特許第5673596号(P5673596)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5673596細胞膜透過性を有する製剤及び細胞膜透過性組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5673596
(24)【登録日】2015年1月9日
(45)【発行日】2015年2月18日
(54)【発明の名称】細胞膜透過性を有する製剤及び細胞膜透過性組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/42 20060101AFI20150129BHJP
【FI】
   A61K47/42
【請求項の数】5
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-97762(P2012-97762)
(22)【出願日】2012年4月23日
(65)【公開番号】特開2013-224282(P2013-224282A)
(43)【公開日】2013年10月31日
【審査請求日】2013年11月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 博志
(72)【発明者】
【氏名】國安 明彦
(72)【発明者】
【氏名】異島 優
(72)【発明者】
【氏名】小田切 優樹
(72)【発明者】
【氏名】丸山 徹
【審査官】 澤田 浩平
(56)【参考文献】
【文献】 丸山徹ら,血清アルブミンのドラッグデリバリーシステムへの応用,人工血液,2001年,9(4),p.88-94
【文献】 Leonie Beljaars et. al.,Successful Targeting to Rat Hepatic Stellate Cells Using Albumin Modified with Cyclic Peptides That Recognize the Collagen Type VI Receptor,J Biol Chem.,2000年,275,p.12743-12751
【文献】 中瀬生彦ら,細胞膜透過ペプチドベクターの開発とメカニズム,生化学,2009年,81(11),p.992-995
【文献】 Petitpas I et. al.,Crystal structures of human serum albumin complexed with monounsaturated and polyunsaturated fatty acids.,J Mol Biol.,2001年,314(5),p.955-60
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K9/00−9/72,
A61K38/00−39/44,
A61K47/00−47/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
8個以上12個以下のアルギニンから構成されるオリゴアルギニン構造を有する化合物と、ヒト血清アルブミンとを含有し、
前記化合物がオリゴアルギニン構造の末端にパルミチン酸が結合した化合物である製剤。
【請求項2】
アルブミンに対する前記化合物の混合割合がモル比で0.1以上10以下である、請求項1に記載の製剤。
【請求項3】
前記化合物が化学式1に示される化学構造を有する化合物である、請求項1又は2に記載の製剤。
【化1】
【請求項4】
前記化合物が化学式2に示される化学構造を有する化合物である、請求項1又は2に記載の製剤。
【化2】
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の製剤と薬物とを含有する細胞膜透過性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のオリゴアルギニン構造を有する化合物と、アルブミンとを含有する細胞膜透過性薬物輸送体として機能する製剤、そのような製剤と薬物とからなる細胞膜透過性組成物、及びそのような製剤を用いる薬物輸送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト血清アルブミン(HSA)は、優れた生体適合性と、持続性に富む血中滞留性とを併せ持つため、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の担体として用いることが検討されてきた。しかしながら、HSA自身の分子サイズ(66.5kDa)が大きいことから、HSAを細胞内へのDDS担体として活用する試みは、これまでほとんど検討されてこなかった。
【0003】
特許文献1は、アルブミンをコードするDNAを、真核細胞による糖鎖修飾を受け得る部分アミノ酸配列、好ましくはN結合型糖鎖のコンセンサス配列を含む変異型アルブミンをコードするように変異させ、該変異DNAを含む発現ベクターを宿主真核細胞、好ましくは高マンノース型糖鎖を付加し得る宿主細胞に導入し、得られる形質転換体を培養して得られる培養物から糖鎖含有アルブミン蛋白質を回収することにより、肝臓(特にクッパー細胞)を標的としたDDSのための薬物輸送体(薬物キャリア)としての糖鎖含有アルブミンが提供されることを開示している。
【0004】
非特許文献1は、アルブミンが7個の長鎖脂肪酸結合サイトを有し、長鎖脂肪酸と高い親和性を有することが開示されている。
【0005】
一方、近年、膜透過性を有するペプチドを用いて、細胞内に蛋白質をはじめとする膜不透過性分子を導入する方法が盛んに研究されるようになってきている。非特許文献2は、HIV1-Tatペプチド由来の連続したアルギニンペプチドで蛋白質を修飾することにより、蛋白質の細胞内取り込み量が顕著に増大されることを報告している。
【0006】
非特許文献3は、細胞膜透過型の塩基性ペプチドとして、複数個のアルギニンを含有するTAT及び6〜12個のアルギニンから構成されるオリゴアルギニンを開示している(表1)。
【0007】
非特許文献4は、アルギニンに富む塩基性ペプチドをキャリアとすれば、蛋白質を効率的かつ膜に損傷を与えない形で細胞膜を通過させうることを開示している。非特許文献4は、アルギニン残基が多い塩基性ペプチド程、膜透過効率が高いことも開示している(表1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−43285号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Petitpas I et al. J Mol Biol. 2001 14; 314(5):955-60. Crystal structures of human serum albumin complexed with monounsaturated and polyunsaturated fatty acids.
【非特許文献2】Ikuhiko Nakase et al., MOLECULAR THERAPY Vol.10, No.6, December 2004, p1011-1022.
【非特許文献3】谷口靖人, 小山時隆, 生化学, 第81巻, 第11号, p992-995.
【非特許文献4】二木史朗, 蛋白質 核酸 酵素, Vol.47, No.11 (2002), p1415-1419.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、アルブミンは、DDSの担体として用いることが好ましいとされているが、アルブミンを膜透過性の薬物輸送体として利用する方法は、未だ知られていない。
【0011】
本発明は、薬物輸送体として有用なアルブミンを含有し、細胞膜透過性を有する製剤、そのような製剤を利用する細胞膜透過性組成物及び薬物輸送方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、アルブミンに細胞膜透過性を付与する方法について鋭意検討した結果、8個以上12個以下のアルギニンから構成されるオリゴアルギニン構造を有する化合物と、アルブミンと混合することにより、細胞膜透過性薬物輸送体として機能する製剤が得られることを初めて見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
具体的に、本発明は、8個以上12個以下のアルギニンから構成されるオリゴアルギニン構造を有する化合物と、ヒト血清アルブミンとを含有し、
前記化合物がオリゴアルギニン構造の末端にパルミチン酸が結合した化合物である製剤に関する。
【0014】
非特許文献2〜4に開示されているように、複数個のアルギニン残基を含む塩基性ペプチドによって蛋白質を修飾すれば、蛋白質の細胞膜透過性が向上すること自体は公知であった。しかし、本発明者等は、8個以上12個以下のアルギニンから構成されるオリゴアルギニン(塩基性ペプチド)とアルブミンとを混合することにより、アルブミンの細胞膜透過性が向上させ得ることを見出した。
【0015】
本発明の製剤は、8個以上12個以下のアルギニンから構成されるオリゴアルギニン構造を有する化合物と、アルブミンとを必須成分として含有するが、それ以外に、賦形剤、pH調整剤又は溶剤のような助剤を含有していてもよい。また、本発明の製剤は、水性溶媒に溶解させた溶液としても使用できるが、一旦乾燥させて粉末とし、用時水性溶媒に再溶解させて使用することも可能である。
【0020】
前記脂肪酸は、特にパルミチン酸であることが好ましい。
【0021】
前記化合物は、化学式1に示される化学構造を有する化合物(分子量2129.81)であることが好ましい。
【化1】
【0022】
前記化合物は、化学式2に示される化学構造を有する化合物(分子量2622.62)であることも好ましい。
【化2】

【0023】
化学式2において、2個のCys(システイン)残基同士はジスルフィド結合しており、環状化合物を形成している。
【0025】
本発明はまた、請求項1に記載の製剤を薬物担体として、薬物を細胞内へと輸送する薬物輸送方法に関する。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、アルブミンの細胞内移行性を増大させることが可能である。本発明の製剤は、含有されるアルブミンに薬物を担持させることにより、細胞内への薬物送達キャリアとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】フローサイトメトリーによる測定サンプルの平均蛍光強度のグラフを示す。
図2】蛍光度数と細胞数との関係をプロットしたグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の記載に限定されない。
【0029】
<1.アルブミンの前処理>
ヒト血清アルブミン(HSA)として、献血アルブミン20”化血研”(化学及血清療法研究所)を用いた。このHSA溶液(20質量%)を、塩酸を用いてpH3に調整した。HSAの質量(HSA乾燥重量)に対して半量の活性炭を加え、1時間撹拌した。20000gで20分間遠心分離することによって活性炭を取り除いた後、NaOH水溶液を用いてpH7.4に調整した。その後、透析して脱塩処理し、さらに凍結乾燥することで、脱脂処理HSAを調製した。
【0030】
<2.FITC標識HSAの調製>
4mg/mLの脱脂処理したHSA(溶媒は0.15M K2HPO4である)1.0mLに対して1mg/mL FITC(溶媒は0.15M K2HPO4である)0.5mLを混合し、常温、遮光条件下で4時間インキュベートした。その後、混合液をG-25ゲルろ過カラムに流し、PBSを用いてFITC標識HSAを溶出させた。蛋白質濃縮キット(ザルトリウス社VIVAPORE)を用いて溶出液中の蛋白質(FITC標識HSA)を100〜200μLとなるまで濃縮した。
【0031】
(実施例1)
<3.化学式1の化合物の製造>
ペプチド合成機として、島津社製PSSM-8を使用した。最初に樹脂(渡辺化学Fmoc-NH-SAL-resin)をDMF/20%ピペリジンを用いて脱Fmocした。DMFを用いて樹脂を洗浄した後、縮合剤カクテル(HBTU+HOBt・H2O+DMF)及びDIEA存在下でペプチド配列C末端一番目のFmocアミノ酸をカップリング反応により樹脂に結合させた。DMFを用いた樹脂の洗浄を挟み、(脱保護→カップリング反応)というステップを繰り返し行い、(Arg)12というペプチドを得た。さらに、脱Fmoc後にパルミチン酸をカップリング反応により結合させることによって、化学式1の化合物を製造した。
【0032】
最後にTFA、トリイソプロピルシラン及びフェノールの混合溶液を用いて樹脂からペプチドを切り出した。切り出されたペプチドを表1に示される条件で、HPLCを用いて精製した。さらに、MS解析によって質量を確認した。その後、精製されたペプチドを凍結乾燥し、適時溶解させ実験に供した。表1中の勾配は、溶出液をA液100%からA液70%+B液30%へと30分間かけて変化させることを意味する。
【0033】
【表1】
【0034】
<4.製剤の製造例1>
PBSに溶解させた30μg/mLのFITC標識HSA溶液を、化学式1の化合物溶液(溶媒PBS、濃度0.25mg/mL)と1:1のモル比(HSAと化合物のモル比)で混合した。この溶液を実施例1の製剤とした。
【0035】
(実施例2)
<5.化学式2の化合物の製造>
実施例1と同様にして、脂肪酸-Gly-Ser-Ser-Gly-Cys-(Arg)12-Cysという化合物を得た。この化合物をPBS中で分子内ジスルフィド結合させることにより、化学式2の化合物を製造した。
【0036】
<6.製剤の製造例2>
PBSに溶解させた30μg/mLのFITC標識HSA溶液を、化学式2の化合物溶液(溶媒PBS、濃度0.25mg/mL)と1:1のモル比(HSAと化合物のモル比)で混合した。この溶液を実施例2の製剤とした。
【0037】
[HSAの細胞取り込み実験]
HeLa細胞を24wellsプレートに7×104cellsとなるように播種した。細胞の培地として、D-MEM(+10%FBS)培地を使用した。播種後、24wellsプレートを恒温槽に保管し、37℃で24時間インキュベートした。上清を除去後、D-MEM培地(FBSなし)に培地交換し、3時間スタベーションを行った。スタベーション後、実施例1又は実施例2の製剤50μLを各wellに添加した。24wellsプレートを恒温槽に保管し、37℃で2時間インキュベートした。
【0038】
上清を除去した後、アルブミンの非特異的な細胞膜への吸着を除去するため1%ウシ血清アルブミン(BSA)を用いて細胞膜表面を2回洗浄した。さらに、PBSを用いて細胞膜表面を2回洗浄した。0.05%トリプシンを用いて細胞を処理し、1000rpmで10分間遠心分離し、細胞を分離した。フローサイトメーター(メルク社製guava easyCyte HT)を用いて、分離された細胞内へ取り込まれたFITC化アルブミンの蛍光強度を測定した。このとき、FITC標識HSA溶液(30μg/mL)をコントロール溶液とした。
【0039】
図1は、フローサイトメトリーによる測定サンプルの平均蛍光強度のグラフを示す。実施例1の平均蛍光強度はコントロールの約6倍であり、実施例2の平均蛍光強度はコントロールの約9倍であった。このことから、実施例1及び実施例2の製剤に含有されているFITC標識HSAは、コントロール溶液に含有されているFITC標識HSAと同一であったにも拘わらず、HeLa細胞内への透過性が数倍以上増大していることが確認された。ここで、環状構造を有する化学式2の化合物を含有する実施例2の製剤は、直鎖構造を有する化学式1の化合物を含有する実施例1の製剤に比べて、より高い細胞取り込み特性を示した。
【0040】
図2は、蛍光度数(横軸)と細胞数(縦軸)との関係をプロットしたグラフを示す。実施例1及び実施例2の波形は、コントロールの波形とは顕著に異なり、大きく右へシフトしていた。すなわち、図2より、細胞移行量の増大が確認された。
【0041】
実施例1又は実施例2の製剤を各wellに添加し、恒温槽内で37℃、2時間インキュベートする際に、マクロピノサイトーシス阻害剤の5-(N-ethyl-N-isopropyl)amirolide(EIPA)をWell内に添加した場合、FITC-標識HASの細胞内への取り込みが有意に抑制されたことから、HSAがマイクロピノサイトーシス経路で細胞内へと取り込まれていることが推察された。
【0042】
細胞取り込み実験の結果から、本発明の製剤は、含有されているHSAを薬物の担体として使用すれば、細胞膜を損傷させることなく、薬物を細胞内へと効率よく輸送することが可能となることが期待された。すなわち、本発明の製剤は、細胞内への薬物輸送を企画した新規DDS担体としての応用が期待された。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、医薬品分野において特に有用である。
図1
図2