【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明は、光学的薄膜体を備えてペリクルとして使用されるペリクル用支持枠の製造方法であって、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金のT6調質材を150〜350℃の温度で焼鈍
して、X線回折法により測定したMgZn2の積分回折強度が39以上になるようにした後、酒石酸を含んだアルカリ性水溶液を用いて陽極酸化処理し、Ni、Co、Cu、Sn、Mn及びFeからなる群から選ばれた1種又は2種以上を電解析出処理により析出させて黒色化することを特徴とするペリクル用支持枠の製造方法である。
【0013】
また、本発明は、上記の方法によって得られたペリクル用支持枠であって、L
*値が33以下であり、かつ、80℃の純水に4時間浸漬させて溶出したイオン濃度を測定するイオン溶出試験において、支持枠表面積100cm
2あたりの純水100ml中への溶出濃度が、酢酸イオン0.2ppm以下、ギ酸イオン0.06ppm以下、シュウ酸イオン0.01ppm以下、硫酸イオン0.01ppm以下、硝酸イオン0.02ppm以下、亜硝酸イオン0.02ppm以下、及び塩素イオン0.02ppm以下であることを特徴とするペリクル用支持枠である。
【0014】
更に、本発明は、上記ペリクル用支持枠に光学的薄膜体を備えたペリクルである。
【0015】
本発明においては、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金のT6調質材を用いるようにし、好ましくはAl−Zn−Mg−Cu系アルミニウム合金のT6調質材を用いるようにして、ペリクル用支持枠を得る。Al−Zn−Mg系アルミニウム合金はアルミニウム合金のなかでも最も強度を有するものであり、高寸法精度が実現されるほか、使用時の外力による変形や傷付きを防ぐことができるなど、ペリクル用支持枠を得る上では好適である。このアルミニウム合金について、残部のAl以外の化学成分としては、Zn5.1〜6.1質量%、Mg2.1〜2.9質量%、及びCu1.2〜2.0質量%であるのが好ましく、更にはCr、Ti、Bのほか、不純物としてFe、Si、Mn、V、Zr、その他の元素を含んでもよい。このような好適なアルミニウム合金の代表例としては、JIS規定のA7075が挙げられる。
【0016】
Al−Zn−Mg系アルミニウム合金のT6調質材を使用する理由は、時効析出によって強度が付与されたものであることなどが挙げられる。すなわち、従来、ペリクル用支持枠を製造する際には、所定の化学組成を有する鋳塊を押出や圧延加工等により枠状のアルミフレームに加工して溶体化処理を施した後、人工時効硬化処理によって合金元素を含む化合物を時効析出させて、強度を付与することが行われている。したがって、本発明においてもAl−Zn−Mg系アルミニウム合金のT6調質材を用いるようにする。なお、このT6調質材を得るための処理は、JIS H0001記載の調質条件に従えばよい。
【0017】
そして、本発明においては、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金のT6調質材を150〜350℃の温度、好ましくは250〜300℃の温度で焼鈍する。焼鈍の温度が150℃未満であると、その後の電解析出処理によっても十分に黒色化された支持枠を得ることができず、反対に焼鈍の温度が350℃を超えると、逆にL
*値が高くなって白色化の方向に進む。また、焼鈍の時間については、30〜120分であるのが良く、黒色化を良好に進めることができると共に、白色化の進行を抑えることができる。
【0018】
焼鈍によって黒色化が図れる理由については定かではないが、T6調質処理で固溶していた合金元素がこの熱処理により再度析出し、MgZn
2のような析出物が支持枠の黒色化に寄与するものと考える。この析出物は陽極酸化処理によって陽極酸化皮膜中に取り込まれ、一部は溶解してしまう物もあるが、析出物が多くなれば電解析出による着色効果を促進したり、析出物自体が光を吸収して黒色に見えるようになると推察される。一方、析出が少ないとこのような効果が十分得られずに、明るく見えるものと推察される。すなわち、焼鈍の温度が150℃未満であると合金元素の析出が十分でなく、反対に350℃を超えると、析出物が粗大化して上記のような陽極酸化皮膜での作用が認められ難くなり、また、高温になり過ぎるとT6調質材が軟化するおそれがある。ここで、析出物のひとつであるMgZn
2に着目すると、本発明において、X線回折法により測定したT6調質材におけるMgZn
2の積分回折強度が39以上になるように焼鈍を行うのが好ましい。
【0019】
T6調質材を焼鈍した後は陽極酸化処理して、その表面に陽極酸化皮膜を形成する。本発明では、ヘイズの最大原因物質である硫酸を用いずに、電解液として酒石酸を含んだアルカリ性水溶液を用いるようにする。
【0020】
ここで、酒石酸としては、酒石酸ナトリウム、酒石酸カリウム、酒石酸ナトリウムカリウム、酒石酸アンモニウム等の酒石酸塩を好適に用いることができる。酒石酸の濃度は13〜200g/Lであるのが良く、好ましくは25〜150g/Lであるのが良い。酒石酸の濃度が13g/Lより低いと陽極酸化皮膜は形成され難く、反対に200g/Lより高いと低温での陽極酸化の際に酒石酸塩が析出するおそれがある。また、酒石酸を含んだアルカリ水溶液のpHは12.25〜13.25であるのが良く、好ましくは12.5〜13.0であるのが良い。pHが12.25より低いと皮膜の生成速度が遅く、支持枠を黒色化するのが困難となり、反対に13.25より高くなると皮膜の溶解速度が速くなり、粉吹き等が発生するおそれがある。
【0021】
酒石酸を含んだアルカリ水溶液を電解液として用いて陽極酸化処理する際は、浴温度を0〜15℃にするのが良く、好ましくは5〜10℃にするのが良い。浴温度が0℃より低くなると皮膜の生成速度が遅くなり効率的ではなく、反対に15℃より高くなると皮膜の溶解速度が速くなり成膜に時間を要し、また、粉吹き等が生じるおそれがある。陽極酸化処理の電圧は10〜60Vであるのが良く、好ましくは20〜40Vであるのが良い。電圧が10Vより低いと皮膜が弱くなるおそれがあり、反対に60Vより高くなるとポアの面積が少なくなり、黒色化が困難となる。更には、陽極酸化に要する電気量は、3〜30C/cm
2であるのが良く、好ましくは5〜25C/cm
2であるのが良い。
【0022】
そして、酒石酸の濃度やアルカリ水溶液のpHを含めて、これらの陽極酸化処理条件のもと、好適には焼鈍後のT6調質材の表面に膜厚2〜9μmの陽極酸化皮膜を形成するのが良い。陽極酸化皮膜の膜厚が2μmより小さいと、その後の電解析出処理において十分に黒色化することができずに露光光を散乱させてしまうおそれがある。反対に9μmより大きいと、皮膜内に取り込まれる酸成分の量が多くなりすぎるおそれがある。なお、本発明では、酒石酸を含んだアルカリ性水溶液を用いることで、一般に硫酸等の無機酸を用いて陽極酸化皮膜を形成する場合(通常100〜200g/L程度)に比べて、使用する酸の量を減らしながら所定の陽極酸化皮膜を得ることができる。
【0023】
陽極酸化皮膜を形成した後には、Ni、Co、Cu、Sn、Mn及びFeからなる群から選ばれた1種又は2種以上を電解析出処理(二次電解)により析出させて、支持枠を黒色に着色する。これらの金属は、金属塩や酸化物のほか、コロイド粒子として存在するものなどを使用することができるが、好ましくは、Ni塩、Co塩、Cu塩、Sn塩、Mn塩及びFe塩からなる群から選ばれた1種又は2種以上が添加された電解析出浴を用いるのが良い。より好適には、硫酸ニッケルとホウ酸を含んだ電解析出浴や、酢酸ニッケルとホウ酸を含んだ電解析出浴等が挙げられる。また、この電解析出浴には、溶出したアルミの析出防止やpH調整等の目的から酒石酸、酸化マグネシウム、酢酸等を含めることができる。
【0024】
また、電解析出処理は、浴温度15〜40℃、電圧10〜30V、時間1〜20分程度の条件によれば、陽極酸化皮膜を黒色に着色することができる。また、この電解析出処理では直流電源又は交流電源によって電圧を印加することができ、開始時に予備電解を実施するようにしてもよい。
【0025】
電解析出処理により陽極酸化皮膜を黒色化した後には、封孔処理を行うようにするのが良い。封孔処理の条件については特に制限されず、水蒸気や封孔浴を用いるような公知の方法を採用することができるが、なかでも、不純物の混入のおそれを排除しながら、酸成分の封じ込めを行う観点から、水蒸気による封孔処理が望ましい。水蒸気による封孔処理の条件については、例えば、温度105〜130℃、相対湿度90〜100%(R.H.)、圧力0.4〜2.0kg/cm
2Gの設定で12〜60分処理するのがよい。なお、封孔処理後は、例えば純水を用いて洗浄するのが望ましい。
【0026】
また、本発明においては、陽極酸化処理に先駆けて、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金のT6調質材の表面をブラスト加工等による機械的手段や、エッチング液を用いる化学的手段によって粗面化処理を行っても良い。このような粗面化処理を事前に施して陽極酸化処理と電解析出処理を行うことで、支持枠は艶消しされたような低反射性の黒色になる。
【0027】
本発明によって得られたペリクル用支持枠は、Al−Zn−Mg系アルミニウム合金のT6調質材を焼鈍する効果と相まって十分な黒色化が図られ、優れた耐光性を有する。好適にはL
*値が33以下、より好適にはL
*値が30以下のペリクル用支持枠が得られる。また、同時に、本発明によって得られたペリクル用支持枠は、80℃の純水に4時間浸漬させて溶出したイオン濃度を測定するイオン溶出試験において、以下のような特性を示すことができる。
【0028】
すなわち、支持枠表面積100cm
2あたりの純水100ml中への溶出濃度で、酢酸イオン(CH
3COO
-)が0.2ppm以下、好ましくは0.1ppm以下であり、ギ酸イオン(HCOO
-)が0.06ppm以下、好ましくは0.03ppm以下であり、シュウ酸イオン(C
2O
42-)が0.01ppm以下、好ましくは0.005ppm未満(定量限界)であり、硫酸イオン(SO
42-)が0.01ppm以下、好ましくは0.005ppm未満(定量限界)であり、硝酸イオン(NO
3-)が0.02ppm以下、好ましくは0.01ppm以下であり、亜硝酸イオン(NO
2-)が0.02ppm以下、好ましくは0.01ppm以下であり、塩酸イオン(Cl
-)が0.02ppm以下、好ましくは0.01ppm以下である。これらはヘイズの発生に影響を考えるイオンであり、なかでも、酢酸イオン、ギ酸イオン、硫酸イオン、シュウ酸、及び亜硝酸の溶出量を制御することで、ヘイズの発生を可及的に低減したペリクル用支持枠とすることができる。なお、溶出イオンの検出はイオンクロマトグラフ分析により行うことができ、詳細な測定条件については実施例に記載するとおりである。
【0029】
また、本発明によって得られたペリクル用支持枠は、その片側に光学的薄膜体を貼着することでペリクルとして使用することができる。光学的薄膜体としては特に制限はなく公知のものを使用することができるが、例えば石英等の無機物質や、ニトロセルロース、ポリエチレンテレフタレート、セルロースエステル類、ポリカーボネート、ポリメタクリル酸メチル等のポリマーなどを例示することができる。また、光学的薄膜体には、CaF
2等の無機物やポリスチレン、テフロン(登録商標)等のポリマーからなる反射防止層などを備えるようにしてもよい。
【0030】
一方、光学的薄膜体を設けた面とは反対側の支持枠端面には、ペリクルをフォトマスクやレティクルに装着するための粘着体を備えるようにする。粘着体としては粘着材単独あるいは弾性のある基材の両側に粘着材が塗布された素材を使用することができる。ここで、粘着材としてはアクリル系、ゴム系、ビニル系、エポキシ系、シリコーン系等の接着剤が挙げることができ、また、基材となる弾性の大きい材料としてはゴムまたはフォームが挙げられ、例えばブチルゴム、発砲ポリウレタン、発砲ポリエチレン等を例示できるが、特にこれらに限定されない。