特許第5665258号(P5665258)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 公益財団法人東京都医学総合研究所の特許一覧

特許5665258タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法
<>
  • 特許5665258-タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法 図000064
  • 特許5665258-タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法 図000065
  • 特許5665258-タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法 図000066
  • 特許5665258-タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法 図000067
  • 特許5665258-タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法 図000068
  • 特許5665258-タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法 図000069
  • 特許5665258-タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法 図000070
  • 特許5665258-タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法 図000071
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5665258
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月4日
(54)【発明の名称】タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及びその製造法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20150115BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20150115BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20150115BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20150115BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20150115BHJP
【FI】
   C12N5/00 102
   C12N15/00 A
   C12Q1/02
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
【請求項の数】14
【全頁数】86
(21)【出願番号】特願2007-549210(P2007-549210)
(86)(22)【出願日】2006年12月6日
(86)【国際出願番号】JP2006324786
(87)【国際公開番号】WO2007066809
(87)【国際公開日】20070614
【審査請求日】2008年6月19日
【審判番号】不服2013-4651(P2013-4651/J1)
【審判請求日】2013年3月11日
(31)【優先権主張番号】特願2005-352486(P2005-352486)
(32)【優先日】2005年12月6日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591063394
【氏名又は名称】公益財団法人東京都医学総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100153693
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】野中 隆
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 小百合
(72)【発明者】
【氏名】増田 雅美
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 成人
【合議体】
【審判長】 郡山 順
【審判官】 中島 庸子
【審判官】 ▲高▼ 美葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−239488号公報(JP,A)
【文献】 国際公開第02/13837号パンフレット(WO,A1)
【文献】 特表2004−538013号公報(JP,A)
【文献】 特表2004−531244号公報(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/41649号パンフレット(WO,A1)
【文献】 Journal of Neuroscience Reseach,2001年,vol.65,pp.432−438
【文献】 Human Molecular Genetics,2000年,vol.9,no.18,pp.2683−2689
【文献】 Human Molecular Genetics,2002年,vol.11,no.17,pp.2061−2075
【文献】 THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY,2004年,Vol.279,no.6,pp4869−4876
【文献】 Experimental Neurology,2006年,vol.197,pp515−520
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C12N 15/00 , C12N 5/00
MEDLINE/BIOSIS(STN)
PubMed
JSTPlus/JST7580(JDreamII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線維性のタンパク質重合体の重合核となりうる線維化されたタンパク質が導入された細胞。
【請求項2】
線維性のタンパク質重合体の重合核となりうる線維化されたタンパク質と、当該タンパク質をコードする遺伝子を含むプラスミドとが導入された細胞。
【請求項3】
タンパク質が、タウタンパク質、βアミロイドタンパク質、αシヌクレイン、ポリグルタミン、SOD1及びプリオンタンパク質並びにこれらの変異体からなる群から選択される少なくとも一種である請求項1又は2記載の細胞。
【請求項4】
前記導入される細胞が、神経細胞又はグリア細胞である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項5】
神経変性疾患のモデル細胞である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項6】
線維性のタンパク質重合体の重合核となりうる線維化されたタンパク質を、神経細胞又はグリア細胞に導入することを特徴とする、神経変性疾患のモデル細胞の製造方法。
【請求項7】
線維性のタンパク質重合体の重合核となりうる線維化されたタンパク質と、当該タンパク質をコードする遺伝子を含むプラスミドとを神経細胞又はグリア細胞に導入し、前記重合核となりうる線維化されたタンパク質と、プラスミドの発現により生じるタンパク質とを相互作用させることにより、細胞内に線維性のタンパク質重合体を蓄積させることを特徴とする、神経変性疾患のモデル細胞の製造方法。
【請求項8】
タンパク質が、タウタンパク質、βアミロイドタンパク質、αシヌクレイン、ポリグルタミン、SOD1及びプリオンタンパク質並びにこれらの変異体からなる群から選択される少なくとも一種である請求項6又は7記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞に候補物質を接触させることを特徴とする、タンパク質重合体の細胞内蓄積を抑制する物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞に候補物質を接触させることを特徴とする、神経変性疾患治療薬のスクリーニング方法。
【請求項11】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞を含む、タンパク質重合体の細胞内蓄積を抑制する物質又は神経変性疾患治療薬のスクリーニング用キット。
【請求項12】
線維性のタンパク質重合体の重合核となりうる線維化されたタンパク質を、神経細胞又はグリア細胞に導入することにより得られる、神経変性疾患のモデル細胞。
【請求項13】
線維性のタンパク質重合体の重合核となりうる線維化されたタンパク質と、当該タンパク質をコードする遺伝子を含むプラスミドとを神経細胞又はグリア細胞に導入し、前記重合核となりうる線維化されたタンパク質と、前記プラスミドの発現により生じるタンパク質とを相互作用させることにより、細胞内に線維性のタンパク質重合体を蓄積させることにより得られる、神経変性疾患のモデル細胞。
【請求項14】
タンパク質が、タウタンパク質、βアミロイドタンパク質、αシヌクレイン、ポリグルタミン、SOD1及びプリオンタンパク質並びにこれらの変異体からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項12又は13記載の細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞、上記細胞の製造方法、及び当該細胞を用いた変性疾患治療薬のスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患患者脳の神経細胞内には、特徴的な病理構造物が出現する。この病理構造物は、アルツハイマー病では神経原線維変化と呼ばれ、パーキンソン病ではレビー小体と呼ばれている。いずれの病理構造物も、種々のタンパク質からなる線維性の沈着構造物である。神経原線維変化の主要構成成分として微小管結合タンパク質の一つであるタウが、レビー小体の主要構成成分としてαシヌクレインがそれぞれ同定されている。特にパーキンソン病では、αシヌクレインをコードする遺伝子が家族性疾患家系の遺伝学的解析から原因遺伝子の一つとして見出されている。これらの異常構造物の出現部位と神経細胞の脱落部位との間に相関が見られることから、細胞内に出現する異常構造物が細胞障害となり、最終的に神経細胞が死に至り発症につながるというメカニズムが考えられている。しかしながら、このメカニズムは実験的に証明されてはいない。
このように、タウやαシヌクレインの細胞内蓄積は神経変性疾患の発症と密接に関連していることが考えられており、この仮説を実証するためにこれらのタンパク質が細胞内に蓄積した細胞モデル、あるいは実験動物モデルの開発が世界中で精力的に行われている。しかしながら現在のところ、実際の患者脳に見出される構造物の特徴を有するモデル又はこれに類似するモデルに関する報告は数少ない。
一般的に可溶性のタンパク質が重合し、不溶性の凝集塊や線維を形成する分子反応は、重合核の形成過程とその重合核を中心に線維が伸びる伸長過程とに分けることができ、凝集核形成過程がその律速段階とされる重合核形成依存性タンパク質重合モデルが受け入れられている(Jarrett JT & Lansbury PT Jr,Cell 73:1055−1058,1993)。この考え方は細胞内に蓄積するタンパク質の凝集、線維形成反応にもあてはまると考えられ、実際に試験管内ではこれを支持する実験結果も得られている。しかしながら、細胞にダメージを与えることなく、重合核を効率的に細胞内に導入する方法は未だに開発されておらず、生きた細胞内、あるいは実験動物において、実際に行うことは極めて困難であった。
【発明の開示】
【0003】
本発明は、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞及び当該細胞の製造方法を提供することを目的とする。
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、αシヌクレインなどの線維状構造物を神経細胞内に導入すると、当該導入された細胞は神経変性疾患のモデル細胞となり得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞。
本発明において、タンパク質としては、例えばタウタンパク質、βアミロイドタンパク質、αシヌクレイン、ポリグルタミン、SOD1及びプリオンタンパク質並びにこれらの変異体からなる群から選択される少なくとも一種を例示することができる。また、上記細胞は神経細胞又はグリア細胞であることが好ましい。本発明の細胞は、変性疾患のモデル細胞として使用することが可能である。
(2)タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体を神経細胞又はグリア細胞に導入することを特徴とする、変性疾患のモデル細胞の製造方法。さらに、本発明は、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体と、当該タンパク質をコードする遺伝子を含むプラスミドとを神経細胞又はグリア細胞に導入し、前記重合核となりうるタンパク質又は重合体と、プラスミドの発現により生じるタンパク質とを相互作用させることにより、細胞内にタンパク質重合体を蓄積させることを特徴とする、神経変性疾患のモデル細胞の製造方法を提供する。
(3)上記細胞に候補物質を接触させることを特徴とする、タンパク質重合体の細胞内蓄積を抑制する物質のスクリーニング方法。
(4)上記細胞に候補物質を接触させることを特徴とする、変性疾患治療薬のスクリーニング方法。
(5)上記細胞を含む、タンパク質重合体の細胞内蓄積を抑制する物質又は変性疾患治療薬のスクリーニング用キット。
【図面の簡単な説明】
【0004】
図1は、αシヌクレイン線維、重合核となりうるαシヌクレイン重合体を神経芽細胞SH−SY5Y内に導入したことを示すイムノブロットの図である。
図2は、αシヌクレイン線維、重合核となりうるαシヌクレイン重合体を細胞に導入するとともに可溶性αシヌクレインを発現させたときのαシヌクレインの蓄積を示す図である。
図3は、リン酸化αシヌクレインを特異的に認識するanti−PSer129抗体による免疫染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡による観察を行った結果を示す図である。
図4は、WT+FαS細胞を、anti−PSer129抗体、TO−PRO−3、およびチオフラビンSにより三重染色し、共焦点レーザー顕微鏡にて観察したことを示す図である。
図5は、WT+FαS細胞およびレビー小体型痴呆症(DLB)患者脳のビブラトーム切片を、それぞれanti−PSer129抗体およびユビキチン抗体による二重染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡で観察したことを示す図である。
図6は、αシヌクレインプラスミドDNAおよび線維を導入した細胞において細胞の形態変化及び細胞死が認められたことを示す図である。
図7は、Gossypetinがin vitroでαシヌクレインの線維化を抑制することを示す図である。
図8は、Gossypetinの細胞死抑制効果を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態にのみ限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな形態で実施をすることができる。
なお、本明細書において引用した文献、および公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込むものとする。また、本明細書は、2005年12月6日に出願された本願優先権主張の基礎となる日本国特許出願(特願2005−352486号)の明細書に記載の内容を包含する。
本発明は、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体を細胞内に導入することにより、当該構造物が細胞に蓄積された細胞及びその製造法に関する。
1.概要
本発明者は、細胞に大きなダメージを与えることなく、効率的に重合核を細胞に導入し、脳内における線維化を簡易に解析できるモデルを作製するため、細胞内に線維状のタンパク質をはじめとする、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体を導入することを試みた。
本発明者は、神経芽細胞SH−SY5Yを用いて、αシヌクレインが細胞内に蓄積する細胞モデルの構築に着手した。そして、タンパク質又はその重合体を細胞内に導入する方法として、前記タンパク質を物理的に細胞に導入することができることを見いだした。導入されたタンパク質又はその重合体は、リン酸化され、蓄積されることが観察され、また、タンパク質又はその重合体が導入された細胞では、患者脳にみられる一部の病的特徴が見られた。
さらに、本発明者は、重合体形成のための伸長反応に必要と考えられるタンパク質をコードするプラスミドを、遺伝子工学的に細胞内に導入し、前記タンパク質を過剰発現させるとともに、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体を細胞に導入することにより、重合核となるタンパク質又は重合されたタンパク質と、プラスミドの発現により生成されるタンパク質とを相互作用させ、細胞内にタンパク質重合体を蓄積させることに成功した。この方法で作製された細胞では、実際の患者脳に蓄積するタンパク質と極めて類似した性質のタンパク質が細胞内に凝集し、蓄積されることが観察された。さらに導入された細胞が細胞死に至ることも観察された。本発明の方法は従来にはない極めて独創的な方法である。
本発明において、細胞内に出現したタンパク質の重合体は、抗リン酸化シヌクレインおよびユビキチン抗体で染色され、患者脳に見られるレビー小体と極めて類似していることが示された。また蓄積モデル細胞に出現する異常重合体に含まれるαシヌクレインは、レビー小体を構成するαシヌクレインと同様に界面活性剤などでも可溶化されず、細胞内で不溶化していることも明らかとなった。さらに本発明者は、上記方法で製造されたαシヌクレインを蓄積した細胞は最終的に細胞死に至るという驚くべき新知見を見出した(実施例参照)。以上のように、細胞内への線維化タンパク質をはじめとするタンパク質の重合体の蓄積に関し、本発明者が構築した新しい細胞モデルは、実際の患者脳に見られるレビー小体と同様の性質の重合体が出現するモデルであり、蓄積された重合体をともなう神経細胞死誘導機構の解明や、蓄積を抑制する薬剤の探索など治療薬の開発に応用されると考えられる。マウスなどの実験動物を用いたモデル系の開発も重要であるが、本発明において開発された培養細胞を用いた系のほうが、より安価で簡便に利用でき、かつ短時間で大量の試料をスクリーニングすることが可能である。
2.タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体
「タンパク質重合体」とは、変性疾患患者脳の神経細胞、グリア細胞内又は細胞外に出現する沈着性又は蓄積性の不溶性のタンパク質構造物をいう。「タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体」には、線維性のタンパク質構造物又はその重合核が含まれる(以下「線維性構造物または重合核」という)。「重合体」とは、タンパク質がいくつか重合したものを意味し、線維のほか、分子が幾つか重合したオリゴマーも含まれる。「重合核」とは、可溶性のタンパク質が重合して不溶性の凝集塊や線維を形成する分子反応における出発物質を意味する。例えば、線維性構造物を細胞に導入するために破砕したものなどが含まれる。線維性構造物または重合核は、種々のタンパク質からなり、不溶化して細胞内に沈着又は蓄積する。線維性構造物は、神経変性疾患の多くで病理学的特徴の一つとして挙げられ、その形成過程が発症と密接に関連していると考えられている。この線維性構造物の病理像は、パーキンソン病ではレビー小体とよばれ、アルツハイマー病では神経原線維変化とよばれている。そして、レビー小体の主要構成成分としてαシヌクレインが、神経原線維変化の主要構成成分としてタウタンパク質が、それぞれ同定されている。
αシヌクレインとは、パーキンソン病の病因物質として同定された細胞質中への蓄積物質であり、αシヌクレインの凝集が細胞死の要因と考えられている。
タウとは、微小管結合タンパク質の一種であり、アルツハイマー病に代表されるタウオパチーとよばれる疾患群において、神経原線維変化として神経細胞内に大量に蓄積する。タウオパチーにおいても、パーキンソン病で見られるレビー小体と同様に、種々の異常構造物(神経原線維変化)が細胞内に認められるが、それらの主要構成成分がタウである。レビー小体におけるαシヌクレインと同様に、タウも異常構造物内で線維化しており、界面活性剤に不溶性を示す。
アルツハイマー病やパーキンソン病と同様に神経細胞内に蓄積物が出現する他の変性疾患としては、ハンチントン病をはじめとするトリプレットリピート病が挙げられる。トリプレットリピート病において蓄積されるタンパク質は、細胞毒性を発揮すると考えられているポリグルタミンである。ポリグルタミンは、ハンチントン病において、不溶化した核内凝集体又は可溶状態のポリグルタミン鎖含有タンパク質片として存在するが、ポリグルタミン鎖の核内局在が細胞死の必須要因となっている。
また、神経細胞内に蓄積物が出現する他の変性疾患としては、筋萎縮性側索硬化症が挙げられ、この疾患においては、Cu/Zn superoxide dismutase(SOD1)が蓄積される。SOD1は、細胞毒性を発揮すると考えられているタンパク質であり、筋萎縮性側索硬化症において、レビー小体様封入体に蓄積されることが知られている。そして、SOD1の凝集物そのものが、新たな細胞障害効果を有すると考えられている。
一方、細胞外に蓄積するタンパク質としては、アルツハイマー病における、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれるタンパク質が知られている。Aβは、タウと弱いながらも相互作用をしているものと考えられている。一部のアルツハイマー病の原因遺伝子がβアミロイド前駆体と一致することから、Aβの蓄積は、アルツハイマー病の発症原因に関与するものと考えられている。さらに、Aβタンパク質は細胞内にも蓄積される場合がある。従って、細胞内に導入するタンパク質として、Aβも含まれる。
プリオンタンパク質は、狂牛病やクロイツフェルト・ヤコブ病で異常蓄積が認められるタンパク質であり、神経細胞内又は外において線維化して蓄積することが知られている。プリオンタンパク質の高次構造が変化して、ベータシート構造が増加することにより、正常プリオンタンパク質が病原性プリオンタンパク質に転換し、神経細胞死の原因となると考えられている。
以上のタンパク質はいずれも細胞内又は細胞外に蓄積しその発症と関連していると考えられており、何らかの共通のメカニズムにより細胞内で蓄積し細胞毒性を発揮する可能性がある。従って、本発明の細胞は、上記神経変性疾患のモデルとして使用することが可能である。
また、本発明で用いられるタンパク質は、上記タンパク質に限られず、上記タンパク質の変異体でもよい。「変異体」とは、上記タンパク質のアミノ酸配列において、1個又は数個(例えば1〜10個、好ましくは1〜5個)のアミノ酸に欠失、置換又は付加等の変異が生じたタンパク質を意味し、細胞内又は外においてタンパク質重合体として蓄積しうるものであればよい。例えば、αシヌクレインの変異体としては、家族性パーキンソン病家系解析から見出された変異型αシヌクレインであるA30P、A53T、E46Kがある。A30Pは、αシヌクレインのアミノ酸配列(配列番号2)において第30番目のアラニン(Ala)がプロリン(Pro)に置換した変異型であり、A53Tは、αシヌクレインのアミノ酸配列(配列番号2)において第53番目のアラニン(Ala)がスレオニン(Thr)に置換した変異型であり、E46Kは、αシヌクレインのアミノ酸配列(配列番号2)において第46番目のグルタミン酸(Glu)がリシン(Lys)に置換した変異型である。
また、N末端やC末端側が欠損した断片化αシヌクレイン、あるいは、5〜7箇所存在する繰り返し配列が欠損したαシヌクレインなども、本発明において細胞内に導入するために使用することができる。断片化αシヌクレインは、例えば配列番号2に示すαシヌクレインのアミノ酸配列のうち、131〜140番目のアミノ酸を欠失させたものを例示することができる。
繰返し配列欠損αシヌクレインは、配列番号2で表されるαシヌクレインのアミノ酸配列のうち、10〜15、21〜26、32〜37、43〜48、58〜63番目のアミノ酸残基のいずれか又は全部を欠損させたものである。
3.タンパク質又はその重合体の作製
(1)タンパク質をコードする遺伝子の取得
本発明で用いられるタンパク質は、表1に示すAccession番号から遺伝子又はアミノ酸配列情報を得、その情報をもとに通常の遺伝子工学的手法により入手することができる。このような遺伝子は、表1に記載の配列番号で示される塩基配列からなるDNA又はその断片をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション、プラークハイブリダイゼーション、サザンブロット等の公知のハイブリダイゼーション法により、ヒトのcDNAライブラリー及びゲノムライブラリーから得ることができる。これらの方法については、「Molecular Cloning、A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press(1989))を参照することができる。
また、上記タンパク質をコードする遺伝子は、通常の化学合成法または生化学的合成法を用いて製造することもできる。例えば、遺伝子工学的手法として一般的に用いられているDNA合成装置を用いた核酸合成法、あるいは、鋳型となる塩基配列を単離又は合成した後に、PCR法又はクローニングベクターを用いた遺伝子増幅法を用いることができる。その後、上記のようにして得られた核酸を制限酵素等で切断する。このように切出した当該遺伝子のDNA断片を、適当な発現ベクターに挿入し、タンパク質をコードする遺伝子を含む発現用ベクターを得ることができる。
タンパク質やその変異体は、神経変性疾患の病巣部分等から単離することもできるし、公知の遺伝子工学的手法、例えば、Kunkel法やGapped duplex法等の部位特異的突然変異誘発法を利用した公知手法により取得することもできる。部位特異的突然変異誘発のための変異導入用キットとして、例えば
QuikChangeTMSite−Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailorTMSite−Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site−Directed Mutagenesis System(Mutan−K、Mutan−Super Express Km等:タカラバイオ社製)等を用いることが可能である。
タンパク質は、上記したとおりαシヌクレイン、タウ、SOD1、ポリグルタミン、Aβ、及びプリオン並びにこれらの変異体が含まれる。これらのタンパク質のアミノ酸配列、及びこれらのタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列を表1に示す。
【表1】
タンパク質をコードする遺伝子は、上記した配列番号に示される塩基配列のほか、当該塩基配列に相補的な配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ細胞内への沈着又は蓄積するタンパク質をコードするDNAを含む。上記ハイブリダイゼーションにおいてストリンジェントな条件としては、たとえば、1×SSC〜2×SSC、0.1%〜0.5%SDS及び42℃〜68℃の条件が挙げられる。
(2)発現ベクターの構築及び形質転換
本発明において、重合核となりうるタンパク質は、以下に示すとおり発現ベクターを構築してこれを宿主に導入し、培養することにより得ることができる。あるいは、タンパク質が市販されている場合は、購入してもよい。
発現ベクターを導入するための宿主は、目的とする遺伝子を発現できるものであれば特に限定されず、例えば、宿主として大腸菌(Escherichia coli)、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等の細菌、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等の酵母、COS細胞、CHO細胞等の哺乳類細胞などが挙げられる。大腸菌等の細菌を宿主として用いる場合は、本発明の遺伝子が宿主中で自立複製可能であると同時に、プロモーター、転写終結配列を含む構成であることが好ましい。発現ベクターとしては、例えばpcDNA3、pRK172、pET、pGEX等が挙げられる。プロモーターとしては、大腸菌等の宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。例えば、trpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーターなどの大腸菌やファージ等に由来するプロモーターが用いられる。酵母を宿主として用いる場合は、発現ベクターとして、例えばYEp13、YCp50等が挙げられる。プロモーターとしては、例えばgal1プロモーター、gal10プロモーター等が挙げられる。哺乳類細胞を宿主として用いる場合は、発現ベクターとして、例えばpcDNA3等が好ましい。
上記発現ベクターを宿主に導入し形質転換体を作製し、目的遺伝子の発現に供する。このとき、宿主は、目的とする遺伝子を発現できるものであれば特に限定されず、例えば、大腸菌(Escherichia coli)、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等の細菌、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等の酵母、COS細胞、CHO細胞等の哺乳類細胞などが挙げられる。宿主への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リポソーム法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が挙げられる。
(3)タンパク質又はその重合体の採取及び精製
線維性構造物などのタンパク質又はその重合体は、前記形質転換体を培養し、その培養物から採取することにより得ることができる。「培養物」とは、培養上清、培養細胞、培養菌体、又は細胞若しくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。
形質転換体を培地に培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。
大腸菌や酵母菌等を宿主とする形質転換体を培養する培地としては、微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。
炭素源としては、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類が用いられる。
窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー等が用いられる。
無機物としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等が用いられる。
培養は、通常、振盪培養又は通気攪拌培養などの好気的条件下、例えば37℃で6〜24時間行う。pHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行う。
培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、Lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはイソプロピル−β−D−チオガラクトシド(IPTG)等を培地に添加してもよい。
動物細胞を宿主として得られた形質転換体を培養する培地としては、一般に使用されているRPMI−1640培地、DMEM培地又はこれらの培地に牛胎児血清等を添加した培地等が用いられる。
培養は、通常、5%CO存在下、37℃で1〜30日行う。培養中は必要に応じてカナマイシン、ペニシリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
培養後、タンパク質が菌体内又は細胞内に生産される場合には、菌体又は細胞を破砕することによりタンパク質を抽出する。また、線維性構造物をはじめとするタンパク質又はその重合体が菌体外又は細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により菌体又は細胞を除去する。その後、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて用いることにより、前記培養物中からタンパク質を単離精製することができる。
精製されたタンパク質の線維化をはじめとするタンパク質の重合化は、例えば、上記タンパク質を含む溶液を振とうすることにより行うことができる。重合化により得られた構造物を、超遠心分離等により回収したのち、適当量の緩衝液に懸濁して、細胞導入用のタンパク質又はその重合体とする。
また、本発明においては、生細胞を全く使用することなく無細胞タンパク質合成系を採用して産生したタンパク質を使用することが可能である。無細胞タンパク質合成系とは、細胞抽出液を用いて試験管などの人工容器内でタンパク質を合成する系である。無細胞タンパク質合成系には、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系も含まれる。上記細胞抽出液は、真核細胞由来又は原核細胞由来の抽出液、例えば、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球、マウスL−細胞、HeLa細胞、CHO細胞、出芽酵母、大腸菌などの抽出液を使用することができる。
さらに本発明において、無細胞タンパク質合成は、市販のキットを用いて行うこともできる。そのようなキットとしては、例えばPURESYSTEM(ポストゲノム研究所)、PROTEIOSTM(東洋紡)、TNTTM System(プロメガ)などが挙げられる。
上記のように無細胞タンパク質合成によって得られるタンパク質は、前述のように適宜クロマトグラフィー等を選択して、精製することができる。
4.タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体の細胞内への導入
本発明においては、上記のようにして得られた線維性構造物をはじめとする、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体を細胞内に導入することにより、これらのタンパク質の重合体が蓄積された細胞を得ることができる。導入するための細胞は、特に限定されるものではないが、動物細胞であることが好ましく、中でも神経細胞又はグリア細胞であることが好ましい。例えば、神経芽細胞であるSH−SY5Y細胞(L.Odelstad et al.、1981、Brain Res.、224:69−82)やNIH/3T3細胞及びグリア様細胞であるOLN−93細胞等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体の細胞内への導入は、適当な導入試薬を用いて行うことができる。細胞内への導入用試薬としては、例えばリポフェクトアミンやChariotなどが挙げられる。なお、前記タンパク質又はその重合体を細胞内に導入するに際し、断片化等のために必要に応じて超音波処理を行ってもよい。
なお、タンパク質の重合体が蓄積される部位が細胞内か細胞外か両方に蓄積されるのかに関しては、各タンパク質重合体の種類による。例えば、αシヌクレインは細胞内に蓄積するが、Aβ、プリオンタンパク質は細胞内、外腔のどちらにも蓄積する。
本発明においては、上記のように重合核を導入することにより、導入された重合核はリン酸化されて蓄積し、前記重合核が導入された細胞は患者脳にみられる一部の病的特徴を示す。
また、本発明においては、伸長反応に必要と考えられるタンパク質をコードする遺伝子を細胞に導入して過剰発現させるとともに、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体を細胞に導入することができる。これにより、導入された重合核と、過剰発現させたタンパク質とを相互作用させることにより、細胞内にタンパク質重合体を蓄積させることができる。但し、重合核となりうるタンパク質をコードする遺伝子の細胞内への導入は、重合核となりうるタンパク質又はその重合体とともに細胞内に導入しても、どちらを先に導入してもよく、導入の先後又は時期に限定されるものではない。
この方法で作製した細胞は、実際の患者脳に蓄積するタンパク質と極めて類似した性質のタンパク質が細胞内で凝集して蓄積し、その後細胞死に至ることが観察されるため、より患者脳に近い細胞モデルとして好ましい。この重合体形成のための伸長反応に必要と考えられるタンパク質を細胞内に発現させる方法は、例えば前記タンパク質をコードする遺伝子を適当なベクターに挿入した組換えベクターを作製し、当該組換えベクターを神経細胞やグリア細胞等に導入し、これらの細胞を適当時間培養すればよい。組換えプラスミド及び形質転換体の作製は、前記3.に記載の方法に準じて行うことができる。
タンパク質が細胞に導入され、不溶化していることは、上記タンパク質を認識する抗体を用いたイムノブロット法により解析できる。また、タンパク質が細胞内に蓄積されたことは、共焦点レーザー及び免疫染色により確認することができる。
なお、患者脳に見られるレビー小体には、リン酸化αシヌクレインだけでなくユビキチンも含まれることが知られているが、本発明に含まれるαシヌクレイン蓄積モデル細胞に出現する細胞内構造物は、レビー小体と形や大きさだけでなく、リン酸化αシヌクレインの線維から構成され、ユビキチン化されているという性質まで類似している。これを確認するには、例えば、上記細胞およびレビー小体型痴呆症(DLB)患者脳のビブラトーム切片を、それぞれ抗αシヌクレイン抗体およびユビキチン抗体で二重染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡で観察する方法が挙げられる。これにより、上記タンパク質重合体がレビー小体と同様にユビキチン化されていることが示される。
5.タンパク質重合体蓄積モデル細胞
本発明のタンパク質重合体が蓄積したモデル細胞は、細胞死を誘導する。このことは、上記細胞を一定期間培養すると、タンパク質重合体が細胞内に導入されていない細胞と比ベて明らかな形態変化が認められ(図6−b)、さらに、細胞数の減少も見られることから明らかである。従って、本発明の細胞は、神経変性疾患のモデル細胞として使用することができる。
本発明のタンパク質重合体蓄積モデル細胞において細胞死が誘導されたことの確認は、例えば細胞死アッセイを用いることができる。細胞死アッセイ法としては、特に限定されるものではなく、例えば乳酸脱水素酵素(LDH)漏出アッセイ法が挙げられる。このアッセイ法は、本来細胞内に存在するLDHが、細胞死の際にどれだけ細胞外に漏出するかを定量する方法に基づいており、細胞外のLDH活性が高ければ高いほど強い細胞死が起きていることになる。
6.スクリーニング方法及びキット
本発明のスクリーニング方法は、上記タンパク質重合体が導入された細胞に候補物質(被験物質)を接触させることを特徴とするものである。これにより、タンパク質重合体の細胞内蓄積を抑制する物質をスクリーニングすることが可能となり、また、神経変性疾患治療薬をスクリーニングすることも可能となる。
神経変性疾患とは、外傷や細菌感染などの明らかな原因がないのに神経細胞が死んでいく神経変性(neurodegeneration)という現象がみられる病気を意味し、痴呆を主とするアルツハイマー病、運動障害を主な症状とするパーキンソン病などが挙げられる。これらの疾患の他に、ハンチントン病、トリプレットリピート病、筋萎縮性側索硬化症、レビー小体型痴呆症、多系統萎縮症、クロイツフェルト−ヤコブ病、Gerstmann−Straussler症候群、狂牛病、球脊髄性筋萎縮症、脊髄小脳失調症、歯状核赤血淡蒼球ルイ体萎縮症、FTDP−17、進行性上性麻痺、皮質基底核変性症、Pick病などが挙げられる。
「接触」とは、上記タンパク質重合体が導入された細胞と候補物質(被験物質)とを同一の反応系又は培養系に存在させることを意味し、例えば、細胞培養容器に候補物質を添加すること、細胞と候補物質とを混合すること、細胞を候補物質の存在下で培養することなどが含まれる。
本発明の好ましい態様において、神経変性疾患がパーキンソン病、レビー小体型痴呆症及び多系統萎縮症の場合は、線維性構造物としてαシヌクレインを導入した細胞を用いることが好ましい。この場合、αシヌクレインが蓄積した神経細胞に候補物質を接触させ、前記候補物質を接触させた細胞において標的とする疾患と相関関係を有する指標値又は性質について、対照と比較し、この比較結果に基づいて、αシヌクレインの細胞内蓄積を抑制する物質、あるいはパーキンソン病の症状を軽減または消滅させる物質をスクリーニングすることができる。標的とする疾患と相関関係を有する指標値又は性質としては以下のものが挙げられる。これらの指標値又は性質は、1つのみを採用してもよく、2種類以上を組み合わせてもよい。
パーキンソン病:αシヌクレインの蓄積の有無、レビー小体の出現の有無、抗ユビキチン抗体による反応性の有無、神経細胞の変性の有無など
アルツハイマー病:Aβ又はタウの蓄積の有無、神経原線維変化の有無、抗ユビキチン抗体による反応性の有無、神経細胞の変性の有無など
クロイツフェルト・ヤコブ病:プリオンの蓄積の有無、神経細胞の変性の有無など
ハンチントン病:ハンチンチンの蓄積の有無、神経細胞の変性の有無など
神経変性疾患がアルツハイマー病の場合、すなわちスクリーニングの目的対象物質がアルツハイマー病治療薬の場合は、候補物質のスクリーニングには、細胞としてAβ又はタウが導入された神経細胞を用いることが好ましい。また、神経変性疾患がクロイツフェルト−ヤコブ病、Gerstmann−Straussler症候群及び狂牛病の場合は、プリオンタンパク質が導入された細胞を用いることが好ましい。神経変性疾患がハンチントン病、球脊髄性筋萎縮症、脊髄小脳失調症及び歯状核赤血淡蒼球ルイ体萎縮症の場合は、ポリグルタミンが導入された神経細胞を用いることが好ましい。神経変性疾患が筋萎縮性側索硬化症の場合は、SOD1が導入された神経細胞を用いることが好ましい。神経変性疾患がFTDP−17、進行性上性麻痺、皮質基底核変性症、Pick病の場合は、タウを用いることが好ましい。
候補物質としては、例えば、ペプチド、タンパク質、非ペプチド性化合物、合成化合物(高分子又は低分子化合物)、発酵生産物、細胞抽出液、細胞培養上清、植物抽出液、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒトなど)の組織抽出液、血漿などが挙げられ、これら化合物は新規な化合物であってもよいし、公知の化合物であってもよい。これら候補物質は塩を形成していてもよく、候補物質の塩としては、生理学的に許容される酸(例えば、無機酸や有機酸など)や塩基(例えば、金属酸など)などとの塩が用いられる。
線維性構造物あるいはタンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が細胞内に蓄積された細胞は、細胞死が誘導されるため、ある候補物質を投与した場合に、細胞死が緩和もしくは消失したことが確認できる結果が得られれば、用いた候補物質を、神経変性疾患治療薬として選択することが可能である。
例えば、上記候補物質の一つとして、ポリフェノール化合物の一種であるGossypetinが挙げられる。Gossypetinはアオイ科シロバナワタに含まれるフラボノールであり、食品添加剤として利用されているポリフェノール化合物でもある。例えば、Gossypetinがin vitroでαシヌクレインの線維化を抑制するかどうかを検討するには、αシヌクレインをGossypetinの存在下で線維化を行い、反応後の溶液に、チオフラビンSを添加して蛍光強度を測定すればよい。チオフラビンSは、βシート構造に富むタンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体に結合して蛍光を発する試薬であり、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体や線維の有無の判定に利用されている。一方、αシヌクレイン線維はβシート構造に富む構造を有しており、Gossypetinによりαシヌクレイン線維化が抑制されれば、Gossypetin未添加のものよりも蛍光強度が減少する。
この方法により、Gossypetinはインビトロでαシヌクレインの線維化を抑制することが示される。このため、ポリフェノールの一種であるGossypetinには、細胞死を抑制する効果があるといえる。
本発明の細胞は、タンパク質重合体の細胞内蓄積を抑制する物質又は変性疾患治療薬のスクリーニング用キットの形態で提供することができる。本発明のキットは上記細胞を含むが、その他に、標識物質、細胞死検出用試薬(例えばLDH等)、リン酸化αシヌクレイン抗体などを含めることができる。標識物質とは、酵素、放射性同位体、蛍光化合物及び化学発光化合物等を意味する。本発明のキットは、上記の構成要素のほか、本発明の方法を実施するための他の試薬、例えば標識物が酵素標識物の場合は、酵素基質(発色性基質等)、酵素基質溶解液、酵素反応停止液などを含めることができる。さらに、本発明のキットには、被験化合物用希釈液、各種バッファー、滅菌水、各種細胞培養容器、各種反応容器(エッペンドルフチューブ等)、洗浄剤、実験操作マニュアル(説明書)等を含めることもできる。
【実施例】
【0006】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
1.方法
αシヌクレイン線維の調製
αシヌクレイン遺伝子を組み込んだpRK172ベクターは、文献(Jakes R,Spillantini MG,& Goedert M.FEBS Lett.1994,345:27−32)に記載のものを使用した。
これを大腸菌(BL21DE3株)にトランスフォームした。トランスフォームした大腸菌を500mLの50μg/mLのアンピシリンを含むLB培地中で37℃6時間振とう培養したのち、0.2mM isopropyl 1−thio−β−D−galactosideを添加してさらに2時間培養した。菌体を回収し、液体窒素で急速凍結した。室温で解凍したのち、菌体に5mLのBuffer A(50mM Tris−HCl buffer,pH7.5/1mM ethylene glycole bis(β−aminoethyl ether)−tetraacetic acid(EGTA)/1mM dithiothreitol)を加えて懸濁したのち超音波処理を行い、菌体を破砕した。
菌体破砕物を遠心分離(26,600g、15分、4℃)したのち、上清を回収し、5分間の熱処理を行った。さらに遠心分離(26,600g、15分、4℃)により不溶化したタンパク質を除去したのち、上清を、予めBuffer Aで平衡化したQセファロースカラム(2mL)に添加した。6mLの0.1M NaClを含むBuffer Aでカラムを洗浄したのち、カラムに吸着したタンパク質を、6mLの0.5M NaClを含むBuffer Aで溶出した。この溶出液に硫酸アンモニウムを加えて50%飽和とし、αシヌクレインタンパク質を沈殿させた。
遠心分離(39,100g、20分、4℃)により沈殿したαシヌクレインを回収し、1mLの50mM Tris−HCl buffer,pH7.5(Buffer B)に溶解した。さらにこの溶液は1LのBuffer Bに対して透析した。透析した試料はタンパク質定量したのち、線維化に用いた。5〜10mg/mLのαシヌクレイン溶液を37℃で4日間振とうし、線維化させた。超遠心分離(113,000g、20分、室温)で線維を回収したのち、適当量のBuffer Bに懸濁し、超音波処理を行った。これをタンパク質定量したのち、細胞導入用のαシヌクレイン線維、重合核となりうるαシヌクレイン重合体とした。
αシヌクレイン蓄積細胞モデルの作製
神経芽細胞SH−SY5Yは、10%仔牛血清を含むDMEM/F12培地を用いて37℃、5%COの条件下、インキュベータ中で培養を行った。
30〜50%コンフルエントとなるようにSH−SY5Y細胞を6ウェルプレート上で培養し、培地中に、1μgの野生型αシヌクレイン遺伝子を組み込んだpcDNA3ベクター(pcDNA3−αsyn)と3μLのFuGENE6(ロッシュ)を100μLのopti−MEM(ライフテックオリエンタル)に混合した液を加え、そのまま一晩静置し、プラスミド由来の可溶性αシヌクレインを発現させた。また、野生型αシヌクレインプラスミドのほかに、家族性パーキンソン病家系の解析より発見された変異型αシヌクレイン(A30P、A53T、E46K)、N末端やC末端の一部が欠損した断片化αシヌクレイン、5〜7箇所存在する繰り返し配列を欠損したαシヌクレインをコードするpcDNA3ベクターを用いた。なお、プラスミドDNAのトランスフェクションは、FuGENE6だけでなくリポフェクトアミン試薬(インビトロジェン)やリポフェクトアミン2000(インビトロジェン)などでも同様に行うことができた。
細胞を一晩静置したのち、Phosphate buffered saline(PBS)で一回洗浄し、1mLのopti−MEMで培地交換した。この細胞に、2μgの超音波処理したαシヌクレイン線維と5μLのリポフェクトアミン試薬を200μLのopti−MEMに混合したものを加えて37℃で3時間静置した。その後、通常のDMEM/F12培地に交換し、さらにインキュベータ中で培養を続けた。必要に応じて、野生型αシヌクレイン線維の代わりに、変異型αシヌクレイン(A30P、A53T、E46K)、N末端やC末端側が欠損した断片化αシヌクレイン、5〜7箇所存在する繰り返し配列を欠損したαシヌクレインなどの線維を用いた。これらのシヌクレインの線維化方法は、野生型αシヌクレインの場合と同じである。
in vitroにおけるαシヌクレイン線維化の抑制
精製リコンビナントαシヌクレインを30mM Tris−HCl(pH7.5)、0.2%NaNにて希釈し2mg/mLとし、ポリフェノールの一種であるGossypetinを最終濃度200μMになるように添加、37℃、200rpmで振とうさせ線維化反応を行った。
線維化反応後の試料10μLに、300mLの5μMチオフラビンS(Sigma−Aldrich)溶液[0.2%チオフラビンS、20mM MOPS(pH6.8)]を加え室温で30分インキュベートした。蛍光強度は日立F4000蛍光スペクトロフォトメーター(励起波長440nm、蛍光波長520nm)を用いて測定した。
αシヌクレイン蓄積細胞モデルの評価法
(1)界面活性剤を用いて段階的に抽出したタンパク質のイムノブロットによる解析
野生型αシヌクレインなどのpcDNA3プラスミドをトランスフェクトしたSH−SY5Y細胞に、αシヌクレイン線維(野生型あるいは変異型など)をリポフェクトアミンにより導入し、1日間インキュベーションした状態の細胞を使用した。ウェルの培地を除去したのち、0.5mLの0.25%トリプシン溶液を加え、37℃で10分間保温した。そこに0.5mLのPBSを加え、ピペッティングで細胞をはがし回収した。遠心分離(1,800g、5分、4℃)により細胞を回収し、さらに1mLのPBSを加えて洗浄し、同条件の遠心分離により細胞を回収した。
細胞は、100μLの破砕バッファー(50mM Tris−HCl,pH7.5/0.15M NaCl/5mM ethylene diamine tetra acetic acid/5mM EGTA/プロテアーゼ阻害剤カクテル)に懸濁したのち超音波処理を行った。細胞破砕液は超遠心分離(290,000g、20分、4℃)を行い、上清のトリス可溶性画分を回収した。トリス可溶性画分は、BCA Protein assay kit(PIERCE)を用いてタンパク質定量を行ったのち、Sodium dodecylsulphate(SDS)ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)用サンプルバッファーを加えてSDS−PAGE用の試料とした。
一方、沈殿画分は、100μLの1%Triton X−100(TX)を含む破砕バッファーと共に超音波処理を行い、同じ条件(290,000g、20分、4℃)で超遠心分離を行った。得られた上清をTX可溶性画分とし、SDSサンプルバッファーを加えて電気泳動用の試料とした。TX処理の沈殿画分は、100μLの1%サルコシル(Sar)を含む破砕バッファー中で超音波処理を行い、次いで37℃で30分保温した。保温ののち超遠心分離(290,000g、20分、4℃)を行い、得られた上清をSar可溶性画分とし、同様にSDS−PAGE用のサンプルに調製した。沈殿画分は、100μLのSDSサンプルバッファーを加えて超音波処理し、電気泳動用の試料とした。
得られたすべての画分について13.5%ゲルを用いたトリス・トリシンSDS−PAGEを行った。電気泳動後、ゲルをポリビニリデンジフルオリド(PVDF)膜に転写したのち、3%ゼラチン溶液でブロッキングを行い、1,000倍希釈した抗αシヌクレイン抗体(anti−αsyn)あるいは抗リン酸化αシヌクレイン抗体(anti−PSer129)と室温で一晩反応させた。反応後のPVDF膜は、Tris−buffered saline(TBS)で洗浄したのち、500倍希釈したビオチン化マウスIgGと室温で1時間反応させた。反応後、TBSにて膜を洗浄したのち、イムノスター試薬(和光純薬工業)で処理し、エックス線フィルム(富士フィルム)に感光させてバンドを検出した。
(2)共焦点レーザー顕微鏡観察
SH−SY5Y細胞はカバーガラスの上で培養を行った。定法に従いpcDNA3−αsynを発現させて一晩保温したのち、シヌクレイン線維を導入した。導入して数日間(1〜2日間)インキュベーションを行ったのち、1mLの4%パラホルムアルデヒドを加えて細胞を固定した。固定した細胞は、0.2%TXで処理したのち、5%牛血清アルブミン/PBS溶液でブロッキングを行い、anti−PSer129(1,000倍希釈)と37℃で1時間反応させた。
次に0.05%Tween20を含むTBS(TBS−T)で細胞を洗浄したのち、FITC標識した抗マウス二次抗体と37℃で1時間反応させた。同様にTBS−Tで洗浄したのち、細胞をTO−PRO−3(2,000倍希釈)と反応させて核染色を行った。また一部の細胞については、0.05%チオフラビンSと室温で5分間反応させた。これらをスライドガラス上で封入した後、共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss)で解析した。
(3)細胞死アッセイ
細胞死アッセイは、pcDNA3−αsynベクターおよびαシヌクレイン線維を導入し、線維化阻害剤の存在下あるいは非存在下で3日間インキュベートした細胞を用いた。線維化阻害剤としては、ポリフェノールの一種であるGossypetin(20μM)を用いた。
3日間インキュベートしたのち、培養中の細胞の培地を一部回収した。残りの培地を除去した細胞は、上述したトリス可溶性画分の調製と同じ方法で処理し、トリス可溶性画分を調製した。回収した培地とトリス可溶性画分を用いて、CytoTox 96 Non−Radioactive Cytotoxicity Assay Kit(Promega)による細胞死アッセイを行った。方法は、Kitに添付の説明書に従った。
2.結果
αシヌクレイン重合体の細胞内への導入
本項では、αシヌクレイン重合体(線維)を神経芽細胞SH−SY5Y内に導入できるかどうかについて検討した。超音波処理したαシヌクレイン線維(FαS)(2μg)および線維化していない可溶性αシヌクレイン(2μg)を、それぞれリポフェクトアミン試薬と共にSH−SY5Y細胞に添加し、一晩反応させたのちに細胞を回収し、イムノブロットで解析した。
その結果を図1に示した。図1(a)はリン酸化に関係なくαシヌクレインを認識する抗体(anti−αsyn)を用いて、図1(b)はリン酸化αシヌクレインのみを特異的に認識する抗体(anti−PSer129)を用いてイムノブロットした結果をそれぞれ示している。可溶性αシヌクレインをリポフェクトアミン処理して細胞に添加しても全くバンドは検出されなかったのに対し(図1、「可溶性」の「+」のレーン)、αシヌクレイン線維をリポフェクトアミン存在下で細胞に添加した場合(「FαS」の「+」のレーン)は、どちらの抗体でもバンドが検出された。この結果は、αシヌクレイン線維、あるいは重合核となりうるαシヌクレイン重合体はリポフェクトアミンの作用により細胞内に導入され、かつリン酸化されることを示している。またαシヌクレイン線維は細胞内に導入できたが、可溶性αシヌクレインは導入されなかった。さらに、家族性パーキンソン病家系解析から見出された変異型αシヌクレイン(A30P、A53T、E46K)、N末端やC末端側が欠損した断片化αシヌクレイン、5〜7箇所存在する繰り返し配列を欠損したαシヌクレインなどの線維も、全長の野生型αシヌクレイン線維と同様にリポフェクトアミン試薬で細胞内に導入できた。
αシヌクレイン蓄積モデル細胞の作製
本項では、αシヌクレイン重合体(線維)を導入する方法を利用して、予め可溶性αシヌクレインを発現させておいた細胞に線維を導入すると、細胞内でαシヌクレインの蓄積が起こるかどうかを検討した。αシヌクレイン線維のみを導入した細胞(FαS)、αシヌクレイン遺伝子を組み込んだpcDNA3ベクター(pcDNA3−αsyn)をトランスフェクトした細胞(WT)、pcDNA3−αsynをトランスフェクトしたのちαシヌクレイン線維を導入した細胞(WT+FαS)の三種類の細胞を調製し、これらから細胞内のαシヌクレインの抽出を試みた。調製した細胞はトリプシン処理したのち、PBSで洗浄し、破砕バッファーに懸濁し超音波処理を行った。破砕液は方法の項に示したように、界面活性剤であるTriron X−100およびサルコシルを用いて順次タンパク質の可溶化を行った。得られた各画分は、anti−αsynおよびanti−PSer129抗体を用いたイムノブロットで解析した。その結果を図2に示した。
線維のみを導入したFαS細胞では、界面活性剤に不溶な画分(ppt画分)に多くのanti−αsyn抗体陽性のバンドが出現し、その一部はリン酸化されていることが分かった。すなわち、この結果から、αシヌクレイン線維が細胞内に導入されその一部がリン酸化を受けること、および導入された線維、重合核となりうるαシヌクレイン重合体は、その間、細胞内でもその性質を維持し除去あるいは可溶化されないことが明らかとなった。pcDNA3−αsynを発現させた細胞(WT)では、ほとんどのαシヌクレインは可溶性画分(TS画分)に回収された。このことは、細胞内でαシヌクレインが大量に生合成されても、通常の状態では可溶性のまま存在しており、容易に線維化及び/又は不溶化しないことを示しており、また、そのほとんどはリン酸化されていないことも判明した。
一方、αシヌクレインプラスミドDNAおよび線維を導入したWT+FαS細胞では、いずれの画分にもanti−αsyn抗体陽性のバンドが出現した。特にppt画分においてバンドが顕著に観察され、同様にリン酸化シヌクレインもppt画分に多く検出されていた。すなわち、WT+FαS細胞では、αシヌクレインが細胞内で不溶化・蓄積しているため、その多くがppt画分に回収されたと考えられる。またWT+FαS細胞のppt画分のリン酸化αシヌクレイン量は、線維のみを導入したFαS細胞のリン酸化αシヌクレイン量と比べて大幅に増加していることが分かる。この結果は、プラスミド由来の可溶性αシヌクレインが、導入されたαシヌクレイン線維依存的に(言い換えれば、導入された線維を核として)細胞内で蓄積することを示している。
患者脳に見られるレビー小体に存在するαシヌクレインも、細胞内で蓄積及び/又は不溶化し、かつリン酸化などの翻訳後修飾を受けている。患者脳に蓄積したαシヌクレインも界面活性剤に不溶性な画分に回収されるという事実より、今回開発したモデル細胞における蓄積αシヌクレインは、患者脳における蓄積αシヌクレインと生化学的に類似した性質を持つことが明らかとなった。
αシヌクレイン蓄積細胞の免疫組織化学的観察
αシヌクレインプラスミドDNAおよび線維を導入したWT+FαS細胞内の蓄積αシヌクレインは、患者脳におけるレビー小体に存在する蓄積αシヌクレインと生化学的に類似した性質を有したことから、本項では、次に細胞内の蓄積シヌクレインを免疫組織化学的に観察して、レビー小体と形態学的に比較した。未処理(none)、αシヌクレインプラスミドのみ発現させたWT細胞、線維のみ導入したFαS細胞、プラスミドおよび線維を導入したWT+FαS細胞の4種類の細胞を、リン酸化αシヌクレインのみを特異的に認識するanti−PSer129抗体による免疫染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡による観察を行った。
その結果、図3に示したように、WTおよびFαS細胞ではリン酸化シヌクレインを含む細胞はそれほど多く存在しないのに対し、WT+FαS細胞では、anti−PSer129抗体陽性細胞がさらに増加した。これらの陽性細胞の細胞質には、この抗体で強く染色される、直径約10〜15nmの丸い構造物が存在していた(図中、白矢印で示した)。この形態は、患者脳に見られるレビー小体と大きさに関しても類似していた(図5参照)。
αシヌクレイン蓄積モデル細胞内に出現する構造物の性質
本項では、WT+FαS細胞で観察された丸い構造物(図3)が、αシヌクレイン線維からなるかどうかについて検討した。ここでは、βシート構造に富む線維性タンパク質と特異的に結合する蛍光色素の一種であるチオフラビンSによる染色を試みた。WT+FαS細胞をanti−PSer129抗体、TO−PRO−3、およびチオフラビンSと三重染色し、共焦点レーザー顕微鏡にて観察した。
図4に示したように、リン酸化αシヌクレイン抗体で染色された丸い構造物のいくつかは、チオフラビンSによっても染色されることが判明した(図中、白矢印で示した)。以上の結果と図2より、WT+FαS細胞内に出現した丸い構造物は、リン酸化αシヌクレインが線維化および不溶化して形成されたものであることが考えられた。
患者脳に見られるレビー小体には、リン酸化αシヌクレインだけでなくユビキチンも含まれることが知られている。そこで、WT+FαS細胞内における構造物がレビー小体と同様にユビキチン化されているかどうかについて調べた。
WT+FαS細胞およびレビー小体型痴呆症(DLB)患者脳のビブラトーム切片を、それぞれanti−PSer129抗体およびユビキチン抗体による二重染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。結果を図5にまとめた。
DLB患者脳のビブラトーム切片の染色象より、リン酸化αシヌクレイン抗体で認識されるレビー小体はほとんどユビキチン陽性を示すことが観察された(図中、白矢印で示した)。αシヌクレインプラスミドおよび線維を導入したWT+FαS細胞では、リン酸化αシヌクレイン抗体陽性を示す細胞内構造物は、患者脳のレビー小体と同様にユビキチン抗体でも染色されることが明らかとなった(図中、白矢印で示した)。
以上の結果より、今回開発したαシヌクレイン蓄積モデル細胞に出現する細胞内構造物は、レビー小体と形や大きさだけでなく、リン酸化αシヌクレインの線維から構成され、ユビキチン化されているという性質まで類似していることが判明した。
αシヌクレイン蓄積モデル細胞に誘導される細胞死
αシヌクレインプラスミドDNAおよび線維を導入した細胞を3日間培養すると、未処理の細胞(図6(a))と比べて明らかな形態変化が認められる(図6(b))。形態変化に加えて細胞数の減少も見られることから、本項では、WT+FαS処理細胞におけるこの変化が細胞死と関連しているかどうかについて検討した。
未処理の細胞(none)、αシヌクレイン線維のみ導入した細胞(FαS)、αシヌクレインプラスミドDNAおよび線維を導入したWT+FαS細胞の三種類の細胞について、細胞死のアッセイを行った。それぞれ3日間培養を行ったのち乳酸脱水素酵素(LDH)漏出アッセイによって細胞死を評価した。このアッセイは、本来細胞内に存在するLDHが、細胞死の際にどれだけ細胞外に漏出するかを定量する方法に基づいており、細胞外のLDH活性が高ければ高いほど強い細胞死が起きているということになる。
細胞死のアッセイの結果を図6(c)に示した。この図から明らかなように、未処理およびαシヌクレイン線維のみを導入した細胞では細胞死は10%程度であったのに対し、αシヌクレインプラスミドDNAおよび線維を導入したWT+FαS細胞では約30%の細胞死が認められた。このようにWT+FαS細胞において、αシヌクレイン蓄積がともなう細胞死が誘導されることが明らかとなった。
αシヌクレイン蓄積モデル細胞に誘導される細胞死の抑制
図6で観察されたWT+FαS細胞死アッセイ系を利用して、その細胞死を抑制する薬剤の探索はパーキンソン病などの神経変性疾患に対する治療薬開発につながると考えられる。
Gossypetinはアオイ科シロバナワタに含まれるフラボノールであり、食品添加剤として利用されているポリフェノール化合物である。そこで、本発明者は、まずGossypetinがin vitroでαシヌクレインの線維化を抑制するかどうかを検討した。
2mg/mLのαシヌクレインを20μM Gossypetinの存在下で、37℃で振とうして、線維化を行った。反応後の溶液に、チオフラビンSを添加し、蛍光強度を測定した。チオフラビンSは、βシート構造に富むタンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体に結合して、蛍光を発する試薬であり、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体や線維の有無の判定に利用されている。αシヌクレイン線維はβシート構造に富む構造を有しており、Gossypetinがαシヌクレイン線維化を抑制する場合、未添加のものよりも蛍光強度が減少するはずである。
その結果、Gossypetinnを添加した場合は、未添加の場合に比べて、蛍光強度が顕著に減少することが観察された(図7)。
以上より、Gossypetinがin vitroでαシヌクレインの線維化を抑制することが見出された。
in vitroでのαシヌクレイン線維化の顕著な抑制が確認できたので、次いで、GossypetinがWT+FαS細胞で誘導される細胞死を抑制できるかどうかについて調べた。
αシヌクレインプラスミドおよび線維を導入したSH−SY5Y細胞に、20μM Gossypetinを添加し、3日間インキュベートしたのち細胞死のアッセイを行った。
結果を図8に示す。図8に示ように、ポリフェノール化合物を添加しない場合では約50%の細胞死が起きていたが、Gossypetinを添加した場合では顕著な細胞死の抑制が認められた。この結果より、ポリフェノールの一種であるGossypetinには、WT+FαS細胞に誘導される細胞死を抑制する効果があることが示された。
以上のことから、本発明の方法により、αシヌクレイン蓄積による細胞死を抑制する化合物又は天然物のスクリーニングが容易に行えることが判明した。スクリーニングで探索された化合物は、新たなターゲットのパーキンソン病あるいは神経変性疾患治療薬となり得るものであり、本発明の方法は極めて有用なスクリーニング法であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0007】
本発明により、タンパク質重合体の重合核となりうるタンパク質又はその重合体が導入された細胞、またその製造方法が提供される。本発明の細胞は、実際の神経変性疾患患者の脳に見出される構造物の特徴を有するモデル系として利用することが可能であり、アルツハイマー病やパーキンソン病の発症を解明するために有用である。また、本発明の細胞は、種々の神経変性疾患やアミロイドーシスに共通の発症メカニズムなどの解析に極めて有用である。さらに、本発明の細胞は、神経変性疾患の発症機構だけでなく、タウタンパク質やαシヌクレイン等の細胞内蓄積を抑制する化合物のスクリーニングなどにも容易に応用でき、新しい作用機序を有する治療薬の開発につながることが期待できる。
[配列表]
図7
図8
図1
図2
図3
図4
図5
図6