【実施例】
【0044】
<実施例1:3RAA及び3SAAの合成>
3RAA及び3SAAは、以下に示す合成経路(1)により合成した。
【0045】
【化7】
【0046】
具体的な合成方法は次の通りである。
【0047】
〔中間体1の合成〕
合成経路(1)の中間体1(3−nitro−1−(3−bromopropoxy)benzene)を次の通り合成した。
【0048】
アセトニトリル(200ml)中に、3−ニトロフェノール23.3g(167mmol)、炭酸カリウム34.7g(251mmol)を加えた。10分撹拌した後、1,3−ジブロモブタン270g(1.34mol)を加え、24時間還流した。反応の終了については薄層クロマトグラフィーを用いて確認した。反応物を水−塩化メチレンで抽出した後、抽出物を硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を留去した。精製にシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;ヘキサン:塩化メチレン=3:2)を用いて、中間体1を31.4g(120mmol)得た。
Rf値:0.4(展開溶媒;塩化メチレン:ヘキサン=1:1)
収率:73%
1H−NMR(300MHz, CDCl
3):δ(ppm)2.37(quint, 2H,J=6.3Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2Br), 3.62(t, 2H, J=6.3Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2Br), 4.20(t, 2H, J=6.3Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2Br), 7.25(m, 1H, aromatic rings), 7.45(dd, J=8.1Hz, 1H, aromatic rings), 7.75(d, 1H, J=2.4Hz, aromatic rings), 7.85(d, J=8.1Hz, 1H, aromatic rings)。
【0049】
〔中間体2rの合成〕
中間体2r(((R)−2,2’−bis[3−(3−nitrophenyloxy)propoxy]−1,1’−binaphthyl)を次の通り合成した。
【0050】
アセトン(500ml)中に中間体1(10.0g, 38.6mmol)、(R)−2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチル5.52g(19.3mmol)、炭酸カリウム7.99g(75.9mmol)を加え、24時間還流した。反応の終了については薄層クロマトグラフィーを用いて確認した。反応物を水−塩化メチレンで抽出した後、抽出物を硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を留去した。精製にカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;塩化メチレン)を用いて、化合物2rを9.70g(15mmol)得た。
Rf値:0.6(展開溶媒;塩化メチレン)
収率:78%
1H−NMR(400MHz, DMSO−d
6):δ(ppm)1.79(t, 4H, J=5.6Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 3.51(m, 4H, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 4.10(d, 4H, J=5.6Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 6.91(d, 2H, J=8.8Hz, aromatic rings), 6.99(d, 2H, J=8.4Hz, aromatic rings), 7.11(dd, 2H, J=7.2Hz, aromatic rings), 7.22(dd, 2H, J=7.2Hz, aromatic rings), 7.31(s, 2H, aromatic rings), 7.50(dd, 2H, J=8.0Hz, aromatic rings), 7.57(d, 2H, J=9.0Hz, aromatic rings), 7.78(d, 2H, J=7.2Hz, aromatic rings), 7.86(d, 2H, J=8.0Hz, aromatic rings), 8.00(d, 2H, J=9.0Hz, aromatic rings)。
【0051】
〔3RAAの合成〕
3RAA((R)−2,2’−bis[3−(3’’−phenoxy)propoxy]−1’’−azo−1,1’−binaphthyl)を次の通り合成した。
【0052】
テトラヒドロフラン(200ml)中に、水素化アルミニウムリチウム(3.6g, 93mmol)を加えた。窒素雰囲気下で、氷浴にて20分間撹拌した後、テトラヒドロフラン(100ml)に溶かした中間体2r(6.0g, 9.3mmol)を少しずつ滴下し、室温で24時間撹拌した。その後、24時間還流した。反応経過は薄層クロマトグラフィーを用いて確認した。反応終了後、反応物を塩化メチレンで抽出した後、抽出物を硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を留去した。精製にシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;ヘキサン:塩化メチレン=2:3)及びサイズ排除クロマトグラフィー(溶出時間:41min)を用いて、3RAAを0.22g(0.38mmol)得た。
Rf値:0.5(展開溶媒;塩化メチレン)
収率:4%
1H−NMR(300MHz, DMSO−d
6):δ(ppm) 1.48(m, 2H, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 1.90(m, 2H, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 3.57(m, 4H, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 3.70(t, 2H, J=8.1Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 4.41 (t, 2H, J=6.9Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 6.96(d, 2H, J=7.8Hz, aromatic rings), 7.15(m, 4H, aromatic rings), 7.39(m, 10H, aromatic rings), 7.89(m, 4H, aromatic rings). Anal. Calcd. for C
38H
32N
2O
4:C, 78.60; H, 5.55; N, 4.82. Found: C, 78.43; H, 5.61; N, 4.83. MALDI−TOF MS: m/z=580.1 [M+]。
【0053】
〔3SAAの合成〕
3SAA(((S)−2,2’−bis[3−(3’’−phenoxy)propoxy]−1’’−azo−1,1’−binaphthyl)を次の通り合成した。
【0054】
(R)−2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチルの代わりに(S)−2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチルを用いた以外は、上記〔中間体2rの合成〕と同じ操作を行なうことで中間体2sを合成した。次に、中間体2rの代わりに中間体2sを用いた以外は上記〔3RAAの合成〕と同じ操作を行ない、3SAAを得た。
Rf値:0.5(展開溶媒;塩化メチレン)
収率:4%
1H−NMR(300MHz, CDCl
3):δ(ppm) 2.00(m, 2H, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 3.56(m, 2H, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 3.73(m, 4H, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 4.37(m, 2H, Ph−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 6.91(d, 2H, J=9.0Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl), 7.34 (m, 12H, aromatic rings), 7.52(d, 2H, J=7.8 Hz, aromatic rings), 7.79(d, 4H, J=9.0Hz, Ar−OCH
2CH
2CH
2O−binaphthyl).Anal. Calcd. for C
38H
32N
2O
4:C, 78.60; H, 5.55; N, 4.82. Found: C, 78.37; H, 5.55; N, 4.66. MALDI−TOF MS: m/z = 580.1 [M
+]。
【0055】
<実施例2:光照射に伴う吸収スペクトル及びCDスペクトル>
3RAAを1,4−ジオキサンに溶解して3RAA溶液を調製した(濃度:8.5×10
−6M)。次に、3RAA溶液に高圧水銀灯の輝線である365nm(光強度:10mW/cm2)の光を100秒間照射した。次に、3RAA溶液に436nm(光強度:10mW/cm
2)の光を100秒間照射した。これらの光を照射したことによる吸収スペクトル変化を
図1に示す。
図1は3RAA溶液の吸収スペクトル変化を示す図である。
図1の(a)は215nm〜600nmの波長における吸収スペクトル変化を示し、
図1の(b)は
図1の(a)のうち350nm〜600nmの範囲を拡大した図である。
【0056】
図1に示すように、3RAA溶液に365nmの光を照射したところ、365nm付近の吸収が減少し、440nm付近の吸収が増加した。365nm及び440nm付近の吸収は、それぞれアゾベンゼンのπ−π
*及びn−π
*遷移に帰属できることから、3RAAが光によってトランス体からシス体に変化することが確認できた(トランス体からシス体への異性化率は85%)。次に3RAA溶液に436nmの光を照射した結果、元の状態に戻った。なお、215−350nmはキラル部位であるビナフチル骨格に由来する吸収であり、350nm−600nmはアゾベンゼン骨格に由来する吸収である。
【0057】
また、円二色性(CD)スペクトル変化を確認するため、3SAAを1,4−ジオキサンに溶解して3SAA溶液も調製した(濃度:8.5×10
−6M)。3RAA溶液及び3SAA溶液のそれぞれに、365nm(光強度:10mW/cm2)の光を100秒間照射して、次に、436nm(光強度:10mW/cm2)の光を100秒間照射した。この光の照射によるCDスペクトル変化を
図2に示す。
図2は3RAA溶液及び3SAA溶液のそれぞれのCDスペクトル変化を示す図である。
図2に示すように、CDスペクトルは上下対称となった。これは3RAAと3SAAとが互いに反対のキラリティーを有するためである。また、365nmの光を照射したことにより、238nm付近のスペクトルが変化した。変化量(モル円二色性比:Δε)は213であった。また、365nmの光を照射した後、436nmの光を照射したことで元の状態に戻った。
【0058】
<実施例3:熱戻りによる異性化>
実施例2で用いた3RAA溶液を298K〜338Kの環境下に置き、異性化率を測定してグラフ上にプロットした。結果を
図3に示す。
図3は3RAAの熱戻りによる異性化の一次プロットを示す図である。次に、
図3におけるプロットした点の傾きから、一次反応定数(k)を算出した(k
298K:1.2×10
−7s
−1、k
308K:7.6×10
−7s
−1、k
318K:3.7×10
−6s
−1、k
328K:1.2×10
−5s
−1、k
338K:3.3×10
−5s
−1)。kの値から熱戻りによる異性化の半減期(ln2/k)を算出した。結果を
図4に示す。
図4は3RAAの熱戻りによる異性化の半減期を算出した結果を示す図である。なお、
図4には比較のため、本実施例と同じ方法で算出した以下の式(7)で示す化合物(以下、「2RAA」という。)の半減期も示す。なお、2RAAの合成については、特許文献1の記載に従った。
【0059】
【化8】
【0060】
図4に示すように、3RAAの半減期は298Kにおいて883時間(36.8日)となった。これは2RAAよりも極めて高い値であり、一般的なアゾベンゼン誘導体と比べて、約10倍の値である。
【0061】
<実施例4:比旋光度スイッチング>
3RAA及び3SAAをそれぞれクロロホルムに溶解した3RAA溶液及び3SAA溶液を調製した(各濃度:0.1g/dl)。
【0062】
3RAA溶液に365nm(光強度:10mW/cm
2)の光を照射した。その結果、光の照射前後で[α
D]の値の正負が逆転することが確認できた(モニター波長:589nm、照射前:+172、照射後:−63)。
【0063】
次に、3RAA溶液及び3SAA溶液のそれぞれに紫外光(365nm、10mW/cm
2)、可視光(436nm、10mW/cm
2)の照射を10回繰り返して[α
D]の測定を行なった(モニター波長:589nm)。結果を
図5に示す。
図5は3RAA溶液及び3SAA溶液に紫外光及び可視光を繰り返し照射して比旋光度を測定した結果を示す図である。
図5に示すように、材料の劣化は確認されなかった。このことから3RAA及び3SAAは光で[α
D]を繰り返して制御できることが示された。
【0064】
<実施例5:3RAAの熱物性>
3RAAの熱物性を評価するために、示差走査熱量測定(DSC測定)を行なった。結果を
図6に示す。
図6は3RAAのDSC測定の結果を示す図である。10℃/分で250℃まで昇温したところ、205℃に融点に由来する鋭いピークが現れた。0℃以下まで降温した後再び昇温すると、融点のピークが消失し、112℃に幅の広いピークが生じた。また、一度融点以上に加熱したサンプルは、昇温及び降温を繰り返しても同様なプロファイルとなることが確認された。
【0065】
次に3RAAの加熱処理前後におけるX線回折パターンを測定した。加熱処理としては、230℃で5分間加熱した後、室温まで冷却する処理を行なった。
図7に結果を示す。
図7は3RAAのX線回折パターンを示す図である。
図7の(A)は加熱処理前の室温でのX線回折パターンである。
図7の(A)に示すように、加熱処理前の3RAAは複数の鋭いピークが確認されたことから、結晶状態であることが確認できた。また、
図7の(B)は加熱処理後のX線回折パターンである。
図7の(B)に示すように加熱処理後は、加熱処理前に確認されたピークが消失し、幅の広いピークが確認された。
【0066】
図6及び
図7の結果から、3RAAは112℃にガラス転移点を有する分子性アモルファス材料であることが確認された。
【0067】
<実施例6:薄膜のトランス−シス光異性化>
まず、3RAA及び3SAAそれぞれの薄膜である3RAAフィルム及び3SAAフィルムをスピンコートにより作製した(膜厚:120nm)。具体的には、3RAA及び3SAAの1wt%クロロホルム溶液を調製し、洗浄したシリカ基板上へスピンコート(回転速度:1000rpm,時間:30s)した。
【0068】
3RAAフィルム及び3SAAフィルムのそれぞれに、365nmの光(光強度:10mW/cm
2)及び436nmの光(光強度:10mW/cm
2)をそれぞれ100秒間照射した。光を照射したことによる吸収スペクトル変化及びCDスペクトル変化を
図8及び
図9に示す。
図8は3RAAフィルムの吸収スペクトル変化を示す図である。
図9は3RAAフィルム及び3SAAフィルムのCDスペクトル変化を示す図である。
【0069】
図9に示すように、CDスペクトルは244nmにビナフチル分子に由来する大きな円二色性強度(±620mdeg/μm)を示した。また、365nmの光を照射したところCDスペクトルが変化し、円二色性強度の変化量は500であった。
【0070】
また、
図8及び
図9に示されるように、3RAA及び3SAAは、実施例2のジオキサンに溶解した溶液を用いた場合と同様に、光異性化反応によってビナフチルの不斉軸が回転することが確認できた。
【0071】
<実施例7:旋光度スイッチング>
実施例6で作製した3RAAフィルム及び3SAAフィルムに365nm(光強度:10mW/cm
2)の光を照射した。その結果、光の照射前後で旋光度α(mdeg/μm)の値が可逆的に変化することが確認できた(モニター波長:589nm、3RAAの照射前:+12mdeg/μm、照射後:+2mdeg/μm)。
【0072】
次に、3RAAフィルム及び3SAAフィルムのそれぞれに紫外光(365nm、10mW/cm
2)、可視光(436nm、10mW/cm
2)の照射を10回繰り返して旋光度αの測定を行なった(モニター波長:589nm)。結果を
図10に示す。
図10は3RAAフィルム及び3SAAフィルムに紫外光及び可視光を繰り返し照射して旋光度を測定した結果を示す図である。
図10に示すように、得られる値にばらつきがあるものの、ほぼ初期状態に戻るため、それぞれの薄膜の劣化は確認されなかった。つまり3RAAフィルム及び3SAAフィルムは、旋光度αを用いて繰り返して記録及びその記録の消去が可能な非破壊読み出しスイッチングフィルムとして機能することが確認できた。