(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5671145
(24)【登録日】2014年12月26日
(45)【発行日】2015年2月18日
(54)【発明の名称】質量分析計の大気圧イオン化導入口
(51)【国際特許分類】
H01J 49/10 20060101AFI20150129BHJP
H01J 49/26 20060101ALI20150129BHJP
【FI】
H01J49/10
H01J49/26
【請求項の数】20
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-534904(P2013-534904)
(86)(22)【出願日】2011年8月18日
(65)【公表番号】特表2013-540341(P2013-540341A)
(43)【公表日】2013年10月31日
(86)【国際出願番号】US2011048181
(87)【国際公開番号】WO2012054130
(87)【国際公開日】20120426
【審査請求日】2013年8月20日
(31)【優先権主張番号】61/405,424
(32)【優先日】2010年10月21日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】513099751
【氏名又は名称】アドヴィオン インコーポレーテッド
【氏名又は名称原語表記】Advion Inc.
(73)【特許権者】
【識別番号】513099762
【氏名又は名称】サイエンティフィック アナリシス インストゥルメンツ リミテッド
【氏名又は名称原語表記】Scientific Analysis Instruments Ltd.
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100164448
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 雄輔
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】シモン プロッサー
(72)【発明者】
【氏名】ジャック ヘニオン
(72)【発明者】
【氏名】ステファン ソンプソン
(72)【発明者】
【氏名】ヴィック パー
【審査官】
桐畑 幸▲廣▼
(56)【参考文献】
【文献】
特開平05−074409(JP,A)
【文献】
特表2000−513873(JP,A)
【文献】
特開2000−067806(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/10
H01J 49/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを質量分析システムに供給する大気圧イオン源であって、
第1開口、第2開口、及び前記第1開口から前記第2開口まで延びる通路を有するキャピラリであり、前記第1開口は、大気圧程度の第1圧力領域にあり、前記第2開口は、約3Torr以下の部分真空の第2圧力領域にあり、前記キャピラリを、前記質量分析システムの動作中にイオンが前記第1開口を経て前記通路に入り前記第2開口を経て前記通路から出るよう位置決めしたキャピラリと、
前記第2圧力領域を画定すると共に前記キャピラリの前記第2開口からイオンを受け取るよう構成した導入口を有する真空室であり、引出オリフィスを含み、該引出オリフィスを、前記質量分析システムの動作中にイオンがガス流中の乱流領域の場所にある前記引出オリフィスを経て約10−2Torr以下の第3圧力領域に入るよう位置決めした真空室と
を備えた大気圧イオン源。
【請求項2】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記乱流領域は、ガス流中でマッハディスクを示す領域を含む大気圧イオン源。
【請求項3】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記引出オリフィスを、2/3(P0/P1)1/2の計算に少なくとも一部基づいて求められる場所に位置付け、式中、P0及びP1は、それぞれ前記第1圧力領域及び前記第2圧力領域の圧力である大気圧イオン源。
【請求項4】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記引出オリフィスは、前記真空室内のガス流中の静穏帯の後の場所にある大気圧イオン源。
【請求項5】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記引出オリフィスは、前記真空室内のガス流中の静穏帯及び少なくとも1つの層流領域の後の場所にある大気圧イオン源。
【請求項6】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記真空室を、前記質量分析システムの動作中に交互の層流領域及び乱流領域がガス流中で生成されるよう構成した大気圧イオン源。
【請求項7】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記真空室を、前記質量分析システムの動作中に交互の層流領域及び乱流領域がガス流中で生成され、前記引出オリフィスが第1乱流領域に関連した場所にあるよう構成した大気圧イオン源。
【請求項8】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリは、直径約1mm未満で長さ5cmを超える大気圧イオン源。
【請求項9】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記第2圧力領域内のガス流に対して垂直な実質的に直交する引出場を生成するよう構成した前記引出オリフィスに接続した圧力源をさらに備えた大気圧イオン源。
【請求項10】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリは、直径約300μm〜約1000μmであり、前記真空室は、直径約5mm〜約20mmである大気圧イオン源。
【請求項11】
請求項5に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリは、直径約50μm〜約300μmであり、前記真空室は、直径約2mm〜約10mmである大気圧イオン源。
【請求項12】
請求項5に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリは、直径約700μm〜約2000μmであり、前記真空室は、直径約15mmから約50mmである大気圧イオン源。
【請求項13】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、質量アナライザ領域に位置決めした四重極質量アナライザをさらに備えた大気圧イオン源。
【請求項14】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリを、該キャピラリの前記第2開口付近で層流領域を形成するよう構成した大気圧イオン源。
【請求項15】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記第2圧力領域で部分真空を形成し、前記第3圧力領域で真空を形成するよう構成したポンプをさらに備えた大気圧イオン源。
【請求項16】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリの前記第1開口を、前記引出オリフィスの方向から90°の方向に向けた大気圧イオン源。
【請求項17】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリの前記第1開口を、前記引出オリフィスの方向と同じ方向だが該引出オリフィスからオフセットした向きにした大気圧イオン源。
【請求項18】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリの前記第1開口付近でエレクトロスプレーを生成するよう構成したエレクトロスプレーイオン源をさらに含む大気圧イオン源。
【請求項19】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記キャピラリは加熱キャピラリである大気圧イオン源。
【請求項20】
請求項1に記載の大気圧イオン源において、前記真空室の前記引出オリフィスに対向したプッシャプレートをさらに備えた大気圧イオン源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
質量分析に関する、より詳細には荷電粒子を質量分析計に供給するインタフェースに関する方法及びシステムを、本明細書に記載する。
【0002】
[関連出願の相互参照]
本願は、2010年10月21日付けで出願された米国出願第61/405,424号の米国特許法第119条第(e)項に基づく優先権を主張し、当該出願の全体を参照により本明細書に援用する。
【背景技術】
【0003】
質量分析は、化合物又は試料の分子量、化学組成、及び構造の情報を荷電粒子の質量電荷比に基づいて得るための分析プロセスである。概して、質量分析では、試料をイオン化してイオンとしての荷電粒子を形成し、続いてこれらの荷電粒子に電場及び/又は磁場を通過させ、質量電荷比に従ってそれらを分離する。続いて、分離したイオンを検出器で測定する。
【0004】
質量分析計は、概して、制限しなければ性能を低下させてしまう質量分析計内のイオンとガス分子との相互作用を制限するために、高真空(例えば、10
−4Torr〜10
−6Torr)で作動する必要がある。質量分析における1つの課題は、試料からの代表的なイオンをこうした質量分析計真空システムに入れる効率的な方法の提供である。質量分析システムには、イオン化プロセスを真空外囲器内で行うものがあるが、これは、分析できる試料のタイプを低い蒸気圧を示す気相試料及び固体試料に制限する。
【0005】
大気圧イオン化(API)イオン源は、質量分析計によって測定できる試料のタイプを大幅に増加させたので、重要性が高まりつつある。これらのイオン源は、大気圧又は大気圧程度で質量分析計の外部においてイオンを形成し、イオン及び荷電粒子は、大気圧イオン化(API)インタフェースを通して質量分析計の高真空領域へ移送され、大気圧イオン化インタフェースは、小イオン導入オリフィス又はキャピラリと、複数の電場及び荷電粒子を操作して圧力を連続的に低下させる中間真空段を含み得る移送領域とを概して含む。
【0006】
これにより、質量分析計を多数のイオン化技法に結び付けることで、ガス形態、固体形態、又は液体形態を問わず測定できる試料のタイプを増やすことが可能となった。例示的なイオン源として、エレクトロスプレーイオン化(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧光イオン化(APPI)、マトリックス支援レーザイオン化(MALDI)、リアルタイム直接分析(DART)、及び脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)が挙げられるがこれらに限定されない。これらのイオン源は、質量分析計を高速液体クロマトグラフィ等の広く用いられているツールに結び付けることを可能にした。
【0007】
ESI及びAPCI等のイオン源は、試料及び溶媒の溶液から荷電粒子を供給する。該当する分子を含む溶液は、オリフィス又はキャピラリを通して圧送され、電位がキャピラリ(ESI)又は質量アナライザに近いニードルにかけられる。同軸噴霧ガスが、大気圧でのキャピラリからの高帯電液滴のプルームの形成を支援し得る。イオン化は大気圧で溶液から直接行われるので、このプロセスで形成されたイオンは強く溶媒和される場合があり得る。測定前に、イオンを伴う溶媒分子が除去される。したがって、APIインタフェースは多くの機能を果たす。APIインタフェースは、荷電液滴を脱溶媒和して気相イオンを形成し、これらのイオンを高圧で維持した質量分析計アナライザへ移送して、イオンと共にAPIインタフェースに入る空気、ガス、及び溶媒分子の大部分を除去する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
APIインタフェースがこれらの機能を果たす効率から、システムの総合感度及び他の性能係数が決まる。多くのAPIインタフェースでは、1つ又は複数の中間真空段で圧力を気圧から高真空へ低下させる。従来のAPIインタフェースでは、サンプリングされるイオンの数、したがって感度は、種々の段間のアパーチャのサイズにより制限される。アパーチャが大きいほど感度が高いが、中間段を要求圧力に維持するのに必要な真空ポンプがより大型且つ高価になる。
【0009】
質量分析計へのガス流が増加すると、より多くの溶媒及び周囲環境がAPIインタフェースに入るので、汚染の問題も増える。多くの従来の質量分析計は、システムを通して遮るものがない(have direct line-of-sight through the system)ので、APIインタフェースに入る汚染物がアナライザ及び検出器の領域に達してそれらの性能を低下させる可能性があり、これは困難であり時間がかかる(which is difficult and time consuming)。
【課題を解決するための手段】
【0010】
質量分析に関する、より詳細には荷電粒子を質量分析計に供給するインタフェースに関する方法及びシステムを、本明細書に記載する。
【0011】
いくつかの態様では、本明細書に記載のシステムは、広い質量範囲にわたって高感度を確保する一方でポンピング要件及び質量分析計アナライザに入る汚染物の量を低減するという利点を提供すると考えられる大気圧インタフェースを含む。
【0012】
いくつかの実施例では、本明細書に記載のシステム及び方法は、キャピラリに隣接した初期静穏帯(quiet zone)又は層流を示す領域で荷電粒子を収集するのとは対照的に、キャピラリ出口の下流のイオンサンプリング領域の乱流領域で荷電粒子を収集する。
【0013】
いくつかの実施例では、引出アパーチャを、流路においてマッハディスク又は乱流領域が形成される領域(例えば、ガス流路においてイオンがマッハディスク又は乱流領域に遭遇する位置)に対向又はほぼ対向して位置付ける。したがって、イオンは、イオンが乱流を受ける領域から収集される。この領域では、ガス流速が層流領域と比べて大幅に遅い。この領域でのイオン(特に大質量生体分子)の収集は、より効率的であり、過剰な引出場の必要を減らすことができると考えられる。
【0014】
いくつかの態様では、イオンを質量分析システムに供給する大気圧イオン源は、第1開口、第2開口、及び第1開口から第2開口まで延びる通路を有するキャピラリを含み、第1開口は、大気圧程度の第1圧力領域にあり、第2開口は、約3Torr以下の部分真空の第2圧力領域にあり、キャピラリは、質量分析システムの動作中にイオンが第1開口を経て通路に入り第2開口を経て通路から出るよう位置決めされる。システムは、第2圧力領域を画定すると共にキャピラリの第2開口からイオンを受け取るよう構成した導入口を有する真空室も含み、真空室は、引出アパーチャを含み、引出アパーチャは、質量分析システムの動作中にイオンがガス流中の乱流領域の場所にある引出アパーチャを経て約10
−2Torr以下の第3圧力室に入るよう位置決めされる。
【0015】
実施形態は、以下の1つ又は複数を含み得る。
【0016】
乱流領域は、ガス流中でマッハディスクを示す領域で有り得る。
【0017】
引出オリフィスは、2/3(P0/P1)
1/2の計算に少なくとも一部基づいて求められる場所に位置付けることができ、式中、P0及びP1は、それぞれ第1圧力領域及び第2圧力領域の圧力である。
【0018】
引出アパーチャは、真空室内のガス流中の静穏帯の後の場所にあり得る。
【0019】
引出アパーチャは、真空室内のガス流中の静穏帯及び少なくとも1つの層流領域の後の場所にあり得る。
【0020】
真空室は、質量分析システムの動作中に交互の層流領域及び乱流領域がガス流中で生成されるよう構成することができる。
【0021】
部材は、質量分析システムの動作中に交互の層流領域及び乱流領域がガス流中で生成され、引出アパーチャが第1乱流領域に関連した場所にあるよう構成することができる。
【0022】
キャピラリは、直径約1mm未満で長さ5cmを超え得る。
【0023】
大気圧イオン源は、第2圧力領域内のガス流に対して垂直な実質的に直交する引出場を生成するよう構成したアパーチャに接続した圧力源をさらに備え得る。
【0024】
キャピラリは、直径約300μm〜約1000μmとすることができ、真空室は、直径約5mm〜約20mmとすることができる。
【0025】
キャピラリは、直径約50μm〜約300μmとすることができ、真空室は、直径約2mm〜約10mmとすることができる。
【0026】
キャピラリは、直径約700μm〜約2000μmとすることができ、真空室は、直径約15mm〜約50mmとすることができる。
【0027】
システムは、第3真空領域に位置決めした四重極質量アナライザも含み得る。
【0028】
キャピラリは、キャピラリの第2開口付近で層流領域を形成するよう構成することができる。
【0029】
システムは、第2圧力領域で部分真空を形成し、第3圧力領域で真空を形成するよう構成したポンプも含み得る。
【0030】
キャピラリの第1開口は、引出オリフィスの方向から90°の方向に向けることができる。
【0031】
キャピラリの第1開口は、引出オリフィスの方向と同じ方向だが引出オリフィスからオフセットした向きにすることができる。
【0032】
システムは、キャピラリの第1開口付近でエレクトロスプレーを生成するよう構成したエレクトロスプレーイオン源も含み得る。
【0033】
キャピラリは加熱キャピラリであり得る。
【0034】
システムは、部材の引出オリフィスに対向したプッシャプレートも含み得る。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図3A】例示的なイオン引き出しを示すモデルである。
【
図3B】例示的なイオン引き出しを示すモデルである。
【
図4A】信号強度対キャピラリ出口から引出オリフィスまでの距離のグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
図1は、質量分析システム10の概略図である。質量分析システム10を用いて、荷電粒子の質量電荷比に基づいて化合物又は試料の化学組成を同定する。
【0037】
より詳細に後述するように、使用中にイオン源、この場合はエレクトロスプレーイオン源12が、該当のイオンを含む荷電液滴及び粒子のスプレー14を大気圧又は大気圧程度で発生させる。大気圧イオン源の例として、エレクトロスプレーイオン化(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧光イオン化(APPI)、マトリックス支援レーザイオン化(MALDI)、リアルタイム直接分析(DART)、及び脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)、及び他にも多数が挙げられ得るがこれらに限定されない。大気圧イオン源として、チップベース及び微細加工の噴霧デバイスも挙げられ得る。
【0038】
スプレー14からのエレクトロスプレー液滴は、APIインタフェースのイオン入口(加熱キャピラリ50への入口等)に入り、APIインタフェースは、イオンをエレクトロスプレー14からキャピラリ50を通してキャピラリの排出口52へ、そして真空室56内へ誘導する。真空室56は、約1Torr〜約10Torr(例えば、約1Torr〜約8Torr、約1Torr〜約5Torr、約1Torr〜約3Torr)の第1中間真空で保持される。エレクトロスプレーからの液滴がキャピラリ50内を進むと、脱溶媒和が生じてイオンがキャピラリ50の出口52から出るようになる。矢印62で表すように、ガス及び荷電粒子の混合物が、APIインタフェースの第1段を通って(例えば、真空室56を通って)第1ポンプ段へ進む。
【0039】
真空室56は、引出オリフィス54を含む。イオン移送領域60を引出オリフィス54に対して真空室56とは反対側に位置付け、引出レンズ58を引出オリフィス54付近に設けて、真空室56からイオン移送領域60への粒子/イオンの誘導を支援する。したがって、ガス及び荷電粒子の混合物が真空室56の引出オリフィス54を通過すると、荷電粒子は、引出レンズ58が発生した電場によってイオン移送領域60へ選択的に引き込まれる。ガス分子も、引出オリフィス54の両側にある差圧(例えば、移動領域60は真空室56よりも低い圧力である)によってそこを通されるが、イオン移送領域60に入るガスは、第1真空室56内のイオン/分子の比と比べて著しくイオンに富んだものとなる。より詳細に後述するように、ガス及びイオンの混合物は、真空室56内の流路に沿って進む際に層流領域及び乱流領域の両方に遭遇し、ガスの速度は乱流領域よりも層流領域での方が速い。引出オリフィスの場所は、ガス流及びイオンが乱流を示す領域に引出オリフィスを位置付けるよう決定し配置する。引出オリフィス54は、直径約0.25mm〜約3mm(例えば、約0.25mm〜約1mm、約1mm〜約2mm、約2mm〜約3mm)であり得る。
【0040】
イオン移送領域60は、通常はRF単独モードで動作し、四重極、六重極、八重極、又は同様のイオン光学デバイス28からなり得る。六重極デバイスをイオン移送領域として用いる実施形態では、ガス分子の圧力を第2ポンプ段68によって10
−2Torr〜1010
−4Torr(例えば、約10
−2Torr〜約10
−3Torr、約2×10
−3Torr〜約8×10
−3Torr、約5×10
−3Torr)にさらに低下させながら、イオンを多重極場内に閉じ込める。イオンは、アパーチャ76を通して、この場合は質量電荷比によってイオンを分離する四重極アナライザ30を備えた質量アナライザ領域72へ、そして検出器32へ誘導される。検出器32は、試料の弱イオン電流信号をイオンの質量電荷比に基づいて増幅する。アナライザ及び検出器の領域72は、第3ポンプ段70によって約10
−4Torr〜約10
−8Torr(例えば、約10
−4Torr〜約10
−6Torr、約10
−5Torr)の圧力に昇厚される。
【0041】
上述のように、本明細書に記載のシステムは、荷電粒子を大気圧又は大気圧程度で生成するデバイスに関する。このような荷電粒子源は、エレクトロスプレーイオン源若しくは大気圧化学イオン化源(APCI)、又は任意の他の荷電粒子発生源を含み得る。さらに、荷電粒子は、リアルタイム直接分析(DART)、脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)、ナノエレクトロスプレーイオン化(ナノESI)によって、又は同様の条件下で発生した他の形態の荷電粒子から発生させることもできる。
【0042】
大気圧又は大気圧程度で生成したこのようなイオンは、イオンがキャピラリ導入口のすぐ近くで形成される場合、また当該キャピラリ50の第2の側の方を実質的に低い圧力で維持することによって圧力勾配を上記キャピラリにおいて形成した場合に、収集することができる。例えば、アパーチャ又はキャピラリの二次側は、10m
3/時よりも大きなポンプ速度を有する真空ポンプによって約1Torrの圧力で維持され得る。このようなポンプ速度では、直径1mmのキャピラリを通るガス流の速度は、
ポンプ速度=ガス流速×パイプの断面積×局所密度
によって与えられる。
【0043】
ガスがキャピラリ50に引き込まれると、(
図1)ガスは、キャピラリ50内で輸送されて音速でキャピラリの端52から放出される。場所によっては、ガスが大気圧でキャピラリ50に入る際にこのプロセスが乱流を発生させる。流れは、キャピラリ50の低圧端側のある点で、例えば出口52付近で層流になると考えられる。例えば、大気圧〜約1mbarの直径1mmの管を通って移動する空気のレイノルズ数は、低圧端において約300であり、層流限界よりも約10倍低いので、流れはある点で必然的に層流となる。キャピラリの直径は、実質的に1mm未満(例えば、300ミクロン〜500ミクロン)である可能性が高いが、圧力の差が流れを層流にすると依然として考えられる。しかしながら、層流領域は、平均自由行程<<キャピラリ直径から平均自由行程≒キャピラリ直径である状況への遷移によって特徴付けられる。平均自由行程は、1Torrで約100ミクロンであるので、層流領域は、キャピラリの端52側のみにある。したがって、キャピラリ50にわたる圧力低下は線形とならない。圧力は数Torrに達するまで乱流領域で急速に低下し、その後、圧力低下は距離に対してほぼ線形となる。
【0044】
機械的第1段ポンプのポンプ速度は、かなりの圧力範囲にわたって圧力とは無関係である。10m
3/時のポンプ速度は、約1Torrで超音速のガス速度を与える。平滑なキャピラリ50の内部に沿ったこのような流れは、低圧端(例えば、出口52付近)で層流となるが、これは、粘性力が慣性力と比べた場合に大きくなるからである。
【0045】
ガスが低圧端52でキャピラリ50から出る際、局所的なキャピラリ出口圧力が急激に低下するので圧力勾配に不連続性がある。圧力が低下すると、初期のランダム速度分布が均一な指向速度に変わるので、ガス分子が冷却され、ガス温度が低下する。キャピラリから出るガスは、超音速を有するが、突然キャピラリの内壁によって囲まれなくなる。ガス分子は、マッハディスク66として知られる乱流領域に遭遇するまで、キャピラリの出口において数ミリメートルにわたり高速でガス膨張帯64を通り続ける。この領域では、ガスは圧力勾配によって駆動されなくなるので、局所圧力が上昇するにつれ流れが失速して乱流となる。
図2は、ガス/イオン経路を矢印で表した真空室56内のガス流の例示的な可視化を示す。
図2に示すように、ガスがキャピラリ50を出ると、第1ガス膨張領域80があり、それに続いて交互の層流領域(例えば、領域82、86、及び90)及び乱流領域(例えば、領域84及び88)がある。このようなマッハディスク及び乱流領域の発生の例示的な説明は、例えば、John B. Fenn. Mass Spectrometric Implications of high-pressure ion sources, Int J. Mass Spectrom. 200(2000)459-478に記載されており、当該文献の全体を参照により本明細書に援用する。
【0046】
ガス中に微量に存在する荷電粒子は、ガスの流れと共に引き込まれる。圧力がキャピラリに沿って低下し、荷電粒子が層流領域に引き込まれると、2つの効果が生じる。第1に、もう低温となったガス分子との頻繁なランダム衝突が荷電粒子のランダム速度を低下させることで、それらの温度が低下する。第2に、種々の質量mの荷電粒子は、流れ方向で運動量mvを得るように流速を与えられる(become imprinted with the flow velocity)。
【0047】
したがって、大気圧イオン源のこの第1段における荷電粒子の輸送は、ガス分子の輸送と本質的に密接な関係がある。荷電粒子は、100万分の1〜10億分の1(10
−9)の濃度でしか輸送ガス内に存在し得ないので、領域56における輸送ガスから直接イオンを収集して分析するのは非常に非効率である。効率を高めるためには、ガス流と荷電粒子流とを分離することが有益であり得る。
図1に示すシステムは、静電場55の勾配がガス輸送の経路にわたって主に設定されるような静電場の使用によって、荷電粒子をガス流から引き出す方法を提供する。このような電場は、例えば、低圧(例えば1Torr)領域60の二次室の壁に設置した隔離(isolated)アパーチャ54によって生成され得る。室壁内に設置してそこから隔離したこのようなアパーチャは、室壁と引出レンズ58との間の差動電圧の場55を放射し得る。
【0048】
荷電粒子は、場55によってこのアパーチャ54へ引き寄せられ、アパーチャ54内へ、さらにイオン移送領域60へ引き込まれるか又は導かれる。このような引出デバイスは、荷電粒子輸送をガス輸送から分離するので、試料イオン対イオン移送領域60に入るガス分子の比を高めることによって、大規模なポンプシステムを用いない高感度機器の実現を可能にする。効率は引出アパーチャ54を通過するイオンの運動量に応じて変わるので、アパーチャ54の場所はシステムの機能性に大きな影響を及ぼすと考えられる。本明細書に記載のシステムでは、引出アパーチャ54を、マッハディスク又は乱流領域が形成される領域(例えば、
図2に示す領域84及び88)に対向又はほぼ対向して(例えば、真空室56の壁において、真空室56内のガス流が乱流となる場所に相当する場所に)位置付ける。いくつかの実施例では、引出アパーチャを乱流領域付近に位置付けるが、乱流領域に正確に相当する領域ではない。例えば、引出アパーチャは、乱流領域の直後に(例えば、後方10mm以内に)位置付けることができる。
【0049】
図3A及び
図3Bは、SIMIONを用いてシミュレートしたガス輸送のモデルであり、SIMIONは、各種電圧と任意のRF(準静的)効果、磁場効果、及び衝突効果を含む各種粒子初期条件とを有する電極構成を与えた場合の、電場及びこれら電場における荷電粒子の軌道の計算に用いるソフトウェアパッケージである。
図3A及び
図3BのSIMIONモデルは、それぞれ200m/秒及び600m/秒の速度の高質量イオン(約500amu)の引き出しを示す。モデルから分かるように、低速であるほど荷電粒子の収集効率が高い。したがって、マッハディスク又は乱流領域が形成される(低速である)領域におけるイオンのサンプリングは、イオン収集効率を高めるという利点を提供することができると考えられる。
【0050】
より詳細には、
図3Aにおいて、矢印90で示すように第1真空室56(
図1)内を一定の200m/秒で進むイオンをモデル化する。イオンが室56内を進んで引出オリフィス54に接近すると、矢印92で示すように、実質的に全てのイオンが引出オリフィス54を通ってイオン移送領域60へ引き出される。矢印93で示すように、ごく少量のイオンのみが室56に沿って第1ポンプ段62の方へ進み続ける。矢印92で示すように、引き出されたイオンは、多重極28の軸に沿って質量アナライザへ向かって移動しているのが分かる。
【0051】
図3Bは、
図3Aのシミュレーションと同じ電場を維持しながら第1真空室56内のイオンの速度を600m/秒に増加させた場合の引き出しを示し、ここでは、イオンの半分以上が引出オリフィス54に達することなく進み続けて第1ポンプ段62へと消える。より詳細には、イオン速度が高いほど、(矢印94で示すように)イオンが室56内を進んで導入口54に接近する際に、矢印96で示すようにイオンの一部しか導入光54を通ってイオン移送領域60へ引き出されない。矢印98で示すように、イオンの大部分が、室56に沿って第1ポンプ段62の方へ進み続ける。
【0052】
いくつかの実施例では、イオンを収集するためのアパーチャを、キャピラリ54からの出口付近(例えば、
図2の領域80)の膨張噴流の「静穏帯」内に配置することができる。この方法に関する欠点は、荷電粒子が、荷電粒子の質量に比例する引出電場に対して垂直な運動量を有することである。生体分子等の大質量分子は、引出電場に対して垂直に大きな運動量を有し、不都合なほど大きい場合のある引出電場でしか引き出すことができない。引出効率は質量に応じて変わり、デバイスは、高質量で性能を落とす大きな質量差別効果を示す。本明細書に記載の実施例においてアパーチャを「静穏帯」に配置するのとは対照的に、引出アパーチャを、マッハディスク又は乱流領域が形成される領域に対向又はほぼ対向して(例えば、室56の壁の一部でガス流がマッハディスク/乱流領域を示す場所に)位置付ける。したがって、イオンは、乱流領域から収集される。この領域では、ガス流速が静穏帯又は層流領域と比べて大幅に遅いことで、過剰な引出場を必要とせずに大質量生体分子の収集が効率化される。
【0053】
ガスが高圧領域から低圧領域へ出ると、ガスは多くの流れ変化を受ける。第1に、ガスは、高圧帯からの出口及びガスの膨張直後の「静穏帯」に入り、より大きな体積を満たす。この領域では、ガスの速度は高い可能性がある。「静穏帯」に続いて、(例えば、
図2に概略的に示すように)交互の層流領域及びマッハディスク又は乱流領域がある。マッハディスクの正確な場所は、領域の直径、圧力等を含む因子の組み合わせに基づいて決まる。
【0054】
ガス流中で、マッハディスク領域(例えば、乱流領域)は、ガス速度の大幅な低下を特徴とする。これは、
図3Bでモデル化したような速度と同様に300m/秒もの低さであり得る。したがって、高引出効率は、これらの乱流領域のいずれかで(例えば、マッハディスクに関連した領域で)達成され得ると考えられる。
【0055】
圧力P0(この場合、キャピラリの端52の直前の圧力)の高圧領域と圧力P1の低圧領域(この場合、第1真空室56)との間のアパーチャに関するマッハディスクの位置は、以下の実験式:
X
M=2/3(P0/P1)
1/2
により与えられ、式中、X
Mの寸法は「アパーチャ直径」なので、X
M=1である場合、マッハディスクは、アパーチャの後方でアパーチャの直径と等しい距離に形成される。例えば、P0が大気圧(760Torr)でP1が1Torrである場合、X
Mは18.4アパーチャ寸法であり、1mmのアパーチャに対して18.4mmである。
【0056】
キャピラリ出口からの位置の関数としての引出感度、例えばイオン信号(荷電粒子)の変化を測定する実験を、
図4Aに関して説明する。
図4Aに示すように、これらの測定は、キャピラリ出口(52、
図1)から約15mmで単一の極大を示す。したがって、この実施例では、イオン電流信号強度がキャピラリ引出オリフィスから約18mmで最適に達することが観察される。この結果は、マッハディスク乱流領域からの又はその直後の引き出しと合致する。しかしながら、上記式1との一致は正確でない。超音速でキャピラリから飛び出す多数の分子の存在には、マッハディスクをキャピラリから単純な実験公式が示唆するよりも遠くに引き離す効果があり得る。引出アパーチャの存在は室内の流れを妨げるが、これはモデルにおいて考慮されておらず、ガス及びイオン引き出しの手段は、かなりの体積にわたる電場及び気体力学を組み合わせたものであり、これは単純モデルにより予想される鋭い境界を滑らかにする傾向がある。衝撃波は、厚さが平均自由行程の数倍なので、マッハディスクは急激な不連続面ではなく、噴出ガスからの分子がバックグラウンドガスと相互作用する広い拡散領域であると考えられる。これは、例えば、例えば、International Journal of Mass Spectrometry 200(2000)459-478におけるJohn B. Fenn.による"Mass Spectrometric Implications of high-pressure ion sources"に記載されている。後続の実験において、
図4Bに示すように、引出感度に複数の極大が存在することが観察された。したがって、複数のマッハディスク及び乱流領域が形成され、引出アパーチャをマッハディスク及び乱流領域のうちのいずれかの場所付近(例えば、ガス流路内の第1マッハディスクの場所又はその付近、ガス流路内の第2マッハディスクの場所又はその付近、ガス流路内の第3マッハディスクの場所又はその付近、ガス流路内の第4マッハディスクの場所又はその付近)に配置することによって、サンプリング効率を高めることができると考えられる。
【0057】
同様の気体力学を有するが、荷電粒子をガス分子、特に液滴及び固体粒子から分離する能力をさらに改善することができる代替的な幾何学的形状を想定することができる。これらは、汚染のさらなる低減及び機械的配置の容易さにおいて有利であり、
図5〜
図7に示す。
【0058】
図5は、
図1に示す質量分析システムと同様の質量分析システムの概略図を示す。このシステムは、供給源(図示せず)からのエレクトロスプレー液滴を受け取るキャピラリ50を含む。このシステムは、イオンをエレクトロスプレーからキャピラリ50を通してキャピラリの排出口52へ、そして真空室56内へ誘導する。イオンは、真空室の引出アパーチャ54から収集され、イオン移送領域60へ輸送される。キャピラリ導入口101を引出オリフィス54と同じ方向だが引出オリフィスからオフセットした向きにしたことにより、ガス流は、(矢印100及び102で表すように)90°方向転換を2回行わなければならない。これは、乱流の生成にさらに役立ち得ると共に、汚染物が脱溶媒和されずに移動領域へ至る可能性を低減する。したがって、キャピラリ50内の気流の方向は、真空室56内の気流の方向に対して約90°である。上述の実施例と同様に、複数の層流領域及び乱流領域が真空室56内にある。引出アパーチャ54は、マッハディスク又は乱流領域が形成される領域に位置付ける。したがって、イオンは、イオンの速度が層流領域におけるイオンの速度未満である乱流領域から収集される。
【0059】
図6は、
図1に示す質量分析システムと同様の質量分析システムの概略図を示す。このシステムは、供給源(図示せず)からのエレクトロスプレー液滴を受け取るキャピラリ50を含む。このシステムは、イオンをエレクトロスプレーからキャピラリ50を通してキャピラリの排出口52へ、そして真空室56内へ誘導する。イオンは、真空室の引出アパーチャ54から収集され、イオン移送領域60へ輸送される。キャピラリ50の導入口106を引出オリフィス54から180°に位置決めしたことにより、ガス流は、引出オリフィス54の後方から発生する。キャピラリ50のこのような向き及び場所により、機器の全体サイズを減らすことができる。キャピラリ50の場所に起因して、ガス流は、(矢印108及び110で表すように)90°方向転換を2回行わなければならない。これは、乱流の生成にさらに役立ち得ると共に、汚染物が脱溶媒和されずに移動領域60へ至る可能性を低減する。したがって、キャピラリ50内の気流の方向は、真空室56内の気流の方向に対して約90°である。上述の実施例と同様に、複数の層流領域及び乱流領域が真空室56内にある。引出アパーチャ54は、マッハディスク又は乱流領域が形成される領域に位置付ける。したがって、イオンは、イオンの速度が層流領域におけるイオンの速度未満である乱流領域から収集される。
【0060】
図7は、
図6に示す質量分析システムと同様の質量分析システムの概略図を示す。このシステムは、供給源(図示せず)からのエレクトロスプレー液滴を受け取るキャピラリ50を含む。このシステムは、イオンをエレクトロスプレーからキャピラリ50を通してキャピラリの排出口52へ、そして真空室56内へ誘導する。イオンは、真空室の引出アパーチャ54から収集され、イオン移送領域60へ輸送される。
図6に関して説明したように、引出アパーチャ54は、マッハディスク又は乱流領域が形成される領域に位置付ける。したがって、イオンは、イオンの速度が層流領域におけるイオンの速度未満である乱流領域から収集される。さらに、
図7の実施例では、イオンを移送領域へ引き込む電場を、引出レンズにおける電圧の代わりに又はそれに加えて、引出オリフィスに対向する押出電極200における電圧によって増強し、その場合、押出電極は引出レンズが生成した場を増強する。押出電極は、キャピラリを引出オリフィス54と同じ方向だが引出オリフィスからオフセットした向きにした配置で示したが、押出電極の追加は、引出オリフィスに関するキャピラリのいかなる向きと共に用いることもできる。
【0061】
他の実施形態は特許請求の範囲内にある。