(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5673848
(24)【登録日】2015年1月9日
(45)【発行日】2015年2月18日
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/42 20060101AFI20150129BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20150129BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20150129BHJP
【FI】
H01J49/42
H01J49/06
G01N27/62 E
【請求項の数】11
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-539476(P2013-539476)
(86)(22)【出願日】2011年10月20日
(86)【国際出願番号】JP2011074195
(87)【国際公開番号】WO2013057822
(87)【国際公開日】20130425
【審査請求日】2013年10月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥村 大輔
(72)【発明者】
【氏名】上田 学
【審査官】
桐畑 幸▲廣▼
(56)【参考文献】
【文献】
特表2009−523300(JP,A)
【文献】
特開2002−329474(JP,A)
【文献】
特開平07−085834(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/42
H01J 49/06
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンが通過する開口を有するイオンレンズ又はアパーチャ板を挟んでその前段と後段とにそれぞれ多重極型のイオンガイドが配置されてなるイオン輸送光学系を具備する質量分析装置であって、
前記前段のイオンガイドと前記後段のイオンガイドとに対し、周波数が同一で位相も同一である高周波電圧、又は、周波数が同一で位相が、両イオンガイドの間の空間で高周波電場が実質的に連続性を保っているとみなせるような所定の許容ずれの範囲内に収まる高周波電圧をそれぞれ印加する電圧源を備えるとともに、
前記イオンレンズ又は前記アパーチャ板の開口の周縁部が、前記前段のイオンガイドの後縁端の内接円と前記後段のイオンガイドの前縁端の内接円とを最短で接続する仮想的な筒状体の周面に接する又は該周面の外側に位置するように、前記各イオンガイドの内接円半径と前記イオンレンズ又はアパーチャ板の開口のサイズとの関係が定められていることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記前段のイオンガイド及び前記後段のイオンガイドはそれぞれ、同一直線上に位置する直線状のイオン光軸に沿って配置された、該イオン光軸に平行な複数のロッド状電極からなり、該2つのイオンガイドの内接円半径が等しいことを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の質量分析装置であって、
前記イオンレンズ又はアパーチャ板は前記前段及び後段のイオンガイドとイオン光軸が一直線上であり、該イオンレンズ又はアパーチャ板の円形状である開口の半径は前記2つのイオンガイドの内接円半径と等しいことを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記前段のイオンガイド及び前記後段のイオンガイドはそれぞれ、同一直線上に位置する直線状のイオン光軸に沿って配置された、該イオン光軸に平行な複数のロッド状電極からなり、一方のイオンガイドの内接円半径が他方のイオンガイドの内接円半径よりも小さいことを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記前段のイオンガイド及び前記後段のイオンガイドはそれぞれ、同一直線上に位置する直線状のイオン光軸に沿って配置された複数のロッド状電極からなり、少なくともいずれか一方のイオンガイドのロッド状電極は前記イオンレンズ又はアパーチャ板に近い側から遠ざかるに従い内接円半径が大きくなるように配置されていることを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の質量分析装置であって、
前記イオンレンズ又はアパーチャ板は前記2つのイオンガイドとイオン光軸が一直線上であり、該イオンレンズ又はアパーチャ板の円形状である開口の半径は、前記前段のイオンガイドの後縁端の内接円半径と前記後段のイオンガイドの前縁端の内接円半径のうちの小さいほうよりも大きく、他方の内接円半径よりも小さいことを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記前段のイオンガイド及び前記後段のイオンガイドはそれぞれ、直線状のイオン光軸に沿って配置された複数のロッド状電極からなり、それら2つのイオンガイドのイオン光軸は互いに平行で同一直線上に位置しないことを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の質量分析装置であって、
前記前段のイオンガイドの後縁端と前記イオンレンズ又はアパーチャ板との間の距離、及び、前記後段のイオンガイドの前縁端と前記イオンレンズ又はアパーチャ板との間の距離、は、各イオンガイドにより形成される高周波電場が前記イオンレンズ又はアパーチャ板の開口中に浸透するような距離であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項8に記載の質量分析装置であって、
前記距離はイオンガイドの内接円半径及び前記開口の半径の1倍以内であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の質量分析装置であって、
前記イオンレンズ又はアパーチャ板は、異なる真空雰囲気である2つの空間を隔てる隔壁を兼ねる又は該隔壁に設置されていることを特徴とする質量分析装置。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の質量分析装置であって、
前記後段のイオンガイドは、イオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタ又は主四重極マスフィルタの前段に配置されるプレフィルタとして機能することを特徴とする質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、質量分析装置においてイオンを後段へと輸送するイオン輸送光学系に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置では、前段から送られて来るイオンを収束して後段の、例えば四重極マスフィルタ等の質量分析器に送り込むために、イオンガイドと呼ばれるイオン光学素子が用いられる。イオンガイドの一般的な構成は、4本、6本又は8本の円柱(又は円筒)状ロッド電極をイオン光軸を取り囲むように互いに平行に配置した多重極型の構成である。通常、これら多重極型のイオンガイドでは、イオン光軸を挟んで対向する一対のロッド電極に同一の高周波電圧が印加され、これと周方向に隣接する他のロッド電極には先の高周波電圧と振幅が同一で逆位相の高周波電圧が印加される。このような高周波電圧を印加することによってロッド電極で囲まれる略円柱状の空間には多重極の高周波電場が形成され、イオンはこの高周波電場中で振動しながら輸送される。
【0003】
特許文献1に記載のイオンガイドでは、ロッド電極の代わりに、イオン光軸方向に並べられた複数枚の電極板からなる仮想ロッド電極が用いられている。この構成では、イオン光軸方向に電位勾配を有する直流電場を形成することにより、イオンの収束性が良好であるという多重極型イオンガイドの利点を生かしつつ、イオンを加速したり逆に減速させたりすることも可能である。本明細書における多重極型のイオンガイドは、こうした仮想ロッド電極を利用した仮想的な多重極型イオンガイドも包含するものとする。
【0004】
ところで、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)のように、エレクトロスプレイイオン源などの大気圧イオン源を利用した質量分析装置では、質量分析器やイオン検出器が配設された分析室内の真空度を高い状態に維持するために、通常、多段差動排気系の構成が採られる。
【0005】
例えば特許文献2に記載の質量分析装置では、略大気圧雰囲気であるイオン化室と高真空雰囲気である分析室との間に、3段の中間真空室が設けられ、イオン化室から分析室に向かって各室毎に真空度が高くなっている。こうした多段差動排気系の構成においてイオンを効率よく輸送するために、第2段、第3段の中間真空室内にはそれぞれ多重極型のイオンガイドが配置されている。また、第2段中間真空室と第3段中間真空室とを隔てる隔壁には、収束されたイオンが通過するための小径の開口を有するイオンレンズが設けられている。
【0006】
このイオンレンズは直流電場によるレンズ効果によってイオンを収束する作用を有するものの、前段のイオンガイドによる高周波電場とイオンレンズによる直流電場との境界付近、及び該イオンレンズによる直流電場と前段のイオンガイドによる高周波電場との境界付近においてそれぞれイオンの損失が生じ、イオンの透過率が下がってしまう。これは、直流電場と高周波電場との境界付近において電場の乱れが生じるためであると考えられる。
【0007】
一方、特許文献3に記載の質量分析装置では、多段差動排気系の構成において隣接する複数の中間真空室を跨ぐように、連続したイオンガイドが配設されている。この構成では複数の中間真空室において高周波電場が連続しているため、上記特許文献2に記載の構成のようなイオンの損失は生じず、イオン透過率を高めることができる。ところが、このように複数の中間真空室に跨って、つまりは隣接する中間真空室同士を隔てる隔壁を貫通するようにイオンガイドが配設されている場合、イオンガイドを洗浄したり交換したりする際に取り外しにくく、メンテナンス性が悪いという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−149865号公報
【特許文献2】米国再発行特許第040632号
【特許文献3】米国特許第7189967号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、多段差動排気系の質量分析装置において、高いメンテナンス性を確保しつつ、隣接する真空室の間でのイオン透過率を向上させることで検出感度を向上させることを主な目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンが通過する開口を有するイオンレンズ又はアパーチャ板を挟んでその前段と後段とにそれぞれ多重極型のイオンガイドが配置されてなるイオン輸送光学系を具備する質量分析装置であって、
前記前段のイオンガイドと前記後段のイオンガイドとに対し、周波数が同一で位相も同一である高周波電圧、又は、周波数が同一で位相が、
両イオンガイドの間の空間で高周波電場が実質的に連続性を保っているとみなせるような所定の許容ずれの範囲内に収まる高周波電圧をそれぞれ印加する電圧源を備えるとともに、
前記イオンレンズ又は前記アパーチャ板の開口の周縁部が、前記前段のイオンガイドの後縁端の内接円と前記後段のイオンガイドの前縁端の内接円とを最短で接続する仮想的な筒状体の周面に接する又は該周面の外側に位置するように、前記各イオンガイドの内接円半径と前記イオンレンズ又はアパーチャ板の開口のサイズとの関係が定められていることを特徴としている。
【0011】
本発明に係る質量分析装置において、イオンレンズは直流電場によるイオンの収束作用を有するもの、アパーチャ板はイオンの収束作用を有さず単にイオンが通過可能な開口を有するものをいう。また、イオンガイドは典型的には、四重極、又は八重極のロッド状電極から成るものであり、イオン光軸を挟んで対向する一対の電極には同一の高周波電圧が印加され、イオン光軸の周りの周方向に隣接する電極には上記高周波電圧と振幅が同一で逆位相の高周波電圧が印加されることによって、多重極の高周波電場が形成される。
【0012】
本発明に係る質量分析装置では、イオンレンズ又はアパーチャ板の開口の周縁部が、前段のイオンガイドの後縁端の内接円と後段のイオンガイドの前縁端の内接円とを最短で接続する仮想的な筒状体の周面内側に突出していないので、前段イオンガイド及び後段イオンガイドでそれぞれ形成される高周波電場がイオンレンズ又はアパーチャ板の開口の中に入り込み易く、両高周波電場が実質的に連続する。そのため、前段イオンガイドにより形成される高周波電場の作用で閉じ込められつつ振動しながら進行するイオンが、円滑に後段イオンガイドにより形成される高周波電場中に移行する。それにより、イオンレンズやアパーチャ板を経る場合におけるイオンの損失が抑えられ、イオン透過率を高めることができる。
【0013】
本発明に係る質量分析装置の一態様として、前記前段のイオンガイド及び前記後段のイオンガイドはそれぞれ、同一直線上に位置する直線状のイオン光軸に沿って配置された、該イオン光軸に平行な複数のロッド状電極からなり、該2つのイオンガイドの内接円半径が等しい構成とすることができる。この構成では、前段イオンガイドと後段イオンガイドとの構成・構造を同一にすることができるので、コストを抑制するのに有利である。
【0014】
またこの場合、イオンレンズ又はアパーチャ板は前段及び後段のイオンガイドとイオン光軸が一直線上であり、該イオンレンズ又はアパーチャ板の円形状である開口の半径は2つのイオンガイドの内接円半径と等しい構成とすることができる。この構成では、イオンレンズ又はアパーチャ板の開口サイズはイオンの透過率を落とさない範囲で最小になるので、該開口を通したガス(例えば大気)の流通量は少なくて済み、後段イオンガイドが配置されている室内の真空度を維持し易い。
【0015】
また本発明に係る質量分析装置の別の態様として、前段のイオンガイド及び後段のイオンガイドはそれぞれ、同一直線上に位置する直線状のイオン光軸に沿って配置された、該イオン光軸に平行な複数のロッド状電極からなり、一方のイオンガイドの内接円半径が他方のイオンガイドの内接円半径よりも小さい構成とすることができる。例えば後段イオンガイドの内接円半径を前段イオンガイドの内接円半径よりも小さくすることにより、イオンをイオン光軸付近により集中させた状態で後段へと送ることができる。
【0016】
また本発明に係る質量分析装置の別の態様として、前段のイオンガイド及び後段のイオンガイドはそれぞれ、同一直線上に位置する直線状のイオン光軸に沿って配置された複数のロッド状電極からなり、少なくともいずれか一方のイオンガイドのロッド状電極は前記イオンレンズ又はアパーチャ板に近い側から遠ざかるに従い内接円半径が大きくなるように配置されている構成としてもよい。例えば前段イオンガイドのロッド状電極をイオンレンズ又はアパーチャ板に近い側から遠ざかるに従い内接円半径が大きくなるように配置することにより、前段イオンガイドにおいては広い範囲に広がっているイオンを集めて徐々にイオン光軸付近に収束させて小径に絞って後段イオンガイドへと送り込むことができる。
【0017】
なお、イオンレンズ又はアパーチャ板は2つのイオンガイドとイオン光軸が一直線上であって、前段イオンガイドの後縁端の内接円半径と後段イオンガイドの前縁端の内接円半径とが相違する場合に、イオンレンズ又はアパーチャ板の円形状である開口の半径は、前段イオンガイドの後縁端の内接円半径と後段イオンガイドの前縁端の内接円半径のうちの小さいほうよりも大きく、他方の内接円半径よりも小さくしておくとよい。これにより、イオンレンズ又はアパーチャ板の開口のサイズをイオンの透過率を落とさない範囲で小さくし、該開口を通したガスの流通量を少なくすることができる。
【0018】
また本発明に係る質量分析装置では、前段イオンガイドと後段イオンガイドとはイオン光軸が一直線上に位置している必要はなく、イオン光軸をずらした、いわゆる軸外しイオン光学系の構成であってもよい。即ち、本発明に係る質量分析装置の他の態様として、前段イオンガイド及び後段イオンガイドはそれぞれ、直線状のイオン光軸に沿って配置された複数のロッド状電極からなり、それら2つのイオンガイドのイオン光軸は互いに平行で同一直線上に位置しない構成であってもよい。
【0019】
また本発明に係る質量分析装置では、前段のイオンガイドの後縁端とイオンレンズ又はアパーチャ板との間の距離、及び、後段のイオンガイドの前縁端とイオンレンズ又はアパーチャ板との間の距離、は、各イオンガイドにより形成される高周波電場がイオンレンズ又はアパーチャ板の開口中に浸透するような距離であることが好ましい。具体的には、その離間距離をイオンガイドの内接円半径及び開口半径の1倍以内にするとよい。これにより、前段イオンガイドによる高周波電場と後段イオンガイドによる高周波電場との連続性が高まり、イオンの損失を抑えるのに有効である。
【0020】
なお、イオンレンズ又はアパーチャ板は、例えば多段差動排気系の構成等において、異なる真空雰囲気である2つの空間を隔てる隔壁を兼ねるもの又は該隔壁に設置されているものであってもよいが、それに限るものではない。また、イオンレンズ又はアパーチャ板はイオンの通過方向に1枚の構成であるとは限らず、複数枚の組み合わせであってもよい。
【0021】
また、後段のイオンガイドは、イオンを後段に輸送することのみを目的とした狭義のイオンガイドにとどまらず、イオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタ又は主四重極マスフィルタの前段に配置されるプレフィルタとして機能するものであってもよい。
【発明の効果】
【0022】
発明に係る質量分析装置によれば、前段イオンガイドと後段イオンガイドとでそれぞれ形成される高周波電場のイオン閉じ込め作用がイオンレンズやアパーチャ板の開口によっても途切れず、イオンの透過率が向上する。それにより、従来よりも多くのイオンを質量分析に供することが可能となり、検出感度の向上を図ることができる。また、イオンガイド自体は物理的にはイオンレンズやアパーチャ板を挟んで独立しているので、イオンガイドの清掃や交換などのメンテナンス性も良好である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の第1実施例による質量分析装置の概略構成図。
【
図2】第1実施例におけるイオン輸送光学系の構成図。
【
図3】第2実施例におけるイオン輸送光学系の構成図。
【
図4】第3実施例におけるイオン輸送光学系の構成図。
【
図5】第4実施例におけるイオン輸送光学系の構成図。
【
図6】第5実施例におけるイオン輸送光学系の構成図。
【
図7】異なる内接円半径のイオンガイドを用いた場合の高周波電圧とイオン強度との関係の実測結果を示す図。
【
図8】質量電荷比m/z=168における擬似ポテンシャルの計算結果を示す図。
【
図9】異なる内接円半径のイオンガイドを用いた場合のイオン強度の実測値(相対値)を示す図。
【
図10】イオンレンズの開口径が異なる場合におけるイオン光軸に直交する開口面上での電位分布の計算結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の一実施例である質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
【0025】
[第1実施例]
図1は第1実施例による質量分析装置の概略構成図、
図2は第1実施例の質量分析装置における特徴的なイオンガイド及びイオンレンズを含むイオン輸送光学系の概略構成図である。
【0026】
本実施例の大気圧イオン化質量分析装置は、略大気圧雰囲気に維持されるイオン化室1と、図示しないターボ分子ポンプ等の真空ポンプによる真空排気によって高真空雰囲気に維持される分析室5と、それぞれ真空ポンプによる真空排気によってイオン化室1内のガス圧と分析室5内のガス圧との中間のガス圧に維持される第1中間真空室2、第2中間真空室3、第3中間真空室4とを備える。即ち、この大気圧イオン化質量分析装置では、イオン化室1から分析室5に向かって各室毎にガス圧が低くなる(真空度が上がる)多段差動排気系の構成が採られている。
【0027】
イオン化室1には、図示しないLCのカラム出口端に接続されたイオン化プローブ6が配設され、分析室5には四重極マスフィルタ15及びイオン検出器16が配設されている。また、第1乃至第3中間真空室2、3、4にはイオンを後段へ輸送するための第1乃至第3イオンガイド10、12、14が配設されている。イオン化室1と第1中間真空室2との間は細径の脱溶媒管9を介して連通しており、また第1中間真空室2と第2中間真空室3との間は、スキマー11の頂部に形成された微小径の開口を通して連通し、第2中間真空室3と第3中間真空室4との間は、隔壁に設けられたイオンレンズ13の円形状開口13aを通して連通している。
【0028】
イオン化プローブ6のノズル7の先端には図示しない直流高圧電源より数kV程度の高電圧が印加される。イオン化プローブ6に導入された液体試料がノズル7の先端に達すると、片寄った電荷を付与されてイオン化室1内に噴霧される。噴霧流中の微小液滴は大気ガスに接触して微細化され、さらに移動相や溶媒が揮発することでさらに微細化が進む。この過程で液滴に含まれる試料成分(分子又は原子)は電荷を持って液滴から飛び出し、気体イオンとなる。発生したイオンはイオン化室1内と第1中間真空室2内との差圧によって脱溶媒管9へと吸い込まれ、第1中間真空室2内へと送られる。
【0029】
第1イオンガイド10から第3イオンガイド14までの間のイオン輸送光学系は、イオンを分析室5内の四重極マスフィルタ15までできるだけ低損失で輸送する機能を有する。
図1には、これらイオン輸送光学系の各イオン光学素子に電圧を印加する制御系ブロックも記載している。即ち、第1直流交流電圧源21、第2直流交流電圧源23、第3直流交流電圧源25はそれぞれ、制御部20の制御の下に、第1、第2、第3イオンガイド10、12、14に直流電圧と交流電圧(高周波電圧)とを重畳した電圧を印加する。また、第1直流電圧源22、第2直流電圧源24はそれぞれ、同じく制御部20の制御の下に、スキマー11及びイオンレンズ13に直流電圧を印加する。なお、第1、第2、第3イオンガイド10、12、14に印加される直流電圧はイオン光軸C方向における直流電位を決めるバイアス電圧である。
【0030】
上記イオン輸送光学系によりイオンは四重極マスフィルタ15に送り込まれる。四重極マスフィルタ15を構成するロッド電極には、図示しない電圧源より、分析対象であるイオンの質量電荷比に応じた直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧が印加され、該電圧に対応した質量電荷比を持つイオンのみが該フィルタ15の長軸方向の空間を通り抜ける。イオン検出器16は到達したイオンの量に応じた検出信号を出力し、図示しないデータ処理部はこの検出信号に基づいて例えばマススペクトルを作成する。
【0031】
上述したように、イオン輸送光学系はイオン化室1内で生成されたイオンを効率よく四重極マスフィルタ15まで輸送する重要な機能を有する。そのために、本実施例の質量分析装置では、イオン輸送光学系の構成を
図2に示したように特徴的なものとしている。以下、このイオン輸送光学系、特に、イオンレンズ13と、該イオンレンズ13により隔てられた第2中間真空室3及び第3中間真空室4に配置された第2イオンガイド12及び第3イオンガイド14の構成と動作について詳しく説明する。
【0032】
ここでは、第2イオンガイド12及び第3イオンガイド14はいずれも、直線状のイオン光軸の周りに対称に且つ平行に配置された4本のロッド電極からなる四重極構成である。両イオンガイド12、13のイオン光軸は
図1、
図2にCで示す一直線上に位置しており、間に挟まれるイオンレンズ13のイオン光軸も同じ直線上に位置している。第2イオンガイド12と第3イオンガイド14の内接円半径は等しく、イオンレンズ13の円形状である開口13aの半径はそれらイオンガイド12、14の内接円半径よりも大きい。即ち、イオンレンズ13の開口13aの周縁部13bは、第2イオンガイド12の後縁端の内接円と第3イオンガイド14の前縁端の内接円とを最短で接続する仮想的な筒状体13cの周面の外側に位置している。これにより、第2イオンガイド12のロッド電極で囲まれる略円柱形状の空間と第3イオンガイド14のロッド電極で囲まれる略円柱形状の空間とは仮想的な円筒体13cを介して円滑に、つまり途中に何らの障害物なく接続されている。
【0033】
第2直流交流電圧源23から第2イオンガイド12の各ロッド電極に印加される高周波電圧によって、ロッド電極で囲まれる空間には四重極高周波電場が形成され、この電場の作用によりイオンは閉じ込められる。一方、第3直流交流電圧源25から第3イオンガイド14の各ロッド電極に印加される高周波電圧によって、ロッド電極で囲まれる空間には四重極高周波電場が形成され、この電場の作用によりイオンは閉じ込められる。第2イオンガイド12により形成される高周波電場は該イオンガイド12の後縁端の内接円から後方にも広がり、一方、第3イオンガイド14により形成される高周波電場は該イオンガイド14の前縁端の内接円から前方にも広がる。上述したように、両イオンガイド12、14はそれぞれ別の中間真空室3、4内に配置されているものの、両イオンガイド12、14の間の空間には高周波電場の拡がりを遮る障害物が存在しないため、両高周波電場は実質的に繋がる。そのため、第2イオンガイド12において高周波電場により閉じ込められつつ進むイオンは両イオンガイド12、14の間の空間、つまりはイオンレンズ13の開口13aを通過する際にも広がらず、ほぼ閉じ込められた状態のままで第3イオンガイド14に導入される。これにより、第2イオンガイド12から第3イオンガイド14へ輸送される際のイオンの損失は少なくて済み、高いイオン透過率を達成することができる。
【0034】
なお、上述のように、両イオンガイド12、14の間の空間で高周波電場の実質的な連続性を保つには、第2イオンガイド12により形成される高周波電場と第3イオンガイド14により形成される高周波電場の位相が合っている必要がある。したがって、第2イオンガイド12に印加される高周波電圧と第3イオンガイド14に印加される高周波電圧とは周波数が同一であって位相も同一とするか、又は周波数が同一であって位相が所定の許容ずれの範囲内に収まっているようにす
る。
【0035】
また、イオンレンズ13の開口13aの半径はイオンガイド12、14の内接円半径以上であればよいが、開口13aを大きくしすぎると第3中間真空室4から第2中間真空室3へのガスの流通量が多くなり、第3中間真空室4の真空度を確保することが難しくなる、又は第3中間真空室4内を真空排気するポンプの能力を上げる必要が生じる。そこで、イオンレンズ13の開口13aの半径はイオンガイド12、14の内接円半径と同じか又は若干大きい程度にしておくとよい。
【0036】
次に、上記実施例におけるイオン輸送光学系の効果を実証するために行った実験内容とその結果について説明する。
実験のためのイオン輸送光学系の構成は、
図2に示すように、前段の第2イオンガイド12の内接円半径と後段の第3イオンガイド14の内接円半径とを同一のRとし、間に挟まれるイオンレンズ13の開口13aの直径をφ4mm(半径2mm)に固定した。
【0037】
(1)高周波電圧特性
第2イオンガイド12及び第3イオンガイド14の内接円半径Rを2.8mm、2.0mm、1.5mmに変えたときの適切な動作高周波電圧をそれぞれ決めるため、イオンガイド12、14に印加する高周波電圧(RF Voltage)を走査しながら標準試料に対するイオン強度を実測した。
図7はその測定結果を示す図である。なお、R=2.8mmである場合にはR>2mmであって従来構成に相当し、R=2.0mm、1.5mmである場合にはR≦2mmであるので本発明で規定している条件を満たす。
【0038】
(2)擬似ポテンシャル
図7の結果から、R=2.8mm、2.0mm、1.5mmに対する適切な動作高周波電圧をそれぞれ、100V、50V、27Vと定め、各動作高周波電圧におけるイオンガイド12、14の擬似ポテンシャル(イオンの収束力を表す)を、次の(1)式により計算した。
V
* (r)=(4qV
2/mΩ
2r
04)r
2 …(1)
ここで、Vは動作高周波電圧の電圧値、r
0はイオンガイドの内接円半径、rはイオンガイドの中心からの距離(0≦r≦r
0)である。
図8は質量電荷比m/z=168における擬似ポテンシャルの計算結果である。
図8の結果から、1.5〜2.8mm程度の範囲の内接円半径を有するイオンガイドにおいて擬似ポテンシャル形状はほぼ等しく、イオンガイド自体のイオン収束作用は同等であると判断することができる。
【0039】
(3)イオン強度
図9はR=2.8mm、2.0mm、1.5mmである場合のイオン強度測定値を、R=2.8mmの結果を1として相対化して示した図である。
図9から、R=2.0mm、1.5mmである場合にはR=2.8mmである場合に比べてイオン強度が高くなっている。上述したように、質量電荷比m/z=168におけるイオンガイドのイオン収束作用はそれぞれのイオンガイドで同等であるとみなせる。したがって、
図9に示されたイオン強度の相違はイオンレンズ13の開口13aの径とイオンガイド12、14の内接円半径との関係が支配的であるといえる。これにより、イオンガイド12、14の内接円半径がイオンレンズ13の開口径以下である場合には、イオン強度が向上していると結論付けることができる。
【0040】
また、イオンレンズ13の開口13aの径とイオンガイド12、14の内接円半径との関係の相違が、イオンレンズ13の開口13a付近での高周波電場に与える影響を調べるため、シミュレーション計算を行った。このシミュレーションでは、第2イオンガイド12と第3イオンガイド14の内接円半径をいずれも2.0mmに固定し、間に挟まれるイオンレンズ13の開口13aの直径をφ3mm、φ4mm、φ5mmの3種類に変えた。そして、イオン光軸Cに直交するイオンレンズ13の開口面A上の四重極高周波電場による電位分布(等電位線)を求めた。また、イオン光軸C方向のイオンレンズ13と第3イオンガイド14との離間距離Bの影響も調べるべく、B=0.5mm、1.5mmの2種類について計算を行った。このとき、イオンガイド12、14に印加する高周波電圧は同一であるから、イオンガイドでのイオンの収束力は同等であるとみなせる。
【0041】
図10に計算により求めた電位分布を示す。イオンレンズ13の開口13aの径によって、四重極高周波電場による電位分布に大きな差異が見られることが分かる。即ち、イオンガイド自体の収束力は同じであっても、イオンレンズ13の開口13aの径を大きくすることで、高周波電場をイオンレンズ13の開口13aの内部にまで充分に浸透させることが可能であることが分かる。
【0042】
以上の結果から、
図9で示したような、イオンレンズ13の開口13aの半径がイオンガイド12、14の内接円半径以上であるときのイオン検出感度の向上は、イオンレンズ13の開口13aを通した高周波電場の相互の浸透による該空間でのイオンの収束力の強化によるものと推定できる。また、当然のことながら、イオンレンズ13からイオンガイド12、14を離すと高周波電場の浸透度合いは弱まるが、イオンレンズ13の開口13aを大きくしておけばイオン収束力を充分に維持できることも分かる。
【0043】
[変形例]
上記第1実施例の質量分析装置におけるイオン輸送光学系の構成は様々な形態に変形することができる。具体的な変形例を
図2〜
図6に示す。
図3に示した第2実施例の構成は、第2イオンガイド12の内接円半径よりも第3イオンガイド14の内接円半径を小さくした例である。この場合、第2イオンガイド12の後案端の内接円と第3イオンガイド14の前縁端の内接円とを最短で接続する仮想的な筒状体13cは裁頭円錐形状となるが、このときにも、イオンレンズ13の開口13aの周縁部が筒状体13cの周面に接しているかその外側に位置していれば、高周波電場は円滑に繋がる。なお、
図3の例とは逆に、第3イオンガイド14の内接円半径よりも第2イオンガイド12の内接円半径が小さくても同様である。
【0044】
図4に示した第3実施例の構成は、上記第2実施例の構成において、第3イオンガイド14のロッド電極がイオン光軸Cに平行な配置ではなく、その内接円半径がイオンが進行する方向に向かって徐々に大きくなる構成となっている例である。この場合でも、第2イオンガイド12の後案端の内接円と第3イオンガイド14の前縁端の内接円とを最短で接続する仮想的な筒状体13cが裁頭円錐形状となり、イオンレンズ13の開口13aの周縁部が筒状体13cの周面に接しているかその外側に位置していればよいことは第2実施例と同じである。なお、
図4の例とは逆に、第2イオンガイド12の内接円半径がイオンの進行方向とは逆方向に向かって徐々に大きくなる構成であっても同様である。
【0045】
図2〜
図4に示した構成はいずれもイオンレンズ13が1枚の板状部材からなるものであったが、
図5に示した第4実施例の構成は、イオンレンズ13をイオン光軸C方向に並ぶ複数の板状部材から構成した例である。この場合にも、イオンレンズ13をなす全ての部材の開口の周縁部が筒状体13cの周面に接しているかその外側に位置していればよい。
【0046】
図2〜
図5に示した構成はいずれも、イオンガイド12、14とイオンレンズ13のイオン光軸が全て一直線上に位置していたが、第2イオンガイド12のイオン光軸と第3イオンガイド14のイオン光軸とが一直線上にない、いわゆる軸外し光学系でもよい。
図6は第2イオンガイド12のイオン光軸C1と第3イオンガイド14のイオン光軸C2とが平行で且つ一直線上ではない場合の構成例である。この場合でも、第2イオンガイド12の後案端の内接円と第3イオンガイド14の前縁端の内接円とを最短で接続する仮想的な筒状体13cの周面に、イオンレンズ13の開口13aの周縁部が接しているかその外側に位置していれば、高周波電場の実施的な連続性が確保できることは上記各実施例と同じである。
【0047】
また、上記実施例はいずれも一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても、本願請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0048】
例えば、上記実施例に示したイオンガイドは四重極型であるが、八重極等、他の多重極構成であってもよい。また、イオンレンズを挟んだ前段のイオンガイドと後段のイオンガイドとの極子数が同一である必要はない。また、上記実施例では、第3イオンガイドは単に高周波電場によってイオンを輸送するイオン光学素子であるが、第3イオンガイド自体が質量電荷比によってイオンを分離する四重極マスフィルタであったり或いは主四重極マスフィルタの前段に設置されたプレフィルタであったりしてもよい。
【符号の説明】
【0049】
1…イオン化室
2…第1中間真空室
3…第2中間真空室
4…第3中間真空室
5…分析室
6…イオン化プローブ
7…ノズル
9…脱溶媒管
10…第1イオンガイド
11…スキマー
12…第2イオンガイド
13…イオンレンズ
13a…開口
13b…開口周縁部
13c…筒状体
14…第3イオンガイド
15…四重極マスフィルタ
16…イオン検出器
20…制御部
21…第1直流交流電圧源
22…第1直流電圧源
23…第2直流交流電圧源
24…第2直流電圧源
25…第3直流交流電圧源
C、C1、C2…イオン光軸