【実施例】
【0046】
==細胞==
以下の実施例において、分化細胞由来多能性幹細胞は、マウス胚繊維芽細胞に対してOct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4 またはOct3/4、Sox2、Klf4の遺伝子セットを核初期化因子として用いて得られた。具体的には前者の遺伝子セットの場合、Fbx15遺伝子の発現を指標にして選択された細胞であるFbx15-iPS細胞(Takahashi K, Yamanaka S. (2006). “Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors.”. Cell 126: 663-676.)またはNanog遺伝子の発現を指標にして選択された細胞であるNanog-iPS細胞(Okita K, Ichisaka T, Yamanaka S. (2007). “Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells.”. Nature 448: 313-317)を、後者の場合、Nanog遺伝子の発現を指標にして選択されたMyc
--Nanog-iPS細胞(Nakagawa M, Koyanagi M, Tanabe K, Takahashi K, Ichisaka T, Aoi T, Okita K, Mochiduki Y, Takizawa N, Yamanaka S. (2008). “Generation of induced pluripotent stem cells without Myc from mouse and human fibroblasts”. Nat Biotechnol 26: 101-106.)を用いた。
【0047】
[実施例1]
<iPS細胞の腫瘍形成の抑制>
==iPS-SNSの調製==
本実施例では、Nanog-iPS細胞として、以下のクローンを用いた。すなわち、T58A-c-Mycを導入された20D17 Nanog-iPSクローンと38C2 Nanog-iPSクローン、野生型c-Mycを導入された38D2 Nanog-iPSクローン、コントロールとしては、マウス ES細胞のNanog-EGFP-ESクローンを用いた(各クローンはOkita K, Ichisaka T, Yamanaka S. (2007). “Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells.”. Nature 448: 313-317を参照のこと)。
【0048】
これらのiPS細胞の神経系細胞への分化能力を高めるため、10
-8 Mレチノイン酸存在下で胚様体(EB)を形成させ、20 ng/ml FGF-2を添加した無血清培地で培養した(Okada et al. Dev.Biol. vol.275, pp.124-142. 2004)。培養7日後に、iPS由来の一次ニューロスフェア(以下、iPS-PNSとも記される。)が形成された。このiPS-PNSを解離し、二次ニューロスフェア(以下、iPS-SNSとも記される。)が形成されるように、同じ条件下で培養した。なお、ニューロスフェアの再形成は、同じ工程で、繰り返し可能であった。なお、対照実験として、ES細胞についても、同様の処理をした。
【0049】
==iPS-SNS細胞クローンの同定及び選択==
まず、これらのiPS-SNSクローンにおけるNanog遺伝子発現を調べた。これらの細胞には、Nanog遺伝子によって発現制御される外来性EGFP遺伝子がゲノム中に挿入されているので、各クローン由来の細胞を解離し、EGFPを指標にして、FACS解析を行い、Nanog遺伝子のプロモーターが活性化している細胞の割合を測定した。
【0050】
その後、それぞれのクローンの細胞をNOD/SCIDマウスの線条体に移植し、4週間以降、マウスを解剖し、脳における腫瘍の有無を調べたところ、約0.01%以上の細胞でEGFPが発現していたiPS-SNSクローンは、移植された生体内で腫瘍を形成した(表1)。特に、38C2由来のクローンは、いずれもEGFPの発現は観察されず、24週間、腫瘍形成なく生存したマウスも存在した(例えば、38C2-N2クローンを移植したマウス8とマウス9)。なお、ES細胞を用いた場合は、いずれも腫瘍形成は生じなかった。また、これらの腫瘍は、組織学的観察により、テラトーマであることが確認された。
【0051】
【0052】
表1に示されるように、約0.01%未満の細胞でEGFPが発現していたiPS-SNSクローンは、移植された時、生体内で腫瘍形成能が低下していた。
【0053】
[実施例2]
<iPS-SNSを用いた脊髄損傷マウスの治療>
==使用されたiPS細胞とiPS-SNS細胞の調製==
本実施例では、実施例1で腫瘍形成能がないことが確認された38C2-Nanog-iPS-SNS 及びNg178B5-Myc
--Nanog-iPS-SNSを用い、実施例1と同様にiPS-SNSを調製した。また、コントロールとして、EB3-ES-SNSを用いて同様の実験を行った。
【0054】
なお、移植された38C2-Nanog-iPS-SNS細胞のマーカーとして赤色発光コメツキムシ・ルシフェラーゼ(CBRluc)と赤色蛍光タンパク質(RFP)を発現するクローンを得るため、CBRluc遺伝子及びRFP遺伝子をIRESを挟んでレンチウイルスベクターに組み込んで細胞に導入し、得られたCBRluc-38C2-Nanog-iPSを脊髄損傷マウスへの移植実験に用いた。
【0055】
==脊髄損傷マウスの作製と細胞の移植==
マウスの脊髄神経Th10において、外傷性脊髄損傷を負わせることで脊髄損傷モデルマウスを作製し、38C2-Nanog-iPS-SNS またはNg178B5-Myc
--Nanog-iPS-SNSを以下のように移植した。
【0056】
まず、8-9週齢のメスC57Bl6マウス(体重20−22g)をケタミン(100mg/kg)とキシラジン(10mg/kg)で麻酔した。Th10の椎弓切除手術後、硬膜の背側表面を露出させ、Infinite Horizon Impactor (60kdyn;Precision Systems, Kentucky, IL)を用いて外傷性脊髄損傷を負わせた。
【0057】
損傷した脊髄に細胞を移植するため、損傷後9日目に損傷部位を再度露出させ、stereotaxic injector(KDS310, Muromachi-kikai, Tokyo, Japan)に取り付けられたグラスマイクロピペットを用い、欠損部分の中心に、ニューロスフェアを解離させて得られた5x10
5個/2μlの細胞を0.5μl/分の速度で移植した。なお、コントロールとして、細胞を含まない培地だけを細胞移植と同様に注入した。
【0058】
==38C2-Nanog-iPS-SNS移植脊髄損傷マウスの解析==
生体蛍光イメージング(bioluminescent imaging analysis;BLI解析)(Okada et al. Faseb J. vol.19, pp.1839-1841, 2005)では、移植後すぐと、7日目、21日目、35日目にルシフェラーゼによる発光強度を測定し、細胞数の指標として用いた。すなわち、マウスにD−ルシフェリン(150mg/kg体重)を腹腔内に注射し、ルシフェリン投与後15−40分間、field-of-viewを10cmに設定して最高強度が得られるまで連続画像を撮った。全ての画像はIgor(WaveMetrics, Lake Oswego, OR)及びLiving Imageソフトウエア(Xenogen, Alameda, CA)で解析した。フォトン数を定量化するため、一定の移植領域を決めて、各マウスで解析した。各時点で得られたフォトン量に対し、初期値に対する割合を計算し、グラフ化したのが
図1である。
図1に示すように、移植細胞の約60%が移植7日目までに脱落し、その後は、移植細胞のシグナルが徐々に減少し、35日目で、約18%の移植細胞が生存していた。
【0059】
外傷後6週目で38C2-Nanog-iPS-SNS細胞移植マウスの組織学的解析を行った。
図2H-E(ヘマトキシリン・エオシン染色)と
図3RFP(HRP結合抗RFP抗体を用いたDAB染色)において、*印が細胞の移植部位を示し、1のボックス(神経損傷部分の周囲)と2のボックス(移植部位の前方の白質)で示した領域の拡大図を、下部で、それぞれ示した。この結果、腫瘍化の形跡は観察されなかった(
図2)。また、移植した細胞の多くが神経損傷部分の周囲(
図3−1)で観察されたが、前方に4mmくらい移動した細胞もあった(
図3−2)。
【0060】
損傷した脊髄の切片を、細胞タイプ特異的マーカーに対する抗体を用いて染色したところ、RFPで検出された38C2由来の移植細胞が神経細胞(
図4A;マーカーはHu)、アストロサイト(
図4B;マーカーは GFAP)、オリゴデンドロサイト(
図4C;マーカーはπ-GST)の3種の細胞種に分化していた(
図4)。
【0061】
さらに、セロトニン作動性ニューロンの数を調べるため、抗セロトニン受容体抗体を用いて染色した。顕微鏡での観察像、及びニューロン数を定量化するために測定された染色部分の面積を
図5に示す。顕微鏡像及び染色面積の両方において、コントロールである、細胞を含まない培地(
図5では「Control」と示されている)を注入したとき、5HT陽性のセロトニン作動性ニューロンの数は、38C2-iPS-SNS(
図5では「38C2-SNS」と示されている)を移植した時に比べ、有意に減少した(
図5)。
【0062】
次に、7日ごとに42日目まで後肢の運動機能をBasso-Beattie-Bresnahan(BBB)スコア(Basso et al. J. Neurotrauma vol.12, pp.1-21, 1995)で評価した。運動機能解析では、38C2-Nanog-iPS-SNS(n=20)、EB3-ES-SNS(n=15)、細胞を含まない培地だけ(n=12)の3通りの場合で、比較した。3群とも、脊髄損傷を与えた当初は、完全な麻痺が生じたが、次第に回復した。しかし、手術後6週目で、培地を注入した群のマウスは後肢で体重を支えることができなかったが、38C2-Nanog-iPS-SNSを移植した群のマウスは胴体を持ち上げることも可能なまでに回復した。BBBスコアを比較したところ、手術後6週目で、38C2-Nanog-iPS-SNS(10.03+/-0.47)とEB3-ES-SNS(10.10+/-0.24)は同程度の回復が観察され、細胞を含まない培地だけの場合(8.08+/-0.39)とは有意に差が認められた(
図6)。臨床的知見からも、38C2-Nanog-iPS-SNSを移植したマウスでは、体重を支えて足底で歩けるまでの回復が顕著であった。なお、Ng178B5-Myc
--Nanog-iPS-SNSwp用いた場合も、38C2-Nanog-iPS-SNSと同様の治療効果が観察された。
【0063】
結論として、神経損傷マウスに対してiPS細胞由来のSNS細胞を移植することにより、神経損傷を治療することが可能である。