(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
一般に、高入力で高輝度な放電ランプなどにおいては、その陰極には、電子放射を容易にするためにエミッタが添加されており、そのエミッタとして酸化トリウム(ThO
2)を含有させたものが多用されていた。
しかしながら、トリウムは放射性物質として法的規制の対象であり、その管理や取り扱いに慎重な配慮が必要であって、そのためにトリウムに代わる代替物質が要望されている。
【0003】
上記酸化トリウムの代替物質として希土類元素やその化合物をエミッタとして用いた電極が提案されている。
希土類元素は、仕事関数(一般的に、物質表面から外方へ電子が飛び出す際に必要なエネルギー量を指す)が低く、電子放射に優れた物質であり、トリウムの代替物質として期待されている。
特表2005−519435号号公報(特許文献1)には、陰極の材料であるタングステンにエミッタとして付加的に酸化ランタン(La
2O
3)、酸化ハフニウム(HfO
2)、酸化ジルコニウム(ZrO
2)などを含有させた放電ランプが開示されている。
【0004】
しかしながら、酸化ランタン(La
2O
3)のような希土類酸化物は、ランプ電力が1kWを超えるような高入力の領域では、実用に耐えるものはなかった。
つまり、希土類酸化物は、酸化トリウム(ThO
2)より蒸気圧が高いために比較的蒸発しやすい。そのため、陰極に含有させるエミッタとして酸化トリウムに代えて希土類酸化物を用いた場合、当該希土類酸化物が過度に蒸発してしまい、早期に枯渇してしまうという事態が発生する。このエミッタの枯渇により、陰極における電子放出機能が低下してしまい、フリッカーが生じてしまってランプ寿命が短くなるという問題がある。
【0005】
また、電子放射特性に寄与するエミッタは陰極の先端に存在するものだけであり、陰極後端から先端に向けての運搬が迅速に行われないことも一因といえる。
更には、陰極の内部に酸化物の状態で含有されているエミッタは、放電ランプの点灯中に温度が上昇することにより金属の状態に還元されてエミッタとして供給される。酸化物を還元するにはある程度の温度上昇が必要であるが、そうすると点灯始動時のエミッタ供給には時間がかかり、エミッタの枯渇の原因となる。
【0006】
また、陰極の内部に密閉空間を形成してその中に金属エミッタを封入したものが、特開平2005−183068号公報(特許文献2)に開示されている。この文献では、陰極内部における気相拡散の可能性について提言している。
しかしながら、密閉空間から陰極先端に至るエミッタの固体内拡散と、その拡散経路や、エミッタ濃度勾配との関係について考慮されておらず、どのような条件で陰極先端への最適なエミッタの拡散がなされるかは不透明である。
更には、陰極本体にはエミッタが添加されていないので、ランプの当初点灯時には、陰極先端にはエミッタの供給がない状態で点灯されることになり、当初点灯時の点灯始動性が悪く、そのため、タングステンが蒸発してしまい、黒化を引き起こすという不具合もある。
【0007】
このように、トリウム以外のエミッタ物質を使った放電ランプにおいては、点灯が早期に不安定になるなどの問題がいまだ残るというのが実情である。特に、1kW以上の高入力の放電ランプにあっては、希土類元素の蒸気は、放電ランプを不安定な点灯に導くことが顕著である。
以上のように、従来用いられていたトリウムがエミッタとしては優れた物質であったために、その代替物として希土類元素を用いた放電ランプでは、トリウムを用いたものと同等の性能を備えるというところまでには至っていないというのが現状である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
この発明は、上記従来技術の問題点に鑑みて、発光管の内部に、陰極と陽極とが対向配置された放電ランプにおいて、陰極にトリウム以外のエミッタを添加しても、当該エミッタの早期の枯渇を防止して、電子放出機能を長時間維持し、ランプのフリッカー寿命の長期化を図るようにするとともに、陰極後方から先端面へのエミッタの供給を円滑にし、かつ、当初の点灯時の点灯始動性に優れた構造を提供し、トリウム以外のエミッタを用いた放電ランプの実現を図ろうとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、この発明では、前記陰極が、本体部とその先端側に接合された先端部とからなり、前記本体部は、トリウムを含まない高融点金属材料から構成され、前記先端部は、エミッタ(トリウムを除く)が含有された高融点金属材料から構成されるとともに、前記本体部および/または先端部の内部に形成された密閉空間内に、前記先端部に含有されたエミッタ濃度よりも高濃度のエミッタ(トリウムを除く)が含有された焼結体が埋設されていて、前記先端部のタングステンの粒界密度:A(mm
−1)と、前記先端部の前記焼結体に当接する部位から先端面に至るまでのエミッタの濃度勾配:B(mol/mm
4)との積が、
260×10
−9(mol/mm
5)≦A×B≦670×10
−9(mol/mm
5)
の範囲にあることを特徴とする。
また、前記焼結体のエミッタ濃度が、10重量%〜80重量%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、トリウムを含まない本体部の先端に、トリウム以外のエミッタが含有された先端部が接合され、前記本体部および/または先端部の内部に形成された密閉空間内に、前記先端部に含有されたエミッタ濃度よりも高濃度のエミッタ(トリウムを除く)が含有された焼結体が埋設されているので、放電ランプを当初に点灯する際には、先端部に含まれたエミッタ(トリウムを除く)が先端部を被覆することにより良好な点灯性がもたらされる。
点灯時間に応じて、先端部に当初含有されたエミッタは消費されるが、陰極内部の高濃度エミッタが含有された焼結体から、エミッタが先端部側に拡散供給されてくるので、先端部でエミッタが枯渇することなく、良好な点灯性は安定的に長期間維持される。
この焼結体は、陰極内部に埋設されているため、放電アークに直接曝されることがなく、アークによって加熱されることが抑制されるので、過度に蒸発してエミッタが早期に枯渇してしまうようなことがない。
また、所定時間の点灯後に消灯し、陰極が冷却された際には、点灯時に焼結体から拡散してくるエミッタが先端部内で留まるために、その後の再点灯時には、この先端部内のエミッタがその点灯性を良好なものとしてくれるものである。
【0012】
また、前記先端部のタングステンの粒界密度:A(mm
−1)と、前記先端部の前記焼結体に当接する部位から先端面に至るまでのエミッタの濃度勾配:B(mol/mm
4)との積(A×B)が、
260×10
−9(mol/mm
5)≦A×B≦670×10
−9(mol/mm
5)
の範囲にあるようにしたので、長時間にわたって安定的なエミッタの供給がなされて、ランプ寿命の長い放電ランプを実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、この発明の陰極構造を有する放電ランプの全体構造を示し、放電ランプ1は発光管2の内部に陰極3と陽極4とが対向配置されている。
図2に示されるように、陰極3は、本体部31と、その先端に接合された先端部32とからなる。
前記本体部31は、トリウムを含まない、タングステンやモリブデンなどの高融点金属材料からなる。
そして、前記先端部32は、前記本体部31の先端側、即ち、陽極4と対向する面に固相接合、溶接などの適宜な接合手段により接合されている。当該先端部32はタングステンからなり、トリウム以外のエミッタが適宜含有量で含有されている(以下、先端部に含まれるエミッタを第1エミッタともいう)。
このトリウム以外の第1エミッタとしては、例えば、酸化ランタン(La
2O
3)、酸化セリウム(CeO
2)、酸化ガドリニウム(Gd
2O
3)、酸化サマリウム(Sm
2O
3)、酸化プラセオジム(Pr
6O
11)、酸化ネオジム(Nd
2O
3)、酸化イットリウム(Y
2O
3)などが単体、もしくはその組み合わせで用いられる。
【0015】
ここで、第1エミッタの含有量は、例えば、0.5重量%〜5.0重量%、さらに望ましくは0.5〜2.5重量%と低めに設定される。この第1エミッタは、ランプの当初の点灯時における始動性を確保するためのものであって、濃度が低めに設定されるのは、放電アークに曝されてエミッタが過度に蒸発することを防止するためである。
つまり、第1エミッタの含有量が、0.5重量%未満の場合、点灯初期において電子放出に必要となるエミッタ濃度を確保できず、ランプ電圧の上昇や変動の増大が、発生する。また、含有量が、5.0重量%を超えてしまうと、タングステン材料等の製造の際に、焼結体が脆くなってしまい、焼結工程やスウェージ工程での割れに起因する破損が発生しやすくなるだけでなく、仮に、製造できた場合でも、先端部に使用した場合に、エミッタの蒸発が顕著になり、バルブの黒化(白濁)を促進してしまうため好ましくない。
さらに、先端部32にはタングステン粒の再結晶化による粒成長を抑制するための粒安定剤が添加されていてもよい。この粒安定剤は、具体的には例えば酸化ジルコニウム(ZrO
2)である。
【0016】
図2に示されるように、陰極3の内部には、密閉空間33が形成されていて、該密閉空間33内には、トリウム以外のエミッタ(以下、焼結体34に含有されるエミッタを第2エミッタともいう)が含有された焼結体34が埋設されている。
この焼結体34に含有される第2エミッタは、例えば、前記した先端部32に含有されるものと同様に、タングステン等の構成材料に、酸化ランタン、酸化セリウム、酸化ガドリニウム、酸化サマリウム、酸化プラセオジム、酸化ネオジムあるいは酸化イットリウムの単体もしくはその組み合わせを混入して、焼結したものが使われる。
そして、この焼結体34に含有される第2エミッタの濃度は、前記先端部32に含有される第1エミッタの濃度よりも高濃度に設定されていて、その濃度は、例えば、10重量%〜80重量%である。
【0017】
この第2エミッタの濃度が、10重量%未満であると、陰極3内部に格納できる焼結体34のサイズの関係から、陰極先端部32に供給するエミッタ量を確保することが難しくなってしまう。また、80重量%を超えてしまうと、焼結体34のタングステン等の構成材料の割合が減少してしまい、酸化物の還元による生成物が減少してしまうため、いずれの場合も、陰極の寿命を短くしてしまうことになる。
【0018】
上記のような構成を有する陰極構造において、発明者らが鋭意検討を行った結果、高濃度のエミッタを含有する焼結体34から先端部32の先端面に拡散してくるエミッタの移送速度(別の表現でいえば、エミッタ拡散量あるいはエミッタ供給量)は、先端部のタングステン粒の粒界密度と、先端部の焼結体に当接する部位から先端面に至るまでのエミッタの濃度勾配とに密接な関係があることを見出した。
【0019】
このような陰極構造における焼結体から先端部の先端面へのエミッタの拡散に関して本発明者らの得た知見によると、エミッタの拡散量と先端部の構成であるタングステンの粒界密度との関係では、粒界密度が高くなるのに比例してエミッタ拡散量は増大する方向にある。そのため、粒界密度が高すぎると拡散量は過大となり、低すぎると拡散量は過小となる。
換言すると、粒界密度を適正な範囲とすることで、陰極先端からのエミッタの蒸発状態を制御して、エミッタの枯渇を防止し、適正な放射状態を長期間維持することができるようなる。
本発明では、陰極の先端部を構成するタングステンの粒子は、粒界密度(A)が、120〜430(mm
−1)の範囲にある。
ここでのタングステン粒子の粒界密度は、陰極の先端部のなかでも、内部のタングステン粒の粒界密度である。
【0020】
また一方で、エミッタの拡散量と先端部中のエミッタの濃度勾配との関係では、濃度勾配が大きくなるのに比例してエミッタ拡散量は増大する方向にある。
そのため、濃度勾配が大きすぎると拡散量は過大となり、小さすぎると拡散量は過小となる。
この濃度勾配の算出方法について
図3を用いて説明する。
先端部32における焼結体34に当接する部位32bでのエミッタ濃度をN
0とする。
焼結体34に含まれるエミッタ濃度(B)は、10wt%≦B≦80wt%の範囲であり、この焼結体34のエミッタ濃度(B)=30wt%の時の前記エミッタ濃度N
0の値を分析結果から求めたタングステンへの拡散量から、拡散方程式を解くことにより求めると、N
0=3.76×10
−9(mol/mm
3)となる。
【0021】
この時の先端部32の先端面32bでのエミッタ濃度Nは、ほぼ0であって、焼結体34の先端から先端部32の先端面32bまでの距離Lを変えていくと、その濃度勾配(B)が変化する。ここで、距離Lが1〜6mmまでの濃度勾配を示すと以下の表1のようになる。
<表1>
【0022】
上記表1の濃度勾配は、焼結体先端から陰極(先端部)の先端面までの距離を変化させて求めたが、この距離を一定にして、焼結体のエミッタ含有量を10wt%から80wt%まで変化させても求めることができる。その時のN
0の変化範囲は、およそ、(1.25〜10.03)×10
−9(mol/mm
3)である。
【0023】
前述したように、エミッタ拡散量は、粒界密度と濃度勾配に依存するので、その指標として、(粒界密度×濃度勾配)を使用する。
粒界密度(A)を120〜430(mm
−1)の範囲のものを、それぞれ濃度勾配(B)を(0.63〜3.8)×10
−9(mol/mm
3)とした陰極を作製してランプに組み込み、そのランプ寿命を確認した。ここで、ランプ寿命は、照度維持率が60%に至るまでの時間、または、フリッカーの発生を表す指標として電圧変動が規定値1.2V以上に至るまでの時間によって評価した。
図4の表2がその結果であり、表2中、評価○はランプ寿命が300時間以上、◎は400時間以上として評価した。
そして、この結果をグラフ化したものが
図5である。
【0024】
図4(表2)および
図5(グラフ)からも分かるように、(粒界密度A)×(濃度勾配B)の値が、260×10
−9〜670×10
−9(mol/mm
5)の範囲にあるとき、300時間以上の良好なランプ寿命が得られる。
更に望ましくは、400×10
−9〜560×10
−9(mol/mm
5)の範囲にあるとき、400時間以上の更に良好なランプ寿命が得られる。
【0025】
本発明の陰極構造について一寸法例を示すと以下の通りである。
陰極の外径:φ12mm、軸方向の長さ:21mm
先端部の寸法:軸方向長さ2mm、材料例:酸化ランタン(エミッタ)、酸化ジルコニウム(タングステン粒子粗大化抑制剤)をドープしたタングステン
本体部の寸法:軸方向長さ19mm、材料例:純タングステン(不純物濃度が0.1重量%未満であるタングステン)
焼結体の寸法:φ2mm、軸方向長さ:6mm、材料例:酸化セリウム、タングステンを(W:CeO
2:ZrO
2=1:0.45:0.18)の混合比で、混合し、加圧プレスにより成型、脱脂・仮焼結を水素中1000℃で行った上で、真空中の本焼結を1700〜2000℃で焼結したもの。
【0026】
なお、
図2の実施例では、焼結体34が陰極3の本体部31内に埋設されているものであるが、これに限られない。
図6に他の実施例が示されていて、
図6(A)は、焼結体34が本端部31と先端部32に跨って形成された密閉空間33内に埋設された例であり、
図6(B)は、焼結体34が先端部32に形成された密閉空間33内に埋設された例である。
これら実施例を含めていずれの実施例においても、焼結体34の前端と陰極3先端との距離は、1.0mm乃至6.0mmの範囲にあることが好ましい。
【0027】
次いで、本発明に係る
図2の構造の陰極の製造工程を、
図7を用いて説明する。
先ず
図7(A)に示すように、本体部31を構成する本体部材31aの先端側に密閉空間33を構成する穴33aを形成し、該穴33a内に焼結体34を挿入する。次いで、先端部32を構成する先端部材32aを焼結体34に当接する。
この時、(B)に示すように、焼結体34の先端は、本体部31の表面より0.5mm程度の若干量だけ突出している。
先端部材32aを押圧して、焼結体34を圧縮し、先端部材32aと本体部材31aとを当接する。この際、焼結体34は、本体部31や先端部32の焼結温度よりも低い温度で焼結してあるので、押圧による縮み代は大きく、本体部材31aと先端部材32aの当接により、若干量だけ縮み、焼結体34は先端部材32aと当接した状態となる。
この状態で、拡散接合や抵抗溶接等により本体部材31aと先端部材32aを接合する。
次いで、(C)に示すように、先端部材32aと本体部材31aの接合後に、陰極3の先端を切削加工する。こうして、(D)に示すような最終形状の陰極が得られる。
【0028】
以上説明したように、本発明においては、陰極にトリウム以外のエミッタを添加した放電ランプにおいて、本体部に接合される先端部にエミッタを含有させてあるので、ランプの当初の点灯始動時にこのエミッタが始動性を確保して確実な点灯が行われる。
そして、陰極内部に密封埋設した焼結体には、前記先端部の第1エミッタよりも高濃度の第2エミッタが含有されているので、ランプ点灯に伴ってこの第2エミッタが拡散して、先端部側に移動して供給されるので、先端部でエミッタが枯渇するという心配がなく、継続的なエミッタ供給による安定的な点灯が確保される。
また、前記先端部のタングステンの粒界密度:A(mm
−1)と、前記先端部の前記焼結体に当接する部位から先端面に至るまでのエミッタの濃度勾配:B(mol/mm
4)との積(A×B)が、260×10
−9(mol/mm
5)≦A×B≦670×10
−9(mol/mm
5)の範囲にあることにより、ランプ寿命の長いランプが得られる。
更に、この焼結体は陰極内部に密封埋設されていて、直接放電アークに曝されることがないので、トリウム以外の蒸気圧の低いエミッタが、過度に蒸発して短時間で枯渇してしまうこともない。
【課題】陰極にトリウム以外のエミッタを添加してなる放電ランプにおいて、陰極先端からエミッタが過剰に蒸発して早期に枯渇してしまうことを防止するとともに、陰極先端への円滑なエミッタ供給ができるようにした構造を提供する。
【解決手段】陰極3における本体部31は、トリウムを含まない高融点金属材料からなり、先端部32は、エミッタ(トリウムを除く)が含有されたタングステンからなるとともに、本体部および/または先端部の内部に形成された密閉空間33内に、先端部のエミッタ濃度より高濃度のエミッタ(トリウムを除く)が含有された焼結体34が埋設されており、先端部のタングステンの粒界密度:A(mm