特許第5672577号(P5672577)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5672577
(24)【登録日】2015年1月9日
(45)【発行日】2015年2月18日
(54)【発明の名称】放電ランプ
(51)【国際特許分類】
   H01J 61/06 20060101AFI20150129BHJP
【FI】
   H01J61/06 B
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-27468(P2014-27468)
(22)【出願日】2014年2月17日
【審査請求日】2014年9月8日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106862
【弁理士】
【氏名又は名称】五十畑 勉男
(72)【発明者】
【氏名】安田 幸夫
(72)【発明者】
【氏名】田川 幸治
(72)【発明者】
【氏名】船越 充夫
(72)【発明者】
【氏名】有本 智良
【審査官】 桐畑 幸▲廣▼
(56)【参考文献】
【文献】 特許第3175592(JP,B2)
【文献】 特許第2732452(JP,B2)
【文献】 特開2010−153339(JP,A)
【文献】 特開2003−217438(JP,A)
【文献】 特開2002−56807(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 61/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光管の内部に陰極と陽極とが対向配置された放電ランプにおいて、
前記陰極は、本体部とその先端面に接合された先端部とからなり、
前記本体部は、トリウムを含まない高融点金属材料から構成され、
前記先端部は、エミッタ(トリウムを除く)が含有された高融点金属から構成されるとともに、
前記本体部および/または先端部の内部に形成された密閉空間内に、前記先端部に含有されたエミッタ濃度(重量%濃度)よりも高濃度のエミッタ(重量%濃度)が含有された焼結体が埋設され、
前記陰極の先端部分は略円錐台形状を有し、
前記陰極の先端から0.5mmの位置での断面積をS(mm)、ランプ電流をI(A)とするとき、
165≧I/S(A/mm
であることを特徴とする放電ランプ。
【請求項2】
前記エミッタは、酸化ランタン(La)、酸化セリウム(CeO)、酸化ガドリニウム(Gd)、酸化サマリウム(Sm)、酸化プラセオジム(Pr11)、酸化ネオジム(Nd)、酸化イットリウム(Y)のいずれかまたはこれらの組み合わせであることを特徴とする請求項1に記載の放電ランプ。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、陰極に電子放射を良好にするためのエミッタを含有してなる放電ランプに関するものであり、特に、トリウム以外のエミッタを含有してなる放電ランプに係わるものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、高入力で高輝度な放電ランプなどにおいては、その陰極には、電子放射を容易にするためにエミッタが添加されている。例えば、特開2012−15008号公報(特許文献1)には、エミッタとして酸化トリウムを含有する放電ランプ用の陰極が開示されている。
しかしながら、トリウムは放射性物質として法的規制の対象であり、その管理や取り扱いに慎重な配慮が必要であって、そのためにトリウムに代わる代替物質が要望されている。
【0003】
上記トリウムの代替物質としてアルカリ土類金属をエミッタとして用いる電極としては、電極を構成する多孔質タングステンにアルカリ土類金属を含浸等の手法によって添加したものが知られている。このような含浸タイプの電極は、ランプ点灯時に、エミッタ(アルカリ土類金属)は、多孔質部分の孔の表面を拡散して、陰極先端面に移動するので、速やかなエミッタの拡散を維持、継続させるためには、陰極先端部分において多孔質形状を長期間維持する必要がある。
一方で、この種の放電ランプでは点光源として高い輝度を実現することも求められており、電流密度を向上させたいという要望もある。電流密度を上げると陰極先端温度が上昇するので、タングステンの焼結が進み、多孔質部分において孔の消失が始まる。孔が消失すると、本来期待されていたエミッタの拡散機能が低下することになる。
すなわち、含浸タイプの電極では、拡散機能を維持するために多孔質形状を維持しなければならず、そのために点灯中に焼結を進行させることを避ける必要があることから、ランプ点灯時の電流密度を向上させることができないという問題がある。
【0004】
しかも、アルカリ土類金属の酸化物は、酸化トリウム(ThO)より蒸気圧が高く、比較的蒸発しやすい物質である。よって、陰極に含有させるエミッタとしてアルカリ土類金属酸化物を用いた場合、陰極先端温度が同等であると、当該アルカリ土類酸化物では過度に蒸発してしまい、早期に枯渇してしまうという事態が発生する。
【0005】
また、アルカリ土類金属(酸化物)をエミッタ物質として用いたものとしては、上記含浸タイプの電極のほかに、特開2002−141018号公報(特許文献2)に記載のものも知られている。
即ち、図6に示すように、陰極8の材料であるタングステンにエミッタとしてアルカリ土類金属の酸化物(ストロンチウム、バリウム、カルシウムなどの酸化物)を充填させて易電子放射部81を形成し、これを陰極先端に露出させた構造とするものである。
しかしながら、この特許文献2のような、エミッタとしてアルカリ土類金属酸化物を充填させた易電子放射部を陰極に埋め込み、これを陰極先端に露出させた構造においても、そのアルカリ土類金属酸化物がアークに露出するものであるために、その蒸発が一層進んでしまうことは、前記含浸タイプの電極と同様である。その結果、特に陰極先端において、エミッタが早期に枯渇してしまって、陰極における電子放射機能が失われてしまい、フリッカーが生じてランプ寿命が短くなるという同様の問題がある。
【0006】
上記特許文献1、2のいずれのものにおいても、先端部で電子放射特性に寄与するエミッタが早期に蒸発するため、後方から先端部に向けてのエミッタの運搬供給が迅速に行われず、実際に点灯に寄与するエミッタは、陰極の先端に存在するものだけであって、この陰極先端においてエミッタが早期に枯渇してしまうという問題がある。
このように、トリウム以外のエミッタ物質を使った放電ランプにおいては、点灯が早期に不安定になるという不具合がある。特に、1kW以上の高入力の放電ランプにあっては、希土類元素やバリウム系物質の早期の枯渇がより一層顕著であって、放電ランプを不安定な点灯に導くものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−15008号公報
【特許文献2】特開2002−141018号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この発明は、上記従来技術の問題点に鑑みて、発光管の内部に、陰極と陽極とが対向配置された放電ランプにおいて、陰極にトリウム以外のエミッタを添加しても、当該エミッタの早期の枯渇を防止して、電子放射機能を長時間維持し、ランプのフリッカー寿命の長期化を図るようにするとともに、電流密度を高くできて高輝度化を実現することができる、新規の構造を備えた陰極を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、この発明では、前記陰極が、本体部とその先端側に接合された先端部とからなり、前記本体部は、トリウムを含まない高融点金属材料から構成され、前記先端部は、エミッタ(トリウムを除く)が含有された高融点金属材料から構成されるとともに、前記本体部および/または先端部の内部に形成された密閉空間内に、前記先端部に含有されたエミッタ濃度よりも高濃度のエミッタ(トリウムを除く)が含有された焼結体が埋設されているとともに、前記陰極の先端部分が略円錐台形状を有し、その先端から0.5mmの位置での断面積をS(mm)、ランプ電流をI(A)とするとき、165≧I/S(A/mm)であることを特徴とする。
また、前記エミッタが、酸化ランタン(La)、酸化セリウム(CeO)、酸化ガドリニウム(Gd)、酸化サマリウム(Sm)、酸化プラセオジム(Pr11)、酸化ネオジム(Nd)、酸化イットリウム(Y)のいずれかまたはこれらの組み合わせであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、本体部と先端部とからなる陰極における、本体部および/または先端部の内部に形成された密閉空間内に、前記先端部に含有されたエミッタ濃度よりも高濃度のエミッタ(トリウムを除く)が含有された焼結体が埋設されていることにより、エミッタ焼結体が直接先端面に露出することがなく、過度に蒸発することがないので、エミッタの早期の枯渇を防止できて安定的な点灯性がもたらされ、しかも、陰極の円錐台形状の先端から0.5mmの位置での断面積Sと、ランプ電流Iとの関係を165≧I/S(A/mm)として、高い電流密度とすることができて、ランプの高輝度化が図られて、トリウム以外のエミッタを採用したトリアフリー陰極構造をもつ放電ランプを実現したものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る陰極構造を有する放電ランプの全体図。
図2】本発明のいくつかの実施例を表す陰極構造図。
図3】本発明の陰極の製造工程図。
図4】実験結果を表す表2。
図5】表2のグラフ。
図6】従来例の陰極の断面図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1は、この発明の陰極構造を有する放電ランプの全体構造を示し、放電ランプ1は発光管2の内部に陰極3と陽極4とが対向配置されている。
図2に示されるように、陰極3は、本体部31と、その先端に接合された先端部32とからなる。
前記本体部31は、トリウムを含まない、タングステンやモリブデンなどの高融点金属材料からなる。
そして、前記先端部32は、前記本体部31の先端側、即ち、陽極4と対向する面に固相接合、溶接などの適宜な接合手段により接合されている。当該先端部32には、トリウム以外のエミッタが適宜含有量で含有されている(以下、先端部に含まれるエミッタを第1エミッタともいう)。
このトリウム以外の第1エミッタとしては、例えば、酸化ランタン(La)、酸化セリウム(CeO)、酸化ガドリニウム(Gd)、酸化サマリウム(Sm)、酸化プラセオジム(Pr11)、酸化ネオジム(Nd)、酸化イットリウム(Y)などが単体、もしくはその組み合わせで用いられる。
【0013】
ここで、第1エミッタの含有量は、例えば、0.1重量%〜5.0重量%、さらに望ましくは0.5〜2.5重量%と低めに設定される。この第1エミッタは、ランプの当初の点灯時における始動性を確保するためのものであって、濃度が低めに設定されるのは、放電アークに曝されてエミッタが過度に蒸発することを防止するためである。
つまり、第1エミッタの含有量が、0.1重量%未満の場合、点灯初期において電子放出に必要となるエミッタ濃度を確保できず、ランプ電圧の上昇や変動の増大が、発生する。また、含有量が、5.0重量%を超えてしまうと、タングステン材料等の製造の際に、焼結体が脆くなってしまい、焼結工程やスウェージ工程での割れに起因する破損が発生しやすくなるだけでなく、仮に、製造できた場合でも、先端部に使用した場合に、エミッタの蒸発が顕著になり、バルブの黒化(白濁)を促進してしまうため好ましくない。
さらに、先端部32にはタングステン粒の再結晶化による粒成長を抑制するための粒安定剤が添加されていてもよい。この粒安定剤は、具体的には例えば酸化ジルコニウム(ZrO)である。
【0014】
図2に示されるように、陰極3の内部には、密閉空間33が形成されていて、該密閉空間33内には、トリウム以外のエミッタが含有された焼結体34が埋設されている。
図2(A)は、密閉空間33が本体部31側に形成されていて、焼結体34は実質的には、該本体部31内に埋設されている。
図2(B)は、密閉空間33が、本体部31と先端部32とに跨って形成されていて、焼結体34はこの本体部31と先端部32とに跨るように埋設されている。
図2(C)は、密閉空間33が先端部32側に形成されていて、焼結体34は、実質的には、該先端部32内に埋設されている。
当然ながら、これらの形態のいずれかによって、先端部32の寸法、特に、厚さ寸法が異なってくるものであり、そのいずれを選択するかは、製造面での容易性と、先端部32の厚さに依存するコスト、あるいは全体の製造コストなどの兼ね合いで適宜に選択される。
【0015】
前記焼結体34には、トリウム以外のエミッタ(以下、焼結体34に含有されるエミッタを第2エミッタともいう)が含有されていて、例えば、前記した先端部32に有されるものと同様に、タングステン等の構成材料に、酸化ランタン、酸化セリウム、酸化ガドリニウム、酸化サマリウム、酸化プラセオジム、酸化ネオジムあるいは酸化イットリウム(Y)の単体もしくはその組み合わせを混入して、焼結したものが使われる。
そして、この焼結体34に含有される第2エミッタの濃度は、前記先端部32に含有される第1エミッタの濃度よりも高濃度に設定されていて、その濃度は、例えば、10重量%〜80重量%である。
この第2エミッタの濃度が、10重量%未満であると、陰極3内部に格納できる焼結体34のサイズの関係から、陰極先端部32に供給するエミッタ量を確保することが難しくなってしまう。また、80重量%を超えてしまうと、焼結体34のタングステン等の構成材料の割合が減少してしまい、酸化物の還元による生成物が減少してしまうため、いずれの場合も、陰極の寿命を短くしてしまうことになる。
【0016】
この焼結体34中に含有する第2エミッタは、陰極3内部に埋設されていることにより、放電アークに直接曝されることがなく、必要以上に加熱されることがないので過度に蒸発することがない。また、焼結体34はランプ点灯に伴い適宜に加熱され、該焼結体34中の第2エミッタは濃度拡散によって先端部32側に移動供給されていく。これにより、先端部32ではエミッタが枯渇することがなく、安定的な点灯性が持続される。
さらに、前記陰極3の先端と前記焼結体34の前端との距離が1.5mm乃至5.0mmとなる位置に焼結体34が埋設されることが好ましく、これにより、陰極先端からのエミッタの脱離に対して過不足のないエミッタの供給が維持される。
また、この焼結体34は、陰極先端側の端面が先端部32に当接した状態であることが望ましい。こうすることにより、焼結体34に含まれる第2エミッタがランプ点灯中に、先端部32に当接していることにより、エミッタが粒界拡散によって先端部32側に円滑に且つ速やかに移動して確実に供給されるようになる。
【0017】
なお、前述の第1エミッタと第2エミッタとは、同材料であってもよいし、別材料であってもよい。例えば、第1エミッタと第2エミッタがともに酸化ランタンと同一材料であり、また、第1エミッタが酸化ランタンと酸化ジルコニウムからなり、第2エミッタが酸化セリウムと別材料であるというように、その組み合わせは任意である。
【0018】
本発明の陰極3を構成する先端部32と焼結体34の機能と作用について説明する。先端部32には、電子放出を行う先端面にエミッタを輸送する拡散経路が構成されており、ランプの当初点灯時には、この先端部32に含有されている第1エミッタが先端面に輸送されて電子放出を行い、確実な初期点灯がなされる。この点灯により先端部32に当初含まれていた第1エミッタは消費されるが、そのエミッタが枯渇するまでに、陰極3内に埋設された焼結体34中の第2エミッタが、先端部32の拡散経路を通って、先端面に供給されていくことにより、先端面でのエミッタの枯渇が生じない。
【0019】
なお、前述のとおり、本体部31はトリウムを含まないタングステンなどの高融点金属からなるものであるが、トリウム以外のエミッタを含むことを排除するものではない。その場合、高濃度の焼結体34が存在するので、エミッタを先端部32に供給するという点については、本体部31にトリウム以外のエミッタを含むことに特段の利点は存在しないかもしれないが、本体部31と先端部32が同一の材料から構成されることで両者が接合後も同じ熱的物性を有するので点灯時の高温に曝されても一体物の熱的特性と変わらず接合部の不具合の発生が生じにくいなどの別の利点を有する。
【0020】
本発明の陰極構造について一寸法例を示すと以下の通りである。
陰極の外径:φ12mm、軸方向の長さ:21mm
先端部の寸法:軸方向長さ2mm、材料例:酸化ランタン(エミッタ)、酸化ジルコニウム(タングステン粒子粗大化抑制剤)をドープしたタングステン
本体部の寸法:軸方向長さ19mm、材料例:純タングステン(不純物濃度が0.1重量%未満であるタングステン)
焼結体の寸法:φ2mm、軸方向長さ:6mm、材料例:酸化セリウム、タングステンを重量比 1:2で混合、成型、焼結したもの。
【0021】
次いで、一例として、本発明に係る図2(A)の構造を有する陰極の製造工程を、図3を用いて説明する。
陰極3内部の密閉空間33内に埋設する焼結体34は、エミッタ(CeO)とタングステン(W)の配合比を、1:2で、混合し、バインダ(ステアリン酸)を添加した上で、加圧プレス機により成型を行う。この後、水素中で1000℃の温度で脱脂・仮焼結を行った上で、真空中での本焼結をタングステン炉中において、1700〜2000℃、好ましくは1800〜1900℃、1hで行うことで、製作する。
陰極の先端部32は、La及びZrOドープタングステンとし、本体部31は、ZrOドープタングステンである。ともに、真空中で2300℃〜2500℃の温度で焼結する。このようにエミッタが含有されたタングステンをより高い温度(例えば、3000℃)で焼結すると、エミッタが蒸発して消失してしまうので、好ましくはない。
なお、本体部31にエミッタを含有しない形態の場合には、それよりももっと高い温度、例えば2700℃〜3000℃で焼結することもできる。
【0022】
先ず図3(A)に示すように、本体部31を構成する本体部材31aの先端側に密閉空間33を構成する穴33aを形成し、該穴33a内に焼結体34を挿入する。次いで、先端部32を構成する先端部材32aを焼結体34に当接する。
この時、図3(B)に示すように、焼結体34の先端は、本体部31の表面より0.5mm程度の若干量だけ突出している。
図3(C)に示すように、先端部材32aを押圧して、焼結体34を圧縮し、先端部材32aと本体部材31aとを当接する。この際、焼結体34は、本体部31や先端部32の焼結温度よりも低い温度で焼結してあるので、押圧による縮み代は大きく、本体部材31aと先端部材32aの当接により、若干量だけ縮み、焼結体34は先端部材32aと当接した状態となる。
この状態で、拡散接合やスポット溶接等により本体部材31aと先端部材32aを接合する。
次いで、先端部材32aと本体部材31aの接合後に、陰極3の先端を切削加工する。
これにより、図3(D)に示すように、本体部31の先端に先端部32が接合され、その内部の密閉空間33内に焼結体34が密閉埋設された陰極3の最終形状が得られる。
【0023】
次いで、本発明の電流密度の規定について説明する。
先ず、エミッタと仕事関数について説明する。
通常、エミッタは、動作温度が低くても高い電流密度(単位面積当たりの電流値)が得られるのが良いとされている。そして、この動作温度と関係した電流密度は、Richardson−Dushmanによって定式化され、Richardson−Dushmanの式として知られている。
即ち、電流密度J=A*Texp{−(φ−Δφ)/(kT)}の式に従うとされている。ここで、Tは温度であり、Aは材料に固有の電子放射能係数であり、φは材料に固有の仕事関数、kはボルツマン定数、また、ΔφはSchottky効果で仕事関数を実行的に押し下げる効果分である。
この式から、高い電流密度を得る電子放出能に対しては、仕事関数φが小さく、係数Aの値が大きい材料が動作温度の点から好ましい事が分かる。そして、陰極のエミッタ材料は、陰極先端変形や摩耗の抑制の点から低温での陰極動作をさせることが望まれる。
【0024】
ところで、ショートアーク型放電ランプの陰極は、3000K前後の高温度で動作しているので、陰極の変形や陰極からの蒸発は避けられず蒸発物のバルブへの付着による黒化や白濁を生ずる。
蒸発抑制の観点から、エミッタは陰極基体が低融点化合物の生成を回避するか、その生成量を最小限に留める工夫が要求される。或いは、蒸発速度が遅く且つ蒸気圧が低い材料が望まれる。
一例として、トリウムとセリウムの場合を取り上げ、電子放出能を比較する。仕事関数と係数及び電流密度の計算結果を表1に示す。なお、表1中で係数Aの単位におけるKは温度である。
<表1>

【0025】
セリウムタングステン(以下、「セリタン」という)はトリエーテッドタングステン(以下、トリタンという)に比べて、係数Aが2倍大きいので、同じ温度(3400K)で動作すると仮定すると、倍の電流密度を得ることができる。
しかしながら、実際には、それぞれの酸化物材料は融点を超えて使用することはエミッタの蒸発速度が激しくなるので好ましくなく、ここでの試算では、融点付近まで使えるとして比較すると以下のようになる。
酸化トリウムの融点はTThO2=3573Kで、酸化セリウムの融点はTCeO2=2873〜3000Kである。それぞれ融点近傍まで使えるとすると、TThO2=3400Kとして、その電流密度はJTh=1.28×10(A/mm)であり、一方、酸化セリウムの使用温度TCeO2=2900Kとして、その電流密度はJCe=0.454×10(A/mm)である。こうしてみると、電子放出能はトリタンの方が有望である事は明らかである。しかしながら、先述のような理由からトリウムの使用は困難になりつつある。
【0026】
また、近年、映画館のディジタルシネマ用の光源のキセノンランプや、半導体や液晶露光の光源である水銀ランプ等で、高輝度の光源を得るために通常ショートアーク型放電ランプで、電流密度の高い陰極が要求されている。
一般的な傾向として、高い電流密度で動作するには、陰極は高い温度で動作させる必要がある。
ところが、前述したように、トリウム以外のエミッタを含有したタングステンを最先端部分に露出させた陰極構造では、エミッタが早期に枯渇してしまうことから、本発明においては、トリウム以外の低濃度のエミッタを含む先端部を本体部に接合させ、先端部および/または本体部内に高濃度のエミッタを含有した焼結体を埋設したことにより、高濃度にエミッタを含有する焼結体を陰極最先端に露出させることのない陰極構造としたものである。
【0027】
そして、このような陰極構造をもつランプにおいて適正な電流密度を求めるべく以下の仕様に基づく放電ランプによって実験を行った。
ランプの全体構造は図1に示されものであって、石英ガラス製のφ80mmの略球形のバルブ内に陽極と陰極が対向配置されている。電極間距離は6mm、封入キセノンガス圧は10気圧である。
陽極は、タングステン製のφ15mm×L20mmの円柱状で、陰極側の先端部の端面はφ5mmである。
陰極は、図2(A)に示された形状であり、陰極先端部の端面形状は、略円形を成し、その先端から胴部に向かうコーン角は40°である。
陰極先端部:2wt%含有のセリタンで厚さ2mm
陰極本体部:純タングステン
焼結体:10〜80wt%の高濃度のエミッタ(トリウムを除く)含有のタングステン φ2mm、長さ5mmで本体部内に埋設
先端部と本体部は拡散接合により接合。
【0028】
上記陰極の先端径を変化させ、ランプ入力を変えて電流密度を変化させることによって照度維持率の変動を求めた。
図4の表2にその結果が示されている。ここで、電流密度Jは、陰極先端から0.5mmの位置での断面積をS(mm)、ランプ電流をI(A)としたとき、J≡I/S(A/mm)で求める。断面積Sは陰極先端から0.5mmの位置での直径を2rとしてS=πrとして計算される。
実験では、ランプは陽極を上にした姿勢で点灯した。また、電源は出力可変の定電流電源を用いた。
なお、表2中で、比較例5は、2wt%の酸化セリウムを含有するセリタンを厚さ2mmとして純タングステンからなる陰極本体部の先端に接合した陰極構造であり、比較例6は、2wt%の酸化セリウムを含有するセリタンで陰極全体を構成したものである。
【0029】
図4(表2)において、照度維持率は、100時間点灯で90%以上を合格(○)として評価した。この表2の結果をグラフにしたものが図5である。
図4(表2)および図5(グラフ)からも明らかなように、電流密度が165A/mmを超えると急速に照度維持率が低下して、陰極性能が劣化し、早期の黒化を引き起こすことが分かる。
【0030】
これらの事象から、ランプの放射照度維持率はランプ点灯の電流密度に強く依存してエミッタの特性(仕事関数、蒸気圧や蒸発速度、タングステートの生成の有無等)を反映していることを見出し、電流密度Jが165A/mm以下であれば良好な陰極性能を発揮することが分かった。
165A/mmを超える非常に高い高電流密度域では、高い温度で動作することになるので、エミッタとタングステンとが反応して低融点化合物(例えばタングステート、酸化タングステンと酸化希土類との酸化物同志の化合物)を形成してしまい、その低融点化合物が蒸発することで、放射照度の低下を招いたと推測されている。
【0031】
また、陰極本体部の先端にエミッタを含有した先端部を接合する陰極構造である比較例5では、点灯50時間でチラツキが発生してしまい、実験を中止した。これは、先端部のエミッタが早期に枯渇した結果である。
更に、陰極全体にエミッタを含有させたタングステンで構成した比較例6では、100時間経過後の照度維持率が70%と低下した。これは、折角陰極全体にエミッタを含有させたにも拘わらず、陰極先端でのエミッタの早期蒸発に対して、陰極後方から先端へのエミッタの供給が円滑にできなかったことによるものと推察される。
【0032】
以上説明したように、本発明においては、トリウム以外の低濃度のエミッタを含む先端部を本体部に接合してなる陰極において、先端部および/または本体部内に高濃度のエミッタを含有した焼結体を埋設する陰極構造とすることで、埋設した焼結体からの過度のエミッタの移送蒸発を防止して早期の枯渇を防止するとともに、前記陰極の先端から0.5mmの位置での断面積をS(mm)、ランプ電流をI(A)とするとき、165≧I/S(A/mm)としたことにより、電流密度の上限を165A/mmまで高くすることができて、高輝度でありながら、長時間にわたり高い照度維持率を保つことのできるトリアフリーの放電ランプを実現したものである。
【符号の説明】
【0033】
1 放電ランプ
2 発光管
3 陰極
31 本体部
32 先端部
33 密閉空間
34 焼結体
4 陽極


【要約】      (修正有)
【課題】発光管内の陰極にトリウム以外のエミッタを添加してなる放電ランプにおいて、陰極からエミッタが過剰に蒸発して早期に枯渇してしまうことを防止するとともに、高い電流密度での点灯が可能で、高輝度化を実現した構造を提供する。
【解決手段】陰極3における本体部31は、トリウムを含まない高融点金属材料から構成され、先端部32は、エミッタ(トリウムを除く)が含有された高融点金属材料から構成されるとともに、本体部31および/または先端部32の内部に形成された密閉空間33内に、先端部32に含有されたエミッタ濃度よりも高濃度のエミッタ(トリウムを除く)が含有された焼結体34が埋設されていて、陰極3の先端から0.5mmの位置での断面積をS(mm)、ランプ電流をI(A)とするとき、165≧I/S(A/mm)である。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6