特許第5667586号(P5667586)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5667586ガスクラスターイオンビームによる固体表面の平坦化方法、固体表面平坦化装置および生産方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5667586
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月12日
(54)【発明の名称】ガスクラスターイオンビームによる固体表面の平坦化方法、固体表面平坦化装置および生産方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/302 20060101AFI20150122BHJP
   H01J 37/305 20060101ALN20150122BHJP
【FI】
   H01L21/302 201B
   !H01J37/305 A
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-20898(P2012-20898)
(22)【出願日】2012年2月2日
(62)【分割の表示】特願2008-542131(P2008-542131)の分割
【原出願日】2007年10月30日
(65)【公開番号】特開2012-124512(P2012-124512A)
(43)【公開日】2012年6月28日
【審査請求日】2012年2月2日
(31)【優先権主張番号】特願2006-293686(P2006-293686)
(32)【優先日】2006年10月30日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係わる特許出願(平成17年度NEDO次世代量子ビーム利用ナノ加工プロセス技術の開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
(73)【特許権者】
【識別番号】000231073
【氏名又は名称】日本航空電子工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121706
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128705
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 幸雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147773
【弁理士】
【氏名又は名称】義村 宗洋
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 明伸
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 晃子
(72)【発明者】
【氏名】ブーレル エマニュエル
(72)【発明者】
【氏名】松尾 二郎
(72)【発明者】
【氏名】瀬木 利夫
【審査官】 宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2005/031838(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/302
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体表面に対してガスクラスターイオンビームを照射する照射過程を含むガスクラスターイオンビームによる固体表面の平坦化方法であって、
上記照射過程は、上記固体表面のうち少なくとも上記ガスクラスターイオンビームが照射されている領域であるスポットに、複数方向からクラスターをほぼ同時に衝突させる過程を含み、
上記スポットに対する複数方向からのクラスター衝突を、
複数の上記ガスクラスターイオンビームを同時に照射することによって行う
ことを特徴とする
ガスクラスターイオンビームによる固体表面の平坦化方法。
【請求項2】
固体表面に対してガスクラスターイオンビームを照射することで固体表面を平坦化する固体表面平坦化装置であって、
ガスクラスターイオンビーム射出手段を複数備えており
複数の上記ガスクラスターイオンビーム射出手段からガスクラスターイオンビームを同時に照射することによって、上記固体表面のうち少なくとも上記ガスクラスターイオンビームが照射されている領域であるスポットに、複数方向からクラスターをほぼ同時に衝突させるよう構成した
ことを特徴とする固体表面平坦化装置。
【請求項3】
請求項1に記載の固体表面の平坦化方法を利用して表面が平坦化された固体を生産することを特徴とする生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクラスターイオンビームの照射による固体表面の平坦化方法その装置および生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに、電子デバイス等の表面平坦化などを目的に各種の気相反応方法が開発され、実用化されてきた。例えば、特許文献1に開示される基板表面の平坦化方法は、Ar(アルゴン)ガスなどの単原子または単分子のイオンを低角度で基板表面に照射し、スパッタリングすることによって基板表面を平坦化している。
【0003】
また、近年、ガスクラスターイオンビームを用いた固体表面の平坦化方法が、表面損傷が少なく、かつ、表面粗さを非常に低減できることで注目を集めている。例えば、特許文献2には、ガスクラスターイオンビームを固体表面に照射して、表面粗さを低減する方法が開示されている。この方法に拠れば、被加工物(固体)へ照射されたガスクラスターイオンが被加工物との衝突で解離崩壊し、その際、クラスター構成原子または分子と被加工物構成原子または分子との多体衝突が生じ、被加工物表面(固体表面)に対して水平方向への運動が顕著になる。この結果、被加工物表面に対して水平方向の切削が行われる。この現象は「ラテラルスパッタリング」と呼ばれている。さらに、被加工物表面に対して水平方向に粒子が運動することによって、表面の凸部が主に削られ、原子サイズでの平坦な超精密研磨が得られることになる。
【0004】
また、ガスクラスターイオンビームは、イオンの持つエネルギーが通常のイオンエッチングのそれと異なってより低い。つまり、クラスター構成する原子あるいは単分子の1個当たりのエネルギーが小さい。このため、被加工物表面に損傷を与えることなく、所要の超精密研磨が可能となる。これは、ガスクラスターイオンビームによる固体表面平坦化は、前記特許文献1に示すイオンエッチングよりも加工表面損傷が少ないという利点を示すことになる。
【0005】
ガスクラスターイオンビームによる固体表面の平坦化では、被加工物表面へのクラスターイオンビーム照射方向は、その被加工表面に対して略垂直方向から照射するのが好ましい、ということが一般に認識されている。これは、先に記述した「ラテラルスパッタリングによる表面平滑化」の効果を最大限利用するためである。
【0006】
なお、前記特許文献2には、曲面等の場合にはその表面状況に応じて斜め方向から照射してもよい、という記述はあるが、斜め方向から照射した場合の効果については言及していない。従って、この特許文献2では固体表面の平坦化にとって一番効率が良いのは、その表面に対して略垂直方向から照射するものである、ということになる。
また、ガスクラスターイオンビームを用いた固体表面の平坦化に関して、特許文献3にも開示例がある。この特許文献3でも、ガスクラスターイオンビームと固体表面とのなす角度と、表面平坦化との関係についての記述がなく、開示されている記述からは「ラテラルスパッタリング」効果を用いていることから考えて、前記特許文献2と同様に、垂直照射のデータが示されているものと考えられる。
【0007】
また、非特許文献1にもガスクラスターイオンビーム照射による固体表面の平坦化に関する報告がなされている。Toyodaらは、Cu、SiC、GaNなどの材料表面に、Arクラスターイオンを照射し、表面粗さが低減することを示している。この場合でも、表面に対して略垂直方向からガスクラスターイオンビームを照射している。
【0008】
また、ガスクラスターイオンビームを固体表面に対して、いろいろな照射角度で照射した場合の固体表面の粗さ変化について、非特許文献2に記述されている。固体表面に対して垂直に入射する場合を90度(以下、角度表記を「°」をもって表す。)、この表面と平行に照射する場合を0°としたときに、表面をエッチングする速度であるスパッタ率は垂直入射のときが一番大きく、照射角度が小さくなるに従ってエッチング率も小さくなることが示されている。表面粗さと照射角度の関係については、照射角度を90°、75°、60°、45°、30°と変化させて実験を行っており、照射角度が小さくなるに従って表面粗さは大きくなることが示されている。照射角度を30°以下にする検討が実験的に行われていないが、そのようなことを行っても無駄と判断されたからと思われる。
【0009】
また、最近になって、ガスクラスターイオンビームの固体表面に対する照射角度を30°より小さくすると固体表面の表面粗さが著しく小さくなることが見いだされた(特許文献4参照。)。これは従来のラテラルスパッタリングによる平坦化メカニズムとは異なる「斜め照射効果」を利用しているものである。また、上記特許文献4には、ガスクラスターイオンビームと固体表面との照射角度について、複数の照射角度を用いることが述べられているが、複数の角度で順次に照射するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平7−58089号公報
【特許文献2】特開平8−120470号公報
【特許文献3】特開平8−293483号公報
【特許文献4】WO2005/031838
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Jpn. J. Appl. Phys. Vol.41(2002) pp.4287-4290
【非特許文献2】Materials Science and Engineering R 34(2001) pp.231-295
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記特許文献1に開示されている、Ar(アルゴン)ガスなどのイオンビームを照射してスパッタリングする平坦化方法では、固体表面に存在した凸部が優先的に削られある程度までは平坦化される一方で、固体表面の損傷を抑えるためには照射エネルギーを100eV程度以下にする必要がある。この場合にはイオン電流が極端に少なくなり、実用的なスパッタリング速度が得られなくなっていた。加えて、固体表面に幅および高さがサブマイクロメートル(0.1μm〜1μm程度)からマイクロメートル(μm)オーダーのスクラッチなどの表面粗さがある場合に、上記特許文献1に開示される平坦化方法ではほとんど平坦化ができないという重大な問題点もあった。
【0013】
上記特許文献2、3および4、上記非特許文献1および2などに示される、ガスクラスターイオンビームによる「略垂直入射ラテラルスパッタリング」現象に基づく平坦化方法でも、固体表面に幅および高さがサブμmからμmオーダーのスクラッチなどの表面粗さがある場合に、ほとんど平坦化ができないという重大な問題点があった。
そこで、本発明が解決しようとする課題は、上記の問題点に鑑み、固体表面上に存在するスクラッチやそれに類する表面粗さをガスクラスターイオンビームの照射によって低減する固体表面の平坦化方法その装置および生産方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、本発明のガスクラスターイオンビームによる固体表面の平坦化方法は、固体表面に対してガスクラスターイオンビームを照射する照射過程を含むガスクラスターイオンビームによる固体表面の平坦化方法であるとし、この照射過程は、固体表面のうち少なくともガスクラスターイオンビームが照射されている領域であるスポットに、複数方向からクラスターをほぼ同時に衝突させる過程を含むものとする。スポットに対する複数方向からのクラスター衝突は、複数のガスクラスターイオンビームを同時に照射することによって行われる。
【0015】
上記課題を解決するために、本発明の固体表面平坦化装置は、ガスクラスターイオンビーム射出手段を複数備えており複数のガスクラスターイオンビーム射出手段からガスクラスターイオンビームを同時に照射することによって、固体表面のうち少なくともガスクラスターイオンビームが照射されている領域であるスポットに、複数方向からクラスターをほぼ同時に衝突させるよう構成したことを特徴とする。
【0016】
本発明である生産方法は、例えば上記加工方法を利用して表面が平坦化された固体を生産することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ガスクラスターイオンビームの照射領域であるスポットに複数方向からクラスターを衝突させることで、個々のクラスターによる種々の方向へのスパッタリングが進行する。このため、固体表面上に存在するスクラッチやそれに類する表面粗さを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1Aは、ラテラルスパッタリング現象で固体表面の平坦化が行われる様子を示した模式図である。図1Bは、固体表面にスクラッチ状の凸凹がある場合、ラテラルスパッタリング現象によっては平坦化されない様子を示した模式図である。
図2図2Aは、GCIB照射によるラインアンドスペースパターン構造のライン上部付近の物質移動の様子を示した模式図である。図2Bは、ライン角部分における物質移動の様子を示した模式図である。図2Cは、一方向GCIB照射の場合にライン角側面に物質が停滞して平坦化が進行しない様子を示した模式図である。図2Dは、複数方向からGCIB照射した場合にライン側面に物質が停滞せず平坦化が進行する様子を示した模式図である。
図3図3は、実施形態である固体表面平坦化装置100の構成例を示す図である。
図4A図4Aは、固体表面平坦化装置100の回転機構(その1)を示す側面図である。
図4B図4Bは、固体表面平坦化装置100の回転機構(その1)、回転機構(その2)、スキャニング機構を示す平面図である。
図5図5Aは、発散GCIBの照射とターゲットのX-Y方向スキャニングとを組み合わせた場合に、ターゲット表面に複数方向からクラスターが到来してほぼ同時に衝突する様子を示した模式図である。図5Bは、発散GCIBの照射とターゲットの回転運動とを組み合わせた場合に、ターゲット表面に複数方向からクラスターが到来してほぼ同時に衝突する様子を示した模式図である。図5Cは、発散していない(あるいは発散の程度が小さい)GCIBの斜方照射とターゲットの回転運動などとを組み合わせることで、ターゲット表面に複数方向からクラスターが到来してほぼ同時に衝突する様子を示した模式図である。図5Dは、ターゲット表面の模式図である。
図6図6は、GCIB射出手段を複数備えた場合の固体表面平坦化装置200の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
実施形態の説明に先立ち、平坦化原理について概説する。
従来、ガスクラスターイオンビーム(以下、「GCIB」ともいう。)による表面平坦化のメカニズムは、GCIBが固体表面に照射されたときに、固体表面の物質が横方向(固体表面とおよそ平行の方向)に移動するラテラルスパッタリング現象によって、山(凸部)が削れて谷(凹部)が埋まるというものと考えられていた(例えば上記非特許文献2参照。)。このラテラルスパッタリング現象で固体表面の平坦化が行われる様子を示した模式図を図1Aに示す。
【0020】
そこで本発明者らは、固体表面に幅および高さがサブμmからμmオーダーのスクラッチがある場合などの平坦化現象を観察調査した。この観察調査では、ラインアンドスペースパターン構造900をスクラッチと見立ててGCIB照射を行った。この結果、スクラッチがあるような表面は、従来のラテラルスパッタリング現象によっては、ほとんど平坦化されないとの知見を得た。この様子を示した模式図を図1Bに示す。平坦化しない理由は、ラインアンドスペースパターン構造900の符号901で示すライン上部(ラインアンドスペースパターン構造の突起部分〔凸部に相当〕の頂辺部付近)および符号902で示すスペース下部(ラインアンドスペースパターン構造の溝状部分〔凹部に相当〕の底部付近)の双方がエッチングされて、結果としてその高低差がほとんど変わらなかったことにある。換言すれば、元の表面形状と相似的にエッチングが進行したため、ほとんど平坦化しなかったのである。
【0021】
そこで、GCIB照射によるラインアンドスペースパターン構造900のライン上部付近(ラインの頂辺部901から、ラインの深さ方向の側面903であって、スペースの底部902から離れた側の側面部分にかけての部位である。)の物質移動について詳細に観察調査をした。その様子を示した模式図を図2A図2Dに示す。図2Aに示すように、ライン上部付近の物質904がGCIB照射によって、ライン側面903を伝っていって、符号905で示すライン側面下部(ラインの深さ方向の側面903であって、ラインの頂辺部901から離れた側の側面部分である。)に移動している様子が観察された。このことを図2Aの右図の破線矢印で指示している。また、ライン角(ラインの頂辺部901とライン側面903との境界付近の部位である。)には符号907で示すショルダーのようなもの(図2Bの破線囲み部分参照)も観察された。図2Bの右図は、図2Bの左図の丸囲み部分906を拡大した図である。図2Bの左図において、破線矢印はライン上部付近の物質の横移動を示している。図2Bの右図において、符号908はライン上部付近にある物質を表し、符号909はライン側面903に沿って移動した物質を表している。このような場合には、ライン上部付近の物質がスペース下部全体への広い範囲に亘って移動するわけではない。従って、ライン上部付近とスペース下部の双方とも同様にエッチングが進行して高低差がつかないこととなる。
【0022】
以上の知見に基づき、GCIBの照射条件を変えた種々の実験を行ない、ライン上部付近に存在する物質の移動を調べた。その結果、従来のGCIBの一方向照射では、図2Cに示すように物質がライン側面に停滞して平坦化が進行しないことがわかった。
これは、垂直照射の場合、ラインの頂辺部901やスペースの底部902に比較して、ライン側面903にはGCIBが照射されにくいので物質が移動しにくいためである(図2Cの符号P1の部分を参照のこと。)。また、斜方照射の場合、GCIBの照射方向に向かうライン側面にはクラスターが衝突し易いが、当該ライン側面に対して向かい合う隣のライン側面にはほとんどクラスターが衝突しないためである。さらに、ライン側面903に停滞した物質が移動したとしてもスペース角付近(スペースの底部902とライン側面903との境界付近の部位である。)にしか移動しないため、平坦化がほとんど進行しない。
【0023】
これと比較して、GCIBを複数方向から照射した場合には、図2Dに示すように、物質がライン側面903に停滞せず平坦化が進行することがわかった。
これは、クラスターが複数の方向から到来してライン側面903に付着した物質(P1)に衝突するため、種々の方向にスパッタリングが進行し、物質(P1)がスペース底部902に移動しやすくなり、この結果、スペース底部902の広い範囲に亘って物質が移動するためである(図2Dの符号P2の部分を参照のこと。)。これは本発明者らが新たに発見した現象である。
【0024】
本発明者らは、以上のことから次の知見を得た。即ち、スクラッチやそれに類する表面粗さをGCIB照射によって低減(平坦化)するには、クラスターの衝突によって横方向に移動した固体表面の物質に更にクラスターを衝突させる(あるいは衝突させ続ける)ことが肝要であり、そのためには、GCIB照射領域であるスポットに複数の方向からクラスターを衝突させるのが良い。また、固体表面をできるだけ平坦化する観点から、より広い範囲に亘る物質の移動を促進するために、クラスター衝突の時間間隔はできるだけ短くし、クラスターがほぼ同時に衝突するのが良い。
【0025】
つまり、GCIBが照射されている領域(スポット)に、複数方向からクラスターを衝突させるとし、好ましくはほぼ同時のクラスター衝突を惹起せしめることで、固体表面の平坦化が早く進行する。
【0026】
以下、実施形態および実施例を説明する。まず、図3を参照して、固体表面の平坦化方法を実現する固体表面平坦化装置100の構成・機能を説明する。
GCIB射出手段は次のように構成される。原料ガス9がノズル10から真空のクラスター生成室11内に噴出させられる。クラスター生成室11内にて原料ガス9のガス分子が凝集させられクラスターが生成する。クラスターの規模は、ノズル吐出口10aでのガス圧力や温度、ノズル10の大きさや形状に基づく粒度分布で決定される。クラスター生成室11で生成されたクラスターは、スキマー12を通過してガスクラスタービームとしてイオン化室13へ導入される。スキマー12のスキマー径を大きくすることによって、GCIBは同心円上に均一に発散するビームとなるのではなく、いろいろな角度を持ったビームが比較的ランダムに混合している状態を作り出すことができる。イオン化室13ではイオンナイザ14による電子線、例えば熱電子の照射が行われ、中性クラスターをイオン化する。このイオン化されたガスクラスタービーム(GCIB)は、加速電極15によって加速される。従来の一般的なGCIB射出装置では、GCIBが発散しない平行ビームとなるように磁界収束制御器16によってビームが収束されて、永久磁石を用いた強磁界偏向方式のクラスターサイズ制御部に導かれる。しかし、固体表面平坦化装置100では磁界収束制御器16でビームを収束させずに、むしろ発散させるように制御する。要するに、一般的に行うビーム収束の条件を緩和したビーム収束制御を行う。図3に示すθが2°以上になるのが好ましい。なお、図3ではGCIBがビーム中心に対称になるように示しているが、これに限定されず、GCIBが非対称の広がりを持つようにしてもよい。次いでGCIBは、スパッタ室17に入射する。スパッタ室17内に設けられたターゲット支持体18には回転ディスク41を介してGCIB照射対象の固体(例えばシリコン基板などである。)であるターゲット19が固定して取り付けられている。スパッタ室17に入射されたGCIBは、アパチャー121によって所定のビーム径とされてターゲット19の表面に照射される。なお、電気的絶縁体のターゲット19の表面を平坦化する場合などには、GCIBを電子線照射によって中性化する。
【0027】
固体表面平坦化装置100には、ターゲット19を回転させる回転機構(その1)が装備されている。この実施形態では一例として、ターゲット表面の法線と略平行な軸周りでターゲット19を回転させる回転機構(その1)を示している。スポットに対して複数の方向からクラスターを衝突せしめるため、ターゲット表面の法線と略平行な軸周りで固体を回転させることに限定されず、任意の軸回りで固体を回転させるものとしてもよい。
【0028】
例えば図4Aおよび図4Bに示すように、この回転機構(その1)は、次のような構成になっている。ターゲット支持体18には、軸41aが突出して設けられている。この軸41aには、軸41a中心で回転可能な回転ディスク41が取り付けられている。回転ディスク41の平面部41bにはターゲット19が固定して載置される。また、回転ディスク41の周縁部41cには噛み合い歯が多数設けられており、この噛み合い歯は、ギア43の歯と噛み合っている。ギア43はモータ42の駆動力によって回転運動をし、この回転運動が回転ディスク41に伝達し、結果、回転ディスク41に固定載置されたターゲット19の回転が実現する。
【0029】
固体表面平坦化装置100には、照射角度設定手段として、GCIBの照射角度を変化させることのできるあおり機構が装備されている。本実施形態では、このあおり機構は、照射角度を連続的に変化させることが可能なものとして回転機構で実現している。
例えば図4Bに示すように、固体表面平坦化装置100は次のような回転機構(その2)を具備している。ターゲット支持体18には回転軸21が固着されており、ターゲット支持体18は回転軸21中心で回転可能となっている。そして、回転軸21は、固定板22a、22bによって回転可能に支持されている。また、回転軸21は、ギア24bの回転軸中心に固着されており、ギア24bにはギア24aが噛み合っている。ギア24aはモータ23の駆動力によって回転運動をし、この回転運動がギア24b、回転軸21に伝達し、結果、ターゲット支持体18の回転が実現する。ターゲット支持体18のこの回転運動は、照射角度に反映される。ところで、固定板22aには、回転軸21の回転角度からターゲット支持体18の回転角度、つまりターゲット支持体18に取り付けられたターゲット19の固体表面に対するGCIBの照射角度をディジタル値として検出する角度検出部25aが固定して取り付けられている。角度検出部25aで検出された回転角度情報は、電気回路部25bで情報処理され、現在の検出角度(照射角度)が表示部26の現在角度領域26aに表示される。
【0030】
また、固体表面平坦化装置100は、GCIBに対するターゲット19の相対位置を変化させられるように、例えばXYステージのようなスキャニング機構を装備している。
例えば、固定板22a、22bは、固定板支持部材22cに固着支持されるとし、この固定板支持部材22cと第1アクチュエータ22dとは第1ロッド22eを介して接続されている。第1アクチュエータ22dは、第1ロッド22eを押し出し・引き込みすることが可能であり、この作用によってターゲット支持体18の位置を変化させることができる。例えば図4Bに図示する固体表面平坦化装置100では、第1アクチュエータ22dの作動によって紙面の上下方向にターゲット支持体18を位置変化させることができる。
【0031】
また、第1アクチュエータ22dは、第2ロッド22gに固着支持されており、第1アクチュエータ22dと第2アクチュエータ22fとは第2ロッド22gを介して接続されている。第2アクチュエータ22fは、第2ロッド22gを押し出し・引き込みすることが可能であり、この作用によって第1アクチュエータ22dの位置が変化する。この結果、第1ロッド22eなどを介して第1アクチュエータ22dに接続しているターゲット支持体18の位置を変化させることができる。なお、第1ロッド22eの可動方向と第2ロッド22gの可動方向とは略直交する関係としている。このようにして、XYステージのようなスキャニング機構が実現する。例えば、図4Bに図示する固体表面平坦化装置100の場合では、第2アクチュエータ22fの作動によって紙面の左右方向にターゲット支持体18を位置変化させることができ、上記第1アクチュエータ22dの作動と相まって、ターゲット支持体18は紙面上下左右方向に位置を移動することができる。
【0032】
発散させたGCIBの照射とターゲットのX-Y方向スキャニングとを組み合わせるこ
とで、ターゲット19の固体表面51に(ターゲットの立場から見ると)複数方向から到来するクラスターをほぼ同時に衝突させることができる(図5A参照。なお、図5Dに示すように、固体表面51に立設した凸部50は、固体表面51に存在する表面粗さに摸擬したものである。)。図5Aでは、固体表面51と略平行にX-Y方向スキャニングされ
る場合を図示しているが、このような固体表面51に略平行なX-Y方向スキャニングに
限定されることを意味するものではない。GCIBの中心に対して垂直照射になるようにターゲット支持体18が位置決めされている場合には、上記スキャニング機構によって図5Aに示すような固体表面51と略平行なX-Y方向スキャニングが実現する。しかしな
がら、上記回転機構(その2)によってGCIBの中心に対して斜方照射になるようにターゲット支持体18が位置決めされている場合には、上記スキャニング機構によって固体表面51と略平行ではないX-Y方向スキャニングが実現する。
【0033】
また、発散させたGCIBの照射とターゲットの回転運動とを組み合わせることで、ターゲット19の固体表面51に(ターゲットの立場から見ると)複数方向から到来するクラスターをほぼ同時に衝突させることができる(図5B参照)。さらに、図5Cに示すように、発散していない(あるいは発散の程度が小さい)GCIBであっても、GCIBをターゲット19に対して傾けて照射させ、さらにターゲット支持体18の回転運動などを組み合わせることによって、ターゲット19の固体表面51に(ターゲットの立場から見ると)複数方向から到来するクラスターをほぼ同時に衝突させることができる。
【0034】
その他、上記実施形態では、発散/非発散のGCIB、回転機構(その1)による運動、回転機構(その2)による運動、スキャニング機構による運動を適宜に組み合わせることによって、スポットに対して複数の方向からクラスターを衝突せしめることが可能になる。
さらに、図6に示す固体表面平坦化装置200のように、複数のGCIB射出手段を備えて、GCIBを異なる方向から照射することによっても、ターゲット19表面に(ターゲットの立場から見ると)複数方向から到来するクラスターをほぼ同時に衝突させることができる。なお、図6では2つのGCIB射出手段を備えた場合を例示しているが、適宜に3つ以上のGCIB射出手段を備えた構成とすることができる。
【0035】
図4Bに示す固体表面平坦化装置100では、設定部27を操作して基準面をターゲット支持体18の面に設定するとともに、所望のエッチング量、ターゲット19の材質とそのエッチング率、GCIBのガス種、加速エネルギー、照射角度、ドーズ量などの諸条件を入力して設定すると、表示部26中の基準面表示領域26bに「ターゲット支持体面」が表示され、この面を基準として設定された照射角度が設定角度領域26cに表示される。
制御部28は、駆動部29を通じてモータ23、モータ42を駆動し、現在の照射角度が設定した照射角度になるように制御する。加えて制御部28は、設定されたドーズ量のGCIB照射が行われるようにGCIB射出手段を制御する。
【0036】
なお、制御部28は、CPU(中央演算処理装置)あるいはマイクロプロセッサを備えており、前述した各種表示、モータの駆動など、固体表面平坦化を実行制御するに必要なプログラムの情報処理を行なうことで、上記制御等を実現する。
固体表面平坦化装置は、上述の固体表面平坦化装置100,200の構成・機構方式に限定する趣旨のものではなく、発明の本旨を逸脱しない範囲で適宜に変更等可能である。
【実施例1】
【0037】
原料ガスとしてはSFガスおよびHeガスを混合したものを用い、SFガスクラスターイオンビームを生成した。SFガスクラスターイオンビームを30kVで加速して、ターゲット19の表面に照射した。照射角度は、GCIBのビーム中心(つまり、GCIBの進行中心)が固体表面に対して略垂直になるようにした。
また、磁界収束制御器でGCIBが収束しないように制御し、GCIBが、GCIBのビーム中心に対して少なくとも2°以上の角度でランダムに発散した発散ビームになるようにした。つまり、図3に示すθが2°以上である。ターゲット19として、シリコン基板上に予め半導体プロセスによってラインアンドスペースパターン構造を形成したものを用いた。具体的には、ターゲット19であるシリコン基板上あるいはSOI(Silicon on
Insulator)基板上にパターン構造を次の方法で作製した。まず熱酸化膜を形成した前記基板上に電子線レジストを塗布し、電子線描画装置によってレジストにパターン構造を描画した。レジストを現像後、レジストパターンをマスクとして熱酸化膜を反応性イオンエッチング(RIE)装置でエッチングした。次いでレジストを除去し、熱酸化膜をハードマスクとして、シリコンを反応性イオンエッチング(RIE)装置あるいは高周波誘導結合プラズマ法反応性イオンエッチング(ICP−RIE)装置を用いてエッチングした。その後、熱酸化膜をアッシング装置によって除去した。
【0038】
ラインアンドスペースパターン構造のラインとスペースの比は1:1、ライン高さは約1μm、ライン幅=スペース幅は約1μmとした。照射ドーズ量は6*1015ions/cmとした。なお、記号*は乗算を表す。
SFガスクラスターイオンビーム照射前後のターゲット表面の表面平均粗さを、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定した。SFガスクラスターイオンビーム照射前の表面平均粗さ(Ra)は、0.46μmであった。一方、SFガスクラスターイオンビーム照射後の表面平均粗さ(Ra)は、0.21μmとなった。
【実施例2】
【0039】
ターゲット19をX−Y方向にスキャニングした点を除いて実施例1と同様の実験を行った。X方向スキャン速度は1Hz、Y方向スキャン速度は0.02Hzとした。SFガスクラスターイオンビーム照射後のターゲット表面の粗さを、AFMを用いて測定した。SFガスクラスターイオンビーム照射前の表面平均粗さ(Ra)は、実施例1と同じ0.46μmだが、SFガスクラスターイオンビーム照射後の表面平均粗さ(Ra)は0.13μmとなった。
【実施例3】
【0040】
ターゲット19を回転させた点を除いて実施例1と同様の実験を行った。回転速度は60rpm、180rpm、600rpmの3条件で行った。SFガスクラスターイオンビーム照射後のターゲット表面の表面平均粗さを、AFMを用いて測定した。SFガスクラスターイオンビーム照射後の表面平均粗さ(Ra)は、回転速度が60rpm、180rpm、600rpmの順に、0.18μm、0.12μm、0.05μmとなった。
【実施例4】
【0041】
ターゲットとGCIBとの角度をつけるために、つまりGCIB斜方照射とするため、ターゲットをGCIBのビーム中心に対して傾けた点を除いて実施例3と同様の実験を行った。照射角度は、ターゲット表面に対する垂直照射を0°と定義した場合に、30°とした。SFガスクラスターイオンビーム照射後のターゲット表面の表面平均粗さを、AFMを用いて測定した。SFガスクラスターイオンビーム照射後の表面平均粗さ(Ra)は、回転速度が60rpm、180rpm、600rpmの順に、0.11μm、0.06μm、0.02μmとなった。
【実施例5】
【0042】
ターゲットとして、シリコン基板上に成膜したパターンを作製していないSiO膜(二酸化珪素膜)を用いたことと、照射ドーズ量を2*1014ions/cmとした点を除いて、実施例1と同様の実験を行った(ターゲットの回転などは行わなかった。)。SiO膜はスパッタ法によって作製し、膜厚を500nmとした。SFガスクラスターイオンビーム照射前後のターゲット表面の表面平均粗さ(Ra)を、AFMを用いて測定した。SFガスクラスターイオンビーム照射前の表面平均粗さ(Ra)は0.81nmであった。一方、SFガスクラスターイオンビーム照射後の表面平均粗さ(Ra)は、0.23nmとなった。
上記各実施例の実験結果からその効果は明らかであるが、更なる考察を行うため、従来技術との比較実験を行った。
【0043】
[比較例1]
GCIBを略平行ビームを用いた点を除いて、実施例1と同様の実験を行った(ターゲットの回転などは行わなかった。)。SFガスクラスターイオンビーム照射前の表面平均粗さ(Ra)は、実施例1と同じ0.46μmだが、SFガスクラスターイオンビーム照射後の表面平均粗さ(Ra)は、0.42μmとなった。
【0044】
[比較例2]
GCIBを略平行ビームを用いた点を除いて、実施例5と同様の実験を行った(ターゲットの回転などは行わなかった。)。SFガスクラスターイオンビーム照射前の表面平均粗さ(Ra)は、0.81nmであった。SFガスクラスターイオンビーム照射後の表面平均粗さ(Ra)は、0.36nmとなった。
実施例1と比較例1とを比較すると、GCIBとして発散ビームを用いることによって、ターゲットの表面平均粗さが著しく低減されることがわかる。両実験条件の差異は、GCIBが発散ビームであるか略平行ビームであるかの点だけにあるから、ターゲットの表面平均粗さが著しく低減されるという効果は、GCIBを発散ビームとしたことに起因する。つまり、クラスターが複数の方向から衝突することで平坦化が著しく進行したのである。
【0045】
また、実施例1および実施例2を参照すると、ターゲットのスキャニングによってGCIBに対するターゲットの相対位置を変化させることで、表面平均粗さがさらに低減されることがわかる。
また、実施例1〜3を参照すると、ターゲット表面とGCIBとの相対位置を変化させる方法として、ターゲットの回転が非常に効果的であり、ターゲットの回転速度が上昇する程、平坦化が進行するがわかる。
また、実施例3および実施例4を参照すると、ターゲットに対してGCIBを斜方照射することによって、更なる効果的な平坦化が進むことがわかる。
【0046】
実施例1および実施例4を参照すると、斜方照射によるGCIBの照射角度を固体表面の法線に対して2°以上とすることで、良好な平坦化が行われる。
また、実施例5と比較例2とを比較すると、実施例1のような大きさの表面粗さに対して微小な表面粗さを有するターゲットでも、GCIBとして発散ビームを用いることで、平坦化が進行することがわかる。
なお、上述の原理・作用を慮ると、使用するガスクラスターの種類や加速エネルギーなどの諸条件、ターゲットの材料などは特に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、固体表面上に存在するスクラッチやそれに類する表面粗さを低減することができるものであるから、半導体デバイスや光デバイスの微細構造の構造精度の向上はもとより、半導体デバイスや光デバイスなどを作製するための金型などの3次元構造体の構造精度向上に利用できる。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6