【実施例】
【0017】
本実施例に係るタイヤのシミュレーション方法は、いわゆる、有限要素法(FEM)を用いたシミュレーション方法であり、有限個に分割したタイヤモデルを、コンピュータを用いて解析し、解析後に得られる解析情報から所定の算出式を用いて演算することにより、タイヤの性能を評価するための評価物理量を算出する方法である。本実施例に係るタイヤのシミュレーション方法では、シミュレーションの実行に先立って、材料パラメータの同定が実行される。
【0018】
まず、
図1を参照しながら、本実施例に係るタイヤのシミュレーション方法を実行するコンピュータ50について説明する。
図1は、本実施例に係るタイヤのシミュレーション方法を実行するコンピュータの構成図である。
【0019】
コンピュータ50は、例えば、いわゆるホストコンピュータであり、端末装置70と接続される。また、コンピュータ50は、ネットワーク63を介して、他のコンピュータ64aおよび64bと接続され、相互にデータのやり取りを行うことが可能となっている。
【0020】
コンピュータ50は、各種プログラムを格納する記憶部50mと、各種プログラムを実行する処理部50pと、処理部50pと記憶部50mとを接続する入出力部(I/O)59とを備える。
【0021】
記憶部50mは、各種プログラム等を実行するための作業領域となるRAM等の揮発性の記憶装置、ROMやハードディスクドライブ等の不揮発性の記憶装置、あるいはこれらの組み合わせにより構成される。そして、記憶部50mは、シミュレーションプログラム27を記憶する。
【0022】
処理部50pは、各種プログラムを実行するための演算を行うCPU等で構成されており、情報取得部51と、材料パラメータ同定部52と、解析部53とを含む。情報取得部51、材料パラメータ同定部52および解析部53は、処理部50pが記憶部50mに記憶されたシミュレーションプログラム27を実行することにより機能するようになる。
【0023】
情報取得部51は、シミュレーションの実行に必要な各種の情報を取得する。材料パラメータ同定部52は、情報取得部51によって取得された情報に基づいて、シミュレーションの実行に用いられる弾性モデルの材料パラメータの同定を行う。解析部53は、情報取得部51によって取得された情報と、材料パラメータ同定部52によって同定された材料パラメータとを用いて、シミュレーションを実行する。
【0024】
入出力部59は、端末装置70と接続されており、端末装置70から出力された各種データを受け取り、受け取った各種データを処理部50pまたは記憶部50mへ適宜入力する。また、入出力部59は、処理部50pまたは記憶部50mから出力された各種データを受け取り、受け取った各種データを端末装置70へ適宜入力する。
【0025】
さらに、入出力部59は、ネットワーク63を介して、他のコンピュータ64aおよび64bと接続される。このため、入出力部59は、処理部50pまたは記憶部50mから出力された各種データを受け取り、受け取った各種データを、ネットワーク63を介して、他のコンピュータ64aまたは64bへ適宜入力することが可能となっている。また、入出力部59は、他のコンピュータ64aまたは64bから出力された各種データを、ネットワーク63を介して受け取り、受け取った各種データを処理部50pまたは記憶部50mへ適宜入力することが可能となっている。
【0026】
端末装置70は、端末装置本体60と、端末装置本体60に接続された表示装置62と、端末装置本体60に接続された入力装置61とを備える。端末装置本体60は、タイヤの解析を実行するために必要なデータ(例えば、タイヤを構成する各部材の材料特性、接地解析における境界条件等)を入力装置61で入力されると、入力装置61で入力されたデータを、ホストコンピュータ50へ向けて出力する。また、端末装置本体60は、コンピュータ50から端末装置70へ向けてデータが出力されると、コンピュータ50から出力されたデータを受け取り、受け取ったデータを表示装置62に視認可能に表示させる。
【0027】
本実施例に係るタイヤのシミュレーション方法が実行される場合、コンピュータ50において、処理部50pが記憶部50mに格納されたシミュレーションプログラム27を実行する。続いて、端末装置70では、端末装置本体60が、入力装置61から入力されたデータをホストコンピュータ50の入出力部59に入力する処理が行われる。すると、処理部50pは、端末装置70から入力されたデータと、情報取得部51によって取得されたその他のデータとに基づいて、材料パラメータ同定部52および解析部53を作動させる。
【0028】
なお、本実施例に係るタイヤのシミュレーション方法を実行するための装置構成は、上記構成に限定されない。例えば、ネットワーク63を介して接続された、他のコンピュータ64aおよび64bは必ずしも必要ではない。また、コンピュータ50は、いわゆるパソコンやワークステーションであってもよい。
【0029】
次に、
図2から
図4を参照しながら、本実施例に係るタイヤのシミュレーション方法に含まれる材料パラメータ同定方法について説明する。
図2は、3種の試験結果に基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定した結果の一例を示す図である。
図3は、一軸伸張試験のみ、すなわち1種の試験結果に基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定した結果の一例を示す図である。
図4は、
図3と同じく1種の試験結果に基づいてArruda−Boyceモデルの材料パラメータを同定した結果の一例を示す図である。
【0030】
図2、
図3および
図4に示すグラフは、弾性体の応力とひずみとの関係(応力−ひずみ関係)を示しており、ここでは縦軸に公称応力(Stress)[MPa]がとられ、横軸に公称ひずみ(Strain)[%]がとられている。ひずみとは、物体が応力を受けた時に生じる単位寸法あたりの変形量のことであり、対象の弾性体に応力が作用していない状態の引張方向長さに対する、対象の弾性体に応力を作用させて発生した引張方向変位量の割合を示す。ひずみは、対象の弾性体の長さがもとの2倍になると100%となる。
【0031】
図2に示す例では、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値の乖離が非常に少ない。このことは、3種の試験結果に基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定することにより、精度の高い同定結果を得ることができることを示している。
【0032】
Ogdenモデルは、代表的な弾性モデルの1つであり、N次の級数にて表現される主伸長比の関数であり、3次の場合、以下の式(1)で表される。
【0033】
【数1】
【0034】
ここで、Uは、単位体積あたりのひずみエネルギー量である。λ
1、λ
2、λ
3は、主伸張比である。伸張比とは初期形状の長さに対する変形後の長さの比であり、ひずみをεとすると、λ=1+εの関係である。そして、α
iおよびμ
iが、Ogdenモデルの材料パラメータである。
【0035】
また、3種の試験とは、一軸伸張試験(単軸引張試験)、純せん断試験(一軸高速二軸引張試験)、均等二軸試験の3つの試験を指す。一軸伸張試験とは、最も一般的な試験であり、
図13に示すように、弾性体を一軸方向に引っ張る試験である。一軸伸張試験の場合、引張方向の伸張比をλ
Uとして、引張方向の伸張比であるλ
1と、断面方向の伸張比であるλ
2およびλ
3と、公称応力T
Uとは、以下の式(2)〜式(4)のように表される。
【0036】
【数2】
【0037】
【数3】
【0038】
【数4】
【0039】
純せん断試験とは、
図14に示すように、一軸方向に拘束した状態の弾性体を他の軸方向に引っ張る試験である。純せん断試験の場合、引張方向の伸張比をλ
Sとして、引張方向の伸張比であるλ
1と、拘束方向の伸張比であるλ
2と、厚み方向の伸張比であるλ
3と、公称応力T
Sとは、以下の式(5)〜式(8)のように表される。
【0040】
【数5】
【0041】
【数6】
【0042】
【数7】
【0043】
【数8】
【0044】
均等二軸試験とは、
図15に示すように、弾性体を2つの軸方向に同じ大きさの力で引っ張る試験である。均等二軸試験の場合、それぞれの軸方向の伸張比をλ
Bとして、引張方向の伸張比であるλ
1およびλ
2と、厚み方向の伸張比であるλ
3と、公称応力T
Bとは、以下の式(9)〜式(11)のように表される。
【0045】
【数9】
【0046】
【数10】
【0047】
【数11】
【0048】
これらの3種の試験で測定した実測値に基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定することにより、
図2に示したように理想的な同定結果を得ることができる。しかしながら、一軸伸張試験以外の試験は、コスト等の問題から実施が難しい場合がある。一軸伸張試験のみの結果に基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定することは可能であるが、その場合、
図3に示すように、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値の乖離が大きくなってしまう。
【0049】
一軸伸張試験以外の試験を行うことができない場合には、同定結果の精度を向上させるために、Ogdenモデル以外の弾性モデルを用いることが考えられる。Ogdenモデル以外の弾性モデルとしては、例えば、高分子ネットワークの統計的考察から導き出されたArruda−Boyceモデルを用いることができる。Arruda−Boyceモデルは、弾性モデルの1つであり、以下の式(12)で表される。
【0050】
【数12】
【0051】
ここで、I
1は、ストレッチテンソルの一次不変量である。そして、μおよびλ
mが、Arruda−Boyceモデルの材料パラメータである。
【0052】
一軸伸張試験のみの結果に基づいてArruda−Boyceモデルの材料パラメータを同定した場合、
図4に示すように、比較的良好な同定結果が得られるが、低ひずみ領域において、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値の乖離が大きい。低ひずみ領域は、例えば、ひずみが0〜40%の領域であり、タイヤのシミュレーションにおいて頻繁に用いられる。したがって、低ひずみ領域において乖離が大きいことは、タイヤのシミュレーションにおいて重大な問題となる。
【0053】
このように、一軸伸張試験のみの実測値しかない場合、1つの弾性モデルのみを用いて材料パラメータを同定したのでは、精度のよい同定結果を得ることは難しい。そこで、本実施例に係る材料パラメータ同定方法では、1つの弾性モデルを用いて同定した材料パラメータを利用して、他の弾性モデルの材料パラメータが算出される。
【0054】
具体的には、まず、一軸伸張試験のみの実測値に基づいて第1の弾性モデルの材料パラメータが同定される。ここで用いられる第1の弾性モデルは、同定結果に基づいて算出される3種の試験の応力−ひずみ関係における応力の比率がほぼ正確な弾性モデルである。応力−ひずみ関係における応力の比率がほぼ正確とは、同一のひずみに対応する各試験での応力の比率が、実測値での比率とほぼ一致することを意味する。
【0055】
応力−ひずみ関係における応力の比率がほぼ正確である場合、例えば、実際に3種の試験を行った場合に同一のひずみに対応する応力の比率が、
一軸伸張試験:純せん断試験:均等二軸試験=1:1.1:1.4
となる弾性体があったものとして、その弾性体について1種類の試験結果に基づいて同定した材料パラメータを用いて算出される3種の試験の応力−ひずみ関係において、同一のひずみに対応する応力の比率が、
一軸伸張試験:純せん断試験:均等二軸試験≒1:1.1:1.4
となる。
【0056】
第1の弾性モデルとしては、例えば、Arruda−Boyceモデルを使用することができる。なお、第1の弾性モデルとして使用する弾性モデルは、少なくとも、シミュレーションで用いるひずみの範囲内で、3種の試験の応力−ひずみ関係における応力の比率がほぼ正確であればよい。
【0057】
続いて、本実施例に係る材料パラメータ同定方法では、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係(第1の推定値)における応力の比率を用いて、純せん断試験および均等二軸試験を行った場合に得られる計測値の推定値(第2の推定値)が算出される。純せん断試験および均等二軸試験を行った場合に得られる計測値の推定値は、同定結果に基づいて算出した3種の試験の応力−ひずみ関係における応力の比率を一軸伸張試験の実測値に乗じることで算出される。
【0058】
同定結果に基づいて算出した3種の試験の応力−ひずみ関係における応力の比率はほぼ正確であるため、ここで算出される推定値は、実際に試験を行って得られる実測値にほぼ等しいと考えられる。
【0059】
続いて、本実施例に係る材料パラメータ同定方法では、一軸伸張試験の実測値と、純せん断試験の推定値と、均等二軸試験の推定値とに基づいて、第2の弾性モデルの材料パラメータが同定される。ここで用いられる第2の弾性モデルは、3種の試験の結果に基づいて材料パラメータを同定することにより、精度の高い同定結果を得ることができる弾性モデルである。第2の弾性モデルとしては、例えば、Ogdenモデルを使用することができる。なお、第2の弾性モデルとして使用する弾性モデルは、少なくとも、シミュレーションで用いるひずみの範囲内で、精度の高い同定結果を得ることができればよい。
【0060】
ここで用いられる推定値は、実際に試験を行って得られる実測値にほぼ等しいと考えられるので、それらの推定値を実測値とみなして、第2の弾性モデルの材料パラメータを同定することにより、精度の高い同定結果が得られることが期待できる。
【0061】
次に、
図5から
図8を参照しながら、本実施例に係るシミュレーション方法の実行手順について説明する。
図5は、本実施例に係るシミュレーション方法の実行手順を示すフローチャートである。
図6は、第1の弾性モデルの材料パラメータを同定した結果の一例を示す図である。
図7は、応力の比率に基づいて算出した推定値の一例を示す図である。
図8は、第2の弾性モデルの材料パラメータを同定した結果の一例を示す図である。なお、
図5においては、シミュレーションプログラム27が予め実行され、情報取得部51等が既に機能する状態になっているものとする。
【0062】
コンピュータ50は、ユーザによるシミュレーションの開始指示の入力を検出したら、ステップS12として、シミュレーションの条件を設定する。具体的には、ユーザにより入力された各種条件を検出し、検出した条件をシミュレーション条件として設定する。ここで、シミュレーションの条件とは、解析の種類、解析対象のモデル、条件等である。
【0063】
コンピュータ50は、ステップS12でシミュレーションの条件を設定したら、ステップS14として、入力された条件に基づいて、材料パラメータの同定範囲として設定するひずみの範囲を設定する。なお、以下では、ひずみの範囲として0〜100%が設定されたものとして説明する。
【0064】
続いて、コンピュータ50は、ステップS16として、一軸伸張条件での応力−ひずみ関係の実測値を取得する。ここで取得される応力−ひずみ関係の実測値は、例えば、10%刻みで増加させた各ひずみに対応する応力が記録されたデータである。なお、実測値は、端末装置70から取得してもよいし、他のコンピュータ64aまたは64bから取得してもよい。
【0065】
続いて、コンピュータ50は、ステップS18として、一軸伸張条件での応力−ひずみ関係の実測値を用いて第1の弾性モデルの材料パラメータ(第1の材料パラメータ)を同定する。ここで、同定手法としては、例えば、最小二乗法を利用することができる。
【0066】
続いて、コンピュータ50は、ステップS20として、同定された材料パラメータを用いて一軸伸張条件での応力−ひずみ関係の第1の推定値を算出する。そして、コンピュータ50は、ステップS22として、同定された材料パラメータを用いて純せん断条件での応力−ひずみ関係の第1の推定値を算出し、ステップS24として、同定された材料パラメータを用いて均等二軸条件での応力−ひずみ関係の第1の推定値を算出する。
【0067】
ステップS20、ステップS22およびステップS24での演算により、
図6に示すように3つの試験の応力−ひずみ関係の第1の推定値が算出される。これらの第1の推定値は、値そのものは実測値と乖離している可能性があるが、応力−ひずみ関係における応力の比率がほぼ正確である。
【0068】
続いて、コンピュータ50は、ステップS26として、一軸伸張条件での応力−ひずみ関係の第1の推定値と、純せん断条件での応力−ひずみ関係の第1の推定値とに基づいて、一軸伸張条件での応力と純せん断条件での応力の比率を算出する。そして、コンピュータ50は、ステップS28として、一軸伸張条件での応力−ひずみ関係の第1の推定値と、均等二軸条件での応力−ひずみ関係の第1の推定値とに基づいて、一軸伸張条件での応力と均等二軸条件での応力の比率を算出する。
【0069】
例えば、
図6に示す例において、ひずみが50%のとき、一軸伸張条件での応力と純せん断条件での応力の比率は、Y
50/X
50であり、一軸伸張条件での応力と均等二軸条件での応力の比率は、Z
50/X
50である。また、ひずみが100%のとき、一軸伸張条件での応力と純せん断条件での応力の比率は、Y
100/X
100であり、一軸伸張条件での応力と均等二軸条件での応力の比率は、Z
100/X
100である。
【0070】
続いて、コンピュータ50は、ステップS30として、一軸伸張条件での応力と純せん断条件での応力の比率を一軸伸張条件での応力−ひずみ関係の実測値に乗じて、純せん断条件での応力−ひずみ関係の推定値(第2の推定値)を算出する。そして、コンピュータ50は、ステップS32として、一軸伸張条件での応力と均等二軸条件での応力の比率を一軸伸張条件での応力−ひずみ関係の実測値に乗じて、均等二軸条件での応力−ひずみ関係の推定値(第2の推定値)を算出する。
【0071】
ここでは、
図7に示すように、一軸伸張条件の実測値ごとに、純せん断条件の推定値および均等二軸条件の推定値が算出される。例えば、純せん断条件でひずみが50%のときの応力の推定値は、一軸伸張条件でひずみが50%のときの応力の実測値にY
50/X
50を乗じて算出される。また、均等二軸条件でひずみが50%のときの応力の推定値は、一軸伸張条件でひずみが50%のときの応力の実測値にZ
50/X
50を乗じて算出される。同様に、純せん断条件でひずみが100%のときの応力の推定値は、一軸伸張条件でひずみが100%のときの応力の実測値にY
100/X
100を乗じて算出される。また、均等二軸条件でひずみが100%のときの応力の推定値は、一軸伸張条件でひずみが100%のときの応力の実測値にZ
100/X
100を乗じて算出される。
【0072】
なお、一軸伸張条件の実測値に乗じる比率は、ひずみが同一のときの応力の比率ではなく、応力の比率を統計処理した平均値や中央値等でもよい。例えば、一軸伸張条件でひずみが50%のときの応力の実測値に、一軸伸張条件での応力と純せん断条件での応力の比率のひずみの範囲内での平均値を乗じて、純せん断条件でひずみが50%のときの応力の推定値を算出してもよい。
【0073】
続いて、コンピュータ50は、ステップS34として、一軸伸張条件での応力−ひずみ関係の実測値と、純せん断条件での応力−ひずみ関係の推定値(第2の推定値)と、均等二軸条件での応力−ひずみ関係の推定値(第2の推定値)とを用いて、第2の弾性モデルの材料パラメータを同定する。ここで、同定手法としては、例えば、最小二乗法を利用することができる。
【0074】
こうして同定した材料パラメータを用いて3種の試験の応力−ひずみ関係を算出すると、
図8に示すように、一軸伸張条件の実測値と同定結果に基づく応力−ひずみ関係の乖離が小さく、同定結果の精度が高いことが分かる。また、同定された材料パラメータは多軸場にも対応し、純せん断条件および均等二軸条件についても実測値を算出すれば、実測値と同定結果に基づく応力−ひずみ関係の乖離が小さいものと期待される。
【0075】
続いて、コンピュータ50は、ステップS36として、同定した材料パラメータを用いてシミュレーションを実行する。なお、用いるコンパウンドが異なる複数の部材がタイヤに含まれる場合、部材ごとにステップS12〜S34の手順を実行して材料パラメータを同定することが好ましい。例えば、キャップトレッド、ビードフィラー、インナーライナーが異なるコンパウンドを用いている場合、それぞれ別個に材料パラメータを同定することが好ましい。また、ステップS36で実行されるシミュレーションは、第2の弾性モデルの材料パラメータを用い、かつ、数値解析可能な要素でモデル化されたタイヤのシミュレーションであり、例えば、接地解析、剛性解析、転動解析を含む。
【0076】
次に、
図9から
図12を参照しながら本実施例に係るシミュレーション方法および材料パラメータ同定方法の効果について説明する。
図9は、3種の試験結果に基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定した結果の一例を示す図である。
図10は、1種の試験結果に基づいてArruda−Boyceモデルの材料パラメータの同定を行った結果の一例を示す図である。
図11は、1種の試験結果と公知の応力の比率とに基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定した結果の一例を示す図である。
図12は、本実施例に係る材料パラメータ同定方法を用いて材料パラメータを同定した結果の一例を示す図である。なお、
図9から
図12に示す例の解析対象の弾性体は同一である。
【0077】
図9に示すように、3種の試験結果に基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定した場合、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値との乖離が小さく、理想的な同定結果を得ることができる。ただし、3種の試験結果を揃えることは、コスト等の問題から難しいことがある。
【0078】
図10に示すように、1種の試験結果に基づいてArruda−Boyceモデルの材料パラメータを同定した場合、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値との乖離が低ひずみ領域において大きく、低ひずみ領域の使用頻度が高いタイヤのシミュレーションに適した同定結果は得られない。
【0079】
図11に示す例は、一軸伸張条件の実測値と、解析対象の弾性体と同様の組成をもつ弾性体について知られている
一軸伸張試験:純せん断試験:均等二軸試験=1:1.1:1.4
という応力の比率を一軸伸張条件の実測値に乗じて得た純せん断条件および均等二軸条件の推定値とに基づいてOgdenモデルの材料パラメータを同定した結果を示している。この例でも、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値との乖離が低ひずみ領域において大きく、タイヤのシミュレーションに適した同定結果は得られない。また、この例では、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値との乖離が全体的に比較的小さくなっているが、配合によって特性が大きく変化する弾性体、例えばタイヤに用いられるコンパウンド等の分野では、同様の組成をもつ弾性体の応力の比率を流用しても、実測値と大きく乖離した同定結果が得られることがある。
【0080】
図12に示すように、本実施例に係る材料パラメータ同定方法を用いて材料パラメータを同定した場合、用いている実測値は1つであるにもかかわらず、同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値との乖離が低ひずみ領域においても小さく、3種の実測値を用いた場合に近い精度が得られている。
【0081】
以上の4つの方式で得た同定結果に基づいて算出した応力−ひずみ関係と実測値との乖離は以下の表の通りであり、本実施例に係る材料パラメータ同定方法は、3種の実測値を用いる場合に近い精度で材料パラメータを同定できることが分かる。
【0082】
【表1】
【0083】
上述してきたように、本実施例に係るシミュレーション方法および材料パラメータ同定方法によれば、1種の実測値から材料パラメータを精度よく同定することができる。また、収束条件が満たされるまで何度も繰り返して演算を行わずにすむため、少ない演算量で材料パラメータを同定することができる。
【0084】
なお、本実施例に係るシミュレーション方法および材料パラメータ同定方法は、本発明の要旨を逸脱しない範囲で様々に変形することができる。例えば、
図5に示した実行手順のステップS18およびステップS34の同定処理において、シミュレーションで頻繁に用いられるひずみ領域の誤差に重みをつけて最小二乗法で材料パラメータを同定することとしてもよい。シミュレーションで頻繁に用いられるひずみ領域は、タイヤのシミュレーションの場合、低ひずみ領域(例えば、0〜40%)である。また、好適な重みは、例えば、10〜100倍である。このようにシミュレーションで頻繁に用いられるひずみ領域の誤差に重みをつけて材料パラメータを同定することにより、シミュレーションの精度を向上させることができる。
【0085】
また、上記の実施例では、第1の弾性モデルとしてArruda−Boyceモデルを使用する例を示したが、第1の弾性モデルは、同定結果に基づいて算出される3種の試験の応力−ひずみ関係における応力の比率がほぼ正確な弾性モデルであればよい。このような特性をもつ弾性モデルは、例えば、ひずみの一次不変量のみからなる関数で構成される弾性モデルである。一次不変量のみからなる関数で構成される弾性モデルには、Arruda−Boyceモデル以外に、例えば、Yeohモデルがある。
【0086】
Yeohモデルは、超弾性モデルの1つであり、以下の式(13)で表される。
【0087】
【数13】
【0088】
ここで、C
10、C
20、C
30が、Yeohモデルにおける材料パラメータである。
【0089】
また、上記の実施例では、第2の弾性モデルとしてOgdenモデルを使用する例を示したが、第2の弾性モデルは、3種の試験の結果に基づいて材料パラメータを同定することにより、精度の高い同定結果を得ることができる弾性モデルであればよい。このような特性をもつ弾性モデルは、例えば、少なくともひずみの二次不変量または伸張比を含む関数で構成される弾性モデルである。少なくとも二次不変量または伸張比を含む関数で構成される弾性モデルには、Ogdenモデル以外に、例えば、Polynomial(多項式)モデルがある。
【0090】
Polynomial(多項式)モデルは、超弾性モデルの1つであり、以下の式(14)で表される。ここでは、例として2次多項式を挙げる。
【0091】
【数14】
【0092】
ここで、I
2は、ストレッチテンソルの二次不変量である。そして、C
10、C
01、C
11、C
20、C
02が、2次のPolynomialモデルにおける材料パラメータである。