【文献】
ディータ・リトーケ ほか,“鉄の窒化と軟窒化”,日本,株式会社アグネ技術センター,2011年 8月30日,初版 第1刷,p.11,12,37-39,131-133,136,137
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
アンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材を高周波誘導加熱により592〜650℃の温度で加熱して、上記鉄鋼部材の表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理工程と、
上記窒化処理工程を施した上記鉄鋼部材を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中又は真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、上記鉄鋼部材の表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理工程と、を備え、
上記窒化処理工程を施した上記鉄鋼部材の温度を上記脱窒処理工程を開始するまでの間中350℃以上に保持して、上記脱窒処理工程を開始する、
ことを特徴とする表面硬化処理方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、特許文献1に記載のものは、被処理体を高周波誘導により加熱し、炉内の雰囲気温度を下げることにより炉体内の雰囲気温度によるアンモニアの熱分解反応を抑制して、窒化ポテンシャルKnを高めて窒化処理時間を短縮することができるが、窒化ポテンシャルKnを高めることに限界があるため、窒化処理時間を短縮することに限界がある。
【0013】
一般に、窒素化合物層は、鉄鋼部材の表面側に向かうにつれて窒素濃度が高い相になっており、最も内側の母材との境界付近から最表面に向かって、γ´相、ε相、ζ相の順に変化する。この点、割れや亀裂等の生じない窒素化合物層は主にε相又はε相とγ´相の混合相から形成されるものである。この点、
図3のFe−N状態図に示すように、ε相は6〜11wt%の範囲で窒素を含有する相であるが、このうち窒素の含有が9wt%を超えるε相は、脆弱で割れやすい性質を有する窒素化合物層であり、11wt%の窒素を含有する相であるζ相についても脆弱で割れやすい性質を有する窒素化合物層である。
【0014】
そして、特許文献1に記載のものにおいて、一定以上の窒化ポテンシャルで窒化処理を行うと窒素化合物内の窒素濃度が上昇し過ぎ、窒素化合物層の一部又は全部に9wt%を超えるε相が形成され、冷却途中に生じる応力により窒素化合物層に割れや亀裂が生じる虞がある。
【0015】
このため、特許文献1に記載のものにおいては、
図2のレーラー図で示すように、例えば、560度の窒化処理温度を採用する場合、窒化ポテンシャルKn≒6以上のポテンシャル値で処理すると窒素化合物層の一部又は全部に9wt%を超えるε相が形成されるため、窒化ポテンシャルKn≒6が限界となる。すなわち、引例1に記載の窒化処理は、
図2に示すレーラー図における9.0%[N]の濃度等値線が窒化ポテンシャルKnの限界値である。
【0016】
したがって、特許文献1に記載のものは、窒化処理において
図2に示すレーラー図における9.0%[N]の濃度等値線を超える窒化ポテンシャルを採用する事ができず窒化処理の時間を短縮化するのに限界がある。
【0017】
また、特許文献2,3に記載のものは、窒化処理(ガス軟窒化処理)を施す際に雰囲気温度を500℃以上とするものであり、雰囲気温度によるアンモニアの熱分解反応(上記(1)式)が促進されアンモニアの熱分解率は大きくなる。このため、上記(4)式により計算される窒化ポテンシャルKnは低いものであり、窒化処理において窒素化合物層を形成するのに1〜3時間は要する。その結果、一連の処理に長時間を要する。
【0018】
本発明者らは、既存の窒素化合物層を鉄鋼表面に形成する窒化処理方法と同等以上の性能を有する窒化処理を短時間で行うことについて鋭意研究した結果、鉄鋼部材に高窒化ポテンシャルの条件にて短時間で窒化処理を施し、高窒素濃度の窒素化合物層例えば窒素の含有が9wt%を超えるε相からなる窒素化合物層や、窒素の含有が11wt%のζ相を形成し得る濃度まで窒素濃度が高められた窒素化合物層が形成されたとしたとしても、その後の工程で窒素化合物層中の窒素濃度を下げれば6〜9wt%の範囲のε相、又は、6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材が形成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
本発明はこのような事情の下になされたものであり、その目的は、短時間で窒素化合物層を備える鉄鋼部材を形成可能な表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決するために、本発明に係る表面硬化処理方法は、アンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材を高周波誘導加熱により592〜650℃の温度で加熱して、上記鉄鋼部材の表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理工程と、 上記窒化処理工程を施した上記鉄鋼部材を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中又は真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、上記鉄鋼部材の表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理工程と、を備え、 上記窒化処理工程を施した上記鉄鋼部材の温度を上記脱窒処理工程を開始するまでの間中350℃以上に保持して、上記脱窒処理工程を開始する、 ことを特徴とする(請求項1)。
【0021】
本発明において、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層とは、例えば窒素の含有が9wt%を超えるε相からなる窒素化合物層、ζ相を形成し得る濃度まで窒素濃度が高められた窒素化合物層、を一部又は全部に含む窒素化合物層のことをいう。ここで、ζ相を形成し得る濃度とは、冷却した際にζ相が析出し得る濃度すなわち窒素化合物層内の窒素の含有が11wt%を超える濃度のことをいう。
【0022】
このように構成することによって、窒化処理工程において窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成すればよく、アンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材を高周波誘導加熱により592〜650℃の温度で加熱する処理条件により形成される高窒化ポテンシャルを採用できるため短時間で窒化処理ができる。
【0023】
また、窒化処理工程を施した鉄鋼部材の温度を脱窒処理工程を開始するまでの間中350℃以上に保持して、脱窒処理工程を開始することにより、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層に亀裂や割れが発生するのを防止することができる。
【0024】
また、窒化処理工程を施した鉄鋼部材を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中又は真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げ、鉄鋼部材の表面に窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成させることができる。
【0025】
窒素化合物層中の窒素の脱窒素のプロセスは、窒素化合物層中の窒素が窒素ガスとして生成すること、及び、窒素化合物層中の窒素が内部に拡散する反応が生じること、により生じるものである。この点、窒素化合物層中の窒素が窒素ガスとして生成する反応力及び内部に拡散する反応力(以下、離脱反応力という。)は窒素化合物層中の窒素濃度及び温度に依存する。すなわち、窒素化合物層中の窒素濃度が高い状態で高温域に保持されると離脱反応力が大きくなり脱窒素が顕著になる。
【0026】
本発明は、温度に依存する離脱反応力を所定の時間発生させて脱窒素をコントロールする。すなわち、不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中又は真空中に、500〜650℃の温度域内にある高窒素濃度の窒素化合物層が形成された鉄鋼部材を所定の時間晒し、所望の離脱反応力を所定の時間発生させ窒素化合物層から所望の脱窒素を行うと共に新規な窒素の侵入を防止して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げる。
【0027】
この場合、上記脱窒処理工程を施した上記鉄鋼部材を酸化性ガス雰囲気中に400〜650℃の温度で所定の時間暴露し、窒素化合物層の直上に酸化鉄層を形成する酸化処理工程を備えてもよい(請求項2)。
【0028】
請求項2に記載の発明は、酸化性ガス雰囲気中に、400〜650℃の温度域内にある表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成された鉄鋼部材を所定の時間暴露することにより、窒素化合物層の直上に四三酸化鉄を主成分とする酸化鉄層を形成することができる。
【0036】
この場合、上記脱窒処理工程
又は上記酸化処理工程を施した上記鉄鋼部材を金属表面処理液により処理し、窒素化合物層又は酸化鉄層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理工程を備えてもよく、更に、上記コーティング処理工程は、上記脱窒処理工程
又は上記酸化処理工程を施した後、50℃〜300℃の温度まで冷却された上記鉄鋼部材に上記金属表面処理液を塗布する工程を備えてもよい(請求項
3,4)。
【0037】
このように構成する事により、短時間で鉄鋼部材の表面に化成処理皮膜を形成すると共に化成処理皮膜の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成することができる。または、短時間で鉄鋼部材の表面に化成処理皮膜を形成すると共に化成処理皮膜の直下に酸化鉄層を形成し、更に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成することができる。
【0038】
この場合、
上記脱窒処理工程は、上記鉄鋼部材を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中又は
真空中に10秒以上晒す方がよい(請求項
5)。
【0039】
このように構成する事により、鉄鋼部材の温度を請求項
1記載の発明の上限である650℃を保持して不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中又は
真空中に晒した場合であっても、鉄鋼部材に窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成させることができる。
【0042】
この場合、
上記脱窒処理工程開始前に、上記窒化処理工程を施した上記鉄鋼部材の温度を
上記脱窒処理工程を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ、処理雰囲気の上記窒化処理ガスを排出して処理雰囲気を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気又は
真空に形成する工程を備える方がよい(請求項
6)。
【0043】
このように構成する事により、窒化処理工程を施した鉄鋼部材の温度を
脱窒処理工程を開始するまでの間中350℃以上に保持して、
脱窒処理工程を開始することができる。また、窒化処理設備から脱窒処理設備等への鉄鋼部材の搬送を行う必要がなく一の炉体で行うことができるので、請求項
1記載の発明を効率的に実行することができる。
【0044】
この場合、上記窒化処理工程を施した上記鉄鋼部材の温度を
上記脱窒処理工程を開始するまでの間中500℃以上に保持する方がよい(請求項
7)。
【0045】
このように構成する事により、
脱窒処理工程において、例えば鉄鋼部材を500℃以上加熱する工程を設定する必要がなく処理を効率的に行うことができる。
【0046】
この場合、
上記脱窒処理工程は、上記鉄鋼部材を高周波誘導加熱により500〜650℃の温度に加熱する工程を備えてもよい(請求項
8)。
【0047】
このように構成する事により、窒化処理工程を施した鉄鋼部材を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中又は
真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒すことができる。
【0048】
この場合、上記窒化処理工程は、処理雰囲気を窒化処理ガス雰囲気に形成する窒化処理ガス供給工程と、次いで、上記窒化処理ガス雰囲気中で上記鉄鋼部材を高周波誘導加熱により加熱する加熱工程を備える方がよい(請求項
9)。
【0049】
このように構成する事により、窒化処理工程を効率的に行うことができる。
【0050】
また、上記窒化処理工程は、上記窒化処理ガス供給工程の前に、処理雰囲気を真空にする真空工程を更に備え、上記真空工程は処理雰囲気を0.01〜10.0Torrの真空下に形成し、上記窒化処理ガス供給工程後の処理雰囲気は100〜760Torrに形成される方がよい(請求項
10,11)。
【0051】
このように構成することにより、窒化処理工程において鉄鋼部材表面の酸化を防止することができる。また、窒化処理ガス供給工程後の処理雰囲気を100〜760Torrに形成することにより、処理雰囲気中の窒化処理ガス濃度を適正にすることができる。
【0052】
この場合、上記加熱工程は、処理雰囲気に流速を付与しながら上記鉄鋼部材を加熱する方がよい(請求項
12)。
【0053】
このように構成することにより、鉄鋼部材の表面近傍からアンモニアの分解により生成した水素及び窒素を除去し、鉄鋼部材の表面近傍に常時アンモニアを供給することができるため短時間で窒化処理を施すことができる。
【0054】
この場合、上記窒化処理工程は、上記鉄鋼部材の高周波誘導加熱による加熱時間が1200秒以下であり、かつ、その最高到達温度が600〜650℃であってもよい(請求項
13)。
【0055】
この発明の表面硬化処理装置は、請求項1記載の表面硬化処理方法を具現化するもので、鉄鋼部材に窒化処理と脱窒処理を行う表面硬化処理装置であって、 上記鉄鋼部材を収容する炉体と、 上記炉体内にアンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガスを供給する窒化処理ガス供給部と、 上記炉体内に収容された上記鉄鋼部材を高周波誘導加熱により所定の温度に加熱する加熱部と、 上記炉体内に不活性ガス,還元性ガス若しくはそれらの組み合わせガスを供給する不活性ガス等供給部と、 上記炉体内のガスを排出する排気部と、 上記窒化処理ガス供給部と上記加熱部を制御して、上記鉄鋼部材を592〜650℃の温度に加熱して上記鉄鋼部材の表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する上記窒化処理を行い、次いで上記不活性ガス等供給部と上記排気部を制御して、上記窒化処理を施した上記鉄鋼部材の温度を上記脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体内を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気にし、次いで上記鉄鋼部材を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、上記鉄鋼部材の表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する上記脱窒処理を行う制御部と、を備える、ことを特徴する(請求項
14)。
【0056】
この発明の表面硬化処理装置は、請求項1記載の表面硬化処理方法を具現化するもので、鉄鋼部材に窒化処理と脱窒処理を行う表面硬化処理装置であって、 上記鉄鋼部材を収容する炉体と、 上記炉体内にアンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガスを供給する窒化処理ガス供給部と、 上記炉体内に収容された上記鉄鋼部材を高周波誘導加熱により所定の温度に加熱する加熱部と、 上記炉体内のガスを排出する排気部と、 上記窒化処理ガス供給部と上記加熱部を制御して、上記鉄鋼部材を592〜650℃の温度に加熱して上記鉄鋼部材の表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する上記窒化処理を行い、次いで上記排気部を制御して、上記窒化処理を施した上記鉄鋼部材の温度を上記脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体内を真空にし、次いで上記鉄鋼部材を真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、上記鉄鋼部材の表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する上記脱窒処理を行う制御部と、を備える、ことを特徴する(請求項
15)。
【0057】
この発明の表面硬化処理装置は、請求項2記載の表面硬化処理方法を具現化するもので、上記炉体内に酸化性ガスを供給する酸化性ガス供給部を備え、上記制御部は上記酸化性ガス供給部を制御して、上記脱窒処理を施した上記鉄鋼部材を酸化性ガス雰囲気中に400〜650℃の温度で所定の時間暴露し、窒素化合物層の直上に酸化鉄層を形成する酸化処理を行ってもよい(請求項
16)。
【0060】
この場合、上記鉄鋼部材に形成された窒素化合物層
又は酸化鉄層の直上に化成処理皮膜を形成可能な金属表面処理液を塗布する塗布部を備え、上記制御部は上記塗布部を制御して、上記脱窒処理
又は上記酸化処理を施した上記鉄鋼部材に上記金属表面処理液を塗布し、窒素化合物層又は酸化鉄層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理を行ってもよい(請求項
17)。
【0061】
この場合、上記炉体は、上記窒化処理ガス供給部と、上記加熱部と、上記排気部とが少なくとも配置され、上記窒化処理と上記脱窒処理
又は上記窒化処理と上記脱窒処理と上記酸化処理を施す際に上記鉄鋼部材を収容する一の処理室と、上記塗布部が配置され、上記コーティング処理を施す際に上記鉄鋼部材を収容する他の処理室と、上記鉄鋼部材を上記一の処理室から上記他の処理室に搬送する搬送部と、を備え、上記制御部は、上記搬送部を制御して、上記一の処理室内で上記窒化処理と上記脱窒処理
又は上記窒化処理と上記脱窒処理と上記酸化処理を施した上記鉄鋼部材を上記他の処理室内に搬送してもよい(請求項
18)。
【0062】
このように構成することにより、コーティング処理を他の処理室にて行うため、金属表面処理液を構成する物質が窒化処理に影響を及ぼすのを防止することができる。
【0063】
この場合、
上記脱窒処理は、上記鉄鋼部材を不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気中又は
真空中に10秒以上晒す方がよい(請求項
19)。
【0065】
この場合、上記制御部は、上記窒化処理を施した上記鉄鋼部材の温度を
上記脱窒処理を開始するまでの間中500℃以上に保持する方がよい(請求項
20)。
【0066】
この場合、
上記脱窒処理の際、上記制御部は上記加熱部を制御して、上記鉄鋼部材を500〜650℃の温度に加熱してもよい(請求項
21)。
【0067】
この場合、上記制御部は上記排気部を制御して、上記窒化処理の際、上記窒化処理ガス供給部が上記窒化処理ガスを供給する前に処理雰囲気を真空にする方がよい(請求項
22)。
【0068】
この場合、上記制御部は上記排気部を制御して、上記窒化処理ガス供給部が上記窒化処理ガスを供給する前に処理雰囲気を0.01〜10.0Torrの真空下に形成し、上記窒化処理ガス供給部が上記窒化処理ガスを供給した後の処理雰囲気は100〜760Torrに形成される方がよい(請求項
23)。
【0069】
この場合、上記炉体内において上記鉄鋼部材の方向へ気流を発生させる送風部と、を備え、上記窒化処理の際、上記制御部は上記送風部を制御して、処理雰囲気に流速を付与する方がよい(請求項
24)。
【0070】
また、上記制御部は上記加熱部を制御して、上記窒化処理の際に、上記鉄鋼部材を加熱時間が1200秒以下であり、かつ、その最高到達温度が600〜650℃で加熱してもよい(請求項
25)。
【発明の効果】
【0071】
この発明の表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間で窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材を形成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0073】
以下、本発明の第1実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置について、図面を参照して説明する。第1実施形態に係る鉄鋼部材Wの表面硬化処理装置は、
図4に示すように、鉄鋼部材Wを収容する炉体1と、炉体1内に窒化処理ガスを供給する窒化処理ガス供給部10と、炉体1内に収容された鉄鋼部材Wを所定の温度に高周波誘導加熱により加熱する加熱部20と、炉体1内のガスを排出する排気部30と、炉体1内の鉄鋼部材Wを冷却する冷却部40と、炉体1内に不活性ガス,還元性ガス若しくはそれらの組み合わせガス(以下、不活性ガス等と呼ぶ)を供給する不活性ガス等供給部50と、処理雰囲気に流速を付与する送風部60と、制御部100と、で主に構成されている。
【0074】
炉体1は、
図4で示すように、中空略四面体状の炉体本体2を備えており、炉体1の一の側面には鉄鋼部材Wを炉体本体2内に搬入及び搬出可能な開閉扉(図示せず)が備えられている。また、炉体本体2内の底面には鉄鋼部材Wを載置する支持台3が設けられている。このように構成される炉体1は炉体1内を気密に形成すると共に高圧高温に耐え得る構造となっている。
【0075】
窒化処理ガス供給部10は、
図4で示すように、高圧ガスボンベにより窒化処理ガスを貯留する窒化処理ガス供給源11と、炉体本体2の一の面に接続して窒化処理ガス供給源11と炉体1内を連通する窒素ガス供給管路12と、窒素ガス供給管路12に介設される流量調節機能を有する開閉弁V1と、で構成されている。
【0076】
加熱部20は、
図4で示すように、炉体1内の支持台3の周囲に設けられた誘導加熱コイル21と、誘導加熱コイル21と炉体本体2の一の側面を介して接続され炉体1外に設けられた高周波発振器22と、から構成される。誘導加熱コイル21は、炉体1外に設けられた高周波発振器22に接続され、加熱対象を所望の温度に加熱せしめる高周波電力が供給される。
【0077】
排気部30は、
図4で示すように、排気装置31と、炉体1の一の面に接続して排気装置31と炉体1を連通する排気管路32と、排気管路32に介設される開閉弁V2と、で構成されている。また、排気管路32には、炉体1内に大気を導入可能な大気導入管33が接続されており、大気導入管33には開閉弁V3が介設されている。
【0078】
冷却部40は、
図4で示すように、冷却剤を貯留する冷却剤供給源41と、炉体1内に設けられ支持台3に方向に向けられたノズル42と、冷却剤供給源41とノズル42を連通する冷却剤供給管路43と、冷却剤供給管路43に介設される開閉弁V4と、で構成されている。
【0079】
不活性ガス等供給部50は、
図4で示すように、高圧ガスボンベにより不活性ガス等を貯留する不活性ガス等供給源51と、炉体1の一の面に接続して不活性ガス等供給源51と炉体1を連通する不活性ガス等供給管路52と、不活性ガス等供給管路52に介設される流量調節機能を有する開閉弁V5と、で構成されている。
【0080】
送風部60は、
図4で示すように、支持台3を軸とし支持台3に対して同心円状に配置された複数の羽根61が回転することにより、矢印の方向すなわち鉄鋼部材Wの方向へ気流を発生させ、処理雰囲気に流速を付与するものである。
【0081】
制御部100は、
図4で示すように、例えば、CPU等のマイクロプロセッサとその周辺回路を有する演算処理部を備えたコンピュータにより構成され、表面硬化処理を実行させるための実行用プログラム等を格納するプログラム格納部(図示せず)と、設定された窒化温度に関するデータ等を記憶するための記憶部(図示せず)と、例えばオペレータが処理温度、処理時間等のパラメータを設定入力可能な入力部(図示せず)と、を主に備えている。
【0082】
また、制御部100は、
図4で示すように、開閉弁V1〜V5,排気装置31,高周波発振器22,送風部60と電気的に接続されており、制御部100からの制御信号に基づいて、開閉動作,加熱動作,排気動作等が行われるようになっている。
【0083】
このように構成される制御部100は、窒化処理ガス供給部10と加熱部20を制御して、鉄鋼部材Wを592〜650℃の温度に加熱して鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理を行い、次いで不活性ガス等供給部50と排気部30を制御して、窒化処理を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体内を不活性ガス等雰囲気にし、次いで鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理を行い、次いで冷却部40を制御して、脱窒処理を施した鉄鋼部材Wを急冷する。
【0084】
〔実施例1〕
次に、上記のように構成される第1実施形態に係る表面硬化処理装置による鉄鋼部材Wの処理について説明する。
図5は、第1実施形態に係る表面硬化処理装置における表面硬化処理装置の手順を示すフローチャートであって、矢印の方向にステップが進行する。
【0085】
表面硬化処理を施す鉄鋼部材Wは、直径25mm、長さ30mmのSCM440調質材であって鉄鋼部材Wの表面を脱脂洗浄したものを使用する。なお、本発明の適用対象となる鉄鋼部材Wは、特に限定されず、例えば、炭素鋼、低合金鋼、中合金鋼、高合金鋼、鋳鉄等を挙げることができる。コストの点から好ましい材料は、炭素鋼や低合金鋼等である。例えば、炭素鋼としては機械構造用炭素鋼鋼材(S20C〜S58C)が好適であり、低合金鋼としては、ニッケルクロム鋼鋼材(SNC236〜836)、ニッケルクロムモリブデン鋼鋼材(SNCM220〜815)、クロムモリブデン鋼鋼材(SCM415〜445、822)、クロム鋼鋼材(SCr415〜445)、機械構造用マンガン鋼鋼材(SMn420〜443)、マンガンクロム鋼鋼材(SMnC420、443)等が好適である。
【0086】
まず、
図1及び
図5に示すように、脱脂洗浄等の前処理を終えた鉄鋼部材Wに窒化処理工程(ステップH1)を開始する。窒化処理工程H1は、真空工程(ステップS1)と、窒化処理ガス供給工程(ステップS2)と、加熱工程(ステップS3)から構成され、鉄鋼部材Wを、窒化処理ガス雰囲気中で加熱して、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層(以下、高窒素濃度の窒素化合物層という。)を形成すると共に窒素化合物層の直下に窒素拡散層が形成された鉄鋼部材Wを形成する。
【0087】
オペレータは、窒化処理を施す鉄鋼部材Wを炉体1内の支持台3に載置した後、制御部100を操作することにより処理が開始される。まず、窒化処理工程H1は、
図1及び
図5に示すように、処理雰囲気を真空にする真空工程S1を行う。
【0088】
制御部100は、オペレータが入力部から入力したデータに基づいて、実行用プログラムを実行して、排気部30の排気装置31を作動すると共に開閉弁V2を開放して処理雰囲気を真空にする。この場合、炉体1内の真空度は排気装置31を10秒作動させることにより0.1Torrにまで減圧する。制御部100は、排気装置31を10秒作動させた後、排気装置31の作動を停止すると共に、開閉弁V2を閉鎖する。
【0089】
このように窒化処理ガス供給工程S2の前に、処理雰囲気を真空にする真空工程S1を備える事により、窒化処理工程における鉄鋼部材W表面の酸化を防止することができる。なお、本実施例において真空度は0.1Torrであるが、本発明において真空工程S1における炉体1内の真空度は0.01〜10.0Torr好ましくは0.1〜1.0Torrとする方がよい。
【0090】
次いで、
図1及び
図5に示すように、処理雰囲気を窒化処理ガス雰囲気に形成する窒化処理ガス供給工程S2を行う。制御部100は、窒化処理ガス供給部10の開閉弁V1を開放してあらかじめ設定された流量である50Torr/secで炉体1内に窒化処理ガスを供給する。
【0091】
この場合、窒化処理ガスは、アンモニアガス体積100%からなるガスである。本発明において窒化処理ガスのアンモニアガス含有率を20体積%〜100体積%好ましくは80体積%〜100体積%とする方がよい。20体積%を下回る濃度では、窒化ポテンシャルが低すぎて短時間で高窒素濃度の窒素化合物層を形成することができないからである。窒化処理ガスのアンモニアガス含有率を20体積%〜100体積%とすることにより、窒化ポテンシャルを高めて窒素化合物層内の窒素濃度上昇速度を上げる事ができるため、短時間で鉄鋼部材Wの表面に高窒素濃度の窒素化合物層を形成することができる。なお、本実施形態において窒化処理ガスはアンモニアガス体積100%からなるが、窒化処理ガスは混合ガス例えばアンモニアガスと炭酸系ガスの混合ガスであってもよい。
【0092】
窒化処理ガス供給工程S2が開始され、あらかじめ設定された時間である10秒間窒化処理ガスが炉体1内に供給されると、制御部100は、窒化処理ガス供給部10の開閉弁V1を閉鎖する。
【0093】
窒化処理ガス供給工程S2が終了すると、炉体1内の真空度は500Torrとなる。本実施例において真空度は500Torrであるが、本発明において加熱工程S3における炉体1内の真空度は100〜760Torr好ましくは500〜760Torrとする方がよい。このように構成することにより、処理雰囲気中の窒化処理ガス濃度を適正にすることができる。この際、窒化処理ガス供給工程S2終了後の炉体内の温度は常温付近となる。
【0094】
次いで、
図1及び
図5に示すように、窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により650℃の温度で加熱して、鉄鋼部材Wの表面に高窒素濃度の窒素化合物層を形成する加熱工程S3を行う。制御部100は、高周波発振器22を制御して誘導加熱コイル21に高周波電力を供給させて鉄鋼部材Wを加熱する。制御部100は、あらかじめ設定された温度及び時間を受け高周波発振器22を制御する。
【0095】
一般に、窒化処理において、炉体内にアンモニアガスが供給されると、下記(1)式によりアンモニア分子が水素と窒素に分解する熱分解反応が生じるが、下記(2)式に示すように、炉体内に供給された供給アンモニアガスの一部が熱分解反応を生じずに、未分解の残留アンモニアガスとして存在する。そして、この残留アンモニアガスが、鉄表面で下記(3)式のような分解反応を起こすことにより、活性窒素[N]を鉄鋼部材W表面に供給する。
2NH
3→N
2+3H
2…(1)
供給アンモニアガス→H
2+N
2+残留アンモニアガス…(2)
残留アンモニアガス→[N]+3/2H
2…(3)
【0096】
そして、処理雰囲気の窒化作用を示す指標として窒化ポテンシャルが用いられ、下記(4)式により窒化ポテンシャルKnを計算することができる。
窒化ポテンシャルKn=炉内アンモニア濃度/(炉内水素濃度)
3/2…(4)
【0097】
本実施例においては、アンモニアガス含有率100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で、高周波誘導加熱により鉄鋼部材Wのみを加熱すると共に、窒化処理ガス供給工程S2終了後の炉体内の温度は常温付近であるため、雰囲気温度によるアンモニアの熱分解は極めて少ない。すなわち、炉体内の雰囲気温度によるアンモニアの熱分解反応(上記(1)式)を抑制して、炉内の炉内水素濃度を極めて少なくすることができる。このため、上記(4)式により計算される窒化ポテンシャルKnは極めて高いものとなる。
【0098】
この場合、制御部100は、高周波発振器22を制御してあらかじめ設定された温度及び時間である650℃の温度に2秒で到達させて300秒加熱する。本実施例において650℃で加熱したが、本発明においては、592〜650℃の温度であればよく、処理温度T1は好ましくは600〜650℃更に好ましくは640〜650℃の温度で加熱する方がよい。
【0099】
鉄鋼部材Wの窒素濃度を短時間で高めるためには、加熱工程S3の処理温度T1を592℃以上にすることが必要となる。本実施形態では、従来の580℃以下の窒化処理温度とは異なり592℃以上の温度域で窒化処理を実施する。窒化処理を592℃以上の温度で実施することによって鉄鋼部材Wに侵入する窒素量を増加させて、化学反応の一種である窒化反応速度を速めることができ、且つ、既述のように高窒化ポテンシャル下でこの窒化処理を実施し得ることから結果的に短時間で高窒素濃度の窒素化合物層を形成することを可能としている。
【0100】
また、加熱工程S3の処理温度T1が650℃を上回ると、窒素化合物層中の窒素の脱窒素が顕著となり、効率的に高窒素濃度の窒素化合物層を形成することができなくなる。なぜならば、窒素化合物層中の窒素の脱窒素のプロセスは、窒素化合物層中の窒素が窒素ガスとして生成すること、及び、窒素化合物層中の窒素が内部に拡散する反応が生じること、により生じる。この点、窒素化合物層中の窒素が窒素ガスとして生成する反応力及び内部に拡散する反応力は、窒素化合物層中の窒素濃度及び温度に依存する。このため、650℃を超える処理温度にて窒化処理すると、窒素ガスの生成に寄与する窒素及び内部に拡散する窒素の量が増大し過ぎ、効率的に高窒素濃度の窒素化合物層を形成することができなくなるからである。
【0101】
この場合、加熱部20は鉄鋼部材Wを加熱して650℃に2秒で達し、650℃の温度で300秒間保持する。すなわち、鉄鋼部材Wの加熱時間は302秒間である。本実施例において302秒加熱したが、本発明においては1200秒以下であればよく、好ましくは2秒〜1200秒、さらに好ましくは300秒とする方がよい。2秒を下回る時間では、窒素化合物層が形成されているとは言え、窒素化合物層の厚さが薄くなりすぎるからであり、1200秒を上回る時間では、窒素化合物層の厚みが飽和状態に達し、厚さへの効果が小さくなるためである。
【0102】
あらかじめ設定された時間300秒が経過すると、制御部100は、高周波発振器22を制御して誘導加熱コイル21に高周波電力の供給を停止する。
【0103】
また、制御部100は、加熱工程S3の開始と同時に送風部60を制御して複数の羽根61を回転させて、
図4に示す矢印の方向すなわち鉄鋼部材Wの方向へ気流を発生させ、処理雰囲気に流速を付与して、鉄鋼部材Wの表面近傍から水素及び窒素を除去し、鉄鋼部材Wの表面近傍に常時アンモニアを供給することができる。制御部100は、加熱工程S3の終了と同時に送風部60を制御して羽根61の回転を停止させる。
【0104】
このように構成することにより、鉄鋼部材Wの方向へ気流を発生させながら鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により加熱するので、鉄鋼部材Wの表面近傍から水素及び窒素を除去し、鉄鋼部材Wの表面近傍に常時アンモニアを供給することができるため短時間で窒化処理を施すことができる。
【0105】
加熱工程S3が終了すると、鉄鋼部材Wの表面には高窒素濃度の窒素化合物層が形成されると共に窒素化合物層の直下に窒素拡散層が形成された鉄鋼部材Wが形成される。この場合、鉄鋼部材Wの表面には、ζ相を形成し得る濃度まで窒素濃度が高められた窒素化合物層、すなわち窒素の含有が11wt%を超える窒素化合物層を全層(全部)に含む窒素化合物層が形成される。ここで、ζ相を形成し得る濃度とは、窒素化合物層を冷却した際にζ相が析出し得る領域すなわち窒素化合物層内の窒素の含有が11wt%を超える領域のことをいう。
【0106】
本実施形態では、鉄鋼部材Wの表面にζ相を形成し得る濃度まで窒素濃度が高められた窒素化合物層を形成したが、本発明においては窒素の含有が9wt%を超える窒素化合物層であればよく、例えば窒素の含有が9wt%を超えるε相からなる窒素化合物層を形成してもよい。窒素化合物層の窒素の含有が9wt%以下では、脱窒処理工程S5後の窒素化合物層の窒素濃度が下がり過ぎ所望の窒素濃度の窒素化合物層、すなわち6〜9wt%の範囲のε相、又は、6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層の形成が困難である。一方、窒素化合物層の窒素濃度の上限については特に指定はなく、脱窒処理工程S5における処理時間等を調整すれば所望の窒素濃度の窒素化合物層を形成することができる。
【0107】
また、本実施形態では、鉄鋼部材Wの表面に窒素の含有が11wt%を超える窒素化合物層を全層(全部)に含む窒素化合物層が形成したが、本発明においては窒素の含有が9wt%を超える高窒素濃度の窒素化合物層を一部に含む窒素化合物層を形成すればよい。一般的に窒素化合物層は内側の母材との境界付近から最表面に向かって窒素濃度が高くなる。したがって、窒素化合物層中の最表層(一部)が、窒素の含有が9wt%を超える窒素化合物層であればよい。
【0108】
このように、窒化処理工程H1において高窒素濃度の窒素化合物層を形成すればよく、アンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により592〜650℃の温度で加熱する処理条件により形成される高窒化ポテンシャルを採用できるため短時間で窒化処理ができる。
【0110】
次いで、
図1及び
図5に示すように、脱窒処理工程S5開始前に、窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理工程S5を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ処理雰囲気の窒化処理ガスを排出して処理雰囲気を不活性ガス等雰囲気に形成する置換工程S4を連続して行う。
【0111】
制御部100は、不活性ガス等供給部50の開閉弁V5を開放してあらかじめ設定された流量である50Torrで炉体1内に不活性ガス等を供給すると共に、排気部30の排気装置31を作動すると共に開閉弁V2を開放して炉体1内のアンモニアガスを排出する。制御部100は、あらかじめ定められた時間10秒が経過すると、排気装置31の作動を停止すると共に、開閉弁V2を閉鎖すると共に、不活性ガス等供給部50の開閉弁V5を閉鎖する。第1実施形態において、不活性ガス等はアルゴンガスである。置換工程S4に要する時間は10秒である。
【0112】
この場合、置換工程S4を実行中、鉄鋼部材Wの温度T2を350℃以上に保持しなければならない。350℃を下回る温度になると、冷却途中に生じる応力により高窒素濃度の窒素化合物層に亀裂や割れが発生するためである。そのためには、置換工程S4を鉄鋼部材Wの温度が350℃を下回る温度になる前に終了させる必要がある。本実施形態においては、雰囲気温度により鉄鋼部材Wの温度は降下するが、置換工程S4終了時において鉄鋼部材Wの温度はT2:570℃となる。
【0113】
また、本実施形態では、置換工程S4は、窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理工程S5を開始するまでの間中500℃以上に保持する。このように構成することにより、脱窒処理工程S5開始時の鉄鋼部材W温度を500℃以上に保持することができるため、脱窒処理工程S5において、例えば鉄鋼部材Wを500℃以上加熱する工程を設定する必要がなく処理を効率的に行うことができる。
【0114】
次いで、窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理工程を行う。本実施形態においては、
図1に示すように、脱窒処理工程S5を、不活性ガス等雰囲気中で鉄鋼部材Wを570℃の温度から徐冷することにより行う。徐冷は徐々に温度をさげること、換言すると、所定の時間をかけて所定の温度域を降温することであり、不活性ガス等雰囲気中で、鉄鋼部材Wの温度を所定の時間をかけて500〜650℃の温度域内で降温させることにより、不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度域内にある窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材Wを所定の時間晒すことができる。
【0115】
したがって、本実施形態における脱窒処理工程S5は、不活性ガス等雰囲気中で、鉄鋼部材Wを100秒の時間をかけて570℃の温度から520℃の温度まで降温する徐冷を行い、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相又は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する。脱窒処理工程S5開始時の鉄鋼部材Wの温度は、置換工程S4終了時にける鉄鋼部材Wの温度であるT2:570℃となる。徐冷は所定の時間100秒継続され、鉄鋼部材Wの温度がT3:520℃に降下した時点で終了する。
【0116】
脱窒処理工程S5が終了すると、窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材Wに形成された高窒素濃度の窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げて、鉄鋼部材Wの表面には窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0117】
窒素化合物層中の窒素の脱窒素のプロセスは、窒素化合物層中の窒素が窒素ガスとして生成すること、及び、窒素化合物層中の窒素が内部に拡散する反応が生じること、により生じる。この点、窒素化合物層中の窒素が窒素ガスとして生成する反応力及び内部に拡散する反応力(以下、離脱反応力という。)は窒素化合物層中の窒素濃度及び温度に依存する。すなわち、窒素化合物層中の窒素濃度が高い状態で高温域に保持されると離脱反応力が大きくなり脱窒素が顕著になる。
【0118】
本発明は、温度に依存する離脱反応力を所定の時間発生させて脱窒素をコントロールする。すなわち、不活性ガス等雰囲気中又は真空中に、500〜650℃の温度域内にある高窒素濃度の窒素化合物層が形成された鉄鋼部材Wを所定の時間晒し、所望の離脱反応力を所定の時間発生させ窒素化合物層から所望の脱窒素を行うと共に新規な窒素の侵入を防止して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げる。
【0119】
本実施形態においては、鉄鋼部材Wを570度から520度まで徐冷したので、520℃〜570℃の温度域で晒したが、本発明においては不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度域内にある鉄鋼部材Wを所定の時間晒せばよく、鉄鋼部材Wの温度条件については、徐冷のみならず例えばこの温度域内で鉄鋼部材Wの温度を一定に保持する、また、この温度域内で鉄鋼部材Wを加熱し温度を緩やかに上昇させるものであってもよい。この点、500℃を下回る温度では、温度に依存する離脱反応力が小さ過ぎるため、高窒素濃度の窒素化合物層からの脱窒が進まずに所望の窒素濃度が得難いためである。一方、650℃を上回る温度では、温度に依存する離脱反応力が大き過ぎるため、高窒素濃度の窒素化合物層からの脱窒が進み過ぎ、窒素化合物層が喪失する虞があるためである。この点、上述したように、高温域では離脱反応力が大きく、低温域では離脱反応力が小さいので、窒化処理工程H1にて形成された高窒素濃度の窒素化合物層の濃度等の状態に応じて、500〜650℃の温度域内で処理温度,処理時間を決定すれば良い。
【0120】
また、本実施例においては、脱窒処理工程S5における徐冷継続時間(所定の時間)を100秒としたが、本発明においては10秒以上であればよい。10秒を下回る時間では、例えば脱窒処理工程S5における上限である650℃で温度を一定に保持する条件で処理した場合あっても、処理される時間が短すぎ、高窒素濃度の窒素化合物層からの脱窒が進まずに所望の窒素濃度が得難いためである。
【0121】
次いで、
図1及び
図5に示すように、鉄鋼部材Wを520℃の温度から常温付近に急冷する急冷工程S6を開始する。制御部100は、冷却部40の開閉弁V4を開放して支持台3方向に向けられたノズル42から冷却剤である水を鉄鋼部材Wに向けて噴射する。急冷工程S6に要する時間は2秒である。
【0122】
以上で急冷工程S6は終了である。オペレータは炉体1の開閉扉を開けて、鉄鋼部材Wを炉体1内から取り出す。
【0123】
このように、脱窒処理工程S5を施した鉄鋼部材Wを急冷する急冷工程S6を備えることにより、処理を短時間化できる。
【0124】
上記一連の処理に要した時間は、
図1に示すように、S1:真空工程20秒、S2:窒化処理ガス供給工程10秒、S3:加熱工程302秒、S4:置換工程10秒、S5:脱窒処理工程100秒、S6:急冷工程2秒の計444秒である。
【0125】
第1実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、窒化処理工程H1において窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成すればよく、アンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により592〜650℃の温度で加熱する処理条件により形成される高窒化ポテンシャルを採用できるため短時間で窒化処理ができる。
【0126】
また、窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理工程S5を開始するまでの間中350℃以上に保持して、脱窒処理工程S5を開始することにより、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層に亀裂や割れが発生するのを防止することができる。
【0127】
また、窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒す脱窒処理工程S5を施すことにより、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材W内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げ、鉄鋼部材の表面に窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成させることができる。
【0128】
すなわち、第1実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間(444秒)で表面に窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。
【0129】
上記のようにして形成した鉄鋼部材Wについて以下の評価試験を行った。
【0130】
実施例1の鉄鋼部材Wは、急冷工程S6後においても表面の窒素化合物層の割れ,亀裂等が生じていないことを確認した。次に、評価面中央部の表面硬さをマイクロビッカース硬度計を用いて表面硬度測定を行った。鉄鋼部材Wの表面硬さはHV654であった。
【0131】
次に、鉄鋼部材Wをマイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行った結果、
図6に示す顕微鏡写真像が得られた。この顕微鏡写真像により、鋼材部材Wの表面に厚さ15.6μmの窒素化合物層が形成していることを確認した。また、窒素化合物層直下には厚さ9.8μmの高窒素含有オーステナイト層が存在していることを確認した。
【0132】
以上の実験結果である、15.6μmの窒素化合物層が形成している点、表面の窒素化合物層に割れ等が生じていない点、及び鉄鋼部材Wの表面硬さはHV654である点、により、実施例1の鉄鋼部材Wは、6〜9wt%の範囲のε相、又は、6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成されていることが確認された。
【0133】
本発明の処理が施された鉄鋼部材Wは、表面に形成された窒素化合物層による摺動性、摩耗性、焼き付き抵抗性を有していることがわかった。
【0134】
なお、上述した第1実施形態において、不活性ガス等はアルゴンガスを使用したが、不活性ガス,還元性ガス若しくはそれらの組み合わせガスであってもよい。還元性ガスとしては、例えば水素やプロパン,ブタン等の石油ガス及びそれらの変性ガスやアルコール類,エステル類,ケトン類等が挙げられる。不活性ガスとしては窒素やアルゴン等の中性ガス又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0135】
本発明に係る鉄鋼部材Wの表面硬化処理装置は、上述したように短時間で窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。このため、窒化処理を必要とする部品の機械製造ラインに組み込み、一連の流れの中で完成品を作り出せる。このため、従来のように大量に炉で処理した場合と比較して、製品の混入等を含めた製品管理、帳簿管理、納期管理、輸送など多大な工数を必要とせず、生産効率の向上と多大な原価軽減をすることができる。
【0136】
この発明の表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によって形成される鉄鋼部材Wは、摩耗性・耐食性が要求される部材に好適である。鉄鋼部材Wの形状、部品種は特に限定されず、例えばブレーキロータ、ブレーキパット等に好適である。
【0137】
<第2実施形態>
上記第1実施形態では、脱窒処理工程S5後に急冷工程S6を実行したが、急冷工程S6を行わず、そのまま徐冷を継続する構成であってもよい。
【0138】
第2実施形態に係る表面硬化処理装置は、第1実施形態に係る表面硬化処理装置を構成する部材のうち、冷却部40を削除した構成である。
【0139】
第2実施形態における制御部100は、窒化処理ガス供給部10と加熱部20を制御して、鉄鋼部材Wを592〜650℃の温度に加熱して鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理を行い、次いで不活性ガス等供給部50と排気部30を制御して、窒化処理を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体内を不活性ガス等雰囲気にし、次いで鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理を行い、次いで鉄鋼部材Wを常温まで徐冷する。
【0140】
なお、第2実施形態において、その他の構成は第1実施形態と同じであるので、同一部分には同一符号を付して説明は省略する。
【0141】
次に、上記のように構成される第2実施形態に係る表面硬化処理装置による鉄鋼部材Wの処理について説明する。
【0142】
図7に示すように、鉄鋼部材Wに窒化処理工程(ステップH1a)を開始する。窒化処理工程H1aは、第1実施形態と同様にして、真空工程(ステップS1a)→窒化処理ガス供給工程(ステップS2a)→加熱工程(ステップS3a)が進行する。次いで、置換工程(ステップS4a)も第1実施形態と同様にして進行する。
【0143】
次いで、
図7に示すように、不活性ガス等雰囲気中で、鉄鋼部材Wを140秒の時間をかけて570℃の温度から500℃の温度まで降温する徐冷を行い、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相又は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理工程S5aを行う。脱窒処理工程S5a開始時の鉄鋼部材Wの温度は、置換工程S4a終了時にける鉄鋼部材Wの温度であるT2:570℃となる。徐冷は所定の時間140秒継続され、鉄鋼部材Wの温度がT4:500℃に降下した時点で終了する。
【0144】
第2実施形態おける脱窒処理工程S5aは、第1実施形態と同様に不活性ガス等雰囲気中に、500〜650℃の温度域内にある高窒素濃度の窒素化合物層が形成された鉄鋼部材を所定の時間晒し、所望の離脱反応力を発生させ窒素化合物層から脱窒素を行うと共に新規な窒素の侵入を防止して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げる。
【0145】
脱窒処理工程S5aが終了すると、窒化処理工程H1aを施した鉄鋼部材Wに形成された高窒素濃度の窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材W内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げて、鉄鋼部材Wの表面には窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0146】
次いで、
図7に示すように、鉄鋼部材Wを500℃から常温まで徐冷する徐冷工程S6aが行われる。徐冷工程S6aに要する時間は1000秒である。上述したように、温度に依存する離脱反応力が500℃を下回る温度では小さく窒素化合物層からの脱窒が進まないため、徐冷工程S6aでは窒素化合物層からの脱窒はほとんど生じない。
【0147】
以上で徐冷工程S6aは終了である。オペレータは炉体1の開閉扉を開けて、鉄鋼部材Wを炉体1内から取り出す。
【0148】
上記一連の処理に要した時間は、
図8に示すように、S1a:真空工程20秒、S2a:窒化処理ガス供給工程10秒、S3a:加熱工程302秒、S4a:置換工程10秒、S5a:脱窒処理工程140秒、S6a:徐冷工程1000秒の計1482秒である。
【0149】
このように、第2実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間(1482秒)で表面に窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。
【0150】
<第3実施形態>
上記第1実施形態では、脱窒処理工程S5後に急冷工程S6を実行したが、脱窒処理工程S5を施した鉄鋼部材Wを金属表面処理液により処理し、窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成してもよい。
【0151】
この場合、
図9に示すように、脱窒処理工程を施した鉄鋼部材Wを金属表面処理液により処理し、窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理工程H2bを備えてもよい。
【0152】
以下、本発明の第3実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置について、図面を参照して説明する。第3実施形態に係る鉄鋼部材Wの表面硬化処理装置は、
図8に示すように、鉄鋼部材Wを収容する炉体1と、炉体1内に窒化処理ガスを供給する窒化処理ガス供給部10と、炉体1内に収容された鉄鋼部材Wを所定の温度に高周波誘導加熱により加熱する加熱部20と、炉体1内のガスを排出する排気部30と、炉体1内に不活性ガス等を供給する不活性ガス等供給部50と、処理雰囲気に流速を付与する送風部60と、鉄鋼部材Wに形成された窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成可能な金属表面処理液を塗布する塗布部70と、制御部100と、で主に構成されている。
【0153】
塗布部70は、
図8で示すように、金属表面処理液を貯留する金属表面処理液供給源71と、炉体1内に設けられ支持台3に方向に向けられたスプレーノズル72と、金属表面処理液供給源71とスプレーノズル72を連通する金属表面処理液供給管路73と、金属表面処理液給管路73に介設される開閉弁V7と、で構成されている。
【0154】
制御部100は、
図8で示すように、開閉弁V1〜V3,V5,V7,排気装置31,高周波発振器22,送風部60と電気的に接続されており、制御部100からの制御信号に基づいて、開閉動作,加熱動作,排気動作等が行われるようになっている。
【0155】
このように構成される制御部100は、窒化処理ガス供給部10と加熱部20を制御して、鉄鋼部材Wを592〜650℃の温度に加熱して鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理を行い、次いで不活性ガス等供給部50と排気部30を制御して、窒化処理を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体内を不活性ガス等雰囲気にし、次いで鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理を行い、次いで塗布部70を制御して、鉄鋼部材Wに金属表面処理液を塗布し、窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理を行う。
【0156】
なお、第3実施形態において、その他の構成は第1実施形態と同じであるので、同一部分には同一符号を付して説明は省略する。
【0157】
〔実施例2〕
次に、上記のように構成される第3実施形態に係る表面硬化処理装置による鉄鋼部材Wの処理について説明する。この場合、表面硬化処理を施す鉄鋼部材Wは、直径25mm、長さ30mmのS45C調質材であって鉄鋼部材Wの表面を脱脂洗浄したものを使用する。
【0158】
図9に示すように、鉄鋼部材Wに窒化処理工程(ステップH1b)を開始する。窒化処理工程H1bは、第1,2実施形態と同様にして、真空工程(ステップP1)→窒化処理ガス供給工程(ステップP2)→加熱工程(ステップP3)が進行する。次いで、置換工程(ステップP4)は第1,2実施形態と同様にして進行する。次いで、脱窒処理工程(ステップP5)は第2実施形態と同様にして進行する。
【0159】
脱窒処理工程P5が終了すると、窒化処理工程H1bを施した鉄鋼部材Wに形成された高窒素濃度の窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材W内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げて、鉄鋼部材Wの表面には窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0160】
次いで、
図9に示すように、鉄鋼部材Wの温度を500℃から300℃まで徐冷する徐冷工程P6が行われる。徐冷工程P6に要する時間は400秒である。第2実施形態と同様に、温度に依存する離脱反応力が500℃を下回る温度では小さすぎ窒素化合物層からの脱窒が進まないため、徐冷工程P6では窒素化合物層から脱窒はほとんど生じない。
【0161】
次いで、
図9に示すように、徐冷工程P6により鉄鋼部材Wの温度が300℃まで徐冷されると、脱窒処理工程P5を施した鉄鋼部材Wを金属表面処理液により処理し、窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理工程H2bを行う。コーティング処理工程H2bは、脱窒処理工程P5後、300℃の温度まで冷却された鉄鋼部材Wに、金属表面処理液を塗布する工程(塗布工程P7)により構成される。
【0162】
制御部100は、塗布部70の開閉弁V7を開放して支持台3方向に向けられたスプレーノズル42から金属表面処理液である日本パーカライジング社製のパルコート3700(パルコートは登録商標)を鉄鋼部材Wに向けてスプレー噴射する。塗布工程P7に要する時間は30秒である。
【0163】
金属表面処理液であるパルコート3700は、3価クロムを含む金属表面用化成処理液であって、金属基材表面に優れた耐食性を有する化成処理皮膜を形成できる。
【0164】
なお、本実施形態においては、金属表面処理液としてパルコート3700を使用したが、50℃〜300℃の温度域にある鉄鋼部材に塗布することが適する金属表面処理液を使用することができる。この場合、金属表面処理液を塗布する適当な温度に応じて、徐冷工程P6を終了して、コーティング処理工程H2bを開始すれば良い。他の金属表面処理液としては、例えばリン酸亜鉛を含む金属表面処理液である日本パーカライジング社製のパルボンドPB−L3020(パルボンドは登録商標)、リン酸マンガンを含む金属表面処理液である日本パーカライジング社製のパルホスPF−M1A(パルホスは登録商標)を使用することができる。
【0165】
塗布工程P7が終了すると、鉄鋼部材の温度は室温まで下がると共に、鉄鋼部材Wの表面に耐食性を有する化成処理皮膜が形成されると共に化成処理皮膜の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0166】
以上でコーティング処理工程H2bは終了である。オペレータは炉体1の開閉扉を開けて、鉄鋼部材Wを炉体1内から取り出す。
【0167】
このように、脱窒処理工程P5を施した鉄鋼部材Wを金属表面処理液により処理し、窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理工程H2bを備えることにより、鉄鋼部材Wの表面に化成処理皮膜を形成すると共に化成処理皮膜の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成することができる。
【0168】
上記一連の処理に要した時間は、
図9に示すように、P1:真空工程20秒、P2:窒化処理ガス供給工程10秒、P3:加熱工程302秒、P4:置換工程10秒、P5:脱窒処理工程140秒、P6:徐冷工程400秒、P7:塗布工程30秒、の計912秒である。
【0169】
第3実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間(912秒)で表面に化成処理皮膜を備えると共に化成処理皮膜の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。
【0170】
上記のようにして形成した鉄鋼部材Wについて以下の評価試験を行った。
【0171】
実施例2の鉄鋼部材Wは、コーティング処理工程H2b後においても化成処理皮膜及び窒素化合物層に割れ,亀裂等が生じていないことを確認した。次に、評価面中央部の表面硬さをマイクロビッカース硬度計を用いて表面硬度測定を行った。鉄鋼部材Wの表面硬さはHV684であった。
【0172】
次に、鉄鋼部材Wをマイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行った結果、
図10に示す顕微鏡写真像が得られた。この顕微鏡写真像により、鋼材部材Wの表面に厚さ14.8μmの窒素化合物層が形成していることを確認した。また、窒素化合物層直下には厚さ6.0μmの高窒素含有オーステナイト層が存在していることを確認した。
【0173】
以上の実験結果である、14.8μmの窒素化合物層が形成している点、表面の窒素化合物層に割れ等が生じていない点、及び鉄鋼部材Wの表面硬さはHV684である点、により、実施例2の鉄鋼部材Wは、6〜9wt%の範囲のε相、又は、6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成されていることが確認された。
【0174】
実施例2の鉄鋼部材Wの化成処理皮膜の付着量について、蛍光X線分析装置によるクロムの付着量の定量を行った。付着量測定用のサンプルはコーティング処理工程H2b後に水洗・脱イオン水洗をし、これを冷風乾燥して得た。その結果は、クロムの付着量は14.3mg/m
2であり、実施例2の鉄鋼部材Wには適量の付着量の化成処理皮膜が形成されたことがわかった。
【0175】
次に、実施例2の鉄鋼部材Wの耐食性を実験した。実施例2及び比較例1,2に塩水噴霧試験(JIS Z 2371)を実施し、6時間後の各試験片の表面観察を行い、JIS H8502記載のレィティングナンバー図表と比較して評価した。比較例1は、未処理(窒素化合物層が形成されていないもの)のS45C調質材を用いた。比較例2は、580℃の温度で2時間のガス軟窒化処理を行い表面に窒素化合物層を形成したS45C調質材を用いた。
【0176】
図11(a)は実施例2の塩水噴霧試験後の表面写真であり、
図11(b)は比較例1の塩水噴霧試験後の表面写真であり、
図11(c)は比較例2の塩水噴霧試験後の表面写真である。試験の結果、実施例2のものは、赤錆の発生が少なくレィティングナンバーは9に相当した。また、比較例1,2のものは、赤錆の発生が多くレィティングナンバーはそれぞれ6,7に相当した。この結果により、実施例2の鉄鋼部材Wは耐食性が優れていることがわかった。
【0177】
本実施形態の処理が施された鉄鋼部材Wは、窒素化合物層による摺動性、摩耗性、焼き付き抵抗性、及び、化成処理皮膜による耐食性を有していることがわかった。
【0178】
<第4実施形態>
上記第3実施形態では、一連の表面硬化処理を炉体1内で行ったが、コーティング処理工程H2bについて別の処理室にて行う構成であっても良い。
【0179】
第4実施形態に係る鉄鋼部材Wの表面硬化処理装置の炉体1Aは、
図12に示すように、窒化処理と脱窒処理を施す際に鉄鋼部材Wを収容する一の処理室(処理室A)110と、コーティング処理を施す際に鉄鋼部材Wを収容する他の処理室(処理室B)111と、鉄鋼部材Wを処理室A110から処理室B111に搬送する搬送部90と、で主に構成されている。
【0180】
また、第4実施形態に係る鉄鋼部材Wの表面硬化処理装置は、
図12に示すように、処理室A110内に窒化処理ガスを供給する窒化処理ガス供給部10と、処理室A110内に収容された鉄鋼部材Wを所定の温度に高周波誘導加熱により加熱する加熱部20と、処理室A110内のガスを排出する排気部30と、処理室A110内に不活性ガス等を供給する不活性ガス等供給部50と、処理室A110内において鉄鋼部材Wの方向へ気流を発生させる送風部60と、処理室B111内に配置され鉄鋼部材Wに形成された窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成可能な金属表面処理液を塗布する塗布部70Aと、制御部100と、処理室B111内に不活性ガス等を供給する第2の不活性ガス等供給部120と、処理室B111内のガスを排出する第2の排気部130と、で主に構成されている。
【0181】
炉体1Aは、
図12で示すように、中空略四面体状の炉体本体2Aを備え、炉体本体2A内は閉鎖した状態の開閉板80によって内包空間が仕切られ、鉄鋼部材Wに窒化処理及び脱窒処理を施す処理室A110と、コーティング処理を施す処理室B111が形成されている。処理室A110と処理室B111の一の側面には鉄鋼部材Wを搬入及び搬出可能な開閉扉(図示せず)がそれぞれ備えられている。
【0182】
開閉板80は、
図12で示すように、炉体1A内の内包空間を仕切る矩形状の板体81と、板体81を矢印Yの方向すなわち鉛直方向にスライドして昇降移動可能な昇降機構82と、で開閉可能に構成されている。また、開閉板80の上端片には、搬送部90のレール92を嵌合可能な嵌合溝(図示せず)が形成されており、開閉板80が閉じた状態において、処理室A110と処理室B111の雰囲気が混合するのを防止することができると共に、処理室A110,処理室B111内の気密をそれぞれ保つことができる。
【0183】
処理室A110には、
図12で示すように、窒化処理ガス供給部10と、加熱部20と、排気部30と、不活性ガス等供給部50と、送風部60と、が備えられており、処理室B111内の底面には鉄鋼部材Wを載置する支持台3Aが設けられている。この場合、支持台3Aは昇降機構(図示せず)を備えており、支持台3Aを矢印Yの方向すなわち鉛直方向に昇降することができる。
【0184】
搬送部90は、
図12で示すように、処理室A110及び処理室B111の天井面に水平方向に沿って配置されたレール92と、鉄鋼部材Wを掴持可能なアーム91と、レール91上を移動してアーム91を矢印Xの方向すなわち水平方向に移動可能にすると共にアーム91を矢印Yの方向すなわち鉛直方向に移動可能にする移動機構93と、で構成されている。このように開閉板80と搬送部90を構成することにより、搬送部90は、鉄鋼部材Wを処理室A110から処理室B111内に搬送することができる。
【0185】
塗布部70Aは、
図12で示すように、金属表面処理液Lと、上方に開口し金属表面処理液Lを貯留する容器74と、鉄鋼部材Wを金属表面処理液Lに浸漬する搬送部90と、で構成されている。この場合、金属表面処理液Lは、日本パーカライジング社製のパルコート3700(パルコートは登録商標)であって、鉄鋼部材W全体を浸漬可能な液位で容器74内に貯留してある。容器74は、処理室B111内の底面に載置されている。
【0186】
第2の不活性ガス等供給部120は、
図12で示すように、高圧ガスボンベにより不活性ガス等を貯留する不活性ガス等供給源121と、処理室B111の一の面に接続して不活性ガス等供給源121と処理室B111を連通する不活性ガス等供給管路122と、不活性ガス等供給管路122に介設される流量調節機能を有する開閉弁V12と、で構成されている。
【0187】
第2の排気部130は、
図12で示すように、排気装置131と、処理室B111の一の面に接続して排気装置131と処理室B111を連通する排気管路132と、排気管路132に介設される開閉弁V13と、で構成されている。
【0188】
制御部100は、
図12で示すように、開閉弁V1〜V3,V5,V12,V13、支持台3Aの昇降機構,排気装置31,131,高周波発振器22,送風部60,開閉板80の昇降機構82,搬送部90の移動機構93と電気的に接続されており、制御部100からの制御信号に基づいて、開閉動作,加熱動作,排気動作,移動動作,昇降動作等が行われるようになっている。
【0189】
このように構成される制御部100は、窒化処理ガス供給部10と加熱部20を制御して、鉄鋼部材Wを592〜650℃の温度に加熱して鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理を処理室A110内で行い、次いで不活性ガス等供給部50と排気部30を制御して、窒化処理を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ処理室A110内を不活性ガス等雰囲気にし、次いで鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相又は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理を処理室A110内で行い、次いで処理室A110内で窒化処理と脱窒処理を施した鉄鋼部材WをB111内に搬送し、次いで窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理を処理室B111内で行う。
【0190】
なお、第4実施形態において、その他の構成は第1実施形態と同じであるので、同一部分には同一符号を付して説明は省略する。
【0191】
次に、上記のように構成される第4実施形態に係る表面硬化処理装置による鉄鋼部材Wの処理について説明する。
【0192】
オペレータは、表面硬化処理を施す鉄鋼部材Wを、処理室A110の開閉扉を開いて、処理室A110内の支持台3Aに載置して処理を開始する。窒化処理工程H1cは、第1〜3実施形態と同様にして、真空工程(ステップP1a)→窒化処理ガス供給工程(ステップP2a)→加熱工程(ステップP3a)が進行する。次いで、置換工程(ステップP4a)は第1〜3実施形態と同様にして進行する。次いで、脱窒処理工程(ステップP6a)は第2,3実施形態と同様にして進行する。上記工程は、処理室A110内で行われる。
【0193】
脱窒処理工程P5aが終了すると、窒化処理工程H1cを施した鉄鋼部材Wに形成された高窒素濃度の窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材W内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げて、鉄鋼部材Wの表面には窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0194】
次いで、鉄鋼部材Wの温度を500℃から300℃まで徐冷する徐冷工程P6aが行われる。第2,3実施形態と同様に、温度に依存する離脱反応力が500℃を下回る温度では小さすぎ窒素化合物層からの脱窒が進まないため、徐冷工程P6aでは窒素化合物層から脱窒はほとんど生じない。
【0195】
次いで、鉄鋼部材Wの温度が300℃まで徐冷されると、制御部100は搬送部90を制御して、処理室A110内で窒化処理と脱窒処理を施した鉄鋼部材Wを処理室B111に搬送する。
【0196】
まず、制御部100は、支持台3Aの昇降機構(図示せず)を作動させ、支持台3Aを鉛直方向に上昇させ、支持台3A上に載置された鉄鋼部材Wが鉛直方向に上昇する。次いで、制御部100は、処理室A110内に配置された搬送部90の移動機構93を制御して、移動機構93を水平方向にレール92上を移動させて鉄鋼部材Wの上方に配置させる。次いで、制御部100は搬送部90の移動機構93を制御して、アーム91を降下させてアーム91に鉄鋼部材Wを掴持させた後、アーム91を上昇させる。
【0197】
次いで、制御部100は開閉板80の昇降機構82を制御して、搬送部90のアーム91が通過可能な程度に板体81を下方にスライドし開閉板80を開放する。次いで、制御部100は搬送部90の移動機構93を制御して、移動機構93を水平方向に移動させて、処理室A110内から処理室B111内の金属表面処理液Lを貯留する容器74の上方に配置させる。次いで、制御部100は開閉板80の昇降機構82を制御して、板体81を上方にスライドし開閉板80を閉鎖する。以上で、処理室B111への鉄鋼部材Wの搬送は終了である。
【0198】
次いで、脱窒処理工程P5aを施したW鉄鋼部材を金属表面処理液により処理し、窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理工程H2cを処理室B111内で行う。コーティング処理工程H2cは、脱窒処理工程P5a後、徐冷工程P6aにより300℃の温度まで冷却された鉄鋼部材Wに、金属表面処理液を塗布する工程(塗布工程P7a)と、次いで、金属表面処理液を塗布した鉄鋼部材Wを乾燥する工程(乾燥工程P8a)と、から構成される。
【0199】
上記のようにして、処理室A110内から処理室B111内に搬送された鉄鋼部材Wに塗布工程P7aを開始する。
図12の破線で示すように、制御部100は、搬送部90の移動機構93を制御して、アーム91を降下させ塗布部70Aの金属表面処理液L内に浸漬した後、アーム91に鉄鋼部材Wを開放させ鉄鋼部材W全体を金属表面処理液Lに浸漬する。次いで、制御部100は、搬送部90の移動機構93を制御して、アーム91を降下させアーム91に鉄鋼部材Wを再度掴持させた後、鉄鋼部材Wを掴持したアーム91を上昇させ鉄鋼部材Wを金属表面処理液L内から取り出すと共にアーム92を処理室B111内の中心付近に配置させる。以上で塗布工程P7aは終了である。
【0200】
次いで、処理室B111内の鉄鋼部材Wに乾燥工程P8aを開始する。乾燥工程P8aは、処理室B111内の不活性ガス等を排出すると共に、処理雰囲気に不活性ガス等を供給し、処理雰囲気に流速を付与して金属表面処理液Lの乾燥を促進する。制御部100は、第2の不活性ガス等供給部120の開閉弁V12を開放して炉体1内に不活性ガス等を供給すると共に、第2の排気部130の排気装置131を作動すると共に開閉弁V13を開放して、処理室B111内の不活性ガス等を排出する。制御部100は、鉄鋼部材Wが常温に降温する時間が経過すると、排気装置131の作動を停止すると共に、開閉弁V13を閉鎖すると共に、不活性ガス等供給部120の開閉弁V12を閉鎖する。
【0201】
このように、炉体1Aに、窒化処理と脱窒処理を施す際に鉄鋼部材Wを収容する処理室A110と、コーティング処理を施す際に鉄鋼部材Wを収容する処理室B111と、鉄鋼部材Wを処理室A110から処理室B111に搬送する搬送部90と、を備え、制御部100は搬送部90を制御して、処理室A110内で窒化処理と脱窒処理を施した鉄鋼部材Wを処理室B111内に搬送してコーティング処理を施すことにより、コーティング処理を処理室B111内にて行うため、金属表面処理液Lを構成する物質が窒化処理に影響を及ぼすのを防止することができる。
【0202】
鉄鋼部材Wの温度が常温まで下がって乾燥工程P8aが終了すると、鉄鋼部材Wの表面に耐食性を有する化成処理皮膜が形成されると共に化成処理皮膜の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0203】
以上でコーティング処理工程H2cは終了である。オペレータは処理室B111の開閉扉を開けて、鉄鋼部材Wを炉体1内から取り出す。
【0204】
第4実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間で表面に化成処理皮膜を備えると共に化成処理皮膜の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。
【0205】
なお、上記第4実施形態では、処理室A110にて鉄鋼部材Wに窒化処理及び脱窒処理を施したが、処理室A110にて鉄鋼部材Wに、窒化処理と脱窒処理と後述する酸化処理、又は、窒化処理と後述する酸化脱窒処理を施す構成であってもよい。
【0206】
<第5実施形態>
上記第1実施形態では、脱窒処理工程S5において、鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中で鉄鋼部材Wを100秒の時間をかけて570℃の温度から520℃の温度まで降温する徐冷を行ったが、本発明において脱窒処理工程は、不活性ガス等雰囲気中に、500〜650℃の温度域内にある窒化処理工程を施した鉄鋼部材を所定の時間晒せばよく、例えば鉄鋼部材Wの温度は一定に保持するものであってもよい。
【0207】
この場合、
図13に示すように、第1実施形態における脱窒処理工程S5に変えて、不活性ガス等雰囲気中に、550℃の温度で保持された鉄鋼部材Wを所定の時間晒す脱窒処理工程E5を備えてもよい。
【0208】
第5実施形態に係る表面硬化処理装置は、第1実施形態に係る表面硬化処理装置を構成する不活性ガス等供給部50の不活性ガス等供給源51を、高温から低温まで所望の温度のアルゴンガスを供給することができる不活性ガス供給ユニット(図示せず)に変更した不活性ガス等供給部50Aを備える構成である。
【0209】
第5実施形態における制御部100は、窒化処理ガス供給部10と加熱部20を制御して、鉄鋼部材Wを592〜650℃の温度に加熱して鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理を行い、次いで不活性ガス等供給部50Aと排気部30を制御して、窒化処理を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体内を不活性ガス等雰囲気にし、次いで鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相又は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理を行い、次いで冷却部40を制御して、脱窒処理を施した鉄鋼部材Wを急冷する。
【0210】
なお、第5実施形態において、その他の構成は第1実施形態と同じであるので、同一部分には同一符号を付して説明は省略する。
【0211】
次に、上記のように構成される第5実施形態に係る表面硬化処理装置による鉄鋼部材Wの処理について説明する。
【0212】
図13に示すように、鉄鋼部材Wに窒化処理工程(ステップH1d)を開始する。窒化処理工程H1dは、第1実施形態と同様にして、真空工程(ステップE1)→窒化処理ガス供給工程(ステップE2)→加熱工程(ステップE3)が進行する。
【0213】
次いで、
図13に示すように、脱窒処理工程E5開始前に、窒化処理工程H1dを施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理工程E5を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ処理雰囲気の窒化処理ガスを排出して処理雰囲気を不活性ガス等雰囲気に形成する置換工程E4を連続して行う。
【0214】
制御部100は、不活性ガス等供給部50Aの開閉弁V5を開放してあらかじめ設定された流量である50Torrで炉体1内に、550℃のアルゴンガスを供給すると共に、排気部30の排気装置31を作動すると共に開閉弁V2を開放して炉体1内のアンモニアガスを排出する。制御部100は、あらかじめ定められた時間10秒が経過すると、排気装置31の排気力を低下すると共に、不活性ガス等供給部50Aの開閉弁V5を制御してアルゴンガスの供給量を低下する。
【0215】
この場合、置換工程E4を実行中、鉄鋼部材Wの温度を350℃以上に保持しなければならない。350℃を下回る温度になると、冷却途中に生じる応力により高窒素濃度の窒素化合物層に亀裂や割れが発生するためである。そのためには、置換工程E4を鉄鋼部材Wの温度が350℃を下回る温度になる前に終了させる必要がある。本実施形態においては、雰囲気温度により鉄鋼部材Wの温度は降下するが、550℃のアルゴンガスを供給しているため、置換工程E4終了時において鉄鋼部材Wの温度はT2a:610℃となる。
【0216】
次いで、
図13に示すように、窒化処理工程H1dを施した鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理工程E5を行う。脱窒処理工程E5開始時の鉄鋼部材Wの温度は、置換工程E4終了時にける鉄鋼部材Wの温度であるT2a:610℃となる。鉄鋼部材Wは、炉体1内の雰囲気温度により550℃まで降下した後、550℃のアルゴンガスが供給されることによりT6:550℃を保持する。この場合、脱窒処理工程E5は所定の時間80秒継続される。
【0217】
この場合、脱窒処理工程E5において、制御部100は、不活性ガス等供給部50Aを制御して炉体1内に550℃のアルゴンガスを供給すると共に、排気部30の排気装置31を作動して炉体1内のアルゴンガスを排出する。制御部100は、脱窒処理工程E5が継続する時間である80秒が経過すると、排気装置31の作動を停止すると共に、開閉弁V2を閉鎖すると共に、不活性ガス等供給部50の開閉弁V5を閉鎖する。このように構成することにより、処理雰囲気を550℃に保持することができる。
【0218】
脱窒処理工程E5が終了すると、窒化処理工程H1dを施した鉄鋼部材Wに形成された高窒素濃度の窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材W内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げて、鉄鋼部材Wの表面には窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0219】
第5実施形態おける脱窒処理工程E5は、不活性ガス等雰囲気中で、鉄鋼部材Wを610℃から550℃まで降下した後550℃の温度に一定保持する温度変化を80秒の時間をかけて行う。したがって、第5実施形態おける脱窒処理工程E5は、第1実施形態と同様に、不活性ガス等雰囲気中に、500〜650℃の温度域内にある高窒素濃度の窒素化合物層が形成された鉄鋼部材を所定の時間晒し、所望の離脱反応力を発生させ窒素化合物層から脱窒素を行うと共に新規な窒素の侵入を防止して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げる。
【0220】
次いで、
図13に示すように、鉄鋼部材Wを550℃の温度から常温付近に急冷する急冷工程E6を開始する。制御部100は、冷却部40の開閉弁V4を開放して支持台3方向に向けられたノズル42から冷却剤である水を鉄鋼部材Wに向けて噴射する。
【0221】
以上で急冷工程E6は終了である。オペレータは炉体1の開閉扉を開けて、鉄鋼部材Wを炉体1内から取り出す。
【0222】
上記一連の処理に要した時間は、
図13に示すように、E1:真空工程20秒、E2:窒化処理ガス供給工程10秒、E3:加熱工程302秒、E4:置換工程10秒、E5:脱窒処理工程80秒、E6:急冷工程2秒の計424秒である。
【0223】
このように、第5実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間(424秒)で表面に窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。
【0224】
<第6実施形態>
上記第1〜5実施形態では、脱窒処理工程について、不活性ガス等雰囲気中に、500〜650℃の温度域内にある窒化処理工程を施した鉄鋼部材を所定の時間晒したが、真空中に晒してもよい。
【0225】
この場合、
図14に示すように、第1実施形態における脱窒処理工程S5に変えて、窒化処理工程H1eを施した鉄鋼部材Wを真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理工程F5を備えてもよい。
【0226】
第6実施形態に係る表面硬化処理装置は、第1実施形態に係る表面硬化処理装置を構成する部材のうち、不活性ガス等供給部50を削除した構成である。
【0227】
第6実施形態における制御部100は、窒化処理ガス供給部10と加熱部20を制御して、鉄鋼部材Wを592〜650℃の温度に加熱して鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理を行い、次いで排気部30を制御して、窒化処理を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体内を真空にし、次いで鉄鋼部材Wを真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相又は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理を行い、次いで冷却部40を制御して、脱窒処理を施した鉄鋼部材Wを急冷する。
【0228】
なお、第6実施形態において、その他の構成は第1実施形態と同じであるので、同一部分には同一符号を付して説明は省略する。
【0229】
次に、上記のように構成される第6実施形態に係る表面硬化処理装置による鉄鋼部材Wの処理について説明する。
【0230】
図14に示すように、鉄鋼部材Wに窒化処理工程(ステップH1e)を開始する。窒化処理工程H1eは、第1実施形態と同様にして、真空工程(ステップF1)→窒化処理ガス供給工程(ステップF2)→加熱工程(ステップF3)が進行する。
【0231】
次いで、
図14に示すように、脱窒処理工程F5開始前に、窒化処理工程H1eを施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理工程F5を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ処理雰囲気の窒化処理ガスを排出して処理雰囲気を真空に形成する第2の真空工程F4を連続して行う。制御部100は、排気部30の排気装置31を作動すると共に開閉弁V2を開放してアンモニアガスを排出して処理雰囲気を真空にする。第2の真空工程F4に要する時間は20秒である。
【0232】
この際、炉体1内の真空度は排気装置31を20秒作動させることにより0.1Torrにまで減圧する。制御部100は、排気装置31を20秒作動させた後、排気装置31の作動を停止すると共に、開閉弁V2を閉鎖する。
【0233】
この場合、第2の真空工程F4を実行中、鉄鋼部材Wの温度を350℃以上に保持しなければならない。350℃を下回る温度になると、冷却途中に生じる応力により高窒素濃度の窒素化合物層に亀裂や割れが発生するためである。そのためには、第2の真空工程F4を鉄鋼部材Wの温度が350℃を下回る温度に下がる前に終了させる必要がある。本実施形態においては、第2の真空工程F4を鉄鋼部材Wの温度T2bが550℃となる時点で終了させている。
【0234】
また、本実施形態では、第2の真空工程F4は、窒化処理工程H1eを施した鉄鋼部材Wの温度を第2の真空工程F4を開始するまでの間中500℃以上に保持する。このように構成することにより、脱窒処理工程F5開始時の鉄鋼部材Wの温度を500℃以上に保持することができるため、脱窒処理工程F5において、例えば鉄鋼部材を500℃以上加熱する工程を設定する必要がなく処理を効率的に行うことができる。
【0235】
次いで、
図14に示すように、真空中で鉄鋼部材Wを100秒の時間をかけて550℃の温度から520℃の温度まで降温する徐冷を行い、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理工程F5を行う。徐冷は徐々に温度をさげること、換言すると、所定の時間をかけて所定の温度域を降温することであり、真空中で鉄鋼部材Wを所定の時間をかけて500〜650℃の温度域内を降温することにより、真空中に500〜650℃の温度域内にある窒化処理工程を施した鉄鋼部材を所定の時間晒すことができる。脱窒処理工程F5開始時の鉄鋼部材Wの温度は、第2の真空工程F4終了時にける鉄鋼部材Wの温度であるT2b:550℃となる。脱窒処理工程F5は所定の時間である100秒継続され、鉄鋼部材Wの温度がT7:520℃に降下した時点で終了する。
【0236】
第6実施形態おける脱窒処理工程F5は、真空中に、500〜650℃の温度域内にある高窒素濃度の窒素化合物層が形成された鉄鋼部材を所定の時間晒し、所望の離脱反応力を発生させ窒素化合物層から脱窒素を行うと共に新規な窒素の侵入を防止して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げる。
【0237】
脱窒処理工程F4が終了すると、窒化処理工程H1eを施した鉄鋼部材Wに形成された高窒素濃度の窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材W内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げて、鉄鋼部材Wの表面には窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0238】
次いで、
図14に示すように、鉄鋼部材Wを520℃の温度から常温付近に急冷する急冷工程F6を開始する。制御部100は、冷却部40の開閉弁V4を開放して支持台3方向に向けられたノズル42から冷却剤である水を鉄鋼部材Wに向けて噴射する。また、制御部100は、急冷工程F6を開始すると同時に、排気部30の開閉弁V2,V3を開放して炉体1内を大気圧に戻す。急冷工程F6に要する時間は2秒である。
【0239】
以上で急冷工程F6は終了である。オペレータは炉体1の開閉扉を開けて、鉄鋼部材Wを炉体1内から取り出す。
【0240】
このように、脱窒処理工程F5を施した鉄鋼部材Wを急冷する急冷工程F6を備えることにより、処理を短時間化できる。
【0241】
上記一連の処理に要した時間は、
図14に示すように、F1:真空工程20秒、F2:窒化処理ガス供給工程10秒、F3:加熱工程302秒、F4:第2の真空工程20秒、F5:脱窒処理工程100秒、F6:急冷工程2秒の計454秒である。
【0242】
第6実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、窒化処理工程H1eにおいて窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成すればよく、アンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により592〜650℃の温度で加熱する処理条件により形成される高窒化ポテンシャルを採用できるため短時間で窒化処理ができる。
【0243】
また、窒化処理工程H1eを施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理工程F5を開始するまでの間中350℃以上に保持して、脱窒処理工程F5を開始することにより、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層に亀裂や割れが発生するのを防止することができる。
【0244】
また、窒化処理工程H1eを施した鉄鋼部材Wを真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒すことにより、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材W内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げ、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成させることができる。
【0245】
すなわち、第6実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間(454秒)で表面に窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。
【0246】
なお、上記第6実施形態では、脱窒処理工程F5後に急冷工程F6を実行したが、脱窒処理工程F5を施した鉄鋼部材Wを金属表面処理液により処理し、窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成する構成にすることができる。例えば、脱窒処理工程F5終了後に、脱窒処理工程F5後に炉体1内に不活性ガス等を供給して真空を解除すると共に冷却し、次いで鉄鋼部材Wを金属表面処理液により処理し、窒素化合物層の直上に化成処理皮膜を形成するコーティング処理を行うことができる。
【0247】
<第7実施形態>
上記第6実施形態では、脱窒処理工程F5後に急冷工程F6を実行したが、脱窒処理工程F5を施し表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相又は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成された鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中に暴露し、窒素化合物層の直上に酸化鉄層を形成してもよい。
【0248】
この場合、
図15に示すように、脱窒処理工程G5後、鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中に暴露し、窒素化合物層の直上に酸化鉄層を形成する酸化処理工程G6を備えてもよい。
【0249】
第7実施形態に係る表面硬化処理装置は、第6実施形態に係る表面硬化処理装置と同じ構成であって、第1実施形態に係る表面硬化処理装置を構成する部材のうち、不活性ガス等供給部50を削除した構成である。
【0250】
この場合、第1実施形態で上述したように、排気部30は、
図4で示すように、排気装置31と、炉体1の一の面に接続して排気装置31と炉体1を連通する排気管路32と、排気管路32に介設される開閉弁V2と、で構成されている。また、排気管路32には、炉体1内に大気を導入可能な大気導入管33が接続されており、大気導入管33には開閉弁V3が介設されている。制御部100は、排気部30の開閉弁V2,V3を開放して炉体1内に大気を導入し、大気を構成する酸素により炉体1内を酸化性ガス雰囲気に形成することができる。
【0251】
したがって、本実施形態における酸化性ガス供給部140は、排気管路32と、開閉弁V2と、大気導入管33と、開閉弁V3により構成される。
【0252】
第7実施形態における制御部100は、窒化処理ガス供給部10と加熱部20を制御して、鉄鋼部材Wを592〜650℃の温度に加熱して鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理を行い、次いで排気部30を制御して、窒化処理を施した鉄鋼部材Wの温度を脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体内を真空にし、次いで鉄鋼部材Wを真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相又は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理を行い、次いで酸化性ガス供給部140を制御して、鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中に暴露し、窒素化合物層の直上に酸化鉄層を形成する酸化処理を行い、次いで冷却部40を制御して、酸化処理を施した鉄鋼部材Wを急冷する。
【0253】
なお、第7実施形態において、その他の構成は第1実施形態と同じであるので、同一部分には同一符号を付して説明は省略する。
【0254】
〔実施例3〕
次に、上記のように構成される第7実施形態に係る表面硬化処理装置による鉄鋼部材Wの処理について説明する。この場合、表面硬化処理を施す鉄鋼部材Wは、直径25mm、長さ30mmのSCM440調質材であって鉄鋼部材Wの表面を脱脂洗浄したものを使用する。
【0255】
図15に示すように、鉄鋼部材Wに窒化処理工程(ステップH1f)を開始する。窒化処理工程H1fは、第1〜6実施形態と同様にして、真空工程(ステップG1)→窒化処理ガス供給工程(ステップG2)→加熱工程(ステップG3)が進行する。次いで、第2の真空工程(ステップG4)→脱窒処理工程(ステップG5)は第6実施形態と同様にして進行する。
【0256】
脱窒処理工程G5が終了すると、窒化処理工程H1fを施した鉄鋼部材Wに形成された高窒素濃度の窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げて、鉄鋼部材Wの表面には窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0257】
次いで、
図15に示すように、脱窒処理工程G5を施した鉄鋼部材Wを、酸化性ガス雰囲気中に所定の時間暴露し、窒素化合物層の直上に酸化鉄層を形成する酸化処理工程G6を行う。窒素化合物層は400〜650℃の温度で酸化性ガス雰囲気に所定の時間暴露されると、窒素化合物層の直上に四三酸化鉄を主成分とする酸化鉄層が形成される。
【0258】
この場合、制御部100は、酸化性ガス供給部140の開閉弁V2,V3を開放して炉体1内に大気を導入し、大気を構成する酸素により炉体1内を酸化性ガス雰囲気にする。所定の時間例えば15秒経過後、制御部100は、酸化性ガス供給部140の開閉弁V2,V3を閉鎖する。酸化処理工程G6開始時の鉄鋼部材Wの温度は、脱窒処理工程G5終了時にける鉄鋼部材Wの温度であるT7:520℃となる。鉄鋼部材Wは大気に晒されることにより温度が降下し、酸化処理工程G6終了時にはT8:500℃となる。
【0259】
酸化処理工程G6が終了すると、表面に四三酸化鉄を主成分とする酸化鉄層が形成されると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成される。
【0260】
本実施形態では、酸化処理工程G6おいて、鉄鋼部材Wの温度は520度から500度まで冷却されたので、鉄鋼部材Wを500〜520℃の温度域で大気に晒したが、本発明においては、酸化性ガス雰囲気中に400℃〜650℃の温度域内にある鉄鋼部材Wを所定の時間暴露すればよく、好ましくは500〜550℃の温度域で暴露するほうが良い。この温度域であれば、緻密な酸化鉄層を形成することができる。この点、400℃を下回る温度では、窒素化合物層の酸化が進まずに、四三酸化鉄を主成分とする酸化鉄層が得難いためである。一方、650℃を上回る温度では、窒素化合物層が喪失する虞があると共にウスタイトの生成が顕著になるからである。
【0261】
また、本実施形態においては、酸化処理工程G6における炉体内の雰囲気は大気であったが、本発明においては酸化性ガス雰囲気であればよく、例えば水蒸気雰囲気、酸素雰囲気であってもよい。この雰囲気であれば窒素化合物層の直上に酸化鉄層を形成することができる。
【0262】
また、本実施例においては、酸化処理工程G6における暴露時間(所定の時間)を15秒としたが、本発明においては5〜120秒であればよい。5秒を下回る時間では、窒素化合物層の酸化が進まずに、酸化鉄層が得難いためである。一方、120秒を上回る時間では、窒素化合物層が酸化により喪失する虞があるためである。
【0263】
なお、本実施形態では、酸化処理工程G6おいて鉄鋼部材Wを500〜520℃の温度で大気に暴露したが、後述の第8実施形態にて記載するように、窒素化合物層は酸化性ガス雰囲気中で500〜650℃の温度で暴露すると窒素化合物層から脱窒が生じる。この点、離脱反応力は窒素化合物層中の窒素濃度にも依存するものであり、脱窒処理工程G5を施され窒素濃度が低下した後の窒素化合物層であれば離脱反応力は小さい。このため、酸化処理工程G6により窒素化合物層の窒素濃度は若干低下するが、酸化処理工程G6後においても窒素化合物層は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層となる。
【0264】
次いで、
図15に示すように、鉄鋼部材Wを500℃の温度から常温付近に急冷する急冷工程G7を開始する。制御部100は、冷却部40の開閉弁V4を開放して支持台3方向に向けられたノズル42から冷却剤である水を鉄鋼部材Wに向けて噴射する。急冷工程G7に要する時間は2秒である。
【0265】
このように、酸化処理工程G6を施した鉄鋼部材Wを急冷する急冷工程G7を備えることにより、処理を短時間化できる。
【0266】
上記一連の処理に要した時間は、
図15に示すように、G1:真空工程20秒、G2:窒化処理ガス供給工程10秒、G3:加熱工程302秒、G4:第2の真空工程20秒、G5:脱窒処理工程100秒、G6:酸化工程15秒、G7:急冷工程2秒、の計469秒である。
【0267】
第7実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間で表面に酸化鉄層を備えると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。
【0268】
上記のようにして形成した鉄鋼部材Wについて以下の評価試験を行った。
【0269】
実施例3の鉄鋼部材Wは、急冷工程G7後においても酸化鉄層及び窒素化合物層に割れ,亀裂等が生じていないことを確認した。次に、評価面中央部の表面硬さをマイクロビッカース硬度計を用いて表面硬度測定を行った。鉄鋼部材Wの表面硬さはHV645であった。
【0270】
次に、鉄鋼部材Wをマイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行った結果、
図16(a)に示す顕微鏡写真像が得られた。この顕微鏡写真像により、鋼材部材Wの表層に厚さ15.0μmの窒素化合物層が形成していることを確認した。また、窒素化合物層直下には厚さ8.7μmの高窒素含有オーステナイト層が存在していることを確認した。
【0271】
以上の実験結果である、15.0μmの窒素化合物層が形成している点、窒素化合物層に割れ等が生じていない点、及び鉄鋼部材Wの表面硬さはHV645である点、により、実施例3の鉄鋼部材Wは、6〜9wt%の範囲のε相、又は、6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層が形成されていることが確認された。
【0272】
次に、樹脂中に埋め込んだ鉄鋼部材Wの表面付近の断面状態を電子顕微鏡により観察を行った結果、
図16(b)に示す顕微鏡写真像が得られた。この顕微鏡写真像により、鋼材部材Wの表面に厚さ約0.73μmの酸化鉄層が形成していることを確認した。また、酸化鉄層直下には窒素化合物層が存在していることを確認した。
【0273】
次に、実施例3の鉄鋼部材Wの耐食性を実験した。実施例3の鉄鋼部材Wに塩水噴霧試験(JIS Z 2371)を実施し、6時間後の試験片の表面観察を行い、JIS H8502記載のレィティングナンバー図表と比較して評価した。
【0274】
図17は実施例3の塩水噴霧試験後の表面写真である。試験の結果、実施例3のものは、赤錆の発生が少なくレィティングナンバーは9に相当した。この結果により、実施例3の鉄鋼部材Wは耐食性が優れていることがわかった。
【0275】
本実施形態の処理が施された鉄鋼部材Wは、窒素化合物層による摺動性、摩耗性、焼き付き抵抗性、及び、酸化鉄層による耐食性を有していることがわかった。
【0276】
なお、上記第7実施形態では、脱窒処理工程F5において真空中に500〜650℃の温度域内にある高窒素濃度の窒素化合物層が形成された鉄鋼部材を所定の時間晒したが、第1実施形態のように不活性ガス等雰囲気中に晒す構成でもよい。この場合、例えば、第1実施形態において、脱窒処理工程S5後に不活性ガス等雰囲気から酸化性ガス雰囲気に置換し、窒素化合物層の直上に酸化鉄層を形成してもよい。また、上記第7実施形態では、酸化処理工程G6後に急冷工程G7を実行したが、酸化処理工程G6を施した鉄鋼部材Wを金属表面処理液により処理し、酸化鉄層の直上に化成処理皮膜を形成してもよい。
【0277】
<第8実施形態>
上記第1実施形態では、脱窒処理工程S5について、窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材Wを不活性ガス等雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒したが、鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間暴露し、鉄鋼部材Wの表面に酸化鉄層を形成すると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成することができる。
【0278】
この場合、
図19に示すように、第1実施形態における脱窒処理工程S5に変えて、窒化処理工程H1gを施した鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間暴露し、鉄鋼部材Wの表面に酸化鉄層を形成すると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する酸化脱窒処理工程J1を備えてもよい。
【0279】
以下、本発明の第8実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置について、図面を参照して説明する。第8実施形態に係る鉄鋼部材Wの表面硬化処理装置は、
図18に示すように、鉄鋼部材Wを収容する炉体1と、炉体1内に窒化処理ガスを供給する窒化処理ガス供給部10と、炉体1内に収容された鉄鋼部材Wを所定の温度に高周波誘導加熱により加熱する加熱部20と、炉体1内のガスを排出する排気部30と、炉体1内の鉄鋼部材Wを冷却する冷却部40と、炉体1内に酸化性ガスを供給する酸化性ガス供給部140Aと、処理雰囲気に流速を付与する送風部60と、制御部100と、で主に構成されている。
【0280】
酸化性ガス供給部140Aは、
図18で示すように、酸化性ガス例えば大気を炉体1内に供給することができる吸気装置141と、炉体1の一の面に接続して吸気装置141と炉体1を連通する酸化性ガス供給管路142と、酸化性ガス供給管路142に介設される流量調節機能を有する開閉弁V14と、で構成されている。
【0281】
制御部100は、
図18で示すように、開閉弁V1〜V3,V4,V14,排気装置31,吸気装置141,高周波発振器22,送風部60と電気的に接続されており、制御部100からの制御信号に基づいて、開閉動作,加熱動作,排気動作,吸気動作等が行われるようになっている。
【0282】
第8実施形態における制御部100は、窒化処理ガス供給部10と加熱部20を制御して、鉄鋼部材Wを592〜650℃の温度に加熱して鉄鋼部材Wの表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理を行い、次いで酸化性ガス供給部140Aと排気部30を制御して、窒化処理を施した鉄鋼部材Wの温度を酸化脱窒処理を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ炉体1内を酸化性ガス雰囲気にし、次いで鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間暴露し、鉄鋼部材Wの表面に酸化鉄層を形成すると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層形成する酸化脱窒処理を行い、次いで冷却部40を制御して、酸化脱窒処理を施した鉄鋼部材Wを急冷する。
【0283】
なお、第8実施形態において、その他の構成は第1実施形態と同じであるので、同一部分には同一符号を付して説明は省略する。
【0284】
次に、上記のように構成される第8実施形態に係る表面硬化処理装置による鉄鋼部材Wの処理について説明する。
【0285】
図19に示すように、鉄鋼部材Wに窒化処理工程(ステップH1g)を開始する。窒化処理工程H1gは、第1実施形態と同様にして、真空工程(ステップJ1)→窒化処理ガス供給工程(ステップJ2)→加熱工程(ステップJ3)が進行する。
【0286】
次いで、
図19に示すように、酸化脱窒処理工程J5開始前に、窒化処理工程H1gを施した鉄鋼部材Wの温度を酸化脱窒処理工程J5を開始するまでの間中350℃以上に保持しつつ処理雰囲気の窒化処理ガスを排出して処理雰囲気を酸化性ガス雰囲気に形成する置換工程J4を連続して行う。
【0287】
制御部100は、酸化性ガス供給部140Aの吸気装置141を作動すると共に開閉弁V14を開放してあらかじめ設定された流量である50Torrで炉体1内に、大気を供給すると共に、排気部30の排気装置31を作動すると共に開閉弁V2を開放して炉体1内のアンモニアガスを排出する。制御部100は、あらかじめ定められた時間10秒が経過すると、吸気装置141の作動及び排気装置31の作動を停止すると共に、開閉弁V2,V14を閉鎖する。
【0288】
この場合、置換工程J4を実行中、鉄鋼部材Wの温度を350℃以上に保持しなければならない。350℃を下回る温度になると、冷却途中に生じる応力により高窒素濃度の窒素化合物層に亀裂や割れが発生するためである。そのためには、置換工程J4を鉄鋼部材Wの温度が350℃を下回る温度になる前に終了させる必要がある。本実施形態においては、雰囲気温度により鉄鋼部材Wの温度は降下するが、置換工程J4終了時において鉄鋼部材Wの温度はT2:570℃となる。
【0289】
また、本実施形態では、置換工程J4は、窒化処理工程H1gを施した鉄鋼部材Wの温度を酸化脱窒処理工程J5を開始するまでの間中500℃以上に保持する。このように構成することにより、酸化脱窒処理工程J5開始時の鉄鋼部材W温度を500℃以上に保持することができるため、酸化脱窒処理工程J5において、例えば鉄鋼部材Wを500℃以上加熱する工程を設定する必要がなく処理を効率的に行うことができる。
【0290】
次いで、窒化処理工程H1gを施した鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間暴露し、鉄鋼部材Wの表面に酸化鉄層を形成すると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する酸化脱窒処理工程を行う。
図19に示すように、酸化脱窒処理工程J5を、酸化性ガス雰囲気中で鉄鋼部材Wを570℃の温度から徐冷することにより行う。徐冷は徐々に温度をさげること、換言すると、所定の時間をかけて所定の温度域を降温することであり、酸化性ガス雰囲気中で、鉄鋼部材Wの温度を所定の時間をかけて500〜650℃の温度域内で降温させることにより、酸化性ガス雰囲気中に、500〜650℃の温度域内にある窒化処理工程H1gを施した鉄鋼部材を所定の時間暴露することができる。
【0291】
したがって、本実施形態における酸化脱窒処理工程J5は、酸化性ガス雰囲気中で、鉄鋼部材Wを100秒の時間をかけて570℃の温度から520℃の温度まで降温する徐冷を行い、表面に酸化鉄層を形成すると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する。酸化脱窒処理工程J5開始時の鉄鋼部材Wの温度は、置換工程J4終了時にける鉄鋼部材Wの温度であるT2:570℃となる。徐冷は所定の時間100秒継続され、鉄鋼部材Wの温度がT9:520℃に降下した時点で終了する。
【0292】
酸化脱窒処理工程J5が終了すると、窒化処理工程H1gを施した鉄鋼部材Wに形成された高窒素濃度の窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げて、鉄鋼部材Wの表面に四三酸化鉄を主成分とする酸化鉄層を形成すると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成される。
【0293】
本発明は、温度に依存する離脱反応力を所定の時間発生させて脱窒素をコントロールする。すなわち、酸化性ガス雰囲気中に、500〜650℃の温度域内にある高窒素濃度の窒素化合物層が形成された鉄鋼部材を所定の時間暴露し、所望の離脱反応力を所定の時間発生させ窒素化合物層から所望の脱窒素を行うと共に新規な窒素の侵入を防止して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げる。
【0294】
本実施形態においては、鉄鋼部材Wを570度から520度まで徐冷したので、520℃〜570℃の温度域で暴露したが、本発明においては酸化性ガス雰囲気中に500〜650℃の温度域内にある鉄鋼部材Wを所定の時間晒せばよく、鉄鋼部材Wの温度条件については、徐冷のみならず例えばこの温度域内で鉄鋼部材Wの温度を一定に保持する、また、この温度域内で鉄鋼部材Wを加熱し温度を緩やかに上昇させるものであってもよい。この点、500℃を下回る温度では、温度に依存する離脱反応力が小さ過ぎるため、高窒素濃度の窒素化合物層からの脱窒が進まずに所望の窒素濃度が得難いためである。一方、650℃を上回る温度では、温度に依存する離脱反応力が大き過ぎるため、高窒素濃度の窒素化合物層からの脱窒が進み過ぎ、窒素化合物層が喪失する虞があると共にウスタイトの生成が顕著になるからである。この点、高温域では離脱反応力が大きく、低温域では離脱反応力が小さいので、窒化処理工程H1gにて形成された高窒素濃度の窒素化合物層の濃度等の状態に応じて、500〜650℃の温度域内で処理温度,処理時間を決定すれば良い。
【0295】
また、本実施例においては、酸化脱窒処理工程J5における徐冷継続時間(所定の時間)を100秒としたが、本発明においては10秒以上であればよい。10秒を下回る時間では、例えば酸化脱窒処理工程J5における上限である650℃で温度を一定に保持する条件で処理した場合あっても、処理される時間が短すぎ、高窒素濃度の窒素化合物層からの脱窒が進まずに所望の窒素濃度が得難いためである。
【0296】
次いで、
図19に示すように、鉄鋼部材Wを520℃の温度から常温付近に急冷する急冷工程J6を開始する。制御部100は、冷却部40の開閉弁V4を開放して支持台3方向に向けられたノズル42から冷却剤である水を鉄鋼部材Wに向けて噴射する。
【0297】
以上で急冷工程J6は終了である。オペレータは炉体1の開閉扉を開けて、鉄鋼部材Wを炉体1内から取り出す。
【0298】
上記一連の処理に要した時間は、
図19に示すように、J1:真空工程20秒、J2:窒化処理ガス供給工程10秒、J3:加熱工程302秒、J4:置換工程10秒、J5:酸化脱窒処理工程100秒、J6:急冷工程2秒の計444秒である。
【0299】
第8実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、窒化処理工程H1gにおいて窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成すればよく、アンモニアガス含有率20体積%〜100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により592〜650℃の温度で加熱する処理条件により形成される高窒化ポテンシャルを採用できるため短時間で窒化処理ができる。
【0300】
また、窒化処理工程H1gを施した鉄鋼部材Wの温度を酸化脱窒処理工程J5を開始するまでの間中350℃以上に保持して、酸化脱窒処理工程J5を開始することにより、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層に亀裂や割れが発生するのを防止することができる。
【0301】
また、窒化処理工程H1gを施した鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中に500〜650℃の温度で所定の時間晒すことにより、窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層中の窒素を外部に放出すると共に鉄鋼部材W内部に拡散して、窒素化合物層中の窒素濃度を下げ、鉄鋼部材Wの表面に酸化鉄層を形成すると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成させることができる。
【0302】
すなわち、第8実施形態に係る表面硬化処理方法及び表面硬化処理装置によれば、短時間で表面に酸化鉄層を備えると共に酸化鉄層の直下に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相、又は、窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を備える鉄鋼部材Wを形成することができる。
【0303】
なお、上記第8実施形態では、酸化脱窒処理工程J5後に急冷工程J6を実行したが、酸化脱窒処理工程J5を施した鉄鋼部材Wを金属表面処理液により処理し、酸化鉄層の直上に化成処理皮膜を形成してもよい。また、上記第8実施形態では、酸化脱窒処理工程J5において、鉄鋼部材Wを酸化性ガス雰囲気中で570℃の温度から徐冷して酸化性ガス雰囲気中に所定の時間暴露したが、500〜650℃の温度内で鉄鋼部材Wの温度を一定に保持するものであってもよい。
【0304】
<その他の実施形態>
上述した第1〜4,6〜8実施形態では、脱窒処理工程S5,S5a,P5,P5a,F5,G5及び酸化脱窒処理工程J5開始時の鉄鋼部材Wの温度は500℃以上に保持されていたが、脱窒処理工程S5,S5a,P5,P5a,F5,G5及び酸化脱窒処理工程J5開始時の鉄鋼部材Wの温度が500℃を下回る場合は、脱窒処理工程S5,S5a,P5,P5a,F5,G5及び酸化脱窒処理工程J5に鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により例えば570℃に加熱する工程を備えればよい。この場合、制御部100は加熱部20を制御して、脱窒処理工程S5,S5a,P5,P5a,F5,G5及び酸化脱窒処理工程J5開始と同時に鉄鋼部材Wを570℃に加熱する。次いで、鉄鋼部材Wは徐冷される。
【0305】
また、脱窒処理工程S5,S5a,P5,P5a,F5,G5及び酸化脱窒処理工程J5実行中に、鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により500〜650℃の温度に加熱し、所定の時間500〜650℃の温度を保持してもよい。このように構成しても、第1〜4,6〜8実施形態と同様の効果が得られる。
【0306】
本発明は上記の実施形態及び実施例の例示に限定されるものでなく、特許請求の範囲の技術的範囲には、発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々、設計変更した形態が含まれる。
【解決手段】アンモニアガス含有率100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鉄鋼部材Wを高周波誘導加熱により592〜650℃の温度で加熱して、鉄鋼部材の表面に窒素濃度が9wt%を超える窒素化合物層を一部又は全部に含む窒素化合物層を形成する窒化処理工程H1と、窒化処理工程を施した鉄鋼部材を不活性ガス等雰囲気中又は真空中に500〜650℃の温度で所定の時間晒し、鉄鋼部材の表面に窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相又は窒素濃度が6〜9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる窒素化合物層を形成する脱窒処理工程S5と、を備え、窒化処理工程H1を施した鉄鋼部材の温度を脱窒処理工程S5を開始するまでの間中350℃以上に保持して脱窒処理工程S5を開始する。