特許第5667762号(P5667762)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5667762
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月12日
(54)【発明の名称】骨代謝改善剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/194 20060101AFI20150122BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20150122BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20150122BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20150122BHJP
   A61P 3/12 20060101ALI20150122BHJP
   A61P 3/14 20060101ALI20150122BHJP
   A61P 5/18 20060101ALI20150122BHJP
   A61P 7/08 20060101ALI20150122BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20150122BHJP
   A61P 19/08 20060101ALI20150122BHJP
【FI】
   A61K31/194
   A61K9/08
   A61K47/02
   A61K47/26
   A61P3/12
   A61P3/14
   A61P5/18
   A61P7/08
   A61P13/12
   A61P19/08
【請求項の数】10
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2009-505168(P2009-505168)
(86)(22)【出願日】2008年3月13日
(86)【国際出願番号】JP2008054598
(87)【国際公開番号】WO2008114679
(87)【国際公開日】20080925
【審査請求日】2010年9月9日
【審判番号】不服2013-10655(P2013-10655/J1)
【審判請求日】2013年6月6日
(31)【優先権主張番号】特願2007-65660(P2007-65660)
(32)【優先日】2007年3月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】513141418
【氏名又は名称】エイワイファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083301
【弁理士】
【氏名又は名称】草間 攻
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 英洋
(72)【発明者】
【氏名】大木 敏弘
(72)【発明者】
【氏名】稲葉 富夫
(72)【発明者】
【氏名】坂口 直美
【合議体】
【審判長】 内田 淳子
【審判官】 穴吹 智子
【審判官】 横山 敏志
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第06/073164(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-31/80
A61P19/00-19/10
PUBMED
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質として酢酸及び/又は酢酸塩を含有せず、クエン酸及び/又はクエン酸塩を含有し、更に他の電解質、ブドウ糖を単独若しくは複数種組合せて含有してなり、長期にわたる血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者に発症する低回転型骨症に基づく骨代謝異常の改善をすることを特徴とする骨代謝改善剤。
【請求項2】
透析液の形態にある請求項1に記載の骨代謝改善剤。
【請求項3】
透析用補充液の形態にある請求項1又は2に記載の骨代謝改善剤。
【請求項4】
低回転型骨症のうちの無形成骨症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする請求項1〜3に記載の骨代謝改善剤。
【請求項5】
低回転型骨症のうちの相対的副甲状腺機能低下症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする請求項1〜3に記載の骨代謝改善剤。
【請求項6】
低回転型骨症のうちの高リン血症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする請求項1〜3に記載の骨代謝改善剤。
【請求項7】
低回転型骨症のうちの高カルシウム血症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする請求項1〜3に記載の骨代謝改善剤。
【請求項8】
低回転型骨症のうちの高イオン化カルシウム血症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする請求項1〜3に記載の骨代謝改善剤。
【請求項9】
長期にわたり血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者に発症する低回転型骨症に基づく骨代謝異常の改善する骨改善剤を製造するための、電解質として酢酸及び/又は酢酸塩を含有せず、クエン酸及び/又はクエン酸塩を含有し、更に他の電解質、ブドウ糖を単独若しくは複数種組合せて含有してなる組成物の使用方法。
【請求項10】
骨改善剤が、透析液及び/又は透析用補充液である請求項9に記載の使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内の骨代謝を改善させる骨代謝改善剤に係わり、特に血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者の生体内の骨代謝を改善させる骨代謝改善剤に関する。
【0002】
さらに本発明は、血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者に当該骨代謝改善剤を投与することによる生体内の骨代謝を改善させる方法に係わり、特に当該骨代謝改善剤を含む透析液及び/又は透析用補充液を使用することによる生体内の骨代謝を改善させる方法に関する。
【0003】
また本発明は、慢性腎不全患者に対して、当該骨代謝改善剤を含む透析液を使用して血液浄化を行うことによる血液透析及び血液濾過透析を含む血液浄化方法に関するものであり、更には、慢性腎不全患者に対して、当該骨代謝改善剤を含む透析用補充液を使用して血液浄化を行うことによる血液濾過透析及び血液濾過を含む血液浄化方法に関する。
【背景技術】
【0004】
血液透析に代表される血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者は、多くの合併症によりQOL(Quality of Life)の低下や入院、死亡の危険率が高くなっており、その因子として慢性炎症状態、栄養障害、動脈硬化、貧血等が存在し、それらが相互に関係し合うことにより、予後を悪化させることが広く知られている。
【0005】
すなわち、腎臓は、副甲状腺、骨、腸管と共に生体のカルシウム(Ca)、リン(P)のバランスを保持し、細胞外液中のカルシウムイオン濃度を生理的範囲に保つための精巧な制御システムにおいて大きな役割を果たしている。したがって、腎機能が障害される慢性腎不全では様々な異常が生じるが、その一つとして骨代謝異常が生じてくる。
【0006】
例えば、慢性腎不全患者では、腎でのリン排泄低下に起因する高リン血症に伴い、低カルシウム血症が生じる。一方、腎機能の低下とともに、ネフロンの減少によるリン貯留と、腎における25−ヒドロキシビタミンDの1位の水酸化が障害されて、活性型ビタミンDである1α,25−ジヒドロキシビタミンDの血中レベルが低下してくる。血中におけるこの活性型ビタミンDである1α,25−ジヒドロキシビタミンDの低下に伴い、小腸でのカルシウム吸収の低下や、骨吸収作用の減弱により血清カルシウムが低下する。
これらのリン貯留、低カルシウム血症、ビタミンD活性化障害の結果、代償的に副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)分泌が亢進することとなる。
【0007】
このような血清中でのカルシウムやリンの調節、ビタミンDの活性化に中心的な役割を担っている腎機能が障害されてくると、骨代謝自体に様々な影響を及ぼすばかりでなく、長期的には血管を含む全体の石灰化を介して生命予後にも影響を及ぼすこととなる。
すなわち、リンの貯留、活性型ビタミンDの欠乏、PTH受容体の障害により、腎不全患者ではPTHに対する骨の反応性(骨回転)が低下している。骨組織学的所見より、骨形成率を指標とし透析患者の骨回転を正常に維持するのに必要な血中PTH濃度(intact PTH:i−PTH濃度)は、健常人の2.5〜3倍の濃度が必要であると報告されている(非特許文献1)。
通常、i−PTHが正常域以下で骨代謝回転が低下している病態を絶対的副甲状腺機能低下症というが、腎不全患者では、PTHに対する骨の反応性が低下しているためにi−PTHが正常域であっても骨代謝回転を正常に維持することができない病態が生じ、これを相対的副甲状腺機能低下症と称している。無形成骨症では、これら副甲状腺機能低下症が主な病因であると考えられる。
【0008】
このために、血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者においては、血中イオン化カルシウムの是正による低回転型骨症に対する骨代謝を改善することは、患者のQOLの向上や予後の改善に寄与するために、重要なことであると考えられている。この考え方にしたがい、カルシウム濃度を通常の透析剤よりも低い濃度に設定した透析剤が低骨回転型骨症の治療のために使用することが推奨されてもいる。
しかしながら、この透析剤を長期間使用して血液浄化療法を受けていると、生体内の骨塩量が低下してしまうという弊害があり、真に効果的な治療剤は開発されていないのが現状である。
【0009】
ところで、慢性腎不全患者は、腎機能の障害により水分・尿毒症性物質の貯留、電解質異常及び代謝性アシドーシスをきたしている。特に、代謝性アシドーシスは蛋白・アミノ酸の異化を亢進させることが知られており(非特許文献2及び3)、このことから、血液の酸−塩基平衡を是正することが血液透析療法における最大の目的となっている。
【0010】
血液透析療法の初期にあっては、炭酸水素ナトリウム(重炭酸ナトリウム)をアルカリ化剤とした炭酸水素系透析剤が用いられていた。これはアルカリ化剤として用いる炭酸水素ナトリウムが生体内の主な緩衝系(炭酸緩衝系)の成分であることに着目したものであるが、カルシウムやマグネシウムなどの二価のイオンの存在により炭酸塩が析出するなど、透析剤自体の安定性は満足するものではなかった。
その後、アシドーシスの是正に必要な炭酸水素イオンの供給源として、酢酸ナトリウムをアルカリ化剤に使用した酢酸系透析剤が開発された。
【0011】
そして、この酢酸系透析剤の使用により酢酸不耐症を呈する透析患者が急増すると、この問題を解決するために、アルカリ化剤として再び炭酸水素ナトリウムを配合し、製剤的な観点から少量の酢酸(8〜12mEq/L)を添加した透析剤が開発され、現在主流の市販透析剤となっている。
【0012】
最近になって、クエン酸−クエン酸ナトリウムによる緩衝系を用いて透析液のpHを調節することにより、従来不可能であった炭酸水素ナトリウムのみをアルカリ化剤として含有し、酢酸を全く含まない、いわゆる酢酸フリーの透析剤が提案されるに至った。
本発明者らは、今回この酢酸フリーの透析剤が、上述した、長期にわたる血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者で発症する骨代謝異常の改善するのに効果的なものであることを新規に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
【非特許文献1】Quarles L.D.ら、J. Clin. Endcrino. Metab., 75: 145, 1992
【非特許文献2】Coles G.ら、Q. J. Med., 41: 25, 1972
【非特許文献3】Mitch W.らAm. J. Kidney Dis., 38: 1337, 2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
したがって、本発明は、血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者の生体内の骨代謝を改善させる、骨代謝改善剤を提供することを課題とする。
【0015】
また本発明は、血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者に対して、本発明の骨代謝改善剤を投与することによる生体内の骨代謝を改善させる方法を提供するものであり、特に当該骨代謝改善剤を含む透析液及び/又は透析用補充液を使用することによる生体内の骨代謝を改善させる方法を提供することを課題とする。
【0016】
さらに本発明は、慢性腎不全患者に対して、当該骨代謝改善剤を含む透析液を使用して血液浄化を行うことによる血液透析及び血液濾過透析を含む血液浄化方法を提供するものであり、更には、慢性腎不全患者に対して、当該骨代謝改善剤を含む透析用補充液を使用して血液浄化を行うことによる血液濾過透析及び血液濾過を含む血液浄化方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
かかる課題を解決する本発明は、その一つの態様として、以下の構成からなる。
(1)電解質として酢酸及び/又は酢酸塩を含有せず、クエン酸及び/又はクエン酸塩を含有し、更に他の電解質、ブドウ糖を単独若しくは複数種組合せて含有することを特徴とする骨代謝改善剤;
(2)透析液の形態にある上記1に記載の骨代謝改善剤;
(3)透析用補充液の形態にある上記1又は2に記載の骨代謝改善剤;
(4)骨代謝改善が低回転型骨症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする上記1〜3に記載の骨代謝改善剤。
(5)骨代謝改善が低回転型骨症のうちの無形成骨症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする上記1〜3に記載の骨代謝改善剤;
である。
(6)骨代謝改善が低回転型骨症のうちの相対的副甲状腺機能低下症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする上記1〜3に記載の骨代謝改善剤;
(7)骨代謝改善が低回転型骨症のうちの高リン血症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする上記1〜3に記載の骨代謝改善剤;
(8)骨代謝改善が低回転型骨症のうちの高カルシウム血症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする上記1〜3に記載の骨代謝改善剤;
(9)骨代謝改善が低回転型骨症のうちの高イオン化カルシウム血症に基づく骨代謝異常の改善であることを特徴とする上記1〜3に記載の骨代謝改善剤、
である。
【0018】
また本発明は、別の態様として、
(10)血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者に対して、上記1〜9のいずれかに記載の骨代謝改善剤を投与することを特徴とする生体内の骨代謝を改善させる方法;
である。
【0019】
更にまた本発明は、また別の態様として、
(11)血液透析、血液濾過及び血液濾過透析等の血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者に対して、上記2又は3に記載の骨代謝改善剤を含む透析液及び/又は透析用補充液を使用することを特徴とする生体内の骨代謝を改善させる方法;
(12)慢性腎不全患者に対して、上記2に記載の骨代謝改善剤を含む透析液を使用して血液浄化を行うことを特徴とする血液透析及び血液濾過透析を含む血液浄化方法;
(13)慢性腎不全患者に対して、上記3に記載の骨代謝改善剤を含む透析用補充液を使用して血液浄化を行うことを特徴とする血液濾過透析及び血液濾過を含む血液浄化方法;
である。
【発明の効果】
【0020】
本発明が提供する骨代謝改善剤は、クエン酸及び/又はクエン酸塩を含有すること、特に電解質としてクエン酸及び/又はクエン酸塩を含有することからなる骨代謝改善剤であり、かかる骨代謝改善剤により、血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者における骨利用性を向上させる効果を有するものである。
本発明が提供する骨代謝改善剤は、クエン酸及び/又はクエン酸塩とカルシウムイオンの錯体を形成することにより、血中イオン化カルシウム濃度を是正する。透析液中のカルシウム濃度が、本発明が提供する骨代謝改善剤を含む透析液/又は透析用補充液と同じ濃度の既存の透析液/又は透析用補充液は、血中イオン化カルシウム濃度は透析後上昇を示すが、本発明が提供する骨代謝改善剤を含む透析液/又は透析用補充液では、透析後の血中イオン化カルシウム濃度は安定する。しかし、血中カルシウム濃度の低下はなく、骨塩量の低下もない。
【0021】
血液浄化療法を施行中の慢性腎不全患者の低回転型骨症(無形成骨症)に対して、血中イオン化カルシウム濃度の上昇を抑制することにより、副甲状腺を刺激し、副甲状腺ホルモンの分泌を亢進させ、その結果、低回転型骨症の改善につながる。
また、本発明の骨代謝改善剤は、骨回転を司る副甲状腺機能の低下を抑制し、骨の代謝異常を是正するものである。
したがって、本発明の骨代謝改善剤により、慢性腎不全患者における腎性骨異栄養症を改善し、特に低回転型骨症を改善し、骨塩量の低下など合併症発生のリスクを回避し、患者のQOLの向上や予後の改善に寄与できる点で特に優れたものである。
【0022】
従来、低回転型骨症となった場合には、低カルシウム濃度の製剤を使用することが推奨されてきたが、本発明が提供する骨代謝改善剤にあっては、イオン化カルシウム濃度は低いものの、カルシウム濃度は高いため、従来のように低カルシウム血症となる恐れが非常に低いものである。
例えば、後記する試験結果から判明するように、本発明が提供する骨代謝改善剤は、含有カルシウム(総カルシウム)濃度としては3mEq/Lであるが、イオン化カルシウム濃度としては1.05mmol/Lであり、このことが、低回転型骨症の骨代謝改善に良く作用したものと考えられる。
本発明には、以上の特徴点があり、それらの点で特異的なものである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施例1における、透析前のイオン化カルシウムの推移を示す図である。
図2】実施例1における、透析後のイオン化カルシウムの推移を示す図である。
図3】実施例1における、本発明の透析液の使用群におけるi−PTHの変化を示す図である。
図4】実施例1における、対照透析液の使用群におけるi−PTHの変化を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明が提供する骨代謝改善剤は、上記した如く、クエン酸及び/又はクエン酸塩を含有することからなる骨代謝改善剤である。
より具体的には、電解質として酢酸及び/又は酢酸塩を含有せず、クエン酸及び/又はクエン酸塩を含有し、更に他の電解質、ブドウ糖を単独若しくは複数種組合せて含有することを特徴とする骨代謝改善剤である。
【0025】
したがって、本発明の骨代謝改善剤は、透析液の形態あるいは透析用補充液の形態で使用されるのが好ましい。そのような透析液あるいは透析用補充液としては、好ましくはアルカリ化剤としての重炭酸イオンの重炭酸ナトリウムを含む重炭酸透析液あるいは透析用補充液である。
【0026】
かかる観点からみれば、本発明が提供する骨代謝改善剤は、透析液では、電解質成分、pH調整剤及び/又はブドウ糖を含有するいわゆる「A剤」の形態とするのが好ましく、実際の使用にあたっては、希釈水によって希釈されるか、あるいは好ましくは、重炭酸イオンの炭酸水素ナトリウムからなるいわゆる「B剤」と一緒に希釈され使用される。また、透析用補充液では、電解質成分、pH調整剤及び/又はブドウ糖を含有するいわゆる「B液」の形態とするのが好ましく、実際の投与にあたっては、電解質成分、pH調整剤及び炭酸水素ナトリウムからなるいわゆる「A液」と混合され使用される。
【0027】
本発明の骨代謝改善剤において含有する電解質成分としては、クエン酸及び/又はクエン酸ナトリウム等のクエン酸塩の他、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、乳酸ナトリウム、乳酸カリウム、乳酸カルシウム、コハク酸カルシウム、グルコン酸カルシウム等を挙げることができる。特に好ましい電解質成分としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、及びクエン酸ナトリウムである。
【0028】
それに加えて更にブドウ糖を含有し、透析液及び/又は透析補充液として調製された時に適切なpHとなるpH調節剤を含有する。
そのようなpH調整剤としては、クエン酸、乳酸、塩酸、リンゴ酸、コハク酸、アスコルビン酸、酒石酸、水酸化ナトリウム等をあげることができ、クエン酸、コハク酸が特に好ましい。
したがって、本発明が提供する骨代謝改善剤における上記した各成分の配合量は、適切な濃度に希釈、混合した場合に、重炭酸透析液あるいは重炭酸透析用補充液として、下記の濃度であることが好ましい。
【0029】
ナトリウムイオン 120〜150mEq/L、
カリウムイオン 0〜5mEq/L、
カルシウムイオン 0〜5mEq/L、
マグネシウムイオン 0〜2mEq/L、
塩素イオン 55〜135mEq/L、
重炭酸イオン 20〜45mEq/L、
クエン酸イオン 0.02〜5mEq/L、
ブドウ糖 0〜3.0g/L
【0030】
本発明が提供する骨代謝改善剤において含有する電解質成分としてカルシウムイオンを含有させる場合には、クエン酸及び/又はクエン酸塩、例えばクエン酸ナトリウムにより不溶性化合物を生成するが、クエン酸により、pHを低く調整することにより不溶性化合物の生成を防止することができる。
【0031】
さらにクエン酸を使用することにより沈殿抑制効果も発揮することができる。すなわち、いわゆる透析液用「A剤」及び透析用補充液用「B液」に含有される電解質成分と、いわゆる透析液用「B剤」及び透析用補充液用「A液」に含有される重炭酸イオンの炭酸水素ナトリウムを混合した際、重炭酸イオンカルシウム及びマグネシウムイオンと反応して不溶性化合物である炭酸金属塩を生成するため、用時、希釈・混合後人工腎臓用透析液として調製されるが、この際、クエン酸の沈殿生成抑制効果によって、安定性が長く保たれるという利点がある。
【0032】
本発明の骨代謝改善剤において、クエン酸及び/又はクエン酸塩の使用量は、製剤としてpH2.2〜2.9程度に調整される量であるのが良く、通常クエン酸イオンとして上記した0.02〜5mEq/Lに調整される量を含有すればよい。
【0033】
また、従来のいわゆる透析液用「A剤」及び透析用補充液用「B液」においては、酢酸が含有されていたのに対して本発明の骨代謝改善剤にあっては、酢酸は一切含有していないことを特徴とする。したがって、本発明の骨代謝改善剤を含有する透析液及び/又は透析用補充液として調製する場合には、アルカリ化剤として重炭酸ナトリウムのみをアルカリ化剤として使用しているので、より生理的な処方であるといえる。
【0034】
本発明が提供する骨代謝改善剤は、そこに含有されるクエン酸及び/又はクエン酸塩の働きにより、骨塩量の低下を伴わずに血中イオン化カルシウムを是正することができる。望ましくは、カルシウムのイオン化率に影響するような物質、例えば酢酸が存在しないことにより、効果が特に期待できる。
また、本発明が提供する骨代謝改善剤は、i−PTHが180pg/mL以下の慢性腎不全患者で骨代謝改善効果が認められ、60pg/mL以下の慢性腎不全患者で著しい効果を発揮する。その反面、180pg/mL以上の慢性腎不全患者ではその効果は見られない。その点で、本発明の骨代謝改善剤は、極めて特異的なものであるといえる。
かかる特異的な本発明の骨代謝改善剤は、透析液の形態あるいは透析用補充液の形態で使用される。
【実施例】
【0035】
以下に本発明を具体的な試験例、及び実施例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0036】
実施例1:慢性腎不全患者おける本発明の透析製剤における骨代謝に与える作用
血液透析を必要とする慢性腎不全患者に対して、本発明の骨代謝改善作用を有する透析製剤(酢酸フリー透析製剤)及び対照の透析剤(市販の酢酸含有重炭酸透析剤)を使用し、実際に透析をおこない、そのときの骨代謝に与える作用について検討した。
なお、投与に当たっては、インフォームドコンセントによる十分なる説明と、患者からの同意を得て行った。
【0037】
[試験デザイン]
下記表1に示した試験デザインによる、非盲検クロスオーバー(2群2期)比較試験とした。
【0038】
【表1】
【0039】
なお、投与した本発明の透析液及び対照透析液は、以下の組成からなるものである。
【0040】
【表2】
【0041】
それら透析液のイオン化カルシウム濃度の実測値を示すと、
本発明の透析液:1.01mmol/L
対照透析液:1.35mmol/L
[測定装置:i−STAT(アイスタットコーポレーション社製)]
であり、本発明の透析液は、対照透析液と同様に含有カルシウム(総カルシウム)濃度としては3mEq/Lであるが、イオン化カルシウム濃度は対照透析液に比較して低いものであった。
【0042】
[試験方法]
試験対象群として、A群は、男性36名、女性19名の計55名(年齢:61.6±10.2歳)であり、B群は、男性29名、女性24名の計53名(年齢:60.7±8.8歳)対象とした
原疾患については、両群とも慢性腎炎(慢性糸球体腎炎)が最も多く、透析時間は、ほとんどが4時間以上5時間未満であった。
週3回、1回3〜5時間の透析を実施した。
なお、市販の透析液イ〜ニ(酢酸含有重炭酸透析液)による透析を受けている患者の2週間にわたる前観察期間の後、第1期試験期間(8週間)として、A群には本発明の透析液による透析を、B群には対照の透析液による透析を行い、その後の第2期試験期間(8週間)として、A群には対照の透析液による透析を、B群には本発明の透析液による透析を行い、その後の観察期(1日)として前観察期で使用していた市販の透析液イ〜ニによる透析を行った。
骨代謝の改善の観察は、本発明の透析液及び対照透析液の使用期における、各被験者の血中のイオン化カルシウム濃度、血清カルシウム濃度(補正値)及びi−PTHの変化を観察した。
【0043】
なお、前観察期間で、試験対象患者が受けていた市販の透析液は、下記表3に示した市販の透析液イ〜ニであり、その各組成は表中記載のとおりのものである。
【0044】
【表3】
【0045】
[結果と考察]
試験期間による透析前のイオン化カルシウム濃度推移を図1に、透析後のカルシウム濃度推移を図2に示した。
図に示した結果から判明するように、イオン化カルシウム濃度は、本発明の透析液使用群で透析前及び透析後ともに基準値内で推移し、対照透析液使用群に比較して低値であった。
試験期間8週1回目の透析前では、本発明の透析液使用群では1.192±0.150mmol/L、対照透析液使用群で1.253±0.172mmol/Lであり、透析後にあっては、本発明の透析液使用群では1.168±0.101mmol/L、対照透析液使用群で1.307±0.113mmol/Lであり、いずれも対照透析液使用群のほうが高かった。
【0046】
血清カルシウム(補正値)濃度は、試験期間8週1回目の透析前では、本発明の透析液使用群で9.66±0.80mg/dL、対照透析液使用群で9.71±0.85mg/dLとほぼ同程度であったが、透析後では、本発明の透析液使用群で9.72±0.38mg/dL、対照透析液使用群で9.91±0.41mg/dLと本発明の透析液使用群のほうが対照透析液使用群に比べ僅かに低値を示していた。
【0047】
以上の結果から、透析後の血中イオン化カルシウム濃度は、対照透析液使用群では、本発明の透析液使用群に比較して高値で推移しており、本発明の透析液使用群の平均値は正常範囲内(1.05〜1.30mmol/L)であったのに対して対照透析液使用群では試験期間5週目と8週目において基準値の上限を逸脱していた。
【0048】
このように、透析後の血中イオン化カルシウム濃度は、本発明の透析液使用群は対照透析液使用群に比較して基準値範囲内に収束したことから、本発明の透析液は、対照透析液よりも血中イオン化カルシウム濃度をより正常値に近い値に是正することができる、優れた透析液製剤であることが示された。
【0049】
更に、透析後の血清カルシウム(補正値)濃度については、対照透析液の使用により上昇する確率が高いことが知られているが、本発明の透析液使用群では対照透析液使用群に比べ上昇を抑制していることから、本発明の透析液は対照透析液に比べカルシウム代謝おいて理想的な影響を与えるものと判断された。
【0050】
日本透析医学会が発表している「透析患者における二次性副甲状腺機能亢進症治療ガイドライン」(透析会誌39(10):1435〜1455,2006)によると、「副甲状腺機能の管理と骨代謝の評価」として、副甲状腺の機能は通常i−PTHとして測定され、i−PTHの値から骨代謝の状態が測定されるとされている。
【0051】
そこで、上記の試験において、カルシウム代謝に関して、i−PTHの変動を検討した。前観察期においてi−PHTがガイドラインの管理基準(60〜180pg/mL)未満(60pg/mL未満)であった被験者に対して、本発明透析液及び対照透析液の試験期9週目におけるi−PTHの前観察期からの変化を検討し、その結果を図3及び図4に示した。
【0052】
図に示した変動を観察すると、i−PHTが60pg/mL未満である低回転型骨症を有すると考えられる症例(21例)において、本発明の透析液使用群でi−PTHの上昇を認めたのに対し、対照透析液使用群(20例)では変化が認められなかった。
このことは、本発明の透析液は、血中イオン化カルシウムの是正により、低回転骨症に対する骨代謝改善効果を発揮しているものと判断される。
【0053】
さらに、前観察期におけるi−PHTがガイドラインの管理基準(60〜180pg/mL)未満、管理基準値内、管理基準値を超える3群に区分し、本発明の透析液及び対照透析液の試験期9週目におけるイオン化カルシウム濃度、血清カルシウム(補正値)濃度及びi−PTHを、下記表4にまとめた。
【0054】
【表4】
【0055】
前観察期のi−PTHが60pg/mL未満の群で、本発明の透析液使用群では前観察期から9週で血中イオン化カルシウム濃度は変化せず、i−PTHの上昇を認めたのに対し、対照透析液使用群では血中イオン化カルシウム濃度は上昇し、i−PTHは上昇を認めなかった。
前観察期のi−PTHが管理基準値(60〜180pg/mL)内の群では、本発明の透析液使用群でややi−PTHが上昇したものの、本発明の透析液使用群および対照透析液使用群のいずれも管理基準値内であった。
前観察期のi−PTH濃度が180pg/mL以上の被験者に対しては、本発明の透析液使用群、対照透析液使用群ともにi−PTHの上昇は認められなかった。
【0056】
したがって、本発明の透析液は、i−PTHが60pg/mL未満の低回転型骨症を有すると考えられる被験者に対して、PTHの分泌を促すことにより骨代謝を改善し、ガイドラインの管理基準値内またはそれ以上にi−PTHが高値を示す被験者にはi−PTHの分泌を亢進させず、骨代謝に悪影響を与えない骨代謝改善剤であると考えられた。
【0057】
製剤例:
(1)透析液
A剤(10L中の成分/分量)
塩化ナトリウム 2,148.0g
塩化カリウム 52.0g
塩化カルシウム 77.0g
塩化マグネシウム 36.0g
ブドウ糖 525.0g
クエン酸 34.3g
クエン酸ナトリウム 10.3g
B剤(12.6L中の成分/分量)
炭酸水素ナトリウム 1,030.0g
【0058】
(2)透析用補充液
A液(1,010mL中の成分/分量)
塩化ナトリウム 12.34g
塩化カリウム 0.30g
炭酸水素ナトリウム 5.94g
B液(1,010mL中の成分/分量)
塩化カルシウム 519.8mg
塩化マグネシウム 205.4mg
ブドウ糖 2.02g
クエン酸 198.0mg
クエン酸ナトリウム 59.4mg
【産業上の利用可能性】
【0059】
以上記載のように、本発明は、血液浄化療法を受けている慢性腎不全患者に対して酢酸及び/又は酢酸塩を含有せず、クエン酸及び/又はクエン酸塩を含有することからなる骨代謝改善剤を使用して、血中のイオン化カルシウム濃度を是正し、それにより低回転骨症に対する骨代謝改善効果を行うものである。
したがって、本発明の透析製剤は、慢性腎不全患者における腎性骨異栄養症を改善し、特に低回転型骨症を改善し、骨塩量の低下など合併症発生のリスクを回避し、患者のQOLの向上や予後の改善に寄与する点で、その医療上の効果は多大なものである。
図1
図2
図3
図4