(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5670908
(24)【登録日】2014年12月26日
(45)【発行日】2015年2月18日
(54)【発明の名称】異物の沈積度合いを測定する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 5/02 20060101AFI20150129BHJP
【FI】
G01N5/02 A
【請求項の数】9
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2011-536148(P2011-536148)
(86)(22)【出願日】2010年10月13日
(86)【国際出願番号】JP2010067919
(87)【国際公開番号】WO2011046130
(87)【国際公開日】20110421
【審査請求日】2013年9月6日
(31)【優先権主張番号】特願2009-237759(P2009-237759)
(32)【優先日】2009年10月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100096013
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 博行
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 充利
(72)【発明者】
【氏名】後藤 至誠
(72)【発明者】
【氏名】大岡 康伸
(72)【発明者】
【氏名】岡本 行亮
【審査官】
▲高▼見 重雄
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−271389(JP,A)
【文献】
特開2007−332467(JP,A)
【文献】
特開2006−184118(JP,A)
【文献】
特開2009−047461(JP,A)
【文献】
特開2009−144272(JP,A)
【文献】
特開2004−124279(JP,A)
【文献】
特開平05−099858(JP,A)
【文献】
特開2008−255498(JP,A)
【文献】
国際公開第2008/132487(WO,A1)
【文献】
特開2007−271545(JP,A)
【文献】
特開2001−013054(JP,A)
【文献】
特開2009−198414(JP,A)
【文献】
特表2009−503272(JP,A)
【文献】
特表2008−523450(JP,A)
【文献】
橋場峰夫 (日本製紙 勇払工場), 杉野光広 (日本製紙 技術本部),粘着異物測定用シート自動作製装置(SCAN-II),紙パ技協誌,日本,2004年 2月 1日,Vol.58, No.2,Page.199-206
【文献】
Hak Lae Lee, Jong Min Kim,Quantification of Macro and Micro Stickies and Their Control by Flotation in OCC Recycling Process,Appita Journal,2006年,Vol. 5 9, N o. 1,31-36
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 5/00− 5/04
G01N 33/34
D21B 1/00− 1/38
D21H 11/00−27/42
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
Thomson Innovation
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルプ及び紙の製造工程における液体又はスラリからの異物の沈積を測定する方法であって、当該方法が、固体の表面自由エネルギーが30〜40mJ/m2である物質で表面をコーティングした水晶振動子を有する微量天秤を用いて水晶振動子上への前記液体又はスラリからの異物の沈積度合いを測定することと、水晶振動子表面の沈積物について3〜20μmの間の一定数値以上の円相当径を有する沈積物の総測定面積に対する割合を画像解析によって定量化することを含んでなることを特徴とする測定方法。
【請求項2】
水晶振動子の表面が、有機物によって被覆されている、請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
異物が疎水性の有機物を含む物質である、請求項1または2に記載の測定方法。
【請求項4】
異物が粘着異物である、請求項1〜3のいずれかに記載の測定方法。
【請求項5】
異物がピッチである、請求項1〜4のいずれかに記載の測定方法。
【請求項6】
前記液体またはスラリに異物の沈積を低減させる薬品を添加することと;
薬品を添加した後の液体またはスラリについて、水晶振動子を有する微量天秤を用いて水晶振動子表面への異物の沈積度合いを測定することと;
薬品を添加した場合の異物の沈積度合いと薬品を添加しない場合の異物の沈積度合いを比較して当該薬品の効果を評価することと;
をさらに含む、請求項1〜5のいずれかに記載の測定方法。
【請求項7】
表面が異なる物質で被覆された複数の水晶振動子を用いて液体またはスラリからの異物の沈積を測定する、請求項1〜6のいずれかに記載の測定方法。
【請求項8】
オンラインにて連続的に測定する、請求項1〜7のいずれかに記載の測定方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の方法を含む、紙の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルプ及び紙の製造工程各所で発生する異物の沈積度合を測定する方法に関する。更に詳しくは、パルプ及び紙の製造工程各所に水晶振動子を有した微量天秤を設置し、該装置より得られる情報より、異物の沈積度合を連続的に測定すること、水晶振動子上の沈積物の形態を画像解析によって定量化することにより、異物の沈積に起因する操業面、品質面でのトラブルを早期に発見し、対処することが可能となる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パルプ及び紙の製造工程では、しばしば、異物の沈積、中でもスケール、木材由来の樹脂酸や脂肪酸等や塗工層由来のラテックス等から成るピッチや古紙に混入している粘着物質(粘着テープ、雑誌の背糊、ビニールテープ等のアクリル系、酢酸ビニル系、ホットメルト等の物質)に由来する粘着異物、サイズ剤やデンプンなど工程内で添加されている薬品の沈積が発生し、ワイヤーやカンバス・フェルト等に付着することによる脱水不良や断紙などのマシン操業性の悪化や、紙面欠陥などの製品品質の低下などのトラブルを引き起こす。
【0003】
これらのピッチや粘着異物は、製紙工程のスラリ中では非常に小さな粒子やコロイドとなって分散しているが、大きなせん断力、急激なpH変化、硫酸バンド等の定着剤の添加等により、その分散状態が破壊されて、不安定化し、夾雑するイオンや無機物、有機物を巻き込んで沈積したり、凝集・粗粒化したりする。粗粒化したピッチは、配管、ワイヤー等に付着する、又は、パルプや紙に再付着することで、紙の欠点による品質の低下、断紙の原因となり、生産性の低下等を引き起こす。
【0004】
特に近年では環境に対する配慮の面から工程のクローズド化が進んでいるため、ピッチの問題は多くなると共に複雑化してきている。更に、環境配慮、コスト削減の面から再生パルプの使用が増加していることから、パルプ及び紙の製造工程中に混入しているピッチや粘着異物の量は増加傾向にあり、これらの物質によるトラブルが深刻になっている。
【0005】
上記のピッチや粘着異物トラブルに対策を講じる上では、パルプ及び紙の製造工程中に混入しているピッチや粘着異物の数量や性状を把握することは大変重要であるが、ピッチやスリット幅100μmのスクリーンで除去できるような粗大な粘着異物の評価方法に関しては、現在ある程度確立されており、信頼のあるデータが得られることが知られている。
【0006】
一方、微細粘着異物の評価方法に関しては、その性質上困難を極めており、数多くの報告はあるものの、未だ確立されていない。例えば、微細粘着異物の評価方法として有機溶剤を用いた抽出方法がある。しかし、この方法では粘着異物だけではなく、インキのビヒクル由来の油分や界面活性剤由来の粘着性を持たない他の溶剤抽出物の量までも測定する。
【0007】
例えば、非特許文献1にあるように実機製造工程のデポジットを調査し、溶剤抽出物に占める粘着剤由来の成分を調べた結果、粘着剤は抽出物の5%弱程度であることが報告されており、このような抽出方法では、正確に粘着異物の量を測定しているとは言い難い。更に、抽出時間を含めて測定に非常に時間がかかる(非特許文献1)。
【0008】
また、その他にも、疎水性フィルムや金属ワイヤーへの付着量を測定する方法、CODやTOCを測定し求める方法等が提唱されてはいるが、付着量を測定する場合は、きわめて微量で繊維等他の物質による誤差が大きいこと、CODやTOCによる方法では、付着性を評価できないことなどから、微細粘着異物の測定方法として不十分である(非特許文献2、3)。
【0009】
近年、水晶振動子を用いた水中での物質の付着を測定する技術が進展し、異物の沈積度合いの測定(特許文献1)や有機物または無機物の堆積の監視(特許文献2、3)などが提案されている。これらの方法は、ごく微量を正確に定量できるため、前記のピッチや微細粘着異物を沈積または堆積量を正確に測定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007-271545号
【特許文献2】特表2009-503272号
【特許文献3】特表2006-523450号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Hak Lae Lee, Jong Min Kim, Quantification of Macro and Micro Stickies and Their Control by Flotation in OCC Recycling Process, Appita Journal, Vol. 5 9, N o. 1, 31-36, 2006
【非特許文献2】Mahendra R. Doshi et. al, Comparison of Microstickies Measurement Methods Part I, Progress in Paper Recycling, Vol. 12, No. 4, 35-42, 2003.
【非特許文献3】Mahendra R. Doshi et. al, Comparison of Microstickies Measurement Methods Part II, Progress in Paper Recycling, Vol. 13, No. 1, 44-53, 2003.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記特許文献2、3の方法によっては、沈積または堆積した物質の形態に関する情報は得られなかった。
【0013】
一方で、ピッチや微細粘着異物の対策として、凝結剤と呼ばれるカチオン性の低分子ポリマーや酵素、粘着・付着性低減物質の添加などにより、抄紙工程で沈積または堆積する異物の形状が変わること、多くの場合、紙の厚みが100μm以下であり、異物が100μmより大きい場合は紙に穴が空き、断紙や製品の欠陥などのトラブルが発生し易いことから、沈積または堆積量が同じであっても、より細かく分散した状態であるほうが、凝集・粗大化した状態であるよりも好ましいことが明らかとなって来た。
【0014】
そこで、本発明は、パルプ及び紙の製造工程において、マシン操業性、あるいは製品品質に大きな影響を及ぼす異物の沈積、特に粘着異物、ピッチの沈積度合いと沈積物の形態を測定するとともに、沈積を低減させる薬品の効果を判定するための方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、水晶振動子を有する微量天秤が、分子レベルでの重量を測定可能であること、リアルタイムで測定できることから連続的に測定可能であることに加え、水晶振動子表面の沈積物の画像を取得することについて鋭意研究を重ねた結果、水晶振動子上に液体又はスラリを接触させて沈積度合いを測定する際に、振動子表面の画像解析を行うことで沈積物の形態を定量化できることを見出した。更に、沈積を低減させる薬品を添加する前後に、前記の沈積度合いと沈積物の形態を定量化することで、前記薬品の効果を判定できることを見出した。
【0016】
好ましい態様において本発明は、パルプ及び紙の製造工程において、液体又はスラリからの異物の沈積を測定する方法であって、当該方法が、水晶振動子を有する微量天秤を用いて水晶振動子上への前記液体又はスラリからの異物の沈積度合いを測定することと、水晶振動子表面の沈積物の形態を画像解析によって定量化することを含んで成ることを特徴とする測定方法に関する。
【0017】
また、本発明によれば、前記液体またはスラリに異物の沈積を低減させる薬品を添加すること;薬品を添加した後の液体またはスラリについて、水晶振動子を有する微量天秤を用いて水晶振動子表面への異物の沈積度合いを測定すること;薬品を添加した場合の異物の沈積度合いと薬品を添加しない場合の異物の沈積度合いを比較して当該薬品の効果を評価すること;をさらに行って、パルプ及び紙の製造工程の液体又はスラリからの沈積を低減させる薬品の効果を評価することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、パルプ及び紙の製造工程で発生する、粘着異物、ピッチなどといった異物の沈積度合を正確に測定することが可能である。さらに沈積物の形態を画像解析によって定量することで、異物が分散して定着し断紙や欠陥などのデポジット問題を起こし難い状態となっているのか、異物が凝集・粗大化して定着しデポジット問題を起こし易い状態となっているのかを判断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】工程各所における水晶振動子への異物の沈積度合いを示すグラフである。
【
図2】工程各所における水晶振動子表面の粗大沈積物の面積率を示すグラフである。
【
図3】工程各所における水晶振動子表面の様子を示す画像である。
【
図4】工程各所におけるトルエン抽出による抽出量を示すグラフである(比較例)。
【
図5】DIP工程各処理における水晶振動子への異物の沈積度合いを示すグラフである。
【
図6】DIP工程各処理における水晶振動子表面の粗大沈積物の面積率を示すグラフである。
【
図7】DIP工程各処理における水晶振動子表面の様子を示す画像である。スケールは
図3と同じである。
【
図8】通常時と欠陥多発時とにおける水晶振動子表面の粗大沈積物の面積率を示すグラフである。
【
図9】通常時における水晶振動子表面の様子を示す画像である。スケールは
図3と同じである。
【
図10】欠陥多発時における水晶振動子表面の様子を示す画像である。スケールは
図3と同じである。
【
図11】オンライン搾水装置を組み込んだ本発明のオンライン測定フローである。
【
図12】オンライン搾水装置を組み込み、4チャンネル分子間相互作用解析装置による本発明のオンライン測定フローである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(パルプ及び紙の製造工程)
本発明におけるパルプの製造工程とは、チップ、丸太、古紙、ドライシートからパルプ(繊維素)を取り出す工程のことを指す。更には、パルプを取り出すまでに使用する工業用水や工場処理水、白水など前記物質に加える液体および液体の再利用・回収工程を含む。具体的には、パルプ及び/または紙の製造工程にて発生または利用される白水、用水、工水、再用水、工業用水、洗浄機の洗浄後の水、搾水機(例えば、DNTウォッシャー、エキストラクター、スクリュープレスなど)の搾水、フローテーターのフロスまたはリジェクト、加圧浮上装置のスカム及びアクセプト、白水回収フィルタのクラウディ、クリア白水、シャワー水、フェルトなどの洗浄水、原料の希釈水、また、これらの水を浮上分離、泡沫分離、沈降分離、膜分離、遠心分離、凝集分離など分離処理した後の水などである。
【0021】
パルプとしては、化学パルプ(針葉樹の晒クラフトパルプ(NBKP)または未晒クラフトパルプ(NUKP)、広葉樹の晒クラフトパルプ(LBKP)または未晒クラフトパルプ(LUKP)等)、機械パルプ(グランドパルプ(GP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)、ケミサーモメカニカルパルプ(CTMP)等)、脱墨パルプ(DIP)等の再生パルプなどが挙げられる。これらが単独または任意の割合で混合したパルプに対しても適用できる。
【0022】
本発明における、紙の製造工程とは、パルプをシート化する工程を指し、ウェットエンド工程、プレス工程、ドライヤー工程、カレンダー工程、排水処理工程及びこれらの用水を処理する工程等を含む全ての工程を指す。本発明におけるウェットエンド工程とは、長網抄紙機、ツインワイヤー抄紙機、円筒抄紙機等公知の抄紙機を用いて紙を製造する工程であればよく、それらに限定するものではない。また、1層の紙でも、2層以上の多層紙であってもよい。また、用水を処理する工程としては、前記パルプを取り出すまでに使用する液体および液体の再利用・処理工程を含む。
【0023】
また、紙料は填料を含有していてもよく、填料としては、軽質炭酸カルシウム、重質炭酸カルシウム、クレー、焼成カオリン、デラミカオリン、ホワイトカーボン、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム、二酸化チタン、酸化亜鉛、酸化珪素、非晶質シリカ、炭酸カルシウム/シリカ複合体、水酸化アルミニウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム及び水酸化亜鉛などの無機填料や、尿素−ホルマリン樹脂、ポリスチレン樹脂、フェノール樹脂及び微小中空微粒子等の有機填料、古紙を再生する工程や紙を製造する工程で発生したスラッジを焼却して得られる再生填料および再生填料の表面を炭酸カルシウムやシリカ、水酸化アルミニウムなどで被覆した填料等の公知の填料を単独又は2種以上を組み合わせて使用することができる。更に、必要に応じて、硫酸バンド、サイズ剤、紙力増強剤、歩留まり向上剤、濾水性向上剤、着色剤、染料、消泡剤等を含有していても良い。
【0024】
本発明における紙の製造工程で製造される紙の種類は、印刷用紙、新聞用紙の他、情報記録用紙、加工用紙、衛生用紙、紙器用紙、包材用紙等が挙げられるが、これらに限るものではない。情報用紙として更に詳しくは、電子写真用転写紙、インクジェット記録用紙、フォーム用紙、感熱記録紙、感圧記録紙等が挙げられる。加工用紙として更に詳しくは、工程紙用原紙、壁紙用原紙、剥離紙用原紙、積層板用原紙、成型用原紙等が挙げられる。衛生用紙として更に詳しくは、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、ペーパータオル等である。また、ライナー、ダンボール原紙等の板紙も含まれる。これらの紙は表面に有機物や無機物を塗布していても良い。
【0025】
(水晶振動子を有する微量天秤)
本発明における水晶振動子を有する微量天秤とは、水晶振動子の圧電効果を利用して、振動子表面で起こる微小な重量変化を測定できる装置であれば如何なる物でも良い。水晶振動子を有する微量天秤としては、例えば、Q−sence社の分子間相互作用定量測定装置(型式名:QCM−D300)等がある。該装置の測定原理としては、以下の通りである。
【0026】
水晶振動子に交流の電場をかけると、水晶の結晶が歪む。このとき、水晶は非常に規則正しく振動発振をする。水晶振動子表面上に、試料が付着すると振動数が変化する。振動数の変化量は付着している膜の質量に比例するため、水晶振動子表面に付着したものの質量を測定することが可能である。
【0027】
具体的に述べると、前記装置により、振動数変化(Δf)を測定する。振動数変化Δfとウェットな状態での重量変化Δmの間には、以下の式1の関係が成立するので、Δfは水晶振動子表面に付着した異物のウェットな状態での重量を示しているといえる。
Δf=定数×Δm (式1)
【0028】
更に、Δfは以下に示すSauerbreyの式(下記式2)を用いることで、水晶振動子表面に付着した異物のウェットな状態での重量変化(Δm)に換算することができる。尚、上記装置では5、15、25、35MHzの4段階の周波数が自動的に切り替わり、それぞれのΔfが測定されるが、式2のΔfは前記4段階の周波数で測定したΔfをそれぞれ1、3、5、7で割った後の値(5MHzにおける値に換算)を使用する。
Δm=−17.7(ng・cm
−2・Hz
−1)・Δf(Hz) (式2)
【0029】
測定する液体またはスラリとしては、固形分濃度が5%以下であれば良い。試料に長繊維分や大きな粒径の異物が含まれている場合は、試料を前処理した後に測定することが好ましい。前処理の方法は、一般的な篩に供する、ろ過を行う等の方法が考えられるが、固形分が5重量%以下であって、パルプの長繊維分の含有率が全固形分に対して50重量%以下である濾液を採取できる方法であれば、いかなる方法を用いても良い。ここで、パルプの長繊維分とは、150メッシュの篩にて分離した場合、篩上に残るパルプ繊維を指す。
【0030】
(水晶振動子)
本発明において、水晶振動子の表面は、金、白金、銀、鉛、鉄、チタン、カドミウムなどの重金属、および/または、ステンレスや二酸化ケイ素などの化合物で被覆されていても良い。更に、表面を固体の表面自由エネルギーが75mJ/m
2下である物質で被覆することもできる。また、液体中にて更に前記表面に水溶性のタンパク質や高分子電解質、界面活性剤などの物質を吸着させて用いることもできる。
【0031】
測定の対象が後述するピッチや粘着異物である場合、水晶振動子が疎水性物質で被覆されていることが好ましい。これは、工程内のピッチ成分のような疎水性物質を水晶振動子表面に付着させ易くするため、水晶振動子表面をコーティングすることを指す。コーティングする疎水性物質としては、ピッチ成分と良い付着性を示す固体の表面自由エネルギーが15〜50mJ/m
2、好ましくは30〜40mJ/m
2の範囲である有機物、例えば、ポリスチレン系樹脂、ポリエチレン系樹脂、ポリプロピレン系樹脂等が挙げられるが、疎水性を示す物質であれば特に限定されない。
【0032】
更に、表面が異なる物質で被覆された二つ以上の複数の水晶振動子を用いて液体またはスラリからの異物の沈積を測定することができる。この場合、表面自由エネルギーが40mJ/m
2以下の物質で被覆した水晶振動子と表面自由エネルギーが40mJ/m
2より大きい親水性の有機物やステンレスなどの無機物で被覆した水晶振動子を用いることで、異物の異なる表面への沈積し易さを比較することもできる。
【0033】
(異物の沈積)
本発明における、異物とはパルプ及び紙の製造工程で発生し、製品品質及び操業性に悪影響を及ぼす物質全般を指す。例えば、シュウ酸カルシウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、珪酸アルミニウム等の金属塩スケール、機械パルプ由来のトリグリセライド、アビエチン酸などの樹脂分由来のナチュラルピッチ、パルプ及び紙の製造工程で使用されるサイズ剤やデンプン、紙の柔軟化剤や低密度化剤などの添加薬品や塗工層由来のラテックス等の有機物を主体とした疎水性物質等からなるホワイトピッチ、古紙由来の粘着剤、粘着テープ、雑誌の背糊、ビニールテープ等のアクリル系、酢酸ビニル系、ホットメルト等の粘着異物を指す。
【0034】
本発明における異物の沈積とは、パルプ及び紙の製造工程内の配管、網、装置等のあらゆる物質に対して、異物が付着し堆積することを指す。付着に関しては、例えば、粘着性を示す物質がそのまま付着することのほかに、水に懸濁していた物質が沈殿を生じることや、分散していた物質がpHショックや温度変化により不安定化し、デポジットを形成することを含む。実際のパルプや紙の製造工程では、前記の異物は填料や顔料などの灰分および微細繊維などとともに沈積する。特に灰分の表面に前記異物が付着している場合に、灰分を含めた大きな沈積物を形成することから、本発明における異物とは前記填料などを含む複合体をも包含する。
【0035】
また、沈積度合いとは一定時間当たりに水晶振動子センサーに付着する物質の量又は付着速度を示す。
【0036】
(沈積物の形態の定量化)
水晶振動子表面に沈積した異物の形態については、顕微鏡やマイクロスコープを用いて画像を取得し、その画像を基に画像解析によって沈積物の面積率や平均粒径、大きな沈積物の面積率や総面積に対する割合を計算することで定量化することができる。例えば、キーエンス社の超深度カラー3D形状測定顕微鏡(VK9500)を用いて水晶振動子表面の400倍の画像を取得し、同社製の粒子解析アプリケーション(VK-H1V9)を用いて一定以上の円相当径の沈積物の面積を総測定面積で割った粗大沈積物の面積率として定量化することで、抄紙機でのピッチ・粘着異物トラブルとの関連付けられる情報が得られる。
【0037】
本発明によれば、比較的微小な沈積異物を正確に測定し、画像解析によって沈積物の形態を定量化することができるため、抄紙機の操業状態を的確に把握することができる。一般に、紙の厚みが100μm以下である場合、異物が100μmを超えると紙に穴が空き、断紙や製品の欠陥などのトラブルが発生しやすくなるが、本発明によって一定以上の大きさの沈積物の割合を測定することによって、抄紙系において異物が凝集・粗大化する傾向をいち早く探知することができる。本発明においては、沈積物を画像解析することによって一定以上の円相当径を有する沈積物の割合を定量化することが好ましいが、この場合の沈積物の大きさは適宜決定することができる。例えば、3〜20μmの間の一定数値以上の円相当径を有するような沈積物の面積率を測定して抄紙系の操業管理に活用することができる。好ましくは3〜15μmの間の一定数値以上の円相当径、より好ましくは3〜10μmの間の一定数値以上の円相当径、さらに好ましくは5〜8μmの間の一定数値以上の円相当径、最も好ましくは約6μm以上の円相当径を有するような沈積物の面積率を測定して、沈積物の形態を定量化することができる。一般に、異物の沈積を低減させる薬品を抄紙系に添加すると、異物が凝集したりして異物が大きくなったり、異物が分解・離散して異物が小さくなるなど、異物の形状が変化することがあるが、本発明によれば、そのような異物の形態の変化を的確に追跡することができる。
【0038】
(オンライン測定)
本発明において、オンラインで測定する場合には、例えば、コーエイ工業(株)製ろ液採取装置(REX−100S−ST)のような搾水装置を用いてろ液を得ることができるが、液体またはスラリの固形分が5重量%以下、好ましくは1重量%以下であって、濾液中に含まれるパルプの長繊維分の含有率を全固形分に対して50重量%以下に調整できる物であれば特に限定されない。
【0039】
本発明は、前記オンライン搾水装置を組み込んだ
図11に示すようなフローによりオンラインによる測定も可能である。また、水晶振動子部分が多数の水晶振動子部分から成り、多数の試料を同時に測定可能な、例えば、Q−sense社の4チャンネル分子間相互作用解析装置(型式Q-SENCE E4)を使用し、
図12に示すようなフローを組むことで、実機工程での薬品処理効果(A−B間比較)及び分離装置での分離効果(B−C間比較)を同時に測定することも可能である。
【0040】
また、オンラインにて沈積物の形態を観察するためには、ガラスウィンドウ付の水晶振動子の測定セルを使用し、一定時間毎に測定試料水から洗浄水に切り替えた上で、デジタルマイクロスコープなどを用いて水晶振動子表面の沈積物の画像をコンピューターに取り込み、前記のような画像解析を行うことで沈積物の形態を定量化することができる。
【0041】
(紙の製造方法)
一つの態様において本発明は紙の製造方法である。すなわち、本発明は、上記したような方法によってパルプ及び紙の製造工程における液体やスラリについて異物の沈積のしやすさを測定することを含む。このように異物の沈積を測定することによって、抄紙系の状態を正確に把握することができ、操業状態を最適化することができる。また、オンラインで異物の沈積を測定し、その情報を基にフィードバック制御などによって操業状態をコントロールすることで、断紙の発生を抑制したり、操業効率を向上させることができるため好適である。
【0042】
さらに、好ましい態様において本発明は、パルプ及び紙の製造工程における液体又はスラリからの異物の沈積を水晶振動子を有する微量天秤を用いて測定するとともに、水晶振動子表面の沈積物の形態を画像解析によって定量化し、さらに、上記液体またはスラリに異物の沈積を低減させる薬品を添加するし、薬品を添加した後の液体またはスラリについて水晶振動子を有する微量天秤を用いて水晶振動子表面への異物の沈積度合いを測定することを行い、次いで、薬品を添加した場合の異物の沈積度合いと薬品を添加しない場合の異物の沈積度合いを比較して当該薬品の効果を評価することによって、異物の沈積に効果的な薬品を選定することができる。このような方法を行って抄紙系に合った薬品を選定し、制定した薬品を添加しながら紙を製造することによって、製紙効率を大きく向上させることができる。
【0043】
本発明において異物の沈積を低減させる薬品とは、パルプ及び紙の製造工程における液体やスラリからの異物の沈積を低減させるものであれば特に制限されないが、一般に、凝結剤、歩留剤、分解剤などが含まれ、各種ポリマーや酵素、無機粒子などが挙げられる。好ましい凝結剤としては比較的低分子量のカチオン性ポリマー、歩留剤としては比較的高分子量のカチオン性ポリマー、分解剤としては酵素などを挙げることができる。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、かかる実施例に限定されるものではない。
【0045】
(水晶振動子上への異物の沈積度合いの測定[QCM測定])
標準的な測定法を以下に挙げるが、紙料の形態や濃度により、試料の調整方法や測定条件を適宜変更することができる。尚、測定には、Q-sense社の分子間相互作用定量測定装置(QCM-D300)を使用し、測定センサーとしては水晶振動子の表面を金で被覆したものをポリスチレンでコーティングしたものを使用した。以下、この測定法をQCM測定と称し、測定される異物の沈積度合いをQCM付着量と称する。また、水晶振動子をセンサーと称することがある。
【0046】
製紙工場にて採取したパルプスラリを0.5%に調整した後、500メッシュ篩にてろ過し、ろ液を得た。0.5mlのろ液を25±0.5℃に温度調整した後、反応セルに導入し、12分間静置し、水晶振動子表面に付着する異物の量を振動周波数変化としてモニターした。12分経過後に蒸留水を反応セルに流し3分間洗浄し、洗浄後の付着量をQCM付着量とした。従って、本発明におけるQCM付着量とは、水晶振動子表面に液体が接した後、12分間で吸着し、水で洗浄した後に付着している物質の量であり、一方で時間当たりの変化量から、物質の初期付着速度に関する情報を得ることができる。
【0047】
実施例1:工程各所のサンプルのQCM測定
製紙工場Aの脱墨パルプ(DIP)及びサーモメカニカルパルプ(TMP)を主原料とするギャップフォーマ型新聞抄紙機(灰分15%、抄速1200m/分)において、工程各所(1:DIP完成、2:TMP完成、3:白水回収装置出口の回収原料、4:ミキシングチェスト出口、5:ストックインレット)より試料を採取しQCM測定を行った結果を
図1に示す。更にQCM測定後のセンサー表面の画像を取得し、画像解析によりφ6μm以上の粗大沈積物の面積率を
図2に示す。この際、取得したセンサー表面の画像の一部を
図3に示した。
【0048】
さらに、比較例として、実施例1と同じ試料についてトルエン抽出を行い、抽出物の固形分重量と抽出前の固形分の重量から抽出量(mg/g)を求めた。その結果を
図4に示す。
【0049】
実施例1及び比較例の結果から、トルエン抽出量の傾向とQCM付着量、更には、粗大沈積物の面積率の傾向がそれぞれ異なっていることが判る。トルエン抽出では、DIPやTMPの抽出量はほぼ同程度で少なく、ミキシングチェスト(Mixチェスト)、ストックインレット(S/I)工程が進むにつれて多くなっている。一方、QCM付着量は、TMPで少なく、DIP、回収原料、Mixチェストで多く、S/Iでは若干少なくなっている。更に、粗大沈積物の面積率より、原料に比べて後工程で沈積物が大きくなっていることが判る。
【0050】
更に、DIP中の粘着異物の疎水性のポリスチレンでコーティングしたQCMセンサーへの付着量が多いこと、そのセンサー表面の沈積物は分散していることが判る。同様にTMP中のピッチのQCMセンサーへの付着量は、重量としては少なく、また、沈積物は非常に小さく分散していることが判る。また、白水回収装置後の回収原料の付着量はDIPと同程度でありながら、その沈積物は非常に大きな粒子となっていることが判る。
【0051】
一般に、トルエン抽出で抽出される有機物のうち、粘着剤の占める重量は10%前後であることが多く、残りの部分はインキ由来の油・樹脂分やサイズ剤などの添加薬品からなっており、抽出量自体と粘着異物トラブルとの相関は低い。
【0052】
一方、QCM付着量だけを見ると、S/Iでは付着量が減っていると考えられる。ここで、本発明にあるように粗大沈積物の面積率に注目すると、抄紙工程にてカチオン薬品などの添加により、異物の沈積度合いは少なくなるものの、異物自体は凝集・粗大化して沈積していると推測される。また、白水回収装置後の回収原料中の異物が非常に大きくなっていることが判る。また、
図3に示すように実際の形態を確認することができる。このように、本発明によれば、パルプ及び紙の製造工程における液体やスラリに含まれる沈積物を従来よりも的確に評価することができる。
【0053】
実施例2:DIP工程各処理における測定
製紙工場BのDIP工程において、通常処理(B2)に対して凝結剤処理(T1)及び酵素処理(T2)を実施した結果を
図5に示した(各2度実施)。凝結剤処理では、完成DIPにBASF社のカチオファストSF(改質ポリエチレンイミン)を100ppm添加した後に、抄紙機のミキシングボックス入口にて採取したサンプルをQCM測定に用いた。酵素処理では、完成DIPにバックマンラボラトリーズ社のオプティマイズ525(粘着異物分解酵素)を100ppm添加した後に、抄紙機のミキシングボックス入口にて採取したサンプルを同様に測定した。対照(通常処理)として薬品を添加していないDIPをミキシングボックスで採取し同様の測定を行った。
【0054】
測定後のセンサー表面の画像より、円相当径が6μm以上の粗大沈積物の面積率を測定した結果を
図6に示した。更に、その際取得した画像を
図7に示した。
【0055】
これらの結果より、QCM測定では、凝結剤処理(T1)、酵素処理(T2)ともに通常処理(B2)に対して効果がないと判断されるが、本発明の手法を組み合わせて粗大沈積物の面積率を加味すると、T1は異物の凝集を促進するため、抄紙機の操業性という点で逆効果になると考えられ、T2では異物が分散していることから、抄紙機の操業性という点でより良い効果を与えると判定することができる。
【0056】
実施例3:通常時と欠陥多発時における測定
製紙工場Aのギャップフォーマ型新聞抄紙機(DIP100%、灰分12%、抄速1250m/分)にて、通常時と欠陥多発時の各工程サンプルを採取し、QCM測定を行った。更にQCM測定後のセンサー表面の画像を取得し、画像解析によりφ6μm以上の粗大沈積物の面積率を
図8に示す。この際、取得したセンサー表面の画像の一部を
図9及び
図10に示した。尚、通常時の欠陥数は16個/時であり、欠陥多発時の欠陥数は300個/時であった。
図8から明らかなように、一定以上の大きさの沈積物の面積率が高いと紙欠陥の発生状況が悪化する傾向があり、本発明によって抄紙系の状態を的確に把握することができる。