【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材で形成され、片側に光学的薄膜体を備えると共に、その反対側の端面に粘着体を備えてペリクルとして使用されるペリクル用支持枠の製造方法であって、アルミニウム材の表面に
は、陽極酸化処理により陽極酸化皮膜からなるポーラス層を形成し、
次いで酸性水溶液を用いた酸浸漬溶解処理を施して前記ポーラス層のポア径を拡げることにより、前記ポーラス層の膜厚が4.1〜14μmであると共に、ポーラス層の表面におけるポア径とセル径の比(
表面:ポア径/セル径)が0.4〜0.9の範囲となり、また、このポーラス層から溶出する硫酸イオン、硝酸イオン、及び有機酸イオン(シュウ酸イオン、ギ酸イオン、及び酢酸イオンの総量)の総溶出量が、90℃の純水に2時間浸漬させて溶出したイオン濃度を測定するイオン溶出試験において、支持枠表面積100cm
2あたり純水100ml中への溶出濃度で0.25ppm以下となるようにすることを特徴とするペリクル用支持枠の製造方法である。
【0013】
また、本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材で形成され、片側に光学的薄膜体を備えると共に、その反対側の端面に粘着体を備えてペリクルとして使用されるペリクル用支持枠の製造方法であって、アルミニウム材の表面に
は、陽極酸化処理により陽極酸化皮膜からなるポーラス層を形成し、
次いで酸性水溶液を用いた酸浸漬溶解処理により前記ポーラス層のポア径を拡げた後、封孔処理によりポーラス層の表面におけるポア径を小さくすることにより、前記ポーラス層の膜厚が4.1〜14μmであると共に、ポーラス層の内部
におけるポア径の最大値とセル径の比
〔内部:ポア径(最大値)/セル径〕が0.3〜0.9の範囲
となり、また、このポーラス層から溶出する硫酸イオン、硝酸イオン、及び有機酸イオン(シュウ酸イオン、ギ酸イオン、及び酢酸イオンの総量)の総溶出量が、90℃の純水に2時間浸漬させて溶出したイオン濃度を測定するイオン溶出試験において、支持枠表面積100cm
2あたり純水100ml中への溶出濃度で0.25ppm以下となるようにすることを特徴とするペリクル用支持枠の製造方法。
【0014】
ペリクル用支持枠を形成するアルミニウム材の表面のポーラス層について、好適には、陽極酸化処理により形成された陽極酸化皮膜からなるようにするのが良い。陽極酸化処理に使用する電解液については、例えば硫酸、シュウ酸、リン酸等の酸やこれらの塩を用いることができるが、好ましくは、ヘイズの最大原因物質である硫酸を用いないようにして、アルミニウム材の表面のポーラス層が、シュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いた陽極酸化処理により形成された陽極酸化皮膜からなるようにするのが良い。
【0015】
以下、電解液としてシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いる場合について説明する。但し、電解液はシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液に限定されるものではない。シュウ酸塩として具体的には、シュウ酸水素カリウム、シュウ酸カリウム、シュウ酸ナトリウム、シュウ酸アンモニウム等を挙げることができ、好ましくはシュウ酸水素カリウム、シュウ酸カリウム、及びシュウ酸ナトリウムであるのが良い。電解液の濃度については、シュウ酸根(C
2O
42-)が20〜90g/Lであるのがよく、好ましくは30〜60g/Lであるのが良い。シュウ酸根濃度が20g/L〜90g/Lの範囲であると適切な電解電圧を得ることができる。
【0016】
陽極酸化処理の電圧については10〜60Vであるのがよく、好ましくは20〜50Vであるのが良い。10Vより高いと得られる陽極酸化皮膜強度を使用十分なものとすることができ、60Vより低くすることでポーラス層で大きな表面積が得られるので、後の着色処理で十分な着色性が得られる。また、電解液の温度については、好ましくは15〜40℃とするのがよく、陽極酸化の処理時間は10〜60分、好ましくは15〜50分の範囲であるのが良い。そして、これら陽極酸化処理の条件を調整し、得られる陽極酸化皮膜の膜厚を2〜20μm、好ましくは5〜10μmとするのが望ましい。陽極酸化皮膜の厚みが2μmより大きいと着色処理で十分な着色性が得られ、20μmより小さいと皮膜内に取り込まれる酸性成分の量をヘイズの原因とならない程度に少なくすることができる。このようにシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いたことで、一般に硫酸を用いて陽極酸化皮膜を形成する場合(通常100〜200g/L程度)に比べて使用する酸の量を減らすことができる。また、得られた陽極酸化皮膜はビッカース硬度で150〜500Hv程度の硬度を有することができるため、支持枠表面の傷付きや発塵を抑えることができて耐久性にも優れる。
【0017】
ポーラス層の表面におけるポア径とセル径の比(ポア径/セル径)は、0.4〜0.9の範囲にすることが好ましい。本発明者らが推測するメカニズムによると、電解液としてシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いた場合、陽極酸化処理により形成された陽極酸化皮膜のポーラス層には、シュウ酸やシュウ酸が分解して形成されたギ酸が、イオンとして皮膜内に取り込まれ、また、酸あるいはイオンとしてポアの表面に吸着しているものと考えられる。また、これ以外の電解液を用いた場合、例えば硫酸を使用すると、陽極酸化皮膜は硫酸イオンを含有すると考えられる。そこで、ポーラス層のポア径を拡げるような酸浸漬溶解処理を行い、これらの酸性成分(酸やイオン)を効果的に除去する方法が考えられる。具体的にはポーラス層の表面のポア径とセル径の比(ポア径/セル径)が0.4〜0.9の範囲とすることが好ましく、より好ましくは0.5〜0.8の範囲とすることが好ましく、更に好ましくは0.6〜0.7の範囲とすることが好ましい。一般に、陽極酸化により形成されるポーラス層のポア径及びセル径は電解電圧のみに依存し、電解液の温度や濃度には影響されない(永山政一,高橋英明「多孔質アルミニウム・アノード酸化皮膜−微細構造および生成/封孔の機構」金属表面技術Vol.38,No.10,1987,p494-504のFig.8等参照)。そのため、より詳しくは電圧10〜60Vの定電圧電解を5〜50分実施して陽極酸化皮膜を形成した後、ポーラス層の表面での「ポア径/セル径」が0.4〜0.9の範囲となるような酸浸漬溶解処理を行うことが好ましい。この比の値が0.4より大きいとポーラス層に付着した酸性成分の除去を十分に行うことができる。0.9以下であるとポア(細孔)の形状を維持することができ、十分な耐食性や、後の着色処理で十分な着色性が得られる。なお、酸浸漬溶解処理後のポーラス層の表面での「ポア径/セル径」の比については、下記実施例で説明するように、走査型電子顕微鏡(SEM)を使用して観察倍率10万倍で観察し、縦×横が800nm×1000nmの視野内にある20個のポアを選択して、ポア径及びセル径のそれぞれの平均値から比の値を求めるようにする。
【0018】
酸浸漬溶解処理に用いる酸性水溶液については、例えば硫酸、シュウ酸、硝酸、リン酸、ギ酸、コハク酸、酢酸等の水溶液を例示することができるが、好ましくはシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いるのが良い。酸浸漬溶解処理で得られるポーラス層の表面での「ポア径/セル径」の比は、用いる酸性水溶液の濃度と温度、そして処理に要する時間とで決まるものである。濃度と温度が高いほど処理時間を短くすることができ、濃度と温度が低いほど処理時間が長くなることで、ポア径の制御が容易になる。具体的には、以下の条件である。酸性水溶液の濃度については、シュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いる場合、シュウ酸根(C
2O
42-)が20〜180g/Lであるのがよく、好ましくは50〜150g/Lであるのが良い。また、酸性水溶液の温度及び浸漬時間については、15〜40℃で10〜50分であるのがよく、好ましくは20〜35℃で15〜45分であるのが良い。なお、陽極酸化処理の電解液と酸浸漬溶解処理に用いる酸性水溶液とが同じ場合は、陽極酸化の電解終了後の電解液を利用するようにしてもよい。
【0019】
本発明のペリクル用支持枠は、その表面が着色されているのが良い。着色処理の条件については特に制限されず、公知の方法を採用することができる。例えば、有機系染料や無機系染料による染色処理や、金属塩による二次電解着色処理が挙げられる。好ましくは、酸浸漬溶解処理後に支持枠を有機系染料で染色処理するのが良い。着色処理は露光光の散乱防止等を目的にし、いわゆる黒色化することができればよいが、本発明では、一般に酸性成分の含有量が少ないとされる有機系染料を用いるのが良い。なかでも、硫酸、酢酸、及びギ酸の含有量が少ない有機系染料を用いるのが好ましい。また、着色処理後はポーラス層のポアを封孔する封孔処理を行っても良い。封孔処理の条件については特に制限されず、公知の方法を採用することができるが、処理後は純水洗浄を十分に行うようにする。好ましくは純水温度を50〜95℃とし、15〜90分の洗浄を行うようにするのが良い。この封孔処理は、ポーラス層の表面におけるポア径がポーラス層の内部のポア径よりも小さくなるようにするのが良く、これにより、仮にポーラス層に酸性成分が残存していたとしても、表面からの流出を抑えることができる。この封孔処理について、好ましくは、ポーラス層の表面におけるポア径が、ポーラス層の内部のポア径よりも小さくなるようにし、かつ、ポーラス層の内部のポア径の最大値とセル径の比(ポア径の最大値/セル径)が0.3〜0.9の範囲となるようにするのが良く、より好ましくは0.4〜0.8の範囲であるのが良く、更に好ましくは0.5〜0.7の範囲であるのが良い。この「ポア径の最大値/セル径」が0.3以上だと、内部の空隙率が上がり、純水洗浄効果が高くなることで、イオンを低減しやすくなる。0.9以下であると、十分な強度のポーラス層が得られる。なお、ポーラス層の内部のポア径の最大値とセル径の比については、ポーラス層の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察倍率10万倍で観察し、縦×横が800nm×1000nmの視野内にあるポアのうち最大径のものを選択して、「ポア径の最大値/セル径」を求めるようにする。
【0020】
また、本発明においては、陽極酸化処理に先駆けて、アルミニウム材の熱処理(焼鈍処理)を行うようにしても良い。予め熱処理を行うことでアルミニウム材のひずみが除去され、陽極酸化処理で形成する陽極酸化皮膜のクラックの発生を抑えることができる。具体的な処理条件については、対象がアルミニウム材であることやクラックの発生を効果的に抑制させる観点から、好ましくは150〜350℃の温度で15〜60分間の熱処理であるのが良い。更には、均一な陽極酸化皮膜を形成するために、前処理として酸やアルカリを用いたエッチング処理を行ってもよく、得られた支持枠にごみ等が付着した場合に検知し易くするために予めブラスト処理等を施すようにしても良い。一方、洗浄度を高めるために、陽極酸化処理や酸浸漬溶解処理後さらには着色処理や封孔処理後に、純水洗浄、湯洗浄、超音波洗浄等の洗浄処理を行うようにしても良い。
【0021】
本発明において、ペリクル用支持枠の形成に用いるアルミニウム材は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなればよく、所定の支持枠として強度等が確保される限り特に制限はないが、好適にはJIS A7075、JIS A6061、JIS A5052等を挙げることができる。
【0022】
硫酸イオン、硝酸イオン、及び有機酸イオン(シュウ酸イオン、ギ酸イオン、及び酢酸イオンの総量)の総溶出量が、支持枠表面積100cm
2あたり100mlの純水を90℃に加温し、2時間浸漬させた溶出濃度で0.25ppm以下であることが好ましく、より好ましくは0.13ppm以下、更により好ましくは0.08ppm以下である。陽極酸化処理、酸浸漬溶解処理及び着色処理を経た支持枠の表面には、これらの処理やそれ以外の処理で使用される水溶液や薬液等に含まれる酸やアルカリ成分が、そのままあるいはイオンとして付着しているものと考えられる。そこで、これらのなかから代表的であり、尚且つヘイズの発生に影響が考えられるイオン、すなわち無機酸イオンとして硫酸イオン(SO
42-)及び硝酸イオン(NO
3-)、有機酸イオンとしてシュウ酸イオン(C
2O
42-)、ギ酸イオン(HCOO
-)及び酢酸イオン(CH
3COO
-)が少ないほうが好ましい。
【0023】
上記イオン溶出試験における溶出イオンについて、より詳しくは、有機酸イオン(シュウ酸イオン、ギ酸イオン、及び酢酸イオンの総量)の溶出量が、支持枠表面積100cm
2あたり純水100ml中への溶出濃度で0.20ppm以下、好ましくは0.10ppm以下、より好ましくは0.05ppm以下であるのが良い。有機酸イオンのなかでも、特にシュウ酸イオンの濃度が0.01ppm以下、好ましくは0.008ppm以下、より好ましくは0.005ppm以下であるのが良い。また、無機酸イオンでは、硫酸イオンの溶出量が支持枠表面積100cm2あたり純水100ml中への溶出濃度で0.01ppm以下、好ましくは0.008ppm以下、より好ましくは0.005ppm以下であるのが良い。溶出イオンの検出はイオンクロマトグラフ分析により行い、詳細な測定条件については実施例に記載するとおりである。
【0024】
また、本発明によって得られるペリクル用支持枠は、含水率が高くなるポアの内壁表層部分を溶解除去するため含有水分率が低く、硫酸アンモニウムの生成を抑制することができる。具体的には、含有水分率が支持枠重量の100ppm以下であり、好ましくは80ppm以下、より好ましくは50ppm以下、更に好ましくは30ppm以下、最も好ましくは10ppm以下であるのが良い。これらイオンや水分を低減させる方法として、アルミニウム材のポーラス層表面におけるポア径/セル径の比を0.4〜0.9の範囲としたり、アルミニウム材のポーラス層
内部におけるポア径
(最大値)/セル径の比を0.3〜0.9の範囲としたり、ポーラス層をシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いた陽極酸化処理により形成する方法を用いることが好ましい。また、洗浄度を高めるために、陽極酸化処理や酸浸漬溶解処理後さらには着色処理や封孔処理後に純水洗浄、湯洗浄、超音波洗浄等の洗浄処理を行うようにすることが好ましい。
【0025】
更には、支持枠の表面に実質的にマイクロクラックがないペリクル用支持枠を得ることができる。ここで、マイクロクラックとは、クラック幅が0.1μm以上のものを対象にしており、マイクロクラック数の評価方法としては、支持枠表面を電子顕微鏡にて1000倍に拡大した写真において10cm(実寸法0.1mm)の直線を引き、その直線に交差するクラック数を計算する。クラックの幅は、その電子顕微鏡写真で観察できるもの、即ちクラック幅0.1μm以上のものを計数する。一般に、マイクロクラックは陽極酸化処理の際の電圧が低かったり、厚膜に形成するほど入りやすくなるが、本発明における好ましい態様、すなわち陽極酸化処理の電解電圧を10V以上(好ましくは20V以上)とし、かつ、得られる陽極酸化皮膜の膜厚を20μm以下としたり、更には陽極酸化処理に先駆けてアルミニウム材の熱処理を行うことで、封孔処理後の支持枠表面には上記方法によって確認される幅0.1μm以上のクラックはなく、緻密な皮膜を得ることができる。
【0026】
本発明により得られたペリクル用支持枠は、その片側に光学的薄膜体を貼着すると共に、その反対側の端面に粘着体を備えるようにしてペリクルとして使用することができる。光学的薄膜体としては特に制限はなく公知のものを使用することができるが、例えば石英等の無機物質や、ニトロセルロース、ポリエチレンテレフタレート、セルロースエステル類、ポリカーボネート、ポリメタクリル酸メチル等のポリマーなどを例示することができる。光学的薄膜体はCaF
2等の無機物やポリスチレン、テフロン(登録商標)等のポリマーからなる反射防止層などを備えるようにしても良い。また、光学的薄膜体を設けた面とは反対側の支持枠端面には、ペリクルをフォトマスクやレティクルに装着するための粘着体を備えるようにする。粘着体としては粘着材単独あるいは弾性のある基材の両側に粘着材が塗布された素材を使用することができる。ここで、粘着材としてはアクリル系、ゴム系、ビニル系、エポキシ系、シリコーン系等の接着剤が挙げることができ、また、基材となる弾性の大きい材料としてはゴムまたはフォームが挙げられ、例えばブチルゴム、発砲ポリウレタン、発砲ポリエチレン等を例示できるが、特にこれらに限定されない。
【0027】
なお、本発明
の製造方法によれば、所定の形状のアルミニウム材を、上述したように、ポーラス層表面におけるポア径/セル径の比を0.4〜0.9の範囲としたり、ポーラス層をシュウ酸又はシュウ酸塩の水溶液を用いた陽極酸化処理により形成することで、ペリクル用支持枠以外の用途に使用する表面処理アルミニウム材を得ることもできる。用途に応じて黒色化等の着色処理や封孔処理等を施してもよく、得られた表面処理アルミニウム材は、酸性成分の含有量や発塵性が可及的に低減されるため、電子機器部品をはじめ、カバー材、各種半導体製造装置用部材等に好適に用いられる。