特許第5673904号(P5673904)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5673904
(24)【登録日】2015年1月9日
(45)【発行日】2015年2月18日
(54)【発明の名称】被覆切削工具及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20150129BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20150129BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   C23C14/06 H
   C23C14/06 N
【請求項の数】19
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2014-541449(P2014-541449)
(86)(22)【出願日】2014年3月28日
(86)【国際出願番号】JP2014059331
【審査請求日】2014年8月22日
(31)【優先権主張番号】特願2013-68602(P2013-68602)
(32)【優先日】2013年3月28日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000233066
【氏名又は名称】日立ツール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】森下 佳奈
(72)【発明者】
【氏名】府玻 亮太郎
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
(72)【発明者】
【氏名】福永 有三
(72)【発明者】
【氏名】久保田 和幸
(72)【発明者】
【氏名】井上 謙一
【審査官】 村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】 特開平7−310173(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0115484(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0110039(US,A1)
【文献】 特開平10−130821(JP,A)
【文献】 特開2003−071610(JP,A)
【文献】 A. Escudeiro Santana, A. Karimi, V.H. Derflinger, A. Schu"tze,The role of hcp-AlN on hardness behavior of Ti1-xAlxN nanocomposite during annealing,Thin Solid Films,Elsevier,2004年11月 2日,Volumes 469-470,Pages 339-344,URL,http://ac.els-cdn.com/S0040609004013045/1-s2.0-S0040609004013045-main.pdf?_tid=256dfa9e-f224-11e3-a6ab-00000aacb360&acdnat=1402572461_ff5efc3223693333f2ed27c83392288f
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の上に配置され、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)でタングステン(W)を最も多く含有し、次いでチタン(Ti)を多く含有する炭化物からなる膜厚が1nm以上10nm以下の中間皮膜と、
前記中間皮膜の上に配置され、X線回折で特定される結晶構造が面心立方格子構造であって、金属(半金属を含む)元素の総量に対し、Alの含有比率(原子%)が60%以上であり、Tiの含有比率(原子%)が20%以上であるAlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜と、
を有し、
前記硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、六方最密充填構造のAlN(010)面に起因するピーク強度をIhとし、面心立方格子構造のAlN(111)面、TiN(111)面、AlN(002)面、TiN(002)面、AlN(022)面、およびTiN(022)面に起因するピーク強度と、六方最密充填構造のAlN(010)面、AlN(011)面、およびAlN(110)面に起因するピーク強度と、の合計をIsとした場合、Ih及びIsは、Ih×100/Is≦20の関係を満たす被覆切削工具。
【請求項2】
前記Ih及び前記Isは、Ih×100/Is≦15の関係を満たす請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記中間皮膜の膜厚が、1nm以上6nm未満である請求項1または請求項2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記硬質皮膜は、X線回折で特定される面心立方格子構造の(200)面の半価幅が1.8°以下である請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡による膜断面の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、基材側および表面側で同一の結晶面に起因するピーク強度が最大強度を示す請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、前記表面側の結晶面に起因する最大強度を示すピーク強度は、面心立方格子構造のAlN(002)面およびTiN(002)面に起因するピーク強度である請求項5に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記硬質皮膜は、更に、タングステン(W)を含む請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対し、タングステン(W)の含有比率(原子%)が1%以上10以下%である請求項7に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
前記タングステン(W)の含有比率(原子%)が、2%以上6%以下である請求項8に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
硬質皮膜の膜厚が、1μm以上5μm以下である請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alの含有比率(原子%)が62%以上70%以下であり、Tiの含有比率(原子%)が25%以上であるとともに、Al及びTiの合計の含有比率(原子%)が、金属(半金属を含む)元素の総量に対して90%以上である請求項1〜請求項10のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項12】
前記被覆切削工具は、ラジアスエンドミルまたはスクエアエンドミルである請求項1〜請求項11のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項13】
基材の表面をメタルボンバード処理して、前記基材の表面に、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)でタングステン(W)を最も多く含有し、次いでチタン(Ti)を多く含有する炭化物からなる膜厚が1nm以上10nm以下の中間皮膜を形成することと、
ターゲット中心付近の磁束密度が18mT以上となるカソードを用い、前記基材に−200V以上−70V以下のバイアス電圧を印加して、前記中間皮膜の上に、金属(半金属を含む)元素の総量に対し、アルミニウム(Al)の含有比率(原子%)が60%以上であり、チタン(Ti)の含有比率(原子%)が20%以上であるAlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を形成することと、
を有する被覆切削工具の製造方法。
【請求項14】
前記硬質皮膜を、基材温度を450℃以上580℃以下として形成する請求項13に記載の被覆切削工具の製造方法。
【請求項15】
前記メタルボンバード処理前の基材の加熱温度は500℃以下である請求項13または請求項14に記載の被覆切削工具の製造方法。
【請求項16】
前記硬質皮膜は、更に、タングステン(W)を含む請求項13〜請求項15のいずれか1項に記載の被覆切削工具の製造方法。
【請求項17】
前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、タングステン(W)の含有比率(原子%)が1%以上10以下である請求項16に記載の被覆切削工具の製造方法。
【請求項18】
前記タングステン(W)の含有比率(原子%)が、2%以上6%以下である請求項17に記載の被覆切削工具の製造方法。
【請求項19】
前記被覆切削工具は、ラジアスエンドミルまたはスクエアエンドミルである請求項13〜請求項18のいずれか1項に記載の被覆切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば鋼や鋳鉄、耐熱合金等の切削加工への適用に好適な被覆切削工具及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具の耐久性を向上させることを目的に、工具表面に硬質皮膜を被覆する表面処理が実施されている。硬質皮膜の中でもAlとTiの複合窒化物皮膜(以下、AlTiNと記載する。)は優れた耐摩耗性を有することから広く適用されている。通常、AlTiNは、Al含有量が多いと耐熱性がより高まる傾向にある。しかし、Al含有量が多くなりすぎると脆弱なhcp構造のAlNが析出して硬度が低下することが知られている。例えば、特許文献1には、金属(半金属を含む)元素のうちAlの含有比率(原子%)が60%以上となることでAlTiNの硬度が低下し始めることが開示されており、Alの含有比率(原子%)が70%の場合、結晶構造の一部にhcp構造が確認されている。
【0003】
一方、特許文献2には、Al含有量が多くてもfcc構造が維持され易いAlTi系の窒化物皮膜の被覆方法が提案されている。特許文献2には、永久磁石を横または前方に配置したカソードを用い、ターゲット蒸発面にほぼ直交して前方に発散ないし平行に進行する磁力線を形成することで、被処理体付近における成膜ガスプラズマ密度が従来のカソードに比べて格段に高くなることが開示されている。このようなカソードを用いて被覆することで、金属(半金属を含む)元素のうちAlの含有比率(原子%)が70%を超えるAlTi系の窒化物皮膜であっても、fcc構造が主体となることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−209333号公報
【特許文献2】特開2003−71610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、被加工材の高硬度化および高速加工化により、切削工具の使用環境はより過酷なものとなっている。例えば、調質された冷間工具鋼のような高硬度材を加工する場合、荒取り加工のような過酷な環境下では、工具の皮膜剥離や工具摩耗の進行が早期に生じ易く、上記した特許文献のような被覆切削工具を適用しても満足する耐久性が得られ難いことを確認した。
【0006】
本発明は、上記のような事情に鑑みて行われたものである。本発明は、耐久性に優れた被覆切削工具及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜のミクロ組織に含有される六方最密充填(hcp;以下、単に「hcp」と略記することがある)構造のAlNを低減した最適な組織形態を見出した。そして、基材と硬質皮膜との間に特別な中間皮膜を設けることで、硬質皮膜の効果が十分に発揮され、高硬度材の高速加工でも、優れた耐久性が発揮されることを確認し、本発明に到達した。
【0008】
すわなち、本発明は、基材(切削工具)の表面に硬質皮膜を被覆した被覆切削工具である。具体的には、基材と、前記基材の上に配置され、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)でタングステン(W)を最も多く含有し、次いでチタン(Ti)を多く含有する炭化物からなる膜厚が1nm以上10nm以下の中間皮膜と、前記中間皮膜の上に配置され、X線回折で特定される結晶構造が面心立方格子構造であって、金属(半金属を含む)元素の総量に対し、Alの含有比率(原子%)が60%以上であり、Tiの含有比率(原子%)が20%以上であるAlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜と、を有し、
前記硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、「Ih×100/Is≦20」の関係を満たす被覆切削工具である。好ましくは、「Ih×100/Is≦15」である。
Ih=hcp構造のAlN(010)面に起因するピーク強度
Is=fcc構造のAlN(111)面、TiN(111)面、AlN(002)面、TiN(002)面、AlN(022)面、およびTiN(022)面に起因するピーク強度と、hcp構造のAlN(010)面、AlN(011)面、およびAlN(110)面に起因するピーク強度と、の合計
また、本発明における硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alの含有比率(原子%)が62%以上70%以下で、かつTiの含有比率(原子%)が25%以上であるとともに、Al及びTiの合計の含有比率(原子%)が、金属(半金属を含む)元素の総量に対して90%以上である場合が好ましい。
【0009】
更に、中間皮膜の膜厚が、1nm以上6nm未満であることが好ましい。更には、硬質皮膜は、X線回折で特定されるfcc構造の(200)面の半価幅が、1.8°以下であることが好ましい。
また、硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡による膜断面の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、基材側および表面側で同一の結晶面に起因するピーク強度が最大強度を示すことが好ましい。前記制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、前記同一の結晶面に起因するピーク強度は、fcc構造のAlN(002)面およびTiN(002)面に起因するピーク強度であることがより好ましい。
更に、硬質皮膜は、タングステン(W)を含むことが好ましく、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Wの含有比率(原子%)が1%以上10%以下であることがより好ましい。更には、Wの含有比率(原子%)が2%以上6%以下であることが好ましい。
硬質皮膜の膜厚は、1μm以上5μm以下であることが好ましい。
基材となる切削工具としては、ラジアスエンドミルまたはスクエアエンドミルであることが好ましい。
【0010】
また、本発明の被覆切削工具は、以下に示す本発明の被覆切削工具の製造方法により好適に製造される。具体的には、
基材の表面をメタルボンバード処理して、前記基材の表面に、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)でタングステン(W)を最も多く含有し、次いでチタン(Ti)を多く含有する炭化物からなる膜厚が1nm以上10nm以下の中間皮膜を形成することと、ターゲット中心付近の磁束密度が18mT以上となるカソードを用い、前記基材に−200V以上−70V以下のバイアス電圧を印加して、前記中間皮膜の上に、金属(半金属を含む)元素の総量に対し、アルミニウム(Al)の含有比率(原子%)が60%以上であり、チタン(Ti)の含有比率(原子%)が20%以上であるAlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を形成することと、を有する被覆切削工具の製造方法である。
更に、前記硬質皮膜は、基材温度を450℃以上580℃以下として形成することが好ましい。更に、前記メタルボンバード処理前の基材の加熱温度は500℃以下であることが好ましい。
更に、前記硬質皮膜は、更に、タングステン(W)を含むことが好ましい。更に、前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対し、タングステン(W)の含有比率(原子%)が1%以上10以下であることが好ましい。更に、前記タングステン(W)の含有比率(原子%)が、2%以上6%以下であることが好ましい。
更に、前記被覆工具の製造方法はラジアスエンドミルまたはスクエアエンドミルに適用することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、耐久性に優れた被覆切削工具及びその製造方法が提供される。
即ち、本発明によれば、高硬度材の高速加工に加え、更には、高炭素鋼やNi基超耐熱合金等の切削加工においても優れた耐久性が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、透過型電子顕微鏡による硬質皮膜の断面観察写真である(図中の円周部は、制限視野回折パターンを撮影したときの電子線照射位置である)。
図2図2は、図1の下部円周内に電子線を照射したときの制限視野回折パターンを示す図である。
図3図3は、図2に示す制限視野回折パターンの強度プロファイルを示す図である。
図4図4は、透過型電子顕微鏡による本発明例1のサンプル工具の断面観察写真である。
図5図5は、図4における矢印1が示すポイントのナノビーム回折パターンを示す図である。
図6図6は、図4における矢印1が示すポイントのEDSスペクトル分析結果を示す図である。
図7図7は、図4における矢印2が示すポイントのナノビーム回折パターンを示す図である。
図8図8は、図4における矢印2が示すポイントのEDSスペクトル分析結果を示す図である。
図9図9は、図4における矢印3が示すポイントのEDSスペクトル分析結果を示す図である。
図10図10は、本発明例1〜5のサンプル工具の、電子顕微鏡による25m切削後の工具刃先の観察写真である。
図11図11は、本発明例6〜8のサンプル工具の、電子顕微鏡による25m切削後の工具刃先の観察写真である。
図12図12は、比較例1〜6のサンプル工具の、電子顕微鏡による25m切削後の工具刃先の観察写真である。
図13図13は、比較例7〜10のサンプル工具の、電子顕微鏡による25m切削後の工具刃先の観察写真である。
図14図14は、本発明例20〜23および比較例20のサンプル工具の、電子顕微鏡による4m切削後の工具刃先の観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者等は、X線回折においてfcc構造(面心立方格子構造)のピーク強度しか測定されない、AlとTiを含む窒化物又は炭窒化物であっても、透過型電子顕微鏡による解析をすると、ミクロ組織にはhcp構造のAlNが含まれていることを確認した。そして、ミクロ組織に含まれるhcp構造(六方最密充填構造)のAlNを低減することにより、硬質皮膜として良好な特性が得られることが分かった。
更に、基材と硬質皮膜との間に、特定の組成及び膜厚の中間皮膜を設けることで、被覆切削工具の耐久性を向上できることを見出した。
以下、本発明の被覆切削工具及びその製造方法について詳細に説明する。
【0014】
まず、本発明の硬質皮膜について説明する。
硬質皮膜は、耐熱性と耐摩耗性が優れる皮膜種である窒化物又は炭窒化物とする。より好ましくは窒化物である。
Alは、硬質皮膜に耐熱性を付与する元素であり、金属(半金属を含む)元素のうちAlの含有比率(原子%)を最も多く含有することで、優れた耐熱性を発現し、被覆切削工具の耐久性が向上する。硬質皮膜により優れた耐熱性を付与するために、金属(半金属を含む)元素のうちAlの含有比率(原子%)は60%以上とする。より好ましいAlの含有比率(原子%)は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して62%以上であり、更には65%以上である。
被覆切削工具により高い耐久性を付与するためには、Alの含有比率(原子%)を、金属(半金属を含む)元素の総量に対して75%以下とすることが好ましい。より好ましいAlの含有比率(原子%)は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して70%以下である。
【0015】
Tiは、硬質皮膜に耐摩耗性を付与すると共に、被覆切削工具として耐久性に優れたfcc構造の結晶構造とする点で、重要な元素である。Tiの含有量が少なくなると、硬質皮膜の耐摩耗性が低下すると共に、X線回折でもhcp構造のピーク強度が確認される程にhcp構造のAlNが多くなる。耐摩耗性を付与してfccの結晶構造とするためには、Al含有量を規定することに加えて、Tiの含有比率(原子%)を、金属(半金属を含む)元素の総量に対して20%以上とする。更には、Tiの含有比率(原子%)は25%以上とすることがより好ましい。
本発明において、AlとTiとを含む窒化物または炭窒化物は、耐熱性および耐摩耗性の観点から、AlとTiとの合計の含有比率(原子%)を、金属(半金属を含む)元素の総量に対して90%以上とすることが好ましい。
【0016】
本発明において、X線回折で特定される結晶構造がfcc構造であるとは、例えば、市販のX線回折装置(株式会社リガク製 RINT2500V−PSRC/MDG)を用いて測定した場合に、AlNのhcp構造に起因するピーク強度が確認されないことをいう。
【0017】
本発明では、硬質皮膜のミクロ組織に含まれるhcp構造のAlN量を定量化するため、透過型電子顕微鏡(以下、TEMと記載する。)観察の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルを用いた。その測定方法について以下説明する。なお、測定条件を統一するため、加速電圧:120V、制限視野領域:φ750nm、カメラ長:100cm、入射電子量:5.0pA/cm(蛍光板上)として、各試料の基材側と表面側で制限視野回折パターンを求めた。
【0018】
図1に、硬質皮膜の断面TEM観察写真(40,000倍)を示す。図2は、図1の下円部の制限視野回折パターンである。そして、図2の制限視野回折パターンの輝度を変換して、図3の制限視野回折パターンの強度プロファイルを求めた。図3において、横軸は(000)面スポット中心からの距離(半径r)を、縦軸は各半径rにおける円一周分の積算強度(任意単位)を、それぞれ示したプロファイルである。
図3において、矢印1は、hcp構造のAlN(010)面に起因するピークであり、hcp構造のAlNの最大強度である。矢印2は、hcp構造のAlN(011)面およびfcc構造のAlN(111)面、TiN(111)面に起因するピークである。矢印3は、fcc構造のAlN(002)面、TiN(002)面に起因するピークである。矢印4は、hcp構造のAlN(110)面に起因するピークである。矢印5は、fcc構造のAlN(022)面、TiN(022)面に起因するピークである。
【0019】
本発明者等は、図3における矢印1〜5のピーク強度の合計(Is)と、hcp構造の最大強度であるAlN(010)面に起因するピーク強度(Ih)と、の比(%;Ih×100/Is)を求めることで、硬質皮膜に含まれるhcp構造のAlNを定量的に評価することができることを見出した。
したがって、本発明では、hcp構造のAlN(010)面に起因するピーク強度をIhとし、fcc構造のAlN(111)面、TiN(111)面、AlN(002)面、TiN(002)面、AlN(022)面、およびTiN(022)面に起因するピーク強度と、hcp構造のAlN(010)面、(011)面、(110)面に起因するピーク強度と、の合計をIsとした場合に、「Ih×100/Is≦20」の関係を満たすものとする。この関係を満たす場合、硬質皮膜に含まれるhcp構造のAlNが少なく、被覆切削工具の耐久性が優れることを確認した。中でも、より好ましくは、「Ih×100/Is≦15」の関係を満たす場合であり、更に好ましくは、「Ih×100/Is≦13」の関係を満たす場合である
本発明では、バックグラウンドの設定の仕方による誤差を排除するため、バックグラウンドの値は除去せず評価した。
なお、fcc構造では、(002)面と(200)面は等価であり、(022)面と(220)面は等価である。本発明のTEM解析においては、fcc構造の等価な結晶面を代表して、(111)面、(002)面、(022)面と示している。
【0020】
本発明における硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、基材側および表面側で同一の結晶面に起因するピーク強度が最大強度を示すことが好ましい。「Ih×100/Is」を一定に制御することに加えて、硬質皮膜の基材側と表面側で最大強度を示す結晶面が同とすることで、硬質皮膜の全体が連続性のある均一な組織となり被覆切削工具の耐久性が向上する。特に、硬質皮膜の基材側と表面側とで、fcc構造のAlN(002)面、TiN(002)面に起因するピーク強度が最大となることで、耐久性が向上する傾向にあるので好ましい。
【0021】
硬質皮膜が薄くなり過ぎると、優れた耐久性が十分に発揮されない場合がある。また、硬質皮膜が厚くなり過ぎると、皮膜剥離が発生する場合がある。硬質皮膜の厚さは、例えば、0.5μm以上10μm以下の範囲から適当な値を選択すればよい。硬質皮膜の厚さは、より好ましくは1μm以上である。更には、硬質皮膜の厚さは2μm以上であることがより好ましい。また、硬質皮膜の厚さは、より好ましくは5μm以下である。
【0022】
続いて、中間皮膜について説明する。
既述のように、ミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNを低減させたAlTi系の窒化物または炭窒化物を適用した硬質皮膜の効果を、最大限に発揮するためには、基材と硬質皮膜との間に特別な中間皮膜を設けることが重要である。本発明者等は鋭意研究し、WおよびTiを含む炭化物からなる中間皮膜を基材の上に設けることで、基材と硬質皮膜との密着性が改善されるだけでなく、硬質皮膜に含まれるhcp構造のAlNが低減して被覆切削工具の耐久性が向上することを確認した。
【0023】
基材の直上の中間皮膜がWを含む炭化物であると、基材である超硬合金との親和性が強くなり、密着性に優れたものになると考えられる。また、中間皮膜にTiを含ませると、Tiの炭化物はfcc構造であるため、中間皮膜の直上にある硬質皮膜がTiの炭化物を起点として成長することで、硬質皮膜に含まれるhcp構造のAlNが低減すると考えられる。
また、中間皮膜の膜厚は、薄厚になり過ぎても厚膜になり過ぎても、基材との密着性を向上させるのに好ましくない。よって、中間皮膜の膜厚は、1nm以上10nm以下の範囲とする。中間皮膜の膜厚の下限については、好ましくは2nm以上であり、更には3nm以上が好ましい。また、中間皮膜の膜厚の上限については、好ましくは6nm未満である。
【0024】
中間皮膜は、WおよびTi以外に皮膜成分および母材成分を含有してもよい。中間皮膜は、基材側のCoや硬質皮膜側のAlやNが含まれ得るが、WおよびTiを含む炭化物とすることで、本発明の効果は発揮される。中間皮膜の存在は、透過型電子顕微鏡観察による断面観察、組成分析、ナノビーム回折パターンより確認することができる。
【0025】
硬質皮膜の組織が微細になり過ぎると、クレータ摩耗が増加する傾向にある。硬質皮膜の組織の微細化は、半価幅(単位:°;full width at half maximum)に反映される。したがって、半価幅の値が大きくなると、皮膜組織が微細となり、半価幅の値が小さくなると、皮膜組織が粗大となる傾向にある。本発明における硬質皮膜の耐クレータ摩耗を向上させるには、X線回折で特定されるfcc構造の(200)面の半価幅を1.8°以下とすることが好ましい。半価幅の値が1.8°よりも大きくなると、皮膜組織が微細になり過ぎて、耐クレータ摩耗が低下する場合がある。
【0026】
本発明における硬質皮膜は、周期律表の4a族(Tiを除く)、5a族、6a族(Crを除く)の金属元素、SiおよびBからなる群より選択される1種または2種以上の元素を、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)で0%以上15%以下含有することができる。これらの元素は、一般的に硬質皮膜に添加される元素であり、含有比率が多過にならない範囲では、本発明の被覆切削工具の耐久性を低下させない。
また、本発明者等の検討によれば、被加工材や加工条件によっては、硬質皮膜が上述した元素を更に含有することで、より優れた耐久性を示す場合があることが確認された。これは、AlTi系の窒化物または炭窒化物が、他の金属(半金属)元素を含有することで、耐熱性や靱性等が改善されるためと推定される。但し、添加元素の含有量が多くなり過ぎると、硬質皮膜の耐摩耗性及び耐熱性を低下させる傾向にある。そのため、添加する場合でも、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)で15%未満とするのが好ましい。
【0027】
本発明における硬質皮膜は、W(タングステン)を含有することで、高硬度を維持した上で、皮膜の圧縮残留応力を低下することができる。本発明者等の検討よれば、硬質皮膜がWを含有することで、高硬度材だけでなく、高炭素鋼やNi基超耐熱合金の切削加工においてもより優れた耐久性が発揮され易くなる。幅広い被削材に対してより優れた耐久性が発揮されるためには、硬質皮膜は、Wの含有比率(原子%)は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、1%以上10%以下であることがより好ましく、2%以上6%以下であることがより好ましい。
【0028】
被覆後の硬質皮膜の組成は、ターゲット組成と異なる場合がある。本発明における硬質皮膜の組成は、例えば、被覆後の硬質皮膜を波長分散型電子プローブ微小分析(WDS−EPMA)を用いて確認することができる。
【0029】
本発明においては、本発明の効果を発揮する点で、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜の上に、更に別の層を被覆してもよい。そのため、本発明において、WおよびTiを含む炭化物からなる中間皮膜と、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜と、を有する皮膜構造は、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を工具の最表面とすること以外に、別の層を被覆してもよい。この場合、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜の上には、保護皮膜として、耐熱性と耐摩耗性に優れた窒化物又は炭窒化物からなる別の硬質皮膜が被覆されていることが好ましい。保護皮膜としてより好ましくは、窒化物からなる層である。
【0030】
次に、本発明の硬質皮膜の被覆方法について説明する。
本発明者等は、AlTi系の窒化物または炭窒化物の、ミクロ組織に含有されるhcp構造のAlN量は、硬質皮膜の被覆に用いるカソードの磁場が影響していることを確認した。そして、例えばターゲットの外周と背面に永久磁石を配置することで、ターゲット中心付近の磁束密度が18mT以上となるカソードを用いて硬質皮膜を被覆することで、ミクロ組織に含有されるhcp構造のAlN量が低下し、被覆切削工具の耐久性が向上することを確認した。より好ましくは、ターゲット中心付近の磁束密度は、20mT以上である。
但し、硬質皮膜の被覆時に基材に印加する負圧のバイアス電圧が−70Vよりも大きくなる(−70Vよりもプラス側である)と、hcp構造のAlN量が増加しやすくなる。そのため、硬質皮膜の被覆時に基材に印加する負圧のバイアス電圧は、−200V以上−70V以下の範囲とすることが望ましく、−150V以上−100V以下の範囲がより好ましい。
【0031】
硬質皮膜の成膜にあたり、成膜温度が低いと皮膜組織が粗大になる傾向にある。但し、硬質皮膜の成膜温度が低くなり過ぎると、皮膜の圧縮残留応力が高くなり過ぎて、皮膜が自己破壊を起しやすくなる。そのため、硬質皮膜は、基材温度が450℃以上で成膜することが好ましい。一方、硬質皮膜の成膜温度が高くなると、皮膜組織が微細になる傾向になる。但し、硬質皮膜の成膜温度が高くなり過ぎると、硬質皮膜に付与される残留応力が低下し、硬質皮膜が軟化して耐摩耗性が低下しやすくなる。そのため、硬質皮膜は、基材温度が580℃以下で成膜することが好ましい。
但し、硬質皮膜の成膜温度を好ましい範囲に制御しても、ボンバード処理前の基材の加熱温度が高い場合には、硬質皮膜の基材側と表面側とで異なる結晶面に起因するピーク強度が最大強度を示すことがある。そのため、ボンバード処理前の基材の加熱温度は500℃以下とすることが好ましい。また、硬質皮膜の被覆時に炉内に導入する窒素ガス流量を調整して、炉内圧力を4Pa以上6Pa以下で硬質皮膜を被覆することが好ましい。
【0032】
続いて、中間皮膜の製造方法について説明する。
基材の上に、WおよびTiを含む炭化物を形成するためには、ターゲットの外周にコイル磁石を配備してアークスポットをターゲット内部に閉じ込めるような磁場構成としたカソードを用い、メタルボンバードとしてTiボンバードを実施することが好ましい。このようなカソードを用いて炭化物を形成し易い元素種であるTiでボンバード処理することで、基材表面の酸化物が除去されて清浄化されると共に、ボンバードされたTiイオンが基材表面のWCに拡散してWおよびTiを含む炭化物が形成され易くなる。
また、Tiボンバードの際に、基材に印加する負圧のバイアス電圧およびターゲットへ投入する電流が低いと、WおよびTiを含む炭化物が形成され難い。そのため、基材に印加する負圧のバイアス電圧は−1000V以上−700V以下とすることが好ましい。また、ターゲットへ投入する電流は、80A以上150A以下とすることが好ましい。また、ボンバード処理前の基材の加熱温度が低くなると、WおよびTiを含む炭化物が形成され難くなるため、基材と硬質皮膜の密着性が低下する傾向にある。そのため、基材の加熱温度を450℃以上として、その後のボンバード処理をすることが好ましい。
Tiボンバードはアルゴンガス、窒素ガス、水素ガス、炭化水素系ガス等を導入しながら実施してもよいが、炉内雰囲気を1.0×10−2Pa以下の真空下で実施することで基材表面の清浄化および拡散層の形成が容易になり好ましい。
【0033】
本発明の被覆切削工具は、外周刃を主に使用するラジアスエンドミルまたはスクエアエンドミルに適用するのが特に有効である。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
(実施例1)
<基材>
基材として、組成がWC(bal.)−Co(8質量%)−TaC(0.25質量%)−Cr(0.9質量%)であり、WCの平均粒径:0.6μm、硬度:93.4HRAである超硬合金製のインサート式ラジアスエンドミルを準備した。
なお、WCは炭化タングステンを、Coはコバルト原子を、TaCは炭化タンタルを、それぞれ表す。
【0036】
<成膜装置>
成膜には、アークイオンプレーティング方式の成膜装置を用いた。
成膜装置に設けられた真空容器の内部は、真空ポンプにより排気され、その後、供給ポートよりガスが導入されるようになっている。真空容器内に設置された各基材は、バイアス電源と電気的に接続されており、独立して各基材に負圧のDCバイアス電圧を印加することができる。
真空容器内には基材を回転させるための基材回転機構が設けられている。この基材回転機構は、プラネタリー、プラネタリー上に配置されたプレート状治具、プレート状治具上に配置されたパイプ状治具を備えており、プラネタリーが毎分3回転の速さで回転するとともに、プレート状治具およびパイプ状治具はそれぞれ自公転する。
【0037】
硬質皮膜で基材を被覆する場合、ターゲットの外周および背面に永久磁石を配備し、20.2mTの平均磁束密度を発生するカソード(以下、C1と記載する。)を用いた。
ここで、比較例2では、背面に永久磁石を配備し、15.1mTの平均磁束密度のカソード(以下、C2と記載する。)を用いた。
また、メタルボンバード処理を行う場合、ターゲットの外周にコイル磁石を配備したカソード(以下、C3と記載する。)を用いた。
【0038】
<成膜工程>
真空容器内を8×10−3Pa以下に真空排気した。その後、真空容器内に設置したヒーターにより基材を加熱し、真空排気を行った。基材の加熱温度は、サンプル工具ごとに変化させた。そして、真空容器内の圧力を8×10−3Pa以下とした。その後、Arプラズマによるクリーニングを行い、引き続いてメタルボンバード処理として、Tiボンバード処理を行って中間皮膜を形成した。次に、真空容器内のガスを窒素に置き換え、真空容器内の圧力を5Paとした。成膜温度とバイアス電圧とを変化させて、カソードに150Aの電流を供給し、基材の表面に膜厚が約2μmの硬質皮膜を被覆した。
以上のようにして、基材の表面に中間皮膜と硬質皮膜とを被覆した被覆切削工具(サンプル工具)を作製した。
なお、比較例1以外は、硬質皮膜の被覆前に、8×10−3Pa以下になるように真空排気して、C3に150Aのアーク電流を供給し、Tiボンバード処理を実施した。
なお、比較例1、8、9では、以下のように被膜形成した。
・比較例1では、Arプラズマによるクリーニングの後、メタルボンバード処理をせずに、硬質皮膜を被覆した。
・比較例8では、Arプラズマによるクリーニングの後、メタルボンバード処理をせずに、中間皮膜としてTiNを被覆した。
・比較例9では、Arプラズマによるクリーニングの後、メタルボンバード処理をせずに、中間皮膜としてCrNを被覆した。
【0039】
【表1】

【0040】
<組成分析>
株式会社日本電子製の電子プローブマイクロアナライザー装置(型番:JXA−8500F)を用いて、サンプル工具の硬質皮膜の組成を、波長分散型電子プローブ微小分析(WDS−EPMA)により測定した。組成は、5点を測定し、測定値を平均して求めた。
測定条件は、加速電圧:10kV、照射電流:5×10−8A、取り込み時間:10秒、分析領域直径:1μm、分析深さ:略1μmとした。
【0041】
<硬度測定>
株式会社エリオニクス製のナノインデンテーション装置(型番:ENT−1100a)を用いて、サンプル工具の硬質皮膜の硬度を測定した。硬質皮膜の硬度を測定するために、インサートを5度傾けて鏡面研磨後、皮膜の研磨面内で最大押し込み深さが層厚の略1/10未満となる領域を選定した。このとき、略1/5程度でも、基材の影響はなかった。
硬度は、10点を測定し、測定値の平均値を求めて硬度とした。
測定条件は、押込み荷重:49mN、最大荷重保持時間:1秒、荷重負荷後の除去速度:0.49mN/秒とした。また、測定前には、標準試料である単結晶Siを測定し、その硬さが12GPaであることを確認した。
【0042】
<X線回折>
X線回折を用い、サンプル工具の硬質皮膜の結晶構造を評価した。具体的には、株式会社リガク製のX線回折装置(型番:RINT2500V−PSRC/MDG)を用い、管電圧:40kV、管電流:300mA、X線源:Cukα(λ=0.15418nm)、2θ:30°〜70°の測定条件にて実施した。そして、(200)面のピーク強度から半価幅を測定した。
【0043】
<TEM観察>
透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察を行い、サンプル工具の中間皮膜又は硬質皮膜を評価した。具体的には、日本電子株式会社製の電界放出型透過電子顕微鏡(型番:JEM−2010F型)を用い、加速電圧:120V、入射電子量:5.0pA/cmの条件下、TEM解析を実施した。TEM解析は、中間皮膜又は硬質皮膜をそれぞれ、膜面に垂直な面で切断した場合の切断面を観察することにより行った。
制限視野回折パターンは、カメラ長:100cm、制限視野領域:φ750nmで実施した。制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルからhcp構造及びfcc構造のピーク強度を求めた。各試料について硬質皮膜の基材側と表面側の2カ所で制限視野回折パターンを測定した。
中間皮膜の組成は、付属のUTW型Si(Li)半導体検出器を用いてビーム径1nmで分析した。ナノビーム回折は、カメラ長を50cmとし、ビーム径を2nm以下として分析した。
なお、比較例3のサンプル工具については、Al含有量が少ない硬質皮膜のため、硬質皮膜のTEM解析は実施していない。比較例4、10のサンプル工具については、X線回折でもhcp構造のピーク強度が確認されているため、硬質皮膜のTEM解析は実施していない。比較例5のサンプル工具については、本願発明の硬質皮膜とは膜種が異なるAlCrNであるため、硬質皮膜のTEM解析は実施していない。
【0044】
図4に、本発明例1のサンプル工具の透過電子顕微鏡写真(2,000,000倍)を示す。図中の矢印1が示すポイントが基材、矢印2が示すポイントが中間皮膜、矢印3が示すポイントが硬質皮膜である。
図6のEDSスペクトル分析結果および図5のナノビーム回折パターンから、図4の矢印1は、WCであることが確認された。図9のEDSスペクトル分析結果から、図4の矢印3は硬質皮膜であることが確認された。図8のEDSスペクトル分析結果から、中間皮膜は、WとTiが含まれていることが確認された。また、図7のナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けが可能であった。EDSスペクトル分析およびナノビーム回折パターンから、中間皮膜はWおよびTiを含有した炭化物であることが確認された。
中間皮膜は、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)でWを最も多く含有し、次いでTiを多く含有していた。なお、WおよびTi以外には硬質皮膜の成分であるAl、Nを含有していた。また、母材成分であるCoも僅かに含有していた。
【0045】
<切削試験>
被削材をSKD11として切削試験を行った。切削条件は以下の通りである。
<切削試験の条件>
・工具:高硬度材加工用インサート式ラジアスエンドミル
φ12×R2×3枚刃(日立ツール株式会社製)
・カッター型番:ASRM−1012R−3−M6
・インサート型番:EPHN0402TN−2
・切削方法:底面切削
・被削材:SKD11(60HRC)
・切込み:軸方向0.15mm、径方向6mm
・刃数:1
・主軸回転数:1856min−1
・テーブル送り:742mm/min
・一刃送り量:0.4mm/tooth
・切削油:エアーブロー
・切削距離:25m
【0046】
【表2】


【0047】
表2に皮膜の特性結果を示す。
図10に、本発明例1〜5のサンプル工具に対して行った切削試験後の刃先の観察写真(100倍)を示す。また、図11に、本発明例6〜8のサンプル工具に対して行った切削試験後の刃先の観察写真(100倍)を示す。
本発明例1〜8のサンプル工具は、比較例2のサンプル工具よりも、Al含有量が多いが、硬質皮膜の母材側及び表面側でAlNのhcp構造が少ないことが確認された。本発明例のサンプル工具はいずれも、切削試験に引き続いて切削加工が可能なレベルの損傷状態であった。
【0048】
本発明例1のサンプル工具と本発明例4、8のサンプル工具との比較から、中間皮膜の膜厚が好ましい範囲の中でも、中間皮膜の膜厚が2nmよりも厚膜の方が、より優れた耐久性を示すことが確認された。
本発明例1のサンプル工具と本発明例5のサンプル工具との比較から、中間皮膜の膜厚が好ましい範囲にある本発明例のサンプル工具中でも、硬質皮膜の基材側および表面側で同一の結晶面に起因するピーク強度が最大強度を示す方が、皮膜損傷が少なく、より優れた耐久性を示すことが確認された。
本発明例1のサンプル工具と本発明例6のサンプル工具の比較から、「Ih×100/Is」の値がより小さい方が、優れた耐久性を示すことが確認された。本発明例1のサンプル工具と本発明例7のサンプル工具との比較から、(200)面の半価幅が小さい方が、優れた耐久性を示すことが確認された。
【0049】
比較例は、いずれも工具損傷が大きくなり、引き続いて切削加工を行うことは不可能であった。図12に、比較例1〜6のサンプル工具に対して行った25m切削試験後の刃先の観察写真(100倍)を示す。また、図13に、比較例7〜10のサンプル工具に対して行った25m切削試験後の刃先の観察写真(100倍)を示す。
比較例1のサンプル工具は、硬質皮膜の「Ih×100/Is」の値は小さいが、中間皮膜が形成されていないため、基材と硬質皮膜との密着性が十分なく、工具損傷が大きくなった。
比較例2のサンプル工具は、本発明例のサンプル工具よりも、ターゲット表面付近の磁束密度が小さいカソードを用いて硬質皮膜を被覆したので、硬質皮膜に含まれているhcp構造のAlNが多くなり、工具損傷が大きくなった。
比較例3のサンプル工具は、硬質皮膜に含まれるAl含有量が少ないため、工具損傷が大きくなった。
比較例4のサンプル工具は、硬質皮膜を被覆する際に基材に印加するバイアス電圧が小さいため、X線回折でもhcp構造のAlNに起因するピーク強度が確認された。そのため、工具損傷が大きくなった。
比較例5のサンプル工具は、硬質皮膜にAlCr系の窒化物を形成したので、工具損傷が大きくなった。
比較例6のサンプル工具は、基材のクリーニングを目的として短時間のTiボンバード処理を実施したため、本発明例のサンプル工具のような中間皮膜は確認されなかった。そのため、基材と硬質皮膜との密着性が十分なく、工具損傷が大きくなった。
比較例7のサンプル工具は、中間皮膜の膜厚が厚くなり過ぎて、基材と硬質皮膜の密着性が十分なく、工具損傷が大きくなった。
比較例8のサンプル工具と比較例9のサンプル工具は、窒化物の中間皮膜を設けたため、基材と硬質皮膜の密着性が十分なく、工具損傷が大きくなった。
比較例10のサンプル工具は、硬質皮膜のTiの含有量が少ないため、X線回折でもhcp構造のAlNに起因するピーク強度が確認された。そのため、工具損傷が大きくなった。
【0050】
(実施例2)
実施例1において、成膜工程での成膜条件を表3に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様にして、基材の表面に中間皮膜と硬質皮膜とを被覆した被覆切削工具(サンプル工具)を作製した。
被削材をS50Cとして添加元素の効果を確認するため、本発明例20〜23及び比較例20のサンプル工具に対して、切削試験を行った。切削条件は以下の通りである。成膜条件を表3に、作製したサンプル工具の物性を表4に、それぞれ示す。
【0051】
<切削試験の条件>
・工具:高送りラジアスミル
φ63×4枚刃(日立ツール株式会社製)
・カッター型番:ASRT5063R4
・インサート型番:WDNW140520
・切削方法:底面切削
・被削材:S50C(220HB)
・切込み:軸方向1.0mm、径方向42mm
・刃数:1
・主軸回転数:1516min−1
・テーブル送り:2274mm/min
・一刃送り量:1.5mm/tooth
・切削油:エアーブロー
・切削距離:4m
【0052】
【表3】

【0053】
【表4】

【0054】
図14に、切削試験後のすくい面の損傷状態を観察した電子顕微鏡観察写真(40倍)を示す。図中の白く見える部分が摩耗した箇所を示す。硬質皮膜がWを含有することにより、クレータ摩耗が抑制されることが確認できる。本発明例のサンプル工具はいずれも、実施例1の高硬度鋼および高炭素鋼において、優れた切削性能を示すことが確認された。また、画像解析ソフトにより、摩耗した白く見える部分の面積率を測定した結果を表5に示す。
本発明例のサンプル工具の中でも、Wを一定量含有した本発明例22、23のサンプル工具は、クレータ摩耗が顕著に抑制されることが確認された。
【0055】
【表5】

【0056】
(実施例3)
実施例2で使用した本発明例20〜23のサンプル工具、比較例20のサンプル工具を用意し、被削材をSKD11(60HRC)として、実施例1よりも工具負荷がより大きくなる条件を選定して切削試験を行い、評価した。切削条件を以下に示す。切削試験の結果は、表6に示す。
【0057】
<切削試験の条件>
・工具:高送りラジアスミル
φ32×5枚刃(日立ツール株式会社製)
・カッター型番:ASRS2032R−5
・インサート型番:EPMT0603TN−8
・切削方法:底面切削
・被削材:SKD11(60HRC)
・切込み:軸方向0.5mm、径方向22mm
・刃数:1
・主軸回転数:796min−1
・テーブル送り:159mm/min
・一刃送り量:0.2mm/tooth
・切削油:エアーブロー
・逃げ面摩耗幅が0.25mmに到達したときを工具寿命とした。
【0058】
【表6】

【0059】
本発明例のサンプル工具は、高硬度鋼の高能率加工において、工具寿命に達する距離が比較例のサンプル工具に比べて2倍以上となった。特に、より好ましい範囲でWを含有する本発明例21、22のサンプル工具は、工具寿命に達する距離が長くなり耐久性が優れる結果となった。
【0060】
(実施例4)
実施例1において、表1、表3の条件にて硬質皮膜が被覆された被覆切削工具(本発明例1〜8、21〜23、及び比較例1〜9のサンプル工具)を用い、以下の条件でNi基超耐熱合金に対して切削試験を行ない評価した。切削試験の結果は、表7に示す。
【0061】
<切削試験の条件>
・工具:ソリッドエンドミル
φ10×2枚刃(日立ツール株式会社製 HES2100)
・基材:WC(bal.)−Co(11質量%)−TaC(0.4質量%)−Cr(0.9質量%)、WC平均粒径0.6μm、硬度92.4HRAの超硬合金
・切削方法:側面切削
・被削材:重量%で、Ni−19%Cr−18.7%Fe−3.0%Mo−5.0%(Nd+Ta)−0.8%Ti−0.5%Al−0.03%Cの組成を有するNi基合金(時効硬化処理済み)
・切込み:軸方向6mm、径方向0.3mm
・切削速度:40m/min
・一刃送り量:0.04mm/tooth
・切削油:水溶性切削油
・切削距離:0.2m
【0062】
【表7】

【0063】
本発明例では、Ni基超耐熱合金の切削加工において、比較例よりも優れた耐久性を示すサンプル工具が得られた。特に、Wを好ましい範囲で含有した本発明例21、22のサンプル工具は、摩耗幅が少ない傾向にあった。本発明における硬質皮膜がWを含有することで、幅広い被削材において、より優れた耐久性を示すことが確認された。
【0064】
日本出願2013−068602の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
【要約】
本発明は、基材と、タングステン(W)およびチタン(Ti)を含む炭化物からなる膜厚が1〜10nmの中間皮膜と、結晶構造が面心立方格子構造であって、Alの含有比率(原子%)が60%以上であり、Tiの含有比率(原子%)が20%以上であるAlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜と、を有し、前記硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンによる強度プロファイルにおいて、六方最密充填構造のAlN(010)面に起因するピーク強度をIhとし、面心立方格子構造のAlN(111)面、TiN(111)面、AlN(002)面、TiN(002)面、AlN(022)面、およびTiN(022)面に起因するピーク強度と、六方最密充填構造のAlN(010)面、AlN(011)面、およびAlN(110)面に起因するピーク強度と、の合計をIsとした場合、Ih×100/Is≦20である被覆切削工具を提供する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14