【実施例1】
【0017】
原料として143.2gの炭酸ストロンチウム(SrCO
3)(Srとして0.97モル)、102.98gのアルミナ(Al
2O
3)(Alとして2.02モル)、1.76gの酸化ユウロピウム(Eu
2O
3)(Euとして0.01モル)、3.86gの酸化ツリウム(Tm
2O
3)(Tmとして0.02モル)とを秤量し、さらにフラックスとして5gのホウ酸(H
3BO
3)を秤量し、これら原料とフラックスとをボールミルを用いて十分によく混合する。
この混合物をアルミナるつぼに充填し、1400℃で窒素ガス97%+水素ガス3%の混合ガス(流量:0.1リットル毎分)による還元雰囲気中にて、2時間焼成する。
その後室温まで約1時間かけて冷却し、得られた焼成体を、粉砕工程、エタノール中分散工程、濾過工程、乾燥工程、篩別工程(100メッシュ通過)を経て、目的のアルミン酸ストロンチウム蛍光体を得た。これを試料1−(1)とした。この試料1−(1)は、(Sr
0.97Eu
0.01Tm
0.02)Al
2.02O
4.03と表すことができる。
同様に、ストロンチウム(Sr)とツリウム(Tm)の量を表1に示した通りに変化させた試料1−(2)ないし試料1−(8)を作成した。
【0018】
【表1】
【0019】
これら得られた試料1−(1)ないし試料1−(8)について、次の方法により輝尽発光特性を評価した。
まず、事前に蓄積されているエネルギーを解放し除去するため、蛍光体試料を暗箱に入れた後に赤外線を照射する。赤外線光源としては、近赤外線照射装置(Luminar Ace LA−100IR,林時計工業製)を用い、この近赤外線照射装置からの赤外線を試料に照射することにより試料を発光させ、この発光輝度を輝度計(LS−110,コニカミノルタ製)で測定した際に、発光輝度が1cd/m
2以下となるまで赤外線を照射し続ける。なお、この近赤外線照射装置(LA−100IR)からの赤外線の発光スペクトルは
図6に示す通り800nmから1300nmにかけて幅広い波長領域を有している。
こうして事前に蓄積されたエネルギーを除去した蛍光体試料を、一般照明用の蛍光灯として3波長形白色蛍光ランプ(型番:FHF32EX−N−H,パナソニック製)を用い照度1500lxで10分間暴露しエネルギーを蓄積させたのち、再び暗箱に戻し、再び上記近赤外線照射装置を用いて、赤外線の光量コントロールつまみを最大目盛すなわち最大出力にし、赤外線出力の光ファイバー端と蛍光体との距離を3cmに調整した上で赤外線を照射し、連続照射5秒後の発光輝度を上記輝度計で測定し、これを輝尽輝度とした。
上記評価方法を用いて試料1−(1)ないし試料1−(8)の輝尽輝度を測定した結果を、表2に示す。
【0020】
【表2】
【0021】
表2に示す結果より、試料1−(1)ないし試料1−(8)すなわちTmの量が0.004モル以上0.1モル以下の試料のいずれにおいても、輝尽輝度が10cd/m
2以上と好適な特性を有しており、特にTmの量が0.008以上0.04以下の範囲においてより優れた輝尽輝度を有していることがわかる。
ここで、Tmの量が0.004モル未満となると輝尽輝度は低下する。これはエネルギーをトラップするレベルが少なくなるためと推測される。また、逆に0.1モルを超えると、トラップレベル同士の相互作用に起因すると推測される輝尽輝度の低下がみられる。
以上より、好ましいTmの量の範囲は0.004以上0.1以下の範囲であり、より好ましい範囲は0.008以上0.04以下であることがわかる。
【0022】
なお、これら試料1−(1)ないし試料1−(8)に赤外線を照射した際に発光する光の発光色は緑色領域であった。このうち試料1−(8)の発光スペクトルを、分光蛍光光度計(型式:RF−5000 島津製作所製)を用い励起波長を715nmとして測定した。この発光スペクトルを
図1に示す。
この
図1からも、赤外線の照射により発光する光は緑色領域の光であることがわかる。
【0023】
次に、ストロンチウム(Sr)とユウロピウム(Eu)とツリウム(Tm)のモル数の合計(以下、Mと表記する。)に対するアルミニウム(Al)のモル数の比(以下、Al/Mと表記する。)を変化させた場合について説明する。
この目的のため、表3に示すようにM=1となるようにSr,Eu,Tmのモル数を固定し、Alのモル数を変化させる原料混合組成にした他は、試料1−(1)と同じ方法で蛍光体を同様に作成し、これを試料2−(1)ないし試料2−(7)とした。
【0024】
【表3】
【0025】
これら試料2−(1)ないし試料2−(7)も、試料1−(1)等と同じ方法で輝尽輝度を測定した。この結果も併せて表3に示す。
表3に示す結果より、化学量論組成であるAlが2.0モルの試料2−(3)ないし化学量論組成よりAlが若干多い2.04モルの試料2−(1)の範囲において輝尽輝度が10cd/m
2以上と好適な特性を有していることがわかる。
一方、化学量論組成よりAlが少ない2モル未満の試料では、輝尽輝度が著しく低下することがわかる。また、2.04モルを超える範囲においてもやはり輝尽輝度が低下している。
以上より、好適なAlの範囲は、2.0以上2.04以下であることがわかる。
【0026】
次に、ユウロピウム(Eu)のモル比を変化させた場合について説明する。
この目的のため、表4に示すようにTm,Alのモル数を固定し、Sr,Euのモル数を変化させる原料混合組成にした他は、試料1−(1)と同じ方法で蛍光体を同様に作成し、これを試料3−(1)ないし試料3−(10)とした。
【0027】
【表4】
【0028】
これら試料3−(1)ないし試料3−(10)も、試料1−(1)等と同じ方法で輝尽輝度を測定した。この結果も併せて表4に示す。
表4に示す結果より、試料3−(1)ないし試料3−(9)すなわちEuの量が0.003モル以上0.025モル以下の試料のいずれにおいても、輝尽輝度が10cd/m
2以上と好適な特性を有しており、特にEuの量が0.01以上0.023以下の範囲においてより優れた輝尽輝度を有していることがわかる。
なお、Euの量が0.003未満となると輝尽輝度は低下する。これは、発光中心であるEuの量が少なくなりすぎるためと考えられる。また、0.025を超えても輝尽輝度は低下する。これは、濃度消光等によるものであると考えられる。
以上より、好ましいEuの量の範囲は0.003以上0.025以下の範囲であり、より好ましい範囲は0.01以上0.023以下であることがわかる。
【0029】
ここまで述べた実施例1に示す真贋判定用蛍光体は、母体の結晶相がSrAl
2O
4であり、SrAl
2O
4:Eu,Tmとしても表すことができる蛍光体である。
ここで、同じ母体で蓄光性蛍光体であるSrAl
2O
4:Eu,Dy蛍光体についても、本発明の真贋判定用蛍光体として用いることができるか検討したところ、この蓄光性蛍光体では、赤外線照射する前でも明るく輝いてしまうため、赤外線を照射した箇所に変化があっても判別しにくく、本発明の真贋判定用蛍光体としては不適切であることが確認された。
なお、上記実施例1においては、アルカリ土類金属としてストロンチウム(Sr)に限定していたが、このストロンチウムをカルシウム(Ca)で置換した場合、その置換量を多くしていくと発光ピーク波長は長波長側にシフトし輝尽輝度も低下していくが、置換量が10モル%程度であれば発光ピーク波長は520nmから527nmへシフトするが輝尽輝度はほとんど変わらないことを実験により確認した。
さらに、ストロンチウムをバリウム(Ba)で置換した場合、その置換量を多くしていくと発光ピーク波長は短波長側にシフトし輝尽輝度も低下していくが、置換量が10モル%程度であれば発光ピーク波長は520nmから515nmへシフトするが輝尽輝度はほとんど変わらないことを実験により確認した。
このように、ストロンチウムの一部を上記CaまたはBaで置換した蛍光体は、置換していない蛍光体に加えて、上記の発光ピーク波長のシフトという効果を有していることがわかる。
【0030】
次に、別の実施の形態の実施例として、本発明の真贋判定用蛍光体である希土類付活アルカリ土類金属アルミン酸塩系輝尽性蛍光体とその特性について説明する。
【実施例2】
【0031】
原料として144.68gの炭酸ストロンチウム(SrCO
3)(Srとして0.98モル)、178.44gのアルミナ(Al
2O
3)(Alとして3.5モル)、1.76gの酸化ユウロピウム(Eu
2O
3)(Euとして0.01モル)、1.93gの酸化ツリウム(Tm
2O
3)(Tmとして0.01モル)とを秤量し、さらにフラックスとして10gのホウ酸(H
3BO
3)を秤量し、これら原料とフラックスとをボールミルを用いて十分によく混合する。
この混合物をアルミナるつぼに充填し、1300℃で窒素ガス97%+水素ガス3%の混合ガス(流量:0.1リットル毎分)による還元雰囲気中にて、2時間焼成する。
その後室温まで約1時間かけて冷却し、得られた焼成体を、粉砕工程、水洗工程、1N塩酸洗浄工程、水洗工程、濾過工程、乾燥工程、篩別工程(100メッシュ通過)を経て、目的のアルミン酸ストロンチウム蛍光体を得た。これを試料4−(1)とした。この試料4−(1)は、(Sr
0.98Eu
0.01Tm
0.01)Al
3.5O
6.25と表すことができる、母体の結晶相がSr
4Al
14O
25である蛍光体である。
同様に、ストロンチウムとツリウムの量を表5に示した通りに変化させた試料4−(2)ないし試料4−(8)を作成した。なお、表5は分かりやすくするためツリウムのモル数順に並べ替えてある。
【0032】
【表5】
【0033】
これら試料4−(1)ないし試料4−(8)について、実施例1の試料1−(1)等と同じ方法および条件で輝尽輝度を測定した。この結果も併せて表5に示す。なお、これら試料4−(1)ないし試料4−(8)に赤外線を照射した際に発光する光の発光色は青緑色領域であった。このうち試料4−(5)の発光スペクトルも同様に分光蛍光光度計を用い、励起波長を715nmとして測定した。この発光スペクトルを
図2に示す。この
図2からも、赤外線の照射により発光する光は青緑色領域の光であることがわかる。
表5に示す結果より、Tmの量が0.0004モル以上0.05モル以下の試料のいずれにおいても、輝尽輝度が10cd/m
2以上と好適な特性を有していることがわかる。特にTmの量が0.005以上0.02以下の範囲において、25cd/m
2以上というより優れた輝尽輝度を有していることがわかる。
ここで、Tmの量が0.0004モル未満となると輝尽輝度は低下する。これはエネルギーをトラップするレベルが少なくなるためと推測される。また、逆に0.05モルを超えると、トラップレベル同士の相互作用に起因すると推測される輝尽輝度の低下がみられる。
以上より、好ましいTmの量の範囲は0.0004以上0.05以下の範囲であり、より好ましい範囲は0.005以上0.02以下であることがわかる。
【0034】
次に、ユウロピウム(Eu)のモル比を変化させた場合について説明する。
この目的のため、表6に示すようにTm,Alのモル数を固定し、Sr,Euのモル数を変化させる原料混合組成にした他は、試料4−(1)と同じ方法で蛍光体を同様に作成し、これを試料5−(1)ないし試料5−(7)とした。
これら試料5−(1)ないし試料5−(7)も、試料4−(1)等と同じ方法で輝尽輝度を測定した。この結果も併せて表6に示す。
【0035】
【表6】
【0036】
表6に示す結果より、試料5−(1)ないし試料5−(7)すなわちEuの量が0.0005モル以上0.1モル以下の試料のいずれにおいても、輝尽輝度が10cd/m
2以上と好適な特性を有しており、特にEuの量が0.005以上0.02以下の範囲においてより優れた輝尽輝度を有していることがわかる。
なお、Euの量が0.0005未満となると輝尽輝度は低下する。これは、発光中心であるEuの量が少なくなりすぎるためと考えられる。また、0.1を超えても輝尽輝度は低下する。これは、濃度消光等によるものであると考えられる。
以上より、好ましいEuの量の範囲は0.0005以上0.1以下の範囲であり、より好ましい範囲は0.005以上0.02以下であることがわかる。
【0037】
これら、実施例2に記載した母体の結晶相がSr
4Al
14O
25である蛍光体の原料混合組成は、MとAlのモル比が、M:Al=4:14=1:3.5が適当であるが、Al/Mが、3.325以上4以下の範囲であれば、輝尽輝度特性に影響がないことが、表7に示すAlのモル数を変化させた試料6−(1)ないし試料6−(5)によりわかる。
【0038】
【表7】
【0039】
すなわち、Al/Mが3.5未満というMリッチ=Srリッチの場合には、SrAl
2O
4相が副生成する可能性があるが、この副生物は酸洗浄で除去される。また、Al/Mが3.5を超えるAlリッチの場合には、SrAl
12O
19相が副生成する可能性があるが、副生成したとしても輝尽輝度は急激には変化しないことを見出した。
なお、Al/Mが、3.325以上4以下の範囲を外れた場合、輝尽輝度が低下する。
【0040】
なお、上記実施例2に記載した母体の結晶相がSr
4Al
14O
25である蛍光体においては、アルカリ土類金属としてストロンチウム(Sr)に限定したが、このストロンチウムをカルシウム(Ca)で置換した場合、5モル%程度まで置換しても輝尽輝度はほとんど変わらないが、置換量が5モル%を超えて多くすると輝尽輝度の低下が著しくなり好ましくない。
また、ストロンチウムをバリウム(Ba)で置換した場合、その置換量が2モル%を超えると結晶構造が維持できなくなり著しく輝尽輝度が低下するため、これも好ましくない。
このため、母体の結晶相がSr
4Al
14O
25である実施例2の蛍光体においては、ストロンチウムの一部を他のアルカリ土類金属に置換する場合は、少量であれば影響は小さいが、積極的に置換しないほうがよいといえる。
【0041】
次に、比較のための蛍光体を作成し、本発明の蛍光体と比較した際の特性の違いを説明する。
まず、比較例1として、試料4−(4)すなわち(Sr
0.989Eu
0.01Tm
0.001)Al
3.5O
6.25のうち、ツリウム(Tm)をサマリウム(Sm)に変更した試料、すなわち、特許文献4中の実施例1に輝尽性蛍光体として記載されていたEu,Sm付活のアルミン酸塩蛍光体を作成した。原料として酸化ツリウムの代わりに酸化サマリウム(Sm
2O
3)を0.175g(Smとして0.001モル)を用いた他は、試料4−(4)と全く同一の方法で蛍光体を作成し、これを比較例1とした。
この比較例1の輝尽輝度を試料4−(4)と同一の方法と条件で測定し、その結果を試料4−(4)の結果とともに表8に示す。なお、この試料4−(4)は、特許文献4中の実施例2に記載された輝尽性蛍光体にも相当する。
【0042】
【表8】
【0043】
表8に示す結果より、比較例1の輝尽輝度は試料4−(4)と比較して大幅に低く、実用的には好ましくないことがわかる。特許文献4中においては試料4−(4)のようなEu,Tm付活蛍光体および比較例1のようなEu,Sm付活蛍光体は、いずれも輝尽性蛍光体として良い特性を示すとされていたが、本発明の目的である真贋判定用蛍光体の特性、すなわち一般照明下において十分にエネルギーを蓄積し、その蓄積されたエネルギーを赤外線照射により効率良く解放し発光するという特性においては、比較例1のようなEu,Sm付活蛍光体は輝尽輝度が低すぎるため、真贋判定用蛍光体としては適していないことがわかる。つまり、輝尽性蛍光体として良い特性を示す蛍光体であったとしても、かならずしも本発明の真贋判定用蛍光体として適するとは限らず、むしろ適さない輝尽性蛍光体のほうが多い。
【0044】
次に、別の輝尽性蛍光体を比較例2として説明する。
硫化物系の輝尽性蛍光体の例として、CaS:Eu,Sm蛍光体を作成する。
まず、原料として250gの炭酸カルシウム(CaCO
3)(Caとして2.5モル)と、0.8826gの酸化ユウロピウム(Eu
2O
3)(Euとして0.005モル)と、0.8747gの酸化サマリウム(Sm
2O
3)(Smとして0.005モル)と、90gの硫黄(S)(2.8モル)とを秤量し、さらにフラックスとして25gのリン酸二水素アンモニウム(NH
4H
2PO
4)と3gの塩化リチウム(LiCl)とを秤量し、さらに酸化抑制剤として5gのブドウ糖を秤量し、これら原料とフラックスと酸化抑制剤とをすべて十分に混合する。この混合物を石英ルツボに充填し、大気中にて1200℃、2時間焼成する。この後、粉砕し、アルコール中洗浄工程、乾燥工程、篩別工程を経て、硫化物系の輝尽性蛍光体を得た。これを比較例2とした。
【0045】
この比較例2と前記比較例1、および本発明の実施例である試料1−(8)と試料4−(1)との輝尽特性を比較するため、次の測定を行った。
すなわち、まず輝尽輝度を測定する際と同様に、事前に蓄積されているエネルギーを赤外線照射によりあらかじめ解放し除去した後、3波長形白色蛍光ランプを用いて照度1500lxで10分間という照度条件下に暴露させて再びエネルギーを蓄積させ、これに赤外線を連続で照射したときの輝度を輝度計で測定する。このときの赤外線照射時間と輝度の変化をグラフに表し、これを
図3に示す。なお、赤外線照射条件は、輝尽輝度測定条件と同じく赤外線を最大出力とし、光ファイバー端と蛍光体との距離は3cmとした。
【0046】
この
図3に示すとおり、本発明の実施例である試料1−(8)および試料4−(1)の輝尽輝度(連続照射5秒後の輝度)は高く、さらに赤外線を連続して照射したときの発光持続時間も長く真贋判定に用いるのに必要であろう時間(例えば10秒ないし60秒程度)を十分に満たしていることがわかる。
一方、一般的な輝尽性蛍光体の一例である比較例2のCaS:Eu,Sm蛍光体の輝尽輝度は、試料1−(8)および試料4−(1)と比較すると著しく低く、また赤外線を連続して照射したときの発光持続時間も極めて短く、真贋判定用蛍光体としては全く用いることができないことがわかる。
また、比較例1のSr
4Al
14O
25:Eu,Sm蛍光体は、輝尽輝度(連続照射5秒後の輝度)も、連続照射後30秒の輝度においても試料1−(8)および試料4−(1)と比較するとやはり低く、真贋判定用蛍光体としては実用的ではないことがわかる。これは、同じ母体でEu付活の蛍光体であったとしても、共付活剤であるSmによるトラップ深さがTmによるトラップ深さと異なるため、真贋判定用蛍光体としての利用方法では特性が異なってくるためと考えられる。
このように、一般的な輝尽性蛍光体であれば、蓄積したエネルギーを赤外線等の照射により解放して発光はするものの、本発明の目的である真贋判定用蛍光体としての利用方法に適した特徴、すなわち赤外線照射時に肉眼で視認できる強度の発光を有し、かつ、数十秒というある程度の連続した赤外線照射においても発光し続けるという充分なエネルギー蓄積能力を有しているという観点からすると、輝尽性蛍光体として良い特性を示す蛍光体であったとしても、かならずしも本発明の真贋判定用蛍光体として適するとは言えないことがわかる。言い換えれば、数ある輝尽性蛍光体の中において、真贋判定用という別の目的にかなった特徴を有する蛍光体組成を見出したのが、本発明の蛍光体である。
【0047】
次に、従来の赤外可視変換蛍光体の例としてY
2O
2S:Yb,Er蛍光体を比較例3とし、本発明の蛍光体と比較した際の特性の違いを説明する。
まず、原料として383.9gの酸化イットリウム(Y
2O
3)(Yとして3.4モル)と、78.82gの酸化イッテルビウム(Yb
2O
3)(Ybとして0.4モル)と、38.26の酸化エルビウム(Er
2O
3)(Erとして0.2モル)と、75gの硫黄(S、2.34モル)と、0.6gのホウ酸ナトリウム(Na
2B
4O
7)と100gの炭酸ナトリウム(Na
2CO
3)とを秤量し、これらを十分に混合した上でアルミナるつぼに充填し、大気中にて1150℃、3時間焼成し室温まで冷却した。これを5%硝酸水溶液で3回洗浄し、さらに2mmのアルミナボールでボールミルを行い、さらに水洗工程、濾過工程、乾燥工程、篩別工程を経て赤外可視変換蛍光体を得て、これを比較例3とした。
【0048】
この比較例3と本発明の実施例である試料1−(1)について、その輝尽特性、特に赤外線照射強度と発光輝度の関係について測定し比較した。
本発明の実施例である試料1−(1)には、輝尽輝度を測定する際と同様に、事前に蓄積されているエネルギーを赤外線照射によりあらかじめ解放し除去した後、3波長形白色蛍光ランプを用いて照度1500lxで10分間暴露させ再びエネルギーを蓄積させた状態とした。なお赤外可視変換蛍光体である比較例3にはこのような操作をしていない。
この状態で近赤外線照射装置を用いて赤外線を照射し、照射5秒後の発光輝度を輝度計で測定する。このとき、赤外線出力の光ファイバー端と蛍光体との距離は3cmとし、赤外線の光量コントロールつまみを調整することで赤外線照射強度を可変させたときの照射5秒後の発光輝度の変化を調べ、これを
図4に示した。このとき横軸の単位は赤外線照射強度として赤外線の光量コントロールつまみの目盛(最大:10)とした。
【0049】
この
図4に示すとおり、赤外可視変換蛍光体である比較例3の場合、励起光のフォトン2個による二段励起によるという発光機構から、発光輝度は赤外線照射強度のほぼ2乗に比例することがグラフからもわかる。このため、赤外線照射強度が弱い範囲では発光輝度が低いことがわかる。
一方、本発明の実施例である試料1−(1)の場合、輝尽発光という発光機構なので比較的弱い赤外線照射強度では
図4に示すとおり照射強度にほぼ比例するので、ある一定の赤外線照射強度以下では、赤外可視変換蛍光体である比較例3と比較し、大幅に発光輝度が高いことがわかる。
この結果から、本発明の蛍光体は、従来の赤外可視変換蛍光体と比較し、特に赤外線照射強度が弱い範囲において優れた発光輝度を有するため、特殊な赤外線照射装置ではなく例えば赤外線LEDなどの比較的弱い強度の赤外線光源であっても実用的な発光輝度を有する、真贋判定用蛍光体として優れた特徴を有していることがわかる。
【0050】
次に、赤外線照射用の光源として実際に各種赤外線LEDを用いた場合の発光特性について説明する。
上記近赤外線照射装置よりさらに微弱な赤外線光源として、発光ピーク波長が700nm,750nm,810nm,830nm,890nm,940nm,970nmである砲弾型の赤外線LEDを用いて赤外線を照射した場合の、本発明の実施例である試料1−(1)および試料4−(1)と、比較例2および比較例3の発光を確認した。赤外線LEDは各々の試料に近接させたが、このとき発光輝度が低く上記輝度計では測定出来なかったため、視認によりその発光が○=充分に視認できる、△=暗いが視認可能である、×=視認できない、と3段階にわけて記号で示した。その結果を表9に示す。
なお、発光ピーク波長が700nmの赤外線LEDによる光は、可視光線領域に近いため肉眼では発光色が赤い光として視認された。同じく発光ピーク波長が750nmでは、肉眼では薄暗い赤い光として視認された。
【0051】
【表9】
【0052】
表9に示すとおり、硫化物系の輝尽性蛍光体である比較例2からは、輝尽発光は視認されなかった。ただし、暗室内では890−970nmにおいて微弱な赤発光が確認できた。また赤外可視変換蛍光体である比較例3では、Ybイオンの吸収特性のため、発光ピーク波長が940nmおよび970nmの赤外線LEDで発光を確認できたが、それより短い波長の赤外線LEDの光では発光は視認できなかった。
しかしながら、本発明の実施例である試料1−(1)および試料4−(1)は750nmないし970nmという広い範囲の赤外線LEDで輝尽発光を視認でき、特に800nmないし900nm付近で効率良く発光することがわかる。
なお、試料1−(1)および試料4−(1)は前述のとおり、分光蛍光光度計を用いた場合では励起波長が715nmにおける発光スペクトルを測定できたのであるが、表9に示すとおり発光ピーク波長が700nmおよび750nmの赤外線LEDを用いたときに輝尽発光が認識されにくかった。これは、分光蛍光光度計の715nmの光は発光スペクトルの幅が非常に狭いほぼ単色光であるのに対して、これら赤外線LEDからの光はある程度の波長の幅を有しているため、発光ピーク波長より長い波長の光成分も有し、可視光領域に近い光成分は赤い光として視認されるために、試料1−(1)からの緑色発光ないしは試料4−(1)からの青緑色発光があったとしても赤外線LEDからの光に邪魔されて視認しにくかったと考えられる。
【0053】
以上のことから、本発明の真贋判定用蛍光体は、励起光源として一般的な赤外線LEDのような赤外線照射強度の弱い赤外線光源を用いた場合でも視認可能な、優れた特徴を有していることがわかる。また、このような赤外線LEDと組み合わせることで、光源に特別な電源や装置等を必要としないため、ポータブルな赤外線照射器と組み合わせて、真贋判定手段として好適に用いることができる。
【0054】
次に、本発明の実施例である試料1−(1)および試料4−(1)におけるエネルギー蓄積のための暴露時間と、輝尽輝度との関係について説明する。
試料1−(1)および試料4−(1)について、実施例1において試料1−(1)等の輝尽輝度を測定した方法に準じ、3波長形白色蛍光ランプを用いて照度1500lxとして暴露時間を変化させ、その事前暴露時間と赤外線連続照射5秒後の輝尽輝度との関係を調べ、その結果を
図5のグラフに示す。
【0055】
この
図5に示したとおり、蛍光ランプ下に暴露する時間が増えるほど、輝尽輝度も上昇していくが、10分以上になると輝尽輝度の増加も飽和傾向となることがわかる。このことから、事前にエネルギーを蓄積させるための一般照明下での暴露は、1500lx程度の照度であれば、10分程度で充分にエネルギーが蓄積されることがわかる。
一般的な照度条件下において、10分程度でエネルギーが蓄積されるという本発明の蛍光体の特性により、真贋判定用蛍光体を人が通常生活している条件下で用いることを鑑みると、本発明の蛍光体がこの真贋判定用の用途に適した蛍光体であることがわかる。
【0056】
このように、本発明の蛍光体は、ある特定の組成の輝尽性蛍光体が、一般照明下のような通常条件下で充分にエネルギー蓄積され、かつ連続した赤外線照射によっても数十秒間発光続けるといった、真贋判定用蛍光体として極めて好適な特徴を有していることを見出したものであり、さらに一般の赤外可視変換蛍光体のような2個の赤外線フォトンを1個の可視光フォトンに変換するといった発光機構を持たないため、比較的弱い赤外線照射でも可視光を発光できるという優れた特徴を有していることがわかる。