(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5667976
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月12日
(54)【発明の名称】有機酸類の製造法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/46 20060101AFI20150122BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20150122BHJP
【FI】
C12P7/46
!C12N1/20 A
【請求項の数】16
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2011-520795(P2011-520795)
(86)(22)【出願日】2010年7月2日
(86)【国際出願番号】JP2010004362
(87)【国際公開番号】WO2011001696
(87)【国際公開日】20110106
【審査請求日】2013年6月26日
(31)【優先権主張番号】特願2009-159310(P2009-159310)
(32)【優先日】2009年7月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509065322
【氏名又は名称】株式会社ハイファジェネシス
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100123168
【弁理士】
【氏名又は名称】大▲高▼ とし子
(74)【代理人】
【識別番号】100120086
【弁理士】
【氏名又は名称】▲高▼津 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(72)【発明者】
【氏名】星野 達雄
(72)【発明者】
【氏名】田副 正明
(72)【発明者】
【氏名】小林 節子
(72)【発明者】
【氏名】清水 明子
【審査官】
藤井 美穂
(56)【参考文献】
【文献】
英国特許出願公開第02388368(GB,A)
【文献】
Agr. Biol. Chem.,1972年,Vol.36, No.8,pp.1299-1305
【文献】
日本農芸化学会中四国・西日本支部合同大会講演要旨集,2007年,Vol.2007th,p.69, #E-22
【文献】
Bioprocess Engineering,1995年,Vol.13,pp.301-305
【文献】
Inorganica Chimica Acta,1995年,Vol.237,pp.203-205
【文献】
Appl. Microbiol. Biotechnol.,2004年,Vol.65,pp.306-314
【文献】
ビタミン,2002年,第76巻, 第2号,pp.65-77
【文献】
Bioprocess Engineering,1999年,Vol.20,pp.203-207
【文献】
J. Gen. Appl. Microbiol.,2006年,Vol.52,pp.187-193
【文献】
Appl. Microbiol. Biotechnol.,2005年,Vol.66,pp.668-674
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00 − 41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/WPIDS/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程A〜Cを備え、グルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を製造する方法。
(A)グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する微生物を、水酸化カリウムの存在下、グルコース含有培養液で培養することにより、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液を得る工程A、
(B)工程Aで得られた5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液のpHを水酸化カリウムを用い7〜12の範囲内に調整及び維持することにより、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩がL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩に変換した反応液を得る工程B、
(C)工程Bで得られた反応液から、L−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を採取する工程C。
【請求項2】
上記工程Bにおける培養液に、遷移金属触媒をさらに含有させた培養液を用いることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
遷移金属触媒が、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、白金、マンガン、銅、コバルト、ニッケル、亜鉛、バナジウム及び鉄からなる群から選択される1種又は2種以上の遷移金属触媒であることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
遷移金属触媒の濃度が0.00002〜2%の範囲内であることを特徴とする請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
遷移金属触媒の濃度が0.0001〜1%の範囲内であることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する微生物が、グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する微生物であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する微生物が、グルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172およびNBRC 3255、グルコノバクター・パストリアヌスNBRC 3225、グルコノバクター・アルビダスNBRC 3250、グルコノバクター・サブオキシダンスNBRC 3254、グルコノバクター・インダストリアスNBRC 3260、グルコノバクター・セレウスNBRC 3267、グルコノバクター・ジオキシアセトニカスNBRC 3273、グルコノバクター・モノオキシグルコニカスNBRC 3276、グルコノバクター・グルコニカスNBRC 3285、グルコノバクター・ロゼウスNBRC 3990、グルコノバクター・フラトイリNBRC 3265、アセトバクター・アセチNBRC 3259、及び、それらの変異株であってグルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する株からなる群から選択されるいずれか1種又は2種以上の微生物であることを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する微生物が、さらに2−ケト−D−グルコン酸低生産性及び/又は5−ケト−D−グルコン酸低消費性の株であることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
上記工程Bにおける培養液のpHを8〜11の範囲内に調整及び維持することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
上記工程Bにおける培養液のpHを9〜10の範囲内に調整及び維持することを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
上記工程Bにおいて、培養液のpHを調整及び維持する際に、さらに、培養液の温度を0℃〜70℃の範囲内に調整及び維持することを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
上記工程Bにおいて、培養液のpHを調整及び維持する際に、さらに、培養液の温度を20℃〜60℃の範囲内に調整及び維持することを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
上記工程Bにおいて、培養液のpHを調整及び維持する際に、さらに、培養液に対する空気供給量の割合を0.2〜5の範囲内に調整及び維持することを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
上記工程Bにおいて、培養液のpHを調整及び維持する際に、さらに、培養液に対する空気供給量の割合を0.5〜3の範囲内に調整及び維持することを特徴とする請求項1〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
工程Cにおいて採取されたL−酒石酸の塩が、L−酒石酸の1カリウム塩であることを特徴とする請求項1〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
工程Cにおいて採取されたグリコール酸若しくはその塩が、グリコール酸のフリーな酸若しくはその塩であることを特徴とする請求項1〜15のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L−酒石酸及びその塩は、食品分野では酸味付け、pH調整剤として、工業分野では化粧品、染色、洗剤、メッキとして、医薬品分野では医薬品原料として用いられるなど、産業界で幅広く利用される有用な物質である。また、グルコースからL−酒石酸を製造する際にL−酒石酸と共に生産されるグリコール酸は、金属洗浄剤、メッキ添加剤、化粧品添加物、硬質系生分解性ポリマーの原料などとして利用される有用な物質である。
【0003】
L−酒石酸の製造方法として、様々な方法が知られているが、現在はワイン醸造の残渣および石油由来の中間体無水マレイン酸から作られている。また、グリコール酸は、石油化学の手法によって製造されている。一方、出発原料としてグルコースを用い、5−ケトグルコン酸を経て、酒石酸とグリコール酸を製造する方法は研究段階であり、様々な検討が過去に行われてきた。グルコースから5−ケト−D−グルコン酸への変換方法としては、グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する酢酸菌を用いて、グルコースからグルコン酸を経て5−ケト−D−グルコン酸を発酵生成する方法が報告されている。5−ケト−D−グルコン酸の実際の発酵生成においては、炭酸カルシウムを中和剤として利用したり、水酸化カルシウムを用いてpH制御を行ったりして、5−ケト−D−グルコン酸を、水難溶性の5−ケト−D−グルコン酸のカルシウム塩として析出させ、その5−ケト−D−グルコン酸のカルシウム塩を発酵液から回収する方法が知られている。
【0004】
また、グルコノバクター又はアセトバクターに属する多くの酢酸菌は、グルコースからグルコン酸を経て5−ケト−D−グルコン酸を生成するとともに、前述のグルコン酸から2−ケト−D−グルコン酸も同時に生成することが知られている。この2−ケト−D−グルコン酸はL−酒石酸やグリコール酸にはなり得ないため、5−ケト−D−グルコン酸の収量の低下を招く。そこで、2−ケト−D−グルコン酸非生産株を誘導することによって、5−ケト−D−グルコン酸の収率の向上が図られている(特許文献1参照)。しかしながら、多くの酢酸菌は、グルコースからグルコン酸を経て5−ケトグルコン酸を生成する酵素だけでなく、5−ケト−D−グルコン酸からグルコン酸へと変換する5−ケト−D−グルコン酸還元酵素を細胞質内に有している。還元されたグルコン酸はペントース・リン酸径路およびエントナー・ドウドロフ径路などの代謝径路により消費されてしまうため、L−酒石酸及びグリコール酸の原料となる5−ケト−D−グルコン酸の生成量が低下してしまうことも知られている(非特許文献1参照)。
【0005】
一方、5−ケト−D−グルコン酸から酒石酸の製造に関する報告がある。Isbellらは、水難溶性の5−ケト−D−グルコン酸カルシウム塩を出発原料として用い、それをまず炭酸ナトリウムと接触させて水溶性の5−ケト−D−グルコン酸ナトリウム塩に変換し、その後1モル水酸化ナトリウム溶液中で反応を行い、約10%の収量で酒石酸が得られたと報告している(非特許文献2参照)。この製造法においては、水難溶性の炭酸カルシウムが副生するので、5−ケト−D−グルコン酸を酒石酸に変換する前に、反応液から炭酸カルシウムを取り除いておく必要がある。また、除去した炭酸カルシウムは、廃棄物として処理する必要があるため、本製造法のコスト高の要因となる。また、本製造法によれば、酒石酸の収量が約10%と低いこと、及び、酒石酸以外に不要な有機酸が多量に副生するため、これらを分離する必要があるなどの問題点があり、工業的な酒石酸の製造には利用することは出来ない。
【0006】
酒石酸の収量をさらに改善する方法として、5−ケト−D−グルコン酸をアルカリ条件下、炭酸イオンあるいはリン酸イオンを含む緩衝液中で貴金属触媒に酸化的に接触させることにより、酒石酸を高収量で生産させる製造法が報告されている。さらにそのような条件下、触媒としてバナジン酸を用いればさらに高い収量で酒石酸が生産されることが報告されている(特許文献2参照)。しかしながら、これらの製造法には、製造材料として炭酸などの高価な緩衝剤を用いること、及び、ヒトに対し毒性を示すバナジン酸を触媒として用いるため多額の精製コストを必要とすることなどの欠点がある。
【0007】
さらに、その後、アルカリ条件下で、5−ケト−D−グルコン酸と、白金などの希少金属炭素触媒とを、水溶液、炭酸、リン酸、ピロリン酸、あるいは硫酸緩衝液中で接触させることによって、61%の収量で酒石酸を生産させる製造法が報告されている(特許文献3参照)。しかしながら、この製造法でも、溶液として炭酸緩衝液を用いるため、酒石酸生産におけるコスト高の要因になっている。
【0008】
以上述べた様に、従来の知見に基づいて、グルコースからの酒石酸の製造法を考えた場合、その製造法は、グルコースから5−ケト−D−グルコン酸のカルシウム塩を微生物発酵によって生成し、5−ケト−D−グルコン酸カルシウム塩を分離する工程、得られた水難溶性の5−ケト−D−グルコン酸カルシウム塩を水溶性の塩に変換する工程、さらに水溶性の5−ケト−D−グルコン酸塩を化学的に酒石酸に変換する工程からなることとなる。しかし、この製造法には、工程が多く、また操作の手間がかかるという大きな欠点があり、そのため多額の製造コストを必要とする。故に、これまで上記工程からなる酒石酸の製造法が工業的に実現できなかったと考えられる。
【0009】
上記の欠点を補う方法として、最初の工程の酢酸菌によるグルコースから5−ケト−D−グルコン酸へ変換させる培地中に、次の反応工程(5−ケト−D−グルコン酸塩を酒石酸に変換する工程)に必要なバナジン酸触媒を添加した酒石酸の製造法が報告されている(特許文献4参照)。しかし、特許文献4によれば、この製造法では、1000gのグルコースからわずか43g(取得収率5.2重量%)の酒石酸しか採取されない。このように、この製造法の収量は非常に低いため、この製造法は、工業的酒石酸の製造には利用されていない。
【0010】
一方、化学反応により、5−ケト−D−グルコン酸からグリコール酸を製造する方法に関しては、これまで1つの報告しか知られていない(特許文献5参照)。特許文献5によれば、反応液中にグリコール酸以外に低分子の有機酸が多数副生してしまうため、796g/Lの5−ケト−D−グルコン酸からわずか11.6g/Lのグリコール酸しか生産されない。このように、この製造法の収量は非常に低いため、この製造法は工業的なグリコール酸の製造には利用されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】デンマーク特許第102004010786号公報
【特許文献2】米国特許第5763656号公報
【特許文献3】ドイツ特許第2388368号公報
【特許文献4】米国特許第3585109号公報
【特許文献5】米国特許第5731467号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】O. Adachi, ビタミン, 76, 65-77, 2003
【非特許文献2】H. Isbell and N. Hold, The Journal of Research of the Bureau of Standards, 35, 433-438, 1945
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
背景技術に記載したように、グルコースからL−酒石酸やグリコール酸を製造する従来の方法は、操作の効率性やコストの点で不十分であり、工業的な製造に利用することが事実上困難であった。本発明の課題は、グルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を効率良く、かつ、低コストで製造し得る方法であって、工業的な製造に利用し得る実用性の高い方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、グルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を効率良く、かつ、低コストで製造し得る方法であって、工業的な製造に利用し得る実用性の高い方法を実現することを課題として鋭意研究を重ねた結果、以下のような工程A〜Cを採用することによって、その課題を解決し得ることを見い出し、本発明を完成するに至った。
(A)グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する微生物を、5−ケト−D−グルコン酸を水溶性塩とし得るアルカリの存在下、グルコース含有培養液で培養することにより、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液を得る工程A、
(B)工程Aで得られた5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液のpHを7〜12の範囲内に調整及び維持することにより、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩がL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩に変換した反応液を得る工程B、
(C)工程Bで得られた反応液から、L−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を採取する工程C。
【0015】
すなわち、本発明は、(1)以下の工程A〜Cを備え、グルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を製造する方法;(A)グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する微生物を、
水酸化カリウムの存在下、グルコース含有培養液で培養することにより、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液を得る工程A;(B)工程Aで得られた5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液のpHを
水酸化カリウムを用い7〜12の範囲内に調整及び維持することにより、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩がL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩に変換した反応液を得る工程B;(C)工程Bで得られた反応液から、L−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を採取する工程Cや、(2)上記工程Bにおける培養液に、遷移金属触媒をさらに含有させた培養液を用いることを特徴とする上記(1)に記載の方法や、(3)遷移金属触媒が、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、白金、マンガン、銅、コバルト、ニッケル、亜鉛、バナジウム及び鉄からなる群から選択される1種又は2種以上の遷移金属触媒であることを特徴とする上記(2)に記載の方法や、(4)遷移金属触媒の濃度が0.00002〜2%の範囲内であることを特徴とする上記(2)又は(3)に記載の方法や、(5)遷移金属触媒の濃度が0.0001〜1%の範囲内であることを特徴とする上記(2)〜(4)のいずれかに記載の方法や、(6)グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する微生物が、グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する微生物であることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法や、(7)グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する微生物が、グルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172およびNBRC 3255、グルコノバクター・パストリアヌスNBRC 3225、グルコノバクター・アルビダスNBRC 3250、グルコノバクター・サブオキシダンスNBRC 3254、グルコノバクター・インダストリアスNBRC 3260、グルコノバクター・セレウスNBRC 3267、グルコノバクター・ジオキシアセトニカスNBRC 3273、グルコノバクター・モノオキシグルコニカスNBRC 3276、グルコノバクター・グルコニカスNBRC 3285、グルコノバクター・ロゼウスNBRC 3990、グルコノバクター・フラトイリNBRC 3265、アセトバクター・アセチNBRC 3259、及び、それらの変異株であってグルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する株からなる群から選択されるいずれか1種又は2種以上の微生物であることを特徴とする上記(6)に記載の方法や、(8)グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する微生物が、さらに2−ケト−D−グルコン酸低生産性及び/又は5−ケト−D−グルコン酸低消費性の株であることを特徴とする上記(7)に記載の方法や、(9)上記工程Bにおける培養液のpHを8〜11の範囲内に調整及び維持することを特徴とする上記(1)〜(8)のいずれかに記載の方法や、(10)上記工程Bにおける培養液のpHを9〜10の範囲内に調整及び維持することを特徴とする上記(1)〜(9)のいずれかに記載の方法や、(11)上記工程Bにおいて、培養液のpHを調整及び維持する際に、さらに、培養液の温度を0℃〜70℃の範囲内に調整及び維持することを特徴とする上記(1)〜(10)のいずれかに記載の方法や、(12)上記工程Bにおいて、培養液のpHを調整及び維持する際に、さらに、培養液の温度を20℃〜60℃の範囲内に調整及び維持することを特徴とする上記(1)〜(11)のいずれかに記載の方法や、(13)上記工程Bにおいて、培養液のpHを調整及び維持する際に、さらに、培養液に対する空気供給量の割合を0.2〜5の範囲内に調整及び維持することを特徴とする上記(1)〜(12)のいずれかに記載の方法や、(14)上記工程Bにおいて、培養液のpHを調整及び維持する際に、さらに、培養液に対する空気供給量の割合を0.5〜3の範囲内に調整及び維持することを特徴とする上記(1)〜(13)のいずれかに記載の方法や、(15)工程Cにおいて採取されたL−酒石酸の塩が、L−酒石酸の1カリウム塩であることを特徴とする上記(1)〜(14)のいずれかに記載の方法や、(16)工程Cにおいて採取されたグリコール酸若しくはその塩が、グリコール酸のフリーな酸若しくはその塩であることを特徴とする上記(1)〜(15)のいずれかに記載の方法に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、グルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を非常に効率良く、かつ、低コストで製造することができる。そのため、本発明の製造方法は、工業的な製造に利用することが可能であり、実用性もきわめて高い。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の製造方法の一例の概略を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の「グルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を製造する方法」(以下、単に「本発明の製造方法」とも表示する。)としては、グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する微生物を、5−ケト−D−グルコン酸を水溶性塩とし得るアルカリの存在下、グルコース含有培養液で培養することにより、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含有する培養液を得る工程A;工程Aで得られた5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液のpHを7〜12の範囲内に調整及び維持することにより、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩がL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩に変換した反応液を得る工程B;及び、工程Bで得られた反応液から、L−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を採取する工程Cを備えている限り特に制限されない。これらの一連の工程A〜Cを備えていることにより、グルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩(以下、「L−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩」を単に「L−酒石酸等」とも表示する。)を非常に効率良く、かつ、低コストで製造することができる。特に、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液を得るものの(上記工程A)、その培養液から5−ケト−D−グルコン酸を単離精製することなくそのまま上記Bのように、L−酒石酸等に変換することによって、L−酒石酸等の製造の効率が著しく向上し、また、それに伴ってL−酒石酸等の製造に要するコストが著しく低下する。なお、本発明の製造方法の一例の概略を
図1に示す。
【0019】
また、上記工程Aにおける「グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する微生物」(以下、「本発明における微生物」とも表示する。)とは、その微生物を、その微生物の生育に適した条件下、グルコース含有培養液で培養することにより、グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する能力(以下、単に「5−ケト−D−グルコン酸生産能」とも表示する。)を有する微生物を意味する。かかる本発明における微生物としては、グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する多くの酢酸菌を好適に例示することができ、中でも、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NBRC)などの公的菌株保存機関で保管されているグルコノバクター属又はアセトバクターに属する菌株として、グルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172及びNBRC 3255、グルコノバクター・パストリアヌスNBRC 3225、グルコノバクター・アルビダスNBRC 3250、グルコノバクター・サブオキシダンスNBRC 3254、グルコノバクター・インダストリアスNBRC 3260、グルコノバクター・セレウスNBRC 3267、グルコノバクター・ジオキシアセトニカスNBRC 3273、グルコノバクター・モノオキシグルコニカスNBRC 3276、グルコノバクター・グルコニカスNBRC 3285、グルコノバクター・ロゼウスNBRC 3990、グルコノバクター・フラトイリNBRC 3265、アセトバクター・アセチNBRC 3259などをより好適に例示することができ、5−ケト−D−グルコン酸生産能に優れていることからグルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172株をさらに好適に例示することができる。また、本発明における微生物には、5−ケト−D−グルコン酸生産能を有している限り、新たに自然界から分離されるグルコノバクター属又はアセトバクター属に属する菌株を用いることもできる。
【0020】
また、本発明における微生物の中で特に好適な微生物として、5−ケト−D−グルコン酸生産能の他に、2−ケト−D−グルコン酸低生産性又は5−ケト−D−グルコン酸低消費性をさらに有している微生物(好ましくは、グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する微生物)を例示することができ、より好適な微生物として、5−ケト−D−グルコン酸生産能の他に、2−ケト−D−グルコン酸低生産性及び5−ケト−D−グルコン酸低消費性をさらに有している微生物(好ましくは、グルコノバクター属又はアセトバクター属に属する微生物)を例示することができる。酢酸菌等の本発明の微生物は、グルコースからグルコン酸を経て、5−ケト−D−グルコン酸だけでなく、不必要な副生成物である2−ケト−D−グルコン酸をも生産するため(
図2参照)、2−ケト−D−グルコン酸低生産性を有していると、5−ケト−D−グルコン酸の収率が向上する点で好ましいからである。また、酢酸菌等の本発明の微生物は、生成した5−ケト−D−グルコン酸の一部を生育のために消費するため、さらに5−ケト−D−グルコン酸低消費性を有していると、5−ケト−D−グルコン酸の収率が向上する点で好ましいからである。
【0021】
本明細書における「2−ケト−D−グルコン酸低生産性を有している微生物」とは、2−ケト−D−グルコン酸の生産性が低い(特定量のグルコースからの2−ケト−D−グルコン酸の生産量が少ない、又は、特定量のグルコースから生産される5−ケト−D−グルコン酸量に対する2−ケト−D−グルコン酸量の割合が低い)微生物を意味し、例えば該微生物が酢酸菌の場合は、グルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172株と比較して、2−ケト−D−グルコン酸の生産性が低い酢酸菌を意味する。5−ケト−D−グルコン酸の収率をより向上する観点からは、2−ケト−D−グルコン酸低生産性の中でも、2−ケト−D−グルコン酸非生産性であることが好ましい。
【0022】
また、本明細書における「5−ケト−D−グルコン酸低消費性を有している微生物」とは、5−ケト−D−グルコン酸の消費が少ない微生物を意味し、例えば該微生物が酢酸菌の場合は、グルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172株と比較して、5−ケト−D−グルコン酸の消費が少ない酢酸菌を意味する。5−ケト−D−グルコン酸の収率をより向上する観点からは、5−ケト−D−グルコン酸低消費性の中でも、5−ケト−D−グルコン酸非消費性であることが好ましい。
【0023】
上記の2−ケト−D−グルコン酸低生産性を有している微生物や、5−ケト−D−グルコン酸低消費性を有している微生物を、本発明における微生物(グルコースから5−ケト−D−グルコン酸を生産する微生物)から作製する方法としては、特に制限されないが、本発明における微生物に対して、N−メチル−N−ニトロ−N´−ニトロソグアニジン(以下、略して「NTG」と表示する。)等の化学変異剤によって変異処理を施し、2−ケト−D−グルコン酸低生産性を有している微生物や、5−ケト−D−グルコン酸低消費性を有している微生物をスクリーニングする方法を好適に例示することができ、より具体的な方法として、後述の実施例1に記載のスクリーニング方法をより好適に例示することができる。ある微生物が、2−ケト−D−グルコン酸低生産性を有しているかどうかは、例えば該微生物の培養液の上澄をsilica gel TLC(Merck社製)にスポットし、n−ブタノール−酢酸−水(3:2:1)で展開して、次いで風乾した後アルカリ性テトラゾリウムブルー(和光純薬工業社製)試薬を噴霧後100℃加熱発色させ、2−ケト−D−グルコン酸と5−ケト−D−グルコン酸の生成比を目視で判定する方法等により確認することができ、5−ケト−D−グルコン酸低消費性を有しているかどうかは、該微生物の培養液の上澄をウェルプレートに取り、5−ケト−D−グルコン酸に対して特異的にローズ色に呈色する1−メチル−1−フェニルヒドラジン溶液(和光純薬工業社製、終濃度=2%(w/v))を加え、95℃で60分間加熱し呈色反応(M. Schramm, Anal. Chem., 28, 963-965, 1956)を行い、目視で5−ケト−D−グルコン酸の消費を調べる方法等により確認することができる。
【0024】
上記の2−ケト−D−グルコン酸低生産性を有している微生物の具体例としては、グルコノバクター・オキシダンスTABT−200株を好適に例示することができる。このTABT−200株は、本発明者らが、NBRC 3172株をNTG処理し、2−ケト−D−グルコン酸低生産性の株をスクリーニングすることによって作製した株である(後述の実施例1参照)。なお、このTABT−200株は、2−ケト−D−グルコン酸をほとんど生産しない2−ケト−D−グルコン酸非生産性株である。また、2−ケト−D−グルコン酸低生産性及び5−ケト−D−グルコン酸低消費性を両方備えた微生物としては、グルコノバクター・オキシダンスTADK−267株を特に好適に例示することができる。このTADK−267株は、本発明者らが、TABT−200株をNTG処理し、5−ケト−D−グルコン酸低消費性の株をスクリーニングすることによって作製した株である(後述の実施例1参照)。なお、このTADK−267株は、2−ケト−D−グルコン酸非生産性株でもあり、また、5−ケト−D−グルコン酸を消費しない5−ケト−D−グルコン酸非消費性株でもある。
【0025】
上記工程Aにおける「5−ケト−D−グルコン酸を水溶性塩とし得るアルカリ」とは、溶液中で5−ケト−D−グルコン酸と接触したときに、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を生成するアルカリである限り特に制限されず、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアなどを好適に例示することができる。また、上記工程Aにおいて使用されるアルカリの量としては、本発明における微生物が生育可能である限り特に制限されないが、培養中の培養液のpHを好ましくは3〜9の範囲内、より好ましくは4〜7の範囲内、さらに好ましくは5〜6の範囲内に維持するために必要な量を用いることができる。
【0026】
上記工程Aにおける「グルコース含有培養液」としては、グルコースを含有しており、かつ、上記工程Aにおける微生物が生育可能な培養液である限り特に制限されないが、該微生物が同化可能な炭素源、消化可能な窒素源、無機金属塩類、及び、生育に必要なビタミン類あるいは消泡剤を含む培養液を例示することができる。なお、カルシウムは該微生物の生育にとって必須ではないが、グルコースからの5−ケトグルコン酸生成反応にとって必須な成分であるので、5−ケトグルコン酸カルシウム塩ができるだけ生成させない範囲で、微量のカルシウムを上記のグルコース含有培養液に添加する必要がある。添加するカルシウムの濃度の上限としては、培養液中のグルコース濃度(w/w(%))の20分の1以下の濃度(w/w(%))であることが好ましく、40分の1以下の濃度(w/w(%))であることがより好ましく、また、下限としては、培養液中のグルコース濃度の(w/w(%))の500分の1以上の濃度(w/w(%))であることが好ましく、200分の1以上の濃度(w/w(%))であることがより好ましい。さらに、工程Aにおける培養より前の前培養における培養液の炭素源としては、グルコース、フラクトース、マンニトール、ソルビトール、ソルボース、ラクトース、ガラクトース、スクロース、マルトースないしはグリセリンなどを用いてもよいが、工程Aにおける培養液の炭素源としては、グルコースを用い、その濃度は1%〜20%の範囲内、好ましくは5%〜16%の範囲内とすることが好ましい。また、工程Aにおける培養液には、グルコースの他に、フラクトース、マンニトール、ソルビトール、ソルボース、ラクトース、ガラクトース、スクロース、マルトースないしはグリセリンなどを補助的に、具体的には0.1%ないし2.0%の範囲で培地に加えることが、5−ケト−D−グルコン酸の収率をより向上させる観点から好ましい。
【0027】
また、前培養及び工程Aにおける培養液のいずれも、窒素源としては、たとえばペプトン、大豆粉、コーンスティープパウダー、コーンスティープリカー、肉エキス、酵母エキス、アミノ酸類などの有機窒素源あるいは硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、尿素などの無機窒素源をそれぞれ単独もしくは混合物として用いることができるが、工業的には、コーンスティープパウダー、コーンスティープリカーなどが安価であるため好ましい。無機金属塩として、例えばカルシウム、マグネシウム、亜鉛、マンガン、コバルト、及び鉄などの硫酸塩、塩酸塩、炭酸塩若しくは燐酸塩を用いることが好ましい。また、必要に応じて少量の動物油、植物油、鉱油などを培養液に用いることが、5−ケト−D−グルコン酸の収率をより向上させる観点から好ましい。なお、微生物が酢酸菌の場合の工程Aにおける好ましい培養液として、より具体的には、6%グルコース、0.09%塩化アンモニウム、0.06%リン酸二水素カリウム、0.18%コーンスティープパウダー(シグマ社製)、0.1%酵母エキス(ディフコ・ラボラトリー社製)、0.015%硫酸マグネシウム7水塩、0.0029%硫酸マンガン5水塩、0.12%塩化カルシウム2水塩、及び、0.1%アクトコール(武田化学工業社製)からなるMB培地を特に好適に例示することができる。
【0028】
また、上記工程Aにおける培養の条件としては、該工程における微生物が生育可能であり、かつ、該微生物が5−ケト−D−グルコン酸を生成し得る条件である限り特に制限はされないが、工程Aではグルコン酸、5−ケト−D−グルコン酸などの強酸性有機酸が多量に生成して培養液のpHが著しく変化するため、酸溶液及びアルカリ溶液を培養液中に連続的に加えながら5−ケト−D−グルコン酸の生産に適したpHを維持することが好ましい。かかるpHとしては、3〜9の範囲内を好適に例示することができ、4〜7の範囲内をより好適に例示することができ、5〜6の範囲内をさらに好適に例示することができる。上記の酸溶液としては、塩酸、硫酸、硝酸などの酸水溶液を好適に例示することができ、上記のアルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアなどのアルカリ水溶液を好適に例示することができる。また、培養の温度条件としては、10℃〜40℃の範囲内の温度を好適に例示することができ、25℃〜35℃の範囲内の温度をより好適に例示することができる。さらに、培養の酸素条件としては、通気攪拌培養等の好気的条件が好ましく、より具体的には、1分間あたり培養液量に対する空気供給量の割合が0.2〜2.0の範囲内であることを好適に例示することができ、0.5〜1.5の範囲内であることをより好適に例示することができる。これらの好適な培養条件に維持するために、連続的に制御可能な攪拌式醗酵槽を好適に用いることができる。本発明における微生物を好適な培養条件で工程Aにおける培養を行なえば、通常1日〜7日間、好ましくは1日〜4日間で工程Aの培養は終了し、70%〜95%のモル収率で5−ケト−D−グルコン酸を生成することが可能となる。
【0029】
工程Aにおける培養を行なうと、培養液中に5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩が生産される。
【0030】
上記工程Bにおいて、工程Aで得られた5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液のpHを7〜12の範囲内に調整及び維持する方法としては、特に制限されないが、工程Aにおける培養を行なった培養槽(好ましくは、連続的に制御可能な攪拌式醗酵槽)中に、塩酸、硫酸、硝酸などの酸水溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアなどのアルカリ水溶液を、工程Aで得られた培養液に添加する方法を好適に例示することができる。また、上記工程Bにおいて調整及び維持するpHとしては、L−酒石酸等への優れた変換効率を得る観点から、8〜11の範囲内であることが好ましく、9〜10の範囲内であることがさらに好ましい。また、pHを調整及び維持する際には、L−酒石酸等の収率を向上させる観点から、温度も調整及び維持することが好ましく、かかる温度として、0℃〜70℃の範囲内の温度を好適に例示することができ、20℃〜60℃の範囲内の温度をより好適に例示することができる。さらに、pHを維持する際には、培養液を通気攪拌することが好ましく、その空気供給量としては、1分間あたり培養液量に対する空気供給量の割合が0.2〜5の範囲内であることを好適に例示することができ、0.5〜3の範囲内であることをより好適に例示することができる。好適な条件で工程Bにおける反応を行なえば、通常1日〜14日間、好ましくは1日〜10日間で反応は終了し、グルコースに対して10〜30%(好ましくは20〜30%)のモル収率で、L−酒石酸及びグリコール酸をそれぞれ得ることが可能となる。
【0031】
また、工程BでpHを調整又は維持する際には、培養液(反応液)にパラジウム、ロジウム、ルテニウム、白金、マンガン、銅、コバルト、ニッケル、亜鉛、バナジウムおよび鉄からなる群から選択される1種又は2種以上(好ましくは2種以上)の遷移金属触媒を添加することが、L−酒石酸等へのより優れた変換効率が得る観点から特に好ましい。前述の群から2種の遷移金属元素を選択して用いる場合の特に好ましい組み合わせとしては、パラジウムとバナジウムの組み合わせを例示することができ、中でもパラジウム炭素とバナジン酸塩の組み合わせをより好適に例示することができる。遷移金属触媒の添加量としては、培養液(反応液)に対して、0.00002%(w/v)〜2%(w/v)の範囲内であることが好ましく、0.0001%(w/v)〜1%(w/v)の範囲内であることがより好ましい。遷移金属触媒を適量用いると、工程BにおけるL−酒石酸等への反応速度が速まるので、通常1日〜7日間、好ましくは1日〜4日間で反応(pHの維持)を終了し、グルコースに対して40〜70%(好ましくは50〜70%、より好ましくは60〜70%)のモル収率で、L−酒石酸及びグリコール酸をそれぞれ得ることが可能となる。
【0032】
また、上記の遷移金属触媒は、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、酢酸塩などの水溶性金属塩でもよいが、例えば、酸化パラジウム、ロジウム酸化物、ルテニウム酸化物、白金酸化物、マンガン酸化物、銅酸化物、コバルト酸化物、ニッケル酸化物、亜鉛酸化物、バナジウム酸化物、鉄酸化物等の遷移金属酸化物;や、パラジウム炭素、ロジウム炭素、ルテニウム炭素、白金炭素、ニッケル炭素、パラジウムアルミナ、ロジウムアルミナ、ルテニウムアルミナ、白金アルミナ等の、遷移金属触媒を1種又は2種以上、水不溶性担体(炭素やアルミナ等)に吸着させた化合物;などの水不溶性金属化合物を用いると、遷移金属触媒を反応終了後の反応液を遠心分離することによって容易に回収することができ、回収したものを更に繰返し使用することにより、L−酒石酸等を非常に効率良く、かつ、低コストで製造することができるため、好ましい。上記の遷移金属触媒を水不溶性担体に吸着させる量としては、遷移金属触媒を水不溶性担体に0.1重量%〜30重量%の含有率となるように吸着させることが好ましく、1重量%〜15重量%の含有率となるように吸着させることがより好ましい。
【0033】
工程Bにおいて、工程Aで得られた5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩を含む培養液のpHを7〜12の範囲内に調整及び維持すると、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩がL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩に変換した反応液を得ることができる。なお、反応液中には、5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩が残存していてもよい。
【0034】
上記工程Cにおいて、工程Bで得られた反応液から、L−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を採取する方法としては、特に制限されず、例えばL−酒石酸又はその塩を採取する場合は、酒石酸1カリウムが水に対して難溶性質であることを利用する方法などの公知の精製方法を用いることによってL−酒石酸等を容易に単離精製することができる。例えば、工程Bで得られた反応液から、不溶性成分(工程Aで用いた微生物の菌体残渣や、工程Bで、遷移金属触媒を水不溶性担体に吸着させた化合物を用いた場合はその化合物)を遠心分離により除去し、その遠心上澄に塩酸等の無機酸を添加してpHを下げて(好ましくは3.5〜4.0の範囲内に下げて)、L−酒石酸を1カリウム塩(酒石酸1カリウム)として沈殿させることができる。この沈殿物を含む溶液を遠心分離し、沈殿物を得ることができる。その沈殿物を少量の水に再度懸濁し、水酸化カリウム溶液(例えば5M水酸化カリウム溶液)を添加しながら溶解させた後、微量の微粉末触媒を取り除くために再度、遠心分離をすることができる。得られた遠心上澄に塩酸等の無機酸を添加して再びpHを下げて、低温(例えば5℃)条件下で一晩放置すると、酒石酸1カリウムの再結晶化を行うことができる。得られた酒石酸1カリウムの結晶を遠心分離により収集し、真空減圧下、一晩乾燥すると、高純度の酒石酸1カリウムを得ることができる。
【0035】
また、グリコール酸又はその塩を採取する方法としては、例えば、陰イオン交換樹脂を用いるイオン交換法あるいは電気透析法などの公知の精製方法を用いることができる。例えば、工程Bで得られた反応液、又は、その反応液からL−酒石酸を採取した後の反応液のpHを、水酸化ナトリウム等のアルカリ溶液で7.0以上に調整し、調製後のその溶液を強塩基性陰イオン交換樹脂(例えば蟻酸型)カラムに通して、ナトリウムイオン等の陽イオンを除去後、グリコール酸、蟻酸を含む非吸着画分をアンモニア水(例えば2Mアンモニア水)で中和することができる。次いで、その溶液について35℃で減圧濃縮を行い、蟻酸アンモニウムを除去し、さらに真空減圧下、一晩乾燥すると、高純度のグリコール酸アンモニウムを得ることができる。
【0036】
なお、各工程における生成物が目的生成物(工程Aの5−ケト−D−グルコン酸の水溶性塩; 工程BのL−酒石酸等; 工程CのL−酒石酸等)であるかどうかや、工程Aにおける中間生成物(グルコン酸)であるかどうか等は、Herrmannらが報告した高速液体クロマトグラフィー(以下「HPLC」と略す。)法(Herrmann, U., Merfort, M., Jeude, M., Bringer-Meyer, S., and Sahm, H., Appl. Microbiol. Biotechnol., 64, 86-90, 2004)を用いることもできるが、その方法を改良した方法により定量することが好ましい。この好ましい方法として具体的には以下の方法を挙げることができる。
【0037】
本方法では、DE−613カラム(ショウデックス社製)を用い、移動相溶媒として過塩素酸溶液を流し、UV=210nmの紫外線検出器で検出し、記録計で記録することができる。グルコン酸、5−ケト−D−グルコン酸及び酒石酸を定量する場合は、1本のDE−613カラムを用い、10mM過塩素酸溶液を1分間あたり0.5mLの流速で流してHPLC分析を行うと、グルコン酸、5−ケト−D−グルコン酸及び酒石酸はそれぞれ6.28分,7.35分,9.00分の保持時間を示す。グリコール酸を定量する場合は、2本のDE−613カラムを直列に接続して、20mM過塩素酸溶液を1分間あたり0.7mLの流速で流しHPLC分析を行うと、グリコール酸は11.7分の保持時間を示す。反応液中のグルコン酸、5−ケト−D−グルコン酸、酒石酸及びグリコール酸の濃度は、それぞれの物質のピーク面積を既知濃度のそれぞれの物質のピーク面積と比較することにより、それぞれの濃度を算出し、定量することができる。またグルコースはグルコーステストワコー(和光純薬工業社製)を用いて定量することができる。酒石酸の絶対配位及び純度検定は、D−酒石酸およびmeso−酒石酸には活性を示さず、L−酒石酸のみに活性を示すD−リンゴ酸脱水素酵素を用いたL−酒石酸の酵素学的検定法(T. Tsukatani, K. Matsumoto, Biosci. Biotechnol. Biochem., 63, 1730-1735, 1999)により行うことができる。
【0038】
なお、工程CにおけるL−酒石酸の塩の種類は、工程Aや工程Bにおいて用いたアルカリの種類等に依存するため、特に制限されないが、例えば、工程Aや工程Bにおいてアルカリとして水酸化カリウムを用いた場合は、工程CにおいてL−酒石酸の1カリウム塩が得られる。その他、工程CにおけるL−酒石酸の塩としては、L−酒石酸2カリウム塩、L−酒石酸ナトリウム塩、L−酒石酸ナトリウムカリウム塩、L−酒石酸アンモニウム塩を例示することができる。また、工程Cにおけるグリコール酸の塩の種類も、工程Aや工程Bにおいて用いたアルカリの種類や、工程Cにおいて用いた酸の種類等に依存するため、特に制限されないが、工程Cにおいて塩酸を用いた場合は、グリコール酸のフリーな酸が得られる。その他、工程Cにおけるグリコール酸の塩としては、グリコール酸カリウム塩、グリコール酸ナトリウム塩、グリコール酸アンモニウム塩を例示することができる。以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下に限定されるものではない。
【実施例1】
【0039】
[2-ケト−D−グルコン酸非生産菌および5−ケト−D−グルコン酸非消費変異株の取得]
グルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172株由来の2−ケト−D−グルコン酸非生産菌株を作製するために、NBRC 3172株についてNTG変異処理を行い、2−ケト−D−グルコン酸非生産菌のスクリーニングを試みた。具体的には、以下のような方法で行なった。
【0040】
MA寒天培地[2.5%マンニトール、0.5%酵母エキス(ディフコ・ラボラトリー社製)、0.2%ペプトン(ディフコ・ラボラトリー社製)、1.5%寒天(pH無調整)]で生育したグルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172株を、121℃で20分間、オートクレーブ殺菌した30mLのMA培地入り300mL容三角フラスコに1白金耳植菌した後、30℃、1分間あたり220回転で19時間振とう培養し、その培養液から遠心分離により無菌的に細胞を取得した。得られた細胞を0.85%滅菌生理食塩水で1回洗浄した後、滅菌生理食塩水に懸濁した。滅菌した試験管に、トリス塩酸緩衝液(pH=8.0、終濃度=50mM)及び洗浄細胞懸濁液を順次分注した後、終濃度でそれぞれ0,50,100,200,300μg/mLになるように2,000μg/mL濃度のNTG溶液を加えて5mLとした。これらの試験管を、30℃、毎分250回転で30分間往復振とうすることで変異処理を行なった。試験管中の反応液を滅菌生理食塩水で2回洗浄した後、再懸濁した。その懸濁液を段階的に107倍まで希釈し、それぞれの希釈液をMA寒天培地に塗布し、30℃の恒温機で3〜5日間、培養した。生育してきたコロニーから無作為に2,600コロニーを同寒天培地に拾い、30℃で1〜2日培養した菌体を用いてスクリーニングを行った。100μLの2%グルコン酸ナトリウム(和光純薬工業社製)を含む50mMリン酸カリウム緩衝液(pH=6.0)を分注した96穴プレートに1白金耳の菌体を懸濁し、室温で1日振とうして休止菌体反応を行った。その反応上澄1μLをsilica gel TLC(Merck社製)にスポットし、n−ブタノール−酢酸−水(3:2:1)で展開して、次いで風乾した後アルカリ性テトラゾリウムブルー(和光純薬工業社製)試薬を噴霧後100℃加熱発色させ、2−ケト−D−グルコン酸と5−ケト−D−グルコン酸の生成比を目視で判定した。
【0041】
その結果、親株のグルコノバクター・オキシダンスNBRC 3172株が2−ケト−D−グルコン酸と5−ケト−D−グルコン酸をほぼ1:1の割合で生成するのに対して、おもに5−ケト−D−グルコン酸のみを生成し、2−ケト−D−グルコン酸をほとんど生成しない株(2−ケト−D−グルコン酸非生産性株)を7株得た。
【0042】
さらに、得られた7株の2−ケト−D−グルコン酸非生産株の中の1株であるグルコノバクター・オキシダンスTABT−200株について、上述と同様の方法でNTG変異処理を行ない、5−ケト−D−グルコン酸非消費変異株のスクリーニングを試みた。NTG処理後に得られた1,600コロニーを寒天培地に拾い、30℃で生育した菌体を用いた。75μLの0.3%5−ケト−D−グルコン酸を含む100mMリン酸カリウム緩衝液(pH=6.0)を分注した96穴プレートに、1白金耳の菌体を懸濁し、同様に菌体反応を行った。反応後、上澄15μLを平底の96穴プレートに取り、5−ケト−D−グルコン酸に対して特異的にローズ色に呈色する1−メチル−1−フェニルヒドラジン溶液(和光純薬工業社製、終濃度=2%(w/v))を加え、95℃で60分間加熱し呈色反応(M. Schramm, Anal. Chem., 28, 963-965, 1956)を行い、目視で5−ケト−D−グルコン酸の消費を調べた。その結果、2−ケト−D−グルコン酸非生産性であることに加えて、5−ケト−D−グルコン酸をまったく消費しなくなった変異株を3株得た。これらの変異株は、2−ケト−D−グルコン酸非生産性であり、かつ、5−ケト−D−グルコン酸非消費性であるため、グルコースからの5−ケト−D−グルコン酸生産性が向上していると考えられた。得られた3株の中の1株であるグルコノバクター・オキシダンスTADK−267株を以降の実験に使用した。
【実施例2】
【0043】
[グルコースから酒石酸及びグリコール酸の製造(遷移金属触媒無添加)]
上記実施例1で得られたグルコノバクター・オキシダンスTADK−267を、121℃、20分間加熱殺菌した5mLのMB培地[2.5%マンニトール、0.5%酵母エキス(ディフコ・ラボラトリー社製)、0.3%ペプトン(ディフコ・ラボラトリー社製)]入り試験管3本に植菌し、28℃、250回転で17時間往復振とう培養した。これら3本の試験管中の培養液を合わせて種培養液とした。本培養は、1Lの醗酵槽(エイブル株式会社製)に、6%グルコース、0.09%塩化アンモニウム、0.06%リン酸二水素カリウム、0.18%コーンスティープパウダー(シグマ社製)、0.1%酵母エキス(ディフコ・ラボラトリー社製)、0.015%硫酸マグネシウム7水塩、0.0029%硫酸マンガン5水塩、0.12%塩化カルシウム2水塩、及び、0.1%アクトコール(武田化学工業社製)からなる培地500mLを入れ、同様に加熱殺菌したところへ、前述の種培養液10mLを接種して開始した。6M水酸化カリウム溶液でpH5.5以上に調整しながら、30℃、1vvm、800回転で通気攪拌培養を行ない、培養液を1M塩酸溶液で51倍希釈後、遠心上清のHPLC分析を行って生成物を経時的に定量した。培養開始後50時間目に培養液中のグルコースは完全に消費され、培養液中には、2.2g/Lのグルコン酸が残るものの、70.5g/Lの5−ケト−D−グルコン酸が生成した。この培養液に6M水酸化カリウム溶液を添加して培養液のpHを9.6に上げた後、そのままその水酸化カリウム溶液を添加して培養液のpHを9.6以上に維持しつつ、144時間目まで通気攪拌を継続したところ、12.1g/Lの酒石酸及び6.0g/Lのグリコール酸が生成した。蒸発及び水酸化カリウム溶液添加による液量変化、並びに、途中サンプリングによる液量減少分を考慮して計算すると、グルコースからの酒石酸のモル収率は23.0%であり、グルコースからのグリコール酸のモル収率は22.5%であった。
【実施例3】
【0044】
[グルコースから酒石酸およびグリコール酸の製造(パラジウム炭素添加)]
上記実施例2と同様にグルコノバクター・オキシダンスTADK−267を、醗酵槽を用いて50時間培養したところ、グルコースは完全に消費され、2.8g/Lのグルコン酸が残るものの、67.4g/Lの5−ケト−D−グルコン酸が溶液中に生成した。この培養液に6M水酸化カリウム溶液を添加して培養液のpHを9.6に上げた後、10gのパラジウム活性炭素(10%、和光純薬工業社製)を添加し、以降は水酸化カリウム溶液を添加してpH9.6以上に維持しつつ、144時間目まで通気攪拌を継続したところ、31.9g/Lの酒石酸及び15.9g/Lのグリコール酸を含む反応液を得た。蒸発及び水酸化カリウム溶液添加による液量変化、並びに、途中サンプリングによる液量減少分を考慮して計算すると、グルコースからの酒石酸のモル収率は61%であり、グルコースからのグリコール酸のモル収率は60%であった。
【実施例4】
【0045】
[酒石酸およびグリコール酸の採取]
上記実施例3で得られた反応液全量を醗酵槽の洗液と共に5,000回転で遠心処理し、菌体残渣、パラジウム炭素などの不溶性画分を分離した後、約100mLの水で一度洗浄し、遠心上澄を合わせて635mLの溶液から精製を行った。得られた溶液中には13.1gの酒石酸と5.9gのグリコール酸が含まれていることをHPLC分析で確認した。前述の得られたこの溶液に、濃塩酸を徐々に加えてpHを3.7に下げたところ、沈澱が生成したので、5℃で一晩放置してから遠心処理し沈殿と上澄とに分離した。沈殿には酒石酸が、上澄にはグリコール酸が含まれていた。
【0046】
沈澱は微細なパラジウム炭素を含みやや灰色であったが、HPLC分析で酒石酸のピークエリア値が総エリア値の94%を占めていることを確認した。この沈殿を水に懸濁し、水酸化カリウム溶液を徐々に加えて溶解した後1M塩酸でゆっくりとpHを3.7まで下げて再結晶を行い、白色の粉末として酒石酸1カリウム14.1gを得た。そして、採取した酒石酸について、以下に述べる酵素学的方法により検定を行った。標準物質としてL−酒石酸(シグマ・アルドリッチ社製)、D−酒石酸(シグマ・アルドリッチ社製)、およびmeso−酒石酸(シグマ・アルドリッチ社製)をそれぞれ正確に秤量して0、2.5、5、7.5mM溶液を調製した。サンプル側にセットしたミクロキュベットには、20mM塩化マンガン、2mMジチオトレイトール(和光純薬工業社製)、15mM酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+、オリエンタル酵母社製)、5ユニットのD−リンゴ酸脱水素酵素(EC 1.1.1.83、メガザイム社製)、60mMグリシルグリシン緩衝液(水酸化カリウムでpH9.0に調整)及び上記作製した各濃度のL−酒石酸、D−酒石酸、又はmeso−酒石酸を含む混合液(総量150μL)を加え、またレファレンス側にセットしたミクロキュベットには150μLの水を入れ、UV2200分光光度計(島津製作所社製)を用いて340nmの波長で50分間の吸光度の増加を測定した。その結果、L−酒石酸では7.5mMの濃度で3.75の吸光度の増加を示し、0、2.5、5、7.5mM溶液のそれぞれの吸光度の増加を縦軸に、L−酒石酸の濃度を横軸にプロットしたところ、すべてのL−酒石酸標準溶液で原点を通る直線上にプロットされた。それに対してD−酒石酸ではすべての濃度で吸光度の増加はまったく認められず、また高濃度のmeso−酒石酸で吸光度の若干の増加が見られたが、L−酒石酸の吸光度の増加に比べると無視できる程度の増加であった。そこで採取された酒石酸は、酒石酸1カリウムであると考え、正確に秤量して5mMの溶液を調整し上記と同じ方法で吸光度の増加を測定した。その結果、吸光度の増加は2.45を示し、L−酒石酸の標準曲線から、得られた酒石酸は純度99.7%のL−酒石酸であることが判明した。
【0047】
遠心分離して得られたグリコール酸を含む上澄約630mLを5M水酸化ナトリウムでpH7.0に調整した後、1,000mLのアンバーライトCG400陰イオン交換樹脂(蟻酸型、ローム・アンド・ハース社製)のカラムに通した。そのカラムを1,000mLの20mM蟻酸ナトリウム溶液で洗浄後、200mM蟻酸ナトリウム溶液を流し、その溶出液を10mLずつ分画した。分画した画分はHPLC分析を行い、グリコール酸標準液と同一保持時間を示すピークを持つ分画番号54〜205の溶出画分を集めた。その溶出液からナトリウムイオンなどの陽イオンを除去するため、2,000mLのダウエックス50W×8陽イオン交換樹脂(OH−型)のカラムを通したのち、さらに500mLの脱イオン水で洗浄した。その非吸着画分および洗液を一緒に集め、2Mアンモニア溶液でpHを7.0に調整後、その中和溶液を35℃で減圧濃縮して蟻酸アンモニウムを除去した。さらに一晩、真空減圧下で乾燥し、4.7gのグリコール酸アンモニウムの白色粉末を得た。その粉末の一部を水に溶解させ、LCMS−2010A液体クロマトグラフ質量分析計(島津製作所社製)にディスカバリー HS F5, 25cm×4.6mmカラム(スペルコ社製)を接続し、0.1%蟻酸含有アセトニトリル/0.1%蟻酸水溶液の溶媒系で0.1%蟻酸含有アセトニトリルを0%から50%まで直線的に増加さて1分間当たり0.3mLの流速で28分間流し、210nmの波長での液体クロマトグラム、検出されたピークの紫外線吸収スペクトル及び陰イオンマススペクトル、マスクロマトグラム測定を行った。その結果、採取した物質中には液体クロマトグラムで10.2分にピークが検出され、そのピークは標準品のグリコール酸の保持時間、紫外線吸収スペクトル、m/z=75.05,121.05を特徴とする陰イオンマススペクトル、及びそれらの陰イオンのマスクロマトグラムと一致した。その結果、採取した物質をグリコール酸と同定した。
【実施例5】
【0048】
[パラジウム炭素の再利用]
1%の5−ケト−D−グルコン酸カリウム塩を含む5mLの0.45M炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.55)に40mgのパラジウム炭素を添加し、9日間振とうした。その結果4g/LのL−酒石酸と1g/Lのグリコール酸が生成し、0.7g/Lの5−ケト−D−グルコン酸が残存した。この3.5mLの反応液を遠心してパラジウム炭素を回収し、0.5Mの同緩衝液3.15mLと0.10%の5−ケト−D−グルコン酸カリウム35mLを加えて7日間振とうしたところ、5g/LのL−酒石酸と1.2g/Lのグリコール酸が生成し、2.1g/Lの5−ケト−D−グルコン酸が残存した。
【実施例6】
【0049】
[5−ケト−D−グルコン酸からL−酒石酸及びグリコール酸生成に及ぼすpHの影響]
1%の5−ケト−D−グルコン酸を含むpH6、7、8若しくは9の450mMリン酸カリウム緩衝液、又は、pH 9、10、11若しくは11.5の炭酸ナトリウム緩衝液に、パラジウム炭素(10%)添加又は無添加の条件で、酒石酸及びグリコール酸の生成を検討した。反応はシリコセンをした10mL容試験管に1.5mLの液量で行い、2日間28℃、250rpmで往復振とうした後にpHを測定し、生成した酒石酸とグリコール酸を定量した。結果を以下の表1に示すが反応中のpHが維持されにくかったことから、酒石酸及びグリコール酸の生成にはpH8から11が適していると考えられた。特にpH9から10で顕著な生産が認められた。また、いずれのpHでも、パラジウム炭素を添加すると、酒石酸及びグリコール酸の生産性が著しく向上することが分かる。
【0050】
【表1】
【実施例7】
【0051】
[5−ケト−D−グルコン酸からL−酒石酸およびグリコール酸生成に及ぼす温度の影響]
1%の5−ケト−D−グルコン酸を含む450mM炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.55)に、パラジウム炭素(10%)添加又は無添加の条件で、30℃、40℃、50℃又は60℃での酒石酸、及び、グリコール酸の生成を検討した。反応はシリコセンをした30mLフラスコに3mLの液量にて、各温度で2日間、80回転の往復振とうして行った。得られた反応液を分析した結果を以下の表2に示すが、30℃から60℃、特に30℃から40℃で酒石酸およびグリコール酸の良好な生産が認められた。また、いずれの温度でも、パラジウム炭素を添加すると、酒石酸及びグリコール酸の生産性が著しく向上することが分かる。
【0052】
【表2】
【実施例8】
【0053】
[5−ケト−D−グルコン酸からL−酒石酸及びグリコール酸生成に使用可能な触媒の検討]
1%の5−ケト−D−グルコン酸を含む450mM炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.55)に後述の表3記載の触媒を加えて酒石酸及びグリコール酸の生成を検討した。反応はシリコセンをした30mLフラスコに5mLの液量にて、24℃で2日間、往復振とうして行なった。得られた反応液を分析した結果を以下の表3に示す。検討したいずれの触媒も、酒石酸及びグリコール酸の生産性の向上に有効であったが、特に、パラジウム、ロジウム及びマンガンが優れていた。
【0054】
【表3】
【0055】
[5−ケト−D−グルコン酸からL−酒石酸及びグリコール酸生成で触媒効果を示す遷移金属の検討]
10%の5−ケト−D−グルコン酸を含む500mM炭酸カリウム緩衝液(pH10.0)に、後述の表4記載の遷移金属触媒をそれぞれ加えて酒石酸及びグリコール酸の生成を検討した。反応はウレタン栓をした2mLの反応液を含む大試験管(直径21mm ´ 長さ200mm)を28℃、250回転/分で往復振とうを行なった。19時間目に3M炭酸カリウム溶液を0.5mL添加し、反応液のpHを9.5付近に維持した。反応開始から3日目の反応液を分析した結果を以下の表4に示す。検討したいずれの触媒も、酒石酸及びグリコール酸の生産性の向上に有効であった。用いた触媒の中でも、硫酸銅(II)5水和物や、バナジン酸アンモニウムが特に優れていた。
【0056】
【表4】
【0057】
[銅あるいはバナジウム触媒による5−ケト−D−グルコン酸からL−酒石酸及びグリコール酸の生成における、それらの触媒の最適濃度の検討]
10%の5−ケト−D−グルコン酸を含む500mM炭酸カリウム緩衝液(pH10.0)に、後述の表5記載の濃度の硫酸銅(II)6水和物あるいはバナジン酸アンモニウムを加えて酒石酸及びグリコール酸の生成を検討した。遷移金属塩なしを対照区とした。反応はウレタン栓をした5mLの反応液を含む100mLフラスコを28℃で1分間あたり250回転にて回転振とうを行なった。反応開始から19時間目に3M炭酸カリウム溶液を0.5mL加え、反応液のpHを9.5付近に維持した。得られた反応液を分析した結果を以下の表5に示す。0.075g/Lの濃度の硫酸銅(II)6水和物で、また0.2g/Lの濃度のバナジン酸アンモニウムで、酒石酸、グリコール酸の生成量は最大に達し、いずれの触媒も、それ以上の濃度では酒石やグリコール酸のほぼ同じ生成量であった。
【0058】
【表5】
【0059】
[5−ケト−D−グルコン酸からL−酒石酸及びグリコール酸の生成でパラジウム炭素とバナジン酸の併用による触媒効果の検討]
10%の5−ケト−D−グルコン酸を含む500mM炭酸カリウム緩衝液(pH10.0)に、後述の表6記載の濃度の10%パラジウム炭素とバナジン酸アンモニウムを加えて酒石酸及びグリコール酸の生成を検討した。パラジウム炭素単独あるいは各濃度のバナジン酸アンモニウム単独を対照区とした。反応はウレタン栓をした5mLの反応液を含む100mLフラスコを28℃で1分間あたり250回転で回転振とうを行なった。反応開始から19時間目に3M炭酸カリウム溶液を0.5mL加え、反応液のpHを9.5付近に維持した。3日目の反応液を分析した結果を以下の表6に示す。0.2g/Lの10%パラジウム炭素と0.2、0.4あるいは0.8g/Lのバナジン酸アンモニウムを混合触媒として用いた反応液は、0.2g/Lの10%パラジウム炭素単独あるいは0.2、0.4あるいは0.8g/Lのバナジン酸アンモニウム単独の反応液に比べてL−酒石酸、グリコール酸の生成量が著しく増加し、それらの生産性が著しく向上した。
【0060】
【表6】
【0061】
[比較例1]
[グルコースから酒石酸およびグリコール酸の製造方法(5−ケト−D−グルコン酸から1M 水酸化カリウム存在下で反応]
実施例2と同様にグルコノバクター・オキシダンスTADK−267を用いて得られた67.3g/Lの5−ケト−D−グルコン酸を含む培養液約430mLに、24gの水酸化カリウムを約30mLの水溶液として加え、溶液の水酸化カリウム終濃度を1Mとした。この時のpHは13.7であった。その後通気攪拌を継続したところ55時間目に3.1g/Lの酒石酸及び1.5g/Lのグリコール酸が生成し、微量の5−ケト−D−グルコン酸が残存していた。また、144時間目まで反応させたが酒石酸は3.6g/L、グリコール酸は1.7g/Lで、蒸発及び途中サンプリングによる減少分を考慮して計算すると、グルコースからの酒石酸のモル収率は6.6%であり、グルコースからのグリコール酸のモル収率は6.2%であった。すなわち、pHが12以上の場合は、酒石酸及びグリコール酸の収率が著しく低かった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、グルコースからL−酒石酸若しくはその塩、及び/又は、グリコール酸若しくはその塩を非常に効率良く、かつ、低コストで製造することができる。そのため、本発明の製造方法は、工業的な製造に利用することが可能であり、実用性もきわめて高い。したがって、L−酒石酸やグリコール酸等を使用する産業分野、例えば、食品分野、工業分野、医薬品分野において、特に有用となる。