちらに使用してもよい。
以上のように設計されたオリゴヌクレオチドプライマー又はオリゴヌクレオチドプローブは、公知の手段・方法により化学合成することができるが、一般には、市販の化学合成装置を使用して合成される。
なお、プローブには、予め蛍光標識(例えば、FITC、FAM、VIC、Redmond Dye等)及び蛍光標識に対するクエンチャーを付加して作業の自動化を図ることも可能である。
6.マイクロアレイ
また、本発明のオリゴヌクレオチドの一端をガラス、シリコン、ゲルなどの支持体に固定することでマイクロアレイを作製することができる。オリゴヌクレオチドのアレイは、例えば固相化学合成法と半導体産業において用いられているフォトリソグラフィー製造技術とを組み合わせた光照射化学合成法(Affymetrix社)により製造される。チップの化学反応部位の境界を明確するためにフォトリソグラフィーマスクを利用し、特定の化学合成工程を行うことによって、アレイの所定の位置にオリゴヌクレオチドプローブが貼り付けられた高密度アレイを構築することができる。
7.キット
また、本発明の別の態様では、本発明のオリゴヌクレオチド及び/又は該オリゴヌクレオチドを用いて作製したマイクロアレイを含む、GmFAD2−1b遺伝子又はGmFAD2−1a遺伝子の機能欠失型変異検出用キットが提供される。このようなキットには、本発明のオリゴヌクレオチド又は該オリゴヌクレオチドを用いて作製したマイクロアレイ以外にも、検出反応用の溶液、コントロール用のオリゴヌクレオチド、検出反応に利用する容器、使用説明書などが含まれていてもよい。
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は、本発明の例示を目的とするものであり、本発明を限定するものではない。以下の実施例及び比較例に於ける%表示は質量%である。
【実施例】
【0006】
[実施例1]
1.植物材料:
材料として使用したダイズ(Glycine max(L.)Merr.)品種は以下の通りである。
(i)「Bay」;
(ii)「オレリッチ50」;
(iii)「BC3F4系統」(「フクユタカ」に「M23系統」を戻し交雑することでGmFAD2−1a遺伝子の欠失変異を導入した品種)。
(i)〜(iii)のダイズ品種の種子を0.3%のEMS水溶液中に1晩浸漬した後、流水中で8時間すすぐことにより得られたダイズM1種子を圃場に播種し、常法に従ってM1個体を栽培した。稔性を保持していた植物体については個体当たり1粒ずつのM2種子を回収し保存した。翌年、保存しておいたM2種子を、再度圃場に播種しM2個体を栽培した。この際、栽培しているM2個体を個体別に系統番号を付け、緑葉からDNAの抽出を行うとともに十分に成熟・乾燥したM3種子を個体別に回収し、あわせて−20℃の冷凍庫中に保存した。
2.DNAの抽出:
DNAの抽出は、CTAB法(Murray and Thompson(1980)Nucleic Acids Res.8:4321−4325)を一部改変した方法を用いて行った。具体的には、約100mgの緑葉を液体窒素中で粉砕し、これに300μlの2%CTAB溶液(100mM Tris−HCl(pH8.0),20mM EDTA(pH8.0),1.4M NaCl,2%CTAB)を加え、65℃で30分間保温した後、遠心分離によって植物残渣を沈殿させて上精を回収した。この上精をクロロホルム抽出によって除タンパクし、この抽出物に1mlの1%CTAB溶液(50mM Tris−HCl(pH8.0),10mM EDTA(pH8.0),1%CTAB)を加え、遠心分離によりDNA−CTAB複合体を沈殿させた。得られた沈殿を終濃度5μg/mlのRNaseAを含む200μlの1M NaClに溶解した後、300μlの2−プロパノールを加え、遠心分離によりDNAを沈殿させた。得られた沈殿を100μlの珪藻土懸濁液(50g/l 珪藻土、50mM Tris−HCl(pH7.5),7MグアニジンHCl,10mM EDTA)に懸濁し、DNAを珪藻土に結合させた。珪藻土を70%エタノール水溶液で2回洗浄した後、1/10濃度のTEバッファー〔1mM Tris−HCl(pH8.0),0.2mM EDTA(pH8.0)〕を用いてDNAを溶出した。
3.突然変異体のスクリーニング:
8個体分を混合したプールDNAを鋳型として、GmFAD2−1b遺伝子に特異的な以下のプライマーセット及びPfu DNAポリメラーゼを含むPCR反応液を調製した。
標的遺伝子領域の増幅は、95℃:30秒、65℃:1分、72℃:2分のサイクルを40回繰り返すことにより行った。
得られたPCR産物は95℃で5分間熱変成した後、2℃/秒の速度で85℃まで冷却し1分間保温した。その後、0.1℃/秒の速度で25℃まで冷却し1分間保温し、更に最高速で4℃まで冷却して保温した。
続いて反応バッファー(5x:1 M HEPES−NaOH(pH6.5)、50mM KCl、15mM MgCl、0.05% Triton X−100〕及びYang et al.(Biochemistry 39:3533−3541(2000))に従って調製したCEL Iヌクレアーゼを加え、37℃で10分間保温することでミスマッチを持つDNA断片を切断した。その後、終濃度0.5%のSDSと1x GelRed溶液を含む電気泳動用サンプルバッファーを加えて反応を停止させ、1.5%アガロース電気泳動により標的配列に変異が生じた突然変異体を選抜した。
4.突然変異部位の同定:
スクリーニングによって得られた突然変異体のDNAを鋳型とし、スクリーニングに使用した特異的なプライマーセット(配列番号12及び13)を用いて、再度GmFAD2−1b遺伝子のPCR増幅を行った。
PCR増幅により得られたDNA断片の塩基配列をダイレクトシークエンス法によって同定した。
5.同定結果:
EMS処理したBay由来の3626系統、オレリッチ50由来の3360系統、フクユタカ×M23であるBC3F4系統に由来する1782系統、計8768系統のM2個体から、GmFAD2−1b遺伝子上に塩基置換を生じた4系統の突然変異体が得られた。このうち2系統ではアミノ酸の変化を伴わないサイレント変異が生じており、残り2系統については塩基置換に伴いアミノ酸の置換が生じていることが明らかになった。このうちBay由来の突然変異系統「E015B12系統」ではGmFAD2−1b遺伝子の塩基配列の第565番目の塩基がAからCに置換されており、その結果、FAD2のアミノ酸配列の第189番目のアミノ酸残基が、スレオニンからプロリンへと変化していることが明らかとなった。また、BC3F4系統由来の突然変異系統「FH00ES04E11系統」ではGmFAD2−1b遺伝子の塩基配列の第308番目の塩基がGからTに置換されており、その結果、FAD2のアミノ酸配列の第103番目のアミノ酸残基が、グリシンからバリンへと変化していることが明らかとなった。
6.突然変異遺伝子の評価:
FAD2のアミノ酸配列に変化が認められた「E015B12系統」及び「FH00ES04E11系統」の変異遺伝子については、酵母発現ベクターpYES2/CTにクローニングした。その後、それぞれ野生型GmFAD2−1b遺伝子(フクユタカ由来)、変異型のGmFAD2−1a遺伝子(BC3F4系統由来)、変異型のGmFAD2−1b遺伝子(E015B12系統及びFH00ES04E11系統由来)を含む酵母発現ベクターをSaccharomyces cerevisiae(INVSc1株)に導入した株を作製し、2%ガラクトースを含み、かつウラシルを含まないSC培地中にて20℃で72時間培養することにより導入遺伝子の発現を誘導した。その後、集菌した組換え酵母細胞並びに突然変異体種子の粉末から、硫酸−メタノール法により脂肪酸メチルエステルを調製し、非特許文献1の記載に従いガスクロマトグラフィーを用いて脂肪酸組成の分析を行った。分析結果を図1〜3に示す。
また、ガスクロマトグラフィーの結果を元に、野生型GmFAD2−1bを含むダイズ、GmFAD2−1a変異型遺伝子を含むダイズ、GmFAD2−1bとGmFAD2−1aの両変異型遺伝子とを含むダイズについて脂肪酸組成の比較を行った。比較結果を表1に示す。
【表1】
脂肪酸組成分析の結果、E015B12及びFH00ES04E11突然変異系統で見出されたアミノ酸置換変異は、著しくGmFAD2−1b遺伝子産物の酵素活性を低下させることが明らかになった。特に、FH00ES04E11系統から単離された変異型GmFAD2−1b遺伝子の産物については、リノール酸を全く合成することが出来ない程度まで酵素活性が低下していることが明らかになった(図1及び表1参照)。
更にFH00ES04E11系統では、オレイン酸含量が79.6%にまで増加していることが明らかとなった。この結果は、基準品種のフクユタカ(オレイン酸含有量:20.3%)にGmFAD2−1a遺伝子の欠失変異を導入したダイズ(BC3F4系統(オレイン酸含量:33.3%))においてオレイン酸含有量が約13%程度増加した効果と比較した場合、BC3F4系統とFH00ES04E11系統の間には約46.3%ものオレイン酸含量の増加が認められることから、極めて高い効果が得られたことを示している。
[実施例2]
1.GmFAD2−1b変異体ダイズ及びGmFAD2−1a変異体ダイズの交雑:
実施例1で作製したE015B12系統とKK21系統とを交雑させることにより、GmFAD2−1b遺伝子及びGmFAD2−1a遺伝子に機能欠損型変異を有するダイズ「KK21 x B12」系統を作製した。具体的には、以下の手順で交雑を行った。
交雑前日の午後に、翌日開花予定のKK21系統の蕾を開いて、雌しべに傷を付けないように注意しながら全ての雄しべを取り除き、乾燥や外部からの花粉の混入を防ぐために袋がけを行った。交雑当日の午前9時から11時までにB12系統の開花を確認し、当日開花した直後の花から花粉を取り出し、前日雄しべを除去しておいたKK21の花の雌しべの先端に花粉を着けた。交雑作業が終了した花については、乾燥と目的外の花粉の混入を防ぐため速やかに袋がけを行い、2日後に袋を除去した。
2.二重変異系統の選抜:
上記交雑によって得られた「KK21 x B12」系統のF1種子を播種し、発芽した植物体の緑葉から抽出されたDNAを鋳型として、以下のプライマーを用いて、GmFAD2−1a変異遺伝子及びGmFAD2−1b変異遺伝子のPCR検出を行った。
GmFAD2−1a変異遺伝子増幅用
GmFAD2−1b変異遺伝子増幅用
PCR反応の条件は、実施例1の「突然変異体のスクリーニング」と同様である。前述の突然変異体のスクリーニングの手順に従って変異遺伝子の検出を行い、KK21およびB12由来の遺伝子をともにヘテロで持つことを確認した。このF1個体から得られたF2種子についても同様に播種し、発芽した植物体の緑葉から個体別にDNAを抽出して、変異遺伝子の確認を行った。その結果、図4(上段のパネルがKK21由来の変異型GmFAD2−1a遺伝子、下段のパネルがB12由来の変異型GmFAD2−1b遺伝子についての分析結果であり、両方のパネルで分析した試料の順序は対応している)に示す二重変異系統を得た。
3.変異体ダイズの制限酵素切断パターンの確認:
二重突然変異系統の選抜は上記の方法以外にも、KK21系統由来のGmFAD2−1a及びB12系統又はE11系統由来のGmFAD2−1b遺伝子を前述の二重変異系統の選抜に使用したプライマーセットを用いたPCR法によって増幅した後に、変異配列に特異的な制限酵素切断パターンの変化によって検出することも可能である。具体的には、以下の処理によりそれぞれの系統由来の突然変異遺伝子の検出を行った。
図5において、パネル(A)は、KK21由来のGmFAD2−1a変異遺伝子をBsaXIで処理した切断パターンを示しており、野生型の遺伝子は切断されず約1.3kbpであるのに対し、変異遺伝子は一カ所で切断され約1.0kbpと0.3kbpの2本の断片を生じる。パネル(B)は、E11由来のGmFAD2−1b変異遺伝子をBsr Iで処理した切断パターンを示しており、野生型の遺伝子は切断され約1.0kbpと0.4kbpの2本の断片を生じるのに対し、変異遺伝子はこの処理によって切断されず約1.4kbpである。またパネル(C)は、B12由来のGmFAD2−1b変異遺伝子をFokIで処理した切断パターンであり、野生型の遺伝子は切断されず約1.4kbpであるのに対し、変異遺伝子は約0.7kbpのバンドを生じることが確認された。
4.変異体ダイズのタンパク質組成分析:
野生型ダイズである「Bay」及び「むらゆたか」、並びに変異体ダイズである「KK21」、「B12」、KK21とB12との交雑世代(KK21 x B12(2系統))及びE11に含まれるタンパク質の組成をSDS−PAGEで分析した。具体的には、以下の処理を行った。
電動ミルを用いて粉砕したダイズ種子粉末10mgに対して、500ulのサンプルバッファー(100mM Tris−HCl(pH6.8),2% SDS,10% グリセリン,5% 2−メルカプトエタノール,0.1% ブロムフェノールブルー)を加え、100℃で10分間加熱した。その後、1500rpmで10分間遠心分離し、得られた上精を常法に従い12.5%のSDS−PAGEを用いて分離し、クマジーブリリアントブルー染色によりポリペプチドのバンドを可視化し、品種間の比較を行った。
図6に示すように、KK21、B12、KK21 x B12及びE11のいずれの変異体系統も、タンパク質の組成において野生型系統(Bay及びむらゆたか)と著しい差異は認められなかった。また、ダイズの主要タンパク質であるβ−コングリシニン及びグリシニンの含有量は、変異体系統及び野生型系統において差異が認められなかった(図6)。
5.変異体ダイズの脂肪酸組成分析:
野生型ダイズである「Bay」及び「フクユタカ」、並びに変異体ダイズであるKK21、B12、KK21 x B12(2系統)及びE11に含まれる脂肪酸の組成をガスクロマトグラフィーで分析した。具体的には、各系統のダイズ種子の粉末から、硫酸−メタノール法により脂肪酸メチルエステルを調製し、非特許文献1の記載に従ってガスクロマトグラフィー分析を行った。分析結果を表2及び図7に示す。
【表2】
表2に示されるようにGmFAD2−1b及びGmFAD2−1aの両遺伝子に機能喪失を有するダイズ系統(KK21 x B12及びE11)では、オレイン酸含有量が80%を超えていた。KK21 x B12及びE11は、それぞれ異なる作製工程により得られた系統である。従って、GmFAD2−1b及びGmFAD2−1aの両遺伝子が機能喪失している限り、その系統に関係なく、高オレイン酸含有ダイズが得られることが証明された。
また、図7に示すように、変異体及び野生型のダイズにおいて、異なる種類の脂肪酸のピークは検出されなかった。従って、GmFAD2−1b遺伝子若しくはGmFAD2−1a遺伝子、又はこれら両方の遺伝子の機能を喪失させた場合でも、野生型ダイズと異なる種類の脂肪酸が生成されることはないことが確認された。
6.変異体ダイズの形態観察:
野生型ダイズであるBay、GmFAD2−1a遺伝子に変異を有するM23、KK21及びBC3F4、GmFAD2−1b遺伝子に変異を有するB12、並びにGmFAD2−1a遺伝子及びGmFAD2−1b遺伝子の両遺伝子に変異を有するE11について、肉眼にてダイズ種子の形態観察を行った。
ダイズ種子の形態観察の結果、M23及びM23由来のGmFAD2−1a変異遺伝子を有する系統(BC3F4及びE11)では、1個体当たりから収穫されるダイズ種子の総数に対し、皺を有するダイズ種子の比率が高いことが判明した(表3参照)。一方、変異ダイズ系統であっても、M23由来のGmFAD2−1a変異遺伝子を有しないKK21及びB12は、皺を有するダイズ種子の比率は、野生種であるBayと同程度であった(表3参照)。
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0007】
本発明のGmFAD2−1b遺伝子の機能欠失型変異遺伝子をマーカーとして用いることで、高オレイン酸含有ダイズをスクリーニングできる。また、本発明のダイズを用いることにより、オレイン酸含量の高いダイズ油を容易に入手でき、本発明のダイズを他の品種のダイズと交雑させることにより、種子中のオレイン酸含量の高く、さらに別の特性を併せ持つダイズ品種を作製することができる。
受託番号
<寄託の表示>
FERM ABP−11248:2010年4月22日で、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に国際寄託した。
識別の表示:B12
FERM ABP−11249:2010年4月22日で、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566 茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に国際寄託した。
識別の表示:KK21
【配列表フリーテキスト】
【0008】
配列番号1:野生型GmFAD2−1b
配列番号3:変異型GmFAD2−1b
配列番号5:変異型GmFAD2−1b
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA
配列番号9:合成DNA
配列番号10:合成DNA
配列番号11:合成DNA
配列番号12:合成DNA
配列番号13:合成DNA
配列番号14:野生型GmFAD2−1a
配列番号24:合成DNA
[配列表]
図1
図2
図3
図5
図6
図7
図4
図8
図9