(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第6工程では、前記素子構造体における正孔注入性が、通電処理の実行前における前記素子構造体の正孔注入性に対し、正孔の移動度が1/10以下となるように、前記素子構造体に前記通電処理を行う、
請求項1記載の有機発光素子の製造方法。
前記第6工程では、前記素子構造体に対し、実際の使用時における輝度以上かつ、その3倍以下の輝度となるように、0分を超え30分以内の間の通電時間を以って、通電処理を行う、
請求項1記載の有機発光素子の製造方法。
前記第3工程では、前記バンク材料層を前記パターニングするときに用いられる現像液による現像処理において、前記第1層の一部を前記現像液により溶解させ、前記第1層の機能層側の表面の一部が機能層側の表面の他の部分よりも前記第1層側に位置する状態に凹入させ、
前記第1層の前記凹入された部分に対し、前記樹脂膜を形成する、
請求項1記載の有機発光素子の製造方法。
前記第5工程は、前記機能層の上方に電子輸送層を形成する電子輸送層形成工程と、前記電子注入輸送層の上方に、陰極を形成する陰極形成工程と、前記陰極の上方に、封止層を形成する封止層形成工程とを有し、
前記第2層は、前記電子輸送層と前記陰極と前記封止層とを含み構成される
請求項1記載の有機発光素子の製造方法。
前記正孔注入層は、紫外線光電子分光分析(USP)スペクトルにおいて、価電子帯で最も低い結合エネルギーより1.8eV〜3.6eV低い結合エネルギー領域内に、隆起した形状を有する
請求項15記載の有機発光素子。
前記正孔注入層は、X線光電子分光分析(XPS)スペクトルにおいて、価電子帯で最も低い結合エネルギーより1.8eV〜3.6eV低い結合エネルギー領域内に、隆起した形状を有する
請求項16記載の有機発光素子。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[本発明の態様]
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法は、次の工程を実行することを特徴とする。
【0020】
(第1工程) 基板の上方に、正孔注入性を有する第1層を形成する。
【0021】
(第2工程) 第1層の上方に、バンク材料を塗布し、バンク材料層を形成する。
【0022】
(第3工程) バンク材料層をパターニングすることにより、発光部に対応する開口部を規定するバンクを形成するとともに、バンク材料層の一部を第1層に付着させて第1層の表面に樹脂膜を形成する。
【0023】
(第4工程) 有機材料を含むインクをバンクで規定された開口部に対して塗布し、樹脂膜に接触させ、有機発光層を含む機能層を形成する。
【0024】
(第5工程) 機能層の上方に、電子注入性を有する第2層を形成する。
【0025】
(第6工程) 第1工程から第5工程までを実行して形成された素子構造体に対して通電処理し、第1層からの正孔注入性を低下させる。
【0026】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、輝度の経時的劣化を予め抑制することができ、長寿命化が図られた有機発光素子を製造することができる。このような効果を得ることができるメカニズムについて、本発明者等は、次のように推測する。
【0027】
本発明の一態様に係る製造方法では、樹脂材料を含む樹脂膜を、正孔注入性を有する第1層と発光層との間に存在させた構成の素子構造体を形成し、この素子構造体に対して第6工程で通電処理を施すことで有機発光素子を製造している。このため、製造された有機発光素子の正孔注入性は、初期特性に比べて低下した状態となっている。
【0028】
従って、通電時間(駆動時間)の経過に伴ってその特性が正孔注入性よりも低下する傾向にある第2層における電子注入性と、その特性が予め低下した状態となっている第1層における正孔注入性とによるキャリアバランスが、従来の有機発光素子(上記のような樹脂膜を有さない有機発光素子)に比べて経時的に保持されやすくなっており、この結果、輝度の経時的劣化が防止され、長寿命化を図ることが可能となる。
【0029】
また、本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、一連の製造工程に伴って、バンク材料層に含まれる樹脂材料を樹脂膜として、正孔注入性を有する第1層と発光層の間に存在させた構成の有機発光素子を製造することができるので、樹脂膜を形成するために新たな工程を追加する必要がなく、製造コストの上昇を抑制することができる。
【0030】
ここで、輝度の経時的劣化の防止については、本発明者等は次のようにそのメカニズムを想定する。
【0031】
駆動が長期の及んだ場合の輝度の経時的劣化は、電子注入性の低下に伴って正孔リッチな状態となり、発光層に対し注入される電子と正孔とのキャリアバランスが崩れるために発生するものと考えられる。なお、「正孔リッチな状態」とは、正孔量が電子量に対して相対的に豊富に存在する程度のことを意味する。
【0032】
これに対し、本発明の一態様に係る製造方法では、バンク材料層に含まれる樹脂材料を用いて、第1層と発光層との間に樹脂膜を介挿させ、通電処理を実行するので、これらが第1層における例えば正孔輸送層(インターレイヤ)や正孔注入層に作用して正孔注入性を予め低下させることができる。このため、本発明の一態様に係る製造方法を用い製造された有機発光素子では、発光層に対し注入される電子と正孔とのキャリアバランスが電子リッチな状態で維持され、劣化のスピードが遅くなる。
【0033】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、上記第3工程において、樹脂膜をその厚みが0[nm]を超え4[nm]以下となるように形成する、という構成を採用することができる。ここで、実験結果から、バンク工程を用いない素子(例えば、スピンコート法で第1層における、例えば、正孔輸送層(インターレイヤ)や正孔注入層、発光層を形成)では、本効果は見られない。また、本効果を得た素子構成では、正孔注入性を有する第1層と発光層との間に存在する樹脂層が、TEMにより4[nm]であることが確認されている。
【0034】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、上記第6工程において、素子構造体における正孔注入性が、通電処理の実行前における素子構造体の正孔注入性に対し、正孔の移動度が1/10以下となるように、素子構造体に通電処理を行う、という構成を採用することができる。このように、樹脂膜を形成した構成の素子構造体に対して通電処理を行うことにより、上記のように駆動時間が長期に及んだ場合にあっても、発光層に対し注入される電子と正孔とのキャリアバランスが電子リッチな状態で維持されることになる。
【0035】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、上記第6工程において、素子構造体に対し、実際の使用時における輝度以上かつ、その3倍以下の輝度となるように、0[min.]を超え30[min.]以内の間の通電時間を以って、通電処理を行う、という構成を採用することができる。このように、樹脂膜を形成した構成の素子構造体に対して通電処理を行うことにより、上記のように駆動時間が長期に及んだ場合にあっても、発光層に対し注入される電子と正孔とのキャリアバランスが電子リッチな状態で維持されることになる。
【0036】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、上記第1工程が、基板の上方に陽極を形成する陽極形成工程と、陽極の上方に酸化タングステンを用いて正孔注入層を形成する正孔注入層形成工程とを有し、第1層が、陽極と正孔注入層とを含み構成される、という構成を採用することができる。このような第1層の構成を採用する場合には、バンク材料層の一部の構成を用い形成される樹脂膜が、正孔注入層と発光層との間に介挿されることになる。これより発光層への正孔注入性が予め低下され、駆動が長期に及んだ場合にあっても、発光層に対し注入される電子と正孔とのキャリアバランスが電子リッチな状態で維持され、輝度の経時的劣化が防止され、長寿命化を図ることができる。
【0037】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、第3工程において、バンク材料層をパターニングするときに用いられる現像液による現像処理において、第1層の一部を現像液により溶解させ、第1層の機能層側の表面の一部が機能層側の表面の他の部分よりも第1層側に位置する状態に凹入させ、第1層の凹入された部分に対し、樹脂膜を形成する、という構成を採用することができる。
【0038】
このように正孔注入層の表面に凹入部を設け、当該凹入部に対して現像処理により現像液に溶解したバンク材料層の一部を蓄積させて樹脂膜を形成することとすれば、樹脂膜を正孔注入層と発光層との間に安定的に存在させることができる。よって、本発明の一態様を採用する場合には、より確実に、キャリアバランスが電子リッチな状態で維持され、輝度の経時的劣化が防止され、長寿命化が図られた有機発光素子を製造することができる。
【0039】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、正孔注入層形成工程において、アルゴンガスと酸素ガスにより構成されたガスをスパッタ装置のチャンバー内のガスとして用い、ガスの全圧が2.7[Pa]超7.0[Pa]以下であり、かつ、酸素ガス分圧の全圧に対する比が50[%]以上70[%]以下であって、さらにターゲット単位面積当たりの投入電力密度が1[W/cm
2]以上2.8[W/cm
2]以下となる成膜条件下で、酸化タングステンを用いた正孔注入層の形成を行う、という具体的な形成条件を採用することができる。
【0040】
上記のような形成条件を採用する場合には、輝度の経時的劣化の防止という効果と、正孔注入層自体としての良好な正孔注入性が得られることによる、有機発光素子に対し印加が必要な駆動電圧の低減という効果を併せて得ることができる。よって、更に長寿妙な有機発光素子を得ることができる。
【0041】
より詳細には、バンクを構成する樹脂材料を含む樹脂膜を正孔注入層と発光層との間に存在させた構成の有機発光素子を形成し、この素子構造体に対して第6工程で通電処理を実行することにより有機発光素子を製造する。このため、有機発光素子における正孔注入性は、初期特性に対して低下した状態となり、電子注入性と正孔注入性とのキャリアバランスが、従来構成の有機発光素子に比べて経時的に安定した状態で維持され易く、輝度の経時的劣化が防止され、長寿命化を図ることができる。
【0042】
一方、本発明の一態様に係る製造方法では、正孔注入性が初期特性に比べて低下した状態となっており、且つ、樹脂膜が正孔注入層と発光層との間に存在する形態を前提とすることから、所定の輝度を得るために必要とされる駆動電圧が高くなると考えられ、このため、寿命への影響が懸念される。
【0043】
ここで、上記のように、正孔注入層が上記成膜条件下において成膜されるため、正孔注入層と発光層との間の正孔注入障壁を小さく抑えることができる。よって、正孔注入性自体が良好となっており、有機発光素子に対して印加する駆動電圧を高くする必要が無くなり、有機発光素子の長寿命化を図ることができる。
【0044】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、上記第2工程において、感光性樹脂成分とフッ素成分を有するバンク材料を用い、第3工程において、バンク材料層を部分的に露光し、現像液を用いて現像処理することによりパターニングして開口部を規定するバンクを形成する、という具体的構成を採用することができる。
【0045】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、上記第5工程において、機能層の上方に電子輸送層を形成する電子輸送層形成工程と、電子注入輸送層の上方に、陰極を形成する陰極形成工程と、陰極の上方に、封止層を形成する封止層形成工程とを有し、第2層が、電子輸送層と陰極と封止層とを含み構成される、という具体的構成を採用することができる。
【0046】
本発明の一態様に係る有機発光素子の製造方法では、樹脂膜が、第1層の表面全体を覆って層状に形成され、機能層が、樹脂膜に接触して形成される、という構成を採用することができる。これにより、さらに高い電荷注入性を確保することができる。
【0047】
本発明の一態様に係る有機発光装置は、上記のうちのいずれかの製造方法により得られた有機発光素子を有することを特徴とする。これにより、上記同様の効果を得ることができる。
【0048】
本発明の一態様に係る有機表示パネルは、上記のうちのいずれかの製造方法により得られた有機発光素子を有することを特徴とする。これにより、上記同様の効果を得ることができる。
【0049】
本発明の一態様に係る有機表示装置は、上記のうちのいずれかの製造方法により得られた有機発光素子を有することを特徴とする。これにより、上記同様の効果を得ることができる。
【0050】
本発明の一態様に係る有機発光素子は、素子構造体に対して通電処理されてなる素子であり、次の構成を採用する。
【0051】
本発明の一態様に係る有機発光素子では、素子構造体が、正孔注入性を有する第1層と、第1層に対向して設けられ、電子注入性を有する第2層と、第1層と第2層との間に設けられ、有機材料を含み構成され、発光層を含む機能層と、第1層に対向して設けられ、樹脂材料を含むバンク材料層がパターニングされて形成されている、発光層を規定するバンクと、第1層と発光層との間に設けられ、バンク材料層に含まれていた樹脂材料から形成されている樹脂膜と、を備えることを特徴とする。
【0052】
本発明に一態様に係る有機発光素子では、第1層の表面に形成された樹脂膜に対して、有機発光層を含む機能層が接触しており、通電処理を施すことにより初期における正孔注入性が低下されている。このため、本発明の一態様に係る有機発光素子では、駆動時間が長期にわたった場合にも正孔注入性と電子注入性とのバランスをとることができる。よって、本発明の一態様に係る有機発光素子では、駆動時間の長短にかかわらず高い発光効率を有する。
【0053】
また、本発明の一態様に係る有機発光素子では、樹脂膜が、バンク材料層に含まれていた樹脂材料からなるものであって、樹脂膜を形成するために新たな工程にて成膜するものではないので、製造コストを抑えることができる。
【0054】
従って、本発明の一態様に係る有機発光素子では、製造コストを抑えながら、駆動時間の長短にかかわらず高い発光効率を有する。
【0055】
本発明の一態様に係る有機発光素子では、上記構成において、第1層が、陽極と、陽極に対して上方に設けられる正孔注入層とを有し、正孔注入層が、酸化タングステンを含み、かつ、価電子帯で最も低い結合エネルギーよりも1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に占有準位を有している、という構成を採用することができる。
【0056】
上記のように、占有準位が存在することにより、正孔注入層と有機発光層との間の正孔注入障壁を小さく抑えることができる。よって、このような構成を採用する場合には、正孔注入効率を高くすることができ、低電圧での駆動ができるとともに、優れた発光効率を有するという効果が得られる。
【0057】
本発明の一態様に係る有機発光素子では、上記構成において、正孔注入層が、紫外線光電子分光分析(USP)スペクトルにおいて、価電子帯で最も低い結合エネルギーより1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に、隆起した形状を有する、という構成を採用することができる。
【0058】
このようにフェルミ面近傍の隆起構造が確認できるフェルミ面近傍の占有準位は、高い正孔注入効率を示すものである。即ち、酸化タングステンの薄膜や結晶に見られるフェルミ面近傍の占有準位は、酸素欠陥やその類似構造に由来することが多数報告されている。
【0059】
具体的には、酸素元素の欠乏により形成される隣接したタングステン原子の5d軌道同士の結合軌道や、酸素原子に終端されることなく膜表面や膜内に存在するタングステン原子単体の5d軌道に由来するものと推測されている。これら5d軌道は、半占あるいは非占状態であれば、有機分子と接触したとき、相互のエネルギー安定化のために、有機分子の最高被占軌道から電子を引き抜くことが可能であると推測される。
【0060】
実際、酸化タングステンと、触媒作用やエレクトロクロミズム、フォトクロミズムなど、多くの共通した物性を持つ酸化モリブデンにおいては、その薄膜上に有機低分子のα−NPDを積層すると、α−NPD分子から酸化モリブデン薄膜に電子が移動するとの報告がある(渡邊寛之 他、有機EL討論会第7回例会予稿集、17(2008))。
【0061】
なお、本発明者等は、酸化タングステンにおいては、隣接したタングステン原子の5d軌道同士の結合起動よりも結合エネルギーが低い、タングステン原子単体の半占5d軌道あるいはそれに類似した構造が、フェルミ面近傍の占有準位に該当するものと考える。
【0062】
本発明の一態様に係る有機発光素子では、上記同様に、正孔注入層が、X線光電子分光分析(XPS)スペクトルにおいて、価電子帯で最も低い結合エネルギーより1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に、隆起した形状を有する、という構成を採用することもできる。
【0063】
本発明の一態様に係る有機発光素子では、第1層の機能層側の表面の一部が、当該表面の他の部分よりも第1層内側に位置する状態に凹入しており、樹脂膜が、第1層の凹入された部分に形成されている、という構成を採用することができる。上述のように、このような構成を採用する場合には、樹脂膜を正孔注入層と発光層との間に安定的に存在させることができる。よって、本発明の一態様を採用する場合には、より確実に、キャリアバランスが電子リッチな状態で維持され、輝度の経時的劣化が防止され、長寿命化が図られた有機発光素子を製造することができる。
【0064】
本発明の一態様に係る有機発光素子では、樹脂膜が、第1層の表面全体を覆って層状に形成されており、機能層が、樹脂膜に接触して形成されている、という構成を採用することができる。これにより、更に高い電荷注入性を確保することができる。
【0065】
本発明の一態様に係る有機発光装置は、上記のいずれかの有機発光素子を有することを特徴とする。これにより、上記同様の効果を得ることができる。
【0066】
本発明の一態様に係る有機表示パネルは、上記のいずれかの有機発光素子を有することを特徴とする。これにより、上記同様の効果を得ることができる。
【0067】
本発明の一態様に係る有機表示装置は、上記のいずれかの有機発光素子を有することを特徴とする。これにより、上記同様の効果を得ることができる。
【0068】
以下、具体例を示し、構成および作用・効果を説明する。
【0069】
[実施の形態1]
1.製造方法
実施の形態1に係る表示パネル10およびこれを含む表示装置1の製造方法および構成について、
図1から
図7を用い説明する。
【0070】
図2(a)に示すように、基板101の一方の主面上に、TFT(Thin Film Transistor)層、パッシベーション膜102を順に積層形成し、さらにその上に層間絶縁膜104を形成する。なお、
図2(a)では、TFT層についてはTFTドレイン102のみを図示しており、また、層間絶縁膜104については、パターニングによりTFTドレイン102の上の部分にコンタクト孔104aが開けられた状態で図示している(
図1のステップS1)。ここで、コンタクト孔104aの底部においては、パッシベーション膜103についても除去されている(開口103a)。
【0071】
上記において、層間絶縁膜104は、例えば、ポリイミドやポリアミドなどの有機化合物により形成される。
【0072】
次に、
図2(b)に示すように、層間絶縁膜104の表面および露出したTFTドレイン102の表面に対し、反射陽極105および透明導電膜106を順に積層形成する(
図1のステップS2)。反射陽極105は、例えば、アルミニウム(Al)あるいはその合金材料から形成されており、例えば、スパッタリング法や真空蒸着法などにより成膜された、エッチングによりサブピクセル単位に区画されている。コンタクト孔104aの底部において、反射陽極105は、TFTドレイン102に接続される。
【0073】
透明導電膜106は、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)やIZO(Indium Zinc Oxide)から形成されており、上記同様に、スパッタリング法や真空蒸着法などを用い成膜され、エッチングによりサブピクセル単位に区画されている。
【0074】
次に、
図2(c)に示すように、透明導電膜106上および露出した層間絶縁膜104の一部表面を覆うように、正孔注入準備層1070を成膜する。正孔注入準備層1070は、例えば、銀(Ag)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)、バナジウム(V)、タングステン(W)、ニッケル(Ni)、イリジウム(Ir)などの酸化物から構成することができる。特に、酸化タングステン(WO
X)を用いることが、正孔を安定的に注入し、且つ、正孔の生成を補助するという機能を有するという観点から望ましい(
図1のステップS3)。
【0075】
酸化タングステンを用いた正孔準備層1070の形成は、例えば、アルゴンガスと酸素ガスにより構成されたガスをスパッタ装置のチャンバー内のガスとして用い、当該ガスの全圧が2.7[Pa]を超え7.0[Pa]以下であり、且つ、酸素ガス分圧の全圧に対する比が50[%]以上70[%]以下であって、さらにターゲット単位面積当たりの投入電力密度が1[W/cm
2]以上2.8[W/cm
2]以下となる成膜条件を採用することができる。これによる効果については、後述する。
【0076】
なお、正孔注入準備層1070については、
図2(c)に示すような全面にわたる膜だけでなく、例えば、サブピクセル単位で区画した構成とすることもできる。
【0077】
次に、
図3(a)に示すように、正孔注入準備層1070の上に、バンク材料層1080を積層形成する。バンク材料層1080は、例えば、アクリル系樹脂、ポリイミド系樹脂、ノボラック型フェノール樹脂などの感光性樹脂成分とフッ素成分を含む材料を用い、スピンコート法等により形成される。なお、本実施の形態においては、感光性樹脂材料の一例として、日本ゼオン製ネガ型感光性材料(品番:ZPN1168)を用いた。
【0078】
次に、
図3(b)に示すように、バンク材料層1080をパターニングして、開口部を規定するバンク材料層1081を形成する。バンク材料層1081の形成には、
図3(a)のバンク材料層1080の表面にマスク(図示を省略。)を配して露光を行い、その後で現像を行うことにより形成できる。
【0079】
なお、
図3(b)に示すように、バンク材料層1081の形成に係る現像処理などに起因して、正孔注入層107の開口底部分がZ軸方向下側に凹入した状態となる(凹入部107a)。そして、
図3(b)の二点鎖線で囲む部分に示すように、凹入部107aにおける表面107bは、凹凸が形成されるとともに、バンクの一部であるバンク残渣層1090が残留することになる。
【0080】
本実施の形態においては、バンク材料層1081の形成において、全波長での露光時のi線換算での照度は、i線換算での露光量が25.8[mJ/cm
2]に等しく、露光後110[℃]のホットプレート上で130[sec.]間加熱を行い、その後に、2.38[%]TMAH現像液を用い180[sec.]間パドル現像を行った。パドル後は、純水を用いて十分にリンスを行った。この条件は、サブピクセルのサイズが、長辺方向:300[μm]、短辺方向:100[μm]となるような設計条件下でのものである。
【0081】
ここで、従来の製造方法においては、UV(紫外線)照射などを行うことでバンク残渣層の除去を行っていたが、本実施の形態に係る製造方法では、敢えてUV照射などは行わず、バンク残渣層1090を残した状態としている。
【0082】
また、本実施の形態では、正孔注入層107が酸化タングステンを含み、且つ、価電子帯で最も低い結合エネルギーよりも1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に占有準位を有する。なお、正孔注入層107においては、紫外線光電子分光分析(USP)スペクトルで、価電子帯が最も低い結合エネルギーより1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に、隆起した形状を有し、また、X線光電子分光分析(XPS)スペクトルにおいて、価電子帯で最も低い結合エネルギーより1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に、隆起した形状を有する。
【0083】
なお、上記の効果については、後述する。
【0084】
次に、
図4に示すように、リンス後の上記ワークをクリーンオーブンで、200[℃]で1[hr.]間焼成し、これにより、フローにより裾野部分108aが正孔注入層107の凹入縁107cを被覆するバンク108が形成できる。このとき、
図4の二点鎖線で囲む部分に示すように、焼成により、バンク108が規定する開口底に露出した正孔注入層107の表面を覆うように、バンク樹脂層109が形成される(
図1のステップS4)。このとき、バンク樹脂層109の膜厚tについては、0[nm]を超え、4[nm]以下となるようにしている。
【0085】
上記のようにして形成されるバンク樹脂層109は、バンク108と同一材料で形成されることになる。
【0086】
次に、
図5(a)に示すように、バンク108で規定された開口部に対し、正孔輸送層110および発光層111を形成する(
図1のステップS5,S6)。正孔輸送層110は、例えば、ポリフルオレンやその誘導体、あるいはポリアリールアミンやその誘導体などの、親水基を備えない高分子化合物を用い、印刷法で成膜した後、焼成することで形成される。
【0087】
発光層111は、例えば、特許公開公報(日本国・特開平5−163488号公報)に記載のオキシノイド化合物、ペリレン化合物、クマリン化合物、アザクマリン化合物、オキサゾール化合物、オキサジアゾール化合物、ペリノン化合物、ピロロピロール化合物、ナフタレン化合物、アントラセン化合物、フルオレン化合物、フルオランテン化合物、テトラセン化合物、ピレン化合物、コロネン化合物、キノロン化合物及びアザキノロン化合物、ピラゾリン誘導体及びピラゾロン誘導体、ローダミン化合物、クリセン化合物、フェナントレン化合物、シクロペンタジエン化合物、スチルベン化合物、ジフェニルキノン化合物、スチリル化合物、ブタジエン化合物、ジシアノメチレンピラン化合物、ジシアノメチレンチオピラン化合物、フルオレセイン化合物、ピリリウム化合物、チアピリリウム化合物、セレナピリリウム化合物、テルロピリリウム化合物、芳香族アルダジエン化合物、オリゴフェニレン化合物、チオキサンテン化合物、アンスラセン化合物、シアニン化合物、アクリジン化合物、8−ヒドロキシキノリン化合物の金属錯体、2−ビピリジン化合物の金属錯体、シッフ塩とIII族金属との錯体、オキシン金属錯体、希土類錯体などの蛍光物質などを用い、印刷法で成膜した後、焼成することにより形成される。
【0088】
ここで、
図6に示すように、Z軸方向上方から平面視したときにおけるバンク108は、Y軸方向に延伸するバンク要素108bとX軸方向に延伸するバンク要素108cとが一体に形成された、所謂、ピクセルバンクとなっており、これにより規定された各開口部に対して発光層111が形成される。
【0089】
なお、上記のような工程を経ることにより、バンク樹脂層109は、正孔注入層107の表面全体を覆って層状に形成され、機能層の一部である正孔輸送層110は、バンク樹脂層109に接触して形成されることになる。
【0090】
次に、
図5(b)に示すように、発光層111の表面および露出したバンク108の表面に対し、電子輸送層112、透明陰極113、および封止層114を順に積層形成した後、キャップ基板115を張り合わせる(
図1のステップS7〜S10)。
【0091】
電子輸送層112は、例えば、オキサジアゾール誘導体(OXD)、トリアゾール誘導体(TAZ)、フェナンスロリン誘導体(BCP、Bphen)などを用い形成することができ、透明陰極113は、例えば、ITOやIZOを用い形成することができる。また、封止層114については、例えば、窒化シリコン(SiN)や酸窒化シリコン(SiON)などを用い形成することができる。
【0092】
次に、
図7に示すように、上記のように製造された表示パネル10に対して、駆動回路21〜24および制御回路25からなる駆動制御部20を付設する。
【0093】
その後、駆動制御部20が付設された表示パネル10に対して、エージング処理を行う8
図1のステップS11)。エージング処理は、例えば、処理前における正孔注入性に対して、正孔の移動度が1/10以下となるまで通電を行うことでなされ、具体的には、実際の使用時における輝度以上であって、且つ、その3倍以下の輝度となるように、0[min.]を超え30[min.]以内の間通電処理を実行する。
【0094】
以上のような工程を実行することにより、表示装置1が完成する。
【0095】
2.効果
上記のようにして製造される表示パネル10およびこれを備える表示装置1が奏する効果について、
図8および
図9を用い説明する。
図8は、表示パネル10における反射陽極105から透明陰極113までの積層構造体である素子構造体を模式的に表した模式断面図である。
【0096】
本実施の形態に係る製造方法より得られる表示パネル10および表示装置1では、輝度の経時的劣化を予め抑制することができ、長寿命化が図られる。このような効果を得ることができるメカニズムは、次のように推測される。
【0097】
図8に示すように、表示パネル10においては、樹脂材料を含む樹脂膜であるバンク樹脂層109が、正孔注入層107と発光層11との間、より具体的には、正孔注入層107と正孔輸送層110との間に介挿された構成を採用し、エージング工程(
図1のステップS11)において、上記条件にて通電処理を施すことで表示装置1を製造している。このため、製造された表示装置1の表示パネル10では、正孔注入性が初期特性に比べて低下した状態となっている。
【0098】
従って、駆動時間の経過に伴ってその特性が正孔注入性よりも低下する傾向にある透明陰極113からの電子注入性と、その特性が予め低下した状態となっている反射陽極105からの正孔注入性とによるキャリアバランスが、従来の表示装置(バンク樹脂層109を有さない素子構造体を備える装置)に比べて経時的に保持され易くなっており、この結果、輝度の経時的劣化が防止され、長寿命化を図ることが可能となる。
【0099】
また、本実施の形態に係る製造方法を用い製造される表示パネル10は、バンク108の形成の際のバンク残渣層1090を利用してバンク樹脂層109を形成するので、樹脂膜を形成するために新たな工程を追加する必要がなく、製造コストの上昇を抑制することができる。
【0100】
ここで、輝度の経時的劣化の防止については、本発明者等は次のようにそのメカニズムを想定する。
【0101】
従来技術に係る表示装置では、駆動が長期の及んだ場合の輝度の経時的劣化は、電子注入性の低下に伴って正孔リッチな状態となり、発光層に対し注入される電子と正孔とのキャリアバランスが崩れるために発生するものと考えられる。
【0102】
これに対し、本実施の形態に係る表示装置1では、バンク残渣層1090を利用して、正孔注入層107と正孔輸送層110との間に樹脂膜としてのバンク樹脂層109を介挿させ、エージング処理を実行するので、正孔注入層107の正孔注入性を予め低下させることができる。このため、本実施の形態に係る製造方法を用い製造された表示パネル10および表示装置1では、発光層111に対し注入される電子と正孔とのキャリアバランスが電子リッチな状態で維持され、劣化のスピードが遅くなる。
【0103】
ここで、バンク樹脂層109の膜厚を、0[nm]を超え4[nm]以下とするのは、次のような理由からである。
【0104】
実験結果から、バンク工程を用いない素子(例えば、スピンコート法で第1層における、例えば、正孔輸送層(インターレイヤ)や正孔注入層、発光層を形成)では、上記効果は見られないためである。また、上記効果を得た素子構成では、正孔注入性を有する第1層と発光層との間に存在する樹脂層が、TEMにより4[nm]であることが確認されているためである。
【0105】
上記のように、本実施の形態に係る製造方法では、正孔注入層107の形成工程(
図1のステップS3)において、アルゴンガスと酸素ガスにより構成されたガスをスパッタ装置のチャンバー内のガスとして用い、ガスの全圧が2.7[Pa]超7.0[Pa]以下であり、かつ、酸素ガス分圧の全圧に対する比が50[%]以上70[%]以下であって、さらにターゲット単位面積当たりの投入電力密度が1[W/cm
2]以上2.8[W/cm
2]以下となる成膜条件下で、酸化タングステンを用いた正孔注入層の形成を行う、という具体的な形成条件を採用しているが、これにより次のような効果が得られる。
【0106】
上記条件を採用する場合には、輝度の経時的劣化の防止という効果と、正孔注入層107自体としての良好な正孔注入性が得られることによる、表示パネル10に対し印加が必要な駆動電圧の低減という効果を併せて得ることができる。よって、更に長寿妙な有機発光素子を得ることができる。
【0107】
より詳細には、バンク108を構成する樹脂材料を含むバンク樹脂層109を正孔注入層107と発光層111との間に存在させた構成の有機発光素子を形成し、この素子構造体に対してエージング処理のために通電処理を実行することにより表示パネル10が製造される。このため、表示パネル10における正孔注入性は、初期特性に対して低下した状態となり、電子注入性と正孔注入性とのキャリアバランスが、従来構成の表示パネル10に比べて経時的に安定した状態で維持され易く、輝度の経時的劣化が防止され、長寿命化を図ることができる。
【0108】
一方、本実施の形態に係る表示パネル10では、正孔注入性が初期特性に比べて低下した状態となっており、且つ、バンク樹脂層109が正孔注入層107と発光層111との間に存在する形態を前提とすることから、所定の輝度を得るために必要とされる駆動電圧が高くなると考えられ、このため、寿命への影響が懸念される。
【0109】
ここで、上記のように、正孔注入層107(正孔注入準備層1070)が上記成膜条件下において成膜されるため、正孔注入層107と発光層111との間の正孔注入障壁を小さく抑えることができる。よって、正孔注入性自体が良好となっており、表示パネル10に対して印加する駆動電圧を高くする必要が無くなり、表示パネル10およびこれを備える表示装置1の長寿命化を図ることができる。
【0110】
本実施の形態に係る表示パネル10では、
図4に示すように、バンク材料層1080をパターニングするときに用いられる現像液による現像処理において、正孔注入層107における発光層111側となる表面の一部が他の部分よりもZ軸方向下方に位置する状態に凹入させ、正孔注入層107の凹入部107aに対し、バンク樹脂層109を形成する、という構成を採用している。このように正孔注入層107の表面に凹入部107aを設け、当該凹入部107aに対してバンク樹脂層109を形成することとすれば、バンク樹脂層109を正孔注入層107と発光層111との間に安定的に存在させることができる。よって、表示パネル10では、より確実に、キャリアバランスが電子リッチな状態で維持され、輝度の経時的劣化が防止され、長寿命化が図られる。
【0111】
上記のように、本実施の形態に係る表示パネル10では、正孔注入層107が、酸化タングステンを含み、かつ、価電子帯で最も低い結合エネルギーよりも1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に占有準位を有している、という構成を採用している。これより、占有準位が存在することにより、正孔注入層107と発光層111との間の正孔注入障壁を小さく抑えることができる。よって、このような構成を採用する本実施の形態に係る表示パネル10では、正孔注入効率を高くすることができ、低電圧での駆動ができるとともに、優れた発光効率を有するという効果が得られる。
【0112】
また、正孔注入層107が、紫外線光電子分光分析(USP)スペクトルにおいて、価電子帯で最も低い結合エネルギーより1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に、隆起した形状を有する、という構成を採用している。このようにフェルミ面近傍の隆起構造が確認できるフェルミ面近傍の占有準位は、高い正孔注入効率を示すものである。即ち、酸化タングステンの薄膜や結晶に見られるフェルミ面近傍の占有準位は、酸素欠陥やその類似構造に由来することが多数報告されている。
【0113】
具体的には、酸素元素の欠乏により形成される隣接したタングステン原子の5d軌道同士の結合軌道や、酸素原子に終端されることなく膜表面や膜内に存在するタングステン原子単体の5d軌道に由来するものと推測されている。これら5d軌道は、半占あるいは非占状態であれば、有機分子と接触したとき、相互のエネルギー安定化のために、有機分子の最高被占軌道から電子を引き抜くことが可能であると推測される。
【0114】
実際、酸化タングステンと、触媒作用やエレクトロクロミズム、フォトクロミズムなど、多くの共通した物性を持つ酸化モリブデンにおいては、その薄膜上に有機低分子のα−NPDを積層すると、α−NPD分子から酸化モリブデン薄膜に電子が移動するとの報告がある(渡邊寛之 他、有機EL討論会第7回例会予稿集、17(2008))。
【0115】
なお、本発明者等は、酸化タングステンにおいては、隣接したタングステン原子の5d軌道同士の結合起動よりも結合エネルギーが低い、タングステン原子単体の半占5d軌道あるいはそれに類似した構造が、フェルミ面近傍の占有準位に該当するものと考える。
【0116】
さらに、上記のように、正孔注入層107が、X線光電子分光分析(XPS)スペクトルにおいて、価電子帯で最も低い結合エネルギーより1.8[eV]〜3.6[eV]低い結合エネルギー領域内に、隆起した形状を有する、という構成も採用することができる。
【0117】
以上のような効果について、サンプルを用いて行った寿命評価の結果について、
図9に示す。
【0118】
図9(b)に示すように、バンク樹脂層109が正孔注入層107と発光層111との間に存在するサンプルでは、エージング処理の実行に伴い、初期のパネル輝度はバンク樹脂層を有しないサンプルよりも低下する。
【0119】
しかし、
図9(a)および
図9(b)に示すように、駆動時間が、2[hr.]以上となると、バンク樹脂層109を介挿させたサンプルの輝度の方が、バンク樹脂層を有しないサンプルに比べて高くなっている。これより、寿命評価において、本実施の形態に係る表示パネル10およびこれを備える表示装置1が優れていることが分かる。
【0120】
なお、
図9(a)および
図9(b)における初期輝度は、表示パネルの実用輝度の3倍である。
【0121】
3.検証
図10から
図14を用いて、上記効果が得られるメカニズムについての検証を行う。
【0122】
先ず、
図10では、バンク樹脂層109を介挿したサンプルと介挿しないサンプルとの比較におけるI−V特性を示す。
図10は、実験値にシミュレーション値を重ねた図である。
【0123】
図10に示すように、バンク樹脂層109を介挿したサンプルでは、正孔の移動度が、バンク樹脂層を介挿していないサンプルに比べて、1桁低下、即ち、1/10以下となっていることが分かる。
【0124】
次に、
図11は、
図10で実験値と一致するパラメータを入力したシミュレーションによる特性図であり、(a)は、素子の正孔電流を示し、(b)は、電子電流を示し、(c)は、素子内部での電界強度分布を示したものである。
【0125】
図11(a)に示すように、バンク樹脂層を介挿したサンプルでは、介挿しないサンプルに比べて、正孔電流が低くなることが想定され、また、
図11(b)に示すように、バンク樹脂層を介挿したサンプルでは、介挿しないサンプルに比べて、電子電流も低くなることが想定される。
図11(c)の各層中における電界強度分布に示すように、バンク樹脂層109を介挿したサンプルでは、発光層での電界強度が低下する。
【0126】
このように、バンク樹脂層109を正孔注入層107と発光層111との間に介挿させた場合、正孔の注入および輸送に係る特性が悪化し、発光層に係る電界強度が低下することが想定される。従って、正孔の移動度の低下により電子電流量まで制限され、表示パネルに対し印加する電圧の高電圧化を招くことになると考えられる。
【0127】
なお、このような課題に対して、本実施の形態では、正孔注入層107に正孔注入性の高い酸化タングステンを用いた層を採用することで、その最適化を図っている。
【0128】
次に、
図12を用いて、本実施の形態に係る表示パネル10で長寿命化を図ることができるメカニズムを説明する。
図12(a)および
図12(b)が、バンク樹脂層が介挿されていないサンプルでのキャリア状態を示す模式図であり、
図12(c)および
図12(d)が、バンク樹脂層109が介挿されたサンプルでのキャリア状態を示す模式図である。なお、
図12(a)および
図12(c)において、屈曲点1が「正孔注入開始」の時点、屈曲点2が「電子注入開始」の時点、屈曲点3が「キャリアバランス最適点」である。
【0129】
先ず、
図12(c)に示すように、バンク樹脂層が介挿されているサンプルでは、屈曲点2および屈曲点3の位置が、
図12(a)に示すバンク樹脂層が介挿されていないサンプルに対して、より理想とするモデルに近付いている。
【0130】
図12(b)に示すように、バンク樹脂層が介挿されていないサンプルでは、(I)〜(III)の領域にて、正孔リッチな状態となっている。
【0131】
一方、
図12(d)に示すように、バンク樹脂層が介挿されたサンプルでは、全ての領域において、電子過剰状態(電子リッチな状態)が維持されている。
【0132】
次に、
図13(a)に示すように、バンク樹脂層が介挿されておらず、正孔注入性が良いサンプルでは、正孔、電子の最適点が存在し、これにより効率ピークが存在する。
【0133】
一方、バンク樹脂層が介挿され、正孔注入性が低いサンプルでは、常に電子リッチな状態であるので、効率ピークがない。
【0134】
次に、
図13(b)の矢印1で示すように、正孔注入開始電圧については、初期サンプルと劣化サンプルとは同等である。一方、矢印2で示すように、正孔電流量については、初期サンプルに比べて劣化サンプルでは低下しており、発光開始電圧の上昇が確認できる。このため、電子障壁の増加あるいは電子輸送の低下により正孔輸送層にかかる電界強度の低下が発生し、正孔電流量も低下していることが推測される。
【0135】
さらに、
図13(b)の矢印3で示すように、最大効率電圧も劣化後サンプルで高電圧化している。即ち、電子電流の低下により、キャリアバランスが正孔リッチとなり、屈曲点3が高電圧化している。
【0136】
次に、
図14(a)および
図14(b)に示すように、初期サンプルでは、駆動電圧の上昇に伴いCIE値が単調減少している。これより、
図14(c)に示すように、電圧の上昇に伴い、発光位置が陰極側にシフトしている傾向を示すものである。よって、初期サンプルでは、電圧の上昇により、正孔が過剰な状態が加速していることが示唆される。
【0137】
一方、
図14(a)および
図14(b)に示すように、劣化サンプルでは、初期サンプルに比べて、CIE(x)、CIE(y)ともに小さくなる傾向にある(矢印2)。
図14(d)に示すように、光学シミュレーションでは、発光位置が陰極側へとシフトする傾向は同じであるが、劣化により、一層、正孔が過剰な状態が加速していることを示唆している。
【0138】
以上より、バンク樹脂層が介挿されたサンプルで寿命が延びるメカニズムは、初期に正孔注入量の低下を図ることにより、通電処理により電子注入性が低下しても、正孔と電子とのキャリアバランスが電子リッチな状態で維持され、材料自身の発光効率の低下が防止され、長寿命化が図られる。
【0139】
4.各種実験と考察
(i)酸化タングステンの成膜条件
本実施の形態では、上記のように、正孔注入層107を構成する酸化タングステンを所定の成膜条件で成膜することで、正孔注入層107に前記したフェルミ面近傍の占有準位を存在させ、正孔注入層107と正孔輸送層110との間のホール注入障壁を低減して、表示パネル10を低電圧駆動できるようにしている。
【0140】
このような性能を得るための酸化タングステンの成膜方法としては、DCマグネトロンスパッタ装置を用い、ターゲットは金属タングステンとし、基板温度は制御せず、チャンバー内ガスはアルゴンガスと酸素ガスで構成し、ガス圧(全圧)が2.7[Pa]超7.0[Pa]以下であり、且つ、酸素ガス分圧の全圧に対する比が50[%]以上70[%]以下であって、さらにターゲット単位面積当たりの投入電力(投入電力密度)が1[W/cm
2]以上2.8[W/cm
2]以下となる成膜条件に設定して、反応性スパッタ法で成膜することが好適であると考えられる。
【0141】
上記成膜条件の有効性は以下の諸実験で確認された。
【0142】
まず、正孔注入層107からバッファ層としての正孔輸送層110へのホール注入効率の、成膜条件依存性の評価を確実にするために、評価デバイスとしてホールオンリー素子を作製するものとした。
【0143】
有機EL素子においては、電流を形成するキャリアは正孔と電子の両方であり、したがって有機EL素子の電気特性には、正孔電流以外にも電子電流が反映されている。しかし、正孔(ホール)オンリー素子では陰極からの電子の注入が阻害されるため、電子電流ほほとんど流れず、全電流はほぼ正孔電流のみから構成され、即ち、キャリアは略正孔のみとみなせるため、ホール注入効率の評価に好適である。
【0144】
具体的に作製したホールオンリー素子は、
図8における透明陰極113を、
図15に示す陰極208のように金(Au)に置き換えたものである。即ち、
図15に示すように、基板210上に厚さ50[nm]のITO薄膜からなる陽極202を形成し、さらに陽極202上に厚さ30[nm]の酸化タングステンからなる正孔注入層203、厚さ20[nm]のアミン系有機高分子であるTFBからなるバッファ層(正孔輸送層)204、厚さ70[nm]の有機高分子であるF8BTからなる発光層205、厚さ100[nm]の金(Au)からなる陰極209を順次積層した構成とした。なお、評価デバイスのため、バンクは省略した。
【0145】
この作製工程において、正孔注入層203は、DCマグネトロンスパッタ装置を用い、反応性スパッタ法で成膜した。チャンバー内ガスは、アルゴンガスおよび酸素ガスの少なくとも何れかから構成し、ターゲットは金属タングステンを用いた。基板温度は制御せず、アルゴンガス分圧、酸素ガス分圧、全圧は各ガスの流量で調節するものとした。成膜条件は、以下の表1に示すように、全圧、酸素ガス分圧比、および投入電力の各条件を変化させるものとし、これにより各成膜条件で成膜した正孔注入層203を備えるホールオンリー素子201B(素子No.1〜14)を得た。なお、酸素ガス分圧比は、全圧に対する酸素ガス分圧の比[%]である。
【0147】
上記DCマグネトロンスパッタ装置の、投入電力と投入電力密度の関係を表2に示す。
【0149】
作製した各ホールオンリー素子201Bを直流電源211に接続し、電圧を印加した。このときの印加電圧を変化させ、電圧値に応じて流れた電流値を素子の単位面積当たりの値(電流密度)に換算した。以降、「駆動電圧」とは、電流密度10[mA/cm
2]のときの印加電圧とする。
【0150】
この駆動電圧が小さいほど、正孔注入層203の正孔注入効率は高いと言える。なぜなら、各ホールオンリー素子201Bにおいて、正孔注入層203以外の各部位の作製方法は同一であるから、正孔注入層203を除く、隣接する2つの層の間の正孔注入障壁は一定と考えられる。また、当該実験で用いた陰極202と正孔注入層203は、オーミック接続をしていることが、別の実験により確認されている。
【0151】
従って、正孔注入層203の成膜条件による駆動電圧の違いは、正孔注入層203からバッファ層204への正孔注入効率を強く反映したものになる。
【0152】
表3は、当該実験によって得られた、各ホールオンリー素子201Bの、全圧、酸素ガス分圧比、投入電力の各成膜条件に対する、駆動電圧の値である。表3中、各ホールオンリー素子201Bの素子No.は囲み数字で示している。
【0154】
また、
図16(a)〜
図16(c)は、各ホールオンリー素子201Bの駆動電圧の成膜条件依存性をまとめたグラフである。
図16(a)中の各点は、左から右に向かって、素子No.4、10、2の駆動電圧を表す。
図16(b)中の各点は、左から右に向かって、素子No.13、10、1の駆動電圧を表す。さらに
図16(c)中の各点は、左から右に向かって、素子No.14、2、8の駆動電圧を表す。
【0155】
なお当該実験では、全圧が2.7[Pa]で酸素ガス分圧比が100[%]の場合、全圧が4.8[Pa]で酸素ガス分圧比が30[%]の場合、全圧が4.8[Pa]で酸素ガス分圧比が70[%]の場合、全圧が4.8[Pa]で酸素ガス分圧比が100[%]の場合は、いずれもガス流量などのスパッタリング装置の制約で成膜を行えなかった。
【0156】
まず、駆動電圧の全圧依存性は、
図16(a)から分かるように、酸素ガス分圧比:50[%]、投入電力:500[W]の条件下では、少なくとも全圧が2.7[Pa]超4.8[Pa]以下の範囲において、駆動電圧の明確な低減が確認できた。この傾向は、少なくとも全圧が7.0[Pa]以下の範囲まで続くことが別の実験により分かった。したがって、全圧は2.7[Pa]超7.0[Pa]以下の範囲に設定することが望ましいと言える。
【0157】
次に、駆動電圧の酸素ガス分圧比依存性は、
図16(b)から分かるように、全圧:2.7[Pa]、投入電力:500[W]の条件下では、少なくとも酸素ガス分圧比が50[%]以上70[%]以下の範囲において、酸素ガス分圧比の上昇とともに駆動電圧の低下が確認できた。ただし、これ以上に酸素ガス分圧比が上昇すると、別の実験により逆に駆動電圧の上昇が確認された。従って、酸素ガス分圧比は50[%]以上で上限を70[%]程度に抑えることが望ましいと言える。
【0158】
次に、駆動電圧の投入電力依存性は、
図16(c)からわかるように、全圧:4.8[Pa]、酸素ガス分圧比:50[%]の条件下では、投入電力が500[W]超で、急激に駆動電圧が上昇することが確認された。従って、投入電力は500[W]以下に抑えるのが望ましいと考えられる。なお、表3の素子No.1、3についてのデータをみると、投入電力が500[W]であっても、全圧が2.7[Pa]以下であれば、駆動電圧が上昇するという結果が確認できる。
【0159】
次に、各ホールオンリー素子201Bのうち、代表して素子No.14、1、7の電流密度―印加電圧曲線を
図17に示した。図中縦軸は電流密度[mA/cm
2]、横軸は印加電圧[V]である。素子No.14は、上記した全圧、酸素ガス分圧比、投入電力の望ましい条件をすべて満たしている。一方、素子No.1、7は、上記望ましい条件を一部満たしていない。
【0160】
ここで、以降の説明のために、正孔注入層203(および後述の酸化タングステン層208)の成膜条件に関しては、素子No.14の成膜条件を成膜条件A、素子No.1の成膜条件を成膜条件B、素子No.7の成膜条件を成膜条件Cと呼ぶことにする。また、それに倣い、
図17および表3では、素子No.14をHOD−A、素子No.1をHOD−B、素子No.7をHOD−Cとも記述した。
【0161】
図17に示すように、HOD−AはHOD−B、HOD−Cと比較して、最も電流密度―印加電圧曲線の立ち上がりが早く、また最も低い印加電圧で高い電流密度が得られている。すなわち、HOD−AはHOD−B、HOD−Cと比較し、正孔注入効率が優れていることが明快である。なお、HOD−Aは、各ホールオンリー素子201Bの中で最も駆動電圧が低い素子である。
【0162】
以上は、ホールオンリー素子201Bにおける正孔注入層203の正孔注入効率に関する検証であったが、ホールオンリー素子201Bは、陰極およびバンク樹脂層を除き、基本的に
図8の表示パネル10の素子部分と同一の構成である。従って、表示パネル10の素子においても、正孔注入層107から正孔輸送層110への正孔注入効率の成膜条件依存性は、本質的にホールオンリー素子201Bと同じである。このことを確認するために、成膜条件A、B、Cのホール注入層3を用いた各有機EL素子を作製した。
【0163】
具体的に作製した各有機EL素子は、基板210上に厚さ50[nm]のITO薄膜からなる陽極202を形成し、さらに陽極202上に厚さ30[nm]の酸化タングステンからなる正孔注入層203、厚さ20[nm]のアミン系有機高分子であるTFBからなる電荷輸送層204、厚さ70[nm]の有機高分子であるF8BTからなる発光層205、厚さ5[nm]のバリウムおよび厚さ100[nm]のアルミニウムからなる陰極209を順次積層した構成とした。なお、評価デバイスは、
図15に示すデバイスに対し、陰極209の構成材料が異なるものであって、また、バンクについては省略した。
【0164】
作製した成膜条件A、B、Cの各有機EL素子を直流電源211に接続し、電圧を印加した。このときの印加電圧と、各々の電圧値に応じて流れた電流値について、素子の単位面積当たりの値に換算したときの関係を表す、電流密度―印加電圧曲線を
図18に示した。図中縦軸は電流密度[mA/cm
2]、横軸は印加電圧[V]である。
【0165】
なお、以降の説明のために、
図18では、成膜条件Aの有機EL素子をBPD−A、成膜条件Bの有機EL素子をBPD−B、成膜条件Cの有機EL素子をBPD−Cと記述した。
【0166】
図18に示すように、BPD−AはBPD−B、BPD−Cと比較して、最も電流密度―印加電圧曲線の立ち上がりが早く、また最も低い印加電圧で高い電流密度が得られている。これは、それぞれ同じ成膜条件のホールオンリー素子であるHOD−A、HOD−B、HOD−Cと同様の傾向である。
【0167】
さらに、上記作製した各有機EL素子について、電流密度の変化に応じた発光強度の関係を表す、発光強度―電流密度曲線を
図19に示した。図中、縦軸は発光強度[cd/A]、横軸は電流密度[mA/cm
2]である。
図19に示すように、少なくとも測定した電流密度の範囲では、BPD−Aが最も発光強度が高いことが確認された。
【0168】
以上の結果により、正孔注入層107の正孔注入効率の成膜条件依存性が、有機EL素子においても、ホールオンリー素子201Bの場合と同様に作用していることが確認された。すなわち、当該実験の有機EL素子において、正孔注入層203を構成する酸化タングステンを、DCマグネトロンスパッタ装置を用い、ターゲットは金属タングステンとし、基板温度は制御せず、チャンバー内ガスはアルゴンガスと酸素ガスで構成し、全圧が2.7[Pa]超7.0[Pa]以下であり、かつ酸素ガス分圧の全圧に対する比が50[%]以上70[%]以下であって、さらに投入電力密度が1[W/cm
2]以上2.8[W/cm
2]以下となる成膜条件下で、反応性スパッタリング法で成膜すると、正孔注入層203から正孔輸送層204への正孔注入効率が良く、それにより優れた低電圧駆動と高い発光効率が実現されることが確認された。
【0169】
なお、上記においては、投入電力の条件は、表2を基に改めて投入電力密度で表した。本実験で用いたDCマグネトロンスパッタリング装置とは異なるDCマグネトロンスパッタリング装置を用いる場合は、ターゲットのサイズに合わせて、投入電力密度が上記条件になるように投入電力を調節することにより、本実験と同様に、優れた正孔注入効率の酸化タングステンからなる正孔注入層203を得ることが出来る。なお、全圧、酸素ガス分圧比については、装置やターゲットのサイズに依存しない。
【0170】
また、ホール注入層203の反応性スパッタリング法による成膜時は、室温環境下に配置されるスパッタリング装置において、基板温度を意図的には設定していない。従って、少なくとも成膜前は基板温度が室温である。ただし、成膜中に基板温度は数10[℃]程度上昇する可能性がある。
【0171】
なお、成膜条件Aで正孔注入層203を作製した有機EL素子が、本実施の形態の表示パネル10の有機EL素子であり、前記したフェルミ面近傍の占有準位を持つ。これについては、以降で考察する。
【0172】
(ii)ホール注入層の電子状態
本実施の形態の表示パネル10の有機EL素子における正孔注入層107を構成する酸化タングステンには、前記フェルミ面近傍の占有準位が存在している。このフェルミ面近傍の占有準位は、先の実験で示した成膜条件の調整により形成されるものである。詳細を以下に述べる。
【0173】
前述の成膜条件A、B、Cで成膜した酸化タングステンにおける、前記フェルミ面近傍の占有準位の存在を確認する実験を行った。
【0174】
各成膜条件で、光電子分光測定用のサンプルを作製した。当該サンプルの構成としては、
図20に示すサンプル201Aのように、導電性シリコン基板207の上に、厚さ10[nm]の酸化タングステン層208(正孔注入層107に該当する。)を、前記の反応性スパッタリング法により成膜した。以降、成膜条件Aのサンプル201Aを“サンプルA”、成膜条件Bのサンプル201Aを“サンプルB”、成膜条件Cのサンプル201Aを“サンプルC”と記述する。
【0175】
サンプルA、B、Cは、いずれもスパッタリング装置内において酸化タングステン層208を成膜した後、当該スパッタリング装置に連結され窒素ガスが充填されたグローブボックス内に移送し、大気曝露しない状態を保った。そして、当該グローブボックス内でトランスファーベッセルに封入し、光電子分光装置に装着した。これにより、酸化タングステン層208を成膜後に大気曝露することなく、紫外光電子分光(UPS)測定を実施した。
【0176】
ここで、一般にUPSスペクトルは、測定対象物の表面から深さ数[nm]までにおける、価電子帯などの占有準位の状態を反映したものになる。そこで本実験では、UPSを用いて酸化タングステン層208の表層における占有準位の状態を観察するものとした。
【0177】
UPS測定条件は以下の通りである。なお、サンプルA、B、Cでは導電性シリコン基板207を用いたため、測定中チャージアップは発生しなかった。測定点間隔は0.05[eV]とした。
【0178】
光源 :He I線
バイアス:なし
出射角 :基板法線方向
図21に、サンプルAの酸化タングステン層208のUPSスペクトルを示す。横軸の結合エネルギーの原点は導電性シリコン基板207のフェルミ面とし、左方向を正の向きとした。
【0179】
以下、
図21を用いて、酸化タングステン層208の各占有準位について説明する。
【0180】
一般に酸化タングステンが示すUPSスペクトルにおいて、最も大きく急峻な立ち上がりは一意に定まる。この立ち上がりの変曲点を通る接線を線(i)、その横軸との交点を点(iii)とする。これにより、酸化タングステンのUPSスペクトルは、点(iii)から高結合エネルギー側に位置する領域(x)と、低結合エネルギー側(すなわちフェルミ面側)に位置する領域(y)に分けられる。
【0181】
ここで、以下の表4に示した酸化タングステン層208の組成比によれば、サンプルA、B、Cとも、タングステン原子と酸素原子の数の比率が略1:3である。なお、この組成比は、X線光電子分光(XPS)により求めた。具体的には、当該光電子分光装置を用い、前記UPS測定と同様に、酸化タングステン層208を大気曝露することなくXPS測定し、酸化タングステン層208の表面から深さ数[nm]までにおけるタングステンと酸素の組成比を見積もった。なお、表4には、酸化タングステン層208の成膜条件も併記してある。
【0183】
この組成比から、サンプルA、B、Cのいずれにおいても、酸化タングステン層208は少なくとも表面から深さ数[nm]以内の範囲において、三酸化タングステンを基本とする原子配置、つまり酸素原子がタングステン原子に対し8面体配位で結合した、歪んだルチル構造(8面体が互いに頂点の酸素原子を共有する構造)を基本構造に持つと考えられる。したがって、
図21における領域(x)は、三酸化タングステン結晶、あるいはその結晶の秩序が乱れた(ただし結合は切れておらず、上記基本構造が保たれている)非晶質が持つ、上記基本構造に由来する占有準位であり、いわゆる価電子帯に対応する領域である。なお、本願発明者は酸化タングステン層208のX線吸収微細構造(XAFS)測定を行い、サンプルA、B、Cのいずれにおいても、上記基本構造が形成されていることを確認した。
【0184】
従って、
図8における領域(x)は、価電子帯と伝導帯の間のバンドギャップに対応するが、本UPSスペクトルが示すように、酸化タングステンにはこの領域にも、価電子帯とは別の占有準位が存在することがあることが知られている。これは上記基本構造とは異なる別の構造に由来する準位であり、所謂、バンドギャップ間準位(in−gap stateあるいはgap state)である。
【0185】
続いて
図22に、サンプルA、B、Cにおける各酸化タングステン層208の、領域(x)におけるUPSスペクトルを示す。
図22に示すスペクトルの強度は、
図21における点(iii)よりも3[eV]〜4[eV]ほど高結合エネルギー側に位置するピーク(ii)のピークトップの値で規格化した。
図22にも
図21の点(iii)と同じ横軸位置に点(iii)を示している。横軸は点(iii)を基準とした相対値(相対結合エネルギー)として表し、左から右(フェルミ面側)に向かって結合エネルギーが低くなるように示している。
【0186】
図22に示されるように、サンプルAの酸化タングステン層8では、点(iii)からおおよそ3.6[eV]低い結合エネルギーの位置から、点(iii)からおおよそ1.8[eV]低い結合エネルギーの位置までの領域に、ピークの存在が確認できる。このピークの明瞭な立ち上がり位置を図中に点(iv)で示した。このようなピークは、サンプルB、Cでは確認できない。
【0187】
本発明はこのように、UPSスペクトルにおいて点(iii)から1.8[eV]〜3.6[eV]程度低い結合エネルギーの領域内に隆起(ピークとは限らない)した構造を持つ酸化タングステンを、正孔注入層として用いることにより、有機EL素子において優れた正孔注入効率が発揮できるようになっている。
【0188】
ここで、当該隆起の程度が急峻であるほど、ホール注入効率が高くなることが分かっている。従って、
図22に示すように、点(iii)から2.0[eV]〜3.2[eV]程度低い結合エネルギーの領域は、比較的当該隆起構造を確認しやすく、且つ、その隆起が比較的急峻である領域として、特に重要であると言える。
【0189】
なお、以降、UPSスペクトルにおける当該隆起構造を、「フェルミ面近傍の隆起構造」と称する。このフェルミ面近傍の隆起構造に対応する占有準位が、前記した「フェルミ面近傍の占有準位」である。
【0190】
次に、上記フェルミ面近傍の隆起構造をより明確にするために、
図22に示したサンプルA、B、CのUPSスペクトルにおける規格化強度の微分を計算した。
【0191】
具体的には、グラフ解析ソフトウェアIGOR Pro 6.0を用い、
図22に示すUPSスペクトルについて2項スムージング(スムージングファクターは1とした)を11回行い、その後に中心差分法による微分処理を行った。これはUPS測定時のバックグラウンドノイズなどのばらつき要因を平滑化し、微分曲線をスムーズにし、下記の議論を明快にするためである。
【0192】
この処理により得られた微分曲線を
図23に示した。
図23中の点(iii)、(iv)は
図9と同一の横軸位置である。
【0193】
図23に示す微分曲線によれば、サンプルB、Cの酸化タングステン層208では、光電子分光装置で測定可能な結合エネルギーから点(iv)に至るまでの領域(v)においては、微分値は0付近を略前後するのみであり、さらに点(iv)から高結合エネルギー側におおよそ1.2[eV]までの領域(vi)では、微分値は高結合エネルギー側に向かって、ほぼその増加率を増しながら漸増していくのみである。そして、この領域(v)、(vi)におけるサンプルB、Cの各微分曲線の形状は、当該各微分曲線の元である
図22に示したサンプルB、CのUPSスペクトルとほぼ相似である。したがって、サンプルB、Cの領域(v)、(vi)におけるUPSスペクトルとその微分曲線の形状は、指数関数的な形状であると言える。
【0194】
一方、サンプルAの酸化タングステン層208では、点(iv)付近から点(iii)に向かって急な立ち上がりを見せており、領域(v)、(vi)における微分曲線の形状は指数関数的な曲線の形状とは明らかに異なっている。このようなサンプルAについては、
図22の微分前のスペクトルにおいても、点(iv)付近から隆起し始め、また指数関数的なスペクトル形状とは異なる、フェルミ面近傍の隆起構造を持つことが確認できる。
【0195】
このようなサンプルAの特性は、言い換えると、価電子帯で最も低い結合エネルギーよりおおよそ1.8[eV]〜3.6[eV]低い範囲内にフェルミ面近傍の占有準位が存在し、特に、価電子帯で最も低い結合エネルギーより略2.0[eV]〜3.2[eV]低い範囲内にて、対応するフェルミ面近傍の隆起構造が、UPSスペクトルで明瞭に確認できるものである。
【0196】
次に、成膜後大気曝露せずに
図22のUPSスペクトルを測定したサンプルA、B、Cの酸化タングステン層208に対し、常温にて大気曝露を1[hr.]行った。そして、再びUPS測定を行い、これによるスペクトルの変化を確認した。その前記領域(x)におけるUPSスペクトルを
図24に示す。横軸の取り方は
図22と同様であり、図中の点(iii)、(iv)は
図22と同一の横軸位置である。
【0197】
図24に示したUPSスペクトルによれば、サンプルB、Cの酸化タングステン層208では、大気曝露前と同様にフェルミ面近傍の隆起構造は存在しない。これに対し、サンプルAの酸化タングステン層208では、大気曝露後には強度やスペクトル形状に変化はみられるものの、依然としてフェルミ面近傍の隆起構造が存在することが確認できる。これにより、サンプルAについては、一定時間大気曝露を行っても、大気曝露前の特性が維持でき、周辺雰囲気に対して一定の安定性を有することがわかる。
【0198】
以上では、サンプルA、B、Cについて測定したUPSスペクトルに対して議論を行ったが、上記フェルミ面近傍の隆起構造は、XPSや硬X線光電子分光測定でも同様に確認することができる。
【0199】
図25は、サンプルAの酸化タングステン層208の、前記大気曝露後のXPSスペクトルである。なお、比較のため、サンプルAの酸化タングステン層208のUPSスペクトル(
図21と同一のもの)を重ね書きした。
【0200】
XPS測定条件は、光源がAl Kα線であること以外は、前述のUPS測定条件と同様である。
図25において、図中の点(iii)は
図21と同一の横軸位置であり、横軸は
図22と同様に、点(iii)を基準とした相対結合エネルギーで示している。また、XPSスペクトルにおける
図21の(i)に該当する線を、
図25中で(i)’で示した。
【0201】
図25に示すように、サンプルAの酸化タングステン層208におけるフェルミ面近傍の隆起構造は、XPSスペクトルにおいても、UPSスペクトルの場合と同様に、価電子帯で最も低い結合エネルギーよりも略1.8[eV]〜3.6[eV]低い範囲内にて、相当の大きさの隆起構造として、存在を明確に確認することができる。なお、別の実験により、硬X線光電子分光でも同様にフェルミ面近傍の隆起構造が確認できた。
【0202】
上記測定においては、光電子分光測定用のサンプルとして、
図15に示す有機EL素子の構造とは別に、導電性シリコン基板207の上に酸化タングステン層208を形成してなるサンプル201A(
図20を参照。)を用いた。これは単に、測定中のチャージアップを防ぐための措置であり、本発明の表示パネルにおける有機EL素子の構造を当該構成に限定するものではない。
【0203】
本願発明者が行った別の実験によれば、
図8に示す表示パネル10の有機EL素子の構成(基板101の片面に反射陽極102と透明導電膜106、および酸化タングステンからなる正孔注入層107を、順次形成した構成)を有するサンプルを用い、UPS、XPS測定を行った場合は、測定中にチャージアップが発生した。
【0204】
しかしながら、チャージアップをキャンセルする中和銃を併用すれば、正孔注入層107の各占有準位の示す結合エネルギーの絶対値(例えば、光電子分光装置自体のフェルミ面を原点とするときの結合エネルギーの値)は、サンプル201Aの酸化タングステン層208のものとは異なることがあるものの、少なくともバンドギャップから価電子帯で最も低い結合エネルギーに至る範囲においては、サンプル201Aと同様の形状のスペクトルが得られている。
【0205】
(iii)ホール注入効率に関する考察
酸化タングステンからなる正孔注入層において、UPSスペクトル等でフェルミ面近傍の隆起構造として確認できるフェルミ面近傍の占有準位が、正孔注入効率に作用する原理は、以下のように考えることができる。
【0206】
酸化タングステンの薄膜や結晶に見られる、前記フェルミ面近傍の占有準位は、酸素欠陥やその類似の構造に由来することが、実験および第一原理計算の結果から多数報告されている。
【0207】
具体的には、酸素原子の欠乏により形成される隣接したタングステン原子の5d軌道同士の結合軌道や、酸素原子に終端されることなく膜表面や膜内に存在するタングステン原子単体の5d軌道に由来するものと推測されている。これらの5d軌道は、半占あるいは非占状態であれば、有機分子と接触したとき、相互のエネルギー安定化のために、有機分子の最高被占軌道から電子を引き抜くことが可能であると推測される。
【0208】
実際、酸化タングステンと、触媒作用やエレクトロクロミズム、フォトクロミズムなど、多くの共通した物性を持つ酸化モリブデンにおいては、その薄膜上に有機低分子のα−NPDからなる層を積層すると、α−NPD分子から酸化モリブデン薄膜に電子が移動するとの報告がある(渡邊 寛己 他、有機EL討論会第7回例会予稿集、17(2008)を 参照)。
【0209】
なお、本願発明者は、酸化タングステンにおいては、隣接したタングステン原子の5d軌道同士の結合軌道よりも結合エネルギーが低い、タングステン原子単体の半占5d軌道あるいはそれに類似した構造が、フェルミ面近傍の占有準位に該当するものと考える。
【0210】
図26は、本発明のフェルミ面近傍の占有準位を持つ酸化タングステン層と、α−NPD層との界面における、エネルギーダイアグラムである。
【0211】
図26中では、まず、当該酸化タングステン層(正孔注入層に該当する。)における、価電子帯で最も低い結合エネルギー(図中「価電子帯上端」と表記した。)と、フェルミ面近傍の占有準位の立ち上がり位置の結合エネルギー(図中「in−gap state上端」と表記した。)を示している。UPSスペクトルにおいては、価電子帯上端は
図21の点(iii)に該当し、in−gap state上端は
図22の点(iv)に該当する。
【0212】
そして、さらに当該酸化タングステン層の上に、α−NPD(機能層に該当する)を積層したときの、α−NPD層の厚さと、α−NPDの最高被占軌道の結合エネルギー、また真空準位との関係も示している。ここで、α−NPDの最高被占軌道の結合エネルギーとは、UPSスペクトルにおける、当該最高被占軌道によるピークの立ち上がり位置の結合エネルギーである。
【0213】
具体的には、ITO基板(表面上にITO膜が成膜された基板)上に成膜した当該酸化タングステン層を、光電子分光装置と当該装置に連結された超高真空蒸着装置との間で基板を往復させながら、UPS測定とα−NPDの超高真空蒸着とを繰り返すことで、
図26のエネルギーダイアグラムを得た。UPS測定中にチャージアップは確認されなかったので、
図26では、縦軸の結合エネルギーをITO基板のフェルミ面を原点とした絶対値表記にしている。
【0214】
図26から、α−NPD層の厚さが少なくとも0〜0.3[nm]の範囲、つまり当該酸化タングステン層とα−NPD層との界面付近においては、当該酸化タングステン層のin−gap state上端と、α−NPDの最高被占軌道の結合エネルギーは略等しく、いわば互いの準位が接続した状態になっていることがわかる(以降、これを「界面準位接続」と称す)。なお、ここで言う「等しい」とは、実際上多少の差を含んでおり、具体的には±0.3[eV]以内の範囲を指す。
【0215】
さらに、
図26は、前記界面準位接続が、偶然によるものではなく、酸化タングステンとα−NPDとの相互作用により実現しているものであることを示している。
【0216】
例えば、界面における真空準位の変化(真空準位シフト)は、その変化の向きから、界面に電気二重層が、酸化タングステン層側を負、α−NPD層側を正として形成されていることを示す。また、その真空準位シフトの大きさが2[eV]近くと非常に大きいため、電気二重層は化学結合に類する作用により形成されたと考えるのが妥当である。すなわち、前記界面準位接続は、酸化タングステンとα−NPDとの相互作用により実現していると考えるべきである。
【0217】
本願発明者は、具体的な相互作用として、以下のメカニズムを推察している。
【0218】
先ず、フェルミ面近傍の占有準位は、上述のとおり、タングステン原子の5d軌道に由来するものである。これを、以下「隆起構造のW5d軌道」と称する。
【0219】
当該酸化タングステン層の表面において、隆起構造のW5d軌道に、α−NPD分子の最高被占軌道が近づくと、相互のエネルギー安定化のために、α−NPD分子の最高被占軌道から、隆起構造のW5d軌道に電子が移動する。これにより、界面に電気二重層が形成され、真空準位シフト、界面準位接続が起こる。
【0220】
さらに具体的には、α−NPD分子の最高被占軌道は、その確率密度がアミン構造の窒素原子に偏って分布しており、当該窒素原子の非共有電子対を主成分として構成されていることが、第一原理計算による結果として多数報告されている。このことから、当該酸化タングステン層と、アミン系有機分子の層との界面においては、アミン構造の窒素原子の非共有電子対から、隆起構造のW5d軌道に電子が移動すると推察される。
【0221】
上記の推察を支持するものとしては、前述のように酸化タングステンと共通の物性を持つ酸化モリブデンの蒸着膜と、アミン系有機分子であるNPB、α−NPD、F8BTとの各界面において、
図26で示した酸化タングステン層とα−NPD層の界面準位接続と同様の界面準位接続の報告がある(“Hyunbok Lee et al.、Applied Physics Letters 93、043308(2008)”、“小泉 健二 他、第56回応用物理学関係連合後援会予稿集、39p−ZA−11(2009)”、“中山 泰生 他、有機EL討論会第7回例会予稿集、5(2008)”などの文献を参照)。
【0222】
本発明の有機EL素子のホール注入層が持つ、優れたホール注入効率は、以上の界面準位接続により説明することができる。即ち、フェルミ面近傍の占有準位を持つ酸化タングステンからなる正孔注入層と、隣接した機能層との間で、界面準位接続が起こり、フェルミ面近傍の占有準位の立ち上がり位置の結合エネルギーと、機能層の最高被占軌道の結合エネルギーが略等しくなる。正孔注入は、この接続された準位間で起こる。したがって、機能層の最高被占軌道に正孔注入するときの正孔注入障壁は、略無いに等しい。
【0223】
しかしながら、フェルミ面近傍の占有準位を形成する要因である酸素欠陥やその類似の構造がまったく無い酸化タングステンというものが、現実に存在するとは考えにくい。例えば、前述のサンプルB、C等、光電子分光スペクトルにおけるフェルミ面近傍の隆起構造がない酸化タングステンにおいても、酸素欠陥やその類似の構造が、極めて僅かにでも存在はしていると考えるのが妥当である。
【0224】
これに対し、先の実験が示すように、サンプルAの酸化タングステン層208に該当する正孔注入層203を持つホールオンリー素子HOD−Aおよび有機EL素子BPD−Aが優れた正孔注入効率を示す理由を、
図27を用いて説明する。
【0225】
酸化タングステン層に機能層を積層するとき、機能層を構成する有機分子の最高被占軌道と、酸化タングステン層のフェルミ面近傍の占有準位とが相互作用するには、界面において、有機分子において最高被占軌道の確率密度が高い部位(例えば、アミン系有機分子におけるアミン構造の窒素原子。図中「注入サイト(x)」で示す)と、酸化タングステン層の酸素欠陥やその類似の構造(図中「注入サイト(x)」で示す)が、相互作用する距離まで接近(接触)する必要がある。
【0226】
しかし、
図27(b)に示すように、前述のサンプルB、C等、フェルミ面近傍の隆起構造が存在しない酸化タングステン層には、注入サイト(x)が存在するとしても、その数密度は、UPSスペクトルにおいてフェルミ面近傍の隆起構造を発現するまでに至らないほど小さい。従って、注入サイト(y)が注入サイト(x)と接触する可能性が非常に低い。注入サイト(x)と注入サイト(y)が接触するところにおいて正孔が注入されるのであるから、サンプルB、Cはその効率が極めて悪いことがわかる。
【0227】
これに対し、
図27(a)に示すように、前述のサンプルA等、フェルミ面近傍の隆起構造を持つ酸化タングステン層には、注入サイト(x)が豊富に存在する。従って、注入サイト(x)が注入サイト(y)と接触する可能性が高く、正孔注入効率が高いことがわかる。
【0228】
以上を纏めると、本発明の表示パネルにおける有機EL素子が優れた正孔注入効率を持つことは、次のように説明できる。
【0229】
まず、酸化タングステンからなる正孔注入層が、その光電子分光スペクトルにおいてフェルミ面近傍の隆起構造を持つ。これは、酸素欠陥やその類似の構造が、その表面に少なからず存在することを意味する。
【0230】
そして、フェルミ面近傍の占有準位自体は、隣接する機能層を構成する有機分子から電子を奪うことで、有機分子の最高被占軌道と界面準位接続する作用を持つ。
【0231】
従って、ホール注入層の表面に、少なからず酸素欠陥やその類似の構造がすれば、フェルミ面近傍の占有準位と、有機分子の最高被占軌道の確率密度が高い部位とが接触する確率が高く、界面準位接続作用が効率的に起こり、優れた正孔注入効率が発現することになる。
【0232】
なお、上記においては、正孔注入層と正孔輸送層との間に介挿されるバンク樹脂層については、記載を省略した。
【0233】
[実施の形態2]
実施の形態2に係る表示パネルの構成について、
図28を用い説明する。なお、
図28では、本実施の形態に係る表示パネルの特徴部分だけを模式的に表し、その他の構成部分については、上記実施の形態1と同様である。
【0234】
上記実施の形態1では、所謂、トップエミッションタイプのデバイスを一例として採用したが、
図28に示すように、本実施の形態では、所謂、ボトムエミッションタイプのデバイスを一例として採用する。
【0235】
図28に示すように、本実施の形態に係る表示パネルでは、その素子構造体が、下から順に、透明陽極305、正孔注入層307、バンク樹脂層309、正孔輸送層310、発光層311、電子輸送層312、および反射陽極313の順に積層形成されてなる。陽明陽極305は、例えば、ITOやIZOといった透明導電膜から構成され、正孔注入層307は、上記実施の形態1の正孔注入層107と同様に、酸化タングステン(WO
X)から形成されている。
【0236】
また、バンク樹脂層309は、バンク残渣層を利用して形成され、膜厚が4[nm]以下となっている。正孔輸送層310、発光層311、および電子輸送層312の各構成材料については、上記実施の形態1と同様である。反射陰極313は、例えば、アルミニウム(Al)やその合金から形成されている。
【0237】
本実施の形態に係る表示パネルにおいても、正孔注入層307と発光層311との間にバンク樹脂層309が介挿されており、また、製造の最終段階で上記同様の条件でエージング処理を実行するので、上記同様の効果を得ることができる。
【0238】
なお、製造方法についても、各層の構成材料の相違に基づき適宜変更する点を除き、上記実施の形態1と同様である。
【0239】
[実施の形態3]
実施の形態3に係る表示パネルでは、
図29に示すように、バンク408が、所謂、ラインバンク構造が採用されている。具体的には、
図29に示すように、各バンク408は、X軸方向に延伸されており、各バンク408により、Y軸方向に隣接するサブピクセルの発光層411同士が区画されている。
【0240】
バンク408以外の構成については、上記実施の形態1あるいは上記実施の形態2と同様であり、バンク残渣層を利用したバンク樹脂層が、正孔注入層と発光層との間に介挿されている。また、製造過程において、エージング処理を上記同様の条件にて実行する点も同様であるので、上記同様の効果を得ることができる。
【0241】
[実施の形態4]
実施の形態4に係る照明装置5の構成について、
図30を用い説明する。
【0242】
図30に示すように、照明装置5は、透明基板51と封止カバー56との間の空間に、透明電極52a,52b,52cおよび反射電極55と、透明電極52a,52b,52cと反射電極55とで挟まれた有機EL積層体53a,53b,53cとが収納されている。透明電極52a,52b,52cは、互いに電気的に接続されており、透明電極52aの一部52dが、封止カバー56から外部に延出されている。
【0243】
反射電極55は、透明電極52aの延出された側とは逆の側において、封止カバー56から一部55aが延出されている。
【0244】
有機EL積層体53a,53b,53cの各々は、上記実施の形態1〜3の各表示パネル10,・・における電極間に介挿された素子構造体(有機EL積層体)と同じ構成を有する。なお、有機EL積層体53a,53b,53cの各間は、フレキシブル性を有する絶縁体54a,54bにより連結されており、また、有機EL積層体53cのX軸方向右端には、絶縁体54cが設けられている。
【0245】
ここで、
図30では詳細な図示を省略しているが、本実施の形態に係る照明装置5でも、有機EL積層体53a,53b,53cにおける正孔注入層と発光層との間にバンク樹脂層が介挿されている。なお、照明装置5における有機EL積層体53a,53b,53cにおいても、各層の膜厚の均一化などを目的としてバンクを備えることもあり、本実施の形態では、そのバンク形成時におけるバンク残渣層を利用して上記同様に、バンク樹脂層を形成するものである。
【0246】
本実施の形態に係る照明装置5では、有機EL積層体53a,53b,53cから出射された光が、その一部は直接Z軸方向下向きに、透明基板51を透過して出射され、残りはZ軸方向上向きに照射され、反射電極55で反射されてZ軸方向下向きに出射される。そして、本実施の形態に係る照明装置5においても、有機EL積層体53a,53b,53cにおける正孔注入層と発光層との間にバンク樹脂層を介挿し、製造の最終段階で、上記同様のエージング処理を施すこととしているので、上記同様の長寿命という効果を得ることができる。
【0247】
[その他の事項]
上記実施の形態1〜4では、反射陽極55,105および反射陰極313を、アルミニウム(Al)またはアルミニウム合金(Al合金)を用い形成することとしたが、これ以外にも光反射性を有する金属電極を採用することができる。例えば、銀(Ag)や銀合金(Ag合金)などを用い、これら反射電極を形成することもできる。
【0248】
また、上記実施の形態1〜4では、表示装置および照明装置を一例として採用したが、これ以外の発光装置に対しても適用することができ、その場合にも上記同様の効果を得ることができる。例えば、信号などに本発明の構成を採用することができる。
【0249】
また、上記実施の形態1などでは、バンク樹脂層109が、正孔注入層107の表面全体を覆って層状に形成され、機能層の一部である正孔輸送層110が、バンク樹脂層109に接触して形成されている、という構成を採用することとしたが、当該部分の構成はこれに限定されない。具体的には、“バンク樹脂膜“が正孔注入層の表面に部分的に島状に形成される形態、即ち、完全な層状として形成されていない形態では、正孔注入層は、バンク樹脂膜に一部で接触するとともに、バンク樹脂膜が存在しない領域において、正孔輸送層の表面に接触して形成されることになる。