特許第5669255号(P5669255)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5669255多孔質薄膜が被着された透明基材を製造する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5669255
(24)【登録日】2014年12月26日
(45)【発行日】2015年2月12日
(54)【発明の名称】多孔質薄膜が被着された透明基材を製造する方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/02 20060101AFI20150122BHJP
   B32B 5/18 20060101ALI20150122BHJP
   B05D 5/06 20060101ALI20150122BHJP
   B01J 35/02 20060101ALI20150122BHJP
   B01J 37/02 20060101ALI20150122BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20150122BHJP
【FI】
   B32B9/02
   B32B5/18
   B05D5/06 F
   B05D5/06 104M
   B01J35/02 J
   B01J37/02 301A
   B05D7/24 303E
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2010-133459(P2010-133459)
(22)【出願日】2010年6月11日
(65)【公開番号】特開2011-255625(P2011-255625A)
(43)【公開日】2011年12月22日
【審査請求日】2013年5月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】独立行政法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】亀井 雅之
【審査官】 中村 勇介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−023262(JP,A)
【文献】 特開2005−015310(JP,A)
【文献】 特開2007−266462(JP,A)
【文献】 特開2006−131881(JP,A)
【文献】 特開2009−176608(JP,A)
【文献】 特開2004−083376(JP,A)
【文献】 特開2009−113484(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00−43/00
B05D 1/00− 7/26
C03C15/00−23/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物からの抽出物または前記植物と薄膜形成材料と溶媒とを含むコーティング液を用意し、
前記コーティング液を透明基材に塗布して前記透明基材上に前駆膜を形成し、
前記前駆膜が形成された前記透明基材を加熱して前記基材表面に多孔質の薄膜を生成する
多孔質薄膜が被着された透明基材を製造する方法であって、
前記植物は茶葉またはコーヒー豆である、
多孔質薄膜が被着された透明基材を製造する方法
【請求項2】
前記植物または植物からの抽出物はカテキン類またはカフェインを含む、請求項1に記載の方法
【請求項3】
前記溶媒は水である、請求項1または2に記載の方法
【請求項4】
前記薄膜形成材料は光触媒材料を含む、請求項1から3の何れかに記載の方法
【請求項5】
前記光触媒材料は二酸化チタンである、請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス、プラスチックス等の透明な基材上に、薄膜を形成してなる透明材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス等透明基材表面に光触媒機能や防滴機能などを付与する試みは広く実施されており、一部実用にも供されている。このような場合はガラス等透明基材の表面に所望の機能を発揮する材料からなるコーティング膜を形成することで表面に所望の機能を付与することが最も一般的である。このコーティング膜には十分高い光触媒活性はもちろんのことであるが、それに加えて透明基材の意匠性すなわち美観をそこなわないということも強く求められる。例えば、窓に用いる場合には可視光線に対する透過性とその均一性が必須となる。しかしながらコーティング膜を形成することにより著しく可視光線の透過の均一性をそこなってしまう場合が多い。これは透明基材の屈折率の値とコーティング膜の屈折率の値との間に差があるため透明基材/コーティング膜の界面において光の反射が発生しこれらの光線が繰り返し干渉することにより、膜厚の分布に従って虹色に不均一に着色して観測される現象による。これは身近には水溜りに薄く油等が被膜として形成された場合、水と油がお互いに透明であるにもかかわらず、可視光線に対する屈折率が水と油それぞれ異なるため上述の繰り返し干渉が発生し、水溜り表面に浮いた油が虹色に不均一に着色して観測されることと同じ現象である。この着色の不均一性は膜厚の分布に起因するため、不均一性を低減させるため膜厚を均一化することが必要であった。しかしながらコーティング膜は一般には100〜1000ナノメートルときわめて薄いため、その膜厚を厳密制御して均一に保つことは工程の厳密な制御、管理が必要な極めて難しいものであった。このためスパッタリングやゾルゲル法(湿式法)等の各種コーティング手法の何れにおいても、均一性の確保は非常な手間とコストがかかるものであった。
【0003】
また均一性が確保された場合においてもコーティング膜の膜厚に応じて光の干渉が生じる結果、透明基材が着色したかのように観察される。しばしばこの着色現象そのものさえ意匠上好ましくないとされ、透明基材表面に形成されたコーティング膜には所望の機能を高く保ったままの状態で無色透明の外観を維持することが求められる。これを実現する試みとしては、コーティング膜の膜厚を100ナノメートル以下に抑えることにより、光の干渉が発生する波長を紫外線領域へ追いやることでガラスの着色を避けることが実施されている。しかしながらこの方法において採用可能な100ナノメートル以下という膜厚は所望の機能を十分に高く維持するには厚みが不足しているため、肝心の機能を十分に発現させることが極めて困難であり広く採用されるに至っていない。
【0004】
このため、最近、上述の各問題点に個別に対処するのではなく、すべての問題点の原点に戻り、すべての問題点の原因となっている基材とコーティング膜との間の屈折率の差に注目した解決策が提案された。この解決策においては、この屈折率の差そのものをコーティング膜の屈折率をコーティング膜の多孔質化によって制御し、基材とコーティング膜との間の屈折率の差を解消することによって、上述のすべての問題点がすべて原理的に発生しないような、ガラス等基材上に作成したコーティング膜およびその合理的で生産性に優れた作成方法を与える。この種の解決策を実現する試みがなされ、効果をあげてきた。
【0005】
このような解決策の代表例としてあげられる特許文献1「透明材とその製造方法」は、コーティング膜の多孔質化のためにコーティング膜の原料溶液に添加する補助剤として糖類(砂糖)を用いている。すなわちコーティング膜を形成する材料を含む溶液に砂糖を添加し、これを焼成し、コーティング膜の焼き付けを行う際に砂糖は加熱により蒸気として大気中に放出され、残された空隙により多孔質のコーティングが得られる。しかしながら建築用途等の大面積ガラス等が主要な適用分野の一つであるため、通常コーティング薄膜の膜厚の均一性を保つために採用されるスピンコーティング法を用いることができない。このためコーティング作業は砂糖を添加したコーティング膜の原料溶液中に基材を浸して引上げるだけのディップコーティング法を採用することが求められる。砂糖を添加したコーティング膜の原料溶液は特に砂糖の添加量の多い領域、すなわちコーティング膜の屈折率を低く抑えたい領域においては溶液の粘性が非常に高くなってしまう。この粘性の高いコーティング液に大面積ガラスをディップコーティングした場合、コーティング液の粘度が高くなればなるほど顕著になる2つの問題点が実用化の支障となることが明らかとなった。
【0006】
第1の問題点は、上記ディップコーティングを幾度も繰り返した場合、ディップコーティング原料溶液を同一の条件に保っているにも関わらず、得られるコーティング膜の膜厚の変動幅が非常に大きくなることである。すなわち、薄膜を形成するたびに膜厚が大きく異なる傾向があり、歩留まりの低下や品質の安定性の面で問題とされることがあった。ディップコーティング後、基材は一定時間乾燥の後、熱処理を経てコーティング膜を形成するが、この膜厚の変動の原因は、ディップコーティング後の基材の乾燥の条件(成膜時の温度、湿度、基材表面の水平とのなす角度等)が成膜各バッチによって異なることが原因であると考えられる。これらを厳密に精密制御することにより膜厚の変動は抑制されると考えられるがこれは大きなコストアップになる。
【0007】
第2の問題点として、基材面内におけるコーティング膜の膜厚の場所による変化も粘度の高いコーティング原料溶液を用いた場合は非常に大きくなり、面内でコーティング膜に性能差が発生してしまい均一な性能を有するコーティング膜が得られず、実用化の大きな支障となっていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、上述した従来技術の問題点を解消し、薄膜の着色防止のための多孔質化をより容易かつ均一に行うことができるようにし、また、より均一な多孔質化がなされた薄膜を基材上に提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一側面によれば、透明基材と、前記透明基材上に被着され、前記透明部材と実質的に同一の屈折率を有するように多孔質化された薄膜とを設け、前記薄膜上の小孔の直径は0.3μm〜3μmであることを特徴とする透明材が与えられる。
【0010】
前記小孔は前記薄膜上においてハニカム状に配置されていてよい。
【0011】
前記薄膜が光触媒材料からなってよい。
【0012】
前記光触媒材料は二酸化チタンを主成分としてよい。
【0013】
本発明の他の側面によれば、植物からの抽出物または前記植物と薄膜形成材料と溶媒とを含むコーティング液を用意し、前記コーティング液を透明基材に塗布して前記透明基材上に前駆膜を形成し、前記前駆膜が形成された前記透明基材を加熱して前記基材表面に多孔質の薄膜を生成する、多孔質薄膜が被着された透明基材を製造する方法が与えられる。
【0014】
前記植物は茶葉またはコーヒー豆であってよい。
【0015】
前記植物または植物からの抽出物はカテキン類またはカフェインを含んでよい。
【0016】
前記溶媒は水であってよい。
【0017】
前記薄膜形成材料は光触媒材料を含んでよい。
【0018】
前記光触媒材料は二酸化チタンであってよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、大面積の透明基材上に被着させた薄膜の着色を安価にかつ効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】銀イオンの光還元により測定した光触媒活性膜(1)実施例(実線)および(2)比較例(点線)の光触媒活性測定結果を示すグラフ。
図2】本発明の実施例により透明基材上に作製された薄膜表面の走査型電子顕微鏡写真。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明は、コーティング膜の膜厚の均一化、および薄膜化によって「着色現象」および「着色の不均一性」を克服しようとするのではなく、透明基材とコーティング膜との間の屈折率の差そのものを解消することにより、可視光線の干渉そのものを原理的に発生しないようにしたものである。
【0022】
通常ガラス等透明基材の屈折率の値は機能性コーティング膜の屈折率の値よりも低い値を示す場合が多い。両者の屈折率の値を同等にすることで、可視光線の干渉が発生しない状況を作るには基材の屈折率の値を上昇させる、あるいはコーティング膜の屈折率の値を下げる、の二つのアプローチが考えられる。しかしながら工業的には基材の選択の余地は小さい。
【0023】
コーティング膜の屈折率は、それを構成する物質固有の値ではあるが、見かけの屈折率は材料の充填率すなわち空孔の多寡、あるいは大小などにより左右されるため、多孔質化することにより、見かけの屈折率を緻密な材料より屈折率が低くすることができる。よってコーティング膜を多孔質化し、その充填率を自在に調整することを実現すればコーティング膜の屈折率の値と透明基材の屈折率の値とを見かけ上一致させることにより両者の界面における光の干渉を原理的に除去でき、「着色」およびその不均一性は発生しないことになる。
【0024】
従来の特許文献1の製造方法では、その孔の微細化のためにセラミックス等のコーティング膜の多孔質化を実現する方法として、薄膜の構成材料の元素を含む原料あるいはその溶液に、有機材料あるいはその溶液、特に糖類を補助剤として溶解/分散し、これを透明基材上へコーティングする。この透明基材を熱処理する際に補助材が蒸気等となって失われることによりコーティング膜中に存在していた補助材の部分が空孔として残り、結果として多孔質コーティングが可能である。しかしながら補助剤としての糖類の添加量が増加するに従って前述した二つの課題が顕著になっていた。そこで本発明においては薄膜の構成元素を含む原料溶液の粘度を上昇させることなく薄膜の多孔質化が可能な補助剤を開発した。
【0025】
従来の技術で補助剤として用いていた糖類の場合、水への可溶解の範囲は極めて大きく、ppbの極めて希薄な状態から体積比で1対1程度以上(1ccの水に1立方センチメートル以上の糖類を溶解できる)の極めて濃厚な状態まで安定して制御できる。しかしながら原料を含む水溶液と補助剤の糖類の体積比1対1程度以上の領域は、原料溶液の均一化のための攪拌の時点で溶液の著しい粘度の上昇を招き、この原料溶液をもちいてのディップコーティングにおいては、ディップコーティング直後(熱処理前)のコーティング膜を目視で観察するだけで膜厚の不均一分布がはっきりと観測されていた。これは熱処理後における機能性薄膜の性能の面内分布として発現するため、膜厚の面内均一化が必要である。さらにこの濃厚なコーティング液を用いた場合、ディップコーティング後の乾燥の条件に起因すると考えられる膜厚の成膜ごとのぶれが大きくなる。
【0026】
これに対し、本発明においては砂糖の代わりに植物からの抽出物(つまり、砂糖などの植物から分離・精製された特定の成分ではなく、水などの適当な溶媒を使って植物から抽出したままの溶液であるか、高々、用途によっては邪魔になるごみ等の粒状物を濾過等によって除去したり、また溶媒を蒸発等することによって固形化したもの)、より具体的には日本茶、紅茶等の茶葉からの抽出物や日本茶、紅茶等を微細粉末化したものを補助剤として原料溶液に加えて使用する。まず茶葉類は食品として非常に大量かつ安価に安定供給されており、原料への添加剤として用いることにより糖類と同様に他の多孔質化プロセスと比較して著しいコスト削減効果を有している。また茶葉類からの抽出物は水を主成分とする原料溶液に「分散」するのではなく「溶解」するため、凝集して均一な細孔分布を得られなくなりがちなミセル等を分散させた原料溶液等と比較して分散剤等を必要とせず安価となる。更に、凝集しないため作成される多孔質膜の細孔分布が極めて安定かつ原料溶液管理が極めて容易であるなど、本発明は長所が非常に多い。特に糖類を補助剤に用いた場合と比較して、上述の原料溶液の粘度上昇に起因する各問題はこの茶葉類からの抽出物を補助剤として用いた場合、解消する。それは濃厚な砂糖水は粘度が高いが、茶は濃厚な場合においてもその粘度の著しい上昇をみないためである。このことは日常生活においても体験されることから理解される。なお、茶以外にも、コーヒー豆その他の多様な植物からの抽出物やそのような植物自体を上記補助剤として使用することができる。
【0027】
作成される機能薄膜の屈折率を基材の屈折率に十分近い値近傍まで制御できなければ光の干渉による透明基材の着色およびその不均一性を克服できず、発明の課題を達成できない。ゆえにこの屈折率の制御範囲が十分広いことは、プロセスにとって極めて有利である。
【0028】
また本発明は茶葉等からの抽出物の水溶液をコーティング液として用いることができる。水溶液中での茶葉等からの抽出物は完全に溶解しており、かつ長期間放置しても沈殿、分離しない安定なコーティング液を得ることができる。これは清浄ガラス表面が親水性であることから、非常に塗布が容易になるという効果を有する。すなわち親水表面への水溶液塗布であるため、本発明で用いる原料水溶液は清浄ガラス表面に非常によくなじみ、薄く均一に広がった状態が安定、すなわち自然に薄く均一なコーティングが実現され、スピンコーティング等の強制的な均一化手段を省略できるという効果がある。このため、本発明によれば、ただ浸すだけのディップ式コーティング法においても塗布むらや未塗布領域が発生しにくく、極めて容易に均一なナノメートルオーダーのコーティング膜を得ることができる。コーティング液中に溶解していた当該抽出物は、塗布・乾燥された後に残る焼成前コーティング膜(つまり、最終的なコーティング膜の前駆体)中ではナノメートルオーダーの大きさで分布する。これにより、抽出物は、加熱を開始した時点までは、コーティング膜を支える骨格のように働き、コーティング膜の形状維持や、均一な細孔分布とその大きさ形状(図2及び明細書の実施例の項を参照)を形成する効果がある。さらに加熱完了段階において結晶化完了温度付近で自動的に大気中に蒸気として脱離するので酸処理等による除去処理が不要になる。また茶葉等からの抽出物は主用途が食品であるため人畜無害、大気中へ蒸気として放出されても一切人体や環境への悪影響がなく、有害物を全く出さないことも特筆すべきであろう。
【0029】
なお、植物からの抽出物中で本発明の効果を発揮する主要な成分はカテキン類やカフェイン等であると考えられる。しかしながら、本願発明はこのような有効成分だけを分離してコーティング液に添加するのではなく、植物からの抽出物自体、つまり有効成分だけを精製、単離するという余分な処理を行わなくても、本発明の課題を十分に達成する良好な品質の透明材を製造することができる点にも特徴を有することに注意する必要がある。換言すれば、本発明においては、植物から抽出した溶液などをそのまま使用するだけで、本発明の課題の点から十分に高い濃度の有効成分をコーティング液に含ませることができ、かつ抽出物中の他の成分が課題達成の面で有害な作用を引きこすことがないという全く新規な知見に基づき、ガラスなどの大面積の着色無し透明材を低コストで大量に処理することのできる方法が与えられる。
【0030】
本発明に用いられる透明基材として、各種のガラス、ポリカーボネート、ポリエチレン、アクリル、ポリイミド系、ポリ乳酸、オレフィン・マレイミド共重合体、フッ素樹脂等の耐熱性を有する透明樹脂からなる板状体を主な基材とするが、ガラスあるいは透明樹脂ブロックからなる花瓶や置物等も本発明の透明材に含むことができる。
【0031】
また、機能性薄膜などの透明基材上に被着する薄膜を構成する材料は当該薄膜の目的に従って決めればよく、本発明では特に制限はないが、例えば無機材料及び前記基材を構成するような耐熱性を有する有機材料の粉末が使用可能である。
【0032】
無機材料としては、チタン、亜鉛、インジウム、ガリウム、タンタル、ジルコニウム、ニオブ、バナジウム、鉄、銅、ニッケル、タングステン、モリブデン、鉄等の金属由来のナノ粒子、及びその酸化物の微細結晶体などの無機材料多孔体がその機能に基づき選択して使用可能である。
【0033】
下記実施例では、酸化チタンのナノ結晶多孔体を薄膜構成材料として用いた例を示した。この機能性薄膜材料を作成する際の原料(以下実施例においては[(NH[Ti(C(O]・4HO]水溶液:商品名TAS FINE2%水溶液)としては、作成すべき機能性薄膜の構成元素を含むものであれば特に制限はないが、基材へのコーティングが容易であり、かつ多孔質化を実現するために用いる補助材の溶解が容易である溶液等を用いることが工程を簡易にするため好ましい。具体的には、酸化チタン粉末、チタン金属粉末、チタンイオンあるいはこれらを含む溶液等が適用可能である。
【0034】
また機能性薄膜材料を作成する際の原料に混合する補助材としては、以下の実施例においては飲用の茶葉を例として取り上げた。しかしながら、飲用として利用した後の茶葉(通称:茶ガラ)においても補助剤としての効力が飲用前の茶葉と比較して若干劣るため、未使用の紅茶に比べて多めに投入する必要はあるものの、本実施例と同様のプロセスを経て光触媒二酸化チタン薄膜の多孔質コーティング膜を得ることができることを確認した。このように通常ゴミとして廃棄される茶葉を補助剤として再利用することが可能になり、コストの面からも、ごみ減量の環境配慮の面からも効果が期待できることを付記しておく。
【実施例】
【0035】
最近大型化が著しい建築用ガラスに光触媒機能性セラミック薄膜のディップコーティングを実施することを念頭において、従来の糖類を補助剤として用いたコーティング法(比較例)と本発明の茶葉抽出物を補助剤として用いたコーティング(実施例)を比較した。補助剤の性能を正確に比較するため、実施例、比較例ともコーティング薄膜の原料溶液としては同一のものを採用した。採用した原料溶液としては清浄ガラス表面が親水性であることに着目し、コーティング膜がはじかれることなくガラス全体に形成されるよう、清浄ガラス表面となじみやすい水を主成分とするコーティング液を採用した。具体的には水溶性のチタン原料[(NH[Ti(C(O]・4HO]を水からなる溶液に溶解したものをコーティング液として採用した(フルウチ化学株式会社より、商品名TAS FINE Ti2%水溶液として市販)が、むろん本発明の骨子たる茶葉抽出物を補助剤として用いることの効果は、この原料溶液に限定されるものではなく、多様な原料溶液に適用してもその効果を発揮する。
【0036】
<比較例>
比較例においては補助剤として身近で安価な原料である砂糖類(ショ糖、グラニュー糖、ブドウ糖など糖類全般を指す)、具体的には市販のグラニュー糖を用いた。
【0037】
本比較例ではTAS FINE Ti2%水溶液5ccに対して1グラムの割合でグラニュー糖を溶解したものを原料溶液として用い、形成される二酸化チタン薄膜を光触媒コーティングとして用いた。この場合のコーティング膜の粘度は、特に精密な測定をするまでもなく、原料溶液であるTAS FINE Ti2%水溶液中に補助剤としての糖を溶解攪拌する際に感じ取れるほど大きな溶液の粘度の上昇が観測された。この原料溶液中に石英ガラス基板(屈折率1.7程度)をディップコーティングし、大気中、室温にて30分程度乾燥させた後、同じく大気雰囲気の電気炉中で450℃、3時間の熱処理を施した。このディップコーティングの際は、コーティング液の粘度が高いため、ねばついた感じがあり、ディップをゆっくり何度も実施しないと均一にコーティングされにくいことがわかった。熱処理の後、これにより光触媒機能性を有した多孔質二酸化チタンコーティング膜が石英ガラス状に得られた。光触媒活性の測定は銀イオンの光還元によりコーティング膜上に形成される銀の薄膜を透過率の測定によって検出する手法(特許文献2「光触媒の活性度評価・測定法とそのための装置」)を採用して評価し、結果を図1の点線に示す。このように良好な光触媒活性を有するコーティング膜が得られた。
【0038】
しかしながら、比較例においては、上述の成膜プロセスを全く同一条件で繰り返した場合、得られる光触媒コーティングの厚みが大きく異なってしまう問題が現れた。表1に上述の成膜プロセスを5回繰り返した場合の二酸化チタン光触媒コーティング膜の膜厚と屈折率の変動を示した。薄膜の屈折率と膜厚の決定はFILMETRICS製F−20を使用し、光干渉法にて行った。全く同一のプロセスを繰り返して5枚の膜を作成したのであるから、理想的にはこれら5枚の膜は同一の屈折率および膜厚を有しているべきである。しかしながら表1に示すように比較例のグラニュー糖を用いたプロセスの場合、膜厚が23.5%にもわたり変動してしまった。膜厚の変動は(膜厚の最大値−膜厚の最小値)/膜厚の平均値により算出した。この膜厚変動は、糖分を多量に含むコーティング液の粘度が高いため、コーティング液が乾く際の条件が乾燥時の室内環境(温度、湿度等)によって影響を受けやすいためと推察される。膜厚の均一性や高い再現性を得るために親水性のコーティング液を用いたが、その効果が糖分の添加によるコーティング液の粘度の上昇で相殺されてしまった形となってしまった。
【0039】
<実施例>
実施例においては比較例に示した問題点を解決すべく、補助剤として飲用として用いられる「紅茶」(日東紅茶製、商品名「こく味のある紅茶アッサムブレンド」)の茶葉からの抽出物を補助剤として用いた。しかしながらこの茶葉にのみが後述の効果を発現させるものではなく、広く日本茶、緑茶、半醗酵茶、醗酵茶などの多様な中国茶、抹茶等、調査を実施した茶葉類は、すべて程度の差はあるが同質の効果を発揮することを確認した。このため実施例では上述の紅茶茶葉を採用したが、特にこの茶葉に限定されるものではない。また茶葉以外の植物等からの抽出物に関しても同様の効果が観測される可能性もある。
【0040】
原料溶液としては比較例と同一のロットのTAS FINE Ti2%水溶液を用いた。この原料溶液に補助剤である茶葉抽出物を溶解させるために採用したプロセスを以下に示す。しかしながら原料溶液に茶葉抽出物を溶解させることが可能であればプロセスそのものの任意性は高く、以下に示すプロセスに限定されるわけではない。
【0041】
TAS FINE Ti2%水溶液5ccに対して0.3グラムの紅茶茶葉(詳細は上記)を混合、攪拌し、ポリスチレンの密閉容器に密閉した上で室温にて72時間抽出を行った。抽出を室温で実施したのは抽出物の濃度を一定にするためには抽出速度が比較的低速な室温抽出が適当と当初考えたことが理由であり、加熱抽出することで抽出時間を短縮することももちろん可能である。また特筆すべき点として、この補助剤である茶葉抽出物を溶解した原料コーティング液は比較例の糖を補助剤として溶かしこんだコーティング液の高い粘度と比較して非常に粘度が低く、攪拌時の体感では水と同一の粘度に感じられた。これは日常生活においても、紅茶をいくら濃く淹れて飲んでも、お湯と比較して粘度は全くと言っていいほど変化しないことで体感されることである。このため比較例とは異なり、本実施例においてはディップコーティングも水にガラス片を浸す行為に準ずる容易さであり、特に気を使うことなく均一にディップコーティングが実施できた。
【0042】
このプロセスを用いて茶葉抽出物をそのまま補助剤として溶解した原料溶液中に、石英ガラス基板(屈折率1.7程度)をディップコーティングし、大気中、室温にて30分程度乾燥させた後、同じく大気雰囲気の電気炉中で450℃、3時間の熱処理を施した。これにより光触媒機能性を有した二酸化チタンコーティング膜が石英ガラス上に得られた。この膜の表面の走査型電子顕微鏡写真を図2に示す。図2からこの膜は高い均一性を持った多孔質であることが判る。比較例の写真は示さないが、比較例に比べて、茶葉抽出物を使用した実施例の方が、小孔の分布の均一性が高いという結果が得られた。より具体的には、図2から判るように、これらの小孔の直径は約0.3μm〜3μmの範囲であり、また小孔の配置はハニカム状である。このプロセス光触媒活性の測定は、比較例と同一のプロセスを採用して評価し、結果を図1中の実線に示す。
【0043】
また、上記成膜プロセスを5回繰り返した場合の二酸化チタン光触媒コーティング膜の膜厚と屈折率の変動を、FILMETRICS製F−20を使用して調べた。膜厚の変動は(膜厚の最大値−膜厚の最小値)/膜厚の平均値により算出した。その結果を表1に示す。
【0044】
図1の光触媒活性の測定(透過率の下落が早いほど光触媒活性が高い)により、糖を添加剤として用いた比較例と茶葉抽出物を添加剤として用いた実施例に関して、光触媒活性は両者とも同等で光触媒機能薄膜として十分な性能を有していることが確認できた。
【0045】
表1の比較より、比較例、実施例ともに屈折率に関しては再現性良く二酸化チタン材料のバルク屈折率(2.6)からナノポーラス化によりコーティング膜の低屈折率化(比較例実施例ともに屈折率2.2程度)が実現できている。本実施例で得られた数値は比較例と比して若干屈折率の低下具合が小さく、かつ膜厚が小さく観測されているが、これはコーティング液に添加する茶葉抽出物の濃度を上げることによって調節し、比較例と同等の値にすることは可能であるので、本発明の実施の上での障害とはならない。比較例において問題であった膜厚変動は比較例の23.5%に対して実施例においては10.6%と大きく改善された。このように本実施例は比較例の長所を損なうことなく、短所であった膜厚再現性を向上させ、本発明で解決しようと目論んだ課題は達成された。
【0046】
上述のように茶葉抽出物を使用すると良好な結果が得られる理由としては、上で説明したところのコーティング液の粘性が砂糖添加時に比べて低下することによる効果に加えて、以下の要因も推測される。すなわち、砂糖は分解せず溶ける温度が170℃近辺であるのに対し、茶葉から溶出する成分中のカテキンは昇温時に溶解ではなく分解し、その温度が220℃程度と二酸化チタンの結晶化開始温度により近いので好ましいのではないかと考えられるが、まだ十分に解明できていない。
【0047】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上詳細に説明したように、本発明によれば、大面積の透明基材上に被着させた薄膜の着色を安価・容易かつ効果的に抑制することができるため、機能性薄膜を窓ガラスなどに被着するなど、多方面の応用に好適である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0049】
【特許文献1】特許公開2009−023262号公報
【特許文献2】特許公開2006−208180号公報
図1
図2